Coolier - 新生・東方創想話

巫女神楽 (掌編)

2009/01/01 03:51:44
最終更新
サイズ
4.66KB
ページ数
1
閲覧数
1244
評価数
9/36
POINT
2000
Rate
10.95

分類タグ





 足袋越しに伝わる床の冷たさ、白く姿を変える吐息の揺らめき。
 片や純白の扇、片や緋扇を携えて、巫女は三歩離れて見つめ合っている。滑るような摺り足の向こう側に、互いの瞳を見つめていた。
 囃子の無い、静かな巫女神楽の祭殿。混ざり合う二つの吐息と窓外、明々と燃え盛る篝火の灯り。押し黙った二人の巫女の間に、聞こえぬ神楽囃子が流れていた。
 下げていた腕をゆっくりと上げ、ゆっくりと扇を閉じる。しゃらんと鈴の音、風の泣く声。
 外にそぼ降る氷雨は、間もなく雪に変わるであろう。遥か遠き空、雪起しの大きな声が告げている。

 巫女は、ただ無言で見つめ合っていた。
 二人の処女の舞が紡ぎ出す静謐という名の清さを、神の供物として献ずる。巫女神楽、そのほんの一時が、只管悠久の物となる。
 雄麗な剣士のように互いの眉間に据えた、扇という想いの切っ先。
 白衣に金色の簪。鮮やかに差した紅。薄化粧を通り抜けて桜色に染まる頬。そして、白息の冷たさだけが揺らめいている。

「行こうか」
「行くよ?」

 情感を伴いすぎた。眼前の少女の姿がとても美しくて、夢のようだと想うそのことが私を現に連れ戻してくれる。心地よい矛盾だった。
 叶わぬ夢を描こう。その夢が、百年を千年を、駆け抜けてゆけば良いと想い乍ら。

 私は願い続ける。
 二人の足は音も無く床を蹴った。静から動への転換。動き出した巫女神楽の窓の外はいよいよ冷たい。音を奏でるのは二人の巫女だけという夜。暫し止まチていた時が、雪のように足許へ降り積もってゆく。摺り足の足運びから滑るように交差する身体と身体、冬の涼気に仄か纏われる体温の温もり。
 駆け抜けて場所が入れ替わり、再び互いに正対する。 
 腰を落とす。
 扇を開き、縦に構え、私は貴方の半分に切れた表情を見つめた。
 化粧じた貴方は、本当に、儚いほどの美しさだった。

「……かみさま」

 声にならない声で呟いた。唇も喉も動かさぬ、白い息だけの言葉。
 高鳴る遠雷と死にゆく静寂、どこからか呟くような除夜の鐘が聞こえた。遠き山寺に集いし年の瀬の村人達の笑顔、弾ける安寧の願い。
 鐘の音がまた一つ。ご神体を前にした二人の巫女は見つめ合ったまま、ひとつだけ、うんと頷いた。
 衝立一枚を挟んで、夢と現とが揺れている。
 雷が確かに近づいている。
 雨は間もなく、雪に変わろうとしている。



 ――りん、と、鈴の房を強く鳴らした。



 それはまるで焦躁に追われるようであった。消え去ってゆく年に、誰もがさながら追われるようであった。
 すれ違いし時、過ぎ去ったその背中を追い掛けようとした。貴方が離れてゆくときの寂しさ。胸を締め付けるような怖さ。視界より外に消えゆくその一瞬が怖くて、私の胸が高鳴り続けている。
 また一つ消えてゆく年と、時の流れの儚さの中に貴方が泳いでいるようで。
 
 貴方に見つからぬよう、私は目を瞑る。
 貴方に見つからぬよう、貴方に見つからぬよう、
 私は神楽を踊り続けている。

 鈴をもう一つ鳴らした。
 右の手の扇を、左の掌で閉じた。
 互いの眉間に向けて、私達は扇を差し合った。
 ――はっ、という掛け声一閃。
 袴の裾をはためかせ、私は駆け出す。

 ……時の狭間で巡り逢った貴方の横で、ただ何事もなき時間を紡ぎたかった。 
 時の砂時計が返るとき、貴方の想いまでもが砂に埋もれてしまわぬよう私は願った。願い続けていた。
 今日という、今年という、戻らぬこの日々を私は駆け抜けた。壁際まで走り抜けたそこで再びすっと振り向き、私達は互いの表情をまた見つめ合った。
 扇をはためかせる。鈴がまた、りんと鳴った。根付けより垂れた紅白の二房が脈動の余韻に揺れ、一瞬の激しき動きは乱れた吐息を遺し、而して唯一瞬で再び静寂へと没してゆく。

 貴方が愛おしい。
 狂おしいまでに愛おしい。
 額に汗まで浮かべて、化粧じた白い頬を上気させ、微かに開いた唇から零れるその白い吐息さえ愛おしくて、私は短すぎた一年を駆け抜けて来たのだろう。
 神遊びに似た享楽と、ひどく蠱惑的な背徳に溺れ乍ら――それでも貴方を想う気持ちを、清らかと信じ乍ら。

「畏み畏み……」
「御神に、白さく」
 
 ――哀しく踊る巫女舞の行方に、ただ私と貴方の二人だけの幸せがあればいいと願った。
 
  
    
 再び、私は駆け出す。 
 少女も駆け出す。
 囃子も無きこの静かな神楽は、私の大切な神様に届いただろうか。二人だけの巫女神楽が時を舞う。硝子のような儚き日々と、篝火の如き刹那の夢を孕み込んだ一夜の舞。
 年が逝く。
 貴方との一日が、またこうして逝ってゆく。
 早すぎた一年が、神様の目の前で今、逝ってゆこうとしている。
 除夜の鐘の、百七つめが今、終わった。

 中央に駆け寄ったその摺り足が、同時に止まる。
 息がかかるほどの近くに立った。はぁはぁと乱れし吐息の向こうに、貴方のやさしいお化粧の匂いがした。
 扇を開き、胸の前にぴたっと据えた。二人で祭壇に向き直り、畏まって頭を垂れる。
 
 巫女舞は、これにて終わる。
 神楽の如き一年が、これで終わるのだ。



 扇を閉じて――二人同時に横を向いて、正対した。
 そして、ほんの少しだけ――笑った。
 今日はきれいだよ、と、恥ずかしかったけどそう言った。
 嬉しそうに貴方は、はにかんでくれた。 
 
 さぁ――私達は、更に舞い続けよう。





「……あけましておめでとう、早苗」
「……おめでとうございます、霊夢」





 いずれ終わってしまうこの神楽の果てに、終わり無き永遠の夢を信じ乍ら。







 神奈子「わたしのまえでふ、ふ、ふしだらなことは許しません!」
 諏訪子「いいぞ、もっとやれ」


 あけましておめでとうございます。2009年は清純派を目指したい反魂でした。 
 巫女さんがお化粧して、一所懸命に神楽を舞う。もう想像するだけで御飯三杯。
反魂
[email protected]
http://hiedanohangon.blog41.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1140簡易評価
12.100煉獄削除
う~む、なんとも幻想的な光景を想像しました。
二人の舞をする美しい姿が浮かんでくるようでしたよ。
13.100名前が無い程度の能力削除
ふつくしい・・・
14.100名前が無い程度の能力削除
キレイな話なのに、はしたない妄想が止まらない自分が情けない…

>さぁ――私達は、更に舞い続けよう
このままひめはじm(ryにとつにゅうってことですかー!
19.100謳魚削除
取り敢えず神奈子様萌へ。
21.80名前が無い程度の能力削除
美しい。
が、印象を焼き付けられるほどの感動が無かった。
掌編故の面白さを感じた気がします。
27.100名前が無い程度の能力削除
あとがきに100点
28.100ストライク削除
ごちそうさまでした。
29.90名前が無い程度の能力削除
これだけの分量しかないのに長く感じました。
美しいです。思わずため息をつきたくなるくらいに。
30.90とーなす削除
幻想的な掌編でした。
短い作品ですが、むしろその短さを逆手に取ったような印象的な物語の切り出し方、余韻の残し方が素敵。

デフォルトのゴシック体も読みやすくていいですけれど、この作品は明朝体が似合いますね。雰囲気が引き締まるというかなんというか。