純朴の白に、黒を染み込ませた筆を滑らして、想いの丈を綴りましょう。
遠い貴方が忘るる事のないように、遠い私が忘るる事のないように。
遥か後方に在る時日に霞んだ陽炎を、雪の上にて揺れる仮初の焔を此の御身に刻み込み。
容易に濁る純白に、宵闇の黒を混ぜましょう。この想いの丈が、残って然るべく。
朧に霞む春宵に、形さえ見えぬ雪原の上、見るも鮮やかな花びら乱舞こそ心象なれば。
0.
その屋敷は周囲の家並みと比較して尋常でない雰囲気を醸し出していた。けれども常人から見れば、それはごくごく一般的な一つの建物として捉えられているかも知れない。が、彼に関して云えばその家が一般的などとは到底評せないほどに、重苦しい暗翳が投じられている家のように思われたのである。まるで空に懸かる鈍色の雲影にさえ潰されそうな儚い家というのが、彼が初めてこの建物を目にしてから感じた事である。その感想が追々変わって行く事もなく、人里の中で一際目立つその大きな屋敷の様子が変わる事もない。
云うなれば孤高、それがその屋敷を形容するのに最も適した言葉であった。
人里の往来は常にして賑わっている。誰彼もが安心した生活を送っているかのように、その通りに笑みを絶えず、如何にも平和染みた空気が漂っている。が、その中でもその屋敷にあるのは云い知れない剣呑さで、安穏とした生活が殆ど約束されている人里の中では異端であった。それが宵闇に包み込み始められると、人気の無くなった往来に漂う雰囲気は昼間とは一変して冷やかな物となり、大きな姿を構える屋敷はより危なげに佇むのだ。蒼然たる月光に照らされながら。
――この屋敷は好奇心を歓迎します。
彼が初めてその言葉を耳にした時に、その言葉本来の意味合いは失われて、真が偽の影を盾に隠れてしまうように、全く違った意味のように思われた。まるでその言葉が助けを求める悲痛な声音で紡がれる言葉のように思われたのである。それだから傍目から見れば豪華絢爛たる家柄を連想させるその屋敷の当主たる少女を見ては、その背に覆い被さった冥々たる重苦しい影を感ずる事も、彼にとっては仕方のない事なのである。例えそれが同情染みた感情であったとしても。
1.
幻想郷に雪が降り始めたのは近来の事である。鈍色の空より舞い落ちる純白の権化は、一夜にして幻想郷の風景を銀世界へと変貌させて、枯れた木々の梢に掛かってはそれを項垂れさせて、大地に降り積もっては太陽の陽射しにも劣らぬ輝きを以て、目も眩む光を天空に向かって投げ掛けている。その白い層に埋もれてしまった草花がその面を外気に晒すのは、まだ少しばかりの時間がかかりそうな気色であった。
魔法の森の近辺に構えた古道具屋――香霖堂の屋根にはそんな雪が積もって、その柱をぎいと軋ませている。見た目から判じても丈夫とは思えない造りだが、その心配はないと見えて、今日も開業していた。が、こんな寒い時節ともなれば客足は必然途絶えるもので、今彼の店に訪れているのは客と云うには程遠い、ただその店に置かれたストーブを求めてやって来た二人の女ばかりである。それだからこの店の店主、霖之助は自然と唇から洩れる溜息を我慢する事が出来ないでいた。
「こんなに寒いと香霖堂が重宝するわね」
「全くだ。こんな素晴らしい道具を独り占めしてるなんて、香霖も狡賢い奴だな」
「一応云っておくが、僕は此処に訪れたお客様が寒さに呻吟しないとの計らいに、このストーブを置いているんだ」
「体の好い言い訳ってこの事ね。本当は壊されたりでもしたら堪らないとでも思ってるんじゃない?」
好き勝手に云う女二人は、三人集まらなくとも充分に姦しい。そんな事実に頭を抱えさせられながらも、霖之助は二人の判然とし過ぎている動機に落胆を越えて諦念さえ感じた。店に訪れる理由が暖を取る為などという物では、同業者に対して目も当てられない。それも本当に貴重だと思える物は全て私物化してしまう霖之助に責があるのだが、彼にそれを気にする様子は見られず、結局の所自業自得だという事実からは一貫して気付かぬ振りを続けていると見える。
どういう云い方をしても目の前の女には一蹴されるばかりなのは既に判り切っている。それに抗ったとて徒労に終わる事も過去の経験上知っている霖之助は、大人しく二人の会話を聞いている事にした。彼は最近になって、彼の享楽の一つである書見という趣味を行う事が出来なくなった。家に置かれた書は全て読み終えてしまったし、新たな書を借りるにしても、魔理沙が持っているのは魔法に関する物ばかりであったし、彼の求めるような物ではない。それだからこの時に霖之助が無聊を慰める術はなく、こうして彼女ら二人の会話を聞いている事ぐらいしか無いのである。
「そう云えば幻想郷縁起が近々完成するって話じゃないか」
「ああ、そう云えば天狗がそんな事記事にしてたわね」
幻想郷縁起――その単語は図らずも霖之助が興味を寄せるに値するものであった。二人はそれがどんな物か見に行こうだの何だのと話している。霖之助はその話を聞きながら思慮に耽る内、次第に幻想郷縁起という書に興味が湧いて来た。彼はその存在を知っていたし、その中にどう云った事が書かれているのかも聞いている。けれども実際に実物を読んだ事はなく、ただ噂話から大まかな内容を知っているだけである。すると飽くなき知的探求心は次第に膨らんで、いよいよ抑えられなくなってきた。是非ともそれを読んでみたいという欲望が勢力を広げてくる。
「この寒さじゃ客足も途絶える事だろうし、幻想郷縁起を読みに行くのも好いかも知れない」
「なんだ、まだ読んだ事ないのか? 稗田の屋敷には行った事あるんだろう」
「行ったが、あの十一年蝉の事しか聞いていないんだ」
霖之助にとってその記憶は最早懐かしくもあった。十一年に一度の周期で鳴り響く奇妙な蝉の声――彼がその実態に迫ったのは御阿礼の子の知識のお陰である。卓越した記憶能力は数多ある幻想郷の知識の全てを記憶していて、その人間の限界を超えた凄まじい能力に、彼は感嘆の溜息さえ漏らした覚えがある。
彼が稗田の屋敷に訪れた時、御阿礼の子は僅か十歳と少しを生きた、未だ幼さの拭えぬ少女であったと記憶している。幻想郷の歳月はそれから十年が経った。霊夢や魔理沙も既に大人として成長しているし、容貌は以前とは似付かないほどである。それでも香霖堂の商品を度々盗んだりと、その行動が成長する兆しは見えなかったが、一時は霖之助もそんな彼女らの変わらない部分を目にしているような気がしたものだった。
「ああ、そう云えばあの蝉が鳴き始めるのも来年か。全く喧しい事この上無かったが」
「奇跡の蝉だと思ってやり過ごす事だね。そうでなければ耳栓をする事だ」
そう云うと魔理沙はどちらも暑苦しいぜと不平を云ったが、そんな事は正に他人事である霖之助は一言だけ「それなら諦めると好い」と云って、身支度を始める。今日は凍えてしまうほど空気の冷えた日である。快晴が広がっていても空気は凍ったように冷たく、太陽の白い陽射しが差していようとも申し訳程度の暖かさにしかならない。霖之助はなるべく温かな格好をするつもりである。外套やら何やらを厚く着込んでいた。
「もう行くの。香霖堂は店仕舞いかしら」
「そういう事だ。今日ばかりは休業だから、君達も早く帰るんだな」
「それじゃせめてストーブを頂戴するわ。でないと凍え死んじゃうもの」
「殺したって死なないだろう、君は。炬燵にでも入って暖かくしていれば何も問題はないさ」
女二人の不平の声は受け流して、霖之助は店を出る。口ではストーブを盗むなど物騒な事を云う彼女らだが、そんな無茶な事をしない事は霖之助も判っている。確かに成長したようだと一人微笑を浮かべながら、彼は寒空の下を一人歩いて行った。太陽が領する空には一片の雲翳さえ浮かんでいない。昨日の大雪が嘘であるかのような空であるけれども、寒さに変わりはなく、幾ら着込んでも身に染みる寒さには耐え難い辛さがあるように思われる。
さく、と雪を踏む音を耳にしながら霖之助は人里を目指して歩いて行った。道中には幻想郷縁起にはどういう事が書かれているのか、そしてそれが彼の知的欲求を満足せしめる物なのかばかり考えて、仕舞には自分が生きる糧として必要なのは何も衣食住ばかりでなく、知識も重要な意味を占めているのかも知れないとまで考えた。
――遠く聳える妖怪の山には雪化粧が施されている。白く染まったその明媚な風景を見遣りながら、遠い道のりは長く続いていた。
2.
霖之助が人里に到着したのは既に太陽が頂点に君臨する時分であった。次第に暖まる気候に加えて、運動によって火照った身体は外套を一枚脱いでも寒さが気にならないくらいに暖まっている。彼は片手に外套を提げながら、人里の往来を一人歩いていた。目的である稗田の屋敷は人里を真直ぐ進んだ所にある。長らく訪れる事は無かったが、それだけは覚えていたとみえて、彼の足が滞る事は無かった。昔とは様変わりした人里の様子を眺めながら歩く余裕もある。
やがて霖之助の目に大きな屋敷の姿が見え始めて来た。歩きながら眺めた民家とは比較にならぬほど大きな邸宅である。流石に紅魔の館には劣るとは云え、小さな人里の中ではそれの与える印象は随分と変わってくるもので、霖之助もそういう感想を抱く一人であった。一種異端にさえ思われるほどの造りは厳格な雰囲気を漂わせ、門前までやってくると、目の前に聳える屋敷は殊更威圧感を増して、彼を圧倒する。霖之助は一呼吸を置いて門を潜り、玄関先まで歩いて行くと、「ごめん下さい」と声を張り上げた。するとたちまち侍女らしき人物がぱたぱたと小走りで応対に出てくる。
「何用でしょうか」
「幻想郷縁起を拝見させて貰いたく思って伺ったんですが、都合は付きますか」
「少々お待ち下さい。ただ今阿求様をお呼び致します」
侍女はそう云って、また小走りに廊下を駆けて行った。後に取り残された霖之助は、玄関でただ突っ立っている。すると遠退いて行く足音を聞いている内に、何だか緊張してくる。稗田という家系は幻想郷の中でも広く知れ渡った名で、大変偉大な事を成している者であったし、その責務に就く当主が今代に居るとなると、やはり恐れ多くなってしまう。
かつて会った事があるとは云え、まさか十年も前に訪れただけの分際がこうして軽々しく訪れて好いものなのかが彼には判り兼ねる。が、此処まで来てしまっては今更尻尾を巻いて逃げ帰る訳にも行かなかったので、やはりその場で突っ立っていた。屋敷の中は静寂に包まれている。何処かの廊下を歩いている音でさえ霖之助の元に届いてくる。ところへ、その足音が次第に明瞭に聞こえてきた。霖之助は姿勢を正して、出来る限り慇懃な態度を装った。
「あら、お客様とは貴方の事でしたか」
――霖之助の前に現れたのは稚気の漂う少女では無かった。朧な記憶では十年と余年を過ごした少女でしかなかった稗田家当主の姿は見事に大人寂びていて、その身に纏う雰囲気は柔らかな物腰の大人そのものである。余りにも落ち着き払っているので、却って霖之助は意表を突かれた心持ちで、暫時はその場に立ち尽くしていた。その雰囲気とその容貌が言葉を失わせるほどの衝撃を伴っていたのかも知れないが、思考能力を一時失った彼からすれば、そんな事などは既に思慮の外で、目を丸くさせながら目の前の女性を見詰めている事しか出来ずにいた。
「幻想郷縁起の閲覧に参ったと聞いたんですが」
「ああ、はい、相違ないです」
「でしたらお上がりになって下さい。お見せします」
そう云って稗田家当主である阿求は柔らかく微笑んで見せた。頭に着けている花を模した髪飾りが僅かに揺れて、紫淡の髪の毛が淑やかに揺れる。儚げな曲線を唇に描き、一度霖之助を顧みてから、彼女は「どうぞ」と云ってもう一度屋敷に上がるように促した。それで漸く我を取り戻した霖之助は、大人しくその指示に従って、廊下を歩く阿求の背中を追って行った。小さな背中は何も変わらない。けれどもそれが持つ意味は、確かに変わっていた。
霖之助が通されたのは、彼女が執筆をしている部屋であった。初めは重要な私室に押し入っては迷惑を掛ける、と云ってそれを遠慮していた霖之助だったが、一向に譲らない阿求に負けて、遂にこうして座布団の上に座して、幻想郷縁起を取ってくるという言葉を残しつ部屋を出て行った彼女の帰りを待っている。差し出された紅茶には手を付けていない。白い湯気ばかりが天井に向かって昇っている。彼は平生と比較すれば妙に思えるくらいに畏まった格好で独座していた。そうして微かな居心地の悪さを感じていながら、それをどうする事も出来ずに、そわそわと膝頭を叩いていた。
「――お待たせさせてしまって申し訳ありません」
するとそこへ阿求が戻ってきた。腕には何やら分厚い書を重ねて抱えている。華奢な彼女の体躯からすれば、明らかに不釣り合いな格好は、頼りなげに揺れて、少し自重の均衡を失えばたちまち崩れてしまいそうな気色である。
霖之助はそれに気付いていたが、余計な世話を焼くよりかは、客人らしく大人しく待っていようと思い、軽く会釈をしてその場に座り続けていた。が、阿求の身体が前のめりになり、驚いた風に「あっ」とか細い声を彼女が上げると、いよいよ黙って居られなくなり、俊敏な動作で立ち上がると、既に倒れかけている阿求の身体を支えて遣った。幸い二人の距離はそれほど離れてはおらず、霖之助が差し伸べた救いの手は容易く阿求の身体を支えるに至った。
どさりと畳から低い音が響く。在り余った勢いを和らげる事が出来ずに、重力に身を任せた阿求は霖之助に抱き留められた。女の息遣いを明らかに感ずる事が出来る。また男の息遣いも明瞭である。やがて二人は身体を離して、お互いに「すみません」と謝罪の言葉を述べた。それが全く同時だったので、何だか滑稽である。
「ええと、お怪我は有りませんか」
「いえ、お陰様で大丈夫です。森近さんの方は大丈夫ですか」
「僕なんぞは怪我をしても困らない身ですから。心配には及びません」
霖之助がそう云うと、阿求は再び「すみません」と漏らした。自らの失敗に自責の念を感じている気味で、霖之助は頗る調子が出ない。霊夢や魔理沙みたような者だったなら、余計な御世話だと云われるやも知れぬから、阿求のような類の女性は珍しく映る。殊に何度も謝るような気概は霊夢らには無かったから、余計に居心地が悪い。それだから気付けば「余りお気になさらずに」と云って、彼らしくもない優しげな微笑を湛えていた。それが自覚出来るくらいに不似合いだったので、霖之助は心中に嘆息を零しながら畳の上に散乱した書を拾い始めた。
「そう云えば、僕の名前を知っているんですか」
「ええ、幻想郷縁起にも貴方の事は書かれていますよ。香霖堂の名と共に」
作業を続けながら問い掛けると、阿求はまた物静かな笑みを浮かべてそう答えた。魔理沙や霊夢もその事で霖之助をからかった記憶がそれで思い返される。まさか人気のない魔法の森界隈に建てた自分の店が、有名な書に載っているとは思いもしなかった霖之助は照れ臭いような嬉しいような複雑な心持ちであった。しかしその嬉しさだの照れ臭さだのをあからさまに表現するのは憚られた。霖之助は「何だか恐縮です」と云ったきりである。
「一度此処へ訪れた事もありますよね。確か十一年蝉の事で」
「そんな昔の事も覚えているんですか」
「そればかりが取り柄ですから。一度見聞きした事は忘れません」
「大変凄い特技だ。僕は朧げに覚えていても、その細部に至るまでは判らないから」
散らばった書を集め終えると、それを一か所に重ねて置いて、霖之助は先に座るように勧められていた座布団の上に腰を落ち着けた。阿求はその対面に座して、穏やかな笑みを見せている。それが霖之助には何処か曖昧で、心の深層から浮き出る笑みのようには見えない。そればかりかあらゆる利便性に於いて、微笑むという手段を行使しているように思われる。仮初の表情を作る事に長けた彼の感覚はそういう方面に於いて敏感であった。
「それで、これが幻想郷縁起ですか」
「はい。幻想郷に関するあらゆる事柄が載っています。どうぞご自由に閲覧して下さい」
そう云われて、霖之助は一言礼を述べると、幻想郷縁起の項を捲る。妖怪の事などが綿密に書かれているそれには、見知った人物達の事も書いてあって、普通の書を読む事とは違った趣がある。次第に霖之助は書見へと没頭して行った。周囲の音や気配を感じず、全ての神経が書へと向き、次々と項を捲って行く。そうなった時には時間の感覚は既に失われていて、彼にとって重要な事は読み終えるという目標のみに絞られた。
阿求は霖之助の前で佇んでいる。膝の上に重ねられた手は脈を打っていないかのように思われるほど静かな雰囲気を醸し出している。霖之助は完全に自己を浮世とを切り離す前に彼女を一寸見遣った。幻燈の焔に照らされて、その面を現す仮面の笑みは尚も張り付いている。けれども偽の色は濃紺の闇に覆われたまま容易に姿を現さない。その時に彼は稗田という一族が持ち得る過酷な運命を垣間見たような心持ちがした。十余年足らずを生きてきた少女の面影は豪もない。その当時確かにあったであろう救済は、今この時点に於いて消え失せている。霖之助は歳月がもたらす重量の辛辣さを感じ取った。無論勝手な憶測である。それでも彼の女には、そういう雰囲気が滲み出ている。……
3.
窓の外に見る事が出来る稗田邸の大きな庭に降り積もった雪は、次第にその色を変えて行く。白い輝きを放つ純白の絨毯は燃え立つ焔の輝きに変わり、茜色に染まった空の彼方にある稜線に、太陽が半分身を隠している。揺らめく空の風景はそれから宵へと近付き、茜色に近付く藍色が、その色を濁して漆黒へと近付けて行く。星々の輝きが空に散りばめられるのも今少しの時分である。霖之助はそれで漸く自分が長居し過ぎている事に気が付いた。
「すみません、長居してしまって。もう帰ります」
霖之助がまだ読み終えてない幻想郷縁起を畳の上に置いて、慌てた風で書面に落していた視線を上げると、そこには未だ変わらぬ姿勢で霖之助の事を見ている阿求の姿がある。物静かな様は揺るぎないまま、静かなる手は重ねられて、別段懇意な中ではない人間をこうして私的な空間に招き入れる事による塵労も感じている様子がない。万物を懐柔してしまいそうな危うい笑みもまた、保たれたままである。
「幻想郷縁起は、読み終える事が出来ましたか」
「いえ、まだ中ほどまでです。この量をこの時間で読み切るのは至難の業ですね」
「それ相応の時間をかけていますしね。私を合わせて九代も続けてきた仕事の賜物ですから」
阿求はそう云って口元に手を当てた。ふと吐息が漏れる音がする。
「貴方も貴方の先祖の方も、全くどうして凄い方々です。これほどの書を作るなんて、僕には出来る気がしない」
「お褒めの言葉、有難う御座います。――また読みたいのであれば、遠慮なく此処へ来て下さい」
「しかしご迷惑じゃないでしょうか。貴方にも仕事があるでしょう」
「じきに完成するのです。少し暇な時間が出来たとて、それを持て余していては本末転倒じゃありませんか」
柳眉が美しい八の字を描く。霖之助には云われた言句の重さを理解出来なかった。そのことごとくが暗幕の向こう側に隠されて、本質的な意味が届く事はなく、彼は彼なりに気遣いをして貰ったのだろうと思ったばかりである。阿求の唇が描いた悲しげな笑みの形を察する事もない。他者を他者として捉えて、表面的な事象からは自己を遠ざけている風である。それは稗田の逃れざる運命を霖之助も知っていたからこそ取り得た無意識の処世術であったのかも知れない。
――宵闇は外を支配している。庭に置かれた石燈籠の火袋に灯った淡い緋の光が頻りに揺れて、その闇を僅かに和らげる。それが殊更幻想的な風景を成しているので、霖之助はその美しい光景に暫し目を奪われた。雲なき空に輝く月が、雪を青白く染め上げる光を降ろしている。部屋の中心に置かれた囲炉裏には何時しかぱちぱちと燃ゆる焔が揺れている。硝子窓が掻いた汗を見て、霖之助は外は余程寒いのだろうと思った。
「それではまたお邪魔します。足繁く通う事になるやも知れませんが……」
「構いませんよ。稗田――引いてはこの阿求が、好奇心を歓迎します」
霖之助は立ち上がった。阿求が両手を打ち鳴らすと、たちまち侍女が出て来て、この屋敷に入る前に預けた外套を手に戻って来る。彼は一言の礼をすると共に、玄関までやって来て、阿求に見送られながら外に出た。そうする間際に見た女の顔は何処か寂然としていた。彼女の云う暇な時間は、家に居ては慰める事の出来ないものなのかも知れないと霖之助は判じたが、一寸屋敷の方を顧みるだけで歩き出した。外套を越えて身を刺す寒さは、骨身に染みるようである。
外は既に暗黒が領する世界である。が、その中を月の淡い光が照らし出していて、明かりの乏しさに困る事はないようで、霖之助は仄かに青く煙った雪を踏み鳴らしながら、吐息を白く変えて人里の往来を歩いて行った。人間もこの時分になると外を出歩く事はないようで、森閑とした人里の中は一種物哀しい趣を凝らしていた。彼の歩く先とは逆の方向には、稗田の屋敷が傲然として佇んでいる。まるであの美しい女性が当主を務めているようには見えぬ姿で、けれども云い知れぬ儚さを秘めたるように、その屋敷を月明かりが静かに暴き出していた。
4.
幻想郷に降り積もった雪の層は、容易に溶ける兆しを見せない。寒々しい空気は何時までも蔓延していたし、日中照り付ける太陽が面を晒しても、白い輝きを増すばかりで銀世界が融解する事は無かった。それだから平時では楽にこなせるような外出も難儀且つ大義なものとなる。殊に空を飛行する術を心得ていない霖之助には、ものの数分も掛からぬ用事でさえ店を出るのが億劫であった。が、店の中に留まっていても閑古鳥が鳴くばかりの店内は物寂しく、また無聊を慰める術も持たなかったから、寒さを堪えて人里に向かうより他になかった。
霖之助は阿求に告げた言葉の通り、足繁く稗田邸を訪れた。既に三日も連続して訪れている。流石に迷惑じゃなかろうかという疑念も当然浮かんだが、むしろ喜んだ風に自分を出迎えてくれる阿求の様子を見ると、暫しの間隔を空けようという気が失せて、やはり足は人里の方へと向かい出すのである。別段仲が懇意なものに近付いた訳でもなく、彼らは一様にして書見をする者と、それを眺める者とに分かれるだけの関係であったが、霖之助はそれで満足である。持って生まれた読書に対する貪欲な欲望は、幻想郷縁起なる書を見ては、心地よく満たされるのだ。
それだから霊夢がこの香霖堂へやって来る事は、近来習慣となりつつある稗田邸への来訪を拒まれている行為に他ならなかった。彼女はストーブの前に立ち、火に手を翳しながら「寒い」と繰り返している。霖之助はそれを呆れた風に見遣って、「他にする事がないのか」などと尋ねていたが、それらに対する返答は何時も碌に形を成しておらず、空に漂う雲のように曖昧だったから、霖之助はほとほと困却させられていた。
「最近稗田の屋敷によく訪れているそうだけど」
「あそこには面白い書が沢山あるからね。それも一日二日で読み切れるような量じゃない」
「へえ。まさか霖之助さんが進んで人に会いに行くとは思わなかったわ」
「こう云うと失礼なようだが、僕は主に書見をする為にあそこへ訪れているんだよ」
霖之助がそう云うと、ストーブの内で赤々と燃える火から目を外した霊夢が、彼の方を見詰めていた。黒い双眸は如何なる感情も映さず、彼女という本質を読ませない。霖之助はその瞳を向けられる度に、ある種恐怖にも似た感情を覚える。時に無機質過ぎるとも思える彼女の眼差しは、胡散臭い隙間妖怪にも通じる所があった。底の知れぬ闇――得体も知れず、常人が持ち得ざる感性。そのことごとくが、彼女を何処か遠く思わせるのである。
それこそが霊夢が博麗の巫女たる根源なのかも知れないと霖之助は思う。それだから、彼にはこういう時の霊夢の言葉に、必要以上の重みが加えられているように思われる。ただの嘲戯であろうにも関わらず、何か別の意味がその言に含まれていて、警告のような響きを伴っているように聞こえるのである。
「へえ。それで書見はどれだけ進んだの。大した量だそうじゃない」
「まだ半分にも達していない。全く凄まじい量だよ」
「なら書見するのも一苦労ね。店番の暇も無さそうだわ」
「それじゃ君がしてくれると嬉しいね。店内の物が少し減っていそうだけど」
「それなら私に任せない事ね。ストーブだって無くなってるかも知れないわよ」
それは困ると云って霖之助は笑った。霊夢も――霊夢は難しそうにしている。共通の話題で楽しんでいる風には見えない。霖之助はそれで笑うのを止めた。
「でも、何だか心配ね」
「心配。どうして」
怪訝な表情で霖之助は尋ねる。まるで霊夢の意図が判らないけれども、彼女がそういう理由を尋ねなければ気が済まない気色である。が、霊夢は中々口を開こうとしなかった。重く閉ざしたまま、霖之助の瞳を眺めている。例の瞳は何処までも透き通っているが、その先にあるであろう彼女の思う所は霖之助には見通せない。彼女を博麗の巫女たらしめる深き闇がそのことごとくを覆い隠して、彼にそれを悟らせないのだ。
霊夢は暫し逡巡すると、視線をストーブへと戻した。ぼうと音を立てて燃える火がちらついている。辺りには石油が燃える臭いが執拗に立ち込めていた。
「――霖之助さんって優しいから」
「僕が優しい? どうしたらそういう結論に行き着くんだい」
「まあ気の迷いから来る戯言だと思って忘れて頂戴。そう深く考えた訳でもないから」
霊夢はあははと笑ったが、霖之助は自らに於ける評価を聞いて顔を顰めている。が、それほど頓着する様子を見せずに溜息を一つ吐くと、身支度を始めた。
「あら、もう行くの」
「僕が人里に到着するまでにどれくらい時間がかかるか知っているだろう」
「それもそうね。霖之助さんは飛べないもの」
「空を飛べるのは好いが、大地の感触を忘れてはいけないよ」
霖之助は苦笑しながらそう云うと、後に「飛べるに越した事はないがね」と云った。彼の足では人里に辿り着くのも一苦労である。まるで何日間も歩かねばならない心持ちがする。けれども近来習慣となりつつある行動に突発的な終止符を打つ事は憚られる。途中まで読みかけた本は読み切らねば気が済まない。乗り掛けた船にはいっその事乗ってしまった方が気が楽だ。彼はそんな事を思いながら、香霖堂を出発する。
窓の外に広がる銀色の気色は未だ溶ける兆しを見せない。であれば肌の凍て付く過酷な気温である事は自明の理である。霖之助はまた厚着をしなければならなくなった。全く風情を楽しむ為にはこの上なく好いものだが、実質的問題に直面してみると、雪とは何と生活を過酷にするものだろう、と霖之助は零した。
「そうね、鬱陶しくて仕方ない」
そうして霊夢は忌々しげに窓の外を見遣った。曇った硝子窓から覗く雪景色は、そんな彼女の瞳に白い光をぶつけている。天に輝く白い太陽は、そんな世界をより一層輝かしく魅せていた。けれども霊夢には如何なる感慨も与え得ぬようで、彼女はただ面倒臭そうに眉根を下げるばかりであった。――それなり二人は別れ、霖之助は例の如く人里へと向かい、霊夢は何をするかも知れぬまま彼を見送った。遠くより差す陽射しは瞳を焼こうとするかのように、一直線に降りては雪の上に立木の梢やらから影を落としている。
5.
例の如く二人は差向いに座って、書見をする者とそれを見る者の関係に落ち着いた。霖之助は始終豊かなる知識の海へ沈没して行くばかりであったし、阿求にもその関係を変えようとする如何ほどの努力は認められなかった。少なくとも霖之助にはそれで充分であったし、自らの知的探求心を満足せしめる物が目の前にあるのならば、そちらに没頭したいという意が強かった。それだから時間は状況の無変化を厭わずに流れて行き、彼らの間に会話は豪も見られなかった。
やがて、初めてこの静寂を打ち破ったのは意外にも霖之助の声であった。彼は手に持つ書の項を途中辺りまで捲っていないにも関わらず、一寸それから目を離すと対面に座している阿求に面と向かって話しかけた。
「貴方は大変語彙に豊かな方のようですね」
そう尋ねると、阿求はその問い掛けに対して如何なる準備もしていなかったかのように、丸い目を更に丸々とさせて、霖之助の涼しげな表情をまじまじと見遣った。彼はその後に続けて「僕が読んだ書の中でも、表現の仕方が多様にあるもので」と自らの感想を述べた。それを聞いた阿求は、年頃の羞恥を滲ませながら、微かに赤味を帯びさせた頬に白い手を当てて「幾年も続いて来た我が家系の賜物です」と云ったが、その表情には冥利に余るほどの嬉しさと、その上に不安の雲を投げ掛けられているかの如く、暗い何かがあるように思われた。
「御阿礼の子は何度も転生を繰り返して幻想郷縁起の執筆に自らの時間を割いて来ましたから、筆力の向上もその過程で手に入ったのです。先代やその前の代の記憶は最早朧げにしか思い出せませんが、そういう身体に染み付いた事だけは、頭で理解するよりも早く身体で感じる事が出来るようで、今代に至って間もない頃から私は執筆に対する如何なる苦痛も感じ得ませんでした。定めて悲しい収穫だとは思いますが……」
彼女は知らず自らの内で培って来た自分の能力を「悲しい収穫」と評した。それは隠し事が卒然として露見する時のような失態の表れと同様で、阿求は慌てた素振りで「余計な事をすみません」と謝った。が、その謝罪の言葉が失言をより大きな意味へと進化させる事に毛頭気付いていない彼女は、観察力の鋭い霖之助の事を全く危惧していなかった気色で、ふと目を上げた時に見た彼の怜悧な眼差しが殊更蒙古の象徴であったかのような顔をした。
「僕には貴方が何かに追い詰められているように見える」
「人は――或いは妖怪も、一様に何かに追い詰められているようなものです」
「しかし多くはそれを忘れている。だから笑えるし、悲しむ事も出来る。が、貴方は……」
そこまで云い掛けて、霖之助は一寸押し留まった。阿求は黙っている。微々たる怒りの灯火を心頭に灯したが如く、荘厳な面持ちで霖之助を見詰めている。彼はそれを見て、自分がこれから云おうとした事は、阿求にとって無益になる事こそあれ、利益に繋がる事は決してないという心持ちがした。そしてそれを肯ずるように、阿求は一寸目を閉じた。
芒の大海に吹き荒ぶ風の音のような静けさを持つ彼の心中は、それで僅かに平穏を失った。そうして霊夢が自分を評した時の言葉はこういう場合を予期しての事なのかも知れないと思うと、なるほど自分は優しいのかも知れないと思った。
「……言葉が過ぎました。申し訳ない」
「いえ、お気になさらないで下さい」
二人はそれきり黙ってしまった。霖之助は読みかけのままに畳の上に置いた書の続きを読む気にもならず、居心地の悪さを感じながら頻りに膝頭を叩いていたが、やがてそれに耐え兼ねたとみえて、その場を立ち上がった。
「そろそろお暇します」
「今日は何時もより早いですね」
「一寸用事を思い出したので」
渇いた笑いは自らの嘘を飾る事もなく、ただ彼の真意を伝えたばかりであった。阿求はそれに掣肘する事もなく、ただ頷くとお見送りしますと云って立った。畳の上を滑る着物が、するすると流暢な音を立てた。
そうして二人は静かな廊下を無言のままに通り、玄関口まで来た。玄関の戸から滲む夕陽の光は霖之助には明る過ぎるように思われた。この稗田の屋敷から帰る時には何時も宵の深い闇が世界に漂っていたからか、殊更眩しい。彼はそれを見ると自分にしか判らない程度の嘆息を吐いて、靴を履いた。
「またお伺いしても宜しいでしょうか」
「ええ、勿論。この屋敷は好奇心を何時でも歓迎しますから」
そう云った女の顔は何処か寂しくもあり、何処か嬉しそうでもあった。霖之助はそんな曖昧な表情の裏に、重苦しい影を感じたが如く微かに眉を顰めたが、「有難う御座います」と云うと玄関を出た。
霖之助には他者が踏み込まれたくない領域へ無遠慮に駆け上がるような無神経さはない。が、この時彼は確かに踏み込まれざる阿求の領域へ片足を踏み入れた心持ちがした。そうしてそれが、阿求にとって是非もなく拒絶するべき領域であると判じた。確かに霖之助は彼女の心の隅を散らかしたのだ。だからこそ、屋敷を出てから後ろを顧みた時に、遠くから自分に向かって迫る紺色の空が、阿求の云った言葉に当て嵌まるような気がした。人間、或いは妖怪も常にして何かに追い詰められているという論弁は空虚な論拠に基づいている訳ではないのかも知れない。
6.
例の如く霊夢が香霖堂をへ遣って来たのは、漸く雪景色が溶け始める兆しを見せた時分であった。近来天気が崩れぬ日々が続き、冬の寒さを凌ぐには絶好の日和が保たれている中で、今日も燦爛と輝く太陽はその面を空に見せていた。そんな陽射しが差す香霖堂の店内はそれでも薄暗いが、その暗さは寂しい場所に建てられたこの店に好く合った風情を醸している。霖之助はそんな静けさを感じられるような雰囲気を好んでいた。
「君も毎日飽きないものだね。ストーブに当たりに来るにしても、此処に遣って来るまでに身体が冷えてしまったら元も子もないじゃないか。ただでさえ空気の冷たい空だって云うのに」
霖之助が呆れ気味な口調でそう云うと、霊夢は心外だと云わんばかりに不機嫌そうな顔をして霖之助を見遣った。彼女は凍えた手をストーブに翳しながら、寒さに中てられて赤くなった頬を時折撫でている。余程寒かったのか、自らの吐息を手に掛ける所作までしていて、霖之助はそれを見る度に自宅の炬燵で暖まった方が余程理に適っていると思う。
「神社に居るままだとぐうたらだの何だのって五月蠅いのよ」
「事実なんだから仕方がない」
「失礼ね。異変が起こらなければ、博麗の巫女の仕事なんて限られてるのに」
「それはそれは申し訳ない」
霖之助は大袈裟な口調で謝罪すると、軽く笑いながら座っている安楽椅子をぎいと軋ませた。霊夢はまた不機嫌そうな面持ちで手を暖めようとする。霖之助はそんな彼女の仕草を見ながら、今日は何をしようか思案した。
彼は此処最近稗田の屋敷へ赴く事が、以前よりかは少なくなった。とある疑問に突き動かされた結果、予想外の事件を招いてしまい、霖之助としてもあの屋敷に居る事に幾らか苦痛を感じるようになってしまったからである。が、実際的な所を見てみれば自分の来訪が迷惑に捉えられている気色は豪も見られず、あの日の事件はまるで無かったかのように振舞われるので、彼は時折はやはり書見をする為に稗田邸へ向かう。今も霖之助はその是非を決められずに迷っていた。
「そう云えば、御阿礼の子は短命と云うが、実際の所はどうなんだい」
「どうしたの、いきなり」
「どうにも僕にはそうは思えなくてね。少なくとも二十年は生き続けているし、未だ元気なようにも見えるから」
「余程入れ込んでるのね。阿求の事、そんなに気になるの?」
手頃な位置に席を占めて、霊夢は霖之助をからかうように笑いながら云った。霖之助はその言葉が甚だ不愉快に思われて、顔を顰めた。霊夢は楽しそうに笑っているけれども、その瞳には霖之助に恐怖を感じさせるあの得体の知れぬ黒き光が宿っているようであった。他者の事情を勘ぐるが如く、また他者の行動を戒めるが如く、その光の厳かさは、彼女の豊な表情には到底似合わない。笑みさえ般若の面のようである。霖之助は一寸興味の矛先を押し留めた。
「ただ噂の真偽を確かめたくなっただけさ。大して特別な意は無いよ」
「へえ。まあ好いわ。噂の真実は兎も角、霖之助さんも幻想郷縁起を読んだのなら知っていると思うけど」
「これまでの記録の事なら確かに短命だったが、今代はそうではないようじゃないか」
「阿求の事が私達に判る道理は無いわ。それに身体の好し悪しが寿命の長さを決める訳じゃないのよ」
「と云うと、何が寿命の長さを決めるんだ」
「さてね。ただ転生には儀式が必要だと云う事は確かだわ」
霖之助は自らの好奇心を満足させる事が、霊夢の説明からでは成し得なかった。それどころか、敢えて答えを遠方に置く事で霖之助を真実から疎隔しているようにさえ思われる。一向に要領を得ない霊夢の言葉に耐え兼ねて、霖之助はとうとう次いで飛び出す質疑の矢を尽かした。知名な稗田の内密な事情を語るほど彼女の口は軽くないとも思ったし、よしんば要領を得られるような答えが返されたとしても、それはあの日踏み込んだ阿求の領域へ再び足を踏み入れる愚行になり兼ねない事を危惧したからである。彼はただ最後に「そうか」と云ったきりであった。
「でも、一代の内に幻想郷縁起を二冊編纂したのは、きっと阿求が初めてでしょうね」
十年も前に阿求は幻想郷縁起を一冊完成させていた。それから間もなくして転生の儀は行われる手筈であったが、何がどうしたのか彼女は幻想郷に存在し続けた。そうしてまた新たな幻想郷縁起の編纂を進めるべく、あの屋敷の中で一人執筆を続けているのである。本来短命であって然るべきはずの御阿礼の子だが、彼女はその異端と呼ぶに相応しい。
霖之助はその一点に微かなる闇の暗躍を認めたように思った。故意の元に捻じ曲げられた運命の糸が、逢着すべき場所を外れ、他の場所へと伸び続けているように思われた。そうしてそれが、自分の運命と交錯して在らぬ疑惑の念をその胸に芽生えさせた。が、それを確固たるものとする術を持たない彼は、結局杞憂だと事を完結させて、今代稗田が長生きするであろう事は、偶然の産物なのだろうと勝手に推断した。
――彼はこの日、稗田の屋敷を訪れなかった。
7.
霖之助は彼にしては珍しく人里の往来を一人歩いていた。特に理由があった訳ではない。ただ気が向いたら霧雨の主人の元を訪れてみようかくらいの気心で、何をするでもなく彷徨しているだけである。日中の陽が照る時分では人里は賑わっている。何時見ても変わる所がないその光景を、霖之助は長らく眺め続けて来た。が、こうして何にも集中せずに、漠然とした心持ちで眺めていると、彼の記憶の中の光景と、今の人里の光景には些細な変化があるように見受けられた。尤もそれを確認する術が彼には無かったので、それを確信する事も無論無かった。
ふと歩き続けていた拍子に、人里の奥の方に構えられた大層な屋敷が、往来を行く人々の頭の中に割り入った。今では見慣れた稗田の屋敷は、常と変わらずそこに在る。霖之助は一寸足を止めて、青い空を背景に、陽を跳ね返す藍色の瓦を眺め遣っていたが、やがて止めていた足を動かして人の群れへと紛れ込んで行った。僅かに地に残る雪の残滓がぴちゃりと水音を奏でる。それが数多いる人の足に踏み散らかされて、泥と混じって不愉快な色を滲ませている。着ている服の裾が汚れやしまいかと微かな危惧を胸に、彼は一人散策を続けた。
「森近さん」
至極能天気に歩んでいた彼は、突然に掛けられた声で大いに驚いた。前触れもなく後ろから自分の名を呼んだ者は一体何処の誰だろうかと振り返ると、そこには何だか陽の下を歩いているに似付かぬ影の女が立っていた。けれども花のような色彩を放つ淡紫の髪の毛は太陽の恩恵を受けて喜ぶかのように、風に吹かれては靡いている。着ている着物には菫の花弁が鮮やかに舞っていて、殊更優雅な女を美しく飾っていた。
「どうも不思議な縁ですね。こんな所で会うとは思いもしなかった」
風に吹かれて進む様を浮世の流れと形容するならば、決して奇妙な縁によってこの出会いがもたらされた訳ではない。彼は無意識の中に確かなる意識を持って、大した用もなくこの人里へと出向いたのである。元々理由が無ければ行動を憚る彼の性質上、遠出に近い人里への来訪は珍しい事である。であれば無意味である事を自覚しつつも、此処に来る道理は豪もなく、彼は自身で認めているいないに関わらず、ある動機の元に出掛けた。そうしてその長い縁由の根の源には、華やかな色を持ちながら、樹下にて淑やかに笑む女の姿が、頻りにちらついているのである。
「そう畏まらないで下さい。私とて家を出てしまえば普通の人間なんです」
「名高い御阿礼の子に無礼な口を聞く度胸は持ち合わせていませんから」
霖之助がそう云って冗談交じりに笑って見せると、阿求は心持ち白い頬を僅かに膨らませて、眉を寄せた。姿形は疑いなく大人の女となっているが、その幼い仕草は何処か素朴でいて、霖之助が出会った者の誰しもが持ち得なかった異端の雰囲気を和らげた。確かに稗田の屋敷で会う時よりも随分と砕けている。霖之助は阿求にこんな一面があったという事実に少なからず驚くと共に、平生の彼女しか知らなかった所に起こり得る差異に戸惑った。
「そう怒らないで下さい。僕の口使いは一種癖のようなもので、容易に砕く事は叶わないんです」
「それじゃ私の方から砕いて見せます。ね、霖之助さん」
「おや、大人の女性とばかり思っていましたが、結構幼い部分もお有りのようだ」
「幼くても好いんです。堅苦しい空間に居るばかりじゃ、それだけで疲弊してしまいます」
「という事は、砕けた物言いはむしろ慰藉に成り得ると」
観念した、とでも云うように霖之助は云った。阿求は満面の笑みを湛えて頷く。稗田の屋敷にいる時の彼女の面影は認められない。屋敷の中に居る時の彼女を霖之助は常々影の女と評していた。何も悪意がある訳ではなく、影に好く映える女だと思っていたのである。が、今こうしてその本人と白日の下に出会ってみると、その批評は到底当てはまらないものとなっていた。まるで対極に位置する陽の女がそこにいたのだから、それも至極当然である。
「それなら並々ならぬ慰藉を含んで、取り敢えず散歩でもご一緒に」
「何だか逢瀬みたようで気恥ずかしいですね。――けれど、とても楽しそう」
恋愛関係にあるような男女が醸し出す、何処か艶めかしい空気は二人の間に存在しなかった。霖之助は阿求の言葉が初めから諧謔を弄しているものだと思って疑わなかったし、またこうして二人人里の往来を歩く事になったのは単なる偶然だと解釈していた。それだから特別な感情が湧こうはずもなく、彼は平生の通り振舞うのみと自分の立振舞いを想像しているばかりであった。
ふと隣を歩く阿求の横顔を見てみると、彼女の表情は本当に楽しそうで、始終華のような笑顔を振り撒いていた。まるでただの散歩が如何なる享楽にも勝っているかのようで、霖之助はその横顔に絢爛たる陽光ではなく、彼女が当主足り得る存在として彼の前に姿を現した時の影を感じたような心持ちがした。照った陽射しは尚も雪原の残滓を溶かさんと穏やかなる陽射しを大地に向かって降ろしている。地面はぬかるみ、裾の長い着物を着ている阿求は時折足元を気にしては僅かに裾を上げたり、引っ張ったりしていた。――春は近い。深き空を見て、霖之助はそう思った。
8.
二人は人里の中ではそこそこに名を馳せた茶屋へとやって来た。霖之助には歩き続ける事によって感じ得る疲労が容易に溜まる事は無かったが、殊阿求に関しては、生来身体が弱いと云う自白に基づいて、隣りで歩いている霖之助に休憩を求めたのである。成程御阿礼の子は短命だと云うし、微かなる青味を忍ばせた頬は到底健康な常人とは違うように見えた。それだから霖之助も大した疑問を抱かぬまま、ただ形を持たぬ霞のような憐憫の情を感じて、彼女と共にこうして茶屋の座席に着いているのであった。
「済みません。何だか水を差してしまったようで」
「いや、何も大切な用事があって人里に来た訳じゃないし、むしろこうしてお茶を飲んでいる方が都合が好い。思わぬ話相手も同伴している事だ。ただふら付いているだけよりかは余程ましだよ」
往来を行く人間が、歩いたりまた走ったりする様をそのままに見遣りながら、団子だの羊羹だのといった茶菓子を食べつつ話す二人は傍から見てしまえば紛れもなく仲の好い異性そのもので、ともすれば更に親密な関係のようにも見受けられる。その上その男女というのが誰もが感嘆のため息を吐く美男美女ともなれば、彼らに好奇の視線が向けられる事も稀ではなかった。それが静謐を愛する霖之助には殊更煩わしく思われる。些か業腹な様相を呈しながら、霖之助は自分達を見ては去って行く人里の人間を一瞥して嘆息を一つ茶の上に零した。
「こうあちこちから視線を感じると居心地が悪くなる。君はどうだい。身体に障ったりしなければ好いんだが」
「こういう視線には慣れていますから。御阿礼の子が生まれたとなれば、血縁の者でも親愛より好奇が先に立ちましょう。それだから一度外へ出て見れば、この身に刺さる視線の数々は幾千幾万にも感じられます」
阿求はそう云って、憔悴し切った人間みたような渇いた笑みを寂しげに浮かべた。風に揺られる紫淡の髪の毛は、それに呼応するようにして甘い香りを霖之助の元へと送って来る。彼はただ心中にしまったと零して、心持ち暗くなった彼女の表情を心苦しく思った。美顔が悲観に暮れる様は美しく在ろうとも、そこに秘められた儚さは一層強くなる。霖之助はそういう変化を好ましく思わなかった。けれども、だからと云ってかけるべき慰藉の言葉も持ち得なかった。
「中々どうして過酷な環境に居るようだ。僕には到底耐えられる自信が無い。そんな君と共に時を過ごす事が数少ない慰藉となるのなら、幾らでも付き合おう。美人には笑みが似合うものだから」
「有難う御座います。でも余りお気になさらないで下さいね。私とて宛てのない目的を動機に身体を動かされて、家を飛び出して来た身ですから、そうしてくれる事ほど嬉しい事はありませんけれども」
「それならそうしようか。退屈だった者同士、互いの無聊を慰めるには絶好の相手だ」
それから二人は長い間、その茶屋にて時間を潰した。そう親しい間柄ではなかったにも関わらず、話頭に上る題目は尽きる事を知らなかった。霊夢や魔理沙が押し掛けて来てはストーブを酷使する、執筆が滞る時にはどうしようもなく苛々してしまう、などと軽い愚痴を零したりもした。
霖之助はその時間に身を置いている間、稗田の屋敷に居る時に始終感じ続けていたある種の苦痛を感じずに済んだ。彼の屋敷に遍満する暗き影の重量が、絶えず彼の背中を押しているような心持ちになる感覚をまるで感じなかったのである。あの屋敷には自らの好奇心を満たしてくれる物はあれども、それは常にして何かしらの代償を必要としていた為に、彼にとってあの事象が阿求によってもたらされているものではないという確信を持てた事は大いに安堵をもたらした。
目の前に座して無邪気に笑う阿求の姿は何処か少女の残影を思わせて、時折には霖之助が驚くほど大人寂びた、――霊夢や紫が瞳の奥に湛える底の知れぬ光を思わせる笑みを見せたりもした。そういう時には決まって霖之助は、霊夢や紫の時と同様に得体の知れぬ恐怖を感じたが、それもまた変わる彼女の表情に癒されていた。そうして霖之助は本来の彼女が持ち得る色々な表情を知るに至ったのである。――二人の間にはこんな会話が交わされたりした。
「時に君が執筆している幻想郷縁起が近々完成するという話を聞いたが、発表は何時になるんだい」
「まだ詳しい所は判らないんです。ただ、近く発表するという事は本当ですよ」
「僕も最近は稗田の屋敷へ訪れる回数が減ってしまったから、また行くようにもなれば発表の時日までわざわざ待ち呆けている事も無いんだが、如何せん君の仕事を邪魔してはならないという気が先に起こってしまうものだから」
「お陰様で私は一人で過ごす毎日です。霖之助さんが伺われないようになってから、余った時間を無駄に浪費しているばかりですから。どうぞ遠慮せずに来て下さい。その方が私も退屈でなくって好いんです」
阿求はそう云って微笑んだ。以前阿求の云った言葉を霖之助はそれで思い出した。彼女は有り余った時間を有効に活用する術を持ち得ないと云った。それだから独りで過ごしているばかりでは退屈だと漏らしていた。彼があの事件以来稗田の屋敷に訪れるのを憚ったのは、彼女の仕事に対する遠慮ばかりではなく、彼女自身が自らの来訪を好く思わないと判じたからである。それだから阿求の言葉は殊更彼に意外の感を与えた。
「それならまた伺おう。お言葉に甘えて」
「そうして下さい。これから春に近付くにつれ、気候も穏やかなものとなりましょう。――それに」
「それに?」
「あと数度の罪ならば、きっと許されるでしょうから」
そうして二人は座席を立った。晴々とした空は曇りの兆しを見せない。春の到来は間もなくの事であろう。霖之助は自らに訪れた転機の証としてそれを認めた。そうして稗田が歓迎するのは、――否、阿求が歓迎するのは好奇心ばかりではないようだと思った。溶けた雪の下から姿を現すのは、春の訪れを喜ぶ草花ばかりではなく、薄い自制心に阻まれた心が素直なままに動き出す兆候のようである。霖之助はそう思った。
9.
少し里を出ませんか。そう提案したのは阿求であった。無論霖之助は妖怪に対抗する術を持ち得ず、また万が一にも阿求を危険な目に陥らせてしまった場合に自分が取るべき責任の形も思い付かなかったから反対したが、当の阿求は何とも気楽な様子で、きっと大丈夫だから、と彼の手を引いて瞬く間に人里を出てしまった。阿求にこういう強引な面があったのかと思い、霖之助は自らの内にあった彼女への印象を変えない訳には行かなかったほどである。
やがて二人は人里を少し離れた場所にある所へやって来た。近くに川の流れる穏やかな場所である。風が草を撫でて行く音さえ聞き取れる。が、残雪の名残は未だ残ったまま、土手に茂る草花は湿っていた。二人はそんな所へ立ちながら、遠方に聳え立つ妖怪の山を窺った。稜線が赤く色付いている。その上に広がる空にも僅かな朱が差して、薄暮の時を伝えんとしている。周りを取り巻く空気は冷たくなり、吐く息にも白が懸かるようになった。
「君が僕をこんな所へ連れて来るとは思いもしなかった」
「私だって人並みの行動力はあります。ただ、それを発揮する機会が無かっただけなんですよ」
「成程、それじゃ今日は念願が叶った訳だ」
「そうかも知れませんね」
阿求はそうして徒に笑みを浮かべた。流れる川に赤き空が映っている。そうして反射した光が、二人の頬を心持ち赤く染め上げた。阿求の髪の毛はまるで深紅に染まっている。
「霖之助さんには何か恐れているものがありますか?」
唐突に持ち出された問い掛けは、横に立つ阿求の目が何時しか霖之助に注がれている時に発せられた。景色ばかりに目を取られていた彼は、それで些か尋常の冷静さを欠いて、何処か慌ただしく働き始めた頭の中で、諧謔を弄する言葉以外に浮かぶものが無かった。彼にとって真に恐れるべきものなど、一瞬の思考の内に生まれ得ないものだったのである。
「そうだね、店の商品が無くならないかと何時も冷や冷やしている。何せ性質の悪い泥棒猫が二匹いるものだから」
「それだって縁というのなら、在って然るべきものですよ」
「そうかも知れないが、――君は何かそういうものがあるのかい」
霖之助の云う泥棒猫が誰なのかを悟った阿求はつい笑うのを堪え切れずに吹き出したが、そう云うと優しげな瞳を霖之助に向けた。ところへ霖之助は同じ問いを阿求に投げ掛けた。彼からすれば、その問いは返されざるものとして、胸の内に留め置いたまま放擲するべき物であったはずだが、しかしこの時の彼はそんな事は寸毫も思わず、むしろ聞くべき問題のように思われたのである。しかしそれによって阿求の表情に影が差すのは至極当然と云えた。
「私は忘れられる事が恐ろしくて仕方ないです」
「忘れられる事」
「はい。私は見聞きしたものを決して忘れません。けれど私はこの世に生れ、すぐに去り、そしてまた何時の日か新たな私が生まれる運命を持っています。そうすれば刹那の間しか存在しなかった私の事なんて、きっと誰も覚えていないでしょう。――それが恐ろしくて堪らないんです」
これなのだ、と霖之助は思わずには居られなかった。あの日小さな事件が起きて、云うべき言葉を紡ごうとしてしまった時に、彼女が悲痛な表情を浮かべたのはひとえにこういう理由があったからなのだと。「生物は常にして何かに追い詰められている」という阿求の言は、平凡を指摘するものであった。それは時間であったり、また責務であったりと様々なものだったが、阿求に関してはそのどれでもなく、ただ忘却に追い詰められて忘却に恐怖しているのである。
彼女は決して忘我に陥る事はない。何故なら彼女が気にかけて止まないのは自らの記憶ではなく、他者の記憶で、そこからいずれ自分が消失してしまうであろう事を、何時でも恐れていたのだから。霖之助はこの時初めて彼女が彼女たる淵源を知るに至った心持ちがした。そうして阿求は定めて悲しき女であり、並びにあの屋敷が背後に抱えた闇はそれだからあれほどまでに深く暗く立ち込めているのだと大悟した。
「どうも参るね。僕には陳腐な言葉しか浮かばない」
「云わずとも、判ります。確証無き約束の言葉」
確証無き約束の言葉。
阿求のその声が、悲しげに響く。夕闇は世界を領した。妖怪の山に沈み行く灼熱の権化はその光を次第に棚引かせ、新たに世を統べる闇が遠く空から迫って来た。人間が恐れるものは夜の闇、妖怪が活動を始める恐ろしき時間。霖之助はそれを恐怖とする人間が、どれだけ気楽だろうかと思った。そうしてそれすら恐怖の対象としない自分は、甚だ阿求の隣に立つには相応しくないと思った。二人を天秤にかけても、その重量には明らかなる差があるに違いない。
「そろそろ帰ろう。寒くなって来た事だし、屋敷までは送るから」
「そうですね。――本当に、寒い」
10.
過ぎ去った冬に想いを馳せる事もなく、人々が暖かな春の訪れに歓喜する時節、遠くの稜線から棚引いてくる夕陽の残滓が、部屋の中を赤く染めていた。開け放たれた窓からは時折冷たい風が吹いて来るけれども、独り座敷の中に座る女は寒そうな様子も見せず、ただ無心にその空を見詰め続けている。華やかな菫の花弁が舞う着物は、夕陽に染められて薄ぼんやりと翳る座敷の中に浮かび上がった。運命の足音が聞こえそうなほどに静かな宵の口である。
女は静かに目前に佇む机の上に置かれた筆を取った。その横にある硯には新たに注がれた墨汁が、未だに瑞々しさを残したまま、風に中てられては小さな波を起こしている。彼女はその墨に筆を浸すと、丹念に水気を取った後で、白い紙を見つめ、片手に筆を持ったまま止まった。この場の静謐を打ち崩さんとするかのように、黒い影が赤い空を縦横無尽に飛び回り、烏の嘲っているかのような鳴き声が木霊する。女は、筆を置いた。
「あら、何か書こうとしたんじゃないのかしら」
ところへ細き境界が室内に開く。その隙間から身体を乗り出した美しい女は相手が戸惑う暇すら与えぬままにそう問い掛けた。座布団の上に座す女は一寸驚いたような気色を見せた後、すぐに落ち着きを取り戻して目の前の異様な光景を見据えたが、その顔からはこの世のあらゆる負の感情を溜め込んだかのような沈鬱な表情がある。彼女はふうと一息吐くと、両手を膝の上に重ね、慇懃たる態度で目の前の女に深々と頭を下げた。
「紫様。わざわざこちらへ参るとは、つくづく私を驚かせて止まない方ですね」
「驚かせるつもりなんてないわ。便利な能力だもの。使わないと損だわ」
そうして金色の髪の毛が境界より出でる。紫は両の足でしかと畳を踏むと、阿求の前に降り立った。阿求よりも頭一つ分は勝る身長はすらりと伸びる足を、背中を流れる金色の潺湲を、一層際立たせていた。阿求はこの美しい女を見る度に同じ感想を抱く。美しく、そして剣呑な方だと思ってはそんな尋常でない雰囲気を羨んだりする。同性であれば誰もが羨望の念を感じ得るその美しさは、正に唯一無二と形容するに相応しい。
「特に何かを書こうとした訳じゃないんです。――もう書く事も尽きましたから」
「尽きた、と云うと?」
「後は次代の役目です。今代の御阿礼の子は、その責務を終えました」
そう云って阿求は傍らに置いてあった分厚い書を胸に抱いて見せた。背表紙には「幻想郷縁起」とある。紫はそれを見て僅かに眉根を下げると、ふいと視線を外の風景へ向けた。
「何時完成したの?」
「つい、昨日」
「本当に?」
妖艶な笑みを口元に湛えて、紫は視線を元の場所へ戻す。そうして机の上に肘を置いて、阿求に顔を近付けた。甘い香りは、自分のものとはまるで違う。人々を誘う魔性の香りである。が、だからこそこの方はこれほどまでに美しいのだ、と阿求は思った。常人離れした、人間ではない彼女だからこそ持ち得る特殊な魅力は、時に空恐ろしく、時に何にも勝る羨ましいものとなって阿求の瞳に映る。阿求はこの瞳を自分が持っていたのなら、どれだけその力を行使しただろうかと想像して、笑いそうになってしまう。全く以て、柄に合わないと。
「……貴方に嘘は吐けませんね」
「嘘は私の得意分野ですもの」
くすりと笑んだ女の顔は可笑しそうにしながらも、真摯な光を残している。嘘が得意分野だと云って見せた彼女が、実際は嘘など滅多に吐かない事を阿求は知っている。底なしの闇を抱えた瞳は深い洞察力を持ち、そこから生み出された言動は嘘のようで嘘でない事を知っている。何故なら紫は嘘を吐かない代わりに、真実を限りなく隠す事を得意としているからである。それを思うと、今の紫の言が甚だ面白く思われる。そうして嘘が得意なのは私の方だと、心中に自嘲の言葉を落とした。不器用ではあるけれども、自分が吐いた嘘は殆ど疑われなかったのだから。
「本当はもう、二月も前に」
「早かったのね。私が完成の知らせを聞いたのはつい最近」
「ずっと隠し通して来たんです。卑怯だとは判っていても、そうしたかったものですから」
どうして、と目の前の女は言外に尋ねた。
「私が大人になったからでしょうか」
阿求はそう云った。そうして自らの手を胸に当て、困った風に笑いながら紫を見遣り、「身体の方は未熟ですが」と云った。紫は瞳を細めたばかりである。その所作以外に何も云う事はなく、また何をする訳でもなかった。ただ春の空気を慈しむかのように、全く自然の中に身を置いているかのように幽愁の想いが込められた眼差しを、紺に染まり行く空へと移し、憐惜の念を細くしなやかな指先に思わせて、それを空に透かして見せた。
「我を通して我を知って、それでも尚我儘を続けると云うのなら、私は大妖八雲紫として、貴方が編纂した幻想郷縁起をお目に掛かりましょう。残された僅かな時間に絶望する事なく、自らの運命を受け止めて、受け入れさせると云うのなら、貴方が吐いた嘘を私は何人にも教えない。乙女心は貴方の胸に、彼岸に逝くまでの須臾を楽しませるべく」
手の平に燃え立つ夕陽の光が血潮の如く浮かび、紫は阿求を振り返って微笑んだ。太陽が別れを告げて、月が面を現すと、彼女の姿は影なく消え失せて、後に残されたのは「有難う御座います」と呟く女の姿が一人あるばかりであった。庭先に煙る躑躅の花が、颯と風に吹かれて喜び踊る。淋しい彼女を労わるように、鼓舞するかのように頻りに揺れる。この花言葉は何だったろうか――と考えて、白は初恋、赤は恋の喜びだと思い出した。
「春は麗らか乙女心が好く映えて、宵に呑まれて消える、山躑躅――なんて」
きっと来たる未来に違いないけれど、という言葉は静謐の中に溶け、やがて消えて行った。
11.
快晴の空が広がる小春日和、香霖堂の中に漂う柔らかな暖気は微かに眠気を誘うものであった。霖之助は静かな店内にて安楽椅子に体重を預けながら、窓の外に窺える桜の花が散る様を見て、過酷な冬が過ぎた後にやって来る春の美しさを静観しながら、一年の間に巡る四季は均衡を保ってこそ美しく見えるのだろうと思った。春は短いけれども、刹那の内に瞬く美はある種の興奮をもたらし、白光の照り付く夏には生命力の漲る草花が暑さにめげずに伸び、色付き枯れる秋には静かに散り行く落葉の趣が凝らされて、雪に埋まる冬には物の哀れを感じる事が出来る。畢竟季節とは鑑賞してこそ見れる美しさが何処にでもある。そうしてそれは、生物の上にもたらされる変化にも同様の事が云えるのである。
そうして呆けているだけで季節の興を謳歌出来る時間を存分に楽しんでいた霖之助は、しかしその静寂を打ち破る来客の存在に気付くと佇まいを直して入口の方を見遣った。戸を介して窺える人影は小さい。霊夢や魔理沙だろうかとも思ったが、二人が戸を叩くなどという礼儀正しい行動は起こさないと思ったし、誰だろうと思いながら霖之助は「どうぞ」と心持ち張り上げた声で云った。すると静々と戸を開けた人物は、彼に意外の感を与える者であった。
「これは珍しいお客様ですね。一体今日は何用で」
「店主としての霖之助さんは初めて見た気がします。何だか新鮮ですね」
「何だかそう云われると気恥ずかしい」
一応の体裁を取り繕って、彼は平生の口調に戻った。店の中を見回しながら店内へと足を踏み入れた阿求は、珍しいものでも見るように至る所に視線を向けては、好奇の声を上げて「これは何ですか?」と聞いたりしていた。霖之助は安楽椅子から立ち上がって、彼女の問いの一つ一つに答えていたが、名称は知り得ていても使い方が判らぬ物に彼女の好奇が向けられると、一寸答えに窮して取り敢えず名称だけを答えていた。阿求はそんな便利なようで欠点も大きい彼の能力の事を聞いて「実際に見てみると、結構釈然としませんね」と評した。
「自慢出来た能力じゃないから、僕まで弱る。ただ珍しいという価値だけで残してあるものばかりだから」
「でも浪漫的だと思います。未知の物に対して、私達は常に新しい気持ちで向き合えますから」
そう云われると霖之助は少し驚いた気味で「そんな風に云われたのは初めてだ」と云った。実際霊夢や魔理沙は不便だ不便だと彼の能力にある欠陥をそれこそ執拗に責め立てたものだから、そう評されると何だかこの能力にも愛着が湧いて来るようである。彼は新たに発見した物に感じる浪漫的な感想を絶えず求める性質だったから、阿求の言葉はそれを暗に肯定されたようで嬉しかった。また自分が見付けだした物の一つ一つに簡単な感想を述べる彼女の気配りも素直に受け止める事が出来て、誰も来ないまま春の空気を楽しむばかりが享楽ばかりでない事を悟った。
「商品を見る時は気を付けて。何せ足元に何かが転がっているとも限らない」
「はい。お気遣い有難う御座います」
そう注意した折、不意に阿求の足を掬う物があった。彼女はその唐突な妨げに咄嗟の反応をする事が出来ず、慣性がなすままに上体を傾けて、今に転ぼうとした。何時か聞いたか細い声が「あっ」と静かな店内に響く。霖之助は殆ど無意識の内に、彼女の傍に近寄った。彼らが稗田の屋敷にて出会った時と同じで、二人の距離は如何ほどの距離も離れていない。霖之助が伸ばした手は容易に阿求を抱き止めて、彼女は為されるがままに霖之助の胸の中へ飛び込んだ。
さわさわと外を吹き抜ける風の音が、僅かに店内の静寂を賑やかせる。零となった距離から肌で感じられる阿求の息遣いは明らかに認められる。また阿求にも彼の体温を感じる事が出来た。暫時二人はそのままの格好で、時が過ぎるのも忘れて立っていた。柔らかな花のような香りが鼻孔を擽る。何処からか商品が床に落ちて、騒がしい音を立てた。それで漸く我に返った霖之助は、阿求の身体を元の体勢に戻してやると、「すみません」と云った。
「こちらこそ、粗相をしてしまって……」
赤らんだ頬は薄暗い店内の中で、赤々と靡く焔の如く明瞭に現れた。過去の暗闇に篝火を投じたが如く次々と思い返される過去の映像は、二人の頭の中を駆け巡る。顔を上げた阿求の瞳は心持ち潤っている。そうしてそれに同調するようにして、口元に手を当てる仕草や、気まずさに目を逸らす様が、艶めかしくも穏やかな雰囲気を醸し出して、彼の情操を刺激する。阿求の恥じらいは真に大人の魅力を引き出す要素となって、証明されるべき難題を解き明かさんと霖之助に訴えた。――が、霖之助は「気にしないでくれ」と云ったばかりである。
「……整理が必要なようだ。どうも散らかっているのは好くない」
そんな呟きが暗がりに紛れた過去に投じられた篝火を消す。彼女らは現の世に舞い戻った。夜空に現れた幻月は真なる月の光に覆い隠されて、虚飾の未来は消え失せる。僅かに震えた阿求の細い指先が、何かを訴えるように霖之助に向けられたのも、幻有となってその意を伝えられずに垂れ下がった。悲しき女の叫びは煙と消え、優しく残酷な男の贖罪は仮初となった華燭の灯火に紛れて宵闇に溶ける。彼らはその場を動かずして、永遠の離別を与えられたが如く、何処か沈痛な、けれども何処までも平生を保った表情で、そこに佇んでいるばかりである。
「――幻想郷縁起が、完成しました」
阿求の小さな唇が紡ぎ出した言葉は、何か特別な重量を持っていた。無論霖之助はその偉業を大成させた阿求に対して祝言を送るべきだと思った。が、今になって何時か聞いた御阿礼の子は短命だという噂が、その言葉に暗い闇を孕ませたように思わせた。阿求の表情は鬱憤を晴らした後の時のように清々しくあるけれども、彼はどうしてもその裏に涙ぐむ儚い彼女の虚像を捉えない訳には行かなかった。しかし、それでも他に云うべき言葉は少しも見付からない。霖之助は例に沿うが如く「おめでとう」と云うしか無かった。
「霖之助さんには、感謝しています。風前の焔に優しい風を当ててくれましたから」
「何だか寂しい風に云うね。何も永遠に会えなくなる訳ではあるまい」
「貴方は……本当に優しい方ですね。きっと、誰よりも優しい」
物事の真理は表裏一体、勝利敗北天才凡夫、それら全て紙一重の差であるならば、霖之助の上にもたらされた「優しい」という評価は、残酷に違いなかった。長く続いた彼女の生が、神の同情によって生まれたものならば、決して彼女はその情を汲んでやれたという事はない。神は生まれた後に人を見ぬ。流れるままに進む人生は、紛れもなく当人が起こす事件によって連なって行く。――彼女が目元を拭ったのは、小さな事件が起こったからに他ならない。そうしてそれは、この世に生れ出で、初めての、そして最後の経験であった。湿り気を帯びた声は寂寥以外の何物を霖之助に対して伝えなかった。
「優しいだなんて、僕には似付かないさ。どうしようもなく臆病で、どうしようもなく卑怯なんだから」
「それでも私はそう思います。だって……」
阿求はそこで言句を切った。不思議そうに首を傾げる霖之助には、彼女がそれより先に云おうとした事は、薄い霧の向こう側に隠されたように、輪郭のぼやけた朧な映像にしか見えない。阿求は「いえ」と云って続けた。先刻の言葉を断ち切って、新たな言の葉はゆらゆらと舞い落ちながら霖之助の手元に落ちる。
「――また、此処に来ても好いでしょうか」
「勿論。その時には歓迎するよ。何せ色々と世話になった身だからね」
「有難う、御座います」
阿求は果たして後ろに振り返った。その拍子にぽたりと床に落ちた雫が、僅かな音を立て、霖之助の目を引いた。微かに黒く滲んだその一点には、その場所にだけ雨が降ったかのようである。「優しい」という声が何処からか響いた心持ちがした。戸が閉まる音がする。「さようなら」という儚い声が何時までも耳に残った。彼以外に居なくなった店内は、春の囁き声の他に如何なる音もしない。甘い残り香だけが、音もなく漂っている。
12.
短い文がしたためられた手紙が彼の元に届いたのは、春が終わろうとする日の事であった。その日は酷く強い雨が屋根の瓦に打ち付ける騒がしい日で、外の景色は霧がかかった時のように薄ぼんやりと、容易にその様子を悟らせようとはしなかった。その所為で木々の梢に色付いた花は散り、桜の花弁が散る時などはさながら赤き雨が降っているかの如く見えるので、ともすれば春の終わりを悼む雨のようにも思われた。
「ああ、もう、こう急に降り出されると困るわ」
そう云って不機嫌な顔をしながら戸を潜って来たのは霊夢であった。着ている巫女装束は雨に濡れ、袖や裾からは水が滴っている。それが床にぼたぼたと落ちるので、霖之助は早々に身体を拭く物を渡して、取り敢えず着替えてくれと云った。霊夢は一言礼を云うと、その場で髪の毛やら何やらを拭いた後店の奥に行き、着替えてからまた出てくる。
「それでこんな雨の日に何をしに来たんだい」
「届け物を頼まれたの。この前里に行った時」
そうして霊夢は何処からか一枚の封筒を取り出して、霖之助に手渡した。幸い雨には濡れておらず、封筒には明らかに差出人の名前が刻まれている。霖之助はそれを目にして息を呑み込んだ。そうして胸が詰まったかのような心持ちがした。宛て名には達筆な文字で「森近霖之助様」と書かれ、差出人には果たして「稗田阿求」の文字が明らかに書かれていたのである。
霖之助は稗田の屋敷に訪れた時、「お引き取り下さい」と頑なに繰り返す侍女に阻まれて、以来阿求と会っていなかった。それが不安の雲を彼の頭上に広げたのは当然の事であったが、手紙に書かれた差出人の名前を見る事によってそれらがより大きな驚きとなったのである。ざあと頻りに鳴る雨音は尚も熾烈な勢いで降り続いている。春の色に染まった雨水は外の風景を濁らせた。薄暗い室内には時折遠くで轟く雷鳴の光が差している。
「読んであげなさいよ。それが、阿求の最後の言葉」
最後という言葉に雨の音が賑やかになった心持ちがした。そうして胸の底に張り付いて離れなかった不安が、遂に現実となって胸を支配しようと広がったような心持ちがした。霖之助は事を確かめる言葉すら出せずに、霊夢を見遣った後、手元の封筒に視線を注ぐ。そこには達筆な文字で二人の名が刻まれている。無意識の内に彼の口からは「もう」という呟きが漏れた。霊夢は平生の口調で「どうする事も出来ない問題なのよ」と云った。
封筒の中には一枚の便箋が入っているばかりであった。文字の羅列が続く訳でもなく、数行の詩が紙の真中に綴られている。霖之助はその一文字一文字を噛み締めるように読んだ。一度読んでは、また初めから、そうしてまた読み終えたら初めからと、終わりなき迷路に迷い込んだが如く。――幾何かの時間が経過して、霊夢が声をかけるまで、その行為は続いた。何らかの意味を見出そうと回転する頭は、文字を飲み込むだけで精一杯であった。
「何が、書いてあったの」
「思い出と、或いは僕の愚かしさ。――僕には応える事なんて、出来やしなかったから」
ざあと降り注ぐ雨が木々の梢を揺らす。霖之助は紙を机の上に置くと、窓の外を見遣った。そこには躑躅の花が、窓の外で静かに散っている。紅色の花弁が、散華している。
――了
霖之助と阿求が作り出す独特な空気がとても良かったです。
静かだけど、嫌な静けさではなくて明るくて、でも時には
少し落ち込んでいるような感じもあったりして
二人の魅力というか、それが凄く引き出されていたように感じました。
面白いお話でした。
世界に浸らせてもらいました。
霊夢の描写がまた素敵です。
面白かったです。
というか、霊夢の底の知れなさが少し怖い…
もののあはれとでも言うのでしょうか、
何とも言えない余韻を味あわせていただきました。
誤字が少し。 「阿求」が「阿球」になっていた所がありました。
晴れ渡っていて、一見爽やかながら、実のところじめっとした感覚も漂っているような…。
文中には雪の表現しかないのに、そんな雰囲気を感じました。
狂言回しのような役割の霊夢も印象的でした。
こうした超然としているキャラクターは後は紫ぐらいでしょうか。どこか半妖である彼よりも妖怪じみた空気を纏っていました。
いつか在る御阿礼の子に幸多からんコトを願う。
性格的にもキャラクターの立ち位置的にも霊夢にしかできないと思っていました。
御阿礼の子の短命についてはよく使われるネタですが、
今作は文章力もさながら上記霊夢や紫といった
脇を固めるキャラクターの配置や動かし方が秀逸だったと思います。
染み入って、染み入りっぱなしの、素敵なお話でした
なのに、阿求もしっかり可愛い。それでいて文章としてスラスラ読める。
素晴らしい。
素晴らしかったです。
これほど、響く、というよりは滲みる文をありがとう。
本当にありがとう。
素晴らしい作品を有難う御座いました。
これ以外には言葉はありません
霊夢がちょっと怖いね、底知れない、前作も合わせて嫉妬なのかとも思うし、もっと別の何かなのかとも思う。
物語上重要で外したくないという部分以外は、あまり難しい単語を使わない方がよろしいかと。
思わず辞書引いてしまって何度か読むのを一時停止してしまいました。
今作では例えば「躑躅」等はそのまま用いるべきでしょうが、
「諧謔」などはあからさまにその意味とわかる描写以外では控えた方がいいと思います。
もう一度言いますが、単に私の不勉強からくる我侭な意見というだけです。
しかしそれでも言いたくなるほど何度も単語の意味を調べるために読むのを中断したということで
内容120、そこで引いて20、計100点を付けます。
難解な文体ではあったけれど、こういう切なさは良いね
風景、人物、心情、どれをとっても素晴らしい。
幻想卿は斯くも儚げで、惨憺で、でもだからこそ美しいのでしょうね。
霖之助が主役を張る他2作品も秀逸で、思わず耽読してしまいました。
素晴らしい作品をありがとうございます。
情景を想像して、儚くも強い阿求と危うい優しさを持った霖之助に心打たれました
阿求は幸せだったのだろうか
さいごの霖之助を見て普通に泣いてしまった;
私には100点以外つけられません。
ありがとうございました
あからさまな表現に感じないのはやはり文章力から成る物なのでしょう
阿求なりの乙女心とでもいいましょうか、染み入るいい話でした
感激した。ありがとう。本当にありがとう。
読み直してみたら、あまりの感動で無評価のコメントをしていたことに気付いた。
評価し直しておく。素晴らしい作品だった。
切ないな…
ホントに
あっきゅん切ないよあっきゅん……(;;)
風景が頭に浮かぶようでした
そしてこれだけは言える、この話の作者は凄い
美しい。
硬い文章っていいですよね。
散逸される難解な語彙も素敵。
それと重箱の隅ですが、小春日和の用法が間違っています。
晩秋~冬に用いられる言葉ですので。