Coolier - 新生・東方創想話

ご機嫌麗しゅう、我らが自機

2009/03/06 02:28:33
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 たとえば、誰もが病に侵されていたとする。
 どの程度の? ああ、そんなことはどうだっていい。
 その病害が思わず顔を背けるほどに深刻な、手の尽くしようのないものであろうと問題ではない。もちろん、ただ時間に任せればなくなるものであろうともだ。うん、しかし、ただ時間にと言ったがあらゆる病は時間によってのみ縫合されるといえるだろう。誰かがそんなことを言っていた。時間こそがすべての特効薬なのだ。うん? ああ、すまない。どこまで話しただろうか。

 そう、そうだった。なによりも頭に刻むべき部分は誰もが、のただ一点なのだ。
 女も、男も、若い芽も、老いた枯れ木も、天を這う羽持ちも、地べたを跳ね回る足も……ああ、もう、とにかくすべてだ。
 右も左も拭えぬ不幸にどっぷりと浸かり、上下の差別もなく平等に重苦しい愛の言葉を囁かれる。そんな光景を目蓋の裏に思い描いてほしい。
 した? そう。
 では、そのような環境下に唯一の健常者を置こう。誰もが病苦に身を染める中、ただ一人の例外を想定したとしよう。
 さて、はたして彼、あるいは彼女は自身も病魔のすり寄る足音を既に聞き終えているのだと誤解するだろうか。
 うん? ああ、そうね。
 当然、ありえない。そんなことは決してないと断言できるだろう。
 健常者が健常者たる所以はつまり、関心がそういった周りと比較した際の自身の優れた肉体に向けられているからだ。人は、周囲がいかなる状態であろうと変わりえない領域を胸中に潜ませている。
 皆々、自覚のあるなしに関わらず強固な関心を持ち歩いている。
 そして、私にとってそれは異変だというだけなのだ。
 
 ああ、そうだ。異変はなによりも解決されなければならない。
 異変のたびに私の喉元より這い出る幸福感にあふれた溜息はすっかりどこかへ消えうせてしまうのだから、まったく忌々しいというほかない。
 私の肌にちくちくと不愉快な疼きが染み付き、私が役目をそのまま放っておこうものなら……たとえ頭を右に左に払おうと憂慮の色合いは胸の内を噛み続けるのだ!
 まるで、癇癪でも起こしたかのように空を虐めたがる土砂降りに遭遇した心情だ。
 不愉快な天の恵みは、おぞましい苗床をすっかり潤いで満たしてしまう。そうなれば悩みの種は成長円熟し、丸々とした果実となるだろう。十分に肥えた私の汗は、間違いなく不機嫌の成分で膨れているのだと思う。
 そうして、通常とは異なる事態が起きた場合に、私は華々しい開花期を迎えなければならないのだ。それは、椅子の座る布地に仕込まれた優しさのようなものに突き動かされた指が、悲鳴を無視してそのまま閉じた外壁をこじ開ける行いそのものに思える。
 肉体にはなんら苦痛がないとはいえ、神経と精神にこれほどの被害を与えることがそうあってはたまらない。真っ当な人間であれば耐えられるものではない。そして私は真っ当な人間のつもりでいる。
 こうなれば、湿った布がぴったりと密着したときにもよおす不快な心地に身を悶えさせるのもまったく不自然ではない。そして、それらをなんとかしようと異変の出所を探りに重い腰をあげるのも当然の成り行きといえるだろう。
 それに、そろそろいい頃合だ。





タンッ。
タンッ、タンッ、タンッ。

「…………うん?」

 耳がぴくりと震える。
 突如として視界が鮮やかな彩りを持ち始めたのを、私は確かに実感した。いや、彩りというにはあまりに華やかさが欠けているのかもしれない。何年と見続けてきたくたびれた天井が、私の瞳に映し出されただけなのだから。
 ……待て。
 今、天井が、見え始めたと? 私はそういったのか?
 それがどれほどの怪奇の上に成り立つ事態であるかを理解するのも難しくはなかったのだ。
 というのは、つい先ほどまで、瞬く間のほんの僅かな時間を戻せば、そこには意識と四肢を柔らかな布団の上で休ませる私がいたという事実に相反するためなのだ。この寝惚けているはずの頭の一体どこに、今のような異変解決の事態について考える余白があるというのだろうか。
 夢、にしては随分と鮮明だ。記憶の奥底を荒らすまでもなく、今この瞬間にでも眼前に思い描くことができそうだ。
 それに、悪夢にしても怖気が足りなかった。胸が詰まるほどの息苦しさがまったく不足しているのだ。
 なんとも奇妙で、ちぐはぐで、あまりにも枠から外れた……一体、なんなのだろう。
 
 のしかかる布団をのろのろと払いのける。そして、縋りつく眠気と温かな布も畳に落とし、そっと立ち上がって体中をなでまわしてみた。
 特に目立った傷をこしらえてはいない。これまでと同様の、汚れの一つもない手触りのいい肌をしている。
 では、内側なのだろうか。
 そうなれば、面倒だ。私はたった今、自分の精神についてどれだけ自信が持てるかわからない状態に直面しているのだから! つまり、見えない悪意はないに等しいが、そこに見え隠れして到来を予感させる類の恐怖ほど厄介なものはないということだ。
 私の思惑を察したように胸元にある不定形の臓器は、押し寄せる恐慌の波に飲み込まれ、ドクンとひとつ泡を吐いた。

「はあ、休んだ気にならないわ」

 私は脱ぎ捨てたばかりの寝巻きを手に取る。ゆるりと二本の腕が目の前を飛び交い、布と肌のこすれあう音だけが部屋と私の耳奥で響いた。
 動かしてみて、私は体が十分な休息をとっていないことを再確認した。やはり、まったく休まっていない。
 か弱い少女であるとまでは思っていないが、それでも私は一応の人間なのだ。あまり自身の体に頓着のない態度を続ければ、愛想も尽きてさっさと朽ち果てるかもしれない。もう少し自愛しておくべきだろうか。
 しかし一方で、私も自愛主義ではあるのだ。それは愛すべき箱が、常々賽銭にありつけず空腹に悩まされているためだ。
 私だって宙に浮かぶのだから、賽銭箱もまたどこかへ飛び立つこともあるかもしれない。そうならないように、重く硬い金属で奴の胃袋を満たさねばなるまい。誰か協力してくれる輩は……まあ、いないのだろう。

 なんだか道に迷った気分だ。目覚めるとそこは竹林でした、とでもいえそうだ。……違うか、投棄から始まる物語とはあまりに幻想的でない。
 考えるべき議題に戻ろう。つまり、私はなにをするべきなのだろうという現実だ。
 もちろん、異変の解決だ。異変は既にその猛威を振るっているのだ。こうして、私が目覚めたのがなによりの確かな証拠だ。
 ところで、今は一体いつなのだろう。陽が熱心に地表を照らし出す時分だと思っていたが、ふすま越しに注ぐやわらかな光は妙に落ち込んでいるように思える。
 ゆっくりと部屋の中央を横切り、その間に果たしてこの外の光景はどのようになっているのかを想像する。
 夏だというのに、空が血を吐き出しているのだろうか。
 春だというのに、真っ白な大地が横たえているのだろうか。
 夜だというのに、月の描かれた幕が開けないままなのだろうか。
 花が身の程を弁えていないのかもしれないし、終わらない宴が昨日もあったのかもしれない。
 私は目前のふすまに指をかけ、真横にさっと動かした。

「……暑くない夏は普通なら歓迎するべきなんだけど、ね」

 夏であった。ただし、日光は下界に一条も射さずに上空で留まっている夏だ。
 深く呼吸すると口いっぱいが反吐の出るような味わいで満たされる。咳き込むと鉄臭い微風が手にかかった。
 なるほど、つまり真っ赤な霧の、異変なのだ。
 向かうべきところは決定した。自然と頭に道順が浮かぶ。しかし、これらはどこから浮かび上がったのだろう。私はこのような事態に遭遇したのは初めてのはずなのだが。
 まあ、いい。
 さて、さっさと出発だ。ここでまごつくことは許されない。
 なぜなら、私は異変を解決しなければならないのだから。





 目の前には金髪に赤いリボンが目立つ黒色の少女がいる。
 気がつけばもう、境内の裏に私は身を置いていた。少なくとも私は、時間を忘却する程度には異変解決に集中していたらしい。
 しかし……いや、まずは目の前の問題に取り掛かる必要がある。不思議と私の頭蓋の内側はしんと冷たく静まっていて、私は少女と会話をするくらいには落ち着きを取り戻している。
 会話? 話す暇があったら撃ち落すべきだ。私はなにをやっているのだろう。
 だが、腕は神経が通っていないかのようにだらりと重力に従っていた。動かない。まったく。動け。ちっとも動かない。動け。動け。動け。
 果たして動いたのは会話がすっかり終わっていて、相手の弾幕が展開される頃だった。
 腕の不全が次に来るときを恐れながら、私はただひたすらに針を打ち込み、どうにか先に進めるようになった。一体なんだったのだろう。
 少女はいつの間にか消え去っていた。




 
 湖の上で青色の氷精が突然私の前に飛び出してきた。
 境内裏から既に私は、赤い館を湖面に映した波紋の上まで移動していたのだった。
 ……これは、つまり、またしても時間を忘却する程度には異変解決に没頭していたということになる。そうでなければ説明がつかないのだ。
 そうだ、疲れているのかもしれない。きっとそうに違いない。今朝、体を動かしたときにもそう思っていたじゃないか。
 なるほど、心の仕組みとは実に奇妙なものに思える。心の持ちよう一つでここまで変わってしまうのだから。
 さて、目の前の氷精のお相手をしてやろう。
 私は愛らしい氷精のために、針はうんと奮発してやった。
 ああ、そういえば氷精も少女と同様にどこかへいなくなってしまったのだが、彼女らは果たしてああも素早く動けただろうか。
 それよりもこれからの時間に私は注意力をたっぷりと注がなければならない。
 今度こそ、ああ、今度こそはこの湖からあの赤い館までの道のりを噛み締めてやるのだ。直視してみせるんだ!





 時間は一定している。これは変わりようのないことなのだ。つまり、変化するのはそれに対する人間の見方だ。
 ある人にとっては泥に足首を掴まれたような歩みを時間がしているように感じる。一方で、またある人にとっては目にもとまらぬ速さで自身の遥か後方へと飛び去ってゆくのだ。
 そして、私は偶然にもこの後者のきわめて極端な例にすぎないということだ。これこそが正解なのだ! これが間違いであるはずがない!
 だって、おかしいことじゃないか! まったく……まったくこれまでの道中について脳髄が働こうとしないのだから!
 どうして今までの旅路を思い出せずにいるのだろう。腕の不全は体内を巡る温かな命を辿り、脳にまで伝染したとでもいうのだろうか。
 私の頭蓋の中ではそのような思考があちらこちらへふらふら跳ねている。そうこうしているうちに、真っ赤な髪に緑色の衣服を纏った異国の少女は跡形もなく、いなくなった。
 本当に、どこへ行ったというのだろう。声は確かにするのだが。





 やはり、と言うべきか。今度の落胆は先ほどまでと比べるに随分と軽くなっていた。ところで、私は人生を楽しく生きる秘訣を二つも学んでしまったのだ。それは、多くを望まないことであり、多くを受け入れることなのだ。つまり、落胆を軽減させる努力こそが人生を長続きさせるただ一つの要素といえるだろう。
 ああ、しかし私の悩ませる問題がまた一つ加わった。それはつまり空を飛んでいるはずなのに、ある一定の高さからは上昇できないということだ。
 ありふれた表現になってしまうが、見えない壁のようなもので蓋がされているようだった。結界にしても私にはどうにも判別できないのだから、解除することもできるはずがない。今までのようにこれらの恐るべき弾幕を二次元的に避けるのもそろそろ限界に近い。館の内部にまで侵入できたのだから、出口も近いように思えるが。
 紫色の魔女の喘息の音はすっかり消えうせていた。





 最早、異変を解決して安寧の寝床に身を沈めるしか、この底知れぬ恐ろしい陰謀を引き裂く方法はないように思う。
 このままでは、私の脳髄の中に層を築きながら溜まっていた汚水が再び息を吹き返し、渦巻きながらぴっちゃぴっちゃと飛沫を縦横に奔らせることになる。
 そう考えると、ひどく不快な震えが背筋を襲った。体は中心に向かいぎりぎりと捩れ、絞られ、締まる。思わず悲鳴を上げた。
 しかし、気がついてみると、こちらを睨みつける銀色のメイドが立っているだけだった。私は鉛を詰め込まれたような腕をひきあげ、病める心の描く幻影に向かい針を投げようと構える。

「ここで騒ぎを起こせば出てくるかしら?」

 今喋ったのは確かに私だ。私のはずなのだ。私の声であり、私の音だ。
 だが、この台詞はどこから出てきたものなのだろう。 





 炎が体を焦がそうと、ナイフが胸元に深く刺さろうと、私にとっては問題ではない。重要なのは回数なのだ。
 後、二回ならたとえ頭を吹っ飛ばされようと私は生きているだろう。この異変の解決の最中では。
 さて、ほとんどが空白の異変解決の旅はそろそろ終わりを迎える。
 小さく大きな吸血鬼を打ちのめし、真っ直ぐ神社に帰るとしよう。先ほどから私の胸の内に巣食う腐敗は頭のてっぺんにまで到達しようとしているのだ。
 ガリガリ。ガリガリ。ガリガリガリガリ。
 異変の解決に向かってからというもの、頭蓋に蹲るこの腐敗が進む音はここにきて大いに活発になった。
 ガリガリ。ガリガリ。ガリガリガリガリ。
 ああ、うるさい。うるさい。
 喧しさに私の目は動揺を隠し切れず、ぎゅっと硬く閉じては、慌てて開くことを何度か繰り返した。
 早く。早く。あの吸血鬼はまだ倒れないのか。
 苛立ちが私を蝕み、怒りが私をぶるぶると振るわせた。
 早く。早く。早く。早く! 忌々しい! 早く倒れろ! 消えうせろ!





 周囲が真っ白になった後に、私の視界は真っ白のままだった。
 色彩というものがまるで抜け落ちている。
 ここはどこなのだろう。異変は解決できたのだろうか。吸血鬼はどうなった。
 考えが次々と頭の中の飛び交った。
 だが、白色と黒色の視界になにかぼんやりと文字が浮かぶのを見て、私は思考を停止させた。
 隅にそっと浮き出た文字。それは小さくはあったが、私には十分に見て取れた。

 (|И∃

 その瞬間、私はすべてをはっきりと理解した。
 私は以前にもこうなったのだ。それは異変の解決が済んだときのことであり、これまでに数百回と同じことを繰り返してきた。そして、これからも同様の結末を辿るのだろう。
 既に視界は幕が半分も下りていた。次にこの幕が上がるとき、つまり私の目が開かれたとき、そこには異変がすっかり用意されているのだろう。
 この果てしない墜落の浮遊感こそが、私に自身の役割を痛切に味わわせるのだ。
 空の向こう側からは、タンッ、タンッとなにかを叩く音がする。
 ああ、そうだ。この音が止んだとき、幕は完全に下ろされるのだ。
 未来永劫、なにも変わりはしないのだ。ただちょっと、舞台が違う種類になることはあるのだろう。しかし、私は絶望にのたうち回り、回り、回り続けるのだ。物語の中核を担う歯車として!
 この悲劇の辛苦を癒すのはただ時間によると思う。
 そうだった。最初にも言ったじゃないか! 時間こそがすべての特効薬なのだ。それだけは忘れないように、刻み込ませていたじゃないか。他の忘却に巻き込まれないように。
 タンッ…………。
 音が止んだ。これで終いだ。
 次の異変は一体なんなのだろうか。そろそろ新しい舞台が欲しいものだ。今あるものはもうやり尽くした。
 私なら……そうね。
 見たこともない空飛ぶ船が出てくる異変なんていいんじゃない?
「というお話を、あの、霊夢から聞かされたのですが……わ、私……でしゃばりなのでしょうか!?」

と涙目になっている早苗さんを慰めたい。
智弘
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コメント



0.1270簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
ごめんなさいごめんなさい
いつもこき使ってごめんなさい
6.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、今度は早苗さんがこき使われる番か……
8.100謳魚削除
しかし我が秘められし欲望は彼女等をこき使うことに一種の心地良さを感じていたり。
そうでも思わなきゃ罪悪感とか悔恨の念が溢れそう。
いつもごめんなさい&有り難う自機の皆さん。
9.100名前が無い程度の能力削除
何も考えずに自機昇格祝ってましたけど、こういう見方をしてみると…。
がんばれ早苗さん。
11.40名前が無い程度の能力削除
この手のものにしては驚きに欠けます。

メタへの眼差しをキャラが持つだけではありがちです。
メタの外とどう向き合うかをもっと書き込んでいただきたかった。
17.80名前が無い程度の能力削除
直球で自機としての感覚を描いた点はすんごく良い感じ。
ゲームのSSとして、そこだけで言えば100点だと思った。
しかしそれ+αを期待してしまうのが、読み手側の欲というものなのかなあ。
19.90白徒削除
あぁ、なるほど。タンッか。
そういえば、いっつも霊夢ばっかり使ってるなぁ。
29.100名前が無い程度の能力削除
作者は海外文学が好きなのかな?
メルヴィルとかカフカの香りがする
34.90名前が無い程度の能力削除
確か神主は毎回一からプログラミングしてるんですよね?
それを前提において読むと、何だかゾッとします…
36.100名前が無い程度の能力削除
正直、すみませんでした!