「そうね。私は冷蔵庫が欲しいわ」
誰が振ったか誰が聞いたか。図書館における今までの会話の中からその言葉につながるような要素は一切見当たらず、すなわちそのパチュリー・ノーレッジの発言は、実に突拍子な一言であった。
その一言を受けとったのは霧雨魔理沙であったが、彼女はその真夏に降って出た黒幕の如きイレギュラーな一言に、一瞬の逡巡も無く即座に返答した。
「おぉ、よく知らんが、象の幽霊ってのはやっぱ大きいのか?」
もちろん、その速さの代償として精緻さが失われていたが。
「霊象庫ではない」
パチュリー・ノーレッジはその要領を得ない一言を、見事に理解していた。
「しかし私はそんなものはいらないな。ただでさえ家が狭いっていうのにそんなものがあったら邪魔くさくてかなわないぜ」
「だから霊象じゃないってば。冷蔵よ。食べ物を保管しておく冷たい場所のことよ」
蜘蛛に固執する魔理沙に対して、パチュリーは出来るだけひんやりしていそうなジェスチャーを試行錯誤して、なんとか伝えようと試みた。
その様は実にひんやりしていたのだが、魔理沙はそれに関してはスルーした。
「象は食べられないのか?」
「さぁ、草食動物だし、食べて食べられないことはないと思うけど」
「……そうか」
発見できればの話だが、一度食べてみるのも一興かもしれないと魔理沙は思った。が、それはそれ、話題は象ではなく、蔵である。
「……驚いたぜ。少女に食べ物を保管できたんだな。消化されたりとかしないのか?」
「だから冷蔵子でもないって。冷蔵庫よ。こういう字を書く」
パチュリーは適当な紙を机の端から取り、それにさらさらと『冷蔵庫』と書き付けた。
「お前字ぃヘタだな」
「そんなのどうだっていいじゃない!」
魔理沙のどうでもいい着眼点にパチュリーは憤慨し、顔を真っ赤にしながら魔理沙の頭をぱしんと軽くはたいた。
それに対して魔理沙は特に何の反応を返すでもなく、ただぽかんとこちらを見ていただけだったので、パチュリーは少し気恥ずかしくなった。
「……ち、ちゃんと書くときはちゃんと書くんだから」
茶を濁すように名誉回復の一言をつぶやくと、魔理沙は少し含み笑いをしたように見えた。
「まぁ、それはそれとしてだ。なんでわざわざそんなものを欲しがるんだ? 紅魔館にだって地下の保管室くらいあるだろう」
魔理沙はそこが疑問だった。食べ物の保存技術など珍しいものではない。地下の涼しさを利用すればそれなりに保存も利く。
そういえば地下には某コンテニュー出来ない妹がいるが、まさか年がら年中破壊活動に勤しんでいるわけでもあるまい。
「私はこの図書館に小さな冷蔵庫が欲しいのよ。想像してみなさい。こうちょっとのどが渇いたときにすぐ飲めるちょっと贅沢なbeerを」
「……! あぁ、ジャスティスだな!」
霧雨魔理沙は即答し、お互いの手が固く固く結ばれたのだった。
かくして、冷蔵庫なるものを製作すべく、魔理沙とパチュリーは手を組んだ。
まぁ、組んだところでさほど脅威でもないのだが。
「つまり、冷蔵庫とやらの仕組みは、密閉された箱の中に何か冷気を出し続けるものを設置し、箱の中身をずっと低温に保つものと見た」
「そんなわけで、近くにいた氷精を用意してみたわ」
「あたい」
魔理沙の分析に応じて、パチュリーは門番に命じて氷精を捕らえさせた。ちなみに門番は氷精捕獲に際して全治1500秒の凍傷を負ったが、物の数ではない。
「おお、手際がいいな」
「そして、その氷精を食べ物と飲み物の入った木箱に同梱したものがこちらよ」
「せまい」
さすがはパチュリー・ノーレッジ。まるで料理番組のような手際の良さである。
そこにはゴトゴトと揺れ動く木箱が置かれていた。先ほどの理論に従えば、冷気を出し続ける氷精の存在により、食べ物と飲み物はおいしく保たれるはず。
「どうだチルノ。中の様子は」
「おいしい」
「失敗だな……」
「ええ、失敗ね……」
予想外の結末だった。氷精が中のものを食べてしまうということは計算のうちに入っていなかったのだ。
魔理沙たちは泣いた。己の無力さ非力さ愚かさに。そして誓った。これ以上、誰一人不幸にしまいと……。
「とりあえずチルノを逃がすぜ」
チルノを外に逃がしてあげた。
ばいばい! チルノ!
「あたい」
チルノは手を振って消えてゆきました。
「氷精はいい案だと思ったのだけれど、技術開発には思わぬ落とし穴があるものね」
「あぁ、そうだな」
さて、チルノを逃がしたところで、問題は振り出しに戻ってしまう。
いかにして冷気を発生させるのか。
「ううむ、ダジャレを言って空気を寒くするメカニズムに注目してはどうだろう」
ふと魔理沙が言ったあんまりといえばあんまりな提案に、パチュリーは必死になってとどめようとした。
「魔理沙、狙って寒いダジャレを言うのは多大な技量と精神力を要するわ。危険よ!」
「心配するな」
「猫が寝込んだとかふとんがふっとんだとか、そういう使い古されたのではダメなのよ!? 斬新かつ誰の目にもウケないことが明らかなものなんて!」
「危険がウォーキングだな」
だが、魔理沙は一歩も後には退かなかった。
その姿には堂々とした威厳が、そしてその表情には、光り輝くさわやかささえ存在するように思えた。
その唇が、柔らかに動き、言葉を紡ぐ。
「東風谷、こっちや!」
全世界が、停止したかと思われた。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……空っ、いい男!」
「……フュージョンしないか」
「……」
「……」
「……」
「……」
「こんなとき、どうしていいかわからないぜ……」
「きゅうり味のビールを飲めばいいよ」
結局成功しようが失敗しようが、こうなるということはわかっていたのだ。魔理沙の選択に未来など無かった。
それでも人は、同じ間違いを繰り返す。そうして、成長していく。
――それが、人間なのだ。
肩を落とす魔理沙に、パチュリーはやさしく、きゅうり味のビールを差し出すのだった。
「きゅうり味のビールで思い出した。こういうのはにとりに頼めばいいんじゃないだろうか」
「山の河童? そういえば機械系に強かったんだっけ。あの子達の力なら、あるいは冷蔵庫を完成させられるかも知れないわ」
新たな可能性を見出し、二人は色めき立った。
「それじゃあ、この地霊殿オプションあげるからがんばってね」
「はっはっは、この引きこもりさんめ」
こうして魔理沙は旅立った。
そして、妖怪の山。川のほとりにいた河童に、早速にとりの所在を尋ねる。
「にとりはおらんか」
「留守です」
魔理沙の旅は終わった。
『落ち着いて魔理沙。コネがないとはいえ、にとりじゃなければ冷蔵庫を作れないと言うことはないのよ』
「おお、それは盲点だったぜ」
地霊殿オプションから響くパチュリーの声に、魔理沙は正気に戻った。
「おい、そこの河童。お前は冷蔵庫を作れないのか?」
「あー、ちょっと冷蔵庫は一子相伝なんで無理ですねー」
魔理沙の旅は終わった。
しょんぼりと魔理沙は帰路についていた。
その顔には、悔しさがありありと浮き出ている。
「くっ、ここまで来て、私は何も出来ずに終わるのか……っ。いやだっ……これじゃあ、あの時と同じじゃないか……! 私は、私はあの時とは違うんだ! そうだろうパチュリーっ!」
『え? 何? 紅茶がおいしくて全然聞いてなかったわ』
「……へっ、お前ならきっとそう言うと思ってたぜ。わかった。私は諦めない!」
『やはりアッサムティーはいいわね。十年は戦えそうな気がするわ』
かみ合っていない上に色々と間違っているパチュリーの言葉だったが、魔理沙はまったく気にせずに鼻をかいて小さく笑う。そして彼女は箒を旋回させ、目標を大きく変えた。
そう、会話が成り立っていないことなんて、瑣末なことではないか。肝要なのは諦めないということをご存じない、熱く燃え尽きた魂なのだ。
魔理沙は進む。彼女の考える、切り札の元へと。
「ゆかえもーん! 冷蔵庫出してー!」
「いいわよ」
こうして、魔理沙とパチュリーは、念願の冷蔵庫を手に入れたのだった。
めでたしめでたし。
――だが、これで物語が終わったわけではないということを、決して忘れないでいて欲しい。
彼女らの前に立ちはだかる困難は、まだなくなったわけではない。具体的には電気がないとか。縦割り行政とか。
しかし、魔理沙とパチュリーが力を合わせればどんな困難でも、毎日お使いになれば十日間後に効果が! くらいの勢いで打破することが出来るだろう。
頑張れ魔理沙、ファイトだパチュリー、そして凍傷に負けるな中国。
彼女らの冒険は、まだ始まったばかりなのだ。
れいぞうこ――完
「おいしい」で笑いました
若干二次ネタが多かったですが、とても楽しめました
最近はどこの作品のパチェもなにか壊れている気がする………
ここ神懸ってるwww
自分も思ったwww
しかも、そこは確かに盲点だったと言わざるをえない。
あと、ゆかえもん便利すぎwww
>ばいばい! チルノ!
ポケモンじゃねぇかwwwwwww
コールドインフェルノは使えないのでしょうか?
ああ……次は核融合だ……