魔法の森 午後6時
春先のこの時期、外も暗くなり始めていた。
森の中にある、人形遣いことアリスの家の周囲は既に光が差していない。
アリス自身もそうなる事は既知であり、既に雨戸は閉めてある。
ここまで暗くなればまともな来訪者はまず来ない。
しかし
コンコンッ
こんな時間にドアを叩く音がした。
「………誰かしら?」
あまり他者との交流の無いアリスには家を訪れる者は多くない。
家の場所が、非常に迷いやすく、危険な魔法の森の中とくれば当然の事だ。
他者との交流の多い魔理沙でさえ、自宅に誰かが来る、と言うのは稀有(けう)なのだ。
(誰か迷い込んだのかしら?)
過去にも何度か人間が迷い込んで泊めてあげた事はある。
今回もその類だろうと思ってアリスはドアを開ける。
人形を周りに展開し、一応の警戒だけはしておいてから。
ガチャッ
ドアを開けてからアリスは少し驚いた顔をして止まった。
そして
「誰?」
と、相手に先に聞かれてしまった。
「それは私の台詞よね。この場合」
アリスは気を取り直してそう返した。
「え?そうなの?」
「ええ、そうなの」
アリスはその予想外の来訪者にそう返す。
「で、誰?」
「貴女失礼ね。まぁ、貴女みたいな妖怪に礼儀があるとも思ってないけど、ね。そうでしょう?霊烏路空」
「うにゅ?何で私の事知ってるの?」
その珍しい来客、地獄鴉の妖怪、霊烏路空はそう尋ねた。
「まぁ、直接会った訳じゃないし、貴女は私の声しか聞いてないでしょうから当然かしらね」
「声?そう言えばどこかで聞いた様な…………」
「以前、地底で貴女が暴れた時に懲らしめに向かった黒白の魔法使いは覚えてるかしら?」
「魔理沙の事?」
「ええ、そうよ。その魔理沙の側から私の声が聞こえて来なかった?」
「ん~……………解んないわ」
空は頭を捻ってからそう答える。
「まぁ、覚えて無くても不思議じゃないか」
あの時の空は、かなりハイになってたので、印象の強くない物は覚えていないのも無理は無い。
「それじゃあ自己紹介だけしておくわね。私はアリス・マーガトロイド。人形遣いよ。それで、なんで貴女がこんな所へ?」
アリスは自己紹介の後に漸(ようや)く一番最初に頭に浮かんだ疑問を口に出来た。
「あ、そうそうそれ!!」
空もアリスに言われて何かを思い出したように叫ぶ。
「今日ね、霊夢の所に遊びに行ったのよ!」
「待って。その話は長くなるのかしら?」
何やら語り出しそうな空にアリスはそう尋ねる。
「ん~っとぉ……………」
空は思い出すように空を見上げる。
「長くなりそうね………入りなさい。もう暗いから中で話を聞くわ」
アリスはそう言ってドアを大きく開いて空を招く。
「あ、うん!入る入る!!」
空は嬉しそうにそう返事をして家の中へと入って行った。
「で、どうしてここに?」
空を居間に通し、紅茶を淹れて差し出してから再びアリスは尋ねる。
「あ、うん。それがね………あ、何このお茶。色もそうだけど味も変わってるわ」
「それは紅茶よ。恐らく貴女が普段飲んでるのは緑茶でしょう。葉っぱは同じだけど、摘んだ後の工程が違うのよ。それは後で教えてあげるから、どうしてここに?」
あっさりと話が逸れそうになった空を再び軌道に戻すアリス。
「あ、うん。それでね、今日、霊夢の所に遊びに行ったのよ!」
「ええ、それはさっき聞いたわ」
「そしたら、何か、霊夢忙しいからって遊んでくれなかったのよ」
「まぁ、そう言う時もあるでしょうね」
霊夢とて妖怪退治の仕事が無くても、神社の掃除やら修行やらとやる事は結構ある。
「で、つまらないからそこら辺を飛んでたの」
「それで?」
「そしたらここに居たのよ」
「待ちなさい。色々端折り過ぎよ」
肝心な部分がすっぽり抜けている空の説明にアリスが突っ込む。
「はしょりすぎ?」
「飛ばし過ぎって事よ。そもそも、なんで辺りを飛んでてここに来る訳?」
言うまでもなく、アリスの家は地面に立っている。
空を飛んでいた空が突然ここに着地する理由が無い。
辺りの見える、もっと明るい時間ならいざ知らず。
「大体、霊夢の所に行ったのって何時くらい?」
「えっと~…………お昼ちょっと過ぎくらいかな?」
「それからずっと飛んでたの?」
「うん!面白い物一杯あるから!!」
ずっと地底に居た空にとって地上の景色が物珍しいのも無理は無い。
「で、いつの間にか家の前に居たと?」
「うん」
「どうして地面に降りたの?」
「森の中って上からじゃよく解らないから降りてみたんだ」
「それで?」
「なんか、同じような所グルグル回ってたらいつの間にかここに居たの」
空は決して嘘を吐(つ)いていない。
と言うか、嘘を吐けるような知能があるか、甚(はなは)だ疑問だ。
「どうやら貴女、道を迷わせる妖精に化かされたわね」
「ばか?私馬鹿じゃないわよ!!」
化かされる、の、化か、の部分にだけ過剰に反応する空。
恐らく、普段から馬鹿だとか言われているのだろう。
「化かされる、騙されるって意味よ。誰も貴女を馬鹿だなんて言ってないわ」
紅茶を啜(すす)りながらアリスは冷静に返す。
(思ってはいるけどね)
等と、ちょっと酷い事を考えているアリスであった。
「うにゅ………でね、いつの間にか辺りが全然見えなくなっちゃってさ」
「え?まさか、貴女鳥目?」
空の言葉にアリスは驚いてそう返す。
「うにゅ?」
聞きなれない単語に空は首を傾げる。
「鳥目?」
「一般には、夜に物が良く見えなくなる目の事をそう言うわ」
「うにゅ?私、今目が見えてるよ?」
「そりゃここは明かりがあるから当然でしょう。明かりの無い場所、つまり、夜の今、外に出たら殆ど何も見えないって事よ」
「うん。見えなかった。ちょっとだけ明るかったこの家は見えたけど」
どうやら空はアリスの家から僅かに零(こぼ)れていた光を頼りに辿り着いたようだ。
「そう言う、光の殆ど無い夜の外みたいな場所では殆ど物が見えない目の事を鳥目って言うのよ」
「何で?」
「ん~………これは人間の先入観なんだけどね」
「うにゅ?」
「鳥って殆どが夜になると飛ばなくなるのよ」
「ふんふん」
「そのせいで人間は、夜は鳥が飛ばない=鳥は夜は目が見えないからだって勝手に思い込んだの」
「そうなの?」
「ええ、実際には夜に目が見えなくなる鳥はそんなに居ないわ。ただ、夜間の飛行をしないってだけ。だけど人間が勝手に勘違いして、夜に鳥が飛ばないのは鳥は夜は目が見えないから、だから夜に良く見えない目は「鳥目」としてしまったのよ」
「へ~」
「まぁ、ずっと地下に居れば知る事もないか………そんな情報が来る訳もないし、加えてあそこは昼も夜もない訳だし」
空の担当している灼熱地獄は、以前ほどの灼熱を誇らなくなったと言えども、火車が死体を焼く場所だ。
焼けるだけの火力がある=火が燃えてて明るさが保たれている事になる。
そうなれば、明かりが落ちた環境での自分の視力など気付かないかもしれない。
「しかし、普通の鴉は夜に目が見えてるって聞いてたけど…………地獄鴉は違うのかしら?」
「うにゅ?」
「それとも貴女だけ?」
「どうかしら?」
「いや、こっちが聞いてるのだけど…………」
アリスが呆れたように言う。
「じゃあ、私って鳥目なの?」
「だから、私が知る訳無いでしょ。貴女はどうなの?夜の外で目が見えてたの?はっきりとで無くても」
「全然」
「じゃあ、鳥目ね」
「お~………私鳥目なんだ~」
「そうね」
「鳥目鳥目~♪」
何故か楽しそうに言う空。
「嬉しいの?」
「え?だって鳥目って凄いんじゃないの?」
「いいえ、寧(むし)ろ不便なだけよ」
「そうなの!?」
驚く空。
「逆に夜に目が見えなくて何が良いのかを聞きたいわ」
呆れの溜め息交じりにアリスは言う。
「………………それもそうだね」
暫(しばら)く考えてから空はそう言った。
「ちぇ~………お燐に自慢しようと思ったのにな~」
「お燐?確か、あの地底に居た黒い猫よね?」
「うん、そう。お燐」
「その子はどうしたの?猫なら貴女とは違って夜目が凄く利くでしょうから夜でも問題ないわよ」
「今日は一人で来たの~」
「成程」
お燐も一緒に来ていたのなら人形を展開して家の近くを探し、見つけたなら空を回収して貰おうとアリスは考えていた。
が、その考えも一瞬でご破算となった。
「まぁ、こうなったらしょうがないわ。今日は私の家に泊って行きなさい」
「え?良いの?」
「幾らなんでも夜の魔法の森に鳥目の女の子を放り出せないわよ」
それがいくら力のある妖怪であっても、だ。
「やった~!実は困ってたんだ~!!」
空は両手を挙げて喜んだ。
「やれやれ…………それじゃ、ご飯用意するけど、食べる?」
「うん、食べる!!」
アリスの質問に空は元気良くそう返す。
が、当のアリスは席を立つ様子は無く、相変わらず紅茶を啜っている。
「うにゅ?ご飯作らないの?」
空はアリスに尋ねる。
「もう準備に取り掛かってるわ」
「へ?」
やはり動く様子を見せないアリスに空は不思議そうな顔をする。
「ああ、そうか。貴女私の事知らないのよね?」
「うん?アリスでしょ?」
「名前は、ね。私がどう言う者かは知らないでしょう?」
「うん、知らない」
「さっきも言ったけど私は人形遣い。言葉通り、人形を操れるのよ」
「それで?」
「さっき入口で見なかった?私の近くに人形が浮いてたの」
「見たよ」
「ん~……………そうね、百聞一見ね。来なさい」
どうやら察せないと判断すると、アリスは空を連れて台所へ向かった。
「うわあぁぁぁ……………」
空は台所に入ると、子供のように目を輝かせていた。
「こう言う事よ」
台所ではアリスが操る人形達が忙(せわ)しなく食事の準備をしているところだった。
「凄い凄い!!ねぇ、これどうなってるの!?」
空は子供のようにアリスに尋ねて来る。
前に魔理沙がアリスの助力を得て地底に行った時も人形は居たが、その時は魔理沙の攻撃のオプションと言った感じであり、この様に家事をやっている人形を見るのは前とは違った印象を受けたのだろう。
「私が操ってるのよ」
「えぇ!?………………………嘘だぁ!!糸見えないわよ!!」
空は人形とアリスの間をジッと目を凝らしてからそう言う。
「それはそうよ。操っていると言っても実在する糸じゃなくて私の魔力で操っているんだから」
実際は魔力でなく、魔法の糸を魔法で操っている、が正確である。
が、ここでまた「糸」と言う単語を出すとややこしくなりそうなのでアリスは敢えてそう言った。
「へ~…………まるで生きてるみたい」
「でも、人形なのよ。残念ながら、ね」
「ふ~ん………」
アリスの言葉は耳に届いていないようだ。
空は人形達に見入っている。
「気に入ったのなら見てても良いけど、料理の邪魔になるから人形には触らないでね」
アリスはそうとだけ言うと居間に戻って行った。
暫くして料理を持った人形達と一緒に空も戻って来た。
そしてそのまま席についても人形達を見ていた。
「ねぇねぇ!これ頂戴!!」
そして空はアリスにそう言った。
「ダメ」
即答だった。
「え~!?」
「断っておくけど、動くのが気に入ったのならご期待には添えないわよ」
「そえ?何?」
「あ~…………まぁ、その子達は私の下(もと)を離れたら動かないわよって事」
アリスは空の知能レベルを思い出し、そう言い変えた。
「何で?」
「言ったでしょ?その子達はただの人形。私が操ってるから生きてるように動いてるに過ぎないの。つまり、私が操るのを止めたら」
そう言ってアリスは物を持っていない人形達の操作を中止する。
すると、ボトボトボトと人形達は地面に落ちた。
「こんな風にただの人形に戻るのよ」
アリスの説明と共に空は人形を拾い上げる。
そして手足を引っ張ってみたりする。
「動かないでしょう?ああ、引っ張りすぎて壊さないでね」
聞きながらもアリスは注意を忘れない。
空も見た目に反して力は強い。
妖怪なのだから当然だろう。
迂闊に力を込めて引っ張られたら容易に壊れてしまう。
「う~…………でも、可愛いから欲しいな~」
空は残念そうに、だがそれでもそう言った。
「しょうがないわね………動かなくて良いなら貴女用に一つ作ってあげるわ」
「本当!?」
「ただし、大事にしなさいよ?」
「うんうんうん!!」
空は嬉しそうに何度も頷く。
アリスはその様を見て微笑みながら
「それじゃ、冷めない内にご飯食べましょうか」
「うん!いっただっきまーす!!」
そう言って食事に手を付けた。
「御馳走様~!!」
食べ終えて空が言う。
「はい、お粗末様でした」
アリスが返す。
「貴女、結構汚れてるわね」
「そう?」
空が自分を見回しながら尋ねる。
「ええ。汚れたまま布団に入られても困るから、お風呂入りなさい」
「は~い」
アリスに言われ、そして人形に案内されて空は風呂場へと向かう。
「さて、それじゃあ私は作業に取り掛かりましょうかね」
アリスは一人呟いてから自身の作業部屋へ向かう。
そして作業部屋について準備を終えた所で
ドタドタドタドタ!!
「出たわよ!!」
先程の居間から空の声が聞こえて来た。
「………………冗談でしょう?」
空が入ってから出るまでの時間を時計で見て驚くアリス。
そして、真偽の確認の為に居間へ向かう。
「あれ~?アリス~?」
居間に居ないアリスを探して空は声を上げる。
「こっちに居るわよ」
アリスは廊下を歩きながら返事をする。
「あ、居た!」
「貴女、ちゃんとお風呂に………って、何でまたその汚れた服着てるのよ!!」
髪の濡れ具合から風呂に入ったのは解る。
が、出て来た空は再び汚れている服に袖を通していた。
「うにゅ?」
「人形達に変えの服を用意させたでしょう!?」
アリスは怒鳴る。
が、空は首を傾げるだけだ。
「大体、何よこの髪!全然洗ってないじゃないの!!」
空に近づいてみて、空の髪が全く洗われて無い事に気づくアリス。
「え~………面倒くさいもん」
「女の子なんだから髪にくらい気を使いなさい!!」
そう言うと、アリスは空を引っ張って行く。
「ど、何処行くの!?」
「もう一回入りなさい。私も一緒に入って洗ってあげるわ」
「え~!?」
「え~!?じゃない!!まったく、本当に鴉の行水ね…………」
呆れの溜息を吐きながらアリスは風呂場へと向かった。
「ほら、じっとする!」
「だってくすぐったいよ!!」
空はアリスに椅子に座らされて体を洗われている。
「泡の立ち具合が悪いわ………貴女、体洗ってないの?」
「水浴びならしてるわよ?」
「水浴びだけじゃなくてちゃんと洗いなさい!!貴女の所のご主人様は何も言わないの!?」
「さとり様?偶(たま)に戻ると洗われるよ~」
「日頃から自分で洗いなさい!ああ、もう、信じられないわ」
一度空にお湯を掛けて泡を流し、もう一度空の体を洗う。
「ええ!?何でもう一度洗うの!?」
「一回じゃ洗いきれないくらい汚れてるのよ!貴女は!!」
そう言いながらアリスは空の体を洗う。
「ほら、見なさい。今度は良く泡が立つでしょう?」
「本当だ。何で?」
「石鹸から出る泡は体の汚れが酷いと良く立たないのよ」
「そうなの?」
「ええ。だから、さっきの貴女は凄く汚れてたって事よ」
「じゃあ、今は綺麗なの?」
「まだ完璧じゃないからもう一度洗ってるのよ。まぁ、これだけ泡立っていれば、この一回洗えば大丈夫でしょうけど」
「へ~」
泡に包まれていく自分の体を見ながら空は呟く。
「はい、体はこれで終わり」
空の体の泡を洗い流してアリスは言う。
「じゃあ、出るわ」
「待ちなさい!!」
直ぐに出ようとした空の肩をアリスが掴む。
「うにゅ?」
「頭がまだでしょう!本題はそっちよ!」
そう言ってアリスは再び空を座らせる。
「う~………」
空は不満そうに唸る。
「唸らないの。ほら、お湯掛けるわよ」
そう言ってアリスは空に頭からお湯を掛ける。
「うわぶっ!?」
「シャンプー使うから目を閉じてなさい」
「う?」
良く解らないが、空は言われたとおり目を閉じた。
シャカシャカシャカシャカ…………
アリスが空の髪を洗う。
「信じられない………何でこんなになるまで放置できるの?」
アリスは空の髪を洗いながら呟く。
「痛っ!痛い!!」
時折アリスの指が髪に絡み、そして引っ張られて空は悲鳴を上げる。
「貴女の髪が傷(いた)んでるから指に必要以上に絡むのよ。少し我慢なさい」
アリスに言われて黙る空。
一応、世話になっている身であるという自覚はあるのだろうか、大人しく従っている。
「ほら、一回流すから目を閉じてなさい」
アリスに言われるがまま空が目を閉じると、頭からお湯が被さって来る。
「さ、もう一回洗うわよ」
そして、もう一度アリスが空の頭を洗う。
「ん、今度は泡も立つし髪も絡まないわ」
空の頭を洗いながらアリスは呟く。
「綺麗になってるの?」
「ええ、少なくとも私の家に来た時よりは圧倒的に」
そう言いながらアリスは丁寧に髪を洗っていく。
「これでよし、っと。流すわよ」
そう言ってアリスは再度お湯を流す。
「終わり?」
空はアリスに尋ねる。
「まだよ」
「え~!?」
「トリートメントくらいしなさい!!まったく、こんな長い髪持ってるのに、勿体ない」
そう言って今度はトリートメントで空の髪を洗う。
「これ、泡立たないの?」
「ええ、これは髪を洗うと言うよりは綺麗にすると言う意味合いで使ってるのよ」
「ふ~ん………」
解ったんだか解らないんだが、空は曖昧な返事を返す。
「さ、終わり」
暫くして、それも流し終えてアリスが言う。
「じゃあ、出る~」
「お待ちなさい!」
再び空の肩を掴むアリス。
「まだあるの?」
「体と頭を洗ったら湯船にしっかり浸(つ)かりなさい」
「どれくらい?」
「私が頭と体洗うまで待ってなさい」
「う~…………」
「文句言わないの」
「は~い」
アリスに言われて渋々と湯船に浸かる空。
「あ。あったか~い」
湯船に肩まで浸かって空は言う。
「ちゃんと温まりなさい。中途半端に温まると風邪ひくわよ」
「さとり様みたい」
「ご主人様にも言われてるんなら素直に従いなさい」
「は~い」
そして、空はアリスが洗い終わるまで素直に待っていた。
一方、アリスもあまり待たせるとのぼせそうなので、今回は少し雑目に済ませた。
とは言っても、それでも汚れを落とすには十分ではあったが。
そして二人は風呂を上がる。
「はい、じっとしなさい」
どうせ体の拭き方も適当なのだろうと察知し、アリスは空の頭と体を拭く。
「うにゅ」
時々呻きながらも空は言うとおりに体を拭かれた。
「はい、これでよし。下着と寝巻きは用意したのを使いなさい」
「私の服は?」
空が尋ねる。
「洗濯して明日までに乾かしておくわ。貴女は今日はその寝巻きで寝なさい」
そう言ってアリスが人形達に用意させた寝巻きを指さす。
「は~い」
そう返事をして空は着替え、そして居間の方へと向かって行った。
「全く………大きい子供ね、まるで」
アリスは自身の体を拭きながらそう呟いた。
が、その顔にはうっすらと微笑みが浮かんでいた。
「ほら、今度はそこに座りなさい」
居間に戻って、アリスは空を椅子に座らせる。
「今度は何?」
「はい、後ろ向いて」
空の質問には答えずにアリスはそう言う。
不満気ながらも空は言う通りにする。
すると、アリスは髪を梳(す)き始めた。
「何してるの?」
「髪を梳いてるのよ。お手入れね」
「ふ~ん」
空は興味無さ気に返す。
「やっぱり」
「うにゅ?」
アリスの呟きに何事かと空は返す。
「貴女の髪、とても綺麗だわ。これを放って置くなんて、なんて勿体ない………」
アリスは髪を梳きながら言う。
「そうなの?」
「そうよ。ほら、自分の髪触ってみなさい」
そう言ってアリスは空の後ろ髪の束を空に触らせる。
「うわっ!サラサラだ!!」
「ええ。本当はこんなに綺麗なのよ、貴女の髪は」
「へ~」
「解ったらこれからはちゃんとお手入れなさい。勿体ないにも程があるわ。羨ましい…………」
軽く天然パーマの掛かっているアリスは、空の髪を見ながらそう呟いた。
「羨ましいの?」
「ええ。凄く綺麗な長い髪よ。やっぱり黒くて長い髪はストレートが良く映えるわ」
「へへへ~♪」
アリスにそう言われて嬉しそうに笑う空。
「それにこれだけ髪が長いと髪型も色々変えられるでしょう」
「髪型?」
「やっぱり無頓着よね。例えば、こんなのとかね」
そう言ってアリスは空の後ろ髪を後頭部のあたりでまとめて掴み、そして高く掲げる。
「うにゅ?」
「ポニーテールって言われてる髪型よ。似合うわね、やっぱり」
「ほへ~」
「あと、これを両脇に分けるツインテールとか」
そう言ってアリスは空の両側頭部で髪を束ねて持ち上げる。
「こう言う風に編む三つ編みとかね」
アリスは空の髪の一部を編んで言う。
「あ、これお燐がしてるよ!」
「ええ、あの子のは三つ編みお下げね」
空の言葉にアリスはそう答える。
「へ~………」
「興味があったら人に聞いたりして色々試してみなさい。その日の気分で髪型変えるのも良いかもしれないわよ」
「お~」
少し興味を惹かれた風に空は返事をする。
「さて、今日はもう寝るでしょうから後ろ髪を編んでおくわよ」
そう言うと、アリスは空の後ろ髪を編み始めた。
「なんで?」
「これだけ長いとこのまま寝たら思いっきり髪がボサボサになるし、傷むでしょう」
「そうなの?」
「ええ。だからこうして纏めておけばそうなるのを防げるわ」
「そうなんだ」
「本当はナイトキャップとかが良いんでしょうけど、生憎ウチには無いからね」
さほど髪の長くないアリスにはナイトキャップは必要ないのだろう。
「ただ、このままずっと編みっぱなしにしておくと、髪がパーマが掛ったみたいに曲がるわよ。巷(ちまた)じゃ貧乏パーマとか言われてるらしいけど」
「ふ~ん」
「取り敢えず、貴女は綺麗な髪してるんだからもう少し手入れしなさい」
空の髪を編み終えてアリスはそう言った。
「は~い」
解ったんだか解ってないんだか、判断しにくい返事を空は返す。
「ほら、貴女はもう寝なさい」
「アリスは?」
「私はやる事あるからまだ起きてるわ」
「ね、それ見てていい?」
空はそう尋ねた。
「別に構わないけど、見てても面白くないわよ?」
「良いよ」
空はそう返した。
「解ったわ」
そう言うと、アリスは立ち上がって作業部屋へと向かう。
空もそれに続いて向かった。
ダガダガダガダガッ!!!
部屋にミシンの音が響く。
「何してるの?」
空がアリスに尋ねる。
「人形を作ってるのよ」
「人形?」
「この家に一杯あるでしょう?あれ、全部私が自分で作ってるのよ」
「そうなの!?凄い!!」
「そうでもないわ」
アリスはそう返す。
「でも、あんなに一杯お人形あるのにまだ作るの?」
「手入れはしてるけど、どうしても長く使えばダメになってくるのもあるから、代えを作っておかないとね」
「へ~」
「それに………いえ、なんでもないわ」
「うにゅ?」
アリスは何かを言おうとして止めた。
言おうとしたのは、自身の研究が完全自律型の人形を作る事だと言う事だ。
こうして人形を作ってるのその研究の一環である。
が、そんな事は会って間もない空に言う事では無いし、言う理由もない。
なので、言葉を飲み込んだ。
「でも、今作ってるの、ただの布だよ?」
「ええ、今作ってるのは正確には人形の服だもの」
「服?人形作ってないのに?」
「言ったでしょう?この家にある人形全て私が作っている、と。あれだけ作れば服に合わせて人形を作るなんて容易よ」
「へ~」
「それよりも、今回のは珍しい服だから、先にそっちを成功させないとね」
「ふ~ん……………」
アリスの手の動きを見ながら空は呟いた。
ややして、部屋に静寂が訪れる。
アリスはミシンの作業が終わり、手縫いに入っており。
空は
「すー………すー……………」
眠ってしまっていた。
「だから面白くないって言ったのに」
そんな空を見ながらアリスは困ったような微笑みを浮かべる。
そして、部屋に大量の人形が入って来て空を持ち上げる。
アリスも移動し、空を寝かせる部屋のドアを開き、布団をめくって人形達に空を寝かさせる。
そして、空に布団を掛けると、そのまま静かに部屋を出て行った。
翌日
「おはよ~………」
まだ寝ぼけ眼(まなこ)な空が居間に入って来る。
「あら、おはよう。まだ寝ぼけてるようね。コーヒー飲む?」
「飲む~」
アリスの問いにそう答えて、空は人形が持って来たコーヒーに口を付ける。
「にがぁぁぁぁぁ!!!」
そして、そう叫んだ。
「ブラックだから苦いかもね」
「何これ!?何この苦いの!?」
が、空はそう叫んだ。
「コーヒーよ。知ってるんでしょ?」
「知らないよ!!不味いよこれ!!!」
どうやらさっきの「飲む~」は、条件反射的に返事しただけだったようだ。
「でも、目は醒めたでしょ?」
「醒めたけど苦い~」
「はいはい。じゃあ、口直しにミルクでも飲みなさい」
そう言って人形がミルクを持ってくる。
「んぐんぐ…………ぷはぁぁぁ」
ミルクを飲み終えて空は一息吐く。
「ああもう、口の上に後付いてる」
アリスがそう言うと、人形が布巾(ふきん)で空の口を拭(ぬぐ)う。
「んぅ…」
「はいこれ。着替えなさい」
そう言ってアリスは綺麗になった空の服を空に渡した。
「あ、綺麗になってる!」
「洗濯したからね」
「へ~。乾くの早いんだね」
「魔法使って乾かしただけよ」
火の魔法を火力調整して一気に水気を飛ばしたのだ。
「へ~………便利だね~」
「どんな力も使い方次第、よ」
「ふ~ん」
暗に空の力もそうだと言ったつもりのアリスだったが、やはり通じて無かった。
「さて、もう外も明るいから大丈夫でしょう?」
アリスが、シャァッ!とカーテンを開けると、空は晴天だった。
「あ、これなら大丈夫!」
空は元気良く返事をする。
「じゃあ、私行くね!!」
空は着替えるとそう言った。
「あ、ちょっと待って」
「うにゅ?」
またまた呼びとめられて空は首を捻る。
アリスは昨日の作業部屋の方に向かうと、直ぐに戻って来た。
「はい、これ」
「わ!私のお人形だ!!」
渡したのは空の姿をした人形だった。
「昨日約束したでしょ?作ってあげるって」
「うん!ありがとう!!」
「大事にしなきゃダメよ?」
「うん!」
人形が貰えたのが嬉しいのか、空は元気良く返事を返す。
そんな様子にアリスは微笑みを浮かべながら。
「まぁ、気が向いたならまたいらっしゃい。お茶くらいは出してあげるわ」
「ありがとう!またね~!!」
空は空に飛び上がって元気良く手を振りながらそう言い、そして飛び去って行った。
アリスもまた小さく手を振って返す。
「まったく、なんであんなお節介な事したのかしら?」
空の姿が見えなくなると、アリスは昨日の自身の行動を思い出して呟く。
「……………ま、いっか」
が、深く考える事をせずにアリスもまた、家へと戻って行った。
その日の晩、博麗神社でお燐と共に色々とやらかした空が再びアリスの家に来るのだが、それはまた別のお話。
了
まるで姉妹?みたいな感じがして良かったです。
ただ二人の会話に対して、地の文が少ないと思いました。
それがちょっと気になったくらいです。
最後に自分の人形を貰ったお空の笑顔はとても良い表情だったのでしょうねぇ。
面白かったですよ。
一字余計な部分があったので報告です。
>暗に空の力もそうだと言ったつもりのアリスだったが、やはり通じて無かった。。
『。』が一個余計になってますよ。
お姉さんアリスも良いね~
お空も可愛くて良いね~
自分が描いたアリスそっくりで心が温まりました。
こう言う暖かい日常は大好きです。
しかしこの頃疑問思っている事ですが、お空とチルノってどっちが頭悪いんだろうかね。
ご指摘有難うございます。修正いたしました。
終始ニヤつきながらモニター見てましたw
もちろん健全な意味で
良いほのぼので御座いました
大人しく世話を焼かれているお空も可愛い。
読んでいて暖かい気持ちになれました。
よい作品をありがとうございます。
素晴らしい。
>お燐も一緒に来ていたのなら人形を展開して家の近くを探し、見つけたなら空を回収して貰おうとアリスは考えいた。
考えていた、の誤字でしょうか?
ご指摘有難うございます。修正いたしました。
終始ニヤニヤしっぱなしでしたw
お姉さんなアリスはいいですね。
なんだかんだで噛みあってるなーと感じてニヤつかせて頂きました。
せっけんが泡立つほど、油分を落として大丈夫?
洗浄後乾燥させて油を補給すれば何とかなるけど、羽が水をはじくことができず水で縮んで墜落したりせんだろうか
少し気になる
彼女はきっと良い母親になるに違いない。
>>紅魔館
分かります。
あんなミニスカのメイド妖精が大量にいたら桃源郷ですよねww
全員全く同じ容姿をしているのが少々気になりましたが。
確かに空の髪ってストレートでロングヘアーですよね。羨ましい。
「信じられない………何でこんなになるまで放置できるの?」
できれば続きが見たいです
それにお空のただでさえ世話を焼きたくなるキャラが合わさって何とも良い雰囲気を醸し出していました。
最後の一文「お燐と共に」というのは今度はお燐も一緒に押しかけたってことでしょうか。
この様な高評価をしていただき、ありがとうございます。
>アリスの世話焼きがとても微笑ましいですね。
>お姉さんアリスも良いね~
>天然世話焼きなアリスと天然アホなお空の二人がとても可愛かったです
>二人がいい具合にフュージョンしてますね
>本当にアリスはお姉さん的ポジションが似合いますねー。
>世話焼きのアリスに世話の焼ける空
>お空のアホの子っぷりもアリスの世話焼きっぷりもとても微笑ましかったです
>お姉さんなアリスはいいですね
>世話焼き上手と世話焼かれ上手というか
>この二人の雰囲気…いいですな…
>彼女はきっと良い母親になるに違いない
>アリスは子供好きだよ、きっと
>アリスお姉さんは森の宝です
>アリスお母さんは森の宝です
>アリスの天然世話焼きっぷりがとても良かったです
自分の思い描いているアリスが子供好きと言うか世話好きと言うか、そんな感じで、それが皆様に受け入れられたようで良かったです^^
>このおくうは、イイですねwwwwww
>うわぁバカっぽいおくう
やっぱりおくうは子供っぽくておバカな感じで、それが可愛いと思います(・∀・)
>続編期待!!!!!!!!
>「別のお話」も希望!
>できれば続きが見たいです
本当はこの話の最後にオマケで入れる予定だったのですが、蛇足となると思ってカットした話です。
ので、しっかりと構成が練れていないので、出来次第載せてみようと思います。
まぁ、この作品自体、頭に思いついた構想と言うか妄想を書きなぐったような物なんですが^^;
>せっけんが泡立つほど、油分を落として大丈夫?
おおぅ……気にしてませんでした^^;
けどまぁ、幻想郷の住人達は羽があっても羽で羽ばたいていると言うより、飛行能力で飛んでいる感じがするので大丈夫かと………^^;
>水色ハンパネェ
目に痛かったですか?前は大丈夫だと言う意見があったもので………
目に痛いようでしたら考慮します
>良いほのぼので御座いました
>いいなこれ
>最高っした!!
ありがとうございます^^
>まだ空の性格は使い辛いところが確かに多いでしょうが可愛かったです
そう言って頂けるとうれしいです^^
しかし良い。作者さんの努力ってとこですね