「おーい。出てこーい」
博霊神社付近の洞穴より広がる地底世界。
それほど深く無い地点の横穴に、彼女達はいた。
穴に向かって茶色い少女が何やら話しかけている。
勿論彼女に空洞に向かって声を掛ける様な奇特な趣味は持ち合わせてはいない。
彼女の名は黒谷ヤマメ。幼い容姿とは裏腹に、その正体はとても恐ろしい妖怪蜘蛛女である。
ただ実際の本人は、お祭り好きの気さくな話していて楽しい妖怪なのだが。
そんな彼女は一体何に対して話しかけているのか。
洞穴からは一切の返答はない。
傍から見るとただの怪しい人物に見えてしまう。
「何してんのよ」
そんな彼女の元に一人の少女がやってきた。
独特の民族衣装のような服装に、鮮やかな金髪。そして尖った耳。
人妖問わず嫉妬心を操る恐ろしい妖怪、水橋パルスィである。
実際は地下に降りる人間を見守る守り神なのだが。
何やら先程から恐ろしいのか恐ろしくないのか今一わからない妖怪ばかりが集まっている。
恐ろしいという言葉の価値が下がっている気すらしてくる。
「何か言ったかしら」
いえ、何でもないです。
パルスィの姿を認めたヤマメは、よっと言わんばかりに片手を上げて挨拶を交わした。
勝手知ったる地底仲間という奴である。
住家も比較的近いのでご近所付き合いの関係とも言う。
「いやね、これ見てよ。これ」
そう言ってヤマメは、彼女の周りに転がっている物体を示した。
地底は薄暗い為気がつかなかったが、それは何やら薄い板状の形をしている。
微妙に沿った木製の板が、十数枚ほど。ついでに黒い輪状の物の一つだけある。
そして極めつけは、数メートル、いや下手すると十数メートルはあるんじゃないかという長い長い紐。
ヤマメは何か作っていたのだろうか。
パルスィはそう思ったが、別にヤマメの体は何処も汚れていない。
それに道具の類も見当たらないし、何よりヤマメに木片の束で何かを作るような日曜日のお父さんみたいな趣味は無い。
「何これ」
「桶」
「はぁ?」
おけ。置け。オケ。おk。
パルスィの頭の中で様々な『おけ』が飛び交っていく。
おけ……まさか桶?この木片が?まさかぁ。
桶ってのは、こう手に持つ部分があって、水を入れる部分があって、上には紐がついていて……。
この木片が桶。何を言っているのか。
こんな木片で水を汲もうものなら、引き上げた瞬間に水がどばどばと零れ落ちる。
その前に井戸に落としたらそのまま上がってこない。紐ついてないから。
「これの何処が桶なのよ」
「正確には、元桶」
ヤマメが木片の一つ、もとい桶の一部を拾い上げて言う。
よくよく見てみれば、確かに桶の一部だ。
これを繋ぎ合わせて紐をつければ確かに桶にならないでもないような気がする。
しかし何故また桶がこんなばらばらになってしまったのだろうか。
どこぞの無断で家に入ってくる旅人に投げ飛ばされでもしたのだろうか。
旅人はさぞがっかりしただろう。せめて薬草でも入れておけば良かっただろうに。
「いや、誰さ旅人って。まぁ何があったかは知らないけど、壊しちゃったらしいよ」
「壊しちゃった?アンタが壊したんじゃないの」
「いんや。壊したのはキスメ」
「は?」
キスメ。
地底で最も浅い所に住む妖怪釣瓶落としである。
釣瓶落としとは、夜道に突如木の上などから降ってきて、獲物の人間を食らう恐ろしい妖怪である。
だが実際は妖怪の癖に人を怖がり人見知りもする気の弱い妖怪である。
やはり何処かの誰かさん達と同じで、恐ろしいのか恐ろしくないのか今一わからない。
「一言多いんだけど」
ごめんなさい。
とにかくヤマメ曰く、この桶を壊してしまったのはキスメらしい。
パルスィもキスメの事はよく知っている。
何時も桶に入ってゆらゆらと揺れている掴み所の無い無口っ子。
……桶に入って。
「ねぇ、その桶って……」
「そ、キスメの」
軽く言ってくれる。
何時も桶に入っているキスメ。それが壊れた。
出たら死ぬのかと言わんばかりにヤドカリのごとく何時も何時も入っていた桶。
それが、壊れた。
「ねぇヤマメ。キスメ今何処にいるのよ。ねぇ、何処」
パルスィはヤマメに掴みかかる。
見て見たい。凄く見て見たい。
桶に入っているキスメもちんまりしていてマスコット的な意味で可愛いけど。妬ましいくらい可愛い。
だが桶が無くなったキスメというのも、それはそれで非常に興味深い。
「ちょ、落ち着きなって。その穴に居るよ」
そう言ってヤマメは先程話しかけていた洞穴を指差す。真っ暗で中はよく見えない。
なるほど、此処にいたからヤマメは洞穴に話しかけていたのか。
だが今はそれどころじゃない。キスメの保護が最優先である。
そう、保護。桶が無くなって不安だろうから保護してやるだけだ。決して抱きかかえて撫でようなどという下心は無い。
パルスィは自分にそう言い聞かせて洞穴に突入する。最早守り神も嫉妬妖怪もあったものではない様相である。
だが、洞穴に入ったパルスィを出迎えたのは、放射線状に飛び交う光弾弾幕であった。
沢山の弾幕がパルスィを襲う。今宵はルナティックである。
「ちょ、あぶな!?」
パルスィは急いで穴から飛び出した。
今の放射線状に飛ぶ弾幕は間違いなくキスメの物である。
しかも今のはかなり本気の弾幕だ。画面の前の人の言葉を借りるなら、ルナティックレベルである。
危うく一機減るところであった。
「私も入ろうとしたらやられたよ」
ヤマメがあっけらかんと言う。
「だったら入る前に言いなさいよ」
パルスィが怒って抗議する。
「だって聞かれなかったし、勝手に入って行ったし」
ごもっとも。
どうやら恥ずかしがり屋のキスメの精一杯の抵抗のようだ。
洞穴から出てこないのもおそらく桶から出た姿を見られたくないからだろう。
というか、首から下を隠すために桶に入っていたのか。いや、確かに他に用途は思いつかないが。
とりあえず直接連れて来るのは非常に危ない。
ルナティック弾幕を撃ってくるので非常に危ない。そこまで見られたくないのか。
その気になれば避けれないことは無いが、近づくとなるとそうもいかない。
というか放射状に弾幕を放つ者を捕まえて連れてくる等相当タフじゃないと不可能である。
かといって此方が弾幕を撃つわけにもいかない。攻撃した所でどうにかなるものでもないし。
しかしこのまま放っておくわけにもいかない。
「どうすんのよこれ」
「桶は地上にいる河童に修理してもらうとして……。どうにかしてキスメを此処から出さないとな」
以前この地底に白黒人間がやってきた時に知り合った河童ならこの桶をどうにかしてくれるはずである。
基本的に河童には技術者が多いらしい。
しかしいくら腕がいいと言っても、修理には時間がかかるだろう。
その間キスメをずっとこの洞穴で引きこもりさせておくわけにもいかない。
妖怪だってお腹は減るし、精神衛生その他諸々の事情で大変よろしくない。
どうにかしてキスメをここから出す必要がある。
しかし無理に連れ出そうとすれば弾幕で近寄れない。
従って、自らの意思で洞穴から出てくるようキスメを説得する必要がある。
説得と言っても、ほぼ喋らないキスメと話し合いなどできないから、かなり一方的な説得になるが。
「どうすんのよ」
「大丈夫、案はあるよ」
ヤマメが無い胸を張って言う。
いや、着ている服がどっかの冬の妖怪並みに太ましいから、あるかないかは非常に判断に困るのだが。
多分、ないだろう。見た目的に。
「ぶっとばすよ」
さーせん。
案とはなんだ。パルスィが問う。
するとヤマメは、此処は先人の知恵を借りようと言い出した。
先人。一体誰のことなんだろうか。
するとヤマメは自信満々に言った。
「名づけて、桶がないなら代わりの物に入ればいいじゃない作戦」
……。
えーっと。
「それもしかして、パンが無いならケーキを食べればいいじゃないってのに掛けてるの?」
お、よくわかったね。
いや、語呂が何となく似てるだけじゃないのよ。
あれ、そうかな。
しかも作戦名だけで作戦内容がわかっちゃうじゃないの。
え、うそ。
そんなアホな会話をかますアホ二人。
「撃つわよ」
すいませんでした。
とにかく、作戦内容自体は悪くなかった。
キスメは桶が無くて体を隠せないから出てこない。
ならば桶が出来るまで代わりの物で代用してしまおうというわけである。
代わりの物が用意できれば、キスメも自分から出てくるだろう。
「それで、何を使うの?」
「え、何が?」
いや、何って何よ。
いや何って言われてもね。
代わりの物用意するんでしょ。
うん。
もしかして何を用意するか考えてないの。
え、私が考えるの?
考えてなかったらしい。ついでに作戦までしか考えるつもりはなかったらしい。
何て楽天家なんだ。その能天気さが妬ま……しくないか別に。
パルスィはそんな事を考えながら目の前の蜘蛛を一睨み。
しかし、困ったものだ。
意外と桶の代わりになりそうな物というのは思いつかないものだ。
要は体を隠せるような大きい物があればいいのだが。
二人で仲良くうんうん唸る。
やがてヤマメが何か思いついたのか、声を上げた。
「そうだ、帽子だ」
「帽子?」
帽子。一体何のことか。
ヤマメもパルスィも帽子など被っていない。
勿論キスメも。
「違う違う。私達のじゃなくて」
ヤマメ曰く、この世界、すなわち幻想郷の住人達の中には異常に大きな帽子を持っている人物が何人かいるらしい。
何処かの世界では、それをZUN帽と呼ぶのだが、此処ではあまり関係ない。
その大きな帽子なら、あるいはキスメの桶の代わりになるんじゃないだろうか。
「どうだろうか」
「何処から持ってくるつもりよ」
「え、それはもちろん。えっと、あれ?」
彼女達はまだ地上にはほとんど知り合いがいない。
居るには居るが、あの白黒魔法使いは何処に住んでいるかまず知らない。
精々あの騒動の後、地上への帰り道を進む際に河童が宣伝に営業所を教えて行ったくらいである。
その河童もあまり大きい帽子は被っていなかった。
まさか適当に地上に出て適当な奴から帽子を奪うわけにもいかない。
地下の連中など論外である。
何故なら、地下の知り合いは総じて帽子を被っていないから。
地霊殿の主人の妹が着けていない事も無いが、いかんせん桶の代わりには小さすぎる。
大体、あの無意識少女を意図的に捕まえるなど、ほぼ不可能な話なのである。
地上もだめ、地下もだめ。
結局、帽子作戦はお流れとなった。
「んー……」
再び二人はうんうんと唸る。
その間に桶を修理に出しに行けよと突っ込む者はこの場にはいない。
突っ込み役の座を手に入れる絶好のチャンスだというのに、実に勿体無い。
「いや、そんなポジションいらないから」
さいですか。
「んー、猫の車でも借りに行く?」
「あんたはキスメを死体にしたいの?」
あれは死体を運ぶ物である。
体は隠せるだろうが却下である。
「せめてダンボールかコンビニ袋でもあればねぇ」
「世界観無視してんじゃないわよ」
メタ発言をしつつもこれも却下。
「えーっと……鬼の杯でも借りに行く?」
「宴会の裸踊り?」
これも却下。
「ねぇパルスィ。あんたさっきから文句ばっかじゃないか」
「な、何よ。変な提案ばかりするよりはマシだと思うけど……」
散々突っ込みを入れられていたヤマメもとうとう我慢できなくなったらしい。
一応ヤマメもヤマメなりに一生懸命考えていたのである。
それを否定され続ければそれは怒りもするだろう。
次はパルスィが意見を出せ。じゃないと許さん。
そう言わんばかりにパルスィに詰め寄る。
顔が近い。息がかかる。
「ちょ、ちょっとヤマメ……あ?」
「ん?」
詰め寄られていたパルスィが突如間抜けな声をあげた。
その目はヤマメの体、というか服に向けられていた。
ヤマメの服は、先程も言ったように非常に太ましい。
それこそ服だけでキスメの全身を覆えそうなくらい。
「いや、ちょ、パルスィ」
「案出せって言ったわよね」
今度はパルスィがヤマメに詰め寄る。
いやいやそれは不味いって。夜伽行きになっちゃうって。
大丈夫大丈夫、直接的な描写しなければ。妬ましいけどしょうがない。
いや、日本語おかしいですから。ちょ、やめて。
あー。
「最初からこうすれば良かったんだな」
ヤマメとパルスィは地上への道を歩いていた。
手に持っているのは桶の部品。そして蓑虫のごとく白い何かで体をぐるぐる巻きにされているキスメ。
これから三人は河童に桶の修理を頼みに行くのである。
結局、桶の代わりの件はヤマメの糸でキスメの体をぐるぐる巻きにするという方法で解決した。
ちなみに、脱がされる直前でヤマメがこの案を思いついたので、夜伽行きになるような展開は何とか回避していた。残念ながら。
「何が残念なのよ」
世の中には読者サービスというのが、あ、いや何でもないです。
こうして三人の日常は今日も終わりを告げる。
実にお騒がせな事件も、終わってみれば何て事は無い、どうでもいい笑い話になってしまうものなのである。
しかし妖怪三人組はそのどうでも良い日常を楽しんでいた。
人間と違い時間に飢える事の無い妖怪の主な敵は、退屈である。
どうでも良い日常を楽しむ彼女達には無縁な話ではあるが。
こうして、三人のどうでもいい一日は幕を閉じる。
二人仲良く並んで歩き、間に一人ぶら下がり、地上の明るい闇に消えていく。
三人のアホらしい一日は、今日も幕を閉じる。
「誰がアホよ」
あ、ごめんなさい。
キスメの全身像は見てみたい。
ただ、何々と言って、キャラに何かを言わせて、謝るという行動は
読んでてちょっとテンションが下がった。
誤字なのか脱字なのか解らないのがあったから報告。
>お祭り好きの気さくな話していて楽しい妖怪なのだが。
とありますが、これって「気さくな話し方をしていて~」でしょうか?
それとも「気さくな話をしていて~」なのでしょうか?
勘違いということもあるかもしれないけど一応報告しときます。
明るそうなパルスィだなw