*ご注意*
このお話は
作品集63「星熊勇儀の鬼退治」
作品集64「エンゲージ~続・星熊勇儀の鬼退治~」
作品集65「おにごっこ~星熊勇儀の鬼退治・参~」
の流れを引き継いでおります。
「温泉に行こう!」
「……は?」
唐突だった。まぁ唐突じゃない方を探せと言われる方が困る勇儀だ。
いつもどおりと言えばいつもどおり。
囲炉裏の炭を補充する手を休めて彼女を見る。
「一から順序立てて説明してくれる?」
「うむ。『くりすます』だ! 私と一緒に温泉旅行と洒落込もう!」
「一から順序立てて説明してくれる?」
「だから私と、ごめんパルスィごめん本当にごめんビンタは勘弁してくれ」
振り上げていた手を下す。
私の本気を察してくれてよかったわ勇儀。次は玄翁よ。
顔を引き攣らせて勇儀は説明のために考え込み始めた。言い出す前に用意しておきなさいよ。
「えーと。一から……えーと…………五日後がだな、『くりすます』というんだ」
くりすます? 聞き覚えのない単語だ。
「それで?」
促すと、以外とすぐに答えが出た。
「萃香に聞いたんだがね、外じゃ『くりすます』は恋人たちが過ごす日なんだそうだ」
とはいっても又聞きなんで詳しくはわからないんだが、と付け加える。
『栗清ます』。ふむ。祝日かなにかの一種か。なんかの風習らしい。
外。幻想郷の外の風習か。知らなくて当然ね。庚申講みたいなものかしら?
ん?
「すいか?」
「ああ、会ったことはないんだったか? 昔の仲間だよ。四天王仲間さ」
昔は旧都に住んでたんだよ、と説明される。
鬼の四天王ね。あーさぞかしバカデカいんでしょうね色々と。妬ましい。
なんで外のことなんて知ってるのかしら。
又聞きって言うからには、そのすいかとやらも誰かから吹き込まれたみたいだけど。
……まぁ、概要は理解できた。
どういう理屈かは知らないが、『栗清ます』というのは恋人同士で睦み合うのが習わしらしい。
「まぁ……そういうことなら。私たち、こ、恋人同士、だから……ね」
「うむ!」
まっすぐに応えられる。気恥ずかしくて、話題を逸らした。
「でも栗を清める日がなんで恋人たちの日なの?」
「ん? ああそういう字を書くのかな。……なんでだろうな?」
ただ話題を逸らしたかっただけだったが、思いのほか食いつかれ話し合うことになる。
栗は秋の物じゃないかとか清めるってどうやるんだとか。
それでああだこうだと議論を重ねたが、結局答えは出なかった。
そんな日から四日後。
「というわけで、地上の温泉に行こう!」
「へ?」
……聞いてない。
「ほら支度をしよう! 遠出だからな、着替えを持って行った方がいい。大荷物になるかな」
いや、待ってよ。
どこに行くって? 灼熱地獄跡あたりじゃないの?
「っておいちょっと! 勝手に箪笥開けるな! ちょ、それ私の腰巻っ!」
ああっ! 雑多に放って風呂敷で包まないでよ! 皺になるでしょ!?
「久しぶりの地上だ。ここじゃあ食えない物や呑めない酒が楽しみだな!」
だから地上に行くなんて聞いてないってば!!
心の準備も全然……っ!
「っていうかそもそも『栗清ます』で睦み合うならここでいいでしょ!? 私の家で!」
そうだ、突っ込み忘れていたけどなんで温泉旅行なのよ!?
わざわざ誰かに見られるようなところまで出掛けて睦み合うなんて冗談じゃないわっ!
顔を真っ赤にして反論したら、何故か、勇儀がにやにやしてる。
……なに、この、いやらしい笑い方。
「おやおや。気が早いねぇパルスィ。それともついにくちづけ以上を許してくれる気になったのかい?」
はい?
なに言ってんのこの鬼。
なんで解禁みたいな……
「ち、ちががががあぅっ!? そうだ睦み合いって別に愛を語らうだけじゃなかったんだっけーっ!!」
「はっはっは。初心だねぇ」
朗らかに笑うな! 思い切り恥ずかしいわ!
っていうか何親指立てて牙光らせてんのよっ!
「まぁ旅先で開放的な気分になって一気に許してくれると期待していたがねっ!」
全力でぶん殴った。
小脇に抱えられて地上まで来てしまった。
まだ私を抱えたままの勇儀を見上げる。
十分に酒が入っているのか単純に楽しいのか、地上に来てから一刻近く走りっぱなしだ。
私がぶん殴った顔の赤みはもう引いてる。
くそ……っ! 身長差があり過ぎる……!
飛びあがって殴るしかないから威力なんて望めやしない! ああもう妬ましいわっ!!
「広くていいなぁ地上っ!」
うわぁ。テンション青天井。
そろそろ止まってほしいなぁ。そろそろ下ろしてほしいなぁ。
いや待てよ。出がけを思い出せ私。
とりあえず温泉に着いても睦み合いは禁止。くちづけまで。という約束をしたが……
忘れてないだろうなこのテンション…………不安になってきた。
宿じゃ部屋同じだろうし……そもそも二部屋借りられるほど余裕無いし、夜這いされないだろうか。
……信じよう。勇儀の自制心を。
決して考えれば考えるほど怖くなるから思考放棄するわけじゃない。信じるんだ。信じろ私。
あ。また鉄下駄で岩踏み砕いた。
「ふぅ……」
止まる。
まさか踏み砕いたことで我に帰ったわけじゃなかろうが、止まってくれてよかった。
「ここはどこだ」
「おい」
我を忘れて走り回ってただけか。
竹林やら目に痛い真っ赤な屋敷やら鬱蒼とした山やら駆けずり回ってこれか。
そういえば……川飛び越すときに踏み台にされた河童っぽいの生きてるかな……。
うつぶせに浮き上がったように見えたけど。
……もういいや。こいつに計画性を期待する方が間違ってるんだきっと。
「ねぇ。おろしてよ。揺れっぱなしで酔いそう」
「お、すまんすまん」
ああ、一刻ぶりに地に足がつく。空飛べるけどやっぱりこの足で地を踏みしめないとだめだわ。
それにしても、本当にここはどこ。野原と木しかないんだけど。
町や集落どころか人家さえ見えないんだけど。
「へっぷし」
「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないわよ……うう、寒い」
あぁ……抱えられっぱなしで一刻も連れ回されたんだから風邪ひきそうだわ。
「ふむ……」
「あ、やっぱり大丈夫。大丈夫だから服脱ぐな」
上着無いからって着ているもの直に渡そうとするな。
気持ちは嬉しいけど上半身裸の痴女といっしょに歩くなんてさすがに嫌よ私。
「……っていうか、あんたも大概に頑丈ね。半袖とか見てる方が寒いわ」
私は一応マントを着てる。家から連れ去られる際ぎりぎりで掴めてよかった。
「ふ。我ら鬼を甘く見ないことぶぇっくしょいぃっ!」
「実は浮かれて上着着忘れたんだろう」
「ははは。その通り!」
うん。まずは鼻水拭こうね? 背伸びして鼻紙で拭ってやる。
ああほんと川に落ちないでよかったわ。落ちてたら二人とも確実に風邪ひいてたわ。
河童、恩は忘れないわ。成仏してね。
もう方向もわからないのでとりあえず天に向かって合掌しておいた。
……空がある。……地上、か。随分と、懐かしい。
「……変わってない、かな」
百数十年ぶりの空。
生憎の曇り空。太陽は、拝めない、か。もう構わないけれど、太陽が見えなくても。
だって私には――
「ぶへぇっくしょぉぉいっ!」
……感傷に浸れないなぁ。
「ったく……さっさと温泉に行きましょ。ここで突っ立ってても風邪ひくだけだわ」
「ん。そうだね」
「それで温泉宿はどこにあるの?」
「実は知らないんだ。まぁ萃香の気配を探れば辿り着くだろうさ」
うーん行き当たりばったり。
ま、鬼の力を信じるとしますか。
うおおおおおぉぉぉぉっ。寒い! 寒いっ! 心の中で雄叫び上げたけど気晴らしにもならない!
なによこの寒さ雪女でも近くに居るんじゃないの!?
五徳猫! 五徳猫はどこだっ! この際地霊殿の火車でもいいっ!!
火の気を! 火の気をぉぉぉっ!
「うーむ」
呑気な勇儀の声が腹立つ。
あれから二刻ほど。
散々歩きまわって雪が降り始めて森に入って今寒い。
吹雪いてる。既に足首まで埋まるほど雪が積もってる。
最初のうちに飛んで大体の方角でも見ておけばよかった! この吹雪じゃ飛べもしない!
「……遭難……そうなんだ。っぷぐふぅっ!?」
振り向きざまに鳩尾に拳を叩き込んだ。
駄洒落かよ! 面白くない上にこの状況じゃ笑えんわっ!!
「パルスィさん。私考えたんだが、謝ろうと思う」
土下座するかのように突っ伏したまま口を開いた。しぶとい。
「言ってみなさい」
「うむ。迷った!」
「はっきり言えば許されると思うなぁーっ!!」
蹴り上げそうになるのをなんとか自制する。
まぁ待て。落ち着け私。勇儀を蹴り上げても解決するわけじゃない。気絶でもされたら引きずるのが大変だ。
自慢じゃないけど私は非力。こんな大女担いで歩けない。うん。私のために落ち着け私。
深呼吸深呼吸。うむ。寒い。
「洒落になってないわよ!? 吹雪いてきたわよ!? 家とか見えないんだけど!?」
落ち着けるかぁぁあっ!!
真面目に命の危機じゃないよ! そりゃ妖怪だから即死亡ってことはないだろうけどきついわよさすがに!
「うむ」
ぼこりと起き上がって勇儀は神妙な顔になる。
あ。角に土ついてる。それなりに本気で倒れたのか。
そして、勇儀は真顔で。
「すまん!」
無言で、殴り倒して馬乗りになって叩き続けた。往復ビンタで。
勇儀の顔が冬眠前に餌を頬張りまくってるリスのように腫れ上がってるけど私は謝らない。
自業自得だ。丑の刻参り用の玄翁で叩かなかっただけありがたいと思え。
ちなみに常に携帯してるわよ玄翁と五寸釘と藁人形と勇儀の髪の毛。
「ぱるひゅい! ひょんひょうふぃふまなはっはっ!」
「黙れ」
「ひゃい」
まだ吹雪は止まない。止む気配すらない。
もう勇儀には任せていられないので私が先に立って歩く。
「勇儀。生きて帰れたらあんたに計画性って概念を叩き込んであげるわ」
がっくんがっくん頷くのが風切り音で聞こえる。
うふふ変な勇儀。なにを死刑宣告されたみたいに怯えてるのかしらうふふ。
死刑なんて楽にさせるようなことするわけないのに。
「ひゃ、ぱるひゅい! ひんへんにあひゃまひょうとおもひゅっ!」
「黙れ。次はない」
「ひゃいっ!!」
あらはしたない。殺気が漏れたわ。
うふふ敬礼なんてしなくていいのよ勇儀? どうせ許さないから。
帰ったら使い道の無かった拷問道具床下から引っ張り上げなきゃね?
ああ手伝わなくていいわよ勇儀。あなたは私がしっかりと縛り上げておいてあげるから。
あはは寒い寒い。そうね家の前に吊るして氷水ぶっかけるとかどうかしら!?
きっと楽しいわよあはははははははははははははははっ!!!
「………」
おっと……声に出てたか。
どこから出てたかわからないけど勇儀が縮こまってるあたり最初からだだ漏れだったような気がする。
……だめだ。気づいたら妄想に逃げてる……
かなりまずい。あと半刻くらいしかもたないかもしれない。
雪女にべったり貼りつかれてるように気温は下がり続け吹雪はひどくなる一方。
せめて風を防げるような洞窟でも見つかれば……
「ぱるひゅい! ひんふぁふぁっ!」
「なんですって!?」
人家! まさか本当に見つかるだなんて!
それにしてもまだ腫れ引いてないのねごめん勇儀! 本気で叩き過ぎた!
ごめんくださーい。
と何度も扉を叩いたが返事はなく、鍵がかかっていなかったので勝手に入らせてもらった。
遭難者がよく見る幻じゃなくて本当によかったわ……
暖炉に薪をくべる。あまり使ってないらしく煤がそんなについてない。
薪もちょっと湿気てたし……この家の人、どうやって暖を取っているのかしら?
さて、薪はこんなもんでしょう。火は……うーむ。
「えい」
ためしに弾を撃ってみたら点いた。よかった。つーか燃えるのね妖力弾。
ん。ぱちぱちと燃え始めた。
はぁ……温かい。ようやく一息ついたわ。
「あー……妖怪が遭難だなんて笑い話にもならないところだったわ」
ちらりと窓の外を見る。
勇儀が吹雪の中雪に顔を突っ込んで腫れを冷やしていた。やっぱり半刻叩き続けたのはまずかったか。
……うん。ちゃんと落ち着いたら謝ろう。
「へぷちっ」
うー。部屋そのものが暖まるにはまだ時間かかるわね。
ついでに着替えちゃうか。……確かめてないけど大丈夫よね? 風呂敷の中身……
がさごそ。……ふっ。暖炉で乾かそう。
今着てるのも乾かしたいけど……さすがに服まで借りるのは悪いわね。着たまま乾かそう。
椅子を持って来て私の替えの服と勇儀の替えの服を広げる。
ん……でもマフラーくらいは外して乾かした方が早いわよね。
ちゃり。
「……ぉおぅ……」
忘れてた……慣れ過ぎて忘れてた……
首輪……本来は髪留めだけど、短身痩躯の私の首にぴたりとはまる鉄の枷。どう見ても首輪だ。
おまけに横に勇儀が居れば……同じデザインの鉄枷……しかも私は首にはめられて。
「あっぶなぁ……!」
よかった! 遭難してよかったっ! 温泉宿に辿りつかないでよかったっ!!
こんなかっこで浴場行くとかなんつう倒錯プレイよ!? 他の客引くわっ!
「あーもー……お風呂入るときくらい外せるようにしてくれればいいのに……」
あーでも外せとか言ったら泣くんだろうなぁあいつ。
「やっかいなのに捕まったなぁ……」
悪気が無いのが厄介だ。
まぁ……いいけどね。厄介でも。
「それにしても……」
……ごちゃごちゃした家だなぁ……。
なんだかよくわからないものが積み上げられて部屋の面積が半分くらいになってるし。
おまけに廊下も似たようなものだった。どうやって生活してるんだろう。
私が妬めない惨状ってのもすごいなぁ。
「おお寒い寒い」
お、戻ってきた。腫れは引いてるみたいね。
「この家の人には悪いけど暖炉に火を入れさせてもらったわ」
「おぉありがたい」
即座に暖炉の前に座り込む。さすがの鬼もこの寒さじゃあね。
「誰も居ないみたいね」
薪を探すときに一階はぐるっと見てきた。寝込んでるってこともなさそうだ。
「住んではいるみたいだがね。床に埃が積もってない」
「歩いてるとこだけでしょ? 部屋の隅とかひどいわよ」
隅といっても見えてるとこの隅だけど。
……しかし、この散らかり具合を指摘しないわね……
勇儀の家って行ったことないし、最近は私の家に泊まりっぱなしだから今まで気にしなかったけど。
まさか勇儀の家もこんなんじゃないだろうな。なんか我が家みたいにくつろいでるし。
指摘するのが怖い。特別潔癖症ってわけじゃないけど肯定されたらさすがに引くわよ。
話題に上げたらなんか苦労背負い込む気がするからやめとこう。
「吹雪、止まないわね」
「この家の主もこれじゃあ帰ってこれないな。吹雪が止むまで借りるとしよう」
「そうするしかないわね」
……むう。話題が尽きた。
普段は勇儀の方から話しかけてくるから……なにを話せばいいのか、わからなくなってる。
元々会話は得意な方じゃないけど……困ったわ。
沈黙が怖い。
なんか、嫌な予感がする。
「すまないなぁパルスィ」
それだけにいきなり話しかけられびっくりした。
「なによいきなり」
「温泉に辿りつけなくて」
意外に殊勝なこと言われてさらに驚く。
「別にもういいわ。あなたがこの家見つけなければ危なかったんだから」
それでイーブン。十分引っ叩いたし、もういいわよ。
まったく律儀なんだから。
「つまり睦み合い禁止の約束は無効だよな」
「ふざけんな色ボケえぇぇぇぇぇっ!!!」
コンチクショウ油断してたから涙出たわっ!
いつものへらへらしてるくせにその実頑固な性格はどこにやったのよ!?
臨機応変に対応しやがってのほほんとした空気を維持できると期待した私に謝れっ!
くそぉっ! 嫌な予感ってこれかっ!!
「にこにこしながら脱ぎだすなっ!!」
「ならば真顔で!」
「表情のこと言ってんじゃないのよ! なんでそうまで脱ぎたがるのあんた露出狂だったっけ!?」
「雪山で遭難した時のお約束だパルスィ!」
「ここは森だ阿呆っ!! おまけに暖炉もあるのに今さら裸で温め合う必要がどこにあるっ!!」
「ぶっちゃけ私が雪山のお約束をやりたいだけだ!」
「よーしもう半刻引っ叩かれたいのね勇儀」
勇儀は真顔で土下座した。
土下座が板についてきたわね勇儀、後頭部に踵振り下ろしたいわ。
さらしとふんどしだけになっていたのでとりあえず外に蹴り出した。
どんどん
『パルスィー。入れておくれー』
「あらあらどなたかしら? 勇儀の服がここにあるってことはこの家のどこかで寝てると思うんですけど」
『……あの、ごめん。入れてくださいパルスィさん。凍えそうです』
「勇儀どこ行ったのかしらね……」
『……なんでもするから許してください……』
「はぁ……勇儀があの約束は無効じゃないって言ってくれればすぐにでもドアを開けて探しに行くのに」
『ぬぐぅっ!?』
おい。そこで考え込むの?
『ぬぐぐぐぐぅ……』
いやちょっと、そこまで悩まないでよ。そんなに夜這いかけたかったのかあんた。
ますます入れるわけにはいかなくなった。このままでは私の危険が危ない。
『ぶへっくしょいっ!』
「う……っ!」
い、入れるな私! 同情するな! 自業自得だ! 身を守るためだ!
『ぱ……ぱるすぃー……』
うあああ同情を誘うような声出すなー! っく! 負けるな私の理性っ!!
「や、約束守ってくれればいいのよ! 規約の拡大解釈よ! ここも旅先には変わらないんだからっ!」
『…………っく』
ええい心底残念そうな声出すな。
『わ、わかった……! あの約束はここでも有効だ……! くちづけまでで我慢する……っ』
よぉしっ! 言質とったーっ!!
私は勝ったぞーっ!!
がちゃ
「…………」
「…………血涙流さないでよ……」
思わず目を逸らすほどに、唇まで噛んで心底悔しそうだった。
お茶を淹れに行く。
お茶葉まで借りざるを得ないのは心苦しいけど、出て行く時に代金を置いておけばいいだろう。
……台所、洗っとこう。礼くらいにはなるだろう。積み上げられた皿とカップから洗う。
まったく、冬だからいいようなものの夏だったらひどいことになってるわよこれ。
ん、お湯沸いたわね。
カップに注いで戻ると、勇儀は暖炉の前で膝を抱えていた。
「勇儀。ん」
「お、ありがとう」
そろそろ突っ込むのも疲れてきたわ勇儀。
寒いんだったら服着ろ。
「はぁ~。寒い時は熱燗と決めていたけどお茶も落ち着くねぇ」
「鬼って本当に酒ばっかよね。飽きないの?」
「なぁに、私なんてまだまだだよ。素面を見たことすらないような奴だって居るんだ」
「四六時中酔ってる……うーむ。想像できないわ」
勇儀がまだまだって時点で信じ難い。言うほど素面の勇儀なんて見てないし。
「しっかしやることないねぇ」
勇儀がぼやく。確かにすることがない。
「子供だったら気兼ねなくこの家を探検とかできるのにね」
「ほぅ? いいねぇ」
え? 乗り気ですか?
「いやいや勇儀。私ら大人なんだからそんな真似は」
「はっはっは。そんなにちっこいのに大人ぶるなんてかわいいじゃないか」
「あんたがでか過ぎるのよ!」
っく! 人が気にしていることを! 確かに私より小さいのなんて縦穴の桶娘とか妖精ぐらいしか見ないけど!
「じゃあ勇儀おねえさんが遊んであげよう。ほら行くぞー」
「小脇に抱えるな! まずは服着なさいよ!」
っだぁっ! いくら暴れてもびくともしない!
家探ししてる最中に帰ってこられたらどうすんのよ! 完璧に泥棒じゃない!
この真冬にさらしとふんどしだけのを泥棒と認識できるか怪しいけど!
「うぉさぶっ!」
扉を開けて即閉めた。
うん。暖炉のあるこの部屋以外は寒いままよ。廊下なんて外と大差ないわよ。
「服服……お、乾いてる」
私は下ろされて、勇儀は服を着に行った。
あーもー。どうやって家探しやめさせよう……
……ん?
最初は暗くて気付かなかったけど……これは……
「…………この帽子……」
「ん? どうしたんだい?」
間違いない。こんなレトロ趣味のがそう何人も居るとは思えない。
「……あの人間の家だわここ!」
「あの人間?」
「忘れたの!? この間地上から突っ込んできて荒らしまわった奴らよ!」
「…………おぉ」
忘れてたなこいつ。
まぁ勇儀にしてみればちょっと遊んだ程度の認識だから忘れてても仕方ない。
「あの巫女っぽい人間か」
いやそれ別件。
つーか帽子見て思い出しなさいっての。
「そーかそーか。じゃあ尚更見てみようか。あの強い人間の家なんて興味が尽きないねぇ」
「うっわ火ぃ点けちゃった!?」
また小脇に抱えられる。
なんたる失策! いや読めないよこんな展開!
秘密の特訓場とかあるかなー、じゃないわよ! 家の外観思い出そうよ!
そんなの入るスペースはなかったよ!
「おぉっ! 温泉があるぞ!」
……え?
「天井だけ抜いた露天か。風情があるねぇ」
おぉ……ほんとだ。湯気がすごいわ。
おぅ。また嫌な予感。
「……勇儀?」
うわ。目輝いてますよ?
あれあれ? なんでお酒の入った瓢箪持ってるんですか?
「入ろう!」
「ぬぎゃーっ!?」
「ふぃー……いい湯だなぁ」
「うぅ……汚された……」
ひん剥かれるとはさすがに予想外だった。
自分で脱げるわよ! いやまぁ止める気だったけどさぁ!
こんなところに帰ってこられてみなさいってのよ! どう言い訳すりゃいいのよ!!
「はっはっは。気にしぃだなパルスィは」
「うるせぇ!! ガン見しといてよくそんな爽やかに言えるわねっ!!」
「綺麗だったぞ!」
「親指立てて牙光らすなド阿呆っ!!」
ぶん殴ったけど座ったままじゃたいして効かない。
余裕の笑いが妬ましい……!
「…………」
おまけになんだあれ! 浮くのかあれ!
しまいにゃあ妬ましい通り越して爆発するわよ!?
「ほれ」
「む」
馬鹿でかい朱塗りの盃が差し出される。
「パルスィも一献。雪見酒だ」
……ここまできたら腹括るわ。
受け取って、呑み乾す。
「ぬる燗ね」
「温泉に浸けてるからね。こういうのもまた風情がある」
勇儀のわきに浮かんでる瓢箪に目をやる。
ん。確かにこういうのも悪くないかな。
盃を返すと、勇儀はすぐに注いで一呑みした。
「今年も残すところあと数日かぁ」
緩んだ顔のまま、そんなことを言った。
あぁ……騒がしくて忘れてたけど、もう年の瀬なのね。
「来年もよろしく頼むよ」
見れば、緩んではいるけど――しっかりした眼差し。
「……年が明けてから言えばいいじゃない」
何故か気恥ずかしくて、目を逸らす。
だけど。
「それじゃあ足りない」
もう慣れたことだけど。
「何度でも、私はパルスィに伝えたい」
勇儀は畳みかける。
「私の想いを。私の気持ちを」
容赦なんてしない。出し惜しみしたりしない。
「だから、ことあるごとに言うのさ」
常に全力で、私にぶつけてくる。
あぁ、もう――敵わない。
「……希少価値もなにもあったもんじゃないわ」
私はこいつに、敵わない。
「一つ一つを大事にされる前に、埋め尽くしてやるよ」
負けっぱなしでも平気なのは――惚れた弱み。
盃を奪い取って一口。
驚く勇儀の顔。
まったく。
心配しなくたって酒のせいにしたりしないわよ。
――来年もよろしくね、勇儀
吹雪が止んで帰ってきた魔法使いが、綺麗に片付いた我が家と、
そこでくつろぐ私たちを見つけることになるが――
それはまた別の話
このお話は
作品集63「星熊勇儀の鬼退治」
作品集64「エンゲージ~続・星熊勇儀の鬼退治~」
作品集65「おにごっこ~星熊勇儀の鬼退治・参~」
の流れを引き継いでおります。
「温泉に行こう!」
「……は?」
唐突だった。まぁ唐突じゃない方を探せと言われる方が困る勇儀だ。
いつもどおりと言えばいつもどおり。
囲炉裏の炭を補充する手を休めて彼女を見る。
「一から順序立てて説明してくれる?」
「うむ。『くりすます』だ! 私と一緒に温泉旅行と洒落込もう!」
「一から順序立てて説明してくれる?」
「だから私と、ごめんパルスィごめん本当にごめんビンタは勘弁してくれ」
振り上げていた手を下す。
私の本気を察してくれてよかったわ勇儀。次は玄翁よ。
顔を引き攣らせて勇儀は説明のために考え込み始めた。言い出す前に用意しておきなさいよ。
「えーと。一から……えーと…………五日後がだな、『くりすます』というんだ」
くりすます? 聞き覚えのない単語だ。
「それで?」
促すと、以外とすぐに答えが出た。
「萃香に聞いたんだがね、外じゃ『くりすます』は恋人たちが過ごす日なんだそうだ」
とはいっても又聞きなんで詳しくはわからないんだが、と付け加える。
『栗清ます』。ふむ。祝日かなにかの一種か。なんかの風習らしい。
外。幻想郷の外の風習か。知らなくて当然ね。庚申講みたいなものかしら?
ん?
「すいか?」
「ああ、会ったことはないんだったか? 昔の仲間だよ。四天王仲間さ」
昔は旧都に住んでたんだよ、と説明される。
鬼の四天王ね。あーさぞかしバカデカいんでしょうね色々と。妬ましい。
なんで外のことなんて知ってるのかしら。
又聞きって言うからには、そのすいかとやらも誰かから吹き込まれたみたいだけど。
……まぁ、概要は理解できた。
どういう理屈かは知らないが、『栗清ます』というのは恋人同士で睦み合うのが習わしらしい。
「まぁ……そういうことなら。私たち、こ、恋人同士、だから……ね」
「うむ!」
まっすぐに応えられる。気恥ずかしくて、話題を逸らした。
「でも栗を清める日がなんで恋人たちの日なの?」
「ん? ああそういう字を書くのかな。……なんでだろうな?」
ただ話題を逸らしたかっただけだったが、思いのほか食いつかれ話し合うことになる。
栗は秋の物じゃないかとか清めるってどうやるんだとか。
それでああだこうだと議論を重ねたが、結局答えは出なかった。
そんな日から四日後。
「というわけで、地上の温泉に行こう!」
「へ?」
……聞いてない。
「ほら支度をしよう! 遠出だからな、着替えを持って行った方がいい。大荷物になるかな」
いや、待ってよ。
どこに行くって? 灼熱地獄跡あたりじゃないの?
「っておいちょっと! 勝手に箪笥開けるな! ちょ、それ私の腰巻っ!」
ああっ! 雑多に放って風呂敷で包まないでよ! 皺になるでしょ!?
「久しぶりの地上だ。ここじゃあ食えない物や呑めない酒が楽しみだな!」
だから地上に行くなんて聞いてないってば!!
心の準備も全然……っ!
「っていうかそもそも『栗清ます』で睦み合うならここでいいでしょ!? 私の家で!」
そうだ、突っ込み忘れていたけどなんで温泉旅行なのよ!?
わざわざ誰かに見られるようなところまで出掛けて睦み合うなんて冗談じゃないわっ!
顔を真っ赤にして反論したら、何故か、勇儀がにやにやしてる。
……なに、この、いやらしい笑い方。
「おやおや。気が早いねぇパルスィ。それともついにくちづけ以上を許してくれる気になったのかい?」
はい?
なに言ってんのこの鬼。
なんで解禁みたいな……
「ち、ちががががあぅっ!? そうだ睦み合いって別に愛を語らうだけじゃなかったんだっけーっ!!」
「はっはっは。初心だねぇ」
朗らかに笑うな! 思い切り恥ずかしいわ!
っていうか何親指立てて牙光らせてんのよっ!
「まぁ旅先で開放的な気分になって一気に許してくれると期待していたがねっ!」
全力でぶん殴った。
小脇に抱えられて地上まで来てしまった。
まだ私を抱えたままの勇儀を見上げる。
十分に酒が入っているのか単純に楽しいのか、地上に来てから一刻近く走りっぱなしだ。
私がぶん殴った顔の赤みはもう引いてる。
くそ……っ! 身長差があり過ぎる……!
飛びあがって殴るしかないから威力なんて望めやしない! ああもう妬ましいわっ!!
「広くていいなぁ地上っ!」
うわぁ。テンション青天井。
そろそろ止まってほしいなぁ。そろそろ下ろしてほしいなぁ。
いや待てよ。出がけを思い出せ私。
とりあえず温泉に着いても睦み合いは禁止。くちづけまで。という約束をしたが……
忘れてないだろうなこのテンション…………不安になってきた。
宿じゃ部屋同じだろうし……そもそも二部屋借りられるほど余裕無いし、夜這いされないだろうか。
……信じよう。勇儀の自制心を。
決して考えれば考えるほど怖くなるから思考放棄するわけじゃない。信じるんだ。信じろ私。
あ。また鉄下駄で岩踏み砕いた。
「ふぅ……」
止まる。
まさか踏み砕いたことで我に帰ったわけじゃなかろうが、止まってくれてよかった。
「ここはどこだ」
「おい」
我を忘れて走り回ってただけか。
竹林やら目に痛い真っ赤な屋敷やら鬱蒼とした山やら駆けずり回ってこれか。
そういえば……川飛び越すときに踏み台にされた河童っぽいの生きてるかな……。
うつぶせに浮き上がったように見えたけど。
……もういいや。こいつに計画性を期待する方が間違ってるんだきっと。
「ねぇ。おろしてよ。揺れっぱなしで酔いそう」
「お、すまんすまん」
ああ、一刻ぶりに地に足がつく。空飛べるけどやっぱりこの足で地を踏みしめないとだめだわ。
それにしても、本当にここはどこ。野原と木しかないんだけど。
町や集落どころか人家さえ見えないんだけど。
「へっぷし」
「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないわよ……うう、寒い」
あぁ……抱えられっぱなしで一刻も連れ回されたんだから風邪ひきそうだわ。
「ふむ……」
「あ、やっぱり大丈夫。大丈夫だから服脱ぐな」
上着無いからって着ているもの直に渡そうとするな。
気持ちは嬉しいけど上半身裸の痴女といっしょに歩くなんてさすがに嫌よ私。
「……っていうか、あんたも大概に頑丈ね。半袖とか見てる方が寒いわ」
私は一応マントを着てる。家から連れ去られる際ぎりぎりで掴めてよかった。
「ふ。我ら鬼を甘く見ないことぶぇっくしょいぃっ!」
「実は浮かれて上着着忘れたんだろう」
「ははは。その通り!」
うん。まずは鼻水拭こうね? 背伸びして鼻紙で拭ってやる。
ああほんと川に落ちないでよかったわ。落ちてたら二人とも確実に風邪ひいてたわ。
河童、恩は忘れないわ。成仏してね。
もう方向もわからないのでとりあえず天に向かって合掌しておいた。
……空がある。……地上、か。随分と、懐かしい。
「……変わってない、かな」
百数十年ぶりの空。
生憎の曇り空。太陽は、拝めない、か。もう構わないけれど、太陽が見えなくても。
だって私には――
「ぶへぇっくしょぉぉいっ!」
……感傷に浸れないなぁ。
「ったく……さっさと温泉に行きましょ。ここで突っ立ってても風邪ひくだけだわ」
「ん。そうだね」
「それで温泉宿はどこにあるの?」
「実は知らないんだ。まぁ萃香の気配を探れば辿り着くだろうさ」
うーん行き当たりばったり。
ま、鬼の力を信じるとしますか。
うおおおおおぉぉぉぉっ。寒い! 寒いっ! 心の中で雄叫び上げたけど気晴らしにもならない!
なによこの寒さ雪女でも近くに居るんじゃないの!?
五徳猫! 五徳猫はどこだっ! この際地霊殿の火車でもいいっ!!
火の気を! 火の気をぉぉぉっ!
「うーむ」
呑気な勇儀の声が腹立つ。
あれから二刻ほど。
散々歩きまわって雪が降り始めて森に入って今寒い。
吹雪いてる。既に足首まで埋まるほど雪が積もってる。
最初のうちに飛んで大体の方角でも見ておけばよかった! この吹雪じゃ飛べもしない!
「……遭難……そうなんだ。っぷぐふぅっ!?」
振り向きざまに鳩尾に拳を叩き込んだ。
駄洒落かよ! 面白くない上にこの状況じゃ笑えんわっ!!
「パルスィさん。私考えたんだが、謝ろうと思う」
土下座するかのように突っ伏したまま口を開いた。しぶとい。
「言ってみなさい」
「うむ。迷った!」
「はっきり言えば許されると思うなぁーっ!!」
蹴り上げそうになるのをなんとか自制する。
まぁ待て。落ち着け私。勇儀を蹴り上げても解決するわけじゃない。気絶でもされたら引きずるのが大変だ。
自慢じゃないけど私は非力。こんな大女担いで歩けない。うん。私のために落ち着け私。
深呼吸深呼吸。うむ。寒い。
「洒落になってないわよ!? 吹雪いてきたわよ!? 家とか見えないんだけど!?」
落ち着けるかぁぁあっ!!
真面目に命の危機じゃないよ! そりゃ妖怪だから即死亡ってことはないだろうけどきついわよさすがに!
「うむ」
ぼこりと起き上がって勇儀は神妙な顔になる。
あ。角に土ついてる。それなりに本気で倒れたのか。
そして、勇儀は真顔で。
「すまん!」
無言で、殴り倒して馬乗りになって叩き続けた。往復ビンタで。
勇儀の顔が冬眠前に餌を頬張りまくってるリスのように腫れ上がってるけど私は謝らない。
自業自得だ。丑の刻参り用の玄翁で叩かなかっただけありがたいと思え。
ちなみに常に携帯してるわよ玄翁と五寸釘と藁人形と勇儀の髪の毛。
「ぱるひゅい! ひょんひょうふぃふまなはっはっ!」
「黙れ」
「ひゃい」
まだ吹雪は止まない。止む気配すらない。
もう勇儀には任せていられないので私が先に立って歩く。
「勇儀。生きて帰れたらあんたに計画性って概念を叩き込んであげるわ」
がっくんがっくん頷くのが風切り音で聞こえる。
うふふ変な勇儀。なにを死刑宣告されたみたいに怯えてるのかしらうふふ。
死刑なんて楽にさせるようなことするわけないのに。
「ひゃ、ぱるひゅい! ひんへんにあひゃまひょうとおもひゅっ!」
「黙れ。次はない」
「ひゃいっ!!」
あらはしたない。殺気が漏れたわ。
うふふ敬礼なんてしなくていいのよ勇儀? どうせ許さないから。
帰ったら使い道の無かった拷問道具床下から引っ張り上げなきゃね?
ああ手伝わなくていいわよ勇儀。あなたは私がしっかりと縛り上げておいてあげるから。
あはは寒い寒い。そうね家の前に吊るして氷水ぶっかけるとかどうかしら!?
きっと楽しいわよあはははははははははははははははっ!!!
「………」
おっと……声に出てたか。
どこから出てたかわからないけど勇儀が縮こまってるあたり最初からだだ漏れだったような気がする。
……だめだ。気づいたら妄想に逃げてる……
かなりまずい。あと半刻くらいしかもたないかもしれない。
雪女にべったり貼りつかれてるように気温は下がり続け吹雪はひどくなる一方。
せめて風を防げるような洞窟でも見つかれば……
「ぱるひゅい! ひんふぁふぁっ!」
「なんですって!?」
人家! まさか本当に見つかるだなんて!
それにしてもまだ腫れ引いてないのねごめん勇儀! 本気で叩き過ぎた!
ごめんくださーい。
と何度も扉を叩いたが返事はなく、鍵がかかっていなかったので勝手に入らせてもらった。
遭難者がよく見る幻じゃなくて本当によかったわ……
暖炉に薪をくべる。あまり使ってないらしく煤がそんなについてない。
薪もちょっと湿気てたし……この家の人、どうやって暖を取っているのかしら?
さて、薪はこんなもんでしょう。火は……うーむ。
「えい」
ためしに弾を撃ってみたら点いた。よかった。つーか燃えるのね妖力弾。
ん。ぱちぱちと燃え始めた。
はぁ……温かい。ようやく一息ついたわ。
「あー……妖怪が遭難だなんて笑い話にもならないところだったわ」
ちらりと窓の外を見る。
勇儀が吹雪の中雪に顔を突っ込んで腫れを冷やしていた。やっぱり半刻叩き続けたのはまずかったか。
……うん。ちゃんと落ち着いたら謝ろう。
「へぷちっ」
うー。部屋そのものが暖まるにはまだ時間かかるわね。
ついでに着替えちゃうか。……確かめてないけど大丈夫よね? 風呂敷の中身……
がさごそ。……ふっ。暖炉で乾かそう。
今着てるのも乾かしたいけど……さすがに服まで借りるのは悪いわね。着たまま乾かそう。
椅子を持って来て私の替えの服と勇儀の替えの服を広げる。
ん……でもマフラーくらいは外して乾かした方が早いわよね。
ちゃり。
「……ぉおぅ……」
忘れてた……慣れ過ぎて忘れてた……
首輪……本来は髪留めだけど、短身痩躯の私の首にぴたりとはまる鉄の枷。どう見ても首輪だ。
おまけに横に勇儀が居れば……同じデザインの鉄枷……しかも私は首にはめられて。
「あっぶなぁ……!」
よかった! 遭難してよかったっ! 温泉宿に辿りつかないでよかったっ!!
こんなかっこで浴場行くとかなんつう倒錯プレイよ!? 他の客引くわっ!
「あーもー……お風呂入るときくらい外せるようにしてくれればいいのに……」
あーでも外せとか言ったら泣くんだろうなぁあいつ。
「やっかいなのに捕まったなぁ……」
悪気が無いのが厄介だ。
まぁ……いいけどね。厄介でも。
「それにしても……」
……ごちゃごちゃした家だなぁ……。
なんだかよくわからないものが積み上げられて部屋の面積が半分くらいになってるし。
おまけに廊下も似たようなものだった。どうやって生活してるんだろう。
私が妬めない惨状ってのもすごいなぁ。
「おお寒い寒い」
お、戻ってきた。腫れは引いてるみたいね。
「この家の人には悪いけど暖炉に火を入れさせてもらったわ」
「おぉありがたい」
即座に暖炉の前に座り込む。さすがの鬼もこの寒さじゃあね。
「誰も居ないみたいね」
薪を探すときに一階はぐるっと見てきた。寝込んでるってこともなさそうだ。
「住んではいるみたいだがね。床に埃が積もってない」
「歩いてるとこだけでしょ? 部屋の隅とかひどいわよ」
隅といっても見えてるとこの隅だけど。
……しかし、この散らかり具合を指摘しないわね……
勇儀の家って行ったことないし、最近は私の家に泊まりっぱなしだから今まで気にしなかったけど。
まさか勇儀の家もこんなんじゃないだろうな。なんか我が家みたいにくつろいでるし。
指摘するのが怖い。特別潔癖症ってわけじゃないけど肯定されたらさすがに引くわよ。
話題に上げたらなんか苦労背負い込む気がするからやめとこう。
「吹雪、止まないわね」
「この家の主もこれじゃあ帰ってこれないな。吹雪が止むまで借りるとしよう」
「そうするしかないわね」
……むう。話題が尽きた。
普段は勇儀の方から話しかけてくるから……なにを話せばいいのか、わからなくなってる。
元々会話は得意な方じゃないけど……困ったわ。
沈黙が怖い。
なんか、嫌な予感がする。
「すまないなぁパルスィ」
それだけにいきなり話しかけられびっくりした。
「なによいきなり」
「温泉に辿りつけなくて」
意外に殊勝なこと言われてさらに驚く。
「別にもういいわ。あなたがこの家見つけなければ危なかったんだから」
それでイーブン。十分引っ叩いたし、もういいわよ。
まったく律儀なんだから。
「つまり睦み合い禁止の約束は無効だよな」
「ふざけんな色ボケえぇぇぇぇぇっ!!!」
コンチクショウ油断してたから涙出たわっ!
いつものへらへらしてるくせにその実頑固な性格はどこにやったのよ!?
臨機応変に対応しやがってのほほんとした空気を維持できると期待した私に謝れっ!
くそぉっ! 嫌な予感ってこれかっ!!
「にこにこしながら脱ぎだすなっ!!」
「ならば真顔で!」
「表情のこと言ってんじゃないのよ! なんでそうまで脱ぎたがるのあんた露出狂だったっけ!?」
「雪山で遭難した時のお約束だパルスィ!」
「ここは森だ阿呆っ!! おまけに暖炉もあるのに今さら裸で温め合う必要がどこにあるっ!!」
「ぶっちゃけ私が雪山のお約束をやりたいだけだ!」
「よーしもう半刻引っ叩かれたいのね勇儀」
勇儀は真顔で土下座した。
土下座が板についてきたわね勇儀、後頭部に踵振り下ろしたいわ。
さらしとふんどしだけになっていたのでとりあえず外に蹴り出した。
どんどん
『パルスィー。入れておくれー』
「あらあらどなたかしら? 勇儀の服がここにあるってことはこの家のどこかで寝てると思うんですけど」
『……あの、ごめん。入れてくださいパルスィさん。凍えそうです』
「勇儀どこ行ったのかしらね……」
『……なんでもするから許してください……』
「はぁ……勇儀があの約束は無効じゃないって言ってくれればすぐにでもドアを開けて探しに行くのに」
『ぬぐぅっ!?』
おい。そこで考え込むの?
『ぬぐぐぐぐぅ……』
いやちょっと、そこまで悩まないでよ。そんなに夜這いかけたかったのかあんた。
ますます入れるわけにはいかなくなった。このままでは私の危険が危ない。
『ぶへっくしょいっ!』
「う……っ!」
い、入れるな私! 同情するな! 自業自得だ! 身を守るためだ!
『ぱ……ぱるすぃー……』
うあああ同情を誘うような声出すなー! っく! 負けるな私の理性っ!!
「や、約束守ってくれればいいのよ! 規約の拡大解釈よ! ここも旅先には変わらないんだからっ!」
『…………っく』
ええい心底残念そうな声出すな。
『わ、わかった……! あの約束はここでも有効だ……! くちづけまでで我慢する……っ』
よぉしっ! 言質とったーっ!!
私は勝ったぞーっ!!
がちゃ
「…………」
「…………血涙流さないでよ……」
思わず目を逸らすほどに、唇まで噛んで心底悔しそうだった。
お茶を淹れに行く。
お茶葉まで借りざるを得ないのは心苦しいけど、出て行く時に代金を置いておけばいいだろう。
……台所、洗っとこう。礼くらいにはなるだろう。積み上げられた皿とカップから洗う。
まったく、冬だからいいようなものの夏だったらひどいことになってるわよこれ。
ん、お湯沸いたわね。
カップに注いで戻ると、勇儀は暖炉の前で膝を抱えていた。
「勇儀。ん」
「お、ありがとう」
そろそろ突っ込むのも疲れてきたわ勇儀。
寒いんだったら服着ろ。
「はぁ~。寒い時は熱燗と決めていたけどお茶も落ち着くねぇ」
「鬼って本当に酒ばっかよね。飽きないの?」
「なぁに、私なんてまだまだだよ。素面を見たことすらないような奴だって居るんだ」
「四六時中酔ってる……うーむ。想像できないわ」
勇儀がまだまだって時点で信じ難い。言うほど素面の勇儀なんて見てないし。
「しっかしやることないねぇ」
勇儀がぼやく。確かにすることがない。
「子供だったら気兼ねなくこの家を探検とかできるのにね」
「ほぅ? いいねぇ」
え? 乗り気ですか?
「いやいや勇儀。私ら大人なんだからそんな真似は」
「はっはっは。そんなにちっこいのに大人ぶるなんてかわいいじゃないか」
「あんたがでか過ぎるのよ!」
っく! 人が気にしていることを! 確かに私より小さいのなんて縦穴の桶娘とか妖精ぐらいしか見ないけど!
「じゃあ勇儀おねえさんが遊んであげよう。ほら行くぞー」
「小脇に抱えるな! まずは服着なさいよ!」
っだぁっ! いくら暴れてもびくともしない!
家探ししてる最中に帰ってこられたらどうすんのよ! 完璧に泥棒じゃない!
この真冬にさらしとふんどしだけのを泥棒と認識できるか怪しいけど!
「うぉさぶっ!」
扉を開けて即閉めた。
うん。暖炉のあるこの部屋以外は寒いままよ。廊下なんて外と大差ないわよ。
「服服……お、乾いてる」
私は下ろされて、勇儀は服を着に行った。
あーもー。どうやって家探しやめさせよう……
……ん?
最初は暗くて気付かなかったけど……これは……
「…………この帽子……」
「ん? どうしたんだい?」
間違いない。こんなレトロ趣味のがそう何人も居るとは思えない。
「……あの人間の家だわここ!」
「あの人間?」
「忘れたの!? この間地上から突っ込んできて荒らしまわった奴らよ!」
「…………おぉ」
忘れてたなこいつ。
まぁ勇儀にしてみればちょっと遊んだ程度の認識だから忘れてても仕方ない。
「あの巫女っぽい人間か」
いやそれ別件。
つーか帽子見て思い出しなさいっての。
「そーかそーか。じゃあ尚更見てみようか。あの強い人間の家なんて興味が尽きないねぇ」
「うっわ火ぃ点けちゃった!?」
また小脇に抱えられる。
なんたる失策! いや読めないよこんな展開!
秘密の特訓場とかあるかなー、じゃないわよ! 家の外観思い出そうよ!
そんなの入るスペースはなかったよ!
「おぉっ! 温泉があるぞ!」
……え?
「天井だけ抜いた露天か。風情があるねぇ」
おぉ……ほんとだ。湯気がすごいわ。
おぅ。また嫌な予感。
「……勇儀?」
うわ。目輝いてますよ?
あれあれ? なんでお酒の入った瓢箪持ってるんですか?
「入ろう!」
「ぬぎゃーっ!?」
「ふぃー……いい湯だなぁ」
「うぅ……汚された……」
ひん剥かれるとはさすがに予想外だった。
自分で脱げるわよ! いやまぁ止める気だったけどさぁ!
こんなところに帰ってこられてみなさいってのよ! どう言い訳すりゃいいのよ!!
「はっはっは。気にしぃだなパルスィは」
「うるせぇ!! ガン見しといてよくそんな爽やかに言えるわねっ!!」
「綺麗だったぞ!」
「親指立てて牙光らすなド阿呆っ!!」
ぶん殴ったけど座ったままじゃたいして効かない。
余裕の笑いが妬ましい……!
「…………」
おまけになんだあれ! 浮くのかあれ!
しまいにゃあ妬ましい通り越して爆発するわよ!?
「ほれ」
「む」
馬鹿でかい朱塗りの盃が差し出される。
「パルスィも一献。雪見酒だ」
……ここまできたら腹括るわ。
受け取って、呑み乾す。
「ぬる燗ね」
「温泉に浸けてるからね。こういうのもまた風情がある」
勇儀のわきに浮かんでる瓢箪に目をやる。
ん。確かにこういうのも悪くないかな。
盃を返すと、勇儀はすぐに注いで一呑みした。
「今年も残すところあと数日かぁ」
緩んだ顔のまま、そんなことを言った。
あぁ……騒がしくて忘れてたけど、もう年の瀬なのね。
「来年もよろしく頼むよ」
見れば、緩んではいるけど――しっかりした眼差し。
「……年が明けてから言えばいいじゃない」
何故か気恥ずかしくて、目を逸らす。
だけど。
「それじゃあ足りない」
もう慣れたことだけど。
「何度でも、私はパルスィに伝えたい」
勇儀は畳みかける。
「私の想いを。私の気持ちを」
容赦なんてしない。出し惜しみしたりしない。
「だから、ことあるごとに言うのさ」
常に全力で、私にぶつけてくる。
あぁ、もう――敵わない。
「……希少価値もなにもあったもんじゃないわ」
私はこいつに、敵わない。
「一つ一つを大事にされる前に、埋め尽くしてやるよ」
負けっぱなしでも平気なのは――惚れた弱み。
盃を奪い取って一口。
驚く勇儀の顔。
まったく。
心配しなくたって酒のせいにしたりしないわよ。
――来年もよろしくね、勇儀
吹雪が止んで帰ってきた魔法使いが、綺麗に片付いた我が家と、
そこでくつろぐ私たちを見つけることになるが――
それはまた別の話
とりあえず、幸せそうな二人にメリークリスマス!と大声で叫びたい。
続きもあるのなら期待して待ってます!
キュピーン!という擬音が聞こえたのは俺だけではないはずw
だのに真剣に来年の話をする勇儀に惚れる
さてはて、このお二方は相変わらずの良い雰囲気。
必死な勇儀がかわいらしかったですw
あ、あと最初玄翁が玄爺に見えて何かと思ったw
相変わらずパルスィにゾッコン(死語)な勇儀がよかったですw
シリアスも良いですがほのぼのも良いですね!
そうだよねそそわだものね夜伽じゃないものね
小さい上に絶壁だから安心ですね
それはそうとパルスィかわいいよパルスィ
糖死する・・・う"ッ!