「暇ねぇ……」
しとしとと雪が降り続ける。そんな庭の様子を呆け気味に見ながら輝夜は呟く。
部屋の掃除は済ませた。永琳は自室に篭り里への配達分の薬を処方中。
鈴仙は兎を引き連れて外で雪掻きの真っ最中。
雪が降りしきる中で態々雪掻きをしなくてもと思うのだが、鈴仙曰く早朝に比べると雪も幾分か弱くなってきているので昼前には止み、午後からは天気も回復し晴れ模様になるとの事。なので先に雪掻きを終わらせてしまおうという事らしい。
皆が忙しそうにしているのに自分は炬燵でごろごろとしているのもどうかと思い、雪掻きを手伝おうとする輝夜であったが、『姫にそのような事をさせる訳にはいきません』とは鈴仙の談。故に今に至る。
「鈴仙も少し過保護すぎるのよねぇ……」
炬燵の中で寝返りをうち、ぼぅっと視線を天井へと向ける。
こういう時こそ何かして暇を潰す時なのに何もすることがない。もどかしいものだ。
そういえば、と何かを思い出したかの様に上半身を起こし、炬燵からはいでる。
名残惜しいが炬燵で温まるのは何時でも出来る。
部屋に掛けていたマフラーと手袋を取り出し、机に閉まってある財布も持ち出す。
炬燵の電源を切り部屋を出る。向かう先は玄関だ。今日は雪が降っているので生憎の曇り空。その為か廊下も普段より薄暗い。廊下を歩いていると、ひんやりとした感触がスリッパ越しに伝わってくるので一層寒く感じてしまう。
「……永琳に言っておかないと後で怒られるかしら?」
永夜の異変以来、永遠亭は世間から隠れる必要も無くなり、その為もあってか永遠亭の面々は里の人達との交流も徐々に増えてきた。
輝夜自身も永遠亭に篭る必要がなくなった為、ちょくちょくと一人で外出をするようになる。
もっとも外出をする前には永琳に直接伝えるか、鈴仙やイナバ達に言伝を頼んでからになるのだが、それを差し引いても外での自由な時間が増えるのは彼女にとっては喜ばしいことなのだろう。
さほど急ぐことでもないので先に永琳に伝えてからでも遅くはない。
ならばまず永琳の部屋に向かわなければ。
そのように考えていた、正にその時だった。
「輝夜、私がどうかしたの?」
「あら永琳。丁度良い所に」
これで永琳の部屋まで行く手間が省けた。
とは言うものの、結局はどちらでもあまり変わらないものなのだが。
「丁度良い? ああ、また出かけるのね」
「ええ。ここにいても雪掻きすら手伝わせてくれないんだもの。
暇で暇でしょうがないわ」
「出かけるのは構わないけれど。夕飯までには帰ってこれるの?」
「うーん。分からないわねぇ」
「そう。なら夕飯はどうする? とっておきましょうか?」
「夕飯に間に合わないようなら自分で簡単なものを作って食べるから大丈夫よ。
もしかしたら泊まりになるかもしれないしね」
「分かったわ。気をつけていってらっしゃい」
「あれ? 師匠と姫様、お二人揃って何をしているのですか?」
雪掻きを終えたのだろうか。鈴仙は玄関で着ていた合羽に張り付いた雪を払い落とし、二人の下へとやってくる。
鈴仙の後に続くようにしてイナバ達が次々と奥の大広間へとなだれ込んで行く。
『廊下は走らないように』との注意にも聞く耳持たずと言った様子で、はぁと一つため息を漏らす鈴仙。
雪掻きをしているイナバ達は子供が多いので仕方が無いと言えば仕方が無い。
「師匠、姫様。すみません、騒がしくしてしまって。
全く……。あの子達ももう少し聞き分けがよかったら……」
「ふふ。いいのよウドンゲ」
「子供は元気が一番。少しうるさいぐらいが良いのよ。
鈴仙が気にすることじゃないわ。
あら? てゐは何処に行ったのかしら?」
「あ? え? 雪掻きの途中まで一緒にいたのに……」
てゐは鈴仙と一緒に雪掻きの為に外に出た筈なのだが、中に入って来る時にはその姿を見せなかった。
大方雪掻きの途中で抜け出して竹林をふらふらとしているのだろう。
遊びなら喜んでついてくるのだが、事手伝いとなると何時の間にやら何処へと雲隠れしてしまう。
鈴仙も口が酸っぱくなるほど言っているのだが、てゐにのらりくらりと交わされ説教も不発に終わる事が殆どだ。
「何時もの事ながらてゐも相変わらずね」
「す、すみません。師匠……」
へにょった耳を更にへにょらせ、頭を垂れる鈴仙。落ち込みモード突入である。
「ほらほら、ウドンゲ。そんなに落ち込まないの」
「ううぅ……。師匠、でも……」
鈴仙の頭をやさしく撫でてあやす永琳。さすがに日常茶飯事の出来事なので対処方法も心得ている。
あやすのは永琳だけではない。永琳がいない時には輝夜が永琳の代わりを務めていたりする。
見た目に反して、と言うものおかしな話なのだが。長年生きてきた経験からなのか、輝夜も永琳も子供をあやす事に長けている。
今でこそ鈴仙がイナバの子供達の面倒を見ているのだが、鈴仙が永遠亭に来る前は輝夜と永琳、それに大人のイナバがその役割を担っていた。
「そうね……。鈴仙、あなたも来なさい」
「へ? 私が? 何処にですか?」
唐突について来いと言われても、鈴仙は先の会話を聞いていたわけでもないのでいまいち理解できていないようだ。
輝夜も鈴仙のそんな反応を見るために言っている節が見られる。
鈴仙の反応は一つ一つが極端で見ていて飽きがこない。
喜怒哀楽がはっきりと顔に出る様はまるで子供のようで、輝夜や永琳も彼女をついからかってしまう事も度々ある。鈴仙も鈴仙でそのことに対しては常々不満を口に出してはいるのだが、本心からそう思っているわけではない。
「あのー、姫様申し訳ございません。私はこれから師匠と一緒に配達用の薬を処方しないと駄目なので……」
「あらそうなの。残念ねぇ」
俯きばつの悪そうに謝る鈴仙。やる事があるとはいえ主の誘いを断るのには多少の罪悪感があるのだろう。
輝夜はと言うと、特に気にしているわけでもなくあらそう、とあっけらかんとしている。
主従関係があるとはいえ、強制するつもりは無い。鈴仙が無理ならば一人で出かければよい。
元々そのつもりだったのだ。
「ウドンゲ、それなら別に大丈夫よ。
配達分の薬の量はそれほど多くはないし、納期までにまだ時間があるから。
折角だし貴女も輝夜と一緒に出かけてきなさいな」
「え? 師匠、よろしいのですか?」
「ええ。そろそろあの子にも本格的に薬の処方について教え込みたいと思っていた所なの」
「あ、そう言えばそのような事を前に言っていましたね」
「そ。だから今日は薬の残りはあの子にさせてみるつもり」
永琳の言うあの子とは、イナバの一人で名を蓮華と言う。
永遠亭で暮らしているイナバと一括りに言っても、大人から子供まで様々である。そんな中、蓮華は永遠亭の兎たちの中でそれなりに長く生きている妖怪兎だ。大人から子供まで様々とは言え永遠亭に住まう兎達は子供が多いのだが彼女は違う。身体は成熟しており成人女性のそれと何ら変わりがなく、また物腰柔らかで面倒見の良い性格を持ち合わせている。人間の年齢に換算すると二十歳を少し過ぎた辺りだろうか。少女というよりは近所のお姉さんと言った表現が似合う大人のイナバ。その為か鈴仙が永遠亭に来る前は輝夜や永琳と共にイナバの子供達の面倒を見ていた。鈴仙が永遠亭に来てからは鈴仙と蓮華の二人で協力し合いイナバの子供達の世話役や他のイナバ達への指示を出している。尤も子供達以外のイナバはしっかりと働いてくれるし自分の役割も把握しているので二人は実質子供達の世話だけをしている。
その片手間に鈴仙は医学や薬学の勉強に勤しんでいるが、蓮華はそうもいかず、本を読んで時間を潰し、また鈴仙の手が放せない時には一人で子供達の世話をしているが、どうにも暇な時間を持て余しがちだ。
それならばと、暇な時間は鈴仙と同じ様に医学や薬学を学ぶのに充ててはどうかと永琳が蓮華に尋ねた所、彼女は何の躊躇いもなく二つ返事で返してきた。
永琳から言い出すというのも珍しい事なのだが、永琳自身鈴仙から師と慕われ、彼女と一緒に過ごすうちに考え方が変わって来たのかもしれない。その結果が二人目の弟子になる。
最近までは永琳の講義を受け、鈴仙と一緒に里まで薬の配達を手伝ったりとまだまだ駆け出しなのだが、その姿勢は真面目な上、永琳の教えを素直に吸収するので永琳も教えがいがあるようだ。永琳自身もそろそろ本格的に教えていこうかと考えていた矢先の事なので、丁度良い機会だと思ったのだろう。
もう一つ理由がある。ここの所鈴仙は里に下りての薬の配達や販売、永遠亭に戻ってきて息つく暇なくすぐに永琳の手伝で薬の処方で部屋に篭り、暇が出来たと思ったらイナバを引きつれて屋根の雪掻き、と働き詰めでろくに休んでいない。そんな彼女に休暇を与えるのに輝夜の誘いはうってつけだった。輝夜も鈴仙がまともに休んでいないのは知っているので、彼女に無理はさせないはずだ。
「師匠、それじゃあお言葉に甘えて……」
「ええ、ゆっくりしてらっしゃい。良い気分転換にもなるしね。
そうね……、てゐもいない事だし子供達は蓮華に見てもらうように言っておくわ。
薬の調合や処方は夜にでもしようかしらね」
「はいっ。姫様、少々お待ちください。用意してきますね」
「ん、分かったわ」
実に嬉しそうに廊下を歩いていく鈴仙。そんな彼女の後姿を見て思わず笑みがこぼれる輝夜と永琳。
玄関から続く廊下の突き当たりに位置する大広間からはイナバの子供達がじゃれあい遊んでいるであろう騒がしくも賑やかな声が途切れなく聞こえてくる。子供はうるさいぐらいで丁度良い。先ほどの自分の言葉を思い出し再び笑みをこぼす。
「姫様、お待たせしましたっ」
「あら、もう少し時間がかかると思っていたのに案外早かったわね?」
「あんまり待たせるのもどうかと思いまして」
「だからと言ってその格好はどうにかならないのかしら?
見ているこっちが寒いわよ」
「そうですか? 何時もと同じだと思いますが……。
あっ、ほら。靴下。靴下が違いますっ」
鈴仙に言われて靴下が違うことに初めて気がつく。
膝まですっぽりと隠された黒いニーソックス。まごうことなきオーバーニーである。
ミニスカートを穿いている時点で視覚的に寒いのは間違いないのだが、どうにも何かがずれているのが鈴仙なのである。良くも悪くも彼女らしいと言えば彼女らしい。
「……これぞ絶対領域。
4:1:2,5の黄金比率。見事だわウドンゲ……」
「え、永琳!?」
「何でもない。何でもないのよ輝夜。
……輝夜も似合うかも、いやきっと似合うはず。ふふ……うふふふふ……」
傍らでぶつぶつとつぶやき下心みえみえの視線を送る永琳の仕草に寒気を覚え、鈴仙へと目配せをする。
が、肝心の鈴仙は半ば諦めの表情で苦笑いをし、『諦めましょう』と言いたげにこちらを見る。
こうなっては止められない。
「ほ、ほら鈴仙。その格好だけじゃ寒いでしょう?
これを首に巻いておきなさい」
「え? あ、はい」
これ以上流れをこのままにしておくわけにもいかないので、やや強引に話を切り替える為、輝夜は自分のマフラーを鈴仙の首に巻きつける。これで少しはましになるだろう。本音を言うとミニスカートを丈の長いスカートに変えさせたいのだが、少し暴走気味の永琳が隣にいるのでそれも出来ない。下手に刺激するとどのようなしっぺ返しが襲ってくるか想像がつかない。
「それじゃあ永琳。私達は出かけてくるわね」
「……えっ? あ、ああ。いってらっしゃい、輝夜」
それまで一人の世界に入り浸っていた永琳は輝夜の呼びかけで現実に引き戻される。
既に彼女の頭の中では輝夜の絶対領域を拝む為の65535通りのシミュレーションが出来上がっていた。
16ビットの月の頭脳は伊達ではない。絶対領域と月の頭脳がどう関係あるかは永遠の謎である。
「師匠。いってきます」
「ウドンゲ、此方は気にしなくてもよいからゆっくりと羽を伸ばしてきなさい」
「はいっ」
永琳の見送りを受け、玄関を出る二人。外の天気は相変わらずの曇り模様だが先ほどまで降っていた雪は既にやんでおり、空も僅かながら明るくなっている。ふと玄関の脇を見てみると、小さな雪だるまが一つちょこんと置かれていた。恐らくイナバの子供が雪掻きの合間に作った物なのだろう。竹の葉が眉毛、庭の小石が目の代わりなのだろう。少々不恰好なのだが、それが何とも愛嬌があり可愛らしい。
雪の積もった竹林は酷く殺風景で辺りを見回しても小動物の気配がちらほらとするだけで他には何もいない。ぎゅっぎゅっと二人の雪を踏みしめる音。風か吹くたびに竹が揺さぶられかさかさと鳴り響き、次に聞こえるのは竹の枝から落ちる雪の音。足音と竹林の音。この二つの音に聞き入りながらいつもよりもゆっくりと竹林の中を歩いていく。これも一つの風情と言うべきか。久しぶりの外出だ。このような些細なことでも楽しまなければ損なのだ。
「姫様、何処に向かわれるのですか?」
「あら、言わなくてもわかるでしょう」
「あ、成る程。妹紅さんの所ですね」
途端に表情が明るくなる鈴仙。
薬の配達は人里だけではない。紅魔館や白玉楼、魔法の森等常人が近寄りがたい場所から、妖怪の山の上に社を構える守矢神社まで幅広く承っている。
薬の配達先には妹紅の住居も含まれており、鈴仙は配達の為にちょくちょくと妹紅の家に通いつめるようになる。妹紅も妹紅で鈴仙の話をきいているうちに少しずつだが心を許しはじめ、それにつれて自分から色々な話題を振るようになり、結果お互いに親しい間柄となった。今や妹紅の家への薬の配達は鈴仙の楽しみの一つである。妹紅自身も鈴仙の訪問を楽しみにしている節が見受けられるのでお互い様と言った所か。本来ならば蓬莱人の妹紅に薬は必要のないものなのだが、竹林で迷子になった里の人間の事を考えると万が一に備え応急処置程度の薬品は常備しておいた方がよいと鈴仙に進められ現在に至る。そのお陰もあるのか、里の人間が竹林で迷子になり怪我をしても大事に至ることはめったになく、里の人間からの信頼は厚い。
半刻程歩いただろうか。目の前に広がる景色は変わらず前後左右、竹、竹、竹。
先ほどと違うのは薄暗い竹林が徐々に明るくなってきた事だ。出口は近い。輝夜と鈴仙の二人は心持ち早めに歩を進め竹林の出口を目指す。
竹林を抜けると目の前に広がる風景は緩やかな傾斜の丘。今は雪が積もっているので一面の銀世界なのだが、雪が溶け、春になるとツクシや蒲公英を始めとした多種多様の草花が丘一面を鮮やかに彩るだろう。丘を彩る春の草花を楽しむのはもう暫くの間お預けだ。だが眼下に広がる幻想郷の風景は絶景の一言で何時見ても飽きがこない。春には春の、冬には冬の、四季それぞれの景色には違った良さがあり、夏や秋にはまた違う景色が見られる事だろう。目を細め遠くの空を見てみる。雲の層が薄くなっているのか空は明るく隙間から光が射し込んでいる。これならば朝に鈴仙の言っていた通りになりそうだ。
「もう少ししたら晴れそうねぇ」
「でしょう? 結構当たるんですよ。私の天気予報」
えっへんと得意げに胸をはる鈴仙。何とも嬉しそうである。
「あっ、姫様。妹紅さんの家が見えてきましたよ」
妹紅は現在里の外れに住居を構えている。元々は竹林の奥でひっそりと暮らしていたのだが、里の人間を永遠亭へと案内したり、竹林での迷子を里まで送り返したりしている内に竹林の中だとどうにも不便なのではないかと彼女の友人――――上白沢慧音の進めで里の近くに住むようになった。里の人間も普段から妹紅の世話になっている為かその事には喜び、度々彼女の家へと里で収穫された作物や料理を差し入れに来ている。
低い垣根に囲まれ藁葺屋根が特徴的な一軒家は一人で住むには丁度よい広さで、縁側からは庭を跨いで里を一望できる。
彼女の配慮で垣根に設けられた門は常に開けられており、誰でも気軽に尋ねてくることが出来るようになっている。
輝夜と鈴仙の二人は表に回り、垣根から顔を覗かせる。
庭では数人の里の子供達が雪で遊んでおり、縁側では妹紅がお茶を啜りながら子供達が元気一杯に遊ぶ姿を見ていた。雪玉を投げ合う子供。雪だるまを作る子供。妹紅の隣で彼女にもたれかかり一緒にお茶を飲む子供。
どの子供を見ても微笑ましい風景である。
「あ、薬屋さんの兎さんだー」
「ぐやせんせーもいるよー」
「もこせんせー!! ぐやせんせーがきたよー!!」
「薬屋さんとぐやせんせーこんにちわー」
「皆こんにちは。元気にしてた?」
子供達は輝夜と鈴仙を見つけるや否や、彼女のたちの元へと駆け寄り、二人の手を引っ張り半ば強引に庭へと案内をする。二人にとっては此処に来ると何時もの事なので子供達にされるがままにしている。
縁側で子供達の様子を見ていた妹紅はと言うと。子供達の相手は任せたと言わんばかりの表情をこちらに向け、縁側でお茶を啜っているだけだ。妹紅にもたれかかっている子供が何とも眠たそうにうとうととしているので動けないという事もあるのだが。
静かにお茶を啜る妹紅とは対照的に、子供達に囲まれ遊ぼうと急かされている輝夜と鈴仙の二人。
「みんなー、寒くない?」
「もこせんせー。これぐらいへーきだよ!!」
「わたしもだいじょーぶー!!」
「よーし。なら存分に輝夜先生と鈴仙に遊んでもらいなよー」
直後に聞こえる『はーい』と元気の良い返事。元気なのは良いことである。
「あぅ……。姫様ぁ~」
「こら、鈴仙。情けない声を出すんじゃないの」
鈴仙の耳や尻尾は子供達にとっては興味津々。いつもいつも子供達に弄くられているとはいえ慣れている訳でもなく、かといって逃げようにも子供達に囲まれて身動きが取れない。八方ふさがりの状況ではどうしようもなく子供達に耳を弄くられ尻尾をふにふにと触られる鈴仙。これ以上やると泣きが入りそうだ。
「ほらほら……。幾ら物珍しいからって人、じゃないわね鈴仙は。ま、兎も角相手の嫌がることをしては駄目よ?」
「えー?」
「えー?」
「だってだって、兎さんの尻尾ふかふかしてて、触るとふにふにしてるんだよ?
ぐやせんせーも触ってみればわかるよー」
「あらそうなの?」
「そうだよー」
子供に言われて改めて鈴仙の尻尾を見てみる。真っ白な綿毛に覆われ丸々とした尻尾。
成る程。確かにふかふかで触り心地がよさそうだ。
「ねぇ鈴仙……」
「ひぃっ!? ひ、姫様ぁー、こちらに向けてわきわきと妙な動きをさせているその手は何ですか?
冗談、ですよね? 姫様はそんな事しませんよね?」
「んっふふふー。諦めなさい鈴仙」
これ以上ない笑顔で鈴仙にじりじりと歩み寄る輝夜。
対する鈴仙は子供達に囲まれ腕を掴まれているので身動きが出来ない状態である。
鈴仙に逃げ場なし。
~~~姫様ふにふに中~~~
「本当ねぇ。ふかふかふにふにしてて触り心地が良いわね」
「でしょー?」
「姫様……、もうやめて下さい。……ひぅっ!!」
「いいじゃないの鈴仙。別に減る物じゃないし」
「減るとか減らないとかじゃなくてですね。ひゃぅっ!!」
鈴仙の尻尾の触り心地が余程良かったのだろうか。
輝夜は実に15分近く鈴仙の尻尾をふにふにと弄くりまわしていた。
弄繰り回される鈴仙は既に泣きが入っている状態である。
「うぅ~、姫様酷いです……」
「あ、あらら。ごめんさない鈴仙。余りにも触り心地が良くてついつい」
「だからって……」
「あー、ぐやせんせーが兎さんを泣かしたー」
「いーけないんだー」
先ほどとうって変わって鈴仙の擁護に回る子供達。ふくれっ面で拗ねている鈴仙。
ここは素直に謝るしかない。子供達には勝てないのだ。
その様子を見ていた妹紅はお茶を一啜り。
「平和だねぇ~。あー、お茶が美味い」
「もこせんせー、おばあさんみたいー」
「もこばあさんだー」
「だー」
「う゛っ。まあ確かに年は取っているけども……」
子供達に痛い所を突かれてお茶を飲む手が止まる妹紅。
傍らでは無邪気に笑う子供達。庭では機嫌を直した鈴仙と輝夜が別の子供達と雪で遊んでいる。
「さてと……」
妹紅にもたれかかってうとうととしていた子供を奥の部屋へと連れて行き布団に寝かしつける。
再び縁側に戻って来た時には子供達は鈴仙と輝夜を筆頭に二つのグループに分かれて雪合戦を始めていた。
「私はどちら側につこうかなぁっと」
悩むふりをしてみせる妹紅だがどちらにつくかは一目瞭然。
「あら、矢張りと言うべきなのかしらねぇ?」
「さーてね。何のことやら」
さも当然と言わしめんばかりに鈴仙のグループへと加わる妹紅。
「んじゃまあ、鈴仙」
「はい?」
「輝夜に負けるのも癪だし気を引き締めていこうか」
「あー、いやその。妹紅さん、遊びじゃないですか。勝ち負けとか気にせずに楽しくやりましょうよ。
ほら、子供達も一緒にいるのですから」
「もこせんせー負けず嫌いだからねー」
「だよねー」
遊びが過ぎてヒートアップした二人が弾幕勝負に発展するのは日常茶飯事。
子供達も何時も間近でそのやり取りを見ているので、何とも手馴れたものである。
「もこせんせー」
「うん?」
「今日はちゃんと雪合戦だけで勝負だよ?」
「……わかったわかった」
「もこせんせーはすぐにムキになるから駄目かもね?」
袖を口にあてくすくすと笑う輝夜。挑発を受けてこめかみに青筋をたて怒りを顕にする妹紅。
間では鈴仙がおろおろとしている。喧嘩するほど何とやら。何時もの光景である。
「輝夜さん」
「あら蓬じゃない。どうかしたの?」
「あんまり妹紅姉さんを怒らせちゃだめですよ」
些かやり過ぎたか。
妹紅をからかう事となるとついつい度が過ぎてしまうのは悪い癖だと常々思っている。思ってはいるのだが妹紅を目の前にするとどうしてもからかってしまう。妹紅も妹紅で聞き流せばよいものをそれが出来ない性格なので結局は子供が間に入って止めに入る。止めに入る子供は何時も決まっている。輝夜に蓬と呼ばれ妹紅を姉と呼び慕う女の子だ。此処に居る子供達の間では一番の年長者で子供達のまとめ役でもある。
「全く、姉さんも姉さんで輝夜さんの言う事は聞き流せばいいのに一々真に受けて突っかかるんだから。
何時も何時も止める方の身になってよね」
「輝夜が悪いのよ輝夜が」
「だってもこたんの反応は見ていて飽きないもの。だからついつい……ね」
「ほぉーう、そうかそうか。そこに直れバ輝夜。
その腐りきって曲がりくねった性格を叩きなおしてやるわ」
「姉さんっ!!」
直後響き渡る怒声。矛先は勿論妹紅である。
これにはさすがの妹紅も頭が上がらない様子で大人しく説教を受けている。
説教する妹にされる姉。これではどちらが姉かわからない。
「それじゃあ雪合戦再開しましょうか」
「姫様、雪合戦だけにしてくださいよ?」
「わかっているわよ鈴仙。所で……」
「姫様?」
「鈴仙、貴女は敵だったわよね? こんな所にいても良いのかしら?」
輝夜の言葉にはっとし、辺りを見回すと雪玉を両手一杯に持つ子供達が此方を見ているではないか。
子供達の中心にいる輝夜もいつの間にか雪玉を持っておりにんまりと笑みを浮かべる。
再び鈴仙に逃げ場なし。
辺り一面に響き渡る鈴仙の悲鳴。その声は永遠亭まで聞こえたとか聞こえなかったとか。
◇◇◇
「今日はお疲れ様。熱燗でよかった?」
「ええ。もこたんの淹れたものなら何でもいいわよ」
「もこたん言うな」
縁側で寛いでいる所に徳利とお猪口を差し出す妹紅。
隣に妹紅が腰を降ろし、手に持った熱燗をお猪口に移し飲み干す。
「月が綺麗ねぇ」
「満月は明日だけどもね」
冬の澄んだ空気は星や月を一層はっきりと映し出す。満月が近い為か月は淡くも燦々と輝きつづけている。ふと足元を見てると月の光によるものなのか、夜にも拘らず影が出来ていた。庭に目を向けると月の光が反射してきらきらと輝く雪。月と雪のコラボレーションも中々良い物である。
「鈴仙は?」
「蓬と一緒に寝たわよ。疲れが溜まっていたのかな、お風呂から上がった後すぐに眠ったみたい」
「あの子はここの所働き詰めだったから」
「アンタが鈴仙の手伝いをしてあげりゃ少しは負担が減るんじゃないの?」
昼間の仕返しと言わんばかりに意地悪な笑みを浮かべる妹紅。
「あら、その言い方だと私が何もしていないように見えるじゃない」
「見える、じゃなくて実際にそうだろ?」
「もこたんは失礼ねぇ。手伝うって言っても鈴仙が許してくれないのよ」
「だからもこたん言うな」
妹紅は膨れっ面になりながらもお猪口を輝夜の目の前に差し出す。
酒を注いでくれという事なのだろう。なみなみと注がれたお猪口の水面には少し歪な形の月がゆらゆらと映し出されている。月も明日になれば綺麗な円を描く満月になるだろう。
「空に浮かぶはまん丸お月様。目の前には真っ白な雪。
雪と月。後は花があれば文句なしねぇ」
「花ね。無い事も無いけれど……」
「無いけれど?」
「寝ている二人を起こしてしまうから無理って事」
「寝ている二人を起こす……。花は花でもその花の事なのね」
「そう言う事。ま、今日はこれだけで我慢我慢」
「月見酒には十分過ぎるぐらいよ」
月に一度の満月の日。その前後2・3日は慧音が歴史の編集に追われる為に里の様子や寺子屋で子供達の面倒を見ることが出来ない。家の手伝いがある子供達は手伝いに回ってはいるものの、それすらも出来ない子供達も少なくはない。どうしたものかと困り果てていた所、妹紅に白羽の矢がたった訳である。一昔前の彼女なら慧音の頼みでも断ったであろう。だが彼女は断ることなく里の子供達の面倒を見ている。
「もこたんも変わったわよねぇ」
「だからいい加減もこたん言うの止めろ。バ輝夜」
「あら酷いもこたん」
袖を目元にあて、わざとらしくよよよと泣き崩れる真似をする輝夜。
対する妹紅は呆れた表情でその仕草を見つつ大きな溜め息をついた。
輝夜に自分のことをもこたんと呼ばせないようにするには無理だと悟ったようだ。
「……否定はしないけどさ」
「一昔前のもこたんだったら頼まれても子供達の面倒を見るなんて事なかったでしょ?」
「まあ、ね。私が変わったなら――――」
酒を飲み干し、二人は奥の部屋へと視線を向ける。
奥の部屋では鈴仙と蓬が布団で仲良く寝ていた。
「鈴仙や蓬、里の子供達、それと慧音のおかげかな」
「子育てでてんやわんやのもこたんも中々に新鮮な光景だったわよ?」
「うっ……。それは言わない約束じゃない」
現在妹紅は一人で暮らしていない。蓬と二人で暮らしている。
蓬は幼少の頃に両親を無くし孤独の身となった。里は貧しくはないが裕福でもない。だが慧音の頼みならば、いや頼みではなくとも彼女を引き取ってくれると申し出てくれた人は何人もいただろう。だが慧音が蓬を連れて行った先は妹紅の家。友人の頼みとはいえ流石に了承の返事を渋る妹紅であったが、結局は慧音の説得に押し切られ彼女の世話を見ることになる。
子供の世話という慣れない事にあたふたし人里や永遠亭、果ては紅魔館にまで助けを求める毎日。一日一日がめまぐるしく過ぎていく中、やれ子供が笑った、やれ自分の事をお姉ちゃんと呼んでくれた等、何でもない日常の出来事一つ一つに喜びを感じるようになってきた。
妹紅自身の生活も少しずつ変化していく。何しろ今まで一人気ままに生活するのとは話が違う。蓬の生活リズムに合わせる必要があるので自然と規則正しくなってくる。炊事や洗濯等もこなさなければいけなかったがこちらは長年一人で暮らしてきた経験を活かし、彼女に色々と教え込むことが出来た。就寝時も蓬に合わせて布団で寝るようにもなった。相変わらず寝る時に周りの注意を払っているのには変わりは無いが。
「ほーんとあの頃のもこたんは初々しかったわ。
顔を真っ赤にして子供をあやすのを教えて欲しいって言ってきた時には面食らったわよ」
「あー……。それは言うな……」
当時の事を思い出したのだろうか。照れ臭そうな仕草でそっぽ向く。
照れている妹紅の顔を見れないのが残念だと思う輝夜ではあったが、無理に見ようとも思わない。
空を見上げ月や星の輝きを肴に酒を一口、庭に視線を移し、闇に映える雪景色を肴に酒をまた一口。
少しの沈黙。心地良い沈黙と言うべきか。
「でもさ、今はそれが当たり前になっているのよね。
あの子と一緒に暮らして、里の人達の警護をして、偶には子供達の遊び相手になってあげて……」
再び二人が寝ている布団に目を向ける妹紅。
二人を見つめる瞳は、表情は、自分の家族を慈しむ穏やかなものだった。
このような表情が出来るようになったのも鈴仙や蓬のおかげだろう。
「愛情を注げば注ぐほど別れも辛くなるわよ?」
「それは元より覚悟の上。でなきゃ幾ら慧音の頼みでも首を縦に振ることはないって。
それにアンタだって似たようなモノでしょうに」
「そうね……」
「話が湿っぽくなっちゃったね。よし、飲みなおそう」
「じゃあ今度は私がお酒持ってくるわね。熱燗で良いかしら?」
「ん、ああ。じゃあ頼もうかな」
勝手知ったる人の家とはよく言ったもので、手際よく食器棚から新しい徳利と皿を取り出し酒を温める。
トントントンとテンポの良い包丁音が鳴り響き、鼻歌混じりに熱燗のツマミを料理する様は実に楽しそうである。
「はい、御待たせ」
「ありがと。今更だが意外なもんだなぁ」
「何が?」
「いやさ、鼻歌まで歌っちゃってホント楽しそうに料理するものだなと思ってね。
アンタが料理できるって事を知った時は思わず頬を抓ったものだわ」
「あら、失礼ね。もこたんは私が何も出来ないやらないぐうたら姫だとでも思っていたの?」
「思ってた」
即答である。まあこれは妹紅以外の人に聞いても同じ返事が返ってくるだろう。
とは言え、それも仕方のない事なのだが。
「長い間永遠亭に引き篭もっていればそう思われて当然じゃないの?
私に限らず他の人から見ればアンタの扱いは超が付くほどの箱入り娘扱いじゃない」
「永遠亭の主だからって何もしなくても良い訳じゃないのよ?
主だから従者だからじゃなくて、出来る事は皆で協力してやる。それが永遠亭の決まり事。
それにね、イナバ達と一緒に炊事や洗濯をするのは楽しいものよ。今のもこたんなら分かるでしょう?」
「……あー、それは確かに」
イナバ達を里の子供達や蓬に、輝夜を自分に置き換え想像してみる。
里の子供達に料理を教える妹紅に、目を輝かせ実に楽しそうにしている子供達。
傍らでは慧音が別の子供達と一緒に洗濯物を干している。
成る程、そう言われればと納得してしまい顔が綻ぶ。
「もこたん、だらしない顔になっているわよ」
「え? あ、いやその」
輝夜に指摘され慌てて緩んだ顔を引き締めるも先ほど思い浮かべた光景が頭から離れずに、どうしても緩んでしまう。先ほどの照れ臭い顔は見ることは出来なかったが、代わりに妹紅の楽しそうな顔を見る事が出来たので輝夜としてはそれで十分だろう。もっとも自分も妹紅と同じ表情になっている事には気がついていないようだが。
酒を飲み、話に花を咲かせ、偶には冗談を言い合う。
二人だけの宴会はで天の頂で月が輝く時刻まで続けられた。
夜が明ければ里の子供達の世話が待っている。
だがそれは苦ではない。寧ろ楽しみであるのだ。
明日は子供達と何をしようか。
子供達を連れてピクニックに行くのも良いかも知れない。
場所は限られるが里の子供達も喜んでくれるだろう。
「ねぇもこたん」
「うん?」
「明日晴れたらね、子供達を連れて何処かにいきましょうよ」
「何処かって、えらくアバウトね。危ない場所だったら却下」
「何処かと言っても危険な場所に行くわけじゃないわ。
それに場所は子供達に任せるの。何処に行ってみたいか聞いてそこに行くのよ」
「子供達に任せるねぇ。偶にはそれも良いかな」
「そうと決まれば明日は早起きしないとね」
「明日は晴れるかな……」
「大丈夫よ。きっと晴れるわ」
縁側から夜空を見上げてみると雲ひとつない星空。明日もきっと晴れることだろう。
ピクニックから戻ってきたら子供達と一緒に夕食を作り、その後満月の元で月見でもしようか。
そのままお泊り会に移っても構わないだろう。
どうせ後2・3日は寺子屋も閉まったままだ。
子供達の親には朝迎えに行く時に話を通しておけば良い。
子供達の笑顔を肴に酒を一口。うん、美味い。舌鼓をうち、互いに顔を見合い、笑い出す。考えていることは同じという事か。
「……で、何で此処なのかしら?
詳細は分かりやすくかつ掻い摘んで原稿用紙30枚にまとめてくれない?」
「あははは……。里の子供達に何処に行きたいって聞いていみたらね?
満場一致で此処に来たいって言って。
ほ、ほら、永遠亭は広いし、道中の竹林も鈴仙ともこたんがいれば安全だし……。
それに子供達の興味津々の可愛らしい笑顔で永遠亭に行きたいと言われたら断れないじゃない?」
「師匠、私と姫様と妹紅さんできちんと子供達の面倒を見ますので今日だけは許してもらえませんか?」
「あの……。永琳ごめんね?」
(くぅー、そんな顔されたら怒れないじゃないの……ッ!!)
「あら、こりゃまた大所帯ね。この子達はどーしたのさ鈴仙?」
「あ、てゐ。昨日は雪掻きサボってどこほっつき歩いてたのよ?」
「疑問には疑問で返すなと教わらなかった?」
「今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ……!!」
「い、いひゃひ、いひゃひ、れいひぇん!! ほほをひっひゃららいれぇ~!!」
「自業自得よ。で、何処にいたのよ?」
「姫様の炬燵でずっと寝てた」
「あんたねぇ……」
ところでてゐはどこに…?
殺し合いをせず、こんなに穏やかに過ごす輝夜と妹紅の話はとても新鮮で面白かったです。
願わくば、この時間が長く続くことを祈りたいですねぇ…。
凄く良かったです。えーりんはどうあってもこの扱いなんだなwww
ですが、蓮華が後半まったく出てこないのは少し気になりました。
他の方もいわれてますがオリキャラを出す意味があったのでしょうか?
そこがなければすっきりと読めたのですが。