ボンッ!!!
大きな音がして目の前でお星様がはじけた。
あたしはフリョクを失ってじめんに落ちる。
きゃあって声にならない声を上げるとジャリっと口に土が入った。
うぇぇ、苦い。
頭を上げると白くすきとおる空に黒い影が一つ。
ドロワ……じゃなかった。
エプロンドレスを来た魔法使いがあたしを見下ろしてる。
黒白との勝負に負けた……、負けてやった!
あたしがせっかくゲージュツ的にアイシクルフォールをうったのに、
あの黒白ときたらゲージュツ作品を見もしないで、
氷と氷のスキマから攻撃してきたのよ。
すごくムカついたけど、あたしは黒白よりもずっと強いから、
たまには勝ちをゆずってあげてもいいかなぁ、
なんて思って負けてやったの。
優しいあたしは負けて悔しそうな演技までしてあげたわ。
黒白はそんなあたしの様子にまんぞくしたみたいで
キシシとイヤらしい笑い声をあげてあたしに言葉をかけたの。
「ふふん、そんなに悔しいなら冬の黒幕でも呼んで来たらどうだ?」
「うるさいわね! レティは関係ないでしょ! ワザと負けてあげたのよ!」
地面にヒザをついたままのあたしの目の前に、
フワリとおりたつと、ホウキをつき立てて自慢げに黒白が言ったわ。
あたしは関係ないレティを
ひきあいに出されることにまたムカついて思わず声を張り上げたのよ。
黒白はそうかい、アバヨって言ったあと、ホウキに乗ってレミリアのお屋敷に飛んでいったわ。
クロマク、っていうのはレティのこと。なぜだかみんな、レティのことをクロマクって呼んでるの。
最初は名前かなと思ったけど、レティの名前はレティ・ホワイトロック。
クとロは入っているけれどクロマクとは全然違うわ。
そういえば……なんでクロマクなんだろう。
レティはあの黒白よりも黒くないし、マクだって張ってない。
レティが張っているマクと言えばあたしに出してくれるホットミルク、
それとお部屋のカーテン。どちらも真っ白なのよね。
シロマクって呼ばれているなら分かるけど、
クロマクって呼ばれているりゆうはなんなのかしら。
ハテナが浮かんだら即行動があたしのポリエチ……なんとかってやつよ。
だからあたしは黒白が飛んでったレミリアのお屋敷に行ってみることにしたの。
たしかあそこには本をタクサン読んでいて物知りな魔女が居たはずだから。
六枚の羽根をはばたかせて白く輝く湖を越えてザワザワとざわめく林の中を飛ぶ。
レミリアの家の近くはいつもこんな感じなのよね。
そのままふいよふいよ飛んでくと紅くて大きなおヤシキが見えてきたわ。
こうまかん。レミリアん家。あたしの知り合いも何人かこのおヤシキで働いてる。
門までやってくるとメイリンがぐーすかぴーすか寝息を立てて寝てたの。
門の前に住んでいるメイリンはいつも寝てる。きっとカラダのどこかが悪いのね。
無理やり起こすのも可愛そうだから、あたしはそっとおヤシキの扉を開く。優しい!
「お邪魔するわよ!」
ギィィと大きな音をひびかせて扉をあけると、外にまでひびきそうな大きな声を張り上げた。
アイサツはだいじよね。すぐにカンゲイのナイフがあたしめがけて飛んでくる。
このナイフのもちぬしは知ってる。バカメイド。ワンパターンでお決まりの攻撃なのよ!
スカートの裾をつかんでステップを踏みながらゆうがに回ってよけると、
スカカカカって軽い音がしてナイフは赤いじゅうたんに突き刺さる。
「ふふん、悔しいならレミリアでも呼んで来たらどう?」
親指をつき立ててあたしが考えたキメゼリフ。かっこいい!
っていっても、今日はフランやレミリアに用は無いのよ。
メイドの気配が消えると、一直線にトショカンをめざすのよ。
◆ ◆ ◆
「お邪魔するわ!」
見上げても見上げても本のカベ。
本がタクサンあるからトショカンって呼ぶみたい。
どういう意味なのかあたしにはわからなかったけど、
ひつようなことじゃないからどうでもいいわ。
「あら……珍しい来客ね。とうとう知に目覚めたのかしら?」
血……? さすが吸血鬼のおヤシキだ!
そうそう、さすがって流れる石って書くのよ。
石も流れるくらい凄いのがさすがって意味なんだって。
あたいってハクシキね!
「あたいそんなにコーセン的じゃないし。あれ……前来たよりも、なんかガランとしてる」
グルリと見渡すとタクサン並んだ本棚には
本の代わりにタクサン変なのが並んでいる。
本に良く似たそれは本じゃなくて、でも本みたいな感じ。
本のオモチャ……?
「本の貸し出し中なのよ。借りるなら図書カードを作って行ってね」
トショカード? スペルカードの一種かしら。
でも今あたしにひつようなのはトショカードじゃなかった。
「えっと……パ、パチャ……」
「……パチュリー・ノーレッジ」
「うん、パチェ! 今日はアンタに聞きたいことがあってきたのよ!」
あたしが名前を呼ぶとパチェリーが口をとがらせて答えたわ。
「パチュリー……!
知識の権化であるこの私に、聞きたいことって何かしら」
「えっと、えっと……。クロマクは何でレティなの?」
「レティ……。レティってレティ・ホワイトロックのこと?
……あぁ。そういえば前に咲夜がそんなこと言っていたわね。
ふむ。レティ・ホワイトロックは黒幕である、か。中々興味深い思考実験だわ」
パチェリーはレティのことをイチイチ聞き返す。
もう、何で一度言っただけでわからないのかしら。
「黒幕ってなにさ!」
「一重に黒幕と言っても色々な解釈がある。この場合においてのソレはつまり、
異変を引き起こした張本人。アナタにわかりやすく言うとラスボスってところかしらね」
「レティは異変を起こしたことなんてないよ。なんで黒幕なのさ」
「なんで……何故。ああ、素敵な響き。知識の探求者とはその業の深さ故に
己がルーツをも忘却してしまうもの。その気持ちを大切にしなさい。
けれど、残念ね。非常に残念。強ち間違いでもないアナタの行動はグレイズしている。
生憎と本から得られる知識ではアナタの質問に答えることはできないわ。
彼女が黒幕と呼ばれるからにはきっとその経緯、謂れ、歴史がある筈。
さて、歴史を識るにはうってつけのが人里に居たと思うけれど」
歴史……難しいことはよくわからないけれどそれに詳しい人なら知ってる。
「けーね!」
「そそ、歴史大好き歴史屋サン。食べちゃうぞ~って」
机に手をついて足をバタバタ。正解だ!
正解に違いないわ!
「けーね!?」
パチェリーはクスッと笑うとあたしの頭を撫でたの。
……くすぐったい。
「知りたいという欲求はとてもとても崇高で敬意を払われるべきモノよ。
この世界の理を知り、法則と歴史を識れば……。
まっすぐなアナタのことだもの、きっと――」
その手を払いのけてあたしはパチェリーに言ってやった。
「よくわかんないけどわかったよ!
あたいは天才だからその先は言わなくてもわかってるわ。凄いのよ!
けーねに黒幕聞いてみる! ありがとうパチョ!」
目をぱちくりさせたパチョリーはまた笑う。あたしは回れ右して出口へと向かう。
パタパタはばたくと後ろからパチョリーの声がした。
「パチュリー。
……但し、気をつけなさいな、底の知れない知識の海に。迂闊に潜れば溺れ死ぬわよ」
意味わかんない。
何か続けて言っているパチョリーのトショカンをあとにしたわ。
◆ ◆ ◆
空はあいかわらず白い。
木のざわめきや、あたしよりもちっちゃな虫の動きがソレが近いことを伝えていた。
何より、この幻想郷を包み込む匂いが、レティが目をさますよって言っている。
もうすぐ今年もレティに会える。
ジマンの六枚羽根をユウガにはためかせて人里のけーねのトコに向かうと、
けーねはちょうど小屋の外でアイサツしているところだったわ。
「けーねせんせーさよななー」
「ああ、さようなら。なぁ、妹紅。ちゃんと家まで送り届けておくれよ」
おっきいおっぱいの真ん中で手をむすんで、けーねはオロオロと心配そうにしていたの。
「任せろって! 大体慧音は心配しすぎなんだよ。妖怪ハンターの妹紅様だよ?
竹林でも無敗なのにちょっと人里はなれた場所まで送っていくだけじゃないか」
「心配で心配でしようが無いよ、私は」
けーねはもこが手をつないでるちっちゃい子に話しかけてたわ。
「いいか、もこが寄り道しようとしたら止めるんだぞ」
「うん!」
「うぐ……」
「もこが変なもの拾い食いしようとしたら止めるんだぞ」
「うん!」
「ぐぐ……」
「もこが……」
「もう良い! けーねのバカ! 氷精!」
「だれが氷精よ! あたい以外にそんなヤツ居るの!?」
「うげ、なんか沸いて出た」
キキズテならなかったからついつい三人の前に出てきちゃった。
もこがいなくなるまで待ってるつもりだったのに。
「沸騰しないわよ。溶かす気ね……!? 溶かす気でしょ!
ホーライだかホライゾンだか知らないけど、ちょっと死なないからって調子に乗りすぎよ!
なんてったってあたいのほうがずっと死なない! えっへん!」
死なないってことがそんなにエライことには思えなかったけど、
それをジマンしているのだからあたしはさらに上を行く者として大きくアピールしたわ。
「あっははははは、確かに!!
自然現象の具現である妖精には死の概念が存在しない。
ははははは、もこ!
お前よりこの娘の方がずっと不死だってさ。あははは」
「うっさいわい。不死に優劣があるもんか」
「なんだったら楽しい日々のすごしかたを教えてあげてもいいわよ」
「結構結構。お前に何か教わったら頭の中空っぽになりそうだわ。さ、暗くならないウチに行こ」
おなかをかかえて笑ってたけーねが指でなみだをすくいながらもこに声をかけた。
「ん、ああ。もう行くのか。……息災でな。拾い食いしてぽんぽん痛くするなよ」
うるせいと叫んでもこはちっちゃな子の手を取ってそのまま向こうへ行ってしまった。
さよなな氷のおねいちゃんって手を振るその小さい子にあたしはバイバイしてあげた。
「もこも惜しいことしたわね。あたま空っぽの方が――」
「その先はストップだ」
「どうしてよぅ? 夢と希望に溢れたセリフはココからなのに」
「どうしてもだ。世の中には超えてはいけない境界と言うものがある」
「ちぇー」
「さて、随分場違いな訪問者だが……用件を聞く前にまずは中に入ろうか。あいにくと私はお前ほど
寒さに強いわけじゃないんでね。風邪を引いて子供たちに伝染してしまったら大変だしな」
「うん! 教えて欲しいの!」
「そうかそうか。良哉、良哉。学問は誰にでも平等に開かれる。
学ぼうって言う意識は崇高なものなんだゾ?」
「お魔女さんのパニョもそう言ってたわ!」
「パニョ……。もしかして、パチュリー・ノーレッジのことか」
パチュリーもけーねも何だか人の名前についてやたらと聞き返している。
あたしが『パ』って言ったらパチュリーのことだし、
『レ』って言ったらレティのことなのに。
インテリはコレだから困るわ。
「知識の魔女……、彼女のところにも行ったのか」
「そうよ! いちいち聞き返さないでちょうだい!」
けーねはほう、と驚いた顔をした後、おだやかな目つきをしてあたしの頭をくしゃりと撫でる。
なんだか……人間のおかあさんみたい。あったかいのは苦手だけど、これは嫌な感じはしなかった。
「ふむ、良いだろう。ついてきなさい」
「うん!」
◆ ◆ ◆
「ああ、あった。コレだ」
部屋に入るとけーねは本棚の引き出しから一冊のノートを取り出してあたしにくれた。
「学ぶ者としての嗜みってヤツだよ。自らの思考を書き記すことによって個人の頭脳は
公開され誰もがアクセスできるようになる。便利なものだな、文字とは」
「不便だわ。字を書かないと覚えられないっていうのはバカってことよ。
書かなくてもあたいは覚えられるのよ」
「と、言った教え子が居たな。彼は三日経ったら三日前の約束を忘れていたぞ」
「あたいは忘れないわ!」
「ふむ。そうだな……、お前は私に教えて欲しいことがあるから訪ねてきたのだろう?
私は教えるぞ。しかし、だ、それには相応のルールというものがある。
ルールを破るのは愚か者のする行為だ。私がココで教えるコトのルールは三つある」
「ルール違反なんてしないわよ。あたい天才だもん」
けーねの言うとおり、ルールを破るのはバカがやることよ。
だってだって、鬼ごっこだってルール破って鬼が隠れちゃったら
始まらないし、終わらないわ。そんなカンタンなこともわからないならやっぱりバカよ。
「そうか、しないんだな。じゃあ言うぞ。
一つ、私のことを先生と呼ぶこと。二つ、ノートをキチンと取ること。三つ、私語は慎むこと」
「わ、わかったわよ……ノートすればいいんでしょ。けー、……先生」
「わかればよろしい」
キホン的にけーねは優しい。
あたしやリグルが来ても追い返すことはしなかった。
ジュギョウしているところに遊びにいったらメチャクチャ怒られたけど。
「じゃあ早速だけど教えて! 黒幕がレティってなにさ!?」
「む」
「レティが黒幕なの。なんで?」
「む……ぅ。ま、まずは黒幕の定義から入ろうか、うん。それが良い」
暑くも無いのに汗をタラリと流したけーねは黒幕っていう言葉の意味から教えてくれるみたい。
「変なの、教えて欲しいのは黒幕じゃなくてレティなのに」
「私語は慎む!」
「は~い」
けーねの個人じゅぎょうが始まった。あたしは必死でノートをとった。
少しでもしつもんしたらすぐにチョークの弾幕が飛んできた。
あたしはページをめくるのも忘れて必死にノートをとったんだ。
◆ ◆ ◆
「――以上だ」
チョークが折れて黒板にひびが入る。
けーね先生のじゅぎょうが終わった。
あたしのノートにはびっしりと書かれた文字。
びっしり書かれすぎていてもう読めそうになかったの。
けーね先生があたしのノートをのぞき込んで言ったわ。
「……真っ黒だな」
「……真っ黒ね」
コホンと大きく咳払い。
「まぁ、兎も角。コレで黒幕については分かっただろう」
「バッチリよ! ……でも先生!」
「ん、何だ?」
「結局、なんでレティは黒幕なの?」
「……」
「……」
けーね先生は自分の机に手をついていきおいよく頭を下げた。
ゴツン、と大きな音がして机は真っ二つ。
「スマン! 正直、アレに関しては私も知らなかった!
ら、来年! 来年の冬までにはアレの歴史を拾遺しておくから!」
「……いいわよ、わかったわ、先生。あたい、自分で考える。
天才だからきっと答えにたどり着けるわよ」
「そうか……本当にスマンな」
すまなそうにあやまって何か続きを言いたそうなけーね先生。
あたしはその先を聞くことなく、飛び出した。
なんだかちょっぴり、チクリと心が痛くなったわ。
◆ ◆ ◆
あたしはけーねの小屋を出てレティの元へ向かおうとして、やめた。
本人に聞くのが一番だと思ったけど、なんだかソレをしてしまうと負けたみたいだから。
あたしは最強だから、いちじてきに負けることはあっても負けを認めてはいけないのよ。
だから、途中の湖のほとりにある岩の上に座って考える。
「……」
ノートを広げてみる。
真っ黒だった。
あたしはそのノートを放り投げた。
パサリと音がしてノートは草むらの中に落ちる。
あたしの質問に二人とも答えられなかった。
けーねも、パチュリーもあたしほどの頭脳の持ち主じゃなかったのね。
だったら……、レティは何で黒幕なのか、自分で考えないといけないわ。
岩の上に大の字になって頭の中で考えてみる。
まず、線があらわれたわ。
線は私は何でも答えを知っているといいながらぐにゃぐにゃと形を変える。
そこにまたタクサンの線が集まってアミみたいに真っ黒になる。
真っ黒になったアミは色々な文字を浮かべながら現れては消え、現れては消える。
文字はゆらゆらとあたしのまぶたの上をただよいながらセリフをつくる。
『あたいはチルノ。最強よ』
あ、これはあたしのだ。
まっさきに浮かんでくるのはトウゼン!
『来年の冬までにはアレの歴史をシュウイしておくから!』
けーねのセリフ。シュウイって意味がわからないけど、
けーねは来年になったらレティが黒幕って呼ばれている意味を教えてくれるらしい。
ついさっきのことなんだから覚えてるのはトウゼン!
……でも、そんなに待てないよ。
来年の冬って言ったらレティと一回サヨナラしなくてはいけない。
その前に、あのふくれっつらに黒幕の意味をたたきつけてやるんだ。
『ウカツにもぐればおぼれ死ぬわよ』
……誰のだっけ。
あたしはどんな水だって溺れない。
おぼれる前に凍らせちゃうんだからトウゼン!
でも、もしも凍らせないでドボンしちゃったら、うまく泳げるのかしら。
きっとあたしは天才だからだいじょうぶよね。
『チルノちゃん~まって~!』
これは大妖精の。
いつもあたしについてこれなくてぴーぴー泣きわめいているんだ。
よわっちい妖精と違ってあたしは最強なんだから大妖精がついてこれないのもトウゼン!
時々止まって待ってやると、ありがとうってあたしに笑いかけたわ。
胸のおくがちょっぴりくすぐったい。
『――』
え?
『――』
今、なんて言ったの? とたんに文字に色がついてフクザツにほどける。
でも、待って! 今のセリフ! 今のセリフはレティの!
ほどけた文字は再びからみあい、今度はカタチとなってあたしのマブタを占領する。
ぼんにゃり、へにょりと歪みながら一つのリンカクを形作る。
だんだんとリンカクは鮮やかになっていって……。
それは紛れも無く……
「レティ!!!!!」
パチリと目を覚ました。……寝ちゃったんだわ、あたし。
考え事をしながら眠っちゃうなんて、あたしもまだまだドリョクが必要ね。
草むらに投げ出したノートを拾うとあたしは小さくクシャミをした。
「ふぇ……クチュン!!」
あたしでもクシャミをするくらいの寒さ。
空を見上げると、真っ白い雲がフワフワと冬を落としている。
やっぱりそうだわ! レティが来たんだ!!
でも心はユウウツ。この白い雲のようにどんよりしている。
あたしはまだ答えにたどり着けないでいた。
「ぁ……」
広げたままのノートを持ったあたしの目の前に冬の落し物が一つ。
それは見慣れた冬のお知らせ。
「あ!」
あたまを竜宮の使いのカミナリに打たれた気分!
落し物……黒幕! ああ、やっぱり!! あたしはやっぱり天才だわ!!
全てカンペキにレティが黒幕って呼ばれるワケがわかっちゃった!!
気が付いちゃえばカンタンなことだった。
確かにレティは黒幕だった。どうしようもないくらいの黒幕だからこそレティなんだ。
レティにあたしの大発見をつきつけてやるのよ!!
◆ ◆ ◆
上白沢慧音は、寺子屋の窓から白く濁る空をじっと眺めていた。
ここまで雲が厚くては、月も星も見ることができない。
暫くそうやって目を凝らして見つめていたが、
どうしても無理だと分かると力尽きたように教壇にもたれかかった。
氷精相手の授業は、今日寺子屋の子供相手に行ったどの授業よりも疲れた。
物覚えは悪い、すぐに思考が脱線する、おまけに字が汚い。
しかし。
『知りたい』と思う純粋な気持ちは、どの子供よりも強かった。
だからこそ、慧音はチルノにつきあったのだ。求めよ、さらば与えられん。
教師冥利に尽きるというものだった。
できれば答えを与えてやりたかった。導いてやりたかった。
レティ・ホワイトロックが黒幕である理由。考えたことも無かった。
元々人里とは縁遠い、接点の無い妖怪だ。答えられなくても無理は無い。
だが……。
慧音はふと思い立つと、チョークを握り締め、自分の思考を黒板に描いていく。
レティ・ホワイトロック。スペルをバラバラに崩し、並び替え、それもまた違うと別の言語で綴りなおす。
名前はその人物を指す言霊、自分がそうであるように、正体や歴史もまた、名前に隠されていることが多いのだ。
やがて……ある島国の言語で彼女の名を記し、そのスペルを並び替えたところで慧音は思考を止めた。
「まさか、な」
バカらしい。彼女は冬の妖怪だ。いわば雪女だ。
『そんな力』、持ち合わせているワケが無い。
いかんせん自分の妄想が暴走しすぎたなと天を仰ぎ見る。
天井には、銀紙で子供たちと一緒に作り上げた天の川が張り付いていた。
そして、川の両岸にはお約束の織姫と彦星。
織姫の頭の上に自分のものと同じ帽子がちょこんと乗っていて、彦星はモンペを履いている。
慧音はぼんやりと、その銀河の隙間を見つめていた。
やがて慧音は、寺子屋の扉を叩く音に気が付く。
こんな時間にこんな場所を訪れる人物。……決まってる。
「うわぁぁあああああん! ぽんぽんいたいよぉ! けいね!」
と寺子屋に駆け込んできた少女に、笑顔を引きつらせながら頭突きをお見舞いするのだった。
そんな慧音の後ろ、黒板の片隅には、小さく『エーテル』と記されていた。
◆ ◆ ◆
圧倒的に闇の支配する広大な本の海に、ピョコンと司書を名乗る小悪魔が一匹。
魔理沙が去るとパチュリーのいいつけで暗闇の奥へと本を探しに出かけていたのだった。
「ひとーつ、二つ。悲しい声を聴きましょう。アナタの哀しみを聞かせてくださいな」
完全に静寂を取り戻した図書館は、そっと耳を澄ますと眠る本たちの囁き声が聞こえてくる。
司書の小悪魔は、本であることの本来の役目を果たしたいと叫ぶ彼らの小さな声を聞き分け、
入り口に近い本棚へと引越しさせてやるのを密かな楽しみとしていた。
この図書館の本達は幸せだ。何故なら必ず本を借りていく魔法使いが居る。
アレは本を借りるというのを口実にパチュリー様に会いに来ているだけなのだ。
……理由はどうあれ、借りていった本はキチンと読破している。
問題は生還率が極端に低いことだけだった。
「あー、アナタは駄目。いくら伝記だからって表紙を自分の皮で装丁してちゃね。
ご丁寧にインクも血だし……せめて肉が残ってれば誰かサンが美味しくいただいちゃうんですけど」
そうだ、解読不能な本をいくつか混ぜてアイツを寝不足に追い込むのも面白そう。
外の世界ではヴォイニッチ……なんとかって呼ばれてたっけ。
ウフフっと不気味な笑みを浮かべて小悪魔は無造作に本棚から本を引っ張り出す。
そうやって両手に山ほど本を抱えて入り口へ戻ると、小悪魔は再び耳をピクっと動かした。
本たちの囁き声に混じって、澄んだ声が響き渡っていた。
「おや、鼻歌」
パチュリーが歌っているのである。
どんな奇跡が起きたのかしらと、本を本棚に並べながら小悪魔はパチュリーに話しかけた。
「どうしたんですパチュリー様。珍しく鼻歌なんか歌って」
態度こそいつもと変わらないように見えたが、小悪魔は
彼女のわずかな仕草の変化を見逃さなかった。いつもより、読んでいる本が遠いのだ。
本の中の世界だけではなく、いつもよりちょっぴり、本と世界を視界に入れている。
「理論化のできない理論か……」
「うぁ……つまらないですよ」
「文字とはかくも不自由で不確かなモノ……。
逆に、不自由だからこそ、人は文字に恋をする。
何千年も保管に保存を重ねた人類の英知に想いを馳せる。
何千年も培われてきた魔術は見る者の脳内に様々な光景を映し出す。
鮮明に描き出されたその光景は、時に絶望、時に希望、時に幻想を抱かせる」
「文字という魔術は今も私達に呪詛を与え続けているのですよ。
パチュリー様にもこの素敵な本たちの嘆きが聞こえるでしょう」
珍しく饒舌だ。よほど機嫌がいいのだろう。
久しく見ていないパチュリーの笑顔を、この目に焼き付けようと前に回りこみ、
小悪魔は酷く、自分が勘違いしていることに気が付いた。
パチュリーが浮かべている表情は紛れも無く、どうしようもないくらいの――羨望だった。
「そんな文字の魔力、魔術をもかき消してしまう、あの娘……。
真理とは、得てして……一番求めていない者にのみ与えられるのね」
醜い感情を隠すことなく陰鬱な顔をしてため息をつくパチュリーを、
小悪魔は恋する乙女のように惚けた顔をして見つめていたのだった。
◇ ◇ ◇
目覚めは最悪だった。
どれくらい最悪かと言うと、何もしていないのにあらぬ異変の容疑をかけられ、
一方的に攻め立てられて完膚なきまでに敗北したくらい、最悪だった。
……ついこの前のことなんだけどね。
さて、私が目覚めたということは、とてつもなく胡散臭い、幻想郷愛護者が眠りにつく頃だ。
私は、彼女が目覚めるまでのつかの間の時間を彼女の代わりに護らなければいけない。
アレは、好きにして良いわよなんて言っていたけれど、結局、私もこの世界が大好きなのだ。
だから寒気をいつまでも留めるなんて野暮なことはしない。
別に誰かが戯れで冬を長引かせたりするのは構わない。それこそ、好きにして良いわよ、だ。
私の役目は秋と春のスキマの世界に境界を引き、冬とハッキリ定義づけること。
冬は冬らしく、優しくも冷たいまどろみの中で生命が息吹く季節までの揺り籠で在り続けなければいけない。
季節の境界が曖昧になってしまったら、それこそ楽園は楽園で無くなってしまう。
ベッドから跳ね起きると顔をペシっと叩いてカーテンをあける。
夜だというのに月も、星空も見えない。厚い雲がソレを覆い隠しているのだ。
うん、どんよりとしてていい天気。ハッキリと目が覚めた。
パジャマからいつもの装束に身を包むと私は自分の家の外に立つ。
ほんの僅かな冬の気配を感じ、私は空を見上げる。
モクモクと白い雲。紛れも無く冬の雲だった。今年最初の初仕事だ。
私は自分の体を浮かせてその雲へと昇る。
雲の中へ身を躍らせるとまずは大きく深呼吸をした。
良い寒気が萃まっている。今年も良い冬が訪れそうね。
手を目いっぱい広げてくるりと回ると、その瞬間、サークル状に空気が凝結し、
氷の弾幕が白い雲の中いっぱいに広がる。
パチパチと小さな音を立てて氷の粒はお互いにぶつかり合い、弾けあってより小さな粒へと削られていく。
私はその様子を一通り眺めて満足すると地上の自分の家へと降り立つ。
程なくして先ほどの雲からはチラチラと白く輝く粉が吐き出される。
季節の境界を決定付けるモノ、初雪だった。
家の中に戻り、次はドコへ行こうかしら、なんて考えをめぐらせていると、
おーい、レティーと一際大きく響く声を張り上げて、氷精……チルノが私の家の扉を叩いていた。
来たわね。私は扉を開けてチルノを招きいれようとしたけれど、チルノは家の中には入ろうとしなかった。
仕方が無いのでチルノの待つ外に出る。
「久しぶりね。元気してた?」
「元気元気! あたいいつも元気!」
チルノはいつも元気いっぱいだった。
まだ目覚めて間もない私の曇天な気持ちを北風のように吹き飛ばしてくれるのは、
いつもこのちっちゃくて純粋な氷精だった。だから私もついつい期待してしまう。
「なあにそれ?」
チルノは後ろ手に何かを隠している。
氷付けの蛙だろうか、それとも道端で拾った宝物だろうか。
ともかく、それを私に見せ付けて自慢をする気なのだろう。
「えへへ! あたいね、レティが黒幕って呼ばれるワケ、わかっちゃったのよ!」
「へぇ、凄いわね」
「えへへへへ。ね、レティ! コレ見て!!」
チルノは隠していたものを私の前に差し出す。
それは鉛筆で真っ黒に塗りつぶされたノートのページだった。
「……?」
「見てなよ!」
チルノは両手でノートを開き、自信タップリに空を見上げる。
やがてチラチラと雪が舞い降り、ノートの上へ。
――踊るは雪の華。
鮮やかな六花が黒い劇場に浮かび上がった。
「黒い幕はね、冬をこんなに綺麗に映してくれるのよ! だからレティは黒幕なんでしょ。
だってさ、綺麗で素敵な冬をプレゼントしにきてくれるんだもん!」
あははは、バカみたい、全然違うのに。
……全然違うけど、この娘なりに考えてたどり着いた答えは、
目覚めたばかりの私の心をやんわりと溶かしてくれた。
ありがとうと言ってチルノの頭を撫でながら笑いかけると、早い、春が訪れたかのような笑顔を私に見せる。
黒幕の上で踊っていた雪の華は、私の吐息で鮮やかな水玉となって零れ落ちたのだった。
◇fin◇
★蛇に足が生えたらトカゲよね!★
暫くそうやって、私はチルノをぎゅっと抱きしめていた。
「あれ、チルノ。貴女リボン以外にも髪におしゃれしているの?」
チルノのリボンの後ろにカチューシャみたいなものがちょこんと乗っている。
「ほえ? あたいそんなのしないよ。リボンがさいきょーアクセサリだもの」
「ふーん……じゃあコレは髪に絡まっているだけなのかな。
とってあげるね」
「うん、ありがと!」
幸いにしてチルノの柔らかい髪に絡まっていなかったので、
私はソレを簡単に引き抜くことができた。
……『引き抜いた』?
まるでせき止められていたダムが決壊するように、チルノの頭から凄まじい勢いで大量の血が吹き出していた。
引き抜いたのは銀のナイフ。柄にはご丁寧に持ち主の名前が刻み込まれている。
『咲夜専用』、紅魔館のメイド長のものだった。
「レティ……あたい頭が痺れてふわふわして身体が冷たくなって今にも飛べそうだわ」
いやいや、それは別の意味でトンじゃってる。
何自然に臨死体験してるのよ、氷精のクセに。
「レティ、サンズリバーも凍らせれば泳がなくても渡れるわよね。あたいって頭いい!」
渡らなくて良いから! 彼岸で手招きしてるのカエルだけだから!
そもそも飛べそうだって言うのに歩いていこうとしてるの何故!?
え、え? 何コレ? 折角いい雰囲気だったのに今回こんなオチ?
ええぇぇぇぇ?
――黒には鮮やかに白い雪の華が映えるように、白い雪にもまた、赤い紅い、鮮血が見事に映えるのだった。
なんかモノローグ入り始めちゃってるし!
「レティ、あたい眠いから寝るね、おやすみなさい」
寝るなぁ!! 今寝たら、冬眠どころか永眠よ!
――チルノの身体の力が抜けると、私は泣き崩れた。涙はハラハラと氷の粒となって紅と白の雪の上に落ちてゆく。
ちょ、ちょまー! 待って! 待……!
――哀しみにくれた最初の冬の日は、今年訪れたどの冬よりも寒かったという。
※チルノは2時間ぐっすり眠ったら元気になりました。
★おしまい★
落とされた・・・・。
うん、面白かったんだけどね? 面白かったんだけど最後にこれはやられました。(苦笑)
普通に穏やかに終わってくれたら最高だったなぁ・・・なんて私は思ったり。
しないと言いつつ拾い食いする妹紅も、黒板や教卓を破壊する慧音先生もいいキャラでした。
問答無用で面白かったです。
本編?の方は(も)実に素晴らしいですね。
何か久しぶりに気持ちの良い話に出会えたって気がします。
でもぽんぽんはねえよw
読んでくださった方への感謝の意味を込めてNGシーンをどうぞ(n'∀')η
「ああそうだ、一つ言い忘れたんだが……チルノ。バカが何故風邪をひかないのか知っているか?」
「バカだからよ!」
「ふむ。まぁ、側面では正解と言えよう。しかし、だ。バカ、もとい愚者であるということは
自身が体験している事象に対する知覚が著しく乏しい、と言うことなんだ」
「ふ~ん。つまりソレってバカはニブチンってコト?」
「ほう、中々飲み込みが早いじゃないか。自覚ができない。
だからこそ、愚者は自身が愚者であるということを悟った瞬間に愚者ではなくなるのさ」
「むつかしい言葉で話さなくてもあたい分かるわよ! 自分のコトをバカって呼ぶヤツなんて居ないもんね!」
「その通りだ。だからバカは風邪をひかない。なぜなら……」
「気が付かないからよ!」
「正解。だから、例えば……ナイフが深々と頭に刺さっていようと」
「気が付かない! バカだから!!」
「……ああ」
「先生、何変な顔してるの?」
「なんでもない、なんでもない。さぁ、もう少し、授業を続けようか」