陽光が届かなく常に薄暗い地下洞窟。
地下都市跡、そして地霊殿に繋がるこの道とも言えぬ道に彼女はいた。
「……」
白装束に身を包み常盤色に染まった髪と眼を持つ。
何処からともなく吊るされた桶に顔のみを出しすっぽりと収まる少女。
彼女の名はキスメ。
恐るべき井戸の怪の二つ名を持つ釣瓶落としである。
彼女は何をするでもなく、桶についた糸に身を任せ、ただゆらゆらと揺られている。
傍目から見れば、ただボーッとしているようにも見えるが……。
「……」
そんな彼女を岩陰から覗き見する人物……いや妖怪が二体。
両方とも背中に羽を携え、黒と白を基調とした服を着ている。
更に片方は、手に何やらレンズのついた機械を所持している。
「遂に見つけましたよ……」
機械を所持している彼女の名は射命丸文。鴉天狗である。
自称清く正しい幻想郷の新聞屋である。
実際に清く正しい活動をしているかは、読者諸君の想像にお任せする。
そしてその後ろに付き従うもう一体。
「文先輩、本当にやるんですか?」
びくびくと話す彼女の名は犬走椛。此方は白浪天狗である。
普段は彼女らの住処である妖怪の山で見張り業に勤しむ下っ端天狗である。一応立場上は文の後輩にあたる。
彼女は何時も通り、ばりばりと見張り業に勤しんでいたのだが、突然文に声をかけられ半ば強引に連れてこられたのである。
仕事がある、と断ろうとはしたのだが、そこは普段から新聞業で仕事をサボりがちな彼女である。
当然のごとく椛の言い分は受け入れられたりはしなかった。
文が何故彼女を連れて来たのかは、何度聞いても一向に話してくれない。
「当たり前でしょ。妖怪が地下に入りやすくなった今取材しなくて何時するというの」
普段入ってはいけない所でも平気で入るくせに何を言っているのだろうか。
椛はそう思ったが、あえて突っ込むのはやめておいた。一応先輩であるし。
下手に口答えして薮蛇になっても嫌であるし。
彼女たち、というか文の目的はただ一つ。
地下の妖怪達の生態調査である。
最近騒動を起こした地下妖怪達ではあったが、その騒動のおかげで古の契約もある程度緩い物に変わった。
そのおかげで妖怪達は地上と地下を半ば自由に行き来できるようになったのである。
自称ジャーナリストである文はさっそくその地下に目をつけた。
いや、以前から目はつけてあったのだが、地下の調査は魔法の森の魔法使い達に先を越されてしまったのである。
あの騒動の直後、速さが売りである自分最大の失敗だと文が何度もぼやいていたのを椛はよく覚えている。相当悔しかったのだろう。
そのリベンジが今回の取材というわけなのだろう。
何故椛がお供なのかはわからないが。
で、最初に見つけたのがこのキスメというわけである。
「取材はいいんですが……いや良くないですけど。何故こんなこそこそ隠れてるんですか」
取材ならば直接対象にインタビューすればいいのではないか。
だがそんな椛の主張を聞いて、やれやれと鼻で笑って見せた。
「生態調査と言ったじゃないの。今私が……じゃなくて読者が求めてるのは、対象のありのままの姿なのよ」
これだから素人は。文はそう肩を竦めて再びキスメに視線を戻した。
単に隠れていたほうがスクープ映像を手に入れやすいからじゃないだろうか。
それに、別に読者はそんな物求めてないと思うが……。
第一、そんな素人を強引に連れてきたのは何処の誰か忘れたのだろうか。
椛はそう思ったが、先程と同じ理由でやはり言うのはやめておいた。
仮にも相手は先輩である。仮にも。
「あ、椛!静かに!ターゲットが動くわ!」
いや、あんたが静かにするべきでは……。
椛はそう思いながらも口を硬く塞ぎ、岩陰からこっそりとキスメを覗き見た。
見ると、どうゆう仕組みなのかするすると吊るした糸が縮んでいく。
それに伴いキスメと桶も高度を徐々に上げていく。
一体何をしているのだろうか。
「何をしているんですかね?」
「ふふふ……私を舐めちゃだめよ椛。事前調査はしっかりとしてあるんだから」
いや、別に舐めた覚えはないが……一応尊敬もしてるし。
いっその事物理的に舐めてやればこの天然頭も少しは良くなるだろうか。
そんな事を考えながら得意になる文を覚めた目で見る椛。
椛の視線など意に介せず、文は得意そうに説明を始める。
「あの子は釣瓶落とし。何処からともなく落下してきて獲物の頭にぶつかるという妖怪。当たると物凄く痛いらしいわ。きっと獲物を見つけたのね」
妖怪の種類に詳しいわけではない椛であるが、割と詳しい事前調査である事はわかった。一体何処から調べてきたのであろうか。
と言ってもこの幻想郷で調べ物ができそうな所など一箇所しかないのだが。
この記者天狗が某白黒泥棒魔法使い並みの悪評を得るのもそう遠い未来ではないのかもしれない。
椛は心の中で、私設図書館を持つ一週間少女に軽い同情をしておく。
そんな事を椛が考えているとは露知らず、文は説明を続ける。
「つまり、あれはきっと獲物を見つけたからこれから落下に移るのよ。ほら、見えなくなったわ」
文の言う通り、既にキスメの姿は洞窟の闇に紛れて消えてしまっていた。
それを眺めて、文は嬉々とした様子でカメラを構えた。
「さぁ、一体誰の頭に落ちるのかしらね。見出しは『地下妖怪、釣瓶落としの恐怖』。ちゃんと被害者にも取材しとかないと……」
何時何処からキスメが落ちてきてもカメラで捉えられる様、文はカメラを構えたままきょろきょろと忙しなく辺りを見回す。
正直かなり滑稽な光景である。
どちらかと言うとこの姿をカメラに収めるべきである。
この間抜けな姿はきっと読者にも大いに受けるだろうに。
さて、そろそろ教えたほうがいいだろうか。
椛は先程から気がついていることを文に伝えることにした。
「文先輩、ちょっといいですか」
「何よ、今いい所なのに」
「先程から私の千里眼には私達とあの妖怪以外誰も映らないんですが」
「それがどうかしたの」
「あの妖怪、獲物を見つけたって言いましたよね」
「……」
この場に自分達以外いない。
しかしキスメは獲物を見つけた。
すなわち、獲物は……。
直後、薄暗い洞窟に鹿威しが落ちたような音が響いた。
あぁ、この人何も考えていないと思ったら頭も空っぽだったんだなぁ。
椛は頭に直撃を受けて悶絶する先輩を眺めながら、呑気にそんな事を考えていた。
一応先輩である。痛そうであるし少しくらい気遣ったほうがよろしいか。
椛は文の頭に居座るキスメをどけてやる。意外にもキスメは大人しくどいてくれた。
別に獲物と言っても、とって食うつもりはないらしい。人の頭に落ちるのは趣味の一環なんだろうか。
それより今は文である。
「先輩、大丈夫ですか?」
文はしゃがんで頭を抑えたまま微動だにしない。
……と思ったら微妙にぷるぷると震えている。相当痛かったらしい。微妙に可愛らしいから困る。
さてこれはどうしたものか。
目の前には取材対象。その隣には役に立たない取材担当。そしてやる気の無い助手。
はっきり言ってぐだぐだである。
早い所復活して沈黙破ってくれないかなー。
椛はそんな事を考えながら文の顔を覗き込む。
非常に痛そうな顔である。流石釣瓶落とし。
「ひ、ひ……」
そこで蹲っていた文がのろのろと立ち上がり始めた。
相変わらず顔は俯いているし、何やらぶつぶつ言っているが。
何と言うか、非常に不気味である。
「先輩?」
「ひゃあああああああ!」
「わ」
突然文が奇声を発して椛の腕をつかみ上げた。
そしてそのまま幻想風靡も超えるんじゃないかなぁという速度で来た道を戻り始めた。
キスメをほったらかしで。
「……」
ぽつんと一人取り残されたキスメ。
だが特別気にした様子も無く、再びするすると洞窟の闇へと消えていった。
基本的に無表情かつ無邪気なのかもしれない。
一方天狗二人組みは、既に地下洞窟から抜け出していた。
元よりあまり深くは潜っていなかった上に幻想郷トップクラスの速さで移動したのである。
そこまで時間がかかるわけもない。
「いたた……」
時折洞窟の壁にぶつかりながら逃げてきた為、文の頭には所々にタンコブができていた。
頭を打って逃げてきたのに、その際にまた打って。
何とも間抜けな話である。
ちなみに椛はたいした怪我もなく済んだ。
一応彼女も天狗、文ほどは動きは速くないが、ぶつかりそうな壁を体をひねって避けるくらいはわけない。
「で、文先輩。何でいきなり逃げ帰ってきたんですか?」
あんな入り口付近に出現する妖怪である。大した脅威ではないはず。
その気になれば力でねじ伏せるまでもなく取材活動に勤しむ事だってできたはずだ。
何かわけでもあるのだろうか。
「い、いや……えっと……」
しかし文は罰が悪そうに口篭り始めた。その上目が泳いでいる。
時折赤くなったり青くなったりしている。
何時も椛には強気な彼女にしては珍しい態度である。
「先輩、まさかとは思いますけど」
「まって、言わないで」
そんな文の様子を見た椛が一つの仮説を立てた。
これなら文が椛を連れてきたのも納得がいく。
「暗い所が怖いとか言いませんよね」
「言わないで」
あーこりゃ図星ですな。
文の意外な弱点を見つけた椛はなおも続ける。
普段散々振り回されてるのだ。今日くらいはからかってやっても罰はあたらないだろう。
「鴉は光物が好きだって言いますもんね。その逆って事なんですかね?」
「言わないで」
「一人じゃ怖いから私を連れて行ったんですね」
「言わないで」
博霊神社のすぐ傍に存在する地下への入り口。
そこに仕事をサボって山から下りてきた天狗二体。
二体の問答はもう少し続きそうである。
短い中にきちんと起承転結が出来ていて、くすりと笑えました。
文句を付けるとするなら、もうちょっと長めでも読んで見たかったかもしれません。
何にせよ、初投稿お疲れさまでした。
ではでは。
三人ともそれらしさが出てて楽しく読むことができました、
次の作品も期待してます。
誤字?
何時も文には強気な~←×
何時も椛には強気な~←○
なんかこう、ぎっしり中身の詰まった内容だなってイメージです。お上手。