ぐるぐる 回る
回って回って 元に戻る
そうして 気付いたこと
ひとつだけ
【 好 き だ か ら 】
紅魔館の使用人は妖精やら妖怪やらでゴチャゴチャしているが、大きく分けると「メイド」と「門番隊」に分けられる。
「メイド」とは館内勤務の使用人のことをさすが、何も女の子ばかりじゃない(両性具有とか、性別なんてありませんとか、そういうのは置いておくとして)。所謂「執事」と呼ばれる燕尾服を着た者達もいる。
しかしやはり割合的には七対三といった感じで、メイドが多いのが現状。
まぁ、つまり。結局は女の子が多いのだ。
女の子は基本的にお話が大好きである。
一杯のお茶があれば、どうでもいいことでも三時間は話していられる。
それは噂好きな妖精がいればそれは更に助長されるだろうし、話好きの妖怪がいればもっと盛り上がる。
そんなメイド達の中で今一番旬な話題があった。
「ねね。最近のメイド長、少しおかしくない?」
「あー、私も思った思った」
二人のメイドが話していると、
「わかるわかる。なぁ~んかおかしいよね」
「うん。いつも通り仕事は完璧にこなしてるんだけど……なんかね?」
そこへもう二人やってきて話に加わった。
「なになに!? どうしたの??」
と思ったら、更に一人やってきて、興味津々に目を輝かせながら四人の輪に入った。
「だからさ、最近メイド長ってばおかしくない? って話」
「なる~。確かにおかしいよねぇ~」
「なんか珍しくボーっとしたり」
「かと思ったらいきなり慌て出したりとかね?」
「うんうん。あとさ、急に真っ赤になってたりしない? メイド長もあんな顔するんだね」
「ははっ。あれちょっと可愛いよね」
「でさでさ、そのあと突然蒼くなってたりしない?」
「してるしてるー!」
つまるところ「最近のメイド長はどこかおかしい」というのが、メイド達、特に勤務年数が五年以内の若いメイド達のなかで、今最も旬な話題となっていた。
「どうしたんだろうねー?」
「なんか変なもの食べたとか?」
「ないない。あのメイド長に限ってそれはないって」
「そうそう。門番長じゃないんだから」
「あははっ! それ言えてるー!!」
「あ、てかてか、門番長が最近飼い始めた猫知ってる?」
「あの白い仔猫でしょ。超可愛いよねー!」
「じゃあこれは? あの猫の名前って、『さくや』っていうらしいよぉ~」
「マジで!? なにそれウケるー!」
「門番長も何考えてんだか……」
「あれじゃない? 日頃の腹いせみたいな?」
「ないない。門番長に限ってそれはないって」
「はははっ。だよねー。そんな大それたコト、あの門番長がやる筈ないよねー」
「それは門番長に失礼でしょ。あの方だってちゃんと考えてることが……」
「えー、ちょっとなになに? なにその反応!?」
「あ、分かった! もしかして門番長に」
「ちがぁーう! なんでそんな話になるのよー!!?」
きゃっきゃっウフフと楽しそうに談笑するメイド達。
「ねぇ、私がどうかした? それから門番長がなぁに?」
しかしその輪にいつの間にか一人増えてることに気付いて、メイド達はまるで氷像のように固まった。
「め、め……!!?」
「あ、ぅ……!!」
「そ、その……!!!」
ガタガタ震えるメイド達。
そこにいるのは、真冬の夜空に浮かぶ星で織ったかのような銀色の髪を持った少女だった。
少女は花が綻ぶように笑い、小首を傾げている。
でもその蒼い瞳は全然笑っていない。まるで氷雪を纏ったかのように冷たく光り輝いていた。
しかも、こめかみにはうっすらと青筋が浮かんでいるというオプション付きで。
もうそれだけでメイド達は内心で悲鳴を上げていた。
実際に声に出していたら、「なんのホラー映画だ!?」と、思われるくらいには悲痛な悲鳴を。
「五体満足で仕事に戻るのと、このまま三途の川を渡るのと……どっちが良いかしら?」
いつもなら有り得ない程の柔らかな声音でそういって、メイド長は右手の中で何かを光らせた。
ゾッとするくらいに研ぎ澄まされた銀色のナイフを、キラリと。
「ぎゃぁー!」
「すみませんでしたぁー!!」
「お助けぇー!!」
「ごめんなさぁーい!!」
「うわぁぁあん!!」
メイド達は各々に泣き叫びながら一目散に逃げ去っていく。
逃げ足だけは本当に速いメイド達の背を、件のメイド長、咲夜は不機嫌そうな眼差しで見送る。
それから「教育し直した方がいいかしら?」と溜息混じりに呟きながらナイフをしまった。
『最近のメイド長おかしいよね~』
メイド達の無邪気な声が耳に蘇る。
その言葉に反抗するように、咲夜は眉間に皺を寄らせた。
「……おかしいなんて、言われなくても分かってるわよ」
咲夜は誰もいなくなった廊下で、拗ねたように呟く。
他人に指摘される前に、ちゃんとわかってる。
だから言わないで欲しい。
だって自分が一番動揺しているんだから。
「……はぁ」
咲夜はまた溜息をつく。
でも、それは先程とは異なった温度をもっていた。
どこか熱っぽい、そんな温度を。
好きだと気が付いたのは、つい最近のこと。
いつから好きになったんだとか、何処がどう好きなのかとか、そういうことは分からない。
ただ、『好き』だと気付いただけ。
そうしたら、こうなってしまったのだ。
頬はしょっちゅう熱くなるし。
あの妖怪のことばっかり考えている。
(……というか、今までも何かとつけて美鈴のことは考えていたような………)
だってよくサボるし、起こしたって起きないし。
ちょっと意地悪すると直ぐに情けない声を出して。
なのに人の顔を見るとへにゃって笑って。
(差し入れとか持っていくと凄く喜んで……にこにこ笑って……)
そうやって表情がころころ変わって、見てて飽きなかった。
なのにふと、穏やかな顔で見詰めてきたりして。
(……あの大きな手とか、なんか安心するし)
仕事でちょっと嫌なこととか、疲れてしまった時はいつも美鈴の所へいっていた気がする。
そういう時は美鈴は決まって「どうしたんですか? 珍しいですねー」と、幼子にするようにくしゃっと頭を撫でてくれるのだ。
今思うと、美鈴は何も分かっていないフリをしていたんだと思う。
なんでもない風を装って、頭を撫でてくれて。
そして、そっと力をくれていたんだと思う。
あの手に触れた後は心があったかくなって、「だいじょうぶ」と思えたから。
咲夜はなんとなく自分の手を見る。
桜色の爪に、細い指。
自分の手は、とても華奢な手だった。
(美鈴の手は大きくて、女の割には骨張ってて。指も長くて……爪なんか深爪になりそうなくらいにギリギリまで切ってて、平べったくて丸くて…………))
――――それから、あったかくて。
美鈴の手を思い浮かべる。
形を。輪郭を。触感を。温度を。
そうしたら無性に触りたくなってきて、咲夜はぎゅっと手を握った。
(なに考えてるのかしら……)
握った手を、誤魔化すようにぷらぷらと振る。
誰に何をどう誤魔化しているのかは分からない。
ただ、なんだか恥ずかしかったから、そうしただけだ。
(ぅ~。またほっぺ熱い……)
両手で頬を包む。
廊下の冷たい空気に晒されている手は冷たくなっていて、頬の熱さをより一層感じた。
「そういえば、子供の頃はよくこうされたっけ……」
幼い頃、冬になると美鈴によくこうしてくれていた。
身長の高い美鈴は目線を合わせるように片膝を付いて。
それから冷たくなった頬をあの大きな両手でそっと包んで。
『冷たいですねー。あったかいココアでも飲みましょうか』
額を軽く擦り合わしながら、美鈴は言う。
ほっぺだけじゃなくて、おでこも温かくなって、その温もりがくすぐったかった。
くすぐったくて笑うと、美鈴も笑った。
(……って、近いわよ美鈴!)
咲夜は過去の映像なのにも関わらず、思わず突っ込んだ。
顔は更に赤くなって、耳までも熱を持ち始める。
思い出というのは実によく出来ている。
本当によく出来すぎて困る。
良い思い出というのは、都合よく美化されがちだから。
額を擦り合わせて笑う美鈴は、穏やかでなんだかカッコよくて、それから何処となく綺麗で。
そんなんだから、咲夜の顔の温度は上がる一方だった。
「もっ、美鈴のバカ……」
冷ますどころか、どんどん熱くなっていくこのほっぺを一体どうしてくれるんだ。
そんな思いを込めて呟く。
「え、すみません」
すると、その言葉に答えるように少し焦ったような声が背後から届いた。
「っ!?」
思わず肩をビクッと大きく跳ねさせてしまう。
体ごと振り返れば、いま頭の中全部を支配しているヤツがいた。
「私、また何かしちゃいましたかね?」
美鈴は首を傾げて、斜め上を見た。
美鈴の肩には白い仔猫が乗っかっていて、顔を美鈴の首筋に擦り付けている。
きっと首筋があったかいんだろう。傾けられた首に合わせて、仔猫も顔を傾ける。
「さくや、ちょっとくすぐったいですよ」
そんな白猫、さくやが美鈴の考え事を邪魔する。
美鈴はくすぐったそうに首を竦めて、さくやの頭を撫でた。
咲夜はむっとした。
白い仔猫の行動は、何故だか見せ付けられているような感じで少しイラっときた。
(動物相手に何イライラしてるのかしら……)
自分の心の動きが意味不明だ。
美鈴は考えても思い至らなかったのか、もう一度「何かしちゃいましたか?」と尋ねてきた。
確かに美鈴が原因だが、美鈴が何をしたといったらそれは明確には何もない。
強いていえば、「惚れさせた」ということだろうか。
(そそ、そんなこと言えるわけないじゃない!!)
心臓がバクバクと鳴る。
まるで耳の直ぐ隣に心臓があるみたいに、異常なくらいにうるさい。
うるさくて、耳が熱くて、少し痛く感じた。
「べっ、別に何も……というか、いきなりビックリするじゃないっ」
飛び上がった脈拍は、きっと驚いた所為だけじゃない。
咲夜はそれを一生懸命隠すように、語尾を強めた。
「いきなりじゃないですよ。さっきからずっと咲夜さんって呼んでましたよ?」
なのに美鈴は不思議そうな顔を咲夜に向けて、きょとんとした。
こんなことで嘘をつくとも思えない。というか、美鈴は基本的に嘘はつかない。
ということは、さっきから一人で赤くなったりしていた姿を多少なりとも見られていたことになる。
(なっ、ぅ……!!)
そんなの、余りにも恥ずかしい。
「咲夜さんってば返事も何もしてくれないんですもん。だから無視されてるのかなって、ちょっと思ったんですけど………」
咲夜の心境など知っているのかいないのか。美鈴は咲夜が言葉を発する前に言葉を紡いだ。
何故だか落ち込んだように眉を下げながら、ちょっと悲しげな表情。
その表情はまるで、飼い主に構って貰えない犬のような、しゅんとした表情で。
(……かわいぃ)
咲夜は思わず胸をきゅんとさせてしまった。
そんな顔をされると、なんだか撫でてあげたくなる。
肩に乗っている猫もそうなのかは分からないが、さくやは美鈴の頬をペロっと舐めていた。
「でも本当に気付いてなかっただけだったんですね……」
そう感じていたら、しゅんとなった顔を一変させて「良かった」と、ホッとしたように笑った。
力をちょっと抜いたような、そんな微笑。
さっきの顔はあんなに可愛かったのに、こんな表情をすると大人びているような顔になる。
いや、実際にはちゃんと大人だけど、いつもが無邪気すぎているから大人という感覚がないというか。
しかもいつもヘラヘラしてたり、バカみたいににこにこしているから……こういう顔をされるとギャップが強くてちょっと困ってしまう。
今度は胸がドキっとなって、ちょっと苦しいような気持ちになった。
「無視なんか、するわけないでしょう………」
だから、ちょっとだけ搾り出すかのようになってしまった声音で、咲夜は言う。
無視するわけがないのに。
無視なんか、出来るわけないのに。
―――――誰のことを考えて、こんな風になってると思ってるの?
「悪かったわ。その、ちょっと考え事をしていたから」
誰の事を考えていたのとか、そういうことは言えない。絶対に言えないけど。
でも、だからそんなことでいちいち一喜一憂してくれる美鈴がおかしい。
(ううん。おかしいのとはちょっと違うかも。やっぱり……可愛い、かな………)
咲夜は自然と口許を綻ばせていた。
「考え事って……何か悩み事でもあるんですか?」
美鈴は心配そうに言って、咲夜の頭をくしゃっと撫でた。
触れたいと。触りたいなと、触れて欲しいなと。
そう思っていた手が、不意に触れてきた。
(……ずるい)
ずるいと思う。
本当にずるいと思う。
だってこんなのに、嬉しくてしょうがない。
「私でよければ相談にのりますよ?」
青に近い緑色。
それは湖の深い場所、一番穏やかな場所の色に似ている気がする。
碧色の瞳は、いかにも『心配』といっているように揺らいでいる。
眉根だって下げて、顔でも『心配です』と訴えてきている。
こういう心配性なところは昔からだ。
もう子供じゃないのになとか、そんなに信頼がないのかなとか。
そんな風に思う前に、純粋に嬉しかった。
だって少なくとも、それくらいには大切に想ってくれているんだろうから。
「違うってば。そんなんじゃないから……というか、早く手を退けて。他のメイド達に見られたら示しが付かないでしょ」
嬉しいなら嬉しいって顔をすればいい。
お嬢様にも言われたが、最近は自分でもそう思う。
手を退けて欲しいなんて思ってない。
でも、恥ずかしさとか嬉しさをちゃんと隠したいのなら、その手を振り払うくらいすればいいのに。
そうは思うけど、そこまで出来ない。
なら、いっそのこと思いっきり素直になればいい。
そうしたら、この手にもっと触れられている。
どっちも出来ない自分は、瀟洒でもなんでもなかった。
だからなのか、咲夜の頭から美鈴の手はスッと離れてしまった。
(……ほんと、なんでこうなんだろ)
顔が見れて嬉しいのに。
触れてくれて嬉しいのに。
心配してくれて嬉しいのに。
自分の素直じゃないトコロが、こんなにも嫌だと思ったことはない。
そう思っていたら、離れた筈の美鈴の手は咲夜の頬を包んでいた。
「――――!?」
頬に触れる温かな感触に、咲夜は一瞬声の出し方を忘れた。
「本当ですか? 咲夜さん直ぐに無理するから……」
少し頭を上に向かされて、顔を覗き込まれる。
さっきよりもずっとぐっと近くなった距離に、思考がフリーズした。
美鈴の顔が近くにある。
表情の変化が豊かだから分かりづらかったりするが、こうやって真面目な顔をしていると実は涼しげな顔立ちをしていると分かる。
キレイな碧色の瞳には自分しか映っていなくて。
自分の視界にも美鈴しか映っていない。
フリーズした思考を再起動するのに数秒の時間を要する。
その間に感じたことを、再び動き出した脳が改めて処理し、カラダに実感させた。
「ぅ、っぁ……!!」
近い近い近い近いっ!!!
顔が一気に熱くなる。
「咲夜さん? なんか顔赤いですけど……」
――――大丈夫ですか?
その時、こつんと軽い衝撃を伴いながら、美鈴のおでこと自分のおでこが接触した。
「!!!!!」
ビックリして。ただビックリして。
だから大声で叫びたい衝動に駆られた。
でも、声は出ない。
ビックリし過ぎて、声帯がまた声を出し方を忘れたらしい。
目の前がぐるぐるする。
なのに、美鈴の顔はちゃんと見える。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
頭がぐわんぐわんと揺れる。
心臓が壊れそう。
カラダ熱い。
本当に、血液が沸騰してなくなりそうなくらいに、体の細胞が熱を帯びる。
「ん~。熱はないみたいですけど……でも熱いですよね? お医者さんに診せに行ったほうが……」
美鈴は額を合わせたまま、至近距離で言葉を発する。
距離が近いからか、その声は若干囁くような声だった。
唇が近い。
瞳が近い。
吐息が頬をくすぐる。
美鈴がこんなに近い。
もう、ダメだった。
気付いたら美鈴を突き飛ばすように両手を突っぱねていた。
美鈴の体が揺れたのに驚いたさくやが、肩からぴょんと降りて不機嫌そうに「にゃぁ」と鳴いた。
「わ、私は大丈夫だからっ……!!」
直ぐに踵を返して走り出す。
この前もこんな風に逃げ出した気がする。
もう、最近こんなコトばっかりだ。
でも、駆ける足を止める勇気なんてなかった。
「……というか、時を止めれば良かったんじゃない!?」
そう気付いたのは、走って走って漸く館の隅に到着する頃だった。
* * * * *
「いいわね、青春……」
そんなウブウブMAXな咲夜さんと、鈍感天然美鈴(こう書くと漢詩のようだ)を、廊下の角に隠れて見守る者が一人。
紅魔館の主は紅い瞳を細めて実に楽しそうに笑っていた。
どうやら本人的には和やかな表情をしているつもりらしいが、どうしたって変態顔……じゃなくて、無邪気な悪魔顔にしか見えなかった。
「覗きなんて悪趣味よ、レミィ」
カリスマブレイク全開なレミリアに声がかかる。
草原で揺れるライラックの花弁を思わせる色の髪。庭にひっそりと咲くブルーマジックのような瞳。
薄いラベンダー色のネグリジェみたいな服を四六時中着ている、全体的に紫色に統一された少女は呆れているような声と目をレミリアに投げていた。
「それはパチェだって同じじゃないの?」
ニヤニヤした笑みを隠さず、レミリアはパチュリーに顔を向ける。
パチュリーは「どっかの変態さんと一緒にしないで」と静かに返した。
「私はレミィみたいなストーカー行為はしてない。知ってる? ストーカーって犯罪よ」
「知ってるわよソレくらい。ってか私はストーカーじゃないわよ! 我が娘が可愛くて心配でしょうがないからやってるんだもの! 初めてのお遣いの時、親がひっそりと後ろを付いていくのはストーカーじゃないでしょ? だから、私も断じてストーカーじゃないわ!!」
「咲夜はもう幼児じゃないでしょ。娘が心配だからって、やっていいことと悪いことがあるわ。お年頃の女の子はナイーブなんだから、その内ナイフで刺されても知らないわよ?」
「ふふん。可愛い咲夜のナイフなんて、痛くも痒くもないわ」
言葉はどうあれ、それはまるで「目に入れても痛くない」と、孫を溺愛するかのようなノリ。
胸を張って言うレミリアに、パチュリーは少し溜息を吐いた。
「じゃあなに? パチェは心配じゃないっていうの?」
「心配じゃない……と言ったら嘘になる」
「ほら、なら」
「でもレミィみたいにストーカー行為に走る気持ちは分からない」
バッサリと否定されるレミリア。
パチュリーはちょっと落ち込むレミリアを半ば無視して、懐から水晶を取り出した。
「咲夜真っ赤。時を止めればいいって事さえも思い至らないんだから、相当重症……」
水晶玉に映し出されているのは、真っ赤になって蹲っている咲夜の姿だった。
恋する乙女の姿に、パチュリーの口角が少し上がる。
「そうよね。そんなにあのダメ門番の事が好きなのかしら……」
レミリアも一緒になって覗き込む。
が、そこで「ちょっと待て」と自分の思考を一時停止。
おかしな事に気付いてレミリアは声を張り上げた。
「ちょっ、これって盗撮じゃん!!」
「違う。これは使い魔の目の視神経の一部をこの水晶にリンクさせて」
「いやいや、だから盗撮でしょうが! 盗撮って犯罪じゃない!!」
自分の事は棚に上げて何を言っているのか。
しかし「バレなきゃいいのよ」と得意げに笑ったパチュリーは、きっとレミリアより性質が悪い。
「レミィみたいにストーカーなんてする体力なんて、私にはないから」
「だからって盗撮はどうよ?」
「本人にもバレないし、こっちは安全なところで見守れるし……とっても合理的でしょう?」
話しながらも、二人の視線は水晶に戻っていた。
映し出されている咲夜は、赤くなったまま溜息をついたり、その赤いほっぺを宥めるように自分で撫でたりして。でもそこをさっきまで美鈴が触っていたのを思い出したのか、また赤くなって悶えている。
「くすくす。咲夜もまだまだ青いわね」
やっぱり孫を見るような和やかな顔でレミリアが呟く。
もう顔はデレデレのゆるゆるで、カリスマの「カ」の字も見当たらない。
パチュリーはそんなレミリアを見て口許を綻ばせていたが、
「そうね。昔の誰かさんみたいで可愛いわね」
その口をちょっと意地悪に歪めて呟いた。
パチュリーの言葉に、レミリアはどことなく不機嫌そうな眼差しを送る。
頬がほんの少しだけ赤くみえるのは、きっと気のせいじゃないだろう。
「悪かったわね。青くて」
「誰もレミィのことだとは言ってないけど?」
意地悪なパチュリーに、レミリアは「ぐっ……」と喉を詰まらせる。
だがレミリアは負けず嫌いだ。
「なぁ~に? もしかして妬いちゃった?」
悪戯好きの悪魔のような顔を作って、パチュリーの華奢な腰を抱き寄せる。
パチュリーの紫色の目を、レミリアは挑発的に見上げた。
「誰が誰に何を?」
そんな視線をパチュリーは物ともせずに受け流して、しれっと返す。
レミリアは冗談めかしに「素直じゃないなぁ~」なんて笑って、腰を更にぐっと抱き寄せた。
「最近構ってあげなかったから拗ねてるの?」
「むしろ放っておいてくれて助かってたんだけど?」
近くなった距離で、囁くように会話をする。
レミリアは吸血鬼という種族名に違わぬ顔で笑って。
パチュリーも魔女という名に違わぬ顔で微笑して。
「もうちょっと素直になろうって思わない?」
「私はいつもいつでも自分に素直だけど?」
「そっ。でも、私だっていつもいつでも自分の欲望に正直よ」
「知ってるわ」
「知ってる」言って微かに笑ったパチュリーに、レミリアは唇を近付かせる。
「お腹すいたわね……今日、パチェの部屋にいっていい?」
「嫌よ。ベッドを汚すと小悪魔に怒られるから。あと、食事のついでっていうのは嫌だって言ってるじゃない」
「またまたそんな事いって。あんな気持ち良さそうな顔して、私に続きを強請ってくるのは何処のだ」
「そこまでよ」
「がっ!?」
レミリアの言葉は、ガスッという鈍い音に掻き消される。
何処から出したのか。パチュリーは分厚い魔導書でレミリアの頭を殴っていた。
しかも角で。そいでもってその角が頭にめり込むくらいには強く。
「いぃ……っっ!!」
殴られた箇所を押さえながら、レミリアは廊下をのた打ち回る。
しかも器用にバウンドして壁とかにもぶつかって花瓶とか額縁を破壊しまくる。
とりあえず、このカリスマはその飛び散った血やらガラス片やら何やらを誰が片付けるのか分かっているんだろうか。
「いきなり何するのよ!? 頭蓋骨イったわよ、いま!?」
「それくらい強くなければ効かないでしょう。どうせこの程度では死なないし」
「確かに死なないよ! でも死ぬほど痛いよ!!」
頭を血で汚しているが、損傷の回復はあっという間に終わったらしいレミリアが叫ぶ。
折角良い雰囲気だったのに台無しすぎて笑えもしない。
不満いっぱい不機嫌丸出しのむくれ面を向けるレミリアに対し、パチュリーは冷めているような、呆れているような表情を向けた。
「だいたいなんでいきなり殴って……ムードぶち壊しじゃない!」
「廊下で襲われたくないもの」
「いくらなんでもシないわよ!」
「でも、その気にはさせる気だったでしょう?」
「ぅ……」
全くその通り。見事に図星。そんな反応を返してしまうレミリア。
まぁ、知らばっくれたところで長い付き合いだ。レミリアの考えなんて全部お見通しだろう。
パチュリーはレミリアの身長に合わせるように上体を少しだけ折り、耳許に唇を持っていった。
「抱き寄せて耳許で囁いて……って、レミィの常套手段だものね」
そうして、そっと囁く。
音よりも、吐息で紡がれた声で。
「…………」
なるほど。これは自分で思っていたよりも効果があるな。
レミリアはそう思いながら、
(咲夜にもこういうのを教えるべきかしら……)
なんて悪い事を考えた。
レミリアはにんまりと口許を歪めながらパチュリーの頬を包み、唇が触れ合いそうな距離で紅い瞳をギラつかせる。
「これは甘い誘惑? それとも危険な挑戦状?」
パチュリーの眼前にあるのは、邪悪な悪魔の、でも何処か甘い、そんな笑み。
レミリアのその笑みに、パチュリーは軽い微笑みを返して「どっちでもないわ」と言って離れた。
その間際、レミリアはパチュリーの白い手を取り、指先に軽く噛み付いた。
「今宵は逃がさないよ」
浅く破れた皮膚から滲む血を舐めながら、レミリアは笑った。
* * * * *
ガーデニング用の土や肥料、如雨露や、大きなシャベルに小さなシャベル。
大小様々、形も様々な木材。種類豊富な瓦。厚さの違う金属の板や、太さの違う鉄の棒。
大工道具、マット、つるはし、バケツ。大きな青いシート。
壊れた椅子や机、タンス、棚。
何人用? と思わず聞きたくなるような大きなテーブル。
などなど、ガラクタやそうじゃないものが所狭しと詰まっている埃っぽい空間。
館の西側にある倉庫の片隅に、咲夜は隠れるようにしゃがみ込んでいた。
「思わず逃げちゃったけど……なにやってるのかしら………」
敵前逃亡なんて、紅魔館のメイド長がしていいことではない。
別に美鈴は敵でも何でもないけれど、それでも情けなさ過ぎる。もう情けなさ過ぎて、涙も出てこない。
代わりに出てくるのは溜息ばかりだった。
(だってあんな、不意打ち……)
咲夜は自分のおでこを撫でて、また赤くなった。
美鈴のしなやかな髪の感触とか、皮膚の感触がまだ残っているような気がした。
気を紛らすように、ふぅーっと乱暴に息を吐いて天井を見上げる。
薄暗い倉庫。館内勤務のメイドは普段は滅多に訪れない。
主に使用しているのは門番隊の方だが、それでもあまり訪れない。だけど、その門番隊の土いじりが好きな隊長だけはよく此処に訪れると、咲夜は知っている。
咲夜もこの倉庫にはなかなか来ないが、この天井は見慣れていた。
まだ館に来たばかりの頃は、温かい食事やふかふかのベッドにも慣れなくて。あまりにも居心地の良すぎて、逆に居心地が悪く感じられた。
家族想いな吸血鬼も、敏い魔女も、柔らかく笑う門番も。
みんなみんな優しすぎて、怖かった。
他者の温もりを、素直に受け取ることなんて出来なかった。
だからこっそり抜け出して、この倉庫で眠った事が何度かある。
暗くて、寒くて、ちょっと汚くて。それから静かで。
薄汚れた自分にお似合いの場所を見つけたと思った。
(なのに……朝起きると、毛布に包まってたのよね………)
目が覚めると、いつもあったかな毛布に包まっていた。
そしてカラダには、自分のじゃない温度が纏わり付いていて。
暗くて、寒くて、ちょっと汚くて。それから静かで。
自分にお似合いの場所を折角みつけたのに。
そんな自分も直ぐに見つかってしまった。
『かくれんぼの途中で寝ちゃったのかなって思いまして』
問い質すと、あの人はそう言って笑ったのだ。
バカにするなと怒ったけど、穏やかな顔で受け流されて。
そんな子供っぽい遊びをしたつもりはなかった。
でも、今思うとやっぱりただの下手なかくれんぼだったのかもしれない。
下手に拗ねていただけだったのかもしれない。
ありのままのままの自分を受け入れてくれる人達に対する、下手な照れ隠しだったのかもしれない。
本当はずっと寂しかったんだと。寒かったんだと、痛かったんだと。
そう悟られるのが嫌だったから、ヘタなかくれんぼをしたのかもしれない。
『 私、寒いのは嫌いじゃないんですよ。
誰かと一緒にいると、その人の温もりをいっぱい感じられますから 』
他者の温もりを素直に受け取ることなんて出来なかったのに。
なのに、その温かさだけはじわりと心の中へと染みこんで、まどろんだ。
『咲夜さんはあったかいですねー』
抱き締められて。
そういってくれて。
暴れたけど、放してくれなかった。
力では敵わないのは知っていたから、抵抗は直ぐ諦めた……フリををした。
だって、本当はその言葉が嬉しかったから。
抵抗なんてする気にならないくらいに嬉しかったから。
自分にも、誰かに分けてあげられる温もりがあるんだなって思えて、嬉しかったから。
「ここは寒いわね」
咲夜は立ち上がって、衣服についた埃を軽く払った。
寒いけど、寒くない。それはきっと心の中まで寒くないから。
“ココ”を、あの手がゆっくりと温めてくれたから。
「なんだか、昔の事ばかり思い出してるわね……」
しかも、美鈴と一緒の記憶ばかり。
咲夜は少し困惑した表情を浮かべながら倉庫を出た。
こんな所に隠れていたら、心配性の門番がまた見つけに来てしまう。
そうしたら顔がまた赤くなったり、頭の中がぐるぐるして大変なことになってしまう。
挙句の果てには、また逃げてしまうだろう。
逃げてばかりなんて性に合わないけど、どうしていいか分からないのだからしょうがない。
美鈴を前にすると、思考がこんがらがって頭の中がぐるぐるとしてしまうのだから。
どうしよう。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
「どうしよう……」
その言葉が最近の口癖になってしまっているなんて事には気付かずに、咲夜は小さく呟いていた。
* * * * *
夕食後、咲夜はレミリアに食後の紅茶を淹れていた。
咲夜が担っている通常業務中の主に関連することは、この仕事が一日の中で最後のものになる。
レミリアは洗練された動きで優雅に紅茶を注ぐ咲夜を眺めながら、ふと呟いた。
「好きの名前は分かったかしら?」
「っっ!!?」
何気なく放たれた言葉。
しかしそれは確かな破壊力を持って咲夜の精神を突く。
咲夜は危うくポットを落としそうになった。
「な、なんのことでしょう……?」
声が若干震えるが、なんとか毅然とした態度を取ろうと咲夜は踏ん張る。
でも中途半端に繕った態度は、赤くなった頬の所為で無理に強気な態度を取っているようにしか見えなかった。
まるでその様子は、転んだ子供が涙を堪えなら「痛くないもん」と強がっている姿に似ている。
レミリアはくすくすと喉の奥で笑った。
「咲夜。危ないからポットを置きなさい。そしてそこに座りなさい」
「は、はい……」
先ほどの優雅さはどこへ行ったのか。
緊張した面持ちでギクシャクと動いて、席につく。
さっきの言葉には主語を含めていなかった。
ただこの前の会話の続きが示されていただけの、なんてことないもの。
それにも関わらずにこんなに動揺しているのは、恐らく「好き」と言う単語に過敏に反応しているからだろう。
咲夜は本当にまだまだ未熟な半熟卵のようだ。
(でも、これが人間の女の子がする年相応の反応。というところかしら……)
可愛らしい。
レミリアはまるで孫でも見るように目を細めた。
「で、美鈴はなんて?」
「っ!?」
俯き気味だった顔がバッと上がるが、また直ぐに俯いてしまう。
顔は見えないが、髪の合間から見える耳が真っ赤になっている。
手を膝の上でもじもじとさせて、なんだか居心地が悪そうだ。
「な、なぜ美鈴がそこで!?」
「あら、違ったの?」
「っ、ぅ……」
焦りまくった声で否定したところで効果はない。
レミリアは相変わらずくすくすと楽しげに笑う。
咲夜は観念したのか、おずおずと顔を上げた。
紅潮した頬に、恥ずかしさに潤んだ泣きそうな目をしていた。
「泣かないでよね。パチェにぶっ飛ばされるから」
「……泣いてなんかいません」
拗ねたようにプイッと顔を逸らす。
レミリアは思わず吹き出して、声を立てて笑ってしまった。
一頻り笑ったのち、レミリアの眼差しがふと柔らかくなる。
それ感じて、咲夜は顔を元の位置に渋々と戻し、訥々と言葉を紡いでいった。
「美鈴は、好きな食べ物だったら好物だとか……」
「くくっ。食べる事しか頭にないのかしらね……それで?」
「そ、それから……従者に対してなら、信頼だと……」
「間違ってないんじゃない」
「……それで、その………」
そこからはごにょごにょと言葉を濁すばかり。
レミリアは、「まぁ、ここまで頑張った方だろう」と苦笑して、意地悪をやめることにした。
「ねぇ、咲夜。私のことは好き?」
「はい?」
突然変わった話題に、咲夜はきょとんとする。
でもレミリアの瞳がからかっているような光を灯してない。
咲夜は居住まいを正して、背筋を伸ばした。
「勿論です、お嬢様」
「じゃあ、パチェは?」
「はい」
「フランのことは?」
「はい」
「小悪魔も?」
「はい。勿論」
――――なら、美鈴のことは?
しっかりと頷く咲夜を満足げに見て、最後にゆっくりと問いかける。
その途端、伸びていた背筋は頼りなく丸まって、顔も少しだけ俯かせてしまった。
それは、ただの“女の子”の顔だった。
「そう……」
レミリアはただ頷いて、紅茶に口を付けた。
いつも飲む紅茶より、口当たりが柔らかになっているのは気のせいか。
込み上がってくる愛しさは、微笑みとなってレミリアの口許に上る。
「お嬢様……あの、でも私……分からないんです………」
「うん」
「私は私である事には変わりないのに……なのに、なんだか全然自分じゃないみたいで………」
「うん」
「自制が利かないというか、感情に振り回されてるというか……」
「うん」
「頭も上手く回らなくて、全部上手くいかなくて……こんなこと、今まで無かったのに……」
苦しいんです。
と、そう咲夜は胸を押さえて零す。
ただレミリアは穏やかに頷くだけだった。
「いつも、どうしようどうしようって……本当に、どうしたらいいかわからなくて……」
「……そう」
カップをソーサーに戻す音が、小さく響いた。
「私は答えを持ってないよ。それは私にも分からない」
「そうですね……申し訳ありません……」
消え入りそうな声で言って、咲夜はその華奢な肩を落とした。
そんな咲夜に、レミリアは不意打ちとばかりにスッと通った鼻柱をぎゅむっと掴んで、顔を上げさせた。
「っ!?」
文句を言われる前に手を放す。
咲夜は恨めしそうな顔で「いきなり何を?」と、鼻を摩りながらレミリアを睨んだ。
レミリアは不敵に笑っていた。
「私がわかるわけないでしょ。答えは咲夜の中にしかないんだから」
それから、くしゃくしゃと咲夜の頭を撫で回した。
「お、お嬢様っ、やめっ、髪の毛が絡まってしまいます……!」
犬猫にするように、レミリアは咲夜の頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。
くすぐったいとかそんな次元じゃなく、普通に痛かった。
咲夜はレミリアの手を掴んで止めようとしたが、その腕は細くとも吸血鬼の腕。力で敵うわけがない。
「でも、一つだけヒントをあげる」
気が済んだのか、咲夜の頭を押え付けていた手が離れる。
ボサボサになってしまった髪を手櫛で整えながら、咲夜は今度は痛みによって涙目になった蒼い瞳を向けた。
紅い瞳は穏やかで、思いのほか優しい色をしていた。
「咲夜がどうしたいか。大事なのはそれだけよ」
「私が……?」
咲夜は理解が及ばないのか、小首を傾げた。
でも、レミリアは意味深な表情を向けるだけ。
もう話は終わりだとばかりに片付けるように言い渡した。
「あぁ。あと、今日はもう部屋にこなくていいから」
「はぁ?」
「ついでに明日もいいから」
「明日丸一日ですか?」
退出間際そういわれて、咲夜はワゴンを押す手を止めた。
レミリアは「そうそう」と手をひらひら振って、笑う。
それはもう上機嫌な笑顔だった。
「? 承知致しました」
その笑みが意味していることを、咲夜は理解出来なかった。
* * * * *
「暇だわ……」
咲夜は館の長い廊下を歩きながら零した。
「部屋へは来なくていい」と言われてしまったとしても、何も四六時中主の傍にいることだけが仕事じゃない。
幾らでも仕事はあるのだが、咲夜が来る前からいるメイドや、先代の当主がいた頃より働いている古参のメイド達が「たまには休みなさい」と言って仕事をさせてくれない。
実質、休暇となってしまった咲夜は、特にやることもなく暇をお持て余していた。
「…………」
美鈴に逢いに行こうか。
無意識の内にもうそう思っていて、咲夜は頭を振った。
逢いに行ったところで、顔をまともに見れなかったりするのだから意味がない気がする。
逢い行きたい。
話がしたい。
顔を見たい。
そうは思っても、いざ目の前にするといつの間にか逃げ出していたりするから、本当に矛盾している。
(でも、あれは……ぜんぶ美鈴が悪いんだもん………)
胸の中でいいわけをしてみる。
不意に声をかけてきたり。笑顔を向けてきたり。
抱き締めてきたり。穏やか眼差しを向けてきたり。
おでこをコツンとしてきたり。
思い出したら恥ずかしくなってきて、咲夜はまた頭を振った。
「何か作って持っていこうかな……」
今日も寒いから、何か体があったまる物を作って持って行ってあげよう。
咲夜はまた逢いに行こうと考えている自分に溜息をついた。
自分で意味がないと否定したクセに。
自分で矛盾していると思ったクセに。
(結局私は、逢いたいのね……)
お嬢様は自分がどうしたいのかが大事だと仰った。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうしたいんだろう。
昨日寝る前にずっと考えた。
結局分かったのは、美鈴が好きということだけだった。
美鈴が好き。
だから、自分はどうしたいんだろう。
(好きだから……なんなんだろ………)
どうしようについての『問題』が、少し具体的になった気はする。
でも、結局思考は同じところをぐるぐる回るだけで、具体的になった分余計にわからなくなった気がする。
好きだから。
だから、なんなんだろう。
自分は、美鈴にどうしたんだろう。
何を望んでいるんだろう。
ぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐる。
同じところばかり回って、答えの端っこさえ見えない。
「……頭、痛い………」
立ち止まって、俯いて。
顔を片手で覆って溜息をつく。
ぐるぐるぐる。
ぐるぐるぐる。
回って回って。
回りすぎて、疲れてしまった頭。
モヤモヤしたり。
チクチクしたり。
ドキドキしたり。
きゅんと苦しくなったり。
きっとこの心(ナカ)には、答えがあるんだろう。
だから心だけが一人で突っ走って、振り回されて。
頭もカラダもついていけず、ただこうやって戸惑ってしまう。
美鈴が好き。
だから。
だから、どうしたいんだろう。
もう一度溜息をつく。
遠くから誰かの声がしている。
メイド達がまた噂話で盛り上がっているんだろうか。
今はなんだか止めに行く気力もない。
そんなことに構っている余裕が、なんだかない。
「……イド……長っ! メイド長!!」
「!?」
濁った思考に、突然明確な声が響いた。
はっとして顔を上げれば、そこには門番隊の制服に身を包み、頭に角を三本生やしている妖怪がいた。
それは門番隊のしっかり者で、姐御的な存在である副隊長だった。
「ふくちょう?」
「もぉ~、副長じゃないっしょ。大丈夫っすか?」
咲夜は顔を覗き込んでこようとする副長の視線から逃れるように、少し体の位置をズラした。
「な、何が?」
「惚けるの禁止っす。なんか具合悪そうにしてたじゃないっすか」
紅魔館内ではかなり恐れられている咲夜だが、この副長は全く平然と気さくな態度で接していた。
隊長が何か構うと、隊長の補佐である副長も自然と携わるようになる。そんな関連性から、この副長は咲夜のことをよく知っているのだ。
体術の相手になってもらったり、ナイフの的になってもらったりと、咲夜は副長には美鈴の次にお世話になっている。
美鈴がボケボケなのも相俟って、副長は咲夜にとって頼れる姉貴的存在で。
門番隊の中でも、その姐御肌が祟って副長なのに皆には隊長よりも頼りにされている。
だから、彼女が面倒見が良いのはよく知っている。
今は変に詮索されたくない。
「ちょっと、考え事をしてただけよ……」
咲夜はそうそうに会話を切り上げて、副長の前から立ち去ろうとする。
でも、目敏い副長は許してくれなかった。
「だーめ。咲夜ちゃん、なんか隠してるでしょ?」
「っ、そんなことないわよ! ってか、ちゃん付けで呼ぶな!」
「はいはい。あっ、隊長ぉ~!」
「っ!?」
副長が陽気な声で誰かを呼ぶ。
隊長なんて呼ばれている人物なんてこの館には一人しかいない。
咲夜も慌てて副長と同じ方向を向くが、そこには誰もいなかった。
「あはは。なんちゃって~♪」
「ぐっ……」
騙された。そして見事にハマってしまった。完全にからかわれた。
反射的にナイフを抜こうとしたが、副長はそれよりも早く咲夜の手首を掴んで、館の数少ない窓に近寄った。
「ちょ、ちょっと!?」
突飛な行動の意図が読めず、手を振り払おうとも出来ずにいると、副長は窓を開け放って身を乗り出した。
「隊長ぉー!」
「!!?」
そうして、門の方に向かって声を張り上げた。
わざわざ呼ばれても困る。
いや、確かに逢いたいとか、そういうのは本当だけどいきなりそんなことされても困る!
咲夜はわたわたと副長の手から逃れようとしたが、門番隊の妖怪の腕力というのはやっぱり物凄いものがあるようで。
呼ばれて直ぐに門の向こう側から紅い人影が姿を現していた。
「はいー。どうしたんですか副長ー?」
美鈴の肩には今日も白い猫が乗っていた。
碧の瞳は副長の傍らにいる咲夜を捉えて、嬉しそうに輝いた。
両の手を大きく振って「咲夜さぁーん」と大きな声で呼んでくる。
その無邪気な顔は相当可愛かった。それから笑顔が見えれて嬉しかった。
でも、それと同時に色んな意味で恥ずかしかったので、咲夜はまたかぁっと顔を赤くしてソッポを向いてしまう。
視界の端で、仔猫のさくやがブンブン振られる腕に慌てて地面に降りて不機嫌そうに鳴き、でも直ぐに足許に甘えるように擦り寄っていくのが見えた。
「隊長ぉ! なんか咲夜ちゃんが具合悪そうなんすよー!!」
副長は至極深刻そうな顔を作って、美鈴に叫んだ。
女はみな女優というが、これはもう本当にプロ並だろう。
「本当ですか!?」
だから人の好い美鈴なんてコロッと騙されるのは当たり前。
美鈴は驚いたような顔で、少し焦り気味の声を張り上げていた。
「ちょっと待ってて下さい! 今そっちに行きますから!!」
言うよりも早く、美鈴は既に駆け出していた。
門から館まではそれなりの距離があるが、手の平サイズも無かった美鈴の姿はあっという間に大きくなってくる。
玄関から入って階段を上って長い廊下を走り抜けて……なんてやってられないと思ったのか、美鈴は立ち止まることはなかった。
「はっ! ほっ! よっと!」
そのまま地面を蹴り、壁を二、三度蹴って窓に手をひっかける。
そうして、くるりと回るように窓に足を掛け、軽い身のこなしで咲夜の前に降り立った。
こんな所でそんな抜群の運動神経を発揮しなくてもいいのに。
そんな風に思うが、ちょっと見蕩れてしまった手前何も言えない。
「相変わらずカッコいいですね~。惚れちゃいそうっす」
「茶化すのはいいですから。それより、咲夜さんの具合が悪いそうですが……」
「はい。ほら、咲夜ちゃんの顔、すっごく赤くて……」
美鈴は至極真剣な顔で咲夜に視線を向ける。
この副長は絶対に分かってやっている。そして楽しんでいる。
「だっから、ちゃん付けで呼ぶな!」とか、「別に何処も悪くないわよ!!」とか叫んで、もう副長の手を思いっきり切りつけてやろう思ったがそれよりも早く美鈴の手が咲夜に触れた。
体の向きを変えられて、美鈴の方へ向き合うような形にされる。
碧色の瞳に正面から囚われて、動けなくなった。
「大丈夫ですか? この前から様子が変だとは思ってましたけど……」
大きな手が、頬を滑る。
触れられた部分が、かぁーっと瞬く間に熱くなって。
目を合わせているのが辛くなってきて、思わず俯いた。
美鈴は「やっぱり、あの時無理にでも休んでもらえば良かったですね」と少し後悔しているように呟き、それから、
「今日はしっかり休んで頂きますからね」
「きゃっ!?」
と、咲夜を抱き上げた。
背中と膝の裏に腕を回して抱き上げた格好。
俗にいうお姫様抱っこという形で。
「やっ、な、め、美鈴っ!?」
よりにもよってこんな格好はないんじゃないだろうか。
柄じゃないし、恥ずかしくて堪らない。
当然足が付いていないから堪らなく不安定なのに、美鈴の腕だからか何故だかとっても安定した場所に思えた。
その証拠にちょっとぐらい暴れてもビクともしない。
だから本気で暴れようとしたら、「咲夜さん」と静かに呼ばれた。
美鈴の瞳は穏やかだったが、何処か有無をいわさないような力が篭っていて。
もう、大人しくするしかなかった。
「副長、ちょっと仕事抜けますけど……いいですよね?」
「はいはい。後はキッチリやっときますって。さくやの世話もお任せあれ」
美鈴は陽気に言葉を返す副長にくるりと背を向け、歩き出す。
咲夜の視界から消えるまで、副長は笑って手を振った。
だから、誰も気付かなかった。
二人の消えた跡を、副長がどんな顔をして見送っていたのかを。
* * * * *
もし内臓が溶けてしまったら、一体どうやって治療するんだろう。
そんな下らない事を頭の隅で考える。
そんな下らない事をでも考えていないと、思考回路が熱でイカれてしまいそうだったからで。
美鈴は規則正しいリズムで歩く。
そのリズムに合わせて、紅い髪が背中でサラリと揺れる。
咲夜はずっと自分の臍辺りに視線を向けていた。
ずっと俯いて、少しでも美鈴の顔を見ないようにしていた。
少しでも紅い顔を見られないようにしていた。
「怒ってませんから、そんなに怯えないで下さい」
ふと、美鈴の苦笑が落ちてくる。
ちょっとだけ顔を上げると、美鈴はちょっと困った顔をしていた。
具合が悪い事を隠していて、それに対して美鈴が怒っていて。そんな美鈴に自分は怯えている。
と、ボケボケな美鈴はそう捉えたらしい。
「別に怯えてない」
咲夜は素っ気無く返してまた俯く。
美鈴の顔が近い所にあるから、容易に顔を上げられない。
美鈴の顔は見ていたい。
だって表情がコロコロ変わって可愛らしいし。
でも、自分の赤い顔は見られたくない。
せめてこのほっぺだけでも上手くコントロールできるようになれればいいのに。
「そうですか? でも体ガチガチですよ」
「……そんなことないわよ」
今度は俯いたまま返す。
体が少し硬直気味なのは、緊張しているからだ。
その緊張が美鈴の腕を通して伝わってしまっているんだと思ったら、堪らなく恥ずかしくなった。
「……咲夜さん。寝たふりしてて下さい」
「え?」
――――っぁ!!
不意に強く抱き寄せられて、視界が暗いなる。
美鈴の柔らかい胸に顔を押し付けるような形になっていると理解するのに、暫しの時間が掛かった。
慌てて離れようとしたが、美鈴の腕は思いのほか強く咲夜を抱き締めていた。
困惑と混乱を極みにいる咲夜の耳に、少しして複数の声が聞こえてきた。
「あっ、門番長!」
「ちゃーっす」
館内勤務のメイド達の声だ。
誰が誰までは分からないが、この馴れ馴れしい感じや軽い口調から、若いメイドだと分かった。
「どもども」
美鈴も軽いノリで挨拶をする。
メイド達は抱えられている咲夜を見てキャーキャー騒ぎ出し、「どうしたんですか?!」「何があったんですか!?」と、矢継ぎ早に聞いてきた。
「少し具合が悪いみたいで……無理が祟ったんでしょう」
高い声を上げてどうのこうのと言葉を発するメイド達に対して、美鈴の声を何処までも穏やかだった。
美鈴の真逆の態度と余りにも落ち着いた対応に、メイド達の興は覚めたのか、それとも何かを感じ取ったのか、メイド達は次第に大人しくなっていった。
「早く休ませてあげたいので、これで失礼しますね」
そういうと、美鈴はまた歩き出す。
メイド達が各々返事するのが聞こえた。
その後は誰とも会わなかった。
きっとこの時間帯で一番人のいないルートを歩いているんだろう。
廊下を静かに歩く音が微かに響く。
規則正しくて穏やかな揺れが、心地よかった。
「……なんで?」
もう強い力は与えられていない。
咲夜は顔の位置をズラして、唐突に言う。
「だって示しが付かないんでしょう。だから、ああでも言っておけば少しはマシじゃないかなぁ~って……」
聞きたい事は分かっていたのか。いや、予想済みだったのか、美鈴はするりと答えた。
それを聞いて、咲夜は「……バカだなぁ」と思った。
あんなの、照れ隠しで咄嗟に出た言葉。
なのに、ちゃんと覚えているんだから。
「……ばか」
「えー」
こんな格好を見られてしまっているんだから、示しが付かないも何もない気がする。
でも……まぁ、いっかと思ってしまう。
自分のなんてことない言葉をちゃんと覚えていてくれた美鈴のバカさ加減を見れたから。
なんだかくすぐったくなって、咲夜はまた美鈴の胸に寄り添った。
穏やかな心臓の音がゆっくりと耳に響いた。
具合は悪くないけれど、でももうそういうことにしてしまおう。
だってそうすれば、もうちょっと素直になれる気がする。
咲夜は「ありがと」と、小さく小さく呟く。
それは聞こえるか聞こえない程度の声だったが、美鈴の笑った気配が上から零れてきた。
それから少しして、とある部屋の前で美鈴は足を止めた。
もう自分の部屋に着いてしまったらしい。
(もうちょっとこうしてたかったな……)
この腕の中に、もうちょっといたかった。
美鈴が足を止めた瞬間、純粋に思ったのはそんな気持ちで。
離れたくないと思っている自分に気付いて、少し驚いた。
美鈴は咲夜を抱えたまま器用にドアを開けて、部屋の中に入る。
「え?」
咲夜はもう下ろしてくれるものだとスッカリ思っていたので、予想外の展開にきょとんしたまま声を上げる。
美鈴は「咲夜さんって、こういう事に限っては信用がありませんから」と苦い顔で言い、咲夜をベッドの端に下ろした。
確かに前科的なことは多々あった気がするので、そんな顔をされると何も言えない。
休めと繰り返し言われて、あんまりにもしつこかったからとりあえず休むフリをして。そうしたらそのまま倒れて。
(あの時は物凄く怒られたのよね……)
主にも、その親友にも、その親友の使い魔にも、こっぴどく怒られた。妹様にまで叱られた。
でも、目の前にいる妖怪だけは何も言わないで。ただ無言で怒っていた。
悲しんでいるような、後悔しているような。申し訳なさそうな、ちょっと泣きそうな。
そんな顔を見て、“悪いこと”をしたんだと漸く解った。
もうあんな顔を見たくなくて、それからはちゃんと休むようにして、無理もしないようにしたのだ。
「さ、早く着替えて下さい」
美鈴はくるりと背を向ける。
女同士だけど、一応は気を遣ってくれているらしい。
「お嬢様に言われましたので。年頃の女の子にはちゃんと気を遣えと」
視線を感じたのか、何も言っていないのに答えてくる。
咲夜はレミリアの顔を思い浮かべた。
浮かんだレミリアは、楽しげに笑って『恋するお年頃の女の子は特にね』とからかうように言ってきて、咲夜は顔を仄かに染めた。
(きっと……美鈴はお嬢様から賜った言葉の意味を、半分くらいしか解っていないんでしょうね………)
『お年頃』って身体的なことの方じゃなくて、もっと心に近い方の意味なのに。
でも、そんなことは言えないから、ただ咲夜は美鈴の背中に向かって拗ねたような視線を向けるだけにした。
紅い髪が流れる美鈴の背中は「ちゃんと眠るまで出て行きませんから」と語っていた。
(……というか、着替えって………)
そこまで来て、咲夜は漸く自分が今しなければいけないことが、どういうことなのかと気付いた。
(着替えって……え、着替えって……!?)
服を着替えるという事は、つまり、今現在着ている服から別のものに変えるということで。
その過程というのは今現在着ている服を脱ぎ、違う服を着るということで。
脱ぐというのは、肌を晒すということで。
咲夜は脳内で全力で「NO!」サインを出す。
いくら背を向けてくれているといっても、無理だ。
見ているとか見てないとか、そういう問題じゃなくて、同じ空間にいながら脱ぐというのが無理だ。
咲夜は耳は愚か、首までも真っ赤になる。
今までにないくらいに真っ赤だった。
「咲夜さん?」
「!!」
一向に動こうとしない咲夜が心配になったのか、美鈴から声がかかる。
咄嗟に返事が出来ずにいると、美鈴が慎重な動作で振り返った。
「もしかして一人で着替えられないくらいに辛いんですか?」
「ち、違っ! そ、そうじゃなくて!!」
「でも、顔真っ赤ですよ? 熱上がっちゃったんですかね……。なんだったら私が着替えさせ」
「無理っ!!」
思わず声を張り上げてしまい、咲夜は慌てて口を閉じた。
美鈴はとりあえずは全力で拒否されてしまったので、若干傷付いた顔をしていた。
「別に美鈴が嫌っていうわけじゃなくて、美鈴だからこそダメっていうか、あの、あのねっ……その、だから……!!」
咲夜はわたわたイイワケを繰り返す。
でも言葉はこんがらがってどんどん意味不明なものになっていく。
もう耐え切れなくなって、咲夜は布団の中に隠れた。
「えっと……咲夜さん?」
美鈴の戸惑った声が聞こえる。
でも、顔を向けて眼差しで何かを訴えることも、声を発して何かを伝えることも出来そうになかった。
ギシリとベッドのスプリングが揺れた。
直ぐ近くに美鈴の気配があった。
「咲夜さん……」
呼ぶ声一つ。
返事をしたかったけど、声が震えそうだったから出来なかった。
「……咲夜さん」
また呼ぶ声一つ。
今度は毛布の上から頭を撫でられた。
布越しでも美鈴の手の形や、温かさが伝わってくる。
咲夜は、おずおずと顔の半分だけを布団の中から出した。
「着替えないで布団に入って……皺になりますよ?」
「替えならいくらでもあるもの」
困ったように、いや、実際困っているのだが。
そんな顔をしていると思ったのに、顔の半分が隠れている所為でちゃんと伝わっていないらしい。
美鈴は拗ねていると思ったのか、苦笑しながら直に頭を撫でてきた。
着替えさせることは諦めたのか軽く溜息を吐き、せめてと、咲夜ヘッドドレスを外した。
「あとでちゃんと着替えて下さいよ」
「……うん」
髪を結っていたリボンも外されて、三つ編も解かれる。
そうやって自由になった髪の中に美鈴の手が潜って、指先が頭皮をくすぐってきた。
「ほっぺ、赤いですね」
美鈴の手が、頬を包む。
あぁ、ほら。
美鈴がそんな風に優しく触れるから、またほっぺが熱くなる。
「熱は……一応なさそうですけど………」
頬を包んでいた手が額に滑る。
前髪を掻き上げて、おでこを手の平で触れる。
美鈴の手の方がきっと温かいと思う。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃない」
「ダメですよー。ちゃんと休んでください。どうせ今日はお嬢様のお世話はしないんでしょう?」
なんでそれを知っているんだろうか。
でもお嬢様は美鈴にも自分と同じ事を伝えたのかもしれない。
(……しょうがないか………)
今日はもうこのまま仮病を使ってしまおう。
頬が熱いのは体調不良の所為にすれば見られたってちょっとは恥ずかしくないし、上手くいい訳ができる。
火照った頬の熱を宥めるかのように、美鈴の指先がそっと撫で付ける。
その感触が余りにも気持ちよくて、咲夜をそんな気持ちにさせた。
「何か食べたい物とかありますか?」
「……ない」
「では、飲みたいものは?」
「……ううん」
首を縦に振らない咲夜に、美鈴は「困りましたね」とまた苦笑を零す。
再び頬を包んで、美鈴は首を傾げた。
「じゃあ何か欲しいものはないですか? もしくは、して欲しいことはないですか?」
ゆっくりと問いかける。
柔らかな顔で、穏やかな声で。
咲夜の好きな、美鈴の顔だった。
「…………」
美鈴の言葉をゆっくりと咀嚼する。
どうして欲しいのか。
そう問われて、咲夜の心に浮かんだのは一つだけだった。
――――あぁ、なんだ。簡単なことだったんだ。
咲夜は、漸く自分がどうしたのか、わかった気がした。
あぁ、そっか。
なんだ、そういうことだったのか。
こんなにも簡単なことだったのに、なんでわからなかったんだろう。
好きだから。
だから、そうしたかったんだ。
美鈴が好きだから。
だから……。
ピースがはまる。
ぱちっと、はまる。
心が軽くなった音を聞いた気がした。
“好き”のカケラがはまった場所から見えた景色に、思わず笑ってしまいそうになる。
ぐるぐると回っていたワケが分かった。
きっと昔からそう思っていたんだろうから。
それの意味は少し変わってしまったけど。
でも、始めからソコにあったモノ。
逢いに行きたかったは。
この手に無性に触れたかったのは。
美鈴と一緒にいる記憶ばかり思い出していたのは。
離れたくないなと思ったのは。
ただ、傍にいたかったから。
咲夜は軽くなった心のまま、無意識の内にふっと力を抜いて笑った。
頬に触れている美鈴の手に、自分の手で触れる。
大きな手だなと思う。
昔よりもずっとずっと成長した筈なのに、美鈴の手を包み込むことは出来ない。
咲夜は、美鈴の指を、少し弱い力できゅっ握る。
「……に……て………」
誰にも聞こえないような声だったけど。
それでもやっぱり、美鈴には届くみたいで。
美鈴は咲夜の手を包み込んで、ぎゅっと握った。
「いいですよ」
零れてきた美鈴の声は、とても静かで優しかった。
咲夜は少し布団に潜って、顔を隠す。
とっても恥ずかしいことを言った気がするが、今は具合が悪いということになっているから。
だから、この人の心配性で優しすぎるところに甘えてしまおう。
眠ったら行ってしまうだろうか。
そう思って寝たフリをしてみたが、美鈴はそこにずっといてくれた。
それが嬉しかったから、美鈴のあったかな手をまたきゅっと握った。
ぐるぐる 回る
回って回って 元に戻る
そうして 気付いたこと
ひとつだけ
それは元の場所にあった、かんたんなことだった。
【好きだから】 END
とまあ、冗談はさておき…甘いというのは本当ですけど。
咲夜さんの純情っぷりがなんとも凄いですね。
レミリアとパチュリーの行動もまあ…家族を想う行動として。
面白いお話でした。
あと今回伏線っぽかった副長がどう動くのか気になるところです。やっぱり少女漫画的には恋する乙女にはライバルが必要かとw
それと誤字かどうかいまいち自信ありませんが
咲夜はむっした。→咲夜はむっとした。
ではないかと。咲夜の子供っぽさを表現するため、わざと言葉ったらずに書いたのならスルーしてください。
確実に続編ありそうなので続きに期待して待たせていただきます。ゆかりんにぐりぐり踏まれて、靴下からほのかに漂う少女臭を糧にがんばってください。
何この可愛い生物、と思ったのは言うまでもなく。
さりげないレミパチュもよかったです。ニヤニヤw
「うぉああおあああああああ」って早朝に半笑いで声が出た。
どうしてくれるんだこの野郎。
この作風はほんといい。いろんなの見たいわ。
咲夜の乙女っぷりが可愛い過ぎてっ…!
めーりんが憎らしいな!!!
また続きを期待してる!!
さて、特濃のブラックコーヒーのんでこよ。
両想いになって欲しいめーさくです
副長乙
素晴らしいです。
さっきゅんが可愛すぎてもうね
だが実は不意打ちのレミパチェに悶えた!
しかし途中の描写、、、さてはお主、チャリンさんのめーさくを見たな?
砂糖を!!
も→の ですね
さ、三部作ぐらいになるのかね!?
だが、それがいい!
いいぞもっとやれ!
にやにやが止まらないよぉww
というかメインディッシュがデザートだった気分w
こっちの顔も緩みっぱなしっすよお!
さあ次を見るぜ…
気づいてないなら、咲夜の気持ちを知ったときのめーりんの反応が気になるところです!
後、中盤部分に「逢い行きたい」の脱字ありました。
甘々で大変よろしいと思いますw