『持て余す程の暇』
これほど恐ろしいものは無い。
ソレはどんな存在もが恐れる、最も厄介なモノである。
生きとし生ける存在はすべてこの『持て余す程の暇』を忌み嫌う。
特に長寿の存在となればそれは顕著であり、どうにかして暇を磨り潰そうとあの手この手を考える。
だが、長寿の存在は長寿故にこれまで何度も暇を磨り潰してきたのだ。
暇を潰すための臼はそのつど重さを大きさを増してゆき、回すことすら困難になってくる。
幻想郷の何処とも解らない場所に佇むその屋敷の主――八雲紫はその重く巨大になった臼を回す手段を模索していた。
「あー……、何か、こう……、無いものかしら」
屋敷の主としての威厳もへったくれもなく、部屋に横たわった紫は気だるい様子でそう呻く。
「ねぇー、藍、藍ちゃん。 何か無いかしら?」
ころりと転がり、隣の部屋へと視線を向ける。
隣では彼女の式神である藍が、己の式神である橙になにやら教えている最中だった。
「紫様を満足させるような暇つぶしなんか私には思いつきもしませんよ」
しかし、藍は苦笑するしかなかった。
主人の命令を実行する存在である式神が、主人に意見を提案などできるはずも無い。
紫もそれを判っていながら、藍を困らせるために聞いたのだ。
「藍様、この箱の所、もっと簡単に……」
「んん、あぁそうだな……」
式の式である橙が藍に説明を求めた所で、紫はまたもや気だるそうにころりと床を転がり背を向ける。
いくら暇だとはいえ、二匹の邪魔をする気は無い。
外から時折入ってくるそよ風が横たわる怠惰な主人の金髪を揺らす。
心地よい風に、紫の瞼がどんどんと重くなってゆく。
「……」
楽しそうな二匹の会話をなんとなく耳にしていた。
「じゃあ、この状態だと中ではどうなってると思う?」
「中は見えないんですよね? えぇっと……」
そのまま眠ってしまうんじゃないかと思われた紫の瞼がピクリと震える。
そして、 大きな声と共に突然跳ね起きる。
「――それよっ!」
「うわぁッ!」
「なななな――っ!?」
突然の行動に藍と橙は飛び上がらんばかりに驚きふためく。
しかし、そんな事意にも介さず、目を爛々と輝かせた紫は可愛い可愛い式達を見る。
「やっっぱり藍ちゃんは優秀ね! 橙も可愛いわよ♪」
ぎゅーっと二人を掻き抱くと、紫はほお擦りを繰り返す。
「は、はぁ……」
「あ、ありがとうございます……!?」
ニコニコと上機嫌な紫に、橙は喜び、藍はあいまいに頷く。
「よーし、今日は二人に暇とお小遣いをあげるわ」
と空中に現れた小さな隙間から、お小遣いにしては多すぎる額のお金が二人に渡される。
「――こ、こんなに?」
「わぁ♪」
普段では考えられない紫の行動に藍も橙も目を白黒させるばかりである。
「うふふふっ、それじゃあ少し出かけてきますわ」
驚く二人を後にして、紫は隙間へと身を滑り込ませた。
§
博麗神社。
幻想郷と外の境にある結界の要とも言えるその神社は、いつになく静まり返っていた。
人間よりも妖怪が頻繁に訪れる博麗神社では異常事態とも言えた。
神社の唯一の住人である博麗霊夢が出かけているから、――では無い。
たとえ出かけていても暇な妖精の一匹や二匹は境内に居るのが常である。
それ以前に、彼女――霊夢は普段どおりに神社に居た。
だが、まるで居留守を決め込んだかのように戸締りをし、気配を外に漏らさないようにしていた。
蜜のたっぷり掛かった団子、色とりどりのお饅頭、パリっと香ばしいお煎餅。
ビスケットの山に、可愛らしいキャンディにみんな大好きチョコレート。
蒸かしたての肉まんに、瑞々しい果物の数々。
テーブルの上を占領するのは、所狭しと並べられたお菓子やデザートの数々。
静まり返った神社とは裏腹に、家の中は甘い香りと喜色に溢れかえっていた。
「わぁ……♪」
それらを前にし、キラキラと目を輝かせるのは、柔らかな金色の髪に赤いリボンを結んだ少女。
この日、霊夢が一緒に遊ぶことを約束し、招待したのである。
「どう? 驚いたでしょ?」
霊夢は目を輝かせる少女に得意げに振舞う。
少女の名前はルーミア。
闇を操る宵闇の妖怪である。
少女と呼ぶにはまだあどけなさの残るルーミアが、上目遣いに霊夢を見つめる。
「すごーいっ! ……本当に、いいの?」
その眼差しにクラクラとしながら、霊夢も笑顔で応える。
「えぇ、一緒に食べましょ」
「わはぁ♪ いただきまーす」
喜声と共に、ルーミアの手がお菓子の山に伸びる。
真っ先に手に取ったのは熱々の肉まん。
それを一生懸命ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけると、小さな口で美味しそうに頬張る。
「ほふ、はふ、もぐもぐ」
「そんなにがっつかなくてもいいのに」
ルーミアが肉まんを頬張る様を、霊夢はニコニコと眺める。
「……んっく」
最初の一個を嚥下したルーミアは、幸せいっぱいの表情で一言。
「おいひ~♪」
「そ、そう? 美味しい? ふふふ……♪」
眩いくらいにほにゃっとした笑顔を見せるルーミアに、ご機嫌だった霊夢の表情が更に緩む。
「じゃあ、私も食べようかしら」
「えへぇ♪」
ルーミアも天使のような微笑を霊夢に向ける。
――あぁ、もう、かわいいなぁ!
この、至高の一時の為に霊夢はあらゆる努力を惜しまなかった。
集められるだけのお菓子を準備、時には自ら調理し、したくもない修行をして人避け、妖怪避けの術を会得したのである。
その効果は一日だけとはいえ、神社を訪れようとする者に神社を認識できなくするという物である。
全てはルーミアの笑顔を独り占めする為でもあり、デレデレに緩みまくった自分を見られたくないからである。
魔理沙あたりなら知られても気まずい程度で済むが、烏天狗なんぞに知られた日には幻想郷中に恥ずかしい写真がばら撒かれてしまう。
そして何より『天敵』への対策でもあった。
そのかいあって、霊夢は今至福の中にいた。
当然、ルーミアも同じであった。
普段はそっけない霊夢がいつも以上に優しくて、そのうえ美味しいものが目の前にずらりと並んでいるのである。
ルーミアはより甘えようと霊夢に擦り寄り、霊夢もそれを拒む事無く受け入れる。
「霊夢、こっちも甘くておいしーよ」
はしゃぐルーミアだったが、霊夢がそれをさえぎる。
「あぁ、口の周りが……」
霊夢が困った顔をして――その実、嬉しそうに――ルーミアの口を拭ってやる。
「これでよし、と」
「んゅ……、ありがと」
えへーと笑うルーミアに霊夢は遂に我慢しきれなくなり、意を決する。
「そ、その……、た、たた……、食べさせてあげようか?」
つまり餌付k――、ではなく「あーん」という奴である。
幸せそうに食べてる姿だけでは満足しきれなくなった霊夢のある意味暴走でもあった。
が、ルーミアはなんの疑問も持たず、嬉しそうに頷く。
「そ、そう? じゃあ、ひ、膝の上に……」
嬉しさのあまり霊夢は上ずった声でそう言いながら、自らの膝をポンポンと叩く。
ルーミアは少しだけ恥ずかしそうに目を左右に泳がす。
「あぁ、の、乗る必要なんてないわよね、あは、はは……」
口早に取り繕う霊夢だったが、ルーミアは静かに頷く。
「う、うん……」
「――っ!!!」
だが、霊夢の至福はここまでだった。
「はーい、そこまでよ」
ルーミアでも、ましてや霊夢でもない声が部屋に響く。
誰も、何者の邪魔しに来ない状況を作り出したのに、それが脆くも崩れ去った。
あっけにとられ、霊夢は固まってしまう。
ルーミアも声の主が見当たらずキョロキョロと周囲を見渡す。
「もう、二人だけで楽しんじゃって……、酷いわね」
と文句を言いながら、目の前に突如として現れたのは『天敵』――八雲紫だった。
「ふふ、でもやっぱりここに居たのね」
ルーミアを見て、紫は嬉しそうに微笑む。
「――って、あんたいったい何しに来たのよ! それにせっかく施した妖怪避けは?」
固まっていた霊夢は我に返ると、ルーミアを抱き寄せて紫に捲くし立てる。
「そりゃあ、用事があるから来たのよ。それに、妖怪避けなんて私に効果があるはず無いでしょ?」
隙間を渡る紫には、神社が認識できなくとも関係ない。
中に居るであろう霊夢を直接尋ねればよいのだから。
「うぎぎ……」
改めて紫の反則 っぷりに霊夢は歯噛みする。
「それで私はルーミアちゃんに用事があるのだけれど……」
霊夢は目に見えて不機嫌になる。
「ダメよ! どうせろくでもない事をする癖にっ」
紫から隠すように、霊夢はルーミアを抱きしめる。
「ただリボンを外させて欲しいだけなのに……」
つれないわね、といじけて見せるが、至福の時間を邪魔された霊夢は更に敵意をむき出しにする。
「あんたは今までのことを知ってて……、リボンもルーミアも渡すもんですかッ」
霊夢が怒るのも無理は無かった。
ルーミアのリボンは御札であり、ルーミア本人は触ることすらできないという代物である。
結ばれている本人が触れないという事は、簡単に外れては困るという事。――封印である。
これまでに何度かそのリボン――封印はは外され、その度に事件が起きていた。
「むぐぐ……」
より強く掻き抱かれたルーミアは霊夢の胸の中で息苦しそうに悶える。が、両者とも気がつく素振りも見せない。
「あら、渡す気はまったく無い、と?」
「当然でしょ!」
霊夢の剣幕に紫は困った顔をして溜息を吐くと、一拍おいて口の端を吊り上げ不適な笑みを浮かべる。
「じゃあ、しっかり捕まえてなさい」
ニヤリと笑う紫の手元は、隙間の中へと消えている。
「あっ!?」
気がついたときには掻き抱くルーミアのリボンに隙間から現れた紫の手が伸びており、いとも容易くリボンが解かれる。
「ふふ、さぁ――」
リボンが外れると同時に突然視界が真っ黒になり、霊夢が悲鳴を上げる。
「きゃ――ッ!?」
それだけではない。
視界が黒くなると同時に、霊夢の優れた霊感が更なる異変を察知する。
「なによ、これ……」
三人しか居ないはずの部屋に、それ以上の複数の存在が感じられるのだ。
今までの経験には無い事態に、霊夢は説明を求める。
「ちょっと紫、いったい何をしたのよ!」
「言って聞かせるよりも、見たほうが早いわね」
そう言うなり、紫が何かしたのか、黒かった世界にさっと日が差し込む。
「う……」
眩しさに顔をしかめた霊夢の視界に飛び込んできたものは――
「あら、霊夢じゃない」
と振り返ったのは髪の長い大人びた女性。
「そーなのかー」
と間抜けな反応を示す少女。
「あ、本当だ」
それに反応して振り返ったのは、大きな翼をもった少女。
「わぁ、れーむだー」
嬉しそうに駆け寄るのは幼女と言っていい程幼い子。
そして、ふわふわと漂う黒い靄。
他にも知的な子や、テーブルの上のお菓子に手を伸ばす子など、多数。
「な、な、何よこれぇぇええ!??」
理解できない状況に、霊夢は頭を抱えて絶叫する。
「あら、解らない?」
紫はコロコロと笑いながら問いかける。
「いや、なんとなくは解るけれど……、全部この子なんでしょ?」
と、先ほどまで掻き抱いていたルーミアを指差す。
「えぇ、正解♪」
姿形は違うけれども全てが本物のルーミアであった。
しかし霊夢が解らないのは別である。
霊夢は髪の長い大人びたルーミアを指差す。
「ちょっと、今までだとあいつだけだったじゃない。それがどうしてこんな……」
これまでリボンを解いても、普段のルーミア姿が、腰まで伸びた金髪をもった大人びた姿になるだけだった。
それがなぜか今回は別の存在として、しかも複数現われたのである。
「あぁ、私がちょっと細工したのよ。 境界をちょこちょこっとね」
ばちこーん☆とウィンクする紫に、霊夢は怒りに震える拳を硬く握り締める。
「あーんーたーわーっ!」
しかし、その怒りはルーミア「達」によって遮られる。
「もう、放っておけばいいでしょ?」
霊夢の後ろから腕を回したのは、大人びたルーミア。
霊夢の背中で豊かな双丘が押し付けられる。
「そうだよ霊夢、今日は私と遊んでくれるんでしょ?」
と震える拳に指を絡ませて握るのは、翼の生えたルーミアだった。
「う、そ、そうだけど……」
「それじゃあ」「続きをしましょう?」
二人は満足そう微笑むと霊夢にべったりと張り付く。
「あらあら、随分と好かれてるわね」
その微笑ましい姿を見て、紫はコロコロと笑う。
「紫、後で説明してもらうわよ……」
「私達も~」
他のルーミア達も霊夢に群がろうとするが、気が強い二人のルーミアにギロリと目で凄まれてしまう。
「っ!!」
怯えてしまい、すごすごと引き下がったルーミア達は、わっと紫に泣きついた。
「うぅ……、おかーさーんっ」
「――あら、あら、あらあらあら~♪」
ルーミア達の中の一人が発したその言葉に、紫の表情が目に見えて緩んでくる。
「ちょ、な、何よソレ!? それと、おかーさんってっ!?」
「ん?、少しね……♪」
と幸せいっぱいに微笑むと、紫はルーミア達に向き直る。
「よしよし、じゃあ向こうで遊びましょうね♪」
説明しなさいと声を荒げる霊夢を無視して、紫はルーミア達とテーブルごと、部屋の隅へと移ってしまう。
「うぐぐっ、いつも以上に腹がたつわね……、ひゃうっ!」
歯軋りする霊夢の背中を大人びたルーミアがつぅーっと指でなぞったのだ。
「ほーら、私 と遊んでくれるんでしょ?」
と霊夢の体を抱き寄せる。
それに対し、翼のあるルーミアが吼える。
「何よ、まずは、私 と遊ぶに決まってるでしょ!」
間に挟まれた霊夢はやっぱりか、と呟くと疲れた表情をし、抱えられたままのルーミアはおろおろと視線を彷徨わせる。
お互いに気が強く、独占欲も強いとなればいがみ合うのは必至である。
「ちょっと、喧嘩は……」
霊夢も当然仲裁しようとするが、二人は聞く耳持たない。
「年増で胸にしか栄養いってないようなの霊夢は相手にしないわよ!」
「そっちこそその邪魔臭い翼を毟ってから出直してらっしゃい!」
「だ、だから、やめなさいってば」
霊夢を無視したいがみ合いはどんどんとヒートアップしてゆく。
「どっちが相応しいか教えてあげなきゃいけないみたいね?」
語気を強くした大人びたルーミアの両手から、光の中で黒く輝く妖気の塊が大小無数に出現する。
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししてあげるわッ」
黒い翼を大きく広げたルーミアは、どこから取り出したのか、身長ほどもある巨大な剣を握り締める。
「……ッ」
「……っ」
ぶつかり合う妖気は火花を散らし、お互いに相手の挙動を見逃すまいと、猛禽類の様に目を輝かせる。
まさに一触即発の状態である。
だが、その緊張も長くは続かなかった。
「……ルーミア、少しどいててね」
霊夢は、引き攣った笑顔でそれまでぎゅうぎゅうと抱き締めていたルーミアをそっと脇にどかせる。
「う、うん」
とうか一瞬で終わった。
「――いいから、やめろって言ってるでしょうがぁあああッ!」
キれた霊夢の怒号と共に、ルーミア二人の顔面に投げつけられた陰陽玉がめり込む。
「ぶっ!?」
「ぎっ!?」
奇妙な声を発して二人がもんどりうって倒れる。
「はぁー、はぁー、あんた達が暴れたら神社が壊れるでしょうが!」
鼻を押さえた二人がむくりと起き上がり、まったく同じ言葉を口にする。
「「……でも、向こうが引かないんだもの」」
まったく懲りてない二人に霊夢はぴしゃりと言い放つ。
「いいから、あんたたちは大人しくしてなさい!」
二人はビクリと身を竦めると、しぶしぶとだが頷く。
「うぅ、わかったわよぉ」
「はぁーい」
そして、二人はとぼとぼと元のルーミアの傍らへ向かう。
「まぁ、これ以上怒られて、私 が嫌われるのもイヤだもんね」
翼のあるルーミアはばつが悪そうに笑いかける。
「、あなた のモノは、私 のモノなんだから、他の子に取られちゃダメよ?」
大人びたルーミアは優しく頭を撫で付ける。
「う、うん……」
一言ずつ告げ終わった二人は、元のルーミアに溶け込むように消え去ってしまう。
「ふぅ……、さぁ、詳しく説明してもらいましょうか?」
霊夢は不機嫌そうに、ギロリと紫を睨み付ける。
ルーミア達に囲まれ、幸せそうにお菓子を頬張っていた紫は、二つ返事で了承した。
§
テーブルを部屋の中央へ戻し、紫が口を開く。
「中身を確認したかったのよ」
「中身? ルーミアの中身って事?」
紫はテーブルに置かれたリボンを指し示す。
「えぇ、今まで何度かそのリボンを外してきたけれど、そのつど現れたルーミアは微妙に違っているでしょう?」
霊夢はこれまでの事を思い出しながら、ゆっくりと頷く。
現れた姿は大人びた姿だったが、そのどれもが同一とは言えなかった。
「それでふと気になったのよ。 もし、リボン――封印を外したその瞬間に、現れる姿が確定されるのならば――ってね」
そう言われた霊夢は、部屋に居るルーミアをぐるっと見渡す。
「この子らや、さっきの二人が、その外す前の中身って事?」
「そう捉えて貰って結構ですわ」
紫は更に続ける。
「本人、もしくは外部の幻想、想像、妄想、体験の影響かもしれない。
それとも、無数の可能性の中から確率の高い姿が現れているのかもしれない。
そして、それ以外の何かかもしれない。
でも、問題なのは確定する条件じゃない。
確定する前の中身。
『未確定、未確認の中身を、確定する前に確認する』事」
「……まぁ、あんたなら簡単よね」
霊夢は音をたててお茶を啜る。
隙間妖怪である紫ならば、境界を弄るだけで達成できてしまう。
その結果、今までの姿の変化ではなく、多種多様な姿を持ったルーミアが複数現れることになったのだ。
「私の予想では、可能性、幻想、想像、妄想。それらの数だけ姿がある筈よ」
「大人の姿、幼い姿、翼のある姿、好戦的だったり、食いしん坊だったり、
甘えたがり、知性的なのも全て同じ。 結局、ここに座ってるルーミア達はどれも同じルーミアって事でしょ?」
「その子もそうですわ」
と紫は漂う黒い靄のような存在を指し示し、揚げ足を取る。
「ったく、興味本位で人の幸福を奪わないで欲しいわ……」
と霊夢はテーブルに突っ伏す。
「ふふ、知的好奇心も満たしたし、もう邪魔はしないから安心なさいな」
紫は扇子を上から下へと振り下ろし、空間に隙間を開けるとその中に身を滑り込ませる。
だが、霊夢はあわててそれを止める。
「ちょっと、ルーミアを元に戻してから帰りなさいよ!」
「あぁ、大丈夫よ。さっき見たでしょ? その子が器になってるから、内側に帰らせてあげれば、後はリボンを結んで元通りよ」
そういい残した紫と、空間に開いた隙間は、は音も無く消え去っていった。
僅かな沈黙の後、ルーミア達がしゅんとうな垂れる。
「……なんか、ごめんね霊夢……」
「何言ってるのよ、諸悪の根源はぜーんぶ紫よ」
むしろ一番の被害者よ。と霊夢が元気付ける。
「さ、さっきの事は気にせず早く続きを、ね?」
イヤな事はさっさと忘れ、中断してしまった至福の時間を取り戻そうと提案する。
「うん! ……そういう訳だから、みんな元に戻ってくれる?」
他のルーミア達は快く頷き、一人、また一人と溶け込むように、内側へと帰ってゆく。
皆ちゃんと判っているのだ。
個のルーミアの幸せは他のルーミア全員の幸せでもある事を。
そして、ほんの少し前まで部屋中に居たルーミアは、元通り一人になる。
それを待って、リボンを手にした霊夢が立ち上がる。
「ん、リボンを結んであげる」
だが、ルーミアは小首をかしげる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「なんかね、丁度一人分、足りない気がするの……」
§
ルーミアが小首を傾げている頃、紫は既に自宅へと帰ってきていた。
普段なら出迎えるであろう式の藍と橙は、紫に出された暇を満喫する為に姿が見えない。
「んっふふふ~、木を隠すなら森の中よね~♪」
と独り言を呟きながら、もう一つの隙間を開く。
「……わっ?」
すると、中から妙に幼いルーミアが飛び出してくる。
状況が飲み込めていないからか、幼いルーミアはキョロキョロと辺りを見渡す。
「ねぇ、……ここ、どこ?」
紫のスカートの端を摘み、不安そうに、幼いルーミアがじっと見上げる。
不安を払うようにルーミアを撫でた紫は、微笑み返す。
「ここは私のお家。 そして、あなたのお家になるの」
「ん? どういうこと?」
幼いルーミアは、良く判らないと小首を傾げる。
その仕草に、ついつい鼻から赤い雫を滴らせながら、紫は幸せそうに告げる。
「今日から、紫おかーさんと一緒に暮らすのよ♪」
これほど恐ろしいものは無い。
ソレはどんな存在もが恐れる、最も厄介なモノである。
生きとし生ける存在はすべてこの『持て余す程の暇』を忌み嫌う。
特に長寿の存在となればそれは顕著であり、どうにかして暇を磨り潰そうとあの手この手を考える。
だが、長寿の存在は長寿故にこれまで何度も暇を磨り潰してきたのだ。
暇を潰すための臼はそのつど重さを大きさを増してゆき、回すことすら困難になってくる。
幻想郷の何処とも解らない場所に佇むその屋敷の主――八雲紫はその重く巨大になった臼を回す手段を模索していた。
「あー……、何か、こう……、無いものかしら」
屋敷の主としての威厳もへったくれもなく、部屋に横たわった紫は気だるい様子でそう呻く。
「ねぇー、藍、藍ちゃん。 何か無いかしら?」
ころりと転がり、隣の部屋へと視線を向ける。
隣では彼女の式神である藍が、己の式神である橙になにやら教えている最中だった。
「紫様を満足させるような暇つぶしなんか私には思いつきもしませんよ」
しかし、藍は苦笑するしかなかった。
主人の命令を実行する存在である式神が、主人に意見を提案などできるはずも無い。
紫もそれを判っていながら、藍を困らせるために聞いたのだ。
「藍様、この箱の所、もっと簡単に……」
「んん、あぁそうだな……」
式の式である橙が藍に説明を求めた所で、紫はまたもや気だるそうにころりと床を転がり背を向ける。
いくら暇だとはいえ、二匹の邪魔をする気は無い。
外から時折入ってくるそよ風が横たわる怠惰な主人の金髪を揺らす。
心地よい風に、紫の瞼がどんどんと重くなってゆく。
「……」
楽しそうな二匹の会話をなんとなく耳にしていた。
「じゃあ、この状態だと中ではどうなってると思う?」
「中は見えないんですよね? えぇっと……」
そのまま眠ってしまうんじゃないかと思われた紫の瞼がピクリと震える。
そして、 大きな声と共に突然跳ね起きる。
「――それよっ!」
「うわぁッ!」
「なななな――っ!?」
突然の行動に藍と橙は飛び上がらんばかりに驚きふためく。
しかし、そんな事意にも介さず、目を爛々と輝かせた紫は可愛い可愛い式達を見る。
「やっっぱり藍ちゃんは優秀ね! 橙も可愛いわよ♪」
ぎゅーっと二人を掻き抱くと、紫はほお擦りを繰り返す。
「は、はぁ……」
「あ、ありがとうございます……!?」
ニコニコと上機嫌な紫に、橙は喜び、藍はあいまいに頷く。
「よーし、今日は二人に暇とお小遣いをあげるわ」
と空中に現れた小さな隙間から、お小遣いにしては多すぎる額のお金が二人に渡される。
「――こ、こんなに?」
「わぁ♪」
普段では考えられない紫の行動に藍も橙も目を白黒させるばかりである。
「うふふふっ、それじゃあ少し出かけてきますわ」
驚く二人を後にして、紫は隙間へと身を滑り込ませた。
§
博麗神社。
幻想郷と外の境にある結界の要とも言えるその神社は、いつになく静まり返っていた。
人間よりも妖怪が頻繁に訪れる博麗神社では異常事態とも言えた。
神社の唯一の住人である博麗霊夢が出かけているから、――では無い。
たとえ出かけていても暇な妖精の一匹や二匹は境内に居るのが常である。
それ以前に、彼女――霊夢は普段どおりに神社に居た。
だが、まるで居留守を決め込んだかのように戸締りをし、気配を外に漏らさないようにしていた。
蜜のたっぷり掛かった団子、色とりどりのお饅頭、パリっと香ばしいお煎餅。
ビスケットの山に、可愛らしいキャンディにみんな大好きチョコレート。
蒸かしたての肉まんに、瑞々しい果物の数々。
テーブルの上を占領するのは、所狭しと並べられたお菓子やデザートの数々。
静まり返った神社とは裏腹に、家の中は甘い香りと喜色に溢れかえっていた。
「わぁ……♪」
それらを前にし、キラキラと目を輝かせるのは、柔らかな金色の髪に赤いリボンを結んだ少女。
この日、霊夢が一緒に遊ぶことを約束し、招待したのである。
「どう? 驚いたでしょ?」
霊夢は目を輝かせる少女に得意げに振舞う。
少女の名前はルーミア。
闇を操る宵闇の妖怪である。
少女と呼ぶにはまだあどけなさの残るルーミアが、上目遣いに霊夢を見つめる。
「すごーいっ! ……本当に、いいの?」
その眼差しにクラクラとしながら、霊夢も笑顔で応える。
「えぇ、一緒に食べましょ」
「わはぁ♪ いただきまーす」
喜声と共に、ルーミアの手がお菓子の山に伸びる。
真っ先に手に取ったのは熱々の肉まん。
それを一生懸命ふーっ、ふーっ、と息を吹きかけると、小さな口で美味しそうに頬張る。
「ほふ、はふ、もぐもぐ」
「そんなにがっつかなくてもいいのに」
ルーミアが肉まんを頬張る様を、霊夢はニコニコと眺める。
「……んっく」
最初の一個を嚥下したルーミアは、幸せいっぱいの表情で一言。
「おいひ~♪」
「そ、そう? 美味しい? ふふふ……♪」
眩いくらいにほにゃっとした笑顔を見せるルーミアに、ご機嫌だった霊夢の表情が更に緩む。
「じゃあ、私も食べようかしら」
「えへぇ♪」
ルーミアも天使のような微笑を霊夢に向ける。
――あぁ、もう、かわいいなぁ!
この、至高の一時の為に霊夢はあらゆる努力を惜しまなかった。
集められるだけのお菓子を準備、時には自ら調理し、したくもない修行をして人避け、妖怪避けの術を会得したのである。
その効果は一日だけとはいえ、神社を訪れようとする者に神社を認識できなくするという物である。
全てはルーミアの笑顔を独り占めする為でもあり、デレデレに緩みまくった自分を見られたくないからである。
魔理沙あたりなら知られても気まずい程度で済むが、烏天狗なんぞに知られた日には幻想郷中に恥ずかしい写真がばら撒かれてしまう。
そして何より『天敵』への対策でもあった。
そのかいあって、霊夢は今至福の中にいた。
当然、ルーミアも同じであった。
普段はそっけない霊夢がいつも以上に優しくて、そのうえ美味しいものが目の前にずらりと並んでいるのである。
ルーミアはより甘えようと霊夢に擦り寄り、霊夢もそれを拒む事無く受け入れる。
「霊夢、こっちも甘くておいしーよ」
はしゃぐルーミアだったが、霊夢がそれをさえぎる。
「あぁ、口の周りが……」
霊夢が困った顔をして――その実、嬉しそうに――ルーミアの口を拭ってやる。
「これでよし、と」
「んゅ……、ありがと」
えへーと笑うルーミアに霊夢は遂に我慢しきれなくなり、意を決する。
「そ、その……、た、たた……、食べさせてあげようか?」
つまり餌付k――、ではなく「あーん」という奴である。
幸せそうに食べてる姿だけでは満足しきれなくなった霊夢のある意味暴走でもあった。
が、ルーミアはなんの疑問も持たず、嬉しそうに頷く。
「そ、そう? じゃあ、ひ、膝の上に……」
嬉しさのあまり霊夢は上ずった声でそう言いながら、自らの膝をポンポンと叩く。
ルーミアは少しだけ恥ずかしそうに目を左右に泳がす。
「あぁ、の、乗る必要なんてないわよね、あは、はは……」
口早に取り繕う霊夢だったが、ルーミアは静かに頷く。
「う、うん……」
「――っ!!!」
だが、霊夢の至福はここまでだった。
「はーい、そこまでよ」
ルーミアでも、ましてや霊夢でもない声が部屋に響く。
誰も、何者の邪魔しに来ない状況を作り出したのに、それが脆くも崩れ去った。
あっけにとられ、霊夢は固まってしまう。
ルーミアも声の主が見当たらずキョロキョロと周囲を見渡す。
「もう、二人だけで楽しんじゃって……、酷いわね」
と文句を言いながら、目の前に突如として現れたのは『天敵』――八雲紫だった。
「ふふ、でもやっぱりここに居たのね」
ルーミアを見て、紫は嬉しそうに微笑む。
「――って、あんたいったい何しに来たのよ! それにせっかく施した妖怪避けは?」
固まっていた霊夢は我に返ると、ルーミアを抱き寄せて紫に捲くし立てる。
「そりゃあ、用事があるから来たのよ。それに、妖怪避けなんて私に効果があるはず無いでしょ?」
隙間を渡る紫には、神社が認識できなくとも関係ない。
中に居るであろう霊夢を直接尋ねればよいのだから。
「うぎぎ……」
改めて紫の
「それで私はルーミアちゃんに用事があるのだけれど……」
霊夢は目に見えて不機嫌になる。
「ダメよ! どうせろくでもない事をする癖にっ」
紫から隠すように、霊夢はルーミアを抱きしめる。
「ただリボンを外させて欲しいだけなのに……」
つれないわね、といじけて見せるが、至福の時間を邪魔された霊夢は更に敵意をむき出しにする。
「あんたは今までのことを知ってて……、リボンもルーミアも渡すもんですかッ」
霊夢が怒るのも無理は無かった。
ルーミアのリボンは御札であり、ルーミア本人は触ることすらできないという代物である。
結ばれている本人が触れないという事は、簡単に外れては困るという事。――封印である。
これまでに何度かそのリボン――封印はは外され、その度に事件が起きていた。
「むぐぐ……」
より強く掻き抱かれたルーミアは霊夢の胸の中で息苦しそうに悶える。が、両者とも気がつく素振りも見せない。
「あら、渡す気はまったく無い、と?」
「当然でしょ!」
霊夢の剣幕に紫は困った顔をして溜息を吐くと、一拍おいて口の端を吊り上げ不適な笑みを浮かべる。
「じゃあ、しっかり捕まえてなさい」
ニヤリと笑う紫の手元は、隙間の中へと消えている。
「あっ!?」
気がついたときには掻き抱くルーミアのリボンに隙間から現れた紫の手が伸びており、いとも容易くリボンが解かれる。
「ふふ、さぁ――」
リボンが外れると同時に突然視界が真っ黒になり、霊夢が悲鳴を上げる。
「きゃ――ッ!?」
それだけではない。
視界が黒くなると同時に、霊夢の優れた霊感が更なる異変を察知する。
「なによ、これ……」
三人しか居ないはずの部屋に、それ以上の複数の存在が感じられるのだ。
今までの経験には無い事態に、霊夢は説明を求める。
「ちょっと紫、いったい何をしたのよ!」
「言って聞かせるよりも、見たほうが早いわね」
そう言うなり、紫が何かしたのか、黒かった世界にさっと日が差し込む。
「う……」
眩しさに顔をしかめた霊夢の視界に飛び込んできたものは――
「あら、霊夢じゃない」
と振り返ったのは髪の長い大人びた女性。
「そーなのかー」
と間抜けな反応を示す少女。
「あ、本当だ」
それに反応して振り返ったのは、大きな翼をもった少女。
「わぁ、れーむだー」
嬉しそうに駆け寄るのは幼女と言っていい程幼い子。
そして、ふわふわと漂う黒い靄。
他にも知的な子や、テーブルの上のお菓子に手を伸ばす子など、多数。
「な、な、何よこれぇぇええ!??」
理解できない状況に、霊夢は頭を抱えて絶叫する。
「あら、解らない?」
紫はコロコロと笑いながら問いかける。
「いや、なんとなくは解るけれど……、全部この子なんでしょ?」
と、先ほどまで掻き抱いていたルーミアを指差す。
「えぇ、正解♪」
姿形は違うけれども全てが本物のルーミアであった。
しかし霊夢が解らないのは別である。
霊夢は髪の長い大人びたルーミアを指差す。
「ちょっと、今までだとあいつだけだったじゃない。それがどうしてこんな……」
これまでリボンを解いても、普段のルーミア姿が、腰まで伸びた金髪をもった大人びた姿になるだけだった。
それがなぜか今回は別の存在として、しかも複数現われたのである。
「あぁ、私がちょっと細工したのよ。 境界をちょこちょこっとね」
ばちこーん☆とウィンクする紫に、霊夢は怒りに震える拳を硬く握り締める。
「あーんーたーわーっ!」
しかし、その怒りはルーミア「達」によって遮られる。
「もう、放っておけばいいでしょ?」
霊夢の後ろから腕を回したのは、大人びたルーミア。
霊夢の背中で豊かな双丘が押し付けられる。
「そうだよ霊夢、今日は私と遊んでくれるんでしょ?」
と震える拳に指を絡ませて握るのは、翼の生えたルーミアだった。
「う、そ、そうだけど……」
「それじゃあ」「続きをしましょう?」
二人は満足そう微笑むと霊夢にべったりと張り付く。
「あらあら、随分と好かれてるわね」
その微笑ましい姿を見て、紫はコロコロと笑う。
「紫、後で説明してもらうわよ……」
「私達も~」
他のルーミア達も霊夢に群がろうとするが、気が強い二人のルーミアにギロリと目で凄まれてしまう。
「っ!!」
怯えてしまい、すごすごと引き下がったルーミア達は、わっと紫に泣きついた。
「うぅ……、おかーさーんっ」
「――あら、あら、あらあらあら~♪」
ルーミア達の中の一人が発したその言葉に、紫の表情が目に見えて緩んでくる。
「ちょ、な、何よソレ!? それと、おかーさんってっ!?」
「ん?、少しね……♪」
と幸せいっぱいに微笑むと、紫はルーミア達に向き直る。
「よしよし、じゃあ向こうで遊びましょうね♪」
説明しなさいと声を荒げる霊夢を無視して、紫はルーミア達とテーブルごと、部屋の隅へと移ってしまう。
「うぐぐっ、いつも以上に腹がたつわね……、ひゃうっ!」
歯軋りする霊夢の背中を大人びたルーミアがつぅーっと指でなぞったのだ。
「ほーら、
と霊夢の体を抱き寄せる。
それに対し、翼のあるルーミアが吼える。
「何よ、まずは、
間に挟まれた霊夢はやっぱりか、と呟くと疲れた表情をし、抱えられたままのルーミアはおろおろと視線を彷徨わせる。
お互いに気が強く、独占欲も強いとなればいがみ合うのは必至である。
「ちょっと、喧嘩は……」
霊夢も当然仲裁しようとするが、二人は聞く耳持たない。
「年増で胸にしか栄養いってないようなの霊夢は相手にしないわよ!」
「そっちこそその邪魔臭い翼を毟ってから出直してらっしゃい!」
「だ、だから、やめなさいってば」
霊夢を無視したいがみ合いはどんどんとヒートアップしてゆく。
「どっちが相応しいか教えてあげなきゃいけないみたいね?」
語気を強くした大人びたルーミアの両手から、光の中で黒く輝く妖気の塊が大小無数に出現する。
「そのセリフ、そっくりそのままお返ししてあげるわッ」
黒い翼を大きく広げたルーミアは、どこから取り出したのか、身長ほどもある巨大な剣を握り締める。
「……ッ」
「……っ」
ぶつかり合う妖気は火花を散らし、お互いに相手の挙動を見逃すまいと、猛禽類の様に目を輝かせる。
まさに一触即発の状態である。
だが、その緊張も長くは続かなかった。
「……ルーミア、少しどいててね」
霊夢は、引き攣った笑顔でそれまでぎゅうぎゅうと抱き締めていたルーミアをそっと脇にどかせる。
「う、うん」
とうか一瞬で終わった。
「――いいから、やめろって言ってるでしょうがぁあああッ!」
キれた霊夢の怒号と共に、ルーミア二人の顔面に投げつけられた陰陽玉がめり込む。
「ぶっ!?」
「ぎっ!?」
奇妙な声を発して二人がもんどりうって倒れる。
「はぁー、はぁー、あんた達が暴れたら神社が壊れるでしょうが!」
鼻を押さえた二人がむくりと起き上がり、まったく同じ言葉を口にする。
「「……でも、向こうが引かないんだもの」」
まったく懲りてない二人に霊夢はぴしゃりと言い放つ。
「いいから、あんたたちは大人しくしてなさい!」
二人はビクリと身を竦めると、しぶしぶとだが頷く。
「うぅ、わかったわよぉ」
「はぁーい」
そして、二人はとぼとぼと元のルーミアの傍らへ向かう。
「まぁ、これ以上怒られて、
翼のあるルーミアはばつが悪そうに笑いかける。
「、
大人びたルーミアは優しく頭を撫で付ける。
「う、うん……」
一言ずつ告げ終わった二人は、元のルーミアに溶け込むように消え去ってしまう。
「ふぅ……、さぁ、詳しく説明してもらいましょうか?」
霊夢は不機嫌そうに、ギロリと紫を睨み付ける。
ルーミア達に囲まれ、幸せそうにお菓子を頬張っていた紫は、二つ返事で了承した。
§
テーブルを部屋の中央へ戻し、紫が口を開く。
「中身を確認したかったのよ」
「中身? ルーミアの中身って事?」
紫はテーブルに置かれたリボンを指し示す。
「えぇ、今まで何度かそのリボンを外してきたけれど、そのつど現れたルーミアは微妙に違っているでしょう?」
霊夢はこれまでの事を思い出しながら、ゆっくりと頷く。
現れた姿は大人びた姿だったが、そのどれもが同一とは言えなかった。
「それでふと気になったのよ。 もし、リボン――封印を外したその瞬間に、現れる姿が確定されるのならば――ってね」
そう言われた霊夢は、部屋に居るルーミアをぐるっと見渡す。
「この子らや、さっきの二人が、その外す前の中身って事?」
「そう捉えて貰って結構ですわ」
紫は更に続ける。
「本人、もしくは外部の幻想、想像、妄想、体験の影響かもしれない。
それとも、無数の可能性の中から確率の高い姿が現れているのかもしれない。
そして、それ以外の何かかもしれない。
でも、問題なのは確定する条件じゃない。
確定する前の中身。
『未確定、未確認の中身を、確定する前に確認する』事」
「……まぁ、あんたなら簡単よね」
霊夢は音をたててお茶を啜る。
隙間妖怪である紫ならば、境界を弄るだけで達成できてしまう。
その結果、今までの姿の変化ではなく、多種多様な姿を持ったルーミアが複数現れることになったのだ。
「私の予想では、可能性、幻想、想像、妄想。それらの数だけ姿がある筈よ」
「大人の姿、幼い姿、翼のある姿、好戦的だったり、食いしん坊だったり、
甘えたがり、知性的なのも全て同じ。 結局、ここに座ってるルーミア達はどれも同じルーミアって事でしょ?」
「その子もそうですわ」
と紫は漂う黒い靄のような存在を指し示し、揚げ足を取る。
「ったく、興味本位で人の幸福を奪わないで欲しいわ……」
と霊夢はテーブルに突っ伏す。
「ふふ、知的好奇心も満たしたし、もう邪魔はしないから安心なさいな」
紫は扇子を上から下へと振り下ろし、空間に隙間を開けるとその中に身を滑り込ませる。
だが、霊夢はあわててそれを止める。
「ちょっと、ルーミアを元に戻してから帰りなさいよ!」
「あぁ、大丈夫よ。さっき見たでしょ? その子が器になってるから、内側に帰らせてあげれば、後はリボンを結んで元通りよ」
そういい残した紫と、空間に開いた隙間は、は音も無く消え去っていった。
僅かな沈黙の後、ルーミア達がしゅんとうな垂れる。
「……なんか、ごめんね霊夢……」
「何言ってるのよ、諸悪の根源はぜーんぶ紫よ」
むしろ一番の被害者よ。と霊夢が元気付ける。
「さ、さっきの事は気にせず早く続きを、ね?」
イヤな事はさっさと忘れ、中断してしまった至福の時間を取り戻そうと提案する。
「うん! ……そういう訳だから、みんな元に戻ってくれる?」
他のルーミア達は快く頷き、一人、また一人と溶け込むように、内側へと帰ってゆく。
皆ちゃんと判っているのだ。
個のルーミアの幸せは他のルーミア全員の幸せでもある事を。
そして、ほんの少し前まで部屋中に居たルーミアは、元通り一人になる。
それを待って、リボンを手にした霊夢が立ち上がる。
「ん、リボンを結んであげる」
だが、ルーミアは小首をかしげる。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「なんかね、丁度一人分、足りない気がするの……」
§
ルーミアが小首を傾げている頃、紫は既に自宅へと帰ってきていた。
普段なら出迎えるであろう式の藍と橙は、紫に出された暇を満喫する為に姿が見えない。
「んっふふふ~、木を隠すなら森の中よね~♪」
と独り言を呟きながら、もう一つの隙間を開く。
「……わっ?」
すると、中から妙に幼いルーミアが飛び出してくる。
状況が飲み込めていないからか、幼いルーミアはキョロキョロと辺りを見渡す。
「ねぇ、……ここ、どこ?」
紫のスカートの端を摘み、不安そうに、幼いルーミアがじっと見上げる。
不安を払うようにルーミアを撫でた紫は、微笑み返す。
「ここは私のお家。 そして、あなたのお家になるの」
「ん? どういうこと?」
幼いルーミアは、良く判らないと小首を傾げる。
その仕草に、ついつい鼻から赤い雫を滴らせながら、紫は幸せそうに告げる。
「今日から、紫おかーさんと一緒に暮らすのよ♪」
やっぱ紫様を「おかーさん」って呼ぶのは堪らなく良いですね。
霊夢への懐き?もとても微笑ましいです。
堪能させてもらいました。
面白かったですよ。
創想話も外見だけじゃなくて投稿される作品の雰囲気まで時が経つごとに変わっていってますよね
この作品見るとなんだか懐かしい感じがしてたまりません
面白かったです
ほんわかさせていただきました。