※鈴の鳴る夜を読んだほうがわかりやすいかもしれません。
でもまったく読まなくてもいけます。
あの夜から、幾許かの時が過ぎた。
咲夜は普段はこれといった感情の起伏を見せないが、美鈴と二人きりの時はよく笑うようになった。
最近ではしきりに外に出たがり、美鈴に時間があるときは広い庭を散策する。
仕事の時は部屋に置いてきているが、時々こっそりとついてきていた。
感受性が豊かになってきた咲夜の気配は、美鈴からすれば丸わかりだったが、あえて気付いていないフリをしていた。
なにが面白いのか、美鈴の後姿をじっと見ていたり、かといえば出ていこうか悩んでみたり。
さすがにむず痒くて、ある日の朝咲夜に提案してみた。
「今日は門番を、一緒にやりますか?」
その時の彼女の感情の爆発に、美鈴は今でも時折忍び笑いが漏れる。
顔は普段とあまり大差なかった。頬が少し紅潮したくらいか。
けれど一気に陽の気が増え、そしてそれがぽんぽんと爆ぜて。
まるで気の花火が上がったようだった。
隠し切れない喜びに瞳がきらきらと輝くから、あまりに愛しくて、食事中なのにその肩を抱いた。
音もなく笑う咲夜の額に口付けたのは、その時が初めてだったかもしれない。
そうして、晴れて門番見習いとなった咲夜は、美鈴のあとをついて門前に立った。
今日で三週間になる。
「咲夜。」
「美鈴。」
小さな体でしっかりと立つ咲夜の額に、美鈴は手を当てた。
少し熱い。
「水をもらってきました。」
「ありがとう。」
人間は壊れやすいものだと、美鈴はよく理解していた。
ましてまだ年端もいかぬ少女。
身体能力はずばぬけて高くても、体力的には心もとない。
こうして普段より少し高い体温に触れると、それだけで不安になった。
「無理をしちゃいけませんよ。」
「大丈夫。」
「咲夜の大丈夫はあてにならないからなぁ。」
苦笑と共に、そっとその頬を両手で挟む。
水に触れて冷たくなった美鈴の両手を、気持ちよさそうに感受した咲夜は、ぽやぽやと笑った。
最近見せるようになった、年相応とも言える笑顔だ。
「この間も熱を出したんだから。」
「あれは熱じゃないよ。」
「似たようなものです。」
この子は何かと無理をするタイプだろう。
たった一月ほどの付き合いだが、美鈴はそう感じてはため息をつく。
自分が非力な人間であることと、体は適度に休ませるべきだということ。
それを教えなければと思った。
門番は、そんな彼女の自覚と、美鈴の中の人間に対する認識を改めさせるいい機会になったようだ。
門番見習いとして門前に立ち始めてすぐ、微熱を出した彼女。
日射病だと、動かない大図書館が言っていた。
日光に当たり続けるなんてぞっとするわね。
これは彼女の独り言だが、美鈴からすれば日の差さない図書館にこもり続けて、日光を直視できなくなることのほうが、よっぽどぞっとする。
けれど、気をつけてやりなさい、の一言には素直に頷いた。
自分は何も飲み食いせずに丸一日立っていたとて倒れることは無いが、咲夜は人間だ。
小さい体では、地面から頭までの距離も近いから、日射病と熱射病の両方に一気にかかる事だってある。
気をつけなければ。
微熱の気持ち悪さから愚図る咲夜を、どうにかこうにかなだめて仕事に出たが、詰め所に入るなり、隊の皆から口々に休みを取れと怒られた。
あんな小さな子を放っておくなんて、とか。
こんなときこそ傍にいてやるものだろう、とか。
肝心なところで駄目ですね、とか。
もう散々だった。
せっかくやってきた詰め所をあっさり追い出されて、とぼとぼと部屋まで戻る。
その道すがら何人かのメイドに、追い出されたんですか、と声をかけられて、苦笑した。
小悪魔あたりが色々と流したようだ。
次々にかけられる野次のような言葉に、頭をかきながら部屋の前に立つ。
そうしてドアを開けようと手を伸ばしたら、目の前で急に扉が開いて、心臓が止まるほど驚いた。
息を呑む音がして下を見たら、赤い顔でドアノブを握っている咲夜がいて、視線が合うと同時に慌てて部屋に引っ込んだ。
今更隠れたところで、なかったことにできるわけもないのに。
初めて見せた人並みの行動に、美鈴は笑いながら部屋へと入ったのだ。
そのあとベッドの上にこんもりとできた布団虫を、少しだけ叱った。
こらっ、と言ったら、びくりと揺れる布団虫が無性に可愛くて、結局大して怒れなかったのは言うまでもない。
それから大事をとって二日。
ゆっくり咲夜を休ませた。
その間ずっと一緒にいて、色んな話を聞かせてやった。
ここに来る前にしていた旅のこととか、ここに来てからのこととか。
なかでも空の話をしているとき、咲夜はとても穏やかな顔をしていた。
おそらく門番をしていく間に、たくさんの空を見られると思ったからだろう。
今度どの空か教えてね、と、せがむように、けれど穏やかに言われたから。
もちろんです、と、自分も笑顔で頷いた。
そんな、はじめての看病はあっという間に過ぎて。
日射病が完治して次の一週間は、今度は日焼けに苦しんだ。
白い肌が真っ赤になって、あちこちに水ぶくれができた。
風呂に入るのを嫌がって大乱闘をしたのも、鮮明な記憶として残っている。
すさまじい乱闘騒ぎに、先に根を上げたのは美鈴だった。
息荒く床に這い蹲りながら、この子は大物になるぞ、と、頭の隅で確信したものだ。
大乱闘のあとは、二人で水風呂に入って、火照る体を気で冷やしながら、ぎゅっと抱きしめて眠った。
一晩中気を使い続けて、次の日は眠くて仕方なかった。
結局日焼けは、全身一枚脱皮することで静かに収束を向かえたのだが。
それこそ髪の中、頭皮まで皮が剥けて、これにはさすがに美鈴もびっくりした。
鼻の頭の皮がむけるときは、咲夜がしょっちゅう寄り目になっていて面白かった。
本当に、可愛くて仕方ない。
こくこくと水を飲む咲夜の頭を撫でながら、美鈴は笑う。
ちらりと視線を上げた咲夜は、それでも何かを言う事はしなかった。
敵はこれといっていない。
いたとしても、美鈴の力の三割も出さずに追い払える程度の輩だった。
おそらく咲夜でも一ひねりにできるだろうが、美鈴はまだ、この可愛い少女にそんなことをさせるつもりは毛頭ない。
今は、その笑顔を安心して浮かべられるように、ただ慈しんであげられればいい。
それを咲夜が不満に思い始め、自分の足で歩き出そうとするまで、このまま穏やかにいたいと思うのだ。
「美鈴の分は?」
「私は喉渇いてませんので。」
「・・・そう?」
「えぇ。気にせず飲んでください。」
にこにこと笑うと、咲夜は少し安心したようだ。
残った水を喉に流し込んで、ふ、と一息ついた。
「平和ですねぇ・・・。」
「うん。」
「眠くなっちゃいます。」
にへら、と締まりのない顔で笑って、美鈴はその場にしゃがみ、座り込んだ。
首をかしげる咲夜の手を引いて自分の膝に座らせながら、大きく深呼吸。
昼を過ぎて、太陽が一番元気なとき。
はっきり言って暑すぎるが、美鈴に触れていると、不思議とそうでもないように思えた。
「お昼寝しちゃいましょうかぁ。」
「門番は?」
「大丈夫ですよ、詰め所はすぐそこですし。」
にこりと微笑まれ、心が揺らぐ。
気丈に仕事を取るか、それとも安易に昼寝を取るか。
けれど彼女が放棄する門番よりも、彼女が勧める昼寝のほうが何倍も魅力的に見えるのが本音。
むぅ、と唸ったら、額にそっと口付けられた。
たびたび美鈴が咲夜にする、今のところ一番の愛情表現だ。
暖かい吐息が額を微かに撫でる感触が、どうしようもなく眠気を誘って、咲夜は美鈴の服をきゅっと掴む。
瞼が重い。
体中の力が、穏やかに抜けた。
「おやすみなさい、咲夜。」
薄れゆく意識の中で、ちっとも眠くなさそうな美鈴の声が聞こえた。
■ ■ ■ ■
「・・・あら、寝ちゃったの。」
「えぇ。もとより体調も万全じゃなかったんですよ。」
ゆっくりと咲夜の体から力が抜けて、その愛おしい重みを受け止める。
少し体は熱いが、熱のある熱さではない。
眠くなった子供の体が熱くなるのと同じ。
愛おしい熱だ。
きゅっと抱きしめると同時に、頭上から声が聞こえた。
見上げる美鈴の元へ、幼い悪魔が舞い降りる。
日傘を差し、音も立てずに地に下りた彼女は、美鈴の腕の中の咲夜を覗き込んで、口元に笑みを浮かべた。
「ずいぶん懐いたわね。」
「おかげさまで。」
笑う門番の、出会ったときから変わらない笑顔。
その笑顔に、主である吸血鬼は苦笑にも似た笑みを浮かべる。
「あんまり情を移さないことよ。」
穏やかな笑顔。
けれどその瞳には、読みきれない程、様々な言葉が渦巻いていた。
「私がやっぱりその子は食用にするわ、って言ったら、貴女どうするつもり?」
その渦巻きは、まるで見ているものを不安にさせるようなものだったけれど。
それでも美鈴は、笑顔を崩しはしなかった。
「それはありませんよ。」
「大した自信ね。」
脅しのような言葉にも、臆した風はない。
昔から本当に変わらない。
綺麗な笑顔だ。
「だって名前をあげたじゃないですか、この子に。」
「・・・・・。」
「意味のある、名前を。それはお嬢様が、この子を守り育てていこうと思ったからでしょう?」
その笑顔は、悪魔の囁きすら通用しない。
綺麗過ぎて、眩しいくらいだ。
「・・・私にしてくれたように。」
最後にそう締めくくった美鈴は、満面の笑顔で首をかしげる。
どうですか?と言いたげな彼女の顔に、悪魔の少女はため息を一つ。
「紅の館に来た、鈴のようにころころと笑う娘。」
「でもそれでは足りない、私は美しいものが好きだから、あなたにその一文字をあげましょう。」
だから、紅美鈴。
ひねりが無くては面白くないから、大陸武術を操るあなたにちなんで、大陸の読み方を与えましょう。
途中まで言ったレミリアの言葉の後半を、懐かしそうに美鈴が引き受けた。
二人で笑って、やがて美鈴は、ゆっくりと目を細める。
「大丈夫、わかってますよ。」
「・・・そう。」
穏やかな美鈴の笑顔をじっと見た主は、やがて少しだけ悲しく微笑むと、再び空へ舞い上がった。
「なら、止めはしないわ。たっぷり愛情を注いでやりなさい。ただの人形には興味ないからね。」
「はい。」
最後に悪戯っぽく微笑んで、ゆっくりと、滑空するように館へと戻っていく。
その後姿を見送りながら、美鈴は先ほどの主の微笑みを思い出す。
「・・・わかって、ますよ。」
この子の脆さ。
今はまだ小さいのに、いずれあっという間に自分を抜き去ってしまうこと。
・・・そして。
「それでも、情を移さずにはいられないんです。」
自分の全てを傾倒してしまいたい。
そんな想いに駆られるほど、ただ。
眠る咲夜の額に、そっと唇を当てる。
なめらかで柔らかい額に、無性に泣きたくなった。
視界が滲む前に、きゅっと瞼を閉じる。
だから美鈴は気付かなかった。
眠る咲夜が、幸せそうな微笑みを、ゆっくりとその顔に浮かべたことには。
どこまでも『めーさく』の世界を広げていってください!
いち『めーさく』好きとして、陰ながら応援しております!!
面白いというか…微笑ましいですねぇ。
咲夜さん可愛いよ。
美鈴と親子してるというか姉妹してるというか。
続きが出るのなら楽しみにしてます。
重複箇所があったので報告
>どうにかこうにかこうにかなだめて
『こうにか』が重複しています。
初歩的なミスはずかしー!!
ありがとうございました!
その溢れるものを書き出せばいいじゃないっ!!!
次回作も楽しみにしてるよ!
めいさくそしてちび咲夜。
素敵です、次も大期待してます!!
ほのぼのの中に美鈴の覚悟が垣間見えました。
意外と点数が低いのが納得いかない
布団虫や寄り目が特にツボに・・w
素晴らしかったです!