Coolier - 新生・東方創想話

藤原懐石

2009/03/01 04:57:05
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粉雪が静かに降り積もる迷いの竹林。
する事も無く、ただ余りある時間を徒に浪費する為に、蓬莱人、藤原妹紅は踝まで埋まる雪の中を散歩していた。

見上げれば万年竹が笠となり、雪の侵入を防いでいる。
それでも此処まで降り積もったとなれば、この白い結晶がどれ程の時間を降り続けているかは想像に難くない。
霜焼けに足がむず痒くなるのも我慢し、只管に竹林を彷徨う。

暫く歩くと、不意に見覚えの無い景色が目に飛び込む。
小さく、一軒家を立てたら埋まってしまう程の面積の空き地。
長い時をこの竹薮で過ごしてきたが、まだこの広い庭の中に自分の知らない場所があろうとは。
妹紅は感慨を覚えながらも、空白の時間を埋め合わせてくれそうなこの空き地に目を輝かせた。

早速、辺りを散策してみる。
と言っても、蓬莱人ならずとも普通の人間でも暇の足しにもなりそうもない時間でそれは終了した。
空き地、とはつまり空いた土地の事である。 何も無いから空き地と呼ばれるのだ。
結局なんの成果も得られず、その空間を石ころでも見詰めるかの様な瞳で一瞥し、その場を離れようとした。

しかし、元来た道へと振り向いた刹那、何かが視界の端に映るのを感じた。
違和を感じた方向に首を動かすと、そこには幾多の年月を経たのだろうか、苔のむす一体の地蔵が目に飛び込んできた。
初めは、それこそ石ころを見詰める視線でその地蔵を眺めていたものの、何となくそのままにしておくのも気が引けてきた。
笠地蔵ではないが、このまま捨て置くにはあまりにも惨め過ぎる。
どうにか、この地蔵を有効活用出来ないものか。 暫しの間、地蔵の前で首を捻る妹紅。

竹林に唸り声が響き続け、銀の美しい長髪の天辺に薄く雪が積もる頃、そう言えばと妹紅は結んでいた目を開いた。
今日は冷える。 それに足だけでなく、手もかじかんでいる。 何か温かいものが欲しい。
それならば、この地蔵を持ち帰り懐石としよう。 多少罰当たりだが、こんな寒空の下一人寂しく佇むのも、どうも遣る瀬無いだろう。
だったら自分と共に暖をとり、冬空の晩を共に過ごそうでは無いか。

そうと決まれば話は早い、とばかりに妹紅は一貫程度の重さがある小ぶりの地蔵を抱え、我が家への足跡を雪に残して行った。


自宅に辿り着き、地蔵を玄関に下ろした妹紅はさてと再び思案に暮れる。
このまま不死鳥の炎で焼いても良いが、如何に蓬莱人とは言え直火に焼かれた地蔵を抱きしめて寝る度胸は無い。
どうすれば快適に暖を取れるだろうか。 答えはすぐに出た。

頭頂部に竜宮の遣いが訪れ、想像上の白熱電球に明りを灯す。
そうだ、湯で温めれば具合が良いだろう。 早速しけた薪を竃に差し入れ、釜に水をなみなみと注いだ。
少し寒いだろうがもう少し我慢してくれ。 妹紅は地蔵にそう声を告げながら水に浸し、薪に火を点けた。

途端、辺りに橙色の光が広がり、室内を暖気で満たす。
釜にあかぎれの多い手を翳し、血液の巡りを良くしてやると、ちりちりとした痒みと共に、指先に感覚が戻ってくる。
すると、徐々にそのあかぎれが治りゆくのが目に留まった。 こういうものを見る度、自分が蓬莱人だと確認させられる。
だが今更何とも思わない。 そんなことを気にする段階は、とうの昔に過ぎ去った。
それを知っている妹紅は、須臾の内に記憶の外に追い出し、目の前の地蔵を温めてやることだけに集中する。

湯に指を指し込み温度を確認しようとするが、そういえば先日便利な物を手に入れた事を思い出した。
少し待ってて、と地蔵に告げるとその場を離れ、居間に置いた箪笥の中から一本の温度計を取り出してくる。
特に必要無いかとも思ったが、竹林に運ぶ人間達の体温を予め測っておいて欲しいから持っていてくれ、と八意の薬師に言われ、その時に押し付けられた物だ。
大体「36」と書かれた辺りであれば普通だと言う事も聞いていた。 人間相手には何度か使った事はあるが、釜と地蔵相手には初めての使用となる。
恐る恐る鍋の中に銀色の先端を浸けて暫く待つと、赤い棒のような物が見る見る内に上昇していく。

気付いた頃には、温度計は「40」という数字を指し示していた。
これは大変、と思ったが、相手は地蔵である。 別に死ぬ訳ではないと気付いた妹紅は、もう暫くの間は地蔵を温めておく事にした。
しかしこれが幸か不幸か、暫く地蔵の五右衛門風呂を眺めていた妹紅は、一つの異変に気が付いた。

変だ。 地蔵が二つ居る。 苔すら落ちていない。

訳も分からず事態を見守る妹紅。 新しく釜に現れた地蔵はまるで少女の様な出で立ちである。
頭には過度に装飾された帽子に、片手には木の棒を抱えている。
そういえば聞いた事がある。 幻想郷には閻魔様が居て、たまに現世に見回りに来ると。

そこで妹紅は、ははあ、いま釜の中で熱がってきゃんきゃん言っている少女が件の閻魔様なのだなあ、と気が付いた。
慌てて釜から這い出てきたびしょ濡れの閻魔の少女に木の棒で叩かれるが、如何せん、痛いけど死ぬ程の事ではない。

目の前の閻魔は瞳を潤ませながら妹紅の犯してきた罪について延々と語ってくるが、よく考えれば死なないのだから自分の管轄外である、と彼女が悟ったのは、湯冷めした彼女が説教を語り出して一回目のくしゃみをした時の事である。
そのまま二回目のくしゃみを閻魔が放った頃になってようやく、閻魔は濡れた服のままだった事に気が付き、妹紅は自分の替えのもんぺと半纏を閻魔に貸してやる事にした。
ありがとうございます、と丁寧に会釈付きで礼を言われるが、元はと言えば自分がやった事なんだし、と苦笑いを浮かべながら閻魔に謝罪する。

だが、今更ながら一つの疑問が妹紅の頭を突く。
どうしてこんな所に出てきたんだい? と閻魔に問い質すと、閻魔は居住いを正し、自己紹介を始めた。

彼女の言葉から、名前が四季映姫と言う事。 閻魔をやっている事。 今日はこれからオフだったので、久々に幻想郷を見回りに来た、と言う事を知った。
最後に彼女は、自分は元々幻想郷に置かれた一体の地蔵だった事を告げられた。

これでようやく合点がいった。
つまり自分が拾ってきたのは、彼女――四季映姫その人の地蔵だったのだ。

なるほど、だったら彼女がここに現れてもおかしくない。 しかし、閻魔の移動手段が地蔵からだったとは思いもよらなかった。
長い時を経てきた妹紅だが、また新しい発見があった事に喜びを隠そうともしない。
小さな笑顔を浮かべる妹紅の表情に、閻魔もまた慈愛の篭った視線を向ける。

しかし、この穏やかな時間も妹紅自身の手で破られる事になる。
何か焦げ臭い臭いが鼻を突く。 そういえば、と慌てて竃に走った妹紅が見た物は、地獄名物釜茹で地獄に処される四季映姫の抜け殻の姿であった。
慌てて薪の火を消すが時既に遅く、地蔵は抱えて寝るにはとても挑戦的な温もりを保っている。
溜め息を吐きながら、今起きた出来事を四季映姫に謝罪するが、彼女からの罰は額に棒の一撃を当てるだけのものであった。
彼女曰く、貴方が地蔵を温めようとしたのは善意からの行い。 今貴方に与えた罰は他の物事に気を取られ、火事という大惨事を引き起こすかもしれなかった事への戒めだという。
それは、閻魔が自らの手でもって行う刑執行の恐ろしさを耳にしていた妹紅にとって、彼女も慈悲の心は持ち合わせているのだろうと思わせるに充分な物だった。

しかし困った。 これでは暖を取れないではないか。
三たび悩み始める妹紅。 閻魔はその様子を尻目に、妹紅の家屋をまじまじと眺めている。
そんな閻魔の姿を見詰める妹紅。 よく見ると、彼女からはまだ薄らと湯気が立ち上っている。
まあこれでもいいか。 妹紅はそう妥協すると、おもむろに胡座を解き、ゆっくりと起き上がる。

珍しい物もあるのですね、と妹紅謹製の竹細工を手に取り、目を輝かせながら見詰め続ける閻魔。
その背後へと、一つの陰が近づいていく。

竹の花をあしらった竹細工を片手に、それを譲ってもらえないかと訪ねるため振り向いた閻魔は、体を地蔵の様に硬直させる。
藤原妹紅が両手を掲げて迫ってきていたからである。

引き攣る笑顔のまま動けなくなった閻魔を羽交い締めにし、妹紅は喜色満面の笑みで、自分の寝床へと連れていく。
これから何をされるのか理解した閻魔は懸命に抵抗するが、その甲斐虚しく、朝日が昇るまでの間を妹紅の懐石として過ごす事になった。
懐に閻魔を抱きしめたまま横になる妹紅の姿に、自分の思い描いていた出来事との違いに、若干の照れを含みながらも、まあいいかと妹紅に倣い大人しく目を瞑る閻魔。



寝息のみが支配する六畳一間の寝室。 穏やかな寝息は、永い時を生きる二人に束の間の安息を齎した。





翌日血相を変えた死神が、蓬莱人に三途の河を渡らせるべく訪れるが、それはまた別の話。



    (了)
「懐石」――要は今で言うカイロみたいな物。 温めた石などを懐に入れ、暖をとっていた事から。


始まりは今日の1:40頃、友人とチャット中の事。
唐突に一本書いてくれと頼まれました。

指定内容は『お地蔵様ネタ』
『もこたんが竹林でお地蔵さまを見つける的な…』

なんと無茶な、と初めは思いましたが、パッションと愛が湧いてくれば結構できるもので……
妹紅と四季様どちらも好きなキャラなので、書いてて凄い楽しかったです。 書いてて凄い楽しかった。 楽しかった。 三回言った。

今回はちょっと趣向を変えて会話文一切無しで作ってみましたが、お口に合いましたでしょうか?
こんな感じで淡々と夜を過ごす妹紅と四季様……

フジヤマがヴォルケイノー! じゅ、ジュゥ~……OH! 再BURN!


……あ、別に二人ともネチョい事はしてません。 してませんとも。 してませんったら。
毛玉おにぎり
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コメント



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6.90名前が無い程度の能力削除
妹紅の物に動じ無さぶりが楽しいです。で、それとは別の意味で状況を勘案せずに説教に走る映姫様も可愛い。
短い中に冬の風情もくっきりとした人物像もちゃんと描かれていて素敵な一編でした。
でも、こまっちゃんの誤解(か?)は避け得ないでしょうねえ‥♪
13.100名前が無い程度の能力削除
ほのぼのしてて良い話ですね
……焼いてたらほのぼのどころじゃなかったでしょうけども ww
14.100名前が無い程度の能力削除
>OH!再BURN!
これは流行る。流行らせる。

なんか妹紅が犯罪者っぽい気がしたけどそんな事はありませんでしたね
18.100名前が無い程度の能力削除
おもしれー
文章に無駄がなくて読みやすいし分かりやすいし
21.100名前が無い程度の能力削除
百合じゃないけど、こういうのいいですね~w
この2人の組み合わせは珍しい!
30.100名前が無い程度の能力削除
豆電球に笑った
31.100名前が無い程度の能力削除
東方の世界観はやっぱこういうの似合うなあ。
45.90名前が無い程度の能力削除
いろいろやっちゃったら蓬莱人といえど三途の河に重しつけて浮き沈みさせられるんでないかとw
ほのぼのなふたりで安心しました。ついでにちょっと残念www
50.無評価毛玉おにぎり削除
あ、皆様お読み下さりありがとうございます。
相変わらず無駄に長いですけど返信をば……


6.名前が無い程度の能力さん
あ、お読み下さりありがとうございます。
今回も色々と試みを交えた物になりましたが、受け入れられた様で幸いです。
多分小野塚さんは「一緒に寝た」を大人の範疇でもって脳内補完してしまったんだと……御愁傷様です。 文字通り。

13.名前が無い程度の能力さん
本当に眠いのであれば、例え焼いた地蔵の横でも寝られる筈だってどっかの鼻がピタゴラスの定理してる漫画で読みました。

14.名前が無い程度の能力さん
そこにツッコンでくれてありがとうございます。
幻想郷にそんな法律はねえ! よって無罪! って四季様が仰っておりました。

18.名前が無い程度の能力さん
嗚呼、良かった……そこが不安だったんです。 もしかしたら読み辛くなっているんじゃないかと……
ありがとうございます。

21.名前が無い程度の能力さん
なんか珍しい組み合わせばっかり書いてる気がします。
でも、それこそ二次創作の醍醐味だとも思っておりますので。
多分次もみょんな掛け合わせになりそうです。

30.名前が無い程度の能力さん
   \  __  /
   _ (m) _ピコーン
      |ミ|
   /  `´  \
       ~^ 、
     ⌒ヽ.  i
     ,. -弋ナ 、
   n _,l_,-={X}=、!,_
   〈k_>(,ノノ ))ノ))
   |´ミヽ) ゚ ー ゚ノリ
.    | ノ弋エェ⊂fヽ.
.   レ'/.:/:::::;i::ヾノ
     'i_r~~-、)

31.名前が無い程度の能力さん
ほのぼのとしたりまったりしてるのが一番似合うんですよね。
日本的な原風景に非常識を取り入れたらこうなりそう……みたいな。

45.名前が無い程度の能力さん
友人からの指定で「ガチレズで!」が出た時は蹴り飛ばしに行こうかと思いました。
無視してほのぼの路線を貫いた結果がこれだよ!
でも、これはほのぼの……? ギャグ……?
53.100謳魚削除
四季もこと読んでやって来たら妄想し過ぎて頭の中がきゃっきゃのうふふでちゅっちゅにゴーゴー。
多分このお二方はもう全て飛び越えて老夫婦みたいな愛なのですよきっと。ねちよは不要。
ただ裏ストーリィにかぐこまがあったり(んな訳無い)
65.90名前が無い程度の能力削除
地蔵さんを釜茹でにしちゃいかんだろw
67.無評価毛玉おにぎり削除
53.謳魚さん
>ねちよは不要
あくまで百合にはいかないと、たまに滅茶苦茶甘いのが書きたくなります。
裏ストーリー? その発想は無かった。

65.名前が無い程度の能力さん
ですよねーw
76.100名前が無い程度の能力削除
強烈なパッションありがとうw
78.90名前が無い程度の能力削除
そしてハクタクが閻魔を亡きものにしようとしたんですね、わかります。
84.100名前が無い程度の能力削除
長い間生きてると突拍子も無い事を思いつくもんだね
雪の中出かけて地蔵を持ち帰って寝る時に暖を取る懐石にするって、もこたん本当にヒマだったんだろうなw
地蔵を煮る姿は想像するだにシュールである