お品書き(注意事項)
・本SSは、百合要素を含んでいます。
その手のお話が苦手な方は、ご注意ください。
ふわふわとした意識の中、突然、瞳に、私の従者・十六夜咲夜が映る。
彼女は暫しの間、まごまごと両の足を動かしていた。
それはきっと、背の後ろに回している両手に持つ、小包の所為であろう。
隠しているつもりなのだろうけれど、私の視点からはちらりちらりと見えている。
その様に、くすりと笑む。
途端、咲夜は顔を赤くし、上目遣いで眉根を寄せた。
『瀟洒』と呼ばれる彼女の、私ですらとんと見覚えのない表情に、またも悪いかなと思いながら笑みが零れる。
だけれど、普段の彼女を知る者ならば誰だってその落差に微笑むだろう。
あぁ、だから、私の可愛い咲夜、そんなに可愛らしい表情で怒らないで頂戴。
伝えようとした言葉は、横を駆け抜ける彼女を見て飲み込まれた。
すぐさま後を追おうとし振り向くも、靴が地面に縫い付けられており、一拍の間ができる。
縫い付けているのは、無数のナイフ。
……躾を間違えたかしら。なんて以前にも何度か思った事を再度噛みしめる。
肌を一切傷つけず靴の生地だけを縫いとめる彼女の技に微笑を浮かべ、行為自体には溜息で返す。
一本一本を抜くよりは裸足になった方が早いだろう――そこまで考えた所で、前を走る咲夜がぼんやりとした闇に包まれた。
声を出すよりも早く、辺りよりも尚黒い闇は膨張し彼女を包み込み、そして。
あろう事か、此方にまで迫ってくる!
この私に牙を向けるとは愚かな奴め。自然現象だけど。
だが、私は奴を許さない。何故か。私は紅魔館の主、レミリア・スカーレットだから。誇り高き吸血鬼だから。
大人げない言うな。
黒よ、赤に染まれっ!
紅符‘不夜城レッド‘!
宣言と共に、私を中心として紅い十字架が出ない!
……ふぇ?
え、なんで、どうして出ないの十字架さんっ?
名前が気に入らない? 違うよね、格好いいもん。
わかった、ジャンプしてなかったからね、このお茶目さん!
思考を刹那で切り上げ、動作に移す――前に、A darkness comes!
私達を柔らかく包む途切れない闇から目を逸ら、そら、みー!? 美鈴、パチェ、フランー!?
「――助けてーっ!」
「どうしたの、お姉様っ!?」
「お嬢様、如何なされましたか?」
「……はれ? さくや? え、あれ?」
私よりも先に闇へと身を投じた筈の咲夜が、顔を覗き込んできていた。
「さくや……怪我はないっ? 痛い所は!?」
「は? 私ですか? 今は掴まれた肩が痛いですが、他には特に。怪我もありませんよ」
「そう、良かったわ……」
ほぅと胸を撫で下ろす。
向かってきていたのは、私を前にして一切の躊躇をしなかった相手。
普通の人間よりは様々な面で秀でている咲夜と言えど、何らかのダメージがないとは限らない……と思ったのだが。
どうやら、杞憂に過ぎなかったようだ。
……と。気付く。咲夜の指に、包帯がぐるぐる巻かれているのを。
「強がりは止めて、咲夜! 貴女の白魚の様な手が、傷だらけじゃないの!」
「いえ、あの、どの指付けてそう言いますか」
「私は怪我してないもんっ」
「其方ではなく。お嬢様の方が数倍白いですって」
「血が足りてないのかしら」
それとも、ミルクばっかり飲んでいるからだろうか。……いやいや。
「そうじゃなくて、その指の包帯はなによ! やっぱり、あの闇に酷い事されたのね!?」
「闇、ですか。確かに夕闇は降りてきていますが。――お嬢様、夢でも見られていたのでは?」
「…………む?」
ゆめ? あー、うん、寝てたんだ、私。そうか、なんだ、夢だったのか。
未だとろんとした目で辺りを見回すと、なるほど、此処は私の部屋だ。
少し前にいた――と思い込んでいた――あの漠然とした感覚も時刻も場所も、夢であれば納得がいく。
だって、私と咲夜があんな所で話し込む必要はない。今はもう寒いんだし。
あんな……あれ、思い出せない。
『漠然』と思い込んだ場所は、そのまま意識の下に落ちていって拾い上げられなかった。
その代り、一つの可能性を拾い上げる。アレは、予知夢だったのではなかろうか。
能力の所為なのか、時々そういった類の夢を見る。
夢は自身が知りえた情報の寄せ集めでできていると聞くが、運命を操れる私の場合、何処までの情報が適用されるのだろう。
まぁ、だからと言って、普段は特にどうこう思わず、頭の片隅に追いやってやり過ごすのだが……。
ふむと小さく唸り、私はおぼろげな記憶を頼りにぼんやりとする頭で、起こるであろう運命を操った。
「ふふ、ねぇ、素直になればいいのよ」
「はぁ?」
「後でわかるわ」
怪訝な顔をして首を傾げる咲夜に、私は唯、微笑んだ。
「はぁ……それはそれとして、お嬢様」
「なぁに、咲夜?」
「そろそろ質量を伴いそうな、そんな視線を感じられないでしょうか」
「ん、どういう事?」
「いえ、その、先ほどから妹様が……」
フランがどうかしたの?
起きていた頃よりまとわりついていたまどろみから漸く解放され、そう問おうとする。
だけど、言葉は口から出なかった。
だって、頬を膨らませた可愛い妹が横にいたんですもの。
「おはよう、フラン。ふふ、リスの真似かしら。キュートだわはぁ!?」
避ける間もなく繰り出される、煉瓦さえも軽々と砕くフランの白い一撃。いや、でこぴんだけど。
「い、いきなり何をするの、フラン? 家庭内暴力っ? お母さん、そんな子に育てた覚えはないわよ!?」
愛をこめた非難が届いたのか、フランは私の額にそっと手の平を当てる。
彼女の小さい手は冷たかったけれど、何故だか段々と温かく感じるようになった。
それはまるで、手と言う形をした穏やかな福音。
いや、字面的にダメじゃん。
「……あんたのお腹から出てきた覚えもなければ、育てられた覚えもないわ」
「ママは生誕四周年。デンジャーな響きですね」
「咲夜、私とフランは五歳差よ? フランも! 又そんな呼び方を! おしめを取り換えてた頃が懐かしいわっふぅ!?」
覇っ、という短い声と共に吹っ飛ばされた。何故!?
「『気』って面白いね、咲夜」
「美鈴からそんな事を教わっていたのですか。飲み込みが早いのはいい事ですが……」
「そ、それだけじゃないわよ? ちゃんとお勉強もしてるもの!」
それとそれと、と教えられている事柄を指折り数えるフラン。
咲夜もところどころ合いの手を打ち、フランの報告に嬉しそうだ。
和気藹藹としたフタリは、部屋の隅まで飛ばされて頭を打った私にも、微笑ましく見えた。
「って、ちょっと、咲夜! 主人が痛みで震えてるんだから少しはこっちも気にしなさいよ!」
「いい音がしましたものね」
「頭が空っぽみたいな言い方するなー!?」
「元気なんだからいいじゃない。――じゃあ、美鈴のとこに行ってくるね、咲夜」
「最後に咲夜をつける必要はあるの、フラン!?」
べ、と舌を出し、反抗期まっただ中の妹は私の部屋から出て行った。
あと、だから、咲夜は笑うな。
「可愛らしい戯れではないですか。それほどお気になされることでもないかと」
「物理的にも痛いのよ。もう、あの子ってば、パジャマも脱ぎ散らかして」
「畳み方は簡易ですが、散らかしてはいませんよ」
咲夜、煩い。
ベッドの脇に置かれたフランのパジャマを拾い上げ、丁寧に畳み直す。
一月前に地下の部屋が諸々の経緯で破壊されて以来、彼女は私の部屋で睡眠をとるようになった。
破壊した当のパチェは、彼女の従者である小悪魔が二三日で修復すると言っていたのだが、それは未だ叶っていない。
いや、壁や内装、調度品等はそれこそ二日程度で整えられたのだ。
けれど、フランの部屋は、所謂普通の部屋ではない。
ふとした事で暴走してしまう可能性のある彼女の力に合わせ、至る所に防御陣を敷き詰めていたのだから。
……と言う事は、あん時のパチェの弾幕はそれさえも破ったのか。えげつねぇ。
ともかく、そう言った特殊な部屋であった為、哀れ小悪魔は日夜図書館の本と睨めっこをしながら奮闘中。
手伝わないの? とパチェに聞くも、自業自得だもの、と返してきた彼女。
流石、小悪魔の主人、言うならば、大悪魔。
壊したのはパチェでしょうに。
じと目で見るも、彼女は唯、ため息をつき首を横に振るだけだった。
そのお陰、と感謝するわけではないが、フランの寝顔を見ながらの就寝は悪くはない。
最近、ますます反抗期に磨きがかかってきた妹だったが、寝静まれば以前と変わらず愛らしい呟きを漏らしてくれる。
『おねえさま……』――紡がれる言葉に、何度、タブーを乗り越えようと思った事か。いや、してないけど。
愛しい妹の残り香がする衣服に、顔を沈める。鼻孔を擽るのは、甘いミルクの匂いと錆びついた鉄の匂い。ちょっと待て。
「さ、咲夜! フランのパジャマに血が! 血の匂いが! まさか、あの子にもうアンネが!?」
「はっ、申し訳ありません。お嬢様のどうかと思う行為に目を奪われ、聞いておりませんでした」
「乙女的行動でしょう! そうじゃなくて、あの子は私よりも先に大人になってしまったのね! 今夜はお赤飯よ!」
「乙女と言えば許される事でしょうか。いやいや。落ち着いてください、お嬢様」
「私は落ち着いているわ! あぁ、鴉天狗を呼ばないと! 記者会見は夜の九時からよ!」
このパジャマは記念に取っておかないと。何時か作るフラン記念館の為に。……思っていたら、手元から件の物が消えていた。
「落ち着いてくださいってば。どこの世界に妹の初潮到来を声高に告げる姉がいますか。……あぁ、やはり」
「此処にいるぞ! あ、咲夜、そんな無造作に扱わないでよ! それは永遠亭の主人が持っていても可笑しくない代物なのよ!」
「新難題‘吸血鬼の寝巻き‘ですね。わかってたまりますか。――ではなくて、血の匂いがするのは腕の袖口ですよ?」
「えっ、フランの経血は腕から出るの!?」
「それはもはや新種の生命体です。ですから、そもそも、その手の類のものではないんですってば」
肩を上下させる私に、咲夜が苦笑しながら諭すように言ってくる。
「違うの?」
「ええ。妹様も指に包帯を巻いていましたから。匂いが微かに移ったのでしょう」
「そっか。それで、フランのでこぴんが白く見えたのね」
きょとんとする咲夜。いいの、独り事だから流して。
……あれ。流しちゃいけない事を彼女が言っていたような気がする。なんだっけ。
首を捻る私に、それを意識してかしないでか、咲夜は今日の報告を淡々と語ってきた。
「――以上です。あぁ、そう言えば、獅子組の26番が十日連続で朝礼に遅れないと言う、稀に見る偉業を成し遂げました」
「それは喜ばしいわね。ふむ……後で褒美を授けてあげましょう」
「『名前』ですか? きっと、喜びますわ」
手元にある図書館で借りた本から、それっぽい名前を探す。
『アザトース』、ダメ、いまいち。
『シュブ=ニグラス』、うん、いい感じ。これに決めた。
記号が使われてたり、ちっちゃい「ゅ」が入ってたり、格好いいよね。
部下の歓喜する姿を思い描き、私は小さく笑みを浮かべた。
「では、下がらせて頂きます。
……それと、その、夕食まで、あ、いえ、もう少し遅くなるかも知れませんが暇を頂いても宜しいでしょうか?」
「また? 構わないけど、最近、多くない?」
「う。一応、今日為すべき事は昨日為していますし、お嬢様にご用事がなければ、その」
咲夜にしては珍しく、たどたどしい。
「構わないってば。今日は出かけることもないし」
「ありがとうございます。それで――」
「あ、そうだ、咲夜」
呼び止めると、咲夜の肩がぴくりと反応した。そんなに私の言葉は信用ないのか。
「許可を撤回するつもりはないわよ。ただ、ねぇ、今日は、随分と冷えると思わない?」
「……そう、ですわね。一段と冷え込んでいます」
「そうよね、私だけじゃないよね? ん、もういいわ、下がりなさい、咲夜」
少し急ぎながらも、咲夜は一礼を忘れず去って行った。
優雅なその仕草には、白い影が付きまとう。
いや、アレは影などではなく、……あぁ、そうだ、包帯だ。
しまった、それを指に巻いている理由を聞き逃した。
顔を顰めるが、もはや後の祭り、追いかけるのも格好悪いし。
それに、ほんと言うと、興味は他に移っていた。
寒いと感じているのは私だけじゃない、と言う事は、だ。
衣装箪笥へと向かい、大事にしまっていた小包を取り出す。
もう、是を巻いても奇異には見えないだろう――歌の一つも囀りたい気分を抑え、私は笑んだ。
「えへへ、あったかい……」
《幕間》
「痛ぅ……いたた」
「妹様、大丈夫ですか?」
「ん、ありがと。ねぇ、美鈴」
「何でしょうか」
「んと、壊すのは簡単なのに、作るのって難しいんだね」
「一概にそうではありませんが……ふふ」
「むぅ。どうして笑うの?」
「妹様の感受性の広がりが嬉しいんですよ。さ、もう少しで完成です。頑張ってくださいな」
「うんっ」
《幕間》
あかーいまーふらー、なーびーかーせてー、すすーめヴァンパーイア、われらのきょーうふー。
うん、ごめん。やっぱり抑えられなかった。
私は歌の通りの赤いマフラーを首に巻き、颯爽と館を歩き回る。
時々暖かいと感じていた少し前に巻くのは躊躇われたが、今日くらいの寒さであれば、問題あるまい。
意識していると思われるのも、ヤだし。
いや、意識しているのかもしれない。
私が巻いているマフラーは、市販の物ではなく、咲夜お手製の品なのだ。
それは、紅魔館の住人であれば、誰だって重宝がるに違いないブランドとも言える。
『完全で瀟洒な従者』と呼ばれる咲夜が、従者として唯一、苦手と苦笑し、他に任せているのが裁縫。
……尤も、美鈴がその役に名乗りを上げたから、特に手を出していないだけかもしれないが。
その思惑は、数日前にこのマフラーを見た時、ほぼ確信へと変わった。
私から見ても、この品は贔屓目なしで一級品と十二分に渡り合える。
だと言うのに、咲夜は屑籠に放り捨てようとしていたのだ。
何故と問う私に「失敗作なので……」と、少し照れた風の咲夜。
これを失敗と呼ぶのなら、世の乙女達はどうすればよいのだろう。
頑なに破棄しようとする彼女に、私はソレを献上するように求めた。
具体的に言うと、彼女の袖を引き、「頂戴」と命じたのだ。
威厳たっぷりの宣言に、彼女もよろめき、一瞬隙が出来――私は持前の瞬発力をいかんなく発揮し、彼女の手からマフラーを受
け取った。
奪ったんじゃないやい。
そのような経緯で巻かれているのだ、全く意識していないとは言えない。
元となった毛糸は、普通の物であろう。
だけれど、可愛い従者が手ずから作ったのだ、感じる温かみは勿論の事、普通以上。
鼻先を擽る糸から香る、咲夜の匂い。錆びた鉄の匂い。待て、またか。
くんくん。うん、間違いない、是は血の匂いだ。
うぉぉぉぉ、この赤いのってまさか咲夜の血なのっ? 血編みのマフラー!? そりゃ失敗作だろうともさ!
一瞬、半狂乱になりかけたが、匂いがするのはごく一部のみだった。そりゃそうか。
と言う事は、先程疑問に感じた咲夜が指に巻いていた包帯は、このマフラーを作った時にできたものなのだろう。
……ん? だとすれば、数日前の傷がまだ残っているのだろうか。
よっぽど深く刺したのか、回復が遅いのか。
……前に自分の事を「少女じゃない」って言ってたし。
老化現しょ……いやまさか、だがしかし。
「あ、お嬢様!」
「違うのよ、咲夜! 私、貴女の事をおばさんだなんて思わないわ!?」
「へ? そりゃ、メイド長は少女とお呼びするよりは淑女の方が似合うと思いますが」
呼ばれて振り向いた先には、妖精メイドがいた。
「って、レオ26、驚かせないでよ」
「ご、ごめんなさい……消えますぅ」
「こら、ちょっと、ほんとに消えるな!」
妖精はこれだから困る。
「ったく。あぁ、そうだ、レオ26。貴女、十日連続でちゃんと朝礼に参加したそうね」
「は、はい! ふかふかのベッドにも負けず、美味しそうなご飯の匂いにも負けず、頑張りましたっ」
「辛かったでしょうね……。レミリア・スカーレットが命じるわ。今日から、貴女はシュブ=ニグラスと名乗りなさい」
「お嬢様……! お嬢様からお名前を頂けるなんて、私は三国一の幸せ者です! あぁ、光栄過ぎて消えてしまいそう」
「ふふ、類稀なる偉業を成し遂げた貴女への、当然の褒美よ。これからも期待……って、おい」
だから消えるなと。
「私、私、もっと頑張って、お嬢様のご期待に添える様にします!」
「向上心があるのはいい事だわ」
「何時の日か、もけけぴろぴろの名前を頂けるように!」
「可愛くて何処か不安を煽るような響きよね。格好いいよね?」
「勿論です! あの、それはそれとして、お嬢様……?」
もけけぴろぴろ。パチェに言うと「価値観はそれぞれだし」と目を逸らされ、霊夢に至っては「変なの」と一笑された。
……格好いいじゃん。
「な、何かしら、シュブ?」
「どうして先ほどから、くるくるくるくる回っておられるんでしょうか?」
「どうと言う事はないわっ! 気にしないでっ?」
そろそろ三半規管が大変なんだけどね!
「あ……お嬢様、マフラーを巻いてらっしゃるんですね」
「ふ、よく気がついたわ。目聡さも中々のものね、シュブ」
「赤色で、長さもこれ以上ないってくらい、お嬢様にぴったりです!」
目をキラキラさせながら言ってくるシュブ。回転を止めて、私も優雅に応える――「そう? そう?」
彼女の思いつくばかりの賞賛を身に受け、私は意気揚々と次の目的地へと歩き出す。
無論、目聡い彼女に対する褒美も忘れちゃいない。具体的に言うと、撫でた。
目を細めて喜ぶ彼女を瞼の裏に焼きつけ――うん、やっぱり妖精メイドのみんなも可愛い――、進み行く先は、図書館。
さぁ、パチェ! 貴女の知識を総動員して、このマフラーを褒め称えなさい!
「……手作りって、どうしても市販品に比べて粗が目立つし、おしつけがましい所があるわよね」
開口一番それか。
挨拶したきり、どれだけその場で回っても此方を見ようともしないパチェに、私は業を煮やして首に巻いたマフラーを示した。
咲夜の手作りなの――言葉を弾ませてそう告げる。
漸くちらりと此方を見て引き出してきたのは、にべもない斯様な台詞。
「パチェ! そんな事ばっかり言ってるから、百年ほど付き合いのある私でも、貴女の色恋沙汰を全く聞かないのよ!」
「恋愛にどうと言う価値を見出していないだけよ。と言うか、私も貴女に言われたくないわ、五百歳幼女」
「もう五百歳じゃないし、私の心には、今なお紫もやしのヒトが燦然と」
「その話は要らない。頭が痛くなる」
「ちぇ」
いじけていると、ふと気付く。
なんかパチェの様子がおかしい。
妙にそわそわしていると言うか、落ち着かないと言うか……んー。
「パチェ、その、花摘みは早めにね? そこの奥から行けるから」
「違うわよ! 場所も知ってる!」
「えー、じゃあ、なんで忙しなく髪を指で弄ったり、襟元を直してたり……あれ?」
なんか何時ものと違う。
弄っている髪の先に結ばれているリボンには、星型の模様が入り乱れていて。
直している襟元の上から羽織られているケープには、可愛らしい人形のワンポイント。
えーと……。
「ちょっと! その可愛いリボンと暖かそうなケープ、魔理沙とアリスから貰ったんじゃないのっ?」
「ええ、手作りよ。アリスが是から寒くなるからってケープを作ってくれて、魔理沙も『世話になってるからな』って。
ふふ、ほんとにいい迷惑、フタリともおしつけがましいわ。レミィも、そう思わない?」
言葉とは裏腹に、少女の横顔は嬉しさを隠せないでいた――って、やかましいわ。
「何時の間に交流深めているの!? 教えなさいよ!」
「早苗は靴下作ってくれているんだって。うどんげなんかセーターだそうよ。どうして私の周りには、お節介ばかりなのかしら」
「満面の笑みで言ってるんじゃないわよって、うどんげ!?」
「永遠亭の妖怪兎。あ、違うわね、月兎。彼女の作ったキャロットグラッセは絶品だったわ」
「聞いてない! いや、早苗までは聞いていたけど、なんでまた増えてるのよ!?」
ばんばんとテーブルを叩いて大抗議するも、件の料理を思い出し満足そうな顔をする魔女は聞いちゃいねぇ。
「う、羨ましくなんかないんだからね!」
「羨ましがられても困るわ。譲れないもの。彼女達は、私の大切なamies……」
「うがぁぁぁぁ!?」
素直に友達って言いやがれ。
「いいもんいいもん。私にだって、近いうちに咲夜が何かくれるもん」
「あら、その赤いマフラー以外にも?」
「ええ、そう言う夢を見たの。きっと予知夢よ!」
予知夢ねぇ……、疑わしそうに呟くパチェに、私は件の夢の全貌を説明した。
咲夜が上目遣いでもじもじしていて可愛かった事。
後ろ手にこっそりと小包を隠し持っていた事。
結局、それを渡せなかった事。
その後、運命を弄った事は言わなかった。「無粋ね」なんてばっさり切って落とすだろうから。
「ふぅん、それを作っているから、あの子も、最近は指に包帯なんて巻いていたのね」
「あ、そっか。それでか。そうよね、老化現象じゃないわよね、良かった」
「何の話?」
気にしないで、と少し焦りながら言うと、じゃあ気にしないわ、と返してくる。いや、いいんだけど、一抹の寂しさが。
「ふふ、あの子ってば、何時まで経っても主人離れができないでいるのよ」
「従者なんだから、離れてはいけないんじゃないかしら。でも、その割には近頃、よく外出していない?」
「大抵、晩御飯には帰ってくるけどね。あの子も年頃なんだから、もう少し門限を遅くしてあげようかな」
「門限なんてないじゃないの。……もしかして、今日も?」
「ええ、用事でもあったのか、『どうしても』って感じだったわ。商店のタイムサービスか何かかしらん」
そんなに息まかなくても、咲夜が欲しいと言うならば定価で買ってあげるのに。
……親友から突っ込みが入ると思ったが、彼女は元から持っていた本を抱きこみ、思考に入っていた。
『本』を拠り所にしている彼女らしい思案方法だと思う。
思うのだが、憚らず言わせてもらうと、あざとい。自身が全くそう思っていないだけに、余計にあざといなぁ。
「ねぇ、レミィ――貴女は運命を操る、未来視の力とも言いかえられるわ。
そして、他人の運命も意図すれば変えられる。そうよね?」
「え、あ、そうだけど?」
「だとすれば、貴女の夢の範囲は、それこそ無限大に広がるわ。
だって、およそ全ての存在の未来を見ようと思えば見られるのでしょう?」
「力の弱い存在――普通の人間とかね――ならともかく、妖怪とかだとせいぜい館周りまでよ? 多分だけど……」
「それで十分。『夢の中、咲夜は上目遣いだった』『近頃何かを作っていた』。そして、『外出が目立つ』。違いないわね?」
「うん。……でも、それがどうしたってのよ」
「咲夜、しっかり主人離れしているじゃない」
なんだと。
「ど、どういう意味よ、パチェ! 事と次第によっちゃ」
「レミィ、貴女は咲夜が『上目遣い』と言ったけど。何時からあの子より背が高くなったの?」
「え……!?」
絶句する。
咲夜は確かに私を見上げていた。
私が翼を広げ、浮いていたから……という可能性が浮かぶ、が。
違う。
パチェには言っていないが、私は夢で、その直後、飛び上ろうとしていた。
それはつまり、地に足を着けていた証左。
「推測を続けましょうか?
眠る貴女は無意識に、誰かの意識へと入り込み、その人物の未来を視た。
その人物は咲夜よりも背が高く、あの子が近頃作っていたと思しき物が入っている小包とあの子の様子を見て微笑む。
つまり、『誰か』はある程度、あの子と面識がある者と判断すべきでしょうね。
最近の外出頻度を考えると、恐らく、里の人間――ほら、主人離れしているじゃないの」
胸に杭を打ち込むように、パチェは念を押した。
「何か訂正する事でもある、レミィ?」
「うぁ、えと、今日、遅くなるかもって……」
「咲夜、小さかった貴女も遂に、ヴァージンロードを歩むのね。あ、でもその時にはもう純け」
「そこまでよっ! なんで一気にそこまで話が飛ぶの! 大体、私、そんな話全然聞いていないわ!」
「そう言う事もあるんじゃない? 私だって、貴女に話してなかった事の一つや二つあったんだし」
一つ二つどころじゃなかっただろ、あんたは。
わなわなと震える。
今すぐにでも駆けだしたい。
咲夜を追いかけて、問い質したい。
そうしなかったのは、パチェの、私に向けられたくすりとした笑みの為。
「涙目にならないで、レミィ。意地悪が過ぎたわ」
「な、なってないもん! え、いじ、どういう事っ?」
「落ち着いて。さっき言っていた事みたいにはならないわ」
根拠は分からないが、確信をもって言っているように思えた。
私はじっとパチェを見つめ、その確信に至った経緯を探ろうとする。
すると、彼女はまたもふっと笑い、軽やかに囁く。
「信用して頂戴な、レミィ。それに、私がそう考えたのも、貴女の言葉からよ」
「私の言葉? どれのこと?」
「夢の中の最後の所よ。言っていたじゃない、『結局、それを渡せなかった』って」
だから、大丈夫よ――パチェは私を安心させるように、優しく解答を示した。
そっか、そうだよね、渡せなかったんだもんね。
夢の中では。その時までは。
……えと。
「あのんとね、パチェ」
「なぁに、レミィ?」
「弄っちゃったわ」
「何をかしら?」
「咲夜の未来」
沈黙が場を占める。重い空気が私達に圧し掛かる。室内だと言うのに、寒い。
先に動いたのは、パチェだった。
「――小悪魔! 式の準備を! お腹が大きくなってからでは遅いのよ!?」
「だからって早過ぎるわよ! 違う、婚前交渉なんてそんなのお母さん、許しませんよ!?」
「仕方ないのよ、レミィ! 想い合う二人には、幼女の涙ながらの訴えも通りはしないわ!」
「幼女言うな! うわーん、咲夜、早まらないでー!!」
もう駄目、我慢できないっ――翼を全開に広げ、空を駆ける!
「あ、こら、レミィ、扉壊さな」
「無理っ!」
「早いわね!? 外に行くなら、ぼう――」
ばっがぁんっ――宣言通り扉をぶち破ったので、パチェの言葉は届かず。
だけど、今は気にしていられない。
常にデーモンロードクレイドル、いや、ドラキュラクレイドル状態で、私は外へと、人間の里へと飛んだ。
《幕間》
「パチュリー様、ほんとに式の用意、進めて宜しいんですか?」
「冗談よ、小悪魔。貴女の言いたいこと、わかっているわ」
「そうですか? パチュリー様も成長されたのですねぇ」
「まずは日取りを決めないとっ」
「わかってないじゃないですか! これっぽっちも!」
「教会式がいいのか神前式がいいのか、それとも仏前式か。……どうして頭を抱えているの?」
「……パチュリー様が仰る通り、恋愛に価値を見出す必要はありませんが、ある程度、心の機微は読めた方が宜しいかと」
「どういう意味よ。その言い方だと、まるで、私が全く読めないみたいじゃない」
「分かり易過ぎる方々のを分かったとしても、自慢にもなりませんし」
「……妹様の事ね。わかっていないと言っているのは、咲夜の事?」
「です。――私に言わせれば、パチュリー様よりも、自覚している分だけ妹様や咲夜さんの方がレディですよ」
「……私が、子供だと言うの?」
「その通りです、マイマスター」
「むきゅー……それはそれとして、小悪魔」
「急ぐ必要はありませんけどね。貴女は貴女らしく、成長されれば――はい?」
「すぐに出てきたけど、貴女は、妹様の部屋の修理をしていたんじゃないのかしら?」
「パチュリー様がお呼びになったのではないですか!? あ、や、ちょうどその時、戻ってきていたんですよ、あっはっは」
「ふーん。恋愛に価値云々は、その大分前の言葉だけど?」
「…………。パチュリー様、心は何時も、貴女と共に」
「私は少し離れてほしいわ。――土水符‘ノエキアンデリュージュ‘っ」
「素敵な笑顔で物理的に離さないで欲しいですぅっきゃー!?」
《幕間》
空には欠けた月が昇り出し、曖昧な時刻を告げる。
思ったよりも時間がかかってしまった事に、私は顔を顰めた。
いや、ほら、やっぱり、ずっとドラキュラクレイドルは疲れるのよ。必殺技だし。
途中で気付いて通常飛行に切り替えたけど、それでもすぐには消費した膨大な妖力が回復する訳もなく。
道すがらに誰かいれば別だったのだが……結局、誰とも遭遇せず、里の入り口付近に着いた。
と。真っ直ぐに此方に向かってくる、ほどほどの妖力。
そうか、里にはあいつがいたな――小さく舌打ちをし、妖力を集める。
普段であれば警戒する必要もない相手だが、今はコンディションが宜しくない。
出会い頭にスペルカードを宣言し、早々に退場して頂こう。
意外な速さで此方につき、彼女は私の前に立ちはだかった。
「お前か!」――里の守護者、知識と歴史の半獣、上白沢慧音――「こんな夜に迷子になっている幼女は」
「迷子じゃない! 幼女言うな! と言うか、知人くらい覚えてろー!?」
「うぉぉぉぉ、いきなり槍を投げつけるなんて危ないじゃないかっ。遊び感覚で弾幕はいかんぞ、全く親に説教してやらんと!」
「ば、馬鹿、なんで避けるの、なけなしの妖力だったのに! あと、親なんてとっくの昔にいないわよ!」
突っ込み感覚で出鱈目に投げてしまったグングニルは、彼女の体を掠める事もなく、あらぬ方向へと飛んでいった。
しかし、私の非難に心を打たれたのだろう、上白沢は俯き、その場で動かない。
そう、最初からそうしていれば良かったのだ。
私とて、里を襲うつもりなどないのだから。咲夜の相手はわかんないけど。
ふらふらになりながら、戦意を喪失した上白沢の横を通り抜け‘ガシッ‘……何の音?
「すまない……すまないっ。私とした事が、幼き子供の心を抉るような事を言ってしまうとは!」
上白沢に肩を掴まれた音ー。いや、だから。
「放しなさいよ、私は急いでいるの! それにさっきから、幼い幼いって言うけど、私、あんたよりも年上よ!?」
「くぅ、親がいない寂しさを嘘で紛らわしているんだな! わかった、その蟠りを全て、私の胸で受け止めよう!」
「話聞きなさわぷ!?」
「さぁ、好きなだけ泣くといい! 大丈夫、恥ずかしがらなくても、私と月しかお前を見ちゃいないさ」
「もがもがっ」
美鈴に勝るとも劣らない乳圧。死ぬ。
「どうした、声をあげてもいいんだぞ? ん?」
聞き様によってはすっげぇ悪役の台詞だ――って、腕の力を強めるな、顔が潰れちゃうから!?
「もがー!?」
「うぉ、幼い身に似合わぬ怪力、はは、大人になるのが楽しみだ。将来はお相撲さんかなぁ」
「はぁはぁっ、何処の世界に職業・相撲取りの吸血鬼がいるのよ! いたら会ってみた……いや、やっぱいいや」
なんか、私の中の吸血鬼像が崩れちゃいそうだし。
ともかく、どうにかこうにか解放された。
私の力をもってしても数秒は拘束されたのだ、恐るべし、半獣の乳圧、あ、いや、筋力。
何故か呆然としている上白沢を残して、私は里の方に‘ガシっ‘あぁぁもぉぉぉぉ!?
「いい加減物理的に排除するわよ、この半獣!?」
この期に及んで、再び力強く肩を掴んでくる上白沢に、今日何度目かとなる怒鳴り声をあげる。
だけれど、言葉は彼女に伝わっているかどうか怪しいものだ。
顔を至近距離にまでもってきて、まじまじと目を細め見つめてくる彼女に一切の警戒の色は見えないから。
荒げた声と違い、思考は少し落ち着いてきた――こうして見ると、上白沢も美人だなぁ……いいなぁ……。
ぼぅと考えていると、左肩に感じていた圧力が遠ざかった。
霧散していた意識を集め、圧力の行方――上白沢の右手を追う。
彼女は、自身の胸ポケットに無造作に手を突っ込み、長方形の形をしたモノを取り出す。要は眼鏡。
つまり、眼鏡の慧音。
「メガけーね!? わ、格好いい響きって美人度も上がってる! ずるいっ」
「レミリア? お前、レミリア・スカーレットか! やっぱり幼女じゃないか!」
お互いがお互いの言葉を理解するまで、一拍の間。
「今までほんとに気付いてなかったのか! あとやっぱり幼女言うなー!?」
「その響きはどうかと思う、私は嫌だ! しかし褒め言葉にはありがとうと言っておこう!」
ぎゃーぎゃーどやどや、喧々発止。む、何か違う気がする。
月の位置が、また高くなった。
「あー、話を要約すると、お前の従者を探している、でいいのか?」
要約も何も、私は咲夜を探しにきたの、としか言っていない。
上白沢に細かな事情を説明しても、話がややこしくなる気がしたのだ。
ただでさえ、時間を無駄に消費してしまっている。
これ以上、彼女と問答を続けていては間に合わないかもしれない。
口から出そうになった突っ込みも抑え込み、私はただ頷いた。
「うんっ」
くらりとよろめく上白沢。なんだその咲夜みたいな反応。
「幼子を残して買い物に勤しむなど、けしからん従者だな。よしわかった、先生が呼んできてあげよう!」
変なスイッチ入っちゃった気がする。
「誰が先生よ! や、先生かもしれないけど!」
「ははは、そうだな、寺子屋に通うのはもう少し背が高くなってからだものなっ」
「なんで決定事項になっているのよ!?」
あと、何十年後の話だ、それ。
私の言葉など意に介さず、上白沢は爽やかに笑いつつ頭を撫でてくる。
明らかに不快な行為だと言うのにそれを受け入れていた。
文句の一つも言いたいところだが、ちくしょう、なんか微妙に気持ちいいじゃないか。
「――じゃない! あんたに頼らなくたって……って、『呼んでくる』?」
「うむ、大体の見当はついているからな」
「え、え、どういう事? なんでっ!?」
落ち着けとばかりに頭をぽんぽんと。くそぅ、屈辱的なのに逆らえない。
「里から出てくる前に会ったのだ。尤も、今は別の場所に移動しているだろうが」
そうだったのか。危うく、また時間を無駄にする所だった。
「だったら話は早いわ、咲夜は今、どこにいるのっ?」
「十中八九、香霖堂だろうな」
「わかった、行ってく……へ?」
勇む気持ちが、唐突に出てきたその場所の名前に制止される。
香霖堂――ぶっきら棒な印象の店主が切り盛りする、不可思議な品物ばかりの店。
咲夜だけでなく、私自身、何度か足を運んだことがある。
あるのだが……。
私の胸中を、芽生えた灰色の危惧を呼んだわけでもなかろうに、上白沢は朗らかに言葉を続けた。
「霖之助殿と連れだっていたからな。そう考えるのが妥当だ」
『夢の中、咲夜は上目遣いだった』。
『近頃何かを作っていた』。
『外出が目立つ』。
ひくひくと、頬が不自然に引きつるのを、意識できた。
「歩む方角的にも、フタリで帰って行ったと思って間違いないだろう」
はい、確定ー。
「く、くく……霖之助……悪魔の狗に迂闊に手を出した己が愚行を悔やませてくれる……!」
「はにかむ様に少し困った顔の咲夜、苦笑の様な微笑を零す霖之助殿、そして……」
「ベッドは二人のアイランド!? 咲夜にはEarly、この際もその際も、なぁーい! ふぇぇぇぇんっ」
中々絵になっていたぞ、と腕を組み、柔らかく告げる上白沢。うん、嬉しくない。
頭に残る柔らかな感触を微かに惜しみつつ、私は再び翼を広げ、暗い空を赤い流星となって駆ける。
鼻歌の通りとなった――そう笑う余裕は、今の私になかった。
《幕間》
「むぅ、自慢の従者を称えたのに、何故か泣かれてしまった……」
「――おぉーい、慧音、けーねっ、今、すごい勢いで里の上を何かが通り過ぎて行ったんだが」
「ん、あぁ、妹紅。それは空飛ぶ幼女だ。気にしなくていい」
「いや、気になるって、その言い方」
「む、そうか? 話すと長くなるが――」
「つまり、レミリアも私の生徒になるべきなのだっ」
「……えぇと、大半があの吸血鬼に勉強を教えたいで占められてたけど、要はあいつ、従者を探していたんだよね?」
「馬鹿を言うな、妹紅! 私は全ての幼子に教鞭を振るいたい!」
「どー聞いても馬鹿だよ、けーね……。や、ともかくさ、話を聞くだに拙いんじゃないかと思うんだけど」
「何故だ?」
「店主と従者、連れだって店に戻って行ったんだよね?」
「うむ」
「濡れ場まっしぐらな展開じゃないか」
「……む?」
「寝る。抱く。契りを交わす。それから」
「――もこーっ!!」
「あ痛ぁっ! い、いきなり何で頭突きしてくるの!?」
「受けたお前より、した私の方が数倍痛いんだっ。少女が破廉恥な言葉をなんの躊躇もなく使うなんて!」
「いや、それはないと思うなぁ。大体、少女って、私もう千数百さもがっ?」
「そんな事はない! この胸の痛みを聞け!」
「もがーっ!?」
《幕間》
月と星が空を統べる。日付が変わるまで、あと数刻もない頃。
『おいで、咲夜』
『……私は駄目な従者ね。お嬢様に忠誠を誓ったと言うのに、今は貴方の事しか考えられない』
『そんな事はないさ。君は確かに完全で瀟洒な従者だ。けれど』
『けれど?』
『僕の前にいる君は、従者じゃない。僕だけのお姫様だよ』
って、やかましいわー!?
空を駆けゆく私の頭に、とめどなく浮かび上がる甘いやり取り。
妄想の中、台詞は変われど、フタリの表情は変わらない。
双方とも幸せそうな、笑顔。
因みに、そこから先の光景は浮かばない。だってわかんないし。
何十回と同じようなシミュレーションを思い描いていると、気付けばもう目的の場所付近まで来ていた。
だと言うのに、私の飛行速度は上がらず、むしろ、落ちていっている。
理由はわからない――いや、わかりたくない。
……咲夜は笑っているのだ。多少ぎここちないけれど、確かに笑っている。
主人離れができないでいる――冗談とはいえ、そう言ったのは私自身だ。
その彼女が、ヒトリの存在と、幸せそうに寄り添っている。
だとすれば、何も言わず祝福すべきが主人の在るべき姿なのだろうか。
そこまで考えて、漸く気付いた。
あぁ、離れられていないのは、咲夜じゃなくて……私なんだ。
思慕や恋慕とは違う。
しかし、彼女に向ける感情が愛である事に変わりはない。
言うなれば、この想いは人間が持つ家族愛に近いのだろう。
吸血鬼が何を馬鹿なと苦笑を浮かべるが、無理をしてあげた口先はすぐに元に戻った。
パチェの時もそう感じた。
美鈴にも何れ訪れるのだろう。
そして、遠い何時の日にか、フランでさえも……。
空から水滴が落ちてきていれば、私も同じようにしたかった。
だが、空から零れるのは月明かりだけで、一向に雨は降ってきそうにない。
だから私は、上を向き、ぐっと堪えた。
火照った体を寒空が厳しく覆う。けれど、首元だけは変わらず暖かかった。
頭を振り、気持ちを固める。
例えどんな運命が待っていたとしても、彼女達が笑っているのなら、私も笑って見送ろう。
喜ばしい門出に涙など似合わない。
あと、私に雨も似合わない。
物理的な痛みで泣いちゃいそうだし。
感傷的になっていた自分に突っ込みを入れ、大地に降り立つ。
――目の前には、目的地・香霖堂が聳えていた。
玄関の横にぬっと立つ狸の置物に手を置き、よじ登る。
飛んでいては、霊夢ほどではないと言え、勘のいい咲夜に気付かれる可能性があるのだ。
なに、玄関についている小窓から覗けばよかったのでは、だと。……察しろ。
危ういバランスの元、背伸びした私の視界に入ってきた光景は――。
愛を語らい合うフタリ……ではなく。
何処となくしかめっ面の店主と、長い金髪の女フタリ。
……えーと。
『長い』『金髪』。
ついでに、『フタリ』。
咲夜を構成する要素が見当たらない。じゃなくて。
ぴょんと狸から飛び降り、入口のノブに手を付ける。
――ん、外で物音がしたぞ。今日は千客万来だな、香霖。
――客なら嬉しいがね。あぁこら、勝手に出ないでくれ。貴女が出ると面倒を起こす可能性が。
――失礼ね、私を何だと思っているのよ。
中から声が聞こえてくる。知人な気もするが、どうでもいい。
そう、どうでもいいのだ。
私は、力いっぱいドアを押しあけた――「霖之助ぇぇぇ!」
「どちらさぶべら!?」
「……なぁ、あの扉、外からだと引くんじゃなかったっけ?」
「その通りだ。あぁ、やはり客じゃない」
目を丸くする白黒の魔法使い。
額に手を当て頭を振る店主。
室内には、彼女と彼しかいなかった。
つまり、咲夜はいない。
「霖之助、貴様、咲夜と言うものがありながら!」
掴んでいたノブが、砕け散った。
その様に、或いは私の怒りの形相に、魔理沙がひゅうと口笛を吹く。
挑発している訳ではないだろうと思う。
尤も、彼女の存在自体がこの場においては挑発的なのだが。
一方の霖之助は、魔理沙と違い、全く私の怒りに気付いていないように見える。
彼の表情からは『壊れたドアをどう直そうか』程度の思慮しか伺えない。
安心しろ、そんな事考えられないようにしてやるから。
煮え立つ頭に届いたのは、魔理沙の声だった。
「香霖、お前、私や霊夢だけでなく、咲夜にまでちょっかいをかけていたのか」
ぷちん。
跳んで跳ね腕を振りかぶり目的の心の臓を捉え――
「ころ――」
「裁縫の手ほどきをしただけで、何故そうまで言われないといけないんだ」
「――すっす!?」
――かけた体の軸を半回転させ床に倒れる。ごちん。
……ぶつけた頭が痛い。物凄く痛い。
「大体、君にしても霊夢にしても、此処にきて勝手に商品を持っていくだけじゃないか」
「失敬な、霊夢と違って、私は借りていっているだけだぜ」
「その言葉に若干なりとも誠意を感じるのは、霊夢の所為だろうな。彼女は『貴方の物は私の物』と言っていたから。さて」
なんという霊夢ズム。まさに"What's yours is mine, and what's mine is my own."。
頭を抱えながらどうでもいい事を考えていると、眼前に手を差し出された。
「レミリア。レミリア・スカーレット。君には床でへこたれる趣味はないだろう」
あってたまるか。
「殺されかけたってのに、相変わらず小さいのには甘いな。――ん、レミリアだったのか!?」
「僕はそう認識できなかったんでね。ついでに言うと、君達にも甘いと思うが。……気付いていなかったのかい?」
「いや、ほら、構成するパーツが欠けているし」
「君達の、その頭部を守る衣装に関する情熱はわからんな。ともかく、レミリア?」
「あ、えと、うん」
手を掴むと、くいと優しく引っ張られた。
なんだか様子がおかしい。
怒り猛って考えなしに行動してきたが、少し落ち着いて考えよう。
まず、この店主はさっきなんと言ったっけ。『裁縫の手ほどき』。うん。
普通、教えてもらった者には渡さないんじゃないか。
と言う事は、あれ?
「霖之助、咲夜の王子様じゃない?」
「……君は君で、どうやったらそういう風に誤解できるんだい?」
「と言うか、私は『王子様』って表現を猛烈に突っ込みたいんだが」
是のどこが王子様なんだ、と軽口を叩く魔理沙。
是と言うな、と頭を叩くジェスチャーの霖之助。
お互いの気安い行為に、彼女と彼からも、思慕や恋慕とは違った愛情が感じられた。
笑い合うフタリに釣られ、私も笑う――と。
入口の辺りから、凄まじい妖気が唐突に膨れ上がる!
一瞬後、二回ほど舌打ちをする。
それに今の今まで気付かなかったのが一つ。
それを『凄まじい』と思ってしまった事に一つ。
この妖気は知っている。
過去に数度、戯れにやり合った事があるから。
だが、その何れかにおいても、これ程の出力ではなかった。
「何時から其処にいた――八雲紫っ!」
元から背丈は紫の方がある。
しかし、それを差し置いても、今の彼女は普段よりも大きく見えた。
そう感じたのは、妖力の消費著しい私が、彼女に気後れしているからだろう。
「ずっと、いたわよ……?」
もう一度、ちっと舌打ち。
非戦闘員の霖之助だけでなく、魔理沙までもが呆然としているこの状況。
放っておけ、と心に悪魔が囁く。
――心の隙を突くこ狡い悪魔よ、粋がるな。
――私は悪魔の主、レミリア・スカーレット。
――私の行動は、私の意思は、全て私が決めるのだっ。
私は小さく笑い、戻ってきた分の妖力を全て、室内を覆う防御陣へと変える!
途端、小さな破裂音が耳に響く。
「失敗作ね。隙間だらけよ?」
紫は動いていない。
だと言うのに、陣の弱い部分を的確につき、破壊した。
現状の歴然たる妖力の差に、四度目の舌打ちをする――直前。
紫の腕がすぅと動き、人差し指で私の首元を示し、言う。
「それと同じく、ね」
それとは、咲夜が編んだ赤いマフラー。
彼女がヒトに教えを乞いてまで編んだマフラー。
綺麗な指先に小さな傷を作りながら、編んでくれたマフラー。
「……訂正しろ、八雲紫」
声が震えていた。無論、怒りで。
「訂正しないわ。私は間違っていないもの。レミリア・スカーレット」
私の怒りに気付いているのだろう、紫は愉しそうに返してくる。
「そうか。――じゃあ、消えろ」
刹那。
放たれる妖弾を身体能力だけで交わしつつ近づき腕に力を込め紫の腹にぶち込む寸前聞こえる声――足元がお留守よ――に釣ら
れ跳ねると額に襲いかかる零距離射撃を瞳が捉えついでに紫の笑む顔まで見える――チェックメイト――が仰け反りやり過ごしそ
のまま彼女の腹に拳をあてがう。
「――王手、だ。八雲紫」
宣言に、紫の妖力が収まる。――妖弾が掠った所為で千切れた数本の髪が、漸く肩に落ちた。
「相変わらず出鱈目ね。何よ今の反応、フェイントって知ってる?」
「ふん、お前に言われたくないね」
「ま、いいわ。で、どうしてとどめを刺さないのかしら」
「気になる事を思い出した。それに、どうせ腹に隙間を仕込んでいるんだろう?」
「ふふ、ご名答」
「喰えない奴だ」
「誰がババァよー!?」
はぁ?
訳のわからない紫の嘆きに思わず間抜けな表情を晒してしまう。
「……なぁ、魔理沙。何が起きたんだい?」
「私に聞くな。レミリアが突っ込んで、紫の反撃をどうにか避けて、今の状態にもっていった……位しかわからん」
人間の目でそれだけわかれば十二分だ。
展開に追いついてきたフタリを確認した後、私は紫に向き直る。
「紫。お前はこのマフラーを失敗作と呼んだ。何故だ?」
ついと先端を持ち上げながら、彼女にそう問う。
頭に血が昇って気がつかなかったが、この輩は妖怪のくせに人一倍そういう類――手作りの品物――の物を好んでいた筈だ。
以前、春のまだ寒い時期、彼女が文字通りの毛玉に手を突っ込んでいた事があった。
触れてはいけない事柄なのだと必死に目を背けていると、彼女はぶんぶか手を振り回し、殊更にアピール。
ついに勇者がヒトリ――名を永琳と言う――おずおずと切り出した。『斬新なファッションね、ゆかりん』。
それ挑発じゃないのかと動向を見守る一同。
しかし、私達の危惧に反し、紫は黄色い声をあげて応える。『橙がくれた手作りの手袋なの!』。
彼女を除いた一同の気持ちが、一つになった。『あんたの式の式の玩具のお下がりだろ、絶対』。
そういう経緯を思い出したのが、手を止めた理由の一つ。
そして、もう一つは、咲夜の言葉との一致――『失敗作なので……』。
紫は小さく笑み、応えた。その表情には、一切の淀みを感じない。
「製作者の意図とかけ離れているもの。だから、どれだけ他者が完全と思おうと、それは確かに失敗作なのよ」
「製作者……咲夜の考えた物と違うと言うの?」
「ええ。正確には長さね。――私も貴女の従者に言ったわ。それらを捨てるなんてとんでもないって」
どこかで聞いたような言い方だ。ん、それら?
続けざまに質問をしようとする私の口を止めたのは、どんっという大きな物音。
「あー?」
振り向けば、魔理沙と霖之助が各々両手を広げて何とか足る大きさの箱を床に置いていた。
彼女と彼と、ついでに紫も顔を見合わせ、破顔一笑。
置いてけぼりにされた私は、ただ顔を顰めさせる。
「彼女が言っていたよ。編んでいる時に、どうしても君が思い浮かぶって」
「一片でもそうやって仕上げた物を他の奴に渡すのは嫌だって、どこまで忠誠心が高いんだか」
「それでも、それを貴女に渡さない辺り、本当に従者としては完全で瀟洒よねぇ」
霖之助から始まり、魔理沙が繋ぎ、紫が締める。
紫の言い方には何処か引っかかるものを感じたが、その思いも開かれた箱により失せてしまう。
中に入っていたのは、私が首に巻いているものと寸分違わぬ長さと色の、マフラー。
マフラー、マフラー、マフラー、マフラーマフらーマふらーまふらー……って多すぎないか、おい!?
分け入っても分け入っても赤いまふりゃ、って言葉を転がしてるだけなのに舌噛んだ!
その様を見て笑うサンニンって、いや、一歩間違えれば狂気だろ、この枚数!?
咲夜の溢れ出る忠誠心に体を震わせる。
もうなんというか、忠誠の人の形とか呼んでも差し支えないんじゃないだろうか。
「それじゃ、目的の物も手に入ったし、私は帰るわね」
戦慄いていると、紫がそんな事を言い出した。
「お前、何時動いたんだ……?」
「失礼ね、人をこそ泥みたいに。貴女が来る前にちゃんと購入していたのよ」
物は隙間の中、と空間を広げ、大量の防寒具を見せつけてくる。
「律儀な奴だな――って、なんだそのべらぼうな数は!?」
「冬は寒いんだものっ」
「当たり前の事を憤慨したように言うな! と言うか、お前は冬眠してるだろう!?」
「私が着る分だけじゃないわよ。藍にもあげるの」
「だからってその枚数は異常だ! ここにあるマフラー以上じゃないか!?」
胸をそらしてふふんと鼻を鳴らす紫。褒めてねぇ。
「偶々置いていた僕の所の物だけじゃなく、里の物まで買い占めているみたいだからな」
「同サイズの奴が泣きそうだな……まぁ、滅多にいないか」
「そうでもない。少なくとも、咲夜が今日此処と里に来た意味がなくなった」
どういう事だ、と視線を回し、霖之助に問う。
「彼女はまず此処に来た。何時ものようにマフラーを編む為にね。
僕の指示を聞きながらだから、勿論、能力は使えない。
そして、今日編みあがった物は――彼女には申し訳ないが――不出来だった」
一旦言葉を切り、此方を見る。何を返せと言うのだろう。
「……彼女自身もそう思っていたんだろう。僕の釣られて編んだ幾つかのマフラーを見始めた。
けれど、例え不出来とは言え、彼女が今日編んだソレは道具としての機能は十分だった。僕が言うんだから、間違いはない。
そう伝えたが、生憎彼女には頭を振られたよ。『笑われるから』とさ。
結局、彼女の所望の色がなかったみたいで、彼女と僕は里へと向かった。――僕も、冬に向けて入用の物があったからね。
けれど――」
霖之助の視線が紫に向けられる。未だ彼女は胸をそらしたままだ。
「――なるほど、里の衣料品店の物は既に紫に買い占められていた後だった、と」
「そう。帰る途中にも、僕は考え直すように咲夜に言ったが、彼女は困ったように笑うだけだった」
「あ、上白沢が言ってたのって、その時か……」
「ん、見られていたのかな。別に構いはしないが。
色については諦めがついたんだろう、彼女は僕が編んだマフラーを購入したいと言ってきてね。
のらりくらりとかわすつもりだったが、珍しく必死に頼んでくるものだから、僕も断りきれなかった。
そんなこんなで此処に戻ってきたら、其処の妖怪がせっせせっせとソレラに名前を彫りこんでいた、と」
よくよく見れば、防寒具には全て『ゆかり』『らん』と印があった。何してんだ、お前。
「他人の名が彫りこまれた物を渡す訳にもいかないからね。彼女は結局、今日編んだ物だけを携えて帰って行ったよ」
「購入したって言えるのか、それ。あと、別に糸なんだから解けるんじゃないのか?」
「事後承諾は許し難いが、どのみち、ソレはもう彼女達にしか使えない。そういう力入りの印をつけられたからね」
腰に両手を当て、今まで以上に踏ん反り返る紫。いや、ほんとに何やってんだ、お前。
蔑む視線などものともせず、むしろもっと浴びせろと言わんばかりの奴に、サンニン揃って溜息をつく。
ふむ、けれど、ともかく、だ。
霖之助の言葉を信じるなら、咲夜は紅魔館へと戻ったらしい。
この場で彼が私に嘘を伝える事もなかろうし、咲夜が彼を誤魔化す必要性もない。
言葉通り、私が此処につく前に帰路についたと考えるのが妥当だろう。
彼女の心情を考えれば少し切なくならないでもないが、私は心の何処かで安堵した。
咲夜が帰っているのなら、彼女を追って飛び出した私も帰ろう。私達の住処に。
「……騒がしたな、魔理沙、霖之助」
「全くだぜ」
「ふむ。次に来る時は何か買っていってくれよ」
減らず口を返す魔理沙に、苦笑を浮かべる霖之助。と、マフラーの裾を引っ張られた。ぐえ。
「ゆかりんにはぁ?」
「似合わなっ!?」
「何よ、ヒトを攻撃しておいて!」
「止めただろうが!」
「違うわよ、店に入ってきた時!」
「……あぁ、あの潰れた音はお前だったのかっ」
「ひどーい!」
わーきゃーもみくちゃ。
「くっ、少女力が足りないっ!?」
「何の話だ、何の。んっと」
外された右腕と左足の関節を治し、折れた左腕を掴んで繋ぐ。
「……なぁ、魔理沙。何が起きたんだい?」
「私に聞くな。スプラッタを好んで語る性癖は持ち合わせちゃいない」
因みに、紫の腹からは開かれた扉が丸見えだ。いい加減化け物だな、こいつも。
喧噪を多少惜しみつつ、翼を広げる。
相変わらず外は寒そうだが、気にならなかった。
咲夜の赤い忠誠心が、私を温め続けてくれるから。
《幕間》
「そう言えば、あいつは結局、何のために此処に来たんだ?」
「言葉から推測して、咲夜を探しに来たんじゃないかな」
「そうでしょうね。私の忠告に気付いているかどうかは怪しいけれど」
「……忠告? そんなの、してたっけ?」
「動作で示した、とか? 言葉では少なくともそれとわかるモノはなかったと思うが」
「ちゃんと言葉で言ってあげたわよ。あぁ、貴方達には聞こえなかったかもしれないわね」
「はぁ?」
「……よくわからんな」
「じゃあ曖昧なままにしておくわ。じゃあね、御機嫌よう、おフタリとも」
「何なんだ、一体」
「彼女について考えて、真っ当な結論が出た事があったかい?」
「ないなぁ……」
「だったら、考えるだけ無駄さ。ところで魔理沙、もう少し此処にいるなら、……わかっているね?」
「香霖、私はお前と付き合いが長いからわかるけどさ。その言い回しは、誤解を与えるぞ?」
「ん、そうかな?」
「ドア直すのを手伝えって言うんだろう?」
「その通りだ」
「どーしよーかなー、今日は欲しい物もないしなー」
「なら、欲しい言葉をあげよう。その青色のケープ、似合っているぞ」
「だよなっ!? へへ、手作りなんだぞ、これ!」
「誰が作っているかも推測は付くが……そんなに自慢したいなら、何故、彼女達の前で言わなかったんだい?」
「むぅ、焦らすのが巧いな、香霖。ん、や、その、恥ずかしいじゃないかっ」
「そういうもんかね。――まぁ、誰かを当ててほしいなら、手早く修理を終わらせよう」
「あいあいさー」
《幕間》
月はもう随分と高くなり、正しく空に君臨するかのような位置になっていた。
風も少し出てきただろうか。髪が多少乱暴に揺れている。
館に戻ったら、まずは温かいミルクを咲夜に淹れてもらおう。
彼女の淹れるソレは冷えた体を癒すのに丁度よい。
そして、聞くのだ。昨夜、今日は何をしていたの、と。
意地の悪い質問だが、主人の私を此処までどたばたと引っ張り回したのだから、それ位は聞いてもいいだろう。
今日は夜勤で門番をしている美鈴を同席させるのもいいかもしれない。彼女としても温かい飲み物は願ってもない事だろう。
パチェは……もう寝ちゃってるかな。無理に起こすのも悪いか。
フラン、可愛い妹、あー、でも、私が誘っても断られる気がする……しくしく。
楽しい団らんの想像は、反抗期まっただ中の妹により肩を落とす結果へと導かれた。
――と、視線が下に向いて気付いた。紅魔館へと続く道に、一組の足跡。
気にならなければそれで終いだっただろう。
そもそも、土の僅かなへこみなど誰も気にしない、気にする事すらできない。
こんな時間に誰が、と首を捻りつつ、私は足跡を消さないように注意しながら土に足をつけた。
何てことはなかった。是は、大きさからして咲夜の足跡だ。
けれど、不可思議な点が三つ。
一つは、館の少し前で飛行から歩行に切り替えている点。
一つは、彼女の足跡にしては歩幅が均一でなく、落ち着きがない点。
一つは、とうに帰っている筈なのに、つい先程につけられている様に見える点。
……どういう事だ?
腕を組み唸る――が、すぐに苦笑して、頭を振る。
咲夜は、もうすぐ私も帰りつく紅魔館にいるのだから、悩む必要などない。
団らんの中、彼女に聞く質問が一つ増えただけだ。
――おかえりなさい。
意識を五感に集中していた所為だろう。
耳に、少し離れた地点の声が響く。
何処から? 決まっている、門からだ。
――ただいま。
迎える声は、当然、私に向けられたものではない。
距離が、まだ開き過ぎている。
では、誰が、誰に。
――今日はまた随分と遅いお帰りですね。
――貴女に言われる筋合いはないと思うけど。
私の愛する門番が。
私の愛する従者に。
そう、決まっているのだ。
私の両の足は、何故か動かなかった。
――いえ、ほら、寒いじゃないですか、今日。風邪でも引かないかと。
――子供扱いしないでよ。何時まで保護者でいるつもり?
険のある言葉とは裏腹に、その声は拗ねた子供そのものだった。
いや……少し違う気がする。
何に対して違うと感じたのかは、私にはわからなかったが。
足は動かない。私の意思? それとも、『運命』が動くなと告げている?
――そういう意図はなかったのですが……でも、ほら、体を揺らしているんですから、やはり。
――さ、寒さで揺らしているんじゃないわよ。これは、その……っ。
耳に届く声。
苦笑の様な、微笑の様な声。
小さな、零した彼女でさえ気付かないような、小さな、声――くすり。
あぁ、あぁ、そう言う事か、そう言う事だったのか!
ならば、彼女に手ほどきを受けない筈だ。
だから、彼女の長さに足りない筈だ。
故に、彼女を見上げる筈だ。
私は夢の中、美鈴の意識に潜り込んでいたんだ!
――懐かしい表情をしていますね。懐かしく、可愛い表情。
――ぐ……っ。だからっ!
咲夜の力が爆発する。
一瞬後。
咲夜の力が、収束する。
――お嬢様に、後で礼を言いなさい、美鈴。
――どういう事です?
きょとんとした美鈴の声。
――ん、いえ、忘れて。礼を言うのは、私の方だったわね……。美鈴、体を寄せて。
対照的に、咲夜の声は、確固たる意志が宿っていた。
――咲夜さん? え、あ、是は……?
――朝から、冷えていたでしょう? お嬢様もそう言っていたし、それに、貴女だって、だから、そのっ。
――マフラー、ですか。私の色の。……ふふ、それで今日は、お帰りが遅かったのですか?
――う、ん。里の後にも、色んな所で探したんだけど、やっぱりなくて。だから、不出来だけど、私が作った……。
――不出来……確かに、私が巻くにしても長過ぎますね、是は。
――う……! が、我武者羅に編んだらそうなっちゃったのよ! 要らないなら……え?
――ですけれど、二人で巻くなら、丁度いい長さです。ね、咲夜さん?
――美鈴……ん、その、随分かかっちゃったけど、三年前のお返しができたわ。
――お返し、だけですか?
――いじ、わる。美鈴、だい
五感を戻した。
うん、恥ずかしくて聞いてらんない。
えーと、あー、そうかそうか、ピエロだ、私はピエローるーらららー。
歌っているとちらちらとした光が視界に入る。
光……否、雪。今年初めての、雪。
五感を広げてみる――って触覚まで敏感になってるから寒いなもぉ!
――寒い寒いと思ったら、美鈴、雪よ。
――あら、咲夜さんは寒いんですか? 体はこんなに温かいのに。
――へ、変な事を言わないで! あ、でも、その、もっとくっつい
戻した。
……えと、んと。
ふぇ、ぐす、うぅ……。
うぅぅうわーん、咲夜のあほー! 美鈴のばかーっ!
――見て、美鈴、赤い流れ星。
――ふふ、願い事は言えましたか、咲夜さん?
――見た瞬間、能力発動余裕でした。私は駄目な従者ね。貴女との事しか考えられなかったわ。
――そんな事はないですよ。貴女は確かに完全で瀟洒な従者です。だけど。
――だけど?
――私の前にいる貴女は、従者じゃない。私だけの
って、どやかましいわーっ!!
咲夜、流れ星は頭上から降ってくるものよ!
美鈴、貴女も素敵に微笑んでないで突っ込んで!?
胸中の叫びは当然の如く、至福の空間に包まれたフタリには届かない。
春度高めの会話を繰り広げる彼女達の頭上を通過し、私は一足早く紅魔館の門――正確にはその上――を通り抜けた。
向かう先は大図書館。
我が親友は既に眠りにつく時間帯だが、構わない。
パチェ、お願い、私の話っていうか愚痴を聞いて! やってらんないにも程がある!
「でぇ、パチュリーさんはぁ、どなんですか? いるん、ですか? ひくっ」
「う、うどんげ、貴女、お酒が入ると途端に性格が豹変するのね……」
「私でも飲みやすい果実酒なんですが。それはともかく、早く答えてくださいよ、パチュリーさん」
「じ、自分の番は終わったからって、急に積極的にならないで頂戴! しかも、ずるいしぃ……」
「『今の』話ですもの。早苗みたいに、『今はいないと思う』って言えばそれで終わりよ、パチェ?」
「アリス……だって、その、わからないんですもの……むきゅー」
……寝巻で何やってんだ、お前ら。
「ふふ、じゃあ、『わからない』が答えね。――そろそろ床につきましょうか」
「えぇぇ、そん、なの、ずるいっですよぅ!」
「や、うどんげさんの『みーんな好きっ』も大概かと。でも、今回も楽しかったですね」
「ん……前は博麗神社でやったから、次は永遠亭か守矢神社かしら」
「あら、私の家でも構わないわよ?」
「う、や、それは、その……――ん、あら、レミィ?」
「あ、こんばんは。……ふぇ……」
「ええ、こんばんは。それと、おかえりなさい。そうだ、ねぇ見て、うどんげと早苗が」
「ふぇぇぇぇ、パチェの、パチェのおたんこなすー! どちくしょー!」
んだよ前回って。
あーあー、少女の集まりだから幼女は要りませんかそーですか。
……ぅわーんっ!
来た道を折り返し、私は駆けた。
どたどたと地を踏み、ぐしぐしと目を拭う。
もはや、飛ぶ気力なんて残っちゃいない。
咲夜にしろ、美鈴にしろ、パチェにしろ、何時かは私の元から離れていくとは思っていた。
来るべきその時は、私も笑顔でいようと数時間前に思ったのは確かだ。
でも、何も一遍に離れていかなくてもいいんじゃなかろうか。
誰も離れてないじゃない。ばーか、心の問題よ、あっはっは。
「うわぁぁぁぁぁぁぁんっ」
微かに残っていた冷静な心で脳内一人ボケ突っ込み。
それで自滅していれば世話がない。
思いつつ、足を止めた。
ついた先は、自室。
中には就寝前のフランがいるだろう。
可愛い妹。愛する妹。だけど、反抗期まっただ中の妹。
今の私の状態で彼女の素気無く放たれる棘は、予想するだにきつすぎる。
『なんだ、帰ってきちゃったの』なんて言われたら、死ぬしか。……死ぬか。
けれど、ひょっとしたらもう就寝中で、可愛い寝言を聞かせてくれかもしれない。
二者択一の状況。どっちだろう。フランの『運命』までは、操れない。
大きく深呼吸した後、私はゆっくりと扉を開き、進み出た――「ただいわぷっ?」
柔らかい物に当たる。なんだこれ?
「お嬢様? 帰られていたんですね、おかえりなさい」
「……その声は、小悪魔?」
「ええ、その通りです」
半歩後退し、確認する。
その顔はどう見ても、パチェの使い魔である小悪魔だ。
訝しむ点があるとすれば、名前に反して健康的な彼女にしては珍しくやつれている事と、そもそも彼女が此処にいる事。
首を捻り、理由を探る。――私が考え付くよりも早く、部屋の奥から両方の答えが返ってきた。
「突貫工事で部屋を直したのを、教えに来てくれたの」
何処となく険のある声。えぅー。
「――フラン! 起きていたの!?」
「ぎりぎりね。……どこ、ほっつき歩いていたのよ」
「姉に対してまたそんな言い方を! それに、歩いていないわ、飛んで、あ、ごめんなさい」
つまらない揚げ足を取るんじゃない。フランの大きな目はそう語っていた。
でも、けど、そっか……フランの部屋、直っちゃったのか。
だったら、もう彼女が此処で寝る必要はなくなった。
心だけでなく、体が離れるのも、やはり寂しい。
僅かに肩を落とす私。ぷぃと目をそらすフラン。聞こえてくる、ころころとした笑い声。
「な、何を笑ってるのよ、小悪魔!」
「いえ……お嬢様、外はお寒くありませんでしたか?」
「へ? そりゃ寒かったわよ、雪まで降ってきちゃったし」
唐突な質問に、反射的に答えを返す。
「でしょうね、御髪に白い物が残っていますわ」
「白髪が生えているみたいに言うな! そんな歳じゃないわよ!?」
「吸血鬼の老年期って何歳なんでしょうね。あぁ、ともかく、首回りは温かそうですが、頭は寒そうですわ、おぉ寒い」
「髪がないみたいに言うなー!?」
「――その上に普段被っている物がないでしょう? ねぇ、妹様?」
何故そこでフランに振る――と思ったが、気付いた。
小悪魔は、私と会話しながら、気はフランに向けている。
その証拠と言うべきか、話を振られた妹は、じとりと司書を睨んでいた。
えと、どういう事?
「小悪魔、言い回しが嫌みよ」
「悪魔ですから」
「悪魔ならそも、変なお節介を焼いていないでさっさと出ていくわ」
こいつぁ一本取られました。頭をペンと叩き、小悪魔。フランクな悪魔だよなぁ……。
言葉遊びの勝敗はフランに上がったが、流れとしては小悪魔が勝ったようだ。
そう思うのは、依然として仏頂面を続けるモノと、軽やかに笑うモノとの差から。
勝者は楽しそうに笑いながら私の横を通り抜け、部屋の外に出た。
扉の取っ手に手をつけ、彼女は言う。
「我が主人の周りにはお節介焼きが揃うらしいのです。一番傍にいる私がそうであるのは、自然と思いませんか?」
なるほど、道理だ。
「ついでに、もう一つ。部屋の修理、一か所残しているのを思い出しました。ですので、今日はまだ此方でお休みくださいな」
それはどちらに対するお節介なのだろう。
尋ねる前に、彼女は優雅に一礼と言葉を残し、扉を静かに閉じた。
「キティ、良い夢を。レディ、時には素直に。では、お休みなさいませ」
きゅんときた。
あれ、小悪魔ってこんなに格好良かったっけ?
ん、ちょっと待て、なんで私の方が子供扱いされているんだ、ちょっと小悪魔――!
「お、お姉様!」
ぐぇ。
扉を開き追いかけようとする私を、マフラーを掴み止めるフラン。
流石、私の妹、同じく吸血鬼だけある。
うん。……首が締まる締まってる!
「って言うかこのままいくと頭と胴体が離れちゃうわよ!?」
「お姉様、ふざけてないで聞いて!」
「あ、はい」
鬼気迫る表情のフラン。鬼だけに。ぷぷっ。
「あのね、お姉様っ」
「ごめんなさい、まじすいませんでした、だからてをはなしてくださいちあのーぜ」
「あ、うん」
危うく、フランの台詞が「きゅっとしてぶちっ」になってしまう所だった。
瞳を閉じ、開き、フランに向き合う。
向けられる双眸は、驚くほど真っ直ぐ私を捉えている。
背もほとんど変わらなくなったんだっけ――ふと、そんな事を思った。
だと言うのに、妹の心が読めない。視線が伝える何かに気付けない。
フランの口が、素早く動く。
「小悪魔が言ったからじゃないわ、お姉様が操ったから、私はこれから、そうなるの」
『そう』とはどういう事だろう。素直に、と言う事か。
けれど、私の能力は、力が匹敵するフランに効果があるかどうか怪しいところだ。
そもそも、私は彼女の『運命』を操っていない。
今日一日の記憶を遡ってみても、そんな事実はないはずだ。
戻ってきた時には妖力自体が落ちていたし、道中でもそんな余裕はなかった。
そう、確か、能力を使ったのは、起きた後、咲夜に……咲夜に――?
そうだ、あの時、フランも同じ場所にいた。私の言葉を聞いていた――『素直になればいいのよ』。
しかし、アレは咲夜に向けての言葉であって、フランに向けたモノではない。
伝えようとした否定は――「ごめんなさい、お姉様!」――彼女の唐突な謝罪と下げられた頭により、霧散する。
「……え? あれ、なに、どういう事、フラン?」
狼狽する心が、そのまま言葉になってしまった。
余りにもたどたどしい問いかけに、自分自身が嫌になる。
だけど、本当に、何に対しての謝罪なのかがわからなかった。
フランが私を見上げる。その差は、たったの1cm。
「だから、その……」
手が伸ばされる。
髪へと触れる。
雪を落とす。
「お気に入りの帽子を、壊しちゃって、ごめんなさい……っ」
手が遠ざかる。
白い線を引く様に。
払われた雪の所為か。
――指に巻かれている包帯の所為か。
……謝罪の理由は分かった。確かに、一月ほど前、ふとした拍子に彼女は私の帽子を『壊した』。
でも。
「フラン、アレは、私が悪かったんじゃないの。貴女が気を病むなんて」
「お姉様なら、きっとそう言うと思ったわ。けど、私が謝りたいの」
「ずっと、心の中がどろどろしたような感じだった。
だけど、どうすればいいかわからなかったの。
……そんな時、咲夜が言ってくれたわ。
『思うようにすればいいのです。貴女を縛るモノは貴女以外あり得ない』って」
フランが片腕を私の肩に、もう片腕を自身の背に回す。
「その時から、謝ろうと思った。
うぅん、ただ謝るだけじゃ嫌だったわ。
その後にね、美鈴に頼んだの。教えてって。
美鈴は『時間がありませんから、スパルタでいきますよ』だって」
さっと腕が動き――。
「ふふ、ほんとだったわ。
だって、ちょっとだけとはいえ、血を流したのなんて久しぶりだったもの。
でもね、やっと、今日、完成したの。
パチュリーに用意してもらった魔法の糸だから、今度は私でも壊しにくいと思う……」
――被せられる、赤い、手作りの帽子。
「だから、ねぇ、お姉様。――初めての手作りで、下手っぴだけど、使って欲しいの」
それは。
フランが言うように、完全ではなかった。
手で触れるとちくちくとした感触が残る、そんな代物。
だけど、ねぇ、フラン。
――貴女がそう想い、私がそう思うのだから、是は、完全に私の帽子なのよ。
「フラン、大好き、愛してるーっ!」
って、しまっ、台詞違う!?
「きゃっ、き、きゅっとしてぇ――」
「どかーんっ!?」
「あ、壊れてない。凄いね、魔法の糸って」
「言う事それだけっ? 素直タイムはどうしたの!?」
「どうしたら壊せるのかなぁ、あ、四人になったら壊せるかな?」
「目を輝かして尋ねないで! あ、ダメ、ダメだからね! みーーーー!?」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
ヨンニンのフランに暗室で囲まれる、ある意味夢のような状況の中、私は帽子を守り切った。
四方同時「きゅっとしてどかーん」が炸裂した時は、流石にもう駄目かと。
……むしろ、なんで守れたんだろうと不思議に思う。
フラン曰く、目が沢山あるの変なの、だそうだ。
今度、パチェを締め上げよう。
フランが目をこすり、私が欠伸をした時点で、喧騒の音は止んだ。
帽子を外す時、フランと目が合った。
私はにこりと笑う。フランは慌てて目を背ける。
一拍の後、フタリで笑い合う。
どちらからともなくベッドに潜り込み――どちらからともなく、手を握った。
小さく柔らかく、何故か、私よりも少しだけ冷たい手。
握る手を、強める。
この手も、愛おしい妹も、何時かは離れていくんだろう。
だけど、それまでは、こうしていても……いいよね、フラン。
「……フラン。かわいいいもうと。だいすきよ、あいしているわ……」
にぎるてが、つよめられる。
まどろみが、わたしをおおう。
あぁ、そのまえに。
「レミリア……おねえさま。だいすき、あいしているの、……はなさないで」
――――そのまえに、おやすみ、なさい、ふらんどーる。
<了>
むしろゆかりんとかラスボスEXボスさん達は『悪しき少女力』でハイパー化しそうです。
まぁその後アリっさんやら鈴仙嬢やらに無残な引導を渡されそうですが。
お嬢様がカッ飛んでて楽しかったです。
アリスやら早苗さんやら鈴仙やらパチェやら魔理沙やらの今後が気になるところw
テンポも良くてアッという間に読み終えた。
……あと慧音の病気っぷりに。
秋の真ん中頃に投稿するつもりだったので、「時季外れ」かと思っていたのですが。
間に三作いれてりゃ、むしろ遅くなってしまったいという感じでした(けふ。
ではでは、以下コメントレスー。
>>回転魔様
他の妖精メイドにはダークドレアムやらロプトゥスなんてつけられています。要はお嬢様、全部此方の世界の書籍からつけてるんですね(笑。
>>3様
最初はほのかに甘く、最後は激甘な仕様。胸やけを起こされぬよう、ご注意ください。
>>謳魚様
お嬢様の搭乗機はレミューンです。語感のよさだけで決めました(ひでぇ。
タイトルの通り、このお話ではお嬢様だけがどたばたしています。楽しんでいただけたようで何より。
>>24様
大体の会話はミスリーディングの為に書いてます。会話自体書くのが好きなので、脱線しがちですがががが。
彼女達の前後も何時かは書きたいと思っているので、その時はまたよろしゅうに。
>>29様
カリスマの単語は意図的に外しました。その代り、幼女の言葉を詰め込みました。あかんやん。
慧音先生の病気は比較的軽度です。比較先は……いわずもがなですかね(笑。