Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷桜百景

2009/03/25 19:10:47
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 春。

 それは目覚めの季節である。
 冬の寒さにあてられて、萎れて猫背になっていた植物たちはその暖かい日差しに背筋を伸ばし、寒さを避けてそこらかしこに引篭もっていた妖怪たちはその到来を喜び、陽気に騒ぎ出す。
 人間も例外ではない。春の暖かさは生命に遍く平等である。
 更に、春は暖かさばかりでなく、ささやかな楽しみも運んできてくれる。

 桜である。

 ここ幻想郷には桜の名所と呼ばれる所が幾つかあるが、そこ一面に咲き誇る桜の花々は、誰もが一生に一度は見てみたいと願ってやまない。それほど壮感かつ優雅な光景なのである。
 その桜たちは、丁度今日が最も見頃の一日であり、特に幻想郷一の桜の名所として知られている冥界の白玉楼では、人妖入り乱れての大宴会が今年も催されるだろう。

「まああそこは冥界ですから幽霊の方々も参加されるでしょうし、言うなれば人妖幽でしょうか。もしかすると守矢の神様方も出向かれるかもしれませんから、そうなると人妖幽神……」
「いやいやいや、幽霊の世界に出向く神様ってどうなのよ。神道的に考えて」
「今時の宗教はフランクなのですよ」

 だから幻想郷なぞに来る事になるのだ、そうレティは溜息をついた。その溜息は、呆れの感情が幾分か含まれている。
 何で幻想郷には、こうも常識っぱずれが多いのか。

「宗教に必要なのは、フランクさではなく厳格さでしょうに……」

 それにしても、とレティはこの鴉天狗に目を向ける。

「わざわざ私の所にやって来るなんて、あなたも大概物好きよねぇ……。もしかして、冬が終わって力の弱っている私を退治にでもしに来たの?」
「ご冗談を。あなたには一度ネタになってもらったことへの恩こそあれ、恨みなんかはこれっぽっちもありませんよ」

 そう言って文は指で小さな輪っかを作り、これっぽっちもですよ、と念を押す。
 実の所、レティはこの鴉天狗、射命丸文には、取材と称されて会ったことが一度有るだけだった。
 何時かの異常に長く続いた冬の頃に巫女に手酷く懲らしめられた時のことを、根掘り葉掘り、いちいち疵口を抉り返す様な質問攻めにあったのだ。
 そういう訳で、レティはこの天狗にあまり良い印象を持っていない。

「それじゃあ何か? 冬が終わって不機嫌まっしぐらな私に、嫌味を垂れに来たの?」

 あややや、と文は演技かかった、わざとらしい困り顔を顔に浮かべ、

「そんなつもりは。ただ、近日中に眠りについてしまうであろうレティさんに、春を迎えた幻想郷の近況をお伝えしようかと思っただけで」

 他意はありません、と文は言う。
 これが、自分が信頼を寄せている友人でもあったならば信用できるものだが、生憎そんなものには縁が無い。
 重ねて悪いことに、今この目の前に居るのは、信用ならない度では幻想郷屈指である射命丸文。

「ああ、もう、鬱陶しいわねぇ」
「まあまあ。貴重な情報提供者をそんなに無下に扱うのは良くないと思いますよ? 鴉天狗的に考えて」
「私は天狗なんかじゃないんだけど」
「物の例えと言うやつですよ」

 本当にいけ好かない奴。
 しかし、このままではただの堂々巡りになってしまう。
 話の前振りだけをちらつかされて、いっこうに本題へ入ろうとしないこの口八丁の天狗の相手を何時までもしてやれる程、寛容にはできていない。

「それだけが要件なわけではないでしょうに。もったいぶらないでさっさと先を言えっての」
「春の桜でも、見てきたらどうですか?」

 この天狗、まったく何を言い出すかと思ったら。

「あのねぇ、あなたの様な身の軽い立場だったら思いもよらないのでしょうけど、私は冬の妖怪なの。幻想郷の冬の権化よ。そんな私が春に顔を出すわけにはいかないわ」
「何故でしょうか?」
「それが一つの流れだからよ。幻想郷の自然の流れ。その流れに逆らって泳ごうものなら、忽ちそこから弾き出されちゃうわ」
「春を見たいと思ったことはないのですか?」

 レティは首を小さく横に振る。

「ただの一度も?」

 やけに食いついてくるなこいつ。

「本当に?」

 そりゃあ、私だって。
 皆と一緒にお花見くらいしてみたいなって思ったことは、

「……ある」
「よしきた!」

 文は、本当に小さく漏れたその声を聞き逃さなかった。彼女は、レティのこの一言こそを待ち望んでいたのだから。
 言うが早いか、文は神速の勢いを持って己のスカートのポケットに手を突っ込んで、一枚の札を取り出した。

「ちょっ、それスペル……」

 言うまでもなく、レティは文の奇行に驚愕する。この天狗、やっぱり私を嵌めたのか。

「竜巻、天孫降臨の道しるべ!」

 文が団扇を振ると、レティの目の前に、忽ち巨大な竜巻が発生した。
 ごうごう、と耳を劈かんばかりの轟音が轟く。避ける暇などありはしない。

「ではでは、幻想郷お花見巡りへ、行ってらっしゃーい!」

 レティは結局、一歩すら動けずにうねりをあげる竜巻へと飲み込まれてしまった。
 せめて捨て台詞でも吐いてから、かっこよく退治されたかった。
 そんな彼女の願いは勿論通じる筈もなく、暫くは洗濯機に放り込まれた猫の如き地獄を見ることになるのだった。







 ああ、ここが人生の終着駅か。
 今までの長かったようだけれど短かった人生の思い出が次から次へと蘇ってくる。
 ああ、これが走馬灯ってやつなのか。
 なんだかんだ言って私の人生も悪くなかったわね。
 それでは来世をご期待ください。さよなら、さよなら、さよなら。

「あんたにしては珍しい冗談ね」
「た、助けて」

 あれほど大きな竜巻に巻き込まれて、これが奇跡というのだろうか、私は生きている。
 特にこれといって大きな痛みも感じないから、どうやら怪我のほうも大したことはなさそうである。伊達に妖怪はやっていない。
 ただ問題は、今現在の私の天地が逆転しているということだ。どうやら逆さまになっているらしい。
 それだけではなく、周りは薄暗い。その上狭いので、満足に周りの様子を窺うことさえままならない。
 しかし、何処の誰かは知らないが、そんな自分を助けてくれるであろう存在が目の前(と言っても見えないが)に居るのである。今はそれに頼る他はない。

「なんで賽銭箱に頭から突き刺さってんの」
「……」

 ここに神は居なかった。
 レティは足をじたばたさせて、何とか自力で賽銭箱から抜け出そうと試みる。だって私は孤独な冬の妖怪よ、誰かの助け情けなんて受けるもんですか。
 そんなプライドと言うか意地と言うか怨念執念その他よく分からない負の感情を込めて思いっきり足を振りまくり続けるものの、レティの思いとは裏腹に、いっこうに抜ける気配も無い。

「はいはい、いくわよー。よーいこーら、せっ」
「おぎゃー!」

 勢いよく外の世界へと引きずり出される。
 漸くレティは賽銭箱の呪縛から開放され、日の目を見ることが出来た。
 服に付いた埃を払うと、ふぅと一息。冬を迎えて久方ぶりに目覚めた朝の様な、清々しい感覚がレティにはあった。

「どうも、あなたが私を助けてくれたのねって、あんたは……」

 せめて礼は言っておかなければなるまい、そうレティは視線を前方へとやるが、
 風にはためく紅白の巫女服に、頭には大層大きい赤いリボン。威圧的なその姿。それは見間違いなどあるはずもなく、

「きゃっ、巫女!」
「それだけ驚いてくれると、退治屋冥利に尽きるってもんだわ」

 突発的に起こった天狗の竜巻に巻き込まれ気がつくと賽銭箱に突き刺さっており、目の前には博麗の巫女が立っているというコンボに大いに混乱しながらも、レティは必死に状況を整理した。
 賽銭箱と巫女の存在から、ここは博麗神社ということになる。
 つまりはレティは、文と話していた自分の寝床近くから、この幻想郷の端にあたるこの場所まで、あの 忌々しい鴉天狗に吹き飛ばされてきたということになる。
 しかも、賽銭箱にダンクシュートという味な真似までおまけして。
 レティは、あの野郎、と歯噛みする。
 しかし、それはそれだ。今は、目の前に居る博麗の巫女を相手にしなければならない。

「何よ、怨霊に取り憑かれたような顔をして……。未だにいっぺん退治されたのを根に持ってんの?」
「まさか。冬なら兎も角、今の私はオフシーズンなのよ。折角の休暇なんだから、ゆっくりと過ごしたいわ」

 レティは冬の妖怪である。冬にはその寒さを利用して幻想郷の端から端までを凍えさせるが、今は春。 夏ほどは力は弱まっていないものの、この暖かい時分では、実力的にはそこらの凡妖怪と大差は無い。

「まあ今のあんたなんて、ほったらかしといても何も出来なさそうだしね。見逃してあげるわ」
「それはどうも」

 霊夢は、まあそれは良いとして、と溜息一つ、今度は訝しげな顔をしてレティに訊ねる。

「なんで冬の妖怪のあんたが春なのに起きてんの」
「ああ、それね。自分でも忘れるとこだったけれど」

 レティは普段、冬の到来とともに活動を開始し、散々寒さで幻想郷中を困らせ、冬が終わり春を迎えるとともにその活動を終える。
 それでは冬以外の季節はどうしているのか、と言うと。
 冬眠ならぬ、春夏秋眠を行うのである。

「本当はさっさと眠りたいのだけど、合図がまだ来てないのよねぇ」
「合図?」

 レティは、冬が終わり春が始まったことを確認してから眠り始めるのだが。
 その確認の合図となるのが、

「春告精のことよ。おかげで何時までたっても眠れやしない」
「成る程、それじゃああんたも一つの被害者ってことで良いのかしらね」
「?」

 得心がいった様な表情で、探偵の様に顎に手をやりうなずきを繰り返す霊夢。この巫女は、幻想郷に時々起こる異変の解決屋だが、今回も何がしかの異変の解決の最中なのだろうか。

「春告精の出現が遅いことに、何か心当たりでもあるの?」
「いや、無いわ」

 ズコー、と音をたててずっこけそうになるレティ。
 何か解決の糸口でもあるのかと思ったが、期待というものは裏切られる為に有るのだろうか。

「やれやれ……。うん?」

 不意に目の前に、桃色の、小さな紙切れの様なものがレティの目の前へと飛んできた。
 それは避ける暇も無く、彼女の鼻の上に着陸する。
 その桃色の紙切れは、紙とは言えないほどに柔らかく、レティは、これはもっと優しい別の何かだと感じた。
 くしゅん。
 その柔らかさがこそばゆく、耐え切れずにくしゃみをすると、また風に乗って何処かへと飛んでいってしまった。

「あんたは冬の妖怪だから、これを見るのは初めてかもねぇ」

 目の前に立ってレティの視界を塞いでいた霊夢が、視界を譲るようにして横に退く。

 そこには、爛々と、鮮やかな桃色の桜が敷き詰められたように咲き乱れていた。
 一面に広がる桃色がレティの視界を占領し、若干の花弁を散らして風にさざめく桜の音は耳を癒し、その風に乗って流れてくる仄かな花の香りは鼻腔を擽る甘い匂い。
 冬のみを暮らす、真っ白な世界しか知らないレティには、その色彩は現実味が無いほど鮮やかだった。
 ここは現世か、はたまた幽世か。
 文字通り、此の世のものとは思えない光景に、レティは息を呑んだ。

「……何というか」
「ん?」
「すごい、わね」

 たぶんそんな言葉ではとても括りきれないけれど、この光景を余計な言葉で飾るのも野暮な気がした。
 暫く二人は何の言葉も交わさなかった。さわさわさわ、と春風に揺れる桜のさざめく音だけが、境内に響いていた。







「しかし、珍しい顔が来たもんだなぁ」

 視界の隅に映る黒い奴。この桃色の色紙を敷き詰めた様な世界においては、そこに一滴だけ筆から垂らした墨の様な、妙な存在感がある。
 黒白の魔法使いは、何故だかニヤニヤした顔で此方の顔を覗き込んでくる。

「邪魔ねぇ……。黒いのはあっち行ってなさい。折角の花見なのに、あなたがいたら優雅の欠片もなくなっちゃう」

 この黒いのも、何時かの異変の折に、レティを手酷く退治した容疑者の一人である。
 この黒白の魔法使いは、あろうことか桜の木々を箒でぶっちぎって登場し桜に見惚れていたレティの脇を掠めてそのまま社殿へと突っ込むという、所謂おっちょこちょいな三枚目キャラ風の登場をかましたのだった。
 そのような黒白に霊夢は、社殿の奥に突っ込んで変な形に折れ曲がっている彼女に陰陽玉で追い討ちをかけるという、阿修羅のような怒り様であった。
 片一方は自分が原因であるとはいえ、一日でこんなにも物を壊されてしまった霊夢には、心底お悔やみ申し上げるしかない。
 もっとも、黒白が、花見をするぜと言って持って来ていた酒を霊夢に差し出したおかげか、彼女の機嫌は幾分か良くなった様で、一先ずこの黒白の身の破滅は先延ばしになった様である。
 そして、境内で一番大きく枝振りの良い桜の根元に陣取って、女三人のささやかな花見を始めたのがついさっき。

「墨染の桜ってあるの知ってるか?」
「あれはあんたみたいに真っ黒じゃないわよ」

 杯に手酌で一杯やっていた霊夢が、微かに頬を染めた魔理沙に言う。
 レティは墨染の桜というものは見たことも聞いたことも無かったが、墨で染めたように真っ黒な桜であると解釈することにした。

「んー、でもツマミが無いのは寂しいなあ」
「何言ってんの。今日の夜は白玉楼でお花見があるでしょうが。贅沢言わない。お酒もあんまり飲み過ぎないように」
「うるせー。お前はオカンか」

 母親の様に注意する霊夢と、子供の様に振舞う魔理沙。二人はまるで親子の様だ。こんな飲兵衛の子供が居たら嫌だけど。

「ああ、そうだ。ツマミとはいかないが、いい余興が有るじゃないか」

 ニヤニヤと値踏みするような視線を霊夢に向ける魔理沙。今度は親父になったか。

「ああ、成る程。今此処でやれって言うのね。何時から神社の神事は宴会の余興に成り下がったのかしらね」
「信仰心が無い者にとってはどちらでもいいことだぜ」

 霊夢は呆れたように言う。しかし、悪気が無い魔理沙にとっては、それに何の効力も無いことは明らかである。

「しょうがないわね……。今日だけよ、今日だけ」

 今日だけと言いつつ満更でもない様子からして、霊夢も酒が入って良い気分になっているらしい。
 神事と聞いて、一体何をするのかと興味の尽きないレティであったが、特に神聖な儀式を執り行うような厳粛な雰囲気でもないし、境内を見る限りでは、それらしい準備さえ成されていない。

「神事って大業そうに言うけど、結局は手抜きの宴会芸なのね」
「手抜きの宴会芸兼神社の神事なのよ」
「霊夢は神社の仕事も手を抜くんだぜ」
「失敬な」

 霊夢は空の杯を持って立ち上がると、頭上に有る適当な枝を一本掴んで左右に揺らす。
 すると、はらはらと、桜の花弁が朱塗りの杯の上に落ちてゆく。
 一枚、二枚と、朱の上にやわらかな桃色が降りそそいでゆき、それはあっという間に小さな山になった。

「ねぇ、魔理沙」
「んー?」
「霊夢は何をしようとしているのかしら」

 霊夢はレティたちの座っている敷物から少しだけ距離をとった所に立った。
 そして杯の桜の小山を徐に掴むと――

「言ったろう? あれは手抜きの余興――」

 瞬間、掌から放たれた桜の花弁が、吹雪の如く宙を舞った。

「花咲爺の猿真似だぜ」

 手から放たれ、呪縛から開放された桜の花弁が、春一番に乗せられて舞う。
 霊夢は小さな声で祝詞を黙々と口ずさみながら、次々と桃色の花弁たちを解き放つ。
 そしてそれらは次々と風に乗せられ流れて往き、やがて一つの桜の流れを形成する。
 それはレティには、決して操ることの叶わぬ吹雪。

 温かな吹雪だった。

「これは春乞いの儀式っていうのよ」

 桜吹雪に見惚れていたレティは、霊夢に言葉をかけられて漸く我に帰った。

「……春ならもう来てるじゃないの」

 違うわよ、と霊夢は否定した。

「気候の上ではもう春は来てしまっているけれど、それとは別。形式的な春は、未だこの幻想郷にやってきてはいないのよ」
「つまり、春を迎える為の役者が揃ってないという訳だ」

 春を迎える為に欠かせない役者。

「成る程ね。確かに大切な役者さんだわ」

 レティは春告精の到来とともに身を隠し、次の冬までの眠りに就く。
 彼女がこのような春麗らかな時分まで起こされているのは、その春告精の仕業に他ならない。
 そして春を象徴する桜の花弁を撒くことで、春告精を迎え入れようという、神社の儀式の一種であるらしい。
 もっとも、レティには魔理沙が言うとおりの宴会の余興にしか見えなかったが。

「まあ、いつもよりは少し遅いって程度だけどね。些細な異変だけれど原因も分からないし、何もしないよりはマシでしょう」
「こんなんで異変解決出来りゃあ誰も苦労はしないぜ……っと、霊夢、まだ桜が余ってるぜ。私が撒いてもいいか?」
「あのね、魔理沙。これは仮にも神事なんだから……」
「だから余興だって」

 言うが早いか、魔理沙は霊夢が持っている杯に残っていた桜を引っ掴んで、

「枯れ木に花を咲かせましょうー!」

 などと言いつつ桜を撒いている。

「……しょうがないわね。ほら、あんたも折角だから」
「仮にも神事なんだから、私みたいな妖怪なんかにも任せて良いのかしら?」

 霊夢は面倒くさそうに、いいのよこの際、と、苦笑をその顔に浮かべて言った。

「それでこそ霊夢だぜ」
「それでこそって何よ!」

 神社には、賑やかな少女達の声がこだまする。

 ある晴れた、麗らかな春の日のことだった。







「お前もついでに参加しろよ」

 そう言われて、冥界の白玉楼にて夜から行われた(と言っても冥界だからその辺の感覚は曖昧だが)花見は、今まで体感した事の無いような、壮大と言っても過言ではない程のものだった。
 あの烏天狗が言っていた通り、人妖幽神、幻想郷に住まうありとあらゆる者たちが、食えや飲めやの大宴会。
 そしてこの場所が幻想郷一の桜の名所と言われる由縁である、壮麗な桜たちが宴会に彩を添える。
 ある者は気の合う仲間と語り合いながら酒を酌み交わし、ある者は花見にも拘らず桜そっちのけで呑み比べ大会、またある者は独り桜を肴にしみじみと酒を呑む。
 それぞれがそれぞれの花見を愉しんでいたが、皆に共通して言えることがひとつだけ。

「兵どもが夢の跡ってところかしら」

 もうすっかり宴も酣。白玉楼の庭には溢れかえらんばかりの花見客が詰め寄せていたが、その殆どが酒に呑まれ、へべれけになって鼾をたてて眠っている。無事なのは、あとは鬼と天狗と一部の妖怪だけなもの。
 ちなみに彼女を竜巻で吹き飛ばしてくれた鴉天狗にはきつく文句を言ってやった。本当は文句くらいで終わらすことではないのだろうが、自分の姿を見るや否や、この宴の幹事(という名目)の白玉楼の主人の後ろに隠れてしまうのだから、迂闊に手を出すことも出来ない。

「絶対、一面記事にしますから~」

 とは、白玉楼主人の後ろから顔だけ突き出してのたまっていた文の言だが、そういう問題ではないような気がする。しかし、
 春は暖かさばかりでなく、ささやかな楽しみも運んできてくれる。
 こればかりは全く天狗の言う通りだった。これに免じて少しばかりは、あの鴉天狗のことを許してやっても良いだろう。

 月明かりに照らされて、仄かに輝く夜桜が、夜風に晒されて、静かな音をたててさざめく。

 夜風が酔いで仄かに火照った体を冷やす。
 思えば、最後に誰かと一緒に呑んだのなんて、それこそ記憶も定かでない程に遠い昔だったような気がする。
 自分にしては少々呑みすぎてしまったような気がしたけれども、楽しい時くらい、過ごしてしまってもいいと思う。

 眠りの合図となる春告精の到来の気配は、まだ無い。
 霊夢はこれを小さな異変だと称したが、この程度の出現の遅れは、相変わらず理屈は分からないけれども、過去幾度となくあったことだ。

 だったらまだまだこれからだ。明日からも、陽気で浮かれた春の日々を謳歌しよう。







 春の夜風を胸いっぱいに吸い込んで。



 レティ・ホワイトロックの春は始まった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。


いやあ、桜って、本当に良いものですよね。
桜は一番好きな花です。

もうじきしますと、桜も見頃を迎えます。
願わくば、桜の下にて酒の一杯でもやりたいものです。
ノータリン
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コメント



0.640簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
レティさんの春初体験かぁ…
レティさんのいる春ってのもいいなぁ…
ともあれレティさんも楽しんでるようで何よりですね
5.90名前が無い程度の能力削除
リリーは気をつかっているのかな?