「どうですか?ご執筆はお進みですか?パチュリー様」
小悪魔が笑顔で私に問いかける。あえて挑発しているのだろう。見たら分かるでしょうに、一行も書けていないのが。
「まったく進まないわ。書くのは初めてだもの。いったいどうやったら書けるのか見当もつかないわ」
小悪魔は所作だけは丁寧に私の机の邪魔にならないところにハーブティーを置きながら、
「読むのと書くのは大違いと申しますしね。でも、古今東西の書物をお読みのパチュリー様なら、きっとアリスさんが満足してくれる脚本がお書きになれますよ。私も楽しみです」
などと軽く言う。黙れ諸悪の根源、誰のせいでこんな羽目になったと思っているの?まあ、そこまで分かっててからかってきているんだろうけど。まったくなんで主の苦悩をみてこんなに楽しげなのよ。使い魔の選択を誤ったわ。
「処女脚本ですものね。パチュリー様の『は・じ・め・て・の』。言葉の響きだけでドキドキしちゃいます」
一瞬消し炭にしてしまいそうになったが耐えた。自制心の強い自分が恨めしい。
◇
なぜ私がこんな苦悩の日々を送っているか。ことの発端は二匹の悪魔だった。
いつものように大図書館で本を読みふけりながら、ふらっと遊びに来ていたレミィをあしらっていると、咲夜からアリスの来訪を告げられた。最近昼型吸血鬼なレミィが軽いお茶会にしようと言いだし、アリスをテラスに通すことになった。
私に会いにきたのに、というより図書館に用事があったのだろうけど、テラスに案内されて戸惑うアリスに、
「よく来たわね、ちょっとお茶の相手をしなさい」
とレミィが上機嫌に話しかけた。事情を把握したアリスは大人しく席につく。
「さて、今日は何のようかしら?」
お茶会が始まるとまず私が疑問を尋ねた。
「今日はパチュリーに良い本を紹介してもらおうと思って」
「良い本?」
「そう、私は里のお祭りで人形劇を見せたりしているんだけど、その脚本に丁度いいようなお勧めの本がないかなって。ここは幻想郷一の蔵書数だし、パチュリーも一番の読書家でしょ?何か知恵を貸してもらえないかなって」
するとレミィが、
「へえ、アリスが人形劇をしているのはちらっと聞いたことがあったけど、脚本が必要となるような本格的な人形劇をみせていたのね。今度紅魔館でもやりなさい、良い余興になりそうだわ」
と楽しげに提案した。どうやら人形劇に興味があるようだ。
「ええ、お招きとあらば喜んで。パチュリーにも蔵書を借りたりお世話になってるし」
と応じるアリス。
「最初は単純な上海と蓬莱の掛け合いのようなものだったんだけど、あまりに子供たちや里の人たちが喜ぶものだから徐々に気合いが入ってきちゃって、今度は簡単な舞台をつかった本格的なものにしてみようかなって」
「あなたほんとに魔女なのかしら、人間っぽすぎないかしら。他人の楽しみのために知恵を絞るなんて、まるで理解できないわ」
「そうね、パチュリーがそう感じるのも当然よ。私だって傍からみたらそう思うもの。でも、一度成功したことでハードルが上がったっていうか、失望させたくないっていうか、もう一度あの称賛を浴びたいなって、なんかそんな感じなのよ」
とちょっと困った感じで微笑んだ。何がそんな感じなのか理解に苦しむ。魔女の端くれならもう少し論理的に説明して欲しいものだ。
「で、具体的にはどんな話がいいの?」
「ハラハラドキドキして、子供たちが感情移入出来て、苦難を乗り越えて最後にはスカッと元気がでる感じかしら。あ、出来るだけ子供にも分かりやすい単純なものがいいわ」
なにその抽象的な割には要求の多い難題は。
「まあ、ここには外の世界の本もたくさんあるし、確かに蔵書数はあるけれど、子供向けとなるとどれくらいあるか、読まないから把握してないのよねー」
「そう、やっぱりそう都合の良い話はないわよねー」
見るからに落胆したアリスに、ちょっとだけ心を動かされ小悪魔に話を振ったのが最大の失策だった。
「ねえ、小悪魔。そんな都合の良い本はあったかしら?」
すると小悪魔は、満面の笑みでこういったのだ。
「確かにそんな都合の良い本はないかもしれませんねー。でも、ないならパチュリー様が脚本を書いて差し上げたらどうですか?」
何を言っているの小悪魔。私は読む専門なの!魔道書は書いても小説なんて書いたこともない。書けないわよとバッサリ切って捨てようとするより早く、暇を持て余しイベントごとに飢えているもう一匹の悪魔が場の空気を決定する余計なことを言い放った。
「あら、面白そうじゃない。私もパチェの書いた本を読んでみたいわ。あれだけ本を読んでいるのだしどんな話を書いてくれるか楽しみね」
絶対こいつ私が書けないの分かってて言ってる。そうに違いない。この悪魔共め。
「ねえ咲夜、あなたもそう思わない?」
「はい、お嬢様。私も楽しみです」
「そうね、パチュリー脚本となると紅魔館としてもみすぼらしい舞台では演じさせられないわね。紅魔館主催で舞台を整えよう。どう、咲夜?」
「はい、里のお祭りでとのことなので、舞台小屋を建てるわけにはいきませんが、テント小屋と人形舞台の製作くらいでしたら、美鈴や館の建設部門で大道具くらいは出来ると思います」
このイエスマンめ!どんどん包囲網が作られて退路が絶たれていく。是が非でも抵抗して断らねばと口を開きかけた時、アリスがおずおずとこう言った。
「もし本当にパチュリーが脚本を書いてくれるならとても助かるわ。私あんまり小説とかって読まないし、まるで脚本が書ける気がしないの。パチュリーだったら面白い本をかいてくれそうだし。でも迷惑じゃないかしら?」
なぜあの時私はあんなことを言ってしまったんだろう。魔が差したとしか思えない。
「まあ、子供用のお話くらいなら書けなくはないわね」
◇
というわけで今に至る。なんだか最終的には私が悪いような気がしないでもないけれど、そこは気にしないでおくことにする。はてさてどうしたものか。話の取っ掛かりすら思いつかない。大きなことを言った手前、出来れば次回アリスが来るころ迄にはプロットの目鼻は付けておきたい。さすがに白紙状態は恥ずかしい。
「パチュリーお話書いてるんだってね!どんな話?」
フランがやってきた。後ろにニヤニヤ笑いの悪魔が。当然その後ろには瀟洒な従者が控えている。
ああ、そうだ、現役の子供(495年以上生きているわけだけれど、精神や嗜好は子供と言っていいだろう)のフランの意見を聞くのも手だ。それを言ったらレミィもそうなんだけど、一応背負っているものが違うから精神年齢も多少上だろう。
「妹様はどんな話が読みたい?アリスの希望は、『ハラハラドキドキして、子供たちが感情移入出来て、苦難を乗り越えて最後にはスカッと元気がでる感じで、出来るだけ子供にも分かりやすい単純なもの』なんだけど」
ほんとうに簡単に要求してくれたものだ。あれから数日まるで書き始める切欠もないまま過ぎた。まるで凹凸のないまっ平らな垂直な壁をロッククライミングしろと言われているような無力感だ。
「そうねー。そう言うのだったら、ファンタジーかなあ」
お、ファンタジー?
「それはどういうお話?」
「騎士とか魔法使いが、剣や魔法で魔物なんかを倒すの。苦労して強敵を倒したらスカッとするし、ハラハラもするんじゃないかな?」
おおおお、流石フラン、そこにいる冷やかし悪魔どもや駄メイドと違いなんて有用なことをいうのかしら。今日からフラン派になろう。レミィ追い落としのときには作戦参謀になってあげよう。でも、なんで魔物の親玉みたいな吸血鬼が、そんな話を好むのかしら。
「ならラスボスは吸血鬼にしなさい。強大で誇り高き吸血鬼、里の子供たちが恐れ敬うようなね」
「あのーレミィ?それって最後には倒されちゃうってことなんだけど」
「当たり前でしょ、ファンタジーで吸血鬼が正義の味方でどうするのよ。それに勝ってしまっても話にならないじゃない。最終的には勝たないけれど主人公を苦しめ、いかに強大で高貴な存在であることを知らしめかが鍵なのよ。わかってないわね」
どうやらファンタジー小説になにやらこだわりがあるらしい。それにしても吸血鬼界ではファンタジー小説ブームなんだろうか。
「なら、主人公は白黒で金髪の騎士にしてね、パチュリー」
ふむ、どうやらフランのイメージするヒーローはあいつらしい。あまり良いイメージは無いが、プロットをくれた彼女の希望に沿うことにしよう。
「なら、いっそのこと幻想郷の住人をモデルにした人物をどんどん出しちゃうのはどうでしょう。そうすれば一から登場人物を考えなくてすみますし」
と咲夜が言った。その瞬間頭のなかでカチリと話が進んだような感覚を覚えた。まるでとっかかりのなかった壁に、手をかける凹凸が出来た。主人公は白黒だから、ヒロインはあの子で、友人はあの子。関係はこうでと一気に脳内でイメージが膨らむ。これは書けそうだ。さすが完全で瀟洒な従者とは良く言ったものだ。今までとても腹立たしい存在だったレミィと咲夜が今ではとても好ましい存在に思える。物書きにとって着想を与えてくれる人物はなんて愛おしいんだろう。
「ありがとう!なんだか話が形作られてきたわ。やれそうよ。さ、邪魔、邪魔、これからびしっと書くんだから帰った帰った」
何よそれ、それが友人に対する態度かしらとぶつくさ言いながらレミィ達が帰っていく。よーし、書くぞ。
などと意気揚揚と書き始めたのだけれど、いや書きはしたのだけれど。
「あのー、パチュリー様。子供向けってことを理解されてますか?なんでこんなドロドロ三角、四角関係の上に、裏切り陰謀てんこもり展開なんですか……。こ・ど・も・む・け!はい、リピートアフタミー。子供向け」
とじとーっとした目で見つめる小悪魔。
「子供向け……。分かったわよ、そんな目でみないでよ、思いついちゃったんだから仕方ないでしょ。書きなおすわよ。愛憎渦巻くドロドロ劇、会心のシナリオだったんだけどなあ」
「パチュリー様、せっかく妹様がファンタジーの王道を薦めてくださったんですから、もっとさわやか路線でお願いします」
さわやか路線ねー。また行き詰っちゃったから、紅魔館一の爽やか体育会系少女の意見でも聞いてみますか。
「パ、パチュリー様?!何か異変でも起こったんですか?パチュリー様が外出されるなんて」
門前まで出てきただけでなんて言いようかしら、異変以外にも博麗神社に宴会に行くときだって外出するわよ。まあ外にでることが久し振りなのはは認めないでもないけど。美鈴を呼び付けても良かったのだけど、ちょっとだけ気分転換が必要だと思ったのだ。何か普段と違うことをすることで浮かんでくることがあるかもしれないし。
あっけに取られる美鈴に、事情を説明し意見を求める。藁にもすがる思いとはこのことだ。
「そうですねー、私は本は読まないですけど、子供の頃に読んでもらった話や、実体験から考えますと。魔物退治ものだったら、伝説の武器を取って強くなるとか、修行して必殺技を覚えるとかですかねー。あとは仲間を集める友情劇とか」
ふむふむ、武器強化、修行による必殺技習得ね。あと仲間との友情か。ふむふむ。少しずつ話が積み上げられてきた。ドロドロを薄めて、これらの要素を継ぎ足してみよう。
「ありがとう、参考になったわ」
「いえいえ、私も楽しみにしてます。あと咲夜さんから舞台も作るように言われてますので、話が決まってきたら指示をお願いします」
「そこらへんはアリスと連携して頂戴、実際に人形を動かすのは彼女だから」
「はい、お任せください」
最初のドロドロ話を薄め、修行と友情話を組み込み一から話を組み立て直す。なんとか形になったと思うのだけど、編集者役の小悪魔から細かい修正が入り、さらに数日推敲する。
「うーん、いいんじゃないでしょうか?ドロドロさが薄まっていますし人間関係も面白いです。努力友情勝利は組み込まれてますし、これならアリスさんも納得していただけるんじゃないでしょうか」
偉そうに……。自分でも一度書いてみたらいいのよ。とはいうものの、彼女も私には劣るが中々の読書家なので、厳しいが有益な指摘が多かった。ふう、やっと小悪魔の関門を突破できた。あとはアリスが納得するかどうかね。念には念をいれて推敲しつつアリスとの約束の時刻を待つ。
「お待たせ、パチュリー。さっそく読ませてもらってよいかしら。どんな話なのか楽しみにしていたの」
とアリスは微笑んだ。
あまり期待しすぎないで欲しい。出来れば期待値を下げて読んで欲しい。なんだか、みんな私が最初から傑作を書けると思っているから困る。
小悪魔がいれた紅茶にもほとんど手をつけず、アリスは黙々と私の書いた脚本を読んでいる。まったくアリスのために書いてやってるのに、なんでこんな試験前の生徒の様な気持ちにならなければならないの?理不尽にも程がある。ただ、私のプライドにかけて、あら幻想郷一の知識人と言っても、書かせてみたら大したことないのねなんて言われるのは絶対に嫌だった。言われたらしばらく立ち直れない自信がある。
読み終えたアリスがこちらを向いた。
「へええ、初めての執筆だから過度の期待はしないつもりだったのに。実は初めてじゃないんじゃないの?結構無茶な要求したって悪いことしたって思ってたのに、きっちりクリアしてくるなんて流石だわ」
そ、そうでしょそうでしょ。当り前じゃないの。私を誰だと思っているのよ。動かない大図書館パチュリー・ノーレッジよ。ふううううう、ほっとしたら汗がでた。
「でも、一つだけ……」
な、何よ、褒めて落とす作戦?これから欠点指摘のオンパレード?だめよ、貶してから褒める方が精神衛生上良いって何かの本に書いてあったわ。
「この七色の魔法使いだけど七曜の」
「却下」
「やっぱり駄目よねー」
「当たり前でしょ」
主人公の友人役が七色の魔法使いなのが不服らしい。せいぜい恥ずかしがりながら演じると良いわ。だけど、これくらいは甘んじて受けてもらわないとね、可愛らしい報復よね。
「ありがとうパチュリー。あなたの作ってくれた脚本大事に演じるわね。祭りの日には見に来てね」
「そうね、気が向いたらね」
さてこれで脚本は私の手を離れた。あとはアリスがこの脚本をどう演じてくれるのか。里人やレミィたちはどう評価するのか。ま、私が気にすることじゃないわね。
◇
祭りの当日、レミィに無理矢理引っ張られてアリスの人形劇テントにやってきた。まだ開演まで時間があるにも関わらず結構な人だかりだ。子供達もわくわくしながら飛び跳ねている。
何本もの大きな柱に色とりどりの布を巻き付けた、小さくはないテント。美鈴ほか紅魔館の建設部門が作っただけあってなかなかのものだった。まあ、魔理沙やレミィ、フランなど館を破壊する人物に事欠かない紅魔館。建設部門は日々経験を積んでいるのだった。ただ、狭くはないテントだけれど、これだけの人数が入り込むのは計算外なんじゃないの?ちょっと強度が心配だ。
中に入ると、高さが子供の背丈ほど、横幅が大人二人を横にしたくらいの立派な舞台があり、左右に開く幕まであった。美鈴も気合をいれてつくったようね。重畳重畳あとで褒めてあげよう。
舞台の裏側にまわると、城や山道、玉座の間などのセットがあった。これはアリスの作だろうか、確かに本格的な舞台にするようだ。
「パチュリー来てくれたのね。席も用意してあるわ」
「隅っこでいいわ。目立ちたくないし」
「そういうと思って、後ろの端側だけどあまり人が通らないで静かに見れる場所を空けておいたわ」
ふむ、わかっているじゃない。
「せっかく脚本を書いてもらったんだから、今日は一生懸命演じて見ごたえのある舞台にするわ。楽しんでいってね」
曖昧に返事をして席につく、右隣に小悪魔、左隣りにレミィが座りその横は咲夜だ。フランも来たがったが、次回の紅魔館での講演を見せるからと我慢してもらった。非常に機嫌が悪かったので後が怖い。
確かに静かに観れそうな良い場所だ。開演が近づいてくると子供たちやその付き添いの大人たちでテントの中が一杯になる。確かにこれほど期待されればアリスも裏切りたくないと思うのだろう。霊夢と魔理沙の顔も見える。ふふ、劇が始まったらどんな表情をするか楽しみだわ。
開幕の音楽が流れる。
「紅魔城の吸血鬼」
アリスの題名を告げる声がする。と同時に白黒の鎧を身にまとった人形が舞台に上がる。
「七色の魔法使い殿。私はこれから紅魔城にいる紅の吸血鬼の退治にいく。一緒に来てはくれないか?」
すると七色をうまく配色したローブを着た人形が舞台にあがる。
「なぜあなたが紅の吸血鬼退治に行くのですか?」
アリスが声音を上手く使い分けている。器用なものだ。最初、白黒の騎士も女にしようとしたのだが、後の展開で色恋沙汰が発生するので、百合関係は子供たちの教育的観点から好ましくないとの小悪魔の主張で男騎士となった。
霊夢が魔理沙を何やらからかっている。そんなことができるのも今のうちよ霊夢。
「紅白の姫騎士に王より紅の吸血鬼退治の命が下ったのだ。私は今度こそ紅白の姫より先に武勲をあげたいのだ」
ここでナレーションが入る。
――白黒の騎士は紅白の姫騎士を愛していました。しかし紅白の姫はその気持ちには欠片も気付いていなかったのです。そして白黒の騎士も、いつも自分より武勲をあげている紅白の姫に認めてもらえる存在になるために、紅白の姫よりも活躍してみせたかった。紅白の姫よりも武勲をあげた時、白黒の騎士は紅白の姫に求婚をするつもりなのでした。白黒の騎士の気持ちを痛いほど分かっていた心優しい七色の魔法使いは、白黒の騎士のお供をして吸血鬼退治の旅にでることにしました。
霊夢と魔理沙が顔を真っ赤にして怒っている。あとで絡まれるかもしれないが、さすがに子供たちが楽しみにしている人形劇を滅茶苦茶には出来ないだろう。そのまま羞恥プレイに耐えなさいな。
物語は進む。白黒の騎士と七色の魔法使いは紅の吸血鬼の配下たちを倒しつつ進んでいく。すると群がる大量の魔物たちを軽々と蹴散らしている紅白の姫騎士と出会った。
「白黒の騎士。あなたも紅の吸血鬼退治ですか?お互い大変ですね」
「紅白の姫。この吸血鬼退治の使命、私が果たさせていただく」
「あら、それは助かります。是非お願いしますわ」
と平然と敵を倒しながら進む紅白の姫。かたや白黒の騎士と七色の魔法使いは同じ魔物相手に苦戦を強いられる。
「ああ、紅白の姫のなんと強いことよ。またしても紅白の姫に武勲をあげられてしまうのか……」
「白黒の騎士、弱音を吐くなんてあなたらしくもない。今は紅白の姫より弱くとも、あなたが強くなれば良いのです」
「しかし七色の魔法使い。急に強くなるだなんて、そんな都合のよい話があるだろうか」
「迷いの森には美しき姫がいて、五つの難題を解けば伝説の武器をもらえるとか」
「しかし、私たちは吸血鬼退治の真っ最中。そのような時間は……」
「急がば回れと申します。焦って敵に挑むよりも、強くなるべき時もありましょう」
結局七色の魔法使いの助言に従うことにした一行は、迷いの森にいくことになる。迷いの森の方向感覚を狂わす魔力に苦しめられるも、なんとか永夜城に辿りついた。姫が繰り出す難題を苦戦を重ねつつもクリアし、ついに最後の難題を残すのみとなる。
「私を狙う憎き魔獣フェニックスの尾を手に入れてきてください。それが最後の難題です」
魔獣フェニックスは強敵だった。倒せど倒せど蘇る。何度もくじけそうになる二人だったが、蘇るときの核になる部分を発見した。しかし、魔獣フェニックスの核は幾重にも守られていて砕けない。そこで白黒の騎士は、師匠から教わってはいたものの、会得できずにいた奥儀を試すことにする。
「頑張れー、白黒の騎士!」
子供たちから声援が送られだす。霊夢も魔理沙も怒りを忘れて真剣にみている。
「ここで奥儀を会得せずしてなにが正義の味方か。やってしまいなさい」
とレミィが声援を送っている。なんだか自分の話が受け入れられているようで、不思議と温かな気持ちになる。これがアリスの言っていた気持ちだろうか。
「くらえ!秘技マスタースパーク!」
ぱりーんという効果音がしてフェニックスは倒れ、フェニックスの尾を手に入れた。ついに五つの難題をクリアし、白黒の騎士は姫から魔槍グングニルを手にいれたのだ。
「いいぞー、白黒の騎士!」
と子供たちの声援が飛ぶ。
レミィも声援を上げるかしらと隣をみたらいつの間にか空席だった。あれ?と周囲を見回すと、テント内の人数は危険な域に達していた。注意深くみると奥の柱がテントに寄り掛かる人々の圧力で歪んでいる。せっかく盛り上がってきているのに残念だけど、怪我人を出すことをアリスは望まないだろう。劇を中止するべきかしら。
せっかくだから最後まで見たかったな……。
「パチュリー様は観劇を最後までお続けくださいとのことです」
と咲夜が耳元で囁く。どういうことと思っていると、危険なほどの柱の揺れがピタッと止まった。柱の根元の方をみるとレミィが片手で支えていた。
「吸血鬼の私にとって、柱の重さなどあなたにとってのティーカップのようなもの。気にせず自らの作品を楽しみなさいとお嬢様が」
いつの間に気づいていたんだろう。ちぇ、ちょっと格好いいじゃないの。
ついに舞台は紅魔城。魔槍グングニルを持ち、必殺技を覚えた白黒の騎士たちは群がる敵をなぎ倒し、ついに玉座の間へとたどり着く。すると、なんとそこには吸血鬼の前に倒れ伏す紅白の姫騎士の姿が。
「姫!ご無事ですか?」
と駆け寄ろうとすると紅白の姫がそれを止める。
「この紅の吸血鬼の強さ、この世のものとは思えません。あなただけでも逃げて!」
――なんと紅白の姫騎士も白黒の騎士のことを愛していたのでした。
「なにを言われる。姫を見捨てて逃げられるものか」
すると紅の吸血鬼、あれは誰がどう見てもレミィ人形、が紅白の姫の腕を持った。人質に取られる。もしくは殺される。と白黒達が思った瞬間。紅白の姫を白黒の騎士の方に放り投げた。
「我は誇り高き吸血鬼。3人まとめてかかって来なさい」
――ああ、誇り高い吸血鬼が人質を取るなどという振る舞いをするわけもないのでありました。
「こんなに月も紅いから、本気で殺すわよ」
レミィが実に満足気。友人として花は持たせないとね。
激戦が始まる。3人を相手に一歩も引かない戦いをする吸血鬼。子供たちのボルテージも急上昇。
「頑張れー、白黒の騎士!マスタースパークだー!」
その声援に応えるかの様に、白黒の騎士が必殺技を繰り出す。
「秘技マスタースパーク!」
「ぎゃおーーーーーーーー」
――ついに紅の吸血鬼は倒された。王国に平和が戻ったのです。白黒の騎士は待望の武勲をあげ、紅白の姫騎士に求婚し、幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし。
◇
拍手が鳴りやまない。アリスは器用にも程があるわね。全キャラ動かして、全キャラの声を使い分けて演じていた。ちょっと見直した。
それにしても、脚本も受け入れられたようで良かった。子供向けとはいえ、私の執筆作品が不評だったら動かない大図書館の名が廃るもの。それに、拍手の音を聞いていると実に気分が良い。アリスがまた聞きたくなるというのも頷ける。まあ、私はもうこりごりだけれども。
「パチュリー、何よあの脚本は!」
「そうだ。勝手にモデルにしやがって、モデル料を払ってもらうぜ」
霊夢と魔理沙が案の定絡んできた。
「あら、色が紅白と白黒だっただけでしょ?それだけでモデル料とか抗議とかは無いんじゃないの?まあ、魔理沙が霊夢を好きだったり、霊夢も魔理沙を好きだったりするんなら別だけど」
「くっ」
「マ、マスタースパークは」
「幽香も使うわねえ」
「……」
ふっ、勝った。いつもいつも迷惑かけられっぱなしじゃあね。たまには凹ませてやらないと。
ステージで拍手を受けていたアリスがこちらに駆け寄ってくる。
「パチュリー、ありがとう、あなたの脚本のお陰で大成功よ。今までにない高評価だったわ。あなたも拍手を受ける権利があるから前に出てくれないかしら?」
「いやよ、目立つのは好きじゃないもの。この拍手を聞いているだけで十分よ」
実際それだけで十分苦労は報われたと感じていた。
「ほお、あの人が脚本を書いてたのかあ」
「また来年のお祭りも楽しみねえ」
「僕また来るー」
確かに気分はいいけど、さすがにもうお腹いっぱいだわ。勘弁して頂戴。すると小悪魔がまたにっこり笑って近寄って来た。何か嫌な予感がする。
「パチュリー様、私一度でいいからパチュリー様の書いた本を読んでみたかったんです。だからあんな無茶振りしてしまって」
なるほど、結局小悪魔の思うつぼだったわけね。まあ気分もいいし、水に流してあげましょうか。
「そしてこれからも」
え?
「皆さーん!パチュリー・ノーレッジ先生の次回作期待してくださいねー」
「おおおおおおお」
こ、こあくまああああああああああああ。誰よこの娘を小悪魔なんて呼んだのは、悪魔よ悪魔、真正どS悪魔じゃないの!
「あら、パチュリー、次回作の脚本も書いてくれるのね。嬉しいわ。また脚本パチュリー、人形師アリスで頑張りましょう」
とアリスが喜んでいる。ま、あと一回くらいつきあってあげるわよ、仕方ない。次回作どうしよう。まだまだ苦悩の日々が続きそうだ。
(おまけ)
「ねえ咲夜、私はいつまでこの柱を支えていればよいのかしら?」
「そうですねえ、皆の興奮が冷めてテントから全員退出したらじゃないでしょうか?」
「結構かかりそうね……」
面白かったです。
私はキャラの使い方とかも良かったと思います。
小悪魔の策略とかアリスとパチュリーの共同作、
レミリアのちょっとした心遣いとか。
とても読み応えがあり楽しかったです。
ぽかぽか暖かくて、とても心地よかったです。
キャラ描写は地味だけど、でもそれぞれとても「らしく」て良かったと思います。
接することで考えを変えていく……。
確かにベタですけど、面白かったです。
執筆に難儀するパチュリーが紅魔館メンバーのフォローに助けられながら徐々に脚本を
完成させていく様にも、暖かさが感じられました。
個人的には、美鈴や紅魔館建設部門がアリスと笑い合いながらテントや舞台を作る場面も
欲しかったかな? 文化祭の準備みたいなノリで。
ともあれ、雰囲気の良い作品を楽しませていただき、ありがとうございました。
ベタではありますけれども、王道を上手く使いこなしていると思います。
でもそれをわかったうえで読むとやっぱり王道のすばらしさがある。
ベタだろうが良いものは良いのさ!
レミリアもかっこよかったw
それゆえに感情移入し易く、真っ直ぐに楽しめる作品でした。
非常に楽しめた作品でした。
次回作はどろどろの愛憎劇を是非(笑)
お嬢様にカリスマを感じた。
とはいえ,劇を裏方から支えたお嬢様とその従者もそうですが,紅魔館全体のチームプレイあってこその大成功だったと思います。
いいお話でした。
楽しませていただきました。
いや、キャラが全員ちゃんと立っていていいですね。それと、吸血鬼の最後の台詞が「ぎゃおー」なのは一気に噴いた。あれは素晴らしい不意打ちでしたw
とても楽しい作品でした