お品書き(注意事項)
・本SSは若干百合風味に味付けされております。
その手の味付けが苦手な方は、ご注意ください。
・本SSは、拙作 はじめまして・再会 (作品集61)と共通の世界観を有しています。
ですが、お読み頂かなくても一切の問題は御座いません。
「……『身体測定』?」
「――の様ですね。永遠亭主催で行われるみたいですよ」
あそこは隠れているんじゃなかったのか、と私にはどうでもいい事で首を捻り、手元のミルクを飲みほす。
紅魔館の自室にて、今日一日の報告を咲夜から聞き、「そう言えば」と渡されたのがその催しの招待状。
招待状――と呼んでいいものかどうか――が送られてきたのは私だけでなく、咲夜にも届いていたようで、彼女は自らに送られ
てきたソレを既に確認済みなのだろう、私の独り言に頷く。
差出人は、かの亭の主人ではなく、その付き人・八意永琳。
流石、よくわからないあの亭の薬師だ、なんともまぁ酔狂な事を考え付く。
文面を碌に確認せず、部屋の隅にある屑籠に放り投げる。
どだい、碌な事ではないのだから、その程度の扱いで十分だ。
ひゅん、かつん、てんてんてん……。
「や、やり直し! 今のなし!」
「はぁ……、構いませんが、お嬢様が屑籠に動くのが億劫なのであれば、私が捨てればいいだけの話では」
「いいの! この位自分でやるの!」
わかっていない。彼女は私の従者なのだ。このレミリア・スカーレットの従者なのだ。
であるのだから、この程度の事でいちいち彼女が動いていれば、彼女だけでなく私の沽券にも係わる。
つい先日にも、口周りを拭ってもらっていたら『そんな事も自分でできないの……』とパチェに溜息をつかれたばかりだし。
優雅な足取りで近づき、華麗な仕草で件の書簡を拾い上げ、颯爽と元いた位置に戻る。
「てとてとてと、ひょいすか……がし、ててててて」
「なに、咲夜?」
「いえ、特には。――参加されないのですか?」
ひゅん、すとん。
「入ったわ、咲夜! 見た、見た!?」
「ええ、流石です、お嬢様」
「ふふん、そう褒めないで。何も出ないわよ?」
「その満面の笑顔で十分です。――あぁ、まぁ、応えは頂きたいですが」
「応え? 何か言っていたの?」
集中していたから気付かなかった。
咲夜はスカートのポケットに手を入れ、流れるような動作で手紙を取り出す。ずぱっ。
「あ、格好いい」
「ふふ、褒めて頂いても何も出ませんよ?」
「出ないの?」
「出してもいいのですが。あぁ、ともかく、『身体測定』です。参加を――」
「しないわよ」
咲夜が言い終えるよりも先に、私は否の旨を告げる。
書面上は『身体測定』となっているが、その言葉をそのまま信じろと言う方に無理がある。
大方、永遠亭の薬師の目的は、招待状を送ったモノ達の身体能力の調査ではなかろうか。
私と言えど興味がない訳ではないが、だからと言って、自らがその対象にされる事には不快感が芽生えた。
「どうせ、血液採集とかもあるんでしょ? 冗談じゃないわ」
「少なくとも此方の書面には、そういった類の事は書かれていませんね」
「え、じゃあ、注射はないの?」
「ありませんよ」
「そっかー、注射はないのか。だったら……」
いや、そもそも注射があると思っていたから行かない、とかそんな事はない。ないんだってば!
「ま、まぁ、どのみち、八意の提案に乗るのも癪に障るもの」
「あ、違うみたいですよ、お嬢様」
「違うって、何が?」
「発起人と言うか、提案者は、山の上の風祝らしいんです」
「……早苗が?」
ええ、と咲夜は頷き、経緯を掻い摘んで話し出した。
なんでも、東風谷早苗――咲夜とはまた違ったお姉さんタイプ。先日山の果実を届けてくれた。美味しかった――が此方に来る
前にいた場所では、この時期に国家を通して少年少女の身体測定が行われるらしい。測定の際にはほぼ裸身となるの言うのだから、
なんと言う破廉恥な行事か。けしからん。
彼女の話を聞き及んだ当時の同席者・霧雨魔理沙が自身の背と、同じく同席者のアリス・マーガトロイドの背を比べた事から更
に火が付き回収がつかなくなり、「それならば」と早苗が薬師兼女医のいる永遠亭に測定の依頼をしたそうだ。
「……それがなんで、私や咲夜にも届いているの?」
「『だったらいっその事』と、ある程度、名のある人妖は招待しているみたいですよ。美鈴やパチュリー様、妹様にも同様の書簡
が届いていますし」
「ある程度の範囲が気になるわね」
「条件は『少女』らしいので。その割に、私や美鈴が含まれているのは不思議ですが」
一々制限がある辺り、隙間妖怪や亡霊嬢、山の神は含まれているのだろうか。戦争の匂いがする。
「って、待て、ちょっと待て」
「あぁ、妹様にも届けられてはいましたが、渡してはいませんよ」
「……そう。なら、いいわ」
溜息をつく。
八意に他意はなく、むしろ、他のモノと同様のつもりで我が妹・フランドールをも招待したのだろう。
だが、可愛いフランを外に出すのはまだ早い。
私を含めた館のモノ達以外とも話し、遊び、笑うようになった彼女からは、以前の様な狂気が見受けられ難くなってきた。
ソレは確かなのだけれど――「外には出せない。フランには、あの時の様に、何気なく『壊して』しまう事があるのだから」。
「……妹様、最近何か、大事な物を壊しましたっけ?」
「何を言っているの、咲夜! 忘れもしないわ、二年と半年前、あの子は私の心を壊したじゃない!」
「二年、となると、あぁ、『あいつ』発言ですか。懐かしいですね」
「何をそんな遠い過去の様に微笑みながら語ってるの!?
あの子ってばたったそれだけで、私をきゅっとしてどかーんしちゃったのよ!」
「いえ、遠い過去ではなく、つい先日にもそうお呼びしていましたよ」
「い、いやぁぁぁぁ!?」
耳を塞いだがもう遅かった。その事実は私の心の臓を深く抉る。あと、咲夜、笑ってんな。
蹲って涙をはらはらと流していると、ことりと何かが落ちる音がした。
「うー?」
「私も行きませんよ。もう思春期の頃の様に成長していると言える年齢でもありませんし」
「……『も』? 美鈴も行かないの?」
「ええ、そう言っていましたね。――あら、お嬢様も参加されないのでしょう?」
「え、あ、うん。たぶん」
「では、私は下がらせて頂きます。あ、と、夕飯まで、少し外に出向いてもよろしいでしょうか?」
「用事は全て終わっているのでしょう? 構わないわ」
ありがとうございます――頭を下げ、咲夜は部屋の外に出て行った。彼女の気配が一定のリズムで離れていく。
さて、と。
俊敏に歩を進め、鋭利に屑籠へと手を入れ、瞬時に書簡を掴み開く。
ふむふむ……。
開催日は明日って、どれだけ幻想郷の住人を暇人と思っているのよ。暇だけど。
……身長や体重だけでなく、座高やスリーサイズも測るのかぁ。ちょっとは大きくなってるかな?
…………前に測ったのって何時頃だっけ。霊夢や魔理沙が乗り込んできた時、よりも、もっと前か。
「あぁ、うん」――身体測定、ちょっと楽しそうかも。
「申し訳ありません、屑籠を綺麗にするのを忘れていました」
「ひえ!? さ、咲夜、入ってくる時はノックくらいし、しなさいよ!」
「しましたし、返事も頂いたと思うのですが……。何故、不自然に、震えていらっしゃるのですか?」
「き、気のせいよ! ほら、持っていきなさい!」
「はぁ……?」
首を傾げる咲夜を追い払い、私はぼふりと再びベッドに倒れこんだ。
彼女が口を開いてから刹那の間に書簡は屑籠に戻したから、読んでいたのはばれていないだろう。
……だろうけど、その書簡は捨てられてしまった。
私はもう、『身体測定』に参加できない。
「いいもん、別に」
零れた言葉は本心なのだと、自分に言い聞かせた。
《幕間》
「なぁ……本当にこれでよかったのか?」
「八坂、何を今更。貴女達も賛同したじゃないの。ねぇ、幽々子?」
「……確かに、確かに私達も紫の言葉に同意したわ。それは事実。だけどぉ!」
「――止めなさい、皆。もう遅いわ。鴉天狗にリークしたもの」
「八意! あんたは、あんたはぁ!」
「よしな、神奈子。八雲も八意も、私達を思ってやった事なのだから」
「ぐ、ぅ……! でも、だとしたら、諏訪子、私達はどうすれば、フタリの思いに応えられる!?」
「涙を拭いて、八坂。幽々子も。こうするしかなかったのだから」
「そう――応え方も、一つよ」
「存分に、じっくりがっつり愛でればいいの。ハァハァすればいいの」
「えーりん! わかったわ、もう躊躇わない!」
「ゆかりん、貴女の分まで、私、あの子たちをガン見する!」
「そうよ、神奈ちゃん! 同じに受けたって、あの子達の真実のキャッキャウフフは見れないもの!」
「後で教えてね、ゆっこ! そう、一緒に受診するよりも、隠れて見ていた方が浪漫があるのよ!」
「「ありがとう、ふたりともー!」」「「どういたしましてー!!」
「……テンション高いなぁ、皆」
《幕間》
『揺れる幻想郷。原因は、身体測定!?
結界の大妖怪・八雲紫氏が、呼ばれなかった腹いせに本日昼頃より行われる永遠亭主催の身体測定をぶち壊す、との情報があった。
件の責任者・八意永琳氏は、万全の警戒態勢を整える、と迎え撃つ気満々で、大層な自信もあるようだ。
なんでも、八意氏は各方面の実力者達に協力を要請し、快諾を得たらしい。
その面子たるやそうそうたるもの、なんと、私達天狗の頭領・天魔様までもが出陣する可能性もあるとの事。
是では、さしもの大妖怪と言えど手を引かざるを得ないのではなかろうか』
今朝一番に届けられた――のだろう。私は寝ていたから定かではないが――鴉天狗の号外には、そんな碌でもない記事が載せら
れていた。
「ほんとに碌でもないわね。……で、どうして貴女はむくれているの?」
「むくれてないわよ。ただ、なんで私には要請が来なかったのかって思ってるだけで!」
「はいはい。単に、貴女も招待される側だったからじゃないの?」
読んでいる本から目を離さず、我が親友のパチュリー・ノーレッジは淡々と諭すように言ってくる。
珍しく昼前に起きた私は寝惚け眼もそこそこに、パチェのいる図書館にふらりと遊びにきた。
此処は私の館の一部だし、そもそも彼女と私は親友の間柄。
わざわざ早起きまでして何か目的があって会いに来たとか、そういう事は一切ない。
「そ、それは」
「そもそも要請なんて必要ないと思うけれど八意本人も実力者だと聞くし少なくとも魔理沙やアリス早苗は居るのだから十分に迎
撃能力はあると思うのよね」
「そうと、パ」
「あらでも八雲紫の式はどちらにつくのかしら良識があると聞いているから此方側それとも式だけに主人の命令には背けないあち
ら側に回るかも知れないわね」
「チェはどう」
「そうなると少しだけ厄介かまぁでも霊夢も来るようだしどちらにせよ問題はないわね」
「するのって、私の話を聞けー! え、嘘、霊夢まで行くの!?」
思考が暴走すると壊れた蓄音器の様に言葉を垂れ流す。パチェの悪い癖だ。
白黒魔法使いや人形遣いと親交を深めてから、注意されでもしたのかナリを潜めていたが、私の前では時々依然と変わらずこう
なる。これも私と彼女が親友たる証だろう。
以前に私も注意していた筈、という過去はこの際、忘却の彼方に飛ばす。
「予測して、既に答えてもいるわよ。――ええ、そう聞いているわ。香霖堂の店主から体格についてちくりと言われて、憤慨して
いたらしいの」
「憤慨って、何、言われたのよ」
「アリスと早苗と並んでいる時に、『君は彼女達に比べて小さいな』って」
「……背の事、よね?」
「アリスと霊夢はそれ程変わらないけれど。普通は、そうなんじゃない?」
パチェの言い様から考えるに、霊夢の解釈は普通と違っていたのだろう。
だとすれば、だ。
私はこめかみに右手をあて、黙祷を捧げた。
吸血鬼たる私がするのもどうかと思うが、かの店主には幾度か咲夜も世話になっていると聞く。
郷に入れば郷に従え、ではないが、人の死後に敬意を払うならば、そちらに合わせるべきだろう。
霖之助、無茶しやがって。――尤も、彼も純然たる人ではないらしいが。
「何をどう思っているか知らないけど、死んでないわよ、店主」
「嘘ぉ!?」
「レミィが霊夢をどう思っているか、大体わかったわ。ともかく、それで彼女も正確な数字を知りたいんだそうよ」
「ふーん。……ん? なんかパチェ、妙に詳しくない?」
「だって、そもそも身体測定の話が出たのは、此処だもの」
そーなのかー。
「――じゃない! なんで私が知らない間に交友関係広がってるのよ!?」
「一人増えた位で広がると言うものなの? 話を戻すけど、私は、そんな事、下らないと言ったわ」
「え、あ、身体測定の話ね」
そうよ、と頷く魔女。そう言えば、彼女だけは以前に計測した時も辞退していたっけ。
「魔理沙や早苗、霊夢の様に、人であるならば、意味があるかもしれない。彼女達の成長は、早いから」
「パチェ……」
「けれど、私やアリス――は微妙だけど――の様に、人以外であるならば、それは意味がない事のように感じたの。
確かに成長はするけれど、その速度は比べるまでもなく遅々としたものよ。
だから、そんな事に気をかけるのは、馬鹿らしいと思った。そう思ったから、私は彼女達の誘いに首を横に振ったわ」
人と妖怪の幾つもある差。
その大きなモノの一つは彼女の言う通り、成長の速度であり、変化であろう。
今はそれほど私達と変わらない霊夢や魔理沙、早苗、そして咲夜だけれど、あと数年もすれば、彼女達は確実に大人へと変わっ
ていく。
その先には――――。
「……そう。じゃあ、パチェも行かないのね」
「あら、レミィは行かないの?」
「行かないわ。数年前に此処でやったのだって、戯れの一つよ。私もパチェの思うように……ん?」
彼女の言葉に違和感を感じた。えーと。
「『レミィは行かない』?」
「自分の事を名前で呼ぶのは感心しないわね。幼さが更に増してしまうわよ?」
「そういう意図で言ったんじゃない! それと、更にってどういう意味よ!?」
「わかっているわよ。後者は、そのままの意味ね」
「うがぁぁぁぁ!?」
体の弱いパチェをどつく訳にもいかず、私は自分の髪をわしゃわしゃと掻きまわす。
「――私は、八意を此方側と呼び、八雲をあちら側と呼んだわ」
私をちらりともせず廊下に通ずる扉の方に視線を向けながら、夢見るような表情で言葉を紡ぎだす。
追随するように遠い扉へと、私も視線を向ける。
聞こえてきたのは、重い扉が開く音。
その後、まず見えたのは、暗い室内を照らすような明るい金色の光――髪。
「パチュリー、迎えに来たぜ」
「行きましょう、パチェ」
現れたのは、普通の魔法使い霧雨魔理沙と七色の人形遣いアリス・マーガトロイド。
え、なに、お出迎え?
「ちょ、ちょっと! 動かない大図書館さん!?」
「密室の少女を連れ出すのは、我武者羅で熱い光? それとも、絡め捕るような優しい光? いいえ、きっと両方の光が、私を
暗い此処から明るい場所に導くの……」
「キャラ変わってるじゃないのよ!? パチェ、貴女、あいつらを鼠って言ってたじゃない! 光る鼠とでも言うの!? ピカ」
「咒符‘上海人形‘っ」
「恋符‘マスタースパーク‘!」
「水&木符‘ウォーターエルフ‘っ!」
「ぴきゃぁぁぁぁっ!?」
一直線に貫く二つの光、そして、取り囲んでくる魔法玉。
さしもの私も逃げ切れず、その全てに被弾してしまう。
……うん、今のは私が悪かった。
悪かったけど、でも、もう少し柔らかく突っ込んでくれても罰は当たらないと思う。
「不満そうだけど。火符を使わなかった辺り、私の優しさを感じてもらえない?」
「やかましいわー! うわーん、パチェのもやしー! あんた達なんか、サンニンでサバトでもやっていればいいのよー!」
「そんな、親友の前でだなんて……」
どやかましい。
何故か頬を赤らめうろたえる魔理沙と腕を組んでそっぽを向くアリスの横を通り過ぎ、私は図書館を走り出た。
頬を水滴が伝う。先ほどパチェにぶちかまされた魔法玉の残りだ。
痛みで泣いている訳じゃない……いや、それでも、もう構わない。
けれど、断じて、身体測定に参加できなくて泣いている訳じゃ、ないやい。
《幕間》
「こんにちはー、霊夢さん……って、そんな頬を朱に染めて待っていられると、困りますっ」
「困りますって言われても、しょうがないじゃないのよ。くしゅっ」
「冗談は後に回すとして、風邪ですか? 失礼して……微熱もあるような」
「あぁ~、冷たい手が気持ちいい~。寝冷えしちゃったかなぁ」
「……今、私は物凄く後悔しています。ともかく、その、今日、辞退します?」
「しないわよ。どのみち、八意に見てもらいたいし。周りもどうせ妖怪ばかりだろうから、うつす心配もないしね」
「私は――」
「あぁ、早苗や魔理沙、咲夜にはうつっちゃうかもね。あんまり、近寄らない方がいいわよ?」
「いえむしろうつして頂いても。――心配、してくれているんですか?」
「……私が、あんた達を心配すると思う?」
「ふふ、はい」
「……調子狂うわねぇ。あぁ、そう言えば、なんか紫が茶々入れ企んでいるそうね」
「ええ、そう書いていましたね。神奈子様や諏訪子様もそわそわしていたので、恐らく件の要請に応えたんじゃないかと」
「ふーん。ま、今日は本調子じゃないからありがたいわ」
「私は何か、妙な予感がするんですけどね……」
「そ? とりあえず、出ましょうか。あ、里で定食屋さん寄っていい? 最後の努力をしておきたい……っ」
「豆腐定食は流石にないと思うのですが。あー、私は、その、見てるだけで……」
「……一食二食抜いた所で、変わらないと思うんだけどなぁ」
「それを霊夢さんに言われたくはありませんっ!」
《幕間》
薄暗い紅魔館の、その中でも恐らく最も光の届かない場所。
流石に泣き顔を咲夜や妖精メイドに見られるわけにもいかず、私は其処でおいおいと泣きはらした。
涙が頬を落ちて行くたびに、痛みもするりと抜けていくような気がする。
とん、と肩を叩かれる。見上げると、私の光が柔らかく微笑んでいた――。
「お姉様……」
「あぁ、わかっているわ、愛しいフラン。貴女はしかめっ面しているけれど、本当は包み込むような笑顔で」
「鬱陶しい」
言葉は、銀の銃弾よりも速く、聖水よりも沁み渡り、杭よりも深く私の心の臓を抉った。まじ痛ぇ。
「ふ~ら~ん~っ!」
「……大体、いきなり『もやしの馬鹿!』なんて言いながら入ってこられても、対応のしようがないわ」
「だって、だってぇ!」
ぐしぐしと涙を拭いながら、もやしことパチェの非道を訴えた。
親友の変化――或いは成長か――を嬉しく思わないでもない。
彼女は、私と出会ってから数十年、何か極端な事情でもない限り、自らの意思で外に出ようとはただの一度もしなかった。
それがあのフタリに出会い同じ時間を過ごし、稀にとは言え、彼女の意志で、閉ざされた図書館から開かれた世界に踏み出すよ
うになっている。
出かける度、私の所に挨拶しにくる彼女は何時ものように澄ました顔をしているけれど、その奥に愛らしい笑顔が隠れている事
を見つけるのは、そう難しくなかった。
だから、その点に関して言えば、あの魔法使い達に感謝の念を抱いている。
……だけどさ。だけどもさ。
「親友の私を置いてサンニン仲良く測りに行くなんて酷いじゃないのよー!」
「何処で、何を?」
「永遠亭で、背とか重さと、か……!」
ぐしぐし。
「ふーん、そう言う事やるのかぁ。知らなかったわ」
ぐしぐしぐしぐし。
「でも、知らなくて当然なのかな……。私、永遠亭って知り合いもいないし。まぁ、あんまり気にならないけど」
「――そんな事ないわ、フラン! 貴女にも届いていたわよ! だから、何気ない振りをして自分を押し殺さないで!?」
「や、ほんとだよ。……それはそうと、お姉様」
「うぁ、ぅー、……ぐ、ぐしぐしぐしぐしっ」
「きゅっとしてぇ――」
「――どかーんっ!?」
私の渾身の演技を見破るとは、流石『悪魔の妹』と呼ばれるフラン。
弾け飛んだ愛用の帽子の代わりに両手を頭に当て、とりあえず該当箇所は無事なのだと再確認する。
「ふ、フラン! 幾ら可愛い妹の所業とは言え、私も怒る時は怒るのよ!?」
「いいじゃない、どうせ再生するんだし、脳味噌ないし」
「そういう問題じゃないのっ。いい、フラン、姉妹とは古来より支えあい助け合い――」
「仲間外れにしたり?」
「れみ・りあ・うー!」
言っとけば場が収まる気がした。今は反省している。
じとりとした梅雨の様に睨んでくる両の眼から逃げる為、すいと視線を横に向ける。
あぁ、でも、可愛い妹の視線を独占していると思うと、これはこれでいいのかも。
なんて考えていると、フランが腕を組み、右の人差し指で左の肘辺りを鳴らしだした。
彼女の考える時の癖である。
「どうしたの、フラン?」
「……ちょっと。ねぇ、お姉様、少し動かないで」
「はっ! 駄目よ、フラン、私達、姉妹な」
「喋らないで」
「うー!」
最近、妹の態度が冷たくなったと感じます。どうすればいいのでしょうか。
暫くして、考えがまとまったのか、フランはそっと私に近付いてきた。
――手を伸ばせば掴める距離まで。
その足取りは軽やかで、まるでステップを踏んでいるよう。
――甘い匂いが鼻に伝わる。
彼女は私の後頭部に腕を回す。動作としては一瞬なのに、何故かスローモーション。
――髪と髪が、触れ合った。
「フラン……」
「お姉様……縮んだ?」
蕩ける様な呼び声、含まれるのは甘い毒。待て、今何つった。
「こんなに小さかったっけ?」
「小さくない! 縮んでもない! フランが少し大きくなっただけでしょう!」
「私が? ……そっか」
淡々とした相槌だったけど、驚いた表情に嬉しさが覗く。
少し前まで、フランの髪は私の鼻あたりだったように記憶している。
当時、彼女が抱きついてきて直後、ミルクの様な甘い匂いが伝わってきたのも良き思い出。
大きくなったわね、フラン――微笑みを浮かべるが、けれど、一つだけ譲れない事もある。
私だって大きくなってるもん。間違っても縮んでなんかないもん。
「……お姉様、私、本当に、永遠亭で行われる身体測定にはさほど興味がないわ。他の人の前で裸に近い格好をするのもヤだし」
「大丈夫よ、フラン。可愛い貴女のそんな姿を赤の他人に見せてたまるもんですか。私が根性で四人になって」
「あ、お姉様に見られるのが一番、ヤ」
しくしくしくしく。
「でもまぁ、其処は我慢するとして。お姉様とフタリで測るなら、面白いかも」
「測りっこっ? いけないわ!?」
「どうして顔が真っ赤になっているかわからないけれど。美鈴と咲夜に頼んで、測定器を持ってきてもらいましょう」
いけないいけない、つい禁断の行為へと及ぶのかと危ぶんでしまった。
言うが早いが、フランは大声で美鈴と咲夜の名を呼ぶ。
叫びにも似た声は、開かれた扉から廊下へと響きわたる。
しかし、だ。
幾らフランの呼び声と言えど、地下から地上にまで届くのは聊か無理があろう。
外で門番をしている美鈴にまで、となると、ますますミッションインポッシブル。
可愛らしい児戯にくすりと笑みを零しつつ、私は軽くフランを諌めた。
「駄目よ、フラン。こういう時は、――こうするのよ」
言葉をためたのは、フランが此方に視線を向けるのを待っていた為。
きょとんとする彼女に、私は右腕をあげ、その方法を示して見せた。
指と指を交差し弾き合わせ、小さな破裂音を鳴らす。
ぱちんっ。
私の瀟洒な従者であれば、是で十分なのだ。
「めいりーん、さくやー!」
「ちょっとフラン! 私の指パッチンで十分なのよ!?」
「届く訳ないじゃない、お姉様」
言うに事欠いてそれか。
けれど、抗議を続けようとする私の耳に届いたのは、柔らかく聞くモノを落ち着かせるような声。
「お待たせしました、妹様。あ、お嬢様もいたんですか。それで二つなんですね」
なんか酷い事言われた。
「なんで門番の貴女にフランの声が届いているのよ!――って、その背中に積んでる二層のキャノン砲は何?」
オンバシラ?と続けた声は、どすんと下ろされた音によりかき消される。
「いえ、単に妹様のお勉強の時間なだけです。で、是はですね。咲夜さんに持って行くように頼まれたんですよ」
言われて思い出す。そう言えばそうだった。
美鈴は現在、門番兼庭師兼裁縫師兼フランの教育係なのだ。
兼任が多いような気もするが、なに、咲夜に比べればまだまだ少ないだろう。
それに、申し出たのが自身なだけあって、彼女の仕事ぶりは十分に評価できるレベル。
満足げに頷く私に、続けて瀟洒な声が聞こえてくる。……瀟洒って便利な言葉だなぁ。ふとそう思った。
「頼まれたって、貴女が勝手に持って行ったんでしょう。私は一人で運べるって言ったのに」
「咲夜! 咲夜には私の指パッチンが届いたのよね!?」
「お言葉ですが、流石に此処で鳴らされたであろう音を聞くには私の耳では十分と言いかねます。そこまで人外ではありません」
正論を言い返してくる「時間を操る程度の能力」者。こんちくしょう。
彼女も、美鈴に負けず劣らずな大きさの荷物を持ってきているようだ。
「……機関銃?」
「スタイリッシュに動きましょうか? 私は人間で、獲物はナイフですが」
「私だって男の子じゃないわよ」
いやいや。
「私のが体重計で、美鈴のが身長の測定器ですわ」
「えっ?」
「パチュリー様がお出かけされる前に、そろそろ用意しておくようにと申されていたんですよ」
心中を読まれていた事に、悔しがればいいのか喜べいいのか悩む。
読んでいたのは、親友だけでなく眼前の従者もなのだろう。
我が館にある測定器は以前に行った戯れの時の、それぞれ一台だけだった筈だ。
増やす必要があるかの議論は脇に置くとして、咲夜は昨日展開を予想して、外に出向いた折、もう一台を購入したと推測できた。
ちらりと上目遣いの視線を送ると、微笑みとウィンクで返してくる。そうであってこそ、完全で瀟洒な従者だとばかりに。
「……まぁ、いいわ。折角道具が揃っているんですもの。測りましょう、フラン」
「ふふ、お姉様、伸びてなかったりしても泣かないでね?」
「泣かないわよ! 私だって大きくなってるもん!」
嘆きの声に少しばかりの喜びが混じっている。
自覚できた分だけ少々恥ずかしくもあったが、まぁ構うまい。
意気揚々と衣服を脱ぎだすフランにはわからかっただろうし。
……傍らで微笑み合う門番と従者にはばれている気もするが。
私もフランと同じように手早く服を脱ぎ折り畳み、準備オーケー。
「さぁ、咲夜、美鈴! 活目して数値を読み上げなさい!」
高ぶる気持ちそのままに、声を張り上げて宣言する。
「あ、ちょっとお待ちください。記録紙を忘れました」
いけないけないと己が頭をとんと叩く咲夜。完全の名が泣くぞ。
一度脱いだ衣服を再び着直すのも面倒だったので、フランとフタリ、美鈴の腕の中に納まる。
浴びるのは嫌いな日光だが、その匂いは悪くない。
愛する妹の甘い蕩けそうな匂いと重なれば尚更だ。
何より、美鈴の腕の中、あったかいなりぃ。
「……すぐに、戻ってきますわ」
暗闇の中に消える咲夜の声が微かに硬くなっていたのに気付いたのは、多分私だけだと思う。
《幕間》
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、早苗! なにその数字、インフィニティ!?」
「なんでそんな横文字を知っているのか突っ込みたいですが、霊夢さんだって、アイドルみたいな数字じゃないですかぁ!」
「清掃班、巫女組の近くにできた赤い情熱を消して頂戴」
「やっぱり私が一番下……むきゅー……」
「ま、まぁまぁ。その代り、こっちの数字はパチェの方が大きいじゃない」
「それだとアリスが一番だけどな。っくしょう、流石に二冠はまだ無理か」
「清掃班、魔法使い組の傍の柱についた紅の心意気を拭いて頂戴」
「あぁ、シャッターチャンスばかりだと言うのに! 写真機を取り上げられたのが悔やまれる!」
「もう文様ってば! そ、それと、私だって、彼女達と同じ格好なんですよ……?」
「清掃班、天狗組の上の落ちそうな朱色の滝を何とかして頂戴」
「凄い凄い、藍様! 私のどの個所よりも大きいです!」
「さ、流石の記録ですね、藍さん」
「橙も妖夢も、是から大きくなるさ。――それにしても、紫様の力を一切感じないのだが……はて」
「清掃班、従者組の後ろの壁に描かれた緋色の蝶々柄を……残しておいてもいいか」
「うどんげさま、ないすばでぃ!」
「そうゆーたんぽぽも、まえにくらべておっきくなってるよ?」
「ふふ、そうだよね、菫。でも、妖怪兎のフタリも大きくなるんだ。ね、てゐ?」
「……鈴仙は私を何だと思ってるの。それよりも、あんまりアレの前でどたばたしないでよ」
「清掃班、アレ、じゃない、私から迸る真紅のうぼぁ」
「――あの子達は忙しそうだから、私が拳で止めてあげる」
「更に増してしまいそうですわ、姫」
「……。さっきから感じていたんだけど、妙に指示が早くて的確じゃない?」
「て、天才ですから。アイムジーニアスっ」
「ふーん……」
《幕間》
時間を止めて取りに行けばよかったのでは。
一斉に降り注ぐ私達の言葉を、では始めましょうの一言で流した咲夜は、やはり瀟洒な従者だ。
私は美鈴の前にある測定器の前に、フランは咲夜の方に歩を進める。
各々に近いモノを記録人にしなかったのは、フランの申し出からだった。
曰く、咲夜は私の数字を弄る可能性がある、と。
そんな事を咲夜がする訳ないのに――私は微苦笑を零しつつ、その願い出を受け入れた。
そもそも、偽りの記録など、何の意味があると言うのだ。
「お姉様、私に負けても測定器を壊さないでね?」
……。
「ね、ねぇ、美鈴。私は体面を重んじるの。この意味がわかって?」
「ええ、お嬢様。ずるっこは一切無しですね」
「う~……」
フランが胡乱げな視線を向けてくる。冗談だって。
「お嬢様、妹様。靴と靴下を脱ぎ、測定器の上に乗ってくださいな」
咲夜の声を合図にして、私とフランは一瞬目を合わせ、指示に従いソレに乗る。
気負い猛っていただけに、機材の鉄の冷たさが一層感じられた。
身の縮こまる思いだが、それやっちゃうと負けちゃうかもしれないので頑張るのだ。
とん、と頭に固い質感が当てられ、息を飲む。隣からも聞こえたので、フランも同じ心境なのだろう。
「妹様は……以前の時と比べると、3センチほど伸びておりますね」
「ほんとっ?」
「え、嘘ぉ!?」
喜びの声を上げるフラン。悲鳴を上げる私。ま、負けちゃう!?
「……それほど驚かれる数字ですか?」
「咲夜さん達の伸び率に比べると、少ないかもしれませんね。
でも、おフタリとも純粋な吸血鬼ですので、妹様のその数字は十分に驚きに値するんですよ」
「む……なるほど、道理ね」
美鈴のフォローに頷く咲夜。
敢えて彼女の気配りを潰すつもりもないので口を挟まなかったが、その解説も正しいとは言い切れない。
そもそも、人間達に妖怪と一括りにされる私達だが、種族別でみると個体数が絶対的に少ないのだ。
前例を探すのさえ難しいと言うのに、科学的な平均値を求めるなど無意味もいいところ。
しかも、種々様々な妖怪の中には一夜にして幼態から成態に成長するモノもいると言う。
私やフラン――吸血鬼がそうでないと、誰が言いきれるだろうか。
ひょっとしたら、明日夕方起きたら、私もぼんっきゅぼーっんになってるかもしれないじゃないか。
あぁまたサイズを変えないと、なんて溜息をつけるかもしれないじゃないか。
……いいじゃん、夢くらい見せてくれたって!
「で、お嬢様は如何程に?」
「そ、そうよ、私はどうなの、どれだけ伸びてくれているの、美鈴!?」
「お姉様、必死すぎ……」
フラン、高貴なるモノと言えど、プライドも何もかもをかなぐり捨てなくてはいけない時があるのよ。
今がその時……か?
「少し待ってくださいね。えーと、妹様ほどではありませんが、1センチ、伸びています。良かったですね、お嬢様」
「うんっ」
「…………っ!?」
咲夜がぶんっと首を横に回し、額に手を当てる。何、文句ある?
「咲夜。フランドール・スカーレットが命じるわ。素直に思った事を言いなさい」
「か、可愛過ぎます、お嬢様……っ」
「悪かったわねぇ!」
1センチと言えど、私にとっては大きな成長なのだ。ん、1センチ?
「と言う事は……?」
「はい。お嬢様の方が、妹様よりも大きいですよ」
「…………っ!!」
拳を握って肘を曲げ、二三回前後運動。声にならない歓喜を体で示す。大人げない言うな。
「むぅ……まだ、勝てないか」
「ふふふ、そう、フラン。姉より優れた妹など存在しないのよ!」
「その台詞はちょっとどうかと……」
「それに、お嬢様。妹様の言葉を再確認してください。妹様は、『まだ』と言われたのですよ」
「今、この時が大事なの!」
一斉に怪訝な顔をするサンニン。いかん、飛ばし過ぎた。
ともかく、だ。
直前まで危ぶまれたフランとの身長戦、私は辛くも勝利と言う栄光を手にした。
猛追してくる勢いに飲まれかけたとは言え、ここは気の利いた勝利者インタビューを行うべきではなかろうか。
思考の前後がつながっていない感じもするが、私は気にしない。誰だって気にしない。
蝙蝠型の妖気を放ち、マイクに変化し――ようとした所で。
咲夜のぽつりと呟いた一言が、私の胸を抉った。
「これ位ですと、私が七歳位の頃と同じですね」
「なな、さい?」
「ええ。まぁ、私は小さい頃から平均値よりも多少高めでしたが」
「あー、うん、咲夜はなんとなくそんな感じがするわ」
「ですねぇ。同年代の子に格好いいとか言われてた気がします」
「否定はしないけど。貴女だって、人の事言えないくらい、背は高いじゃないの」
わいのわいのと姦しくなる彼女達をよそに、私はぷるぷると肩を震わせる。
「ななさいって……そんなの、そんなの……」
「……如何いたしましたか、お嬢様?」
「七歳って、そんなの、童じゃないの!」
咲夜が、何を今更って表情をしやがった。ガッデム。
「お嬢様、そんな、何を今更……」
「口にも出したぁ! だって! 私は、咲夜はともかく、霊夢や魔理沙、早苗と同じ位だと思っていたのよ!?」
「えーと、つまり、ご自分をカテゴリ・少女だと?」
「そうよ! フランだってそうでしょう!?」
「へ? え、あ、深く考えた事はないけど、そう、かなぁ?」
「ほら見なさい! それを、咲夜、貴女は、貴女はっ!」
首を捻り続けるフランは見ないふり。
私は咲夜を睨みつけながら、私の本質を否定するような言葉を詰るように迫った。
半歩後ろに下がる咲夜。よろめいたと言えなくもない。
「あぁ、お嬢様、上目遣いで涙目は少々愛らし過ぎます」
「やかましいっ! ま、まさか、咲夜は私をそういう目で見ていたの!? いいえ、咲夜だけでなく、美鈴も、あの子達も!」
「咲夜さんはわかりませんが、私や、最近の霊夢さんや魔理沙さんはそうでしょうね」
美鈴、さらっと言わないで。
「早苗さんに至っては、お嬢様の頭を撫でたと聞いておりますが」
「うん、撫でられた。気持ち良かった。……はっ、あれは、私を幼女として扱ったと言う証拠!?」
「普通に考えて、そうでしょうね」
にっこにこしながら言ってくる。悪意が全く感じられないだけに、性質が悪い。
私は、膝をつき崩れ落ちる。
立場は違えど、同じカテゴリに属していると思っていた彼女達に、一つ下のカテゴリだと見られていた。
その事実は、私の心の臓を射抜くに十分過ぎる。
ぽたりと、水滴が床に落ちる……寸前で。
扉の奥、廊下からのナイフにも似た鋭い一線が、その滴を乗せ、固い床に突き刺さる。
「何奴!?」
短く叫び、ナイフを構える咲夜。美鈴も気弾を放つ構えを取った。
あぁ、だけど、私は口に手を当て、見上げるしかできない。
床に刺さっているモノは、紫色のスプラウト。と言うか、もやし。
「止めて、美鈴、咲夜! あの方は、お姉様の……」
フランの制止の訴えに、警戒を解かないままフタリは応じた。
「何だと言うのです、妹様!?」
「咲夜さん、焦らないでください。視線は扉の方にっ」
「――お姉様の、初恋の方」
「あぁ、紫もやしのヒト……!」
固まる咲夜、顎が外れる美鈴、視線を背けるフラン。
愛するサンニンが背景となるような錯覚。
世界に、私と彼のお方しか存在しないような感覚。
錯覚と感覚が混じりあい溶け、彩られるのは、色褪せたセピア。
あの時も、いや、紫もやしのヒトとの邂逅は、何時だって扉越し。
私は彼のお方の名前も、顔も知らない。
ただ知っているのは、ぼんやりとした灯りに照らされた後姿、長い髪、そして、流麗な文字。
刺さったもやしが浮かび上がり、空を踊る――キティ、貴女は、キティから脱皮されレディを目指すのでは?
目をきつく閉じ、奥歯を噛む。涙は見せたくない。
『紫もやしのヒト! 私、私、貴方の事が好――』
『キティ……今の貴女は、誰もが一度は経験する麻疹にかかっているようなもの』
『そんな! 私のこの想いが、淡い幻だと言うの!?』
『そう、憧れと言う、甘い甘い幻想。キティ、涙を拭いて。そして、レディへの階段をお上りください』
『う、うぅ、私、私、レディになる! 今はまだ笑えないけれど、いつか、若かったわね、なんて言えるような立派なレディに!』
『……キティ、それこそがレディへと変わる一歩です。――私は、何時も貴女を見守っていますからね』
『紫もやしのヒト! ありがとう……!』
今なお胸を切なくさせるビター・スイート・メモリー。
胸に手を当て、高鳴る動悸を落ち着かせる。
目を開く、と、優しく擽る様に零れ落ちようとする最後の一滴が拭われた。
もやしに。
紫もやしのヒト、貴方は私の心に簡単に入り過ぎます……。
「お、お嬢様に、お嬢様に何をしたぁ!?」
「咲夜、ダメだって、落ち着いて!」
「聞いてくださいよ、咲夜さーんっ」
何やら騒いでいる気もするが、目に入らない。
私の目は、思考は、全て眼前の文字とその奥にいるヒトに向けられている。
あぁ、紫もやしのヒト、私はまだ、貴方への思慕を忘れられないでいます……。
もやしが躍り、また文字が現れる――キティ、貴女は彼女達の言う通りかもしれません。けれど。
「……けれど?」
――そうならばそうで宜しいかと。
「でも、そんな……私は、貴方と約束したように、早くレディになりたいの……」
――咲き急ぎたいのもわかりますが、もっとエレガントに構えていても宜しいのですよ。
文字が消え、現れる。
――貴女は何れ、必ずレディになられる。それまでは、在るがままのキティで……。
「あぁ、紫もやしのヒト……確かに、私は背伸びをしていたのかもしれない……無理をしていたのかもしれない」
「……されていましたっけ、背伸び」
「お姉様がそう言うんなら、していたんじゃないかしら。ともかく、咲夜に集中して!」
「放して、美鈴! 放してください、妹さまぁ!」
「でも、もう、無理しない。私は私のままで、私のやり方で、レディになってみせるわ!」
声高らかに宣言する。その言葉に想いに、迷いも躊躇いもなかった。
動きが止まっていたもやしは、再び踊り、私の頬を軽く擽る。
それは、さも彼の方からの柔らかい口付けの様で……私はまた目を細めた。
もやしが離れた、まだくすぐったさが残る頬にそっと手を当てる。
――そう、それで宜しいのです。在るがままの貴女が、貴女の描く軌跡こそが、美しいのですから。
彼の方の影がひと際鮮明になり、その口元は穏やかな三日月。
影は胸元に手を当て、すらりと一礼をする。
そして、言葉を残し、もやしは、扉の奥の気配と共に消えた。
「貴方は何時もそうやって、抜けない甘美な棘を残していく……あぁ、でも、見守っていてね、紫もやしのヒト……」
口元から零れる言葉が空中に残されたソレと混じり、溶け合うように消えていく。
ん、と両拳を握り力を込める。
鼓動はまだ早いままだけれど、もう大丈夫。
愛するサンニンに、そして誰よりも彼の方の微笑みを嘘にしない為に――私は、笑顔で後ろを振り向いた。
咲夜が泣いてた。
「私とした事が、お嬢様が思い悩んでいるのを見抜けなかったなんて……!」
いいのよ、咲夜。初めての恋煩いは、切なく苦く、けれど、きっと美しい思い出になるのだから。
そう声をかけようとすると、彼女は拳を床に叩きつけた。
がんっと鈍く重い音が部屋に満ちる。
「その様で丼何杯いけた事か……あぁっ」
放っとこうっと。
「ねぇ、美鈴、次は座高かしら?」
「なんですけども、測定器がないんですよ。どうしてもと言うならば、お嬢様のキュートなヒップを鷲掴みにしてメジャーで測」
「……遠慮しておくわ」
単に座った状態から測ってくれればいいのでは、と気付いたのは、翌日になってからだった。
身長、座高とくれば、次は体重である。
しかし、先の測定と違い、此方は気負いなく測ってもらえそうだ。
元より私は小食で余り食べられないし、フランとて似たようなもの。
そう大きな差異は生じえないであろう。
女性――レディ――を象徴するのがほどほどの丸みだと言うのならば、私達には聊か足りていない気もする。
じゃあ乗りましょう――フランに声をかけようと視線を向けると、微妙に難しい顔をしていた。
はて、何を悩む必要があるのだろう。
頭に小さな疑問符が浮かび上がり、その問いを発しようとする。
と、その直前、フランが下にまとったドロワーズに手をかけ脱ご「ちょっと待てー!?」
動きが止まる。危なかった。凄く危なかった……!
「……なぁに、お姉様?」
「なぁにって、フランこそ何をしようとしていたのよ!?」
「う……だって、ドロワーズって結構重そうだし……」
確かに布切れよりは重いだろうが、だからと言って脱ぐほどではない。
どうかと思う行為を詰問しようとする私を止めたのは、軽やかな笑い声だった。
「ふふ、妹様ってば」
「何か知っているの、美鈴?」
「め、美鈴! 言っちゃダメ!」
「魔理沙さんのキノコ料理、アリスさんのお菓子、早苗さんの果実……どれも、美味しいですもんね」
「……それと、貴女の賄いもね」
咲夜のつけ足しに、私も頷く。
「ん? と言う事は……フラン、食べ過ぎを気にしてるの?」
「うぐ……めーいーりーんー!」
「はて、私は皆さんの手料理が美味しいとしか言っておりませんよ」
ふくれっ面をするフランの視線を微笑みで受け止める。
なるほど、彼女の言う通りだが、流れを考えたら事実に辿り着くのは容易い。
やるなぁ、美鈴。
つまるところ、フランは過度に太ったかもしれないと危惧をしているのだろう。
「もう、ダメじゃない、フラン。自己管理位きちんとしておかないと」
「お姉様だって、この前こっそり一緒にチョコ食べたじゃない!」
「わ、わーわー! ななな何を言っているの、フラン。私がそんな」
「……妹様、そのお話、後で詳しくお伺い致します」
「声が物凄く冷たいですよ、咲夜さん」
やばい、咲夜の目がマジだ。どうしよう。
「と、ともかく! さっさと測りましょう! ね、フラン!?」
「そんなに震えた声を出さなくても……」
「うー、お姉様は元からあんまり食べないから気にもならないかもしれないけどぉ……」
ごにょごにょと呟くフランから視線を外し、私は一足早く体重計に足をつける。
私に遅れまいと、彼女もおずおずと踏み出し、両者とも計測開始。
こと体重に関しては、自身の記録はさして興味もないので、横に目をやった。
大きな丸い計測板を見つめるフラン。ふふ、そんなに心配しなくてもいいのに。
「……ふむ、以前よりも増えてはいますが、背と共に考えれば、全く問題ない範囲ですよ」
「ほんと、咲夜!?」
「ええ、妹様。お嬢様もですけれど、そもそも、お二人とも少な過ぎましたから、これ位が理想的ですわ」
まぁ、そうだろう。
はた目から見ても、シャツやドロワーズから伸びるフランの四肢は細い。
時々ちらちらと見えるお臍周りだって、抱きしめれば折れてしまいそうなほど。
そのような体型なのだから、計測を怖がる必要など少しもないのだ。
……だとすると、来るべき次の測定が厄介なのだが。云々言っても仕方ないか。
「美鈴、私のも読み上げて。さっさと次に進みましょう」
「あ、はい。お嬢様、68kgですね」
「そう、じゃあ次ってなによその具体的な数字は!?」
「えと、では、約70kg。人間の成人男子平均的数値です」
そんな情報要らない。
「じゃなくて! 私はフランとほぼ同じ体型なのよっ? あり得ないじゃない!?」
「わー、お姉様、ふとましーい」
「うわーん、ドロワーズ、ドロワーズが重いのね!?」
きっと咲夜が私のを鋼鉄製にしたんだ。後でどつく。
ドロワーズを掴み、一気に下に落とす――直前。
誰よりも早く私の手を止めたのは、美鈴でも咲夜でもフランでもなく、扉の奥から放たれた一輪のバラ。紫色の、バラ。
「誰ですか!?」
美鈴が視線を奥に向け叫び、同時に虹色の弾幕を展開。
対応の早さは、彼女が門番たる所以。
ワンテンポ遅れて咲夜もナイフを構え、警戒の色を示す。
あぁ、だけれど――私は、美鈴の前に手をかざした。
「止めなさい、美鈴っ。あの方は……」
今にも形成した弾幕を放ちそうな美鈴に気をかけつつ、私はちらりとフランに視線を送る。
「お嬢様、私は私の責務を果たそうと!」
「美鈴、貴女らしくもない。お嬢様の言葉を待ちなさいっ」
「――あの方は、フランの初恋のヒトよ……」
「ワンピース仮面様!」
咲夜の顎が外れ、美鈴は気を膨張させ、私はその美鈴を抑えつけた。
「美鈴! 止まりなさいってば!」
「お放しください、お嬢様! 純真無垢なる妹様を惑わした罪、この紅美鈴が一撃をもってぇ!」
「めーりんっ、めっ、めっよぅ!」
吸血鬼の私に腰元を持たれていると言うのに、その私をずるずると引っ張りながら奥へと動く美鈴。
流石は身体的能力ならば紅魔館のナンバー3だ。一番私、二番はフラン。僅差だけど。
うん、そろそろ咲夜も手伝いなさい。
「――フラン様、可愛らしい戯れもほどほどにしておかないと、貴女様自身の価値を下げてしまいますよ」
咲夜や美鈴よりは高く、私やフランよりは低い声。一番近いのは、パチェであろうか。
ワンピース仮面――フランはそう呼ぶが、実際にそういう衣服を着ているかはわからない。
照らし出されたぼんやりとした影から、フランは彼の方をそう呼んでいるのだろう。
此方から見える彼の方は、確かに、鋭角的な蝶々の仮面とひらひらとした長いスカート状の物を履いているように見える。
「あ、えと、その……うん」
穏やかな指摘に、フラン達はしゅんと項垂れた。
……達?
そう、達。フラン達。ヨンニンのフラン。
ヨンニンのフランは一つになり、変わらずフランがヒトリとなる。
えーと、さっきの言葉を合わせると、つまり、だ。
「フラン! 貴女、フォーオブアカインド使って私の体重計に乗ってたんでしょう!?」
「サンニンの妹様がそれぞれ片足を乗せていましたね」
「気付いてたんなら言いなさいよ、咲夜! あと、早く手伝いに来なさい!」
今、紅魔館の物理的なパワーバランスが崩れようとしている。
どたばたを繰り広げる私達だったが、フランと彼の方の意識には入れなかったよう。
胸の前で祈るように拳を握り、彼女は二三歩扉の方に近づく。
その瞳は正しく恋する乙女……の様に、私には見えた。
けれど、フランも私と同じなのだ。彼女もまた、淡くほろ苦い思いでいる筈。
「仮面様……貴方は以前言いましたよね。私の貴方への想いは、一夜の夢の様と」
「ええ、フラン様。それは真夏の夜の夢のよう。狂おしい熱に魘されるのは一時の間ですわ」
「そう、そうとも……。そして、こうも言われました」
胸の奥の、自分だけの思い出と言う宝箱を開く為に、フランは一旦言葉を切った。
それにしても、素敵な方と言うのは言葉も似てくるものなのか。
私も、紫もやしのヒトに同じような事を言われてた気がする。
それと、咲夜、呆れた視線は止めなさい。貴女には乙女度が足りない。
「私の想いは、向かうべきヒトがあると。あの時は、わからなかったけれど……」
「ふふ、お気付きになられましたか?」
「……まだ、うっすらとだけど。それは、貴方のお陰。ねぇ、ワンピース仮面様」
問いかけるフラン。あれ、私より一足先に進んでる?
「――私は、あの頃よりも淑女なのかしら?」
「……あぁ、まぁ、そうかもしれませんねぇ」
「そんな曖昧な返事は要らないの! それより美鈴から手を離さないで!」
「杀阿唖唖唖っ!」
「勿論ですよ、フラン様。――きっと、貴女様の想いの先よりも。ふふ」
フランへの答えを、軽やかに笑い、バラを可愛らしくデフォルメされた蝙蝠に変化させて応える彼の方。
蝙蝠は彼女の周りをくるくると祝福するように舞う。
そして、額に額を合わせ、ぽんと煙となって消えた――。
ふわりと舞いあげられた髪を軽く押さえ、フランは微笑んだ。
「貴方は、この想いが何処に向いているのかもご存じだったのね。また会いに来て、ワンピース仮面様……」
瞳を閉じて祈り願うフランは、少し悔しいけれど、私よりも一歩進んでいるように思えた。
気持ちの区切りをつける為か、フランは小さく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
二度三度頬を軽く叩き、私達に振り向いた彼女は、笑っていた。
可愛らしい? いや、違う。美しい、笑顔で。
「お姉様、さっきはごめんなさい。私が悪かったわ」
「ふふ、フラン、心が成長したのね。姉としてこれ程嬉しい事はないわ」
「……あんたよりはね」
わかった、反抗期だ。
「わーん、めーりーんっ」
「あ、えと、そんなに嘆かないでくださいな、お嬢様」
「……ふーんだ」
「……美鈴、貴女、よくそんなに早く切り替えられるわね」
「はぁ、まぁ、そういう能力ですので」
だったら最初っから使って欲しかった。埋もれながら、そう思った。
「結局、お嬢様の体重はお幾つだったの?」
「妹様よりも僅かにですが軽いですよ。もう少し、間食を認められては?」
「む。主食だけで十分なのだけれど……検討しておくわ」
毎日ハンバーグやカレーだったら十分だけど。咲夜の料理は美味しいけれど、魚や野菜を多く出し過ぎるのよ。
さて。
幾多の試練を乗り越えて、遂にやってきた最終ステージ。
私は拳を合わせ、こきりこきりと鳴らし、その最後の計測へと意気込みを見せた。
身長、体重とくれば、次に来るのは勿論、乙女の秘密・スリーサイズ。
前回の計測時、美鈴・咲夜と順に測り、次は私だと思った矢先、ホールにと響きわたる「お疲れさまでしたー」の声。
首を傾げる私に真実を突き付けてきたのは、偶々通りかかった親友だった――「貴女も妹様も、測るほどないじゃない」。
あの時ほど、パチェの体力のなさを嘆いた事はなかった。殴れやしない。
しかし、いそいそと計測器やらなんやらを片づけていく咲夜や美鈴、そして、伸びた身長の欄を嬉しそうに見せてくるフランさ
えも、言葉には出さなかったが、パチェと同じように思っていたのだろう。
それ以来、私は雪辱を誓い、苦手なミルクを一日一瓶は飲むようになった。
冬には無論、ホットにしてもらう。お腹壊しちゃうし。
これこそ正に臥薪嘗胆というヤツだ。ミルクは甘いけども。
両腕をあげたまま、私は気迫をむき出しにして叫んだ。
「お疲れさまでしたー」
咲夜と美鈴の声が先に重なる。お約束ですかそうですか。
「って、違う! まだ測るべきところが残っているでしょう!? フランも服を着直さない!」
きょとんとする門番と従者。何故か顔を赤らめる妹。あぁぁもぉぉぉぉ!
「胸! 腰! お尻!」
「……お嬢様。私は脚も加えとうございます」
「何の話よ!?」
「え、魅力的に感じるボディラインの話では?」
「ちーがーうー!!」
咲夜、貴女は乙女度が低いだけでなく、春度が高くなってきてしまっているわ。
戯けた妄言を指摘しようとも、彼女はにこにこと笑むだけ。
拙い、このままでは私の努力が水泡に帰してしまう。
訴えの度合いを増すが、それでも瀟洒な従者は額を抑えよろめくだけだった。
「お嬢様、ぐるぐる腕を振り回すだけでは咲夜さんを喜ばせるだけですよ」
「うー、だってぇ!」
「涙目は倍プッシュなだけですって。――お望みの物は、是此処に」
そう言って、するりとシャツのポケットから二つ、メジャーを取り出す美鈴。
「美鈴! そんな物で胸を偽って……あれ、減ってない?」
「まぁこの程度では」
「それ、厚さ二三センチはあるように見えるんだけど……」
彼女からすれば、『この程度』の事らしい。ちょーだい。
「私、メジャーを用意するように言っていたっけ?」
「いいえ、咲夜さん。裁縫係ですので、常時携帯しているんです」
「む……そうだったわね」
手渡された咲夜はしかし、そっぽを向いた。
炊事洗濯掃除と、家事と名の付くものは概ねお手の物な彼女だったが、何故か裁縫だけは苦手なのだ。
見かねた美鈴が「それならば」と手をあげ、今に至る。
咲夜が若干斜に構えているのは、自らの仕事だと思っていたものを取り上げられた所為であろうか。
フタリの交流に目を細める――が、そう喜んでもいられない。
ウエストとヒップは、まぁ問題ないだろう。
くびれが欲しくないとは言わないが、この際二の次だ。
それよりもやはり、バストが気になる。
努力の証はミルクだけではなく、鰻の屋台の主が推していた大豆だって摂取中。
なんでも、女性ホルモン云々で該当箇所が大きくなるかもとの事。
リアル豆は流石に咲夜が許してくれないので、納豆をオヤツ代わりにした。
すぐに飽きた。いや、好物なんだけど。
それでも、一週間に八回は一パック消費しているのだ、効果を期待するのも当然であろう。
燃え上がれサポニン、駆け巡れイソフラボン!
「はい、お疲れさまでしたー」
「ってなんで勝手に終わってるのよ! 早く測ってってば!」
「測り終わりましたよ?」
「早っ!?」
「ついでに読み上げもしました。妹様とほぼ同じなようですね」
私が鈍いのか、美鈴の手が巧みなのか。後者にしておこう、うん。
……いや、ちょっと待て。
「ほぼ同じ? どこがどう同じなの、美鈴!?」
「お、お嬢様、力任せに腰を握らないでください! 流石に痛いですって!」
「だって肩に手が届かないんだもん!」
因みに、見上げても揺れる山に阻まれて彼女の顔は見えない。ちくしょー。
「ヒップはお嬢様の方が僅かに大きく、ウエストは妹様が微かに大きいです」
「おっぱいは!?」
「……っ!?」
「咲夜、なんだかだんだん、話に聞く結界の妖怪や永遠亭の薬師に似てきたね」
「流石に言いすぎですよ、妹様」
ごめんなさい、と素直に頭を下げるフラン。えぇい、今はそんなハートウォームな光景を望んじゃいない!
「美鈴、どうなのっ?」
「胸部ですよね? 同値ですよ」
「そう、同……ちぃぃぃ!?」
喉から迸る絶叫が、地下室に木霊する。
あんまりだ。
そんなの、酷過ぎる。
何もしていない、意識すらしていないフランと、できる限りの努力をした私が同じだなんて!
「もう一回! もう一回測って、美鈴! きっと読み間違えたのよ!」
「構いませんが……仮にも正式に測定した数字ですから、変動はしないかと思いますよ」
「乙女の成長は早いのよ!」
「一二分でどうこうなるんなら、それって乙女云々じゃなくて怪物なような」
「私は乙女で怪物だもん!」
啖呵に、フランと美鈴は納得したとばかりに頷く。
……私だって、数分で変わらない事くらい、わかっている。
だけれど、はいそうですかと簡単に認める事なんてできやしない。
このままでは、屋台の下、熱く手を握り合った主と同席していた閻魔に顔向けできないではないかっ。
ギンっと目に力を込め、美鈴を見る。
その様に私の心意気を感じたのだろう、美鈴は、ではもう一度、とメジャーの両端を掴む。
感化されたのか、フランも私と同じように咲夜を見、腕をあげた。
と。くぐもった笑い声が聞こえ、ぱちんっと言う指なりの音と共に、地下室を灯していたランプが消える!
「ふふふ……」
しまった、目が光りに慣れていた!?
悪魔や魔族、とりわけ吸血鬼にとって、暗闇などどうと言う事はない。
ないのだが、一瞬、ちかちかとした眩しさに視力が奪われる。
「誰!?」
奇しくも、私とフランの声が重なる。美鈴が立ってないとほんとザルだなうちの警備は!
今は嘆いていても仕方がない。
私は、視力に頼るのを諦め、妖力を感じ取るように思考を切り替えた。
ついぞ使っていない――鴉天狗に写真を撮られて以来か?――感覚であったが、数秒間使い物にならない眼よりは役に立つ。
近くの、大きさが漠然とした妖力は美鈴。
少し離れた所にある、私とほぼ等しい妖力はフランだろう。
私とフランの中間地点――どちらでも守れる場所――にある、妖力とはまた違った光は咲夜に違いない。
侵入者は――「そこっ」――部屋の奥、扉とは正反対の場所に弾幕を放つ!
「ふ、当たりませんよ、お嬢さへぷっ!?」
戯けた台詞と共に、とてんと侵入者が倒れた音がする。まぁ、通常弾幕ならこの程度だろう、
思いのほか小さい妖力の侵入者は、中々次の反応を見せない。
ならば、面倒だが此方から動いてやろう。
笑みを浮かべ、二三歩足を進め――た時に。
咲夜と美鈴から声が上がる。
「お止めください、お嬢様! 今の悲鳴で確信しました!」
「ええ……布越しのその声、聞き覚えがあります。その方は、デビルリトル、またの名をデビルマスク」
なんじゃそりゃ。
「どういう事、美鈴! きゅっとしてどかーんしちゃダメなの?」
「そうよ、咲夜。主の行動を止めたのだから、それ相応の理由があるんでしょうね」
「妹様、いけません。その方には、私は元より、咲夜さんもお世話になっているのですから」
「……そうね、美鈴。お嬢様、その方は、その指をもって私に喜びを教えてくださったお方……」
蕩けるような声を出す咲夜。話が危なくなってきた。
「ぐ、具体的に言うと拙い気がするから、ぼかして説明して! フランもいるし!」
「では……その方が現れるのは、決まって明かりが消えてから。一本一本が意志を持つように、四肢を、腰を、そして――」
「すすすとーっぷ! なに、触手!?」
「いえ、指圧ですわ。コリが酷いんですよ」
「あ、あー……うん、そーゆー事ね」
フランがこてんと小首を傾げて視線を向けてくる。聞かないで、お願い。
説明で、ある程度は納得できた。
咲夜や美鈴が世話になっているなら、この侵入者に害はないのだろう。
だが、何故今、そのデビルなんとやらがしゃしゃり出てくる?
「お嬢様。その方は『悪魔の手を持つ女』と称されるほどの業師」
「あの『神の両手を持つ女』と名高い、通称グレイトビックの後継者とも言われるお方」
「……よしてください、お二人とも。私程度をあのお方と比べるのは」
「何を言うの、デビルマスク! 貴女のその指は既に幻想郷の宝よ!?」
「その言葉こそ、あのお方に相応しい。……とは言え、彼女はそんな称号を欲していないでしょうが」
「聞いた事がある。彼女は一切、名も、字名さえも告げず、黙々と去っていくと」
「ええ……師事を受けた私にさえ、『告げる名前などありませんよ』と。慎ましいお方です」
「……豚さん?」
「フラン、此処での生活が長いからわからないでもないけれど、私達、西洋出身だから」
「じょ、冗談よ、お姉様! 『大きい』でしょ?」
「風の噂では、今は流離うのをやめ、一つ所に落ち着いたと聞いております」
「一度お会いしたかったのだけれど。ところで、貴女が来てくれたと言う事は」
「そう、ですね、お任せ致しましょう。――お嬢様、妹様!」
「え、あ、はい!?」
美鈴の唐突な呼びかけにびくりとしながら応える。おかしいなぁ、むしろ怒鳴るのは私の方じゃない?
胸の内は誰にも届かず、私もフランも続く言葉を待つ。
と、咲夜と美鈴が少し後方に下がった気配を感じる。
一方、彼女達と話していたデビルなんやらが、手を広げて私達に近付いてきた。
……なんか、ヤな予感がする。
「おフタリのバスト、デビルマスクさんに見極めて頂きましょう!」
「やっぱそーくるかっ!」
「大丈夫ですわ、お嬢様。最初は私も痛かったのですけれど、次第に気持」
「やかましってか、メジャーすら使わないのっ?」
「私のこの手が真っ赤に燃えるぅ! 貧乳掴めと轟き叫ぶぅぅぅ!」
「東方だけど! 違うでしょう!?」
何がなんやら。さり気に貧乳言うな。
「と言うか、絵面的にヤバ過ぎるじゃない! 暗闇でマスクマンに弄られるって!」
「お嬢様、マスクレディですわ」
「そーいう問題じゃない!」
「それに絵面と言われますが、私や咲夜さんには暗過ぎて見えませんよ。大丈夫です。太鼓判っ」
「美鈴のお馬鹿! ヒトには想像力と言うものがあるのよ!?」
「つまり、悶えるお嬢様を描き出せと言う事でしょうか。お望みとあれば、不肖、この咲夜」
「するなー!」
煌めくグングニル、輝く星々。おのれ咲夜、避けおったな。
ぜぇぜぇと息を荒げながら二撃目を放とうとすると、ぽん、と肩を叩かれる。
勢いよく振り返ると、其処には。
悪魔が、いた。
「ひゃう!? 化け物! 怪物! モンスター!?」
悲鳴を上げる。けれど、誰も助けてはくれなかった。
「いや、お姉様。慌てているのだろうけど、私達も化け物で怪物でモンスターよ?」
「そうだけど! こんな角が沢山生えて目玉が一杯あって口が裂けてるのなんて見た事ないわ!」
「えっ!? 普段から悪魔に見えないと言われるので、頑張って作ったのに……そんな……」
ショックだったようだ。……そう言えば、マスクを被ってるんだっけ。
しょんぼりしている彼女を見ていると、激昂していた心もだんだんと落ち着いてくる気がする。
容姿と言動はどうあれ、咲夜や美鈴が信用しているのだから、彼女の腕は確かなのだろう。
ならば、此処は潔く測ってもらい、すっぱりと答えを出してもらおう。
何より、この不定形マスクレディにフランの胸を触って欲しくないし。うん。
「フランの数字はさっきの計測のでいいわ。さぁ、デビルマスク、その指で」
「お姉様、私の方はもう終わったよ?」
「だから! 早過ぎるのよ!」
フランを守るミッションは失敗。ガッデム。
「そ、それじゃあ! 次は私ね! いいからとっとと測りなさい!」
「小ぶりな……確かに、妹様と変わらないですね」
「待ちなさいよってか、了承くらいとれー!」
「デビルハンドをもってしても同値としか……流石ですわ」
「よし、よく言った。冥府に送ってやろう」
そんでもって、亡霊嬢に食われてしまえ!
両手で胸を掴まれていると言うのに、なんだこの和やかな雰囲気は。
計測対象によっては淫靡になる事確実なのに、これも私が幼い証拠なのだろうか。
だって、ちょっとくすぐったいとしか感じないんだもん。
あ、でも、ちょっと、なんだか、変な気分……?
「ん……っ」
「…………! お嬢様に軍配が上がりました!」
「へっ? え、なんで!?」
「微か、僅かにですが! その勝因はっ」
朗々と声を張り上げるデビルマスク、スポットライトを浴びているように、彼女は輝いていた。
……え? 誰か明かりつけたっけ?
直後。
声が聞こえた。
聞き間違える訳がない、それは、我が親友の『宣言』。
――日符‘ロイヤルフレア‘!
弾幕が頬を掠め、地下室に満ちる爆音と業火!
「って、ちょっとパチェっ」
「パ、パチュリ―様っ!?」
「呼んだのは貴女達。――それは、置いておくとして……」
何時呼んだのよ、そんな覚えはないわ!
胸中の叫びは、パチェの眼光により言葉として成せない。
私達の呼びかけとは別に、まるで予定していたように此方へと視線を向けてくる。
表情が豊かとは言えない彼女だったが、その面構えは以前に見覚えがあった。
こっそりと図書館の本でドミノをし、見つかった、あの時だ。
体調が頗る良かったのか、火符の連弾は今なお心に刻み込まれている。
パチェのねめつける様な射抜く視線は、私を…………あれ、通り過ぎた?
「出かける前と一切変わらないのはどういう事かしら私は前日確かに辞典の類を整理しておいて頂戴と言伝しておいた筈だけどそ
れとも貴女にとって私の命令なんて二の次三の次変な植物の育成や妙な仮装の合間片手間にこなしておけばいいと言う感じの割合
で受け止められているのかしら」
「違っそれは大いなる誤解ですパチュリー様私は誠心誠意貴女の力になろうと日々尽くしております是はその茶目っけと言うか日
々の潤いと言うかともかく貴女への忠誠は微塵も揺るぎなく固い信念としてこの胸に滾っていますっ」
この間、約十五秒。
頭の上を行きかうマシンガントーク。
すげぇ、あの状態のパチェと対等にキャッチボールできる奴がいたなんて。
私なんて、とりあえずパチェは怒ってるんだなぁとしかわからないのに。
あと、デビルマスクはそろそろ私の胸から手を放してほしい。くすぐったい。
「そう、そうね。貴女はよくやってくれているわ」
パチェの表情が、一瞬、柔らかくなる。
「あ、ありがとうございます、パチュリー様!」
応える声は、その賞賛の言葉に本当に嬉しそうだ。
勢いある返事と共に、全身にも力が入っているのが伝わってくる。
えと、うん、つまり――「う~……くすぐったいってばぁ!」
「キティ、そんな可愛らしいお声を出さないで。歯止めが利かなくなってしまいます」
「ん、だって、こそばゆいんですもの」
「ここかここか、ここがえーのんはっ!?」
ごぅっ、と先程放たれたロイヤルフレアの残滓が再び燃え上がる。
この地下室はフランの部屋だけあってかなり堅牢な作りをしていると言うのに、業火は勢いを増していく。
それはそう、まるで、主人の魔力に呼応するように。
パチェが笑っている。デビルマスクも笑っている。
直後、フタリの言葉が弾幕の様に加速した!
――違うんですパチュリー様悪魔がこうしろと私に囁くんです貴女は元より悪魔じゃないのそれとも違う何かだとでも言うの。
ごめん、もうどっちがどうとかの区別もつかない。なんだこいつら。
――いえそんなまだじゃくはいですがあくまですでもさいずてきにはぱちゅりーさまよりもあらゆるかしょでおおきいですよう
るさいわねこれでもじぶんでわかるていどにはおおきくなってるわよ。
思考レベルならともかく、会話レベルでこの速度は無理だ。既に発音の羅列にしか聞こえない。
――それはよろこばしいではいもさまおじょうさまにつづきましてぱちゅりーさまのけいそくもこのわたしがこあくまあなたれ
みぃだけじゃなくていもさまにもそんなことをしていたのいえいえぱちゅりーさまさくやさんやめいりんさんのでーたももちろん
このあたまのなかにあたまなのてじゃなくてわたしほどにもなるとみるだけでけいそくできるんですよそうじゃあさっきれみぃの
むねをさわっていたのはなぜそりゃまぁやくとく……。
「はぅ!?」
「そう」
あ、終わった?
問おうとする私の瞳に入ってきたのは、今日二発目の‘ロイヤルフレア‘……っぽい炎弾。
ねぇ、なんかこれ、いつもより大きくない?
またしても質問は封じられた。腕を引くフランによって。
「え、え?」
「お姉様、部屋を出るわよ!」
「パチュリー様をどかーんする訳にはいきませんものね。美鈴、殿を頼んだわよ!」
「と言う訳です、お嬢様。防護陣なら咲夜さんよりも少し上ですから、お任せくださいっ」
「何がどういう訳よ! ちょっとパチェ、フランの部屋をどうする気!?」
引きずられながらも、今度はちゃんと言えた。
既にパチェを通り越していたので、彼女はゆらりとした動作で私の方に振り向く。
背景に業火を従えた彼女の瞳にもまた、焔が灯っていた。
元来は紫色をしている双眸が、業火と相まって真っ赤になっているように見える。
美鈴が扉を閉める寸前、パチェはひどく落ち着いた口調で、私達に言ってきた。
「ごめんなさい。後で直すわ」
壊すの前提かよっ!?
突っ込みは、直後の声と悲鳴と爆音にかき消される。
声はパチェのもの。
悲鳴はデビルマスクのもの。
そして、爆音は強化ロイヤルフレアがさく裂したもの。
――扉が、閉じられた。
「――地獄の炎で、再教育してあげる」
「神の力を得たんですね。わかりまうっきゃー!?」
ぱん、ばんっ、ぱぁん! ばぁんっ!!
扉越しに伝わる熱気に中てられつつ、私と咲夜、美鈴は焔が向けられた相手に敬礼を送る。
さようなら、デビルリトル、もしくはデビルマスク。貴女の指は、確かにちょっと気持ち良かった。
「あ……私、今日何処で寝よう……」
フランの呟きだけが、空しく廊下に響き渡った。
《幕間》
「紫様……まさか本当に来られるとは」
「いや、まぁ、その」
「まぁまぁ、八雲の藍。一応、測定も恙無く終わったんだし、許してやろうよ」
「はぁ……異口同音で皆さんにそう言われると、私も強く言えませんが」
「紫の気持ちもわからないでもないものね。よし、紫、それと保護者の皆さん。今から白玉楼で」
「――駄目ですよ。事の詳細を吐いてもらわないといけませんから。ねぇ、霊夢さん」
「へ? いや、私は別に是で終わるなら面倒もなくていいやぁ位にしか」
「今日は私、調子がいいんですよ。是非、新しいスペルカードの練習台にさせて」
「「「「「「止めて! 紫は私達の為に!?」」」」」」
「天魔様……」
「…………」
「……神綺様、説明いただけますね」
「あ、アリスちゃん! そんな他人行儀な! 昔みたいにママ様って呼んで!?」
「何やってんですか、魅魔様」
「魅魔だけに魔に見入られたってねあっはっはぁ痛っ!? 痛いよ、魔理沙!」
「……今日の晩御飯はなしですからね」
「い、いやぁぁぁぁ!?」
「神奈子様」
「……はひ」
「諏訪子様」
「あーうー……」
「返事は伸ばさないっ」
「あうっ」
「いや、紫様、ほんとに何がどうなっているんですか」
「……それだけは、例え貴女の蔑んだ眼を前にしても、言えない」
「――嫌な事件だったわね」
「何締めに入っているのよ」
「あ、姫様、では私達は二人きりの身体測定をっくんづほぐれつがっぷがふ」
「隠している事を言いなさい――では簡単過ぎるから。じっくりと、聞きだしてあげる」
「‘エイジャの赤石‘を人の眼前に突き付けないでください非常に危険でいやぁぁぁ!?」
《幕間》
『幻想郷にはびこる闇! もう駄目かもしれない。
昨日行われた永遠亭主催の身体測定において、大規模な裏工作の行われた可能性が浮上した。
取り調べを行った博麗霊夢氏と東風谷早苗氏曰く、首謀者は件の八雲紫氏で間違いないとの見方だが、主催者の八意永琳氏、また
氏に応援を要請された実力者の面々も関与しているという疑惑も出ているそうだ。天魔様の馬鹿。
繰り返す。幻想郷、もう駄目かもしれない』
何やってんだ、あいつら。
夕闇が降りてくるテラスで、私はミルクの入ったコップを傍らに、吹きそうになりつつ一面だけの新聞を読み終えた。
小さく折りたたみ、傍らに立つ咲夜に預ける。
放ってしまっても良かったのだが、彼女は奇特な事に、この新聞の愛読者なのだ。
育て方……いや、再教育を間違えたかなぁ。
「そう言えば、妹様は昨日、何処で寝たのかしら?」
「寝床を壊した当人がよく言う……。私の部屋で寝たよ」
「あら、じゃあ、貴女は廊下で毛布一つに包まったの?」
なんでそうなる。
「……一緒に寝たわよ。なに、文句あるの?」
「そう言う訳じゃないけれど。普通に睡眠はとれた?」
「私もフランも、昨日は騒いでいたからすぐに意識が落ちたわ」
「そ。貴女が壊されなくて、一安心」
「いまいちよくわからないわねぇ……あの子が寝ぼけて能力を使うとでも?」
私の質問に返ってきたのは、肩を竦めた動作だけだった。何なのよ。
「と言うか。フランの部屋はもう直ったの?」
「いいえ、まだでしょうね」
「……急いて催促するつもりもないけれど、一向に進んでいないなら文句の一つもつけていいわよね?」
「進んでいる筈よ。そう命令したもの」
「ん、あぁ、司書にか。分野違いでしょうに」
「自業自得よ。それに、あの子は多芸なの。二三日もあれば直ると思うわ」
「それでも、二三日はかかるのか……」
華麗に責任転嫁をしている気もするが、突っ込むまい。彼女は私の管轄外だし。
コップに手をかける。
程よい重さなのは、咲夜が分量を調節して淹れてくれているからだろう。
手を揺らし、乳白色のうねりを楽しむ。
「ねぇ、レミィ」
親友の呼びかけに、視線だけを向ける。
「結局、貴女も測っていたのよね」
「ぐっ」
「昨日の云々を言い出すつもりはないわ。でも――」
パチェは一旦言葉を切った。少しだけ、彼女の視線が揺らぐ。
「下らないと言い捨てた私が、実際には……楽しかった」
「パチェ……」
「貴女は、どうだった?」
揺らぐ視線は今も此方を向いていない。
彼女なりの照れ隠しに、私はこっそりと笑みを零した。
その音が彼女に届いたのだろう、むっとした表情を見せてくる。
だけど、パチェ。先に、私に応えさせて。
「私も、貴女と同じ。楽しかったわ」
「……そう。もし、此処で次があるのなら、私も測ってもらおうかしら」
「ふふ、そうするといいわ。あ、その時は、咲夜や美鈴も測りなさいよ!」
「わ、私もですか? もう別に成長とかはないと思うんですけど……」
「何を言っているのよ、咲夜。八雲の式も測っていたんだから、貴女に拒否する権限はないわ」
そうでしょ、とパチェが言い、私は頷き、咲夜に苦笑が浮かぶ。
とてとてとて、とことこ。
二つの足音がテラスに近づいてくる。
その間隔が違うのは背丈の違いだろう。
前者はフランで、後者は美鈴――聞き馴れた足音だから、特に意識しなくてもすぐにわかる。
「みんな、おやつの果物持ってきたよ!」
「ふふ、フラン。貴女が一番の果実よ」
「……あんたにはあげない」
「また『あんた』って言ったぁ!?」
「べーだ、何度でも言ってやるわよっ」
わーわーきゃーきゃーもみもみくちゃくちゃ。
ところどころで鈍く重い音が鳴り響いたが、それも姉妹の戯れの産物にすぎない。
何より、パチェは呆れ、咲夜は微苦笑し、美鈴は微笑んでいる。
つまり、何時もどおりなのだ。
フランから果物入りの籠を抜き取っていた美鈴が、大小切り分け、テーブルに並べる。
顔を見合わせる私とフラン。
こくりこくりと首を縦に振り、そそくさと椅子に座る。
豊潤な香りを前にして戯れを続けるほど、私達はやんちゃではない。
「美鈴、次は私達も計測対象になるらしいわよ」
「そうなんですか? でしたら、間食は控えないといけませんね。お互いに」
「咲夜! 私にはあれだけ注意しておいて!」
「レミィの場合、主食をちゃんと取らないからでしょう」
「あ、ねーねー、咲夜も美鈴も測るんなら、魔理沙や霊夢、アリスや早苗も呼びましょうよ!」
一気に姦しくなるテラス。
だけど、誰もフランの言葉は聞き逃さなかった。
私とパチェは頷きあい、咲夜と美鈴も微笑を浮かべる。
「そこまで呼ぶなら、もう知り合い全員に招待状を送りましょう!」
「リストアップするだけでも大変そうですわね。まぁ、なんとかしましょう」
「咲夜、気が早いわ。秋の次は春にするそうよ。それでも、伸びているかどうかはわからないけれど」
「ふふ、パチュリー様、きっと伸びてたり大きくなったりしていますよ。乙女は成長が早いんですから」
「じゃあ、私も早いのかな……伸びてるといいな……」
ちらりと、フランが視線を向けてくる。
「ま、負けないわよ、フラン! 姉として負けてなるものですか!」
「……あんたの背なんか、すぐに追い越してやるわよ」
「う、うわーんっ」
ふんっと鼻を鳴らすフラン。
ぐしぐしと腕で目もとを拭う私。
ふふふあははと笑い合うパチェと咲夜と美鈴。だから、笑ってんなぁ!
赤と黒が混じる空を背景に、フランはさっと私のコップを掴み、一気に飲み干す。
口元をぐいっと拭い、挑戦的な双眸を此方に向けてくる。
オーケイ、可愛く愛おしい妹の挑戦状、しかと受け取った。
私がうふふと笑い、フランがにぃと笑み、そして――。
そして、テラスに私達の軽やかな笑みが溢れた。
<了>
話自体は健康診断をしてみよう!ということで
面白かったのですけど。
どうも、内容的にグダグダな感じがしましたね。
ちょっと残念。
途中誰の描写なのかわからくなってました。
ネタ自体は面白かったです。
正直、だれました。
まぁたっぷりオシオキされて下さいませ。
取り敢えず頭に浮かんで来たのはパチュレミ。
最高パチュレミ。
つよいぞパチュレミ。
ただワンピース仮面はどなた?
あとあっきゅんとにとりんに出て欲しかった………。
幕間時の保護者の方々の出血表現も素晴らしい
ただ、若干物足りない気がしてしまう部分が・・・・・・
ミスチーやリグル達の身体測定もあるのかと期待してたぜ
終始同じような流れを繰り返し続けるのはさすがに少しくどいかなぁ、と。
でもキャラはとても魅力的に書かれていたと思います。
同時平行で進めたのが分かりづらい原因かもしれませんね。
私は楽しめましたが、2作に分けた方がよかったと思います。
それにしたって酷評されるような作品ではないと思いましたが、
百合風味というよりもキャラ崩壊気味のギャグは拒絶反応も強いのかもしれませんね
思いついたのがだいぶん前だったので、現実世界とえらくズレが生じてしまいました。
あががががが。
遅れましたが、お読み頂きありがとうございます。以下、お言葉に対するコメントレス。
>>1様
紅魔館は魅力的な方々が多いので、逆に困りました。妄想が止まらない。
>>2様 6様 10様 11様 16様、27様
ご指摘、ありがとうございます。
言われている通り、まとまりがなく勢いも中盤からは一定だった事が、今回の一番大きな反省点だと思いました。
結果として、全体的に単調な仕上がりになってしまったなぁと。ギャグは難しいと改めて実感。
次のお話を書く際には、反省を活かしたい思います。活かせるといいな。
>>13様
身体測定と言う行事自体が二次創作では用いられやすいと思いますので、あるかとは思います。
このお話では紅魔館がメインですが、薬師≒女医の永琳がいる永遠亭は、その舞台にされやすいかと。
>>謳魚様、15様
《幕間》の配置の都合上書けなかったのですが、脳内では以前に書いた面々はチルノと大ちゃん以外参加していました。
開き直っていっそのこと、書いてしまった方が楽しんで頂けたのかもしれません(苦笑。
>>21様
カリスマをクラッシュさせているのは、私だけじゃないやい(いい訳にもなりません。
以上