Coolier - 新生・東方創想話

私の従者 ―彼女の日記―

2008/11/29 19:35:52
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注:このSSは少し前の方にある『私の従者 ―最高の日―』の続編になります。そちらを読んでいない場合、登場するオリキャラや各部分の会話等分からないと思われますので注意してください。










夢を見た

まだ行ったことがないお外で、誰かと手を繋いで踊ってる夢

月の照らすその場所で、笑いながら

でも

相手の顔は、よく見えない

どんなに目を凝らしてみても、なんだかぼやけて見えるだけで

誰なのかは、分からない

それでも

私にとって大切な人だ、って事だけははっきり分かった

それだけでよかった

誰か、なんて分からなくても、大切な人が私の手を取ってくれるだけで

それだけで、嬉しかった

そして

私は願った

こんな楽しい時間が永遠に続いてほしい、と

それと同時に

月が、沈んでいった

それと同時に

手を繋いでる感触が薄れて

悲鳴が聞こえて

暗闇が辺りを飲み込んで

体がうまく動かなくなって

私はただ泣きじゃくって

そして

私は

黒く




















私の従者 ―彼女の日記―




















「――……!」



……あれ……?
ここ……私の部屋?


嫌な、夢……
んん、ちょっと頭が重い……
こんな夢、早く忘れちゃおっと……!

それより……私、寝る前は何してたんだっけ?
何だか、思い出せないや……


「フランドール! 目が覚めたか、よかった……!」

あれ? 魔理沙がいる。

「心配したんだぞ。何せ二日も寝っぱなしだったんだからな」

二日……? 私、そんなに寝てたの?

「フラン……!」

あ、お姉様もいたんだ。
ふふっ、最近は私の部屋が賑やかだなぁ。よし、あの子に頼んで紅茶を持ってきてもらおっ!





 ――とくん





あれ?

あの子?

あの子に、頼んで……?





 ――とくん





え? え? 何……?

なんで私……あれ、おかしいな。

何で私、泣いてるの?

泣くような事なんて無いのに。

何なのよ、もう。

私、どこか壊れちゃったのかな……?

私――

「――……魔理沙から大体の事は聞いたわ。あのメイドの事は残念だったわね」

……?

メイド……? 残念だった……?
何の事を言ってるの?


「でも、これに懲りたらもう勝手に部屋を飛び出そうなんて思わないことね。今回はお仕置きは無しでいいからよく反省なさい」

……ああ、思い出した。
私、部屋から出て魔理沙と遊んだんだっけ。
そっか、それで私、魔理沙に落とされちゃって、それで部屋に連れ戻されちゃったのか。
確か私がスターボウブレイクを撃って、それで……





 ――とくん





あれ?
それからどうなったんだったっけなぁ……

ああ、そのすぐ後に魔理沙が撃ったスペルで落とされちゃったのか。
む、やっぱり私、負けちゃったんだよね……
でも次は負けないもん!

「おいレミリア、ちょっと言い方がきついんじゃないのか?」

あれ、魔理沙ってば優しいじゃん。
私のこと庇ってくれるなんて、ちょっと嬉しいっ。

「家族の会話に部外者のあなたが首を突っ込んで欲しくないわ。……じゃあ私は行く。また来るわねフラン」

あ、お姉様、もう行っちゃうんだ。
仕方ないよね。お姉様にも都合とかあるわけだし。

「ったくレミリアの奴……。でもなあフランドール、お前を一番心配してたのは他でもないレミリアなんだぜ?」

え? そうなの?
むぅ、お姉様はもう少し素直になって欲しいな。
それなら私だって、もっともっとお姉様に甘えられるのに。
でも嬉しいな。
やっぱりお姉様は、私のお姉様!

「それで……フランドール。あの子の事は、本当に済まなかった……」

……?
あの子?





 ――とくん





誰の事を言ってるの?
あの子……うーん、分かんないなぁ。

「あの時私がもっとしっかりしてたら……あの子を守れたかもしれないのに……!」





 ――とくん





だから、何のことか分からないんだってば。
なんでそんな悲しそうな顔して――

「本当に、済まなかった……。名前、確か――」





 ――どくん





「誰それ? 私、そんな子知らないよ?」

「――? 何言ってるんだよ。だってあの子はお前の従――」





 ――どくん





「知らない。さっきから私の知らないことばっかり。ねぇ、何かもっと楽しいお話してよ」

「……っ! 知らないわけないだろ! 覚えてないなら教えてやる。お前の従者の『………』の事だ!」





 ――どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。どくん






「うあああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

「――! どうした!? おい、大丈夫か!?」

「あっち……行け……」

「……何?」

「あっち行け!! もう……二度と、来るなっ……!」

「なんだよ突然!? どうしたって言うんだ!?」

「うるさいッ! うるさい、うるさい、うるさいッ! あっち行けっ!!」

「……分かった。邪魔したな……」



ギィ……バタン



「……ハァ……ハァ……」


私は何も知らない……!

そう、知らないんだ……!

従者? 私の? 何それ?

あの子? 残念だった? 守れた?

全然、知らない……!全然、分からない……!


「………」


……いいや。何か、疲れちゃった。

もう、寝よう。

さっきまで寝てたけど、なんだか眠いし……

………










 ◆










 ――あはっ、楽しいね!

 ――ええ、とっても

 ――お外って、こんなに素敵な所だったんだ!

 ――はい、今日は特に月が綺麗ですね

 ――うんっ。まんまるのお月さま

 ――ええ。あれは満月というんですよ?

 ――まんげつ?

 ――はい。どこも欠けていない、完全な円形の月です。一ヶ月に一度しか見られません

 ――へぇー、じゃあ私たちラッキーだね!

 ――ふふ、そうですね

 ――あははっ、今日は最高の日っ!

 ――はい

 ――こんな時間が、ずっと続けばいいのにね




 とぷん……




 ――……あれ、何……?

 ――さ、寒い……

 ――ど、どうしたの!? どこか痛いのっ!?

 ――あ……あ……苦しい……! 助けて……!

 ――大丈夫!? ……あ……手が……っ

 ――……助……け……

 ――あ……やだ……! 消えないでっ……! 一人にしないでよぉ!!







 どぷん……







 ――ここは……どこ……?

 ――暗い……こわいよ……誰か助けて……

 ――やだ……一人ぼっちはやだよ……











『不様な姿ね……』



 ――……! あなたは……!

『私があの子を殺した、と言いたそうね。だとしたらとんだ筋違いだわ』

 ――……!

『忘れたの?あなたは私、そして私はあなた。私たちは二人で一つのフランドールという存在』

 ――違う! 私はあなたなんて!

『まだわからないの? あの子を殺したのは紛れもなくフランドール・スカーレット。私であり、あなたよ』

 ――! ……私が、殺した……?

『そう。あなたが殺したのよ。自分の手で』

 ――……私は……私は……

『……ねえ、もういいんじゃない? そんなに我慢しなくても』

 ――………

『相変わらず冷たいお姉様、邪魔ばっかりするパチュリーに咲夜、あなたも苛立ってるんでしょう?』

 ――そんな……こと……

『全部壊しちゃいましょう? そして、私達は王となる。すべてを思いのままに出来る、絶対の王に。私達の力なら、それが出来る』

 ――いや……やめて……

『耳なんて塞いでも無駄よ。言ったでしょう? 私達は二人で一つよ。あなたは生きている限りこの運命から逃れられない』

 ――いや……いやぁ……

『そしてあなたはいつかまたあなたの大切な人を壊す。それがあなたの運命よ――』















「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


ああ……

そうだ……


「あ……ああ……」


私には……

従者がいた……



「うぁ……いや……いやぁ……」



その

大切な

従者を



私は






ころ







 ――どくん!



「――ぁう……!? お、おえッ! げえェェッ……」


私は……

あの子を……不幸にしてしまった……



「げほっ! ごほっごほっ……!」



そうだ……私は存在するだけで、周りのみんなを不幸にするんだ……


「ハァ……ハァ……」


お姉様も、魔理沙も、紅魔館のみんなも……私はきっと不幸にする……


「………」


そんなの……いやだ……

……そうだ……

だったら、だったら私が――


「――いなくなっちゃえば……いい」


それで、みんなが幸せになるんなら……


「禁忌……『レーヴァテイン』……」


私は……それでいい……!





「……お姉様……魔理沙……みんな……」


あれ……部屋が、いつもと違って見える……
400年以上も前から見慣れてる景色なのに……不思議だね……


「……ごめんね……」


なんだろう……この『きーん』って音……
頭に直接響くような、そんな音……


「……これからも、元気でいてね……」


あ……私、また泣いてる……
ふふ、本当、泣いてばっかり……


「……そしてどうか……いつまでも……笑顔でいてね……」


そして……出来たら、私の事……忘れないでね……





「さよなら――」
「フランッッ!!!」



がしっ!


お姉……様……!?


「フランッ! あなた……あなた、何してるのよ!?」


ああ……お姉様……

私の大好きなお姉様……

私がいたら、お姉様も不幸にしてしまう……!

そんなことには……させられない!

「離してッ! 私は、存在しちゃいけないの!!」
「馬鹿なこと言わないで!!」
「馬鹿なことなんかじゃない! 生きていても、私はみんなを苦しめてしまう! みんなを悲しい顔にさせてしまう!」


私は……お姉様にだけはそんな事になって欲しくない!


「そして、みんなを不幸にしてしまう! だったら、私がいなくなればいい!! 私が死ねば――」
「――ふざけるな!!!」





 パァン!





「あ……?」


ほっぺたが……熱い……


「お姉さ……――」


ぎゅっ……



「フラン、ごめんなさい……あなたがこんなに、辛い思いをしていたのに……気付いてあげられなくて……!」
「………」
「でも、これだけは忘れないで……! あなたが死んでしまうなんて……私は……私は、耐えられない……」
「――……!」
「だから……だから、もう自分が死ねばいいなんて考えないで……!お願いよ……フラン……」

ああ……

お姉様は……私を必要としてくれる……

私に、存在する意味を与えてくれる……


「うっ……うっ……わ……たし、生きて……いても、いいの……?」

こんな私でも……生きていても……いいの……?

「当たり前じゃない……! あなたは私の……何よりも、他の何よりも大切な……私の妹なんだもの!」


お姉……様……



お姉様……


お姉様……!

「おねえさまぁぁぁ!! うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

「フラン……フラン……!」










 ◆










「フラン、落ち着いた?」
「うん……ありがとう。それと……ごめんなさい、お姉様……」

私はあれから二十分近く、ずっと泣いていた。
そしてその間、お姉様はずっと私の頭を撫でてくれていた。
まるで、私の黒い感情を洗い流してくれてるかのように……

「私の方こそ、あなたに謝らなくちゃいけない……。あなたが辛い思いをしていた時、何一つ助けてあげられなかったわ……」

そんなことないよ? お姉様。
私はあなたに、確かに助けてもらった。

「ううん、お姉様は悪くないの。悪いのは私」
「フラン……」

そう、これは私の弱さが引き起こした事。

「私は、恐がっていただけだった」
「恐がっていた?」
「うん。あの子がいなくなっちゃった事を認めるのを……恐がっていた」
「………」

そして私は心の片隅で、こう思っていたんだと思う。
――もし私が認めなかったら、まだなんとかなるかもしれない。帰ってきてくれるかもしれない。また会えるかもしれない――

でも……

「でも、私がそんな事を考えてたらあの子は、天国で私を見守ってくれてるあの子は、きっと安心できない」

そう、あの子はきっと私を見守ってくれている。
ちょっと青臭かもしれないけど、私はそう信じてる。

だから――

「だから私、受け入れる。フランソワの死を」
「フラン……」

フランソワが見守ってくれているのに、情けない姿なんて見せたくないから。

「それに、フランソワ、言ってたの。いっぱい笑ってる私が好きだ、って」

そして……お姉様にこれ以上、悲しそうな顔をさせたくないから……!

「私、もう大丈夫だよ。色々心配かけさせちゃってごめんね」

だから、いっぱい笑おう!

「……フランは、いい子ね。今のあなたを見て、きっとあの子もにっこり笑っているわ」
「うん!」

私に希望をくれた……フランソワ、あなたのように!






「あ……それとね、お姉様。あの、一つお願いしてもいい?」
「いいわよ。なんでも言って?」
「その……もう一回、だっこ……して?」
「うふふ、フランは甘えん坊さんね。……ほら」



 ぽふっ



「ふぁ……」
「……ねぇフラン?憶えておいて。どんなことがあっても、私はフランの味方よ。今も、そしてこれからも」
「……うっ……うっ、ありがとう……お姉様……」
「ほらほら泣かないの。あの子に愛想つかされちゃうわよ?」
「だってっ……うっ、ひぐ……お姉様のいじわる……」

「フラン……大好きよ」
「私も……ぐすっ、お姉様の事、大好き……!」



私はそのままお姉様の胸の中で眠りに落ちた。
温かい、胸の中で――
















 ――ふふっ、楽しいですね。ほら、見てください。月もあんなに綺麗

 ――………

 ――あれ、どうしたんですか?

 ――……私、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの

 ――そんなの気にしないで楽しみましょう? せっかくの満月の夜が勿体ないですよ

 ――ううん、どうしても伝えなきゃならない事

 ――そんな事どうでもいいですよ。さあ、一緒に踊りましょう

 ――私は……弱い。その私の弱さが、あなたを悪夢にしてしまった……。本当に、ごめんなさい

 ――……なんの話ですか? ……つまらないです

 ――だからこそ……私はあなたに伝える。あなたの主として、弱いままなのは嫌だから

 ――………




 ――……ありがとう。そして、元気でね! 『フランソワ』っ!




















 ――……いるんでしょ?



『……あら、よくわかったわね』

 ――前に会ったとき、運命からは逃れられない、ってあなた言ってたよね

『言った気もするわね。それがどうしたのよ』

 ――だったら私は、その運命から逃げない

『逃げない……?』

 ――今まで私は、色んな事から逃げてきた。外に出たい、と思っても努力する事から逃げて、誰かに理解されたい、と思っても深く関わる事から逃げて、大切な人の死を受け止める事から逃げて……そして、あなたから逃げてきた

『………』

 ――でも、私はもう逃げない。そして、負けない……! そんな運命、私は変えてみせる!

『……ハッ、運命を変える、ですって? そんな事は無理よ。何人にも運命に抗う術など存在しない』

 ――あら、忘れたの? 私のお姉様の能力を。尤も、この事で力を借りるつもりはないけどね

『……余り調子に乗らない方がいいんじゃない? 何も出来ずに終わった時の絶望が増すだけよ?』

 ――そうかもね。でも、そんな事にはならない。ううん、絶対にさせない。そして……私達は二人で一つなんかじゃない。私はフランドール・スカーレット。あなたを、許さない!


『……せいぜい頑張ることね。……また会いましょう――』










 ◆










「んん……」

目を覚ますと、私はベッドの中にいた。

「私、いつのまに……あ、お姉様……」

隣ではお姉様がすやすや寝息を立てている。
そっか。私あのまま寝ちゃって、お姉様がベッドに運んでくれたんだ。

ふふ、それにしても……
お姉様の寝顔、可愛い!
ありがとね、お姉様。私、もう負けないから!

私はお姉様を起こさないようにベッドを降りる。
と、そこには……



「あ……!」

ベッドにもたれかかって寝ている魔理沙。
そっか、また来てくれてたんだ……!
でもあとで謝らなくちゃね……私、ひどい事言っちゃったから……

私は魔理沙に何か被せてあげようと思って、クローゼットに目をやる。



「――!」

テーブルの椅子に――

「咲夜、パチュリー……!」

棚に寄りかかさって――

「こあちゃん……!」

最後に床に大の字で――

「美鈴っ……!」



私の部屋にみんなが集まるなんて、今まで一度も無かったのに……!
ううん、その前にパチュリーとこあちゃんと美鈴に至っては、指で数えられるくらいしか来たこと無いはずなのに……


「みんな……」


でも……みんな、来てくれた……!
それぞれに理由は違うかもしれないけど、ここに来てくれたんだ……!

嬉しい!


「ありがとう……!」

私はクローゼットからあるだけの服を取り出した。
もちろん、みんなに被せてあげるため。


まずは一番近いこあちゃん。

「くー……くー……」

こあちゃん、ありがとね!

 ――ぱさっ……

ふふ、頭の羽がぴこぴこ動いてる……!
前から気になってたんだけど、この頭に付いてる羽って、なんか意味あるのかな?

……んー、まぁいいや。次は咲夜。


「すぅ……すぅ……」

咲夜、ありがとね!

 ぱさっ…

こうやって近くで見てみると……咲夜の髪の毛、すごく綺麗。まるで本物の『銀』みたい。
……ちょっと、触ってみようかな……


「んぅ……」

……!

「んふぅん……」


……やめとこ。
さて、次はパチュリーね。


「………」

……身動きどころか寝息一つ立ててないけど……生きてるよね……?

「……~~……」

ん?
何か言ってる……寝言?
なになに……






――あっ……ダメよ……そんなこと……あぁ……あふぅ……――







「………」

 ぱさっ……

深く考えるのはよそう……
とりあえず、ありがとうパチュリー!

次は魔理沙。


「すー……すー……」

何だか不思議……
ほんのちょっと前に会ったばっかりなのに、あなたがここにいるのがちっとも不自然に感じない。
そう、もうずっと前から知り合いだったような……

「んむ……~~」

あれ、魔理沙も寝言?
どれどれ……







――いいじゃんか……減るもんじゃないし……ほらほら……こんなに……――








「………」

……魔法に携わるとみんなこういう寝言を言うようになるのかな……?
んん、やっぱり深く考えるのはよそう……

ありがとね、魔理沙!

 ぱさっ……



「あ……」

いけない。服、無くなっちゃった。こんなに少なかったっけなぁ……?
まぁいいや。それより美鈴の分、どうしよう……

「んーんと……」

代わりになる物、代わりになる物……――


「――お!」

テーブルクロス! これしかない!
よくよく考えたら私の服より大きいから、こっちの方が豪華かも。よかったね美鈴!

じゃあ早速テーブルの上を片付けて――

「――……?」

あれ……? 何だろう、この本。
パチュリーの魔導書……はパチュリーが持ったまま寝てるし……

あ、表紙に何か書いてある。えーと……


『Diary』


日記帳? でも、誰のだろう……

お姉様……なわけないか。絶対日記なんて付けそうもないし。
魔理沙、もないな。わざわざ日記帳を持って紅魔館に来る意味がない。
パチュリーも違うっぽい。そんなの時間の無駄、とか言いそうだもん。
となると咲夜か……うん、十分あり得る。真面目だし。
あ、こあちゃんも書いてそう。
……と思わせといて、実は案外美鈴だったりして。


ん……? 待てよ……

そもそも私の部屋に自分の日記を持って来る意味なんてあるのかな?
日記帳なんて、普通自分の部屋から絶対持ち出さないよね……?

うーん……

気になる……

すっごい気になる……

滅っ茶苦茶気になる……!


「………」

ま、いっか。


覗いちゃっても!



――ぱらり……





『執筆者:フランソワーズ・アン』





「――え……!」

これって……

フランソワの、日記……!?
なんでこんな物が、私の部屋にあるの?

「………」

それより……

この日記、やっぱり私の事とか、書かれてるのかな?


ごめんねフランソワ、ちょっと覗き見させて。










 ◆










 ぱらり……



○月a日 晴れ

明日から私は晴れて紅ま館のメイドです!
うーん、感げき! ずっとあこがれてたメイドふくにそでを通せる日が来るなんて……
それにあたって、これからは毎日お仕事が終わった後に日記をつけようと思います!
あ! この日記をのぞき見しようとしてるそこのあなた、だめですよ! 次はゆるしませんからね!



「あはは……」

ごめんごめん……
でも普通、日記にこんな事書くかなぁ。



 ぱらり……



○月b日 晴れ

私は今日、運命の人に出会いました! その名もフランドール・スカーレット様です!
きんきらの羽、金ぴかのかみの毛、天子のような顔、ぷにぷにほっぺ(さわったわけではないです)、まさにパーフェクト!
でも、きれいな赤い目からは深いかなしさが見えました……
そこで私は思いました! 私のすべてをかけてフランドール様のかなしさをうれしさとか楽しさに変えてみせよう! それでいっぱいいっぱい笑ってもらおう!
そんな事を孝えてたらテーブルに引っかかってコケました……
でも私はくじけない! がんばれ私!



「ふふっ……」

フランソワ、ホントに真っすぐな性格だね。
てゆうか、ぷにぷにほっぺってなによ……



 ぱらり……



○月c日 雨

二日目にしてまさかの新入者! ちなみに私は会いませんでした。
紅ま館でもトップ5に入る気がするメイリンさんをなんたらパークとかいう技でフッ飛ばし、パチェリー様の大事な本を引ったくっていきました……
後で先パイに話を聞くと、私が来る前にあったことを話してくれました。
何をかくそう今日の新入者のキリ雨まりさ……おじょう様に土をつけた奴だったんです!
あまりのおどろきに少しもら■■■■ とにかく明日もがんばります!



そっか、この時聞いた話を私にしてくれたんだ。
でも、パチュリーの名前間違えてる……



 ぱらり……



○月d日 雲り

今日はとにかくさんざんでした……
おじょう様がお出かけなされたんだけど、メイド長まで行くからさぁ大変!
ただでさえ多い仕事が一人いないだけで2倍くらいに感じました!
ロクな休けいも取らないで動き回ってたけどどうしても終わりません……
そこへ帰ってくるメイド長。
私を合わせて15人がナイフのサビにされました……
『あら、あなたは人間だったわね』
とか言ってナイフの裏側が当たるように投げてくれるのはありがたいけど……それはそれでものすごく痛いです……

ちなみにあんまり関係なさそうなメイリンさんはハリネズミも真っ青なくらいナイフをぶら下げてました。
こんなジャック・ザ・リッパーもはだしでにげ出すような一日だったけど、今日もフランドール様はかわいかった!
そうそう、フランドール様の食事の運ぱんは私の正式な仕事になりました!
昨日みたいにそそうしないようにがんばります!



これも話してくれたっけ。
ハリネズミも真っ青って……美鈴も大変だなぁ。



 ぱらり……



○月e日 雲り

今日もさんざんでした……
先パイ達とろう下でそうじしてたら、表れたのはキリ雨まりさ!
先パイたちが抵こうしてるから私もバケツとか投げました。
その後奴がマスタード! って言ったのまでは聞き取れたけど、気付いたらフッ飛ばされてました……
終わりかけてたそうじは増えるわ体はガタガタだわで、私もう逝っちゃいそうです……
こんな私をいやしてくれるのはやはりフランドール様!
なんだかあの方を見ると、元気をもらえるような気がします!
まだほとんどお話ししたことはないけど、もし声を掛けてもらえたらしっかりお返事しなくちゃ。
よし、明日もがんばろう!



「ふふ……」

あひゃ! がしっかりしたお返事?
それに、マスタードとか……聞き間違えすぎ!



 ぱらり……



○月f日 雨

大ニュースです!
今日、初めてフランドール様が話しかけてくれました!
しかもなんと三十分近くも話してしまったという私は何という幸せ者! 明日辺り暗がりに注意しないと……
あまりに私が帰ってこないことに、先パイが私の部屋でお線香をたいてたけど、何のことだか分からないから特に気にしないようにします。

今日は私のインデペンデンス・デイ!
今の私ならきっとあの天井まで飛び上がれる!
……とか思ってジャンプしてみたけど、ギリギリ20メートルくらい届きませんでした。
うーん、ふみ切りのタイミングがまずかったのかな?
まあそれは置いといて、私は今すごく幸せです!
この幸せがいつまでも続きますように……



あの日の日記だ……!
私とフランソワが、初めてお話しした日……!
そっか、あれからまだ10日とちょっとしか経ってないんだ……



 ぱらり……



○月g日 晴れ

今日もフランドール様といっぱいお話しました!
お昼を持っていったとき、今まで見たことがないようななやみ顔のフランドール様。
でもやっぱりこの方には元気いっぱいの笑顔をしていてもらいたい!
さし出がましかったかもしれないけど、私は私の思ったことを伝えました。
すると、次に会ったときにフランドール様は万面の笑顔で、あなたのおかげ、と言って下さいました!
実はあの時、すごくうれしくて、ホントに泣きそうでした。
でも私が泣いたらフランドール様がせっかく笑顔でいてくれるのをジャマしちゃうんじゃないか、と思いなんとかガマンしました!
私やれば出来る子!
ついでに今日キリ雨まりさが来たけど、ついででしかありません。
とにかく今、私は本当にじゅう実しています。
こんな幸せがいつまでも続きますように……



「うん……」

あの日は色々助けてもらっちゃったね。
初めてお話しした次の日だったけど……
思い出してみても全然そんな感じがしなかったなぁ……



 ぱらり



○月h日 晴れ

今日はフランドール様とあんまりお話が出来ませんでした……
なんとか話題を出そうと思ったけど、明らかに不自然な物しか思いつかなくて、あげくの果てに
「ツチノコってホントにいると思いますか?」
なんて意味のわからないことを聞いてしまいました……
帰ってきた答えは当然「知らなーい」というまったくきょう味なさげな一言……
ああ、私のバカ!
結局そのあとも特に話しかけてもらえなかったです。
でも、あせるな私!
明日には明日の風がふく! あと、今日メイド長と少し話をしたんだけど、
「あなたは竹で頭をカチわったような性格ね」
と、笑いながら言われました。
メイド長……こわいです。
ついでに今日もキリ雨まりさが来たけど、やっぱりついででしかありません。
明日はフランドール様といっぱいお話できるといいな。



「あの時かー……」

さすがに意味分からなかったよ。
でも、色々考えてたんだね。



 ぱらり……



○月i日 雲り

私が紅ま館に来て一週間、今日も色んなことがありました。
まず最初は、おどろき!
フランドール様の部屋に行ったら、なんと大の字になってたおれているではありませんか!
私は一しゅん意式が飛びかけましたが、元気な声を聞いたら私の早とちりだと気付きました。
てゆうか令静に孝えたら私、お返事されたから部屋に入ったんだった。まだまだ修行が足りません……
ちなみにフランドール様が大の字になってた理由は、体を動かしたくなる時がある、だそうです。
次は、よろこび!
そのあとフランドール様とはくれいライムの話をしたんですが、話の内容に二人で大笑い!
フランドール様の笑顔を見られるのは本当にうれしいです!
最後に、哀しみ……
今日もおじょう様はメイド長と一諸にお出かけです。
そして私達はまた仕事のあとにナイフのえじきにされましたとさ…

最近はすごく色んなことがあって、この日記を書くのが楽しくて仕方ありません!
こんな幸せがいつまでも続きますように……



「ふふ……」

あの時はホントにおもしろかったなぁ。
それより……名前、また間違ってる!
魔理沙と会う二日前にお姉様に聞いたら『ライムじゃなくて、れいむ、よ。』って言われちゃったのよ?
すっごい恥ずかしかったんだからね!



 ぱらり……



○月j日 雲り

今日はフランドール様と私のふるさとの話をしました。
あんまり語るような特ちょうがないふるさとだけど、フランドール様は私の話をきょう味深そうに聞いてくれました。
ここまできょう味を示してくれるとは思わなかったからうれしいです!
それと、昨日と同じく、
「お姉様って今日も元気にしてるかなぁ~」
と言われたので、
「はい、元気にメイド長と出ていかれました!」
と答えたらいきなり落ち着きをなくしておいででした。
……私何か悪いこと言っちゃったかな?

ちなみにそのあと、私は今日もナイフの的になりました。
頭は守る! と思って構えてたら、両足の向こうずねにクリーンヒット!
むしろ刃の方がマシじゃないか、と思うくらい痛かった……
メイド長、怖いです……




「うん……はっきり憶えてるよ」

山と山の間にある、森に囲まれた小さな村、って言ってたよね。
私はお外に出たことないからあんまりピンとこないけど、きっと素敵な所なんだろうなぁ。
私いつか行ってみたい……!



 ぱらり……



○月k日 雨

今日はフランドール様とあんまりお話できなくてざんねんでした……
さらに、朝食を運んだときに、おじょう様が元気におやしきにいることをお伝えしたら、ためいきを付かれてしまいました。
うーん……やっぱりこのやりとりにはふかい意味があるのかもしれません。
何気ないあの言葉の裏には深そう心理をさぐるものがあって、その日その日によって的かくな答えを私にもとめているとか……

ありえる……!

そうと分かれば敵当な答えはきんもつです! よーし、次からはきたいに答えなきゃ!

ついでに今日は雨の中わざわざキリ雨まりさが来ました。
名字に雨が入っているだけあって、雨が好きなのかもしれません。
うーん、どうでもいいですね!
とにかく明日、フランドール様のあの問いかけにバッチリ答えられるようにがんばります!




「あはは……」

そんなわけないじゃん。
私はただお姉様の予定を知りたかっただけなのに……深く取りすぎだよっ。
でも、やっぱりフランソワは色々考えてたんだね!



 ぱらり……



○月L日 晴れ

私は今日、人生最大の失たいをおかしました……
なんと……ねぼうしてしまったのです……
フランドール様の所には先パイが朝食をおとどけしたみたいです……
そして私はというと、ねぼうのバツとして一日草むしりをさせられていました……
ああ……こしがいたい……

フランドール様の顔を見ることができなかった今日の私を何かにたとえるなら、そう……『飛べないブタ』といったところでしょうか……
明日もねぼうするといけないから今日は早めにねることにします……
フランドール様、申し訳ありません……




「なるほどね……」

だからこの日は来なかったんだ。
うーん、文字から憂欝な空気が滲み出てる……相当ショックだったんだね。



 ぱらり…



○月m日 雨

二日ぶりに見るフランドール様はまるで女神アテナのようでした!
そして、今日はれいの問いかけにバッチリ答えられましたよっ!
あんまりうれしかったから書いちゃいますね。↓

「あ、おはよう! 昨日はどうしたの?」
「おはようございます。昨日は私……がしんしょうたんでした」
「……ま、いいや。あ~今日もお姉様は元気かなぁ~」
「おじょう様は本日、ごうけんに旅立たれました。まるで英ゆうアリストテレスのごとく!」
「……とりあえずお姉さまはお出かけしたのね?」
「ぎょ意!」
「そう、ありがと!」(万面の笑顔でした!)

どうですか! これは完ぺきでしょう?
日記だけだとイマイチあらわしづらいけど、最後の笑顔を何かにたとえるなら、
『ラフレシアのような笑顔』
です!

よーし、このちょう子で明日もがんばろう!




……こんな裏があったんだ。
なんだかよくわからない単語が多いなぁ。



 ぱらり……



○月n日 晴れ

今日はショックなことだらけでした……
ますば朝食を運んだ時。
いつものやりとりでがっかりさせてしまいました…
うーん、やっぱり『プラトンのごとく』より『ソクラテスのごとく』にしとけばよかったです……
次に昼食を運んだ時。
私はフランドール様の『めいそう』を二回もジャマをしていました……
ああ、私なんであの時あんなにはしゃいでたんだろう? 私のバカ……
最後に夜。
今度こそは卍解しようと思っていたんだけど、今日はおじょう様とご一緒に食事をするという事で、メイド長がご飯を運びました。
あまりのショックに私は失敗ばかりで、先パイにすごくしかられました……
ああ、今日はもう早めにねよう……




「いやいやいや……」

プラトンもソクラテスも全然関係ないよっ。
この日は私が盗み聞きした日かぁ。
ふふ、瞑想……か。フランソワじゃなかったら絶対怪しまれてたね!



 ぱらり……



○月o日 晴れ

昨日がさんざんだったせいか分からないけど、今日はすごくすてきな一日でした!
私が朝食を運んだ時、フランドール様が、
「昨日はごめんね!」
と言ってくださいました。
私なんかに色々気を使ってくれて、ホントにうれしいです!
ここに特ひつするような話題はなかったけど、私が食事を運ぶたびにフランドール様は笑顔で話し掛けてくれます。
やっぱりフランドール様のそばにお仕えすることができてよかった、と改めて思いました!

もし今の私が望むものがあるとしたら、一つだけ。
それは、『フランドール様の従者』になることです!
紅魔館(字、おぼえました!)に仕え始めてまだ二週間もたたない私がこんな事を望むのは生意気かもしれません。

でも、どんなに時間がかかっても、私はフランドール様の従者になりたいです。
そしていつか、一緒に月夜の幻想きょうでお散歩したりダンスしたりご飯を食べたり……
うーん、私ちょっと高望みしすぎかな?
でも、私は今幸せです。
フランドール様が会ったころより話し掛けてくれる、そして笑ってくれている。それだけで、私はホントに幸せです!
こんな幸せな日々がいつまでも続きますように……




「フランソワ……」

私、嬉しいよ。
あなたにこんなに想って貰えてて……




 パタン……



「ふぅ……」

日記は……この日までだね。
だって次の日に、フランソワは……

「………」

っと……駄目駄目。
泣いてばっかりいたらフランソワを不安にさせちゃう。
そう、笑わなきゃね!

そうだ。この日記、これからは私が使おうかな。
けっこう厚いからまだまだ書けそうだし……
よし、決めた!
早速今日のことから書いてみよう!



 ぱらり……



「え……?」


日記が……書かれてる……?
ううん、これ、日記じゃなくて……


「フランドール様へ……これって……!」

私に宛てた、手紙…?






―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



『フランドール様へ』



今日は、私がフランドール様の従者になった日。

そのあまりのうれしさに今こうしてペンを走らせています。

今日は私にとって、最高の日になりました。

そう、今日は私の望みが叶った日です。

こんな私だけど、フランドール様のために尽くさせて頂きます!

今の私は咲夜さんみたいに立派じゃないけど、もっともっと努力して、フランドール様の従者にふさわしくなって見せますからね。

最後に、私はどんなことがあってもフランドール様の味方です。

誰がなんと言おうと、フランドール様の味方です。

それだけは、忘れないでくださいね!







○月p日 フランソワーズ・アン




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「………」



読んでいる間、私はフランソワが背中から抱き締めてくれている気がした……

「……ぐすん……」

受け入れるって、決めた筈なのに……

笑顔でいようって、決めた筈なのに……

私……

やっぱり私、淋しい……

淋しいよ……フランソワ……



「――フラン」


……!

お姉様……?



「私もその日記を読ませてもらったわ……。あなたへの愛情がひしひしと伝わってくる、そんな日記ね……」
「うん……」
「でも……それを見ていたら私は自分が恥ずかしくなった……」
「え……?」
「あなたと一番永い時間を共に過ごした私は、今まで一体何をしていたのか? って、ね」
「………」
「自分の事を情けなく思うのと同時に、私はあの子に嫉妬した……。それでその結果、あなたが目を覚ましたときに冷たく当たってしまったわ……。ホント、姉失格ね……」

「そんなこと――」



そんなことないよ、と言おうとした私は、お姉様にぎゅっと抱き締められた。



「フラン……もう一度だけ言わせて。こんな私だけど……私は、どんな事があってもあなたの味方よ……!」

「お姉様……うん!」

お姉様は、やっぱり私のお姉様だ。
私が立ち止まってしまう度に、私の手を優しく引いてくれる。

それだけで、私は――





「――おいおい、『私達』の間違いだろ?」





「「……え?」」

びっくりして体を離す私とお姉様。

この声は……

「ん、もしかしてタイミング悪かったか?」
「ええ、最悪よ魔理沙……!」
「まぁ気にすんなって! 別にそのままで良かったんだぜ?」
「っ……! いちいちうるさい白黒ね……!」

睨んでるお姉様を余所に、頭の後ろで手を組んでにやにやしてる魔理沙。
本当、図太い性格……

「てゆうか、いつから起きてたの?」
「ん? いつからかって?」

魔理沙は私の被せた服を右手に、すっと立ち上がった。

「優しい誰かさんがこいつを被せてくれた時から、な!」

右手の服をひらひらと横に振って私にウインクする魔理沙。
うう、恥ずかしい…!

「むー……お姉様、何か言ってやってよ! ……お姉様?」

そんなお姉様はというと、なんだか鋭い目付きで部屋を見回してる。

「どうしたの……?」
「なるほど……全員同じタイミング、って訳ね……!」

……え? 全員?

「いつまでも寝たふりしてないでとっとと起きなさい!」





「……気付くのが遅いわよレミィ?」

「申し訳御座いません、お嬢様。邪魔をするのは不粋かと思いましたので……」

「てへへ、私も咲夜さんと同じですっ」

「すか~……」



「み、みんな!」



うそ……! みんなも起きてたの!?
うぁ、恥ずかしいよ……

……ん?
美鈴だけはそのまんまだ……

あ、お姉様が近づいて、大きく息を吸って、足を上げて……





 ゴシャッ!

「てべぼ!!」

顔面に踵落とし……!
うわー、あれは痛いね!

「あがが……! 一体何が……って、おぜうさま!?」
「私を無視するとはいい度胸ね美鈴。そんなに寝たふりが好きなら永遠にさせてあげてもいいのよ?」
「なななな何のことですかっ!?」
「ほう……とぼける気? ホント、いい度胸だわ。咲夜っ!」

咲夜を呼ぶと同時に親指だけ立てた右手をくるっと下に向けるお姉様。

「……畏まりました、お嬢様。妹様、服を被せて頂いて有難う御座いました」
「あ、うん」

咲夜は持ってた服を私に渡してお辞儀をすると、どこからともなく大量のナイフを取り出した。

まさか……あれ全部刺すつもり?
いやいや、さすがにそれはないよね……? だって軽く見ても三十本くらいあるし……

「な、何かの誤解ですっ! 咲夜さぁ~ん、助けて下さい~……」
「すぐに終わるわよ。すぐに……ね」
「ひえぇ~!」
「はっはっは! 災難だなぁ中国!」
「ちょ、魔理沙さん! 笑ってる場合じゃ……あぎゃあああぁぁ!!」


すご、全部刺したよ……!
何の躊躇いもなくザックリ行ったよ……!
なるほど、これが日記にあった『ハリネズミ』ってわけね……!

「か……かきくぐげ……」

うわ、血が水溜まりみたいになってる……! 放っといていいのかな……?

「ねえねえパチュリー、あれって大丈夫なの?」

まるで興味なさげに眺めてるパチュリー。
よくここまで落ち着いてられるなぁ……

「大丈夫ではないわね。その内出血多量でショック死するわ。あ、服ありがとうね」
「ああ、どういたしまして……って、駄目なんじゃん」
「そうね……はぁ、仕方ない」

面倒くさそうにそう言って、ハリネズミ美鈴にふよふよと近づくパチュリー。

「やりすぎよ咲夜……」
「大丈夫ですわパチュリー様。蘇生出来なくなるギリギリ一歩外で止めておきましたので」

へぇ、そうなんだ……さすが咲夜。

「あらホント。じゃあ私は必要ないわね」

あれ? 美鈴そのまま放置?
うーん、死なないことは死なないんだろうけど、今日は…ね。

「パチュリー、治してあげようよ」
「あら、どうして?」
「せっかくみんなが私の部屋に来てくれてるから、一応ねっ!」
「……そうね。わかったわ。咲夜、刺さってるナイフを抜いてくれないかしら?」
「既に抜いておきましたわパチュリー様」
「さすがね。じゃあ治すわよ」

パチュリーが詠唱し始めると、美鈴の傷がどんどん塞がっていく。

おー、すごい……
さすがパチュリー。




「ふふっ、フランは優しいわね」
「えへへ……でもお姉様、あれはちょっとかわいそうだよ」
「はっはっは! あいつをあの剣で黒こげにした奴の言う台詞か~?」
「う、それは……もう!魔理沙のいじわるっ!」
「はっはっはっは!」


私の頭を撫でてくれながら優しく微笑むお姉様。

陽気に笑う魔理沙。


「あはははは……! はっ、はははは、わ、わらい死ぬ~」
「小悪魔、あなたさっきから笑いすぎよ?」
「だ、だって『てべぼ』って……ぷあはははは!」
「……ぷぷ……た、確かに……」


さっきから大爆笑のこあちゃん。

釣られて笑いそうなのを堪えてるパチュリー。


「ひどいです咲夜さん……ホントに死ぬとこでしたよ!?」
「あら、でも死にはしなかったでしょう?」
「そういう問題ですか……」
「そういう問題よ」
「あはは……そこまではっきり言われると言い返せません……」
「ふふ、それでいいのよ」


苦笑する美鈴。

クールに笑う咲夜。


「………」


私の部屋に、みんなの笑顔がある。

少し前までは、こんな事考えられなかった……

これも、あなたのおかげだね? フランソワ。

私、大事にするよ。



あなたが私にくれた、この『きっかけ』を――



「みんな……ちょっと聞いて」


みんなが私を見る。


「お願いしたいことがあるの……!」


すごく緊張する……

でも、伝えなきゃ……!

だって『思ったら行動』、それが私だもん!




「私、お外に出たい……!」

「――! フラン……それは……」


大丈夫。わかってるよ、お姉様。


「うん、わかってる。今のままじゃ私はまだお外に出られない……」


でも、行動しなくちゃ何も始まらない。


「だから、みんなに色々教えてほしいの……! 私がお外に出ても大丈夫なように……!」


そして、これはその第一歩!


「私、頑張る! 時間が掛かっても、上手くいかなくても頑張る! だから……――」
「――乗った! フランドール、私はお前に協力するぜ!」

「――! 魔理沙……!」

「私も構わないわ。その代わり泣き言は聞かないわよ?」
「私もパチュリー様の助手って形でお手伝いしますよ~」

「パチュリー! こあちゃん!」

「もちろん私も協力しますわ。立派な淑女にして差し上げます」
「私もですっ! ……って言っても私は武道くらいしかありませんが……とにかく頑張りますっ!」

「咲夜っ! 美鈴っ!」



嬉しい……!

みんなが笑顔で、私に応えてくれる……!


でも……



「………」

私はまだ、一番聞きたい人の声を聞いてない……!


「お姉様……」


さっきから一言も喋らないで俯いたままのお姉様……


「駄目、かな……?」
「………」


顔を上げてくれない……
やっぱり……反対なのかな……?
みんなが賛成してくれても、お姉様が反対なら……私は――


「――おいレミリア、なんとか言えよ。黙ってちゃ何も分からないぜ?」

「――! く、来るなっ……!」
「フランドールはお前の言葉を待って――……! レミリアお前……!」
「う、うるさいっ……! 見るな、馬鹿っ……!」

え……?

お姉様……泣い、てる……?

お姉様が泣いてる姿なんて、今まで一度だって見たことなかったのに……

私が、泣かせちゃったのかな……?

私が……お姉様を困らせちゃったから……


「……それは違うわ」
「――! パチュリー……でも……」
「レミィの所に行ってあげなさい。そうすれば分かるわよ」
「……うん!」


何だろう……パチュリーがそう言うと、すごく説得力がある。
そういえば、前にお姉様が言ってたっけ。パチュリーは親友だ、って。
そっか……! 親友って、こういう意味だったんだ! そう、話さなくても相手のことを理解しあえる間柄。
私にも、いつか出来るかな……?

……と、それはひとまず置いといて……



「お姉様……」

「……フラン……」

んん、どうしよう……? なんて声を掛けたらいいのか分からない……。いつもは気軽にお話してるのに……
でも、ここで黙ってても始まらないよね……!

よーし……



「フラン「お姉様……私」」




……!



「「………」」

うぅ、タイミング悪いよ私……!
ますます切り出しづらくなっちゃった……







「……はぁ……まったく世話の掛かる姉妹だわ……」




ん……?

――ぱかん

「てっ!?」

――ぱこん

「いたっ!?」


……な、な……!


「「何するのよパチェ!」パチュリー!」

……!

「「あ……」」

「ハイハイそのまま続ける」


むぅ……
悪い空気を払ってくれたのはいいんだけど、何も本の角で叩く事は……

「――フラン」

「あ、うん。何? お姉様」

「泣いちゃったりしてごめんね。私、嬉しくて……」

「嬉しくて……?」

「ええ。何かの目的の為に努力しようとするあなたの姿勢が、本当に嬉しかったの」

「え……じゃあ、お姉様は反対じゃないの?」

「もちろんよ。フランと一緒に幻想郷を飛ぶこと、それは私の願望でもあるわ……!」

「――! お姉様……!」

「私も出来る限り協力する。一緒に頑張りましょう、フラン!」

「うん! ありがとうお姉様っ!」


 ――ぱふっ


「わ、フラン……! みんなの前よ……!?」

「えへへ、関係ないもんっ!」

「もう、しょうがないわね……」









「へへ、これで晴れて満場一致ってわけだな!」

「ふぅ……明日から忙しくなりそうだわ」

「一件落着ですね~!」

「………」

「さ、咲夜さんが泣いている……!」

「……黙りなさい美鈴。挽肉にされたいの?」

「ひっ!? す、すみませんっ!」









「ねえ、お姉様?」

「ん、何? フラン」

「今更だけど、ちょっとだけ恥ずかしいね……」

「確かに……。じゃあそろそろ……」

「うん。まただっこしてね!」

「もちろんよ」








「……と言う訳で貴女たち、手抜きなんかしたら私が承知しないわよ!」

「よっしゃ任せとけ!」

「私が手抜き? 笑えない冗談ねレミィ……」

「心配ご無用ですわ、お嬢様」

「頑張ります~!」

「信念と情熱ですっ!」



「みんな……ありがとう! みんな、大好きっ!!」




















 後日談




















 ぱらり……



○月q日

フランソワに報告!
今日からあなたの日記を私が引きついで使うね。
大丈夫、大事に使うから心配しないで!

まず始めに今日の事からだけど、今日は色んな事がありすぎて全部書けないから大事な事だけ書くね。
私、明日からお姉様とまりさと紅ま館のみんなからお外に出るために必要な事を教えてもらうの!
どれくらいかかるか分からないけど、私絶対あきらめないよ!
いつかあなたのふるさとに行くのが私の目ひょうなんだから!

なんだか日記を書いてると、フランソワとお話してるみたい。こういう使い方でもいいよね?
うん、今決めた! これからこの日記はこういう使い方をする! 思ったら行動ってやつだね!

ねえフランソワ、私、がんばるから。
だって、あなたがくれたきっかけをムダになんてしたくないから。
だからしっかり天国から見守っていてね!

おやすみ、フランソワ。



 ぱらり……



○月r日

今日は初めてのお勉強だったんだけど、すごく楽しかったよ!
先生はパチュリー。パチュリーはまほうを教えてくれるの。
でも私、まほうは得意だから大体一回でできちゃった! すごいでしょ? パチュリーもおどろいて、
「あり得ないわ……」
とか言ってたし、やっぱり私って天才なのかなぁ?

それとね、私こあちゃんとすっごく気が合うの!
あの子、ふだんはそんな風に見えないけど実は私と同じイタズラ好き。
二人でそうだんしてパチュリーのイスにおならが出るクッションを置いたんだけど、『ブーッ』ってなったしゅん間二人で大笑いだったよ!
すっごく怒られちゃったけどね。
ぷぷ、でも顔を真っ赤にしたパチュリー……ホントかわいかったなぁ。

明日はメイリンと『ブドウ』のお勉強。
どんな事するかあんまり分からないけど、しっかりがんばるね!

おやすみ、フランソワ。



 ぱらぱら……



×月g日

フランソワ、聞いて!
明日から私の部屋が変わることになったよ!
お姉様が、
「がんばってるフランにごほうびよ」
って、お姉様の部屋のとなりに新しく部屋を作ってくれたの!
ホントにうれしい!

でも……ちょっとだけさびしい気もするんだよね。
なんだかんだ言ってこの部屋に495年もいたから、いざはなれるってなると、ね。
それにフランソワとの思い出もあるし。


あ、今思いついた! 両方とも私の部屋にしてもらえばいいんだ!
よーし、明日さっそくお姉様に言わなきゃ!
たしかこういうのって、『一石二兆』って言うんだよね。
新しい部屋……どんななのかな? 明日が楽しみ!
じゃあ私そろそろ寝るね。
『家宝は寝て待て』って言葉もあるし。

おやすみフランソワ。



 ぱらぱらぱら……



〇月p日 雨

ねえフランソワ。
今日で、あなたが天国へ行ってから一年が経ったよ。
そっちの生活にはもう慣れたかな?
もし飽きたんなら、いつでも戻ってきていいよ! ……なんちゃってね。

なんだか、あっという間の一年だったなぁ…。
でもたぶん私が過ごしてきた496年の中で、一番色んな事があった一年だったと思う。
前にも書いたけど、紅魔館の周りなら外に出ることも出来るようになったし、最初の頃は廊下ですれ違うたびに恐がってたメイドの子達も今じゃ気軽に話し掛けてくれるようになった。
それに霊夢とかアリス、チルノちゃんやルーミアちゃんみたいな友達も出来たしね。

ねえ、フランソワ?
あなたがくれたきっかけで、私はこんなにもたくさんの幸せを見つけることが出来たよ。
ホントにホントに、ありがとう!
明日からは今までよりもっと頑張って、今よりもっともっと立派になるから、しっかり見ててね!

おやすみ、フランソワ。




 ぱらぱら……



☆月b日 曇り

今日は重大発表があるよ!
精神世界に入り込む魔法、魔理沙が見つけてくれたの!
今日初めて知ったんだけど、魔理沙、私が外に出たいって言った日からずっと研究してくれてたみたいで、
「これであの子にちったあ顔向けできるってもんだ!」
ってすっごく喜んでた。
魔理沙を褒めてあげてね、フランソワ!

さっそくお姉様、パチュリー、咲夜、こあちゃん、美鈴、それとアリスと霊夢も呼んで色々相談したんだけど、日時は明日、場所は地下の私の部屋で魔法を使う事が決まったよ。
魔理沙とパチュリーとアリスが魔法の詠唱、お姉様と霊夢が暴走時の沈静、咲夜とこあちゃんが結界を張って、美鈴が気を使う能力で私の状態を見てくれるの。

私にはお姉様が、魔理沙が、みんなが、そしてフランソワが付いてくれいてる。
恐れるものなんて、何もない。ただ前に進んで、決着を付けるのみ。
私は、フランドール・スカーレット。夜の王の血を引く誇り高き吸血姫に、後退など無し!

……なんて、こんな堅苦しいのは私には似合わないね。
私は私、ただ全力でやれることをやるだけ! だから、しっかり見守っていてね!

おやすみ、フランソワ。



 ぱらり……



☆月c日

小悪魔です。
フラン様にもしもの時の代筆を頼まれたので、本日分は私が執筆致します。

本日の午後九時四十五分前後、魔理沙さんの発見した術式を発動。フラン様はご自身の精神世界へ旅立って行かれました。
術式発動後、約三分の静寂の後、フラン様の魔力の爆発的な増大を確認。
お嬢様と霊夢さんによる沈静処置が実行されますが、フラン様の放つ破壊的な魔力は絶大で、約二十五分後にお嬢様、霊夢さん共に戦闘不能に陥ってしまいます。
これまでか、と誰もが諦めかけたその時、術式を発動中の魔理沙さんがフラン様の前に立ち、
「フラン、負けるな! あの子に笑われちまうぞ!」
と一喝。
フラン様の一撃が魔理沙さんに届くか否かの刹那、突然魔力が静まっていき、フラン様は意識を失われました。

今もフラン様の意識は戻らず、私も含めた全員が焦燥を隠せない状態です。
ただ一人魔理沙さんだけは自信に満ちた顔をしていて、先程も涙を堪えきれない私に、大丈夫さ! と明るく声を掛けてくれました。
魔理沙さんの一言は根拠がないけど、それでも不思議な説得力があり、私を勇気づけてくれます。

フラン様、皆が貴女様の元気な姿を待ち望んでいます。
だから、負けないでください。




 ぱらり……



☆月d日

フラン。あなたが目を覚ましたら、盛大なパーティをしましょう。
あなたの大好きなチェリーのタルトを用意させるわ。
飲みたい、って言ってたワインも飲ませてあげる。
だから、目を覚まして。
私に笑顔を見せて。
お願いよ、フラン。


フラン様。パーティの準備は滞りなく完了致しました。
従者一同、主賓であるフラン様のお目覚めを心よりお待ちしております故、どうか変わらぬ笑顔を我々に見せて下さいませ。


フラン。魔法の授業はまだ半分も終わっていない。このまま狸寝入りなんて許さないわ。
貴女には才能がある。少し癪だけど、恐らく私を超える才能が。
私の果たせない事を、貴女はこれから成し遂げる義務がある。
だから、いつまでも寝てないで早く目を覚ましなさい。


フラン様。大丈夫! 私、信じてます!
フラン様はもうすぐ目を覚ましてくれるはずです!
だってフラン様は強いですから! 私の知ってるフラン様は、こんな事でへこたれる方じゃありませんから!


こらフラン。とっとと起きろ。
あんたの大好きなお姉ちゃんをこれ以上泣かせたままでいいの?
いつまでも寝てるんなら、お祓い棒でぶん殴ってでも起こすわよ。
それが嫌なら起きろ!


フラン。貴女と私は友達なんでしょう? 友達が来てるのに寝っぱなしなんて失礼よ。
渡しそびれちゃったけど、前に頼まれた貴女とレミリアの人形、もう出来てるから。
だから、早く目を覚ましなさい!


ふらん!! ねたふりなんて づるいぞ!! さいきようのあたいに まけるのがこわいのかー!!


ふらんちゃんはやくおきてね またいっしょにあそぼうね


フラン様。今日はみんなで寄せ書きをしました。
魔理沙さんには、
「そんなん必要ないぜ!」
って笑顔で断られちゃったけど、あの人はきっとフラン様の目覚めを信じて疑わないんだと思います。
フラン様、みんなが貴女の一刻も早い目覚めを願っています。
だから、早くみんなを、私を安心させて下さいね!



 ぱらり……



☆月e日

フランドールは今、この体の中で眠りに就いている為、私、もう一人のフランドールが代わって執筆させてもらう。
因みにフランドールは私を『黒ちゃん』などと呼ぶが、余りに稚拙な呼称である為出来れば止めて欲しいものだ。

先ず最初に、ここまで起きた事を纏める。
精神世界にやって来たフランドールと私は戦い、敗北した。
単純な魔力ならば私に軍配が上がるであろう戦いであったが、彼女は魔法や武術を使いこなし、なにより何度倒しても立ち上がり向かってきた。
最終的には魔力が切れた双方の打撃戦になり、私が先に倒れたのである。
消せ。と私はフランドールに言ったが、笑顔の彼女の口から出た言葉は、
「貴女一人を不幸にはさせないよ」

困惑した。
私は彼女の大切な者を奪った存在。情け容赦など微塵も掛けられるべきでは無いというのに。
そんな私を余所に彼女は、
「確かあなた、自分の事を『黒のフランドール』って魔理沙に言ったんだよね? だったら『黒ちゃん』だね!」
などと言いだす始末。
呆れを通り越し、私は笑ってしまった。
そして思った。勝てなかった筈だ、と。

後は任せたね、と言い残し、彼女はさっさと寝てしまった。余程疲れていたのだろう。
少し前まで死闘を繰り広げていた相手が側にいるというのに、何とも無防備極まりない。
然るに彼女は分かっていたのだろう。もう私に敵意は無い、という事を。
疲れているのはお互い様。私も彼女と共に眠ることにした。

私が眠りから覚めた時、そこには見慣れない風景が広がっていた。
いつもの暗い世界とは違う、明るい部屋。そこが現実世界であると気付くのに少々時間を要した。
そして目覚めたばかりの私に抱きついてくる、レミリア・スカーレット(今後はお姉様と呼ぶ必要がありそうだ)を始めとする紅魔館の面々。
誰かに抱きつかれた経験など無い私は、恐らくその時何とも言えない表情をしていたと思う。

その後私は集まっている皆に上記の事情を話した。
当然、皆混乱した。
目の前にいるフランドールはフランドールであってフランドールでない、などという事をすぐに理解しろという方が無理である。
だが唯一人、魔理沙だけは違った。
「久しぶりだな!」
と笑顔で言われ、頭を撫でられた。
だが魔理沙は、かつて私に殺されかけた経験がある。
何故私に対してこんなに寛大なのだろうか? と疑問を持たざるを得なかった。
しかしその疑問も魔理沙の次の言葉で解決する。
曰く「お前ら何戸惑ってんだよ。こいつは正真正銘フランドール・スカーレットだぜ?」

嬉しかった。
私は本来、誰からも認められることの無い存在。いや、寧ろ忌み嫌われるべき存在だ。
その私を、魔理沙はフランドールと対等に見てくれているのだ。
堪らなく嬉しくて、私は涙を抑える事が出来なかった。

長いうえに少し感情が交ざってしまったが、概ねこのような内容である。
今現在この部屋には私とレミリアお姉様がいて、彼女が就寝した為この日記を書いている。

余談だが、明日はパーティを開く、という話を聞いた。……だが、出来たらフランドールに出て貰いたい。
彼女はこういう催しが好きであろうし、何より私が出てもぎこちなくなるだけだからだ。

さて、それでは私もぼちぼち寝ようと思うが、最後に今の私の心境を記させて頂く。
フランドールが目を覚まし、もし今後私がこの現実世界に来ることが無かったとしても、私は構わない。
私を一つの存在として認めてくれる人がいる、それだけで私は十分だ。
それだけで、私は幸せだ。



 ぱら……ぱら……



☆月l日 雨

私がこの体を預かってから今日で一週間が経つが、フランドールは依然として目を覚まさない。
加えて、能力も使えなくなっている。

何故、こんな事になっているのだろうか。
フランドールの鼓動は確かに聞こえる。気持ちの良さそうな寝息も、確かに聞こえる。
では何故、彼女は目を覚まさない?

表には出さないが、紅魔館の皆も、フランドールの友人も、少しずつ不安を隠しきれなくなっているのが分かる。
やはり皆、フランドールでないと駄目なのだ。

私は、どうすればいい?
教えて欲しい。
人間でも妖精でも悪魔でも神でも、誰でもいい。
誰か、私に教えて欲しい。



 ぱらり……



☆月m日 曇り

今日私は、レミリアお姉様の部屋に行った。
彼女の『運命を操る』能力ならば、事態を解決する糸口が見えるかもしれないからだ。
しかし彼女の口から出た言葉は、
「無理よ」
という無慈悲なものだった。
原因は、私の能力。
私に内在する強大な能力が、他の能力による干渉を阻害しているのだと言う。
考えてみたら、これまでも能力さえ使えれば防げたであろう事態が幾つか思い浮かぶ。かつて私がフランドールの体を乗っ取った時など、その最たる物だ。
最愛の妹だけが、己の能力を受け付けない。彼女にしてみればこれほど歯痒い事は他にないだろう。

レミリアお姉様は、哀しそうな目で私を見ていた。
当然だ。
目の前にいるのは妹の格好をした別人。そしてそれをどうすることも出来ない。
こんなに哀しい事は、ないだろう。

私は思わず「ごめんなさい」と謝った。
それと同時にレミリアお姉様は優しく私を抱き締め、そして、言った。
「フラン。どんなことがあっても、私はあなたの味方よ。今も、そしてこれからも」

私は、泣いた。
レミリアお姉様に縋りついて、涙が枯れるまで泣いた。
そしてお姉様は泣く私の頭を優しく撫でてくれた。

フランドールの体を預かってから、ずっと疑問に思っていた。私はここにいてもいいのか、と。
私は周りを不幸にするだけの存在で、そんな私が生きていてもいいのか、と。
レミリアお姉様の言葉は、そんな私の感情を優しく洗い流してくれた。そして、こんな私に居場所を与えてくれた。
私は、幸せだ。

最後に、今日私が立てた誓いを記す。
それは『立派なフランドールで在り続ける事』。
彼女が目を覚ました時、胸を張ってこの体を返せるよう、私は今日から頑張ろうと思う。
それがフランドールに対する、そしてレミリアお姉様に対する私の恩返しだ。



 ぱらぱら……



△月e日 晴れ

今日はチルノが友達(大妖精と言うらしいが、本名は不明)を連れて遊びに来たので、三人でポーカーを嗜んだ。
相変わらず負けず嫌いなチルノは何度負けても執拗に挑んでくるが、所詮私の敵ではない。手札の善し悪しが表情で丸分かりだからだ。
しかし、大妖精は……はっきり言って底が知れない。
こちらに良い手が入る時はそれを察したかように下り、逆に入らない時はツーペア辺りの決して大きな役ではないにも関わらず場をさらっていくのだ。
それだけではない。
極め付けは、私がフルハウスで勝負に出た時だ。
それまでの流れだとすぐに下りていた筈の大妖精が、三枚の手札を替えて勝負してきたのだ。
開かれた彼女の役は、ストレートフラッシュ。

さて、ここで少し整理したいと思う。
まずは三枚の手札を入れ替えた場合のストレートフラッシュの成立する確率だ。
あの時点でカードの残りは38枚。大妖精はハートの2と6を手札に持っていた(加えたカードと手持ちのカードを私が視認していたからであり、決してイカサマではない)。
つまり彼女はハートの3、4、5を引くしかない。その確率、実に1/50616。
一日に10回ポーカーをするとして、約十四年に一回出るか出ないかの確率だ。

だが、真に驚くべきはそこではない。
彼女はハートの2と6を残す際、スペードの7、ダイヤの5、8を捨てているのだ。
セオリー通りならばハートの2を捨てて両面のストレート待ちにするであろう手を、である。
次に引くカードが見えてでもいない限りこんな捨て方は有り得ない。これ至っては、最早確率云々の話ですらないのだ。

言わせて貰おう。
彼女は妖精という義骸を纏った神だ。若しくは魔王だ。
高位の悪魔である私でも見抜けないポーカーフェイス、こちらの手が全て見えているかの如き立ち振舞い、そしてここ一番での鬼のような引き。
まるで彼女の手の上で踊らされているような感覚すら覚える。
……私としたことが、少々熱くなってしまった。だが、現場に居合わせた者として言わせてほしい。
あれは紛れもない『奇跡』であったと。

余談だがこの勝負の際、
「今度こそあたいが最強よ!」
と9のスリーオブアカインドで挑んできたチルノは、氷精らしく凍り付いていた。
決して悪い手ではないが、相手と運が悪かった、としか言い様がない。
結局この日は大妖精の一人勝ち。まあ当然だろう。一回も『負けていない』のだから。


あの日から今日で二ヶ月。
大分こちらの生活にも慣れてきたし、今ある日常は、本当に楽しいことばかり。
紅魔館の皆とも打ち解け、今日のように友人との交流も増えた。

だが私は、立派なフランドールで居られているだろうか。
目を覚ましたフランドールに胸を張ってこの体を返す為、そしてレミリアお姉様の為に、私は今日まで自分が考え得る『立派な存在』を体現してきたつもりだ。
しかし、やはり何処か自信が持てない。
私のやり方は本当に正しかったのか、と考えてしまうのだ。

……フランドールに会いたい。会って、話がしたい。
最近よく、そんな事を考えるようになった。

いや、こんな弱気ではいけない。私はやれることをやるだけだ。
よし、明日も頑張ろう!



 ぱらぱら……



△月n日 晴れ

何故今まで気付かなかったんだろう?
フランドールの、
「貴女一人を不幸にはさせないよ」
という言葉、やっとその意味が分かった!
彼女は私から能力を自分に引き継いだんだ!
ああ、何故今まで気付かなかったんだろう? 私が能力を使えない、という時点で分かりそうなものなのに。

今、急いで精神世界へ行く為の術式を準備して貰っているが、逸る気持ちを抑えられない!
もうすぐフランドールは目を覚ます! お姉様を、魔理沙を、みんなを喜ばせてあげられる!
私がもう一度能力を自分の元に戻せば、彼女は目を覚ますんだ!

フランドール、私を誉めてくれるかな?
私、精一杯立派なあなたで在ろうと頑張ったよ!
新しい友達も出来たし、紅魔館のみんなとも仲良くできたよ!
あなたが目を覚ましたら、私の方がいい子だった、って言われちゃうかもしれないくらい頑張った!
だからきっと、私を誉めてね?
絶対だよフランドール!



 ぱら……ぱら……










『……恥ずかしいじゃない。何で突然日記を読み返したりなんてしたのよ』

 ――ふふ、だって今日は私と黒ちゃんが初めてお話した日よ?


『理由になってないけど……まあいいわ。それより今日はフランソワの』

 ――うん。でも、あっという間だったね。もうあれから二年かぁ

『フランは半分以上寝てたじゃない。……ごめん、私のせいだけど……』

 ――あー、また黒ちゃんのマイナス思考が出た。だめだよもっと私みたいにポジティブに行かなきゃ!

『貴女はポジティブ過ぎるのよ』

 ――まあね! でもあれは黒ちゃんのせいじゃないよ。私が望んでした事だし

『それは……そうだけど』

 ――それに、黒ちゃんは私を助けてくれたじゃない!おあいこだよ!

『うん。でも、能力を半分ずつにする、なんてよく考え付いたわね』

 ――だってあのままじゃ黒ちゃん消えちゃうとこだったんだもん

『厳密に言うと精神の最深部に落ちる、ね。ほとんど消えるのと同じだけど』

 ――でしょ? そんなのやだもん。せっかく友達になれたんだから、ね!

『ふふっ、そうね。ありがとうフラン!』

 ――えへへ、どういたしまして!







 コンコン……


「はーい!」

「フラン様、そろそろお時間です。皆さんもう集まってますよ」

「すぐ行くよー!」






 ――お墓参りなんて、私初めてだよ。なんか緊張するなぁ

『私もよ。……でも、あの子には本当に感謝してもしきれないわ。あの子がいなかったら、私はずっと闇の中だったかも知れないんだから……』

 ――うん。私もそう。フランソワがいなかったら、たぶんあの部屋から出ることはなかったと思う

『私、時々思うんだ。私さえいなかったら、フランはフランソワと……』

 ――はいストップ! すぐにマイナス思考になるのは黒ちゃんの悪い癖!

『う……ごめん』

 ――魔理沙からね、聞いたの。黒ちゃんはずっと私の抑え切れない能力を押しつけられて苦しんでた、って

『………』

 ――黒ちゃんがいてくれなかったら、今の私はここにはいない。だから黒ちゃんは悪くないよ!

『フラン……』

 ――だからさ、笑わなきゃ! フランソワの分まで、私たちが! ね、黒ちゃん!

『うん……! あの子がくれた今を、大切にしなきゃね!』

 ――そうそうその意気!







 コンコン……


「フラン様ー」

「あ、ごめん! 今行くねー!」







 ――もう。咲夜はせっかちなんだから。黒ちゃんもそう思わない?

『ふふ、確かに。でもみんなを待たせちゃ悪いわ。そろそろ行きましょ?』

 ――そうだね。じゃ、行くとしますか!

『ええ』












「じゃ、行ってくるね! フランソワ!」







 ――ぱたん










 おしまい
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
当初の予定よりかなり長くなってしまいましたが、無事完結させることが出来ました。

しかし、一つのSSを書き上げるというのは本当に難しいですね^^;
どうラストに持っていくか、そのラストをどうするか、この二つだけで二、三日は悩みました。
結果的にある程度納得の行く締め方が出来たかな、と思いましたが、今作全体を見ると中弛みしてしまった感が否めません……
まだまだ経験不足か……

でも、出来はともかくとして各作品とも本当に楽しく書けました^^
俺のSSを読んで、少しでも『楽しかった』と思って貰えたら嬉しいです。

最後に、フランは本当にいい子です^^
機会があったらまた会いましょう。では……

追記:2009 4/30 タグを設定しました。
追記:2010 2/2 文法上の誤記を修正しました。
和坊
[email protected]
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コメント



0.1670簡易評価
5.100削除
フランは良い子ですねぇ・・・
ダニエル・パウターの-Bad Day-聞きながら読んだら
少し泣いたのは内緒
9.100名前が無い程度の能力削除
やばい、普通に感動した・・・
10.100名前が無い程度の能力削除
もう何も言えない。一言だけ
あんた最高。
11.70山高削除
良い紅魔館でした。あったかい紅魔館でした。
でもそれだけに理不尽な明鈴虐め(と言うより、狂犬咲夜)が出てきた事に興を殺がれたので、その分は減点を。
全編ギャグの話なら問題ないのですが、フランに向けられる優しさを表現する一方、館の中で平然と虐待が行われる描写を入れるのはどうかと。
ただの小ネタなのは分かりますが、こういった本筋以外の部分にこそ筆者の地金が露呈するものなのでご注意を。
12.100煉獄削除
まずは完結お疲れ様でした。
フランと紅魔館+αが作り出す雰囲気、そしてなによりも心の在り方が
とても素敵だなぁ・・・と感じました。
これからもフランの周りでは様々なことがあって、時に笑い、悲しんだりするかも
しれないけれど、きっと幸せな日常があるんでしょうね。
素敵なお話でした。

あ、ちょっと気になったんですが、フランソワの日記にある誤字は
彼女による誤字で良いんですよね?(苦笑)
それも踏まえて面白かったです。
24.無評価和坊削除
ご感想、どうもありがとうございます。


>山高さん

確かに、少し軽く考えすぎていました。多くの人に快適に読んで貰う為の配慮が足りなかった…
勉強になりました。指摘して頂いてありがとうございます。

>煉獄さん

はい。あれはフランソワの誤字です^^
25.100名前が無い程度の能力削除
寄せ書きで涙腺が崩壊した。
久々に小説読んでて泣いた気がする。
感動をありがとう。
28.100名前ガの兎削除
オリキャラも出す、独自設定もバシバシだす。
そんな中で良い話は滅多に見れない、ってのが本音なんだが。
いやぁ、いいもの読ませてもらった。
重箱の隅をつつく作業は他の人に任せる、俺は読んでて楽しかった。
少しでも、なんかじゃない。続きを待つ日数すら楽しく思えたよ。
33.100Jing削除
フランソワには生きていてほしかったのが本音ですが、その後の話のくだりがすばらしいですね。文句なしで満点です。