幻想の空を舞う、影が一つ。烏色の翼をはためかせる少女、射命丸文だ。
細身の体を包む、修験者を連想させる衣装は烏天狗である彼女のトレードマーク。スラリとした脚を見せつけるようなミニスカートと、一枚の歯を付けた高下駄ブーツが、彼女なりのおしゃれといったところか。
彼女がこうして幻想郷を飛び回っているのは、例の如く新聞のネタ集めのためだった。季節に一つは異変が起こる幻想郷とはいえ、その合間にあるのは平穏な日常である。そんな世界で新聞の記事にできるようなネタを欲するなら、自分の足で、いや翼を使って探し回るしかない。
故に今日も、目的地も無いまま空をビュンビュンと飛び回っているのである。何か記事になるようなネタが転がってないか、天狗レーダーをビンビンに効かせながら。
だがここの所、そのレーダーの反応も芳しくない。他の天狗と違って派手なゴシップには頼らず、地味で平穏な記事を書くことの多い文であったが、それにしても平和すぎて記事にできそうなネタが無い。自分で定めた新聞の〆切も近いというのに、気が焦るばかりで、愛用の文花帖は真っ白だ。
同僚達ならこういうときは、ただ男女が一緒に居ただけで『熱愛発覚!!』などと記事を作ってしまうのだろう。女同士、いや男同士でもそんな記事に仕立て上げてしまいそうだ。
烏天狗には珍しく、それなりのジャーナリスト精神にあふれた文には、とてもそんな真似はできなかった。
さて、どうしたものやら。そう思って文が下を向くと、視界に映るのは魔法の森。ちょうど人里につながる、入り口となる部分だ。
その側に立つのは、一件の家屋。別に荒れ果てているわけでもないのだが、家の周りに置かれた数多の物体達のせいで、ゴミ屋敷、といった印象さえ受ける。それらの大半の使い道がさっぱりわからないのだからなおさらだ。
そんな家屋の前で、リヤカーを引く男の姿が一つ。いつもの仕入れから帰ってきたところなのか、リヤカーには大きな箱が載せられていた。
あれか。例の如く外の世界の道具を拾ってきたのであれば、少しはネタになるかもしれない。こうやって当ても無く幻想郷を飛び回っているのにも少々疲れたところだし、休憩がてら寄らせて貰うことにしよう。
それにここは、巫女や魔法使い、メイドに庭師といった幻想郷の名物連中が訪れる場所としても有名だ。何か面白い人間、又は人外に会えるかもしれない。
まあ、いつもの長話が始まったら早々に退散させてもらうことにしよう。
そんなことを思いながら、射命丸文は天から地へと降り立った。
『香霖堂』という看板を構えた店の前へと。
無縁塚から運んだ今日の収穫を眺め、香霖堂店主、森近霖之助はフゥと息をついた。
それにしても今日の無縁塚からの帰り道はとみに長く感じた気がする。リヤカーの荷台に積み込んだ物をすぐにでも引っ張り出したい欲求に抗いながら、香霖堂まで運んできたのだから。
自分の性格からいって、一度見てしまえば魔法の森だろうと妖怪の山だろうと、場所と時間を忘れて楽しんでしまうだろう。そう思ったからこそここまで我慢し続けてきたのだが、自分の家ならもう我慢する必要も無い。
さて、さっさと店内へ運んで堪能しよう、と思った瞬間のことだった。
空から降り注ぐような大気の流れ。肉体労働後の体に涼しさを感じさせてくれる風だ。
それを纏い現れたのは、数少ない常連客のひとり、射命丸文。
「どうもこんにちはご主人。よい子の皆のお友達、射命丸です」
端正な顔立ちと丁寧な物腰から見え隠れするのは、胡散臭さと腹黒さ。せっかくの楽しみの前に出鼻をくじかれた感のある霖之助であったが、それでも今日の収穫による満足感の方が大きかった。
だからこそ、その喜びを隠すことなく文へと答える。
「いらっしゃいませお嬢さん。本日は何をお探しですか?」
いつもなら無愛想に『いらっしゃい』というだけだが、霧雨道具店での修行時代に学んだ営業スマイルでお相手。霖之助のことをろくに知らないお嬢様方には、きゃあきゃあと評判だったこともあるスマイルでもあった、が。
「……どうしたんですか、随分御機嫌ですね。気味が悪いくらい愛想が良くて、気味が悪いですよ」
あいにく目の前の相手は、霖之助の人となりをそれなりに知っているお嬢様だ。そんな彼女からすれば、薄っぺらい笑顔の仮面を貼り付けた霖之助など、違和感の塊でしかない。
久々の営業スマイルに二度も『気味が悪い』と評を受け、いつもの接客態度へと戻すことにする。どうやら自分が思っている以上に浮かれてしまっているらしい、と霖之助は思った。
「うん、まあ機嫌が良いというのは間違っていないよ。いい拾い物をしたからね」
「ふむ、ご主人がちょっとトチ狂う程度にはいい物だということですね」
ニヤニヤとした表情を浮かべたまま、文がリヤカーに積まれた荷物に目を移す。そこにあるのは、人間の子供が一人くらいすっぽり入ってしまう、程度の大きさの箱だった。茶色い紙でできたそれは、確か外界で使われている段ボール箱という物。紙でできている割には随分と丈夫な代物だったと思う。
もちろん霖之助がよっぽどの箱マニアで無い以上、いい拾い物とやらはその中身のことだろうが。
中を見てみようかと文が思った瞬間、それを先読みしたかのように、霖之助が箱を抱えた。そのまま持ち上げて向かうのは看板の下、香霖堂入り口。
「店内に運ぶから、扉を開けてくれるかな」
「はいはい」
扉を開き、霖之助を先導するかのように中に入る文。外と同じように、わけのわからない物達が出迎えてくれた。外から見ても、中に入っても、何をやっているのか、何を売りたいのかよくわからない店だ。
そんな文の感想を察することも無く、霖之助が床に箱を下ろした。わけのわからない物達から視線を外し、箱の前、霖之助の傍らへと寄り添うように文が立つ。
「では、御開帳といきましょうか。さあさあ」
「そうせかさなくても逃げないよ」
重なった紙の蓋を開いていけば、現れるのは胎の中。そこにあったのは、直方体の空間を埋め尽くすように敷き詰められた、紙の束の群れ。手を伸ばせば何枚もまとめて手にできる、それは。
「…本?」
「そのとおりだ」
何故か誇らしげに答える霖之助を横目に、文は適当な一冊を開いた。パラパラと捲ってみると、文字の羅列といくつかの図解が載っている。ある程度の文字を読むことはできたが、その文章や図が何を意味しているのかはさっぱりわからない。
「これは……なにか特殊な力を秘めた魔導書とか?」
「そういうわけじゃないが、同じくらい面白い物だよ」
霖之助が別の一冊を取り、表紙を文へと向ける。そこには『量子ファイナンス工学入門』というタイトルが書かれていた。
「これらは外の世界の技術について解説している本だよ。この本の内容を理解できれば、それは技術を習得したに等しいだろう」
「それじゃあご主人は、この本が理解できると?」
幻想郷に未知の技術が流入、それを手にしたのは半妖の店主。ネタになるかも、と幾許かの期待を込めた文の言葉に、霖之助は得意気な表情を浮かべ―――左右に首を振って答える。
「読めはするが、意味についてはわからないことも多いな。いくつかの言葉には解説があるものの、あちらで『常識』とされている言葉にまでは触れていないらしい。そもそも解説があったところで、その解説文の意味がわからない」
「それじゃ意味がないじゃないですか」
呆れたような表情の文に、これまた呆れたような表情を返す霖之助。
「何を言うのかな。わからないからこそ、考察する余地があるんじゃないか。これで当分は退屈しない」
うきうき、という擬音の似合う表情を見て、文は思わず頭を抱えた。頭が比喩ではなくズキズキ痛むような気がしてくるのは、精神部分への依存が大きい妖怪だからこそか。
派手に動いたり怒ったり暴れたりすることが無いせいか、常識人、苦労人という印象を持たれることも多い霖之助。だが時折見せるこういった姿は、変人偏屈変態の条件をしっかり満たしている、と文は思う。
自分を含め、幻想郷の名物連中と長年付き合っているというのは伊達ではないということか。
「うん、これもわからない。これなんて、どこの文字なのかすらわからない。いやあ、これは楽しめそうだ」
やたらと嬉しそうに、わからない、わからないと連呼する霖之助を見て、文は見切りをつけた。新聞配達後のひとときならともかく、ネタ集め中にこれ以上付き合ってはいられない。早々にお暇するとしよう。
そう思った文が別れの挨拶をする、直前だった。
「ん……なに?」
あれほど浮かれていた霖之助の声が、急に冷めたのを感じる。何事かと思えば、彼にしては珍しく整った顔立ちを歪めていた。
そのまま慌てた様に段ボールへと手を突っ込むと、ガサガサと音を鳴らし始めた。しばらくして手を止めて、倒れるように近くの椅子へと腰を下ろす。
「なんてことだ。僕としたことが」
先ほどまでの、浮かれ様はどこに行ったのか、酷く落胆した様子で霖之助は呟いた。ついさっきの文と同じように、ズキズキと痛む頭を抱えながら。
急な態度の変わり様に、興味本位でなにがあったのか尋ねてみる文。
「期待外れな結果に終わったものでね。もう打ち止めだ」
溜息をつきながら、側の机に重ねて置かれた数冊の書物をポンポンと叩いた。つまり収穫はこれだけだということらしい。
だが最初に箱の中を見たときは、本が平積みにされてぎっしりと詰まっていたように見えた。霖之助の側に置かれている数冊だけでは、箱を埋めるには全く足りないだろう。
と、なると箱に詰まっていたものは。
「つまり、箱の殆どがご主人の求めるような物じゃなかったということですか」
「収穫はあったのだから本来はこれだけでも喜ぶべきだが、最初に期待しすぎたのがいけなかったらしいな」
期待しすぎたのはこっちもですがね、と文は思う。半妖の店主が外れをつかまされたとか、それこそ新聞どころか井戸端会議にも使えない、どうでもいい話だ。
「ふーん。で、何が入ってたんですか」
ゴミか何かだろう、そう思いつつ、特に意味も無く文は呟いた。
「うん、ああ……大した物じゃない」
素っ気無く答えると、それで終わり、とでも言うように段ボールの箱を閉じ始める。その様子に、文は自分の天狗レーダーとやらがビビッと反応したのを感じた。
どんな物を前にしても、くどいくらいの薀蓄を披露してくれるはずの霖之助が、こんな言葉を濁すような曖昧な答えを返してくるとは。そこから感じられるのは、何かを隠そうとするかのような意思に他ならない。
「ちょっと見せてもらっていいですか」
「大した物じゃないと言ったはずだよ」
記者としての観察眼から見ても、その言葉に偽りは感じられない。霖之助にとって、それが本当につまらないものだということは確実だ。
だが、彼があれほど喜んでいた書物だって、文にすれば頭が痛くなるほどつまらないものだ。だったら、その逆も成り立つのではないか、と文は思う。おまけに、何やらこちらに見せたくないというような意思すら感じられる。そんなことをされたら逆に興味を惹かれるではないか。
「えい」
そう呟くと同時に、文が指を鳴らした。その音に呼応するように、店内にビュウという音が響く。
音と共に現れたのは一陣の風。他の品物を壊さない程度に細く小さく絞られたそれは、霖之助を押しのけて傍にあった段ボール箱へと直撃する。
衝撃に押されるようにして、箱が床上を滑り――――止まった。高下駄ブーツを履いた、文の足元に。
「つっ……何をするんだ、君は」
「ご主人が意地悪するからです。長年のお得意さんに商品を隠すなんて、商売人のやることじゃないですよ」
尻餅を着いた霖之助に、にこやかに返しつつ、文は段ボール箱を開いた。そこにあるのは、先ほどと同じように敷き詰められた本の山。
なんだ、さっきのと同じじゃないか。そう思いつつもその中の一冊を手に取り、パラパラと捲ってみる。
「……おおう」
思わず、そんな台詞が漏れた。
霧雨魔理沙は暇だった。
そんなわけで暇つぶしに出かけたわけだが、さてどこに行こうかと、箒に乗りながら考える。
アリスの家には、昨日マジックアイテムを借りに行ったばかり。パチュリーの図書館にも、おとついに魔導書を借りに行ったばかりだ。まだふたりとも頭に血が上っていそうだし、ほとぼりが冷めるまでは顔を合わせたくは無いと思う。少し冷却期間を置いてから訪ねれば、ぶつくさ小言を言いながらも出迎えてくれるだろう。
傍から見れば都合のいい考え方だが、これには理由がある。研究を旨とする魔法使いにとって、異分野の同業者との議論は互いに有意義なものであるからだ。知識や技術ではアリスやパチュリーに大きく水を開けられた形である魔理沙ではあるが、時折飛び出す固定観念に捉われない、その斬新な発想にはふたりも一目置いている。そうでなくても自分の考えについて詳しく解説するという行為は、自らの魔術理論を客観的に考察する助けにもなるからだ。さらに言うなら、先輩から新米魔法使いへのレクチャーといった考えも無いわけでは無い。
ふたりが魔理沙の『借りていくぜ』を容認しているのには、こういった打算的な考えが根底にあった。借りられて困るような物は手の届かない所に隠してあるし、もしそんな物が被害に遭えば、スペルカードルールを無視した手段に訴えてでも、取り返そうとするだろう。
もっとも、なんだかんだで魔理沙のことを気に入っているという、魔法使いにしては珍しい非論理的な感情もあったりするわけだが。
そんな思惑に気がつくことも無く、魔理沙は箒を空へと走らせた。とりあえず暇潰しから連想して、いつも暇そうにしている親友を思い出す。
暇な奴のトコに暇潰しに行くとするか。
そう思って魔理沙が箒を目的地へと向けた瞬間、視界に見慣れた紅白が飛び込んだ。本人の性格を表すかのようにふよふよと空を舞うそれは、紛れも無い親友の姿。
ちょうど良かったと、魔理沙は箒を飛ばして親友の傍らに並ぶ。
「よお霊夢、今日も大忙しっぽいな。楽しい異変でも起こったか?」
それなりの期待を込めて、いつも暇そうな親友、博麗霊夢へと問う。問われた彼女は詰まらなさそうに掌を振って返した。
「お茶が無くなったから、貰いに行こうと思ってだけよ」
「またか……お前は異変とお茶以外で外に出ないのか?」
「他に神社から出る用事なんて無いでしょうが」
当たり前のように答える霊夢を見て、さもありなんと思う。たとえ生活範囲は狭くとも、人気者の霊夢の所には勝手に妖怪が集まってくるからだ。純粋な人間なんて数える程度しか集まらないことを考えると、人気者と言うより妖気者と言ったほうが正しいだろうか。
「んじゃ、私も付き合うぜ。香霖ちに行くんだろ」
霊夢のお茶の供給元と言えば、大抵は香霖堂だ。紅魔館や白玉楼、守谷神社から『ツケ』と称して持っていったこともあったが、後で『趣味が合わない』とぼやいていたのを思い出す。
「どっか行くつもりじゃなかったの?」
「いやなに、どっちみち暇そうにしてる奴のトコに行くのには、変わりないからな」
魔理沙からすれば、閑古鳥の鳴く店に一人で篭っている兄貴分が、寂しくて泣き出したりしないように顔を出してやる、といったところである。自分がたまに顔を出して場に潤いを与えてやらなければ、そのまま朽ちてしまいそうな店だからな、と。
霖之助自身はその枯れ木のような生活を割と楽しんではいるが、魔理沙がそれを理解するのは当分無理だろう。霊夢なら理解できるかもしれないが、他人の生活の価値などに興味は持ち合わせていない。
さて、目的地を同じとした魔法使いと巫女が並んで飛ぶ。狭い幻想郷、空を舞う二人にとっては大した距離でもない。少し首を下に向ければ、目的地である香霖堂が見え――――
――――そして吹っ飛んだ。
『!?』
考えるより先に二人は自身を加速。数瞬の時を以って、香霖堂上空へと。
正確には、香霖堂跡地と言ったところか。つい最近まで霊夢と魔理沙がたむろしていた場所が、床とその近くの壁を残して吹き飛ばされている。店を構成していた瓦礫、そして外と中に積まれていた商品とコレクションは、放射状にばら撒かれていた。周囲に渦巻いている土煙のせいで、ぼやけたようにしか見えないが。
その散らばった破片の中に、彼の姿を探す霊夢と魔理沙。見つかればいいと思うと同時に、見つからなければいいとも思う。いくら体が丈夫と言っても、こんな爆発に巻き込まれて居たとしたら、ただではすまない。
視界をふさぐ煙が鬱陶しい。何か魔法でも使って吹き飛ばしてやろうか、と思った瞬間のこと。
「くっ……」
煙の中から男のうめき声が聞こえた。
「霖之助さん!!」
「香霖!!」
木に寄りかかるようにして立つ、霖之助の姿があった。いつもの服は所々破れており、血が滲んでいるように見える箇所もある。
魔理沙が慌てた様子で大地へと降り、霖之助の元へと走り寄った。
「大丈夫か!?」
霖之助は魔理沙の言葉に答える前に、ぐるりと辺りを見回す。そして、溜息と共に答えた。
「……この惨状を見て大丈夫と言えるほど、僕は打たれ強く無いよ」
「その様子なら大丈夫そうね」
魔理沙の後ろをとことこと歩いてきた霊夢がそう呟いた。そのかけ合いを聞いて、魔理沙も脱力するように安堵の溜息を吐く。
だが、その行為は中断させられることとなる。煙の内より現れる、一陣の旋風によって。
「思ったより、いい反応をしているわね……あなたの大好きなお店と一緒に葬ってあげようと思ったのに」
風を以って煙を吹き飛ばし現れるのは、霊夢と魔理沙も見慣れた相手。最近では柄にも無く、共に力を合わせて地底を目指したこともある妖怪、射命丸文だ。
だが見慣れた相手でもあるにも関わらず、その顔に浮かぶ表情は別の妖怪ではないかと思えるようなものだ。いつもはヘラヘラニヤニヤとした笑いを浮かべているその顔にあるのは、目を合わせただけで凍りつくような美貌。そこから感じられるのは、剥き出しになった憤怒に憎悪、さらに殺意。
ビュンビュンと鳴り響く風をその身に纏い、地へと降りる文。霊夢と魔理沙の存在に気がつくと、フンとつまらなさそうに息を吐いた。
「天狗……あんたの仕業?」
「どういうつもりだ文!!」
ふたりを一瞥すると、文はその視線を霖之助へと向ける。拘束するかのように殺気を叩きつけながら、口を開いた。
「そこの半妖を始末するつもりよ。もしかして、邪魔をする気かしら?」
新聞記者として取繕うことも忘れた口調。それはここにいるのが、妖怪の山の天狗である射名丸文、本来の姿であることを示していた。
「そりゃするわよ。妖怪の邪魔をすんのが巫女の仕事」
「少なくとも、お前を放っておくのもつまんないことになりそうだよな」
いつもと異なる様子に一瞬は怯んだものの、いつもの様子で二人は答える。妖怪相手に弱みを見せてはいけない、ということを今までの経験で学んでいるからだ。
「人間が……天狗に楯突くというの? 言っておくけど、今の私はスペルカードなんてお遊びに付き合っていられる気分じゃないわよ」
「こりゃまた……随分と御立腹みたいだな」
文の様子に薄ら寒い物を感じながらも、表面上は全く変わらぬ様子で魔理沙は続けた。
「なにがあったんだ文。香霖がお前ら天狗様を怒らせるようなことやるわけないし、できもしないと思うんだが? 焼き鳥でも食ってたのか」
そう言いながらチラリと霖之助に目をやると、なぜか気まずそうに眼を逸らされた。兄貴分のその様子に不審な物を感じて睨みつけると、観念したような様子で口を割る。
「あ、ああ……ちょっとした行き違いがあってね……」
「行き違い? なんだそりゃ?」
なお深く問い詰めようとすると魔理沙だったが、それに答えたのは霖之助ではなかった。
「―――なら、知るといいわ。この男が私にした、非道の行いを!!」
文の口から、衝撃の事実が語られようとしていた。
時間は少しだけさかのぼる。文が霖之助から奪った本を、見た瞬間だ。
捲られたページに載せられているのは、色鮮やかな写真だった。ついでに言えば写っているのは殆どが人間の女性で―――――やたらと肌色の部分が多かったりする。
豊満な体を見せつけるようなポーズばかりが載せられているそれは、文の知識で言うなら
「……春画? と言っても写真みたいですけども」
「名称はエロ本。用途は……観賞用だよ」
観念した様子で、霖之助が呟いた。そんな店主に対し、文は呆れたような溜息で返す。
「何を渋っているかと思ったら、これが理由ですか。ここの常連の子達ならともかく、私相手にそんなこと気にしなくていいですよ」
見た目で年齢が測れない妖怪の中でも、烏天狗である文はかなり長生きしている部類に入る。半妖である霖之助もかなりの物だろうが、それでも天狗から見ればヒヨッ子もいい所だ。そんな男が自分に気を使うなんて、ちゃんちゃらおかしいとはこのことである。
「全くもって君の言う通りなんだけどね。半分人間なせいか、若いせいか、見た目に引きずられることも多いのさ」
「まあ、ご主人に女性として気遣われるという、希少な体験ができただけでも良しとしますかね」
ケラケラと笑って返す文から、逃げるように目を逸らした。そのまま視線を箱の中に積まれた大量のエロ本へと移し、霖之助は考える。
彼らの処遇をどうしたものかと。
まず、自分には必要が無い。僅かな需要と極稀にある供給で、とりあえず自分は不自由していないから。
かと言って店に並べるわけにも行かない。勘の良いのと手癖の悪い常連が居るが、彼女らの教育に悪いと思う。そういった点については、昔の友人達に釘を刺されていたりする。
では、里の古本屋にでも売ってしまおうか。こういうのは人間の男性には喜ばれるはずだし、高く買い取ってくれるかもしれない。
しかし、人里の守護者の目が気になる。人間大好きっ子な彼女は、頭が固く融通の利かない所もある人物だ。あんな物が里に出回ったとしたら、「子供達の教育に悪い」などと言い出すかもしれない。
そうなれば怒りの矛先はどこに向けられるか。さすがに、満月の夜を怯えて過ごすような真似はしたくない。
置いておくことも、売り捌くこともできないときた。だったらもう、処分するしかない。ちょうどゴミも溜まっているから、まとめて燃やしてしまおうか。
彼らを眺め、霖之助は溜息をつく。全てを受け入れるはずの幻想郷にすら居場所が無いとは、哀れなことだ、と。
「うわー、コレすごいなー」
エロ本相手のちょっとした感傷をブチ壊すのは、すぐ傍で本を広げて見入っている文。そういえば、先ほどからしきりに、『すごいすごい』と聞こえていた気がする。
「ほらご主人、これ見てくださいよ。細かいところまではっきりくっきり写ってますよ」
「うん、わかった。わかったから」
開いたページをぐいぐいと、押し付けるようにして見せてくる文。なるべく目を合わせないようにして、新手のセクハラにどう対応したものか、と霖之助が考えていると、
「に、しても本当にすごいですよね。外界の撮影と印刷の技術は」
などと吐いた。思わず、ガックリとうなだれてしまう霖之助。
からかわれているのだろうか、と思いつつ文の方に目を戻せば、丁度その表情が歪められたのに気がつく。
「でも、こういう使い方は感心できませんね。ほら、これ」
またもや開いたページを見せつけてくる。今度は目を逸らす暇も無く、視界に飛び込んできた。
そこに写っていたのは、豊満な体を見せつけるようにして扇情的なポーズを取る女性の裸体―――――では無い。
霖之助が見せられたのは、どこかの街角でスカート姿の女性がベンチに足を組んで座っている、ただそれだけの写真だった。目の部分には顔を隠すように黒い太線が入れられており、その何気ない様子からすると、撮影者の存在も意識していないようだ。一見すれば、ただの街角の風景のよう。
今までの画像とは毛色が違うな、と思ってよくよく見れば、組まれた足の隙間から、白い物が除いているのに気がついた。
おそらくは女性の下着だろう。そう考えながら隣のページに目を移せば、同じように目線を隠された、別の女性の写真。地面に置いた荷物を拾おうとしている場面らしいが、しゃがんだ為にスカートの中が露わになっている。ペラペラと本を捲っていけば、そういった姿を納めた写真ばかりが数ページほど続いた。最初のページに戻れば、『街角覗き見コーナー』といった題材がつけられている。
「被写体に無許可で撮影しているようだが……これは感心できないな、確かに」
「こういうのは盗撮というんですよ。全く、カメラをこんなことに使うなんて、低俗な!!」
ジャーナリスト精神とやらに反するのか、そのページをバンバンと叩いて怒りを表現する文。確かに彼女は盗撮などするタイプではないだろう。いきなり被写体の前に現れて、堂々と真正面からパシャパシャと撮影するのが文の流儀だからだ。
門外漢の霖之助でさえ、不誠実な行いだとは思う。だがそれとは別に、霖之助にはある疑問が浮かんだ。
先ほどの本に載っていた画像は、殆どが女性の裸か、それに近い物ばかりだったと思う。どれも被写体である女性が、撮影者の存在を認識していることがわかる画像ばかりだ。つまり外の世界では、許可を取った上で女性の裸体を撮影することができ、なおかつその写真を楽に見ることができる、ということになる。
だというのに、なんでわざわざ『無許可で撮影したスカートの中身』などの写真を載せる必要があるのだろうか。裸体をたやすく見られるというのに、スカートの中身から覗く下着などに、何の価値があるというのか。露出度で言えば、比べ物にならないだろうに。
写っている女性にしても、『そのための被写体』と『ただの通りすがり』では容姿や体系にも随分と差があるように見える。構図やピントなど、写真自体の質においても同じことが言えるだろう。
霖之助にはわからない。露出度や被写体、写真の質を落としてまで、スカートの中身に執着する意味が。
外界では、裸よりもスカートの中身が重要視される、とでも言うのだろうか。そんなことを考えていたせいか、気がつけば視線がある場所に向けられていた。
目の前でプンプンと憤慨する、烏天狗の腰辺り。そこにあるのは幻想郷では珍しい、脚を露わにしたミニスカートだ。霊夢や魔理沙のように、長いスカートの下に見られてもいいドロワーズを履いているのとは違う。
「君も、気をつけたほうがいいんじゃないかな」
だからつい、こんな言葉を吐いてしまった。
言った直後、反射的に自分の口を塞ぐ。だが既に遅く、文がキョトンとした表情を一瞬だけ見せた後、ニヤリと口元を歪ませた。
「……おやおや。まさかご主人にスカートの中を心配されるとは」
さぞ愉快そうに笑いながら、霖之助の肩をばんばんと叩き出す。その細腕からは考えられない腕力に肩が外れるのでは、と思い始めた頃、ようやく叩くのをやめてくれた。
「しかし、心配御無用。なぜならば」
スカートの裾をつまみ、ヒラヒラと揺らしながら、文は続けた。見る気は無くても、反射的に視線がひきつけられるのは仕方が無いことだ、と思う。
「このミニスカートは、私達烏天狗にとってのトレードマーク。故に、中身を隠す術も心得ています」
「それは、下に何か見られてもいいような物を履いているということかな」
「まさか。そんな無粋な真似はしませんよ」
そう答えると、床を蹴って軽く跳ねる。そのまま、ぷかりと宙に浮かんだ。
「大気の流れを把握し、気流を掴み、風を操ることによって―――」
瞬間、文が飛んだ。狭い香霖堂の中、棚や品や、壁や柱にその身を掠らせることも無く、風と共に飛び回る。まるで舞踊のように、その体を翻しながら。
当然、その動きに従ってスカートもはためくわけだ。慌てて目を逸らそうとした直前、霖之助はあることに気がついた。
どんな姿勢をとっても、どれだけ激しく動いても、どれほどの風の中にあっても、『スカートの中身』が全く見えないことに。
上手い具合に霖之助の視界に入らなかったり、ちょうどいい感じで視線の陰に入ったり、と。遮るものは無いはずなのに、そのスカートの中身が霖之助に晒されることは無い。
「たとえどんな状態にあろうとも、スカートの中を見せない動き方、飛び方、戦い方を学んでいるのです!!」
なんという力の無駄遣いだ。鬼と並び称される天狗という種族の力を、何に使っているのやら。幻想郷は今日も平和だと、霖之助はつくづく思う。
しかし見えないということはよくわかったが、こうもスカートが跳ね回るのを見せつけられるとこっちが恥ずかしい。大体、中身が見えないというだけで、その脚は腰の辺りまで丸見えになっているというのに。
どうも天狗の羞恥心という物はよくわからない。得意げな表情で宙を舞う文を視界に入れないようにして、霖之助はゴホンと咳払いした。
「なるほど、よくわかった。わかったから店の中で飛び回るのは勘弁してくれ」
棚や壁にぶつかることは無くても、飛行から巻き起こる風のせいでいくつかの商品が床に転がっていた。棚から落ちたわけではなく床に置いていたものがいくつか倒れた程度だが、これ以上店を荒らされたいとは思わない。
霖之助の言葉に答え、彼の眼前にピタリと文が止まった。
「と、まあ……私達のスカートは紅い門番以上の鉄壁です。もし門を破られたりしたら、大変なことになりますからね」
誇るようにそう言うと、文は床へと降りる。いつものように、軽やかに。
『では、そろそろおいとまします。ご主人ほど暇ではないというのに、思わぬところで時間を食ってしまいました』
と、文は言うつもりだった。
だがその直前、ある場所にある物が割り込んできた。
ある場所というのは、文の履く高下駄ブーツの一枚歯と、床の間にある空間。
ある物というのは、緑がかった透明な色をした硝子筒。一方には硝子の底板を、もう一方にはひょうたんのように狭い口を持つそれは、霖之助の能力によると『コーラ瓶』。中身は随分前に霊夢に飲み干されている。
そのうち何かの役に立つ、と思って置いていたコーラ瓶が、先ほどの演舞の煽りを受けてここまで転がってきたらしい。そして、文はちょうどそれを踏んづけてしまった形になる。
円筒系の物体に加えられた力は、回転という形で発現した。その上にある、高下駄ブーツを巻き込んで。
「あやややだっ!?」
着地の瞬間にバランスを崩され、脚が前へと投げ出される。軽い衝撃と痛みを添えて、お尻で着地する羽目になった。
「だ、大丈夫かい?」
「あちゃ~~せっかくかっこよく決まったと思ったのにな~~」
照れた様子で苦笑する文へ、霖之助が手を伸ばす。どうも、と言って伸ばされた手を取ろうとした、そのときだった。
霖之助の視界の隅に、見たことの無い色彩が入り込む。反射的に視線を移せば、そこにあるのは尻餅をついた状態にある、文の腰だ。
投げ出された両の脚、その付け根となるべき部分に見えるのは―――――白と水色の縞々だった。
『あ』
ふたりそろって、間抜けな声をあげてしまった。
次の瞬間、香霖堂が崩壊した。
「――――というわけよ」
「いや、なにがというわけなんだ……」
滅多に見ない殺気丸出し、本気全開な状況に何事かと思えば。蓋を開ければ布一枚隔てた向こうの話とは。それなりにシリアスだった気分が、一気に萎えていくのを魔理沙は感じた。
「要はアレか、ぱんつ見られてムカっ腹立ててるってことか。そんなの短いスカートひらひらさせてるのが悪いんじゃないか。大体、嫁入り前の娘が生脚をさらけ出すなんて、はしたないことこの上ないぜ」
性格は悪いが育ちの良い魔理沙にとって、不特定多数に素肌を晒すなど破廉恥以外の何者でもない。彼女のゴテゴテとした服装にもそれは現れているし、隣に立つ霊夢の格好についてもそんなことを言った覚えがある。
「ぱんつくらいでこんな怒ることないでしょうに。慰謝料にお茶でも貰えばよかったでしょ」
面倒そうな表情を浮かべて霊夢も、同意する。男の自分が口を出すとややこしいだろうと黙っていたが、霖之助も同じように思っていた。
「あなた達のドロワーズと、私達、天狗のぱんつを一緒にするんじゃないわよ!!」
文の激昂が風を震わせるのを感じ、三人は思わず身をすくめる。
「天狗のぱんつは、童謡でも評判の鬼のぱんつを凌駕する、至高のぱんつ!! それは絶対不可侵、完全秘匿であるべき聖域なのよ!!」
まくし立てるように叫ぶと、自身を落ち着けるように数度深く息を吐いた。少し落ち着いた様子で、だが殺気は変わらぬままに語りだす。
「―――そして烏天狗には、非情の掟があるわ」
それは、と続け、文は言った
「ぱんつを見られたら、見た相手を抹殺しなければならないという掟よ!!」
団扇を霖之助に向け、『バァーーーーーン!!』という効果音の似合いそうなポーズと共にそう吐いた。
それを受けた三人の表情は、等しく『ぽかーん』。言葉を理解することはできても、受け入れるのに時間を食っているらしい。
「……って、ちょっと待て!!」
流石に黙っていられなかったか、いち早く立ち直った霖之助が叫ぶ。
「いくらなんでもそんな理不尽があるものか!! あれは事故のようなものだし、こっちは既に店を吹っ飛ばされているんだぞ!? その上、命まで取るというのか!?」
「無論。誇り高き天狗にとって、その掟は絶対よ」
取り付くしまも無い、と言った様子の文。
半妖という中途半端な存在として生きている以上、どんな理不尽な結末を迎えることも覚悟はしていたつもりではあったが、さすがにこんな理不尽までは覚悟していない。受け入れたくも無い。
「ったく……ちっさい異変もあったもんね」
呆れたような口調で呟いたのは、霊夢。気だるそうな表情を浮かべたまま、霖之助の前へと立つ。天狗の手から、彼を守るようにして。
「そう。やはり、邪魔をする気なのね」
「妖怪の邪魔をするのが巫女って言ったでしょうが」
冷たい口調と共に降り注ぐ殺気を、柳のように受け流しながら霊夢は答える。その隣には、箒を肩に担いだ魔理沙の姿もあった。
「やれやれ、いつまでたっても手のかかる奴だぜ。私が居ないとほんとダメなんだからな、香霖は」
霖之助へニヤニヤとした笑みを見せつけながら、魔理沙も文へと対峙する。
そんな二人を眺め、文は忌々しげな口調で呟いた。
「時々居るのよね……ルールに守られた存在でありながら、勘違いする人間が」
「ああ、そう。手加減しなくていいから、本気でかかってきなさいな」
「焼き鳥と竜田揚げ、お気に召すほうをお選びください……ってとこだな」
天狗と巫女と魔法使い、三つの視線が絡み合う。場の空気が、ピリピリと張り詰めていくのが感じられた。何かの拍子に、一瞬で空間が崩壊するかの如く。
そんな彼女らの様子を眺めながら、霖之助は改めて自分の置かれている状況を確認する。
とりあえず、いつものふたりは自分を助けようとしてくれているらしい。だが、霖之助はそれを手放しで喜ぶこともできなかった。
これから始まるのは、ルールに従ったゲームではない。そういった場合における彼女らの実力が如何程のものか、霖之助は知らない。
だがそこには妖怪と人間という、種族としての絶対的な差が存在する。対等に戦うにはルールで雁字搦めにされた場所が必要となる、程度の差が。そして文は、その妖怪の中でも鬼と並ぶ高位の存在、天狗という種族のひとりだ。
即ち、ここは人間である霊夢と魔理沙がかなり不利であるといえる。理不尽なこととはいえ、自分の問題に巻き込んでおいて彼女らを傷物にするようなことがあれば、友人達に顔向けができないだろう。
仮に、彼女らがなんとかして文を負かしたとしても、それはそれで不味いと思う。
この場における負けとは、戦闘不能という意味だろう。命を奪うか、それに準ずるほどの重症か。
文のバックには、妖怪の山という組織の存在がある。そして霊夢と魔理沙は、幻想郷の妖怪からは『人間の代表』と見られることもある。そんな彼女達の間で、命に関わるような諍いが起こればどうなるか。
つまり、妖怪の山という組織が人間という集団を敵視するようになるといった事態も考えられるのだ。
八雲紫という抑止力の存在もあるから、人間が無差別に襲われるといったことは起こらないだろう。だが、二者の関係に大きな溝が生まれてしまうことは避けられない。
これまで閉鎖的だった山の妖怪達も、最近は態度を軟化させてきたように思う。文のように、積極的に下界と関わろうとする者も増え始めている。そんな関係が、今崩れ去ろうとしているのだ。
妖怪は恩を忘れるのは早いが、恨みを忘れることは無い。一度ひびが入った関係が、現在のように戻るのはいつのことやら。少なくとも、半妖である自分には気の遠くなるほどの未来の話になるだろう。
そう考えて、霖之助は溜息をつく。とりあえず、この場を彼女らに任せておくわけにもいかないな、と。
「ちょっと待ってくれ」
重々しい空気の中に霖之助の声が割り込んだ。張り詰めた緊張が、少しだけ緩む。
「なんだよ。いいところだってのに」
口ではそう言いつつ、『危ないから引っ込んでろ』と目で告げる魔理沙。そんな魔理沙の肩に手を置いて、自らが前に出る。
訝しげな表情を浮かべながらも、変わらぬ殺気で文が出迎えてくれた。その視線に背筋を凍らせながらも、目を逸らすことなく、霖之助は告げる。
「君達はさがってくれ。元々、僕と彼女の問題だからね」
霊夢と魔理沙が何か言う前に、言葉をつなぐ。疲れたような表情のまま、だがはっきりとした口調で意志を伝えた。
「僕が相手をしよう」
傍らの二人が目を丸くしているのが、見なくてもよくわかった。
文から数m離れた場所、大き目の瓦礫を椅子代わりにして三人は座っていた。
「……おい、正気か。いつかみたいに屁理屈で騙して雪下ろしやらせるのとは、わけが違うぞ」
「僕はいつも正気だ。あと、あれは屁理屈などではなく正当な商取引だよ」
「正気だからこそ、タチが悪いわね。珍しくやる気になってるし」
手元にお茶が無いせいか、少し不機嫌な様子で霊夢が言った。
「私達を護る為、命を捨てるとか言うんじゃないだろうな。だったら虫唾が走るぜ」
霖之助を睨むようにして、魔理沙が言った。その視線を手で制しながら、霖之助は答える。
「そんな気は無い。自分にとっての損得を計算してのことだ」
人間と妖怪の山の関係が悪くなれば、一番困るのは自身だと霖之助は考えていた。
何せ、妖怪の山には烏天狗と河童という、情報と技術の代名詞とも言える妖怪達がいるのだから。彼らとの関係が悪くなるということは、それらの恩恵を受けることも難しくなると言うことだ。長年の付き合いもあって文とは色々な話を聞ける関係になり、つい最近は魔理沙が連れてきた河童のにとりと知り合えたばかりだというのに。
さらに言うなら、最近外から引っ越してきた彼女達も、山に住み辛くなるだろう。もし彼女達が元の世界に帰ってしまえば、数少ない得意先と、外界の情報源をも失うことになってしまう。
霖之助が生きてきたそれなりに長い時間の中でも、今は自分にとって都合のいい時代だと思っている。血の気の多い連中にこの場を任せ、それをみすみす失うような真似はできなかった。
勿論、彼女達の身を案じてというのもそれなりにあるが、そんな台詞を聞いて大人しくしている連中だとは思えないので、それについては黙っておく。
「まあ、君達よりこの場を上手く切り抜けられる、という自信はあるよ。僕は商人だからね、見込みの無い投資はしない」
「商人ねえ。そりゃ、ますます信用できなくなってきたな」
どうやら接客態度が悪い、客が少ない、店がボロい、儲かっていない、程度の理由で霖之助の商才を疑っているらしい。魔理沙もまだまだ子供だな、と霖之助は思う。
「それより魔理沙。八卦炉を貸してくれるかな」
「八卦炉って私の八卦炉のことか?」
かっての持ち主にそう言いつつ、魔理沙は懐からミニ八卦炉を取り出した。
「別にいいけど、香霖じゃ使えないだろ。せいぜい、お湯沸かす程度じゃないのか」
ミニ八卦炉。そのコンパクトな外見からは想像できない絶大な火力を秘めた、霖之助の最高傑作の一つとも言えるマジックアイテムだ。
だが当然、その力は無尽蔵というわけではない。ミニ八卦炉の生む火力は、そこに注ぎ込まれる力によって大きく左右される。大地を焼き尽くす業火から、冷えた指先を暖める程度までに、だ。
これはただ大きな力を注ぎ込めば、より大きな力が得られる、というわけではない。必要となるのは、力の『量』と『質』である。
例えば魔理沙の場合、新米魔法使いである彼女は、単純な魔力容量ならばアリスやパチュリーに数段劣ると言えるだろう。だが幼い頃より数々の異変によって磨かれ続けたその魔力は、ただ敵を撃ちぬく為に特化してきた物だ。
故に魔力の『量』は少なくとも、実戦に特化した魔力の『質』によって、山一つ吹き飛ばすといわれる絶大な火力を生み出すことができるのである。
これに対して、霖之助はどうか。彼自身に力が無いというわけではない。父か母かは忘れたが、片親から受け継いだそれなりの妖力は持っている。
だが霖之助の『道具の名前と用途が判る程度の能力』に象徴されるように、彼の妖力は戦闘に向いたものではない。妖力を介して物の構造を把握するなど、『壊す』のではなく、『知る』ことに向いたものだ。しかも生まれつきそういった傾向のあった妖力を、霖之助は修行によって『それしかできない』域にまで特化させている。
自身の能力を中途半端と認めることはあっても、その答に間違いは無いと自負しているのはそのためだ。マジックアイテムの製作に於いても、暴走に繋がりかねないような力は最初から持ち合わせない方が都合が良いのである。
これらの理由により、霖之助は魔理沙のようにミニ八卦炉を活用することはできない。いくら妖力を注いだところで、精々が湯たんぽの代わりになる程度だろう。
自分で使えない物を作ってどうする、と言われることもあるが、彼は使いたいから作っているのではなく、作りたいから作っているだけだ。
「……まあ、使えなくとも使い道はあるものさ」
魔理沙からミニ八卦炉を受け取ると、今度は霊夢へと向き直る。
「あと、霊夢。君が今持ってる博麗の御札を全部くれ」
「タダで?」
日ごろの付き合いと緊急事態ということで、快く渡してくれるのでは、と思っていたのだが、やはり巫女はそう甘くないらしい。だがこの程度は予想済みだったので、適当な対価を与えることにする。
「わかった。君の溜め込んだツケを帳消しにしようじゃないか」
「嫌よ。それじゃ、私が何も得しないじゃない」
当たり前のように、霊夢はそう答えてくれた。
「……だから、ツケを帳消しにすると言ってるんだけどね」
霊夢の答に、彼女がどんな感覚で『ツケ』という言葉を使っているのか改めて実感する。少なくとも帳面上の金の動きでは、交渉材料に成り得ないらしい。
「わかった。それに加えて、美味しいお茶が入ったら無料で贈呈するよ」
「ええ、いいわ」
こんな時に限って歳相応の笑顔を浮かべながら、束になった博麗の御札を霖之助へと渡す。
「確かに聞いたわよ。嘘ついたら、鬼をけしかけるからね」
「それは怖いな」
嘘をつかないためには、この場をなんとかして切り抜けないといけないわけだ.
もしかして、励ましているつもりなのだろうか。札に込められた博麗の霊力を感じながら、そんなことを考えた。
さて、と一息ついて、霖之助は自身の状況を確認する。
辺り一面にバラ巻かれているのは、瓦礫となった香霖堂と、その中身。
自分の手にあるのは、自身では使えないミニ八卦炉と、過去と未来のツケと引き換えに得た博麗の御札。
そしてこれから立ち向かうのは、怒り心頭の烏天狗。
「まさか、僕がこんなことをする羽目になるとはね……じゃあ、行ってくるよ」
絶望的な状況に溜息を吐きつつ、文の前へと霖之助は立つ。後方から贈られる、おざなりな応援をBGMに。
「別れの挨拶は終わった?」
「そんなつもりはない……と思いたいよ」
呟きながら、霖之助は握り締める。先ほど受け取った、博麗の御札を。
「だから、思わせてもらうことにする」
半妖の手が、振るわれた。
先に動いたのは、霖之助だった。
自分よりはるかに強い相手に対して、迂闊に攻撃を仕掛けるなど軽率なことだと思う者も居るだろう。ここはまず、相手の出方を窺うべきだと。
だが、彼の考えは違う。文が戯れに撒いた弾幕でも、自分に致命傷を与えるには充分な威力を持つ。それほどの実力差がある相手に対して、様子を窺って後手に回るなど考えたくも無い。
最初の狙いは、まず相手を自分のペースに引きずり込むことだ。相手がはるか高みに居るからこそ、低き次元に落とす必要がある。
彼の手が翻ると同時に放たれるのは、博麗の御札。霊夢によって文字を刻まれたその札には、博麗の霊力が込められている。それに意思を乗せて放てば、出来上がるのは御札の弾幕だ。
力を持たない者と言えど、こうすれば弾幕という物を撃つことはできる。妖怪の血に反応しているのか、指先がヒリヒリと痛むのは困り者だが。
両の手から放たれた札の弾幕は、霖之助の意思を汲み取って文へと飛ぶ。
その動きは二種類。彼女の周囲を塞ぐようにバラ撒かれる物と、そこを狙い撃つように飛来する物。
これまで観戦してきた弾幕ごっこや、霊夢と魔理沙の武勇伝から学んだ、『避けにくい』弾幕のひとつ。
「ここまでやれるとは予想外―――だけど」
瞬間、文が飛翔する。そのまま弾幕の嵐の中へ、自らその身を飛び込ませた。
「所詮は付け焼刃。私から見れば穴だらけよ!!」
弾幕の密集地帯に居るにも関わらず、それらは彼女の体を掠ることすらできない。札と札の間に存在する僅かな隙間を、スイスイと潜り抜けて霖之助へと迫る。
普段はカメラやペンを持つ指先にあるのは、ギラリと日本刀のように煌く爪。その一撃には、霖之助の首をたやすく断つことができる力が込められているだろう
弾幕という障害物の中でも一切の機動力を失わないまま、文が霖之助の眼前へと姿を現す。速度と共に振るわれる腕の先端にあるのは、猛禽の爪。命そのものを刈り取るかのようなその動きは、古典的な死神の姿を連想させる。
だが、それに併せるように霖之助は懐からある物を取り出した。その手にあるのは、先ほど魔理沙から借り受けたミニ八卦炉。
「!?」
副将軍の印籠のように突きつけられたそれを視界に入れた瞬間、文の体が硬直する。さらに彼女の周囲を漂っていた数多の札、その内の一枚が文を直撃した。
「つっ!?」
札に込められているのは、博麗の霊力という幻想郷で最も対妖怪に特化した力。妖怪という存在を構成する精神、そのものを穿つ攻撃が文を打ち据える。
衝撃に体勢を崩された瞬間、新たな札が彼女を襲った。その被弾を確認すると同時に、三枚目、四枚目、五枚目―――――と、周囲に浮いていた札が、文の体へと降り注いでいく。
十数枚からなる御札の炸裂により生まれる爆発が、文の体を包み込んだ。
文を中心に巻き起こる爆発を見て、魔理沙は思わず歓声をあげる。
いつでも箒で突っ込める準備はしていたが、意外と面白い物を見せてくれたものだ。
「それにしても、撃てもしない八卦炉でびびらせてから攻撃するなんてセコい真似考えたな。まあ、私の八卦炉の威力といえば、幻想郷でも知らないものは居ないからな」
「……ちょっと違うと思うわよ。それ」
得意気な表情でふんぞり返る魔理沙に、霊夢が言う。
「例えば文の相手があんただったら。さっきみたいに近距離で八卦炉見せたとして、どうなってたと思う?」
そう聞かれて、魔理沙は気が付く。ミニ八卦炉に脅えて身をすくませるような、可愛気のある少女ではなかったはずだ、と。
「あいつなら……一瞬でマスタースパークの死角に回り込んで、反撃してくる気がするな」
さらに言うなら、霖之助がミニ八卦炉を使えるかどうかわからないほど、頭の鈍い妖怪でもないはずだ。
つまり文には今のミニ八卦炉を恐れる理由も無く、恐れていたとしてもたやすく回避することができたということだ。
では先ほどの一瞬の硬直はどういう意味なのか。
「霖之助さんが、八卦炉を使えないからこそ、使えないことがわかっていたからこそ、動きが止まったのよ」
霖之助にミニ八卦炉を向けられた瞬間、文は反射的に回避しようとしたはずだ。その反射行動に従っていれば、周囲の御札を回避しつつ、本来のマスタースパークの射線上から逃れていただろう。撃てもしない砲光に臆したのか、と笑われることになっただろうが、それだけだ。
だが先程は、反射が体を動かす前にその意識が邪魔をした。『霖之助は八卦炉を使えない』という、彼女の観察眼によって培われた、確信とも言うべき物が。
意識と反射の間に起こる、情報の齟齬。そこから生まれるのは、一瞬の硬直。
それは一瞬の間に過ぎない。通常なら取るに足らない程度の時間だ、
だが、あのときの文は自らを弾幕の密集地帯に置いていた。それも霖之助の攻撃を嘲笑するように、あえて紙一重まで御札に近づき、回避するといった行動をとっていたのだ。
そんな状態では、一瞬の硬直ですら致命傷となる。そして一発でも攻撃を受けて体勢を崩せば、それが銃爪となって連鎖的に攻撃を受ける羽目になるというわけだ。
霖之助があえて自分から弾幕という攻撃を仕掛けたのも、この狙いがあったからこそ。身のほど知らずの半妖が、愚かにも天狗である自分に拙い攻撃を仕掛けてきたとしたら、最も困難な箇所を、最も困難な方法で破ろうとするはずだ、と考えたのだ。
鬼のように人間との勝負を楽しむ為ではなく、烏天狗という種特有の底意地の悪さによって。
「なんか回りくどくてイライラするやり口だな。あいつらしいぜ」
「まあ、この程度で焼き鳥になってくれるほどいい女じゃないでしょうけど」
霊夢が呟いた瞬間、爆煙の内から爆風が巻き起こった。
御札による爆煙を一瞬で吹き飛ばし、再び文が姿を現す。服や肌には煤のような汚れがついているが、それだけだ。あれだけの御札の直撃を食らったというのに、その体には傷一つついていない。
譲り受けた御札の半分以上を注ぎ込んだというのに、所詮借り物の力ではこの程度が限界か。予想の範囲内とはいえ、ここまでの対価を思い直すと悲しくなる。
「正直、驚いたわ。あなた程度の存在に、ここまで痛い目に遭わせられるなんて」
「君からお褒めの言葉を頂くなんて、初めてのような気もするな」
霖之助の軽口に表情も変えないまま、文が腕を振り上げた。その先にあるのは、天狗を象徴するヤツデの団扇。
「だから、次は私の番」
文が団扇を振りかざす。動きに併せて旋風が生じ、凝縮されたそれらは弾丸と成る。
現れるのは、風から生まれ、風と共に吹き荒れる弾幕の嵐だ。団扇の動きに指揮されるように、弾幕が霖之助へと飛んだ。
「ぐっ!!」
文のように自ら突っ込んだり、紙一重で避けるような真似はしない。ただひたすら距離をとり、回避に専念するだけだ。隙を見て弾幕を撃ち返すなど、そんな考えすら出てこない。
ルールに守られた遊びとは言え、あの少女達はこんな物と日常的に触れ合っているというのか。弾幕ごっこは女の子の遊びというのが常識だが、自分は男に生まれて良かったとつくづく思う。
そういえば基本的に男性より女性の方が度胸があり、鉱山などを女人禁制とするのは臆病な男の方が災害時にすばやく逃げられるためだ、という話があった。弾幕ごっこが少女達の間でばかり普及しているのも、命知らずな連中が多いからだろうか。
一発一発がその命を削りとるだろう弾幕から逃げ回りつつ、頭の片隅ではそんなくだらない考えが浮かんでいる。自分の性分を改めて認識し、思わず苦笑する霖之助。頭で何を考えたところで、この状況は覆らないというのに。
今の霖之助はただ逃げることしかできない。反撃もできないなら、あとは逃げ疲れたところを弾幕で嬲り殺しにされるだけだ。
ただ、霖之助はそうはならないだろうとも予測していた。あれだけの憤りを見せていた彼女が、ただ弾幕をばら撒いただけで終わりにしてくれる筈はないのだから。
幸か不幸か、その予測は的中する。霖之助が逃げ疲れた頃合を狙ったかのように、弾幕の嵐がピタリと止んだ。
「烏天狗の掟に触れた禁、そして少しは痛い目にあわせてくれたお礼……こんな遊びで返すわけにはいかないわ」
それはつまり、先程までの弾幕以上のものを、霖之助に披露してくれるということだ。本来なら自分程度の存在がお目にかかれることはない、必殺の攻撃を。
身に余るその光栄を呪っていると、視界に留めていた筈の文の姿が掻き消えた。目に映るのは、何かが高速で動いている、と辛うじて認識できる程度の軌跡だ。それは風を切り裂く音を響かせながら、霖之助の周囲を飛び回っている。
そして風の軌跡から零れ落ちるように現れる、弾幕の群れ。落ち葉の如く軽やかに舞う弾幕が、霖之助へと降り注いだ。
「おい、あの技は!!」
「ええ、山で戦ったとき、使ってきたわね」
怪しまれない程度に手加減をした文が使ってきた、スペルカードの一つ。
霊夢と魔理沙のふたりでさえ、ただひたすら回避に専念し、時間切れというルール上の勝利を選ぶしかなかった攻撃だ。
「やばいぜ!! 香霖にあんなの避けられるわけが無い!!」
「あいつに当てる気があったらね」
弾幕は当てるもんだろ、と言い返す直前、魔理沙は気が付いた。霖之助の周囲を取り囲む弾幕が、かって自分の味わった物とは動きが違うことに。
落ち葉のように頼りなく動きながらも、自身の空間を塗りつぶすように襲ってくる。魔理沙が見たのはそういった弾幕だ。
だが、今見ている物は違う。霖之助の周囲を包囲しつつも、彼自身の立つ空間を避けるように動いているのだ。
「霖之助さんは完全に包囲されていながら、自分だけは安全な状態にある。それは裏を返せば、一歩でも動けば終わりだということ」
「つまりあの弾幕は、当てる為じゃなくて動きを止める為の物だってのか?」
「ええ、それが本来の姿なんでしょ。そして霖之助さんが一歩も動けない状態にあるのとは逆に、天狗の方はどう?」
魔理沙が目を移せば、自らの生んだ弾幕の中、高速で飛び回る文の姿がある。山で相手した時と同じ動きだと思っていたが、改めて見ればあることに気がつく。
「あいつ、前より速い……いや、加速してるのか?」
霖之助の周囲を飛び回りながら、徐々にその速度を上げているのだ。優れた動体視力を持つ魔理沙でさえ、輪郭を留めることができなくなるほどに。
「魔理沙、あんたもスピードには自信ある方よね?」
「え、ああ……今は最速の座を預けてるが、そのうち取り返すつもりだぜ?」
「そのスピードを一番生かした攻撃って言ったら何?」
何、と言われて真っ先に浮かぶのは、自身の代表的なスペルカードの一つ。
自らをひとつの巨大な光弾と化して突撃する、彗星『ブレイジングスター』だ。
「つまらない弾幕で仕留める気が無いのなら、それなりに本気の技の一つでも見せてくれるはず。そしてあいつは、幻想郷最速の天狗。それなら、その最速とやらを生かした技を使ってくるでしょうね」
それが魔理沙と同じ、スピードをそのまま破壊力に転じたシンプルな発想だったとしたら―――――
「くっ!! 香霖!!」
声をあげるが、霖之助は相も変わらず弾幕の檻に閉じ込められたまま。そして加速を続ける文には、衝撃波から成る風の衣のような障壁が取り巻いている。
何も出来ずに立ち尽くすことしかできない霖之助を尻目に、文の体は着々と破壊のエネルギーを取り込んでいく。それが開放された瞬間何が起こるかなど、考えたくも、見たくも、味わいたくも無い。
すぐにでも乱入すべきか、と魔理沙は考える。だが箒で突進するにも弾幕の檻に阻まれるだろうし、こちらから弾幕を打ち込むにしても、今の文に当てるのは骨が折れそうだ。ならばマスタースパークで一掃しようかとも思ったが、そのために必要なミニ八卦炉を持っているのは、檻の中の霖之助だ。
「くそっ!! 行くぞ霊夢!!」
もう間に合わない、無駄だとわかっていても、見殺しにしていい夢が見られるとは思えない。こんな荒事において兄貴分の半妖を少しでも信用した自分を呪いつつ、霊夢と共に救助に向かおうとした。
だが、霊夢から返って来たのは承諾の返事ではなく、
「来るわよ!!」
天狗の語源とは、文字通りに『天の狗』。彗星や流星が尾を引いて飛来する様を見た者が、それらを犬に例えたのが始まりであるらしい。そして今、風の衣を纏いながら周囲を飛び交う文の姿を見て、霖之助は思う。
彼らの見た流星や彗星のいくつかは、彼女のように自身を星に見立てた天狗だったのだろう、と。
「やれやれ……」
こんな状況だというのに、脳裏に浮かぶのはこんな取留めも無い考えばかりだ。走馬灯を浮かべられるほど、見せ場に恵まれた人生を送ってこなかったせいだろうか。
弾幕の檻により、相手を空間ごと拘束。さらに烏天狗の加速力を活かして周囲を飛び回りつつ、限界まで速度を高めていく。そして加速から生まれる衝撃波を衣に纏い、自身を風の弾丸に見立て相手を撃ち抜く、というところか。相手は上下左右、360度全方向のどこから攻撃が加えられるのか、脅えながら最後を待つしかない。
ただ、どこから襲ってくるのか、だけには脅える必要がないということはわかっていた。文がこれほどの大技を披露するのは、霖之助をそれだけの実力者と認めたから、というわけではない。天狗にとって、ただ始末するだけでは済まさない、程度の怒りを買ったからだ。ふたりの力関係は何も変わっていない。
故に、弱小な存在である自分に死角から攻撃を加える、などという真似は考えられない。文が来るのは、自分のただ正面だと確信していた。
だからこそ、霊夢の声を聞いた瞬間、霖之助は前を見据える。そこにあるのは、暴風の魔弾と転じた文の気配だ。
すくみ脅える体を奮い立たせ、その手を前へと向ける。その手にあるのは、ミニ八卦炉。
先程と同じ形になったが、文の動きには一片の迷いも生じない。霖之助にミニ八卦炉を使う力など無いことは最初からバレているし、先程は足枷となった無意識の反射なども、とうに克服されているようだ。
破壊力そのものとなった文が、一切の躊躇無しに霖之助へと迫る。
それも当然だろう。自分にはミニ八卦炉を扱うに足る力など、存在しないのだから。必要な妖力も魔力も霊力も神力も、自分には基より備わっていない。
今の霖之助にある物と言えば、それは―――――
「長年溜め込まれたツケ、くらいだよ!!」
瞬間、閃光が走った。
(!?)
目の前の半妖を撃ち抜く直前、文の視界が閃光に包まれる。それは一瞬で風の衣を引き剥がし、彼女の体を打ち据えた。
(なっ……なんで!?)
風の弾丸となった自分を弾き返したのは、紛れも無くミニ八卦炉から発せられた閃光だ。霖之助には撃てない、と確信していたはずの。
彼の力を見誤ったというのか、彼がそれほどの力を隠し持っていたというのか。
いや、違う。白狼天狗程の視力は無くても、情報に携わる烏天狗、その中でも真実しか記事にしないと決めている自分の目利きは、一級品だと自負している。そんな自分が、あんな人間混じりの存在の力を見誤るはずがない。
閃光に飲み込まれる寸前の記憶を辿る。あの時、霖之助は両の掌を重ね、ミニ八卦炉を構えていたはずだ。
その時の姿を思い返していると、ふと気が付く。重ねた掌の間から、なにか紙のような物が出ていなかったか。十数枚の紙の束の様に思えたそれはおそらく―――――
(博麗の御札!? まさか博麗の霊力を、八卦炉に注ぎ込んだ!?)
と、なるとこの閃光は、妖怪の自分には天敵である博麗の霊力からなるマスタースパーク。焼き尽くし吹き飛ばすような魔理沙の物とは違い、意識、いや精神そのものを貫くような一撃だ。
(まさか、最初のフェイントもこのためだったと……!!)
まず『霖之助はミニ八卦炉を使えない』という事実を利用した策を使うことで、改めて文にそのことを刷り込んでおく。そして文は同じ手には二度と乗らないと固く心に決めて、霖之助の相手をした。ミニ八卦炉は使えない、と無理矢理自分に言い聞かせて。
それが、本来の文が持ち合わせているはずの直感や危機回避能力にまで蓋をすることになったのだ。霖之助が博麗の御札を霊力のバッテリーとして使っていたことすら見落とし、一切の回避を放棄して突撃するほどに。
借り物の霊力による閃光が消え失せた直後、今度は背中に叩きつけられたような衝撃を受ける。はっとして振り向けば、そこにあるのは冷たい大地。
烏天狗である自分が、全身で地面を味わう羽目になるとは。屈辱を感じつつすぐに身を起こすが、立ち上がった瞬間、細身の体がぐらりとゆれる。
やはり博麗の霊力は体に悪い。表面上の傷は未だに無いが、どうにも頭が重い。こんな状態では空を飛ぶどころか、走るのも難しいだろう。こんなことで売りの一つである、機動力を封じられてしまうとは。
ふらつく頭を抑えながら顔を上げると、視界に映るのは一人の陰。マスタースパークにより弾幕の檻をも吹き飛ばし、文へと向かって疾走する霖之助の姿だ。
烏天狗には及びもつかないが、半妖としての身体能力ゆえか並の人間よりは速い。少なくとも、自慢の機動力が回復するのには間に合わないかも、と思う程度には。
動けないなら、近づく前に片付ければいいだけの話だ。そう思いつつ、文の手が団扇を振るう。
応えるように風の弾丸が現れ、そして飛んだ。この戦いで文が初めて放った、単に相手に当てる為だけの弾幕が。
自身へ向かって弾幕を放つ文を見て、霖之助は溜息をつく。
十数枚の博麗の札による連鎖爆撃。さらに博麗の霊力からなるマスタースパークを、カウンターで撃ち当てた。
自分ならとっくに黒コゲにされている程の攻撃を受けたというのに、彼女にとっては貧血程度のダメージにしかならないらしい。最初から予想していたこととはいえ、天狗という種の化け物さ加減に改めて舌を巻く。
とは言うものの、お茶のツケで足止めくらいはできたなら上出来だ。
飛来する弾幕を眺めつつ、スピードを緩めぬまま姿勢を低くする。両の腕が地面に撒かれた瓦礫を掠るような体勢のまま、疾走を続けた。
博麗の札は使い切っており、先程のような派手な真似はできない。かといって、身を低くした程度で自分に避けられる弾幕とは思えない。
勿論、当たるのも遠慮したいところだ。ならば、残された手は―――――
そんな思考と共に走る霖之助へと、風の弾幕が降り注いだ。
炸裂した弾幕より生まれる、巨大な爆煙。それを眺めながら、文は自身の行為に呆れてしまった。
普通に狙えば、普通に当たってしまうことはわかっていただろうに。自身に結構な屈辱を与えてくれた男に対して、随分とつまらない最後をお返ししてしまったものだ。もう少し、楽しませてあげられればよかったのに、と思う。
少し冷めた頭で、今の状況を考える。犠牲となったのは、人間にも妖怪にも属さない、イレギュラーな存在だ。ならばこれが勢力や種族の間での、諍いの原因になることは無いだろう。霖之助の知り合い達とは個人的に気まずくなるだろうが、それだけである。
つまり人間も妖怪も、幻想郷も何も変わらない。
問題と言えば、ただでさえ少ない愛読者がまた一人減ることになったことか。自分の新聞を面白いと評してくれた、希少な逸材だったのだが。
とりあえず、これで用は済んだ。巫女と魔法使いが少しはやる気になっているだろうから、適当に相手してからおさらばするとしよう。まだダメージの残る体で、手加減できるかどうか不安なところではあるが。
それさえ終われば、もうここを訪れることも無いのだろうな、と思う。新聞を配る場所も、読む相手も無くなったのだから。
「……はぁ」
と、文が小さく溜息を漏らした、瞬間。
全て滅んだ筈の空間から、一つの陰が飛び出した。
爆煙を突き破って現れるのは、大輪の花。いや、フリルで彩られた曲面の幕だ。
取手のついた巨大花を思わせるそれの正体は、日傘。それを持って疾走するのはもちろん、先程砕いた筈の霖之助。
反射的に、新たな弾幕を花に叩き込む。それらは蜜を狙う虻蜂のように降り注ぎ―――――砕かれた。
「なっ!?」
無残に消え去った自らの力に驚愕しつつ、続けざまに風の弾丸を放つ。霖之助は姿勢を低くし、傘で全身を隠すようにしながら、弾幕の嵐へと飛び込んでいく。
一発の弾幕で砕けるほどの力しか持たない半妖が、嵐の中を突き進んでくる。弾幕を物ともしない霖之助、いや彼が持つ日傘の力を見て、思い出した。
最も花に近い妖怪、風見幽香の姿を。そして彼女のトレードマークの一つでもある、耐弾幕の力を持つ日傘のことを。
その性能は確か、ペンと文章を力とする同胞、稗田阿求の著作の中で解説されていたはずだ。そしてその部分には、小さく注釈がつけられていた。
『香霖堂の解説による』、と。
読んだときは特に気にしていなかったが、まさか開発に関わっていたとでもいうのだろうか。だとしたら、同じ物を隠し持っていたとしても不思議ではない。あの低い姿勢での疾走は、店の残骸の中に埋もれていた傘を拾うための動きだったか。
自らの弾幕を砕きつつ迫る霖之助を見て、文は思う。このまま弾幕を撃ち続けても、彼を止めることはできないらしい。
自慢のスピードで接近し、直接攻撃するか。だが、先程受けたダメージは未だ文の体を蝕んでいる。人間で言えば貧血のような状態にある頭で、高速機動などしたいとは思わない。
そこまで考えて、思いつく。今、相手はこちらへと全力で疾走している。筋力、五感、反射神経等、全ての身体能力において圧倒的な差がある相手に対し、無謀なことに接近戦をしかけるつもりらしい。まだ動けない文にとっては、まさに『鴨が葱しょってやってきた』ような物だ。
無論、それがどう考えても不利なことは彼も理解しているはずだ。おそらくはそのリスクに賭けられる程度の、何らかの攻撃手段を隠し持っているのだろう。
ならば
「全て、纏めて、総じて、ひっくるめて、一緒くたに……叩き潰す!!」
文が団扇を大きく振り上げた。
こちらへと飛来する弾幕が、急に消え失せたのを霖之助は感じた。左手で掴んだ傘をずらして文の姿を窺えば、団扇を振り上げた姿勢の天狗がいる。
そして、気が付く。彼女が肩の後ろに振りかぶった団扇へと、風が流れていくことに。
そよ風から突風へ、突風から嵐へと。蠢く風が力を増し、文の持つ団扇に集められていく。
形を持たない筈の風が、団扇を中心として練り上げられていくのがわかった。その姿はまさに、剛風より成る大戦槌。
凝縮された嵐の塊にて、直接霖之助を轢き潰すつもりか。直撃と同時にその力を解放すれば、巻き起こる風は爆風となり、霖之助の体など塵も残らずに掻き消される。
恐ろしいことだ、と思いつつも、霖之助はスピードを緩めない。既に破壊の空間そのものともいえる大戦槌、そしてそれを構えた文へと、その身を進めていく。
左手にある、試作品の日傘を信頼しているわけではない。所詮この日傘の耐久性は、弾幕ごっこの範疇でしか保証できないものだ。あの風見幽香やそれに並ぶ実力者達なら、こんな時は自身の力で耐えるだけだろうが、勿論霖之助にそんな力は無い。
だが、霖之助は止まらない。開いた傘を前に向けた姿勢のまま、ついに文の正面へと辿り着く。
それを待ち構えていたかのように、文の手が振り下ろされた。
手の先にあるのは団扇、そして団扇の先にあるのは、牛程の大きさに肥大した、圧縮大気。
振り下ろされた大戦槌が向かうのは、まず日傘。霖之助を護る、最後の防壁。
大気からなる破壊の領域が、触れる。たったそれだけで、日傘は粉々に砕け散った。
最後の防壁が無くなれば、残るのは剥き出しになった霖之助の体。あとはこのまま、目の前の男に風の塊を叩きつけてやれば良いだけのこと。
それなりの実力はあると自負している自分に、こんなスマートではない、力ずくの技まで引き出させるとは。それだけでも、誇るべきことだ。そう思いつつ、振り下ろす手に力を込めた。
だが、何かを見た。
自らの振るう風の槌と、霖之助の間に存在する空間。そこに、一本の銀線が割り込むのを。
銀線の正体は、一本の剣。日傘の破壊に併せるようにして現れたそれは、霖之助の右手によって振るわれた物だ。日傘と同じように、疾走の最中に拾っていたらしい。
文は知らない。薄汚れたその剣の名前を。
都牟刈の大刀、八重垣の剣、天叢雲剣、ついでに霧雨の剣―――――と、数多の名前を持つ、神代の武器。
霖之助が読んだ名前を、『草薙の剣』。
「ガアアアアァァァァァッ!!」
普段の彼からは考えられない、妖怪じみた咆哮と共に、剣が振るわれる。霖之助が半分だけ受け継いだ、妖怪としての全ての腕力を込めて。
斬るというより叩きつけるような一撃が、風の戦槌と衝突した。
瞬間、剣が哭く。衝突点を中心に、大気の震えを声とするかのように。
悲鳴が如きその声は、霖之助と文、そして霊夢や魔理沙までをも震わせる。
鼓膜に一瞬の痛みを残し、声は消えた。
そして、消えた物がもう一つ。文の振り下ろしたはずの、風の戦槌だ。
残るのは、僅かに頬をくすぐるそよ風のみ。風雨を司る神器によって、あるべき姿へと引き戻されたかのように。
振り下ろしたその手にあるのは、ヤツデの団扇、ただそれだけだ。
「は……?」
渾身の一撃をかき消されたという事実が、文の思考を一瞬だけ停止させる。烏天狗特有の、類稀なる反射神経と判断力までも。
我に返った時には、自らの横をすり抜けるように動く陰があった。その正体はもちろん、先程まで正面に居たはずの霖之助。
焦りと共に振り返れば、視界に映るのは剣の切っ先。先程、凝縮された嵐を一瞬でそよ風へと還してくれた、剣のものだ。
「……さて君達にとって、烏天狗という種その物を象徴するものといえばなんなのかな。やはり風の如く空を舞う、これだろう?」
草薙の剣を文の背中へ、いやそこより生える漆黒の翼に突きつけながら、霖之助は言う。
「その翼を抑えられるというのは、それなりの意味がある、と取ってもいいんじゃないだろうか?」
自身の象徴である翼、そしてそれに突きつけられた神器。それらをしばらく見比べていた文だったが、不意に短い溜息を漏らす。
「……なるほどなるほど」
苦笑と共に、両の腕が動く。掌を前に向け、頭と同じ程度の高さに掲げたその格好が示す意図は、人間でも妖怪でも変わらない。
「私の負け……ということですね」
霖之助が剣を下ろすと、格好を変えないままくるりとその身を反転させる。一瞬たじろぐ霖之助だが、彼女の姿を見てほっと溜息をついた。
そこに立っていたのは、気安い笑みを浮かべるひとりの新聞記者だった。
「あははははは!!」
勝敗が決定した瞬間、何かが霖之助の背にぶつかった。
「やりやがったな!! やりやがったな香霖!!」
そう喚きながら霖之助の背中をバンバンと叩くのは、魔理沙の姿だ。霖之助の背にしがみついたまま、その小さな拳を叩きつけている。
「痛いから、やめてくれないかな」
「へへん、今こっち向いたらもっと痛い目に遭わすぜ」
背中に顔をうずめているらしい魔理沙を感じ、大人しくその言葉に従っておくことにする。動けなくなった霖之助の前へと現れるのは、魔法使いと違って特に感動した様子も無い巫女の姿だ。
「割と面白かったわよ。参考には出来ないし、したくもないけど」
「お互い様さ。こんな真似は僕にしか出来ないし、僕も他のやり方はできない」
もう二度とする気はないがね、と霖之助は続ける。
そんな三者の様子を、文は眺めていた。つい先程まで、自らが壊そうとしていた光景を。
「……さて、ようやく博麗の毒気も抜けてきたところですし。お暇させてもらいますかね」
「おうおう。帰れ帰れ」
しっしっと手を振る魔理沙に苦笑しつつ、翼を広げてその体を空へと浮かべる。だが、飛び立つ直前、思い出したようにこちらを向いて言った。
「ああ、そうだ。言い忘れてましたけど。私の負けは認めますが、烏天狗として掟を違える気はありませんよ」
魔理沙が霖之助の胸元からミニ八卦炉をひったくり、空へ浮かぶ文へと突きつける。射殺すような眼光もおまけして。
「おいおい、往生際が悪いぜ。ここは大人しく引き下がったほうが、天狗的にかっこいいと思うぜ?」
「心配なさらずとも、一度負けてしまったわけですからね。同じ方法はもう使いません」
力を持つ妖怪特有の含みのある笑顔を披露しつつ、文は続けた。
「と、いうわけで後日。別のやり方で掟を守らせて頂くので」
その別のやり方、とやらを聞き返す前に。『ごきげんよう』と台詞を残し、文は空へと消えた。
一瞬で姿を消した烏天狗の台詞に、人間二人は首を捻る。
「なんだありゃ」
「ろくでもないこと考えてそうね」
妖怪の考えてることなどわからない。なら半分は妖怪の奴にでも話を聞こう。
前に自分がくれてやった剣が、思いのほか上物だったことについても問いただしてやらねばなるまい。
魔理沙がそう思った瞬間、隣でドサリという音がした。
振り向けば、そこにあったのは霖之助の顔。妙に低い場所に顔があると思えば、それは地面に膝をついていたからだ。
魔理沙がそれに気が付くと同時に、今度はその体を地面へと投げ出す。
「香霖!?」
叫んだ瞬間、八卦炉を掴んだ自身の手にヌルリとした物を感じる。霖之助から奪った八卦炉にべったりとついている紅い液体は、紛れも無い血液。
先程の戦いで、霖之助は一度たりとも直撃を受けることは無かった。だがひとつひとつの攻撃の余波ですら、半妖の体を傷つけるには充分だったらしい。
その答えが、独特の服装に刻まれた何本かの裂け目だ。そして裂け目の奥にあるのは、同じように刻まれた霖之助の体。
「おい香霖!! しっかりしろ!!」
「ああ、大したことはない。大したことないが……念の為、永遠亭にでも運んでおいてくれるかな」
そう呟くと同時に、霖之助の瞳が閉じられた。
文との小競り合いから三日後。
霖之助は迷いの竹林をてくてくと歩いていた。その体には所々包帯が巻かれているものの、彼の動きに怪我を苦にしたような様子は無い。
そしてその傍らには、同じようにてくてくと歩く、これまた同じような銀髪の少女がいた。
「しかし、あの魔法使いが血相変えて飛び込んで来たときには何事かと思ったもんだけど。呆れるほど元気じゃん」
「だから大したことはないと言ったんだがね。あれだけの怪我を負ったのも久々だったから、念のために八意さんに診てもらおうと思っただけなんだが。少しは心配してくれたようだ」
大慌ての魔理沙と、隣に立つ少女、藤原妹紅によって八意診療所まで運ばれた霖之助。だが彼自身が大したことはないと評したとおり、その程度の怪我だったらしい。月の薬師の腕前か、半妖故に肉体の損傷にも強いのか、それはよくわからないが詳しく検証したいとも思わなかった。
正確にはまだ完治したわけでもないのだが、先天的な半妖の体にも興味を持ち出した永琳の近くに長居したくもない。お姫様の遊び相手や、古兎のカモにされ続けるのも御免だったので、早々と退院させてもらったのだ。
そして、今は八意診療所からの帰り道。妹紅に竹林の出口まで送ってもらっているところだ。
「それにしても天狗とガチンコで勝つなんて、人は見た目と中身によらないもんだね。今度、ちょっと手合わせしてみる?」
「勘弁してくれ。つくづく僕の趣味ではないと思い知らされたところなんだから」
「あはは、まあ輝夜の相手に飽きたら付き合ってもらおうかな」
お姫様と妹紅の殺し合いが当分は続いてくれるように願いつつ、霖之助は口を開く。
「それに、あれは出来試合のような物だからね」
霖之助の言葉に、妹紅がキョトンとした様子で首を傾げた。
「客寄せでもするつもりだったの? それでお店壊れてちゃ、世話が無いじゃん」
「そういうわけでもないんだが……彼女も、最初から最後まで本気では無かったというわけだよ」
スカートの中を見たことで、天狗の掟とやらに触れてしまった直後。店を吹き飛ばしてくれた時点では、おそらく本気での自分の命を奪おうとしていたのだろう、と霖之助は思う。
だが、そういった激情も時間を置くにつれて冷めてきたのではないか。本来なら一瞬で始末できる霖之助に対し、手順の多い回りくどい攻撃を仕掛けてきたのだから。霖之助には、無意識のうちに自分が小細工を仕込みやすい環境を用意してくれたのではないか、とも思えるのだ。
彼女自身、さっさとこの争いを終わらせたかったのかもしれない。だからこそ『翼を抑えられたら負け』という、実際にあるのかどうかすらわからないルールに、あっさりと乗って負けを認めてくれたのではないだろうか。
今更、穿り返したい話題でもないので、どうでもよいことだが。
「まあ細かい事情は知らないけどさ。そんな御立派な剣を使えるのは自慢してもいいんじゃない?」
妹紅が目をやるのは、霖之助が腰に下げた草薙の剣。絶体絶命にあった霖之助の命を救った、今回の勝利の鍵だ。
気絶してもその手から離さなかった剣であるが、永琳とてゐが妙に興味を示していたのを思い出す。実を言うと早めに退院させてもらったのも、ふたりの視線が怖かったからだ、というのもあった。
「名剣を使うのは英雄だと相場が決まってるし。あの本に英雄として紹介されてたのも、あながち間違いじゃないってことかな?」
「さて、彼女がどんな意図で載せてくれたのかはわからないけどね」
剣に目をやりながら、あの瞬間の出来事を思い起こす。
文の攻撃を打ち消したのは、紛れも無くこの剣に秘められた力のおかげだ。だが、その力が使い手である霖之助の意志に応えて、霖之助を護るために発揮された―――――というわけでも、無かったりする。
そうである為にはまず剣に主人として認められていなければならないが、今のところそんな事実はない。触るだけで身を滅ぼすほどに疎まれてはいないと思うが、進んで力を貸してくれるほど好かれてもいないだろう。
ならばなぜ草薙の剣は、その力で霖之助を救ったのか。
答は簡単。霖之助を助けるために、神代の力を発したわけではないということだ。
あの時、文の放った風の大戦槌に対して、霖之助はただ全力で剣を叩きつけた。剣を扱う上で必要とされる、全ての技術を放棄して、ただ力任せに。烏天狗という種族が、ただ敵を轢き潰すため渾身の力を込めて作り上げた攻撃に対して、だ。
いくら神代の剣といえど、その身を成すのはヒヒイロカネという現世の物質に過ぎない。そんなものが天狗の放つ全力の攻撃に、力ずくで叩きつけられればどうなるか。
刃はこぼれ、剣身は歪む。下手をすれば折れるかもしれない。
それは剣という存在にとっては致命的なダメージ。そして意志持つ剣は、自らがそうなることを良しとしない。
ゆえに、剣は力を発動させる。霖之助ではなく、剣が自身を護るために、だ。
その結果として、風の槌は砕かれた。霖之助は小判鮫のように、その力に便乗したにすぎない。つまりあの力を引き出したのは、それだけの威力のある攻撃を繰り出した文の方にある、ということだ。
霖之助ひとりが剣を持ったところで、それは丈夫な金属の塊にすぎない。文の翼に剣を突きつけて負けを認めさせた霖之助であったが、あの体勢から全力で斬りつけたとしても、彼女にとっては少し叩かれた程度のダメージにしかならないだろう。むしろ霖之助が自身の手を痛めるだけだ。
しかし緊急事態とはいえ、力を発揮せねば破壊されるような所に草薙の剣を晒してしまった。おかげで剣には、さぞかし嫌われたものだろう。機嫌を直すのにどれほどの月日が必要かは知らないが、こんなことでは天下を取るのも当分は後の話になりそうである。
「どしたの溜息とかついて」
「けっこうな投資だったと思ってね」
「は?」
失ったものは、草薙の剣の信頼だけではない。
博麗の札、ミニ八卦炉、耐弾幕の日傘、草薙の剣、天狗の気まぐれ、それなりの小細工、その他諸々。これだけの対価を用意して、ようやく形だけの勝利を得ることができた。くたびれ損の骨折り儲けもいいところだが、本来の絶望的な実力差を考えれば上出来ではないか、と思う。
この卓越した商売手腕を魔理沙に見せてやりたいところだが、これらの真相を敢えて解説する気はない。強さを過大評価されるのも困るが、何か奥の手を隠し持っている程度には思われていたほうが、後々役に立つだろう。
あの妖怪の賢者には見透かされていそうな気もするが、なるべく彼女のことは考えたくない。
「ほら、着いたよ」
気がつけば、竹林の出口まで辿り着いていた。
「ああ、ありがとう。世話になったね。君にも何か御礼をしたい所だ」
「いーよいーよ。その代わりまた筍持ってったときは、高く買ってね」
そう言いつつ、手をヒラヒラさせて竹林の中へと消えていった。妹紅の背中を見送ってから、ひとりになった霖之助が歩き出す。
目的地は香霖堂―――――の跡地。天狗に吹き飛ばされたおかげで、店ごと粉々に吹き飛ばされた場所だ。当然そこには、自身の安息の場所は存在しない。
また一から建て直すのか、それとも別の場所を探すのか。そうするにしても、落ち着くまでどこで暮らそうか。今更、霧雨の親父さんに世話になるというのも情けない話だ。
なるべく考えないようにしていた現実と向き合っていると、蠢く考えに合わせて歩みが重くなるのを感じる。全て無かったことにしてしまいたいところだが、人里はもうとうに通り過ぎた。もうそろそろ、魔法の森の入り口だ。
あきらめて現実とやらを直視するか。霖之助がそう思って顔を上げた瞬間、のことだった。
森の入り口にある開けた空間。そして、見慣れた位置に『香霖堂』の看板が浮かんでいる。
いや、それは一軒の建物に掛けられていた。そしてその建物というのは、看板の示すとおりの香霖堂。霖之助が自らの夢を叶える為に作り上げ、十数年の月日を共に過ごしてきた香霖堂、そのままの姿だ。
「な、に……?」
なにかの幻覚か。妖怪にでも化かされているのだろうか。あの式神の彼女は、こんな遊びをするタイプではなかったと思うが。
念の為にその香霖堂に対して、丸ごと自身の能力を使ってみれば、『名称:香霖堂 用途:店舗、住居』との答が返ってきた。とりあえず自身の能力を信ずるなら、幻覚でも妄想でもないらしい。
うろたえつつも入り口の扉に手を掛けて、恐る恐るといった様子で店内へと足を踏み入れる。
辺りを見回せば、外と同じように慣れ親しんだ香霖堂店内の光景が広がっていた。だというのに、気分は全く落ち着かない。何も変わらないということが、これほど不安を掻き立てるものだったとは。
人里に住んでいた頃、姿形の変わらない自分を、脅えたような目で見てくる人間も居たことを思い出した。彼らもこんな気分だったのだろうか、などと考えていた、その時。
「あ、おかえりなさーい」
店の奥から響く軽い声に、霖之助の体がビクリと震えた。慌てて声の方向へと振り返れば、現れた着物の上に割烹着を着けたひとりの少女。
『誰だ君は』という台詞が喉元まで出かかるが、その着物に描かれた八手の模様、そして足元の高下駄ブーツを見て口をつぐむ。
「なんですかその顔。まるで一瞬誰だかわからなかったような顔してますよ」
ブーツの歯をコツコツと鳴らしながら歩み寄るのは、紛うこと無き烏天狗、写命丸文だ。
香霖堂のことだけでも驚きだというのに、それを破壊し、自身の命を狙った存在までがここにいる。
そういえば『掟を違えるつもりは無い』と言っていたが、まさかまた命を狙いにきたのか。今の霖之助の手にあるのは、機嫌を損ねた草薙の剣だけだというのに。
困惑した様子の霖之助を見て、文が何かに気がついた様子で口を開く。
「ああ、河童の皆に協力してもらって、建て直したんですよ。慧音さんや阿求さんにも協力してもらったから、見た目の再現度はほぼ完璧だと思いますよ」
「な、なるほど。そういうことか」
霖之助の住んでいた香霖堂ではなくとも、建てた者たちが香霖堂として建造したものならば、名前もそう名づけられるということか。自身の能力を読み違えたせいで、余計な混乱を招いてしまった。
注意して周りを見回せば、見た目は変わらなくとも、それらを構成する材質は新しい気がする。動揺のあまり、そんなことにも気がつかなかったようだ。
店を吹き飛ばし、自分を殺しかけたことに対しての、侘びのつもりなのだろうか。とりあえず親父さんに頭をさげる必要が無くなったことについて、ほっと安堵の溜息を漏らす。
「商品も、なるべく忠実に再現して配置してます。原型留めてた奴だけですけど」
誰のせいだ、と思った霖之助であったが、口には出さない。烏天狗が、しかも写命丸文という妖怪が、半妖である自分にそれなりの誠意を見せてくれたのだから。これだけでも恩の字だ、と霖之助は思う。
「そろそろ帰ってくる頃だと思ってましたよ。さあ遠慮せずにどうぞどうぞ」
「あ、ああ……」
まるで自分の家のような口ぶりの文に誘われるまま、靴を脱いで店奥の住居空間へと進む。長年見慣れた光景だが、長年見慣れた場所ではないという違和感を感じながら。
霖之助を居間まで案内すると、『ちょっと待ってて下さい』と残して、奥の部屋へと消えていった。前の香霖堂と構造が変わらないのなら、そこにあるのは台所だろう。
とりあえず部卓袱台の前に腰を下ろし、言われた通りに待っている。自分の家であるはずなのに、先程からペースを掴まれっぱなしなのは、どうしたことだと思いながら。
そういえば聞くのを忘れていたが、あの服装は何のつもりなのか。普通に似合っているとは思うが、いつもの彼女のイメージとはかけ離れている気がする。先程から自分のペースがつかめないのも、若さゆえに見た目に惑わされているからだろうか。
文が戻ってきたら、どういうつもりか確認しなければなるまい。そう思っていると、ちょうど文が居間に顔を出した。
「ちょっと、聞きたいんだが―――――」
彼女の服装についての問いが、途中で止まる。文が抱えた盆に載っていた物に、目を奪われたからだ。
一匹の焼き魚が載せられた角型のお皿、それが二枚。おひたしの入った小鉢と、麦飯の盛られた茶碗も、同じようにふたつずつ。
「あ、これですか? にとりが捕ってきてくれたんですよ」
鮎ですよ鮎、と言いながら、卓袱台に魚の載った皿を置いていく。一枚は霖之助の前へ、もう一枚はその対面へ。小鉢と茶碗も同じように。
聞きたいことはそれじゃないんだが、と霖之助が言う暇も与えず、てきぱきと卓袱台に皿やお椀を並べていく。居間と台所を二、三度往復するうちに、卓袱台の上には二人前の食事が完成していた。
並べられた料理をざっと見回してから、文は霖之助と対面の席へ腰を下ろす。
「さて、頂くとしましょうか」
パン、と手を合わせて文が言った。焼き魚の身をつまんで口にいれ、『うん、上出来』と頷く。
それから唖然とした表情の霖之助を見て、首を傾げた。
「あれ、食べないんですか? 食事できないわけじゃなかったと思いますが」
「あ、ああ。頂くよ」
とりあえず手近なところにあった椀を手に取り、吸い物を頂く。薄味に仕立てられたそれは、病み上がりの体に染み渡るように、しみじみと旨かった。
「どうですかね? 塩薄目にしておきましたけど」
「いや、ちょうど僕の好みだよ」
他の料理にも舌包みを打ちながら、霖之助は考える。食べる前に念の為、それぞれの料理について能力を使用してみたのだが、どれもこれも『焼き魚』、『おひたし』といった、見た目通りの名前と用途しか浮かんでこなかった。どうも、天狗秘伝の猛毒で霖之助を始末しようという気ででもないらしい。
と、するとこの料理も店の再建と同じく、彼女なりの誠意といったところか。香霖堂を建て直してくれただけでもどういう風の吹き回しか、と思っていたが、ここまでしてくれるとは。烏天狗という種族の認識を改めなければいけないな、と山菜の天ぷらをつつきながら考えた。
ふと文の方に目を向けると、料理を摘む自分をニコニコとした表情で見つめていた。邪気の無いその笑顔にむしろ嫌な予感を感じる霖之助だったが、料理を美味しく食べてくれるのが嬉しいのだろう、と思い直す。せっかくの誠意を疑うような真似をしてはいけないだろう、と。
程なくして、皿上の料理も片付けられた。最後に文の手から茶を受け取り、ふぅと一息をつく。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「お粗末様です」
食器を重ねて台所に持っていこうとすると、文に止められた。
「そんなことは私がやりますから、あなたは自分の仕事をやっていてください」
自分の仕事と言われても、病み上がりの体で無縁塚に行きたいとも思わない。店内で仕事をするにしても、客が来ない以上は店頭で読書をしているくらいしかないのだが。
とは言っても、天狗が洗い物をしている横でのんびりと読書していられるほど太い神経は持っていない。
どうしたものかと思いながら店頭に出ると、いくつかの商品が足りないことに気がついた。そういえば、あの騒ぎでかなりの商品やコレクションが犠牲になっただろう。いい機会だから、棚卸しでもしておこう。
本棚から香霖堂目録を取り出し、それと照らし合わせながら商品の数や状態を確認していく。
やはり失った物は多い。残っている物にしても、破損した物も少なくない。
先程は店の再建と食事を振る舞ってくれただけで恩の字だとも考えていたが、やはり具体的に被害を確認すると割に合わないとつくづく思う。
しかし天狗にこれ以上の誠意を期待するなど無理だろうな、と自嘲気味に考えた瞬間、足下に何かがぶつかった。下を向けば、そこにあるのは段ボールの箱。そしてその中にあるのは、今回の惨事の元凶とも言うべき、エロ本達である。
外界の本ともなれば自分には命の何番目かには大切な物だと言ってよいが、彼らにはそんな感情を持つことはできない。やはり、この幻想郷に在るべき存在ではないと言うことか。
悪いね、と呟きながら段ボールを抱え、店の裏庭へと運ぶ。そこに置かれた巨大な金属の筒―――ドラム缶というらしい―――の中へと、本を放り込んだ。入れ物に過ぎない段ボール箱には罪はないので、取っておくことにする。
数枚のページを破き、マッチを擦って火をつける。メラメラと燃えだしたそれを、ドラム缶の中へと落とした。
しばらくして立ち登りだした炎と煙を見て、霖之助は思う。幻想郷を追われた彼らはどこへいくのかな、と。
もしかして、外の世界へ追い出されるのだろうか。だとしたら、今このドラム缶の中は、外とつながっているということになるわけだ。
自分が恋い焦がれる外の世界への扉が、こんな所に存在するとは。少なくとも、あの『あいぽっど』などよりはずっとわかりやすい入口ではないか。
「……なにやってんですか」
突然の声に思考が中断される。振り返ればそこにいるのは、呆れ顔の烏天狗。
「いらない物を燃やしているだけさ」
「今にもその中に飛び込みそうな雰囲気でしたが」
「そんなわけはないだろう。帝釈天に料理を振るまう気はないよ」
改めてそれを見ると、今となっては炎をあげるドラム缶にしか見えない。せっかくの機会を逃したかな、と霖之助は思う。
ならいいですけど、と言い残し、文は店内へと戻って行った。彼女なりの侘びも流石に済んだろうし、このまま帰るつもりなのだろう。霖之助としてはまだ割に合わないとは思っているが、天狗にこれ以上の物を要求する度胸は無い。駄賃として商品の着物を持っていかれないかだけが気がかりだ。
再び、ドラム缶の中に目を移す。別に炎に飛び込みたいわけではない。せっかく再建された香霖堂が、火の不始末で全焼などという記事はお断りしたいからだ。
今回の元凶達が燃え尽きるのを見届けてから、霖之助は店内へと戻った。
もう日も暮れたことだし、風呂でも入ってからゆっくりと休もう。久々の読書も楽しみたいところだ。そんな風にいつもの日常を満喫しようとしていると、
「お疲れ様です。お風呂できてますよ」
当たり前のように霖之助を出迎えるのは、帰ったはずの、いや帰ったと思いこんでいた烏天狗だ。
「夕飯はぼたん鍋ですよ。椛が大物獲ってきてくれたんですよ」
呆然とした表情で立ちすくむ霖之助へと、これまた当たり前のように文はそう告げる。
自身の本能がガランガランと警鐘を鳴らしているのを霖之助は感じた。正確には、ずっと前から鳴り響いていたのに耳を塞いで聞こえないふりをしていただけかもしれないが。
だが、このまま聞こえないふりをしていたところで、なかったことにできるような便利な能力は備わっていない。どうやら、再び意を決して戦うときが来たようだ。
「まだ仕上がるまで時間かかりますから、先にお風呂に……」
「ちょっと聞いていいかな」
「はい?」
きょとん、とした表情で首を傾げる文へと、霖之助は言葉を告げる。
「君、なんでここにいるんだ?」
ぽかんとした表情で霖之助の言葉を受け取る文。一瞬の間を置いて、『あー』と何か気がついたように手を叩いた。
「……あやややや。あなたが全然聞かないものだから、もうわかってくれてたのかと」
「言ってくれなければわからないものだよ。こちらは心の底を読むことも、見透かすこともできないのだから」
霖之助の答えに、わざとらしくコホンと一息ついてから、口を開く文。
「言ったでしょう。掟を違えるわけにはいかないから、別の方法で果たさせてもらうと」
「その別の方法とは、何かな」
精神的なストレスを与えることで、精神面の攻撃に弱い妖怪を衰弱死させる方法とでも言うのだろうか。むしろそうであってくれた方が、わかりやすくていいのだが。
「ぱんつを見られたら、見た相手を抹殺しなければならない……ここまでは言いましたね」
あれ以上の理不尽があるというのだろうか。
「実は続きがありまして。いやー、あなた程度じゃ無理だと思ってたんですけどね? 私を負かしたという事実がある以上、大天狗様や天魔様も認めざるを得ないようで」
「いいから、早くその続きというのを」
せかさないせかさない、と言ってから、文は告げた。抹殺以外の方法と言う物を。
「もしくは、一生を捧げなければいけない、と。人間的に言えば、嫁になれってことですよ」
「まあ、そういうわけですので」
霖之助の唖然とした表情すら無視するかのように。その天狗は三つ指をついて、ペコリと頭を下げて見せた。
そして繋ぐのは、この言葉。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
その言葉に、霖之助は自身の意識が遠くなるのを感じた。現実逃避により薄暗くなっていく視界の中、最後に脳裏に刻まれた映像だけが浮かび上がる。
それは、輝くような笑顔を披露してくれた文の姿だった。
香霖にものっそい違和感。
パンツみられたら抹殺という時点でオチは予想できてましたが、予想できていてもオチにいくまでの経過(霖之助と文の対決やら)が面白く、最後まで楽しく読ませていただきました。
後日談もしくは解決編あるということなので、そちらも期待して待たせていただきます。
何故あの展開で文が香霖の押しかけ女房になるのか(実際文の相当プライドは傷ついてるだろうし、必要以上の好意を抱くようなイベントもなかったし)。店を修復するまでは話の流れとして自然なのですが、その先は違うなと。
結局は香霖といちゃいちゃな事になれば何でも良かったんじゃないかと。
そう感じてしまって悲しく思いました。
ギミックは面白いんだけど、割と無理がある展開に対して勢いが足りないかなぁ
自分は八卦炉の設定なんかでちょっと引っ掛ったのが戦闘、そして最後まで糸を引いちまった
例えどんな理由でも妖怪が勝ってはいけないわけで、
文が本気になった時点で勝ちは無くなったと言えると思います。
この辺りの解釈が抜けているように感じました。
緋みたいな格闘アクションで、りんのすけさんを使いたくなっちゃったじゃないか。
他の方も書かれましたが、やはり射命丸文と霖之助をくっ付けたいだけ、という雰囲気が拭えません。
解決編もある様なので頑張ってください。
そして何となく予想はついたとはいえ、ラストの文のセリフにはニヤニヤさせられました。
このオチならもう少し文に心情描写などを追加した方がいいんじゃないですかね?
もしくは逆にラストのラブコメすっぱり切って、普通に和解して両者認め合ってまた猥談繰り広げてまたパンツ見えて終了とか。
後は序盤でパンツ見られた時にパンツはいてなかったりすると、
心情描写無しでも強制的にギャグ要素、乙女要素、暴走要素が入ってくるからオチの嫁入りも納得できたかもしれない。
ただ戦闘が三対一になりかねかいけどw
天狗の掟が公式設定なら問題はなかったんでしょうが、オリ設定ですしやはり説得力が足りないかなと。
しかし聖闘士星矢を知ってる人じゃないと最後の展開はちょっと違和感あるかもしれないですね
面白かったです 解決編楽しみにしてます
らんまを知ってる僕にとっては最後の展開は読めてましたし、オマケのオチみたいなものでしょう。
本命のバトル自体はとても楽しめました。
内容も良かったですし、出来レースみたいなものって描写があった後にこの展開ですから、
初めから文の手の上な感じになる読了感も面白かったです。
続き楽しみにしてますんで頑張ってください。
アナタの考える文はよほどのビッチのようですね。
そもそもこの掟も「ぱんつを見られたら、見た相手を抹殺しなければならない」というよりも
「ぱんつを見せた相手を殺してもよい」って使い方になってるんですよね。
やっぱ展開が飛びすぎだと思う。
その落としどころは定番として予想はできるんだけどなぜそこにいったのか
ってのが受け入れる土壌をつくっといて欲しかったな。
文章自体は読みやすく力作だったと思います。
俺は死んでも行きたくないと思ってしまいましたよ(褒め言葉)。
意見が割れているようですが自分はとても面白かったです。
解決編も楽しみに待たせて頂きます。
> 最も花に近い妖怪、風見優香の姿を。
> あの風見優香やそれに並ぶ実力者達なら、
> もう少し、楽しませて挙げられればよかったのに、と思う。
霖之助が戦い慣れているようにしか見えないんですけど。
弾幕初心者の彼が強妖である文を相手にしているのに、ここまで終始冷静に計算して戦いを
進められるものですかね?
また、魔理沙も言っていますが、ミニスカート姿なのにぱんつを見られたから掟がどうのと
マジギレする文は、バカすぎるんじゃないかと。
現実にもいますけどね。こういう嫌な女。
意外性から一気に好意にベクトルが傾いたとかそういうことなのかな??
と、思いました。
文の心情描写がないので、勝手な憶測ですけれども。
そのあたりは解決編で書かれるのでしょうか?
ともあれ、続きを楽しみにしています。
最初のやりとりからしてビッチ丸出しだろうが
これが元ネタだろうな
聖闘士星矢のパロディだと解る人てか世代じゃないってことか
「聖闘士かよ」というツッコミが入る(そしてオチも予測される)ものとして書かれたんだと思いますし
聖矢ネタは無論わかりますとも、ええ、なんせおれ蟹座ですからね。
あだ名マンモスでしたさ。ええ車田先生を恨んだものですよ。
ただパロネタを真ん中に持ってくると、わからない人はなんだこれって言っちゃうぜという
やっぱ理想的な形である、わかる人もわからない人も楽しめる! って感じじゃーなかったかなーと思います。
邪気の無い文の純粋な笑顔。想像したら恐ろしくなりました。
全体的に見て、文句なしの傑作であると思いました。
・最初まぢぎれなのに違和感。もっと淡々と、掟だから諦めてください、という感じの方が自然だった気がするけどそう思うのは私だけかも。
・オチが途中で読めてしまったせいもあるかもしれないけど、最後ちょっと冗長に感じてしまった。さくっと落とす方がよかったかも。
とはいえ、十分楽しめました。バトル部分が面白かったし。
バトルものとして、楽しかったです。
個人的にはおちもすきだが・・・
もう少し現実的な掟を使ってバトルにするか、
今回のようなトンデモ掟を使ってラブコメにするか。
2つにわけたら面白かったんじゃないかなーと思いました。
一度読んでみたくはあったのですが、それだけに脇の甘さは普通以上に気になりました。
エロ本の哀愁とか意外と間接的に色々なキャラが絡んでるのは好きです
射命丸が写命丸とか。
『名称:香霖堂 用途:店舗、住居』
この用途に違和感を覚えた。読んでいって理解したがw
最後のドラムカンを覗き込む行が何故かヒット。
素敵なラブコメありがとうございました.
そのご、彼の姿をみた人はいないという・・・。
墓に突っ込まれるのは死人ですしなwww