Coolier - 新生・東方創想話

人の煙

2008/06/17 20:13:33
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 アリス・マーガトロイドが焼かれていく。
 白い肌も、金色の髪も、赤いカチューシャも、黒い靴も。全てが全て、炎に焼かれて煙に変わる。
 煙突から上る灰色の煙は、青い空へと伸びていた。
 ふと、溜息が漏れる。それは自分自身が焼かれていく事に対する気持ち悪さを誤魔化すものか、はたまた研究が失敗に終わった憂鬱からくるものか。アリスは少しだけ考え、それが無駄な思考であることに気がついた。
 これで何体目の人形を焼いたことだろう。自分と同じ姿をしているだけあって、最初は少なからず抵抗を覚えた。しかし、それも何度か続けば感覚が麻痺する。三体目からは、むしろ焼却炉へ運ぶことを億劫に思うようになった。
 そして、五体目から運ぶことが大変になった。
 空へと上る煙から、動かない自分の足へ視線を移す。拍子に、額から一粒の汗が車椅子の手すりにこぼれ落ちた。黒い皮の上に、じわりと濡れた跡が広がる。
 二度と動くことはないだろう。かつてアリスの足を診断した永琳は、感情の籠もらぬ声でそう告げた。半ば分かっていたとはいえ、改めて他人から告げられるとショックを受けるものだ。その日だけは、酒の量が限度を超していた事をはっきりと覚えている。
 だが、アリスは人形作りを止めることはなかった。
 例え、己の足を切り裂いたとしても。自立した人形を作ることは、今のアリスにとって生き甲斐を越えた目的でもあったのだ。
 しかし。
 車椅子を手で漕ぎながら焼却炉を後にする。無骨な鉄製のデザインは、見るだけで圧倒されそうだ。本来は人形制作で生じる廃棄品を燃やす為に建てたものだが、いつの間にか人形を始末する為の火葬場になってしまっていた。
 そして今日、十三体目の人形が焼かれた。
 自立意識を持った人形は、起動すると同時にアリスに襲いかかってきたのだ。もしもあらかじめ対策をとっていなかったら、今度は足だけでは済まなかっただろう。
 人形が完成に近づくにつれて、アリスに向けられる殺意も強くなる。まるで、完成させてはいけないと神が警告しているのかのように。
 アリスは自嘲した。
 彼女が知っている神様ならば、直接口で忠告する。こんな回りくどい方法で、わざわざ警告するような神様なんているのものか。いたとしても、そんな奴の言うことをきくつもりなどない。いや、例えどんな相手の言葉だろうときくつもりはなかった。
 自立人形を完成させるまでは。
 木製の緩やかな坂をのぼり、玄関の戸を開ける。かつては数段の階段があったのだが、乱暴な魔法使いが破壊して、代わりに河童が坂を作った。以来、車椅子で上るのが楽になったのだ。
 本人は酔った勢いで壊しただけだと嘘ぶいていたが、本当のところはどうだか。
 苦笑しながら玄関の戸を開けたアリスは、思わず顔をしかめた。
 頭の中に描いていた人物が、目の前にいたのだ。
「よぉ、アリス」
 五十を超えた魔法使いが、十代の笑顔で出迎えた。










 魔理沙がアリスの家を訪れるのは珍しいことではなかった。かつては、代わりに本やアイテムが頻繁に無くなっていたが、近頃ではその回数もめっきり減った。
 しかし、家へ訪れる回数はむしろ増えたと言える。夫も子もいない身だ。大方、暇を持てあましているのだろう。アリスはそう考えていたし、それ以外の答えを求めはしなかった。
 車輪が木の床を軋ませる。
 机の上に、魔理沙は帽子を置いた。小麦を糸にしたような、金色の髪の毛がこぼれ落ちる。歳をとってなお、その輝きに衰えは見られない。
「普通、お客は玄関から入るものじゃない? 一体、どこから入ったのかしら?」
 焼却炉は玄関からそれほど離れた場所にあるわけではない。魔理沙が玄関から家に入ったのなら、いくらアリスでもすぐに気がつく。
「客じゃないから、裏口から入った。今日は親友として来たんだぜ」
「あら、知らなかった。幻想郷じゃあ泥棒を親友と呼ぶのね」
「まあ、そうかもな」
「……否定しなさいよ」
 眉間に皺を寄せながら、人形を使って玄関の扉を閉める。操り人形は上手く動いてくれるのに、どうして自立人形は自分を殺そうとするのか。それが分からない限り、彼女の研究は成功と呼べない。
 暗い顔で肩を落とすアリス。
「その様子と外の煙から察するに、また実験は失敗に終わったようだな。これで何体目だっけ?」
「十三体目よ。でもきっと、次で私の研究は完成を迎えるでしょうね」
 淡々と紡いだアリスの言葉に、魔理沙が顔を強ばらせる。
 アリスの足が動かなくなった原因を魔理沙は知っていた。そして、人形が完成に近づくということが、アリスの死の確率を上げているということにも気付いているはずだろう。
 だが、魔理沙はアリスの研究を止めることはなかった。
 いい顔こそしなかったが、口を挟むような事も無かった。アリスに気を遣っているわけではない。単に、魔理沙も魔法使いだっただけのことである。職業であろうと種族であろうと、魔法使いとしての根幹は変わらない。
 命よりも研究。それが魔法使いの根幹にして、不変の理だった。
「私も人形が動くところを見ていいか?」
「駄目よ。あなたは自分の研究成果を簡単に他人に見せることができるの? できないでしょ。魔法使いにとって、それは心臓を預けるのと同じことですもの」
「それもそうだな」
 あっさりと、魔理沙は受け入れた。最初から拒否するだろうと確信していたのか。それでも口にしたのは、霧雨魔理沙の人としての部分が疼いたからなのか。魔理沙が同席しているならば、アリスは研究を続けることはできない。
 だが、十三の人形を灰にして、己の足まで失って。ここで引き下がることができようはずもない。いや、そもそも始めた瞬間から止めるなんて選択肢は残されていなかった。
 進むのなら、最後まで。例え間違っていると気付いても、止まることなどできはしない。
 不器用な種族である。アリスは、心の中で疲れた笑顔を浮かべた。
「じゃあ、もう用は無いか。邪魔したな」
 頭を掻きながら、足早に去ろうとする魔理沙。
「あら、今日はお茶を用意したのに。珍しいこともあるものね」
 魔理沙の背後では、人形がカップを抱えて中に浮いていた。とっておきとはいかないまでも、それなりの紅茶を用意したのに。
 肩をすくめて、魔理沙は答える。
「別に今日はお茶をしに来たわけでもないからな」
「じゃあ、何しに来たのかしら? 本を持っているようにも見えないし」
「昨日は車椅子じゃなかったからな。どうしたのかと、少し気になったんだよ」
「私だって、普段から車椅子に乗ってるわけじゃないわよ。移動する時以外は使わないようにしてるの」
 普段から使えばいいだろ、と魔理沙は呟く。
 他人からの贈り物を嬉々として使えるほど、アリスは感情豊かな少女ではなかった。ましてや、その送り主が頻繁に家へ訪れるのだから尚更だ。
 そう言えればどれだけ気が楽になるか。不満げな魔理沙を眺めながら、アリスはまた一つ溜息をついた。










 魔理沙が帰った後、再び人形作りが始まる。
 といっても、自立人形の身体自体は他の人形と大差ない。強いて言うなら、その大きさが人間と全く同じだということ。あとは関節部が多いことぐらいだ。アリスほどの人形使いなれば、材料さえあれば三日で作れる。
 現に身体は既にできていた。問題はその中身だ。
 人と違わぬ身体を作ることは容易なれど、人と違わぬ精神を作り上げることはまさしく神の領域。それも一部の極限られた神の話だ。山の上で宴会ばかりしている神には、おそらく至れぬ境地であろう。
 種族を捨てたとはいえ、元はただの人間。現人神でも不可能なのに、アリスがたどり着けるわけはない。常識的に考えれば、アリスのやっていることは甚だ荒唐無稽と言える。
 そも、人の精神からして未知の領域なのだ。未知を再現しようなど、どう考えても不可能でしかない。しかし、それを可能するのが魔法の恐ろしさでもある。
 そして、アリスはその一歩前まで至っていた。
 問題は、どうして起動する度にアリスを襲ってくるのか。その原理が分からない限り、自立人形を完成させたとはいえない。
 人形にとっては親とも言えるはずのアリス。産まれたばかりの子供が親を殺そうとするなど、何か問題があるに違いない。何度もその理由を考えているのだが、未だに何も分かっていなかった。
 作業は遅れに遅れ、無理矢理に起動させた結果が焼却炉の煙である。
 魔道書を閉じて、机の上に横たわる自分そっくりの人形を見下ろす。
 かつて、魔理沙が尋ねた。どうして、アリスそっくりの姿をしているのか。
 人間大の大きさにしたのは、至極単純な理由である。元々、人形の整備や製作もできるものを作ろうとしていたのだ。その為、人間並の器用さが求められる。小さな人形の手では、それを可能にすることはできない。だから、人間と同じ大きさにしたのだ。
 手だけ人間並というのも具合が悪かったので、自然と身体も大きくなった。それを聞いた魔理沙が凝り性は面倒だな、と呟いたことを今でも覚えている。
 ただ結局、アリスは説明しなかった。どうして、アリスと同じ姿をしているのかについて。
「まあ、説明できるわけもないわよね……」
 人形の頬を撫でながら、自嘲気味に微笑む。意志のない人形は、嫌がる素振りも見せない。冷たい感触だけが、手のひらに伝わる。
 不死を求めたことは無いけれど、存在が消えるのを恐れたことはあった。いや、今でもそれを恐れている。
 だから、己が死んでもアリス・マーガトロイドが残るように人形を自分の姿にした。
 話せるわけがない。捨虫の法を敢えて会得しなかった、誇らしげな魔法使いに向かって。
 自らの弱さを見せるなど、アリスには許せなかった。
「あなたがそれを知る事は無いでしょう。知るとしたら、それはあなたが私より長く生きた時。私という個が消えれば、あるいは気付くかもしれないわね」
 有り得ない仮定の話だ。だが、想像してしまう。
 それに気付いた時、果たして魔理沙はどんな顔をするのだろうか。泣いてくれるのか、笑ってくれるのか。はたまた無表情で何事も無かったかのように振る舞うのか。
 先日、魔理沙は霊夢が遺した言葉の意味を調べていた。その時、ついでに霊夢の墓に供えてくれと茶を渡した。幻想郷に博麗の墓は無く、アリスも墓参りをしたことは一度もない。
 だけど、魔理沙は茶を持っていなかった。墓が見つからなかったのなら、今日、魔理沙はきっと茶を返していた。そして困った顔で、見つからなかったぜ、と言っただろう。
 だからきっと、魔理沙は霊夢の墓を見つけたのだ。そして、霊夢が遺した言葉の意味も。
 それを知っても魔理沙の態度は表面上変わっていない。
「魔理沙らしいわ」
 アリスの意志を知ったところで、魔理沙はきっと態度を変えない。
 霊夢もそうだった。あのマイペースな巫女は、事件も異変も軽くいなして、まるで水を泳ぐように生きていた。怒った顔も嬉しそうな顔も見せはするが、その胸中はいつだって泉のように落ち着いていた。
 霊夢と魔理沙の違いがあるとすれば、その一つだろう。
 アリスは振り返る。
 入り口の側に置かれた机。その上にはちょこんと、魔理沙の帽子が忘れ去られていた。
「まったく……」
 魔理沙の胸中を察することは、自立人形を作ることよりかは容易い事だった。










 紅魔館の大図書館。魔女が管理するだけあって、その蔵書数も種類も半端ではない。
 アリスも何度かお世話になっており、今では行くだけでお茶が用意されるほどの常連となっていた。
「ありがと」
 席へついたアリスの目の前に、湯気が上る紅茶が置かれる。小悪魔は丁寧にお辞儀をして、図書館の奥へと小走りで駆けていった。悪魔と名のつく割には、愛想の良い子である。いや、悪魔だからこそ愛想が良いのか。
 仏頂面で本を読む目の前の魔女を見ていると、アリスは何度もそう思う。
「それで、今日は何の用?」
 視線を上げることもなく、パチュリーは尋ねた。
「『プネウマ』と『スピーリトゥス』、出来れば『アニムス』も貸して貰えるかしら?」
 いずれも人と精神について書かれた魔道書の類である。ただしかなりの希少本であり、現存している事を知るコレクターは少ない。
 パチュリーは呆れた声色で言った。
「まだ諦めてなかったのね」
「当然でしょ。それで、あるの?」
 指揮者のように指を動かすと、遠い向こうから三冊の本が綿毛のように浮いてきた。検索用の魔法を応用した術のようだが、図書館を保有していないアリスには興味のない魔法であった。
 カビくさい三冊の本は、ふわりとアリスの前で着地を決める。
 舞ったホコリが紅茶の中に混じった。もっと早く飲めばよかったと、今更ながらに後悔する。
 三冊の表紙と目次に目を通し、それが求めていた本であることを確認した。
「このお礼はちゃんと返すわ」
「良いわよ。その本を参考にして自立人形が完成するというなら、それは私にとって有益な情報となる。それだけでむしろお釣りが来るわね」
 相変わらず、油断ならぬ魔女である。アリスは、パチュリーにだけは完成させた自立人形を見せまいと決めていた。
 ふと、パチュリーが顔を上げた。
「ところで、人形はやっぱりあなたを襲うのかしら?」
 何と答えたものか。パチュリーに直接成果を教えたことはないが、この様子だと粗方は知っているように見える。それに、誤魔化すような情報でも無い。
 アリスは素直に、相変わらずね、と答えた。
 パチュリーは本を閉じ、紅茶へと手を伸ばす。
「そして、あなたはその原因を掴みかねている」
 分かっていることだが、人から指摘されると腹立たしくなるのは何故だろうか。
 紅茶にホコリが入っている事に気付いたパチュリーは、無表情でカップを置いた。
「でも妙な話ね。あなただったら、足を失う前に気付きそうなものだけど」
「買いかぶりすぎよ。私はあなたの友人と違って、未来を察知する能力なんて無いの」
「能力の問題じゃないわ。頭脳の問題よ」
「いずれにせよ、私が分からないことは事実。あなたになら分かるのかしら。子が親を殺す理由」
 小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、アリスは尋ねた。
 パチュリーの無表情の中に、僅かな驚きの色が浮かぶ。
「……なるほど、それで」
 馬鹿にしたつもりが、逆にされたような気分だ。
 思わずきつい口調で問いつめてしまう。
「何が、それで、なのかしら?」
 パチュリーは無言で、本を抱えながら図書館を飛ぶ小悪魔を指さした。
「あれは何かしら?」
「小悪魔でしょ」
「じゃあ、私は?」
「パチュリー・ノーレッジ」
「二人の関係は?」
「少なくとも、姉妹じゃないわね」
 肩をすくめるアリスを無視して、パチュリーは質問を続けた。
「あなたは?」
「アリス・マーガトロイド」
「あなたが作ろうとしているのものは?」
「自立人形。ちょっと、いつまでこんなくだらない質問をするつもり?」
 苛立ちを隠そうとしないアリス。こんな質問に、意味など無いと思っていた。
 パチュリーの、最後の質問を聞くまでは。
「じゃあ、あなたと人形の関係は?」










 最初から勘違いしていた。どうして人形が自分を殺そうとするのか、疑問に思っていた。
 しかし、それは何も不思議なことではなかったのだ。
 アリスと自律人形は親と子ではない。そして、人形使いと人形でもない。
 人形使いと自立人形なのだ。
「私は間違っていなかった」
 作業が進まなかったのは、きっと足だけのせいではない。どこかで思っていた、自分は間違っているのかもしれないという疑念。それがアリスの手と頭を鈍らせていたのだ。
 人形の頭を掴み、論理と倫理の数式をたたき込む。
 パチュリーの本は図書館に置きっぱなしだった。当然だ。あんなもの、全てがわかった今となっては無用の長物でしかない。あれはあくまで、どうして自分を殺そうとするのかを調べる為のものだった。
「ただの人形ならば人形使いに殺意は抱かない。そして子も、無条件で親に殺意を抱いたりはしない」
 産まれながらに創造主を殺すことを義務づけられた存在。それが自立人形であった。
 人形が完全に自立する為には、作ったものの存在が邪魔。だから自立する為に産まれてきた人形はまず、創造主たるアリスを殺そうとする。
 例え糸で繋がれておらずとも、人形は創造主の人形でしかないのだ。
 だからアリスを殺そうとするのは失敗ではない。むしろ、成功が近づいている証だった。
 膨大な情報を一気に人形へ流し込む。人ならばとうに発狂している量だが、空っぽの人形はスポンジのように情報を吸収していく。
 前回の失敗で反省点は見えていた。そして、既にそれへの対処も分かっている。
 だから後は完成させるだけ。
 唯一の障害は、最早どこにも存在していない。
「これで……」
 最後の数式を叩き込む。
 不意に、魔理沙の顔が脳裏に浮かんだ。自らを殺す事を宿命づけられた人形の完成。それを、彼女はどう思うのだろうか。
 しかし、その頃にはもう全てが終わっていた。
 ベッド代わりの机から身を起こした人形が、ゆっくりと目蓋を開ける。そして、確かめるように己の手のひらを開閉させた。
 アリスは車椅子に体重を預けた。穴が空いたように、全身から力が抜けていく。
 達成感と充実感と、一欠片の後悔が胸を満たす。
「やった……」
 三文字の言葉に反応し、机の上の人形がアリスを視界に捉える。目を合わせるまでもなく、殺気を放っていることがわかった。
 おそらくこのまま無抵抗を貫き通せば、その命は簡単に散ってしまうだろう。
「無粋な人形ね。感動に浸る間も与えてくれないなんて」
 アリスが人形に視線を合わせると同時に、棚の裏から、天井から、窓の外から、数多の小さな人形が姿を現した。警戒するように自立人形は辺りの人形に睨みをきかせる。
「私が間違っていたとしたら、それは一つだけ。あなたを何かの役に縛り付けようとしたこと。自立した一体の人形が、私の命令なんてきくはずもないものね」
 人形達が距離を詰める。
「あなたが私を殺そうとするのと行為は同じ。でも、意味は違う。あなたは本当の自立を求めて、そして私は自分の命を守るために。研究は完成させたけれど、私は人生をここで終わらせるつもりなんてない」
 自立人形が机から降りた。周囲の人形を警戒しているくせに、その殺気はアリスから離れようとしない。
「だから、これは決められていた宿命なの。私からあなたへの最初で最後の命令。ううん、お願いよ」
 板張りの床を蹴り、自立人形がアリスを狙う。
 無数の人形が、アリスの前に立ち塞がる。
 それを見ながら、アリスは淡々と告げた。
「壊れなさい」
 不快な破壊音が、アリスの家に木霊した。










 パチュリーの話によれば、アリスはとうとう自律人形を完成させる切っ掛けを掴んだらしい。
 それはあまり喜ばしい報告ではなかったが、せっかく教えてくれたのだ。魔理沙は慌てて支度をしながら、アリスの家に帽子を忘れていたことを思い出した。
 霊夢のことで、色々と考えることがあったせいか。
 勘の良いアリスのことだ。それだけで、魔理沙の心中を察してしまったかもしれない。
 でもまあ、その時はその時だ。
 苦笑しながら、魔理沙はアリスの家へと到着した。
 家の横の焼却炉では、今日も煙が上っている。
「ははーん、さては今日も失敗したな」
 目覚める度にアリスを殺そうとする自立人形。魔理沙は、出来ることなら完成して欲しくなかった。
 それが何故かと問われれば返答に困る。
 だが、なんとなく完成して欲しくなかった。
 だから、焼却炉の煙は魔理沙にとっては吉報なのである。
 軽い足取りで、玄関をくぐる。
「よぉ、アリス」
 安楽椅子に座っていたアリスが、魔理沙の声にハッと顔をあげる。
「しかし、随分と荒らされたもんだ」
 自律人形が暴れたのか、内装は燦々たる有様だった。
 陶器はのみなみ壊れ、本棚にはめられたガラス戸も徹底的に破壊されている。床はところどころに穴があき、天井もともすれば夜空が見えそうだ。
「思ったより抵抗されただけよ」
 人形達を操りながら、困ったようにアリスは言った。
「なんにしろ、今回も研究は失敗したようだな」
 クスッ、と少し小馬鹿にしたような笑みを見せるアリス。
「馬鹿ね、成功よ」
 魔理沙は首を傾げた。
 この内装と外の煙を見て、どこを成功と呼べるのか。
「じゃあ、自立人形はどこにあるんだよ
 些か棘のある口調で尋ねる。
 アリスは呆れたように肩をすくめた。
 そして安楽椅子から立ち上がり、二度と動かないはずの足でしっかりと床を踏みしめながら言った。
 いつも通りの、憂いを帯びた笑顔を浮かべながら。
「目の前にいるじゃない」




 
 産まれながらに制作者を殺そうとする人形を、自立人形と呼んでいいものか。
 しかし、これを自立と呼ばないのなら、人間も自立していないことになります。
 神様ですら、人間に支配されているのですから。
八重結界
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コメント



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3.80名前が無い程度の能力削除
霊夢が遺した言葉、気になるなぁ…
4.70翔菜削除
いやまぁ、なんと言いますか。
失礼な事を言うと、結末自体はかなり早い段階で読めてしまった。

が、そこに至るまでの過程が今までには見も考えもしなかった形で非常に楽しめました。
7.80名前が無い程度の能力削除
これもひとつの自立人形のカタチですね。
人形遣いの親友がどんな顔をしているのか気になります。
泣いているのか、笑っているのか、はたまた無表情で何事も無いような顔をしているのか。
9.90名前が無い程度の能力削除
やはりこんな結末に。
もしも壊せていたら、その後アリスはどうしていたんだろう。
11.70名前が無い程度の能力削除
こう考えてみよう
自分の体の不具合部分を人形と取り替えた
15.80名前が無い程度の能力削除
こう考えてみよう
毎回自立人形は完成していたと。
16.90名前が無い程度の能力削除
>15
その発想はなかったわ

どうなるかはわかってしまったが、パチュリーとのやり取りが見事
21.80名前が無い程度の能力削除
アリスを模した人形だから、同じ形をした者を殺しにかかると思っていましたが、
こんな自立人形のカタチもあるのですね。

>3
『死人に墓無し』から続いているようなので、そちらを読めば分かると思いますよ
29.90名前が無い程度の能力削除
普通の人間並みの能力しか持たせなければ、たぶん魔法で防御できたでしょうに…
でもそのあたりは凝り性としては譲れないのでしょうか。

誤字というか、パチュリーがアリスに関係を問う場面で、パチュリー・ノーレッジの後の”」”が抜けています。
33.80名前が無い程度の能力削除
誤文です。

> わざわざ警告するような神様なんているのものか。

「産まれながらに創造主を殺すことを義務づけられた存在。それが自立人形で
あった」
ちょっと極端ですけど、面白い解釈でした。
このお話、書き方によっては非常に湿っぽいものになったと思いますが、変に
べたべたしたところが無いのが良かったです。
『死人に墓無し』でアリスが車椅子を使っていたのは、こういう理由でしたか。
自立人形の用途が「人形の整備や製作もできるもの」であるなら、アリスと
同等かそれ以上の戦闘力は不要だと思いますけど。
やはり彼女にとっては「魔法使いとしての存在意義=自分の創造物>己の命」
ということだったのかも。
このお話のアフター、やはり魔理沙と自立人形は戦闘に入るんでしょうね。
そして、普通に考えれば、魔理沙は……。
八重結界さんの一連の作品が繋がっているとすると、『残りの三割』の頃の
アリスと魔理沙は、約40年後に自分たちを待ち受ける運命など知る由もなく
……、などと、しんみりと思ってしまいました。
36.90名前が無い程度の能力削除
どこぞの傷んだ赤色みたいな話しだな。おや、誰かきたようだ・・・。
37.90名前が無い程度の能力削除
なんとまぁ…こんなに虚しい自己実現もないですね…
それがアリスらしいといえばそうなのですが…
最初で最後の命令、もしくはお願いの意図が掴み切れませんでした。
ただ目標の達成しても存命したいからお願いしたのか、「創造主vs自立人形」の関係で殺される事で最終的に自立人形を完成させようと思ったのか、はたまた別の思惑があったのか…

ついでですが、目覚めた時の人形の思考なり心理なり内面を知りたいです。
45.70名前が無い程度の能力削除
完成させたから、壊そうとしたんですね
じゃあ…今焼却炉で燃やされているのは……
49.100名前が無い程度の能力削除
>>45のせいで一転してダークな話になっちまった

こういう話は大好物です
50.90名前が無い程度の能力削除
はて。皆さん「アリスが死んで人形がアリスに成り代わった」という風に読まれているのか。
私はそのあたりで引っかかって、「人形がアリスになったのか? それともアリスが人形になったのか?」という風に考えてしまいました。
いや、「壊れなさい」=「人形の精神を壊してアリスの魂を上書きした」くらいに読めるかなー、などと。まあ拡大解釈なのですが。

私の戯言はさておき、とても面白かったです。人形遣いと自立人形の間の論理と矛盾を、上手く表されていると思いました。
54.30名前が無い程度の能力削除
アリスが殺されるという結末に至る過程が納得できない。
いくら完成を他人に見せるのに抵抗があるにせよ、研究成果よりも命を重視するという姿勢において、
文中で実際に登場し、未だつながりのある事が確認される上、
アリスの研究に興味のある魔女二人のいずれにも人形破壊の協力を依頼しないことが不自然に感じた。

もともと性急に事を運ぶ性格ではなく、またとりわけ完成に関して急ぐ必要もなく、
前回は脚が生涯使えなくなるような傷を負っていながら、今回も勝てる算段も抜きに戦うのが不自然。
算段があって、そしてそれが外れたのだとしてもしても、制作過程においても別に今回がイレギュラーになるような描写は見あたらず、
動き出してからも、アリスはこれまでの人形と変わらないかのような落ち着きぶりでいて、その後に続く実際の戦闘描写はカット。
それで最後に実はアリスは殺されて、そこにいるのは人形でした、と言われてもリアリティが無く腑に落ちない。
例えばこれが無鉄砲な魔理沙だったり、自分の力を過信しているようなキャラクターであればまだよかったが。
もしこのSSの結末が上述のアリスが殺されるというでないなら、一つのSSにおいて記述が不足していると思う。

枝葉末節にこだわっているようで無粋に感じられるかも知れないが、
自分の場合キャラクターが死亡したり大きな不幸に見舞われてしまうようなストーリーであれば、
ある程度整合性がないとちょっと不快に感じてしまう。

文章の運びや発想はいいと思った。
それとアリスは自立人形を作ろうと思っているみたいだけど自律人形はもう完成させているのか。
61.80名前が無い程度の能力削除
キャラクタがよく表現されてますね、上手です
少々展開が急すぎる気もしますが
人形が殺意を持つのは自立するための必然、という理由はうまいと思いました
個人的にきになった設定ですが
アリスは元人間と阿求は書いてますが、魔界の神の子、魔族である可能性の方が信頼性があると思うので、「元はただの人間」 とは言えないのではと思います
67.無評価名前が無い程度の能力削除
「移動する時以外には使わない」って言った時点でもうすでに…。
とか考えると、ゾクゾクしますね。

色んな意味で面白いです。
80.90名前が無い程度の能力削除
読んだ後にタイトルを見ると…

こんな話もアリスらしくていいかなと思った
81.90euclid削除
さてはてさてはてはてさてな。
この生き残った方は、これから先、何をして生きていくのでしょう。
92.100名前が無い程度の能力削除
完全な自立、ねぇ…
97.無評価弾幕愛好家削除
素敵な文章ありがとうございます

アリスは殺されることで自立人形を完成させたのですね…