――1――
タイプライターのパタパタという音が好きです。
外の世界ではタイプライターは骨董品に位置するらしいです。
なんでも外の世界には、電気の力を用いて文字を出力するパソコンなるものもあるらしいのですが、残念ながら幻想郷はそれを扱いきれるほどの技術力がありません。
もしかすると、幻想郷にはあまりなじまない性質のものなのかもしれませんね。
パソコンはともかくとして、毛筆ももちろん好きですよ。
しかしそれぞれ違う味わい方があって、最近のお気に入りはタイプライターの音だったりするわけです。
ひょんなことから手に入れまして、それから毎日のように触っています。
だって楽しいじゃありませんか。あの音。
パタパタという、雨がアジサイの葉っぱを打つ様な可憐な音。
小気味良いあの音。
そして紙の上にいつのまにか刻まれている文字。
書いているという感覚と機械的な自動感覚の狭間。
私はそこにはいない。
いや、いるんですけどね。
もちろんいるのですけれど、遊離しているのです。
また一つまた一つと文字を刻んでいく、
その過程のなかで、
あの安っぽいロマンチシズムに過ぎないと思っていた感覚、無我の境地に等しいものがあるような気がします。
私はどこにいるのでしょう。
タイプライターを動かす指先。
あるいはそれを追う瞳。
どちらでもない。
となると虚空か。
私はタイプライターと瞳の狭間にいるのではないでしょうか。
最近のお気に入りはお恥ずかしながら小説です。
小説というのは物語のことを言います。登場人物を動かし、なんらかの意味をつむいでいきます。
おそらく意味はそれほどありません。
おそらく価値もそれほどありません。
おそらくただの空虚な夢に過ぎないのです。
ですが書く。
なぜ書くのでしょう。長らく考えてきてようやくまともな答えが一つ思い浮かびました。
仮定的な答えにすぎないのですが――
脳みそが見たいのでしょうね。
自分の脳みそ。自分の思考を。
脳はそれ自体は痛みを感じることはないそうです。もしもできればですが、脳を露出させた状態で、それをプニプニとつついたところで何も痛みは感じない――らしいのです。そもそも頭蓋に収まっている脳はそれ自体、自分には確認しようのない幻想です。それなのに、脳で私は考え、息をして、そして生きながらえているわけです。
とても不思議なことではないでしょうか。
これほど不思議なことはありません。
幻想が私を生かしているのです。
だから、見たいと思いました。具現化された脳みそこそがいわゆる創作物。そして、脳はもっとも奇形を許容する器官でもあります。人間が妖怪に惹きつけられる一つの要因は、その奇形を愛するがゆえにです。あの者たちはいかに外見が人間に等しいとはいえ、異形のもの。
異形がゆえに惹かれるのです。
私もまた一つの異形なのかもしれません。なにしろ人にしては長く生きすぎている。
もう一度ここで疑問符。
私はどこにいるのでしょう。
閑話休題。
難しい話はおいておきまして、現実の話をしますと、小説というのは登場人物がいなければ話になりません。
当たり前といえば当たり前のことです。
小説は究極的には人間の意味を問うものであり、人間を書かない小説などありえないからです。
物語のためにキャラクターがいるのかキャラクターのために物語を創るのかは、にわとりが先か卵が先かという議論と同じで、なかなか結論がでませんね。
もっとも、登場人物は基本的には創作するべき事柄なのでしょう。
しかし歴史の編纂に携わっている私としましては一度取りこんだ登場人物を刻みこんだほうが早いというわけで――
いままではモデル小説を書いてきました。
モデルになった人たちにはもちろん許可をいただいて書いていますけど、多少のズルがあります。ひとつ言い訳をさせていただくなら、これもまたキャラクターを創っていることには変わりないのです。元になる原型があるかないかにすぎず、結局、小説という舞台においては、あらゆる人間は属性配分の差異によって表現されます。
人間を書けていないという話はよく聞きますけれど、なんのことはありません。小説は人間を書いているわけではないから当然なのです。なんといえばいいか、小説としての総体が人間を表しているのですよ。
さて――、もうひとつ。
あと、ひとつ。
寿命が尽きるまでにあと何編つむいでいくことができますやら。
――2――
「阿求さま」
女中の一人が私に話しかけてきました。
申し遅れましたが、阿求が私の名前です。稗田の当主で、九代目阿礼乙女だったりします。
私はタイプライターを打つ手を止めて振り返りました。
「なんですか?」
「妖怪の方がお見えになっておられます」
そんなに脅えずとも良いものを。
などといったところで詮無いところです。人間は妖怪を恐れるのが常態であり、それで良いのです。
私は立ち上がり玄関に向かいました。
身体が少々重いです。まだ齢は十と十の半分を超えたあたりですが、転生を控えている私にとっては、寿命のサイクルが短いのでした。
玄関に到着してみると案の定、そこにいたのはあのお方。
幻想郷の妖怪の賢者として名高い、八雲紫さまです。
「何の御用でしょうか。紫さま」
「あら、御用がなければ来てはいけないのかしら」
ふんわりとした傘を広げ、怪しく笑うその様はまさしく大妖にふさわしいいかがわしさを備えていました。
私はとりあえず紫さまをお通しして、ゆったりした足取りで客間へと向かいます。
向かいあう形で座ります。
少し待っていると女中さんがお茶を持ってきてくれました。ありがたく頂戴することにして、私はしばらくお茶を堪能します。
無音に近い空間は時間の流れも緩やかに感じさせます。
脳がそう感じているからでしょう。
「どうしたのですか」
と、私は聞きました。
気が向いたから聞いたという感じです。無限に近い時間を過ごせる私にとっては時間はそれほど意味のあることではないのです。今がまさにそのときだと思ったからそうするまでです。
ずいぶんと反射的な生き方だとは思いますが、これもまあ老骨に鞭打ってるがゆえと思っていただきたい。外見上はぴちぴちの少女ですけどね。
紫さまは扇子を取り出して口元を覆います。
「たいしたことではないのだけれど、今日もまた密室の小説を書いているのかと思って確認しにきたのですわ」
「密室に興味がおありですか?」
「密室そのものではなくて、貴方がなぜ密室を書くのかに興味があるの」
「そうですか」
お茶をひとくち含む。そしてまた再び時間が緩やかになる。
「私には紫さまがどうして気になるのかということの方が気になりますね」
「それでは擬似ループになってしまいますわね」
「その通りですね」
私は少し笑った。
紫さまもほんのりと微笑を浮かべておられる。それは多分私につきあってくれたのだろう。
私は独り言のように小さく口を開きます。
「密室を書く理由はおそらくは私自身、限界を感じているからですよ」
「何に?」
「世界です。いや――私ですね」
「最後の密室は、やはりそうなりますのね。あなたはいままで書くことで密室を破壊する練習をしていたわけね」
「練習していました」
悪びれずに私は答えます。
そう。
実に単純な話なのです。
最後の密室は簡単です。
誰でも一度は考える問い。
そして誰もが答えに詰まる難問中の難問。すなわち最後にして究極の密室は――
【私】です。
私が【私】を逃れようとするとそこに私がなく、したがって私は【私】を認識できないのですから、【私】を逃れた私もまた夢に等しい。
逆に私が【私】を逃れ得ないとするならば、私は【私】のなかに永久に留まることになるでしょう。
これは地位や名前のことを指しているのではありません。
私が私であることを認識していることそのものが、ひとつの思考という名の密室なのです。
窮屈な【私】。
私は【私】ではない誰かになりたい。
問題とは、そんな単純なもの。
私の場合は少しばかりそこに特殊なエッセンスが混入しております。
転生です。
生まれたときから、そして死んだあとでさえも転生を繰り返す私にとっては、回転する車輪のように自我の連続性が保障されています。
実際に私は数百年近く歴史を編纂することを生業としており、何度も転生を繰り返して参りました。
人間とは記憶の連続体なのでしょうか。
もっと踏みこんで言えば、記憶こそが人間なのでしょうか。
だとすれば、私は現象としては何度も死んでいますが、ひとつの記録体としては一度も死んでおりません。
死とは断絶を意味するからです。
境界が不明瞭なこの世界――幻想郷におきましても――記録体としての死は幽霊にさえもありうる事態なのです。
例えば、あの白玉楼の幽霊も、記録体としては断絶しているのですから、その意味ではやはり死んでいるのです。
自身に対する主観的な記録がない。一般的な言い方にひきなおして言えば、過去がないということは、ひとつの記録体としては死んでいるということになります。
翻って私の場合。
記憶を保持したまま、人間にしてはかなりの長い時間を生きていることになります。
思考も連続し記憶も連続している私は、少しばかり私自身の限界を感じるようになってきました。
私は私という壁を感じるようになってきたのです。
この【私】という密室は窮屈な空間でありました。
それが様々な密室を書いてきた理由。
そしてこの密室を解くことが、私の最後の清算にふさわしいような気がします。
「あなた。自殺するつもり……?」
いつのまにか、紫さまが鋭い視線で私を睨んでおりました。
彼女にとっては幻想郷から逃れようとする生命はどんな形であれ許せないのでしょう。
あいかわらず思考の鋭いお方でした。
嘘でもいいからこのときばかりは騙されて欲しいと思っていたのですが、さすがに本物の紫さまは小説のようには騙されてはくれません。
えーんと泣いてみましょうか。
しませんけどね。
解説しますと、これも単純です。
転生のほどこされた身で自殺すれば、転生の術にゆがみが生じ、私の魂は断裂してしまいます。
つまりは完全なる消滅。記録体としての死です。
そのレベルで死ねば、さすがにこの幻想郷という閉鎖された空間も飛び越えることが可能でしょう。
私が私であるという密室は、幻想郷が幻想郷であるという密室とも深く連関しているのです。
なぜなら私が私である限り、幻想郷を越えることはできませんし、逆に私が私を超えようとすると幻想郷を越えた私はもはや私ではなくなっているのですから。
「思考を外に出そうとするのはわかるわよ。生命の証を刻みたいとかいう洒落た意識ではなく、もはやなんらかの実感を得るために書いているのね。自由になれたという錯覚は抱けたのかしら? 生命に意味があると感じることができたのかしら」
「自由なんて幻想ですよ。どこにもありません。意思がどこにもないのと同じです」
脳みそは見れませんからね。
「じゃあ貴方はどこにいるのかしら」
「さあ……」
邪悪な笑いをこぼしてみるのも良いのでしょう。
いやいや、それは少し違うのですよ。邪悪とは違う。諦めとも違う。哀しいに一番近い感覚です。
もっといい言葉は、うーん。
憂鬱?
――3――
次の日。
私の危うい雰囲気を感じ取ってくださったのか、再び紫さまがいらっしゃいました。
すべての生命は記録体として一度ぽっきりという残機のない状況から始まるものですが、さすがに飽きたからといって死に焦がれるのはどうかと自分でも思います。妖怪の方々とは違い、やはり人間は精神構造としても脆弱ということなのでしょう。
ああ、儚いなぁ。
ちなみに私はドロワを穿かない派。穿かないなぁ。
めくっちゃだめですよ。
というか――
というかです。
「スキマから来るのはちょっと心臓に悪いですね」
ついでに言えばお行儀も悪い。
これは言わないでおこう。
「だってあなた以外の人間が怖がるでしょう」
「勝手に怖がらせておけばよいのですよ。人間は妖怪を怖がるのが仕事なのですから」
「あなたは私を恐れていないようだけど」
「長ずるに従って、人間はふてぶてしくなるものなのです」
「まぁ、妖怪もほとんど同じだわ」
再び、小さく笑いあった。
愛されてるなぁ、私。
「今日は貴方のために小さな密室を用意してきたの」
「へえ。なんでしょう……」
「これよ」
懐から取り出されたのは小さな砂時計です。何の変哲もない当たり前のような形。ちょうど∞のような形をした砂時計でした。
渡されたそれを手にとってみます。
ガラスと木でできているようですね。
中には細かい砂が入っています。小さな粒。銀色、白。いろんな色。
どこの砂なのでしょう。
「海の近くにある砂浜から取ってきたわ」
紫さまはきわめて明瞭な声で言葉を発しました。なるほど、海か。幻想郷には海がない。海のある外の世界に自由に行き来できるのは境界を操る能力を有する紫さまやあるいは結界を飛び越えることができる能力を有する者達だけだろう。
人間には当然のことながら結界を越えることはできない。もちろん神隠しのように不意に幻想郷に出入りすることはないとは言い切れませんが、それはきわめて例外的な事象であって、確固たる意思の作用ではないのです。
それが人間の限界。
儚い人間の【限り】というもの。思考に自嘲が混ざるとよくない傾向ですかね。
さて、これをいったいどうしろとおっしゃるのやら。
「簡単なことですわ。この砂時計を構成するガラスや木に物理的な力を加えず、中にある砂を外に出してみなさい」
「物理的な力とはどのような力を指すのでしょう」
「物の道理に従った力の総称のことよ」
「なるほど。なるほど」
これは面白い密室ですね。小さいながらも強固な結界が張り巡らされていて容易には解けそうにありません。
それにしても一体何を思って、紫さまは私に密室を与えたのでしょう。
まるで子どもに遊具を与える母親のようではありませんか。
実際に――そのとおりなのでしょうね。
私は道理のわからぬ子どもです。長い時を生きてきて、母親であることも経験したことはありますが、生物学的に親になることは心理的に大人になることとはまた違うのでしょう。大人であっても子どもらしい部分はあるものですが、私の場合は多くそれを含んでいる。
ゆえに、子どものようにあやされる。
「死にませんよ」
と私は言いました。一つの決意のようなものです。
「この密室を解くまでは死にません」
「そう。ならいいわ」
紫さまは満足気に帰っていきました。
私は手の中にある砂時計をじっと見つめます。
さらさらと海辺の砂らしきものが下へ下へと落ちていく。
揺らめく炎を見るときと同じような、えもいわれぬ安らぎを与えてくれます。
――これが最後から二番目の密室か。
――4――
と、思っていたのが間違いでした。
次の日にフラリと私の家に訪れたのは、茶屋で時々お会いするあのお方。
ハードこぁさまです。
違いました。
こぁさまです。
別名小悪魔さんですが、さすがに悪魔という言葉の印象度は最悪に近いものがありますので、この家の中では『こぁ』さまと呼称することにしております。
彼女は名前に似合わずかわいい性格をしており、小悪魔的な性格からはほど遠かったりします。モデル小説? そんなん糞くらえです。
むしろ――愛玩系?
愛玩といっても変な意味ではありません。
まちがっても性的な意味ではありません。
この年頃でエロ小説を書いてたらさすがに阿礼乙女の名前に疵がつきそうです。
ごんぶとクラスの疵が。
さて、私の目の前で小悪魔さんは側頭部についたこうもりの羽をぱたぱたとさせております。
どこか所在無さげな様子。
借りてきた小悪魔状態。
そして何を思ったのか、その場で畳に手をつきました。
「私ごときが、こんなところまで来ちゃいましてもうしわけございません。もうしわけございません」
来て早々、土下座する人って始めて見ました。
希少価値高そうです。
かわいいですね。
まあ子どもっぽい所作はどんな年齢のお方でもかわいく見えるものです。
「どうしたのですか。こぁさま」
「こぁはパチュリーさまにおつかいを頼まれたのです。始めてのおつかいではないのですが、人様の家にお邪魔するのはさすがに緊張しますぅ。がくがくがくがく」
ぶるぶるぶるぶると震えている、こぁさま。
うーん。
普通にかわいい。
「こぁさま、こぁさま。別に取って食べないですから、教えてください。おつかいとは何のことですか」
「はい。私の直接の上司はパチュリーさまなのです。パチュリーさまのご友人であられるのがレミリア様です。元を辿れば、そのレミリアさまから伝言なのですよ」
「なのですか」
「なのですよー」
「なのですか」
「なのですよーこぁこぁ」
このまま無限ループでもいいかなと、少し思いましたけど、やめておくことにします。
それよりも聞きたいのは伝言の内容です。
「えっと、はいそれがですね。ひとつの密室を解いてほしいと、そういうお話なのです」
「ふむ。また密室ですか」
「え?」
「いいえ。こちらのお話です」
なんらかの裏取引があったと見るべきなんでしょうかね。
所詮世の中、政治の世界でありますから、紫さまがひとつの密室で安心するようなお方でないことは予想しておくべきでした。
どこぞのかわいらしい魔法使いさんが言うとおり、弾幕はパワーだ。然り。世の中はパワーだ。これもまた然り。ちなみに後者の場合は権力という意味ですよ。
で、その内容は一体どういう思考から出たものなのでしょうか。
紫さま自身が布陣を張ったのか。それともあの幼げなレミリアさまが考えた密室なのでしょうか。
いずれにしろこれは興味深い。
他者の考えた密室は他者の思考のかたちをなぞったものになるのでしょう。
弾幕をすりぬける能力は残念ながらありませんけれど、密室を解くことによって妖怪の心理に少しでも迫れるのなら、これほどおもしろいことはありません。
「密室の内容はこうですこぁ」
こぁさま曰く――
【棺の中の少女】
棺の中に少女がいるという状況です。
特定の少女A。
貴方でもかまわないということです。はわっ。失礼な言い方になってしまいますが、一言一句まちがえたらお仕置きされてしまいます。お許しを~。
というわけで以下続きです。
もちろん少女は人間でした。
棺なんて珍しいものがどこにあるのかとお思いでしょうが、それはまちがいなく完備されております。
レミリアさまが寝ていらっしゃる?
いいえ違います。
レミリアさまは吸血鬼でありますが、ああ見えて(あわわ怒られちゃいますかぁ。こぁー)普通の幼女の生態をしております。
つまりはベッドで寝てることが多いのですが、紅魔館は吸血鬼の館でありますから、装飾の一種として棺も置いてあるのですよ。
棺。
材質は硬いヒノキで、例えば爪などで削ることはできません。
もしやろうとすれば爪がはがれてしまいます。
もちろんレミリア様やフランドール様ならバターのように柔らかく切り刻むことも可能でしょうが、普通の少女にとってはそういうことはできません。
せいぜいが表面を少し削るぐらいでしょう。
棺の大きさはだいたい棺おけ的な普通サイズです。大人の人間が二人か三人、ぎりぎりつめこめる程度の大きさと考えてもらえれば足りるかと。
表面は何かの虫のようにテラっと光る黒色をしていて、蓋にあたる部分も少女の力では当然破壊することはできません。
少女は棺の中に入れられます。
誰にでしょう。
あまり考えなくてよいようです。
世の理不尽さとでも言いましょうか。
ともかくそうして棺の中に少女がおさまりました。
そのあと、その棺には無数の釘が打たれ、中からは開けることができなくなったのです。釘をはずす道具ももっていませんし、そもそも中から打たれた釘を引き抜くことはできません。蓋以外の場所も開閉する仕組みなどはありませんでしたので、これで棺は完全な密室になったのです。
少女はいったいどうやってこの、狭苦しい密室を抜け出ることができたのだと思いますか。
もちろん超常的な力は使っておりませんし、誰かに助け出されたわけでもありません。
このような状況下で、少女はちゃんと棺の外へと脱出することができたのです。
「なるほど、これはまたずいぶんと短い……」
時間がなかったのでしょうかね。短いだけにすぐにわかってしまいました。
単純単純。
簡単簡単。
とはいえ、ここで答えをすぐさま言っちゃっていいものなんでしょうか。
悩みを見せたほうが良いのかも……。
なにしろ目の前の赤い髪をした少女が疑問を顔に張りつけています。
要するに、こぁさまがとてつもなく悩んでおられる。
さっきからです。こぁさまは自分で問題を出しつつ、ひっきりなしに首をひねっておいででした。
小首を傾げるという表現がありますが、まさにそんな感じで、ちょっと小動物的かわいさがあるとてもキュートな仕草でした。
かわゆいですね。
それにしても、この問題を創ったのはおそらくはレミリア様でまちがいないのでしょう。
会話を交わす人間と妖怪というのも珍しいですが、ある程度私の作風がぶっこわれ調子気味だったことも踏まえつつ、その問いをうまく抽出し、答えを返してきていることがわかります。
問いは言うまでもないことです。
私が発した問いですから私が一番知っています。
では、答えは――
他者の言葉の意味を平均的に解釈する――つまり誰が読んでもおおよそそうなるように読むというのは実はわりと難しいところです。
それも今回については翻案化されたもの。
映画の登場人物が悲しんでいるのだろうな、あるいは楽しんでいるのだろうなというのはわかっても、それを演じている人がいったいどういう心境なのかはなかなかわかりようがないことです。それと同じく、問いに対する答えという形式を取った会話は解釈に相当な幅があります。
平均的な解釈は可能なのでしょうか。
あ。とりあえず答えのほうから先に提示しておきましょう。
「こぁさま。こぁさま」
「は、はいなんでしょう」
「答え知りたいですか?」
ちょっと優越感。
「はい。知りたいです。知りたいです。教えてください」
「ならばお教えしますね。これは単純なのですよ。木は燃えるのです。ヒノキですからなおさら燃えやすいでしょうね。少女は中でマッチなりを擦って棺を燃やしてしまえばいいのです」
「そんなことをしたら少女Aさんも燃えちゃいますよ」
慌てた様子のこぁさま。
私は軽く頷きました。
「確かに燃えちゃうでしょうね。あるいはその前に窒息する恐れもあります。でも必ずしも死ぬとは限らない。幻想という名のお話なのですから、これはこれで良いのです」
「はぁ、そうですか。なんだかしっくり来ません」
「時間が足りなかったのでしょう……」
あるいは物語の恣意性。
端的に言えば、『あなたは自分の身を燃やしてまでも脱出したいのか』という覚悟を聞かれたような気がする。
レミリアさまは厳しく、そして厳しいがゆえにお優しい方なのだろう。
――5――
次の日。
さすがに次はないだろうと思っていたら、その思考そのものが私の裏腹な気持ちを表しているかのごとく、珍しい人が現れました。
白玉楼の妖夢さまです。
半分幽霊で半分人間の半人半霊という種族に属します。
半人だからといって、犯人というわけではありませんけれどね。
自分の想念でクスリと笑ってしまいました。
さてさて、どうせまた密室なのでしょうね。
「その節はどうも」
「あ。どうも」
無愛想です。小説内ではわりと幼げな感じで書いてしまいましたが、彼女はわりと人見知り。そんなに打ち解けてもいないので他人行儀です。
私はどちらかといえば、白玉楼のお嬢様のほうに好かれておりますから。
馬を射る前に将を射っちゃってます。
人脈のおかげでしょうかね。西行寺幽々子さまは紫さまと仲が良く、友達の友達はなんとやらという一種の詐欺的な効力によって私のこともかわいがってもらっています。
ありがたや。
ともかくそういった次第で、妖夢さまのことを書く機会も得ることができたのです。僥倖としか言いようがありません。
妖夢さまはすっと居住まいを正しました。
私もつられて、自然に背筋を伸ばします。
「幽々子さまの命でやってきました。密室を解いて欲しいのです」
ほら、予想どおり。
妖夢さま曰く――
【桜の木の下に眠る少女】
桜の木の下に少女が埋まっております。
桜の木というのは修辞にすぎなくて、本当は地面ならどこでもいいのですが――
地面です。
地中です。
土は普通の土で特に属性が付加されているわけではありません。
黒茶けたどこにでもあるような土です。
地面には穴が掘られていました。
埋まっている状態を作出するためにはそうせざるをえませんね。
穴は地面から一メートル五十センチほどの深さだということです。
メートルという単位はわかりづらいですが……あ、わかりますか。
ああ。ちょうど阿求さんの身長より少し長いぐらいということですか。へえ……。
とりあえず話を先に進めます。
少女は穴の中に埋められました。埋められた直後はまだ生きている状態です。
地面の深く深く。
少女は人間で、特定の人物。すなわち貴方が埋まっていると想像してください。
当然のことながら超人的な力は有しておりませんし、埋められてからすぐにでも脱出しなければ窒息死してしまいます。
呼吸ができなければ死んでしまうのが人間ですからね。
地面は硬いです。
数センチ掘り進める程度なら簡単ですが、
埋められた状態から少女の身体がすっかりと地上へと出るためには相当な時間がかかります。
おそらく十分はかかる。
しかしながら窒息死してしまう時間はもっと短く一分ほどです。
そうすると、一分の時間制限において、そのまま地面を掘るという方法では少女は地中を脱することができないのです。
けれど少女は簡単に地中という名の密室を脱し、地上へと躍り出ることができました。
道具等は一切使わず、しかも誰かに助けられたということもありません。
どうやって少女はこの地中密室を脱出できたのだと思いますか。
こういう問題でした。
うーん。わかりません。
「なるほどなるほど。短いジャブを小刻みに打ってくる作戦ですね」
「どういうことですか?」
「わりと短い問題だなということですよ」
それだけ設定が少ないわけで、答えとしても簡単です。
「答えわかりましたよ」
「え。早いですね」
「ええ。若干というかかなり粗い問題になっていますね。だからこそ解きやすいともいえるのですが……」
「よければ教えてください」
「はい。これはですね。脱出という言葉がキーポイントですね。少女の身体は地面に埋まっていて地上に出るには十分という時がかかるとあります。これはどうしてなのかわかりますか」
「埋まっているから当然でしょう。地面に埋められたら私でもそれぐらいの時間はかかりますよ。というか脱出不可能かもしれません。土の柔らかさにもよるとは思いますが」
「私の体力ごときで十分というのはかなり変ではあるのですよね。今回の問題はあくまで概念的なお遊びにすぎないわけですから十分という与えられた時間をそのまま受け取ればよいとも思いますが……。しかし、窒息の時間が一分ならそれより長ければとりあえず良いとも考えられます。そうすると逆に十分という時間の長さが浮いているように思われてきますね」
「そうですね。ですが、幽々子さまはああ見えて、そのなんというか……てきとーなお方なので……」
「いやいや妖夢さま。違いますよ。この十分はそれなりにリアリティがある時間なのです。埋められた状態の私が十分ほどで脱出できる状態といえばですね。地面に縦に埋まっていた場合ですよ。一メートル五十センチほど掘られた土に縦に埋まっているのなら、なんとか十分もあれば脱出できます。もしも横に埋まっているとしたらもっと時間がかかるでしょう」
「ああ。なるほど。でも、それでも地面から完全に脱するには十分の時間がかかるわけですよね。どうするんですか」
私は右手をぐっと天につきかざします。
「こうしたんですよ。手だけを地面の外に出した。地中から『すっかり』と抜け出るのは十分の時間がかかるわけですが、手だけなら、一分もかかりません」
「それだと少女は窒息死することになっちゃいますが……」
「なっちゃいますね。でもそれでよいのですよ。解くべき答えはどうやって密室を脱するか。そして地上へ躍り出るか。それだけが為すべき事柄なのですから。その後に少女が死んだところで知ったこっちゃありません」
「納得できない……」
妖夢さまが実直な性格なのはまちがいないようですね。
私の見立てもそれほど間違ってないということを安心したところで、今回の密室について少し考えてみましょう。
問いは同じく私から発せられたものだとして、その問いに対する答えがこの密室。
ふむ。見立てか。
抽象画としてのゲシュタルト。
言葉を画像化することも、すべての事象を見たままに記憶できる私にとってはそれほど問題なくおこなえるところです。
そう――おそらく。
おそらくは私がしようとしていることを本当になした場合『地面から腕だけがつきでたグロテスクな死体が残る』ということを示されたのかもしれません。
あるいは『埋まっちゃうなら止めはしない』ということなのかも。
さすが――
死に慣れており、死そのものであられる幽々子さま。
まったく死ぬことに対して恐怖していない。ゆえに遠慮もない。というところだろうか。
――6――
その日は緩やかに始まりました。
歴史の編纂もおわり、やることもない私は町で売られている春画本をひそかに購入してきて読みふけっておりました。
タコがたこさんです。
海がない幻想郷では生きている姿はあまり見たことがないのですが、その巨大バージョンが……えーっと……乙女の着物の中に侵入しており、極めて無碍な状態でありました。
次の頁をめくるとさらに無碍な状況へ。
ふぅむ。
「妊娠しちゃうって、異種族間でも妊娠するもんなんですかね。あ、慧音先生がいらっしゃいますか」
とりあえず……。
ふぅ。
賢者タイム賢者タイム。
さて、そんなわけで今日は少し考えてみましょう。
砂時計の密室。
これはやはり厄介なものでどうしても解けそうにありません。
物理的な力、物の道理に従った力を加えてはならないのですから、だいたい方法論は決まっているはずなのですが――
問題なのは幻想郷には海がないことですかね。
海がないから砂浜の砂もない。
この砂時計はこの世界ではあってはならないものなのです。
ないものをあると言えるのは人間の精神のなせる業。
とりあえず時間切れはまだ当分訪れそうもないからゆったりと考えることはできます。紫さまの怪しく笑う様を想像し、私もまたクスリと笑いをこぼしました。
誰かのために笑えるというのは素晴らしいことです。
私は紫さまに愛されているのでしょうか。
全か無かというふうに二分割すると、わかりませんが、大洋に浮かぶ蜃気楼のような心情としては『愛されている』と感じます。
それは――人語で解することはできませんから、きっと私には理解できないのでしょうけれども。
本当の意味で理解できたと思うほうが傲慢なのでしょうけれども。
そういう心情に浸ることも悪くはないと思います。
抽象的かつ相対的な概念を操ることの不確かさ。
境界の不確かさ。
心のなかが宙吊りされているかのような気持ち。
言葉は『でじたる』なものでして、想いは『あなろぐ』なものですから齟齬がでて当然なのでしょう。長い時間を経た本のように虫食いにされてしまう。
私の想いは『あなろぐ』です。
ですが、あえて言葉にしてみるなら……。
ああ――これは愛というよりは――恋に近いのかもしれませんね。
妖怪である皆様に対する、あるいは幻想郷という抽象的な場に対する、一方的な恋ごころ。
焦れる心。
思い焦がれる心。
不動の心を得るにはまだ遠いようです。
さて、次のお客様がいらっしゃいました。
永遠亭の兎さん。
鈴仙・優曇華院・イナバさまです。名前なげぇっす。鈴仙さまとお呼びしております。
いつもの通り、私は玄関でお出迎えし、客間にお通ししました。
これだけ来客が続いたことも珍しいので、私は半ばわくわくしております。
「失礼します。実は師匠の命によってこちらへうかがいました」
「そうでしょう。そうでしょう」
「予想していたみたいですね」
聡いですね。
紅い眼で見つめられると、なんだか変な気持ちに。
酔っ払ってくるような感覚に陥るから不思議です。自白剤でも飲まされているかのようなふんわりした気分のまま、私は頷いていました。
いやはや――恐ろしい。
彼女の瞳をまともに覗きこんではいけません。
常人に過ぎない私の場合、すぐに気が乱されてしまいまともな思考を辿ることができなくなってしまいます。
顎のあたりか眉間を見つめましょう。
それが彼女と話す場合の作法です。
「さて……、では永琳さまの命とはいったいなんなのか。教えてくださいな」
「数学的な密室について」
鈴仙さま曰く――
【冷たい方程式】
冷たい方程式ってご存知ですか。
ご存知ないですか。
そうでしょうね。あまり幻想郷には馴染みのない種類の話ですし。
設定がかなり歪つではあるのですが、こんな話です。
ロケットに独りの船員が乗っています。
ロケットというのは、夜空を飛翔する乗り物です。宇宙にすらいける巨大な飛行物体なのですが、これはひとつの密室でもあるわけです。
乗り物であるからにはロケットには船長がいなければなりません。
普通、乗り物を動かすためには数多くの人員が必要なところではありますが、今回、船長ただ独りで動かすことができるようなものであると思ってください。
ワンマンロケットです。
オートマティックしてるわけです。
このロケットは月に向かって救援物資を運んでいます。例えば月で原因不明の疾病が起こり、その特効薬を運んでいるとしましょう。
特効薬によって救われる命の数は言うまでもないことですが膨大です。
わかりやすくするために千人とでもしときましょうか。
ですがここで問題が発生しました。
ロケット内に、月にいる親族に会うために、少女が隠れていたのです。
つまり、密航者。
もし、密航者を排斥しなければ、燃料やら食料やらの問題で、月まではたどり着けないという状況でした。
特効薬をギリギリまで積載するために、燃料やら食料やらを最大限まで切り詰めていたらしいのですよね。
ここまでわかりますか。
簡単に言えば、一人の少女を殺すか、あるいは千人の月で待っている人々を見殺しにするかしかないわけです。
食料やら燃料やらの問題はギリギリですし、月まではかなりの時間飛行しなければなりませんので、我慢とか精神論とかでどうにかできるものではないのです。
その密航者である少女とは、貴方でした。
貴方と船長がふたりとも生き残るためにはどうしたら良いと思いますか。千人もできれば助けてあげてください。
この問題を解くには矛盾を解く必要がありそうですね。
これもまた密室を解くということになるのでしょうか。
師匠の出す問題は難解です。
「なるほど。趣向が少し違いますね」
いままでの問題は曲りなりにも密室からの脱出を趣向してきたものですが、今回の問題は密室からむしろ脱出しない方向性のほうが正しく見えます。
どうやってロケットの中に留まるべきなのか。
そういう問題なのでしょう。
科学的な知識には疎いところがありまして、さすがにすぐには答えられそうにもありません。
考えてしまいますね。
「答えはいつまでに提出すればよいのでしょうか」
「べつにいつでもいいということです」
「では、次の機会までに考えておきましょうかね」
鈴仙さんは大根を買いにきたらしく、一礼してすたすたと去っていった。
宿題ができてしまいましたね。
このまま物量作戦でこられると、いろいろと支障が出そうです。あまり重くなりすぎないうちにさっさと片づけたほうがよさそうですね。
というか――砂時計です。
砂時計の密室の謎を解かせまいとするために、先兵としていくらかの密室が考え出されたのでしょう。
言ってみれば枝葉なのです。
他の密室はお遊び。
もちろん砂時計の密室もお遊びといえばお遊びですが、一つ上の階層にあるお遊びといったところでしょうか。
こういうときは気分転換したほうがよさそうです。思考が円熟するにはそれなりに時間をかけなければなりません。発酵するのに時間がかかるのと同じこと。
というわけで、ひさしぶりに慧音先生に会いに行ってみましょうか。
――7――
慧音先生の寺子屋では私と見た目年齢が同世代の子ども達が何人もいます。
今日はなんだか様子が違うようです。
おや――あそこにいるのは、アリスさまではないですか。
アリスさまはクモの糸のような細い線を使って、上手に人形たちを動かしていきます。今日は子ども達に人形劇を見せに来たのでしょう。もちろん稀有なことです。アリスさまは人付き合いをあまり好まれるタイプではありませんから。ただ、人形に専心する心は本物でして、おそらく人形を扱うというただその一点のみが、こういうことをさせているのではないかと推測できます。
それにしてもすごい技です。
半自動とは思えず、もはや自律しているといってもいいほどに軽やかに動く人形たち。
その数は総勢で七体。
ひとつひとつの人形に名前があるらしいのですが、見分けがつきやすいのは、上海人形と蓬莱人形でしょうね。
演目はなんなのでしょう。
「シャンハーイ」「ホラーイ」
だけではさすがにわかりません。
ですがそこはアリス様のこと、ちょうどパントマイムのような感じに、身振り手振りだけでなんとなく様子はわかります。
どうやら上海人形と蓬莱人形は同棲関係らしく、彼女たちのベッドシーンから始まりました。
いやはやなんというか……。
すごいというか蛮勇というべきか。
ああ、でもいちおう服は着ていますし、蓬莱人形も男役ではあるものの、いつもと変わらないかわいらしい格好ですよ。ちょっとウェーブがかった金髪に蒼い瞳をしています。
ただまあ、ものすごい違和感なのが紙巻煙草。
人形サイズのやつでした。
なぜか紙巻を口にくわえていて格好つけている感じが夫の雰囲気なのです。これまた謎なのですが、なぜか上海人形に対して腕まくらとかしちゃってますし、上海人形のほう上海人形のほうで蓬莱人形にぴったりとくっついております。
見た目はかわいらしい妖精さんどうしがいちゃいちゃとくっついているような感じなのですが、かもしだされる雰囲気はそこはかとなく大人なのです。
エロスではなく、怠惰な感じ。
ライトアップされる顔つきが淫猥な気もしますが気のせいでしょう。
淫猥になったらさすがに子どもたちには見せられませんからね。
私の場合は見ても問題ないでしょうけれど。
さて人形劇は次の場面に移りまして、紅毛のお人形さんが登場します。確か名前は和蘭人形。
彼女は一見気の強い性格らしいのですが、実は内面はひどく脆いらしく、蓬莱人形に恋をしているらしいのです。
蓬莱人形もてもて。
とはいえ、裏腹な性格らしくついついつらく当たってしまいます。
私ってかわいくないなぁと全力で表現する和蘭人形。
すんげーかわいいです。ただ、ちらりと思ってしまうのは、そのわかりやすさ。
ステロタイプな性格類型。
多様で繊細な情報に見えて、実はツンデレっていうのは単純化されたヒステリーの一種なのかも。
そういう穿った見方をしていては楽しめないものです。
こういうときは無心でキャラクターにいれこんでみましょう。
和蘭かわいいよ和蘭。
さてこの博愛の和蘭人形、ついに均衡を崩します。具体的には蓬莱人形と浮気をしようと持ちかけまして、蓬莱人形もちょっと乗り気なご様子。
当然バレました。
上海人形は烈火のごとく怒ります。蓬莱人形はごめんごめんと謝る動作。
なんだかこのへんの営みはすぐに伝わるものがありますね。
子どもたちも納得のご様子。
驚くべきことに子ども達も思っているよりもずっと知っているということです。社会的な地位をずっと理解しているのです。慧音先生は優しい方ですから、ついつい子どもたちの立場になって物を考えようとしてしまいがちですが、実をいうとそんなことをする必要はありません。
子どもだって――いや脆弱な子どもだからこそ。
すでにちゃんと現実をロールプレイできるほどには演技が達者になっているのですから。
追いつめられた蓬莱人形はついに首吊りを敢行しようとします。
とっても情操教育に悪そう。
そう思っていたら、上海人形があらわれて首吊りのロープを切断。
大団円でした。
抱き合ってキス。慧音先生の顔面が蒼白になっているのが見れて、むしろ私としてはそちらの方が楽しかったりします。
昨今のドラマのギドギドっぷりを見事にトレースした創りでしたね。
人形劇が終わったあと、しばらく待っていました。
アリスさまとお話ができるかなと思ってのことです。アリスさまは私のほうに視線をやることすらなく、人形たちのチェックにいそしんでおります。
私も邪魔にならないようにそっと見守ります。
視線は真剣そのもの。
人形たちは特に糸らしい糸がなくとも自動的に動くようです。
もちろん糸があったほうが精細に動くようですが、内在するプログラムに従って、ちゃんと半自律している。
総勢七名の人形たちはアリスさまにとっては決して多い数ではないらしいです。
ひとつずつ人形をチェックする間に、子どもたちのお相手をするのは、上海人形と蓬莱人形のお仕事です。
かの人形たちはどうも他の人形よりも仲が良いように見えます。
私に思い入れがあるせいでしょうか。
やがて全部の人形のチェックが終わったあと、アリスさまは物も言わずに立ち上がりました。
私はここぞとばかりに駆け寄ります。
「アリスさま。お久しぶりです」
「ああ……、お久しぶり」
アリスさまの瞳は薄い青の瞳で、いつも涼しげです。
「ところでアリスさま」
「なに?」
「なにか……えーっと、問題のようなものはありませんか」
「問題?」
「密室的な何かですよ」
「ああ……別にないわよ。私はそういうの興味がないし、あなたが何をしようとどうも思わないもの。あの胡散臭い妖怪がなにか言ってきたけどね」
「左様でございますか」
半ば予想していたこととはいえ、肩透かしをくらった気分です。
残念でした。
そしてふと気づいたことは、やはり私はどこかで問題を待ち望んでいたのだろうなということです。
アリスさまをお見送りしたあとは、慧音先生とお話します。彼女は人間の守護者であり、そして私にとっての先生でもありますね。まあ総体的な意識の記録値は私のほうが長いのでしょうが、その精神性は尊敬に値するものです。
だからこそ、慧音先生には先生という呼称がふさわしい。
「今日は珍しいな」
「はい」
「まあお茶でも飲んでいくといいよ」
「そうします」
私と慧音先生は子どもたちのいなくなった寺子屋の中で、机をはさんで対峙します。
背の低い小さな机ですが、慧音先生の背筋はピンと伸びていまして、正座した格好は牡丹の花のように美しいものでした。
お茶をすする動作も綺麗です。
「で、何か私に聞きにきたのだろう?」
「そうですね。たいしたことではないのですが、わからないことがあるのですよ」
砂時計の密室についても聞きたいところでしたが、あれは私にだけ与えられた問題です。
他人に尋ねるのは多少もったいない気がします。
そこで聞くべきは【冷たい方程式】についてです。
慧音先生はしばらく目を瞑り黙って聞いておりました。そしてかっと眼を見開き、私を視線で貫いてきます。
「おそらくは、殺しあったのだろうな」
「できるだけ死なないようにとのことですが」
「死なない程度に殺しあったのだろう。自己を規定するのは最終的には魂であるとするならば、肉体を極限まで殺してしまえばいい。それが生きているといえるかはわからないが」
「なるほどですね」
つまりは、冷たい方程式の解のひとつとしてはこんなことが考えられます。
船員と少女は二人して脳みそ以外の肉体を捨て去ったのです。
そうすれば、肉体全部が生きているよりかは遥かにエネルギーの消費を抑えることができるでしょう。
かなりグロテスクな図ですが、それでもなお二人は生きている。
船を動かすのも、船員一人で動かせるほどの技術力があるのなら、あるいは脳みそだけでも可能なのかもしれません。
まあそこらへんの知識に疎いせいで、いまいち解答にたどり着けなかったのですがね。
慧音先生は最近、科学的知識では幻想郷一と思われる永遠亭の人たちとの親交があるらしく、その手の知識も蓄えておられたのでしょう。
私も学ぶことはまだまだ多いです。
「しかし、危ういな」
と、慧音先生は厳しい目つきになります。
「なにがです? 先生」
「君は死に焦がれているらしいじゃないか」
「ええまあそうです。ただ死にたいわけじゃないですけどね。死を観察したいだけです」
「どうしてそう思うようになったんだ」
「さほど理由はないのですよ」
「歴史の編纂がひと段落ついたからか。君のなすべきことはまだまだ沢山残っていると思うが」
「仮に私がいなくても誰かがやるでしょう」
「いや、君にしかなしえないはずだ」
「オンリーワンという思想ですか」
しかし、それもまた儚い思想だろう。
ひとつだから価値があるという幻想。
価値を外側に求めること自体がすでに不自由といえます。
「結局、君はどうしたいのだ」
「密室を解くことです。自由という感覚。浮遊の感覚を得てみせましょう」
「それは妄想の類と何が違う?」
「求める限りは夢でありつづけましょう」
「到達しえないかもしれないのに?」
「大事なのは私がそこへ行きたいという欲求です」
満足してしまうと、そこで人は停滞してしまう。動き続けるということ、移動こそが生命の軌跡であると思いたい。
たとえそれが奈落の底であろうとも。
地獄の底だって、空はあるだろう。
言ってみれば、私の想いは空にあこがれるような気持ちに似ている。飛翔したいという思いは空を飛べる人間には決してわかるまい。
地面に足をつけて、歩行することで、ひとつの安心感を得ることもまたわかる。
しかし、空の彼方に誰かがいるのだとしたら、その方に会ってみたいではないか。
無限の彼方にいる相手に向かって、いつか届くと信じて、私は手を伸ばす。
思考という名の翼で、虚空の先へと飛翔してみせよう。
それが理由。
それが言葉です。
――8――
自室で砂時計をくるりくるりとひっくり返して遊んでいます。
何度も何度も、
無限に回転する。
円環機構。
永久の模型。
今、それは砂時計の形をしています。
「死んではいけませんよ」
珍しいお方が顔を見せてくださいました。
四季映姫ヤマザナドゥさまです。
それにしても、出会い頭の言葉がいきなり死んではいけないとは、少女に対する言葉としてはエチケットがなっていません。しかし、四季映姫さまはそのお言葉のひとつひとつが正義のかたまりみたいなものでして、正しいことだけ為すお方ですから、その言葉もきっと正しいのでしょう。
なにしろそうすることが、そのまま正しくなるという類のものです。
なんだか反則気味な気も……。
「死にませんよ。四季映姫さま。まだ死にません」
「砂時計の密室が解ければ、死ぬつもりですか」
「そうとは限らないでしょう」
「なんて素直な虚偽……。いいですか。あなたは赦されざる罪を犯そうとしているのですよ。すべての生命に対する裏切り行為です」
別に自殺を推奨しているわけではないのですけれども。
いつのまにやら周知の事実になっているのでしょうか。
これはなんとなく羞恥の事実とも言えそうですね。
これが解けたら私は死ぬってどこの中二病患者ですか。
そういうことが言いたいわけではないのです。
自殺はあくまでも手段であって、目的は別のところにあるのです。
死にたくないから自殺すると言えば、少しは伝わりますでしょうか。
四季映姫さまの冷たい視線を浴びていると、どうにも言葉を発することができません。
「じっとしているのが苦手ですか?」
突然、四季映姫さまが言葉を発しました。
「特に苦手というわけではないのですが、落ち着かない性分ではありますね」
私は天井をなんとはなしに見つめてみます。
なんの変哲もないただの木の板です。
高いな……。
天井にすら届きそうにない。
「私には空疎な理論は意味がありません」
四季映姫さまは淡々とした口調で切り出しはじめました。
黙ってうなずきます。
「結論から先に言いましょう。あなたが死に恋焦がれる理由はもっと別のところにあるのではないですか」
「どういうことですか」
「トラウマというやつですよ」
「うーん。それらしい記憶はないですけれど」
「本当にそう思っているのですか?」
「ええ」
「それこそがまさに心的外傷の証拠ですね。そもそもトラウマは自力で思い出せる類のものではないのです。あるいは事実としては知っているかもしれません。しかし――受け止めることができていないのです」
事務的な口調でした。
私にはまったく記憶にないことでしたので、ただうなずくばかりです。
「二度目の転生について覚えていますか?」
「もちろん覚えていますよ。私の能力は一度見たものを忘れない程度の能力ですからね」
「そうですね……、それは人間の身には少しばかり重過ぎる能力なのでしょう。ですからあなたは自らの記憶を手放したいと思ったときに殻の一部を削る必要がでてくる。記憶はあなたの魂に付着していますからね。魂ごと削り取るような荒業が必要になってくるのです」
「そんなことを無意識にでもやっていたら身が持たないと思いますが」
「身がもたない。だから、今あなたは死に魅入られているでしょう。破滅的な感情に支配されそうになるのです」
「そういうわけでもないのですが」
「意識してないだけですよ。かなり暴力的です。あなたは」
「意識できないのでしたら、どうしようもありませんね」
「忘れてはいないのですから、思い出そうとすれば思いだせるはずです」
「うーん」
「……」
四季映姫さまの大きなため息。
なにかと苦労性なんですよね、四季映姫さまって。
「いいでしょう。では、あなたの三番目の母親はどうなりましたか。思い出してごらんなさい」
「死にましたね」
私は即答します。
「ただ死んだわけではないでしょう」
「自殺しましたね。ですけど、そのことは受け入れておりますよ。私だって子どもではないのです。こう見えて普通の人間よりは長く生きているのですから」
「わかっていませんね」
「そうは申しましても」
「いいえ、わかっていません。あなたはただ事実をなぞっているにすぎません。感情をもって受け入れているわけではないのです」
「しかし、私にとっては唯一無二の母親というわけでもないのですから、それなりに淡白になるのは仕方ないでしょう。想っていないわけではないです」
「真摯さが足りないのですよ」
「性分ですからね」
「魂の摩滅を抑えることはあなた自身でも難しいですか……。人間は脆弱にすぎますね」
「脆弱でない人間などいませんよ」
しかし、脆弱すぎる人間は逆に自殺できないものです。
弱すぎても強すぎても人間は自殺しないのではないでしょうか。
その奇妙な捩れ。
どうしようもない矛盾。
生きたいから死に、
死にたいから生きようとする。
ただ弱いというだけでは説明しがたい何かがあるような気がします。
思い出せないわけではないのです。
『あなたは私の子どもを奪いなさった』
そう言って、そして彼女は命を断ちました。
理解できないわけではないです。
彼女にとっては、
いや私の三番目の母にとっては――
殻ではなく魂の問題だったのか。
懸命に彼女の気持ちを想像してみますが、見えないものを見ることはできません。
わからない。
わからない。
それは結局、理解できていないということなのではないか。
四季映姫さまが立ち上がります。
言うべきことを伝えたあとは本人次第らしいです。ともすればアフターケアに欠けると思われがちな四季映姫さまの行動ですが、実のところは選択を委ねる優しさなのだろうと思っています。
振り向きざま、四季映姫さまは微笑みました。
「さて、私も一つ小さな密室を小さなあなたに贈りたいと思います」
「はい」
「ここに取り出したるは――」
四季映姫さまがふところから見せたのは赤い風船でした。それを四季映姫さまは唇を押しつけて膨らましました。
口のところを縛って、膨らんだ風船の完成。
「なんの変哲もない風船です」
「そうですね……」
私は座したままでは失礼かと思い、立ち上がりかけたところで押しとどめられました。
そのまま聞いていろということなのでしょう。
「そしてさらに、何の変哲もない針がここにあります」
四季映姫さまの細い指先には、ミシンにでも使われそうな小さな針が握られておりました。
「それが今回の少女役ですか」
少女役、要するに密室から脱出しようとする者。
「そうです。風船はひとつの密室ですね。この密室を破壊することなく、例えば口を開いたりすることなく膨らませたまま、針を侵入させなければなりません。ただそれだけの問題です」
今度の問題はおもしろいことに、密室そのものを破壊してはならないという命題でした。
これはもう端的に言って、幻想郷から脱しようとすることで、幻想郷を――ひいては世界を乱すなと指摘しているのでしょうね。
なにしろ四季映姫さまにとっては、自殺は明確に黒とおっしゃってますから、まあ当たり前といえば当たり前の思想です。
ですが、さらにおもしろいところは、私の気持ちも理解してくださっているのか……、針の侵入を赦す方向らしいです。
私は場合によっては幻想郷を脱しても良いと許可されたのでしょうか。
喜ぶべきこと、なのでしょうね。
私は風船と針を受け取ります。
答えは最初から出ていました。
プスリという手ごたえとともに、風船に針が突き刺さります。
種も仕掛けもあるのですが、さすがに当たり前のように刺したので、四季映姫さまもちょっと悔しそうな顔をしていらっしゃいます。
「少しは悩むかと思いました」
「だって、こんなにわかりやすい種はありませんよ」
なんのことはありません。
風船の表面にセロハンテープが張ってあるのです。
たったそれだけのことで割れなくなるのです。手元にあるかたは試してみると良いかもしれませんね。
もちろん――針を突き刺した状態だからこそ保っている均衡です。
この針をそのまま中に入れると、すぐにでも割れてしまうでしょう。
私は針を突き刺したままの状態で四季映姫さまに風船をお渡ししました。
四季映姫さまは針を風船の中に押しこんでいきます。
あ、と思う間もなく、風船は割れて自壊。
「いいですね。軽挙な行動はつつしみなさい。魂を鍛錬することです」
――9――
再び自室。
パタパタとタイプライターを打つかたわら、砂時計に一瞬、目を這わせます。
日差しを浴びて、砂時計には鴉の羽のように濃い影がつくりだされていました。
人の生命と、言葉と、想いもおそらくは影の部分のほうがずっと多いのではないかと思います。
影を文字で光のもとにひきずり出すことは可能でしょうか。あるいは、それは怪物を面前へと召喚する愚かな行為にすぎないのでしょうか。
人間の多くは妖怪を見るのを怖がって、真夜中の鏡を覗きこもうとはしません。
暗闇を見つめるのを怖がるのは生存本能です。
死体を見るのを怖がるのも同じ心境でしょう。
死から遠ざかっていたい。
死にたくない。
単純な、そして聖なる本能です。
どうしてその聖性に逆らえるのでしょう。
なにが彼女自身を破壊せしめるのでしょう。
生命とはすなわち【私】ですから、それよりも重いものはないはずです。
つまりは生命より価値のあるものがあるという思想がなければ自殺はできない。つらいから死ぬという場合も、例えば生きているよりも死んだほうが良いという利益考量をした結果、死の価値を認めているわけですね。
なんだかもやっとしてますねぇ。
砂時計の中の砂になった気分です。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、思考が定まりません。
私はたちあがって、障子を開け放ちます。
そこでふと視線を下にやると、紫さまのお顔が見えました。こんなところから現れるから胡散臭いと思われてしまうのでしょうに。
「久しぶりにきましたわ」
「今日はどういったご用件で」
「あなたと少し話がしたくなっただけよ」
「そうですか。では、お茶をたてましょう」
しばらく。しばらく。
で、結局こうして紫さまとお茶を楽しんでいるわけですが、なんといったらよいか、私はばつの悪い気分になってきました。
宿題のすんでいない子どもの気分です。
「砂時計の密室はまだ解けてないようね」
「そうですね。あと少しばかり時間がかかりそうです」
「いいのよ。急いでないから」
「そろそろ解けそうなのですよ」
「ほう……。嘘ではないのね」
「嘘ではないです」
私と紫さまの視線が交差します。そろそろ解けそうだというのは嘘ではありません。
行ったり来たりを繰り返す私の思考も、いずれはどこかにたどり着くのでしょう。
そのときこそは――きっと、私の母親がなぜ自殺したのか、その答えを得ることができそうな気がします。感傷ではありませんよ。それに実際、トラウマなのかどうかも私にはわからないのです。意識できることではないし答えが出ることでもない。
自殺者の想いなんてわかるはずがないのです。
なのに、わかりたいと想うのは――
つまりは死んだ者の想いを祭り上げて復活させようとするのはいつだって生きている者たちなのですよね。
自殺は罪ではない。
そんな単純な思想すら封印されている。
なぜなら生きていることが善でなければならないからです。
人間にとっての自殺は、本当のところは黒でも白でもないのでしょう。
その人にとっては、ごく自然なことなのかもしれないのです。
赦してください。
――10――
海の音が聞こえる。
寄せては返す、生命のリズム。
私は閉じていたまぶたを開く。
紺色をした海が目の前に広がった。
蒼い空。
天空を駆ける鳥たち。
思っていたよりも速いスピードで、波が私の足をさらっていく。
少しくすぐったい。
それは摩擦のせい。
海が私に触れたのか。私が海に触れたのかは、そんなに意味のあることではない。
すべての存在、すべての精神に特権的な地位はないのだから。
いま、ここにあることによってのみ、私は私であることができる。
幻想郷のことを少し想った。
私の恋した幻想郷を。
誰かがそこを閉ざされていると評価した。
幻想郷を閉ざされた世界と評価するのは、飛翔するのをやめた人間たちだろう。
飛び越えてしまえばいい。
飛翔し、飛び越えて。地平線を横切っていけ。
想いが伝わるのも同じ理屈です。
私の友人が砂浜の向こうから手を振りながら近づいてきた。
「待った?」
「いいえ」
そして、私はどこかで手に入れた砂時計を友人に見せた。
密室の謎。
砂時計を破壊せずに、中の砂を取り出すという密室。
友人は興味深そうに耳を傾けている。
「ああ、それは……」
それは――、単純なことだった。
これ以上なく単純な相対性。
「はい。出した」
友人は楽しそうに言った。なにもしていない。ただ言葉を発しただけだ。
「どこに?」
私はすぐに聞く。そうすることが儀式のように大事だった。
「ここのどこかに出したの」
砂浜を指差しながら彼女は言った。
「じゃあ、砂時計の砂は?」
「ここらの砂が入ったんじゃないかな」
それから、二人してクスクスと笑った。
太陽が傾いてきて、星のいくつか瞬き始めた。それから私たちは砂浜を歩きだした。
私は砂時計を後ろへ放り投げる。
それは放物線を描いて空を飛翔し砂浜へと落下した。
いずれとも知れない砂粒は、いずれとも知れない砂浜へと還元されていく。
私もいずれはそうなるだろう。
「その言葉こそ、人類の墓標に刻まれるべき一言です。神様、よくわかりませんでした……ってね」
『四季 冬』 森 博嗣 より。
タグ追加しました。感謝。
超空気作家まるきゅー
ほかに何かいうならタグに阿求をたしてもよいのでは?
胡蝶の夢の別解ってことなんかな?
追いつけねぇ
やっぱり密室といえば森博嗣があがりますよね!
まて、あっきゅん何してんだw
内容はさらりと読めてよかったです。
砂時計の密室、そう解くかぁ