Coolier - 新生・東方創想話

いつだって最強

2008/10/30 02:15:30
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「負けちゃった」
楽しそうに、嬉しそうに、歌うように、微笑みをたたえて八雲紫は言った。
散歩から帰ってきたばかりの主の言葉に、お茶と菓子を持ってきた藍はポカンと口を開ける。
「は……?」
幻想郷で八雲紫に勝てる者などいるのかどうか分からないし、いたとしても極一部だろう。
スペルカードルールでの戦いなら話は別だが、それでも紫が最強クラスである事は確実。
以前八雲紫を下した博麗霊夢は人間ながら、流石はスペルカードルールの創始者、
弾幕勝負で八雲紫のみならず数々の強敵に勝利し異変を解決している。
「また博麗の巫女と弾幕勝負でもしたんですか?」
ちゃぶ台の上に湯飲みと茶菓子を置くと、紫が座るよううながしてきた。
お盆を置いて座布団の上に背筋を伸ばして正座する藍。
一方紫はだらしなく足を崩し、頬杖をついて湯飲みに手を伸ばす。

「いいえ、相手は霊夢じゃないわ」
「では幽々子様ですか?」
「幽々子と弾幕勝負をする理由なんてないじゃない」
「それもそうですね。では誰に負けたのですか?」
「さあ……何て名前だったかしら」
「妖怪? それとも神の類いですか?」
「最強の妖精よ」
言われて、藍は首を傾げた。
幻想郷に、そんなに強い妖精がいただろうか?
しかも最強と称されるほどの妖精なら、それなりに名前も有名だろうに。
自称最強の風見幽香だって、他者から最強と認められるほどに強く、名も知られている。
いや、スペルカードルールでの戦いなら、素の実力はあまり気にしない方がいいのか。
スペルカードルールでは凄まじい強さを誇る博麗霊夢だって、
紫がその気になれば指先ひとつ動かすだけで絶命する脆弱な生命だ。

となれば『最強の妖精』とやらは博麗霊夢のように、
弾幕勝負において高い技量を持つ者とも考えられる。
スペルカードルールでの戦いはまだ歴史が浅いため、
弾幕勝負での実力があってもまだ広く認知されていないという事もあるかもしれない。
「紫様に勝つだなんて、すごい妖精がいたものですね」
「ええ。本当にビックリしちゃった」
「いったい何の妖精なんですか?」
「氷だか湖だかの妖精よ」
「へぇ。そういえば橙の友達に、そんな妖精がいましたね。
 もっとも『最強の妖精』と違い、たいして強くはないようですが」
「そうなの、橙の友達にねぇ……案外その子だったりして」
「ははは、まさか」
「うふふ、まさかねぇ」
2人して笑っていると、遊びに出かけていた橙が部屋に転がり込んできた。
「橙、おかえり……って、そんなに慌ててどうしたの?」
息も絶え絶えの橙は、声をかけられた藍にではなく、お茶を飲んでいる紫へと顔を向けて、問うた。

「紫様! チルノちゃんに負けたって、本当ですか!?」

丁度噂をしていた氷の妖精の名前を出され、藍は目を丸くした。
しかしチルノは『橙の友達の妖精』であって『最強の妖精』の方ではない。
素の実力はもちろん、弾幕だってたいした事はないはずだ。
だが。

「ああ……思い出したわ、あの子、チルノとかいったっけ。
 負けたのは本当よ。でもまさか橙の友達だったなんて、世間は狭いわね」

驚きのあまり言葉が出ない藍と橙。
いくらスペルカードルールが妖怪と人間が対等に戦えるためのものだとしても、
スペルカードではなくただの弾で落ちる事もあるような勝負だとしても、
八雲紫があのチルノに負けるだなんて……ありえるのか?
1億回も勝負すれば1度くらいは負けるかもしれないけれど、
その1度が初っ端に来たとでもいうのだろうか?
「で、ですが紫様、その、どうして……そんなに楽しそうにお話になるのですか?
 博麗霊夢や八意永琳のような者に負けたのならともかく、相手はチルノですよ?」
「あら。最強の妖精さんを侮辱するというのは、それに負けた私をも侮辱する行為よ?」
「……すみませんでした」
チルノの実力なら橙から聞いている藍は、これが何がしかのおふざけだと判断した。
自分の実力を正しく認識せず「あたいがさいきょーよ!」とか言ってるチルノをからかうため、
幻想郷最強の一角がわざと負けてみせる。
藍は溜め息をついてから苦笑を漏らす。
(でも、大騒ぎする程の事でもない……か)

     ◆

翌日。
『文々。新聞』にて『八雲紫、氷の妖精チルノに敗れる!』という記事がでかでかと載った。
大騒ぎになった。

「そんなに大騒ぎする事じゃないのに」
と紫は笑顔を崩さない。
笑顔の裏で怒りを燃やしている、という風でもない。
紫の式にすら勝てずにいる妖怪達が、紫を嘲笑していると報告してもどこ吹く風だ。
「だって、霊夢もチルノに負けた事があるのよ?」
「そりゃ、霊夢は弾幕勝負する機会が多いですから、常勝無敗とはいかないでしょう」
「私も常勝無敗とはいかないわよ?」
「まあそうですけど……」
「そもそも人妖を問わず、幻想郷に住まう者が等しく戦えるためのスペルカードルール。
 藍や橙が私に勝つのも『あって当然』な出来事なのだからもっとそういう認識を……。
 そうだわ、藍、私と弾幕勝負しましょう。式が主の全力に勝利したら格好いいわよ?」
断れば矛先が橙に行くだろうと思い、藍は渋々弾幕勝負を受けた。
もちろんというか、コテンパンにのされてしまった。

     ◆

成した偉業に対し宴会がささやかなのは、集まった人数と質の問題か。
それでも夕陽で赤く染まった湖に集まってくれたみんなは、いっぱいいっぱい喜んでくれた。
ミスティアはわざわざ湖の岸まで屋台を持ってきてくれたし、ルーミアも謎のお肉を持ってきて、
大妖精は湖の魚を捕まえて、レティは近辺の森から果物や山菜を取ってきた。
橙は家から色々なジュースやお酒と、大きなケーキを持ってきてくれた。
主の主の敗北あってこその宴であるにも関わらず、橙は心から祝ってくれる。
というか負けた当人、八雲紫がわざわざケーキを用意してくれたのだから、
式の式としては精いっぱい宴会を盛り上げてやらなくちゃいけないと張り切っている。
ちなみに紫のケーキは(紫が作ったのかどこかで注文したのかは謎だが)たいそう立派な物で、
とろけるような生クリームの上に瑞々しい苺が乗り、優美なデコレーションがほどこされている。
「紫もなかなか気が利くじゃない!」
と大喜びのチルノは、なぜかケーキにロウソクを刺そうとして周りから止められた。
誕生日じゃないんだからと大妖精は笑ったが、チルノがどうしても火を吹き消したいというので、
仕方なくケーキの脇にロウソクを数本立てた。
さすがにケーキに刺すための細いロウソクじゃなく、
暗闇を照らすための普通のロウソクなんて刺したらケーキが崩れるし味も悪くなりそうだ。
そんな訳でケーキの隣のロウソクを吹き消すという珍妙な行為から宴会は始まった。

「八目鰻が焼けたよー、ジャンジャン食べちゃってー」
大人気のケーキは真っ先にみんなで食べてしまい、あとは肉と魚と山菜のバーベキューになる。
ミスティアご自慢の八目鰻も大好評。
右手に肉、左手に魚、口の中には肉と魚、ルーミアはそんな食べ方をしていた。
山菜を食べるよい子は大妖精と橙とレティ、食べない悪い子はチルノとルーミア。
「最強なら山菜くらいペロリと食べれるよねー」とミスティアが茶化すと、
その気になったチルノが涙目になりながら山菜をお皿いっぱい食べ、Vサインを作る。
みんなで「ヒャッホォーウッ! チルノさいきょー!」とコールをすると、
チルノはえっへんと胸を張って、山菜のおかわりを笑顔でやってのけた。
「あたいったらさいきょーね!」
「さいきょーなのかー」
「ルーミアもさいきょーに近づくため山菜を食べようよ!」
「これは食べてもいい植物?」
「食べてもいいからお皿に乗ってるんじゃない!」
「そーなのかー」
そんな調子で今度はルーミアが山菜料理に挑戦し、一口、笑顔がパーフェクトフリーズ。
仕方なく八目鰻のタレにどっぷりつけて、タレの味しかしないようにしてやると、
何とか食べられるようになった。これでルーミアも最強なのか?
「タレなしで完食したあたいがさいきょーよ!」
タレなしで普通に食べてる大妖精、橙、レティは、あえて笑顔でスルーした。
ここで茶々を入れるほど野暮じゃないのだ。

あらかたの料理をお腹におさめると、ミスティアが歌い出して、
チルノも「あたいの歌を聴けー!」と参戦し、最後にはみんなで大合唱。
紅魔館から門番が「ちょっと騒がしいですよ」と苦情を言いに来たが、
調子に乗ったチルノが門番に弾幕勝負を申し込んだ。
そこでようやく門番は例の新聞記事を思い出し、どうやら本当だったらしいなと納得すると、
すっかり日が暮れた夜空でチルノと弾幕勝負を繰り広げてくれた。
(この宴の主役はチルノちゃんだし)
と、門番はあえて攻撃せずチルノのスペルカードを全部回避する形で辛勝に見せようとする。
が、凍るような殺気に一瞬身をすくませ撃墜されてしまう。
「門番に勝ったー!」
「チルノちゃんすごーい!」
宴はますますヒートアップ。
どんちゃん騒ぎは朝まで続いたとさ。

一方門番は苦笑いを浮かべながら紅魔館に戻り、
一部始終を見ていて無言の殺気を放ち敗因を作ったメイド長に説教を食らってしまった。
だがチルノ達が騒いでいる理由を話すと、メイド長は溜め息をついて説教終了。
「今晩は大目に見て上げるわ」と紅魔館の中に戻っていった。
その報告は門番に「あのうるさいのを止めてきなさい」と命じられた主にも届いたが、
何ら罰を受ける事無く不問となった。まさにカリスマ。
「気を遣う程度の能力なだけはあるわね」
「気を遣うんじゃなく、気を使うんですけどね……」
漢字の違いによる微妙な意味の違いにツッコミを入れる門番さんだったとさ。

     ◆

翌朝。
『文々。新聞』にて『妖精チルノ快進撃! 紅魔館の門番に大勝利!』という記事が。
門番は呼び出しを受けた。

「美鈴。なぜ呼ばれたのか分かってる?」
微笑を絶やさず、しかし双眸は冷たい紅に輝き、威圧感のある声色のレミリア。
彼女の座るテーブルには咲夜が用意した紅茶とケーキ、そして『文々。新聞』
「近所のよしみで妖精にサービスしてやるのはいいわ。
 でもね、こんな記事を書かれたら紅魔館の面目が潰れてしまうの」
「はい……すみませんでした」
「気を使えるなら、ぶんぶん天狗の気配くらい察しなさい」
「ごめんなさい……」
「門番の役目を全然果たせてない門番が負けたくらいで、記事しにしなくてもいいのに」
「まったくもってその通りです……」
謝りながら、美鈴はレミリアが本気で怒っていないと感じていた。
怒りよりも呆れが先に立っているような気がする。
それにチルノに負けた事は責めてこない。
「妖精如き一捻りにすればよかったのに」
と思ったら責めてきた。
「で、ですが昨晩は許してくれたじゃありませんか。
 せっかく八雲紫に弾幕勝負で勝って宴会しているところに水を差すのは……」
「新聞にされるくらいなら、気を遣わずに妖精なんてぶちのめしちゃえばよかったのよ」
「申し訳ありませんでした……」
色々と意見はあるものの、主であるレミリアが黒と言えば黒、
美鈴が責められる以上、悪いのは美鈴だけなのだ。
「咲夜も、美鈴を呼び戻しに行った時、ぶんぶん天狗に気づかなかったの?」
と思ったら矛先が咲夜にも向いた。
「美鈴が楽しそうに遊んでるところを見たら呆れ果ててしまって」
「そう。まったく、頼りにならないしもべばかりねぇ」
「すみませんでした」
「咲夜、美鈴、仕事に戻っていいわ」
溜め息をついてレミリアは2人を退室させると、椅子の背もたれに体重を預け天井を仰いだ。
今回の出来事を怒ってはいる、でも本気ではない。
幻想郷でも古参であり最速を誇る射命丸文が相手では仕方がないという気持ちがあったし、
これも八雲紫の手のひらかと思うと手を出すのが億劫に思えてきた。
新聞が気に入らないなら、ちょっと山まで行って天狗の鼻をへし折ってやればいいのだ。
――もちろん弾幕勝負で負かして、という意味だが。
だがそもそもの諸悪は紫である。
チルノ如きに負けて、今頃きっとおおはしゃぎだろう。
紫を倒した妖精としての話題性がなければ、美鈴が負けた程度で記事にはされなかったろう。
何せ週に一度、多くて四度は霧雨魔理沙に門を破られ図書館の本を借りていかれるのである。
「八雲紫……」
いっそ茶番をやめさせろとマヨヒガに怒鳴り込んでやろうか?
けれど。
紫の思惑に察しがついているレミリアとしては、邪魔をする気にはなれなかった。
「まぁ……何かあったらあのスキマが勝手に動くでしょ」

     ◆

「何やってんのよスキマババァ」
「藍の無言の視線がチクチクするから、来ちゃった」
と言いながら縁側でお煎餅を食べている八雲紫。
とてもとても平和で平凡で平穏な光景だ。
ただしここは博麗神社で、お煎餅が霊夢の物というのが問題だ。
客として来れば普通にお茶くらい出してやるのに、
勝手にお茶を入れて縁側で飲んでいるとは神経の図太いスキマである。
「だったら白玉楼(しらたまろう)にでも行って白玉でも食べてなさいよ」
「白玉(しらたま)じゃなくて白玉楼(はくぎょくろう)でしょう」
「あら、大食い亡霊がいるから白玉(しらたま)だと思ってたわ」
「一日で白玉がなくなっちゃいそうね。ああ、次は熱いお茶が怖い」
「人の煎餅を食べておいて……」
「湿気ってたわよ? それはそれでおいしいけれど」
「それはそれでおいしいから、捨てずに食べようと残しておいたんじゃない」
「じゃあ今度湿気た煎餅をお土産に持ってくるわ」
「湿気てないお煎餅の方が怖い」
恨みがましい視線を送りながら、霊夢は紫の隣に座った。
陽射しが暖かく、心地いい。深呼吸をすると身体が軽くなったような錯覚さえ覚える。
「……ほどほどにしときなさいよ」
青空を流れる雲へ視線を向けたまま霊夢は言い、紫も空から視線をそらさず答える。
「あら、何を?」
「やりすぎると、異変になるかも」
「いつもの直感?」
唇でだけ笑い、紫は言葉を続ける。
「異変が解決されるたび少しずつ、幻想郷は変わっていってるわ」
「だから異変を起こす? 解決するのは巫女任せ」
「それが幻想郷の役割分担」
「今回異変を起こすとしたら、それはスペルカードルールへの理解が浅い連中よ」
「それだと人間の巫女には荷が重いかしら。手助けくらいはして上げる」
「必要ないわ。でも異変が起きてからじゃ手遅れになるかもね」
「それも直感?」
「直感」
「困ったわ」
テンポよく続いていた言葉のキャッチボールが途絶えた。
視線だけ向けると、霊夢は空ではなく地面を見つめていた。
紫はスキマを開いて取り出した袋を開け、皿の上を湿気てないお煎餅で満たしてやる。
すると霊夢は首ごとお煎餅へと向き直る。いい反応だ。
「もうちょっと楽しみたかったけれど、もうそろそろ引き際なのね」
「ねえ紫」
煎餅を手に取った霊夢は、顔を前に向け直すと、紫のように視線だけを隣に向ける。
2人の視線が交差し、しばし静寂が場を満たした。
冷たくはないが、あたたかくもない眼差しは、紫の心の深淵を覗こうとする。
「チルノとの弾幕ごっこ、本気でやった?」
「こちらから手は出さなかったけれど、ええ、本気で全弾回避しようと思ったわ。
 霊夢もたまにやるでしょ? こっちからは弾幕を撃たず、相手の弾幕を堪能する」
「やらないわよ。弾幕を当てられないよう隠れられたりした時に、
 仕方なくスペルカードが終わるまで避けてるだけ。
 あんたみたいに面倒くさいのは嫌いだから」
冷たくはないが、あたたかくもない口調は、しかしわずかに弾んでいた。
だから紫も笑顔をこぼす。
「あなたももっと楽しみなさいな、創始者なんだから」
「本職は異変解決だか――」
言葉を止め、天を見上げる霊夢。
同時にそれに気づいていた紫も同じ方向へ顔を向けた。
すでに、そこにいただろう存在ははるか彼方まで飛んで行ってしまった。
だがそれが残していったものは、ひらひらと2人の前に落ちてくる。
吸い込まれるかのように、それは霊夢の手に舞い降りた。
「……あんたのやりたい事は分かるけど、やるなら舵くらいは握りなさい」

『最強妖精チルノ、今度は幻想郷最強風見幽香に大勝利!』

という見出して書かれているのは毎度お馴染み『文々。新聞』
「最初はあんたと同じ気持ちで記事を書いてたんだろうけれど、
 反響がいいから調子に乗ってるみたいね」
あのドSが便乗した目的が、紫と同じだとは思えない。
本当に面白半分でやった事だろうと霊夢は思う。
あるいは不相応な実力で最強を名乗るチルノへの意地悪のつもりか。
霊夢が新聞から視線を戻した時、すでに八雲紫はスキマの向こうへ消えていた。
今はまだ異変というほどの事ではないし、異変まで発展はしないだろう。
直感に頼る間でもない。八雲紫が動いたのだから案ずる必要などないのだ。
霊夢は、湿気てない煎餅をかじり、硬い歯応えに笑みを漏らした。
噛み砕く音も心地よい。
けれど、一人で食べるにはちょっとだけおいしすぎる。
「いいタイミングじゃない」
青空の中を飛ぶ白黒の人影を見つけて、霊夢はお茶を淹れに台所へ向かった。

     ◆

幻想郷最速の名は伊達じゃない。
記事になりそうな事件があれば、大空翔ける射命丸文。
最近人気が下降気味の『文々。新聞』を挽回すべく東へ西へ。
けれど最近は絶好の取材対象の周辺をうろちょろしてればおのずと記事は飛び込んでくる。
まさかまさか、八雲紫のみならず風見幽香にまで勝利するとは氷の妖精万々歳。
おかげで『文々。新聞』の反響は主に妖怪の間で大爆発。
この調子でチルノがまた誰か強い妖怪に勝ったりしないかなと期待に胸ふくらます文。
風見幽香に大勝利の新聞をばらまいて、さっそくチルノのいる湖へひとっ飛び。
「最強妖怪を2人もやっつけたんですから、今度は神が相手だと面白そうですねぇ」
なんてのん気に呟いていると、もう湖が見えてきた。
「お、あれに見えるは……」
大妖精。
が、湖の側で倒れていた。
「あやややや!?」
何事かと慌てて地上に降りると、大妖精がかなり酷い怪我をしているのがよく分かった。
「だ、大丈夫ですか!?」
「うっ……」
意識はある。さあ、どうすべきか。幻想郷最速を活かして、今すぐ永遠亭に担ぎ込む?
いやいや先に事情を聞くべきか。この負傷はまるで弾幕勝負に敗れたあとのように見える。
だがそれにしては妙だ。
100%安全とは言わないが、スペルカードルールの戦いでこんなに負傷するものなのか?
よっぽど強力な妖怪の、よっぽど強力な弾幕を食らえば、あるいはこうなるかもしれない。
とすれば大妖精をこんな目に遭わせた相手はよっぽど強い妖怪?
風見幽香が負けた腹いせに来て先に大妖精を見つけ手をかけたのか?
いや彼女はわざとチルノに負けていた。その真意は八雲紫と違い不明。
だがわざわざリベンジに来るくらいなら最初から負けはしない。
紅魔館の仕業か? いや、レミリアならこんな仕返しはさせないだろう。
ああ見えて物事の理解は深い方、文や紫の目論見を看破し、余計な手出しはしないはず。
じゃあ、誰が?
「誰にやられたんですか?」
「分からない……見かけない顔の妖怪だった。
 いきなり、大勢で……スペルカードルールなんてお構いなしに……」
「スペルカードルールを無視? まさか、ありえませんよ」
「あいつ等、チルノちゃんを……捜して……」
「や、それってヤバくないですか? チルノさんは今どこに」
「湖の真ん中あたりで遊んでるはず……」
「分かりました。不肖ながらこの射命丸、助太刀させていただきます」
文は今までチルノを取材対象として見ていた。
だから余計な介入はしない。しない……が……。
(もしかしたら、私のせい……?)
疑念を抱えたまま、文は風よりも疾く湖上を翔けた。

10匹ほどの妖怪の歓声が聞こえ、無数の弾幕が見え、逃げ惑うチルノが見えた。
「ほらほら、ちょっとは反撃してこいよ!」
「こんなのがあの風見幽香まで倒したって?」
「どっちにしろこいつが最強の妖精なんだろ、こいつに勝てば俺達が最強の妖怪だ!」
下卑た声が、文の速度を加速させた。
怒りを込めた飛び蹴りを妖怪の1匹の後頭部にぶち込み、湖に叩き落した。
そして、その妖怪の先で――チルノがついに攻撃を避け切れなくなり、
前後左右上下から、美しさのカケラもない数にものを言わせためちゃくちゃな弾幕が迫り、
妖気や炎の弾がもう命中するという寸前だった。
射命丸文の最速をもってしても助けられないほどに。
「チ――」
叫んで、手を伸ばそうとして、チルノの姿が弾幕の影に隠れ、爆発が起きた。
そして、勝利を確信した妖怪達は、新たな闖入者へと視線を向ける。
「何だ、お前は?」
「お前もこの妖精を倒しにきたのか?」
「残念だったな、妖精は俺達が倒した。俺達が最強だ!」
そういう、事かと、文は唇を噛む。

幻想郷での戦いはスペルカードルールでと決められて、
実際にスペルカードルールでの戦いで巫女が異変を解決するようになった。
けれど。
まだ日が浅いから、スペルカードルールで戦った事がない妖怪も多く、
まだ日が浅いから、スペルカードルールを正しく理解していない馬鹿もいる。

最強のスキマ妖怪八雲紫を倒したと、文は書いた。
紅魔館の門番、紅美鈴を倒したと、文は書いた。
幻想郷最強風見幽香を倒したと、文は書いた。
そんな『文々。新聞』を、馬鹿達が読んだ。

"あの妖精を倒したら、自分達が幻想郷最強の称号を得られる"

そんな、そんな下らない考えで、大勢で袋叩きにするなんて。
「あなた達は、天地がひっくり返っても最強にはなれません……」
文の周囲を舞う風が熱を帯びる。
血潮が燃えて、闘志の炎が湖上で渦巻く。
「なぜならば!」
スペルカードを取り出し、掲げる文。

「なぜならば」
そして、妖怪達を挟んだ文の反対側から酷く冷たく落ち着いた声。
文や妖怪達が視線を向ければ、そこにはスキマ妖怪八雲紫が浮いていた。
いつも持っている日傘の代わりに、今、彼女の右手にはスペルカードが握られて、
彼女の左腕にはチルノが抱えられていた。
「私達がいるからよ」
「あやや、いらしてたんですか」
チルノの無事を確認して、文は安堵の微笑を作った。
それに紫はウインクで返し、チルノを放す。
「チルノ、大丈夫?」
「お、おー……あたいは平気……」
「そう、なら、スペルカードを出しなさい。
 最強の妖怪9人を相手に、最強の妖精と最速の天狗とスキマ妖怪の3人だけじゃ役不足でしょうけれど……」
「紫さん、役不足は誤用……じゃ、ありませんねこの場合」
文の笑みがさらに深くなる。
これから起こる出来事を、自分達が何をやるのかを想像して。
「チルノちゃん。とっとと最強妖怪さん達を返り討ちにして、大妖精ちゃんを迎えに行きましょう」
「そうね、グズグズしていられないわ! 紫、やっちゃうわよ!」

文によって湖に蹴落とされた妖怪は幸運だっただろう。
最強の3重弾幕を受けずにすんだのだから。

「紫奥義『弾幕結界』!」
「塞符『天上天下の照國』!!」
「氷符『アイシクルフォール―EASY―』!!!」

     ◆

永遠亭にて治療を受け、今はベッドで休んでいる大妖精かたわらで、
看病の手伝いをしていたチルノが疲れ果てて眠っていた。
それを笑顔で確認した紫はスキマを潜り、一瞬にして永遠亭の屋根の上に移動する。
そこでは月を見上げる文の姿があった。彼女はすぐ紫が現れた事に気づく。
「チルノさんは?」
「ぐっすり眠ってるわ」
「そうですか……今回は申し訳ありませんでした」
「いいのよ、今回は私にも責任があるし」
文の隣に腰を下ろし、紫も月を見上げる。うん、いい満月。
「お団子が欲しいわね」
と言って紫は両手を差し出し、その上にスキマを作る。
当然のようにお皿に乗ったお団子が落ちてきた。
「はい、どうぞ」
「いただきます……って、これ永遠亭のお団子じゃないですか?」
「ああ、おいしい。神社の安物とは大違いね」
抗議の目線を無視して団子を頬張る紫。
どこまでマイペースな人なんだろうと呆れながら文も団子を手に取る。
「赤貧神社からまで盗むなんて、魔理沙さんよりタチが悪いですね」
「あら、ちゃんとお返しをして上げてるからいいのよ。湿気てないお煎餅とか」
「そうですか、新聞を配りの小休止の時に買ったお煎餅が袋ごと消えたのはあなたの仕業ですか」
「食べたのは私じゃなくて霊夢よ」
「確認したいんですけど」
「湿気た煎餅も食べるそうだから、まだ残ってるかもしれないわ」
「いえ、煎餅の話じゃなくて、新聞の」
紫は笑顔を崩さなかったが、ほんの少しだけ瞳が陰った。
夜風が吹いて竹林がざわめき、その間、2人は唇を閉じたままだった。
ざわめきがやんで、それからさらに数秒経ってから文は問う。
「あなたがチルノさんに負けた理由は、私の書いた記事と同じ目的ですか?」
「違うわ」
ピシャリと言い切られ、文は戸惑った。
「じゃあ幽香さんの目的は分かりますか?」
「ただの愉快犯。最強と宣伝されたチルノがどんな目に遭うか試そうとしたんでしょう」
「それは未然に防げた訳ですよね? かなりギリギリでしたが」
「そうなるわね」
「で、紫さんが負けた理由……本当に私が記事を書いた理由と違うんですか?」
「負けた理由は違うけど、その話が広まるのを止めなかった理由はあなたと同じよ」

スペルカードルールは幻想郷に住まう人妖が等しく戦うためのもの。
しかしそれでも力の差は確固として存在する。
八雲紫も射命丸文も強者に属し、チルノは弱者に属するだろう。
「それでも、強者が弱者に屈する可能性がある。それがスペルカードルール」
知って欲しかった。
絶対に勝てないなんて思わずに、逃げたりしないで、戦ってきて欲しい。
弾幕を潜り抜けた先にある勝利を掴む権利は平等にあるのだと体験して欲しかった。

博麗霊夢はまさに弱者が強者を屈する様を体現していった。
だがスペルカードルールにおいて彼女は決して弱者ではない。

だから、失礼を承知で言わなければならないが、
チルノという弱者が八雲紫という強者に勝利したと宣伝すれば、
スペルカードルールの素晴らしさが幻想郷に広く知れ渡るだろうと文は思った。
そして紫は文に見られている事に気づいていたから、わざと負けたのだと思っていた。
同じ目的、弱者と強者が対等に戦えるスペルカードルールの宣伝のために。

「だったら、負けた理由って何だったんですか?」
「彼女が最強だったからよ」
「え、どこが?」
「表情が」

紫は思い出す。
弾幕勝負を挑んできたのはチルノだった。
散歩の最中、偶然チルノの湖の上を通ったために起きた出来事。
チルノ如きに弾幕を放つのは大人気ないかなと、紫は弾幕をすべて回避する事にした。
真正面に安全地帯のある弾幕を出された時はどうしたものかと思ったが、
そこに逃げ込んでは情けないし、そもそもたいした弾幕じゃないから避けるのは簡単。
軽々と弾幕を避けながら、ふとチルノに視線をやると、輝いていた。
「目が眩んだわ。全然弾が当たらなくてちょっと焦れた表情をしていたけれど、
 それ以上に何よりも、それはもう心底楽しそうに、とてもとても輝いていた」
楽しんでいるのだ。
遊んでいるのだ。
スペルカードルールという弾幕ごっこを。
「みんなみんな楽しんでいるんだと思う。霊夢も魔理沙も私達も。
 けれど、霊夢は異変解決のため渋々だったり、
 私達も何らかの目的……例えば異変を成就させるためだったり……何か理由があった。
 チルノにも縄張りに入ってきた者を追い払うという理由があったでしょうね。
 でもそれ以上に、純粋に弾幕ごっこを楽しんでいたわ。
 何度も何度も負けているのにお構いなし。
 誰よりも弾幕ごっこを楽しめるあの子は、いつだって最強よ」
ふむふむとうなずきながら、文はメモ用紙に筆を走らせていた。
『衝撃! 八雲紫を落としたのは小さな妖精の素敵な笑顔!』
そんな題名が書かれている。
紫はパチンと指を鳴らした。
紙と文字の境界をいじり、書いたばかりの記事が消え去ってしまう。
「ああ、酷い!」
「そんな記事をチルノが読んだらどうなると思ってるの」
「そりゃ、紫さんが恥ずかしい思いをするんでしょう?」
「あの子は正真正銘実力で私に勝った。あの笑顔も弾幕勝負の実力のうちよ。
 でも、あの子なら『からかわれた』と思ってしまうかもしれない」
「でも、笑顔ひとつで勝利するなんてあたいったらさいきょーね! とか言いそうですし」
「言わなかった時はあなたが責任を取ってくれるのね?」
「うーん……」
文は瞼を閉じて、しばし脳内シミュレートをしてみる。
記事にすればいい結果になるかもしれないし、悪い結果になるかもしれない。
でも記事にしなければいい結果しか出ない。
「ま、しょうがないですね。3回連続でチルノさんをネタにして迷惑かけちゃってますし、
 清く正しい射命丸はここらでちょいと自重しますよ」
そう言って、文は翼を羽ばたかせた。
「では今日のところはこれにて! 今後も『文々。新聞』をご贔屓に!」
宵闇に消える鴉天狗を見送ると、紫はのんびりと団子をたいらげる。
最後の一個を食べている時に「あっ、お団子がない! またてゐの仕業ね!」と怒声がしたので、
お皿を屋根に残したまま紫はスキマの向こうへと姿を消した。
また明日、大妖精のお見舞いついでにお詫びの団子でも持ってこようかな、なんて考えながら。
もちろんその分の団子は己の式に作らせる予定である。

     ◆

どうやら紅魔館で異変が発生したようだ。
レミリアがまた懲りずに何かやらかしたのか、あるいはパチュリーが妙な魔法の実験でもしているのか、
いやいやフランドールが外に出て大暴れしているのかもしれない。
何にしろ、異変解決は巫女の仕事だ。霊夢はいつぞやの異変の時に通った道を飛んで行く。
道中、いつぞやのようにルーミアと出会った。
「あなたは山菜を食べられる人類?」
「は?」
山菜ならいつも食べている。何せ山や森に入ればタダで手に入るからだ。
「山菜を食べられるからさいきょーなのかー」
弾幕勝負に負けたルーミアの意味不明な負け台詞に呆れつつ、霊夢は紅魔館目指して飛ぶ。
そして湖に差し掛かり、現れた大妖精を一蹴し先へ進む。
「普段からちゃんと山菜も食べてるけど最強には程遠い」
という大妖精の意味不明な負け台詞、この辺りでは山菜ブームでも到来しているのだろうか。
(この調子じゃ"あいつ"も山菜がどーのとか言いそうね)
予想通り、現れた氷の妖精は自信満々に胸を張ってこう言った。
「山菜を食べられるようになったあたいは、今までよりもっとさいきょーなんだから!」
「山菜くらい私も食べるわよ」
「最近のあたいは絶好調よ、白星いっぱいなんだから」
「黒星おひとついかが?」
「欲しい!」
「じゃあ受け取りなさい」
意味を正しく理解していないらしい妖精目がけて、霊夢は当てるつもりのないけん制の弾を放つ。
避けなくても当たらない弾を慌てて避けたチルノは、ぷうっと頬をふくらませた。
「黒星をくれるんじゃないの?」
「だから上げようとしてるじゃない」
「むむむ……あたいが勝ったら黒星を渡してもらうわよ!」
「どうぞどうぞ」
「さいきょー弾幕! 氷符『アイシクルフォール―EASY―』!!」

湖上を彩る弾幕と、少女を彩る笑顔。
これがある限り例え勝負に負けたって全力で弾幕ごっこを楽しんでいるのだから、彼女はいつだって最強だ。


   Fin
初投降です。
東方SSは初めてなので書き上がるのに思ったより時間がかかってしまった。

このSSの霊夢はきっと紅魔館の異変を解決できませんね、難易度EASYですから。
果たして紅魔館で起きた異変とは!? 多分紅魔館でも山菜フィーバーでも起きてるんでしょーね。
山菜を食べてさいきょーになったフランドールが大暴れとか。

山菜を食べる事のできる人間を尊敬する……。
お浸しにして食べた事あるけど、あまりの不味さに絶望したよ。
味覚が変わった今食べればイケるかもしれないけど……。

名もなき雑魚妖怪がその後どうなったかは不明。
名前だけの登場のドS妖怪の今後の動向も不明。
湿気たお煎餅が本当においしいかどうかは不明ではなく"おいしい"と断定できる決定事項。
イムス
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コメント



0.5690簡易評価
9.無評価名前が無い程度の能力削除
退屈な作品ですね。
12.80名前が無い程度の能力削除
山菜はてんぷらにするとおいしいよ!
13.100名前が無い程度の能力削除
なかなか楽しめましたよ ?が好きになれる作品でした
14.70名前が無い程度の能力削除
ありっちゃあり。
解釈の仕方としては面白かった。
チルノが追っかけ回されてる辺りがちょいと淡白だったように感じたけど、皆が皆、思惑を持ってて楽しかった。

敢えて苦言を呈すなら、前半は主観になってるキャラがいなかったので少し視点がせわしなかったことかな。主観がないにしては、宴会騒ぎの描写がちょっと寂しく感じましたし。すらすら読めたので、そこまで問題って訳でもないですけどね。
15.90名前が無い程度の能力削除
最強の3重弾幕のところで、映画版DBZのバイオブロリー相手にトランクスと悟天とクリリンが
同時にかめはめはを打つシーンを思い出してしまった。

そうですね、前半はわかりにくくて微妙でしたけど、後半は緊張感もあり結構楽しめました。
文チルいいよいいよ
30.100名前が無い程度の能力削除
いいわー、チルノへの温かい視点が好きです。
33.90名前が無い程度の能力削除
こういうの、嫌いじゃないなぁw
35.90名前が無い程度の能力削除
うん 面白い
38.90名前が無い程度の能力削除
二次創作のテンプレを組み合わせたような印象を受けますが、
キャラへの愛が感じられ、話が丁寧に作られていて面白かったです
71.100名前が無い程度の能力削除
うん、よかった
ていうかゆうかりんドSすぎww
79.100名前が無い程度の能力削除
チルノが最強の理由を見たらへんで涙が出た。
意味わからん
80.100名前が無い程度の能力削除
なるへそ!
こういうのもあるのか!
103.80名前が無い程度の能力削除
チルノかわいい。
133.80名前が無い程度の能力削除
ゆかりんとチルノ可愛い