「く~るくるっと~」
ダイヤモンドの硬度の足で岩をも砕く、我らが削岩神鍵山雛は、今日も温泉探しのために地面を掘削していた。
最近寒くなってきたということで、体を暖める運動ついでに穴掘り掘り、温泉を発見できれば万万歳。
石油を掘り出した日には厄神を引退して、郊外で隠居生活を始めるつもりだ。
今日も夢を込めて岩砕き。
ギョリギョリギョリ、というリズムに合わせて鼻歌を歌えば、弾き語りの情緒が全く感じることもない。
かといって、まったくの無言で掘るのも忍びないのだが、ピッタリな歌というのは、炭鉱夫が好みそうな歌。
申し訳ないが、気が滅入ってくること受け合いだ。
「くーるく・・・・・・。およよっと」
一際硬い岩を砕くと、不意に抵抗がゼロになった。
どうやら、地下へと出てしまったらしい。
「あらら、トンネルができちゃった」
どう考えても落とし穴だけど、私偉い!
誰も褒めてくれないので自分で自分を褒めつつ、雛はラストスパートで回転を早めた。
足だけが抜けても仕方ない。
こうして雛は、暗い地下・・・・・・。旧都の手前へと降り立った。
暗い地面を抜けてきたというのに、雛の服には汚れ一つ付いていなかった。
さすがは神様。
「うーん・・・・・・。久しぶりに来たけど、相変わらず、厄いわ」
地下の住民は、お世辞にも明るいものたちが多いとは言えなかった。
今はそれなりに割り切って暮らしているとはいえ、元々虐げられたものたちが追いやられた場所だ。
雛は時折こうして穴を掘っては、厄を集めている。
決して温泉や金鉱脈やダイエットのために穴を掘っていたわけではないと、彼女の名誉のために宣言しておこう。
雛は頭上を眺め、目を細めた。
閉鎖した空間。だからこそ、淀んでしまうのだ。
しかし、この空間は閉じられて、地下に追いやられた妖怪たちは隔離されていなければ体裁が保てない。
「哀しいものね。さて、お仕事お仕事」
仕事とプライベートはきちんと分けてます。
こういっては憚らない彼女は、気持ちを一攫千金から仕事用へと切り替えた。
まずは地霊殿へと出向こう。
効率を考えるならば、事情通のところへ行くのが手っ取り早い。
それに主である古明地さとりとは、個人的にも仲が良い。
お互い他者から避けられることが多い同士ということもあって、腹を割って話せる数少ない友人なのだった。
心を読まれることは確かに気分良いものではないのだが、彼女だって読みたいと思って読んでいるわけではない。
初めて会ったときには関わらないで欲しいと疎ましげな視線を向けられたが、
厄に潰されかけていた彼女を救いたいと心から思ったことで、受け入れられた。
その日から、雛とさとりは無二の親友だった。
「といってもまぁ、仕事は仕事、ちゃっちゃと片付けて優雅に隠居生活ね」
しかし今、雛の頭の中は温泉や石油、金鉱脈のことで一杯であった。
割と現実主義なところも、雛という神の魅力の一つだった。
◆
「はい、お茶」
「ありがとう」
無愛想にティーカップを置いたさとりに、雛はニッコリと笑って見せた。
このティーカップは、大切な客人が来たときにだけ出されることを雛は知っていた。
さとりが無愛想なのはいつものことで、そこをからかうとムッと口をヘの字にしてから、ブツブツ小言を垂れ流すことも知っている。
だから雛は、何も言わずにティーカップに口をつけた。
うん、美味しい。
「あなたって、本当は性格悪いわよね」
口には出ていなくても、心には浮かんでいたらしい。失言ならぬ、失思だった。
「さとりが素直じゃないって言いたいだけだけど?」
「そう。これが私の性格なんだから仕方ないじゃないの。それで、今日は何の用? まさか、ただ遊びにきたんじゃないんでしょう?」
「心を読めばいいじゃないの。まぁ、偶然だけど地下に立ち寄ることになったから、せっかくだから厄を集めていこうと思って」
「そうなの・・・・・・。こいしは相変わらずどこにいるかわからないし、うちのペットたちは」
「さとりさまああああああ、あそぼおおおおおおお」
扉が勢いよく開いて、さとりよりも背丈の高い、赤髪の少女が弾丸の如く飛び込んできた。
さとりがすっと身を引くと、そのままつんのめって回転していく。
「こんな具合だし」
赤くなった鼻を押さえて、酷いですさとりさまなんて、ぶつぶつ不平を漏らしているが、
心が読める相手に飛び込んでいくなんて、無茶もいいところだと思う。
雛はその光景が可笑しくって、声を抑えて笑った。
するとさとりは、そんな雛に対してしかめっ面をしつつ、自分の膝へと少女を誘った。
赤髪の少女はニコッと、およそ地下に似つかない眩しい笑顔を見せて、くるっと一度まわって見せた。
するとたちまちそこには毛並みのよい黒猫が現れて、ピョコンとさとりの膝へと飛び乗った。
「お燐ったら、お客様がきているっていったのに」
そういいつつ、さとりの頬は緩んでいる。
頭を撫でられている黒猫も、満足げな表情をしていた。
さとりに立ち込めていた厄が、少しだけ晴れた。
「それじゃあ今は、さとり本人は大丈夫そうだと」
「そういうこと・・・・・・。あ、でも・・・・・・」
さとりは一瞬、何かを思いついたような表情をして、またいつもの無愛想な表情へと戻った。
「あれは、彼女本来の問題かしら・・・・・・。あなたに話すようなことではないのかもしれない」
「途中まで言われて、気にならないとでも思う?」
「む・・・・・・」
奥歯に何かが引っかかったような物言いをされて、はいそうですかと引き下がれるほど、雛は聞き分けよくはなかった。
さとりは自らの失言にため息を吐きながら、ポツポツと話し出した。
「まだ歳若い妖怪なのですがね・・・・・・」
◆
パルスィは今日も、とうとうと流れる地下水脈の端で一人、膝を抱えて座っていた。
すぐに他人を羨んでしまって、気持ちが抑えられなくなって暴発してしまう。
地下という追いやられた妖怪たちの中でも、パルスィは一際浮いた存在だった。
(私はどうせ、ずっと一人なんだ)
諦めにも似た気持ちが、パルスィを支配していた。
同じように能力自体が嫌われる妖怪でも、楽しくやっている妖怪は掃いて捨てるほどいる。
いや、本来妖怪というのは一匹狼を気取りたがる。
こういった場所だからこそ、寄り添いあっている妖怪が多いのだ。
「こんなところで何をしているんですか?」
不意にかかる声。
俯いていたパルスィはヒッと小さく怯えた声を挙げ、顔を挙げた。
声の主――雛は微笑みを崩さず、パルスィから十歩ほど離れた位置に立っていた。
「こんにちは」
「誰よ・・・・・・」
パルスィは不機嫌だということをアピールし、ぷいっと顔を背けた。
雛はパルスィの態度に構わず、人差し指を立てた。
「突然ですが質問です。あなたは、一人でいるのは、楽しいですか?」
(何こいつ・・・・・・)
馬鹿にもしておらず、哀れんでもいない雛の態度に、パルスィは戸惑った。
ただ純粋に質問をぶつけてきていたのだ。
「楽しくなきゃ、一人でいないよ」
強がった。
それがダメなんだってわかっているのに。
雛は、微笑を崩さずに続けた。
「じゃあ質問その二。どうしてそんなにつまらなそうな顔をしているんですか?」
「・・・・・・同情してるつもりなの? いいから帰ってよ!」
寄り添う相手がいる、あなたが妬ましいの。
その部分は口には出さなかったが、敵意は十二分に伝わったようだった。
雛はそこではじめて、少しだけ悲しそうな表情をした。
「やっぱりあんたもそうなんだ! 優越感から同情して、手に負えないと思ったら逃げ出して!
それならはじめから、手なんか差し延べようなんてしなきゃよかったんだ!
恵まれてるから、幸せだから、私みたいなのを見下して・・・・・・。余計なお世話なの、私ははじめっから」
一人で平気なの。
一息にまくし立てたけれど。最後は小鳥が鳴く程度のか細いものだった。
醜いアヒルの子は美しい白鳥になって羽ばたくことができたけれど、私はきっと、このまま一人ぼっち。
そんな確信めいた諦観が、パルスィの根本を蝕んでいた。
「気が済みましたか?」
淡々と喋る雛を、呼吸を荒くしたパルスィは、真っ向から睨みつけた。
「少しでも気が晴れたなら、それはそれでよかったんだけれど」
「いらつくわ、あんたみたいな上から目線。さっさとどこにでも行きなさいよ! 目障りだわ!」
バッと、右手を横に大きく広げるパルスィ。
それが、いまできる精一杯の強がりだった。
雛はパルスィに向かって小さく手を振ると、踵を返して歩き出した。
また、一人になる。
押さえ込んでいた恐怖が、哀しみが、堰を切ったように溢れてきた。
せめて気付かれないように。
パルスィは唇を噛み締めて、泣き喚きたい衝動を必死に飲み込んだ。
せめて、見送っている背中が見えなくなるまでは。
「う、うぇ・・・・・・。う゛ぇ・・・・・・」
(一人はいやだよぅ・・・・・・)
だからといって、誰が手を差し延べてくれるわけでもなく。
(寂しいよぅ・・・・・・)
差し延べられたとしても、自らの手で払いのけてしまう。
意地っぱりで泣き虫のくせに、素直に寂しいと言えない。
ただただ周りを羨んで、妬んで、また一人ぼっち。
一体、同じことを何度繰り返してきたんだろう。
何度、友達が欲しいと慟哭しただろう。
パルスィは、手近にあった小石を水脈に向かって放り投げた。
鬱屈した気持ちも、全部流れていけばいいのに。
「そんなに一人が嫌だったら、わかってくださいって頼み込めばいいじゃないの」
少女は、ずっと前からそこに立っていたかのように自然に、それでいて唐突に現れた。
肩まで伸びた、柔らかなアッシュブロンド。しかし、その表情は変化に乏しかった。
整った顔立ちが、余計に彼女を、人の手が加えられた調度品の一種のようにも思わせる。
「だ、誰?」
「誰だっていいじゃないの」
そういうと少女は、パルスィの隣へと腰掛けた。
目を細めて、水の流れに耳を澄ませている。
「あ、あの。どうして?」
「何が?」
パルスィは口ごもった。
聞きたいことが多すぎたのだ。
まず、いつから聞いていたのか。
そもそも、あなたは誰なのか。
気を抜けば、言葉が溢れ出しそうになる。
こんな気持ちになることは初めてで、自分の中に生まれた衝動と上手く付き合えていなかった。
「古明地こいしだよ」
「え?」
「名前だってば」
クスクスと笑いながら、こいしはまた目を閉じた。
パルスィはこいしの態度に戸惑いつつも、居心地がよいと感じている自分を発見していた。
どんな心境の変化か、心の焦りはどこかへ流れて消え去っており、穏やかな空気に浸ることができた。
普段なら、すぐに疑念や相手に対する妬みなどの負の感情が湧き上がり、パニックを起こしていたのに。
「あの」
「うん?」
「私といて、その、つまらなかったりとか、嫌な気持ちになったりとか、しない?」
恐る恐る、パルスィは尋ねた。
こいしはんー、と頭上を眺め、足をパタパタと動かした。
するとパルスィは顔を歪めて、いまにも泣き出しそうな顔をする。
「冗談だって、面白そうだなって思わなきゃ、話しかけたりなんてしないから」
「そうなの?」
「そんなもんでしょ、それに今のあなたの表情、凄く面白かった」
「・・・・・・」
パルスィは羞恥に頬を染め、顔を伏せた。
厄神も、粋なことをしていったと思う。
一人で居ることに慣れきっていたこいしは、一人で居ざるをえなかったパルスィが前から気になっていた。
しかし、パルスィのひねくれかたは尋常ではない。
面白そうだと思っても、寄る瀬が断崖絶壁であればお手上げだ。
結局、たまに見かけては観察しているに留まっていたが、ようやくはじめの一歩を踏み出すことができた。
「えっと、その、普段はなにしてるの?」
「散歩とか、色んなところを・・・・・・。地上とかもぶらぶらしてるよ」
頬を紅潮させ、必死に話しかけてくるパルスィに微笑を返しながら、こいしは頭上を仰いだ。
生まれてこの方素直になれた試しがない妖怪が、一生懸命言葉を選んでいるのだ。
これ以上に面白いこともない。
(しばらく、楽しめそうかもしれない)
こいしがパルスィの頭をぽんぽんと叩くと、パルスィは嫌がるそぶりをみせつつも、笑っていた。
無邪気な笑顔だった。
「・・・・・・さとりさま、こいしさまが嫉妬妖怪と」
「うーん・・・・・・。これはまた」
――楽しいな、はじめて友達ができた。
パルスィの嬉しそうな思考が、第三の目を通して流れ込んできた。
こいしの考えていることは相変わらず読めないが、こいしの表情は非常に柔らかい。
雛がパルスィを見つける前から、こいしはパルスィを見ていたのかもしれない。
真実は、本人を問い質さなければ知れないことだったが、さとりはあえてそれをしようとは思わなかった。
「帰りましょう、お燐。私たちは余計なお世話だったみたい」
「はいっ!」
立ち去る前に、さとりはもう一度二人を振り返った。
――でも、どうしてだろう。心が晴れやかだ。
どうせ、当の厄神少女は、サバサバとしているのだ。
まったく、出来すぎた友人を持ったと、さとりは大きく息を吐いた。
「さとりさま?」
――今夜はハンバーグが食べたいなぁ。
「そうね、お空も呼んで美味しいものを食べましょうか」
「わぁーい」
◆
「く~るくる~」
竜宮の使いの袖を越える速度で回転する、削岩マシーン鍵山雛は、今日も温泉探しのために地面を掘削していた。
雪も降り出したということで、体を暖める運動ついでに穴を掘り掘り、温泉を発見できれば万万歳。
石油を掘り出した日には厄神を引退して、郊外で隠居生活を始めるつもりだ。
今日も夢を込めて岩砕き。
ギョリギョリギョリ、というリズムに合わせて鼻歌を歌えば、弾き語りの情緒が全く感じることもない。
かといって、まったくの無言で掘るのも忍びないのだが、ピッタリな歌というのは、炭鉱夫が好みそうな歌。
申し訳ないが、気が滅入ってくること受け合いだ。
暢気な厄神、鍵山雛。
彼女に近づきすぎれば、誰もが不幸になってしまう。
けれども彼女は、人の不幸を少しだけ運んでいけた。
もちろん、自分が幸せを運ぶだなんて大仰なことを思っているわけもない。
彼女は小さなきっかけを与えてくれる、大きなお世話焼きなのだ。
owari
和まさせて頂きました。
お空のことも、忘れないで上げてください……ww
何が可愛いってもう無意識の内に色々とやらかしちゃうところが可愛い
こいしちゃんに無意識のうちに踏まれたい
こいしに会うためにもう一度地霊殿に挑戦したくなってきました^^
ちょっくら風神録してくる!
雛も地霊殿組も可愛かったです^^