どうしたものか、と日々頭を悩ませることは多々あれども。どれも面倒くさくなってしまったら、直ぐに思考を停めてしまう。
人間でありながら、魔法の領域に片足どころか半身を突っ込んでいる黒白包みは、その実よく思考する性格であると思う。
己を棚に上げるとはよく言ったものの、行動自体は少々突飛で短慮なところも。多々、か、ある。だが彼女は、私のように思考を停止しない。それ故在り得る、今の姿。
にゃーん。
冬、か。次の春に至るまで、妙な異変が起きなければ良いと思う。冬が間延びするのは大変にいただけない、私の身体は直ぐに冷えるから。それでいて、なかなか温まらない。冬服を着ていても所詮は気休めだし、寒い所で元気にはしゃぎ回るほど、子供のような元気は持ち合わせていない。
そもそも子供時代、雪を喜んで外へ飛び出したことが、あったかしら?
考えてみるものの、凡そ記憶の網に引っかかることは特にない。
どちらかと不精不精に、外へ出ざるを得なかったのではないか。
どっちにしろ、大したことでもないのだろう。
こういう考えを以てまた、あるひとつの事柄についての思考は停まる。
あとはどうにでもなるし。世は押しなべて、ことなかれ。
ああ、そうだった。雪が降っている訳ではないけど、詰まるところこの場所は、屋内よりは寒い。曇ってはいなくて、陽が丁度良い高さを見せている点だけは、ちょっと僥倖。
それで私は、どうしてこんな所に。
にゃーん。
そりゃあ、此処から場所を移すのが、面倒くさいからよね。
―――
「にゃーん」
そういうのは、猫の姿の時にしなさい。
「猫だよ」
はぁ、そりゃそうだけど。
猫、今は人の型をした、猫のような猫が、またふらふらとやってきた。こんな場所の何処が気に入ったかは知らないし、知ろうとも思わない。
仕事はどうしたの? やることあるでしょうに。
「今日はお休み」
今日は、という言葉に少々語弊があるのだということを突っ込むのは面倒だから、しない。
それにしても、休みもあんまり多くなると、何処かの船頭みたいな台詞に聴こえるわ。
「あいつは本当に仕事しないよ」
あら、そう。
彼岸を渡す責を担っている筈の彼女は、相当にさぼり癖があるのだろうと思う。私が言うのだから、よっぽど。
それでも彼女は何処か飄々としていて、上司にはしょっちゅう怒られつつも罷免される様子もないし。閻魔の処での人材充実の加減は知らないけれど、それなりに優秀なのかもしれない。
「だからあいつはいつもサボってるって」
はいはい。
―――
毎日毎日、陽は昇る。それはそれで、有難いことなのかもしれない。
自分の力が及ばないことは、大体にして「有難い」ような気がする。
「んー」
まあ。どっちらけて言うとすれば、寒いと感じるときにあったかいと思えるものが傍らにあるのは、大変に有難い。寒いと感じる場所に居なければならない理由もこいつだけど。
先程からぴこぴこと動いている、頭の上についている二つの耳。気になりはするものの、ちゃんと人型としての耳もある。どっちで音を聴くのだろう。
ねえ。この耳、どっちが本物?
「どっちも本物さぁ」
じゃあ、どっちも引っ張ってみようかしら。
「お姉さんは怖いことを言うね」
そっちの方が怖いじゃない、普段死体なんて運ぶでしょ?
「死体の何処が怖いのかねえ。あれはただの木偶、せわしないだけの」
そんなもの?
「そんなものだよ」
そう返して、猫のような猫は丸くなる。此処は炬燵ではないけれど、それなりに居心地はいいのかしら。
ねえ、そろそろどく気はない? 耳、引っ張ってもいい?
「……」
寝たか。本当、猫の類は気まぐれに過ぎる。ふらりとやってきては、ただ此処でうだうだやって、何時の間にか消える。飼い物として猫を選ぶ輩の気が知れない、こんなのに付き合ってたら、ただ疲れるだけ。
そう思わない? 疲れたから、お茶なんて淹れてくれないかしら。
「同意するかは置いといて。とりあえず博麗の巫女は、客人の遣い方が荒い」
勝手に他人の家に入り込む輩は、客とは言えないでしょ。
知ってるの? そういうの、泥棒猫と言う。
「私は猫じゃない、猫はお前の膝の上。あと、多分そもそもの意味が違う気がするが」
はぁ、じゃあただの泥棒ね。
「酷い言い草だ。私はこの神社から物を借りた覚えはないのだが。何時の話を言っているやら」
飽くまで借りているという認識を訂正する義理はないけど、一応言いたいことがある。聞きたい?
「いや、あまり聞きたくないな」
戸棚の菓子類、今さっき、貸した覚えは私もない。
「今度、森のきのこをお返ししよう」
ちゃんと食べられるやつならね。
―――
「そうしてると、仲良しな姉妹に見えるぜ」
姉妹って、どっちが上なのよ。
「お前」
私のが、ずっと若い。
「いや、絵的に」
はぁ、いちいち突っ込むのも面倒くさいな。
黒白包みの彼女がこの場に加わってから、特に劇的な変化が顕れた訳でもなかった。
猫のような猫は私の膝に頭を預けて寝ているし、私はこうやって座っているし、陽はそれなりに照っていて、増加要員の魔法使いは手に湯飲みを持っているだけ。
「ほら、お茶」
ありがと。
「猫には甘いのか」
湯飲みを手渡してきながら、そんなことを彼女は言う。一瞬何のことを言っているのかと思いつつ、とりもあえず行き着く思考の先はひとつしかない。
これね。別にただ面倒くさいだけ、どかすのが。あと、猫は体温が高い。
「高いといいのか?」
あったかいのは、悪くない。冷え性なの。
「そりゃあ初耳だ」
言ってないことを聞いたら、初めてになるのは当たり前でしょ。
……で、あんた起きてるわね、耳動いてるわよ。頭の上の。
「お姉さんの手は、ひんやりしてて気持ちいいねぇ」
ひんやりも過ぎるとただ痛いだけよ、わかるかしらこの気持ち。
「やっぱりお前が姉じゃないか、冷え性のお姉さんだ」
冷え性はただの特徴、姉云々とは関係ない。
「そう言えば、手が冷たい人間は心があったかいとか、偶に言われるみたいだが」
ふぅん、迷信でしょ?
「ああ、迷信だと思う」
「迷信だね、死体の心は特にあったかいもんでもないよ」
うるさいな、温泉に放り込むわよ。
「迷信、迷信か。迷いながらも信じられれば、本当のことになるんだろか。そうなると、それなりに価値があることかもしれないぜ。なあ、どう思う?」
「お姉さん達も一緒に入ろうよ」
横向きから仰向けに姿勢を変えながら、猫のような猫が言う。耳が多いくせに部分的にしか話を聞いていない。
「猫は風呂嫌いなもんだがなあ」
温泉と風呂を一括りにするのも妙な気がする。
「髪留めして身体洗って浸かるんだから一緒だろう」
そんなものかしら。
「そんなもの。ところで」
何?
「さっきからそいつの頭を撫でる手つきが止まらないな」
言われてみると確かにそうで、特に反論の余地がないものの。
猫は悪くないわ、あったかいし。あれ?
「にゃーん」
ああ、調子に乗るな。
「『にゃーん』」
あんたは猫じゃないんでしょ?
「猫だよ」
あんたはね。ああもう、ややこしいったら。
「仲良しな姉妹に見えるぜ」
はいはい。
喋りすぎたから喉が渇く。お茶に口をつけようとして思ったことといえば、少し冷える場所で飲む温かいもの、というのは、やっぱり有難いのかどうかだ。
あ、茶柱たってる。
「私が淹れたからな」
やけに自信満々な様子で魔法使いは言う。
え、これ意図的に出来るものなの?
「必要なのは主に運」
これまた得意気に。あまりに当たり前のことのようで、思わず納得しかけてしまう。
何だ、飲めばお茶に茶柱が立つなんて素敵なことじゃない、縁起のいい神社よね、けど偶に起きることだから縁起が良いと呼ばれる由縁でもあるか。しょっちゅう立つ茶柱なんて、それほど有難くないかしら?
まあ、其処はせめて魔法だって言えばいいんじゃないの。
「それとこれとは違う話なんだ」
どこがどう違うのやら。そうかあれか、この魔法使いはその実よく思考するが、直感で吐き出される物言いとの匙加減が刻一刻と変化しているのだろう。
要は、気分に因るってことか。訂正する、やっぱりあんた、猫みたいね。
「お前は実によくものを考えるな、敵う気がしない」
……そうかしら。
「お茶、お茶はあんまりすきじゃないねえ、熱いし」
「お前温泉には入れるのに、猫舌は治らないのか」
「それとこれとは違う話なの」
はぁ、あんたに飲ませるお茶は少し温めにするし、お煎餅もあげるから。
「甘いのがいい」
はいはい、じゃあ金平糖ね。
「やった」
じゃれるな。
「私のは?」
ない。
「それは酷い」
いけしゃあしゃあとまあ、あんたはもう別の菓子食べたでしょ?
「贔屓は良くないと思うぜ、大体あれだ、金平糖一人分も二人分も大して変わらないだろう、単位は粒だぞ粒。一枚二枚じゃないんだ、半分こにするのだって面倒だ」
今のは直感拠りの物言いかしら。
ところでさっき食べたのってお煎餅だったの、だったら益々あんたにあげる菓子はない。
相変わらずごろごろ喉を鳴らす猫のような猫のほっぺたは、撫でてもつついてもあったかい。そういうのは悪くない……あれ?
「お前の考えは淀みなく流動的なんだ、要は気分に因る。気まぐれな猫だ」
はぁ、じゃあ結局、此処には猫のようなのしかいないじゃないの。
面倒くさがり、気分屋で気まぐれ、温泉はそれなりにすき。
ああ、悪くないんじゃない? 温泉。
「やったね」
「自分に甘いんだから、そりゃあ猫にも甘いよな」
その優しさを半分くらい注いでくれ、という言葉は適当に聞き流す。手の冷たさとやさしさには特になんの関係もないんでしょ。
どうしたものか、と日々頭を悩ませることは多々あれども。どれも面倒くさくなってしまったら、直ぐに思考を停めてしまう。それはそれで、楽な方に流れてくれるかしら。ま、なるようになるわよね。
「はやくいこうよ」
ああもう尻尾振らないで、くすぐったいったら。
猫は炬燵がなくても元気になれることを知る。ああ、どうしようもなく今は冬だ。辺りがひんやり冷たくて、温泉はあったかくて、そうかそうなると、雪も悪くないかもしれない。どこぞの誰かが変な気を起こさなければ、春だってまたやってくる。
で、ついでに身体の中からあったまるものも、欲しいところよね。
「燗にするか? 生憎こいつは、甘味には合わなそうなもんだが。ああそういう恨めしい眼で見るな、冷やしたやつも持っていくから」
何処から取り出したかわからない一升瓶を持ちながら言う、それ魔法なの?
それにしたって、気まぐれな魔法使いの言にしては偶には偉く正論なこと。面倒くさいけど、一言返しておくことにしよう。
いいの。それとこれとは、違う話よ。
――
坦々と喋っていてもどこか、ほのぼのとした雰囲気が
出ていたように思えます。
霊夢は野良猫に懐かれ、飼い犬にはほえられるタイプ。なんとなく。