『真実』。嘘や混ざり気のない、ありのままの事実。
知人の閻魔ならば、こう思うのだろう――「須らく白黒つけるもの。故に、一つ」。
噂に聞く転生人ならば、かく思うのだろうか――「目に入るもの、記憶され記録されるもの。だから、一つ」。
どちらも間違いでないと思う。
故に、だから、遍く存在の心を読める私にとって、真実はいつも――。
「あ、さとり様ぁ!」
「危なっ、避けてください!!」
「へ、なんですかお空にお燐あら太陽さんがこんにちはふんっ!?」
薄れゆく意識の中、私は誰ともわからない意識を読み、相槌を打った。
『地底に太陽はねぇよ』、ですよねー。
こてん。
「お燐の馬鹿! なんでほんとの事言わないのよ!?」
「あ、あんたに言われたくないわよ! って、こら、考えるな、馬鹿空!」
馬鹿空。ばきゅー。全ての馬鹿は九に通ずる。いやいや。
起き上がり、頭に大きなたんこぶをこさえた私は姦しく騒ぐペット達をおいて、そんな益体もない事を考えた。
彼女達が騒ぐたび、言葉はあたかも弾幕のようになり、こぶにずきずきと響く。
正直、とても痛い。
お空とお燐が騒いでいる内容と私のこぶの理由は、同じだった。
要は、彼女達が中庭で弾幕遊びをしていて、その流れ弾が私に当たったのだ。
心を読む程度の能力を持っていても、意識さえしなければそんなもんである。
傍らで呆れた顔をしているガイドさんから冷えたタオルを受け取り、こぶにあてた。
……彼女の胸元のプレートには地底観光ガイドと書かれているのだから、ガイドさんなのだろう。服装もそれっぽい。
地霊殿騒動と呼ばれる余り有り難くない名称の事件の後、ここ地霊殿を含めた地底と地上とは俄かなブームと言えるほど、交流
が活発となった。
その一環なのだろう、彼女の様にガイドを行うモノも出てきたようだ。
未だくらくらとする頭に、おぼろげながら被弾時の状況が浮かんできた。
流れ弾に当たったのは、彼女に伴われた地上の観光客を中庭に案内した時だ。
先頭に立っていた私が真っ先に被弾するのも頷ける……のだが。
「貴女や、貴女が連れてきた人間と河童の娘さん達は無事だったのですか?」
「もう帰ったのが何よりの証拠だと思うけど。……私はこう見えてもガイドだから」
「あぁ、ある程度の物騒事は元から考慮内なのですね。で、人間の娘さんは常に無敵状態だった、と。……ん、どういう事でしょ
う。ははぁ、なるほど、河童の娘さんが只管防御壁を展開させていた、ですか。それで河童さんは妙にげっそりした表情をされて、
あ、違う? それは別件で、昨晩は激しかったみたいってもう嫌ですよ、ガイドさん」
頬に右手を当て、左手でひらひらと手を振る。
ちらりと窺ったガイドさんの表情は、先ほどよりも更に呆れたものになっていた。
……おかしい。そう言う台詞にはこうするもんだと聞いていたのだが。
ひょっとしたら目に入っていないのかもと思い、もう一度手を振る。ひらひら。
「や、見えてない訳ではなく。どこから突っ込めばいいのかわからなかったから、呆れていただけよ」
「心を読むな、言葉に出すな、あと私にはその行為は似合わない、……どういう意味ですか。あ、そう言う意味ですか」
「わかっていたけど、言葉要らずね……。と言うか、そんな性格だったっけ?」
「此処にも交流の輪は広がっていますから、少しアクティブになろうかと。……滑り気味ですか、そですか」
「勝手に覗いて凹まないでくれる? しかも、若干可愛いし……」
一人ボケ突っ込みこそ私の独断場だと思うがどうか。
「さとり様! ですから、私が悪いんです!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ、話は終わってな――違いますよさとり様、悪いのはあたいの方なんですっ」
流れてくる情報がヒトより多い私の反応は、集中でもしてない限り、一瞬遅れてしまう。
ガイドさんに向けていた視線をペット達に向け直す。
お空の瞳はただ真っ直ぐ、私を見つめている。
一方、お燐の瞳は落ち着きがなく、ゆらゆらと動いていた。
小さい頃から、それこそ、妖力を持つ以前の鳥獣形態から続く、彼女達らしい謝罪の意思表明だ。
溜息を零しくすりと笑うと、お空は身を固め、お燐は目を瞑って小さく震えた。
この反応もまた、昔から見慣れたもの。
どうしたものかと腕組みをして、彼女達への言葉を探す。
「……事情を説明しましょうか、ですか。意外と親切ですね」
「貴女にヒトの行動や意思で意外な事なんてあるの? まぁ、余計なお世話だったみたいね」
「余計とは思いませんが、ええ。彼女達に聞かなくとも、貴女の心を読まなくとも、わかっていますから」
わかっているのは、どちらが『悪い』か。
「私が投げた弾幕がさとり様に当たったのです! だから、私が悪いんです!」
そうでしょうね、お空。
「お空は悪くないのです、あたいが避けた所為でさとり様に当たってしまったのですから!」
わかっていますよ、お燐。
――そして、彼女達の言葉が心の底から出ていると言う真実。
『ごめんなさい、さとり様! 悪いのは自分なんです!』
もう一度溜息をつき、頭を悩ませる。
原因を作ったお空に罪があるのか、結果を曲げようとするお燐を罰すればいいのか。
真摯な態度と表情のお空に罪を償えと言うべきか、彼女を庇おうとするお燐に罰を受けろと言うべきか。
閻魔ならば、どちらに罪を宣言するだろう。
転生人ならば、どちらに罰を書き記すだろう。
その判断は、彼女達が依る『真実』に委ねられるに違いない。
彼女達にとっての『真実』とは、目の前のペット達と同じように、間違いなく確固たる一つの『真実』なのだから。
けれど。
「わかりました、お空、お燐」
故に、だから。
「心してお聞きなさい。私は――」
私にとって、『真実』はいつも――、一つじゃない。
「――貴女達二匹に罪を言い渡し、罰を与えます」
放任主義よくない。
「うにゅ、お燐の馬鹿ー! 私だけ怒られれば良かったのにー!」
「にゃぁん、だって遊ぼうって誘ったのはあたいの方だったでしょう!?」
「そんな事言って! ほんとはいい子ちゃんぶってさとり様に褒めてもらおうとしてたんでしょう!」
「ば、何言ってんのよっ。あんたこそ、さとり様をじぃっと見詰めちゃって! なによなによっお空の馬鹿!」
キャッキャウフフと戯れ出す二匹。あらあらまぁまぁ。
「これ、二匹とも、まだ罰を言っていませんよ」
「あ、はい、ごめんなさい、さとり様っ」
「ちょ、お空、あたいはまだ、……にゃ、どんな罰なんでしょう、さとり様」
咳払いを一つして、私は二匹に言い放った。
「一週間、添い寝を禁止します」
お空は膝をつき天に嘆き許しを乞う。
お燐は涙を流し袖を掴み撤回を求める。
ふふ、ダメですよ、二匹とも。私はこう見えても厳しいんですから。
……ガイドさんから、物凄く冷たい目を向けられた。
「な」
「なんて甘い制裁なんでしょう。途中から見てられなくて、力を使ったって変わりやしない」
「この子達を愛でている時にそんな事をしていたんですか。あら、私には効いていませんよ?」
「わかっていながら聞かないでくれる? 地霊殿の主に案内人程度の力が効力ある訳ないでしょうっ」
「そんなに語勢を強めないでくださいな。因みに、傍観者の貴女から見て、この度の事件はどう映りました?」
緑色の瞳を輝かせ、彼女はきりっとぶちまけた。
「鴉からして素直すぎる。
猫にしたって可愛過ぎる。
仕舞いにゃ主は甘すぎる。
何この喜劇、何処にあるんだこんな茶番。
誰も彼もが何もかもが色んな愛に包まれている。
――あぁ、あぁ、『真実』はいつも、妬ましいっ」
「ところで、何故、水橋さんがガイドなんかを? あぁ、黒谷さんに勧められて、ですか。なになに、あいつってば嫉妬に狂う私
を見て楽しんでいるに違いない、私を衆目に晒して楽しんでいるに違いない、と。や、彼女、貴女を同じ立場にプロデュースした
いみたいですよ。それならそれで、自分との格差を思い知らせる為にでしょってどうやったら其処まで僻めるんですか、貴女達、
傍から見たら仲良しこよしなんですから、え、もうパイタッチされる仲、やりますねぇ黒谷さん。って、ほんとに何やってんだ、
蜘蛛娘」
「心を読まれるだけでなく、言葉まで奪われるなんて、ほんっっっとに、妬ましいわ……」
<了>
なんという可愛い世界!さとりんの一人ボケツッコミの自然さに年期感じて吹いたw
取り敢えず地霊殿ファミリーにGJをして置かねばねばねばっ!
もう可愛くて愛らしくて愛でたくて愛しくて堪んないね。
パルスィさんは黒谷さんの愛を一身に受け過ぎて気付かぬだけだと思うのですよ。
行って来ますのハグとかお帰り為さいのヒップ撫でとか自然に無意識にやっちゃってるんじゃないかと。
これで黒谷さんが誘い受けだったら文句無し。
長さ的にはプチ向けかな?
それにしても地霊殿キャラ達は皆、癖があるのに
他の作品キャラ達よりも生き生きとしてる気がするのは気のせいでしょうか。
それはこのお話からも受け取れました。
というか皆甘すぎる。
さとりの一人漫才はグッドですね。
この短さでも十分読める作品に仕上がってるあたりに作者の技量を感じます。
次作も是非期待してますね。
いい作品でした。^^
>>1様 23様
プチへのいざない、ありがとうございます。
私なりのプチ感なのですが、あちらには極端にメタ的なお話、もしくは実験的なお話(共に私の作品において)をあげさせて頂こうかと思っ
ております。
そういうものが書けた折には、またお読み頂けると幸いです。
>>3様
ヤマメさんがやってるのでちょい入口より進んでください。キスメさんにお気をつけて(笑。
>>謳魚様
もう十数年前の物なので、解らなくても無理はないかと。んなもん覚えてるなよ私。
あと、こんだけお話書いているのに未だに誘い受けってどんなものかわからなかったり(タハハ。
>>25様
生き生きとしているのは、書き手にも読み手にも、それほど強い固定観念がないからじゃないかなぁと愚考します。
「俺の思うさとり様はこうなんだよ、どうだ、なぁ!?」という思いを文にできるので、むやみやたらと楽しんで書いてましたし(笑。