異変の準備は順調に進んだ。
あの胡散臭い大妖に言ったとおり、私は太陽を紅い霧で隠してしまうことに決めた。
私の力をもってするなら、造作もないことだった。
メイド隊の訓練も完成に近づいてきた。咲夜の言ったとおり、メイドたちはスペルカードルールに従った弾幕戦を身に着けていた。メイド隊は咲夜の訓練の下、高度な弾幕のコンビネーションを作り上げていった。
美鈴は普段と変わらず、淡々と――時々昼寝をしてサボりながら――門番長の仕事をしていた。
今までの美鈴の姿からは考えられなかった。
弾幕ごっこだとはいえ、紅魔館が舐められるようなことにはならないでしょうね、と私がにらんで見せても、美鈴は『大丈夫です』とただ笑うだけだった。私は怒るを通り越して呆れてしまったが、今の美鈴の姿こそ本来の紅魔館のあり方なのかもしれない、とふと思うのだった。
紫がテラスにやってきて早二月。
六月。
桜の葉が青々と生い茂るころ――――
異変の準備は完了した。
異変決行の前日の真夜中。
私はフランの私室にいた。
あれからも私たちは弾幕ごっこをした。あれ以来、フランの能力は暴走することもなく、私とパチュリーは巫女を迎え撃つためのスペルを開発し、フランは自分に対する自信を取り戻していた。
私たちはテーブルの上にスペルカードをばらまいて、弾幕ごっこの議論をしていた。
あーでもない、こーでもない。
弾幕ごっこを始めて二月。私たちはその短い時間で作り上げた独自の理論をぶつけて楽しんでいた。
スペルカードは相手の攻撃を凌ぐための最低限度で十分だ、スペルを少なくした分、避けに比重を置くべきだわ、と言う私に対して、やっぱり、力押しで一気に敵をやっつけてしまうべきだよ、とフランは反論した。私と弾幕ごっこの話をするフランの顔は輝いていた。
小一時間ほど弾幕の話をした後、私はフランに切り出した。
「フラン、悪いんだけど、しばらく地下室に来れなくなりそうなの」
「え……………………そうなの…………」
「ええ、どうしてもやらなくちゃならない用事があるの。申し訳ないけど、了承してくれるかしら」
私の言葉にフランは肩を落としてしまった。見ている私が悲しくなるくらい、がっかりしていた。私は慌てて先を続けた。
「そんなにがっかりしないで、フラン。たぶん、一週間くらいかしら? 一ヶ月とかそんなに長くなるわけじゃないから安心してちょうだい」
「…………一週間? 一週間で何をするの?」
まさか、異変を起こして、結界の守り手である巫女と喧嘩するとは言えなかった。
「ええっと…………それは、フランには話せないわ」
「私に話せないほど大変なことなの? 危険なことじゃないよね?」
フランは不安そうな顔をして私の腕につかみかかった。あの一件以来、妹は私のことを酷く心配するようになった。
「大丈夫、危険なことじゃないわ」
弾幕ごっこは殺し合いじゃないから、まあ死ぬこともないだろう。しかし、フランはそれでも切なそうな顔をして私を見続けるのだった。
「……本当に危険なことじゃない?」
「ええ、本当よ」
「……………………本当だね?」
「はい。神に誓って」
私は胸に手を置き、目を瞑って言った。フランはしばらく私の顔を見ていたが、やがて、ぷっと噴出した。
「……………………お姉さまが、神に誓って、なんて言っても信用できないよ」
「まあ、悪魔だものね」
「ほんと、人の気持ちなんか考えないんだから…………」
フランは悲しそうに目を伏せたが、やがて顔を上げて、微笑んで言った。
「わかった。待つよ。お姉さまが来るまで、私はここで待つよ」
「………………………………………………………………」
「契約したんだから――――契約は守らなきゃね」
フランはにっこりと笑った。とても頼もしい笑顔だった。私は思わずフランの頭を胸に抱きしめていた。
「――――良い子ね、フラン」
うん、とフランはうなずく。髪を撫でてやると、フランは心地よさそうに目を瞑った。
しばらくそうしていたが、やがて帰らなければならない時間になった。
私がフランを放すと、フランは名残惜しそうな顔をしながらも、それに従った。
「そろそろ帰るわ、フラン。また今度ね」
「うん、お姉さま、元気でね」
「ええ、あなたも」
テーブルに広がったスペルカードの山から、自分のカードを拾い上げていく。そのとき、一枚のスペルカードが目に留まった。
「フラン、これは――――」
私はそのスペルカードをフランに見せる。すると、フランは居心地悪そうな顔をした。
「うん、私が暴走しちゃったときに使おうとしてたスペルカードだよ――――よく、それだってわかったね」
「ええ、何となく、ね――――」
私は本当に勘でそのスペルカードを引き当てていた。私はそれを強く握ってみた。
「……………………まだ、名前を決めてないようね」
展開される弾幕は熾烈な弾幕だった。最初は緩やかだが、波紋のように弾幕が広がってゆく。やがて、空間は重奏する弾幕の暴風雨に飲まれてゆく――――。素晴らしいスペルだが、まだ名前がなかった。
フランは私から、目をそらしながら言った。
「うん…………あのときからずっと忘れてたんだ。そういえば、まだ名前を決めてなかったや」
フランは力なく笑った。私はしばらく妹の悲しそうな顔を見ていたが――やがて素晴らしいアイディアが思いついた。別に益得のあるものではないが、願掛けにはぴったりだった。
「ねえ、フラン」
「何、お姉さま?」
「このスペルカードの名前、私が決めてもいいかしら――?」
私室の机で私はフランから預かったスペルカードを眺めていた。
あの後、私はフランにいくつか約束をしてもらった。
ずいぶん多くの約束事だったが、フランはちゃんと聞いてくれた。
まず、このカードをラストワードにすること。
これを聞いたとき、フランはとても不思議そうな顔をしていた。
『私は『そして誰もいなくなるか』をラストワードにするつもりなんだけど?』
ラストワードとは、最後のスペルカードのことである。普通、スペルカードには、天罰『スターオブダビデ』、禁忌『レーヴァテイン』のように、スペルの前にそのスペルの属性の名前をつけるのが普通だ。だが、ラストワードでは、『そして誰もいなくなるか』のように属性をつけないことが多い。フランも『そして誰もいなくなるか』こそ、ラストワードにふさわしい弾幕だと考えていたのだろう。しかし、私はあえて私が名前を付けたスペルをラストワードにしてもらいたかったのだ。
次に私とパチュリー以外の相手には、このカードを必ず使うようにすること。
これにもフランは首を傾げていた。だが、私はあえてこの願い事を聞いてもらった。
『お姉さまとパチュリー以外の相手?』
フランはそう言って、しばらく考えていたようだった。私は微笑んで言った。
『あなたが最初にお相手するお客様よ』
そう言うと、フランはまじめな顔をして、うん、とうなずいてくれた。
そして、最後――このスペルカードを使うまで、その名前を見ないこと。
これはまあ――おまけのようなものだが、私にとっての願掛けという意味では、もしかしたら一番大切かもしれなかった。
スペルカードはその名前を言わなければ、発動しない。
だから、フランは使う直前でこのスペルカードに私の送った名前をつけることになるのだ。
この約束にもやはりフランは怪訝な顔をするばかりだったが、フランはちゃんと約束してくれた。
フランは私の三つの願い事を聞いてくれた。
本当に良い子だと、私は思う。
良い子にはご褒美が必要だ。
私は便箋を取り出し、ペンを握った。フランが貸してくれたスペルカードを見る。
――この願いが叶いますように。
私はそう祈りながら、便箋にフランのラストワードとなるスペルカードの名前を書き付けた。
初夏の神社――私は縁側に腰掛けて、紅白の巫女、白黒の魔法使いとお茶を飲んでいた。
紅魔館では紅茶ばかり飲んでいたが、緑茶も慣れてみるとなかなか美味しいものだ。
巫女の出してくれた煎餅片手に茶を啜る。
「暑いぜ、暑いぜ、暑くて死ぬぜ」
白黒の魔法使いはそう言って、襟をあおる。そんなに暑いなら、そんなに光の吸収率の高そうな服なんか着なければいいのに。そう思うが、彼女なりのこだわりがあるらしく、彼女は白黒の格好をやめることはなかった。
「死んだら、私が鳥葬にしてあげるわ」
博麗霊夢が呑気そうに茶を啜りながら言う。鳥葬ってチベット仏教かゾロアスター教だろ。日本人の宗教観念がいいかげんなのはどうやら本当らしかった。
「あら、私に任せてくれればいいのに」
このおとぼけな会話にもいい加減慣れてきた。私は牙を霧雨魔理沙に見せつけて言った。魔理沙は手を振って苦笑した。
「あんたに任すのは、絶対にいや」
異変を起こし、私はこの二人の人間に敗北した。
本来なら博麗の巫女だけを相手にするつもりだったが、おまけに普通の魔法使いもついてきやがった。まあ、一人だけなら勝てたかというと――どうだろう。勝てた気もするが、勝てなかった気もする。どちらにしろ、私は負けてしまったのだ。
負けてよかった――――などというつもりはない。レミリア・スカーレットは負けに甘んずるほど落ちぶれた吸血鬼ではない。だが、勝ちにしろ負けにしろ、出会ったこの二人はとてもおもしろい人間だった。
なるほど、ここが幻想郷か。
こんなおもしろい人間、ここ数百年見たことがなかった。
彼女たちなら、人間でも私たち妖怪と気兼ねなく付き合えていけるような気がしていた。
あの胡散臭い隙間妖怪が言った言葉もあながち嘘ではないのかもしれない。
私を退治してどうしたかというと、二人の人間は私を宴会に誘ったのだった。
倒した敵を宴会に誘うなど聞いたことがない。非常識を自認する私でも驚いた。
『キリスト教じゃどうか知らないけど』と、霊夢は言った。『日本の神様はそんなこと気にしないのよ』
霊夢は誰にも平等な人間だった。強いものにも弱いものにも。誰も拒まず、かと言って、誰かを甘やかすということをしなかった。おもしろいことは笑い、つまらないことは無視する。妖怪でも人間でもこんなに裏表のない者は初めてだった。そんな彼女を私が気に入るのにそう時間はかからなかった。
魔理沙はひねくれてはいるが、どこか真っ直ぐなところのある人間だった。うちの図書館の魔女と似ているが、似ているがゆえに彼女たちは別物なのだろう。私は彼女にも興味を抱いた。魔理沙は馬鹿そうな振りをして利口だ。お調子者を気取ってて、その実、これ以上なく慎重な人間だった。
彼女たちなら、フランの友達になってもらえるだろうか。
私はそう思いながらも、彼女たちに妹のことを打ち明けられずにいた。彼女たちを紅魔館に誘ったり、こうして私のほうから神社に行ってみたりもするのだが、何となく気兼ねして言い出せなかったのだ。ひょっとしたら、友達のつくりかたを勉強しなければならないのは、フランだけでなく、私もなのかもしれない。
魔理沙は私をじっと見て言った。
「あんた、そんなに家空けて大丈夫なのか?」
私はもう一口、茶を啜りながら答えた。
「咲夜に任せてあるから大丈夫よ」
「きっと大丈夫じゃないから、すぐに帰れ」
霊夢が渋い顔をして言った。その言葉の半分は私を煩わしく思ってのことだろう。だが、半分は本音かもしれない。
最近、咲夜が少し抜けていることがわかってきたのだ。私の咲夜への見方は、『完璧だが無愛想なメイド』から、『ちょっと天然が入った瀟洒なメイド』に変わっていた。だんだんと彼女も自然に笑うことが多くなってきていた。
突然、雷鳴が鳴った。
「夕立ね」
霊夢が立ち上がって空を見た。
「この時期に珍しいな」
まだ、初夏だぜ、と魔理沙が怪訝な顔をする。私はまずいな、と思った。
「私、雨の中、歩けないんだよねぇ」
だが、すぐに何かがおかしいことに気づいた。雨が降ってこないのである。まあ、空の上には一つも雲がないのだから当然なのだが。遠くの空を見ていると、一部だけに雨が降っているようだった。
その場所には見慣れた館があった。
「あれ、私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」
霊夢が意地悪く言って笑った。
「ほんとだ、何か呪われた?」
魔理沙もにやにやと笑う。
「もともと呪われてるぜ」
どちらにしろ、紅魔館の周りが雨では帰れないのは確かだった。
「困ったわ、あれじゃ、帰れないわ」
私は苦々しく呟くしかなかった。
「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」
「いよいよ追い出されたな」
霊夢と魔理沙は実に楽しげだった。吸血鬼をいたぶるとは、こいつらも十分に悪魔だと思った。
しかし、私は何かがおかしいことに気づいていた。そして、ある考えに思い至る。
「あれは、私を帰さないようにしたというより……………………」
「実は、中から出てこないようにした?」
魔理沙が私の言葉の後を引き継いだ。この人間、やはりなかなか頭が切れる。対する霊夢は再びお茶を傾けながらどうでもよさそうに、「やっぱり追い出されたのよ」、と言った。
私はなぜこんな事態に至ったのか、二人に悟られないように必死で頭を動かした。
紅魔館の吸血鬼は私とフランだけだ。私を閉じ込めようとするなら、本人がここにいる今、紅魔館に雨を降らせる道理がない。神社に降らせるほうがまだ理解できるというものだ。
ならば、考えられる理由は一つ。
あの雷雨はフランを閉じ込めようとするものにほかならない。
しかし、どうして――――?
フランが自分からあのドアを破ったとは思えない。確かにフランの能力ならあんな扉簡単にぶち破ってしまうだろうが、そんなことをする理由が考えられなかった。
「まぁ、どっちみち帰れないわ。食事どうしようかしら」
本当のことを言えば、吸血鬼は雨が苦手なのではなく、流水が苦手なのだ。吸血鬼は流水の上を渡ることができない。これは流水が境界を表しているからだ。伝説によれば、吸血鬼は、死体に取り付いた悪霊である。境界を越えて移動すると、吸血鬼の魂は身体である死体から離れてしまうといわれている。それゆえ、吸血鬼は境界を示す流水や海が苦手だった。もっとも私やフランはそんな下賎なアンデッドなんかではないが、決まったことは決まったことだ。私たち吸血鬼はとかく境界に弱い。
――――ん?
――――境界?
――――私の脳裏に、ある妖怪の胡散臭い笑いが浮かんだ。
「仕方ないなぁ。様子を見に行くわよ」
退屈してたところだしね、そう言って、巫女は立ち上がった。
「楽しそうだぜ」
魔法使いもいそいそとお気に入りの箒にまたがる。
それじゃ、留守番頼んだわ、と吸血鬼に留守番を任せて二人の人間は紅魔館へ飛んでいってしまった。悪魔に留守番を任せる馬鹿がどこの世界にいる、と思ったが、ここは二人に任せるしかなかった。
それにチャンスかもしれない。
この機会に、あの二人はフランと――――
そこまで考えて、私は全てを理解した。
頭の中で、あの憎たらしい女が、扇子の向こうで再びにやにやと笑っていた。
私は一つ伸びをし、濡縁に寝転がり、そして、いまさらのように言った。
「ああ、そうか、あいつのこと忘れてたわ、きっと、外に出ようとしてパチェが止めたのね」
――まったく、何というお節介を。
正直、複雑な気分だった。私の完敗だった。
起き上がり、私は頬に右手を添え、首をかしげた。
「困るわー、私も、あいつも、雨は動けないわ……」
私は外ではフランのことを習慣的に『あいつ』と呼んでいた。これは私に幽閉された妹がいることを悟られないためだった。外の世界は危険が多い。フランを外敵から遠ざけるための手段だったが、そう呼ぶたびにいつも苦い気分になったものだ。
だが、私はこのとき、こう思った。
――もう、『あいつ』なんて呼ばなくてすむようになるのかしら。
私は、もうすでに見えなくなってしまった、空飛ぶ二人の人間に、願いを託した。
何というか――とても気に入らなかった。
自分でも何が不満なのだかよくわからないが、とにかく、気に入らなかったのだ。
いや、原因はわかっている。
私は寂しいのだ。
私は読んでいた本を放り投げて、ベッドの上で伸びをした。
「退屈だなぁ」
私は一人呟いた。
お姉さま、早く帰ってこないかなぁ。
時計を見ると、正午を少し回ったくらいだった。
あと五時間は帰ってくるまい。それに、その後、ちゃんと私のところに来てくれるだろうか。
お姉さまが送ってきてくれた封筒を見る。いつになったら中を見れるんだろうか。そこには私のラストワードの名前が書かれているはずだった。見たい見たいと封筒を見るたびに思うのだが、私は約束だからと、仕方なく自制していた。もし、これで『本気にしてやんの、バーカバーカ』とか書いてあったら、きゅっとして、どかーん だ。
この封筒がポストを通じて私に届けられてから、四、五日後、私はお姉さまが空高く戦っているのを感じた。こんな地下深くだが、お姉さまの強い波動がひしひしと感じられたのだ。私を相手に弾幕ごっこをしていたときより、ずっと激しい戦いだった。相手は二人だった。二つの力とお姉さまの力が衝突し合うのがわかった。そして、死戦の末、二つの力は、数で勝っているとはいえ、お姉さまに勝利した。一度も私が勝てなかったお姉さまに、見たこともない誰かが勝利したのだ。
その翌日の晩、お姉さまは私のところを訪ねてきてくれた。
『お姉さまの用事というのは、二人と弾幕ごっこすることだったの?』
私の問いかけにお姉さまはとても驚いたようだったが、お姉さまは微笑みながら、『そうよ』と答えた。
『私を仲間はずれにして、弾幕ごっこで遊んでたの?』
私がそう口を尖らせると、お姉さまは『ごめんなさい』と謝り、
『でも、私じゃなければ、ダメだったのよ』
と、言った。私も子供じゃない。人の都合があるということは理解できる。
『じゃあ、仕方がないね』
と私が言うと、お姉さまは『ありがとう。フランは良い子ね』と笑って頭を撫でてくれた。
それからお姉さまはとても優しい笑顔でこう言った。
『フラン、大丈夫よ』
『何が?』
『あなたも彼女たちと弾幕ごっこができるようになるわ』
『――――――――――――――――』
『絶対だわ』
お姉さまは自信ありげに私にうなずいてみせた。
だが、その日から、お姉さまが私の部屋を訪ねる頻度が前より少なくなった。
「彼女たちって、あの二人の女の子なのかな?」
私はベッドの枕元にある『隙間』を見た。
その『隙間』は――いつの間にか枕元にあったのだった。
初めて見たときは、実に恐ろしかった。空間に穴が開いているのである。危険だと思わないほうがおかしい。気づいたら、ベッドの枕元に穴がぽっかりと開いていたのである。
そんなところにこんな大変なものがあったら、ベッドで寝られないではないか。
このとき、私は久しぶりに破壊の能力を使おうかと思った。この能力を使うこと自体、気乗りしないのだが、自分の身を守るためなら仕方あるまい。
きゅっとして、どかーん しようかと思って右手を開いた瞬間、『隙間』から聞きなれた声が聞こえてきた。私は右手の上の目を潰すのをいったんやめて、『隙間』に近づいてみることにした。
『隙間』の声に耳を傾けると、お姉さまの声が聞こえた。恐る恐る『隙間』を覗き込んでみると、お姉さまの姿が見えた。さらによく『隙間』の中を覗き込んでみる。どうやら――――居間にお姉さまはいるみたいだ。居間には他にも、赤いリボンをした女の子や、白と黒の服を着た女の子、銀色の髪をしたメイド服の女の子がいた。姿は見えないが、さらに漏れてくる声から察すると、パチュリーもいるようだった。
『改めて自己紹介するぜ、霧雨魔理沙だ』
白黒の女の子はそう言って笑った。
『キリアメ・マリサ?』
『キリサメだ。キリサメ。おまえ、今わざと間違えたろ……』
銀髪の女の子と魔理沙という子が話をしていた。赤いリボンをした子は博麗霊夢と名乗った。
銀髪の女の子は優雅に礼をして、『十六夜咲夜です。紅魔館のメイド長を務めていますわ』と自己紹介した。
この人が紅魔館のメイド長――。
優しそうな人だな、と思った。
霊夢と魔理沙は、お姉さまや咲夜、パチュリーと話をして帰っていった。二人はとても楽しそうに笑っていた。お姉さまも楽しそうだった。
いいな。
と私は思った。
私もあの輪に入ってみたいな、と思った。
それからお姉さまが私のところにやってきたが、私は『隙間』のことを内緒にしておいた。私はお姉さまたちの様子を覗き見していたことを黙っていた。
その後も私は『隙間』からお姉さまたちの姿を眺め続けた。あの二人の女の子はその後も何度かやってきていた。
話を聞いていると、二人は人間なのだという。
私は人間というと、食べ物のイメージしかなかった。私たちは吸血鬼で人間を食べなければならないらしい。それは普段は紅茶やケーキの中に入っているらしかった。
これが人間かぁ。
私は何となく感動していた。見た目は私やお姉さまとあまり変わらないのに、私たちの食べ物なのはどうしてだろう、人間はどんな生き物なのだろう、たくさんの興味がわいた。
人間に会ってみたい。
私はそう思うようになった。
だけど、出られないしなぁ。
私は堅く閉ざされた扉を見る。閉じ込められているのは仕方がないと思う。こんな危険な能力をもっているのだから、暴走されたらたまらないのだろう。もちろん、破壊の能力を使えば、この扉も壊せるのだろうが、そんなことしたら、お姉さまに怒られる。怒られるだけでなく、お姉さまは悲しむだろう。そう思うと、私は地下室から出るのを諦めるしかなかった。
「でも、出たいなぁ」
人間と会いたいなぁ。
誰かと遊びたいなぁ。
そう思って、再びドアを見ると、
大きな空間の穴が開いていた。
「え?」
私は度肝を抜かれ、拍子抜けした声しか出なかった。
「え、ブラックホール? そんな馬鹿な…………。 こんなわずかな質量しかもたないのにブラックホールになるわけが……………………」
落ち着け。私、落ち着け。どう見てもブラックホールじゃないだろ。科学的に推理してる場合じゃない。これは何かの魔法でできた空間の穴だ。
「でも、どうして、こんな大きな穴が……………………」
私は情けないがびくびくしながら、その巨大な隙間に近寄った。穴はドアをほとんど飲み込んでしまうくらい大きかった。立ったまま歩いて通り抜けられるくらいだ。穴の向こうには、地下室を思わせる暗い廊下が広がっていた。
「ひょっとして、この穴を通れば、部屋から出られるのかな?」
この向こうに広がっている廊下が、この地下室の外であるという保証はない。だが、私は奇妙にもその考えを否定する気にはなれなかった。私は少し怖かったが、穴から頭だけ出して、右左と周りの様子を確認した。右にはもう一つ倉庫のように大きな扉があり、左には何かを投函するためのポストがあった。私は扉とポストを見て、確かにこの穴が扉の向こうに繋がっていることを確信した。
「ちょっとだけなら、大丈夫だよね……………………」
私は穴をくぐり、地下室の外に出る。胸はどきどきと早くなっていた。たった一歩前に出るだけなのに未踏の地を冒険しているようだった。
495年ぶりの外かぁ。
やはり、感慨深いものがあった。
一歩足を出し、そして、二歩目を出す。
――――私は495年ぶりに地下室の外にいた。
何ともいえない気持ちで胸がいっぱいになる。罪悪感がなかったわけではないが、私は表現できない感動を味わっていた。
しかし――――
『警報!! 警報!! 非常事態レベルⅤ! 非常事態レベルⅤ! 最大級の非常事態である! エキストラメイド隊は非常事態配置につけ! エキストラメイド隊は非常事態配置につけ! これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない! 配置に当たっていないメイドは直ちに指定された避難所へ急行せよ! 配置に当たっていないメイドは直ちに指定された避難所へ……………………!」
けたたましい警報が鳴った。私は心臓が口から飛び出しそうなほど驚いた。
「え、え、え…………何これ? 私が外に出たから? 私が外に出たから警報が鳴ったの? ……ちょっとこれまずいんじゃない?」
私はすっかり慌てていた。何とか頭を落ち着かせて、状況を分析する。どうやら扉にセンサーがあり、私が外に出ると警報が鳴る仕組みだったらしい。私の脱走を恐れてつけたものなのだろう。
しかし、最大級の非常事態って…………
私は少し悲しくなった。たしかに、私の能力は危険だったが、ここまで警戒されているものだったとは。
…………でも、まあ仕方ないか。
私が少し頭がおかしいのは事実だし、破壊の能力をもった狂人など、きっとどんな猛獣よりも危険なのだろうから。
とにかく、戻ることにしよう。地下室から出たのは怒られるかもしれないが、このまま外にいるよりましである。
そう思って扉を見ると、
空間の穴がすっかり消えていた。
「は?」
私は唖然とするしかなかった。倉庫のもののように大きな扉は、穴など開いてなく、いかにも頑丈そうな造りをしていた。
「ちょっとちょっと!? 何これ!? ほんとにどうなってんの!?」
今度こそ私は混乱した。落ち着け、私、と私は頭を抱えながら、自分に強く言い聞かせた。とにかく、状況を整理するんだ。
空間の穴から部屋に出て、戻ろうと思ったら空間の穴が塞がっていて戻れなくなった。
オーケー、実に明快だ。状況把握は完璧だ。
…………いや、完璧じゃないって。確かにその考えは何も間違ってないけど、何の解決法も見出せないじゃないか。しかし、これ以外、何も整理することが頭の中にはなかった。
ほとほと困って、私は廊下をに目をやった。とにかく、何でもいいから状況を打破しないと。
そう思って、何かないかと探していると――――
階段が見えた。
――地上に出る階段だろうか。
私はそれを見て悩んだ。このままこの廊下にいてもいいだろう。ここにいれば確かに地下室の外に出ているとわかってしまうが、地上で見つかるよりましかもしれない。正直に扉に開いた穴のことを話せばいいだろう。信じがたい話だろうが、扉が壊れていないのが何よりの証拠だ。
だが――――
私の脳裏に二人の人間のことが浮かんだ。
「行こう」
私は地上に向かう階段に向かって歩き出した。
良い機会かもしれない。外に出るなんて495年ぶりなのだから。次に出られるのはもしかしたら、1000年後のことになってしまうかも知れない。だったら、いっそのこと、思いっきり地上の世界を満喫しようじゃないか。
私は外に出るには何が必要か考えた。吸血鬼は日光に弱い。太陽光を防ぐには日傘で大丈夫だろうか。レインコートなんかがあれば一番なのだが。
計画を練りながら、わくわくしながら歩いていると、耳元に、
「忘れ物ですわ――――」
と、女性の声が聞こえた。
私は驚いて振り向く。だが、そこには誰もいなかった。
「空耳かなぁ」
私は首をひねりながら、再び階段のほうを向く。
――――その瞬間、視界に何かが映った。
私がまた後ろを振り返ると、
床に私のスペルカードが散らばっていた。
スペルカードは確か、枕元においてきたはずなのに。
私は呆然としていた。お姉さまが私に送ってくれた封筒もそこにあった。
――本当に今日は変なことばかりだ。もう考えているだけで疲れてしまう。
私は考えるのをやめた。スペルカードと封筒を拾い、また地上へ向かう階段へと歩き出した。
ひょっとしたら、弾幕ごっこができるかもしれない。
私の胸は期待に膨らんでいた。
地上に出ると、紅魔館の中はちょっとしたパニックになっていた。
たくさんのメイドたちが走り回っていた。背中に翼があるところを見ると、妖精なのだろうか。どうやら、全員が全員大慌てで避難所に向かっているらしい。
私は物陰から隠れて屋敷の様子を観察していた。
他のメイドたちとは違う、少し赤い服を着たメイドが、他のメイドたちの避難を誘導していた。彼女たちは緊張しながらも、落ち着いた動作でメイドたちに指示を出している。
――――ごめんね、皆。
私は心の中で彼女たちに謝った。
窓の外を見ると、土砂降りだった。雷の音も聞こえる。私は吸血鬼が流水を渡れないことを思い出していた。ついていない。せっかく外に出ようと思ったのに。これではとても屋敷から出られない。
紅魔館の中を歩き回るとしてもなあ、と私はため息をついた。このパニックじゃ、のんびり廊下も歩いていられそうにない。パチュリーもいるだろうし、彼女に見つかったら間違いなく叱られるだろう。
とにかく私はそこから移動しようと思った。ずっとここにいれば、誰かに見つかってしまうだろう。こんな緊急事態に見つかれば、間違いなく不審者扱いされてしまう。屋敷に私の顔を覚えている人もきっといないだろうし。
私はこそこそと歩いていた。幸い誰もが避難するのに夢中で、こんな見知らぬ吸血鬼のことには気が回らないようだった。私は誰にもきづかれず、屋敷の中をあてどもなく歩いた。
途中、紅魔館の見取り図があったので、それを頭に叩き込んでおいた。何でこんなものがあるのだろうか、と私が不思議に思ったが、ひょっとしたら、あまり頭のよくない妖精メイドたちのためなのかも知れなかった。何にせよ私にはありがたかった。
今歩いているところは、『ホール』という場所だった。ホールは紅魔館で一番大きい部屋だった。きっと何かの行事のときに使うのだろう。そこにはたくさんの妖精メイドたちが集まっていた。緊急時には避難所の代わりにもなっているらしかった。
私はホールの入り口から、妖精メイドたちの様子をこっそりのぞいていた。
――こんなにたくさんの人がいたんだ。
私はそれだけのことに圧倒されていた。
私はその景色を見ているのに夢中だった。
だから、後ろに誰かがいるのに気づかなかった。
「誰かしら、あなた――――?」
突然、背中から声をかけられた。あまりにも驚いたため、私は扉に頭を打ってしまった。痛かったが、それよりも焦りのほうが大きかった。慌てて後ろを振り返ると、そこにはメイド服を着た銀髪の女の子が立っていた。
見たことがある――――
そうだ。紅魔館のメイド長の咲夜だった。
咲夜は腰に手を当てて、ナイフのように鋭い視線で私を睨んでいた。こんなにも殺意のこもった目で見られるのは、生まれて初めてだった。
「――名前を言いなさい」
咲夜は氷のように冷たい声で言った。私は彼女のその声音に震え上がってしまっていた。私は怖くて、何も言えず、ただ震えていることしかできなかった。
私が黙っていると、咲夜はじっと私の顔を見ていた。彼女の恐ろしい視線から逃げることができず、私も咲夜の顔を見ていることしかできなかった。
どれくらい時間が経っただろうか。
咲夜が突然、何かに思いついたような顔になった。そして、途端に声を和らげて私に尋ねた。
「もしかして…………フラン様ですか?」
私は驚いた。彼女は私を知っていたようだ。そして、驚くままうなずいた。
「うん…………フランドール・スカーレット…………私はレミリアお姉さまの妹の、フランドールだよ……………………」
咲夜の目が丸くなった。彼女もとても驚いているようだった。
「…………お嬢様の妹君だったのですか……」
咲夜は私のことを知っていても、私がお姉さまの妹だということは知らなかったらしい。ため息をつくように呟くと、私の前で膝を突き、頭を下げた。
「大変ご無礼をいたしました。どうかご容赦ください――――」
咲夜の様子の変化に、むしろ私は慌ててしまった。
「そんな…………咲夜は悪くないよ。だから、そんなに頭を下げなくていいよ。顔を上げて?」
「……………………ありがとうございます、フランドールお嬢様」
上げた咲夜の顔はさきほどのナイフのような冷たさはなく、月の光のような優しい笑顔があった。
「咲夜は今何してるの?」
私は咲夜にそう聞くと、咲夜は優しい声で、だが、少し緊張感に顔を引き締めながら言った。
「警報がかかりましたから、メイドたちの避難を指揮しているのです。非常事態レベルⅤは紅魔館の存続に関わる規模の危険を想定しています。何の前触れもなく、こんな事態になるとは……………………。メイドの避難が終わったら、私はエキストラメイド隊とともに調査を行いたいと思います」
「………………………………………………………………」
「どうなされました? フランドールお嬢様?」
「……………………ごめん。たぶん、私のせい…………」
「え?」
私は咲夜に簡単に事情を説明した。私の能力がとても危険なこと、その能力のせいでお姉さまが私を仕方なく地下に閉じ込めていること、『隙間』からお姉さまたちのことを見ていたこと(ああ、だから私の名前をご存知なのですね、と咲夜は言った)、それで外に出たくなったこと、扉に穴が開いていてそれを抜けたら穴が塞がって戻れなくなってしまったこと、そして、せっかくだからと地上を見に来たこと――――
「そうだったのですか……………………」
咲夜の口からため息が漏れた。咲夜は私の言葉を疑ったりせず、最後まで聞いてくれた。それから、咲夜は黙って、じっと私の顔を見つめていたが、やがて口を開いた。
「それでは…………フランドールお嬢様はこれからどうなさるおつもりですか」
「うん、そうなんだよね…………」
こうして見つかってしまった以上、地下室に戻らないといけないだろう。皆にも迷惑をかけてしまったことだし。残念だったが、私は観念することにした。
「…………地下室に戻ることにするよ」
「…………………………………………」
「扉の開け方がわからないけど、お姉さまもそのうち帰ってくるだろうし。それまで廊下で待っていることにするよ」
そう言って、私はもと来た道に帰るため、歩き出した。
だが、
「フランドール様、お待ちください」
咲夜が私を呼び止めた。振り返る私に、咲夜は優しく微笑んでくれた。
「紅魔館の中でよろしいのならば、どうぞご自由にご散策ください」
私は驚いた。咲夜はにっこりして言った。
「外よりは狭い紅魔館ですが、ひょっとしたらお気に召すものがあるかもしれませんよ」
私はしばらく何も言えないくらい驚いていた。咲夜は微笑んだまま私の言葉を待っていた。
「どうして――地下室に帰れと言わないの? 私は危険な能力をもっているんだよ――――?」
私は呆然としていた。咲夜は私の前まで来て、再び膝を突き、目線を私と同じ高さに合わせて言う。
「お嬢様と約束しましたから」
咲夜の笑顔はとても綺麗だった。
「お嬢様と、フラン様は優しいお方だと信じると、約束しましたから」
「…………………………………………」
「あのお嬢様が優しいとおっしゃるのですから。きっとフラン様は天使のようなお方なのでしょう」
私は本当に何も言えなくなってしまった。心の中がじんわりと温かくなっていった。
「お姉さま、そんなこと言ってたんだ……………………」
「ええ、お嬢様はとてもフラン様を気にかけていらっしゃいましたわ。よいお姉さまをおもちで、フラン様がうらやましいですわ」
私は頬が赤くなるのを感じた。
何だろう。
とても嬉しかった。
私は恥ずかしくなって、咲夜に背を向けた。
「それじゃ…………そろそろ行くね」
「ええ、お気をつけていってらっしゃい」
肩越しに咲夜を見る。咲夜は微笑んで私に手を振ってくれていた。
咲夜のその顔を見ていたら、私はふと言わなければならないことを思い出した。
私は咲夜に尋ねた。
「ねえ、私のご飯を作ってくれていたのって、ひょっとしたら咲夜?」
「…………そうですが、いかがなさいましたか?」
咲夜は小首をかしげた。私は咲夜の優しい顔を見ながら、最大限の感謝の気持ちをこめて言った。
「咲夜」
「はい」
「咲夜のご飯おいしかったよ!」
一瞬、咲夜は驚いたようだが、咲夜はすぐに笑顔を浮かべて「ありがたいお言葉です」と頭を下げてくれた。私はまた咲夜に背を向けた。
「それじゃあ、今度こそ行ってきます」
「はい。お気をつけて」
私は優しいメイドに見送られながら、ホールを後にした。
それから私は紅魔館を歩き回っていたが、突然、爆発音がした。
あれ、わたし、何かしたっけ?
破壊の力を使った覚えはないのだが、私は少し焦りながらも、音のした方向に向かった。
エキストラメイド隊が飛んでいくのが見えた。彼女たちは忙しく交信を繰り返していた。
「正門より、巫女と魔法使いが侵入! 正面玄関の部隊と交戦中です!」
「至急、陣形をとれ! お嬢様の留守中に奴らに好き勝手させるな!」
「第一防衛ライン、突破されました! 第8小隊が交戦中!」
「パチュリー様が撃破されました! 最終防衛ラインまでもう少しです!」
「くそ! あの紅白と白黒、本当に人間か!?」
「………………………………………………………………」
私は彼女たちの交信を聞いていた。どうやら、エキストラメイド隊は侵入者たちにそうとう苦戦しているらしい。
それよりも私は彼女たちのやりとりで気になった言葉があった。
巫女と魔法使い。
紅白と白黒。
そして、
人間。
「――――あの二人かな?」
私は『隙間』の向こうにいた二人の少女のことを思い出していた。
そうだ、あの二人だ。
気づいたとき、私は爆音のした方向へと翼を動かしていた。
――――人間に会える。
――――人間と遊べる。
私の心は弾幕のように沸き立っていた。
エキストラメイド隊は壊滅していた。
廊下を飛んでくる二人の女の子を私は陰から眺めていた。
赤と白の巫女服を着た女の子と白と黒の魔法使いの服を着た女の子。
緊張した。
私は495年ぶりに、自分から外の誰かに話しかけるんだ。
紅白の子が白黒の子に言った。
「こんなに攻撃が激しいのは…………あの女の子がおかしくなっちゃったから?」
「あー、パチュリーは違うだろ。でも確かに防御が厳しいな。レミリアは神社にいるのにな」
――――これは決闘なんだから。格好良くて楽しければ何でもいいの。
私はお姉さまの言葉を思い出していた。
これから、私は二人に弾幕ごっこを挑むのだ。
決闘を申し込むのだ。
精々、格好つけてやろうじゃないか。
「甘いわ、そこの紅白、白黒!」
私は二人の前に飛び出した。
「他にもおかしな奴が居るのね」
紅白の子は私の声に反応して言った。白黒の子が私のほうを見る。
「おまたせ」
私は二人に向かって不敵な笑顔を見せてやった。
紅白の子と白黒の子は訝しげな顔をして私を見ていた。二人そろって、あんた誰、と訊く。
私はにやりと笑って見せた――――格好ついているだろうか、と少し心配になりながら。
「人に名前を聞くときは…………」
私はそちらから名乗れ、と示した。ああ、私、と白黒の子が自分を指差す。そして、その子は自信満々に言った。
「そうだな、私は博麗霊夢。巫女だぜ」
私は思わず、ずっこける。紅白の子が白黒の子を睨んでいた。白黒の子は何という名前だったか――――そうだ、魔理沙だ。私は彼女の科白をスルーすることにした。
「フランドールよ、魔理沙さん」
巫女は無理があるわ、と私は内心苦笑した。だが、私はこの飄々とした人間を気に入り始めていた。博麗霊夢は私よ、と紅白の巫女が言った。霊夢は私を睨んで言った。
「前来たときはいなかったような気がするけど…………」
「いたけど、見えなかったの」
私は謎掛けするように答えた。
「いつもお姉さまとやり取りしているの、聞いていたわ」
そう。私は『隙間』からあなたたちのことを見ていたのだ。
「私はずっとこの家にいたわ。あなたたちがこの家に入り浸っているときもね」
「いたっけ?」
「ずっと地下で休んでいたわ」
私は自分を皮肉りながら笑ってみせた。
「495年くらいね」
いいねぇ、私は週休2日だぜ、と白黒の魔法使いが言っているが、気にしないことにした。
「私は495年間一回も、お外に出てないのよ。でも、私も人間というものが見たくなって、外に出ようとしたの。止められたけどね。お外は豪雨で歩けない」
「そこまでして、止められるなんて…………ほんとに、問題児なのね」
霊夢は呆れたように言った。
その通り。私は問題児だ。
だけれど、
レミリアお姉様はわたしのことを認めてくれる――――
私は二人に改めて尋ねる。
「で、あなたたちはもしかして人間?」
私の言葉に二人はうなずいた。霊夢が言う。
「ああ、そうよ」
「だましたりしてない? 人間って飲み物の形でしか見たことないの」
「ああ、人間だよ。人間は、紅茶よりは複雑なものなのよ。殆どの人はね」
殆どの人って、そうじゃない人もいるのだろうか? 魔理沙が、ほれほれ、思う存分見るが良いといっているが、こんな人間のことなのかもしれない。
「あんたんとこは、人間を誰が捌くの?」
霊夢がついでのように訊く。私は少し首をひねって考えた。
「さー? お姉さまがやってるわけないし…………」
一瞬、咲夜のことが頭に浮かんだが、あの優しそうな人がそんなことをしているようには思えなかった。
霊夢は私の『お姉さま』という言葉に反応した。
「お姉さま? レプリカとかいう、悪魔のこと?」
「レミリア! レミリアお姉さまよ!」
人の大事なお姉さまの名前を間違えるなんて失礼な。しかもレプリカって、何で偽物なのさ。
霊夢はどうでもよさそうに言う。
「あいつは、絶対に調理はできないと思うよ」
その意見には同意だった。あのずぼらなお姉さまに料理などできるわけがない。できないというより、
「しないわ」
霊夢はうんうんとうなずいて、びっと私を指差した。
「妹君に言いたいけど、お姉さまはいつも家の神社に入り浸って迷惑なの。何とか言ってやってよ」
「知ってるわ。でも、私も行こうとしたら、止められたって言ったじゃない」
「だから、行こうとするな」
霊夢は、はあとため息をついた。
では、
そろそろおしゃべりもいいだろう。
「さて、あなたたちは一緒に遊んでくれるかしら」
霊夢が挑戦的な目で私を見た。
「何して遊ぶ?」
私はその目を正面から受ける。
とても嬉しかった。
「弾幕ごっこ」
私はそう言って、二人にスペルカードを見せる。途端に巫女と魔法使いの視線が鋭くなった。
そして、霊夢と魔理沙は不敵な笑顔を浮かべた。
強い。
その笑顔から私は彼女たちの強さを感じ取った。
ただの強さじゃない。
これは、
心の強さだ。
「パターン作りごっこね。それは私の得意分野だわ」
そう言って、霊夢もスペルカードを構える。
「いくら出す?」
魔理沙がスペルカードを取り出しながら、ニヤニヤと笑って言う。
弾幕ごっこは決闘ごっこだ。
決闘は命を懸けて行われる。
この二人は命を懸けて私と弾幕ごっこをしてくれるだろうか。
この二人は一生懸命に私と遊んでくれるだろうか。
私は願いをこめて――――
「コインいっこ」
「コイン一個じゃ人命も買えないぜ」
魔理沙が笑みを大きくした。私はその言葉に彼女たちが全力で相手をしてくれることを感じた。
期待と喜びが心の中で膨らんでいた。
そして、私は開幕の言葉を言うために息を吸い込む。
決闘。
それは後戻りできない戦い。
私は、決闘ごっこ――弾幕ごっこにふさわしい言葉を言う。
「あなたが、コンティニューできないのさ!!」
強い。
私はそう思った。
この二人は今まで戦ってきた誰よりも強い。
お姉さまを倒したというのもうなずける。
スペルカードを多く装備していない二人に、私は押されていた。
確かにこの二人はたくさんはスペルカードをもっていないが、使うタイミングが絶妙だった。ここまで有効にスペルカードを使うとはとても考えられなかった。
巨大な閃光――『マスタースパーク』をぎりぎりで避ける。今度はそこに霊弾――『夢想封印』が襲い掛かった。蝙蝠に分身してなんとか逃げることができたが、私は二人の絶妙なコンビネーションに舌を巻いていた。
禁弾『過去を刻む時計』が破られる。
スペルカードは二枚まで減らされていた。
敵の攻撃もすでに嫌というほど受けていて、あちこちが痛い。
だが、降参するつもりはない。
私は本来ならラストワードになるはずだった弾幕を使う。
「『そして誰もいなくなるか』!」
私は姿をくらまし、二人の人間だけが戦場に残された。
巫女と魔法使いに無数の光弾が迫る。
私は人間たちが次々と撃墜される様を想像していた。
だが、彼女たちは墜ちなかった。
避ける。避け続ける。
絶対に当たる、そう思った弾を紙一重で避ける。
後ろから飛んでくる弾を掠りながら避ける。
服はところどころ破けている。肌に掠っている弾幕もある。
だが、彼女たちは避け続けていた。
真剣な顔で。
必死に。
彼女たちは一生懸命、私の相手をし続けてくれていた。
結局、一つの弾も当たらずに『そして誰もいなくなるか』は終わってしまった。
「すごい弾幕だな。だが、まだ足りないぜ」
魔理沙だった。ぼろぼろになった帽子を被り直して笑っていた。
「もっと避けやすいのにしなさいよ。面倒くさい」
霊夢は腕を組んで笑っていた。言葉と裏腹に彼女の顔は楽しそうに微笑んでいた。
――なんだか、涙が出てきた。
私は煤だらけの手で目をぬぐった。
「なんだよ。悔し涙、流してんのか」
魔理沙が笑った。霊夢もにやにやしている。二人は笑って私を挑発した。彼女たちはわたしにもっとかかってこいと言っていた。
彼女たちは私を望んでくれていた。
「まさか。悔し涙を流すのはそっちだよ」
私はそう言って、最後のスペルカードを取り出す。
二人は、待ってました、と言わんばかりに、再び構えを取った。
二人の準備が整ったところで――
私はお姉さまからもらった封筒を開けて、その中身を見た。
私は目を見開いた。
しばらく、私はお姉さまがつけてくれた弾幕の名前を凝視していた。
どうして、お姉さまはこの弾幕の名前をつけたのだろう。
お姉さまはどんな気持ちでこの名前を考えたのだろう。
――――私はやがて納得した。
どうしてつけたかはわからないけど、納得した。
何にせよ、これはお姉さまが考えてくれた名前なのだ。
お姉さまは願掛けだと言っていた。
なら、きっとそうなのだろう。
――私は――あなたのことを信じてるわ
お姉さまはそう言ってくれた。
なら――――私はお姉さまの願いを信じる。
私はスペルカードに魔力をこめた。
「QED『495年の波紋』!!」
QEDとは、Quod Erat Demonstrandum、――『かく示された』の略だ。
数学、哲学で使われる言葉であり、かのスピノザも彼の主著『エチカ』でQEDを用いているという。
QEDとは本来『証明終了』という意味である。
だが、QEDは推理小説でも用いられることがある。
推理小説とは、犯行の方法、動機、そして、そこから推定される犯人を探すことを楽しむ小説だ。
推理小説では、『完結』の意味でQEDが用いられることがあった。
その意味では、このQEDとは『事件解決』とも訳せる。
QEDは、数学や哲学では『証明終了』という意味であり、推理小説では『事件解決』を示す言葉なのだ。
レミリア・スカーレットは願いをこの二つの意味に託した――――
彼女がフランドール・スカーレットに弾幕ごっこを教え続けたのは他でもない。
フランに友達をつくってあげるためだった。
だが、そのためには彼女は友達と遊ばなければならない。
彼女が最後まで友達と遊べることを証明しなければならない。
彼女が最後の10枚目を終えるまで、弾幕ごっこを続けなければならない。
彼女は相手に対して弾幕ごっこでQEDを示さなければならない。
姉は妹の友達に願ったのだ。
この子と最後まで遊んでください、と――――
495年間一人で過ごしてきた少女と、最後まで弾幕ごっこをやり遂げてください、と――――
誰かがこの弾幕を越えるとき、
やっとQEDは示される。
フランドール・スカーレットが破壊の悪魔ではなく、一人の寂しがりやの少女であることの――
そして、彼女はもう友達をつくって遊べるほど、成長している女の子であることの――
QEDがようやく示される。
その意味での『証明終了』なのだ。
もう一つの願いの意味。
それは495年の終焉だった。
495年続いた幽閉生活。
この事件の――この悲劇の終焉だった。
フランが友達をつくった暁には、きっと外に出られる――――
レミリアはそう確信していた。
495年続いた悲劇は、10枚目のスペルカードが果たされたところで、ようやく解決を迎えるのだ。
レミリアは『事件解決』のQEDを求めていたのだった。
『そして誰もいなくなるか』。
それは確かにラストワードなのかもしれない。
この弾幕は発動と同時にフランは消えてしまう。
罠を残して死んだU.N.オーエンのように、彼女は相手に弾幕だけを残して、どこかへいってしまうのだ。
だから、このスペルカードを破る方法は二つしかない。
効果が切れるまで弾幕を避け続けるか。
弾幕に当たり――誰もいなくなるか。
非常に強力なスペルカードだ。とても避けきるのは難しい。
だが、もし、避けきることができるならば――――
再び現れたフランの手をつかむことができるのだ。
『そして誰もいなくなるか』でU.N.オーエンの出番は終わりだ。
そして、
そこから先は、フランドールという少女のターンだ。
ラストワードは終わった。U.N.オーエンのラストワードは終わった。
終わったのなら、始めなければならない。
だから、『495年の波紋』には属性名がつく。
QEDという、これから始まる幸福を祈る属性名がつく。
QEDを最初に、永年、閉じ込められてきた少女は新しい一歩を踏み出す。
初めてできた友達の手を握って。
彼女の姉がQEDに託した願いは――――
二人の人間によって叶えられた。
私はその後、地下室に戻った。
パチュリーに事情を説明したら、『あの隙間妖怪め』とか何とか言っていた。
不思議なことに叱られなかった。
私はシャワーを浴びて、パジャマに着替えた。
ベッドの上に寝転ぶ。
時刻は午後七時。
もうそろそろお姉さまは帰ってくる時刻だが、お姉さまは帰ってこなかった。
私はベッドの上で寝たまま、あの二人との弾幕ごっこを思い出していた。
弾幕ごっこに負けた後、私は、呟いていた。
『結局また一人になるのか』、と。
弾幕ごっこは楽しかった。だが、楽しい時間は長くは続かない。
二人の人間は帰ってしまうのだ。
帰ってしまったら、またいっしょに遊べるのだろうか、と。
だが、私は馬鹿だった。
霊夢は『またいつでも遊びに来てあげるから』と言った。その後、『でも頼むから神社には来ないでね。邪魔だから』と言ったが、お姉さまはいつも彼女のところに行っている様子を見ると、彼女は誰も拒むことができない性格なのだろう。そして、きっとその中には私も含まれているのだった。
魔理沙は『そして誰もいなくなった』の童謡を挙げて言った。どうせ考えるのなら、もっと楽しいほうに考えろよ、と。お嫁さんだったら、素敵な巫女を紹介してやるぜと笑った彼女を、霊夢は後ろから引っ叩いた。
二人の騒がしい人間たちは帰っていった。
だが、きっとまた紅魔館に遊びに来てくれるのだろう。
今度は何をしようか、と思う。
弾幕ごっこ以外にも、もっと楽しい遊びはないかな、と。
そうだ。
酒盛りなんかいいかもしれない。
私はお姉さまや咲夜、パチュリー、それに美鈴、そして、霊夢と魔理沙でいっしょにお酒を飲む風景を想像した。
私は自然に微笑んでいた。
楽しい想像の中で、私の意識はだんだん眠りの中に落ちていった。
すっかり、帰るのが遅くなってしまった。
霊夢たちが帰ってきてから、私はしばらく時間を置いて紅魔館に戻った。
彼女たちはフランだけでなく、パチュリーとも弾幕ごっこをしていたらしい。
なるほど、彼女たちが行って、それほどかからず雨が止んだのは、パチュリーを倒したせいだったのか。
つくづく、あの親友には迷惑をかけていると思った。
帰りが遅くなったのは、霊夢たちの話に付き合わされたからだ。
あんたより妹のほうが強いんじゃないの、とか、妹を495年も閉じ込めてちゃダメじゃない、とかいろいろ言われた。ほとんど正論だったので、言い返すことができなかった。
神社から帰る際、霊夢が言った。
『今度はあんたの妹も混ぜて、紅魔館で宴会よ、酒はあんたのところがもってね』
私は喜びを隠すのに必死だった。
私が紅魔館についたのは夜の九時頃だった。
美鈴は門番の詰め所で寝ていたので、ぶん殴って叩き起こした。
話を聞くと、霊夢たちがきたときも寝ていたらしい。
これはさすがに信じられなかったので、問い詰めたところ、答えた。
『いいえ、寝ていたということでいいでしょう。エキストラメイド隊の人たちにも悪いですしね。まさか、侵入者を放っておいてもよかった、なんてお嬢様が本心で思っていたなんてことがわかったら、彼女たちも怪我をした甲斐がないですからね』
やはり、美鈴は侮れない奴だった。
それからまた寝ようとしたので、グングニルしておいた。
パチュリーのところに行くと、彼女はものすごく不機嫌そうな顔で本を読んでいた。
本のタイトルは『隙間の潰し方』だった。
まあ、パチュリーはタイミングが悪かっただけなのだが。
あまりにも不機嫌だったので、話しかけてもほとんど言葉を返してくれなかったが、私が図書館を出るとき、パチュリーは私に向かって一言言った。
『おめでとう』、と。
私はらしくもなく、『ありがとう』と返した。
咲夜は上機嫌だった。
彼女の話によると、咲夜もフランにあったらしい。
『事情はフランドール様から聞いております』
咲夜は言った。
『確かに良い内容ではありませんでしたが、それも仕方がないことなのでしょう』
フランのことについてあまり話したがらない私に、咲夜はそう微笑んだ。
『私はフラン様が優しい子だということを信じておりますし、お嬢様がフラン様を優しい子だと思っていることも信じております。そして、お嬢様がフラン様のことを愛して止まないということも信じております』
咲夜はにっこりと笑った。
『私はお嬢様を信じます。フラン様を閉じ込めていたのも、本意ではなかったということを信じます。ですから、私は何も申しません。きっとお二人だけで解決できると信じておりますから』
咲夜の言葉はとても頼もしかった。
そして今、私はフランの部屋の前にいた。
開錠の呪文を唱え、扉を開ける。
明かりがついたままだった。
フランはベッドの上で寝ていた。
布団も被らないで、幸せそうに笑って眠っていた。
フランのさらさらの髪を撫でた。フランは眠ったまま、気持ちよさそうに微笑んだ。
私はそうしながら、フランの部屋を隅々まで見た。
ところどころ剥げた内装。ひび割れた床。穴の穿った壁。
ぼろぼろの部屋に私は495年の時間を感じた。
フランはここから出ることもなく495年間を生きてきたのだ。
気づくと、私の頬に涙が伝っていた。
私はフランに見つからないように、ハンカチで素早く涙をぬぐった。
だが、終わったのだ。
495年の孤独は終わったのだ――
フランの目がぴくぴくと動いた。
これから何をしようか――
私は思った。
まず、咲夜をフランの部屋に招待しよう。
フランが館の中に部屋を持つのはまだ難しいかもしれない。とりあえず、確実に安全だと思えるまで、この部屋の内装を新しくすることにしよう。きっとフランはもう大丈夫だ。家具を壊すこともあるまい。
そして、毎日少しずつ紅魔館の中を二人で散策するのだ。最初は一時間。次は二時間、と。だんだん時間を延ばして、フランを外にいることに慣れさせるのだ。フランの能力が暴走することは確かに恐ろしいが、それでもフランは自分の能力を扱うことを覚えなければならない。無意識下で使うこともあるのだろう。だから、無意識も鍛える必要がある。フランは外のものに触れながら、それを壊さないように扱うことを知らなければならない。
フランが薄目を開けた。
フランの破壊の能力を制御するのは確かに難しいことなのだろう。まだ未知のことが多すぎる能力だった。だが、それならば知らなければならない。知って、その破壊の力と向き合わなければならない。今のフランにはその力がある。今のフランには自分への恐怖と戦う力がある。そして、フランは一人で戦うわけではない。彼女には私がついてるし――――友達もついてるのだから。
「――――お姉さま?」
フランが起きた。フランはしばらくぼんやりしていたが、やがて、意識がはっきりしてきたのか、だんだん申し訳なさそうな顔をしはじめた。
「――――勝手に地下室を出てごめんなさい」
フランは正直に頭を下げて謝った。
それに対し、私はフランの頭を撫でる。
フランが謝ることはない。友達をつくるにはやはり、自分から進んでいかなければならなかったのだ。私がいくら努力しても、フランが自分から努力しなければ友達はできない。あのとき、フランは自分の意思で地下室を出た。きっかけを与えたのは、憎たらしいあの大妖かもしれないが、そのきっかけを自分から掴んでいったのはフランだ。フランは自分から友達がほしいと思った。そして、その通りに行動しただけだった。
「お姉さま?」
フランは不思議そうに私を見ていた。叱られると思っていたのだろう。
馬鹿な。
こんなに嬉しいことがあった後で、どうしてかわいい妹を叱れようか。
「フラン、」
私はフランに尋ねた。
「友達と遊ぶのは楽しかった?」
フランは目を丸くしたが、すぐに満面の笑顔を浮かべて、
「うん!」
と、うなずいた。
それから、私たちはこれからのことを話した。
フランの能力をどうやって制御していくかということ、フランと一緒に紅魔館を散策すること、
部屋を新しくすること、博麗の巫女たちと宴会を開くこと…………いろいろなことを話した。
「ねえ、お姉さま?」
「何、フラン?」
「私、今、すごく幸せだよ」
「…………………………………………」
「こんなに幸せでいいのかっていうくらい」
「…………………………………………」
「本当に私なんかがこんなに幸せでいいのかなあ」
「馬鹿ね」
こつんと、私はフランの頭に自分の頭をぶつける。私はフランの宝石のような目を見ながら言う。
「当たり前じゃない」
「……………………そうかな?」
「少なくとも、あなたには、495年分は幸せになる資格があるのよ」
「…………………………………………」
「遠慮することはないわ」
私の言葉にフランは黙っていたが、やがて涙を流し始めた。あまり時間もかからず、フランの涙は嗚咽に変わった。そして、最後にフランは声を大きく上げて泣いていた。
私はフランを胸に抱きしめながら願った。
フランの心に降り積もった495年の波紋の日々が、涙とともに流れていくことを。
フランの抱えてきた苦しみが、この日で全部、消えてなくなってしまうことを。
私の胸でフランは涙を流し続けた。
やがて、フランは泣き止んだ。泣き終えたフランはすっきりとした顔をしていた。
そして、また私たちは未来のことについて話し始めた。
新しく変わっていく紅魔館の暮らしを語り始めた。
私はフランに提案する。
「ねえ、フラン?」
「何、お姉さま?」
「いっしょに幸せになりましょう」
「……………………うん!」
「いっしょに幸せになる努力をしましょう」
「うん!」
私たちの言葉は重なった。
「契約よ」「契約だよ!」
私たちはこの日、強く強く誓い合った。
、
俺の涙腺が感動でマッハなんだが?
9000点でいい、のだが100点しかいれられず俺は深い悲しみに包まれた。
文句なし。
フランドールもいつかは外に出られるようになるのでしょうね……。
しかし、この紅魔館の皆は優しい想いで溢れてますね。 素敵です。
面白い作品でした。
1から順番に読ませて頂きました。
とても面白かったです、次の作品楽しみにしています。
良いじゃないですか。
上手くゲームと独自設定がシンクロしててラスト辺りではUNオーエンがひたすら頭の中でリピートされてました。
面白かったです。
また紅魔郷EXに挑戦しようと思うようになりました。
……こんなに私を太らせてどうする気だ!もっと太ってやる!!
原作と照らし合わせても全く違和感無く読めました。
・・・誰か俺にも紅ノーマルノーコンクリアできる実力をくd(ry
凄いですね。鳥肌がたちました。
よし! 紅魔郷EXやってくる!
願わくば彼女らのQEDが495年を取り戻せますように。
にしても、この話が現時点で3000点に言ってないのが、意外で仕方ない。
原作ではいまだフランに出会えてないけどなー。
件の咲夜さんパート、もう少しボリュームあってもいいんじゃないかと思いました。
しかし、そこら辺りを鑑みてもこの点数で。
もっと点があってもいいだろう!
フランちゃんにはもう、寂しさを味わって欲しくないですね。
レミリアに……いや、レミリアと、フランの百人の友達にフランの未来を託したぜ!!
『最高だ!』
素晴らしい作品です。
フランドールさんの考えと苦悩、紅魔館の皆さんの優しさ、霊夢、魔理沙ペアのみならず幻想郷独特の「らしさ」が違和感無く受け入れられました。
最後に作者様、GJ、僕自身にとってGodそのものです。
出来れば、ほのぼの番外編期待しております。「例えば、何れ来る皆の幸せな世界の宴会編とか。」
あったら良いな程度で、正座して待ってます。
では、では、長文失礼しました。
よかった。おもしろかった。ありがとうございました、
公式だと言われても違和感ないぜ
Q.E.D
だめだ涙でぜんぜん避けれねェ。
何故100点が限界なんだ…もっとあげたいのに…。
こんな名作に出会えてよかったです。これからも素晴らしい作品を造り続けて下さい!
あと誤字 カタディオブトリック→カタディオプトリック
二人の苦悩がひしひしと伝わってきて、でも、レミリアが信じることで、フランも前に進むことが出来て・・・。
絶対に、この二人には幸せになってもらいたいものです。
原作の解釈の仕方もがよかったです。
矛盾も無く、ああ、そんな捉え方があるのか!、と思わされました。
なんという大団円、素晴らしかったです。
フランちゃんはこれから今までの「過去を刻む時計」ではなく「未来への希望の時計」を刻んでくれることでしょう。
評価点数に∞がないなんて…しかたがないから100点にしときます