天界
「ふああぁぁぁぁぁ…………暇だわ」
天人の比那名居天子は大欠伸をした。
以前、天子が起こした異変から早数日。
あの後神社を直したり、再び壊されたり、その後喧嘩を吹っ掛けられたりと色々とあった。
が、その後なにかあったかと言うと、何もない。
それ故に、天子は暇を持て余していた。
元々、天子は大凡(おおよそ)天人向きの性格では無い。
天人は日々歌って踊り、碁を打ったり釣りをしたりしながら天界に成る果物などを食べて生活している。
これだけ聞くと地上の者は羨ましがる者が多い。
が、実際にはそれくらいしか娯楽が無いのだ。
つまり、それにすら飽きてしまうととてつもなく退屈な生活と言う事だ。
他の天人は飽きる………と言うよりは、それほど生活に変化を求めない。
が、修行などをせずに親のついでに天人になった所為か、天子は他の天人と違い、生活に変化を求めて居た。
それ故に、この天界の暮しがどうしようもなく退屈なのだ。
「そんなに暇なら下界にでも行けば~?」
そんな天子に声を掛ける影が一つ。
あの異変以来天界に住み着いてしまった鬼の伊吹萃香だ。
「下界~?まぁ、ここよりは面白いかもしれないけどさ~」
「こんな言葉を知ってる?行けば解る。行かなければ解らない」
萃香は寝ころんだまま言う。
「一理あるわね。ま、暇だし、行って来ようかな」
「はいは~い、いってらっしゃ~い」
そう言いつつ、相変わらず萃香は寝ころんだままだ。
「さて………面白い事でもあれば良いんだけどね」
天子はそう言うと、天界から跳躍し、一気に下界へと急降下、否、落下していった。
下界に降りた天子はそこらを歩いていた。
「ん~………何か面白い事でもないかな~」
周りを見回しながらテクテクと歩く。
「ん?お前は…………」
歩いていると突然声を掛けられた。
「ん?誰?」
天子は声のした方を振り向く。
「あれ?あんたは確か…………」
「天人がこんな所で何をしてるんだ?」
「そっちこそ。ご主人様から離れて良いの?隙間妖怪の式」
そこに居たのは境界の妖怪、八雲紫の式、八雲藍だった。
「私は結界の調査をして回ってるんだ。それよりお前は何をしている」
以前の事があった所為か、藍は若干敵意を露わにしている。
「私?ただの暇潰し」
「良い御身分だな」
「ええ、そうなの。だから暇なのよ」
藍の嫌味もまるで通じない。
「まぁいい。妙な事など起こすなよ」
「さぁ?気分次第ね」
「おい………」
藍の敵意が強まる。
「ああ、安心して。あんたのご主人様に敵対するような事はないから」
「ほう?」
「正直、あいつ何か苦手なのよね………怖いとかじゃなくてね。何か言い難いんだけどさ」
「言いたい事は解るつもりだ」
紫様の式だからな、と藍は聞こえない程度に呟いた。
「さて、それじゃあ暇潰しに忙しいから失礼するわね」
「紫様みたいな事を言う奴だな………まぁいい。私も忙しい。妙な真似だけはしてくれるなよ」
「はいはい」
藍は最後にもう一度釘を刺して去って行った。
「やれやれ………目を付けられてるわねぇ」
頭を、正確には帽子をポリポリと掻きながら天子は呟く。
「さて………何しようかしら?」
天子はもう一度辺りを見回す。
「…………ん?」
周りを見て居ると、突如天子の方に向って何かが飛来して来た。
「………氷?」
それは氷塊だった。
大きさは天子の持っている要石くらいはある。
「よっと」
ガキィンッ!!
が、所詮は大して力の籠ってない氷塊。
天子はいとも簡単に氷塊を砕く。
「何で氷が?」
天子は氷が飛んできた方向を見る。
すると、何やら妖精が氷を撃っているのが見えた。
「………暇くらい潰せるかな?」
天子はその妖精の元へと向かった。
「前言撤回。暇潰しにもならないわ」
「むぎゅぅぅぅ……………」
数秒後、そこには退屈そうに溜息を吐く天子と地に伏している氷精、チルノの姿が有った。
あの後天子が氷を飛ばしていた妖精、チルノの所へと行き、軽く挑発をした。
案の定チルノはそれに簡単に乗り、勝負をしたが、結果はご覧のとおり。
曲がりなりにも幻想郷トップレベルに座する天子の力に妖精が敵う道理は無し。
「さて、どうしようかしら?」
倒れているチルノをしゃがみ込んで見る天子。
「サ、サイキョーのこのあたいが負けるなんて…………」
「最強?その程度で?冗談でしょ?」
「なにおー!!!」
天子の言葉に反応し、それまでのダメージは何処へ行ったのか、ガバッ!と起き上がるチルノ。
「お、凄い回復力」
座ったまま起き上がったチルノを見て天子は言う。
「このやろー!!もう一回しょーぶよ!!」
「私は野郎じゃないわ。ついでにもう一回勝負する気もないわよ。結果見えてるし」
「なにー!?逃げる気ね!?」
「何で自分より弱いのから逃げなきゃいけないのよ」
「勝負しろー!!」
チルノは暴れ出した。
「やれやれ…………」
天子は困ったように頭を掻く。
「チルノちゃ~ん!!」
と、その時、遠くからチルノを呼ぶ声が聞こえてきた。
「む?大ちゃん?」
もう一体、新たに妖精が現れた。
「何?味方の増援?良いわよ、妖精風情何匹でも掛かって来なさい」
「なにおー!!あんたなんてあたい一人で十分よ!!」
「たった今手も足も出ずに負けておいて良く言うわね」
「なにおー!!」
チルノと天子が言い合って居る所にチルノの友人の大妖精が到着した。
「ごめんなさい!ごめんなさい!チルノちゃんが何かしたんですね!?悪い子じゃないんです!許してあげて下さい!!」
そして、着くなり天子に頭を下げてそう言った。
「え?あ、いや。別にそんな大した事されたわけじゃないから別に良いけど………」
チルノとは打って変わった態度に天子もちょっと戸惑う。
「大ちゃん!こんな奴に謝る必要ないわよ!!」
「いや、あんたは謝んなさいよ。通りすがりの私に氷塊ぶつけそうになったんだから」
「えぇ!?そんな事を!?ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「いや、別に貴女は良いって………」
大妖精の態度にさしもの天子もあまり強く出れない。
天子にとってこう言うタイプは初めてのようだ。
「それより大ちゃん、お菓子出来たの?」
まるで空気を読めて無いチルノが大妖精に問い掛ける。
「あ、うん。その事で呼びに来たんだけど………」
「じゃあ行こう!」
「あ、でも…………」
大妖精はちらりと天子の方を見る。
「あ、そうだ!貴女も来ませんか?チルノちゃんの事でお詫びもしたいので………」
「えぇ!?こんな奴呼ぶ必要ないわよ!!」
「チルノちゃん」
大妖精はチルノを軽く睨みつける。
「う…………」
普段は怒らない大妖精のその目に、さしものチルノも黙り込んでしまう。
「ん~………どうせ暇だったしね。お邪魔しようかしら」
「ええ、是非!」
大妖精は笑顔でそう言うと、まだ文句を言うチルノを連れて天子を案内した。
「ここで待っていて下さい」
森の中のとある場所で大妖精にそう言われ、天子はそこで待つ事にした。
その場所には人が座れそうな木を切って作ったような椅子と、同じく木を切った物を使ったような円形のテーブルが有った。
普段は自分達の住処でお茶会の様な物をするのだろうが、体のサイズの大きい天子では入れる筈もない。
故に、こう言った場所を設けてあるのだろう。
無論、体のサイズが大きいとはあくまで妖精と対比して、であり、天子の大きさは通常の人間のそれである。
ややして、大妖精がお茶とお菓子を持ってくる。
ご丁寧に、天子のカップはちゃんとサイズを合わせてある。
「へ~、ちゃんと私のサイズに合ったカップもあるんだ」
「はい。ここには偶に貴女の様な方も来られますので」
大妖精は笑顔でそう言った。
因みに、チルノは勿論、大妖精も天子が天人だとは知る由もない。
チルノに難なく勝った事から、恐らく、妖怪などと戦えるような力を持った人間だと思っているのだろう。
「ふ~ん………どう言ったのがここに来るの?」
天子は大妖精に尋ねた。
「人間の里の上白沢慧音さん。それに魔法の森のアリス・マーガトロイドさん。後は紅魔館の門番の紅美鈴さんも来られます」
大妖精はカップに紅茶を注ぎながら天子の質問に返す。
「ふ~ん………」
天子は適当な返事を返した。
(アリスって言うのは確かあの人形遣いよね………他の二人は知らないわ)
淹れて貰った紅茶を啜りながら天子は思案を巡らせていた。
「ちょっと!何勝手に飲んでるのよ!!」
「え?」
突然チルノに怒鳴られて戸惑う天子。
このカップの大きさから言って、これは自分のの筈だ。
ならば、何故怒られたのだろうか?
天子はそう思っていた。
「ちゃんと「頂きます」って言うまで手をつけちゃダメなのよ!!」
「あ……そう、それはごめんなさい」
礼節の問題とあっては、天子も一応素直に謝った。
「あ、良いんです。気にしないで下さい」
だが、大妖精は笑顔でそう言った。
「いえ、ごめんなさい」
どうにも天子は大妖精には強く出れなかった。
これが行ったのがチルノだったら、「あ、そう?」と返していた事だろう。
「そう言えば、自己紹介してなかったわね」
天子は思い出したように言う。
「あ、では。私から」
大妖精がそう言う。
「私は大妖精って言います。皆からは大ちゃんって呼ばれてます」
「あたいはチルノ!サイキョーの妖精よ!!」
この紹介はまんざら間違っても居ない。
確かに、チルノは妖精の中なら文句なく最強なのだ。
低級な妖怪ならまず敵わないくらいに強い。
「ふ~ん……ま、いいわ。私の名前は比那名居天子よ」
「天子さんですか。よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
「ふん、よろしくしてあげても良いわよ!」
「もう、チルノちゃんったら………すみません」
「構わないわよ。そう言う奴なんでしょ?」
まだ少ししか居ないが、天子は漠然とチルノの性格を掴んでいた。
「はい。悪い子じゃないんですけど…………」
申し訳なさそうに大妖精は言う。
「まぁ、いいわ。それよりお茶冷めちゃわない?」
「あ、そうですね。それじゃあ、いただきます」
「いっただっきま~す!」
「いただきます」
大妖精の挨拶共にお茶会が始まった。
「これ何?」
天子はお菓子の一つを手に取って訪ねた。
「あ、それは花の蜜を使ったクッキーです」
「花の蜜?」
「はい」
(ふ~ん………珍しいけど、妖精らしいと言えばらしいかしら)
そんな事を考えながら天子はクッキーを口に運ぶ。
パキッ
「………あら、美味しいわこれ」
「へっへ~ん!そうでしょう!」
「なんであんたが得意げになってるかは知らないけど、本当に美味しいわ」
「気に入って頂けたなら幸いです」
やはり笑顔で言う大妖精。
「どうやって作ってるの?これ」
「きぎょー秘密に決まってるじゃない!!」
チルノが言う。
恐らく、チルノは企業秘密の企業に付いては解っていないと思われる。
ただ、秘密、と言う言葉が入るからそう言う意味なのだろうと言う事で使っているのだ。
「あんたにゃ聞いてないわよ」
「なにー!!」
「チ、チルノちゃん………あの、すみませんが、秘密と言う訳じゃないんですけど………」
「花の蜜自体が妖精じゃないと集められない、って事かしら?」
「はい。本来人間の方が口にしている蜂蜜も花の蜜ではありますけど、蜂の体の中で成分が変質し、本来の花の蜜のそれとは変わってしまっているんです」
「へ~」
天子にとっては初めて聞く事だった。
「ですから、純粋な花の蜜と言うのは私達妖精じゃないと無理なんです」
「なるほど………加えて妖精の住処って解らないって言うしね」
「何!?あたい達から奪うつもり!?」
天子の言葉にチルノが敏感に反応する。
こう言う事には鋭いようだ。
「そんなつもりはないわよ。たかが花の蜜如きにそこまでするつもりはないわ」
「むきー!!何か見下されてるわよ!大ちゃん!!」
「人間の方から見れば仕方ないよ、チルノちゃん」
「ああ、ごめんなさい。別に見下して言った訳じゃないわ」
この言葉は天子の本心だった。
何故かこの二人、特に大妖精にいたっては見下す気になれないのだった。
他の者なら間違いなく見下していた。
が、今まで居ないタイプで戸惑うせいだろうか、大妖精だけは見下す気になれずにいた。
「そうね………お詫びと言ってはなんだけど、これはいかが?」
そう言って天子は天界から持って来た桃を取り出した。
「桃、ですか?」
「ええ、ある所になってる美味しい桃よ」
「桃?この季節に?」
チルノが訝しがるのも無理はない。
今は夏。
桃がなるにはまだ早い。
「言ったでしょ?ある所って。特別な場所なのよ、そこは」
「じゃあ、頂きますね」
「ええ、どうぞ」
まず、大妖精が桃の皮をむいて口にする。
「!!!」
一口かじった瞬間、大妖精の表情が驚愕の表情に変わる。
「え!?どうしたの!?大ちゃん!!」
チルノも驚いて尋ねる。
天子は解ってるので笑みを浮かべて居る。
「お、美味しいです!!こんなに美味しい桃食べた事無いですよ!!」
そして大妖精は満面の笑顔でそう言った。
「え!?本当!?」
その言葉にチルノも皮をむいて桃にかじりつく。
「!!!何これ!!凄い美味しいわ!!!」
そう叫んで、ものすごい勢いで桃にむしゃぶりつくチルノ。
「チルノちゃん、お行儀悪いわよ………」
だが、チルノは耳に入っていないようで、桃を食べる事に集中している。
「ふふ……滅多に食べれないから良く味わってお食べなさい」
天子は微笑みながらそう言った。
「ありがとうございます」
大妖精は笑顔でそう言った。
それを見たとき、天子の心の中に、何か知らない物が広がった。
(何……これ?…………変な感じ……でも、悪い気はしないわ)
「あ、そうだ。天子さん、良かったらお友達になりませんか?」
大妖精は天子にそう言った。
「…………友達?」
それは天子が初めて耳にする言葉だった。
今まで誰にも言われた事のない言葉。
「はい。ここで会ったのも何かの縁ですし、どうでしょうか?」
上目づかいに大妖精が尋ねる。
「う…………」
正直反則だ、と天子は思った
凄く断りづらい顔だ。
しかし
「良いわよ、別に」
天子は元から断る気などなかった。
「本当ですか!?」
「ふ~ん………ま、良いわ。大ちゃんがそう言うならあたいも友達になってあげるわ」
「あんたには言って無いわよ。ま、どうしてもって言うなら良いわよ?」
「何~!?」
再びにらみ合う二人。
正確にはチルノが睨み、天子が余裕の笑みで返している。
「ふ、二人とも…………」
その後も三人はお茶を飲みながら色々と話を交わしていた。
「ああ、そう言えば」
一通り話をして、ふと、天子は呟く。
「はい?」
「何か勘違いしてるみたいだから言っておくわ」
「なんでしょう?」
はて?といった風に大妖精は首を傾げる。
「貴女達、私が人間だと思ってるみたいだけど、私は人間じゃないわよ」
「え?違ったんですか?」
大妖精が意外そうに返す。
まぁ、確かにパッと見だけなら間違いなく人間だ。
「ええ」
「では美鈴さんの様に妖怪とか?もしくはアリスさんみたいに魔法使いとか?」
「どちらもハズレ」
「じゃあ、なんなのよ」
チルノが尋ねる。
「天人よ」
頬杖を付いて天子はそう言った。
「へ?」
大妖精は固まった。
「テンジン?何それ?美味しいの?」
「さぁ?妖怪にとっては猛毒らしいわよ?」
「ふ~ん………テンジンって不味いのね」
「じゃないのかしら?私も流石に食べた事無いから解らないわ」
固まっている大妖精を横目に二人して呑気な会話をしている。
「て………ててててててて……………天……人………………!?」
大妖精が驚愕の表情で聞き返す。
「そ、天人」
「不味いらしいわよ、大ちゃん」
相変わらずな調子で言うチルノ。
「チ、チルノちゃん!!この方、天人様だよ!!そんな失礼な言い方しちゃダメだよ!!!」
天人がなんであるかを知っている大妖精はそうチルノに言った。
「テンジンサマ?何それ?」
「天界に住んでる神様みたいな人たちの事だよ!!私達とじゃ比べ物にならないくらい凄い人だよ!!!」
大妖精が慌ててチルノに説明する。
「そ、凄い人なの、私は」
「ふ~ん…………でもあたいの方がもっと凄くなるわよ!!!」
チルノは欠片ほども畏れを見せずにそう返す。
「チ、チルノちゃん!!!」
大妖精がチルノを諌めようとする。
「ぷ…………あはははははは!!それは面白いわ!!私は長生きだから、あんたが凄くなる所を見せて貰うわ」
天子はチルノのその言葉に笑ってそう返した。
因みに馬鹿にして笑ったのではない。
天子自身も解っていないが、何か笑いがこみあげて来たのだ。
「笑ったなぁ!!!」
「ええ、笑ったわ。悔しかったら凄くなってみなさい」
「今に見てろー!!!」
そう吼えるチルノを脇目に天子は席を立つ。
「さて、そろそろ帰るわ。そのクッキー、ちょっと貰って行っても良いかしら?」
「え?あ、はい。どうぞ」
大妖精は残っていたクッキーを綺麗に包んで天子に渡した。
「ありがと。気が向いたらまた来るわ」
未だ驚きに固まっている大妖精と吠え続けるチルノを尻目に天使はその場を後にし、天界へと戻った。
数日後・天界
「あ~………暇だぁ」
相変わらず居座っている萃香がぼやく。
「暇なら下界にでも行ったら?」
先日萃香に言われた事を今度は天子が返す。
「ん~………そう言うあんたはどうだったの?下界は」
萃香が前に天子が下界に降りた事を尋ねる。
「………まぁまぁだったわ」
天子はそうとだけ言う。
「ふ~ん…………」
萃香は意味ありげにそう返す。
が、天子には聞こえて居ない。
天子は包みを見ていた。
それは、先日下界に降りた時に大妖精に貰った物だ。
無論、既に中身のクッキーはない。
「友達……………か」
そして、そう呟いて下界の方を覗きこむ。
そこで天子は何かを見つけた。
「ん?どったん?」
その表情、そして気配が豹変した事に気づいた萃香は天子に尋ねる。
が、天子はそれに答えずに天界から飛び降りた。
同時刻・森
「チ、チルノちゃん…………」
「く………このぉ……………!!」
チルノと大妖精は妖怪に囲まれて居た。
稀にある事なのだ。
妖怪が妖精を襲う事も。
大抵は食物としての対象に見られない為に襲われる事はない。
が、稀に居るのだ。
悦楽で殺戮を行う妖怪も。
「ギシシシシ…………!!」
お世辞にも知能が高いとは言えないような妖怪だった。
が、知能は高くない癖に、何故か獲物をいたぶる習性が身に付いているようだ。
恐らく、何かのきっかけでそんな悪癖が付いてしまったのだろう。
それも一体だけでは無い。
5体の妖怪がチルノと大妖精を狙っている。
「大ちゃん!あたいが戦ってる間に逃げて!!」
「出来ないよ!!私も戦うよ!!」
大妖精も決して実力が低い訳ではない。
妖精の中なら間違いなく上位クラスだ。
が、あくまで妖精の中の話である。
妖怪のレベルで行けば下位妖怪とどっこいどっこいと言った所だろう。
そして、今目の前に居る妖怪は一体一体が中の下クラスと言った所。
つまり、一体だけでチルノとほぼ同程度の力を有していると言う事だ。
一対一ならチルノだけでも勝てる。
が、それが5体同時となると話は変わる。
どう見たって不利。
おまけに囲まれて居て、チルノはああは言ったが、とても逃げられる状況ではない。
「ギシ……ギシシシ…………」
妖怪達が品性の無い笑いを浮かべる。
そして、包囲陣をジワジワと狭めていく。
「く………!!」
さしものチルノも状況の悪さは理解が出来る。
飛行できると言っても、この距離では上昇中に捕まる。
もはや戦うしか方法はない。
絶望的な勝率ではあるが。
そして、妖怪達が一斉に襲い掛かる体勢に入る。
ビリ………ッ!!
と、その時、大気が揺れた。
思わず、その場に居た者全員が動きを止める。
ビリビリビリ…………ッ!!!
大気の揺れは強くなり、次第に木々もざわざわと揺れ始める。
「な、何!?」
チルノが辺りを見回す。
ビリビリビリビリビリッ!!!
いよいよもって揺れが強くなり
「上!?」
「え!?」
大妖精が叫び、チルノ、釣られて妖怪たちも天を仰ぐ。
森の中故、葉の生い茂った木しか見えない。
そこへ…………
ズドオォォォォォォォンッ!!!!
「きゃあ!!」
「な、何!?」
チルノと大妖精の前に天から何かが降って来た。
「お久しぶりね。気が向いたからまた来たわ」
「あ、貴女は……!!」
「あ~!この前の……えっと……ひ…ひな…………テンジン!!」
どうやらチルノは名前を忘れたようだ。
「比那名居天子よ。覚えておきなさい馬鹿妖精」
「なんだと~!!って、それどころじゃないわ!!」
チルノが現状を思い出す。
「大ちゃん、その子連れて上に飛んで逃げなさい」
天子は大妖精にそう伝える。
「あ、はい!行こう、チルノちゃん!!」
「え!?ちょっ!!」
チルノは大妖精に連れられて空へと飛んで行った。
そこへ、逃がさんとばかりに妖怪達が飛びかかろうとする。
ゾグンッ!!!
「ッ!?」
が、天子の発した威圧の前に悉(ことごと)くすくみあがってしまう。
「さて……と。ああ言う子にあんまり見せたくないのよね」
天子は下を向いたまま呟く。
「惨劇の場って言うのは……………さ」
そう言って顔をあげてカッ!と目を見開く。
途端、更に凄まじい威圧が辺りを襲う。
それだけで既に妖怪達は戦意を喪失している。
「残念だけど、あんた達はもうお終いよ」
天子が妖怪の一体に向けて歩を進める。
「私の「友達」に手を出した報い……………その身で受けなさい」
怒りに震える天人にこの程度の妖怪が太刀打ちできる筈もない。
天子が去った後には無残な妖怪の死体が5つ転がっていた。
「ちょっと!大ちゃん!離してよ!!」
チルノが大妖精の腕を振り払う。
「戻っちゃダメだよチルノちゃん!!」
「何でよ!?あいつ一人じゃ危ないでしょ!!」
チルノは天子の実力を理解していないのか、はたまた友達思いなのか、そう叫んだ。
「大丈夫だよ。天人様はすっごく強いから。私達は勿論、あの妖怪達も敵いっこないから」
「そんなの解んないじゃないの!!あたいは戻るわよ!!」
「必要ないわよ」
「のわっ!?」
引き返そうとしたチルノの前に天子が現れる。
あれだけの惨劇の場を繰り広げたにもかかわらず、衣服に汚れが全くない。
「あ、ありがとうございました。天人様」
「な、何よ。今からあたいがパーッ!と倒しちゃう所だったのに!!」
「それは悪かったわね。でも、もう終わっちゃったわよ」
「む~!!」
チルノは頬をふくらます。
「二人とも無事で何よりね」
「あのくらいあたい一人でも平気だったわよ!!」
「へ~、そう?」
「あ~!!馬鹿にしてるな~!?」
「チ、チルノちゃん!天人様に失礼わひょ!?」
喋ってる最中に大妖精は天子に頬を引っ張られた。
「こ~ら大ちゃん」
「ひゃ、ひゃい?」
頬を引っ張られたまま大妖精は返事をする。
「あんたは「友達」を「様」付で呼ぶの?」
「ふぇ?」
大妖精が呆気にとられた顔をする。
「友達って言うのは対等な立場の事でしょ?それとも何?あの時友達になろうって言うのは嘘だったのかしら?」
「え?い、いえ!そんな事は…………でも、私は妖精ですし、天子様は天人ふひゃい!?」
漸く解放された大妖精だったが、再び頬を引っ張られた。
「だ~か~ら。友達なら様付するなって言ってるのよ」
そう言いつつ、再び天子は大妖精を解放する。
「えっと………良いんですか?」
「良いも悪いも。「友達」ってそんな許可求めるもんなの?」
「い、いえ」
「それじゃ気にしないで良いわよ。私は天子で良いわ」
「ふ~ん………しょうがないから友達になってあげるわ天子!」
「あんたがどうしてもって言うのなら良いわよ?馬鹿チルノ」
「何~!?馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ~!!」
「じゃあ馬鹿って二回言ったあんたは大馬鹿ね」
「な、なんだと~!?」
またもや天子とチルノの口げんかが始まる。
「ちょ、ちょっと!チルノちゃんも……天子さんも!ケンカしてないでお茶にしようよ!!」
「む、そうね」
「お菓子、お菓子!!」
大妖精の言葉に二人ともピタリと止まる。
そして、前回お茶をした場所で再び3人のお茶会が始まった。
天界
「総領娘様~」
竜宮の使いの永江衣玖が天界へとやって来て天子を探していた。
「あれ?あんたは竜宮の使いの」
「あら、貴女は鬼の………まだいらしたんですか」
「ま~ね~」
萃香は瓢箪(ひょうたん)を傾けながら返事をする。
「時に、総領娘様はご存じありませんか?要石の事でちょっとお話があったのですが」
「ああ、あいつなら今下界に居るよ」
「下界に?まったく………またフラフラと…………解りました」
「待ち」
「はい?」
天子を追って下界に降りようとする衣玖を萃香が止める。
「じきに戻って来るから待っててあげなよ」
「そうは言いますが、あまりフラフラと下界に降りられても困るのですよ」
「まぁ、そう言いなさんなって。どうしてもって言うのなら…………」
「言うのなら………?」
二人の間に緊迫感が走る。
「…………解りました。何か理由が御有りなんですね?」
衣玖は萃香の気配から何かを察し、そう答えた。
「そゆこと。さすが空気を読む能力。便利だね~」
「褒め言葉として受け取らせて頂きます」
「ん、良いよ。褒めたんだし」
「それでは、総領娘様が戻られたら言伝をお願いいたします」
「あいよ~」
萃香にそう告げると、衣玖は再び雲海へと戻って行った。
そして、萃香は再び瓢箪を傾ける。
「まったく………楽しそうにしちゃって…………ま、良い酒の肴だね」
そして、下界でチルノと度々口喧嘩をしながら楽しそうにお茶会をしている天子を見てそう呟いた。
大ちゃんはほんとええこや・・・
チルノと天子が同レベルにしか見えない・・・
×並みの性格では
○幻想郷の他の住人の性格では
ところで『天人』の読み方は「てんじん」なのか「てんにん」なのか
大妖精&チルノと天子の会話、良いねぇ。