ある日のことであった。
博麗神社に、一人の魔女が降り立つ。年の頃は二十。長い髪が陽光を弾き、風に乗って揺れる。額を濡らす汗は頬を伝い、若い肌の張りを強く主張していた。
「霊夢、お邪魔するぜ」
そう言って神社の中へと入っていく魔理沙。
「……? 霊夢?」
しかし、神社の中かは何の反応もない。部屋で眠っているのかと神社の中を歩き回ってみるが、神社中歩き回っても、霊夢はどこにもいなかった。
「なんだ、出かけてるのか。ついてない」
そうして、魔理沙はしばらく博麗神社でごろごろしてから、自分の家へと戻っていった。
―――この日を境に、霊夢の消息はぱたりと途絶えてしまった。―――
明くる日も、魔理沙は博麗神社を訪ねた。朝早くから夜遅くまで居座ってみたが、結局霊夢が戻ってくることはなかった。
その明くる日も。
その明くる日も。
一日目には違和感を覚えた。二日目には不審を抱いた。三日目には異常を感じた。それだから、四日目には博麗神社に泊まった。
そして、一人の朝を迎える。
魔理沙は飛び起きると、駆け足で神社を巡る。けれど、どこにも気配はない。焦る。焦る。焦る。
泊まって気付いてしまったのだ。霊夢の机に薄く積もった埃と、干されていない布団。霊夢は、しばらくここに戻ってきていない。
「霊夢! おい、霊夢!」
いくらか他と比べれば楽観主義であった魔理沙だが、頭の中に湧き上がってくる嫌な予感に、自分でも不思議なほどジッとしていることができなくなってしまった。
霊夢が神社を離れているのに、どこにいるという噂がまるで聞こえない。今までこんなことはなかった。ただそれだけのことである。
……それなのに何故か、もう二度と会えないような、そんな、ゾッとする予感が頭を離れない。
そんなのは嫌だと、思わず体が震える。
「うぅ……寒いぜ」
強がりを口にする。だが、声にまで震えが現れていた。
失いたくない。霊夢はいつまでも、自分と一緒にいるはずの親友なんだ。
ふと浮かぶ、数々の異変の時の霊夢の表情。傍にいることが自然だった。目的は違っても、同じ方向へ飛んでいた。だから、離れるなんて考えもしなかった。
魔理沙は呼吸が苦しくなるのを感じながら、ギュッと胸を押さえる。
「どこかに、泊まりに行っているんだよな。ちょっと、帰ってこれないだけなんだよな」
自分を安心させるように、両手で肩を抱いて言い聞かせる。
「どこだよ……どっかにいるんだろ! おい、返事してくれ!」
思わず目が潤むが、それは堪える。
泣いている暇はない。どうにかしなければならない。霊夢を早く見つけなければならない。そんな思いが次々と頭の中を回る。
悪い予感ばかりが目に浮かび、思わず両目を閉じて、魔理沙は叫ぶ。それは声にはならず、喉を痛める。悪い思いを吹き飛ばし、頭を空にするための叫び。
「……よし」
頭のモヤモヤが薄れ、気が軽くなる。
「見つけてやる……いきなり消えるなよ、馬鹿……」
口の中で悪態を吐くと、魔理沙は箒に跨り、最高の速度で空を駆けた。
何も判っていない。これが事件なのか、そうでないのかさえ。けれど、今まで感じたことのない不安が、的中しないことだけを祈っていた。
こうして、魔理沙は霊夢を探し始めた。すぐにでも見つかると言い聞かせながらの行動であったが、それは魔理沙の予想通り、何の手がかりもないままただ幻想郷中を飛び回ることになった。
人里におりて慧音や阿求を訪ねても手がかりはなく、永遠亭で治療を受けているということもない。美鈴に訊ねれば見ていないと答え、妖怪の山の文も何一つ情報を持っていなかった。どこかに行く度、かならず博麗神社を覗いてみたが、帰ってきた気配はない。
とにかく、飛び回った。その飛び回る途中で八雲紫にあった。彼女ならと期待をして訊ねたが、紫は知らないと答えた。その言葉に、魔理沙は強い衝撃を覚えた。そして、知らず知らずに彼女に頼ろうとしていた自分に気付き、眩暈がした。
魔理沙がその場に座り込むと、紫はろくに言葉も掛けず、歩み去ってしまった。
手がかりになると信じていたものが、次々と失われていく。そしてその度、霊夢がここにいるという自信が消えていく。
誰も知らないのだ。霊夢が、いなくなったことさえも。
魔理沙は自宅に戻り、地図を開く。人のいる場所にいないというのなら、人のいない場所を探すしかない。それは、気の遠くなるような捜索。もしも相手が動いていたら、何度も何度も同じ所を探さなければならない。けれど、動いていない場合なんて考えたくもない。
ふと、そこで魔理沙は思う。誰も知らないと言うことが、本当にあり得るのかと。誰かは知っているのじゃないか。そして、隠しているのではないか。
心の疲労から、疑心が生まれる。魔理沙は地図をゆっくりと畳み、奥歯を噛み締めた。
「……誰だ、誰が霊夢を隠した……」
魔理沙は自分でも気付かぬ内に、最悪の想像に身を委ねつつあった。
翌日、魔理沙は神社に訪れた際、萃香と出会った。それは魔理沙にしてみれば偶然であったが、萃香は狙ってのものであった。
「魔理沙」
「萃香か」
お互いに、疲れた顔をしていた。
萃香は、魔理沙が幻想郷中を飛び回っていることを聞き、その理由を文に訊ね、初めて霊夢の行方不明を知った。
「魔理沙……」
と、萃香は突然、ぽろぽろと涙をこぼした。その突然の涙に、魔理沙は驚いてしまう。
「霊夢、いないよ……どこにもいない……全然、萃められないんだ」
「お、おい、萃香」
「霊夢がどこにもいないんだ!」
叫びながら、萃香は魔理沙に抱きついた。苦しげに泣いてる。霊夢の名を、何度も何度も繰り返しながら。
そんな鬼の姿は、まるで幼く、酷く儚いものであった。
「安心しろ、萃香。私が探し出してやる。絶対に」
魔理沙の心の中から、疑心が和らいでいった。霊夢のことを真剣に探し、見つからず泣いている誰かがいる。それが、嬉しかった。
そんな萃香をそっと抱きしめ、自分も僅かに涙を流すと、二人は別れた。お互いに、霊夢を探すことを約束し合って。
この後、魔理沙は幻想郷を改めて飛び回った。
改めて、紅魔館や永遠亭を訪れる。そこで、今度はレミリアや永琳に直接訊ねることをした。用心深く、何度も質問をして、結局は何の収穫もないままであった。
自宅に戻ると、意識を失い眠る。
霊夢が消えて、既に二週間が経とうとしていた。
そんな、魔理沙が霊夢を捜し始めて、一週間が経過した日のこと。
「どういう……ことだよ。そりゃ」
魔理沙は目を見開き、目の前に立つ紫と、その背後に申し訳なさそうに立つ早苗とを交互に見た。
「言った通りの意味よ」
思考が停止する。意味が判らなかった。
この日、魔理沙が博麗神社に来ると、そこにはこの二人が既にいた。そして、お前たちも霊夢を捜しているのかと訊ねた答えが。
「もう一度言うわね。消息不明の霊夢の代わりに、早苗を博麗の巫女に置くことにしたの。だから、その修行をここでするのよ」
全身が凍り付くのを感じた。全てがなくなるような、大切なものが偽りだったような、深い虚無感。
だが次の瞬間、魔理沙の感情は爆発した。
「巫山戯んなっ!」
涙をこぼしながら怒鳴る。その声に、早苗がびくりと震えた。
「てめぇ! 霊夢がいなくなったから、代わりを用意するって……その程度にしか霊夢のこと見てなかったのかよ!」
「博麗の巫女がいなければ、幻想郷はそのバランスを維持できないのよ」
「じゃあ霊夢を捜せよ! お前なら簡単だろうが!」
「……無理よ」
「……てめぇ……本当に!」
牙を剥いて吠える。沸き立つ怒りに、握り締めた拳で手の平が少しだけ裂ける。
そんな魔理沙に、早苗が近づきながら声を掛ける。
「やめて、魔理沙」
「お前も一緒だ早苗!」
強い拒絶。怯んで、足が止まる。
「なんでこんな奴と一緒に……」
裏切られた。そういう思いが積もって、魔理沙は寂しげな目で早苗を見る。対して、早苗は気まずそうに目を逸らすと、そのまま俯いてしまった。
早苗から一度目を逸らすと、今度はジッと自分を見据える紫を睨む。
「いなくなったらそれで終わりか! いなくなったら、もうどうでもいいのかよ!」
耐えられなかった。紫が霊夢に無関心なことでも、捜そうとしないことでもなくて、霊夢の居場所を塗り潰そうとしていることに、魔理沙はどうしても耐えられなかった。
「そうじゃないだろ。そういうんじゃない……そういうんじゃないだろっ!」
紫が忌々しげに奥歯を噛み締める。それから真顔を作ると、魔理沙を睨む。
「魔理沙。私はね、喜怒哀楽に身を委ねて幻想郷を管理しているわけじゃないの。いないのなら代わりを用意しないと、幻想郷を守れない。判りなさい」
「でも、だからって!」
なお食い下がる魔理沙に、紫は多少の怒気を込める。
「これ以上は修行の邪魔よ。立ち去りなさい。さもないと、強引にどこかへ吹き飛ばすわよ」
紫の怒気に押され、魔理沙は思わず一歩、二歩と下がってしまう。
何かを言い返そうと思うが、紫の放つ殺意にも似た感情に気圧され、口が上手く動かない。冷や汗が背を伝い、膨れ上がっていた怒気が萎んでいく。
震えながら口を動かし、けれど声が出せなくて、魔理沙は思い切り歯を噛み締めると、そのまま振り返ることなく逃げるように博麗神社を後にした。
博麗神社から逃げた後、魔理沙は一番行きたくなかった場所へと足を向けた。
白玉楼である。
「霊夢……死ぬはずがない。お前が、死ぬことなんてないよな」
不安だった。だから避け続けた。でも、行かないわけにはいかない。紫が霊夢を捜さない気になった理由が、捜すことを諦めるほどの理由があるというのなら、それ以外には考えられなかった。
……そして、霊夢の無事を願う反面で、紫にそういう理由があっていて欲しいとも思っていた……
白玉楼に訪れると、魔理沙は幽々子に怒鳴るように訊ねた。ここに霊夢は来たかと。霊夢は死んで、冥界に訪れたかと。そしてその答えは、否定であった。
「本当か、本当に……冥界には来ていないんだな!」
どこか、力のない叫び。
思わず幽々子に掴み掛かろうとしたが、その寸前で、魔理沙は妖夢に止められた。
「本当よ。ここに霊夢は来ていないわ」
幽々子は改めて答える。すると、それに妖夢も答えを乗せる。
「私も見ていない。そういう噂も聞いていない。だから魔理沙、安心して。霊夢はまだ生きているはず」
幽々子の目と妖夢の目を、魔理沙は疲れた表情のままじっと見る。嘘を吐いている雰囲気はない。
誰かを疑いたくない。そんな弱気な思いが、二人の真剣さに癒され、今度は暖かな涙が目元に溜まった。
「良かった……良かった……」
魔理沙はその場で膝を折り、座り込んでしまう。心配して妖夢が駆け寄ったが、魔理沙の顔の血色が来た時よりも良くなっていることに気付くと、ほっと安心をした。
妖夢は魔理沙に肩を貸し、白玉楼の縁側まで運んだ。魔理沙は脱力しきっていて、重かったが、それでもなんとか縁側まで運びきると、妖夢は魔理沙にお茶を差し出した。
幽々子は二人を少し眺めてから、静かに白玉楼の中へと戻っていった。
縁側に腰を下ろして妖夢も座り、二人は並んで無言であった。
しばらく魔理沙は茶を飲むこともできなかったが、二十分ほどしてからゆっくりと手を動かし、静かに茶で喉を潤した。
「ありがとうな、妖夢」
「気にしないで」
妖夢も魔理沙の横で茶を啜る。
二人はまたしばらく黙り、白玉楼に吹く涼しげな風を堪能していた。
ぽつりと、妖夢が呟く。
「でも本当に……霊夢はどこに行ってしまったんでしょう」
「さぁな。でも、死んでないなら、どっかにいるんだ」
返す声は弾んでいる。生きているという、それだけのことに、魔理沙は満足していた。捜せば見つかるということが、この上なく嬉しかったのだ。
「また、会えますよね」
「当たり前だ。心配掛けさせた分だけ、説教でもしなきゃ気が済まないぜ」
穏やかな風が魔理沙を撫でる。
まだ不安もあるし、恐れは多い。けれど、少なくとも今を頑張れるだけの希望は得た。充分な収穫だった。
「それじゃ、私は行くぜ。捜さなきゃいけないから」
その言葉に、妖夢は手伝うと、言おうとした。
「魔理沙」
「ん?」
魔理沙の表情が酷く孤独であった為、何かを言うことが出来なかった。そして同時に、魔理沙の中で霊夢が、掛け替えのない存在なのだと、妖夢は感じ取った。
だから、言おうと思った言葉が歪む。
「……頑張ってね」
「おう」
魔理沙は笑いながら応じる。
魔理沙にとって、霊夢は姉妹のような自分の片割れであった。だから、失えない。まだ、失う準備が出来ていない。
諦めるわけにはいかないし、何より諦める気がなかった。
翌日から、魔理沙は人や妖怪があまり訪れないような場所を回り続けた。隈無いように、何度も往復して、細かく、時に荒く、幻想郷の至る場所を探し続けた。時には里や紅魔館に寄り、新しい情報を貰うこともした。ただし、博麗神社には、あれ以来一度も近寄ろうとはしなかった。
時間ばかりが過ぎていく。何の進展もないまま、霊夢が姿を消して一ヶ月が経とうとしていた。
湖の周りを飛び回ってから、魔理沙は紅魔館を訪ね、そこで咲夜に話を聞いた。けれど、特別有益な情報はなかったと、いつも通りの返答をされるだけであった。
「何もないか。判った。ありがとな、咲夜」
挨拶もろくにせず、魔理沙は飛び去ろうとする。
「待ちなさい、魔理沙。あなた、酷い顔しているじゃないの。大丈夫なの?」
「……平気だぜ」
心配する咲夜に、魔理沙は無理矢理に笑ってみせた。
けれど、それが無理をしているのは、咲夜でなくても判った。血の気が薄く、目元には濃い隈がある。
それもそのはずで、ここしばらくの間、魔理沙は睡眠と食事をほとんど取っていなかったのだ。咲夜や美鈴、妖夢などが何度も心配したが、その度に魔理沙は大丈夫だと言って聞かず、そのまま飛び回り続けた。
「休んで行きなさい。スープでも作るわ」
「大丈夫だって……体力には自信があるんだ」
青白い顔のまま、魔理沙はガッツポーズをしてみせる。その姿に、これ以上何かを言うのが躊躇われたが、それでもなんとか咲夜は言葉を紡ぐ。
「そんな無理してたら、どんな体力自慢の人間でも死にかねないわよ。あなたが倒れたら元も子もないでしょ。霊夢のこと、捜せなくなっちゃうわよ」
「ははは、咲夜は心配性だな……判った。でも、どうせ眠るなら我が家がいい。だから帰るよ。また今度、食事に誘ってくれな」
どこまでも笑顔であった。けれど、その笑顔は凍り付いているようで、覇気がない。
「魔理沙……」
眠ると、霊夢のことを夢と忘れてしまうのではないかと怯えた。誰かと一緒にいると、その温もりに満足して、霊夢がどうでも良くなってしまうのではないかと怯えた。
怖かったのだ。縋っているものが崩れてしまうのが。だから魔理沙は、自分の心を揺らすものを拒絶していた。
無理に勧めれば、魔理沙はきっとここに来なくなる。そう思うと、咲夜にはそれ以上、何も言うことが出来なかった。
「判ったわ。またね、魔理沙」
「おう」
魔理沙は箒に跨り、魔法の森へと飛んで行った。
それを見送る咲夜の胸には、どうか魔理沙が無理をして倒れないようにという祈りだけが残っていた。
だがこの日からぷっつりと、魔理沙が幻想郷を飛び回る姿は見られなくなってしまった。
「気がついた?」
「……え……ここは?」
うっすらと瞼を開くと、そこには明るい光が満ちていた。家の中。心地良い紅茶とバターの香りに、魔理沙は久方振りの食欲を感じた。
ふと、この光景と記憶が合致する。それと同時に、自分の耳に届いた声が、誰の者かを理解する。
「アリス?」
「おはよう。一応意識はしっかりしてるみたいね」
首を曲げる。痛む。けれど、それを無理に動かして横を向くと、そこではアリスが紅茶を飲んでいた。バターの匂いは、その横にマフィンが見えたので、それに塗られたものだろう。
「なんで私、アリスの家に?」
「行き倒れてたのよ。びっくりしたわ。胞子が積もっていたから、気付かないところだった」
そう言われ、魔理沙は思い出そうとするが、自宅へ向かっていたことしか記憶になく、それ以上のことは思い出すことが出来なかった。
咲夜の心配を受け、体を癒す薬でも調合をしようと思い、魔理沙は魔法の森へと飛んでいた。その途中で、どうにも体が重くなっていった。疲労を癒そうと思ったことで、我慢していた疲労が浮き上がってきてしまったのだ。そのまま魔理沙は疲労に負けて意識を失い、魔法の森に落ちた。そしてその三日後に、偶然森の中で人形の素材を探していたアリスが魔理沙を見つけ、自宅へと運んだのである。ここが妖怪の少ない魔法の森でなかったら、魔理沙は妖怪に食べられていたかもしれない。
「……一週間よ」
「……何がだ?」
「あなたを拾って、目が覚めるまでに掛かった時間」
アリスの言葉に、魔理沙は目をぱちぱちと瞬いた。
「そんなに……?」
「えぇ、そんなに」
上体を起こそうとする。だが、激しく痛んで、またベッドに横になった。
「無茶しない方がいいわよ。全身の筋肉がボロボロで、まだ治りかけなんだから」
痛みのあまり声のでない魔理沙に、アリスは異臭のする液体をカップに入れて持ってくる。その刺激臭に、思わず魔理沙はビクリと身を震わせ、そのダメージで小さな悲鳴を上げた。
「あんた、無理しすぎ。あんまり食べないもんだから、内臓が痛んでるわ。スープだって飲ませられやしない。しばらくはこれで我慢しなさいよ」
「そ、それ、食べられるものなのか?」
痛みと怯えが混じり、酷く弱々しい声で魔理沙は訊ねた。だが、そんな魔理沙に対し、アリスは特に思うところないのか、少し考えて答える。
「私は死んでも嫌」
「そんなもんを食べさせるなよ」
怒鳴りたいが、痛む体がそれはさせない。その為、ツッコミは悲鳴のそれにしか聞こえなかった。
「栄養がそこそこあって、食道や胃を始め、内臓を癒す効果があるの。これより良い薬なんて知らないわ。竹林の薬屋なら、これ以上のを知ってるかもしれないけどね」
「じゃあ永琳を」
「誰がそんな手間掛けるのよ、面倒くさい」
「鬼ぃ……」
魔理沙の眼前に迫る、鼻の痛くなる薬。見た目にとろみはなく、水のようになめらかであった。だが、思わず鼻に来る刺激は強烈で、涙さえ出そうであった。
アリスはゆっくりと魔理沙の上体を手で起こし、ゆっくりと唇にカップを添える。魔理沙は首を振って嫌であることを表現しようとしたが、痛む体は頑として動かない。
次の瞬間、魔理沙は甘く苦く、鼻に臭みが昇ってくるそれを飲み下したのだった。ちなみにこの時、魔理沙の舌は疲労で鈍感になっていたのだという。
目覚めてから一週間。ようやく、魔理沙は体を動かせるようになっていた。
「ありがとな、アリス……ただ、薬の方は感謝しないからな」
口にした途端、思い出して吐きそうになった。薬は、四日目の朝まで飲まされ続けたのだという。
「別に良いわよ。私はようやくベッドで眠れるから、それで満足」
魔理沙にベッドを占領されていた間、アリスはソファーで寝起きをしていた。どうもソファーは寝難いらしく、アリスの目元には小さな隈ができていた。
「でも、もう無理しすぎないでよ。次に介護する場合は、あれより不味くてどろどろしたの飲ませるからね」
「うぅ……!」
その言葉に、魔理沙が身を震わせた。トラウマになりかけているようである。
元気を取り戻した魔理沙は、家に戻る前に、アリスの紅茶をごちそうになっていた。向かい合って座っていると、二人はまるで姉妹の様であり、魔理沙が姉でアリスが妹という風に見えた。
のんびりと紅茶の香りを漂わせていると、アリスは気になっていたことを訊ねた。
「それで、これからどうするの?」
「ん?」
紅茶を飲んでいた魔理沙は、アリスの言葉が何を指すのか判らず、首を傾げた。
「霊夢、捜すんでしょ」
「あぁ、それか」
言おうと思っていたけど、言うのを忘れていた。そんな感じの表情を浮かべ、魔理沙は頭を掻いた。
「私、決めたんだ」
「?」
アリスは何を言うのかと、魔理沙の言葉を待った。魔理沙は目線を逸らして少しだけ照れて、困った顔をしてから、アリスに向き直って口を開く。
「魔法使いになる」
想像していなかった回答に、アリスは一瞬唖然としてしまう。だが、その言葉の意味を咀嚼し終えると、呆れた顔で頬杖を突いた。
「……唐突ね」
「これでも、動けない間中ずっと悩んでたんだぜ」
驚くかと思っていたアリスがあまり驚かなかったので、少しだけ勿体つけたことを照れくさがりながら、魔理沙は話を続けた。
「霊夢は、外に出たんじゃないかと思うんだ。だけど、普通の人間のままじゃ、外の世界で霊夢を捜すのは難しい。だから、魔法使いになる」
そういう話があった。人里で話を聞き回っていた時に何度か、巫女は幻想郷を出て行ったのではないかという噂を耳にしていた。
けれど、外の世界はここと色々な者が違うという。だから、食事をしないことなどが必要になる。
「後悔しても、人には戻れないわよ」
「後悔したら、戻る為の魔法を作ってみせるさ」
自信に満ちた答え。それに、アリスは苦笑いを浮かべ、溜め息で返答をした。
こうして、魔理沙は自宅へと戻っていった。人間から、種族としての魔法使いに変わる為に。
自宅にて、魔理沙は研究を続けていた。パチュリーやアリスからの支援は受けず、ただひたすらに独学で研究を進めていった。
時折、魔理沙の家に咲夜とアリスが差し入れを持ってくることがあった。二人とも、自らを省みない魔理沙を心配して。
咲夜は、急に魔理沙がいなくなった二週間、仕事が手に付かないほど心配をしていた。三度ほど魔理沙の家に赴いたりしたが、そこに魔理沙はおらず、心配は積もるばかりであった。その数日後、魔理沙は研究用の材料を里に買い出しに行き、そこで慧音と出会いいくらかの話をした。そして別の日に咲夜が紅茶を里に買いに行った際に、咲夜は慧音から話を聞き、魔理沙の現状を知ったのだ。それ以来、週に一度ほどの割合で、咲夜は魔理沙に弁当の差し入れをしていた。
アリスは、また魔理沙が倒れないよう見張る為、週に二度ほどの割合で魔理沙の家に来ていた。研究の手伝いは魔理沙が拒んだので、成功しようが失敗しようが、ただ黙って見ているだけである。たまに魔理沙が飯を抜こうとすると、あの薬のことを呟き、魔理沙に有無を言わさず食事をさせた。
余談になるが、魔理沙と咲夜は、ここ霧雨宅で何度となく出会うこととなる。アリスは紅魔館には本読みに通っていたので、二人は元々顔見知りであった。だが、その場以外で顔を合わせる機会などまれであった。こうして度々顔を合わせる内に、咲夜とアリスは、魔理沙を心配する長女と次女のような、そんな穏やかな関係を築きつつあった。
平穏な日々が続いていた。けれど、それは魔理沙の心中を映し出すものではない。魔理沙の心には、常に一人足りないという思いがあった。この場で心から笑う為には、霊夢が足りていないのだと。
時は緩やかに、けれど止まらずに流れ続けた。そして、研究を始めて、五年という歳月が経った。
ある日、ようやく魔理沙は、捨虫と捨食の魔法を完成させた。だがそこで、魔理沙は躊躇していた。その魔法を使えば、魔理沙は人ではなくなる。それを意識すると、魔理沙は全身が震えだし、動けなくなってしまった。
深呼吸を繰り返し、自分を静める。この魔法を使わないという選択肢は、最初から用意されていないのだ。
「……怖くなんかない。だって、まだ私のすべきことは終わってないんだ」
魔法使いになることが目的なんじゃない。魔法使いになるのは、あくまで外に出るための準備。そこで満足をしてはいけない。そこで二の足を踏んでいる暇はない。
ええいと、魔理沙は生み出した魔法を自らに掛けた。一瞬の出来事である。そしてこの瞬間に、魔理沙は人から外れてしまった。
魔理沙は魔法使いになった翌日に、外へと飛び出す準備をしていた。そこに、咲夜が訪れる。差し入れの弁当を持って。
まだ、咲夜は知らなかった。魔理沙が魔法使いになったことも、作っていた魔法が完成したことさえも。
話を聞き、咲夜は何も言わずに去ろうとしていた魔理沙を叱った。それを、しゅんとした顔で、魔理沙はしっかりと聞いていた。黙って去ろうとしたことに、悪いという気持ちがあったのだ。見つかったことを悔しく思う反面で、見つかって良かったのだと、魔理沙は説教を受けながら思っていた。まるで、悪戯の見つかった子供である。
この後、十五分が経ち、普段と比べるといくらか短い説教は終わった。まさか正座させられるとは思っていなかった魔理沙は、座布団なしの正座で膝を痛めていた。
と、不意に咲夜の顔を見上げると、そこには優しげな微笑みが浮かんでいた。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
説教の続きかとやや身構えながら、魔理沙は反応をする。
「おめでとう。魔法、完成して良かったわね」
それは、嘘偽りのない心からの言葉であった。
思わず、鼻の奥が痛んでしまう。
何かを言おうと思って、言葉にならず、思わず俯いて頭を掻いてしまう。顔が火照るのを感じた。
しばらくして、魔理沙は顔を上げ口を開く。
「咲夜。私が霊夢を必ず連れ戻してきてやる。だから……」
待っていてくれという言葉が、言えなかった。そこで言葉に詰まり、それ以上何も出てこない。それでも何か言わなければと、魔理沙は焦ってしまった。
だが、そんな魔理沙の思いを理解しているように、咲夜はそっと魔理沙の頭を撫でる。
「えぇ。期待しているわ。だから、頑張ってね。私はずっと、あなたを待っているから」
言うべき言葉を理解された。そのことが、嬉しくて、魔理沙は泣きそうになった。けれど、それを堪え、キッと咲夜を見詰める。
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
この日。魔理沙は、幻想郷を飛び出した。
魔理沙は、外の世界を飛び回った。昼は休み、闇夜に紛れて空を駆ける。人の心を読む魔法を憶えたので、それを駆使して霊夢を探し続けた。
人の雑念が入ってくる。それも、とんでもない量である。一人二人ならまだいい。けれど、街でともなれば、頭には千人近い思考が流れ込んでくる。
「あ、あが……」
割れるような頭痛。胃の捻れるような、精神の苦痛。魔理沙は外の世界に出て一週間目にして、大量の血を口から吐いた。頭と精神が、壊れてしまいそうになった。
だが、それでも魔理沙はそれを止めなかった。人の心を受け入れ、その中から霊夢に関する言葉を引き出し続ける。そして、外の世界を跳び続けた。海の向こうにいるかもしれないと、海も渡った。
何度も弱音を吐き、傷つき、涙を流しながら、けれど諦めずに、魔理沙は霊夢を探し続けた。
そして、何の手がかりも得られないまま、十年という月日が流れた。
強烈すぎる魔法の連続使用による脳への過負荷や、少ない材料での魔法の調合。それによって、魔理沙の魔法の腕は、外に飛び出した時と比べ、見違えるほど上達していた。
けれど、魔法の腕が上達したところで、捜せなければ意味がない。
だが、不思議なことに、魔理沙の中に絶望感はなかった。むしろ、魔法の腕が上達すればするほど、満ち足りた気持ちになっていっていた。
その理由を、魔理沙は知らない。それは、表層に現れていない魔理沙の思考によるものであった。
―――強くなる。八雲紫に、負けないように。―――
自らが把握していない理由に、魔理沙は従い行動をしてきた。そして、胸の中の自分自身が、魔法の力の上達具合に満足した時、魔理沙の中に新しい思考が流れ込む。
「やっぱり、霊夢は幻想郷に居るのか」
だとすれば、どこにいるのか。死にもせず、萃香の力からも外れて隠しておける場所。
そんなもの、魔理沙は一つしか心当たりがなかった。
「……八雲紫。やっぱりあいつが……あいつが、隠してるのか!」
それは、十年前の感情。博麗神社での会話から燻り続けていた、紫への不信と怒り。
魔理沙は箒を強く握る。そして、目的を定める。
この五日後。魔理沙は、幻想郷へと戻った。
十年ぶりに戻る家は、けれど大して埃は積もっていなかった。魔法を作るのには好都合だと思った。
魔理沙は魔法の調合を開始する。八雲紫に挑み、勝てるように。勝つ見込みが、少しでも上がるように。
ごそごそと、服の中からものを取り出す。かつては持っていなかった、とっておきの武器が今はある。外の世界で作り出した、自作のミニ八卦炉。出力が安定せず、魔法を作るのには全く適さない粗悪品。けれど、武器にはなる。
自作のミニ八卦炉と、オリジナルのミニ八卦炉。その二つを両手に握り締め、魔理沙は博麗神社の方角を睨む。
「紫……絶対に、倒してやる……」
瞳に燃えるのは、濃厚な悪意と、濁った復讐心であった。
紫と戦うための準備が整ったは、それから三日後のことであった。魔法の材料は外の世界から幻想郷に戻る際に集めたので、改めて集める手間が必要なかったからである。
魔理沙は全ての準備を終えると、箒に跨り、博麗神社に向かった。
博麗神社には、随分と成長をした早苗が、境内を箒で掃いていた。歳はもう、三十五歳ほどになるのだろうか。
それを見て、魔理沙は呻く。もしかしたら霊夢が帰ってきているのではという、淡い期待が砕かれたからである。
そっと、魔理沙は境内に降り立つ。
「……魔理沙」
驚いた目で、早苗は魔理沙を見詰めた。
「久しぶりだな、早苗」
言葉に親しみはない。それに気付くと、早苗は悲しそうに俯いた。
「早苗。あれから……霊夢は」
「……戻ってきていません。あれから、一度も」
「……そうか」
魔理沙の落胆は重く、早苗はそんな孤独な魔理沙を、抱きしめてやりたかった。でも、それはできなかった。
「悪かったな。お前は悪くないんだよな。今日まで帰ってこなかったってことは、確かに、別の博麗の巫女が必要だったってことだ」
「魔理沙……」
今の魔理沙は、冷静であった。だが、それは薄ら氷。
「紫もそうだ。大事だったから、仕方なかったんだよな……でもさ」
少しの衝撃で割れてしまう、不安定な心。
「でも……それじゃあなんで捜さなかった!」
「違うの、聞いて魔理沙!」
しかし、早苗の言葉はかき消される。魔理沙は、呆然とした顔で空を見詰めていた。目線を追うと、そこには、紫がいた。
「……荒れてるわね。精神がまるで波のよう」
うっすらとした感情の見えない笑みを浮かべ、紫は魔理沙のすぐ傍へと近づく。
「……紫!」
冷静さが、激しい殺意に呑み込まれていく。
「衝動が引いては押し寄せて、まるで安定していない。病気よ、それ」
くすくす。くすくす。紫は楽しげに笑う。
「紫! 霊夢をどこへやった!」
くすくす。くすくす。その笑い声が、魔理沙の神経を逆なでる。
堪えられない怒りを覚え、魔理沙は自分の想像し得る最悪の予想を叩き付ける。
「食ったのか……お前、霊夢を食ったのか!」
一瞬だけ紫の目に感情が揺らぐが、すぐにまた、笑みに変わる。
「まったく、そんなに荒れてたらお話にならないわよ」
くすくす。くすくす。
「なんでだよ……なんで否定しないんだよ……なぁ、紫! お前知ってんだろ。霊夢のこと……どうして隠した。どうして、何も言わない! どうして霊夢はいなくなったんだ!」
魔理沙の悲鳴。それに対し、紫は溜め息と共に、笑みを崩した。
「そんな風なあなたが、私の言葉を真剣に聞けると思って?」
「あぁ、そうかよ」
埒が開かない。そう思うと、もうどうでも良くなった。紫のことを考えると疲れる。だから、何も考えないことを選ぶ。
「なら、私はあんたを殺す……あんたを殺して、霊夢を取り戻す!」
「吠えたわね……ろくに才能を持たない、魔法使いの見習い風情が」
魔理沙は怒りにまかせて吠える。紫は楽しげな、けれどどこか重苦しい笑みを浮かべる。
「本気でやったら、一瞬よね。だから、置き石をあげるわ。私は境界を操る能力を使わない。どう、まだ足りないかしら?」
「へぇ……」
拳を握り締めた魔理沙の顔が、怒りと屈辱のあまり引き攣り、笑みに似た形に変わる。
「私を舐めたこと……死んで後悔しろ!」
懐のミニ八卦炉へと手を伸ばす。その時、早苗が二人を止めようとする。
「やめて魔理沙! 紫様も、戦うことなんてないじゃないですか!」
その言葉を魔理沙は無視する。
「魔理沙。博麗神社を壊すのは、あなたにしても愉快なことじゃないでしょ? だから、境界で戦いましょう」
言いながら、紫はスキマを開き、別の場所への道を作る。
「能力は使わないんじゃないのかよ」
「移動だけよ。それとも、神社を跡形もなく壊したいかしら?」
魔理沙はそれ以上反論せず、ゆっくりとスキマの中へと入っていった。博麗神社は霊夢の居場所である。だから壊すことなど出来ず、ここでは本気で戦うことが出来ないのだ。
スキマの中へ魔理沙が消えると、心配そうな早苗が紫に近づく。今でも早苗は、二人を止められるのなら止めようと思っていた。
そんな早苗の頭に、ぽんと紫が手を乗せる。
「早苗。これはね、大事なことなの。でも、大丈夫だから」
そう言うと、紫自身もスキマへと向かう。
「安心なさい。ね」
少しだけ振り返り微笑む紫に、早苗は悲しそうな顔で、止めたくなる感情をどうにか呑み込んで、小さく頷いた。
紫と魔理沙は、境界の中へと消えていった。
現実と架空の境界。いわば、コピーされた架空の博麗神社の前で、二人は対峙していた。ここには二人しかいない。
「ここで私がお前を殺したら、私はここを、どうやって出ればいい?」
「無用な悩みだけど、安心しなさい。私が死ねば境界は崩れ、すぐに現実に放り出されるわ」
「そう」
その短い会話で、終わる。二人は距離を取り、戦闘を開始した。
魔理沙が箒で高く空へと飛び上がる。それを紫は追わず、下から出方を待った。
「ふぅ」
緊張からか、荒くなる息を押さえ、魔理沙は地上目掛け、瓶を二つ投げ付ける。それは、瓶詰めの魔法であった。その瓶が魔理沙と紫の間に来た頃に、魔理沙はマジックミサイルでその両方を割る。次の瞬間、降り注ぐ星形の魔法。
「弱いわね」
紫は飛び、その小さな魔法の間をすり抜けて、魔理沙へと迫る。魔理沙はミニ八卦炉を構え、マスタースパークを放つ格好を取る。だが、それを脅しと理解した紫は止まらずに迫り、ばれていると知った魔理沙はすかさず箒で下方向へと飛ぶ。どうにか距離を維持すると、魔理沙は次の魔法を構える。ミニ八卦炉から、細いレーザーが放たれる。
背を向ける形になっていた紫は、手にしていた傘でそのレーザーを受ける。完全に無効化され、攻撃になっていない。
「くっ」
魔理沙はレーザーを止めると、またも急上昇をかける。そして、接近しながら、上方向目掛けて星くずの魔法を放った。
飛ぶ勢いが乗った星くずの魔法は、直線的だが速く、回避は難しいと紫は感じた。その為、傘でそれを受ける。その次の瞬間、星くずに紛れて飛んでいた魔理沙が、紫の横を通過する。
魔理沙がミニ八卦炉を構え、紫は傘から両手を離しクナイを構えている。交差の瞬間、紫は全身を捻ってどうにか星くずを避けると、墜落するように地上まで避けて追撃を警戒した。魔理沙は星くずを縫って飛んでくるクナイに反応できなかったが、どうにか掠り傷程度で済み、素早く地上へと目を向けた。
「?」
しかし、地上に紫はいない。
油断したと気付くのに、一秒は掛からなかった。瞬時に気配を探って紫の位置を把握するが、その時には既に、紫は魔理沙のすぐ傍へと寄っていた。
すかさず魔理沙は懐へ右手を差し込み、左手でミニ八卦炉を構える。
「遅いわ」
すぐ真横に寄る紫。懐まで飛び込まれ、ミニ八卦炉の射程から外れる。
「残念だったわね」
紫の勝ち誇った声。それに、魔理沙は笑みを返す。その瞬間、紫は危険を感じた。
「偽(ファルス)……」
突如、魔理沙の腹部に集まってく力。それに気づき、咄嗟に傘を広げ防ごうと構える。
次の瞬間、魔理沙の服が裂け、右手と、右手に握られているもう一つの八卦炉が姿を見せる。
「マスター・スパーク!」
雷撃のような魔法が走る。どうにか傘で受け止めたが、急だったので構えが間に合わず、後方へと傘を吹き飛ばされてしまった。
本来のマスタースパークと違い、それは酷く不安定なものであった。魔力の濃い部分、薄い部分が極端に分かれ、大量の空白を作っている。また、発射口からおよそ百二十度を越えるほどに広く分散して放たれており、目標に当てるということは不可能であることが窺えた。けれど、それは電流のように自由に動き回り、予想の出来ない軌道を描く。故に、近距離で撃たれれば、回避は難しい。
「ちっ」
傘が吹き飛んでも、魔法はなお続く。飛び交う鞭のような魔力の奔流をどうにか避けて距離を置く。左の肩を強く叩かれたが、少し痺れた程度で、深いダメージは負わなかった。
舌打ちをして紫が離れると、思った以上にダメージを与えられなかった魔理沙も、同じように舌打ちをした。
「なかなか面白いものを用意したじゃない」
「お前に当たらなきゃ意味がないぜ」
二人は睨み合う。二人はまだ、ほぼ無傷。けれど、精神的な余裕は、紫の方が上であった。
近距離で、決める。
二人の中に、同じ思考が生まれる。
魔理沙は両手に八卦炉を構え、紫はクナイを一本ずつ握り締めた。
短い硬直。
先に魔理沙が動いた。全力で紫に向かう。軌道はジグザグを描いているが、それは回避ではなく、どっちから砲撃するかを予測させないためであった。
紫は一本のクナイを放る。それを魔理沙が咄嗟に避けると、その避けた方角へと急接近した。そして、右手に握ったクナイで斬りかかる。
そこで、魔理沙は箒を紫に向け、飛び降りた。
「がっ!」
紫の胸を、魔理沙の乗っていた箒が突く。思わず呼吸が止まった。
「オマケだ!」
魔理沙は横に飛びながら、紫目掛け、二つのミニ八卦炉を同時に発動させた。魔力が高まり、魔法が生み出される。
呼吸が止まり、一瞬の判断が遅れたかが、それでも紫はすぐに回避行動に移る。
「ダブル・マスタースパーク!」
二種類のマスタースパークが、重なり合って放たれる。空を転がるように移動して、その両方をどうにか避ける。
魔理沙はマスタースパークの反動で後方へと飛んでおり、紫に命中したかを確認することは出来なかった。
「箒を失って、飛べるのかしら」
ふと紫がそんなことを思うと、魔理沙は背後の何もない空間を掴み、そして、それに跨った。まるで、箒に跨るように。
「……用意周到ね」
跨ったものは、まごうことなく箒であった。魔理沙は箒を奪われることを想定して、透明にした箒を腰に掛けておいたのだ。
それに乗ってから、魔理沙は紫の姿を確認し、さっきのマスタースパークが外れたのだと確信した。飛びながらは無理があったかと、僅かに笑う。
「くそ……それなら」
オリジナルのミニ八卦炉を懐にしまうと、自作のミニ八卦炉を握り締め、紫に迫る。今度は密着した状態で放とうと言うのだ。
「そう何度も、食らうわけないでしょう」
ぼそりと、紫が呟く。
負けるわけがない。そして、負けるわけにはいかない。あれを一発殴ってやらないと……霊夢が、悲しむから。
「悪いけど……結構痛いわよ、魔理沙」
紫も、前方へと飛んだ。
魔理沙は先ほど以上の、恐らくは持っている全ての星くず魔法を前方へ放つ。傘を持たないので、強引に手で弾くことになる。
その星くずの河の中を、ミニ八卦炉を構えた魔理沙が飛んでくる。それを見た途端、紫は、回避も防御も止め、魔理沙目掛けて全力で飛んだ。思わぬ接近に、魔理沙は固まる。その直後、紫が左手でクナイを突き出し、ミニ八卦炉を砕いた。
「あ……」
魔理沙が驚きの声を上げる。だが、それだけで紫の攻撃は止まない。引いていた右の拳を、魔理沙の腹目掛けて突き出した。
「ぐぁ……っ!」
息が詰まる。どうにか箒だけは離さなかったが、空中で停止してしまい、完全に無防備な状態になった。
「はぁ!」
紫は、拳を振り上げて、魔理沙を地面目掛けて殴りつける。その攻撃は、魔理沙が抱えていた箒をへし折り、飛行する力も奪い去った。
意識が遠のきそうだったが、魔理沙はどうにか意識を戻す。そして、真っ逆さまに地上に向かう体を、残っていた砲撃の魔法で落下の勢いを殺し、着地をする。
どうにか生き残った。そういう状態。殺しきれなかった勢いで、魔理沙は左手と足を打ち付けた。痛みはないが、ほとんど動かない。
動けない魔理沙のすぐ傍に、そっと紫が降り立つ。感情なく見下ろす紫に、俯せの魔理沙は、首だけを動かして睨み付け、まだ残る殺気をぶつけていた。
「その状態で、まだ諦めていないの?」
呆れた顔。
「あぁ……私は、まだ、負けを認めて、ない」
呼吸が上手く出来ず、声が途切れる。
「そう。なら、今トドメを差すわ」
ゆっくりと、一歩ずつ紫が魔理沙に近寄ってくる。一歩、また一歩。
そして、紫が魔理沙まで、あと二メートルというところまで近づいたとき、魔理沙はごろりと体を動かした。
右手に、オリジナルのミニ八卦炉を構えて。
「なっ!」
紫が息を呑む。魔理沙がそれを撃つだけの体力を残しているとは思っていなかったのだ。
「吹っ飛べ」
魔法の名を口にする気力はない。魔理沙はその姿勢のまま、突き出したミニ八卦炉を発動させ、渾身のマスタースパークを放った。
避けられない。そう思うと同時に、紫はミニ八卦炉目掛けて右腕を伸ばした。紫の手が、ミニ八卦炉まであと三十センチというところまで伸びた時、マスタースパークは発動する。
紫の表情が苦痛に染まる。手の平でどうにか魔法を弾いているので、全身へのダメージはほとんどない。けれど、右腕に走る痛みは激しかった。
右手の平から右肩まで、マスタースパークの魔力が伝い、そのダメージに服が弾ける。直接受ける手の平ほどではないが、それでも皮膚は裂け、肉が切れた。
突き出した手の平のダメージは深い。皮膚が弾け一部の指先は骨が露出している。それでもどうにか受け止めているのは、意地であった。
後ろへ吹き飛んだ方が、まだダメージは薄い。けれど、紫はそれをしない。魔理沙を倒す為に、退くことを選べないのだ。
小指が折れる。
「あぁぁぁ!」
この戦いで初めて、紫が悲鳴を上げた。
けれど、少しは押しているように見える魔理沙であったが、魔理沙も同じく、苦しい状況になっていた。
ミニ八卦炉の中に装填してある魔法は、もう尽きようとしていたのである。
「うっ……」
思わず、悲鳴が漏れる。ほんの僅かに、マスタースパークの出力が落ち始めた。
―――頼む……まだ、消えないでくれ……頼むよ、お願いだ……―――
願う。ただひたすらに、願う。
けれど、残酷に魔法は萎んでいく。
「だ、駄目だ、ぜ……嫌だ。まだ、戦え、るのに……」
―――まだだ、まだ! まだ戦えるんだ! 消えるな、消えないでくれ!―――
悔やまれる。調合して作り出したものではない、自分の魔力を利用して自在に魔法を使うということが、できない自分が悔しかった。戦意はまだ残っているのに、戦うことができなくなる。それが、何より恐怖であった。
「嫌だ……もって、くれ。あと、少し、あと少し、なんだ……っ」
叫べない魔理沙の悲鳴。悔しさに涙が流れる。
それから数秒の後に、マスタースパークは、完全に停止した。
「あ……」
魔理沙はミニ八卦炉を取り落とす。そしてそのまま、まだ健在な紫を見る。
「く、そぅ……」
―――私は、負けた。―――
涙で急速に視界は歪み、そのまま魔理沙は、気を失ってしまった。
次に目を開いた時に視界に映ったのは、あまりに懐かしすぎる天井であった。
博麗神社。その一室であった。
「……え?」
まったく理解が出来なかった。何故、自分がここで横になっているのか。
と、そんなことを考えていると、引き戸が開き、女性が入ってきた。
「ようやく起きたのね、寝坊助さん」
「なっ! 紫っ……痛ぅ……」
勢い良く体を起こそうとして、激しい痛みに襲われて呻く。
「いいわねぇ、怪我少なくて。もう少し苦しんでなさい」
くすりくすりと、紫は笑う。
その元気そうであったが、右腕には包帯が巻かれ、ほとんど見ることが出来ない。
「ほら、これだけ頑張ったのよ。おめでとう、魔理沙」
そう言いながら紫は魔理沙に近づいて、扇子でつんつんと額を突く。
「や、やめろ」
煩わしいので払おうとするが、途端に全身が痛んで動けなくなる。
「おぉぉぉぉ……」
「お馬鹿さん」
心底愉快そうに呟く紫の声に、魔理沙は心の中で延々と呪詛を唱えた。
しばらくして、無理に体を動かそうとした痛みが引くと、魔理沙は紫の方を見た。
「……なんで私を助けた」
「最初から殺す気なんてなかったもの」
ぽかんと、間の抜けた表情を魔理沙は浮かべた。
「あなたがあまりにもお馬鹿だから、その説教をしただけ。恨んでもいないわ」
言いながら、手に巻いた包帯を外す。すると、傷だらけの痛々しい腕が現れる。思わず魔理沙は目を逸らしたが、もう一度目を向けて、自分のおこないを確認した。だが、改めて目を向けた直後、紫の腕はスキマに飲まれ、次の瞬間には綺麗で健康的な手が現れた。
「このように、簡単に傷も癒えるしね」
「汚ねぇ!」
思わず魔理沙は叫んでいた。そういえば、戦闘中に境界を使用されなかったというハンデを、今更魔理沙は思い出し、酷く恥ずかしく思えてきた。本当に紫は境界能力を使用しなかったのに、私は全力で戦い、負けたのだと。
そんな思いから赤面した顔を見られぬようそっぽを向いてしまう。それから、顔が元に戻ったと感じると振り返り、魔理沙はボソッと呟く。
「私のは治してくれないのかよ」
「自業自得」
「……ケチめ」
話している内に、魔理沙は自分の中にあった、紫に対する激情がなくなっていることに気付いた。それがどうしてなのか。魔理沙には判らなかった。
「なぁ、紫」
「ところで魔理沙」
言葉を消される。
「霊夢のことだけど。その傷がもう少し癒えたら、教えてあげるわ」
「なっ!」
紫のその言葉に、魔理沙の全身が弾む。痛むが、気にしてはいられず、魔理沙は言葉を続けた。
「やっぱりお前……霊夢のこと、知ってたんだな」
「当然でしょ」
「くっそ」
もう恨みはない。怒りもない。ただ、騙されていたことが悔しかった。
「説明は、また後にするわね」
「焦らしやがって」
何故か、強い安心感があった。その為、魔理沙は紫に説明を急かそうと思えなかった。
そっと戸が開き、早苗が入ってきた。
「あ、魔理沙。もう大丈夫なの?」
「おぉ、早苗か。元気だぞ。多分」
寝そべったままで、魔理沙は答える。
早苗は安心した顔を浮かべた。
二人は久しぶりに、本当に久しぶりに、友達として会話をすることが出来た。そのことが嬉しくて、思わず早苗は泣きだしてしまい、それをからかいながらも、魔理沙も少しだけ泣いたのであった。
魔理沙は、紫に案内されて、見知らぬ場所を歩いていた。そこはスキマを通って辿り着いた、幻想郷ではないどこかであった。今日は幻想郷が雨だったので、晴れているここが幻想郷でないことは明白である。
すぐに目的地に行かなかったのは、歩きながら話をしたいと紫が思ったからである。
紫は魔理沙に、霊夢のことを語った。
霊夢は、魔理沙が神社に行った前々日に、八雲の家に運ばれていた。それは、動けなくなった霊夢を、紫が看病するためであった。
霊夢は、紫を除けば、誰にも看病などはできない状態にあった。それは、能力の暴走である。
重力という縛りを無効化する能力を、霊夢は持っていた。いや、そういう縛りではない。霊夢の持っていた能力は、ありとあらゆるものから解き放たれる能力であった。
そしてその能力が、暴走した。もとより安定なんてしてはいなかったのだが、それは意志とは無関係の所で働いてしまった。
それは、生と死からの解放であった。
「それって、輪廻から外れるってことか?」
「違うわ。輪廻は生と死の連鎖。外れるというのは、どちらかであり続けるということ。霊夢のそれは、そのどちらでもなくなることなのよ」
生でも死でもない状態。そんなもの、魔理沙にはイメージできなかった。
「想像が出来ない」
「私にも無理よ。だから判ることは、このままだと霊夢が、完全に消滅してしまうということだけ」
「そんな……」
魔理沙の額から血の気が引く。
霊夢は既に、眠り就いていて動かない。内臓も、死人のそれと同じように機能してはいない。だというのに、死ではなく、肉体は決して腐らないのだという。
説明を受け、霊夢がどこかで何かをしている、という期待が砕かれ、魔理沙は眩暈を覚えた。けれど、覚悟はしていたと、言い聞かせ、立ち止まらずに歩き続けた。
それ以上、どちらにも何も言えなかったので、話は変わる。
「それで、霊夢が言ったのよ。代わりを置いてくれって。それで、早苗を動けない霊夢に会わせたわ。そして、どうするのかを早苗に決めさせた」
「そして、早苗が頷いたと」
「そうなるわね」
早苗が博麗の巫女になったのは、同意の上だったのかと知る。そして同時に、恨んでしまったことに罪悪感を覚えた。
「そして霊夢が意識を失ってから、早苗は修行を始めた」
「つまり……私が探し回った一週間は、まだ霊夢は意識があったのか」
魔理沙は頬を膨らませた。霊夢が意識を失うその寸前に会えなかったということが、これ以上ないほどに悲しく、寂しかった。
「霊夢が言ったのよ。まだ魔理沙に、このことを伝えないでくれって。きっと悲しんで、耐えられなくなるって」
「けっ」
霊夢に子供扱いされたこと、そして霊夢の予想通り耐えられなくなったこととを思い、魔理沙は顔を真っ赤にした。
紫は口にしなかったが、その願いには続きがあった。魔理沙が悲しみを乗り越えるまでの間、どうか憎まれ役になって欲しいと、霊夢は合わせて願っていた。
話が終わろうとした時に、紫は立ち止まった。
「ん?」
「魔理沙。ここよ」
そこは小さな丘。頂上に大きな木が一本生えた、寂しげな丘。
「結局、ここってどこなんだよ」
「ここはこの間、私たちの戦った架空の世界。その果てよ」
そう言われ、思わず辺りを見渡すが、それらしい光景はない。戦った場所とここは、随分と離れた場所のようだった。
紫は丘の上に生えた木に、そっと手を添える。
「この下に、霊夢は眠っているわ」
「なっ!」
思わず、魔理沙は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「なんでだよ。腐らないなら、屋敷に、そうでなくても地上に置いておいたって」
「言ったでしょ。霊夢の肉体は生と死から外れしつつあるって」
言いながら、愛おしげに木の表面を撫でる。
「……肉体もね、安定してはいないのよ。だから、この強い結界の中で時間を止める以外に、霊夢の肉体を保存する術はないの。この木はね、この結界の中心。その根元が、最も力の強い場所なのよ」
「そうだったのか」
しばらく、魔理沙はその場に立ち尽くした。
「ねぇ、魔理沙」
「ん?」
木に向かって歩こうとしてた所を、紫に呼び止められる。
「あなたなら、霊夢を起こせるかもしれないわ」
「……え?」
思わぬ言葉に、魔理沙は言葉を失った。理解が出来なかったのだ。
少し経ってそれを理解すると、魔理沙は驚きに固まりながら、紫の顔をじっと見ていた。
「私には、これ以上何もしてあげられない。これが私の限界よ。でもね、あなたは魔法を生み出せる。新しいものを、次々と生み出すだけの力がある」
魔理沙は息を呑み、それに続く言葉を待った。
「だからあなたなら。誰より霊夢を思えるあなたなら、今の霊夢の能力を安定させる魔法を生み出せるかもしれないの」
「……起こせるかも、知れないってことか」
「えぇ。そういうことよ」
それは、限りなく可能性の薄い話。ほとんど夢物語である。
けれど、それを言わねばならぬと、紫は思った。それは、今の魔理沙にとって、強く生きる希望となるのだ。
魔理沙は木に駆け寄る。そして、触れる。穏やかな温かさが、手に伝わってきた。
「霊夢……霊夢……!」
思わず、涙がこぼれる。
「霊夢ぅ!」
ぽろぽろと、やがてそれは河のように止めどなく、魔理沙は泣いた。
ふと、魔理沙は起き上がる。
『ふぁ……よく寝たぜ』
丘の木に寄り添い、ぐっすりと眠っていたようだ。
『よっと』
立ち上がり、服を払う。
『なぁ、霊夢』
自分の横にいる霊夢に、魔理沙は声を掛けた。
『なんだ、まだ寝てるのか」
木に寄り添い眠る霊夢は、陽光を浴びて、心地良さそうに寝息を立てている。
『もう少しゆっくり眠ってろよ。お前は色々、異変とかで忙しかったしな』
魔理沙は起き上がり、そっと霊夢の頬を撫でると、丘を降り始めた。
『しばらくしたら起こしにくるぜ。またな、霊夢』
「咲夜さん! ま、魔理沙さんが、今、外に!」
「魔理沙?」
びしょ濡れで館に駆け込んできた美鈴からの報告に、咲夜は驚いた。
咲夜は駆け出した。外は雨。だというのに、傘も差さず。
魔理沙は傘を差し、門の所に立ち尽くしていた。美鈴に館に入りなよという誘いを断り、ただ雨の中で立っていた。
恐らくは一番心配を掛けたであろう咲夜に、詫びと感謝がしたかった。だから、精一杯笑っている。
そんな魔理沙の視界に、駆けてくる咲夜が映る。
「咲夜……」
「魔理沙……帰ってきてたのね」
息を切らせて、咲夜が笑う。優しげに、温かく。
それだけで限界だった。咲夜の表情を見た瞬間、魔理沙の作り笑いはひび割れる。
感じてしまった。自分がいくら頑張っても、咲夜が生きている内に、霊夢を起こすことはできないと。咲夜と霊夢を、二度と会わせてやることができないのだと。
「あ……あぁ」
傘を取り落とし、魔理沙は雨に濡れた。そして雨と同時に、涙が頬を濡らしていく。
「魔理沙、どうしたの」
咲夜は魔理沙の傘を拾い上げ、魔理沙を雨から防ぐ。その直後、魔理沙は咲夜に抱きつき、顔を埋めた。
「……霊夢、見つからなかったよ……見つけられなかった……ごめん、ごめんな。ごめんな」
その魔理沙の様子に困惑しながら、咲夜はそっと魔理沙の頭を撫でた。別れた時と変わらず、泣き虫な少女を。
「気にしないでいいのよ、魔理沙」
「ごめんな、ごめんな……ごめんな、ごめんな」
「……寒いでしょう。今日は泊まっていきなさい。ほら、こんなに冷たくなって」
魔理沙はギュッと咲夜を抱いて、泣き続けた。
「さぁ、行きましょう。ホットミルクをいれてあげるわ」
優しく魔理沙を抱くと、ゆっくりと、咲夜は紅魔館へ歩み出した。
こうして、魔理沙の霊夢探索は終わりを告げた。
全てを知り、紅魔館に訪れた翌日。天気は快晴で、鳥の声が穏やかである。
魔理沙は今、博麗神社の鳥居をくぐった。
十年。それだけの時を挟んで、魔理沙はようやく、この博麗神社に戻ってこれた気がした。
勝手に暴走して見当違いに探し回って、それで誰かを疑って、色んな人に心配を掛けさせて……
何か無性に、魔理沙は霊夢に謝りたくなった。けれど、それを言っても霊夢に叱られるだけに思えたので、ただ一言だけ、神社に向けて口にする。
「霊夢……ただいま」
また、魔理沙の時間が動き出した。
あっちも素敵だったので何度も見ましたからねー
それにしても努力家魔理沙、努力しすぎですw
さて魔法使いにでもなってきますか。
僕には逆に見えたのです。
>咲夜と早苗を絡ませ
興奮するよな
魔理沙の霊夢を探す日々とそれを見守る咲夜とアリス。
そしてあえて何も語らないでいた紫様。
そういった人たちのやり取りが素晴らしかったです。
>脱字の報告
しかし、神社の中かは~
ここの部分で脱字をしており、正確には「神社の中からは」になりますね。
他にも見つけた部分があったのですが、見失ってしまいました。
以上、報告でした。(礼)
ただ、魔理沙は多分もっと冷静なキャラなんじゃないかなとも思います。霊夢の生死についてであっても。
紫との戦闘ではなく、外の世界での魔理沙の行動や心情に力を入れた方が、よりラストがいいものになるのでは。
文脈から判断すると、「アリスと咲夜は、」の間違いではないでしょうか?
私も序盤で『みんながいるのが今ならば。』の作中だと気付けました。
本作の感想ですが、各キャラクターがシナリオ通りに動いているだけのように見えます。
主人公である魔理沙など特にそうで、右往左往しているにもかかわらず、一本道を
真っ直ぐ進んでいるように思えてしまいました。
だから安心して読めるとも言えるのかもしれませんけど、個人的には読者に緊迫感を
感じさせないのは致命的かな、と。
タイトルからしてそうじゃないかと思っていたが予想通り過ぎて、感慨もなにも浮かばない。
はっきり言おう。単純でシナリオに沿ってるだけで面白みがなかったです。