お品書き(注意事項)
・本SSは、筆者が以前に投稿したお話の設定が色濃く反映されています。
ご注意ください。
《夜雀屋台》――
――私はミスティア・ローレライ
ども。ミスティアです。
――聖夜も夜雀屋台は大繁盛 リースの飾りつけは伊達じゃない
季節は冬、吹く風は寒く、虫も眠り、雪がしんしんと降るクリスマス、皆様はどうお過ごしでしょうか。
――人間に妖怪、吸血鬼と神様なんでもござれ、と、大丈夫だよ人間さん
愛を囁いたり愛を放ったりしているのかこら。失礼。私はヤケクソ気味に歌っている。それはもぅ。
――此処にいる間は食われやしない
もうね。なんというかね。世の無常を味わってるよ。
――だって、此処には「誰も彼も何も来ねぇーんだもんっ、うがぁぁぁ!」
……とまぁ、そう言う訳だ。あぁもうやってらんないっ。
数日前、紅魔館主催の立食パーティーに誘われた時から、嫌な予感はしていた。
お祭り好きな我が友人、知人、お客さん諸々はそっちに流れちゃうんじゃないかなぁって。
でもさ、そういう華やかな場所が苦手な奴だっているじゃん。
ヒトリでちびちびと、美人な店主と飲みたいってのもよくある話だと思うのよ。
そういうお客さんの為にも、レミリアや友人の誘いを申し訳ないと思いつつ断ったんだけどさ。
……いや、もう一個、参加しないのは理由があるんだけど。
ともかく結局、友人知人お客さん、ぜーんぶあっちに行っちゃった。あっはっは。
こうなりゃ私も鳴こうかね。お客さんがいない例え。かっこーかっこー。
って、私は夜雀だっての、あっはっは。
笑いながらテーブルを叩く。ばんばん。
「あーはっはっは、はぁ……」
笑い声が響き返ってくるほど、辺りは静かだ。
足元に置いている火鉢のお陰で体は温いけど、心は只管寒かった。
自分自身の選択とは言え、もう少し上手いやりようがなかったかと溜息をつく。
今頃、皆、楽しんでるんだろうなぁ……。
マッチの代わりに蒲焼を炙り、立ち上る湯気に幻影を見る。
美味しそうなディナー。味も匂いも甘いケーキ。香り豊かなシャンパン。
考えるだけで、少女的にははしたなくも涎が出てしまいそうだ。
かたや此方は、鰻の蒲焼、つまみの落花生、度数が強烈な日本酒‘美少女‘。
……おぉ、意外と悪くないんじゃないか。
私、甘過ぎるの苦手だし。ケーキもこの頃、チーズケーキ位で十分だし。
まぁね、可愛いあの子が生クリームを体に塗りたくってくれたらそりゃ食べちゃうけどね。
勿論、両方の意味でって、思考も嗜好もおっさんだっての!
「もー美少女捕まえておっさんって! あっはっはっはっはっ」
因みに、言うまでもないと思うが、さっきの『美人な店主』も今の『美少女』も自身の事だ。
笑い声が響く。外から風が舞う音がする。ひゅー……。
「……はぁぁぁ」
大自然に突っ込まれ、零れた溜息は今日一番大きかった。
鉄板の手前に両肘をつき、顎を乗せぼぅと考える。
お店閉めよっかなぁ……。
今から行っても、多分入れてくれるよねぇ……。
此処でヒトリ、うだうだしているよりもそっちのが建設的かぁ……。
――パンッと両頬を叩く。
今年こそは、もしかしたら、ひょっとしたら、万が一があるかもしれないじゃないか!
可能性があるのなら、耐えよう。
……そう思って、去年も一昨年も駄目だったけど。
…………やっぱり、今年もそうなるのかなぁ、やっぱり離れようかなぁ――って!
あぁもう! 考えるのやめ!
私は頭を振り、我武者羅に喉を震わせた。
「シングルベール、シングルベール、錫がなぁるぅぅぅ」
寒空の下、厳めしい修行僧が一人、しゃんしゃんと錫杖を鳴らす。そんな光景。うわ、寒っ。
と。ひゅんひゅんひゅん……幾つかの風切り音が、耳に入る。え、あれ、お客さん?
「ふふ……貴女をヒトリになんてさせないわ」
暖簾の隙間から見えるのは、妖艶な笑み。
「そう、こんなに月が素敵な夜だもの。溜息なんて似合わない」
溜息など聞こえていなかった筈だ。先程の歌からそう解釈したのか。的確な推測だ。
「今宵は貴女で喉を潤すよりも、貴女の囀りで心を潤して欲しい」
表現は残酷なのに、響きはあくまで優雅。幽雅と言うべきか。
「夜雀よ、お前に天から実りを授けよう」
「あぁ、夜雀よ。お前に地の恵みを授けよう」
示し合わせたように合致する言葉。いや、そうする必要などないのだろう。そう思わせる。
彼女達は、現れた――
「ゆかりんにえーりん、ゆっこちゃん、かなすわ……なんでそんなにボロボロなん?」
――言葉とは裏腹に、カリスマも何もない有様で。
「だって、藍がね」
「違うのよ、姫様が」
「妖夢が酷いのよぅっ」
「早苗ぇ、さなえぇぇぇ」
「凄かった……もうほんと凄かった」
好き勝手喚きだすトップクラスの実力者達。と言うか、馬鹿達。
「あー……とりあえずシャラップ。誰か説明してくれる?」
はたと口を閉じ、彼女達は一瞬見つめあう。
「紅魔館で立食パーティーが行われているわよね」
「でも、保護者の目があったら羽目を外せないじゃない?」
「だから、紫の隙間に入って皆で見ていたのよぅ」
「そしたら、早苗と霊夢にばれてしまってね」
「私ら皆が皆、締まりのない顔してたんだよ。にへらぁって」
「参加者全員に袋叩きにされちゃったぁ」
「いやぁ、流石の私ももう一回死んじまうかと思ったよ」
「『かくして、我々はごめんなさいと頭を下げて、此処に来たのであった。』」
何してんだあんた達。いや、覗きは浪漫だけど! わかるけどっ!
私は頭を掻き、苦笑して、彼女達を迎え入れた。
ぞろぞろと暖簾をくぐり、それぞれが席に着くと、然程広くない屋台はもう一杯。
むしろ、許容量超えてるんじゃ……あん?
「……あんた達、誰?」
見慣れない妖怪がいる。最後に入ってきたサンニン。いや、妖怪もどうかも定かじゃない。
私の問いに、彼女達は立ち上がり、順順に名を告げる。
「あ、初めましてかしら。何時もアリスちゃんがお世話になっています。私、魔界神の神綺と申しますわ」
「同じく、初めましてかね。わたしゃ、魅魔。博麗神社の近くに住んでる魔理沙の師匠の悪霊さね」
「わ――」
「あ、あんたはいい。天狗でしょ? で、こいつらといるってことは、頭領天狗の天魔さん」
こくりこくりと頷き、正解だと告げる。うんうん、流れ的にそうだよね。
「初めまして、私は夜雀のミスティア・ローレラちょっと待て」
何この図。あり得ない。あり得て欲しくないんだけど。
私の頭にぐるぐると回る戸惑い、ぼやき、突っ込み。
幻想郷もう駄目かも知れんね。
そもそも、まずはこの屋台が終わっちゃうんじゃね。
って言うか、他の世界の神様が簡単にこっち来ちゃうなよ!?
ぐるぐるとした感情は一遍には口に出せず、大きな大きな溜息が――出なかった。
私の口元には、笑みが浮かんでいる。
面子は凄くどうかと思うけど、確かにヒトリではなくなった。
ならば、幾ら彼女達相手とは言え、溜息をつくのは失礼だ。
こんな夜に来てくれた、大切なお客さんだしね。
がやがやと思い思いに話している彼女達の注目を集めようと、両手を叩く。ぱんぱんっ。
思惑通り、視線は此方に向けられた。
隙間の大妖怪の。月の頭脳の。亡霊嬢の。山の神様二柱の。魔界の神様の。博麗の悪霊の。天狗の頭領の。
肩書きで考えると、改めてどうかと思わないでもないけれど。
……胆力ついたなぁ。此処にはいない大妖のお陰かね、なんて思わずまた笑う。
――私はずらずらずらと蒲焼を一気に並べ、たんたんたんと各々の前にコップを並べた。
「いらっしゃい、皆! 今日一日予定がないモノ同士、旨い蒲焼と美味しいお酒、夜雀の歌で歓迎するよっ」
彼女達は顔を見合わせ。
笑みを浮かべながら頷き。
そして、誰かが宣言した。
「今日はとことん飲むわよー!」
「おーっ」
……やば。スイッチ入れちゃった?
《紅魔館》――
師匠達が空――正確には隙間らしい――から振ってきて、一悶着が起きてから僅か十分ほど。
咲夜さんを筆頭に、妖夢やアリスさん、早苗さん、そして私も含めてのお掃除隊により、場内は元通りとなっていた。
いや、元通り、ではない。
料理やお酒は更にグレードアップして、木々はよりすらりとし、装飾は華麗さを増し、至る所に斬新なアイデアによる趣向が凝
らされていた。
見ているだけで楽しい――そんな場内になっている。
「で、月因幡は何処に手を加えたのかしら?」
「……うぅ、月の装飾は奇天烈だと却下されました」
「って言うか、月にゃ此処以上にクリスマスなんて関係ないんじゃない?」
どうだったかな――思い出していると、てゐが袖を引っ張り、言ってきた。
「まぁ、鈴仙のセンスは奇天烈だと思うけど。‘てれめすめりずむ‘とか。なに、左腕が疼いた?」
「アレは皆が私をうどんげって呼ぶから! あ、でも、スペル名は気に入ってるよ。今、新しいの制作中。えへへ」
「……趣向や感覚なんて、それぞれだから。ともかく、私の護衛はいいから、輪の中に入ってきなさいな」
姫様が騒然とする場内の中心を指差し、私とてゐに告げる。
いいのかな……確かに楽しそうなんだけど……うーん、でも。
ちらりと姫様を見ると、先程と変わらない微笑みを返された。
「――ありがとうございます! じゃあ、てゐ、行こ!」
「行ってらっしゃーい」
「え、あんたは行かないの?」
「私ゃ見てるだけで、なんか疲れてきたんだよ」
「そんなお年寄りみたいな……」
呆れたもの言いをする私に、彼女は肩を竦めるだけで言い返してこない。
しょうがない、少し気後れするけど折角の機会だし。
「では、行ってきます、姫様、てゐ!」
私は手をあげ、友人の妖夢の方へと小走りに駆けだした――。
十分後。
「ただいまぁ」
「おかえり――って、早くない!?」
「ぅぐ……そっかな? あれ、姫様は?」
「妹紅とセメント中。スペルカード禁止されてるから、拳で」
「さ、流石に分が悪いと思うなぁ。……あ、あっちにメディがいる。隣のヒトは」
「厄神様の鍵山雛だね。ほらほら、行ってらっしゃい行ってらっしゃい」
更に十分後。
「雛さんて大人だね。素敵」
「……や、だから、なんで帰ってくるのさ。あんたは燃費の悪い戦闘機か」
「萃香さんは燃費悪そうだよね。常にお酒がないと動いてられないっぽいし」
そりゃ戦闘鬼。
「そうじゃなくて。偶のオフなんだからさ。もっと楽しんできなよ」
「う、ん。まぁ、そうなんだけど……」
「何か言いたそうだね。何さ?」
グラスに入った果実酒をあおりながら、てゐは聞いてきた。
けれど――私は何か言う為に、戻ってきているんだろうか。
指摘されるまで、そんな事考えもしなかった。
暫し頭を悩ませ、ぽんと手を打つ。
「てゐもさ、行こう」
「だからぁ……私は見てるだけで十分だって」
「うん、さっきも言ってたね。じゃあ、お誘いじゃなくて、お願い」
疑問符を顔に貼り付ける彼女に、私は手を差し出し、言った。
「なんだかね、落ち着かないの。だから、一緒に来て、てゐ」
疑問符は消えた。代わりに、噎せやがった――「こふっ、けふっ」。
「な、何よ! どーせ人見知りよ! 知らないヒトも一杯いてしり込みしてるわよ!」
「あ……あー、そう言う事ね。そうだよね」
「そ、それに、ほら、あんたヒトリにしてると、どんな悪戯しだすかわからないし!」
わたわたと手を振りながら言葉を続ける私に、てゐは見慣れない――気がする――微苦笑を返す。
「はいはい、鈴仙のいぅとーりー。えらいえらい。それじゃあ、私が悪戯しないよう、しっかり傍にいなよ」
「またそうやって子供扱いする! あ、えっと、うんっ」
そして、彼女は私の手を取り、私達は輪の中にどたどたと走りこんだ――。
《夜雀屋台》――
私の危惧は的中した。
飛ぶ肴。
空けられる杯。
続々と露わになる肌。
語られるのは、愚痴ともノロケとも取れる言葉。
「藍ってばほんとに酷いわ! 自分だって橙に過保護なのに! こうなったら私が橙に甘えようかしら!」
その筆頭が八雲の紫。愚痴上戸とでも言うのだろうか。
「うふふ、多分、目も当てられない状態になるだろうから止めておきなさいな。うふふふふ」
……その状態がか、それとも、その後の惨状がか。幽々子は笑い上戸かな。
「あー、でも、それいいかもしれない。私もごろにゃーんってすり寄ってみようか……」
「体格的に、早苗、押し倒されちゃうんじゃないかなぁ。あ、てめ、それも狙いか!」
神奈子は甘え上戸……や、違う気がする。そんなに酔っちゃいないし。
諏訪子も同じく、まだまだ余裕がある様だ。
「アリスちゃんも、フタリきりだと甘えてくれるんだけど……はふぅ」
「あー、わかるっ。魔理沙もさね。そういう時は駆け出しの頃の様に素直になってくれるんだけどねぇ」
「『文の駆け出し。何百年前か。それでも当時の記憶は薄れない。あの美しい記憶。あぁ、可愛いよ文』っ」
初めて会う彼女達サンニンは、まだよくわかんないな。
あ、でも、一つだけ言っておかないと。
神綺の溜息は若奥様の憂鬱なひと時の様で、ご馳走様。
まぁ、一番良くわからないのは――。
「おぉぉ、奥さん、おくさぁぁぁぁんっ」
――奇声をあげる永琳なんだけど。今話題のセクハラ上戸?
「あぁ、いけませんわ、お薬屋さんっ、私には魔界がっ」
ノリがいいなぁ、神綺。あと、スケールがでかすぎる。
「ふふ、お互い、放っておかれたモノ同士。草葉の陰で新しい目くるめく世界を作って……――」
流石にこの寒空の下でそれはどうだろう、と突っ込む前に。
永琳の言葉が止まり、彼女の頭ががきがきと軋む音を立て暖簾の外に向く。
私や皆の視線も釣られて動き、あら輝夜さん、聖なる月夜にこんばんは。
……おぉぉぉぉ、修羅場確定!?
「ひ、姫様! 違うんです、誤解です! これはそう、真夏の太陽の所為、もしくはリリーのくしゃみの所為!」
真夏でもないし太陽も出ていない。
永琳、無茶しやがって――私を含めた一同は、コメカミに右手を当て、彼女の一瞬後に敬意を表した。
輝夜が、ゆっくりと口を開く。
「わかっているわ」
……へ?
「ねぇ、永琳。私は今、紅魔館で飲んだお酒と、妹紅と殴り合った怪我の所為でふらふらなの」
唐突な彼女の登場もそうなのだが、妙に聞き分けの言い言葉にも驚く。
それは私だけじゃない。永琳を除いて、皆が皆、驚いている。
そう、彼女だけは、己の主の真意を掴めているんだろう。
永琳は立ち上がり、輝夜の元へと向かう。
「そうですね、姫。足元がおぼついておられない。従者たる私がお傍を離れたからですね」
「その通りよ。だから、罰を与えるわ。この愉しい宴を切り上げて私と共に帰りなさい」
「私も酒が入った身。粗相をしてしまうかもしれませんよ」
構わないわ――月の姫君は、美しい笑顔で応えた。
ならば、失礼して――月の従者は、柔らかく笑み、するりと腕を通して抱えあげた。
そこではたと気づく。輝夜の体に怪我なんてない。あったかもしれないが、今は消えている。
そして、思い出した事が一つ。
「ありゃ、あんた達って体質上、酔わないんぷっ」
「主の言いつけじゃ仕方ない。えーりん、正月にゃウチの神社にも来てよー」
天が割れるのを地が塞ぐ。
諏訪子の言葉に続くように、私達は永琳を送り出した。
「今日のはツケといてあげる」
「うふふ、お餅を焼く気にもならないわ」
「あん、お薬屋さん、また来年ね」
「外でするんじゃないぞー」
「『かくして、彼女達は互いに笑みを交わしながら、帰路を行くのだった。』」
――手を振るフタリが見えなくなった辺りで、紫がぽつりと呟く。
「滑稽な夜に滑稽なお芝居ね」
彼女の言葉の意味は、真意は、わからない。
微笑みを浮かべているが、それの意味さえも判別不可能。
だから、私はたった一つだけ、懸念に思った事を尋ねる。
「お嫌いで?」
聞かれていると思っていなかったんだろう。紫は少し驚き、けれど、変わらぬ表情で返してきた。
「ご冗談を」
言葉も表情もストレートに捉えて良かったようだ。
普段からわかり辛い奴は、これだから困る。
……自身の思慮の浅さを肩を竦めて誤魔化し、私は苦笑した。
「ほらほら、ヒトリ減っちゃったけど、愉しい宴はまだまだ続くよっ」
酒を皆に振舞いながら、しかし、私には一つの予感が芽生えた。
この流れは、やばいかも――。
《紅魔館》――
用意されたモミの木の下、こっそりと誰かと誰かが口付けを交わし、吊るされたリースに祝福されている。
「わぉ、なんと春度の高い! あぁ、惜しむらくは私の目は其処までよくない事!」
目を細めてガン見したけれど、やはり特定はできない。シット。
私は横にいるにとりさんの袖を引き、もう二つの影となった彼女達が誰なのかを教えてもらおうとする。
身体能力はともかく、五感は基本的に妖怪の方が上だから、だ。
けして、彼女をその気にさせようなどと言う意思はない。
「さぁ、にとりさん! 教えてください!」
「んぁ~、そうさね、盟友と妖怪。もしくは、妖怪と妖怪」
そりゃそうだ。
「そうじゃなくて! あぁもう、だからあれほど人の名前を覚えろと!」
「出歯亀の助けにするつもりで言っていたのかい? 酷いなぁ、阿求は」
「あ、そこでそういうアピールですか。憎いですねぇ、にとりさん」
秋の中頃に出会ってから幾つかの逢瀬を重ねて。
彼女は私の名前を、覚えた……と思う。
時々、不安になるけれど。
苦笑を浮かべる直前、後ろから袖が引かれる。およ?
「ね、ねぇ、阿求ちゃん。ほんとに大丈夫なのかな?」
「およよ、何を今更。博麗の巫女もいるし、先生――慧音もいる。貴女も楽しめば宜しい」
「って、言われても。阿求ちゃんみたいに沢山の妖怪と面識がある訳じゃないから……」
眉根を寄せる花屋の娘さん。そそるじゃないの。
――此処にいる人間は、霊夢さんや私、彼女だけではない。
紅魔館の主はあろう事か、全ての人妖にその門戸を開いていた。
出されたルールは概ね一つ、『愉しく騒げ』。
今のところ、強制脱落者はルールが適用されない阿呆達、いやいや、大妖達しか出ていない。
「妖怪ばかりじゃないですし。ほら、あそこの……げ」
安心させようと姿形が人間と同じモノを指差した、が。
そこに居たのは、どちらかと言うと妖怪よりな気がする二人。
永遠亭の主・蓬莱山輝夜と、その宿敵・藤原妹紅。
手であちゃぁと顔を覆う。耳に響くは打撃音。ほら、もうやり始めた。
スペルカードが先程の珍事以来禁止されている故か、彼女達はガチで殴り合っている。
とは言え、どちらも尋常ではない動き。
私の目では追い切れない。いや、傍のにとりさんも口を広げているから、やはり相当なものなのだろう。
「あ、うん、確かにそうね。――黒髪のカタは少し動きが硬いわ」
「……もしかして、見えているのですか? マジで?」
「うーん、私なら、相手が上から降ってきた場合、腕を掴んでくるんと回して――」
餓狼の目で指摘する彼女。
「……人間?」
ぽつりと呟くにとりさん。
向けられたのは、一戦を終えて離れる彼女達か。
それとも、近くの彼女にか。この子にですよねぇ……。
呆れる私の耳を覆ったのは、一際大きい歓声。
そして、毎度のマイクパフォーマンス。
――レッディース、アーンド、ジェントルッメーンっっ!
――名器と謳われるストラディヴァリウスも裸足で逃げ出すヴァイオリンを操るのは!
――プリズムリバー楽団のリーダー、そして、長女、ルナサ・プリズムリバー!
これだけのお祭り騒ぎ、彼女達楽団が呼ばれない理由はない。
突然の音に頭をくらくらさせているにとりさんを引き寄せつつ、私は友人を見やった。
もういなかった。
「えるあいけぃいぃ、ル・ナ・姉ぇ! おぉぉぉぉ俺の子をな」
もう一人の友人の雄叫びが聞こえてくる。
その後、一瞬、全ての照明が落ちて。
いつの間にか、本当に何時の間にか倒れ伏した彼の傍に立つ彼女の背には、何故か『花』と言う文字が浮かんで見えた。
「…………人間?」
「だと思います。多分。あ、ほら、照明が落ちたのはブレーカーが原因だって」
「アナウンスしてるけど。そう言う問題じゃない気がするんさ」
私もそう思う。
「……なぁ、阿求。阿求は、あっちに行かなくていいのかい?」
今までのどたばたから一転して、にとりさんの声は妙にか細く感じた。
あっちとは、どちらの意味なのだろう。
楽団と、彼と彼女がいる方に視線を向ける彼女の視線からは、どちらとも読み取れた。
私はにとりさんの手を引き、別の場所に視線を向ける。
「私は、貴女と一緒にいたいんですよ」
その先には、モミの木とクリスマス・リース。
「――っ。ん、……ありがと」
フタリして歩き出す。喧噪の外に。
「いいんですか? 期待してしまいますよ」
「うん。だって、もっと知りたいから。あきゅ……『盟友』の事を、ね」
照れ隠しに、彼女は私をそう呼んだ。
だから、私は足を喧噪の方に向けた。
「へ?」
「盟友って呼びましたよね」
「あ、うん、呼んだね。呼んだけど」
喧噪の方、と言うよりは、その先。紅魔館の方に。初めてが外は宜しくない。
「隅から隅まで知って頂きます。つまり、ゴチになります」
「や、ちょっと前半と後半が繋がらないんだけど!? いや、そもそも出会いの日の約束は名前を忘れたらでっ」
「おぼえてなーいおぼえてなーい、さぁ一緒に少女の階段を駆け上がりましょうっ」
「駆け上がるって、何するつもりさっ」
「ヤですねぇにとりさん。少女に何を言わせるつもりですか。ナニをするつもりです」
素直に応えると、にとりさんは顔を真っ赤にしておたおたと慌てふためく。
あぁん、きゅんっきゅんきます、そう言う態度。
阿求だけに。あっはっは。
「おぅ、稗田のと河童じゃないか。お、阿求、あぁきゅんきゅんとした顔をしてるねぇ。阿求だけに。にゃははははっ」
……ヒトに言われると、こんなに面白くなくなるのか。もう封印しよう。
楽団の演奏などどこ吹く風の鬼が其処に居た。
「あ、鬼の大将! 助けてくだせぇ!」
「おん、どうしたよ、河童。人に苛められでもしたかい?」
「そうでございます、阿求が私を絡め手で苛めてくるんですよぅ」
萃香さんの突然の出現に気を取られているうちに、にとりさんは私の手から逃れていた。あっきゅ、ゆー。
いや、何気に実に拙い。
鬼は嘘を嫌う。吐くのも、吐かれるのも。
このまま私の『覚えていない』と言う嘘が暴かれては元も子もない。
だから、私はにとりさんよりも先に口を開いた。
「にとりさん! 貴女が頼るそのお方のお名前は!?」
「へっ? あ、や、だから、鬼の大将……」
「名前じゃないねぇ」
「や、ゃ、大将も覚えてないじゃないですか!」
「にとりだろう? 其処までうろは来ちゃいない。で、あんたは私の名前を覚えてないのか」
的確に言葉を掴む萃香さん。ひゅいと短い悲鳴を上げるにとりさん。にやりと笑う私。
「は、はめやがったね、阿求っ!?」
「はめるのは是からです。ヤですねぇ、乙女の隠れた心が零れてしまいましたわ」
「ガラス張りだと思うけどね。――そらよ」
言葉と共に、萃香さんはにとりさんの背をとんと押す。私はギュッと受け取った。
「ひゅいぃ……」
「うふふ、鳴くのは是からですよぉ。――って、何をされているんです、萃香さん?」
私がにとりさんに応えたような言葉は返ってこない。
萃香さんは、普段一切見せないような、大人びた顔をしていた。
月を見上げる瞳は、けれど月を見ていない。
手に持ちあげられた盃はどういう意味があるんだろう。
「んぅ、あんた達を見ていると、ちょいと昔を思いだしてね。昔馴染みも今、酒でも呑んでいるかなって」
思い描く昔馴染みのイメージと盃を交わし、彼女は旨そうにくぴりとその中身をあおった――。
《旧都》――
横で酒を飲み続けていた勇儀は、ふと片手をあげ、その後、何事もなかったかのようにその酒を呑んだ。
「今の、何でしょう……?」
同じく横にいるキスメが尋ねると、勇儀は少し首を傾げ、豪快に笑って応える。
「はは、ちょいとな。うん、気にするな。そんな事より、あんた達はちゃんと呑んでるのかい?」
追求すれば答えは出るだろう。
だけど、そうする必要もなかったし、義理もない。
なんとなく、妬ましいだけな気がするし――「呑んでるわよ。折角だし」。
私と勇儀、キスメは今、年越しまでぶっ通しの大宴会に参加している。
旧都全体を巻き込んでのこの宴会、参加していないのは一部いるが、ほとんどが集まっていそうだ。
参加していない一部はきっと、別の事で楽しんでいるに違いない。妬ましい。
「あ、ねぇ、そう言えば、ヤマメは何処に行ったの?」
さっきまで傍にいた筈なんだけど。
「おや、パルスィ、気になるかい?」
「ぶっ、誰がよ! 突然いなくなったから、どうかと思っただけ!」
「おぉおぉ、妬ましいねぇ」
私の台詞を取るな。
噛みつく前に、キスメが私の袖を引っ張り、聞いてくる。
「ご存じ、ないのですか?」
それ、キスメが言うの? 可愛いけど。……じゃなくて、妬ましいっ。
「知らないわ。なに、あいつ、何かやるの?」
尋ねる私に、キスメが桶から取り出したのは一枚のしおり。
そういや、そんなのも届いてたっけ。
彼女が指に導かれるように、視線を移す。
『弾幕歌劇:愛・おぼえてる?:黒谷ヤマメ』
……なに、それ。
呆けていると、勇儀が立ち上がり、ふわりと浮いた。
「そろそろかねぇ……パルスィ、盃、頼んだよ」
何がよ?――口にする前に、大きな彼女愛用の盃を放り投げられ、危うくキャッチする。
落とさなかった事にほっとするのも束の間。
ドゴォォォォンッッッ!
旧都に響き渡る盛大な警告音!
それよりも巨大な爆撃音が耳を打つ!
音の出所が一際輝き、現れたるは古明地姉! あんた何やってんだ!?
「くっくっく、われこそはぢれいでんのあるじ、こめいじさとり! きゅうとはわたしがしはいする!」
……いや、ほんとに何やってんだ、あんた。お遊戯会か。似合うかも。
「い、今、酷い事考えましたね、水橋さん!?」
あ、ばれた。恐ろしい。
「――はっ、させないよ、さとりぃぃ!」
「わ、ちょ、勇儀さん、貴女マジですね!?」
「ははっ、聞く必要はあるのかい! あんたと一遍やってみたかった!」
言葉を放つと同時に線状の弾幕を放つ!
けれど、流石は『覚り』、幾重ものソレを悠然と交わす!
お返しとばかりに放たれる弾幕! 喰らってぐらつく勇儀! あぁ、旧都が危ない!?
腕を組み、見上げる――視界に入り込むのは、一条の赤い線。黒谷ヤマメ。
あ? 赤い服? なんで?
展開の早さに思考が追い付かない。けれど、展開は更に加速する。
ヤマメは、口を大きく開けて、言い放った。
「私の歌を聞けーっ!」
「それ違くない!?」
「やん、パルパルに突っ込まれちゃっけふぅ!?」
私は何もしていない。
奴は、勇儀と古明地姉の弾幕に当たったのだ。
実力者の弾幕に突っ込んだんだから、そうなるわよね。
「パルスィさん、出番です……っ」
……え、なに、キスメ、聞こえないんだけど?
「突撃ラブハートォォォォ!?」
「って、きゃぁぁぁぁ!?」
ドッゴォォォォォォォンッッッ!!
――と。
なる筈の音は聞こえず、ぶつかってくる筈の衝撃は感じなかった。
代わりに、耳朶を打つのはくすぐったい声。肌に当たるのは微かな膨らみ。
「ねぇ、パルパル」
ふわりふわりと浮かびあがる。
「え、あ、う?」
遥か左右に勇儀と古明地姉。丁度、彼女達の中間点に、ヤマメは私を抱えあげ、辿り着く。
そして、囁く。その声は、何時の間にか静まりきっている旧都に、響き渡った。
「愛、覚えてる?」
はぁ? という間の抜けた私の声は、湧き上がるヤマメコールに打ち消される。
台詞の脈絡のなさは割とどうでもいいらしい。
場所を移してガチバトルをしている勇儀と古明地姉、そして、下にいるキスメ以外は声を上げているように思う。
スポットライトに照らされたキスメの手には、何故か花束が握られていた。
「……これ、もしかして全部、予定のうち?」
「うん。あっちの全快バトルは流石に管轄外だけど」
「呆れた。何がしたいのよ……もぅ」
――右ストレートでぶっ飛ばす!
――おめ、いい奴だなぁ、本気でそう考えてってぅわ、危なっ!?
なんとなく、あっちは放っておいてもよさそうかな。いや、特に出来る事もないんだけど。
「何って、決まってるじゃん」
「え?」
「みんなに、私とパルパルを知って欲しかったんだよ」
それってどういう意味――「一曲目、いっくよー! 『私の彼女は橋姫様』!」
ちょっと待てぇぇぇぇ!?
私の全力咆哮は、やっぱり誰にも届かなかった――。
《紅魔館》――
「弾幕って、サーカスみたいですよね」
「さーかすって、何?」
しまった、まずはその知識がなかったか。
秋始めの出会いを語ろうとし、印象が一番強かった弾幕戦をあげようとした私の目論見は、早々に崩れた。
霊夢さんは、私の声など話半分と言った風情で眼前の料理をぱくついている。
彼女の興味を全て引くにはどうすればよいか。目下のところ、私の悩みだ。
私が霊夢さんより少し大きくなった日。
あの日と同じく、彼女の興味を食べ物から離すのは難しい。
――いや、そうでもないかな。あちこちの喧騒が勝手に耳に入る中、そう思った。
私は、彼女の左手、人差し指に巻かれた糸を小さく引っ張った。
霊夢さんの動きが止まり、此方を見る。
「ふぁひ――何よ、早苗」
ほおばっていた果実で口元を汚す彼女に、そっとハンカチを当てる。
「んん、こら、子供扱いするな」
「言っていたじゃないですか。私の方が、一つ以上は上だって」
「ぐぬ、もう一月以上も前だってのに、良く覚えているわね……」
忘れる訳がない。忘れられる訳がない。
「ふふ、霊夢さんだって、すぐに思い出したじゃないですか」
「……私がそんな些細な事、覚えていたと思う?」
「確信をもって、はい」
バツが悪そうに、彼女はそっぽを向く。
その様子が余りに普段と違っていて、私は思わずくすりと笑ってしまった。
当然の様に彼女にも届き、顔だけじゃなく体までそっぽを向けられてしまう。
是はいい機会だ――なんて思うのは、私がこの幻想郷に少しでも慣れたからだろうか。
背中合わせに横並び、前からぎゅっとは体験済み。今からするのは後ろから、ぎゅぅっ。
「霊夢さんっ」
「わっ、いきなり抱きつくんじゃない!」
「ほら、見てください。目の前の光景を。今のあり様を」
非難には耳もくれず、私は片手で彼女の視線を促す。
霊夢さんの頭が、左から右へと動く。
「凄い……」
「ふふ、でしょう?」
「是、全部食べてもいいのよね? あ、持ちかえりは?」
違います。
指摘しようとすると、後ろから声をかけられた。
「良いみたいだぞ。私も先ほど、それを給仕に聞いてきた」
私と霊夢さんが振り向くと、其処にはお狐様――もとい、八雲の藍さん。
「……あんたが聞いたの? なんで?」
霊夢さんが聞き返す。
尤もな質問だ。
彼女には到底、そんなイメージがわかない。
「早苗、なんか今、私に失礼な事を考えなかった?」
「私が霊夢さん相手に、そう言う事を考えると思いますか?」
「ぐ、む……どっちかわかんない……!」
私達のやり取りに微苦笑を零し、こほんと咳を一つ打ってから、藍さんは応える。
「橙がな。後で湖の方に寄るらしいから、土産代りに持たせようと考えた」
「湖? 何かあるんですか?」
「早苗は知らないか。妖精の溜まり場でね。橙――藍の式ね――はそいつらと仲がいいのよ」
可愛いんだ。そう言う藍さんの鼻の下が伸びる伸びる。
「チルノもレティもいないもんね。友達思いなこって」
湖に関連のある名前なのだろうか。私の記憶にはちょっとない。
呆れたように言う霊夢さんだったけど、浮かんでいる笑みは柔らかく温かい。
彼女は自身、気付いているのだろうか。
藍さんは寄るとだけ言って、誰の元へとまでは言っていない事を。
いない誰かを言い当てる、その優しさを。
「……なによ、早苗。また失礼な事、考えてる?」
「さっきのはわからなかったんでしょう? 今度のは、どうです?」
「むぅぅ……むぐ、やっぱり、わかんない」
博麗の巫女の勘も、洩矢の風祝には通じないようだ。嬉しいような寂しいような。
こほん、と少し離れた場所からの空咳が耳に入る。先程と同じく、出所は藍さん。
「どうやら、邪魔してしまったようだな。退散するよ」
「んぁ、教えてくれてありがとねー」
「あ、では、また何れかに」
引き止められるつもりもなかったのだろう、その大人の去り方に私は感心した。
もふもふな乱入者がいなくなり、少しの沈黙が私と霊夢さんを支配する。
妙な間だ。居心地が悪いような、このまま静かに在り続けたいような。
先に口を開いたのは霊夢さんだった。
そう、彼女は無重力の巫女だから。
「――だからね、早苗。足りないの」
「あ、じゃあ、追加オーダーを」
「違うわよ」
半眼で突っ込まれる。わかってますよぅ。
「此処には、チルノがいない。レティもいない。いいえ、もっといないわ」
追い出された方もいますしね。追い出した一人なんですが。
霊夢さんの視線が動く。
私も、彼女に合わせて頭をゆっくりと動かす。
瞳に映るのは、人間、妖怪、神様、妖精、蓬莱人、半人半獣。『みんな』の、笑顔。
けれど、霊夢さんにとっては、足りない、らしい。
「……皆、いますよ」
「足りないわ。全然足りない」
「もぅ……霊夢さんは欲張りですね」
「あり得ない妄想は欲張りでもいいんじゃない?」
私は応えを返せず、ただ、回す腕の力を強めた。
途端。
一瞬、背筋がざわつく。
強い妖力。放ったのは、誰か。
……いや、私に放たれたモノではない。
ただ、近くを通っただけ。そんな感じ。近い力の形は……。
「――どうしたの、早苗?」
「え……?」
「珍しく怖い顔をしているけど、何かあった?」
霊夢さんはきょとんとして、見上げてくる。と言う事は、私の気の所為か。
「……所で、饅頭怖いってお話、知ってます?」
「知ってるけど、それがどうしたの?」
「霊夢さんが怖いんですっ」
「ぐえっ!?」
勘違いで頭を悩ませるのも馬鹿らしい。私は、両腕を霊夢さんに巻きつけ、そう思った――。
《地霊殿》――
大宴会の余興を終え、私は大きな袋に入った報酬を受け取り、挨拶を残して一足先に我が家へと戻ってきた。
太陽が昇らない地底に朝や昼、夜などの間隔は薄いが、だからと言って寝ない訳ではない。
そして、今は概ね夜。数多いるペット達を起こさないよう、微かに浮きながら進む。
と、中庭の方から話し声が聞こえる。
どの子が起きているのだろう。私のペットは皆、いい子達ばかりだから、規則正しく生活リズムを刻んでいる筈だが。
「ねぇね、ほんとに来るかな?」
「どうかなぁ……嘘と思う訳じゃないけど、地上の話だって言うし」
「――地上? どういう事ですか、お空、お燐」
姿を見せるのは本意ではなかったが、聞き捨てられない単語が出たのだから仕方ない。
「あ、さとり様! ただいまです!」
「にゃ、にゃぁ……お久しぶりです、さとり様」
「おかえり、ね、お空。起きていた事は不問にするから、お燐。地上……まさか」
顔を見合わせる二匹。口を開かずとも、それで十分だ。
「そう……あの子は、帰ってきて、またふらふらと出ていったのね」
肩を落とすお燐。口止めでもされていたのだろうか。なんと無体な。
私は溜息を吐き、容易に地底と地上を往復してしまう愛しい妹を思う。
地底の鬼も橋姫も、地上の賢者も人間も、あの子には気付けない。
――尤も、それは私もだけれど。
姉として不甲斐ない自身を嗤っていると、勝手に第三の目が、傍の思考を拾ってきた。
(さとり様、何か持ってる。白い袋。大きな袋)
(何が入っているんだろう、いい匂いがする。お酒?)
そして、また二匹は顔を合わせ、言葉を重ねた――「さとり様がサンタ様なのですね!」
……サンタ? そうか、お空が先ほど来訪を望んでいたモノか。
ふふ、話を聞いただけで好かれるのね。羨ましいわね……。
(いい子にしてたから、何かご褒美もらえるのかもっ)
(起きてたのは不問にするって言ってたもんね、大丈夫よねっ)
よくわからないが、サンタと言う存在はいい子にだけ優しいらしい。
ふむ、それなら思い当たる節がないでもない。
私は両腕を振りあげ、彼女達に向かっていく。
「がぉー、悪い子はいねがー、泣く子はいねがー!」
「うにゅ、お空は悪くない子です!」
「にゃ、あたいも泣いてません!」
お空は本心からそう思い、毅然と言葉を返してくる。
一方のお燐は、私の恐ろしい振る舞いに心を震わせているが、それでも確かに泣いてはいない。
彼女達の態度に満足した私は、袋から報酬の幾つかを取り出し、それぞれに与える。
「わ、わ、わ、ありがとうございます、さとり様!」
「ふにゃぁ、あたい、嬉しいですぅ」
体を摺り寄せてくる彼女達の頭を撫で、私は微笑みながら、それでも嗜める。
「良い子ね。二匹とも。けれど、そろそろ寝なさいな」
はぁいと返事をし、名残惜しく思ってくれながら彼女達は去って行った。
さて、と一息つき、袋を持ち上げ、室内に戻る。
あの子達だけを特別扱いするのは良くないわよね。
どれだけかかるかわからないが、私はペット皆にご褒美を渡す事にした。
本当に誰よりも贈りたいモノが此処にはいないのが、少しだけ、寂しいけれど――。
《紅魔館》――
妹を探していた私は、途中で天狗に捕まり、質問を浴びせられた。
「レミリアさん。何故、吸血鬼の貴女がクリスマスにパーティーを?」
そんな事か。もう何度も聞かれているので、いい加減飽きてきた。
「天狗達よ。そも、お前達はクリスマスを知っているのか?」
「えぇ、ある程度は。人間の宗教の一行事、ですよね」
「――の、筈です。早苗さんもそう言っていました」
ペンの頭で己のコメカミを叩きながら、文は知識を引っ張りだす。
追随する――白狼天狗だったか――椛は、最近その事を仕入れたのか、幾分自信がありそうなもの言いだ。
けれど、聞いたのがついぞ前までは現代人をやっていた早苗では、どれだけ正確に伝わっているか。
いや、私も捉え方はそう変わらんか。
「どうでもいいんだ、愉しければ」
あっけらかんとした言葉に、二匹の動きが止まる。
「それはつまり、キリストだろうが仏陀だろうが、どうでもいい、どうと言うモノでもない……と言う事ですか?」
「え、あ、そうなんですか? 私は、単にイベントであればどうでもいい、という言葉なのかと」
文はともすれば穿った見方を、椛は素直すぎる捉え方をする。
解釈の違いは各々の性格によるものか。
面白く思わないでもないが、議論を続けるのは億劫だ。
「好きに取れ。私はどちらでも構わん」
返しながら、視線を喧噪の方に向けた。
赤い灯りの元、咲夜と美鈴が軽やかに踊っている。
パチェが小悪魔に手を引かれ、魔理沙やアリスの元に送られる。
館の妖精メイドが、郷の人妖が、踊り歌いはしゃぎ、笑っている。
「そう、ただ、愉しければな」
返ってくる言葉はない。
彼女達は満足したのだろうか。
ならば、私も早々に当初の目的を――フランを探そう。
背を向ける私に聞こえたのは、溜息にも似た椛の言葉。
「凄い……『カリスマ』って、あぁいう風な受け答えで生まれるのですね」
……む?
「ちょいと悔しいですが、まぁ、私もそう思いましたよ。流石は紅魔館の主と言ったところですか」
「文様も? 確か、文様はレミリアさんよりも年嵩では……?」
「椛さん、こう言う事に歳は関係ありませんよ」
むむむ。
私は顔だけを向け、彼女達に言い放つ。
「……褒めても、いいのよ」
「レミリアさん、格好良かったです、びっくりしました!」
「そう? そう? えへへぇ」
破顔する私の頭に、椛が恐る恐る手を伸ばす。そろりそろり。
「ふん、紅い悪魔に二言はない。好きにしろ」
「なでなで、なでなで」
「う~♪」
文の顎が外れそうになっているが、恐らく私の寛容さに度肝を抜かしているのだろう。
――ひとしきり椛の讃辞を浴びた私は、再びフランを探す為に飛びまわる。
中にはいなかった。
外にもいない。
何処だ……?
顔を顰め、視覚による探索を諦める。
瞳を閉じ意識して妖力を探った。
此処には今、様々な『力』が集まっているが、なに、妹の妖力ならば判別付くだろう。
捉える。
フランの妖力。
その横の、同じく大きな――!?
「馬鹿なっ!」
思わず叫び、『力』の方へと翔ぶ。
フランともうヒトツがいる、その場所――正門――にも驚いた。
けれど、それ以上に、妹と同程度と感じたもう一つの妖気に焦りを抱く。
そう、妖気なのだ。霊夢達ではない。フランは妖怪といる。
では、文や藍か。違う。
『力』は強弱だけでなく、意識すればある程度の傾向も感じ取れる。
先にあげた両者とは全く別の傾向、最も近いのは、あろう事か我が妹だ。
強さも傾向も、フランと同レベル――「誰だ……!?」
『力』を捉えてから、数十秒。
私は、正門に降り立った。
目の前には、妹。
――フランだけが、其処に居た。
「……お姉様? そんなに急いで、どうしたの?」
「フラン、今、誰といたの……っ?」
「え、ぁ、えと……」
普段ならば、質問に質問を返すな、と至極真っ当に反抗期なフランは言ってきただろう。
だが、私の剣幕に尋常ならざるものを感じ取り、彼女は言い淀む。
答えではない応えが、数秒後に返ってきた。
「誰だっけ……名前を聞くのは忘れちゃってた」
それでも、応えだ。フランが名前を知らない誰かを考えればいい。
ふむ……。
いっぱい過ぎて、わかんない。
「えとね、あのね、フラン。どんな姿をしていたの?」
「どんなって……あれ、やだ、さっきまでお話していたのに、出てこないわ」
「……?」
フランは頭がいい。
魔法少女の異名も持つ彼女、記憶力だって悪くない。
そんな彼女が少し前に邂逅したモノを思い出せない、となると。
或いは、そう言う『力』をもった妖怪なの――ぴと――だろうか。
……ぴと?
絡みつく腕。鼻を擽る甘い香り。心地よいフランの重さ。
「ふ、ふふふフランっ!?」
「その子が言ってたの」
「え?」
普段ならば、可愛いフランの急接近に、私の理性は脆く打ち崩されただろう。
そうさせなかったのは、フランの面持ち。
どこか切なげな表情。
「ふらふらと家を出て、気がついたら、楽しそうな此処にいたって。
その子にもね、お姉さんがいるそうなの。私と同じね。
興味が湧いて聞いてみたわ、貴女はお姉さんをどう思うの……って。
彼女は『好きよ』って答えた。是も――あ、ゃ、彼女は、笑顔だったわ。
それは覚えてる。何処か、変に感じたから」
提示された情報に、私は戸惑いを覚えた。
フランが遭遇したモノに感じたのは、興味、共感、違和感。
だと言うのに――。
「貴女は、ソレに何もしなかったの?」
「え? 何もって、壊すとか?」
「ええ」
短く答え、戸惑いが正しかった事を悟り、再び思考に入った。
フランには何時も、心の何処かに破壊衝動が蠢いている。
『力』を真の意味で扱いきれていない証なのだが、今は別の話だ、置いておこう。
ともかく、無数に選択肢のある『何も』という言葉に『壊す』と返す、それがフランなのだ。
つまり――
「そう言えば、そうね。不思議、考えもしなかったわ」
――と言う事。
幾らお祭り騒ぎで気が抜けていたとは言え、フランの細い両腕が背に回される。
……集中できない。できる訳あるかぁ!
「ふ、フラン! 嬉しいけど、さっきからサービスし過ぎよ!? あ、遂に姉の大きな愛に気付いてくれたのねっ!」
『あんたの愛なんていらない』。
言った瞬間、そう返されると思った。
フランはずっと反抗期だったから。
けれど、予想は外れた。やはり、私に妹の『運命』は視れないようだ。
「ずっと、気付いているわ。過保護なお姉様」
「え、あ、フラン?」
「その子のお姉さんは放任主義なんだそうよ」
対比されているのか。確かに私とは正反対だが。
「……あぁ、やっと何が『変』なのかわかった。何故、想いを抱きながら、好きなヒトの傍を離れるのかしら」
その呟きは独り言。わかりつつ、私は口を開く。
「思いなんてあやふやで、ふらふらしているものよ。時には離れたくもなるかもしれない」
「……お姉様は、お子様ね」
「ぬな!?」
家族にべったりの方が子供でしょ、あぁでもそんな事言ったらフランが離れちゃう!?
――葛藤は、触れる髪と息遣いにより、霧散した。
「ねぇ、お姉様。じゃあ、お姉様は離さないで。貴女の愛で、私を縛って」
言葉を紡ぎ終え、瞳を閉じるフラン。
彼女に気付かれぬよう、ごく小さい溜息を零す。
下らない事で焦っていた自分への呆れだ。
フランは今、此処にいる。
ならば、もう何も望むべくはない。憂うべき事もない。
私は微笑みを浮かべ、鎖を与えた。姉の愛と言う、口付けを――。
「――で、どうして、おでこ?」
「ほっぺの方が良かった?」
「……やっぱり、お子様」
「うー!?」
可笑しい。姉の振る舞いとしては満点の出来の筈だが。
「もぅ、いいわ。これ以上言うと、ルール違反になってしまうもの」
「ルール?」
「お姉様が言っていたんじゃない。愉しめって。私はずっと、その運命に従っているわ」
違いない。
差し出される手を取り、喧噪の中に戻る。
パーティは終わらない。宴は続く。私は微笑み、フランも笑った――。
《夜雀屋台》――
今日の私の勘は頗る当たるらしい。
永琳が輝夜と帰って行った時に感じた『やばさ』は的中した。
つまり、こんな感じ。
『幽々子様、おられます?』
『うふふ、いるわよ。妖夢ぅ、お腹すいたわぁ』
『食べてるじゃないですか。……まぁ、白玉楼にも用意はしていますが』
『帰りますよ、神綺様』
『アリスちゃんっ? 魔界に戻ってきてくれるの!?』
『違ぇ。――魅魔様も、ほら行きますよ』
『魔理沙……うぅ、もう私の事なんて忘れちまってると思ってたよぅ』
『天狗一匹引き取りに来ましたぁって、ぅわ、何潰れてるんですか』
『わぅっ、このいぬばしりもみじ、あのていどのおさけでっ』
『や、椛さんじゃなくて。――肩なら、貸しますけど?』
『くぅん、むねをおかりしていますぅ』
『ですから、椛さんじゃなくて』
以上。
で、今。
またきやがった。
「神奈子、諏訪子、い」
「さなえ。さなえぇぇぇぇぇ、ぐす、うぅ」
「あぁもぉ他所様の前で。っと、霊夢かい? いるよ」
多分、その返事は要らない。
暖簾の隙間から見えるのは、博麗の巫女と、彼女に負ぶられている洩矢の風祝。
背丈の事を考えると、霊夢は凄く頑張っている。
早苗の靴に泥も付いてないし。
「何杯か飲んだら潰れちゃってね。引き取ってくれない?」
「あー、早苗、強くはないからねぇ。あいよ、ありがと」
「ん、じゃあね、あんた達。――お休み、早苗」
引き渡す間際に耳元で囁き、霊夢は西の方へと飛んでった。しっかり食いだめしろよー。
「違うわよっ!?」
おぉぅ、口に出していないのに。流石は博麗の巫女。
けらけらけろけろ笑いながら、私と諏訪子は霊夢に手を振り見送った。
一拍の間。
「あんた達も帰りなよ」
「ん……すまんね」
「酔い潰れた客に長居されても碌な事はないからね」
違いない、と苦笑し、諏訪子は傍らで管を巻いている神奈子の肩を叩く。
「んぁ、何よぅ。私は早苗と戯れる夢を見てるのよぅ」
「……早苗を負ぶってあんたを抱える……きついか。きついよなぁ」
「いや、ただでさえあんたが一番小さいんだから。浮けるんだし、神奈子を――あ、あ~」
私の顔が思いっきりにやける。
諏訪子は苦笑し、小さく言った――ま、そう言う事。
騒ぎ立てず、否定もせず、ただ認める。かぁ~、大人だねぇ。
「んぅ? 早苗を負ぶる? 抱える?」
「起きそうにないからね。仕方ない。神奈子、あんたは背に」
「あんたを背負えばいいのかい? ふふ、早苗、可愛い寝顔をして」
――早っ!?
酔いが覚めるのも早けりゃ動くのも早い。
諏訪子の腕に居た筈の早苗は、既に神奈子に奪われていた。
神奈子に微笑みが浮かぶ。ずっこいな、あんた。
「ん……れい、むさん……」
そして、固まる。天罰が落ちたのだ。
「ふ、ふふ、いいさ、神社に帰りつく頃には私の名前を呼ばせてみせる! 行くよ、諏訪子!」
よくわからない誓いを立て、天を統べる女神は屋台を出ていった。
早苗を抱える姿からはまるで女の匂いがしなかったけれど。
背丈的に男っぽく見えるけど。
「一人娘を奪われる親父みたいだね。あいつ」
軽口を叩く。返事は、少しの時間、なかった。
「……神奈子は、女だよ」
屋台を出ていく地の女神の腕は、胸元に当てられているように見えた。
あぁ、そうか。
彼女は確かに私より大人だ。
自分の価値観を押し付ける事なく、ただ自分だけがそう捉えればいいと思っている。
だから、私よりも、大人だ。
「今度はさ、ヒトリできてよ、先輩」
「――? あんたにそう言われる覚えはないんだけど?」
「それも次に来た時に。神奈子との話を聞かせてね」
疑問符はついたままだったが、それでも諏訪子は片手をあげ、二度三度振ってくれた。
さて、と。
私の勘は冴えている。空気を、流れを読む『力』と言い換えてもいい。
であるからして、私はわざとらしく店を閉め始めた。
「って、ちょっと待ちなさいよっ! 私、私がいるわ、ミスティア! こうなったらフタリキリの愚痴大会を!」
隙間からの自己主張が煩い。
無視しててきぱきと片付ける。
あ、しまった、神奈子と諏訪子の料金もらってないや。
「確かに今の今までずぶずぶと隙間に埋もれて影薄かったわよ、だけど、その扱いは酷いんじゃない!?」
あぁもぅ、煩いなぁ。
普段ならいざ知らず、今なら私の方が冴えてるんだよ、紫。
「い、いいわ、そう言う態度を取るのなら、私もそれ相応の対応を見せてあげる!‘深弾幕結界 -夢幻泡影-‘っ! ふぅぅ」
「って、うわわ、いきなり抱きつくな、耳に息を吹きかけてくるなぁ!」
「ミスティア! 貴女、本当にどうしちゃったの!?」
驚愕するゆかりん。どういう意味だ、言ってみろこら。……あ、やっぱりいいです。
風が、ひゅんと一陣舞う。
ほらね、やっぱり。
縋りついてくる紫をひっぺがしながら、私は彼女に見えないよう、苦笑を浮かべた。
「――ミスティア、すまない、此処に紫さ……何やってんですか」
「こんばんは、藍先生。是、連れて帰ってくれません?」
「ふぇ、藍? え、ぁ、どうして……って、ミスティア、是って酷いじゃない!」
慌てふためく紫と言うのも面白い。
だが、余計な気遣いをさせないよう、思わせないよう、私は言葉を続けた。
「じゃあ、酷い扱いじゃないとこに行きな。ね、藍先生?」
「お前は……そう言う気の回し方を、誰に学んだのだ、全く」
「先生じゃないですね。慧音先生でもない。屋台をやっているうちに、ですかね」
いらん知識も増えたけど。おっさんくさくもなったけど。元からとか言うな。
足元をふらつかせる紫の背を軽く押し、屋台の外に追い出す。
抗議の声を上げる彼女だが、己の式が肩に手を置いたので、一瞬、静かに。
手じゃないな。恐らく、そうさせたのは、手よりも視線。愛する式の照れた表情。
藍先生は、台本を読む様に、言う。つまり、たどたどしい。
「紫様。私は、湖に行った橙に防寒具を貸し、寒いのです」
「え、でも、私が貴女にあげた手袋やマフラーは、貴女しか」
「ぬ、ゆ、紫様! 私は寒いのです。早く帰りましょう。私達の住処に」
此処に来るまでに、頭の中で繰り返したのだろう。
それ故か、先生の言葉に機転は感じられない。
紫の言葉を打ち消したのがその証拠。
要は、この夜にかこつけて甘えたいんですよね、藍先生。
「あ、じゃあ、もう少し此処にいましょう。温かいし、食べ物も飲み物もあるわ」
……紫、あんたは少し永琳を見習え。あいつは酔ってなかったけども。
「そ、そうではなくてですね、紫様! それに、ほら、店仕舞いではないのですか!?」
「そうね、閉めちゃってるものね。それなら、ミスティアもウチにくる?」
「ゆかりさまぁ~……」
あぁもぅ、この馬鹿!
「私は是から用事があるの!」
「でも、貴女、今日一日用事がないって言ってなかったっけ?」
「のっ。……さっきまではね。橙も湖に行っているなら、あのラブい空間に顔くらい出す気になってるわよ」
凄いんだ、あのサンニンのほのぼのラブな雰囲気。居た堪れなくなる。
今のが機転の利いた返し方。
藍先生からの情報を取り入れて、且つ不自然じゃない答え。
加えて、実際に行かなくても、どうとでも濁せる言い方をした。
ともかく――「ほら、帰った帰った」
「そう、仕方ないわね。――貴女も、仕方ない子。折角だから、今日は一緒に寝てあげる」
「え!? いえ、そこまでは、その……お、お願いします……」
「見て、ほら、見って! 藍ってば可愛いで」
「良いから早く帰れ、駄目りん!」
藍先生が照れ隠しに弾幕を放つ前に、私は手を振り、紫を追い払う。
――彼女達が見えなくなってから、私はポツリと呟いた。
「滑稽な夜に、滑稽なお芝居、だねぇ」
「お嫌いで?」
「ご冗談を。――帰れっつってんだろ、このだらず!」
唐突に現れた隙間に手元にあった請求書を投げつける。
奴は律儀に代金を返してきやがった。
いや、そういうつもりじゃなかったんだけど。
「ありがとう、賢い夜雀。それと、また会いましょう」
「あぃあぃ、またね、手間のかかる大妖さん」
喧噪の後は、何時でも何処か心が寂しい。
わかっていたけれど……、私はカウンターに肘をつき顎を乗せ、ぼぅと考える。
お店閉めたもんなぁ……。
今から行っても、多分まだやってるよねぇ……。
此処でヒトリ、うだうだしているよりもそっちのが愉しいかなぁ……。
……って、やば、同じ事考えてる、思考がループしてる!
頭を振り、頬を叩き、気を入れ直す。
今年こそは。
もしかしたら。
ひょっとしたら。
万が一があるかもしれないじゃないか!
可能性があるのなら、此処を離れる訳にはいかない。
――と。ひゅんひゅんとすん。風が鳴る。友達の音。聞き間違える訳がない。……とすん?
「こんばんは、ミスチー!」
「何、湿気た顔しているのよ。ミスティア」
音に疑問を覚えたが、届いた声に来てくれたフタリを確信する。
私に浮かんだ表情は、ら――っざけんなぁ!?
べちべちべちと自分の頬を叩く!
何様だ、この鳥頭!
己の有様に喝を入れ、私はカウンターを飛び越え、暖簾を潜った。
外にいたのは、予想通り、宵闇の妖怪・ルーミアと花の大妖・風見幽香。……って。
「えと、なんで、サンタコス?」
似合う―? と両袖を持ちぶんぶんと振りあげるルーミア。めんこいのぅめんこいのぅ。
ルーミアに着せられたのよ……、とスカートの短さを気にしながら視線を外す幽香。ぅわ、えろ。
「……碌でもない事、考えてるでしょ?」
「いやいや、滅相もない。ただもう丸見えになってる太腿のラインが実にけしからんなと」
「寒そうだよね。やっぱり、何か穿いた方がいいかなぁ」
あっみタイツ! あっみタイツ!
「でも、貴女が用意してくれたズボンは小さすぎるもの」
「……そう言えば、そんな色気もへったくれもない衣服もあたねー」
「どうしたの、ミスチー? 凄くテンションが落ちちゃった様に見えるけど」
幽香が穢れたモノを見る目をしている。でも気にしない。私は雑草の中で咲く花。
自分でも良くわからない逃避で交わし、私は再び彼女達に向き直る。
来訪を不思議に思ったからだ――無論、嬉しくない訳ではない。
だが、何故、こんな時間に来たんだろう。
私の疑問を読み取ってくれたのだろう、ルーミアが口を開く。
「えとね、さんぷっ」
何を撒くのか。ラブか。いや、ルーミアには蒔けない。失礼。
ルーミアの言葉を止めたのは幽香の手。
幽香はルーミアの後ろに立ち、包み込む様に両手で口を塞いでいる。
リボンを傾けながらルーミアは見上げるが、幽香は少し申し訳なさそうな顔を返すだけだった。
そして、視線が此方に向けられる。
浮かんでいる表情は――良くわからない。
「ミスティア・ローレライ。私達は、貴女を迎えに来たの」
久しぶりに聞く、私のフルネーム。
「迎えに、って。私は、その、申し訳ないけど、断ったじゃん」
言った瞬間、後悔した。その時に断った理由は、今はない。
「屋台を開けるから、だったわね。もう、片づけているじゃない」
私が隙と感じたモノを見逃す彼女ではない。
幽香は、ルーミアに回している腕を交差させた。
小さな宵闇の妖怪は頭全てを覆われている。
彼女の感覚は閉ざされた。
「もう少し、ごめんなさい、ルーミア」
幽香の声も、私の声も、ルーミアの耳には届かないだろう。
「――貴女が誘いを断った本当の理由を、教えなさい」
……本当も何も、屋台だって嘘じゃなかったんだけどね。
「ミスティア・ロ――」
「今年こそは、起きてるかもしれない。
もしかしたら、此処に来てくれるかもしれない。
ひょっとしたら、この寒い中、私に会いに来てくれるかもしれない」
「……おめでたい願望ね。彼女は、眠っていたわ」
「そだね、正に虫のいい話。万が一にも可能性があるのなら――」
「……」
「――リグルが起きて、此処に来て、私に会いに来てくれるかもしれないなら」
「貴女は、此処を離れる訳には、いかない」
「うんっ」
……私も単純だ。リグルの名を呼ぶだけで、笑みが浮かぶ。
冬。リグルは、蟲の妖怪だけあって冬眠に近い生活スタイルをとる。
時々は遊びに来るけど、それも比較的暖かい昼間だけ。
朝や夜は、私でさえほとんど見ない。
そんな彼女がこの日この時間に起きている可能性は、僅かもない。
レミリアも、パーティの招待状をリグルには送っていないだろう。
主催者に落ち度はない。誰が、夏にレティの登場を願う。
あ、私か。いやいや。ともかく。
だから、リグルが来た時の為に、私は何時も通り、此処にいなくちゃいけないんだ。
「……呆れた」
「あ、あはは、まぁね。私もそう思う」
「貴女がどう思っているかなんて知らないわ。其処まで束縛されているのに呆れているの」
「束縛って。私は私の意志で、此処にいる。リグルは何も」
「呆れるわ、ほんと」
繰り返す幽香に、私は少しムッとする。
「あんたに呆れられる筋合いはないと思うけど」
きつい言葉。けれど、幽香はするりと受け流した。
「あるわよ。夏に私を引っ張りだした小賢しさは何処に言ったのかしら?」
「へ? や、あん時は必死だったし。テンションも可笑しかったし」
「どうして、その可笑しなテンションをリグルに向けないの?」
言い方は柔らかいのに、言葉は私を貫く。
「それは、その、だって、無理やり起こしたりしたら、怒らせちゃうかもしれないし、嫌われちゃうかもしれないし……」
俯いていると、盛大な溜息を向けられる。
顔をあげなくたって解る。
出所は前に居る幽香。
うじうじしてて悪かったな、こんちくしょう。
「起きているかもしれない、来るかもしれない、怒らせるかもしれない、嫌われかもしれない。仮定ばかりね」
言われてみればそうだ。リグルの事になると、私は頭が回らない。
「考えてばかりいないで、動きなさいよ。世話のかかる」
「それができたら苦労しない! ……へ? あれ、言葉、変じゃない?」
「漸く気がついたの? 何時もの貴女ならもう少し前に気付いている筈よ。本当に――」
――リグルの話になると、貴女はただの恋する女の子ね。
小さな呟き。小さな小さな笑い声。
捉えた私は、疑問符を貼り付け見上げる。
だけど、幽香はもう踵を返して、ルーミアをロックしたまま浮いていた。
「幽香……」
「滑稽な夜に、滑稽なお芝居を」
「ちょっとそのスタンダールな配色は刺激が強過ぎ痛ぁ!?」
因みに、ルーミアは白だった。
「……貴女ねぇ」
「あ、やはは、えっと。もう、行くの?」
「サンタはプレゼントを届けたら、姿を消すのよ」
貰ってないぞ、私は。眼福の事か。もっと見ろと言う事か。
新たに浮かんだ疑問。
彼女達が来た時に思った疑問。
その二つに答えてくれたのは、ルーミア。
「ミスチー! 袋の中身がプレゼントよ! 探すのに、時間がかかっちゃったの!」
「え……?」
「じゃあ、またね、ミスチー!」
「来年からは自分で連れて来なさいよ。――じゃあね、ミスティア」
言葉を残し、彼女達は北西の方角へ、湖の方に飛んで行った。
残されたのは、私。そして、大きな白い袋。
――とすん。
――彼女は、眠っていたわ。
――サンタはプレゼントを届けたら、姿を消すのよ。
袋に近づき、それ程縛られていない、空気が出入りできるほど緩いラッピングを解く。
中にある――いるモノは。
「リグ……ル?」
「んぅ、……ん、みすちー?」
目を擦るリグル。
ぐっすり眠っていたんだろう。
だけど、体にはご丁寧にリボンっぽい蔦が巻きつけられている。
や、やべぇぇぇぇぇ!?
ちょっとお前らこら、幽香、ルーミア、あんたら何の説明もなしに拉致ってきただろ!?
リグル、私なんで此処にいるの、って顔してるもの、間違いない!
って、今の状態じゃ私が連れてきたみたいじゃないか!
しかも、触手みたいなラッピングって通好み――違ぇぇぇ!?
「ち、違うの、リグル! 確かにリグルに触手は似合うと思うけど、本当に這わせたいのは私の手あぁぁそうじゃなくて!」
過ぎた時間は戻らない。口から出た言葉も取り消せない。
悪くなかった筈なのに。
本当に、違った筈なのになぁ。
私は瞳を閉じ、放たれるであろう弾幕を覚悟した。
――何時まで経っても、弾幕は放たれない。代わりに、言葉が紡がれる。
「寒い……」
「私の言葉!?」
「ミスチーは、あったかそうだね……」
私の頭!?――咄嗟に出ようとした言葉は、発音できなくなった。
リグルがぎゅうと抱きついてきたから。
「え、と。リグルも、温かいよ」
「そっかな? ミスチー、どんどんあったかくなってるよ……」
リグルの所為だよ。
言える訳もなく、私はただ、控えめに彼女を抱きよせる。
動作よりも、その響きに私の体温はまた上がった。
お返ししてるだけなのにな、もぅ。
私達は寄り添い、抱きあう。
このまま、ずっと、こうしていたい。
リグルの温かい鼓動を感じながら、私はそう思った。
「んぅ、……あ、ねぇ、此処、屋台の前だよね。中に入ろうよ」
「ですよねー」
弾幕撃ってぶち壊そうかとも思ったが、両手が塞がっているのでできなかった。ガッデム!
私の温もりよりも室内の温もりが恋しいのだろう、リグルは足早に屋台へと進む。
おのれ、屋台め……!
無機物は当然の様に反応を返さない――と思ったら、飾り付けが風に吹かれてバタバタ動く。
てめ、こら、主人にそういう態度を取るかあぁ!?
「ねぇ、ミスチー」
「あ、はい。なんでしょう」
「……? んと、これ、何?」
リグルが指で示すのは飾り付け。今しがた私を笑ったモノ。クリスマスリース。
興味までそっちに持っていかれちゃうのか……ははは……はぁ。
心の中で溜息を零し、リグルの傍に並び、応える。
「あははぁ、見た事ないよね。クリスマスリースって言うんだよ」
「あ、もうそんな日だったんだ。この頃は時間間隔がないや。って、どうして肩を落としているの?」
「無機物に二連敗はきついなぁとか。いぁ、屋台の飾り付けがしんどくて。肩をあげる元気もないって言うか」
「そっか、元気、ないんだ。じゃあ、あげるね――」
「へ? どういう事――」
同時に振り向いたから。
背丈もそれほど変わらないから。
或いは、こう言う日、この飾り付けの下だったから。
口と口が、当たる。
少しの間か。それとも、長い時間か――私には、わからない。
「え、と」
「あ、う、その」
私とリグルの口が開きかける。
形からわかった。彼女が伝えようとしたのも、ごめんなさい。
けれど、その前に、風が吹き、頭上のクリスマスリースが揺れる。
私達は口を噤み、顔を見合わせる。
こんな日に、そんな言葉は似合わない。
それよりも、もっと、言わなくちゃいけない言葉がある。
そして、私もリグルも笑顔になり、同じ言葉の為に口を開いた。
――貴女に、メリークリスマス!
<了>
暖房切って徐々に寒くなってる部屋が暖かく感じたよ
うん、悪くなかった。
相変わらずゲロ甘で最高でした、りぐる可愛いよりぐる(´д`
他の面々もぐっじょぶじょぶ!
ラストのみすちーとりぐるんニヤけっ放しであぁんもう!
あと地底は幽白と龍玉がお好き?
ご馳走様です。
ミスティアの屋台に迎えに来る皆と
一緒に帰る人達のやりとりも面白かったですよ。
うんうん、甘々で凄く良かった。
今回もシリアス、ギャグ両方楽しめました。
保護者勢はこれからも自重しない方向で。
何でか私が好きなSS書きさんは評価が低かったりするんで、しっかり応援します。
次も楽しみにしてます、頑張ってください。
今回も甘々で素晴らしかったです。
これからの作品も楽しみにしてます。
それと、ゆうかりんのサンタコスが拝みたいんですが、どこで見ることができますか?
すみません orz
やはりあなたの作品のみすちーは、最高すぎるのぜ・・・
他のキャラもそうですが、ミスリグゆうかりんの絡みがもう
何処に住んでようが、する事はくしゃみだけなんだし。あががが。
以下、コメントレス。
>>4様
その書き方だと凄い後が怖い気がします(笑。暖まっていただけたなら幸い。
>>14様
や、今回は甘いですけど、ミスティアのお話は基本甘くなかとです! リグルは何時だって可愛いですが!
>>謳魚様
地霊殿組でのシリアス話がどんどん遠のいています。さとり様が可愛過ぎるのがいけないんだ。
前者は正解ですが、後者はちゃいます。モチーフは「さとり」なのですよ。
>>煉獄様
お粗末様です。
駆け足になってしまいましたが、それでも各々が各々と帰る様を書けて、私自身お気に入りの所です。やりぃ(笑。
>>35様
エンド……ではなかったり。もうちょいドタバタしてもらおうと思っています。何時になる事やら、ですが。
大丈夫。保護者勢に関しては、大丈夫です(何がだ。
>>36様
色んな味を入れているので、控え目にしたつもりなのですがががが。
>>47様
そんなに私のお話は甘いですか! あ、いいです、なんでもな(ry。
多分、ググル先生にお願いすれば見れるかと思います。私もルーミアのぶかぶかサンタ服が見たい。
>>48様
彼女にはたくさん詰め込んでいるので、そういって頂けると本当に嬉しいです。
以上
その時読んでれば、もっと早く復活出来たのに…!!
パルスィがしっと団じゃなくて良かった…
各キャラがそれぞれに良い味出してました!
文句なしの最高点をお贈りします。