「酒よッ!!」
「なんですかこの物騒な名前は!」
「もう答え言ってるじゃないの、早苗。幻想郷に住んでる輩なら、気付くのは気付くと思うなあ」
今まさに眼の前には、たくさんたくさんの瓶が鎮座しているのです。
その中のある一升瓶のひとつには、大層物騒な名前がでかでかと記されております。今までどれほどの方がこれを口にしてきたのかを思うと、ちょっとセンチメンタルな気分になってくる東風谷早苗、私です。
ああ思えば、今日はお昼から御遣いの為、私は風の子へいきのへっちゃらなどと鼻歌交じりに外へ飛び立ったのでした。
いっぱいに広がる冬空には、ぽつぽつと綿のような雲が浮かんでいました。鳶がくるくると円を描き飛んでおりまして、空は何処までも高く、そして至極和やかに在りました。ここ幻想郷も、外と変わらず空は青いのです。
お天道様はきらきら、それは空よりももっともっと高いところにあるのでしょう。
直接にお天道様へ眼を向けることは無かったわけですが、空より高くそれが在るということなどは当然の如くわかっていたことでした。眼にはしなくとも、お天道様はあたたかさとして実感することが出来たのですから。眼に見えるものばかりが大切なことではありません。
風はつめたく、それでいて眩い光はあたたかく、そんな空を飛ぶのは嫌いではありません。鳥になったような等と言ってしまえば陳腐かもしれませんが、心底そのようなことを思ったりしていました。
御遣いの先が何処であったかというと、香霖堂という古道具屋さんです。そこはもう既に、何度かお訪ねしたことがありました。主に諏訪子さまの御遣いで。
お店の前には、誰かを落としこみたいのか何なのか、随分と大きな穴が開いていたのですが、ともあれそれが何であるのかを知ったのはその直ぐ後のことになります。
店主である森近さんとは既に面識がありましたし、その時も割かし気さくに話しかけてくれました。
大丈夫か持てるかい、と言いながら、森近さんは薄暗がりに置いてあった風呂敷の近くへ私を導きました。
ちょっと包みの上をひっぱってみると、中でがちゃがちゃと音が響いて、それは大分重そうな塩梅でした。その時の私は、中身を知らされていた訳ではありません。
ですが其処は万全、何も心配することはないですと、私は小さく胸を張ったのでした。
風をちょいちょい操って、ほらこの通りですよ、と。
大層重い筈の風呂敷がふわふわと浮いているのを見て、森近さんは何だか眼を丸くしているようでした。
帰り際森近さんが「好きそうなの見繕っておいたから」と言っていたのですが、その意味がわかったのはやっぱり後のことです。
帰ってからはきちんと手を洗い、うがいしました。いくら風の子風祝、現人神とは言えど、身体を持つ身なれば風邪を引くこともあります。なんとも情けない話、不摂生顕わもいいとこなのですが、あるのです。
風邪というと、小さい頃に呑んだ蜂蜜湯を思い出します。
そんなに沢山飲むものでもないのですけれど、なんだかあの甘さが好きでした。
そんな記憶も相まって、なんだか無性に喉が渇いたのです。
御遣いで運んできたものは、何やら飲み物の様子。私はとりもあえず風呂敷包みを開けました。
『早苗さん専用!』
なんだこれ、というのが正直な感想でした。和紙に包まれたその表面には、そうやって確かに書かれていたのです。なんというか、怪しいこと極まりありません。他を見渡してみればとりもあえずお酒だなあ、ということはわかりましたので、やはりその類なのだろうなとは思いました。森近さんが見繕ったものというのは、これのことだったのでしょう。お酒、お酒……
でも。
専用、か。
そう言い切られてしまうと、そんなに悪い気もしないのが不思議でした。
ちょっとだけ。ちょっとだけならいいですよね?
その折感じられたのは、遠い日に味わったあの蜂蜜湯のような甘さ。それは有体に言うととても芳醇で、甘いだけでなく、何処となくフルーティです。一気に飲んでしまうのが勿体無くて、思わずちみりちみりと口をつけました。
案の定熱っぽい感じになって、けれどもだるい感覚意外は特に頭やお腹や関節が痛くなるようなこともなく。とりもあえず一息お休みを入れてから、今に至ります。
お酒です。八坂さまは確かにそう仰いました。
でも御免なさい八坂さま、私もうそれはわかってたんです。和紙をとったら巫女殺しって名前が出るとは思いませんでしたけど。
お酒の方はというと、八坂さまから古道具屋さんに依頼されたものでした。何やらわざわざ注文をとったそうです。注文書の貼り付けられた八坂さまご自慢の御柱が一本が、店の前に深々と突き刺さっていたと。その跡は件の落とし穴紛いと相成ります。
ともあれそういうことに躊躇いを感じない八坂さまはやはり大物であり、私はもう崇めずにはいられません。
森近さんによれば、更に彼から、幻想郷が大妖怪へと依頼したとか。
確かに何故古道具屋さんへ酒を注文したのかと言われれば不思議に思う訳ですけれど、店主さんがそういったコネを持っていることを八坂さまが見越していたとすれば、最早私には流石ですとしか言いようがないのです。
『この風呂敷包みなんだけどね……彼女のスキマから運んで貰ったのさ。君の住んでいる処へ直接持っていって貰えば早かったのだろうけど、一応こちらとしても注文を頂いた体裁は在るわけだ。卸売問屋みたいなものじゃないか。
それでそのスキマから風呂敷を取り出す様がね。なんというか始めは、ぬるんって感じだと思ったんだ。けどそれと違った何かもあるんじゃないかって気がしてね。いやいや、僕があの不思議の答えに行き着こうと思っている訳ではないよ? でもあれだろう、仮説くらいは立ててみたくもなるじゃないか。例えばそう、あの空間には類稀な回転が常にかかっているとか。そうなると、何と言えばいいかな。ぎゅるんって感じか。ぎゅるんっ』
私記憶力いいなあ、と思います。
「酒よねえ。そこには浪漫が、美談があるのよねえ」
「なんかあったの」
「色々よ、色々」
「ぎゅるんって感じですね!」
「何言ってるの早苗?」
此処におわすはおふたりの神様、私と一つ屋根の下で暮らす方たちです。
私たちがこの山の上にやってきてから、もう大分時が経ちました。実際こうやって過ごしてきた日々を思い起こしてみると、光陰矢の如しという言葉もありますが、その表現はあまり相応しくないように思えます。
思い出が多いのです。
それは言わば、今までの時の流れがしっかりと私の中に刻まれているということに他なりません。それは記憶力だけの話ではないのでしょう。
思い出と申しますと、大体ぶっ飛ばしたりぶっ飛ばされたりどんちゃん騒いだりの三つくらいに集約されます。
ただ、集約される前のぱらぱらとした欠片のような思い出たちは、様々な色の光を以て私の胸の中に輝きます。ぶっ飛ばされて悔しい思いをしたことも結構ありますけれど、それはそれで違った光を讃えているのですから、なんとも不思議です。
『よよよ、諏訪子ぉ、早苗の言葉遣いが荒くなったのよう、ぶっ飛ばすだのされるだの』
『あー、お年頃なんじゃない? あーうーまた寺行きだよう。はいきょうしゃはお前だよこの業突く張りめーこちとら神様だぞう』
『真面目に聞いてよ! 何よう先達てからピコピコピコピコ! ピコピコは一時間で終わるようにって言ってるでしょうに!』
『こっちも真剣なんだってば酔っ払い! ……あああ灰になったー! 私が灰だー! かーなーこーのーせーいーだあああ!』
そんな会話だってよくよく覚えています。あのあと狂乱の様を以て涙を流していた諏訪子さま、それを以て責めに責められ泣かされた八坂さま、おふたりのお頭を撫でつつ慰めたことも。
ピコピコについては私あんまり興味ないです。森近さんの所へ御遣いに行ってこれを持ってきてから、諏訪子さまは結構夢中なようですけれど。
諏訪子さまが「ちょっとやってみなよう」とおっしゃるので少しさわってみましたが、いつのまにか私は石の中に居たみたいで、そのときの諏訪子さまの表情はとてもじゃないですけど忘れられません。「さなえがいしのなかにはいってしまった」と泣くのです。私は今だって此処にいるというのに。勿論そのあとの慰め役は私でした。
ぶっ飛ばす云々を申しますれば、宴会中でも何やらみなさん使っていた言葉ですし、それが妙に私の中でしっくり来たのでなんとなく気に入っています。
そう、宴会ですよ。
特にどんちゃん騒ぎについては、私はいつもその場において極めて冷静でなければいけませんから、覚えているのです。
宴会の場で衣類を脱ぎだす破廉恥な輩も居りますけれど、八坂さまや諏訪子さまはその類ではありません。少なくとも自分からはいたしません。
おふたりの内、特に諏訪子さまはあまりお酒に強くない塩梅でしたので、弱ったところで鬼にひん剥かれそうになって実のところ私はそれを見続けたいという気持ちも恥ずかしながら若干持ち合わせていた訳でしてだってもう一緒にお風呂入ってくれなくなってしまったのですし八坂さまは傍から見守りつつけらけら笑ってますしいやでもいけませんあああそれは最後の
「どしたの早苗、大丈夫?」
「大丈夫ですよ?」
私はいつだって大丈夫です。諏訪子さまは私が守るのです。もちろん八坂さまも。
何故なら私は、この神社、この神様たちを奉る巫女なのですから。
あの時だってそうでした、あわや諏訪子さまが鬼の手にかかろうかというところで、炸裂したのは私の大奇跡です。神様を守るのですから奇跡の上に大がつきます。でっかく包み込まなくてはいけません。包み込みつつ、ぶっ飛ばすのは鬼だけです。大奇跡だからやれます。大と奇跡の間に星文字を入れても素敵かなと思います。
「ところでこれ、一体どうしたっての」
「あーこれねえ。こないだ地下いったじゃない地下」
「うん」
「主とやらにはまだ逢ってないし。お土産とか持ってって腹を割った話でもしようと思ってさあ」
「なんでそれが酒になるのさ」
すっくと立ち上がり、その背後に輝く御柱は一層神々しく、意気揚々とその拳を握り締めながら八坂さまは語ります。いつだって自信に満ち溢れる八坂さまを見つめるだけで、もううっとりです。
「腹を割って話をするのに酒は有効な手段なのよ! ほんのりほろ酔い! 勢いで雪崩れ込む! 戦の士気も上がり隙も与えず占領! 万々歳よ!」
ですから、そもそも腹を割ったお話をするために酔っ払って戦して占領する必要があるのかなんてことは言わない私です。
「いやいや神奈子。戦しないし。占領しないし。あとそれただ酔っ払いが絡んでるだけだし」
「ええっ」
私が言わずとも諏訪子さまが放った一言を持て、八坂さまは見事にしぼんでしまいました。悲しみに打ちひしがれる様を呈する八坂さまも儚げな趣があって良いです。
私はこの状態の八坂さまを「しおしおした八坂さま」と密かに呼ぶことにします。今考えました。
八坂さましおしお。合ってると思います。
「諏訪子に挑んだときもちゃんと酒呑んでいったのに……」
「ええっ」
絡み酒でやられたの私、と呟きながら今度は諏訪子さまがしょんぼり。しおしお諏訪子さま。抱きしめたいです。
さてもさても此処におわすは紛れもなく神様ですが、まこと人間味溢れ、陽気に過ごしてさっくり落ち込みまた元気になり、を繰り返し。ともあれ信仰が保たれていれば万能。
八坂さまのお言葉をお借りするなら、フランクな感じのおふたり。多分意味は合ってると思います。
「で。早苗じゃないんだけどさ、この名前やっぱり物騒だよ。なんなのこれ」
「んん、銘柄はお任せにしたからね。ほら、地下に行ったらどんな酒が流行ってるかわからないじゃない? とりあえず甘いのから辛いのまで通り一遍頼んでみたけど。ま、大丈夫大丈夫」
「本当かなあ」
「いいじゃないの。まあ、それにしたって一寸多すぎたわよね。少しくらい此処で呑んでもバチはあたらないでしょ」
八坂さまはどちらかというとバチを与える側のお方だと思うのですが、そういうことも口にはしません。空気を読むことが大切です。
「そんなあ。私も早苗もそんなにお酒強くないんだから」
「呑めない輩に無理矢理呑ます程私も野暮じゃないったら。雰囲気が大事なのよ、雰囲気が。諏訪子も早苗も、宴会は嫌いじゃないでしょ?」
「まあそうだけどさあ」
「はい、そうですね!」
「なんか元気だね早苗」
そのお言葉には賛成です。
先ほどから八坂さまは熱の篭ったご様子で語られますが、実際呑めない方に無理強いをしないというのは本当で、返す自分はといえばくぴりくぴりと、長くお酒を愉しまれる方なのです。時々怒って笑って泣きます。
強さの方は、宴会に来られる他の方々にタガが外れた方が数名いらっしゃるせいで霞みがちになりますけれど、一口に言えば普通にお酒を嗜まれる方よりははるか上をいくと思われます。
華の宴にて頂上へ出張らず。そんなちょっとした控えめな処を持ち合わせているという点も、八坂さまの魅力のひとつです。
私は諏訪子さまと同様、強いわけではありません。でもお酒はそれなりにすきです。
「ん」
「どうしたの? 諏訪子」
「や、なんだろこれ。中身減ってる」
ずぞぞ、とお茶を啜りながら諏訪子さまはおっしゃいます。
お手持ちの湯のみは諏訪子さまお気に入りの蛙の絵入りのもので、私たちが此処へやってくる前に私が諏訪子さまに差し上げたものです。八坂さまには蛇の絵入りの盃を差し上げました。こちらもしょっちゅう使って下さっているので、とても嬉しいです。
それにしたってどうしたって、ばれました。昔のことを思い出しても事実は変わりません。そんなに時間はかからないと思っていたので、正直に言うことにします。というかそもそも隠すつもりもなく、なんとなく言うべき契機を逸していたのです。
「喉が乾いたのでいただきました!」
「ンブふッ」
諏訪子さまがお茶で虹を作りました。ここはそれなりに採光宜しく造られた建物ですから、虹もよく映えるというものです。素敵です。
「もう呑んでたんだ……喉乾いたって理由で酒呑むようになったら駄目になるよ? おかしいと思った、なんかいつもと違うしさあ」
私はいつもこうだと思いますよ諏訪子さま。
私の前で鳶がくるくると回っておりますがその実そういう最中を飛んでいくのは私嫌いじゃなくてですね、
―――
「私って友達少ないですか?」
いきなり言うこととしてはどうかとちょっとは迷いました。
けど何だか気分もいいし別に構わないかなあと思う東風谷早苗、私です。
「うん。早苗大丈夫?」
ああ諏訪子さまは私のことをいつだって心配してくれる! この「うん」が肯定の意味なのかそれとも単なる相槌としてのそれなのか微妙にわからないところが私の胸をきゅうと締め付けるのです!
「重いわあ。思う様重いわ。酒の席でそういう話振ってくる子って居るわよね」
「あーうー、ええとねえ、なんていえばいいかなあ」
八坂さまは何だか神妙な表情を浮かべておられます。神様だけに神妙とはなんとも言えぬ妙があると思います。
諏訪子さまはちょっと考えているご様子。その顔はほんのりと紅くなっている塩梅でして、もう大変に愛らしいったらないのです。なんかいろいろ愛でたりしてもいいですか諏訪子さま。
「神奈子ー、なんとかしてよう。早苗の顔が見るからに春だよう」
「今は冬でしょうに」
はあ、困り顔で八坂さまに助けを求める諏訪子さまは最高です。
物憂げな感じでかつその余裕を崩さず盃を傾け続ける八坂さまも最高です。
「大体諏訪子ねえ、じゃあもう諦めて皆で呑もうっていったのは貴女でしょ?」
「神奈子は最初からノリノリだったじゃん!」
ほんと美味しいです、みこころし。みこころころ。
「こーきーくーくるくれころころですね!」
「ああもう、そんなに酒ばっか呑んでたらどっかの鬼みたいに馬鹿になっちゃうよ!」
「悪いか、酒呑んで悪いか! 信仰は離れども酒は絶対に私を裏切らないわ!」
「なんで神奈子が怒るのよう……もういやだあ」
ああ、そんな。諏訪子さまがさめざめと涙を流しております。
「諏訪子さま、元気出してください」
とりあえず帽子をとって思い切り頭を撫でます。わしわしします。これでもかってくらいやります。
身体ごと膝上にちょこんと乗せたあとに帽子は私が被ります。
「やめてえ、やめてよう。元の早苗に戻っておくれ」
「私はいつだって私ですよ諏訪子さま」
「多分諏訪子はそういうことを言ってるんじゃないと思うけどねえ」
いやまあ何と言いますか、私も随分お知り合いの方は増えたとは思うのですけれど、その実友達と呼べるかどうか? という問いを己の中で繰り出すとすれば、ぱっと答えは出てこない塩梅なのです。
ここにいらっしゃるおふたりに着きましては、最早家族のようなものというよりもむしろ家族そのもの、友達かと言われるとちょっと違うような気もします。
「麓の巫女なんて、もう友達なんじゃないの?」
私の両の腕で抱え込まれた体勢から、くるりと顔だけこちらに向けながら諏訪子さまはおっしゃいます。ああその涙ぐんだ眼! 私どうすればいいかもうわかりません。とりあえず抱きしめます。
「ふもとのみこはですね、そうですね、友達かどうかっていうよりはライバルですよライバル!」
「らいばる?」
「あー、同業だしね。でもあいつも中々面白い娘よ? 巫女どうしであるからこそ、友達になれそうなものじゃないの」
霊夢さんとはもうぶっ飛ばしたりぶっ飛ばされたりした仲ではありますけれど。
ええと、
「その、その」
「んんー?」
「や、何かいまさら……他の皆さんは皆さんで……仲良くしておられますし……」
根っから本心です。私いつでも正直ですから。
それに思います、霊夢さんは誰とでもこだわりなく付き合いますし、私のように友達が多いとか少ないとか、そういうことにもほとほと無頓着なようだなあと。
いや。
あのひとは、「何者」も自ら望みません。
それは、この幻想郷におけるあのひとの立ち位置を聞いたときから、思っていました。
霊夢さんの眼差しはどこか透徹としています。
私がいくらライバルといったところで、微塵も気にしないでしょう。
そういうことです。多分私が友達云々を言い出した時点で、あのひとと友達になることはないのだろうと思います。そういうことを、気にしてはいけないのです。
「早苗?」
「いえ、……いいんです」
そもそもにして友達というものは「友達になろう!?」と明らかな宣言をして成らしめるものでは無いんじゃないかと私は思うわけです。何時の間にか肩を組み合ってるような、互いに背中を預けて絶体絶命のピンチを乗り越えられるような、そういう展開を私は望むのです!
「どうしたんですか?」
何時の間にやら、おふたりが滝のような涙を流しておられます。お酒にあんまり強くな筈の諏訪子さまは私の膝元でくぃっと一気にお手持ちの盃を煽り出しますし、八坂さまは巫女殺しの瓶に直接お口をつけて傾けますし、ああその瓶頂いてもいいですか?
「ああかなこ、こういうのどうすればいいかなあ?」
「どうするのって、駄目よ、私達が泣いちゃ駄目よ!」
「……そうか、神奈子もたまにはいいこと言うなあ!」
「たまにってのが余計よ! さあ、どうしようかしら……そうね、決めたわ!」
言い切ったのちに八坂さまはまたしてもすっくと立ち上がります。でもちょっとふらふらしてるところが可愛いです。
「決めたって何をさあ」
「早苗お友達新規開拓作戦よ! さあ酒はまだまだ余ってるでしょ!」
―――
あれよあれよと連れてこられたのは、地底の奥深くに構える大層立派なお屋敷。明日お天道様を拝むことが出来るかどうか心配になってきた東風谷早苗、私です。
道中におけるおふたりのぶっ飛ばし具合といったらそれはそれは惚れ惚れするほどで、妬ましいわと声に出して言われてしまいました。
「たーのもー!」
「お邪魔しまーす」
右手を諏訪子さま、左手を神奈子さま、それぞれに引っ張られながらも進む方向は一緒、ずんずん敷地へ入り込みます。この豪胆さ、大胆さ! ワイルドってよい響きだと思います。風呂敷を浮かせながら運んでるのは私です。手なんか使わなくてもやれます。これは普通の奇跡でいけます。もうこの手とか洗いたくないです。
門などとうに突破していた私達でありましたが、お屋敷の扉を開けようかという処でお出迎えがありました。
「はいはいどちら様ー」
これはこれは愛らしい方がいらっしゃいました。艶やかな赤毛の上でぴこぴこと耳が揺れている様が溜まりません。是非お友達になりたいです……口には出来ませんけど。
「やあやあ、その節は色々どうもねえ。あ、あの鴉元気? 私があげた力は絶好調?」
「ああ、お姉さん達のことだったのかあ! 丁度話に聞いてたとこさあ」
相も変わらず耳を動かしながら、眼の前の方は言葉を続けます。かわいいなあ。
「あらやだお姉さんだなんて」と言いながら、八坂さまの御柱はこれが地底の太陽かと言わんばかりに輝いております。眼に見えるものばかりが大切ではありません。八坂さまは確かにそこにいらっしゃいました。
「お空は元気さあ。あの娘あの通り鳥頭だから、お姉さんたちのこと覚えてないみたいだよ。顔見れば思い出すんじゃない? それにしたって、もうあんなのはこりごりだからご勘弁願いたいもんだ」
「そこは手打ちにしてもらおうかと思ってねえ。計画自体は順調なんだもの。まあほら、お詫びと言っちゃあれだけど、手土産は持参させてもらったから。ご主人は居る?」
その方の眼の前に風呂敷包みをがちゃりと置いて、結びを解きます。
中身を見るや、その方の耳がぴんと張ったように思えました。猫みたいです。猫でしょうか? でも普通に頭の横にも耳がついてますし、猫のような猫でしょうか?
「そうかそうか、話がうまくなってきたじゃない! さとり様ならまだ起きてるよ、おつまみもあるよ、温泉卵。さあさあいらっしゃい」
猫のように軽い足取りで猫のような猫はお屋敷の奥へと私達を案内してくれます。
「さとり様ー! お客様ですー!」
その部屋には、知り合いの方が居ました。
「おっ、黒白の」
「なんだなんだ、おまえ達も来たのか? 私が黒白ってのは年中だが、お前たちなんて真っ黒な黒幕だ」
「聞き捨てならないわねえ。私はよかれと思ってやったのに」
「自分の山のためだろう」
魔理沙さんです。えっと、
「なんで魔理沙さんが此処に? だそうですよ、魔理沙さん。お友達かしら」
「え? え?」
「あーこいつ、心とか考えてることとか、読めるらしいぞ」
「えええ読まれちゃう!? 私の心が読まれちゃう!? 私の心がすっぽんぽんです! あられもなく! どうしようどうしよう私まだ心の準備が! 落ち着いてください。古明地さとりと申します。地霊殿の主です」
「早苗お前すっぽんぽんてそりゃないぜ。あとわざわざ口にするさとりもそれなりに酷いな」
「おー、サトリの類かあ。自己紹介が楽だなあ」
「ほんとねえ」
「あ、え、ええ」
わたわたと慌てる私を余所に、八坂さまも諏訪子さまも、とても落ち着いた様子でいらっしゃいます。なんででしょう? 私なんて、たった今も非常に驚いているのです。
「神様ってのも伊達じゃないのよ早苗、だそうですよ。早苗さん」
神奈子さまと諏訪子さまが、にっこりと私の方へ顔を向けます。
「……あ、そういうことが出来るんですか」
「どうした?」
「中は見えるのですけれど、鏡合わせの部屋のようですね。何処まで続いているんでしょうか、眼が回りそうです。完全な闇とも違います、中は見えますから。思いが跳ね返りながらきらきら舞って……きれいです、そしてうつくしい。ああ、私も真である思いますよ。それはある種禍々しさに通じる。過ぎたものを見つめると眼が潰れるというのはそういうことですね。
そうですか。己が刻みし歳月、歴史はやたら長いからと……必要なことはかたちにする? はい、わかりました」
「私にはよくわからないな」
「よくわからないけど何かすごいな、ですか? 私もすごいと思いますよ。ああそうです、正解です。奥底も覗こうと思えば覗けます。でも貴女達のように、部屋を仕立て上げられたらどうもこうもありませんね」
この場において、まともな言葉を口にしているのは、さとりさんと魔理沙さんだけです。
「これは確かにコツみたいなもんが必要だけどねえ。誰だって同じだよ早苗。何者にも旨く付き合う方法ってあるものよ」
「偉そうなこと言うわねえ」
「ふんぞりかえってる具合なら神奈子には敵わないなー」
そうおっしゃいながら、からからと諏訪子さまは笑います。八坂さまは既に乾杯の音頭など取り始めて、盃を傾けたりもしています。
「ともかく。主に承諾を取らなかったのは真に失礼した。此度は申し訳ない」
「いえ。先ほどからもう既に心ではそう思っているじゃないですか、おふたりとも。わざわざ言葉にするとは、随分と律儀な方たちなのですね」
今度は耳に捉えることが出来るやりとりを眺めつつ。八坂さまがそういう風に頭をお下げになるくらいなら何か余程悪いことをしてしまったかもしれませんが、私はそれについて詳しいお話は知りませんし、何よりその潔さを見てるだけで私の心はきゅんきゅんします。
「私のこころはきゅんきゅ」
「言わないでください!」
「おお? お前そんなに春っぽい性格だったか」
「これは上手くいきそうねえ」
「ねえ神奈子、作戦って本当にあったの?」
――
温泉卵をつまみつまみ、ちみちみとお酒に口を付けます。こういうゆで卵って、殻を割っていないのに何でほんのり塩味のする奴があるんだろうと時々思います。私の人生においてベスト3に入るくらいの疑問です。
八坂さまと諏訪子さまは、さとりさんやお燐さんとお話の華を咲かせています。途中からお仕事を切り上げてきたらしいお空さんという方がいらっしゃって、「やっぱり覚えてないのかしら?」とかいう八坂さまの問いにも「うにゅ?」とかお返しなさってああもうかわいいったらないのですよですから是非とも私としては、
「さとりじゃないが、お前の頭の中が春で満たされているのはなんとなくわかる」
「いやまあ、ええとですね」
はあ、みこころし美味しいです。
それはさておき、私は魔理沙さんに此処へやってきた顛末をお話してみます。
「お友達新規開拓? なんだそりゃ」
「私、友達と呼べる方が少ないというか、なんというか」
その言を受けて、魔理沙さんは何だか驚かれてるような、それでいて呆れているような、そんな眼をします。心が読めなくても気持ちがわかるって、多分こういうことなんだなと思いました。
「はー、なんとも気難しいもんだな。ああいや、馬鹿にしている訳じゃない。個人の悩みってやつは、他人とは全く別の次元に存在する」
「普通は心の中が見えないからですか?」
「おん? や、そういうんでもないな。さとりがどうこうとか、そういう話じゃない。言葉で吐き出されればそれは一緒だ。そういう風にかたちとしてわかるようになるまで待つのが普通だ。正直に話してるかっていう前提とかは、私は気にしない。ここは割かし、いい奴多いし」
あの嘘つき兎は別か、それでも悪いやつではないな。そう魔理沙さんは言って、手元の盃に口をつけます。
「それでいて、だ。他人の心を読んでも、言葉を聞いても、その意味を共有できるかどうかは別の話だぜ、早苗。いくらわかった風でも、それは個人の納得の話でしかない。元々が他人だから」
「そんなものでしょうか……」
「そんなもの。まあ、その辺の考え方についちゃあ、どこぞの巫女に影響された感もある」
どこぞの巫女と言われればそれは勿論私のことではなく、麓の神社に住んでいる霊夢さんのことでしょう。
「あいつは誰にでも平等だからなあ。他人は他人、自分は自分。言いようによっちゃあ、誰とでも友達だし、友達でもない。あいつは眼の前にあることに対して、そんな拘り持っちゃいない。まあそれでも、私は自信を持って友達だって呼べるぜ」
「え、え。何故ですか? 相手の気持ちもわからないのにおともだちなんて」
また驚いた風な顔をした後に、今度は魔理沙さんは笑いました。
「どこまでいってもわからんものはわからん。さっきも言ったが、他人のことを全部わかりきるなんて、心を読んでも無理だぜ。でも、だからいいんじゃないか? 私は好奇心旺盛なんだ。ああこいつのこともっと知りたいなって思ったら、ちょっとでもわかりたいんだよ色々と。それが私にとっての友達像だ」
友達、友達か。私は語ります。霊夢さんについてのことです。きっと私は、霊夢さんと友達になることは出来ないだろうという、理由も含めて。
「あー。お前それ、あいつに言ったのか?」
「いえ、……」
「お前は実にものをよく考えるな。それで霊夢も私なんかよりよっぽど考えるし、私は私で考える普通の魔法使いを自負している」
ほら盃が空いてるぞ、と、みこころしを勧めてくる魔理沙さんです。私もう色々と溶けそうです。なんというか視界がくるくるしはじめました。
「でも、考え方の質の違いだ。多分今いった三人なんて、存外よく物をよく考えるが、お前はあれ、答えを出して白黒はっきりつけないと行動できないタチだ。割り切り方というかなんというか。考えるってそれだけで難しいぜ」
言われて、今度は私が驚く番です。どうしてでしょうか? 魔理沙さんは私の心の中を覗いているのでは?
「私覗かれたらどう対応していいかわからないです! ですか?」
「わーわー!」
いきなり会話に入ってきたのでびっくりしてしまいました。
さとりさんがこちらに来たということは、八坂さまと諏訪子さまは?
「いやいや、あんまり無理しないで。長く愉しまないとさ、ほら、ね?」
「うう……お酒がおいしい」
「お姉さん、お空もう限界近いみたいなんだけどさあ」
「あー、大丈夫? それにしたって、私より弱いなんて。よしわかったお空、あんたの気合は伝わった! 代わりに神奈子が負担してくれるよ! さあほら神奈子。蛇でしょ? 神奈子蛇でしょ? おんたま丸呑みしてほら」
「なんで酒じゃないのよ!」
そこに垣間見えたのは微笑ましい光景でした。酔っているからでしょうか、まともに直視できません。でも、なんとなく和やかな空気になっていることはわかりました。平和がいちばんです。
思考を切り戻します。魔理沙さんは、考えることがそれだけで難しいと言いました。けれど私にとって、
「難しいという言葉の響きがあんまりすきではありません、だそうです。難しいと一言いってしまうと、答えを出さなくてもいいような雰囲気が出るからと」
先に言われてしまいました。それと同時に、もう視線を行き来しただけで頭がくるんくるんしてきてるんですけど。あれ?
「んー、そりゃお前の真面目さだな。そもそも早苗、答えを毎回出す必要があるのか? そういうのは、此処一番って時に出来りゃあ御の字だ。曖昧って大事なんだぜ。答えを出すってのは、もうそうすることに決める! ってことだ。後戻りできない。後で間違いって気付いても、そりゃあいい加減な奴ならごにょごにょ誤魔化すかもしれんが、多分お前は突き進む。引き返さない。違うか?」
「その言い方はなんかずるいです。すみませんちなみに今あたまがぐるんぐるんしてるので顔をあげられずにごめんなさい。だそうです」
突っ伏したままでとりあえず両の手を頭の上で合わせます。お行儀が悪くて本当に申し訳ないです。
「まあともかく、お前が考えて出した答えは、霊夢に伝わってない。そもそも、まだ答えって言うよかまだまだ悩んでる風でもあるし。ともあれ思いはまだお前の胸の中だ、一部丸見えになってるが。大体にして失礼だぜ、誰だって面切ってお友達になれそうにありませんなんて、よくよく話もしてない奴からそんなこと言われたら多少はショックだ。霊夢は一言あっそうで終わるかもだが、それでもいい気分はしないだろうな。いくら飄々としてるったって、あいつも普通に心ある人間なんだぜ」
「……」
「ん?」
「返す言葉がない、そうです」
今度は両手を万歳です。全く、全く以て返す言葉がありません。
「そういうのは沈黙になるわけか。わかりやすいような、わかりづらいような。それにしても便利だなあさとりの能力って」
「褒められたの、初めてですよ」
「お世辞だぜ」
「それはひどい!」
あ、今のは私の思いをさとりさんが言ってくれました。
「置いとこう。難しいことは難しいんだから、悩んで悩んで悩みぬいて丁度いい塩梅だと私は思う。私も考える魔法使いだからな、悩み具合じゃあ多分早苗に負けてない。でもそれはそれでいいんだ、悩んだ分は、別なところで直感的に動いてうまく折り合いをつける。相手が撃ったら私が動く。そういうこと。
答えを出すのは怖いことだぜ? 早苗。私は存外怖がりだからな、そういうのは、考えすぎて寿命が残り少なくなって、さあいよいよって時にぎりぎり出るか出ないかまで多分粘る。そんな時にちょっとでも怖くないように、私は悩み続ける。そりゃ悪くないことだ。悩みながらでも動けるからな」
「真面目なんですね、だそうですよ」
「そりゃそうさ。なんといってもこの魔理沙さんは超がつくほど大真面目の」
「嘘でしょう」
「それどっちだ? どっちが思った今? よしわかったいいから呑め」
ちょっと落ち着いてきたのでとりもあえず顔をあげることにします。
真面目は真面目で合ってると感じたものの、超がつくほどってのはそりゃ嘘でしょうって確かに私は思いました。
ただ、さとりさんが大人しく盃を受け取っているところを見るにつけて、同じことを考えたんではないかと思います。
「はぁ」
「全く柄じゃない、素面じゃこんなこと言えないぜ、ですか」
「うおおい、やめろさとりー!」
魔理沙さんがさとりさんの方をがくがく揺らします。
ああそんなに揺らしたらくるくるが余計にくるくるです。
やれやれだ、と言いながら魔理沙さんが一息にお酒を煽ります。
それにつられるように、くぃ、と、眼を閉じながらさとりさんも盃を乾かします。
さとりさんは狙ってるのかどうかわかりませんが、もっと手玉にとろうと思えばきっとやれる筈なのです。だから多分良いお方だと思います。
「そんなことはありません」
その後襟元を正しつつ、溜息をつくさとりさんの様子は何だか物憂げで影があるようにも見えますが、紅をさしたみたいに染まっている頬が、そこはかとない酔い具合を感じさせます。
なんといってもこのふわふわな髪がかわいらしさに拍車をかけております! くるくるですよくるくる!
「くるくるー」
「なんだいきなり」
「いえ、私もいきなりだったのでどう言えばよかったのか」
「あー。大分早苗の性質が掴めてきた。お前宴会だとあんまり呑まないもんなあ。今度から積極的に勧めることにしよう」
なんというか、さばさば、と一言で言ってしまうとそうなのかもしれませんが、魔理沙さんはその実心中とても熱いひとであるように私は思います。ぶっきらぼうな口調ですが、それでいて人当たりはよく、優しいです。
たった今も、私が思っていたことに対する自分なりの回答を示してくれました。律儀です、とても。
それがきっと、色々な方に好かれる要因になっているような気もします。
ああでも割に、借りたものを返さないとかなんとか……
魔法使いの方々おふたりと、河童の方。宴会でちょっとお話をしたことはありますけれど、その方たちも魔理沙さんと仲が良いようです。
「そうですね。魔理沙さんは交友関係が広いみたいです。こないだの時も、とっかえひっかえ此処に乗り込んできましたけれど」
「その言い方は何か引っかかるな」
「事実でしょう。毎回魔理沙さんに見せるトラウマは別物だったんですから。全く、全く以て羨ましい話です。橋姫ではありませんが、少し妬ましいくらい。ペットは居ますし、好きですよ。あ、妹はまあ……ちょっとお話するくらいにはなりました。今日はまた出かけてますけど。でもそんな感じで、私お友達いないですから」
「おいおい、友達いないなんてそりゃないぜ。じゃあこうやって来てる私はなんだ? 立派なお友達だ。心が読めるだなんだってな、そんなのほとほと関係ない。結構私は好きだぜ、さとりのこと」
「……」
やや間があって。
ぼんっ、とうい音と共にさとりさんの頭から湯気が上がるのを私は見ました。今のを捉えるのには中奇跡くらい使いました。
そういうのは見逃しません!
さとりさんに一足早い春の予感です!
「あの、えっと」
この照れ具合ですよ! ああもう溜まりません。なんでしょうか、諏訪子さまとはまた違った愛で方をしたくなります。具体的にいうとあのくるくるをわしわししたいです。同じでした。
そして魔理沙さんはというと、もうこれは天然です。天然で殺しにかかってきてます。これ多分本人の自覚ないです。
「全くですね」
「何がだよ、顔紅いぞお前ら大丈夫か? まあとにかくあれだな、自称お友達少ないそこな二人! とりあえずトークから始めてみよう。というか結構ウマが合いそうな気もするんだがなあ」
話を振られてしまいました。どうしましょう。
「……自己紹介はもう終わりましたしね」
ああどうしてそんな潤んだ瞳で私を見るんですか! 私を殺す気ですか、そうですね!?
「や、そんなことはありませんが」
いやいやいやそんなことありませんって私もそんなことありませんよ。
それにしたって第一印象からさとりさんには驚かされっぱなしで、そりゃあ私も少々酔っ払ってますし視界はくるくるしてますがそれでも私だってあんまり嫌な気はしないというかむしろちょっと面白かったですしそのくるくるした髪とか落ち着いた物言いだとか物憂げな瞳とかくるくるした髪とかほら私の髪の毛まっすぐなんでちょっと羨ましくて可愛いと思いましたしお友達云々はそれとして私もまた此処に遊びに来たいなと思いつつその時の手土産ってやっぱりお酒がいいのかなあというのはちょっと悩みどころなんですよというのは私お酒すきですけど弱いですからこうやって取りとめもなくぐるぐるぐるぐる考えちゃってさとりさんにご迷惑をおかけするかもしれないというのもあって難しく考えてしまうわけですけれども難しいことを考え続けるのはそんなに悪くないことだって魔理沙さん言ってましたから私もそれに倣おうかと思い始めているわけでくるくる思考は巡っておりますが真にくるくるしてるのはさとりさんの髪の毛なのでわしわししたいです!
「……」
「……どした?」
「……きゅう」
「さ、さとりー!?」
さとりさんがくるくると眼を回してぱたんきゅうです。
わたしもいっしょにぱたんきゅう、
―――
風は一段とつめたいですが、それでも平気とばかりに今日も今日とて私は空を飛びます。けれど、今回は御遣いではありません。
「たまには遊びにいっといでー」というおふたりのお言葉を受けて、あれよあれよと言う間にこの有様です。何処へ行くかも決めてなかったので、かなり困っています。
『よよよ、諏訪子ぉ。早苗が大人の階段を昇っていくのよう』
『あー、お年頃なんじゃない? あーうー呪い解くのに金とるなよこの業突くばりめー祟るぞう』
至極、平穏無事なやりとりの後、そのまま和やかに見送られました。
その際にはにこにこと微笑んでいらっしゃって、やっぱりあのおふたりはああやって笑っているお姿が一番素敵です。
つい一昨日となるあの地霊殿での出来事は、流石に気を失ってからのことは覚えていませんけれど、その直前まではありありと覚えています。お酒を呑んでも記憶は飛ばしません。むしろ飛んでくれません。どんなに、どんなにやらかしても、覚えています。忘れたいことも……ああ。潰れた後は八坂さまと諏訪子さまに運んでいただいたようで、もう申し訳なさ過ぎて死にそうになりました。
けれど、大方楽しかったというのは心から思ったりもするのです。あの後さとりさんにお逢いしていないので、まだご迷惑をおかけしたことについて謝罪出来ていないことが心に引っかかっているのですが。
またあすこへ赴いた時のことを思うと、どんな顔をしてお話して良いやらもわからず。先日お酒による頭痛でうんうん苦しんでいた状態から回復した今も、どういう行動をとれば良いか決めあぐねています。
多分これって、難しいと言って良いことなのでしょうか?
また私は結局、どういう風にすればよいか決めてからでないと、動けません。
ふらふらと飛んで辿りついた先は、件の古道具屋さんでした。
丁度お店の先で話をしているらしい影がふたつ見えます。
「たまには何か買っていってくれないかな」
「気が向いたらな。お、早苗じゃないか。二日酔い抜けたか?」
「ああ……魔理沙さん。先日は大変失礼致しました」
とっ、と着地。その後直ぐ、深々と頭を下げます。本当はさとりさんにもしなければいけません。
「気にしない気にしない。あんなん粗相のうちに入らないぜ。もっと酷いの教えてやろうか?」
「いえ……遠慮しておきます」
「何だ、また宴会でも開いてたのかな」
「宴会はいつも通りだぜ。まあ、面子がちょっと新しい感じだったが」
「ふむ?」
「どういう状況でも愉しむのが魔理沙さんのモットーだ」
「そりゃ違いない。ああそうだ、早苗さん」
「はい?」
「ゲームとやらはとんと入荷しないんだが、また新しいお酒が入ったからね。あれだけ頼んでくれたんだからもうお得意様だ、良かったら、これ持ってくかい?」
「お、巫女殺しじゃないか。こないだ呑んだけど、美味かったなこれ。なんだよ、随分気前がいいじゃないか」
「ちゃんとお買い上げして頂いてるお客様にはサービスするんだよ」
眼の前に差し出されるは、物騒な文字がでかでかと記された一升瓶です。
「これからまた地霊殿にいこうかと思ってな。霊夢も誘うつもりだ。あいつ面倒くさがるだろうが、上等な酒があるっていったら話は別だぜ」
「これは魔理沙にあげた訳じゃないんだが」
「細かいことは気にしない! さあ早苗、どうする?」
多分。
多分ですが、そう問われた瞬間に、私の心は決まったのだと思いました。
大きく頷いて返します。
私の性質は、やっぱりそうそう変わりません。答えが決まったら、ふっと楽になった感じがします。
今はいいんです。今は、これで。
「よし、そうこなくっちゃな! さとりが何か申し訳なさそうにしてたぜ、お前に謝りたいって。途中で倒れちゃったからな」
「そんな。私だって謝らないと」
「じゃあ其処に酒を持ってって万々歳だぜ。そうだ今日はこいしも居るって言ってた。あいつ妹居るんだよ、これまた中々面白い奴でなあ、一回ぶっ飛ばしてやったら気に入られたみたいだ」
なんだか八坂さまと諏訪子さまに負けないくらいワイルドな発言を頂きました。
「善は急げっていいたいとこだが、まずは神社に寄ってからか。霊夢は酒強いぞ、お前も殺す気でいかないと無理かもしれん。巫女同士の殺し合いだ」
「うふふ」
「なんだよ、どうした?」
「お酒の呑み方に、勝ちも負けもありませんよ」
「はっ、言うじゃないか」
にやりとしながら、魔理沙さんは箒を取り出します。「すすめておいてなんだが、お酒は程ほどに」と、森近さんは何だか苦笑いを浮かべています。私も、おんなじような表情をしているのでしょう。
「後ろ乗るか? たまには気分変えるのもいいもんだ。なんたって、私のは超特急宅配便だ」
ふわりと宙に浮いて、魔理沙さんは促します。
「はいっ!」
箒の後ろの方に腰を下ろすや否や強い風を受けて、あっという間に地面は遠くなりました。
ああ、今日も本当によく晴れています。
あんまり速過ぎて眼を開けることができなかったのですけれど、風の具合で、今が晴れの最中を飛んでいることはわかります。私は風祝ですから。
見渡せばきっと、いっぱいに広がる冬空には雲は切れ切れ、鳶はくるくると円を描いて飛んでいて、やっぱり何処までも空は青く。お天道様は遠い遠いところで、きらきら輝いているに違いないのです。
こういう空を飛ぶのは、嫌いでは……いえ。好きなんだ、と思います。
眼にしなくても、私にはわかったのですから。
「空!」
「あー!?」
「空、きれいですね!」
「ああ、全くだ!」
なんとなく、うまくいきそうな気がしました。予感です、ただの。
肩を組み合うまではいかなくても、並べるくらいは出来るんじゃないかって。
そう思いました。
物騒な名前のお酒を落としてしまわぬ様。今度は奇跡を使わず、ぎゅっと懐に抱きながら。
皆さんと、どんなお話をしようかと。なんだか楽しみになっている東風谷早苗、私です。
早苗も魔理沙もさとりも皆魅力的でした。
ピコピコなんて呼び方、子供の頃に親から言われた以来、久しぶりに聞いたよ!、と言うことは、いのこさん、貴方はピコピコ世代か!?、いやあ、うん・・・ピコピコなんて本当久しぶr(この後あまりにもしつこいピコピコ談義が4時間ほど続いたので、八坂様がオンバシラを投下しました)。
なんだかんだでみんな仲良しな東方の世界観にぴったりのお話ですね。
酒に酔うと普段不安な事を、酔った勢いで聞きたくなる事って確かにありますね。
早苗さんに共感できてしましました。
もうこのグダグダ感がたまりません!!
うむ、作者さんはきっとここまで酔っ払ったことがあるに違いない!
諏訪子のwizネタに思わずニヤリ
そしてピコピコはエルミナジュですか
とてもほのぼのした気分になれました。