冬の訪れ。
冷たい風が木々の隙間を掻い潜り、茶色く枯れた草を何処か遠くへと運んでいく。
昼下がり。
空は雲ひとつ無く、晴天の空はかえって人々を物悲しくさせる。
青い蒼い空。
風が駆け抜けたこの空を。
そしてまた新しい風が駆け抜けていった。
香霖堂店主
「そうか、まったく。君も面白い事を考えるな」
そう言って森近霖之助は自身の店のカウンターにひじを突いた。
座ったままの姿勢でため息を吐いた彼は、カウンター越しに自身の視線をその人物にむけた。
ガチャガチャ、カシン、ピッピッピ、ウィーン・・・・・・。
静かな店内に不釣合いな機械音が響く。
「ん、準備が出来たのかい?」
彼の視線の先にいる人物が返事代わりに手を上げる。
「そうか、そうだな・・・・・・」
腕組みをして霖之助は昔を思い出すかのように目を閉じた。
「あの子が小さい頃は本当に可愛かったんだ」
こんな事本人の前では口に出した事もなかったけどね、そう付け加えて彼は笑う。
「あれは・・・・・・そう、今日みたいな日だったね」
窓に視線を移す。
その視線の先には蒼く突き抜けた空が窓越しにどこまでも広がっていた。
そして彼は懐かしむようにゆっくりと昔を語り始めた。
Chap.1 La Petit Princesse
木枯らしが吹いて、巻き上がった木の葉が窓に張り付いている。
カタリカタリと風が奏でる窓の音だけが店内に響いていた。
ゆっくりと時が流れる店の中。
僕は椅子に腰掛けて本を読みながら、いつ遣って来るとも知れない客を待っていた。
昼を過ぎたあたりだったか。
唐突に店のドアが勢いよく開いた。
「お前の店ってゴミばっかりじゃないか」
その日、初めて僕の店を訪れた客、霧雨魔理沙が開口一口に喋った言葉がそれだった。
まったく失礼な子だ。
いくら知った仲だとはいえ、もうちょっと気遣いというか、物言い方というものを考えて欲しい。
なにより、
「君にはゴミに見えるかもしれないが、ここにあるものは人によっては幾ら払ってでも欲しいというものがたくさん並べてあるんだ」
「ふ~ん」
てくてくと歩きながら、特に興味もなさそうに周りの商品を眺める彼女。
全く、これだから物の価値を理解しない者は困る。
と言っても、表に出している商品はそれ程価値の高いものでもないんだがね。
「それより魔理沙、君はもう住むところは見つかっているんだろう?」
つい先日、彼女は実家を飛び出し魔法の森に住居を移したばかりだ。
実家を飛び出す前に魔法の森で前々から準備していたという、隠れ家兼今の住居。
なんでも大分前に偶然発見したのだそうだ。
「あぁ、まぁそうなんだけど」
「やけに歯切れが悪いじゃないか」
僕の言葉に彼女は苦笑いを浮かべる。
「いやな、その、今の今まであそこは私の魔法研究の工房だったんだ。だから、まぁ、住もうと思えば住めるんだが・・・・・・」
両手の人差し指を互いにくっつけてモジモジと言い淀む魔理沙。
どうもいつものような彼女らしい歯切れのよさが無い。
だがしかし、そんないつもと違った魔理沙の反応を見ているうちに僕の中で悪戯心というものが疼いた。
ここは一つ、先ほどの無礼な言葉の仕返しに困らせてみようか。
そう思った僕は、いかにもな呆れ顔を作って彼女に言葉を投げかける。
「なんだい君は、まさか工房は工房としてあるべきで、住居は別に欲しいってわけかい。それともまさか、ここに来たのは昔なじみの僕の家に住み込みたいって腹じゃないだろうね?」
もちろん彼女が僕の家に住み込みたいなんて事があるはずも無く、僕だって本当にそんな事を言われてもお断りだ。
案の定彼女は、
「ち、違うぜ!」
と、顔を真っ赤にさせながら反論してきた。
そんな彼女の初々しい反応を見て、僕はしばし笑った後、今度は本題に入った。
「それじゃぁ一体、僕の店に何の用だい?」
まぁこれが僕の本当の狙いなわけで。
からかわれるだけを良しとしない魔理沙は、きっと言い返すように本題に入ってくれるだろう。
案の定、さっきまで言いにくそうにしていた彼女だったが、顔を真っ赤にして手足をあたふたさせながらも、僕の質問に
「そ、それはお前に手伝って貰おうと思って」
と、あっさりと答えてくれた。
「手伝い?」
「あ、ああ・・・・・・」
少し落ち着いた様子の魔理沙は、未だ頬をほんの少し赤く染めながらも言葉を続けた。
「えっと、今まで私はあの家を工房としてしか使っていなかったんだ。だから生活するにはそれなりの資材や道具が必要なんだよ」
あぁ、成る程。
つまり彼女は僕の店に生活必需品を求めに来たというわけか。
だがしかし、それではどうにも腑に落ちない事が一つある。
「それならそれで、別に言いよどむ事なんてないんじゃないかい?」
「そりゃぁ、私だってそれだけなら別に・・・・・・」
「?」
やはりしっくりとこない。
「はぁ、魔理沙」
そう言って僕は席を立ち、魔理沙の前へと移動する。
彼女の視線と目が合うように腰を少しかがめた僕は彼女と視線を合わせる。
目の前の少女はまだ十を少しばかり過ぎた子供だ。
歳相応の不安そうな瞳が僕の視線とかさなる。
「君はこれから一人で生きていかなければならないんだよ」
僕の言葉に魔理沙の顔が強張る。
目の前の少女は先日、家を勘当同然で飛び出してきた子だ。
それまで当たり前のように親の加護に守られてきた少女が、いきなり自活した生活をしなければならない。
いつも笑顔を絶やさず元気一杯の彼女だが、これからの生活にこれっぽっちも不安がないはずがない。
まして魔法が使えて、ある程度妖怪に喰われる心配が少ないにしても、目の前の彼女は僕が背を屈めてそれでも僕の方が背が高いような幼い子だ。
「わ、わたしは・・・・・・」
言い淀み、すこしだけ俯く魔理沙。
彼女の声色は弱弱しく、とてもか弱いものだった。
しばしそんな彼女を僕は見つめて、出来るだけ優しく囁いた。
「・・・・・・だけどね」
「え?」
僕の言葉に俯いていた彼女の顔が上がる。
「君はこれから一人で生きていかなければならないけれど、だけど決して一人だけで生きる必要なんてないんだ」
僕はもっともらしく人差し指を自身の顔の前に掲げる。
ゆっくりと屈めていた腰を元に戻して、できるだけ優しく語りかけた後、だけど今度は自信満々に言ってやった。
「何でもかんでも自分一人で出来るなんて思っちゃいけない。そんなのは不可能だ。完全無欠の人妖なんてこの世の中にはいないからね。日々切磋琢磨して自分を磨いている僕が言うんだから間違いないね。大事なのは自分が出来る事は自分でやる事。出来ない事は出来ない事と割り切って他人に助けを求める事。素直になる事が必要なんだ。そこで変な自尊心を持っちゃいけないよ?そんなものは本物の自尊心なんかじゃないからね。つまらないものさ。本来、自尊心って言うもののはもっと誇り高く内に秘めるものであって・・・・・・あ、いや、話がそれてしまったね」
こほん、と咳払いをひとつ。
魔理沙はじっとこちらに視線を向け続けている。
どうやら真剣に僕の話に耳を傾けてくれているようだ。
僕はそんな彼女の頭にそっと手を置く。
「要するに君は何も恥じることなんてなく、困ったときは僕に頼っていい」
彼女の両親には修行をさせて頂いた恩がある。
だけどそれ以上に、魔理沙が物心つく前から彼女の父親の店に寄った際に、僕の膝に抱きついて笑顔を浮かべていた魔理沙は、僕にとって妹ともいえるような存在だ。
そんな彼女が困っているのならば助けるのが情というものだろう。
僕はいつだって理で動く。
それは商売人の性なのかもしれないし、生来のものなのかもしれない。
だけど自分が本当に大切に思っている者には、そんなもの度外視にして手を差し伸べてやりたいと思う。
すくなくとも目の前の少女は僕にとって大切に思うに値する存在だ。
「本当か?」
不安そうに僕の顔を覗き込む魔理沙。
「あぁ、もちろん」
そんな彼女の不安を取り除くために、僕は普段あまり浮かべることの無い本当の笑顔を浮かべてやった。
「・・・・・・っぷ」
しかし、あろう事か彼女は僕の顔をしばらく眺めた後、思い出したかのように笑い始めた。
「ぷっ、あ、あはは。香霖、それは反則だぜ。あははははははは」
目に涙を溜めて笑う魔理沙。
「な、なんで急に笑い出すんだ?」
「だ、だってお前の顔・・・・・・」
「顔?」
「ひどく不器用な笑顔だぜ。あははははは」
まったくこの子は。
せっかく安心させてやろうとして柄にも無く浮かべた笑顔を笑われるとは。
僕は半ば呆れながら、笑い転げる彼女に問いかける。
「で、僕のせっかくのいい話を台無しにしてくれた魔理沙は、一体この僕に何をご所望なんだい?」
「あはは、はぁはぁ、あぁ、それはだな・・・・・・」
腰に手を当てて呆れて立ち尽くす僕に、やっと笑いが収まった魔理沙は自身の服の裾で涙を拭う。
そして彼女は先ほどの歯切れの悪さを忘れさせるかのように、はきはきとした口調で話始める。
そこには、間違いなく、僕の見たかったいつもの魔理沙の可愛らしい笑顔があった。
「それで僕は彼女の手伝いをさせられる事になったんだ」
そこまで話し終えて森近霖之助は、ずっとお茶を一口啜った。
「え?一体なんの手伝いをさせられたのかって?」
それが大変だったんだよ、と彼は苦笑を浮かべて話し始める。
「彼女の家の中を片付けたんだ」
人が住める程度にね、と彼は付け加えた。
「本当にひどかったよ。魔理沙には僕の店をゴミばっかりだ、なんていえる立場に無かったね。君も知っているだろう?彼女の家は、それはもう酷く片付けられていないんだ。足の踏み場も無い、というより体を入れる隙間も無いってくらい窮屈なものだったよ」
そう魔理沙に文句を言ってやると、
「お前の体が大きすぎるんだ」
って、プンスカ怒りながら小さな体で隙間を縫ってどんどん中に入っていったんだけどね、と苦笑を浮かべる。
「まぁ、結局、丸々二日を使って住める程度にはなったんだけど・・・・・・」
ずずっとお茶を啜って彼はため息を吐いた。
「やっと手伝いが終わった僕は、魔理沙に皮肉をこめてこう言ったんだ」
曰く、二日もこの寒い中手伝ったんだ。
その間店は休業。収入は無い。何かお礼があってもいいんじゃないかい?
「もちろんそんなずうずうしい事はしないさ。ただ僕はちょっと彼女の困った顔が見たかったんだよ。それがね、彼女は、君も知っているあの笑顔を浮かべて、悪びれる様子も無くこう言ったんだ」
「自分を頼れって言ったのはお前じゃないか、ってね。まったく呆れたよ。それからかなぁ、魔理沙が格別図々しくなったのは。その勢いのまま八掛炉なんかも作らされたりして。あぁ、そう考えると彼女の図々しさは僕に拠るところがあったのかもしれないね」
ぽりぽりと頭を掻く霖之助。
しかし別段その表情には申し訳ないといった表情は浮かんでいない。
どちらかというとそれは、子供が何か小さな悪戯を成功させた時に浮かべる、何処か嬉しそうな純粋な笑顔だった。
まぁだけど、と森近霖之助は心の中だけで呟く。
嬉しかったんだがね。
そして彼はもう一度瞳を閉じる。
まぶたの裏にはあの時の、掃除を終えて埃まみれの自分と魔理沙の姿があった。
家の片づけが終わった頃にはもう夕方になっていた。
家の外で二人、やっと終わったと地面に座り込む。
「自分を頼れって言ったのはお前じゃないか」
そう、悪びれる様子もなく笑った彼女。
それ以来、何か困った事があるにつれ、いや正直どうでもいいようなことの方が多かったかもしれないが、彼女は僕の店を訪れては色んなことを僕に頼むようになった。
正直それを面倒くさいなぁと思ったことは度々あったが、煩わしいとは思わなかった。
なぜならあの日以来、彼女が二度と僕の前で言いよどむような事はなかったからだ。
それが僕には嬉しかった。
なぜなら、それは
――――――――――彼女にとっても僕という存在が、きっと大切な存在になれたんだと思うから。
氷の妖精
「あっ!あんたは!?」
風に乗って少女の元気な声が広い空に響く。
ビュ―――――――ッ!
風に乗るように白い氷の羽を羽ばたかせて、こちらに近づいてくる少女。
そして目の前まで飛んできたその少女は、小さな体を大きく見せるかのように、力いっぱい胸を張りながら言葉を発する。
「えへへ、この湖の上を通りたいんだったら、あたいと弾幕勝負で・・・・・・って誰が⑨が来た、よ!」
そして少女はプンスカ腹を立てながら言葉を続けた。
「あたいの名前はチ・ル・ノ!湖上の氷精と名高いさいきょーのチルノさまって言ったら、あたいのことよ!なに?あんた、何回も会っているのにあたいの名前一つまともに覚えられないわけ?バカなの?ねぇあんた⑨なの?」
ぶーっと膨れっ面を作る少女。
もちもちっとした柔らかそうなほっぺたが二つ、ぷくっと膨れている。
これはこれで見ていて楽しい気もしないではない。
そうやってしばらく怒っていたチルノだったが、怒るのに疲れたのか、それとも投げかけられた言葉に興味をそそられたのか、少女は首をかしげて返事を返す。
「ん?なによ?せっかくの機会だからあなたにも取材がしたい?ははぁ~ん、なるほど。やっとあたいのさいきょー具合が分か・・・・・・って!痛いじゃないさ!なんで急に殴るのよ!」
今しがた殴られた頭を涙目でさすりながら、チルノは不満の声を上げた。
「え?あたいの事じゃなくて魔理沙の事?・・・・・・あぁ、あの白黒のことね」
せっかくあたいのさいきょー伝説を教えてやろうと思ったのに、と口を尖らすチルノだったが、取材される事には何も不満はないようで、一度地上に降りようと促されるままに湖面近くの畔に彼女と二人足を下ろした。
「まぁ、そうね。あたいとあの白黒はしゅうせーのライバルみたいなものだったからね・・・・・・」
岬に降り立ったチルノはいかにも自慢話をするかのように語り始める。
そう、それはあの冬が終わって暖かな日差しが湖面に降り注ぎ始めたばかりの、早春の日の晴れの日の出来事だった。
Chap.2 La fée pleure
たくさんのあったかい風が日差しのカーテンをゆらゆらと揺らしてる。
春の花の甘いにおいがその風にまざって七色に輝いてるように見えた。
それはとっても綺麗で、だけどあたいをほんの少しだけ悲しい気持ちにさせる。
「はぁ」
湖の畔に足を抱えながら座っているあたいは、もう何度目か分からなくなった溜め息を吐く。
眺める湖の湖面が波と太陽の光でキラキラと輝いている。
今日はとってもいい天気で、本当なら大ちゃんや他の皆と一緒に蛙を凍らせたりして遊びたい。
だけど、
「毎年の事なんだよね」
あたいは自分に言い聞かせるように呟いた。
今のあたいは、春が訪れていなくなったレティを思うと泣きそうな気分だった。
こんなにいい天気なのに。
だけどあたいの心はまるで駄目だ。
何かをしようと思っても、レティとの冬の思い出が頭にちらついて涙が出そうになる。
「うぅ、会いたいよレティ・・・・・・」
いつもの事なんだ、レティがいなくなるのは。
いつだってそうだ、あたいがこんな気分になるのは。
「お!こんなところにいたのか!」
あたいが顔を伏せてじっと蹲っていると突然、空の上から声が聞こえた。
声がするほうに顔を向ける。
「なんだ、ひどい顔だな」
するとそこには白黒の魔法使いが箒に乗ってこちらに降りてくるところだった。
「なんの用よ?」
あたいは、涙なんか流してなかったけど、グシグシと顔を拭いて立ち上がった。
「ん?あぁ、ほらさ。お前って私がここを通るときはいつだって弾幕勝負を仕掛けて来てただろ?それなのに今日はお前の姿が見えないからさ・・・・・・」
それならそれでいいんだけどお前の姿が見えたから、と白黒は付け加える。
「なんだ。いつも元気いっぱいのお前が一人でこんなとこに座り込んでさ」
「ふん、なんでもないわよ!」
「?・・・なんでもないならどうして泣いてるんだ?」
「な、ないてない!泣いてなんかないもん!」
さいきょーのあたいが泣くはずなんてない。
「・・・・・・ふーん」
なのにこいつは私の顔をじっと見た後に、ほらっ、と言って私の顔をハンカチで拭いてきた。
「や、やめてよ」
「ほれほれ♪」
何が楽しいのか白黒は意地の悪い笑みを浮かべながら私の顔を拭き続ける。
「や、やめてって言ってる、で、しょ」
おかしい。
なんだか分からないけど。
なんか、じんわりと胸があつい。
「う、うぅ、や・・めて・・・って、言って・・・・・・う、ひっく」
「ほら、やっぱり泣いてる」
なんでだろう、こいつは顔を拭いただけなのにあたいの瞳から涙が出てきた。
さっきまで、本当に泣いてなんかなかったのに。
「はは、優しくされると泣くのは人間も妖精もおんなじなんだな」
そう言って白黒はあたいの頭に、ぽんっと左手を置いた。
涙で霞むあたいの視線の先には、さっきまでの白黒の意地悪な笑みは無くて、優しい笑顔があった。
あたいたちは湖の湖畔に腰を下ろして二人で肩を並べて座っていた。
「で、なんでこんなところで泣いてたんだ?」
「だから泣いてなんかなかったってば!」
あたいの抗議に白黒は苦笑しながら、はいはい、と答えた。
こいつ絶対にあたいを馬鹿にしてる。
「レティがさ・・・・・・」
いなくなって寂しいんだ、って最後まで言葉に出来なかった。
「・・・・・・あぁ、そういうことか」
なのにこいつは、あたいが何を伝えたいかを理解したかのように一人でうんうん、とうなずき始めた。
「なぁチルノ」
あたいに顔を向けて白黒が喋り始める。
「お前は馬鹿だけど・・・・・・」
「馬鹿ってなにさ!」
あたいの言葉に、だけど白黒は、まぁ聞けって、と言葉を重ねる。
「お前は馬鹿だけど、愚か者じゃないだろ?」
「はぁ?」
あたいは白黒が何を言いたいのか分からなかった。
「レティと会えなくなって悲しいのはわかるぜ」
「・・・・・・」
「・・・・・・私だってそうだからな」
そう言った白黒の顔はほんのすこしだけ寂しそうだった。
「だけどさ、春が終わって、夏が着て、秋が過ぎ去ったら、そしたらまた大好きなレティと会えるだろ?」
そんな事はあたいだって分かってる。
だってそれは毎年の事なんだから。
だけどあたいの気持ちはそれを知っていても悲しいままだ。
「あたいだって分かってるよ、そんなこと・・・・・・」
そう言ってあたいは視線を湖面に向ける。
先ほどと同じキラキラと輝く湖の波が眩しかった。
「うん、そうだよ。お前はちゃんと分かってるんだ」
そう言うと白黒も湖のほうに視線を向けた。
「だけど悲しい。また会えるって分かっていても、別れって悲しいもんなんだよ」
それは大切な事なんだぜ、と言って白黒はもう一度私に視線を向けた。
「なぁチルノ、それじゃぁその悲しいって気持ちを楽しみって気持ちに塗り替えてみないか?」
「えっ?」
あたいはその言葉にそれまで湖に向けていた視線を白黒に移した。
そこには二カッと笑った白黒の笑顔があった。
「どういうこと?」
「ん、だからさ。冬が来たら絶対またレティがお前のところに来てくれるんだろ?」
「・・・・・・うん」
そうだ、いつだってレティは冬がくると私のところに来てくれる。
だから私は冬が来るのが待ち遠しい。
レティがあたいをぎゅっと抱きしめてくれるのが、あたいは大好きだ。
「話を戻すぜ。お前が今思っている気持ちをさ、悲しいって気持ちに負けないようにしてやるんだ」
「負けないように?」
「あぁ、お前はさ、どうしようもないくらい馬鹿だけど、だけど最強なんだろ?」
馬鹿は余計だけど、さいきょーはその通りだ。
だから私は頷いてやった。
「そしたら、その最強のお前が悲しいって気持ちに負けるはずが無いじゃないか」
あたいはじっと白黒の言葉に耳を傾ける。
「お前が思ってるレティに会える楽しみって気持ちは、悲しいって気持ちに負けるようなものなのか?」
「負けないよ!」
立ち上がって私は白黒に言った。
あたいの言葉に満足そうに頷く白黒。
「あぁ、だからお前は愚か者じゃない。最強だ。レティだって、いつまでもお前が塞ぎこんでるのは見たくなんかないはずだからな」
白黒も左手を使って立ち上がった後、ぱんぱんっとお尻に付いた草を払う。
「それにな、お前を待ってるやつだってたくさんいる。お前だけが待ってるんじゃないんだ」
そういうと白黒は視線を森のほうに向けた。
あたいもそれに習って視線を森のほうに向ける。
するとそこには、
「大ちゃん、みんな・・・・・・」
そこには大ちゃんやリグル、ルーミアに橙が草むらから私たちの様子を伺うように視線を向けていた。
「あいつらだって、お前のことを待ってるんだ。最強で元気いっぱいのお前と一緒に遊びたくてな」
さてと、そう言って白黒は箒にまたがる。
「忘れるなよ、寂しい、悲しいって気持ちはいつまでも溜め込んでおくものじゃない。ましてや紛らわしたりするようなもんでもな。楽しみって気持ちに塗り替えてやるんだ。だって、冬が来ればまた、お前の大好きなレティに会えるんだから」
そう言ってどんどん空に上っていく白黒。
「魔理沙!」
空の上に昇って太陽を背にする魔理沙に、あたいは元気いっぱいに声を掛ける。
「今度はあたいと弾幕ごっこしてよ!さいきょーのあたいがコテンパンにしてやるんだから!」
今日の涙のお返しをしてやる。
「あぁ、そうだな。楽しみにしてるぜ」
太陽の日差しで魔理沙の表情は見えなかったけれど、きっと笑っていたと思う。
器用に片手だけ振り返して魔理沙は、紅魔館の方へと飛んでいってしまった。
「ありがとう」
そしてその背中にあたいは感謝の気持ちを伝える。
「よし!」
気合を入れるあたい。
そして森のほうを振り返る。
「みんな!そんなところにいないで一緒に遊ぼうよ!」
あたいは太陽に負けないくらいのさいきょーの笑顔でみんなの方に駆け出した。
「それからさ、毎年冬が終わってレティと別れるのが辛くても、あたいは楽しみだって気持ちにすぐに変えて、次の冬まで大ちゃんや、他の皆と一緒に力いっぱい遊んで、レティを待つ事が出来るようになったのは」
そう言ってチルノはフンッと鼻を鳴らす。
「まぁ、泣かされた借りはきちっと弾幕ごっこで返してやったけどね」
「へ?コテンパンにやられたんじゃないかって?そ、そんなこと、さいきょーのあたいに限ってあるはずないじゃん。あいつとあたいはライバルだって言ったじゃないさ。そう、あの時はただちょっと、手加減。そう、手加減してやったのよ」
口を尖らせる少女。
「まぁ、でももう一度あいつと弾幕ごっこが出来るんだったら、今度は手加減なんかしてやらないよ。思いっきりぼっこぼこにしてやるもん」
こぶしを握り締めそう言った少女の顔は、しかしどこか晴れやかだった。
「?ところでさ、あんたがずっと持ってるそれ何?」
そう言ってチルノはそれを指差す。
「ねぇ、あたいにもそれ・・・・・・・って、どこ行くのさ!ちょ、ちょっと待ちなさいよ!っこの!」
飛び去っていくそれに向かってアイシクルフォースを飛ばすチルノ。
しかしそれはけっして当たることなく日差しの中に溶け込むように消えていく。
「ふんだ。今度会ったら覚えてなさいよ」
まぶしい太陽に目を細めながらチルノは不満そうに声を上げる。
「・・・・・・そうよ、今度会えたら覚えてろってんだ」
呟いたチルノの言葉は消え入りそうなもので、空気に溶けるようにして霞んでいった。
「ま、いっか。大ちゃんと遊ぼっと!」
しかしすぐに元気を取り戻したようににっこりと笑って森のほうへと彼女は駆け出す。
華人小娘
「あら、いらっしゃい」
そう言って紅美鈴は軽く手を上げた。
荘厳に作りこまれた黒い門を背に、彼女は人当たりのよさそうな笑顔を浮かべている。
「今日は確かお嬢様方に御用があるんですよね?でも、今はまだ就寝中だと思いますけど・・・・・・」
事前に連絡を受け取っていたのだろう。
彼女はポケットから取り出した鍵で、門を開錠しながら、背中越しに答える。
「え?あぁ、はい。パチュリー様ならいつも通り図書館にいらっしゃいますよ」
投げかけられた質問に、門を開きながら彼女は返事を返す。
「ですが今は来客中です。やはりすこし時間を空けてから伺ったほうが良いと思いますが」
開ききった門に背を向けなおして、彼女は右手の人差し指を唇に当てながら思案するように言葉を投げかける。
「へ?それじゃぁ、私の取材をしたい?え、えぇ別に構いませんけど、私のことなんて何も面白い話なんてないですよ?」
困ったように片手を顔の前でぶんぶんと小さく振る紅美鈴。
こまったなぁ、と何処か嬉しそうに呟いてもいる。
「いやぁ、そうですね~。それじゃぁ、なぜ私がお嬢様から紅の字を授かったのかを~、って違う?魔理沙の話が聞きたいですって?」
はぁ、なんだ~、とため息を吐いて至極残念そうに肩をおろした彼女。
心なしか目に涙が浮かんでいるように見えなくも無い。
「ま、いっか」
しかしすぐに元気を取り戻したのか、にっこりと笑顔を浮かべる。
「ん~、そうですね~。それじゃぁ、あの時の話でもしましょうか。あれはそう、あの異変が起きて暫くぶりに彼女とあった日の出来事でした・・・・・・」
大分低くなり始めた太陽を眩しそうに見つめて、紅美鈴は回想する。
そう、それはいつもよりも寒く感じられた、あの冬の終わりの日の出来事だった。
Chap3. L'Etre et le néant
私はいつまでも変わらないものなんて存在しないと思っている。
時は常にたゆたうもの。
移り行く時の中で変化するものは必ずある。
それは景色であったり、日常であったり、心であったり。
私は長い時をここで過ごしてきた。
この瞳で、心で、時代の機微を感じながら。
移り行くそれを、私は一身に受け止めて今を生きている。
こなたからかなたへと去り行く風を見つめながら、私は今日もこの場所で、紅魔館の門番として在り続けるのだ。
「それで、随分と久しぶりじゃない?」
私の言葉に目の前の少女は苦笑を浮かべる。
「あなた少し痩せた?」
「ん~、痩せたと言うより、スラッとして女らしくなったんじゃないか?」
どうだ?と左手を腰に当ててポーズを取る。
そんな彼女の姿を鼻で笑いながら、私は胸を張って答えてやった。
「あら、魔理沙。スタイルはいいにしても胸がペッタンコじゃあ女としては、ねぇ?」
「へん、言ってろ。大事なのは中身だぜ!大人の女は中身と振る舞いで勝負するもんさ!」
外見なんて後から幾らでもついてくるもんだぜ、と彼女は笑いながら答えた。
「ふふふ、まぁ、前みたいにいきなり突っ込んで来て、不法侵入しなくなっただけ大人になったんじゃない?」
「本は借りていくがな」
減らず口を言う彼女。
私と魔理沙はお互いに暫く笑いあった。
久しぶりに会った彼女の笑い顔は前よりも、もっと素敵に見えた。
「それで?何か私に用があるんでしょ?」
私の言葉に彼女はすこしだけ驚いて、まいったなぁ、と苦笑を浮かべる。
「さすがだな」
「門番だからね」
「それは関係あるのか?」
「もちろんよ」
「はは、私にはよくわからない理屈だな」
すこし笑って魔理沙は、今度は真剣な面持ちで私を見つめてきた。
「私と勝負して欲しい」
「いいわよ」
「・・・・・・」
「あら、どうかしたの?」
「いや、即答されるとは思わなかったから」
「別にいいじゃない。今までは問答無用で私をふっ飛ばしてたくせに。ささ、いくわよ!」
「お、おう」
ぎこちなく答えた魔理沙だったけれど、すぐに真剣な表情になり、箒に跨った。
そして、ふわりと重力から開放された鳥のように空へと浮き上がる。
「よし!いくぜ!」
「かかってきなさい!」
そして魔理沙はまっすぐに私の方へと突っ込んできた。
私は右手に力をこめて、弾幕を彼女に向けて解き放つ―――――――――――――――。
「はは、やっぱり負けちゃいましたね」
勝負はすぐについた。
私は大の字になって仰向けに地面に転がる。
もちろん私が勝者でないことは誰の目から見ても一目瞭然だろう。
私は空に漂う雲を見つめた。
あぁ、今日も綺麗な空だなぁ。
「・・・・・・」
魔理沙は何も答えず私のほうをじっと見ているらしかった。
「あぁ、でも魔理沙さんはやっぱり強いですね。まさか片手だけで負けるだなんて思いませんでしたから」
いやぁ、まいった。
こと弾幕勝負においては、どうやら私は魔理沙の片手一本分の弾幕だけで事足りるらしい。
私は苦笑しながら体を起こす。
「・・・・・・なぁ」
彼女と視線が重なった。
その瞳からは何故か、怒りと悲しみ、そしてほんの少しの悔しさが滲み出ていた。
「どうかしましたか?」
私は服についた汚れを払いながら彼女に尋ねる。
「いや、どうやら言葉が足りなかったみたいだ」
そう言って彼女はポリポリと黒い帽子越しに頭を掻く。
「ごめん。私は別に、お前と弾幕勝負がしたかったわけじゃないんだ」
「?」
私は彼女が言わんとしていることが理解できずに首をかしげた。
「お前は弾幕勝負だと思って弾幕を撃ってきたけど・・・・・・」
ついこっちも応戦してしまったぜ、と苦笑しながら呟く魔理沙。
「お前ってさ・・・・・・」
そして彼女は、先ほどの弾幕勝負を始める前の、あの真剣な表情を再び作って私を真っ直ぐと見つめてきた。
「本当は強いだろ?」
「へぇ」
私は正直に感心した。
どうやら彼女が言わんとしている事はそういう事らしい。
「どうしてそう思うのかしら?」
試すような私の問いかけに、馬鹿にするなよ、と魔理沙は苦笑しながら答える。
「ずっと前から。そうだな、初めて会ったときは気づかなかったけど。何度も戦っていると解るんだよ。少なくとも、夢が萃まったあの時には確信を持っていたな」
「ははは、そうかい。誰かに聞いたとかじゃないんだ?」
面白い。
この女、自分の力量を以ってして私を見抜いたようだ。
「普通、気づかないんだけどねぇ」
私は顎に手を当てて目の前の少女、いや人間にしたら立派な成人か、に値踏みするように目を向ける。
私の能力、それは気を使う程度の能力。
この世のありとあらゆるものには気と言うものが存在し、人や妖怪、虫、鳥、魚などの生き物はもちろんの事、森の木々や花、無機質の水や風にだってそれは宿っている。
それらは目に見えず、しかし確かにこの世界に存在し、たゆたっている。
それはまさに世の理であり、絶対的で唯一無二の世界の事象。
私の能力はまさに、その森羅万象を以ってして、完成していると言っても過言ではない。
その私が、
「気づかれないようにはしていたんだが・・・・・・」
どうやらこの体は未だ、森羅万象を具現する域に至ってはいないようだ。
よほど私自身悔しかったのだろう、同じ言葉が二度、口から漏れるとは。
だが、それ以上に・・・・・・。
「嬉しいねぇ」
値踏みを終えて、私は口を吊り上げた。
「・・・・・・」
どうやら私の体から気が漏れ出しているようだ。
極上の笑みを浮かべて喜ぶ私に、しかし魔理沙は己の気を練り始める。
集中しているのだろう。
僥倖、僥倖。
そうでなくては面白くない。
「あんたが三人目だね」
「・・・・・・お前の実力に気づいたのが?」
「いや、それはきっと、もっと多いさ」
ふふふ、と私は笑う。
「八雲なんかは気づいているだろうよ。かなりの実力者は知ってるだろうからね。ただ・・・・・・」
あぁ、久しぶりだこの気持ち。
ぴりぴりと電流が脳髄を刺激して得られる、この心地よい倦怠感はなんだろう。
何物にも変えがたいこの昂ぶる思い。
普段は決して表に出す事の無い気で覆い隠された私の本物が、ゆっくりと、ただ確実に剥がれ落ちていくのが分かる。
「わたしの実力を知った上で挑んできたのは、あんたが三人目だよ!!!」
「くっ!?」
私は、自身の本物を覆い隠していた気を一気に引き剥がす。
体から漏れ出した私の本物のベクトルが、確実に魔理沙へと突き刺さった。
「はは、そうか、やっぱりな。それがお前の本物か」
「さすがね」
「何が?」
「・・・・・・人間の癖に、一歩も後ずさりさえしないあなたがよ!」
その瞬間、多くの小鳥たちが飛び立つ音が周りから聞こえた。
ザ――――――――――――――――ッ
嵐の時の雨だれのような音が一帯に響き渡る。
そしてその後は酷い沈黙が辺りを支配した。
「一つ、戦う前に聞いておきたい事があるわ」
お互いに間合いを取った後、私は少しだけ自身の本物を和らげて彼女に問いかけた。
「あんた、それで私と戦っていいのね?」
目で魔理沙の体を射抜くように見つめてやる。
「あぁ、もちろんだ。こっちは死なない程度に、死ぬ気でやらせてもらうぜ!」
そう言った直後、魔理沙の体から莫大な量の魔力が溢れ、膨張していく。
彼女の気も又、さらに収束していくのが分かる。
「いいだろう人間。しかと刮眼し、その目に焼き付けろ!」
そして私は構えをとる。
二つの足を大地に着け、気を汲み上げ、己が内で限界まで編み上げて、爆発寸前まで膨張させる。
「わが銘は美鈴、字は紅!紅い悪魔より承りし紅の文字、決して伊達ではないぞ!!!! 」
吼えた私は気を爆発させて魔理沙へと気を爆発させた。
まずは目と、首と、心臓を狙ってやろう。
もちろんギリギリで避けられる位の速さでだ。
これはそう、小手調べ。
いきなり倒れられては意味が無いし、何より私が楽しめない。
刹那の突進に、未だその場を動いていない魔理沙。
私の右手は確実に彼女の両の目へと一直線で向かっていく。
「シッ!」
少しだけ口から漏れた息と共に、私の右手は空を切る。
左に避けたか!
「まだまだぁ!」
笑いながら私は、すかさず左手を、今まさに左側に屈みこんで手の平から魔力を放出させようとしている魔理沙の首に回した。
「はぁっ!」
しかしどうやら私が彼女の首へと手を回す速度よりも、彼女の上げた掛け声のほうが早かったようだ。
ゴウンッ!!!
一瞬の爆発音と共に、土煙が派手に待った。
「はぁ・・・・・・ふぅ」
それまでいた場所から五メートルほど飛びのいて、彼女は息を整えている。
「ちっ」
次第に収まる土煙を眺めながら魔理沙は憎憎しげに舌を鳴らす。
「ふふ、いいわね。その表情」
土煙が収まり、彼女からは私の様子がはっきりと見えるようになった事だろう。
「思ったとおりの化け物だな」
「あら、そう?」
私は口端を吊り上げて微笑む。
「少なくとも左手に直撃したはずだぜ。それなのに・・・・・・」
左手の袖だけ破れたか、残念だぜ、と彼女は言った。
それを聞いた私は呆れて言う。
「あら、私のほうも残念なのよ?」
なにがだ?と彼女は訝しげに質問を返してきた。
私はゆっくりと、散歩するかのように本当にゆっくりと、彼女の方に歩みを進めながらその質問に答えてやる。
「お前がだよ、人間」
私の言葉と同調するかのように辺りの空気が黒く霞んでいく。
私の中で怒りの感情が急速に膨らんでいく。
「何が思ったとおりだ?私はお前が思ったとおりのような妖ではないぞ!」
大地を激震させるかのように、私は気を集中させた右足で大地を踏む。
事実、大地は震え、空気さえもが振動した。
そしてその瞬間。
「なっ!?かはっ」
魔理沙の左頬から薄っすらと血がにじみ、左の首筋からは赤く鬱血した痣が浮かび上がる。
そして、魔理沙は胸を押さえながら口から血を吐き出した。
しかし、彼女が膝を突くことはなかった。
そこだけは褒めてやっても良いだろう。
「私の右手の突きを避けたと思ったか?あまつさえ、続けて繰り出した左手に反撃できたとでも?ふんっ、右足の心の臓への一撃が掠ったことにも気付かないくせに・・・・・・」
期待外れだったか。
私の中の熱いものが急速に冷めていくのが分かる。
私は別に触れずとも良い。
触れれば一撃必殺。
触れずとも、翳す様に気を送り込んでやれば致命傷は必死。
まぁ、今回は小手調べみたいなものだ。
動きは百分に遅く、送り込んだ気もまたそれと同等に小さい。
「まぁ、人間にしてはよくやるほうだな」
長く話し過ぎた。
魔理沙の目の前で歩みを止めた私は侮蔑の目を彼女にくれてやる。
「終わりだ・・・・・・」
そして私は彼女に左手をかざす。
気を失わせる程度でいいだろう。
人間にしては、久しぶりに私の本物が姿を現しただけ良かったのかもしれない。
わたしが、そう自分に言い聞かせよるように微かな気を彼女に送りこもうとしたときだった。
「ふ、ふふふ」
急に魔理沙が笑い出す。
「・・・・・・なにが可笑しい?」
その笑い方が酷く気に入らなかった。
子供が悪戯を成功させたときの笑いに似てもいたが、彼女の浮かべるそれはもっとドス黒かった。
「言ったぜ。お前は思ったとおりの化け物だってな」
笑うのをやめて、彼女はキッと私を睨み付けた。
「本当に残念だぜ。先に破れちまった」
彼女の視線が私の左手に移る。
その時、私の脳裏に先ほどの魔理沙の言葉が横切る。
左手の袖だけ破れたか、という彼女の言葉。
そして今の、先に破れちまった、と言う言葉。
「まさか!?」
私がその言葉の真の意味に辿り着いた瞬間だった。
ドクンッ!
パ―――――――――――――――――――――ン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
私の左手が爆ぜた。
文字通り。
跡形も無く。
そう、まるで彼女のそれと同じように。
根元から。
これっぽっちも無くなったのだ。
「く、くは、あ、あははははははははははははは」
実に清清しい。
この人間は、あの一瞬で私の左手の内部に魔力を送り、私の左腕を爆ぜるに値する暴走を起こさせた。
噴出した血が、彼女の美しい顔をさらに麗しく染め上げる。
「本当は、服だけは爆発しない予定だったんだが」
それはそうだろう。
百分に分けられたとはいえ、私の気は彼女の魔力を上回って、飛び出した余りの気が彼女の首を鬱血させたのだ。
そしてまた飛び出した気の余波は服を弾けさせ、土煙を起こすほどの爆発を起こした。
「あんた最高だよ!こんな気持ちになるのは本当に久しぶりだ!」
吐き出した息が熱い。
そしてまた飲み込んだ空気も、まるで喉を焼くかのように熱く私の体を駆け抜ける。
先ほどまで冷めようとしていた私の中の本物が再び滾るのが分かった。
「魔理沙」
「なんだ?」
血染めの魔法使いに、私は真剣な眼差しを向けて語りかける。
「悪かったわ。貴方を馬鹿にしていたみたい」
小手調べだなんてすること事態が彼女を馬鹿にしていた。
「おっ?口調がいつものに戻った」
彼女は笑いながら私を見つめる。
「ごめんなさい」
私は残された右手を胸に押し当て礼をし、心からの謝罪を彼女に伝えた。
「いいって別に」
そして彼女はカラカラと小気味良く笑って、左手を小さく振る。
実に気持ちのいい笑顔だ。
「・・・・・・それより」
「・・・・・・えぇ」
私たちの瞳が真剣なものに変わる。
「今度こそ本気だな?」
「えぇ、もちろんよ」
私と彼女は再び間合いを取り、構え直す。
これ以上私たちに言葉は必要ない。
あとは己の実力を以ってして語り合うだけだ。
互いを尊重する事を忘れず、自身の全てを掛けて相手を叩きのめす。
そう、これこそが真剣勝負。
彼女、霧雨魔理沙が求めていたもの。
そして私は再び彼女の方へと気を爆発させた。
「ま、その時は結局、私の圧勝だったんだけどね」
そう言って美鈴はあくびを噛み殺す。
「え?あんただって相当の実力者でしょ。私の本物は知ってるくせに」
それとも、いっちょ本物の私とやってみる?
そう言って彼女は笑った。
冗談なのだろう、彼女は眠い目を擦りながら、再び開きそうになる口を手で覆った。
「魔理沙の前に勝負を挑んだ二人って誰か?咲夜さんは違うわよ。彼女は私とはじめて戦ったときに、私のほうから地を出しちゃったからノーカウント。二人って言うのはあれよ、レミリアお嬢様と・・・・・・幽香よ」
名前を出すのも不快そうに、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべて彼女は答えた。
「あれは酷かった。およそ妖の所業ではなかったわね。ふ、ふふふ、なにあれ?どSってレベルじゃねぇぞ。ふひひひひ・・・・・・」
急にトラウマのスイッチが入ったのか、暫く黒い笑みを浮かべてその場に立ち尽くす美鈴。
その瞳には光が映っていなかった。
しばらくして、やっと現実世界に戻ってきたのか、
「だけどあれよね。魔理沙は実際に凄かった。あの後も、何度と無く私の本物に挑んできた」
と、腕を組んで彼女は呆れるように話を始めた。
「結局最後は、彼女の絶頂であっただろうあの時に、わたしの本物はついに膝をついた」
正真正銘、私の百を出し切ってね、と彼女は付け加え、
「あれはもう才能ね。水滴石を穿つって言うのかな?ものすごい執念だわ。妖怪の私には、それこそ理解できない話よ」
と、両肩をあげて彼女は苦笑する。
「ま、私の話はこれくらいかな。もうそろそろいいんじゃない?たぶんパチュリー様の方から伺ったほうがいいわね。お嬢様方は起きたばかりでしょうから」
そう言って辺りを見回す。
いつの間にか辺りは赤く染まっていた。
蕩けるような太陽のオレンジ色の光が、大気に溶け込むように世界を彩る。
「はいはい、それじゃあ。また帰りに。ねぇ、ところであんたが持ってるその箱みたいなやつは・・・・・・って、あぁ、行っちゃった。相変わらず速いんだから」
クスクスと笑う美鈴。
そしてポケットから再び門の鍵を取り出す。
「だけど見てみたかったわね、彼女の・・・・・・」
再び門を閉めながら彼女は呟く。
最後の言葉は彼女にしか聞き取れないような小さなものだった。
そして再び閉じた門の前に立った美鈴は、眩しい太陽に手をかざす。
指の隙間から差し込むやわらかな光は彼女の瞳をゆっくりと細めたのだった。
私が霧雨魔理沙の前に膝をついた時、不思議と悔しさというものは沸いてこなかった。
私は驚嘆と共にその事実を受け入れ、また満足もしていたはずだ。
しかし同時に残念でもあった。
なぜならその時、彼女、霧雨魔理沙は人の形として完全ではなかったから。
そう、彼女の右腕は、とおの昔に失われていたのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――私は、完全な彼女と戦ってみたかった。
美鈴つえー
作者さいこー
早く続きを見なくては
悲しすぎるんだが・・・・(泣
だがそれがいい!
続きが早く読みたいですb