真冬に噴き出した怨霊、そして間欠泉。
地底の地獄烏によって起こされた異変――まぁ真の黒幕ははた迷惑な山の神であったのだが――は、妖怪に促された巫女によって解決に至った。
異変も落ち着いて、幻想郷と地底を繋ぐ
元来地底に封ぜられた妖怪たちは数多いる妖怪の中でも飛び切りの嫌われ者たちであり、彼らとの交流は困難を極めることだろう。
しかし、幻想郷は全てを受け入れる。
時間はかかるかもしれないが、やがてはつまらない偏見も消え、地上と地底の境界などなくなる。
地底を飛ぶ少女、いつもの白黒に暖かそうなケープを羽織った霧雨魔理沙はそう信じていた。
地底を飛ぶ、、、、、という表現はいささか違和感を感じるが、地の底へと続く道――というより穴、は歩くには辛すぎた。
「しっかしいつ来てもシケた場所だぜ」
愚痴る魔理沙。
特別他人の棲家をけなす趣味があるわけではないが、それでもひと言言いたくなるような場所だった。
風は強く、地獄跡にも遠いこの場所は冬ということもあってか肌を刺すほどの寒気に見舞われる。
怨霊のせいか、瘴気混じりで空気もよろしくない。
魔法の森に慣れた魔理沙でも、いささか堪える環境である。
場所はそろそろ旧都に差し掛かる。
旧都――かつて都だったはずのその場所は、臭い物に蓋をするように丸ごとここに押し込められている。
確か以前この辺りでと、愛用の箒を中空にとどめて魔理沙は辺りを見回した。
「あらあら、貴方はいつかの人間ね。また暴れに来たの? まったく物好きね。それとも宝物でも探しているの?」
「おっと、釣れたぜ。もちろん宝の話も聞きたいが」
きらりとエメラルドの燐光をたなびかせ、現れたのは地底の橋姫、水橋パルスィだった。
どことも知れぬ幻想郷ではやや珍しい装い、白い肌に亜麻色の髪。
いささか燻った姿だが、姫の名を冠すに相応しい容姿を持った妖怪だ。
「釣れた? こんな辺鄙な場所の橋姫に、何か御用?」
「そんなことより宝の話をだな」
「あら、欲望に忠実なのね。妬ましいわ。宝探しだなんて楽しそうなこと、私が貴方に譲る理由なんてないじゃない」
「つれない女だな」
「ごめん遊ばせ」
然したる意味のない言葉の応酬。
挨拶代わりに交わされるやり取りは、弾幕より以前からある少女たちの嗜みである。
以前やってきたときには気にも留めなかったが、地底と地上の共通点を見つけ、魔理沙は密かに心を弾ませた。
心なしか、パルスィも機嫌がよさそうに見える。
「ふふ、何の用かは知らないけど、人間がそうそう地底に入り込むものではないわ。ここで引き返しなさい」
「それは聞けない約束だな。これから地霊殿まで行かないといけないんだ。地上の大宴会へご招待だぜ」
「それは妬ましいわね。とてもとても妬ましいわ。思わず邪魔したくなるくらいに妬ましいわ。許せない」
「まぁ聞けよ。誰もお前を誘わないなんて言ってない。ヤマメも、あー……バケツも誘ったし、ついでにお前も来ないか?」
「――私?」
くい、とぐい飲みを傾ける仕草をする魔理沙に、パルスィは心底不思議そうな顔をした。
それにしても誘ったメンツの名前も覚えていないとはなんとも薄情な女である。
第一誘った妖怪はバケツではなく桶だ。
確かに似ている上、陰が薄いことも否めないが。
「この場のお前に他がいるのか?」
「いないけれど。貴方、意味が分かっていってるの? 私は橋姫よ? 地底の橋姫」
「それがどうかしたか?」
「――」
何の頓着もない魔理沙の姿に、パルスィは毒気を抜かれ、そして呆れ果てた。
この身は地底の橋姫。
下賤と呼ばれ、穢れと言われ、嫌われ、唾棄され、追われ誅され、果てに地の底に封じられた妖怪。
その意味を本当に理解して言っているのか。
いや、理解などしていないだろう。
パルスィは断じる。
だって彼女は人間だ。か弱いか弱い人間だ。それもまだ幾つも生きていない少女ではないか。
"力"があるかなど関係ない。か弱さにそれは関係ない。
地霊殿といえばあのさとり。
いくら道が出来たとはいえ、地底でも避けられる彼女ですらも地上に呼ぼうというその浅慮。
理解しているとは思えない。なんという純粋。これが若さか。これが人間であったか。
「ふふ」
「?」
「ふふふふふ。うふふふふ」
「どうした?」
「あははははははは! あはははははははは!!」
哄笑をあげるパルスィを、魔理沙は怪訝3、気味の悪さ7くらいの表情を貼り付けて窺った。
突然相手が笑い出したのだ。魔理沙の態度も仕方がない。
けれど、パルスィにはおかしくて仕方がなかった。
地底に封じられて随分長いことまともに人間と話したことはなかった。
たまに迷い込む人間を適当に追い返すくらいが関の山。
だから目の前の人間がとても面白かった。興味深かった。
要するに。
「行くわ」
「は?」
ぴたりと笑いを止めたパルスィに、魔理沙は虚を突かれたようだ。
本当に面白い顔をする。パルスィは思う。
地底の妖怪はその陰気から拗ねた表情をするものがとても多い。
例外はごく一部。明るさや素直さなど縁遠いものだ。
鬼ですらその傾向がある。
地霊殿でさとりが飼うペットどもはそうでもないらしいのだが、パルスィの知ったことではない。
「だから、宴会よ。いくわ。場所と時間を教えてちょうだい」
「お、おお。そうか。そりゃよかった、歓迎するぜ。場所は神社だ、博麗のな」
「神社に博麗以外があるのかしら」
「出来たんだよ、最近な」
地底の妖怪は地上の世事に疎い。
それはこのパルスィも例外ではなかった。
「へぇ、そうなの」
「そうなんだ。じゃあ私はもういくぜ。思ったより長居しちまった」
「ふふ。それじゃあね――あ、ねぇ人間」
飛び立とうとする箒を呼び止める。
箒は律儀にキキ、とブレーキ音のような音を立て、パルスィを振り返る。
「名前。貴方の名前は何? 私はパルスィ。水橋の橋姫、パルスィよ」
「私は魔理沙。普通の魔法使い、霧雨魔理沙さんだぜ!」
星屑を散らしながら飛び去る魔理沙を、パルスィは緩やかに見送った。
その顔には穏やかな笑みが浮かべて。
「くすくす。くすくすくす。くすくすくすくす!」
穏やかな笑みを、浮かべて。
*
宴会はちらちらと雪の舞う中で行われた。
くそ寒いのにも関わらず、場所を貸している巫女が社への侵入を禁じたためだ。
なんでも、
「どうせ片付けもしやしないのに、お社の中まで荒らされちゃたまったもんじゃない」
とのこと。
気持ちは分からないでもない。
集まった面々は文句を垂れたが、それで巫女が動くはずもない。
致し方なしとござをしき、再会を祝した鬼2人が呑めば温まると呑み比べはじめ、なし崩しに宴会は始まった。
前置きや挨拶は無用といわんばかりだ。
パルスィは転がった酒瓶から手酌しながら辺りを見回した。
どんな規模の飲み会であれ、いずれそれは小さなグループに分かれるものである。
グループは大きく分けて三つ。
1つは鬼。
伊吹の鬼と星熊の勇儀が酒量を競い合っている。
もう1つの神社の者だろうと思われる神2柱に巫女だか祝だかの姿。
可哀想にキスメはその桶を酒で満たされた挙句杯にされ、目を回している。
その隅で、天狗と河童が居心地悪そうに呑んでいる。
大方鬼にでも連れられて断れなかったのだろう。
彼女らはこんな宴になどきたくなかったに違いない。
もう1つは悪魔たち。
紅魔館、と呼ばれる館の吸血鬼、そしてその従者らしい。
パルスィにとっては珍しい顔だった。地底が封鎖される前は見なかった顔だ。
彼女はワインを燻らせ、巫女にちょっかいをかけている。
なにやら額にナイフを刺したまま倒れている妖怪がいるのが印象的か。
最後は地霊殿の面々だ。
馬鹿騒ぎする猫と地獄烏、ついでにヤマメ、更にはなぜか天人。
やがて特に精神年齢の低そうなカラスと天人がにらみ合いはじめた。
止めようとする猫とはやし立てるヤマメが印象的だ。
魔理沙はさとりの妹をくるくる回転させている。
両手を高く挙げ、片足立ちしているそのポーズに何か意味があるのだろうか。
魔理沙の行動に意味はあるのだろうか。
酔っ払いの行動に深くツッコんではいけない。
主の古明地さとりは、相変わらず陰鬱な表情をしたまま杯を傾けている。
たまに近寄ってくるペットをあしらうくらいだ。
(まぁ……こんなものよね)
パルスィは心の奥でひっそりと呟いた。
集まった面々の中で地上の妖怪と言えるのは吸血鬼くらい。
新顔で地底のことをよく知らないと見える。
天狗と河童は明らかに埒外。地底の者など歓迎していないに違いない。
好奇心のカタマリのようなあの2種族が、近付いても来ないのがその証拠だ。
もう1つの神社、と思しき勢力や、天人がいるのはよく分からないが。
「なんだパルスィ、1人か?」
「あら、魔理沙」
こいしをまわすのに飽きたのか、酒瓶を携えて魔理沙がパルスィの元にやってきた。
なるほど、物好きなだけあって面倒見もそれなりにいいらしい。
「混ざったりしないのか? 猫や烏なんかは楽しそうだぜ。鬼と呑み比べるのも悪くない」
鬼と呑み比べるのは無謀だが、と付け加える魔理沙に、パルスィは酌をする。
魔理沙も嬉しそうに返杯した。
「生憎と私は橋姫。楽しそうなのは妬ましいけれど、所詮私には隅で酒を手飲むのがお似合いよ」
「寂しいこと言うやつだな……」
「ふふ。私は私で楽しんでいるわ。優しいのね、貴方」
「……何を言っているのかよく分からないな」
「照れているの? 可愛いのね」
妬ましいわ、と付け加えたパルスィに、魔理沙は拍子抜けしたのか、照れも抜けたようだ。
からかわれているのかもよく分からなくなったのだろう。
「お前、ヘンなやつだな」
「なんてこと言うのかしら、貴方にだけは言われたくないわ。それより、いいの?」
何が、と問う魔理沙にパルスィは視線で応える。
見れば、紅魔館の主がその従者を引き連れて、地霊殿の主に接触しようとしていた。
痺れを切らしたのか、遂に状況を動かしたのだ。
吸血鬼はその一歩後ろに従者を引き連れて、不遜な態度で歩いていく。
無用に発せられているその威圧感は、まるで出入りのようだ。
場に緊張が走る。
さしもの地霊殿のペットたちも息を潜め、地獄烏などはその隙に天人にはたき倒されていた。
「はじめまして地霊殿の主、いい月ね。私は紅魔館の主、レミリア・スカーレット。新たな友誼に歓迎の意を」
優雅に一礼する吸血鬼。
ちらちらと舞う雪の中、月下に立つその姿は幼いながらも王の風格を匂わせている。
受けるさとりは、居住まいを正す前にぼそりと呟いた。
「……陰鬱なやつとは言ってくれますね、自覚はあるけれど。地底はあれでも棲めば都というものよ。ああ……申し遅れました。地霊殿の主、古明地さとりです」
「――」
「……『無礼な奴だ、挨拶がついでとは』ですか。そんなつもりはなかったのですが……」
「ふん、それが心を読む力か。成る程ね」
「そう。私に言葉は必要ありません。……『地上では新参のくせに挨拶にこないだけはある。この私の手を煩わせて』ですか。誤りではありませんが、幻想郷においては私たちのほうが旧い。傲慢なのですね」
「ふん。本来ならお前が私に挨拶するのが正しいことよ。そこを曲げてやったのだからお前は私に感謝すべきだわ」
「……『亡霊や蓬莱人が避けるのも理解出来る。腹にいち物もふた物もある奴らじゃこいつの相手は嫌がるだろう』ですか。やはり誘いを受けて断った面々もいらっしゃるのですね。『おまけに性格も悪い』ですか。大きなお世話です、あなたに言われたくありません」
「……」
「……『こいつ、やってやろうか』ですか。好戦的なのですね。おまけに短気」
「…………」
きしり、と空気を歪め目を細めるレミリア、それを柳のように受けるさとり。
状況は急転直下に悪化していく。
「……攻撃的な意思は見えますが纏まりがないですね。落ち着いてください」
「……誰のせいだと思っている」
「……私ですか? 心を治めるのは私ではなくあなた。私を責めるのはお門違いです」
「貴様」
「おい、おいおいおい待て待て! 本気になるな! やるんだったらカードでやれ!」
「……お嬢様」
「分かっている。まったく、パチェの忠告を聞いておくべきだったわね」
「レミリア!」
「黙れ」
カードではなく拳を握り締めたレミリアに魔理沙は飛び出し、従者は低く声を出して諌める。
くる、と背を向けたレミリアに、魔理沙は引き止めるような声で名前を呼ぶが、彼女は一瞥もくれなかった。
「……『興が殺がれた』ですか。残念です。友誼の契りはまたの機会になりそうですね」
淡々と言葉を続けるさとりに構わず、レミリアは二歩三歩と歩みを進める。
やがて、半身になってさとりに冷たい目を向けた。
紅い紅い、何もかも貫く透徹な眼。
「お前が心を読もうが私には関係ない。確かに気分は良くないが、それを上回る力で粉砕すればいいだけのことよ。……読んでいるだろう、私がお前を気に入らない理由を。その気がないなら一生引き篭もっているがいい。私を煩わせるな」
忌々しそうに言い放ち、レミリアは飛び去った。
霊夢にだけ挨拶を残して。
恐らく彼女にとってはほかは問題にもならないのだろう。
突き立ったトーテムポールを、人知れず土台ごと回収している従者は真に瀟洒である。
「わ、私もそろそろ。生憎と記事にはなりそうにありませんし」
「私もお暇するかな。そういえば用事が残ってたんだった」
「お、おい、射命丸! にとり!」
「おいおいノリが悪いねぇ。折角の再会の宴だっていうのにさ」
「まぁ仕方がないんじゃない? あいつらも必死なんだよ。私らだけでもやり直そうや」
これ幸いとばかりに腰を上げる天狗に河童、揶揄する鬼たち。
鬼は言うが否や、片や霞の如く、片や轟風で空を割り、あっという間に消え去ってしまう。
その様子に、それまでどっしり構えていた山の神も立ち上がる。
もう一柱も、その特徴的な帽子に積もった雪をぽんぽんと払った。
「やれやれ、白けちまったね。酒もまずいし、今夜は切り上げかい?」
「神奈子さま、それでは――」
「野暮をいうんじゃないよ、早苗。じゃ、今度はウチの神社にもきなよ。妹さんはやってきたみたいだけどね」
「……『信仰』の押し売りはご遠慮願いますよ」
「なんだい、あんたにゃ神もお見通しかい? いや、読まれたのは早苗かな。いずれは地底にも神遊びに行かないとねぇ。信仰さえあれば地底ももっと住み易くなるよ」
浅ましくも芳しく、いつもの押し売りを済ませて山の神は帰っていく。
取り残されたのは天人だ。
僅かの間に大量の神妖が去っていく事態に、彼女はおろおろと戸惑う様子を見せ、やがて多少の気落ちとともに天界へと昇っていった。
猫や烏が気遣わしげに主人を見つめている中、ヤマメ1人が妙に悟った表情で手酌をする始末。
さすがの彼女も居心地が悪くなったらしい。
因みに、さとりの妹こいしは無意識が雰囲気の悪化を嫌ったのか、いつなんどき、いずことも知れぬうちに姿を消している。
「お、おい……」
行き場なく手のひらをおろすタイミングを失った魔理沙は、力なく息を吐く。
いったいどこをどう間違ってこうなってしまったのか。
思えば今回の宴は初めから躓いていた。
八雲家には連絡もつかず白玉楼には断られ、永遠亭にも袖にされ。
山については迷惑料で押し通したものの、まともに話を聞いて貰えたのは紅魔館くらいのものだった。
彼女の魔法使い仲間でもあるアリスやパチュリーすらも、この場に姿を見せていない。
「……『どうしてこんなことに』ですか」
「――」
魔理沙の心の揺れをさとりが拾い上げる。
魔理沙はそれに反応し、胡乱げな目を向けた。
彼女はいつも通りやっただけ。ただそれだけだった。
「……『お前が――』ううん、ごちゃごちゃと絡まってよく読めない。言いたいことは分かるけど。確かに私にも責任はあるのでしょう。けど、私はいつも通りやっただけ」
「私だってそうだ」
魔理沙の言葉に、さとりは小さく笑う。
自嘲や皮肉を込めた、外見に見合わぬ笑み。
「そうですね。私がいなければ少しはマシになるかも知れない。ご迷惑だとは思いますが、妹やペットたちはこれからも誘ってあげてください。それでは」
「さとり様!」
「お姉さん、ごめんね。また今度ね!」
止める間もなく飛び去るさとりに、後を追うペットたち。
「あんまり気を落とすんじゃないよ」
ヤマメもキスメの入った桶を抱え、その後に続く。
潰されたままのキスメの様がひどくシュールだ。
ツインテールがわかめのように桶から垂れている。
結局、あれよあれよという間に、境内に残るのは魔理沙、パルスィ、そして霊夢の3人だけになってしまった。
霊夢はひとり縁側で茶を淹れて息を吐いている。
先ほどまで酒宴を繰り広げていたというのに、つくづくマイペースな女である。
「霊夢。こうなること、分かってたのか」
「薄々ね」
「なんでだ」
ほう、と息をつく霊夢。
なんでもないことのようにあっさりと言い放つ。
「もちろんカンよ。さってと、あんたももう帰んなさい。見ちゃいられないわ」
「手伝わなくていいのか」
「あーら、手伝ってくれるのかしら」
「帰るぜ」
深めに帽子をかぶり直した魔理沙は、愛用の箒を取り出してはたと動きを止める。
先と同じ場所でパルスィが酒を飲んでいたからだ。
「なんだ、地霊殿の連中と一緒に帰ったんじゃなかったのか」
「それは遠まわしに帰れ、と言っているのかしら。つれない女ね」
「……やれやれだぜ」
2人の少女は連れ立って、ふわりと空へ浮き上がる。
いつしか雪も止み、雲に切れ間が出来ていた。
月が、そこから覗いている。
地底からは見えない、本物の月。
偽りの月に慣れてから幾星霜。
パルスィは本物の魔力に焼かれ不思議と高揚する自分を感じていた。
「なぁ。私は間違っていたのか?」
「賢くはなかったわね」
即答で返った言葉に魔理沙は気持ちムッとした。
自分が賢いなどと思ったことなどさらさらないが、それを指摘されるのは腹が立つ。
「貴方には知る機会があった。地底と地上の確執を。貴方は甘く見すぎたのよ」
「……」
「貴方は知らない。地底と地上の因縁を。それぞれの怨嗟の声を。どれほどの恨み、どれほどの憎しみがここにあるのか。貴方には分からない。想像できない。ああ妬ましい、妬ましいわ。無知である事が妬ましい。その青さが妬ましい」
歌うように言葉をつづるパルスィに、魔理沙はつまらなそうに舌打ちする。
乙女にあるまじき行為であるが、幻想郷ではよくあることだ。
拗ねる魔理沙の可愛らしさに、パルスィはまた嫉妬の念を覚えたが、同時に失望も感じていた。
諦観や捻くれは、地底でもよく見られる姿だからだ。
こんなものか、と思ってしまうのも仕方がない。
けれど魔理沙はパルスィの予想を裏切り、大きく息を吸い、そして吐いた。
「ふん、そんなこと私の知ったことじゃない。私は霧雨魔理沙だぜ? 諦めてたまるか。地上のやつらも、地底のやつらも、みんなまとめて酒壷に放り込んでやる。さとりだって例外じゃない。ひとつの例外だってあってたまるか」
「――」
「弾幕ごっこと宴会は、もう幻想郷の華なんだ。幻想郷の住人に、例外なんて許されちゃいないんだ。覚悟してろよあいつら」
まっすぐと前を睨み、宣言する魔理沙を、パルスィはほうと見つめた。
人間だけが、いや、魔理沙だけが放つ輝き。
パルスィは思う。とても。とてもとても面白い!
ああ、彼女はとても輝いている。なんて。なんて妬ましいんだろう!
「ふふ。ふふふふ」
「なんだ、また笑ってるのか? 恥ずかしいんだから勘弁してくれよ」
「だって面白いんだもの、貴方。とっても興味深いわ。要するに――」
「……なんだよ」
口上を止めるパルスィ。
意味深な眼差しに、魔理沙は胡散臭げに問い返す。
「好きってことよ」
「……は?」
さらりと口にするパルスィ。
呆気に取られた魔理沙の表情。
そんな無垢な表情が出来る魔理沙に、パルスィはまた嫉妬した。
自分はもう随分前にそんな表情は失ってしまった。
自分のなくしてしまったものを持っている魔理沙はとても妬ましい。
とてもとても妬ましい。
ああ本当に妬ましい!
*
「ねぇ魔理沙。さとりのことは任せてくれない?」
顔を真っ赤にした魔理沙をのらりくらりと受け流したパルスィは、そんなことを切り出した。
魔理沙は適当にあしらわれたことで憮然とした顔をしながら、相槌を打つ。
「そりゃ助かるが……いけるのか?」
魔理沙とて相手は心を読むような相手だ。苦手に思わないはずがない。
ましてやこれからやることに心を読まれては、幾分やりづらい。
さとりは魔理沙の心のうちなど、すぐさま看破することだろう。
少なくともいい気持ちがするとは思えない。
それは誰が出向こうが同じだ。
そんな思いが混ぜられた言葉に、パルスィはころころと笑った。
「貴方よりは適していると思うわ。あの子とも付き合いが長いし、仲が悪いわけでもないのよ?」
成る程、と頷く魔理沙。
確かにパルスィは、地底と地上をつなぐ橋の番人のような役割を担っている。
旧都の有力者であるさとりと交流があるのも道理であった。
少なくとも同じ地底の者、地上の者である魔理沙よりも、互いに気が楽であろう。
「それに私は橋姫。地底と地上とをつなぐ架け橋。これくらいの役目はお手の物よ」
違うかしら、と笑うパルスィ。
魔理沙は、これなら任せられるか、と頷いた。
「それじゃあ頼むぜ。私はまずレミリアのとこに行ってくる。地上のことは任せろ」
「お任せするわ。地底のことは任せて。見事な役割分担ね」
「――なぁ」
去り際、魔理沙はパルスィを呼び止めた。
その顔は訝しげだ。
「どうしてここまでしてくれるんだ? お前だって、ほら――地底のやつだろ。自分で言ってたじゃないか。地上と地底には因縁があるって」
「なにかと思えばそんなこと」
高所であるためか風が強い。
パルスィが髪の毛をかきあげると、青白くとがった特徴的な耳が顔を出した。
「言ったじゃない、好きだからよ」
「な」
「好きだから、手伝ってあげたいの。単純でしょ?」
「なななななな」
「な?」
魔理沙は両手で身体を抱きしめ、ずりずりと箒を後退させる。
パルスィはまったく平然とその様子を見ていた。
その顔には笑みすら浮かべている。
淡い微笑み。ちらちらと舞う雪によく映える。
「何言ってんだ。ほ、本気かお前、さっきから」
「あら。好きなものを好きといってなにが悪いのかしら」
「いや、悪かないが、だから、その」
「ひょっとして――迷惑?」
ふ、と翳りを見せるパルスィに、魔理沙はひどくうろたえた。
それほど急激な変化だったのだ。
それも、真に迫った。目端には涙すら見える。
魔理沙はしどろもどろに答えることしか出来ない。
「め、迷惑じゃあないが」
「あら嬉しい」
「――!」
ころ、と表情を変えるパルスィ。
鳴いたカラスがもう笑ったといわんばかりの変化だ。
「え、演技かお前!」
「演技だなんて。でも――貴方って本当に可愛らしいわね。なんて妬ましいのかしら」
「――!!」
もう知らん、そっちは任せたからな! と物凄い速さで飛び去る魔理沙を、とても愉しそうに見送ったパルスィは、早速地霊殿に向かうことにした。
話はさっさと済ませてしまうに限る。それに、そう難しいことでもない。
そう、仕事としては簡単な部類に入るほどだ。
聳える御殿を眺めながら、パルスィはほくそえんだ。
「相変わらず立派な御殿だこと。まったく妬ましいわ」
「……思ってもないことを言って。そういうところ、貴方と彼女は似ていますね」
「あら、そんなことないわ。私なんて橋の下で寒空に震えているのだから」
桃色の髪の毛が浮かび上がる。
地底の者は、日に当たらないせいで総じて肌が青白い。
ほの暗い部屋でかわされる風景は、傍から見ると不気味に映る。
暗がりではその白い肌が、僅かな灯りで映えるのだ。
「……『あの子は奇襲に弱いしね』ですか。覚えておきましょう。それで、何の用ですか水橋パルスィ」
「分かっているくせにそういうことを言うのね、古明地さとり」
「……癖のようなものですよ」
さとりとて状況判断の全てを読心に頼っているわけではない。
話を向けることで心の表層に狙った話題を浮かび上がらせるのは、さとりがさとりとして生きるために学んできた知恵だ。
ただ、確信を得たいがために心を読む。
パルスィはそのことを突いているのだ。
「いずれこんなときがくる。分かっていたことでしょう」
「そうですね。賢者が地底に顔を出したあの時から、予測出来たことでした」
彼女たちが地底に封じられて風霜。
灼熱地獄跡に溜まった怨霊、悪臭を放つ死体に、寂れた旧都。
厳しい環境に少しずつ、少しずつ手を加えて。
人間を見限ってやってきた鬼たちと協力してようやく成った楽園。
彼女たちを追いやったうちの1人である地上の賢者、彼女がひょっこり姿を見せたのは、ほんの数年前のことだ。
「心の準備は出来ていたんじゃなくて?」
「……そうですね」
「情報も集めていたんでしょう」
「よくご存知です……いえ、推測しただけですか」
「簡単なことよ」
実力者には実力者なりの苦労がある。
情報を集めるのも当然の行為だ。
ましてや不干渉を貫いていた地上の賢者が、スペルカードルールなどという娯楽を持って急に顔を出したのだ。
動かないはずもない。
前回姿を現したのが大結界を創るときで、その前が地底からの地獄撤廃時。
これを考えればどれほどの事変か分かろうものだ。
「こいしからも話は聞きました。血の臭いがあまりしなかった、と。人間も妖怪も穏やかで、場所によっては楽しそうにすら見えたと」
「へぇ」
「賢者が道を閉ざしていないのも、理由があるのでしょう。緩やかな融和を目指しているのだと、推測出来ます」
地上の賢者八雲紫。
その目指す先の楽園に、この地底すらも含まれていたとは僥倖であった。
しかし。
『……だとしても、割り切れるものではない』
2人の声が重なった。
幻想郷が出来てから随分と経つ。
最初のころはひどかった。陰惨で、血生臭い日々。
妖怪たちは争いあい、人間を食し、人間は抗し。
安息などどこにもなかった。
やがて人間が勢力を増してくると、妖怪たちは表立って争い合うことが少なくなる。
代わりに広まったのは陰湿な手口だ。
鬱屈にも促されてかその能力から忌み嫌われ、排斥される一部の妖怪たち。
それが地底の妖怪たちである。
あの頃、地底はまだ地獄であった。
生ける者をことごとく滅す灼熱地獄に押し込められて、鬼たちに保護されなければいったいどうなっていたことか。
あのときほど懐深く卑怯を嫌う鬼に感謝したことはない。
地底の妖怪たちは忘れていない。
地上の妖怪たちの行いを、決して忘れない。
「それでも……私たちは生きているのです」
反対する者も多いが、それでもさとりは結論を出した。
過去は忘れて仲良くやろうだなんて、なんと都合のいいことか。
ふざけるな、そういってやりたい。
妖怪は人間と違って世代交代のスパンが長い。
たかが数百年。
恨みが風化するには早すぎる。
けれど、地底の妖怪は八雲紫に借りがあった。
地獄のスリム化に貢献したのも、約束の代わりに地底都市を認めさせたのも、娯楽に乏しい地獄跡に光を与えたのも八雲紫だ。
なればこそ。
地底の妖怪のうちでも屈指の嫌われ者である己が立てば。
結局、割り切りきれずにそれを吸血鬼にも見透かされてしまったようだが。
嫌悪感が拭い去れるわけはない。
抑える努力が、足らなかったのだ。
「それで?」
「……いずれは顔を出しましょう。ヤマメや、こいし。お燐やお空ならよくやってくれるはずです」
「こいしは勝手に動くでしょうけど」
「違いありません。信じすぎている? ……そうかもしれませんね」
自嘲気味に唇をつり上げるさとりを、パルスィは笑った。
誰よりも他者の汚い部分に触れながら、それでも生きている妖怪を。
話は終わり、とばかりに背を向けるパルスィ。
それを追って、さとりは声をかける。
「……あなたが来るとは思いませんでした」
誰が来るだろうとは思っていたけれど、とさとりは付け加える。
そう、いつもの水橋パルスィであれば、事態に首を突っ込んだりはしないだろう。
橋姫は、縛り付けられたかのように橋から身を動かさない。
常時であれば。
応えてパルスィは、くるりと振り返る。
「きれいな宝石を見つけたのよ。小さな小さなつづらに入っているの」
つらつらと、読み上げるように詠うパルスィ。
受けてさとりは、先ほどの情報を読み返す。
「……あの白黒の人間ですか。はじめに残り香が見えたので、予想はしていましたが」
「あの子、とても可愛いのよ。妬ましいわ」
「……まさか」
きゅう。
パルスィの笑みを浮かべる様、さとりはそんな音を幻視した。
恐ろしく禍々しく、美しい笑み。
「……悪趣味な。だから、あなたのことは好きになれないのです」
「私は貴方のこと、けっこう好きだけど?」
「……」
ひょうひょうと答えるパルスィにただ沈黙を返し、さとりは目を閉じた。
それで第三の目が閉じられるわけではないが、そうしたかったのだ。
パルスィはそんなさとりを哂い、愉しそうに去っていった。
「……『たとえ見えても邪魔をしないから』ですか。あの緑の眼に睨まれるくらいなら、そうするわ。誰だって――」
さとりは走る怖気に身体を抱きしめた。
白黒の魔法使いの幸運を祈りながら。
*
月日が経つに従って、魔理沙とパルスィの距離は確実に縮まっていた。
地上の妖怪と地底の妖怪、そして人間の溝はまだまだ深い。
地底の妖怪、特にさとりがいるときの宴会は出席率ががくんと落ちた。
けれど、ヤマメやお燐、お空たちの努力もあって、地底の妖怪たちも徐々に受け入れられ始めている。
ヤマメは永遠亭に招致されたりしたし、宴の参加者には白玉楼から魂魄妖夢、永遠亭からは鈴仙・優曇華院・イナバをはじめとした若いイナバの姿も確認されている。
また、紅魔館の当主レミリア・スカーレットなどは、さとりがいても必ず宴に参加した。
今では杯を酌み交わすほどの仲でもある。
レミリアは言葉の通り、読心に隔意を見せることはなかったし、さとりはレミリアの傲慢さを可愛いわがままとして受け入れた。
さとりにとってレミリアは友人であると同時、ある意味自らのペットにも似た存在だったのかもしれないが、それはまた別の話である。
齢を数える妖怪たちが動くのはまだまだ時間がかかりそうではあったが、いずれは、という希望を感じさせる、そんな情景を見せていた。
話は戻る。
地上の妖怪と地底の妖怪との距離をある程度縮めることに成功した魔理沙とパルスィは、ともに難題に挑んだ(と、魔理沙は思っている。実際に苦労していたのは魔理沙ばかりである)共感もあり、徐々に親しくなっていった。
以下にいくつか、2人のやり取りを抜粋する。
「ふふ、綺麗な髪ね。金色で透き通って……妬ましい。ああ、妬ましいわ」
「おい、勘弁してくれ。触るのはいいが抜くなよ? 目がこわい」
「あらひどい。なんてことを言うのかしら。そうは言うけどね、私だって昔は、それはそれは美しい金色の髪を持っていたのよ?」
うっとりと魔理沙の髪を撫でながら、パルスィは呟いた。
パルスィの髪の色は、亜麻色である。
輝きを増せば金色にならないこともない。
金色の髪に碧色の瞳。
その姿はどれほど美しかったことか。
「へえ、そうなのか? 何だってこんな色に」
「分からない? 地底にいたせいよ。臭く濁った空気のせいで、日にも当たらないからいつの間にかくすんで。ほら、これでもお手入れは欠かしていないのに」
「あー……悪かったよ。でも亜麻色の髪も悪くないぜ」
「そう? あああ、若くて健康的な肌。つるつるのすべすべ。妬ましい、妬ましいわ。私なんて「あーあーあーあー分かった。分かったから! お前はそれで十分綺麗だ! それじゃダメか?」」
「ふふふ」
またある時には。
「かーっ、たく閻魔のやつも勘弁してくれ。暇なのは分かるがいつもいつも説教説教……」
「あら、閻魔はいま暇なの? あまりに忙しいから地獄を移したほどだけど」
「ああ、渡しの死神がサボりでな。気のいいやつなんだが……いや、アイツも割と説教臭いな」
「もともと官吏だからね、仕方がないわ。それで、何といわれてるのかしら」
「嘘をつくな、だとさ。稀代の正直者の魔理沙さんに言う言葉じゃないぜ」
「そうね、魔理沙は正直者ね。見ているこっちがビックリするほど素直。妬ましいわ」
「……何を寝言言ってるんだ。わけが分からないぜ」
「いつも嘘をついているってことはいつも本当のことを言っているってことじゃないの?」
「言葉のマジックだな」
「マジックよ、妬ましいわ」
「そいつは無理があるな」
「無理だもの」
はたまたある時には。
「ったくアリスのやつ……」
「どうかしたの?」
「ああ、あいつ最近技術が上がって人形と同時に喋れるようになったんだ」
「ふーん、アリスって誰?」
「見たことあるだろ? たまに宴会に混ざってる、金髪でひらひらした服した陰気なやつさ。都市型魔法使いを自称するくせしてクチが悪いんだ」
パルスィはああ、と頷いた。
アリス・マーガトロイドは魔理沙と同じ魔法使いだ。
宴会に来ては隅の方で孤独に酒を呑んでいる。人形に酌をさせる寂しい奴であった。
さとりが姿を現さない宴会では必ずいるところがポイントなのかも知れない。
また、これは同じ魔法使いであるパチュリー・ノーレッジにも似た傾向がある。
パチュリーの場合は紅魔館のメンバーと一緒にいるが、その分アリスよりも出席率が悪い。
良くも悪くも特徴的な2人を、パルスィはきちんと記憶していた。
「仲がいいのね、妬ましいわ」
「何言ってるんだ? いま言ってるのはあいつの陰口だぜ」
「その分よく理解しているんじゃない。そういえば、あの時後ろにいたのはその子だったんでしょう? 尚のこと妬ましいわ」
間欠泉騒動のことを指摘して、パルスィは言う。
あの時、魔理沙と協力していたのはアリスであった。
持ち前の火力に、人形で手数を補いながら飛んでいたのである。
魔理沙はうぐ、と言葉に詰まりながらもパルスィに向き直る。
「あれは違う。単にあいつに迷惑かけられただけだ。そんなに言うなら今度はお前が協力してくれ」
「あら嬉しい、デートのお誘いかしら」
「前言を撤回するぜ」
「ダメよ、ちゃんと覚えたから」
こんな感じである。
パルスィは地上を訪ねるときは必ず魔理沙を訪ねたし、魔理沙もまた、地底に行くといえばパルスィを訪ねることと等号で結ばれるほどになった。
パルスィは会えば必ず魔理沙を褒め、妬ましいなどとからかい、好意を向けた。
魔理沙にとっても、好意を向けられること自体は喜ばしいことであり、悪い気はしない。
またパルスィは距離のとり方がうまいのか、魔理沙はいつも彼女との会話を楽しめたし、また、彼女があれ以来必要以上に距離を縮めてこようとすることもなかったため、安心もしていた。
言われなければそのことを忘れてしまうほどであり、事実魔理沙は、パルスィの"好き"に恋愛的な意味は薄いと解釈した。
2人の仲が程よく縮まるのも、道理であった。
「あれ、霊夢。それ、どうしたんだ?」
「これ?」
ちりん、と音が鳴る。
巾着袋に、可愛らしい小さな鈴がついていた。
いつもは味も色気も素っ気もない霊夢の持ち物だから、魔理沙は驚いたのだった。
「これね、霖之助さんに貰ったのよ」
「香霖に?」
「そ、こーりんに」
霖之助とは森近霖之助、香霖堂という古道具屋を営む半人半妖のことだ。
魔理沙にとっては数少ない男性の友人であり、縁もあってか彼のことを香霖、と気安く呼んでいた。
こーりん、は魔理沙の口調のニュアンスを強調した霊夢の揶揄である。
苦い顔をする魔理沙。
さりとて呼び方を改めるわけでもないのだが。
「ふん、あいつにそんな甲斐性があるなんて思わなかったぜ」
「? まぁそうだけど。魔理沙が先に行ってれば、魔理沙にあげてたんじゃない? 霖之助さんのことだし」
「ふーん、いいなぁ」
ちりん、と指で鈴をつつく魔理沙。
知らずぼろくそに言われている霖之助のことはさておき、霊夢は何かに引っかかりを覚えた。
それはあまりに小さく、すぐに消えてしまうもの。
普段から大雑把な霊夢に、それを気にしろというのも度台無理な話である。
結局、霊夢はその引っ掛かりをなかったものとした。
ただの日常の一幕。
それだけの話だった。
*
「来たわね」
薄暗闇に声が響く。か細く、篭った、陰気な声。
通常なら聞き逃してしまうだろうと言うほどに小さな声は、どういった原理か、相手の耳に直接届く。
ちらちらと揺れるキャンドルの炎、ずらりと並ぶ本棚、綺麗に清掃されつつも、隠しきれない埃。
魔女の城。
紅魔館の一角にあるその魔道図書館は、七曜の魔女、パチュリー・ノーレッジの砦だった。
「来たわよ。緊急なんて初めてね。可哀想に、あなたの使い魔慌ててたわよ」
「急がせたからね」
姿を見せたのはアリス・マーガトロイド。七色の魔法使い。
片手にグリモワールを抱いて、姿を現した。
お決まりの人形劇で、人形がぺこりと礼をする。
どうも、雑言の相手は選ぶようだ。
促された席に着こうとして、珍しい顔がいることに気がつく。
少なくとも、アリスが彼女をここで目にするのは初めてのことだった。
いつもと違って口数も少ない。
「あなたもいたの? 河城にとり。こんなところで奇遇ね」
「……こんなところとは失礼ね」
「そんな珍しいことでもないよ。ここには技術書の提供やらなにやらでよく世話になる。インスピレーションが刺激されるところさ」
黴臭いけどね、と付け加えるにとりにパチュリーは眉を顰めた。
アリスに続いて失礼なやつである。
もともと表情の変化が乏しいので、あまり目立つことはないが。
彼女はいつでもむっつり顔なのだ。
「揃ったようだしはじめようか。魔理沙のことだ」
「魔理沙? あの野生児がどうかしたの?」
挨拶も早々に、にとりが切り出す。
どうやら余程急いているらしい。
似合わない深刻そうな顔つきに、アリスは軽口を返す。
それには取り合わず、パチュリーが話を継ぐ。
「貴方、最近魔理沙に会った?」
「魔理沙に? ――そういえば会ってないわね」
少し考えて、結論を出す。
そういえば会っていない。
アリスと魔理沙は種族と職業と言う違いはあるものの、2人同じく魔法使いを生業にしており、同じく魔法の森を住処にしている。
そのせいか、森の中や実験材料の探索場所でかち合うことも少なくない。
これほど長い時間魔理沙に会っていないのは、思えば稀かも知れない。
そんなアリスの様子に、にとりは当てが外れたとばかりに息を吐いた。
「じゃあ知らないか。魔理沙が橋姫と懇ろって本当かどうか、聞きたかったんだけど」
「――橋姫?」
「水橋パルスィ。妖怪の一種さ」
「地底の妖怪の一種よ。最近宴会にも参加しているわ」
懇ろ、という言葉を放置して、アリスは問い返す。
橋姫は、彼女には縁の薄い言葉だった。
それでもパチュリーの言葉に、その姿を思い描く。
「ああ、宴会でよく魔理沙と話してる――亜麻色の髪の、耳のとがった、ヘンな服着た」
「よく見てるわね」
「うるさいわ」
からかうようなパチュリーの言葉を切るアリス。
にとりは構わず、重々しい息を吐いた。
「――それで? その橋姫さんがどうかしたわけ?」
魔理沙が誰と付き合おうが関係ない、といわんばかりのアリス。
にとりは深く息を吐き、重々しく口を開いた。
「私だって他の奴ならこんなに気にしない。だけどあいつだけはダメだ。相手が悪い。いや、最悪だと言ってもいい」
「はぁ? 意味が分からないわ。第一、あれがそんなに脅威だとは思えない」
地底の異変の際、アリスは人形を通して、魔理沙の戦いをサポートしていた。
その中で水橋パルスィは、そんなに脅威ある敵だとは思えなかった。
その次に戦った鬼――星熊勇儀が強力だったせいか、ほとんど印象にも残っていない。
「貴方たちは霊夢の後に侵入したんでしょう? そのせいじゃないかしら」
「確かにそうだけど――」
「あれは地底と地上をつなぐ橋を守る番人。それなりの力は持ってる。手加減されたんじゃないか」
む、と面白くなさそうに眉を顰めるアリス。
打倒したと思ったのにそんなことを言われてしまっては、不機嫌になるのも仕方がない。
たとえ軽口のついでであったとしても。
霊夢の後を追うことになったのは事実だし、異変を解決したのもまた霊夢であった。
「まぁいいよ。あれの恐ろしいところはそんなところじゃないんだから。問題は、その能力」
「――嫉妬心」
「嫉妬心?」
「そう、嫉妬心を操る程度の能力……」
嫉妬心を操る程度の能力。
ぼそりと呟くパチュリーに、その言葉を思い描くものの、アリスには今ひとつピンとこなかった。
嫉妬心。
嫉妬とは何か。妬み、嫉み。
可愛くいえばやきもちもそれに該当する。
確かに負の感情ではあるが、巧く御せれば力になる。
「それが? そんなに重く考えるようなことじゃないと思うけど」
「……貴方が最後に会った魔理沙はどうだった?」
「どうって。そんなのいつもと同じ――」
記憶の糸を手繰り寄せる。
いつものように探索場所でかち合い、いつものように弾幕ごっこにもつれ込んで――
そう。そういえば。
魔理沙の動きがあまりよくなかったのだ。
彼女はあれで大胆かつ繊細な動きをする。相手を研究し練られた戦術。そして彼女の自負するパワー。
それらが組み合わさって、霧雨魔理沙は弾幕ごっこで恐ろしいほどの力を発揮する。
その日は調子が悪かったのか何かは良く分からない。
精彩を欠く魔理沙の姿に、アリスはこれ幸いとばかりにワナにかけ、遠慮なしに弾幕の渦に落とし込んだ。
それが最後だ。
「……」
「どうした。何か心当たりがあったのかい?」
沈黙するアリスに、にとりが問う。
記憶の底の魔理沙の姿。
弾幕に削られてぼろぼろになった衣服、悔しがる魔理沙。
それといま聞いたばかりの話ががちりと噛み合う。
「――ずるい」
「ん?」
「……」
唐突に、アリスは口を開いた。
まったくの唐突な言葉。だが、その意味ははっきりしている。
相手を責める言葉だ。
「あの子、ずるいって。私のことずるいって、そう言ったわ」
「ずるい、ね」
頷きながら、パチュリーは何某かの紙にさらさらとメモを取る。
ずるい。悪賢い。狡猾。卑怯。etc...
にとりは苦々しく表情を動かした。
「お前は器用で、そんなに人形を扱えて、ずるい。私にもそんな才能のひとつでもあれば、そう言ったのよ」
そう、確かに魔理沙はそういった。
アリスは口にするたびに思い出す。
あれは、異端の言葉だった。普段の魔理沙からすれば余程考えにくい、そんな言葉。
霧雨魔理沙は自身の弾幕に誇りを持っている。
弾幕はパワーだぜ、そんな言葉とともに語られるほどに。
アリスと魔理沙には、それぞれ長所があって、短所がある。
アリスは、魔理沙とはまったく方向の違った魔法使いだ。
それをお互いが良く理解しているはずだった。
憎まれ口を叩きあいながらも認め合い、研鑽する。
異変で何度か協力し合ったのも、反目しつつも、お互いの長所と短所をよく理解しあっていたからに他ならない。
その魔理沙が、自身のスタイルを裏切るような言葉を口にした。
らしくないわね。
その時はそう言い捨てて、さっさと立ち去った。
勝ったというのに気分は良くなかったが、長い人生、魔法使いならば迷うこともある、そう受け取ったためだ。
だが、いま聞いた話と組み合わせるならば。
「まさか」
「そう。あの子、私にもそう言ったのよ。お前は七つも属性を扱えて、こんな図書館を持っていて……つまるところ、ずるい。とね」
場を沈黙が支配する。
パチュリーは稀代の魔女だ。
齢100を幾らか超える程度の存在であるにも拘らず、七曜を繰り、賢者の石に至った。
吸血鬼と友誼を結び、無限に蔵書が増える大図書館を有し。
これで持病の喘息がなければどれほどの存在になったかも分からない。
いや、これから先の寿命を考えるならば、更なる高みに登ることも可能だろう。
パチュリーに努力がないとは言わない。
しかし、七曜を操ることが出来るのは紛れもなく才能だ。
アリスにしても同じことを言える。
強力な火力を持つ手札こそないものの、その器用さは幻想郷でも随一。
数々の人形を同時に操るマルチタスク。
生まれから来る潜在魔力量、そして、所持するグリモワール。
恵まれていないはずもない。
対して魔理沙はと言えば。
確かに火力はある。応用力もあって、思い切りも良い。
発想の奇抜さで恋と、星、2つの新しい魔法を作り出した。
その力は正しく並ならぬものだといえる。
しかし、彼女は人間だ。
強大な火力はほとんど所持品である八卦炉に頼りきり。
持ち前のスピードは愛用の箒あってのものである。
寿命も短いし、伸びしろも少ない。
少女でいられる間に捨虫の法を習得できるかも分からない。
だから、本当は彼女は必死なのだ。
普段はそれといった姿を見せないが、同じ魔法使いであるアリス、パチュリーには良く分かっていた。
親友である博麗霊夢に追いつこうと。
アリス、パチュリーと対等であろうと。
今いる幻想郷の霧雨魔理沙は、正しく努力の結晶なのだ。
傍から見れば涙ぐましいほどの努力と、崩れ落ちそうなガラスの塔の上に、彼女は立っている。
とても危うく、もろい幻想。
「ま、まだ分からないわ! そうと決まったわけじゃないじゃない!」
慌てて、アリスは声を上げた。
なぜこんなにも必死なのか、アリス自身にもよく分からなかった。
信じたくなかったのかもしれない。
彼女が、下賤な妖怪に魅入られていることを。
必死に上げたはずの声は、彼女の期待を裏切って、空ろに響く。
「……そうね、まだ分からない」
「……」
一応の相槌を打ったパチュリーに対し、にとりは沈黙を返すばかり。
河童は普段明るく、にとり自身も口煩いほどに喋る性質だから、その様はかなり異常だと言える。
沈み込む空気の中、にとりはのっそりと口を開いた。
「地底の妖怪には、いくつかの種類がある」
「……?」
唐突に出てきた話に、アリスは首を傾げる。
いま、それに何の関係があるのか。
問おうとするアリスを、パチュリーは目で制した。
「人付き合いが苦手で籠もっている奴、これは大した害はない。その身を厭い自ら土の下に封じた奴。自分の力との折り合いがつかなかった奴だ。可哀想だが、こいつらは自分の力を使おうとはしない。他にも色々種類はいるが、どいつもこいつも魔理沙ならなんとかなる」
にとりは区切りをつけ、改まる。
ごくり。
誰のかも知れぬ、息を呑む音がその場に響く。
「問題は――忌み嫌われて、封じられた奴。橋姫は、これに当たる」
ここにおいて、誰も茶化すことはしなかった。
問題は深刻だ、と改めて認識したためだ。
パチュリーもアリスも、続くにとりの言葉を待っている。
「こいつらは力を振るうことに躊躇いがない、最も性質の悪いタイプだ。嫌われるには嫌われるなりの理由がある」
「橋姫は理性的に見えたけど?」
「そうだね。それに橋姫はあまり力を使うタイプでもない」
「じゃあ……」
なら大丈夫なのではないか。
そう告げようとしたアリスを、にとりは制した。
「こいつの最も性質の悪いところは、ぱっと見判別がつかないってとこだ。相手の心に取り憑いて、じわじわと。真綿で首を絞めるように冒していく。下手したら、手遅れになる」
「そんな!」
「私は知ってる。橋姫に取り憑かれた奴を。……ひどいもんさ。自分も、周りもみんな、みんなみんな傷付けて。最後には何もなくなっちまう。そんな寂しい末路さ」
「……」
最悪の未来予想図に、場は深い沈黙に落ちる。
嫉妬に狂った霧雨魔理沙。
そんな彼女は見たくない。
霊夢とはまた違った意味で人の中心にいる霧雨魔理沙。
そんな彼女の寂しい最期なんて、想像したくもないことだ。
「……霊夢は?」
「え?」
「え、じゃないわ。霊夢にも伝えないと。魔理沙の大事だもの。親友である彼女の力は、必ず必要になるわ」
霧雨魔理沙の一番の友人といえば、博麗霊夢である。
これは、誰しもの共通認識だ。
2人の間には、何者も立ち入る隙がないほどに。
そんな霊夢がこの場にいないのは、考えてみればおかしいことである。
指摘したアリスに、パチュリーが口が開く。
「霊夢にはもう――」
「パチュリー様!」
ばん、と乱暴に扉が開かれる。
荒い息をつきながらパチュリーを呼んだのは、その従者である小悪魔だった。
もうもうと埃がたって、パチュリーは咳をしつつも空気を操る。
「どうしたの、こあ。扉は静かに開きなさいとあれほど……」
「それどころじゃありません! 魔理沙さんが――」
「魔理沙が!?」
先ほどまでの話題の的だった霧雨魔理沙。
その名前が出たことで、アリスは大いに反応した。
小悪魔は息を切らし、喋りにくそうにしながらも唾を飲み込み、喉を切らさんばかりに叫んだ。
「魔理沙さんと霊夢さんが、殺し合いをしてます!!」
*
――おかしい。
霧雨魔理沙はその金色の髪を、がりがりと掻いた。
最近手入れを怠っているのか、ぱさつき、色を失った髪。
金糸と呼べるほどだったその髪は、今は見る影もなくぱらぱらと落ちる。
魔理沙は苛立たしげに部屋に山積みにされた本を叩いた。
ばらばらと音と埃をたてて、瓦礫が崩れ落ちる。
舞い上がった埃に、魔理沙は涙目になって咳をした。
「ちくしょう……」
おかしい。
自分はなんだか最近おかしい。
霧雨魔理沙は自身の異常に気付いていた。
自分になにが起こっているのかよく分からない。
よく分からないなりに、何かが起こっていることは分かる。
それは自分が一番自覚している。分析は魔法使いにとって必須だからだ。
「イライラする……」
そう、イライラする。
今の自分の心情を表すなら、それが一番正しい。
だが、なぜイライラするのかがよく分からない。
取り止めもない焦燥ばかりが自身を支配して、どうしようもなく苛立ってしまうのだ。
「うう……」
ケモノのように呻く魔理沙。
眠れないのか、目の周りには深い隈がある。
すべすべだったその肌も、今はかさかさに荒れていた。
もう何日外に出ていないだろう。
魔理沙には、日付の感覚もようと知れなかった。
「くそ、くそ、くそ!」
乙女にあるまじき雑言を吐き出しながら、魔理沙は考える。
なんでこんなことになっているんだろう。
魔理沙はよく耐えていた。
信じられないほどの精神力とその忍耐で、自分を抑え込んでいた。
何度暴れ出し、苛立ちを撒き散らしそうになったか知れない。
最近とことんうまくいかないのだ。
アリスに負け、パチュリーに負け。霊夢に勝つなんて持っての他だ。
苛立つから負ける。
負けるから苛立つ。
負のスパイラル。
その繰り返しだ。
魔理沙は申し訳なく思う。
自分が今どんなに苦しいかなんて、誰にも見せるつもりはなかったし、見せたくもなかった。
嘘をつくのは慣れていたから、自分も、他人も騙しきっていた。ずっとだ。
だが。
抑えていた。抑えていたけれどもアリスにあたってしまった。
我慢した。我慢したけれどもパチュリーに愚痴らずにはいられなかった。
遂に、それを霊夢にまでやってしまいそうになったとき――
魔理沙は、逃げた。
耐えられなかった。
霊夢にだけはそんな姿を見せられなかった。
誰よりも誇らしく、大事な親友。
その霊夢には、どんなことがあっても弱いところを見せられない。
魔理沙はそう信じていた。
見せてしまえば、何かが崩れてしまう。
自分と霊夢を繋ぐ何か。自分の中の何か。
それが崩れてしまう。
魔理沙にはそれが怖かった。とんでもなく恐ろしかった。
だから、逃げた。
それ以来魔理沙は、ずっと家の中に閉じ篭っている。
食事すら、まともに取っていない。
苛立ちは治まらない。むしろ悪化すらしているのではないか。
どこか冷静に、魔理沙は自分の状態を見つめていた。
まるで龍でも暴れているかのようだった。
心の中に棲み付いた一匹の龍。その龍が、己の中で暴れまわっている。
モノに当り散らし、がたがたと震える自分が、とんでもなく情けなかった。
いま霊夢に会ってしまえばどうなってしまうのか。それが怖かった。
とてつもなく怖かった。
「くそ、くそ、くそう……! うう、うううう」
何とかしなければ。どうしたらいい。
そればかりが頭の中を支配する。
苛立ちのせいか頭がよく回らない。
からからと空回りばかりしている。
焦燥が身体の中を駆け巡り、魔理沙を追い立てる。
「助けて。助けてくれ、こーりん、アリス、パチュリー、にとり……」
プライドをかなぐり捨て、涙さえ流して魔理沙は友人たちの名を呼んだ。
時には反目し合いながらも自分を助け、前へ進ませてくれる友人たち。
この幻想郷で、魔理沙はたくさんの人妖と交流してきた。
その名前を、ただひたすらに呟く。
百は数えようかという名前の数。
それでも、魔理沙は霊夢の名を呼ぼうとはしなかった。
それだけは。
それだけは許せなかったのだ。
「……さとり、こいし、ヤマメ、パルスィ。……パルスィ?」
す、と気持ちが軽くなったような気がした。
数いる友人の中で、もっとも新しく親しい、霊夢とは違う名前。
そうだ、パルスィだ!
なぜ思い浮かばなかったのだろう。
自分にはパルスィがいた!
時に自分をからかい、意地悪もするけれど、落ち着いて優美なパルスィ。
思えば、彼女と会ったときは心も平穏で、楽しい日々を過ごせたような気がする。
そう。
そういえば彼女と会えば、苛立ちも治まった。
パルスィなら何とかしてくれる。自分を助けてくれる!
パルスィは頼りになる。思えばさとりを宴会につれてくるときも助けてくれた。
彼女なら、軽く笑いながら協力してくれるに違いなかった。間違いない。
魔理沙は涙を拭い、その思いつきに歓喜した。
そうと決まれば動くだけだ。
霧雨魔理沙は思い立ったが吉日。
ちょっくら汗を流して地底に……
どんどんどん!
「あん?」
乱暴に叩かれる扉の音。
誰かが来るのを恐れて、カウベルを引っこ抜き、収集品と呼ばれるガラクタで扉を塞いでいた。
がらがらと瓦礫の崩れる音がする。
また、散らかってしまった。
どんどんどん。
イライラする。
居留守を使っているのに、今日の来客はしつこい。帰ってくれないだろうか。
どんどんどん。ああイライラする。
せっかく解決策が見付かったと思ったのに、どうしたことか。間の悪い。
なんて空気の読めない客だろう。どんどんどん。
「――! ――!!」
どんどんどん。来客はしつこく自分を呼んでいるようだ。
ああもうなんて客だ。最悪だ。こっちの事情なんてお構いなしで、まるで構ってくれやしない。
どんどんどん。これはあれか。自分に何か恨みがあるのか。そういうことなのか。
歯軋りする魔理沙をよそに、来客はしつこく扉を叩く。
腹に据えかねた魔理沙は、客にひと言言ってやることにした。
「うるさい! 帰れ!」
どんどんどんどん。
反応を返したせいか、より一層うるさくなってしまった。なんてことだ。
ちょっと考えれば分かったことだろうに、なんたる迂闊。
よくよく聞いてみれば、客は自分の名前を呼んでいるじゃないか。
それも何か聞き覚えがある。
いつもいつも、隣で聞いていたような……どんどんどんどん。
ぞわ。
まさか。
そんな思いが魔理沙を貫く。
いや間違いなかった。声は確かに彼女のものだ。
こっちの都合なんてお構いなしのところなんて、まさにそうではないか。
今一番聞きたくて、今一番聞きたくない。
一番の親友の声。
霊夢の声だ。
「魔理沙。魔理沙! 開けなさい。開けろっての! いるこた分かってんのよ!? 返事したでしょあんた!」
「――霊夢!!」
「そうよ、あんたの腐れ縁の霊夢よ! 開けないなんてなに考えてんのこの薄情もの! さっさと開けろ!」
どんどんどんどん。
やばい。そんな。どうして。
ぐるぐると動揺が回る。
ダメだ、ダメだダメだダメだ。今は会えない。
今霊夢に会っちゃいけない。今だけは。
「霊夢、帰れ! 今日は帰れ! 頼むから、今日は帰ってくれ!」
「なにいってんのよこのバカ! ぶっ飛ばすわよ!? 私があんたに用があるって言ってるのよ。急用なのよ。急ぎも急ぎよ!」
「うううう、こっちも立て込んでるんだ! 頼む! 頼むから今日は帰ってくれ!」
「いいから顔見せろ! 話はそれからよ!!」
どんどんどんどん。
ダメだ。これはダメだ。
そんな思いが去来する。
霊夢はぜったい譲らない。霊夢はあれで頑固なのだ。
魔理沙はそれをよく知っていた。どうにも出来ない。
「うう。うううう」
「魔理沙! まーりーさ! 開けろ! こら! この貧乳! ちび! 白黒!」
うるさい。最後なんて悪口にもなっちゃいないじゃないか。貧乳なんて自分もだろう。
なんで分かってくれないんだ!
そんな思いすら湧いてくる。でもダメだ。今顔を合わせたら――
魔理沙の思いに構わず、霊夢は唐突にその手を止めた。
「もういい。勝手にあけるわ」
「ば、バカ野郎! やめろ! いいから帰れ、帰ってくれよ!!」
爆音。
いったい何の符を使ったのか、霊夢は魔理沙の家の玄関をガレキと共に吹っ飛ばした。
からころと間抜けな音がする。もうもうと上がる土ぼこり。
玄関のほうから咳き込む音と、ちょっとやりすぎたか、だなんて声が上がっている。
やばい。
きーん、と爆音で痛んだ耳を押さえ、魔理沙は我に返った。
逃げないと。どこか遠くへ逃げないと。
その思いだけが魔理沙を支配する。きょろきょろと辺りを見回す。
しかし、魔理沙の部屋は一部の隙もないほどに瓦礫やガラクタに覆われ、スキマすらなかった。
自分で塞いだのだ、無理もない。だけど、いまの魔理沙には関係のないことだった。
早く。早くしないと霊夢が来る!
その思いだけに支配され、魔理沙は八卦炉を取り出す。
ヒヒロイカネに魔力が灯り、いま、それを解き放とうと――
「魔理沙」
「――霊夢」
*
ぱらぱら、と石の転がる音がする。
魔理沙はいま、神に感謝していた。
もともと、彼女は意外と信心深いのだ。
信仰なんてくそ食らえ。
普段はそう宣言して止まないひねくれた魔理沙であったが、今だけは撤回してやってもいい。
そう思っていた。
驚くほど落ち着いている。
ただそれだけのことに、魔理沙は神に感謝していた。
霊夢と落ち着いて話が出来ることに、感謝していた。
「あーあ、こりゃもうダメね。崩れちゃうわ」
「お前最悪だな」
「あんたが悪いのよ。さっさと出てきてればこんなことにはならなかったわ」
出ましょ、と軽く言う霊夢。
他人の家をぶっ飛ばしておきながら、まるで頓着のない彼女に、魔理沙は呆れた。
私でもそんなに面の皮が厚くないぜ。そんなことを思う魔理沙。
アリスやパチュリーがなんというかは、今の彼女には関係ないことだ。
曇り空の下、霊夢と魔理沙は対峙していた。
2人の間には幾ばくかの距離がある。
なぜかは分からない。自然とそうなったのだ。
曇り空の下明らかになった魔理沙の顔をみて、霊夢は呆れた声を出した。
屋内は暗くて、顔色すら判別出来なかったのだ。
「あんた、なんて格好してるのよ。霖之助さんに嫌われるわよ」
「うるさい。香霖は今いないんだから、わかりゃしないぜ」
「バカね。それだけ荒れちゃうと、戻すのに時間がかかるわよ? 仕方のないやつね」
容姿をあまり気にしない霊夢がみてすら、魔理沙の格好はひどいものだった。
それと同時に、霊夢は魔理沙の不断の努力を思い知った。
白黒だなんて素っ気ないモノトーンのエプロンドレスでありながら、可愛らしかった魔理沙。
それには、きちんとした理由があったのだ。
「それで。何の用なんだ? なんか用事があるんだろ」
「――別に。バカの顔を見にきただけよ」
問う魔理沙に、口を開こうとした霊夢は、何かを言いよどむ。
彼女にはひどく珍しいことだった。
「そんなわけないだろ。家までぶっ壊しておきながらそんなこというのか。しばらく顔を見せなかったから、寂しくでもなったのか?」
博麗の巫女さまが。憎まれ口を叩く魔理沙。
あ、ダメだ。
感覚的に魔理沙には分かった。
心臓が高鳴る。心が暴れる。ワケもない苛立ちが、またやってくる。
平穏なんてあっという間だった。所詮台風の目だったのだ。嵐がまた、やってくる。
「――そうかもしれないわ」
「!?」
荒れ狂う龍に耐える魔理沙。
霊夢は驚くほどしおらしい顔をして、ゆっくりと魔理沙の目を見た。
その視線が、魔理沙には、ツラい。
「あんた、さ。何か私に言うことがあるんじゃない?」
「――ッ」
まっすぐな、言葉。
どくん。どくん。どくん。
心臓が跳ね回った。つらい。つらい。つらい。いたい、いたいいたいいたい!
吐き出してしまいたい。ぶつけてしまいたい。
霊夢に、すべてをぶちまけてしまいたい。
魔理沙の心にそんな思いが過ぎる。
「な、何もないぜ。霊夢がなにを言ってるのか分からないな。だいいち、訪ねてきたのはお前のほうだろ」
「そうだけど……」
この女はなんだというのだ。どんなに隠しても真っ直ぐにやってくる。
詐欺ではないのか。ひどいじゃないか。
こんなにも知られたくないと思っているのに。
震えながらも、なんとか取り繕う魔理沙。
そうまでして護りたいものはなんなのか、魔理沙にはもうよく分からなくなってきていた。
ただ、意地だけで踏み止まっていた。
ただの意地。
霧雨魔理沙を支えているのは、プライドでもなんでもなく、ただの意地だった。
いっぱいいっぱいな魔理沙。
ギリギリの淵でとどまっている魔理沙。
でも、霊夢は容赦しなかった。
赦しては、やれなかった。
「じゃあ、あんた。なんで。なんでそんなに辛そうな顔してるのよ!」
「……ッ!!」
悲愴な顔で叫ぶ霊夢。魔理沙の見たこともない表情だった。
今まで霊夢自身したことのない表情なのかもしれない。そんな顔。
魔理沙は慌てて顔に手をやる。
涙が流れているわけでもない。雨が降り始めた。
堪え性のない空、ただそれだけの話。
顔が歪んでいることなんて、自分で触って分かるはずもない。
ひと時の沈黙。
思わず手をやってしまった、魔理沙のミス。
「……ちくしょう」
自分でも知らないうちに、魔理沙は心のうちを呟いていた。
ただ、憤る。
悔しい。苦しい。つらい。痛い。困惑。動揺。
様々な心を持て余して、ただ、憤る。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」
「魔理沙……?」
イライラする。イライラする。イライラする!!
がしがしと頭を掻く魔理沙。その頭にはいつもの三角帽子はない。
爪を深く立てたのか、頭皮からぬる、と血が溢れた。
ぶるぶると身体を震わしながら、魔理沙はぎしりと奥歯を噛み締める。
ああ、なんてことだ。
なんということなのだ。
決壊する。すべてが決壊してしまう。
困惑する霊夢。目の前にいる。自分を見ている。
一番の親友の霊夢。大事な親友霊夢。
誰よりも尊敬している生涯のライバル。
それでも、最早魔理沙に、その感情を押し留めることなど出来そうになかった。
「――ずるい」
魔理沙は確かにそう呟いた。
猛然と霊夢を睨み付ける魔理沙。
その瞳はぎらぎらと鈍い光を放っている。
思わず身体が竦む。
霊夢は今、魔理沙に気おされていた。初めての、経験だった。
「ずるい、ずるい。ずるいぜ! 霊夢はずるい!」
「なにを……!?」
「なんで。なんでだ! なんで分かっちまうんだよ霊夢! 隠してたのに! なんでだよ!!」
わけが分からない。
そんな表情の霊夢を、魔理沙は責め立てる。
何かが切れてしまったかのようだった。
いま、分かった。理解した。
魔理沙は理解してしまった。
自分の中で暴れているのが何か。
こんなにも苛立ちを加速させるのが何なのか。
龍が。嫉妬を司るあの龍が。
心の海で荒れ狂っている。
いつも、いつでも魔理沙と一緒にいた龍。
だけど、抑え込んで、必死で抑え込んでいたはずのあの龍が。
どうしようもなく魔理沙を駆り立てる。
踏み込む魔理沙に、霊夢は後じさった。
「霊夢はいつでも私の先にいる! なんでだ! なんでだよ!? ずっと一緒だったのに、なんでだ!」
「――」
「私はいっつも霊夢に敵わない。努力してるのに。こんなにも努力してるのに! なんでだ! 才能か。博麗の巫女だからか。私が普通だからか!?」
「――」
一歩。また一歩踏み出す魔理沙。
それに合わせて、霊夢が下がる。
「最近紫に修行をつけてもらってるらしいな。なんでだ! 私の師匠はいつの間にかいなくなってしまったのに! なんでだ! なんで霊夢だけが紫に目をかけられる!? まだ私と差をつけたいのか!?」
「――て」
小さく。
消えそうな程に小さく。
「霊夢は綺麗だよ。可愛いよ。私とは違って。努力しないとダメな私と違って! 今だってそうだ! 私は所詮濡れ鼠、霊夢は水も滴るいい女だ。いいよな、手入れ知らずの黒髪は! こーりんだって霊夢が好きさ。そうに決まってる! こーりんは霊夢に優しいもんな! 私にはあんなに素っ気ないのに! なんでだ!!」
「や――」
霊夢は呟く。
かすかに、かすかに首を振って。
「霊夢は人気者だよな。神社にはいつだって誰かが集まってくる! 私は違う。私は訪ねないと誰も来てくれない! でもどうしたらいいのか分からない! いっつも試行錯誤してるのさ! 黙って座ってればいい霊夢とは大違いだ! そうだよな。霊夢は分け隔てなく友だちが出来るもんな! 博麗の巫女だしな! みんなに好かれてるもんな!」
「―――やめて」
「私だって、その他大勢と一緒なんだろう!? 分かってる。分かってるさそんなこと! 自分の価値なんてよく理解してるさ! 仕方ないもんな。だって霊夢は私のこと全部分かってるのに。全部全部お見通しなのに! 私は。私は、全然お前のことが分からない!!」
「やめて!!」
雨が強くなってきた。
荒々しく混じる呼吸音。森が騒ぐ音、雨の音。
決定的な線を越えてしまった。
魔理沙は、そのことに気がついた。
決定的な線を越えてしまった。
霊夢は、そのことに気がついた。
「もう、いい。もういい。あんたがなにを考えてたのか、よく分かった」
震える声で、霊夢は言った。
俯きがちなその顔は、雨のせいもあり、その表情は見えない。
「ああそうかい。ごめんな。汚くてごめんな! 私は所詮ドブ鼠だった。霊夢といるには相応しくなかったよ!」
「うるさい、もういいって言ってんのよ。馬鹿。ばかばかばかばか!!」
「ああ私は馬鹿だ! 大バカ野郎だよ!」
「チルノよりバカなんじゃないの!? そんなになっちゃって。そんなになっちゃうまで溜め込んじゃって!」
「ああそうさ! いくら努力してもどうにもならなかった。霊夢さんとは大違いだったよ!」
泣いていた。
泣き顔なんて見せたことのない霊夢が泣いていることに、魔理沙は衝撃を受けた。
とても美しい泣き顔だった。
つう、と。
静かに流される涙。雨に混じるきらめき。
呆然とする魔理沙。
霊夢は、歯を食い縛るように瞼を落とし、そして、開く。
その目の中には、炎の色が見えた。
あの博麗の巫女がいま、確かに何かを憎んでいた。
「……どこ。あのオンナはどこ!?」
物凄い剣幕だった。
霊夢の姿に呆けていた魔理沙には、咄嗟になにが起きたのか分からない。
「水橋パルスィよ! あの妖怪、どこ! 地底ね!?」
「なんだって!? なんだってパルスィの名前が出てくるんだ!」
口にするのも穢らしいとでも言うように、吐き捨てるかのごとく飛び出た名前。
その名前に、魔理沙は瞠目する。理解できない。
「あんたをそんな風にした妖怪よ。絶対に、絶対に赦さない。退治するだけでなんて、済まさない!!」
「なにを――何を言ってるんだ!? パルスィは関係ないだろ!」
「あんたこそ……あんたこそなにを言ってるのよ! 庇おうっての!? 冗談じゃないわよ! どきなさいよ!!」
浮かび上がろうとした霊夢に、魔理沙がまとわりつく。
あれだけ一緒にいたふたりは、いまこの場で、どうしようもなくすれ違ってしまっていた。
「いいやどかない! 私がこうなのは、私がこうなのは元からだ! パルスィは何の関係もない!!」
「――魔理沙!! パチュリーに聞いてるんだから! あいつの能力のこと、あんただって知ってるんでしょう!?」
「ああ知ってるさ。だけどあいつがそんなことするわけないだろ!? あいつは優しいやつだ。私にそんなことするわけない!」
「なんでそんなこと言えるのよ! いくら親しくたってあいつは妖怪よ。妖怪なのよ!?」
「あいつは――あいつは! 私のこと、好きだって言ってくれたからだ!!」
雷光がふたりを貫いた。
雨は激しさを増し、森はざわめきを増している。
霊夢は、浮き上がりかけた姿勢のまま、呆然と魔理沙を見ていた。
魔理沙は、浮かび上がる霊夢に掴みかかったまま、じっと霊夢を見つめ返していた。
「――魔理沙」
「なんだ」
「放して」
「いやだ」
「放して」
「いやだ」
「放しなさい」
「放したらお前、パルスィのところにいくだろう。絶対にいやだ」
答えの出ない押し問答。
痺れを切らした霊夢は、霊撃でもって魔理沙を弾き飛ばした。
内部の霊力を発散することで、物理的な力を生じさせたのだ。
魔理沙を吹き飛ばした隙に、霊夢はこの場から立ち去ろうとする。
「――っ、箒よ!」
「ッ、魔理沙!」
「行かさない。霊夢、絶対に行かせないぜ。どうしても行きたきゃ私を倒してから行くんだな!」
「この――!」
廃屋から呼び出された箒が魔理沙を掬い上げ、霊夢の道を塞ぐ。
霊夢は憤りを隠さない。
霊夢と魔理沙では明らかに魔理沙のほうが速い。
逆ならば兎も角、霊夢は魔理沙を相手取らざるを得ないのだ。
苛立たしげに放たれる札。
魔理沙はちり、と身に掠らせながらあっさり避ける。
「そんなんじゃ私は止められない! スターダストレヴァリエ!」
「――!?」
カード宣言なしの技の発動。
星屑を散らしながら突進してくる魔理沙に、霊夢は慌てて護符で弾く。
「魔理沙!」
「私は本気だ。全力でお前を止める。お前に勝つ! ここを通りたいなら、お前も覚悟を決めろ!!」
弾かれた距離を利用して、魔理沙は光弾を放つ。
連装のマジックミサイル。霊夢がそれを避けている間に、魔理沙は距離を詰めた。
ああは言ったものの、魔理沙は己が本気の霊夢に敵わないことをよく知っていた。
霊夢にまだ覚悟がない、そう見て取った魔理沙は、速攻で決めることにしたのだ。
「けえっ!」
続いて発動したのはアステロイドベルト。
星屑の弾幕をばら撒くミルキーウェイを、更に強化した技だ。
近距離で撃つことで、その密度は更に増す。
光の渦に取り込まれたと錯覚するほどに。
だが、魔理沙はこれで決めようとは思ってはいなかった。
博麗霊夢は理不尽なほど高い回避力を持っている。これでもまだ安心できない。
だから、布石。
上級スペルであるこの技すら、魔理沙は布石にした。
「食ぅらえええええ! マスタァ、スパァァァァァク!!」
八卦炉のフルドライブ、天を貫く魔理沙の代名詞。
轟音と共に雨雲に穴を開けるその威容は、まさに大砲。
アステロイドベルトで悉く逃げ道を塞ぎ、撃たれた大砲は、さすがの霊夢も避けきれまい。
荒い息を吐く魔理沙。
眩むほどの光が途絶え、さてどこに落ちたか、と森を見回す。
だが、目立つはずの紅白は、どこにも見当たらない。
まさか。
ひゅん、と風を切る音に、魔理沙は慌てて箒を動かす。
一枚の札が、その場所を通過していった。
「ふー……死ぬかと思ったわ。殺す気?」
「殺す気なら、ファイナルスパーク撃ってたぜ……」
ふわり、と浮く霊夢。いささか衣服が煤けてはいるものの、まったくの無傷。
ファイナルスパークだったらやばかったわね、などと軽く言う霊夢に、魔理沙は引きつった笑みを浮かべた。
正直、いまのはかなり無理をしたのだ。
「あれを避けるってどれだけ理不尽なんだよ……」
「さぁね。諦めたら? さっさとどいて」
思わず口に出す魔理沙に、霊夢はすげなく返す。
仕切り直し。一旦距離を取る魔理沙に、霊夢は内心息を吐いた。
手の平には汗が滲んでいる。
霊夢とて、いまの連撃を軽々かわしたわけではない。実際、かなり危なかった。
アステロイドベルトは霊夢の逃げ道を塞ぐと同時に、魔理沙の視界をも塞いだ。
それを利用して二重大結界を発動、星屑を無理やり引き千切って出来うる限りマスタースパークの射線からずれ、幻想空想穴を通って回避したのだ。
間に合ったのは僥倖であった。よく結界が持ったものだと思う。
霊夢が視線を上げると、魔理沙が新たな魔法を発動させているところだった。
色の違う六つの魔力珠、六つの天儀。オーレリーズソーラーシステムだ。
魔理沙の制御によって、彼女の周りでくるくると弧を描いている。
魔理沙の本気を改めて感じ、霊夢はひどく悲しくなった。
自分はこんなに嫉妬されるほど大した人間だったのだろうか。
なぜこんなにも魔理沙に憎まれているのだろう。恨まれているのだろう。
どうして。
パルスィか。
水橋パルスィのところに向かおうとしたからだろうか。
最早魔理沙にとっては、自分より妖怪の、パルスィのほうが大事なのか。
是非もない。自分は憎むべきライバルで、パルスィは彼女の友人なのだ。
既に道は別たれた。答えは出ている。
魔理沙は止まらない。
完全に戦闘不能にしなければ、彼女は止まらない。
ヘタをすれば命の奪い合いになる。
今までの付き合いからそれが分かる。分かってしまう。
霊夢はただひたすらに悲しかった。
悲しくて、悲しくて、涙が出てきた。
博麗の巫女の役目は妖怪退治。
ここで魔理沙を排除してでも、使命を遂行する。それが正しいことは分かっていた。
けれど。
「出来ない。……出来るわけないじゃない、ばか」
雨は既に豪雨となっている。
時折稲妻もほど走り、本来なら空中に浮かぶべきではない天候だった。
視界もひどく悪く、魔理沙の位置はほとんど魔力の光で判断するほどだ。
霊夢は雨に感謝した。
いま、魔理沙に顔を見られたくないな。
そう思った。
霊夢は初めて、魔理沙のことを少しだけ理解できた気がした。
戦いは熾烈なものになった。
魔理沙のビットが光球を撒き散らし、レーザーを放つ。
霊夢は時に符で防ぎ、結界で受け流し、体捌きで回避する。
霊夢はアミュレットを目晦ましに、封魔陣や夢想封印で魔理沙を封殺しようと動く。
魔理沙はビットに命じて符を撃ち落し、その機動力で霊夢をかく乱する。
まさに一進一退。まさに幻想郷。
これが条件の同じ弾幕ごっこであったなら、どれだけ美しく、どれだけの名勝負であったことか。
現実は、生々しくも悲しい、人間同士の骨肉の争いであった。
勝負を決めたのはたった一本のレーザーだった。
夢想天生で勝負を制そうとした霊夢を、森に隠されていたレーザーが撃ち抜いたのだ。
――アースライトレイ。
魔理沙には珍しいトラップ型の魔法。その一本が、勝負を決めた。
奇跡のような、それでも狙っていた、最後の最後の頼みの綱。
それが遂に、博麗霊夢を捉えたのだ。
魔力はほぼ空っぽ、ナパームもない。ビットもすべて破壊され、誰しもが決まったと思う勝負、それを、魔理沙はもぎ取った。
「なんでだ……」
雨上がり、地面に倒れ付す霊夢。力ないその姿に、魔理沙は呟いた。
霊夢は、血塗れだった。
特徴的な紅白の衣装、その白い部分はほとんどが裂け、紅に染まっている。
もとより紅だった部分は、血に染まって赤黒くなっていた。
「……なによ」
声を出すにも苦しそうな霊夢に、対して魔理沙。
勝者である魔理沙には、衣服こそ解れや汚れが見えるものの、傷に関してはほとんどないといってよかった。
圧倒的な差が、2人にあった。
「なんで、手加減したんだ」
霊夢は、直接的な攻撃力を持つ技を、ほとんど使用しなかった。
針や、威力の高い陰陽球。それらを使わなかったのだ。
使おうとしたのは陣や符をはじめとした相手を制する技ばかり。
それでも、魔理沙を傷つけるような状況になると、技に躊躇いが見られた。
魔理沙が命を拾ったのは一度や二度ではない。
「……失礼ね。手加減なんてしてないわ」
ごほ、ごほと咳とともに血を吐く霊夢。
どこか内臓を傷付けているようだ。早めに治療しなければ危ないだろう。
魔理沙はその事実に、胸が震えた。
「だって」
「だっても何もない。今回は、これが私の全力だったのよ」
魔理沙は勝負に勝った。
全力を出したか、出さなかったか。それは関係ない。
どうあれ、今、霊夢は地に伏し、魔理沙が立っている。
勝負ではそれが全てだ。
けれど、魔理沙は霊夢に勝った気がしなかった。
霊夢は、何か別の勝負で、魔理沙と戦っていたのだった。
「……刺さないの?」
細い息で、それでもそれを口に出す霊夢。
魔理沙にはなにを言っているのか分からなかった。
そんな様子の魔理沙を、霊夢が笑う。
「鈍いわね。とどめよ」
「……!!」
なんでもないことのように言う霊夢に、魔理沙は衝撃を受ける。
目を逸らしていた事実を、改めて突きつけられた。
「……ここで殺しとかないと、私は間違いなくパルスィを消しに行くわよ?」
そりゃあもうぎったんぎったんよ、などという霊夢に、魔理沙は震えた。
口調は軽やかだが、霊夢は間違いなくパルスィを殺すだろうということを、魔理沙は理解した。
それも、出来うる限り陰惨に、苦しめて。
博麗霊夢は、霧雨魔理沙の思いもつかないような残酷な仕打ちを、淡々と行えるだろう。
魔理沙は今更ながらにそう思った。
「……ッ」
魔理沙は腕を持ち上げた。
ぷるぷると震えている。ひどく、重かった。
パルスィと、霊夢。2人のどちらかを、改めて選ばなければならなかった。
魔理沙とて退治屋の端くれだ。命を奪った経験がないわけではない。
だが、それでも。
震える魔理沙を、霊夢は静かに見つめていた。
その顔は、微笑んですらいる。
訪れるやも知れぬ死を前にして、霊夢は笑みを浮かべていた。
博麗霊夢。自分の親友だったオンナ。
誰よりも近しかった。誰よりも遠かった。
博麗霊夢を、今、霧雨魔理沙が殺す。
博麗霊夢の影を、振り払える。
魔理沙は、涙を流していた。
これは、歓喜の涙だ。
魔理沙はそう思い込もうとしていた。思い込まねばならなかった。
震えているのは、嬉しいからだ。
そう思わなければ、やっていられなかった。
魔理沙は、歯を食いしばり、目を閉じて。
緑色の魔力光を、放った。
それが彼女の、限界だった。
最期に、霊夢がぽつりと呟いた。
「私もね――あんたのこと、けっこう好きだったわ」
*
「上海!!」
アリス、パチュリー、にとり。
三人が到着したのは、いま、まさに、全てが終わろうとしたときだった。
魔理沙が放った魔力光。
それを辛うじてアリスがかき消すことに成功する。
パチュリーの賢者の石が、霊夢を守るようにふよふよと漂っている。
にとりのみょうちきりんなメカが、魔理沙を絡めとろうと蠢いていた。
「……お前らか」
どこか気の抜けたような言葉を出し、魔理沙は疲れた笑みを浮かべた。
疲れ果て、枯れ果てた、そんな顔。
ぴん、と小さな魔力光がにとりのメカを撃ち砕く。ぱきん。
本当に役に立つのかもよく分からない呆気なさだ。
「ああっ、私のメカ!」
「魔理沙、あんた……」
「まずいわね、意識がないわ」
三者三様の言葉を放つ少女たちに、魔理沙は急におかしくなってきてしまった。
なんだというのだろう。
なんてひどい話なのだろう。
魔理沙はくる、と三人に背を向ける。箒を手に持っていた。
「ま、待ちなさいよ!」
呼び止めるアリスに、魔理沙は首だけで振り返る。
「霊夢を看てやってくれ。3人になら、任せられる」
「……貴方は?」
「私……私は。パルスィに会ってくる」
言い残し、魔理沙は空へと舞い上がる。
雨上がりの虹へ向かう姿は、美しくも、儚かった。
三人の少女たちは、静かに、それを見送った。
そうすることしか、出来なかった。
「あら魔理沙。いらっしゃい、歓迎するわ」
「……」
地底を訪れた魔理沙を迎えるパルスィは、拍子抜けするほどいつも通りの姿を見せていた。
濡れ鼠で、乾かす間もなくやってきた魔理沙を温めようと、火を焚いた。
「なぁに魔理沙、ぼろぼろになって。新しいファッションかしら。斬新な発想ね、妬ましいわ」
「――パルスィ」
衣服を剥ぎ取られ、タオルを巻かれ、髪の毛を拭われるままに。
無防備にされるがままになっていた魔理沙は、ぼそりとパルスィの名前を呼んだ。
ん、と首を傾げるパルスィ。
まったくもっていつもと同じだった。
魔理沙に何があったのか、聞こうとしない。
魔理沙にとって心地よい空間を、パルスィはいつも作っている。
「あら。拭き終わってからじゃないと、喋りにくいわよ?」
「いいんだ。おまえ――能力を使ったか?」
「能力?」
「能力だ。おまえ、それを私に使ったか?」
髪を労わるように水分を拭いながら、パルスィは能力、能力と呟いて。
やがて、ああ、と思い当たったのか頷いてみせた。
「使ったわ」
「そうか」
「貴方の"カタチ"はなんだった? 私はね、緑色の眼をした怪物よ。ケダモノといってもいいわ。とっても、とってもとっても醜いの」
まるで悪気のないパルスィの言葉を、魔理沙は淡々と受け入れる。
パルスィの言う"カタチ"というものにも、魔理沙はなんとなく心当たりがあった。
胸の中で何度も暴れていたものの"カタチ"を、告げればよかった。
「私のは龍だった。とても、とてもとても大きな龍。海を飲み込むほどに大きいんだ」
「龍! すごいのね、格好いい! なんて妬ましいのかしら!」
「――」
派手な音を立てて魔理沙はパルスィを押し倒す。
身に纏っていたタオルがはらりと落ちる。
薄い魔理沙のカタチが、灯りの下に曝される。
魔理沙は一切を頓着せず、パルスィの首を絞めつけた。
狭い部屋に、荒い呼気が木霊する。
「私のも、とっても、とてもとても醜いヤツだよ。妬ましい要素なんて、ないぜ」
「そ……う……? でも、"ワタシ"、の、眼は、妬ましいで、しょ?」
「ああ、妬ましいな。おまえが妬ましくて妬ましくて、たまらないぜ」
首から手が離される。
パルスィは新鮮な空気を味わいながら、くすくす、くすくすくすと愉しそうに笑う。
青白くほっそりとした首には、手の平の痕がくっきりと残っている。
魔理沙はパルスィの上に載ったまま、その様子を静かに眺めていた。
やがて落ち着いたパルスィは、きらきらとした目で、魔理沙に快哉を挙げた。
彼女のみどりいろが、きらきらと宝石のように輝く。
「貴方、いまとてもいい貌をしているわ。妬ましくてたまらない! 本当よ?」
「そうか」
「そうよ」
力なく項垂れた魔理沙に、パルスィは起き上がり、そっとタオルでその身を包む。
なんとも慈愛に溢れた姿であった。
傷ついた魔理沙を優しくいたわり、抱き締めるパルスィは、温かで。
とても妖怪とは思えないほどだった。
「パルスィ」
「なぁに?」
とんとん、と背を叩き、落ち着かせるようにするパルスィ。
そんな彼女の名前を呼ぶ。
棘は、どこにもない。
「なんで、こんなことしたんだ?」
純粋な疑問だった。
素朴な疑問だった。
魔理沙にはさっぱり理解できなかった。
パルスィは決まってるじゃない、と。
当然のように答えを教えてくれた。
「好きだからよ」
「――――ッ!!」
ケモノが吼えた。
新たな妖怪バケモノの産声は、高く、長く、響いた。
END
とラストのシーンでようやくタイトル理解
地底に封印されるにはそれなりの理由があるもの……パルスィこええ。
珍しく霊夢が本気でテンパってるのも見れたのが個人的にはちょっとうれしかったり。
ではでは。
まぁ、『彼ら』の言う悪魔なんて、みんなそんなもんですが。
陸と空にいる兄弟は、今一マイナーですし。
ドロッドロ具合がとてもよかったです
嫉妬を司るリヴァイアサンと東方で嫉妬を操るパルスィを絡めてくるとは、なかなか斬新なアプローチだったと思います。
ただ、最後らへんの霊夢と魔理沙の殺し愛シーンからはちょっと展開が急過ぎた気がしないでもないです。
でも、こういった人間らしさむき出しのストーリーも、いいんじゃないでしょうか。
ゆゆ様は暴食のベルゼブフと見た!
アモンとサタンが思い浮かばないなぁ……
> ひとつの例外だって許されちゃいないだ。
> いつものように弾幕ごっこにも連れ込んで――
パルスィのキャラ解釈と描写が最高に良かったです。
地霊殿の主であるさとりも恐れる“橋姫”、カッコイイ!
じわじわどろどろした物語に、思い切り引き込まれました。
ただ、不満な点が2つ。
1つ目は、アリス、パチュリー、にとりの扱い。
3人も居てやっていることは、単なる解説役。
揃って魔理沙を心配しているヌルさも「なんだかなぁ」という感じでした。
せっかくパルスィが陰に陽に物語を盛り上げてくれているのですから、彼女
たちも傍観に徹して「壊れていく魔理沙を見るのも面白いわね」くらい言って
ほしかったです。
2つ目の不満は、ラストシーン。
パルスィがヒューマニズムに目覚めて安易にハッピーエンドとならなかったのは
いいのですが、ブツ切り的に終わったのは物足りないな、と。
でも、トータルとしてはとても面白い作品でした。
でも、話はよく出来てたと思いますよ
でも、面白くて一気に読ませていただきました
魔理沙妖怪化として定番の捨虫ルートとは別の妖怪化分岐という感じで
続きがあればぜひ読ませていただきたいです
いつもの幻想郷らしく宴会から融和の流れからのこの展開。
地底組と地上組の確執。地底組が忌み嫌われるには理由があるってのは確かにそのとおりなのかもと最初の展開から引き込まれました。
展開に説得力があるんですよね。
あとパルシーがきちんと嫉妬の妖怪で溜息がでるくらい格好良かった。
霊夢と魔理沙の関係性もよかったです。
惜しむらくはラストが私の好みではなかったのが残念でしたが、
それは人によりけりなので好みの人もいるでしょうしね。
堪能しました。
いつもの幻想郷らしく宴会から融和の流れからのこの展開。
地底組と地上組の確執。地底組が忌み嫌われるには理由があるってのは確かにそのとおりなのかもと最初の展開から引き込まれました。
展開に説得力があるんですよね。
あとパルシーがきちんと嫉妬の妖怪で溜息がでるくらい格好良かった。
霊夢と魔理沙の関係性もよかったです。
惜しむらくはラストが私の好みではなかったのが残念でしたが、
それは人によりけりなので好みの人もいるでしょうしね。
堪能しました。
あ、上の人の感想を見て、ラストの意味をやっと理解しました。
ラストも好きです。自分の読解力の無さが恥ずかしいw
封印されるにはされるだけの理由がある
ある意味犯罪者をいい人も悪い人も皆釈放しますって感じなのかも
宴会でのレミリアとさとりのくだりも大部分がさとりの読心のせいだしなぁ
やっぱ「癖だから」では許されないよな
果たして幻想郷はすべてを受け入れられるのか・・・
ただラストは残念だった。この展開は面白くて好きなのだけど、だからこそそこで切ってしまうのが惜しい。
さらに続きがあると良かった。それでも面白かったのだけれども。
「出会い頭に、問答無用で」倒せというのもわかるなあ。
パルスィの描き方がとても良かった。
ラストも私的には悪くなかったと思います。
割といい加減に能力を使っている幻想郷の面々ですが
使ってしまうとここまで恐ろしいものだとは……しかもパルスィの場合はかかったことが分かりにくい。
ぞっとするような話ですね。こういう能力に対抗できるのは妖夢ぐらいですね。
ちなみに私はパルスィは東方の中でもかなり好きです。
いや、本当に面白いです。
上の方も書いているように、これが水橋パルスィか! という説得力に満ちた作品でした。
二次ではネタの憂き目にあうのが多い彼女だからこそ、新鮮で面白かったです。
嫉妬に狂う魔理沙とまさに「妖怪」という感じのパルスィがとても素敵でした!!
読み終わりたくないと思った作品は久しぶりです。
それだけに終わり方が惜しかった!
この後どうなるのか非常に気になります。
続きができれば読みたいなぁ・・・
最高でした。
ともあれ良かったよ
このパルスィはまさに魑魅魍魎の類。
こうやって気に入った相手に近づいては、次々と精神的に破滅させてきたんですね。
おそろしや・・・・・・。
パルスィかっこいいよパルスィ
とても面白かったです。
たまにはこんなのもいい感じ
この後魔理沙たちがどうなったのかとても気になりますね
後半から神展開でした
ごちそうさまでした。
とてもよかったです!!
皆さんも書いていますが、パルスィがすごく
妖怪していて素晴らしいです。
霊夢と魔理沙の雨の決闘シーンは、ぞくぞく
しながら読みました。
素晴らしい物語、ありがとうございました!!
他の作品がないのが残念でなりません
今まで読んできたSSの中でも指折りの面白さでした
妬ましい妬ましい
魔理沙がパルスィの嫉妬心を操る能力によって
嫉妬心がどのように増大していったのかの
描写を省くために出したと推測して納得してみた。
これ書いてたらもっと長くなるし。
霊夢vs魔理沙
魔理沙の思考がもう全く理性がなくて、あてられるように霊夢も徐々に熱くなり
感情的になった二人の会話があまりにも生々しくて
文章的に荒いし、勢いで描き切った感もあるけど
ヒスに陥った人の思考を覗いたがごとくの描写は
読んでて辛くなった。否定じゃなく、賞賛的な意味で。
それだけに、終わり方が唐突だったのが残念でした
地霊殿をやった時に「地底の妖怪」をこういうイメージで見ていたので、
さとりがパルスィの計画を知っていながら傍観に徹するあたりが
無駄にいい人化してなくて良かったです。
リヴァイアサンというタイトルもストーリー後半に活きててかっこいい。
自分を常に抑えてきた魔理沙がパルスィの魔の手によってじょじょに崩れていく様は
とても見てて楽しかったです。
さとりは何気にレミリアをペットのように見てると書いてありましたが
実際レミリアのほうがこのお話ではずっと大人な印象をうけました。カリスマなレミリアで嬉しいです。
それでも、このお話は胸に響くものがありました。
彼女たち、しか幸せになれていなくて、その幸せも歪んだもので。
それでも誰一人としてキャラが活きているということが、なにより素晴らしい。
こういう未来も、あり得たのかな。
なんて、思ってしまいました。
しかし、オチが残念。読者にその後をいろいろ空想させるというよりは、打ち切りのような切り方。もっともっと描写してほしかった。
パルスィの妖しくもどこか切なく、それでいて恐ろしい描写がとても素敵です