ごそごそと耳元で音がする。
耳と言うよりは、頭より下、首以下の場所……つまり、胴辺り。
……まぁいいか、もうひと眠りしよう。
最近は面倒な事に、地上から地底に来るモノ、地底から地上に行くモノが増えた。
ただの妖怪であれば無関心を決め込めばよかったのだが、橋姫たる私はそう言う訳にもいかない。
来る日来る日も妬ましい妬ましい呟きつつ見送ったり手を振ったり案内したりしている。
……つい先日から顔見知りのヤマメが可笑しな仕事を振ってきたので、より妬ましい、違う、忙しい。
『番人なんだから、来た子達を安全に送り返さないといけない事もないような気がしないでもないよね』
酒の席での奴の言葉に、朦朧としていたとは言え安易にも漠然と頷いたのが運の尽き。
速攻で青い上着と青いタイトスカートに着替えさせられた私。
早技に目を白黒とさせていると、奴は言い放った。
『よしじゃあこれで、パルパルは明日からガイドさんだねぇ』
誰がパルパルだこら――『友達気取りかあぁん』。
『その二つ上位に思っていますよ、彼女』
『あっはっはっ、しかもお前さん、呂律回らない状態でそんな声出しても色っぽいだけさ。なぁ、キスメ?』
『…………』
顔を若干上気させてこくこく頷く桶入り娘。その様が可愛くて妬ましい。
『大体、なんで私がガイドなんかしなくちゃいけないの』
『あ? 私の前で嘘をつくと? わ・た・しの前で?』
『手を鳴らしながら近づいてこないでよっ!?』
『ついでに、腕も寄せてるから元々大きな胸も更に大変な事になってるわよ、ですか。……妬ましい』
『ちょ、思ってない! 今はそれ思ってない!?』
『パルスィさんのガイド姿……見たい……』
『そ、そんな大きな瞳で見上げないで、キスメ! 妬まし、じゃない可愛、違う、妬ましいっ!?』
『心配しなくても見れるさね。パルパルってば、あんな事言いつつ練習してたんだから。皆様、現在、地下666階でーすって』
『既成事実にするなっ、って言うか、何時見てたー!?』
『おぉ、そうなるともう確定だね。よし、旧都の連中にも言っとくよ』
『客人が来ると言うのなら、私もおめかししましょうか。化粧とか。……似合わないですか。そですか』
『さとり様は、そのままでも、可愛らしいです……』
『キスメの桶も新しいのにしようねー。……どしたの、パルパル?』
『どうしたもこうしたもあるかぁぁぁぁ!?』
心の底からの全力咆哮は、その場にいた私以外の笑い声でかき消された。
和やかな雰囲気が妬ましい。
……なんで和やかなのよ。やってる事は果てしなくブラックなのに。
ついでに、古明地姉はその後何故か自棄を起こして記憶が吹っ飛ぶまで酒を飲んでいた。
化粧を満場一致で否定されたのが響いたのか、鬼の大変な事になっていた胸を見てか。
……後者かしら。なんとなく。
ごそごそ。ごそごそ。
また音がする。
今度は、胴よりも下、腰辺り。
音のする場所が動く。もぞもぞする。
「はい、足あげてー」
面倒ね……私はまだ眠いのよ………………あ?
「ヤマ……メ?」
「おっ、起きたかい。おはよ、パルパル」
「ん、おはよぅ……」
……。
…………えと。
………………ちょっと待て。
「ちょっと待てちょっと待てちょっと待てぇぇぇ! 何してんのよ、貴女!?」
「パルパルのスカートを脱がし終わって、一仕事終えたとこ。上手にできましたー。以上」
「以上、じゃない、異常よ! なに平然とした顔でやってんの! あと何時部屋に入った!?」
「やだ……昨日からいていたじゃないのよ。パルパルってばあんなに激しかったのに……」
「嘘をつくな! 流し目するな! 溜息つくな! あといい加減、スカートから手を放せー!?」
ぎゃいのぎゃいの。
爽やかな目覚めなんて望んではいなかったが、だからと言って騒がし過ぎるのは宜しくない。
肩を上下に揺らし、きっつい視線をヤマメに送る。
「そんな情念籠った目で見られたら、もっとやって欲しいのかって思っちゃうよ?」
「そういう感情じゃないわよ……。ったく、なんで寝起きから貴女の下賤な遊びにつき合わなくちゃいけないの」
「あぁ、まったく卑しい……私は金髪の蜘蛛……」
顔にハテナを貼り付けると手を振られた――『わかんないなら、流して流して』。
額に手をつき、今度は私が溜息をつく。
と、視線を下げた事により、着せられた服が目に入った。
……なによこのけったいな服。
「服……って言うか、水着じゃないの、これっ?」
「下はそんな感じだけど、水着なら上にそんなけったいな羽衣みたいなのは付いてない」
「けったいなのは上着だけみたいに言わないでよ! え、ちょ、貴女、まさか、下着まで……!」
「剥いでない剥いでない。流石に私でもそこまでしないさね」
「そ、そうよね。……いや、十分どうかと思う! どうかと思いなさいっ!」
「パルパル、結構際どい下着なんだね……常時勝負下着、みたいな」
「そっちについてじゃなぁぁぁぁい!」
もう駄目。
十分我慢したわよね。
そろそろ爆発しちゃっても私は悪くない筈だ。
「いい加減にしてよっ、妬符‘グリーンアイドモンスター‘!」
叫びと共に、私はスペルカードを練り上げる!
も゛っ、とヤマメを、名称通りの緑の丸弾が取り囲む!
動かない彼女、だが、私は手を緩めない、両腕を交差させ、ぽふ、弾が彼女に直撃するように、ぽふってなによ。
ヤマメが私の腕の中にいた。
「パルパルの胸に抱かれて死ぬのなら……悪くない……っ!」
「動くな触るな揉むな掴むなー! って、きゃー!?」
ピピチューン。
『で、この服は何なのよ。何故か脱げないし』
『パルパルのお仲間の服、かねぇ。脱げないのは私の糸の所為だよ』
『さらっと言うなぁ!』
『大丈夫大丈夫。一日すれば粘着力も落ちると思うよ。たぶん』
『あ、貴女ねぇ……私、これから仕事なんだけどぉ……!』
『知ってるに決まってるさね。地上の子達にも宣伝しといたよっ』
親指を突き立ていい笑顔を見せるヤマメに拳を入れてから、早数時間。
今日はガイドの方ではなく、本職である橋姫の職務をこなす必要がある。
尤も、交流が活発になったとは言え、どかどかと来るものでもないのだが。
……それにしても自分だけが働いていると、休みの奴が殊更に妬ましい。
理不尽な嫉妬に何時も通り駆られつつ、私は時間が早く過ぎるのを願う。
本日のお弁当は、私に対する悪行をやはり何処か非と受け止めているのか、ヤマメが作ってくれていた。
彼女は大概あんな調子だが、自身忙しい筈なのに家事能力はほどほどに高く、料理は尚更上手い。
きっと、地底のアイドルを引退した後はいいお嫁さんになるだろう。
妬ましい。あぁ、妬ましい。
嗜みとばかりに彼女の今後を妬む。
私にとって、嫉妬するのは生命活動も同意、余裕で別の事だって考えられる。
――お弁当まだかしら、あいつってば私を慮って緑色で箱を埋めるのよね、うん、偶にはお肉も入れて。
数時間後に訪れるであろうランチタイムに想いを馳せている――と。
上――地上から、ふわりふわりと降りてくる三つの影が視界に入る。
妖怪だろうか。力を持った人間の可能性もあるか。
種族を判別する為に、依る『力』を感知しようと此方の妖力を薄らと伸ばす。
特別な方法であったが、これも橋姫たる私の特技の一つだ。
……そもそものきっかけとなった地霊殿騒動の折には、余りにも突然の来訪だった事もあって、使えなかったけど。
労せずして影達の『力』に接触して――「……はぁ?」――私は、首を傾げた。
その質は、私達地底の住人には馴染み深いモノに似ていた。
つまり、怨霊の発する『力』に酷似しているのだ。
けれど、ともう一度首を捻る――それにしては、騒がし過ぎやしないかしら。
「わぉ、いたいた、いたよ、メル姉、ルナ姉!」
「わ、ほんとほんと! はるばる地上からやってきた甲斐があるってものね!」
「フタリとも、少し落ち着いて。久しぶりの遠出だからって、もぅ……」
茶目っ気たっぷりに茶髪の少女が呼びかけ。
何がそんなに楽しいのか、にこにことしながらショートボブの少女が応じ。
彼女達の様子に困ったような言葉を口にしつつ、ショートカットの少女が微笑んだ。
えーと。
「妬ましい……たった二言三言で姉妹愛を感じさせる彼女達が妬ましい……!」
握り拳を震わせて、勿論体も震わせて、呟く。
「――初めまして、水橋パルスィさんですね。私、プリズムリバー楽団のリーダーを務めているルナサと申します」
戦慄く私を前にして一切の躊躇を持たず前に進み出て、ひたすら落ち着いた声でショートカットの少女・ルナサはお辞儀をした。
呆気にとられていると、ぺこりと下げられた頭が緩やかな動作で戻され、彼女は又、口を開く。
……拙い、彼女の雰囲気は、『力』は拙い。
「以後、お見知り置きを」
「あ、えと、ええ」
彼女自身が意識をしているのかはわからないが、彼女の声は聞くモノに落ち着きを与えてくる。
私を絶えず焦がす嫉妬は、感情の波の一つだ。
振り子の幅が大きくなればなるほど、力が湧き上がる。
と言う事は――このまま聞き続けると、私の力は封印されしまうんじゃないか!?
「後ろのフタリは、私の妹達で――」
「ルナ姉、挨拶くらい私にだってできるよ! 初めまして、リリカだよっ。特技は――」
「とりわけキーボード、ね。貴女がはしゃぐとわかっていたから、ルナ姉さんはまとめて紹介しようとしたんじゃないかしら」
妹達に過保護気味な長女。
その彼女に子供扱いして欲しくない三女。
そして、フォローしつつもしっかり嗜める次女。
オーケィ、心配ご無用、嫉妬の炎が燃え上がる!
戦闘態勢に入ろうと腰を落とし、両腕を引く!
広げられた両手に緑色の弾丸を作り出し、一気に両腕を伸ばし混ぜ合わせる!
以前にヤマメにぶつけた時に効果は実証済み! 『ファイナルフラッーシュ』と勝手に技名つけて奴は飛んでった!
喰らいなさ――「では、失礼して」――いひっ?
ルナサはするりと私の両膝辺りに片腕を通しそのまま突き上げた。
バランスを崩して背から地面にぶつかる寸前、彼女のもう片腕が私の肩に回される。
柔らかく掴まれた左肩が熱を帯びる……あれ、え、何故にお姫様だっこ?
「座ってお聞きくださいな、橋姫様」
私を近くの平らな岩の上に下ろし、静かに微笑む騒霊の長女。
貴公子然としたその態度は彼女にとても似合っていた。
きゅんとき……違う、妬ましい! 綺麗なだけじゃなく麗しいこの長女が妬ましい!
「って、ちょっと待ちなさいよ。聞くって何を――?」
見上げると、長女は微笑み、次女は笑い、三女は不敵に口を釣り上げた。
各々の武器とも呼べる、楽器を取り出して。
「プリズムリバー楽団――演奏、始めっ!」
――音が佇む。
――音がはしゃぐ。
――音が生み出される。
どれくらいの時間、彼女達の演奏がなされ、私が聴き入っていたかはわからない。
ついでに言うと、なぁんで彼女達がわざわざ地底にまで来て私に聴かせたのかもわからない。
「如何でしたか、パルスィさん」
演奏を終え、汗をハンカチで拭いながら尋ねてくるルナサ。や、如何と言われても。
「……素人耳だけど。
ヴァイオリンの音は落ち着いていて聞きやすい、でも、少し抑えめ過ぎるきらいがあると思う。
トランペットがその音の分も弾けていたけど、今度は強過ぎるわ。
纏める様な音を出していたキーボードは、それ故に纏まりに欠けている――」
とりあえず、思った事を淡々と告げる。
「……流石ですね。私達の特徴を捉えています」
「あはは、うん、痛いところつかれちゃったなぁ」
「むぅぅ、それじゃ、あんたにとっては騒々しい演奏だったって事? それはそれで本懐だけどぉ」
口を尖らせる三女を軽く小突くふりをしながら次女が嗜める。
その様に微苦笑を浮かべながら、長女は私に向ってまた礼をした。
「ご指摘、ありがとうございます。まだまだ精進が足りていませんね」
どうして彼女は殊更下手に出てくるのだろう、そんな事を思いつつ、私は首を振った。
「何を言っているのよ。
確かにキーボードの音で終わっていたら、騒々しいだけの演奏。
でも、その音は貴女のヴァイオリンが落ち着かせているじゃない。
一つ一つの楽器から出る音も個性的で面白いけど、混ざり合って昇華された曲は、――尚更妬ましいわ」
言葉を結ぶと、ルナサに両手を包まれた。え、なに、なんで!?
「貴女にそう言って頂けるなんて……ありがとうございます。自信がつきました」
「だね、ルナ姉さん。じゃあ、早速、地上に戻ってライブをぶちあげましょう!」
「私はまだちょっと納得いかないけど……ま、姉さん達がそう言うんなら、連れてきて良かったか」
訳がわからない展開に、少しばかりの光明が見えた。
どうやら、ヤマメが宣伝したのは三女・リリカの様だ。
姉達に続きふわりと浮かびあがる彼女の声をかける。
「ちょっと、貴女! ヤマメになんて聞いてきたのっ?」
リリカはちらりと振り向き、先に行く姉達に届かない程度の大きさの声で答えを返してきた。
「水と音楽を司る神様? ともかく、それっぽいのがいるって聞いたんだよ! じゃねー」
手を振る彼女に、反射的に手を振り返してお見送り。
……した後に、頭を抱える。
私の能力に箸にも棒にも引っかかってないじゃないの……!
しかし、それはそれでヒントである事に変わりはない。
自らの置かれた状況を冷静に考えよう。
珍しく前向きな思考を働かせると。
なんかどかどかやってきた!
「水橋パルスィ! あんたを侮っていたわ! だからご利益頂戴っ!」
「れ、霊夢さん、仮にも博麗の巫女なんですから、彼女を拝むのはどうかと!」
「大丈夫よ、早苗! ウチの神様はフランクなの、ちょっと位浮気しても許してくれるわ!」
地霊殿騒動を解決した巫女と騒動の原因となった神の巫女――正確には違うらしい――がどたばたとやってきた。
「ご利益って、何勘違いしているのよ、私が与えられるのは嫉妬心位で……」
「えぇ!? じゃあ、お賽銭を増やす方法は知らないの!?」
「知るもんですかっ!?」
騙されたぁ、と崩れ落ちる赤巫女。そっとその肩を抱き、緑巫女が優しく語りかける。
「お賽銭がなくたって大丈夫ですよ、霊夢さん」
「えうぅ、でも、信仰心じゃお腹は膨れないのよぅ。香霖堂から貰ってる賄いも尽きてきたし……」
「あったんだ、貴女に神を敬う心……」
「ふふ、霊夢さんがそう言うと思って、ほら、神徳‘五穀豊穣ライスシャワー‘っ」
「だぁぁぁ、こっちに向かってスペルカード宣言しないでよ!?」
あと、貴女達は弾幕で腹が膨れるのか。
「早苗……っ、でも、私、女の子だから……」
「わかっていますよ、それ、奇跡‘ミラクルフルーツ‘っ!」
「何がわかってるのよ、ぅわ危なっ、だからヒトのいない方向に撃てー!?」
「あぁ、早苗、お嫁さんにして!」
「え、通じ合ってるの!? あ、穀物だけじゃなくて果物も欲しかったの? このスイーツめ!」
「ふふふ、この日の為に新しいスペルカードを練り上げておいたんですよ。嬉しいです、霊夢さん」
今明かされる新弾幕創造秘話。……うん、もう嫉妬心煽るのも煩わしい。帰って頂戴、貴女達。
「でも……『お嫁さん』は私がなりたいんですけどね……」
「何今更切なげな表情浮かべてんのよ。しかも、似合ってるし。妬ましい」
「あ、パルスィさん、神奈子様と諏訪子様が宜しくって仰っておりました」
へ? と情けなくでた咄嗟の声は、セルフライスシャワーの道を戻る彼女達に届かなかった――。
「部下の個性を奪うと聞いてやってきました」
「はぁ!? 部下って、あんたそもそも誰、暇人!?」
「これは申し訳ない。私は四季映姫・ヤマザナドゥ。閻魔です」
是は是はご丁寧にって、え、現場視察!?
「閻魔の部下……三途の船頭の事? 確かに役割的に似てなくもないかしら」
「小町がちゃんと仕事をしてくれれば私だって暇な訳じゃ……いえ、ともかく、其方ではありません」
「其方じゃないって、他に被る所なんてないと思うけど……?」
「――水橋パルスィ! 貴女はそう、少し自分を解ってなさすぎる! 悔い改めなさい!」
「い、いきなり何よ、や、ちょ、棒なんか取り出してにじり寄ってこないでぇ!?」
つま先立ちでぺしんと頭を棒で叩いてくる閻魔様。可愛くて妬ましい。
「痛っ、いきなり叩かないでよ!?」
「え、あれ? えいっ、えいっ!」
「痛い、痛いってば! 悔い改めるから止めて頂戴!」
「いえ、ソレはこの際余り関係ないのですが」
「関係ないの!? じゃあ叩いてたのってなんでよ!?」
「泣き声が聞きたくて……」
「貴女がいろいろ悔い改めろー!?」
叫んだら泣きそうな顔をされた。待て、どう見ても私が悪人じゃないか。
「凄くまっとうな事を言い返された……ぐす」
「あのねぇ……わかってんなら最初っからしないで欲しいわ……」
「幻想郷の方々ってのらりくらりと言い逃れたり、開き直ってばっかりとかなんです」
「え、さっきの嬉し泣き!? 貴女も大概な連中の相手してるのね」
「はいっ! ですから、早く裁かれに来てくださいね」
目をぐしぐしと拭い、とびきりの笑顔で死を願う映姫。ほんと色々悔い改めて欲しい。
「では、誤解も晴れたので私は帰りますね」
「『も』ってなによ、貴女、私の泣き声確認しに来ただけじゃない!?」
「そうでもないですよ。説教もさせて頂きましたし」
ひらりと舞いあがりながら、彼女はそう残し、去って行った――。
「ほら、お前たち、しっかり拝むんだぞ。他力本願ばかりは宜しくないが、なに、偶にはいいだろう」
「はぁい、慧音先生。えと、算数でいい点取れますようにっ」
「あ、じゃあ、ウチは国語の成績が上がって欲しいなぁ」
「ボクは理科ぁ! お願いしまーす」
あ……、あ、アホかぁぁぁぁっ! 連れてくるな! こんな処に! 普通の人間って言うか、子供をぉぉぉぉ!
「お前たち……歴史はいらんのか……そうか、ふふ、そうだよな、社会に出ても使い道がないモノな……上手い事言った」
「慧音、上手い事かどうかはともかく、泣くか笑うかどっちにしなよ。それに、なぁ、お前たち?」
「うん、妹紅さん! 私達、先生の歴史の授業大好きだから、お願いしなくたって十分だもん!」
「だとさ、良かったな、慧音。……慧音?」
「う、うぉぉぉぉんっ」
繰り広げられるハートウォームな光景。妬ましい。……青髪の慧音と呼ばれた美女の吠え声と、場所は除く。
「大体何よ、私に勉学云々をどうこうする力なんてないわよっ!?」
「……む? ふむ、確かに貴女の元来の姿にはそう関わりのない事かも知れんな。しかし、神とは様々な側面を持つと言う。故に」
「あー、ごめん、スイッチ入っちゃった。こうなると長いんだ。連れて帰るよ」
「云うとおり、長そうね……ん、なんかヒントがあったような……?」
「お前たち、願い終わったか? よし、んじゃ、面倒な奴らが来る前に戻るぞ」
子供達を腰にまとわりつかせ、既に誰も聞いていない解説を垂れ流す慧音の腰を担ぎ、妹紅と呼ばれた少女は浮き上がった。
「それじゃ、邪魔したな。懐かしい琵琶の演奏を聞いてみたかったんだが……それは今度に頼むとするよ」
「ビワ!? それに、ちょっと、面倒な奴らって――」
「私にしては、さ」
後者に対しての返答だけをし、彼女は子供や慧音の周りに防御陣を貼り、上へ上へと昇って行った――。
何なのよ……ほんとに……。
最初に訪れたルナサに運ばれた、平らな岩に腰を下ろし、独りごちる。
次から次へとやってきては、言いたい事だけ言って帰っていく。
彼女達の押しつけていった願いを思い出してみても、共通点は見当たらない。
ヒトリはそもそも泣き声なんてぬかしやがるし。
……いや、よくよく考えると、共通点はそのヒトリを除いて、ある。
彼女達は、私を何らかの神格と見なしていた。
しかし、その願いの分野が多すぎて、共通しているとは思えない。
それも私の思い込みなのだろうか。
最後に訪れた慧音は『神は様々な側面を云々』と言っていた。
ならば、順に思い返していけば、その神格へと辿り着けるのだろうか。
まずは勉学、次に泣き声……って、やっぱり閻魔、貴女は悔い改めた方がいい。
気を取り直して、もう一度思考をまとめようと――「あら、確かに、噂に違わぬ……」――する私に、声がかけられた。
妹紅の言っていた奴ね。今度は何を願うのかしら――投げやりになりつつ、視界を上にあげる。
と。
ひらりと降りてきたのは、美しい少女。
可愛い・綺麗な・麗しい……そんな形容詞を被せるのが滑稽なほどに、美しいとしか言い表せない少女。
もっと端的に、分かりやすく伝えよう。この私が、水橋パルスィが、妬ましいとさえ……。
「――っ! 貴女は……っ?」
『力』の源を断ち切られそうになる寸前、私は立ち上がり声を荒げ、問いかけた。
「私は輝夜。蓬莱山輝夜。こんにちは、美しい女神様」
此方の動揺など意に介さず、彼女は朗々と告げる。
途端。
言葉は力へと変換された。
「……のっ! それは、蔑みのつもり!?」
言葉と同時に、私は虚像を作り上げ、弾幕を形成する!
どす黒く燃え上がる焔が、私の全身を駆け廻る!
宣言したスペルカードが弾ける!
――舌切雀‘大きな葛籠と小さな葛籠‘っ!!
「受けなさい、私の妬みをっ!」
――面白いスペルね。でも、嘘には馴れているの。ねぇ、因幡?
――姫様にはそんなつかないじゃないですか。私にゃ無理ですからね、アレ打ち消すの。
――試してみないとわからないと思うけど。じゃあ、月因幡、お願いして……因幡?
――鈴仙、日々の永琳の毒が回っているみたいで……ほわんとなっていて戦力になりません。
「仕方ないわね……、難題‘蓬莱の弾の枝 -虹色の弾幕-‘っ!」
供の妖兎達から少し離れ、輝夜は優雅な動作でスペルカードを宣言する!
虚像が作り上げた大きな葛籠を、彼女の色彩豊かな無数の弾幕が貫いていく!
私は、にぃと笑う――かかったっ!
弾幕が勢いそのまま虚像を貫き、虚像は無数の実弾を打ち返す!
彼女に押し寄せる弾と弾の間隔は僅か数センチあるかないか、もう、避ける事すらできやしない!
「受けてあげてもいいのだけれど、ね」
触れる寸前、笑みを浮かべ、彼女は言った。そして――。
「……えっ!?」
『僅か数センチの間隔』の隙間を。
一瞬で完璧な経路でも割り出したかのように。
するするするりと余裕を持ちながら抜けていく。
「冗談……でしょう……?」
へなへなと力が抜け、ぺたんと岩場に尻もちを付く。
「残念ながら、大真面目よ」
気付けば、彼女はもう私の目の前にいた。
ぎりぃと奥歯を噛み、睨みあげる。
力は未だ体躯を廻るが、向けても仕方がないと心が訴えていた。
だが、私は己が存在の故、それでも彼女に抗う視線を向ける――妬ましいっ。
「ついでに言うと、挨拶の時も大真面目だったのよ?」
「挨拶の時……? あの言葉!? 貴女がどの面下げて他者を美しいと言うのよ!?」
「それは褒め言葉よね? ありがとう。――私の言う『美しさ』は容姿に限ったことじゃないけれど」
私の頬に白い手を通し、そのまま耳まで撫であげる。
「ん……っ。……な、に?」
「貴女は蜘蛛の娘が言っていた通り、容姿も正しく女神の様ね」
「だ、だから! 貴女みたいに美しい姿をしているモノにそんな事言われても――」
輝夜はくすりと笑み、背後にいる兎達に目配せする。
「そりゃま、普通はそうなんですけどね。あぁ、妬ましい。ね、鈴仙?」
「姫様は黒髪が艶やかで純和風の美しさ、パルスィさんは尖がった耳、波の様な金髪が美しい西洋的な美しさ……はふぅ」
「……因幡、その、『いいもの見たー』って顔、止めなさい。――どうかしら、橋姫様?」
どうかしら、と問われても。
えと、つまり、その。
私が、だから、輝夜と同じように、んと。
うつくしい……って、こと……?
ぼふんっと顔が赤くなる。
「な、違っ、私は別に、そんな事な、と言うか、貴女達の方が、だからっ!」
「ふふ、私はヒトリだけど貴女は虚像も作れるのだから、二倍美しいのかしら。妬ましいわ」
「そ、それ、私の台詞、とっちゃ駄目っ」
「おやまぁ、可愛らしい、兎詐欺も騙されそうな可愛さだ。妬ましいねぇ」
「あ、貴女の方が、もこもこの耳と尻尾があって、愛らし――」
「むぅ……姫様とてゐに褒められてる……妬ましいっ」
「う、うわぁぁぁぁんっ!?」
もう何が何だかわからない。
くすくすと笑い合う彼女達に涙目を向ける私。
その様を見て――輝夜は私を撫で、てゐと呼ばれた少女は背を摩り、鈴仙と呼ばれた少女は目元の涙を拭ってくれた。
――ふ、ふ、うふふふふふ……。
そんな時に耳へと聞こえたのは、此処よりも更に深い場所から聞こえてくるような、そんな笑い声。
私に戯れてくる輝夜達はまだ気付いていない。
回らない頭を無理やり動かし、私はその得体の知れない『力』を探ろうと妖力を伸ばす。
ソレに触れ、類似するモノを探す――これは、輝夜に似ている……?
「ひゃんっ!?」
私は小さく悲鳴をあげた。
輝夜達の所業ではない、その証左として、突然の声に彼女達は皆驚いている。
声をあげた理由は、触れた『力』の所為。なんか、私の妖力を撫でて摩って、頬ずりしてきた。
なんだその出鱈目な『力』の使い方!? あり得ないっ!
「あり得ない事を可能にするのが、私が天才と称される所以……」
声に。
『力』に。
その雰囲気に――輝夜達が振り向く。
「――永琳っ? ついてこれないようにしていたのに!?」
「具体的に言うと鋼鉄の鎖で雁字搦めにしてたよっ」
「でも師匠、何故か嬉しそうだったよね?」
永琳と呼ばれた笑う美女の、大体の扱いを理解した。こっちくんな。
「………とか、……だから…………」
くぐもった声。放たれている『力』は、輝夜と同等。または――ひぃ!?
「ウサギとか、好きだからぁぁぁぁぁっ!」
「や、いやぁ、こっちこないでぇ!?」
「難題‘蓬莱の弾の枝 -虹色の弾幕-‘っ! って、やだ、出ない?」
「姫様、さっきそれ使ってたじゃん!? うわ、姫様しか止められないのにっ!」
「と言うか、師匠、パルスィさんは兎じゃ、わぁん、聞いてないぃ!?」
引きちぎった鎖をそのまま体に巻きつけ、永琳は此方に向かってくる!
その様はまさしく獣、開かれた口からは理解できない咆哮があげられている!
あぁでも美人なのは変わらないから妬ましい、あ、久しぶりに妬ましいって――「きゃー!?」
叫びをあげたその時に。
糸の様な弾幕が。
私達ヨンニンを掠め。
暴走する永琳の四肢を力づくで絡め捕った!
「蜘蛛‘石窟の蜘蛛の巣‘っ!」
「GYAOOOOOOOOOOOOO!?」
「え……ヤマメっ!?」
左手に蜘蛛の糸を思わせる弾幕の残滓を漂わせ、右手にはお弁当。
そんな素っ頓狂な姿だけど、ヤマメは私を助けてくれた。
ほんの少しだけ、とくんと心臓が喚――。
「漸くお弁当作り終わってきてみたら、ヒトのハニーになにしてんのさ」
「何さらっと可笑しなことを言っているのよ!?」
「じゃあ、ダーリン?」
「論点が違うっ」
「あははっ」
言い争っていると、どごぉんと地底を揺るがす爆音が鳴った。
「今度は何よっ!?」
「あ、気にしないで。姫様のスキンシップだから」
「うわ、永夜返し三日月だよ。師匠、大丈夫かな……?」
視線を輝夜に向けると、微かに慣れ親しんだ感情が渦巻いていた。
……えいっ。
どっごぉぉぉぉんっ。
「え、あれ、何っ?」
「えと、確か、子の四つ!」
「二連撃!?」
「――阿呆、この機を逃す手はない」
「――――まだ続くわよっ!?」
結果、まだまだ続いた――「‘永夜返し -世明け-‘」。
『じゃあ、また会いましょう。美しい橋姫、可憐な蜘蛛』
『頬に血糊付いても美しいって、それどうなのよ……あ、一応、その、帰り道、気をつけてね』
『ふふ、ありがとう。大丈夫よ、まだスペルカードも大分残っているしね』
輝夜達一行が帰り、此処には私とヤマメしか残っていなかった。
ヤマメが持ってきてくれたお弁当をフタリでぱくつきながら、彼女に愚痴愚痴と文句を告げる。
「貴女の所為で今日はほんと、散々だったわよ」
「って言うと?」
「訳のわからない頼み事ばっかりされるし、閻魔には叩かれるし、果てには何でか兎扱いされるし」
お弁当は予想に違わず、緑色で満ち溢れていた。
そりゃ野菜は嫌いじゃないけど、何もご飯まで豆づけにすることないじゃない。
白と緑がこれじゃ三対七よ。もぐもぐ。
「閻魔と兎はわかんないけどさ、頼み事って、音楽とか富とか勉強じゃなかった?」
「よくわかったわね。……そうだ、結局、貴女は私をどう宣伝したの?」
「水橋パルスィは、名前の通り、水の神様の御親戚、音楽・福徳・学芸なんでもござれってね」
眉根を寄せて、わからない、と意思表示。
すると、ヤマメはにこりと笑い、付け足した――「ただし、仲良きメオトは近付くな。嫉妬の炎に焼かれるぞー」。
「え、それって……?」
「そ。まぁ嫉妬は日本独特のもんだけど、パルパルにはぴったりでしょ? ――弁才天さね」
「ちょ、ちょっと、そんな強い神格と一緒にしないでよ!?」
「いや、だから、親戚って事にしたんだけどね」
「そんな根も葉もない事を……!」
そうかなぁ、と首を捻るヤマメ。貴女、どれだけ私の事、買い被ってるのよ……。
「でもさ、一つだけ、タメな事はあるでしょ?」
「え、と、嫉妬心?」
「そりゃあっちにとっては後付けでしょ。そうじゃなくて、美しさ、だよ」
またもや顔が赤くなる。ぼふんっ。
「あああああ、貴女ねぇ! からかうのも大概にしなさいよっ」
「からかってないよ。パルパルはさ、もうちょっと自分が美人だって事を認識するべきだと思う」
「そ、そういう恥ずかしい事を真顔で……あ……」
閻魔のしていった説教が頭をよぎる――『貴女はそう、少し自分を解ってなさすぎる!』
ぼふぼふぼふんっ。
「おや、真っ赤っか。んー、でも、やっぱり『美しい』よ、パルパルっ」
「う、う、う……」
「うん?」
「うるさーいっ!」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
ヤマメと取っ組み合いを繰り広げていると、また上の方から影が降りてきた。
着衣を正し――って、うわ、凄いなこの服、ほんとに色々ぎりぎりだけど、ぎりぎりのとこでしっかりキープしてる。
なんて思っていると、ヤマメが耳元でごにょごにょと囁いてきた。
「え、そんな挨拶するの?」
「するの。私が見た本にゃ、そう書いてあった」
「で、でも、突拍子すぎない? と言うか、普通に変じゃ」
――ほらほら迷ってないで、もう来るよ。
ガイドの時もそうだったけど。
私はどうやら流されやすい性質らしい。
水にか。それとも、感情にか。それともそれとも、蜘蛛の絡め手にか。
ともかく、私は傍らの彼女が囁いた言葉を口にし、新しい来訪者を迎え入れた――。
「きゃる~ん☆ ようこそ、地底へ!」
<了>
こんなドタバタも出来る地霊殿組も良いですよね。
えーりんのあたりで思い至っても良さそうなもんだったけどなぁ。
「エクストラ」ももう随分と懐かしい作品になってしまいました。
でも面白かったです。
パルスィさんは黒谷さんとルナサ姉上にキュンキュンしまくりですね。
永遠亭は八意女史以外なんてアットホームというか鈴仙嬢がぷち苛めっ子で姫さま&てゐがお姉ちゃんみたいであぁもう色々堪らないので読み返して来ます。
パルパル可愛いよひゃっほう可愛いよパルパル。
個人的にはルナパルでも一向にk(ry
なんという弁財天繋がり、どうみても水橋スワティです本当にry
こんな話を創れるなんて妬ましいっ
なかなかおもしろかったです。
地上のやつらも面白かった。
このきゃんきゃん具合、面白すぎるw
俺の腐ったゲーム脳がスワティとは言っていたが真だったとは……
パルスィのイメージと弁天様は確かに合う。
よし、今から元ネタ調べてくる。
何人かの方が仰っている通り、パルスィの服のイメージは『小町の泣き声×2+兎の英訳+タイトル』です。
……服じゃねぇですね、アレ。
以下、コメントレス。
>>煉獄様
地底組の中で一番弄り易く、尚且つ突っ込みもできると言うマルチプルファイターと捉えています。
そう思って頂けると嬉しい限り。
>>9様
前後を会話文で挟んで、読み流しやすい様に細工はしていました(笑。
調べてみたら原作は15年前、私が知った土星版は11年前でした。歳をとる訳だ。
>>謳魚様
割と真顔で、解らない方がいいとお伝えします。まじで。
永遠亭組、ボケがフタリいるので、姫様とてゐは突っ込みに回らざるを得ないんです。いえ、そう言うのが好きなんでそうしているんですが。
>>13様
書いた甲斐があったってもんです。>>盛大に
あの台詞(口癖だそうです)はインパクト強過ぎ。
>>14様
元ネタwikiに辿り着けた発言をしてくださった方のお一人目。
すんません、種族:橋姫は神主様の創作だと思ってました(ケフ。
>>20様
楽しそう、と思って頂けて嬉しいです。冒頭はそれが目的なので。
地上組に関しては必要最低限の出番でしたが、珍しくテンポを狂わせず出せたかなと思っています。
>>諏訪子様信仰中様
思い出すだに、頭が溶けそうなタイトルですよねぇ……。
それをネタにしている辺り、お前が言うなのお言葉は謹んでお受けしますがががが。
>>30様
プリズムリバー(音)の段階で、弁才天は気付かれるかなぁと思っていました。
で、それだとオチが弱くなるので頭の片隅からあの台詞を引っ張り出してきたのですが、それすら読まれているとは!(笑
>>31様
元ネタwikiに辿り着けた発言をしてくださった方のお二人目。
それはともかく、地上組は音・福・学と弁才天の項目に列挙されやすい順に並べました。……もう少し捻っても良かったかなぁ、と。
この賑やかさが堪らないー
このパルスィの流され具合がwww