人の寝静まる夜のこと。
博霊神社に住み着いている悪霊、魅魔は夢うつつの中思う。
あの冷血巫女は本当に可愛くない。愚痴をこぼすのも嫌になるほど可愛くない。
「あんな霊夢にも……もっと素直で可愛かったころがあったのかな」
しかし愚痴は自然とこぼれてしまう。と、そこに。
「なら、お見せしましょうか?」
寝惚けているのか幻聴が聞こえてくる。そんな事があるものか。あったとすれば、まず自分がおかしくなったと疑うだろう。
「できるならやってみなよ」
ぞんざいに答えて、魅魔は再び眠りについた。
朝。というより昼に近い。
目覚めた魅魔は、いつもの朝食の匂いがしない事に気づく。どころか、神社で人の動く気配すらしない。おかしい、いくらあのぐうたら巫女といえども食事を抜いたりはしない。嫌な予感を感じつつ、霊夢の寝室へ急ぐ。そこで見たものは、
「んー……」
当然、布団入りの霊夢である。
「……人を心配させておいて。ほら、起きろっ……うぇ!?」
「ううん……さむい」
秘儀、布団剥がし。見事に決まった、さあ早く食事を作ってもらおう。そう思っていた魅魔を待っていたものは、体の縮んだ霊夢だった。推定5歳前後。自分もとうとう幻覚を見るようになったか。
と、そこで夜の事を思い出す。そうか、こういう事か。すぐさま元凶を呼び出す。
「おい、スキマ」
「はあい」
頭上にスキマが開き、いつもの胡散臭い笑みと共に逆さ釣りでスキマ妖怪こと八雲紫が出てくる。何故か髪などは重力に逆らってスキマに向かって伸びている。
「戻せ」
「あら、見たいと言ったのは貴女でしょう?せっかく実現してあげたのに。それに……」
「おかあさーん。れいむ、おなかすいた」
「!!!!!!!!ち、ちょっと待ってな。すぐに何か作ってくるからな!」
「最初に見た人(型なら妖怪でも霊でも)を親と認識するようにして、更にこれまでの記憶も消してあるわ。あ、これは巫女装束(SSサイズ)よ」
どこの鳥の雛だ、と魅魔は言い返せなかった。これが「お母さん」の破壊力。筆舌に尽くしがたい。幽霊になって今更母性本能に目覚めてしまう。何をどうやったら、この子があんな巫女になるのか。ともかく、食事を完成させる。
遅めの朝食。霊夢程では無いものの、魅魔の乾坤一擲純和風の食事である。魅魔、霊夢、紫の3人で食卓を囲む。
「おいしい!おかあさんのおりょうりおいしいね!」
「あ、ああ、ありがとうな」
「うふふ、本当に可愛い子ね」
不器用な母の姿が、そこにはあった。
自然と顔がほころぶ。繰り返すようだが、何をまかり間違ってあんな巫女になるのか。そうして食事を終え、色々と複雑な気分になっているところに、
「さて、楽しい食後に他の場所はどうなっているか見てみる?」
「他も同じようになっているのかい」
「ええ、せっかくだから人里以外の幻想郷の人間の時間を十数年ほど戻してみたわ」
まったく、このスキマは。しかし興味があるのは否めない、魅魔は先を促す。ちなみに霊夢は魅魔のヒザ(幽霊に足は無いが、ニュアンスはお分かりいただけるだろう)の上に収まっている。
「では、八雲シアターの始まり始まり……」
スキマが開く。そこから覗ける光景は、
‐=ニ二霧雨邸二ニ=‐
その中で食事の片付けをしているのは、小さくなった霧雨魔理沙と普段通りのアリス・マーガトロイド。
魔理沙はいつもの白黒服(SSサイズ、アリス作)である。アリスが居るのは、恐らくまた2人で魔法の研究をしていたのだろう。
コップを持った魔理沙は皿を持って台所へ行くアリスにそろり、そろりと近づいている。そして、
「わっ!」
「きゃっ!!」
後ろからタックルで驚かせる。どうにもこの頃からイタズラ好きの悪ガキだったらしい。アリスは足をもつれさせ、皿を落として割ってしまう。
「あ……」
「わたしはちょっとおどろかせようって……」
「来ないで!」
こちらに寄って来る魔理沙に、アリスは鋭く言った。床に飛び散った破片は危ない。魔理沙はその場から離れた。が、家から飛び出してしまった。
「ごめん……ごめんなさいいいいいいいいいいいい!!!」
「え!?ちょっと待ちなさい!!」
この手の子供は、寂しさから構って欲しくてイタズラする場合が多い。だから、本気で怒られると大きく落ち込んでしまう。
子供の脚力では大人、しかも妖怪のアリスには敵わない。すぐ魔理沙に追いついた。しっかりと抱きしめる。
「大丈夫よ。あなたはちゃんと謝ったわ。それはとっても大事な事。自分は悪くない!なんて言い張るほうがよほどダメよ」
「……うん」
「さ、早く帰りましょ。お片づけの続きよ」
「うん!」
温かな親子の姿が、そこにはあった。
「良い母親だ。あのアホ魔界神に似なくて良かったねえ。いや、反面教師にしたか?」
「あの子も早く家庭持てばいいのに。半妖だって幻想郷には珍しくないわ」
‐=ニ二守矢神社二ニ=‐
神社の縁側で日向ぼっこしつつのんびり眠る2人。それを面白く無さそうに見る1人。
縁側の2人は洩矢諏訪子と、その腕に抱かれている小さくなった東風谷早苗(いつもの装束SSサイズ。昔のものを取っていたのだろうか)。不機嫌そうな1人は八坂神奈子。
「あああああああああああ羨ましいいいいいいいいいいいいい!」
「うるさい!早苗が起きちゃうでしょ!」
「だって、だってさ」
「へ、いつまでも寝てるからだよ。いやあ早起きは三文の得だね。ゲロゲロ」
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「えっと……その……」
「あああああああああああ起きちゃったじゃないいいいいいいいい早苗の寝顔おおおおおおおおおお!!」
神奈子の大声で起こされる諏訪子と早苗。早苗は2人の言い合いに追いつけずオロオロするばかり。
と、そこに守矢神社へ突っ込んでくる黒い弾丸。
「どうも毎度おなじみ清く正しい射命丸です!今回はこちらの風祝が幼女化したと聞き是非取材させて頂きたく!」
「神奈子!」
「おうよ!」
2人の間で何かが通じ合った。庭に飛び出した神奈子は、
「オン!」
御柱を出現させ、
「バシ!」
それを構える。神奈子の意図に気づいた文だが、時既に遅し。天狗は急に止まれない。
「ちょっとやめてくださ」
「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ごぶッ!!」
バットよろしく振りぬく!体中の空気を吐き出し吹っ飛んでゆく文は断末魔の叫びすら上げられなかった。文だけに文句無し場外ホームランだ。
「ナイス」
「当然。こんなに可愛い早苗は私達だけのものだ、あんなブン屋に写真ばら撒かれてたまるもんか」
「あの……」
「ん?どうした早苗。大丈夫、あの天狗はしばらく飛んで来れないだろうよ」
「こんならんぼうなことしてはいけません!おかあさまも、あおらないでください!」
やはりと言うべきか、真面目気質の早苗であった。意を決すれば強い。大人(どころか神だが、早苗の記憶は消されている)に対して臆する事もない。
「お母さまだって……えへ、えへへへへへへへやっぱいいなあ」
「武神だから当然ではあるんだが、うん、そうだなやっぱり良くないな。というかやっぱり羨ましいんだよ諏訪子おおおおおおおおおおおおおおお!!」
「ゲロゲロベ~」
「くぉんのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「けんかしないでくださいー!」
騒がしくも賑やかな一家の姿が、そこにはあった。
「幻想郷の神様はアホばっかだ」
「そうかしら?皆の表情を見てみなさいな、人間でもあんな家族は少ないわ」
‐=ニ二紅魔館二ニ=‐
円卓に集まっているのは4人。無表情のレミリア・スカーレット、いつもの半眼のパチュリー・ノーレッジとその使い魔の小悪魔、常と似合わず難しい表情をしている紅美鈴。
咲夜の事で緊急会議を行う模様である。小悪魔の報告から始まる。
「ええと、今朝メイド長が起きて来ないとの事で、妖精メイドが様子を見に行ったそうです。そして部屋に居たのは……ええと、その、御周知の通りです。
現在はメイドの一人を母親と認識して、そのメイドが御世話をしています。この怪現象の原因ですが言うまでもありませんね」
「ええ、あのスキマババァ。でもそれは後で。今は咲夜の事よ。あの妖精メイドに育児は無理ね」
「そう、彼女が出てくるのはいつになるか分からないし、咲夜もいつ戻るか……」
レミリアの言葉にパチュリーが頷く。何にしても、とレミリアが断を下す。
「パチェ、育児に関する本は?」
「もちろん。それに咲夜の事を聞いてから何冊かもう読んであるわ」
「流石ね、小悪魔と一緒にメイドの代わりに基本的な世話と教育お願い。美鈴!」
「は、はい!」
「あなたには臨時メイド長とパチェにはできないような、そう、運動や格闘技などの教育を命じるわ。門はメイド隊を増員する事」
「了解です!」
「じゃあ解散、上手くやりなさい。私はもう一度寝るわ」
無表情なのは昼に起こされて不機嫌だったからのようだ。そうして、部屋から全員が出たところに咲夜(メイド服SSサイズ。どこにあったのか?)とそれを追いかける妖精メイドが走ってくる。
「こっちま~でおいで~」
「さ、咲夜さん!館を走り回らないでください!それと仲間達の邪魔をするのも!」
瀟洒なメイド長の本性は非常に快活であった。長い廊下を見ると、倒れたモップやバケツ、びしょ濡れのメイド達が居る。
が、ここまでが運の尽き。倒れたモップの柄に引っかかり、こけそうになる。
「!」
「咲夜さん!」
「咲夜!」
レミリアの表情が変わり、集中する。美鈴が持ち前のスピードで飛び込む。パチュリーが金木魔法でカタパルトよろしくサポートする。
「ふぅ。こんなところで走り回ったら危ないですよ」
「ごめんなさい……」
「これに懲りたら人に迷惑かけるなんてやめなさい。こんなのが一人でも居ては紅魔館の名折れだわ」
「レミィ、咲夜だけど子供を威圧しちゃダメよ」
見事に咲夜を回収した。
一人の家族の為に全力を尽くす。優しい一族の姿が、そこにはあった。
「流石は紅魔の吸血鬼と言ったところか」
「ふふ、能力使うほど焦っちゃって。メイドの方より可愛いわね」
全ての場所を覗き終わる頃には、昼過ぎになっていた。
「それでは私はお暇するわ」
「待て。霊夢達はいつ戻るんだ?」
「ああ、明日の朝に戻るようになっているわ。それまでお楽しみになってはいかが?」
「ねえ、おねえさんいっちゃうの?」
「戻すの止めようかしら。昼食は任せなさい」
「おい」
昼食は滅多に無い紫の本気が見る事ができたそうな。
そうして紫はギリギリまで居座り、夜には本当に名残惜しそうに、未練がましく帰っていった。
夜には霊夢が寂しがって添い寝である。鼻血物だ。ああ、今日でこの霊夢とお別れか。残念だね……。
そうして魅魔は眠りへ付いた。
翌朝。
朝食の匂いで目が覚める。本当に戻ってしまったのか、名残惜しい。魅魔は気だるく居間へ向かう。
「や。おはよう」
「み、魅魔。おおはよう」
「?」
霊夢が妙にどぎまぎしている。しかもうつむいて顔も赤い。もしや……
「お前、昨日の事覚えてるだろ?」
「!!!」
図星のようだ。紫め、こんな置き土産をしてくれるとは。
「は、はははは……」
「は?母?そうかそうか、ほーらお母さんだぞー」
「八方鬼縛陣!!」
「でえええええええええええええええええええ!!?」
吹き飛んでゆく博霊神社に住み着いている悪霊、魅魔は光の中思う。
こんなに可愛い霊夢が見られるなんて。スキマ、いや妖怪の賢者八雲紫。あんたを誤解していた。ありがとう。こんなの一生に一度あるか無いか……って自分はもう死んでるか。
魅魔の表情は幸せに満ちていた。
他の場所でも同様の事が起こり、人間4人が結託して元凶の紫を袋叩きにした事は言うまでも無い。
合掌。
藍とか構ってほしかったかな~……。
いや、霊夢とか可愛いですけどね。
話の外側ではきっと白玉楼とか永遠亭でも色んなことが
巻き起こっていたに違いない!
というか、もっともっと長く長く語って欲しいです。
幼児化したメンバーの可愛さも殺人的ですが、
それを全身全霊を込めて慈しもうとする周囲のメンバーが愛おしくて堪りません。
‥どこを読んでも、爆笑すると同時になんだか暖かい気持ちになれる、こんなに素敵な作品を読んでいるのに、
一番吹いたのが、「文だけに文句無し」だった自分が情けない‥。