注意
れいむが、こわれいむかもしれません。あと電波です
魔法の森に好き好んで住む奴の気がしれない。
特に、この時期の魔法の森はそうだ。飛んでいたとしても、ムッとするような生暖かい風がいつまでも粘っこく肌に まとわりつく。
それだけならまだましなものの、その風の中には毒性を持ったキノコたち、そこらじゅうで息をひそめている不気味なキノコたちが、さかんに胞子を放出しているのだ。だからたとえば普通の人間が森の深部にいたとしたら、ものの三十分も立たずに体を病むに違いないし、それにたとえ体を病まずとも、いい気持ちはしない。
その上にこの森だ。鬱屈とした森。まるで、深い深い緑色をした壷のそこにいるかのような、そんな実感さえ、長い間いると覚えるが、逆を言えば、だからこそ魔法使いたちはここに居住するのだろう。
そんなことを想像したのだけれど、すぐに、そもそも自分の知っている魔法使いは三人しかいず、そのうちの一人は紅魔館にいるのだから、見当違いだろうなと、思い直した。
まあ暇だったし、誰かのところに遊びに行こうと思って候補を考えてみたら、アリスしか残らなかったのだ。
最初に魔理沙は除外した。いるかいないか分からないのと、言わなきゃお茶さえ出てこないのと、魔理沙の家はマジックアイテムに占領されているので、家の中といえどもいつ何時、何が起こるのがわかったもんじゃない、っていうのとで。
この前もそう。魔理沙が借りたと称して、どっからか、かっぱらってきた魔道書が、なにがどう影響したのかは分からないが、暴走し始めたのだ。おかげで家の中はもう大変。ねっばこい蜘蛛の糸のようなものが部屋、廊下、いたるところに張ってしまって、部屋から別の部屋に移るだけでもう一苦労で、取り除こうと思えばなおさら。あげくの果てに、魔道書は捕まえる寸前で転送し始めるし……。
遊びに行く場所の前提として、帰りに食べ物が貰える場所。お茶つきだとなお良し。
まず香霖堂は却下。つまんないし、あいつのところは、余計なガラクタはあるくせに食料が少ない。役立たず。
慧音の家も残念ながら却下。この前遊びに行って食料貰ったばっかり。
紫がベストなんだが、あいにく、寝ているか、覗きをしているか、悪巧みをしているのかで、呼んでみても、まった
く反応が帰ってこなかった。このままマヨヒガに行ってみてもこの様子だと出てこないだろう。
藍しかいなかったら……なんとなく気まずい。
紅魔館はどうだろう。食料が豊富にある上に茶葉まで揃ってる。惜しいことに、緑茶はないのだけど。
……ただ、紅魔館に借りを作るのは気乗りがしない。後々なんとなく恐ろしいことになりそう。
ふと、いつのまにか遊びにいくというより、食料を漁りに行くことばかり、考えていることに気づいた。
貧乏って……本当に悲しいな。うふふ。
……はぁ
実は食料はまだけっこうあるし、考えているうちにだんだんと面倒くさくなってくて、このまま神社でゴロゴロしてようかな、暑いし。
……なんてだれ始めた時に、ようやくアリスのことに思い至った。
お茶もあるし、食べ物もある。
だけど、面倒だなぁ。
どうしようかな……
……ごろごろしててもなぁ……
……日も高いしなぁ……
……目蓋が動かないー
……一分だけ、一分だけ目をつむってよう。一分たったらおきよう
……………ムリ…………
…………………………
気がついたら転寝をしていたようだ。
外は太陽がようやく沈み始めるころ。今遊びに行ったら、ついでに夕食もごちそうになれるだろう!
そろそろ行くか。そう思って、立ち上がり、背伸びをする。
計画通り!
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アリスの家に着く。半ヒッキーのアリスなら、おそらく家に居るだろうから、チャイムを鳴らせばすぐに出てくるだろうと思ったが、家の中から、物音、気配は全然聞こえてこない。予想に反して外出中らしかった。……それとも中で何か作業でもしているのか?
このまま帰って、後で、実はあのとき居たなんてことがあったら嫌だし、駄目もとでアリスの家のドアノブを回してみると、さほど抵抗もなくドアノブは回ってしまった。
どうやら防衛用の魔法も掛けていかなかったらしい。 無用心。
玄関に魔法がかかってないから、恐らく家の中も大丈夫とだと思うけれど、念のために最低限の警戒はしつつ進んでいく。魔法使いの家を訪問するときはこれが面倒なのだ。
もっとも魔法使い本人が出てくれば、別に問題はないのだけど。
居間まで来ても、アリスからの反応はない。
アリスが帰ってくるのを待つか、神社に帰るか。せっかく来たんだし神社に帰るのもなぁ……しゃくだ。ただ、帰ってこなかったら、それはそれで困る。
立って考えているのもあれだし、居間のソファに腰をかけて考えていると、どこからともなく見覚えのある人形がぱたぱたと私の方にやってきた。たぶんアリスの腰ぎんちゃくのうちの一匹だろう。
人形はなにか言いたげな様子で、私のことをじっと見上げているが、それは、私が無断で入ってきたことを咎めようというよりも、むしろ、何か命令を待っているように見えた。
「なにか飲み物頂戴」
試しに人形に言ってみると、うなずくような素振りを一度してから、台所のほうに引っ込んでいった。どうやらアリス以外の命令でも聞くらしい。
弾幕中はどうかな……もっとも、そう上手くはいかないだろうけど。
しばらくしてから人形はなにも持たずに戻ってきた。そして、再び私に、どことなくいじらしい視線を向けてくる。
「緑茶をお願い」
先ほどとは違いしばらく考え込んでいたようだったので、なんとなく悪い予感はしたのだが、そういうのは往々にして当たってしまうようで、やはり人形は何も持たずに戻ってきた。私を見上げるのも同じ。
「緑茶……なかったら紅茶でもいいけど」
お願いしたことはしたものの、さすがに三度目ともなると心配でしかたがないので、私も後をつけたが、人形は私の姿に気づくと、一人で大丈夫だとばかりに、私の方に寄ってきて立ち止まり動かない。でこぴん食らわせても、うんともすんとも言わない。しょうがないので、戻る振りをして、やり過ごした。
見つからないようにそっとキッチンを覗くと、今度はうまくやっているようだった。
人形がお盆をテーブルの上に乗せて、ようやく一安心。お茶も重いし、お盆も人形ぐらいあるので、心配でしかたがなかった。何言っても渡してくれないし。
……この分じゃ、自分で入れたほうがよっぽど疲れなかったろう。もっとも、一生懸命に運んでいる姿と、どこか誇らしげにしている人形を見れば、そんな気持ちも少しは薄らぐけれど。
それに、どうやら茶葉もいいものらしい。飲む前から、甘くてやわらかい香りが部屋中に広がっている。
お礼をいって頭を撫ででやると、人形は嬉しそうにふわふわと飛び上がった。どこか小動物チック。
「まったく、あんたのご主人様はどこへ行ってるのかしらね……知らない?」
くびを振る人形。
「そうよねぇ。まったく困ったものだわ。……っとお茶受けってあるかしら?」
人形はパタパタとキッチンの方へ飛んでいった。
それからしばらくして、たぶん一時間はたっていたと思う、ようやくアリスは、お供一匹を引き連れて帰ってきた。お供に荷物を渡すと、そのまま私の斜め向かいの安楽椅子に腰掛ける。
「こんにちは。他人の家に留守中に上がりこむなんて、たいそうなご身分ねぇ」
「玄関の鍵開けてったでしょ、無用心よ、泥棒に入り困れても文句言えないわ。それが泥棒じゃなくて、私だったんだから良しとしなくちゃ」
「そうね、魔理沙に入られるよりはまだマシだわ」
「案外物分りがいいわね」
「それは良いとしても……だれの許可があって、そのお茶を飲んでいるのかしらね。しかもクッキーまでボリボリと、どれだけリラックスしてるのよ」
「私の許可かなっ♪」
「ふざけないで、その茶葉のグラムあたりの値段知ってる? それにね、問題は値段じゃないの。手に入るかってことなのよ。どれだけ苦労したか想像できる?」
じろりとこちらを睨み付ける。
「高そうね。とてもじゃないけど買えないわ。ありがとう、大変美味しゅうございました」
「そうね、貧乏神社の貧乏巫女じゃ人生で一遍飲めるか飲めないか、でしょうねぇ」
「もう、アリスさまさまよ」
「ねぇ、霊夢」
「……ん? なに?」
「私が言いたいこと分かるわよねぇ?」
アリスはイライラした様子で、椅子の肘起きに指を打ちつけながら、そう言った。そろそろ爆発しそう。さすがにからかいすぎたかな。
「言っておくけど、私が勝手に出したんじゃないわよ。その人形が出したんだからね。私は紅茶を頂戴と言ったまでよ」
「……なるほどね。それじゃキツクは言えないけど、本当に高かったんだからね。……はぁ」
それを聞いてある程度納得はしたものの、やはり不服そうなようすで、アリスはプイっとそっぽを向いた。
「おいしかったわ、ご馳走様でした……ごめんなさい。いや、でもさ、お茶だって早く飲まないと、味も香りも落ちちゃうわよ?」
「……まぁいいけどね」
アリスは、深いため息を一つついて、それから自分の分のお茶を人形に頼んだ。
「どこ行ってたのよ、あとよく私が居るのがわかったわね」
「……どこだっていいでしょ。いるのが分かったのは、感よ、感。」
ぶっきらぼうに、そう返された。
「お茶のことは悪かったから。反省してるわ。だから、ね、教えて? 私とアリスの仲じゃない」
べつにそこまで知りたいわけじゃないけど。
「どんな仲よ。別に教えるのはいいけど、たいした種じゃないわよ」
「でしょうね」
「教えられる側がその態度でいいと思っている?」
「少なくとも私だったらブチギレルわね」
「優しい私は、そんな霊夢にも親切に教えてあげます。心して聞きなさい」
苦笑しながら、そう言った。
「たいした中じゃないんでしょ」
「本当に口が減らないわね。霊夢は私の家に、喧嘩を売りに来たの?」
「アリスのほうがよっぽど、ひねくれてると思うけど」
「魔女は雄弁でなければならない。そういうものよ」
「……そういえば、紅魔館のあの紫もやしもそうね。本に集中してるときとか興味のないことを聞いたときはそっけないくせに、ちょっとでも、気を引く話題だと、長ったらしくべらべらと。結局自分の話を話すだけで、人の話は聞いちゃいないし……。そう思わない?」
「まあね……」
パチェリーの名前が出ると、アリスははっきりとではなかったものの、苦々しげな顔をした。
「話をそらしてごめん。種は」
「……私の留守番中に家の中に誰かが入ってきたら、報せに来るように言いつけてあるのよ。誰かきましたってな風に」
頬杖をつきながら、ふて腐れた様子でアリスはそう言った。
「反撃しちゃえばいいのに。泥棒だったらそれで帰るわよ」
「その泥棒が普通の泥棒だったら良いんだけどね。あいにく普通の泥棒はまずこんなとこまでこないのよ。……今日だったら、留守中に霊夢が家に入ってきたから、蓬莱人形が応対して、上海人形が私に教えに来たの。家には蓬莱しかいなかったでしょ?」
そうして顎で部屋の隅を指す。示されたほうをみると、お茶を出してくれた人形と、先ほどアリスと一緒に帰ってきた人形、二匹が退屈そうに、出窓に腰をかけていた。
「最初は二匹いたってこと? ぜんぜん気がつかなかったわ。……最初からいたのは?」
人形はここからでもはっきりと区別できた。どこが違うのかと聞かれたら、言いよどんでしまうだろうけど。
だから、たぶんそう。最初からいて私にお世話してくれたほう、蓬莱人形は左だろう。
「匹って何よ、匹って……私たちからみて左よ。そっちが留守番していたほうの子、名前は蓬莱人形」
もう一人の子が上海人形、アリスはそう続けた。
ほらね。
アリスが呼ぶと、人形たちは飛んでではなく、わざわざぺたぺたと歩いて近寄ってきて、私の少し前の方で立ち止まり、一方の腕は伸ばしもう一方の腕は胸の前にあて、片側の足だけ引きながら頭を下げるという、ときたま紅魔館の連中がやるような、ちょっと気取った挨拶をしてきた。
「よく躾けてあるわねぇ」
「ふふふ。うちの子は賢いでしょう」
ようやく、少し機嫌を直したらしい、自慢げにそう言うと、増えたほうの人形、確か上海人形、を自分の近くまで呼び寄せて頭を優しく撫でた。私もそれに習って人形を呼び寄せる。
「蓬莱にお茶出して貰ったんでしょ、ちゃんとお礼言ったの?」
「言ったわよ。ねぇ?」
蓬莱人形は、ちょこんと首を下げてうなずいた
「えへへー。ほら見た? お礼だってちゃんとしてるわよ。えらいえらい」
蓬莱人形の頭を撫でてあげていると、アリスはこっちが不安になるくらい、目をぱちくりさせて私の顔を見つめる。
「……なにかおかしい?」
「いやねぇ。霊夢が人形を前にそんなことを言うなんてねぇ」
アリスはしげしげと私の顔を見て、それからくっくっくっ、と押し殺した笑いをした。
「もう。笑わないでよ」
そう怒ったら、顔が真っ赤になってるわよ、とよけいにからかわれた。
きまりが悪くて俯くと、私のほうをキョトンとした顔で見上げている、蓬莱人形の視線とあった。胸の奥のほうからふつふつと沸いてくる、なんだかわからない気持ちに、私はすぐに耐え切れなくなって顔をあげる。
一呼吸ついてから、またそろりそろりと視線を下げ蓬莱人形を見ると……またもや目と目があった。人形は上目遣いに私を見上げて、それがどことなく子犬チックで、あと瞳。深い青色をしていて、見ていると吸い込まれそうな……なんだこの、つぶらな瞳は!
私はまたもや耐え切れなくなって顔をそらす。
OK。心を平静に保たなくては。まさか私が人形に対して悶えてるとでも? 博麗は何者に対しても平等なのだ。大丈夫、私はまだ大丈夫だ。いけるいける。
もう、こっちは見てないだろうと思って、もう一回視線を下げると、人形はまだ見ていて、かわいらしく、首をかしげた。
なんでそんな顔をするんだ。まさか狙ってるのか? くそっ、可愛いなー、もう!なんか今、にやけちゃってそうだ。っていうか、絶対にやけてる。気をたしかに持て、持つんだ私。ポー カー フェイス!
……ふと、我に返り、恐る恐るアリスの様子をうかがうと、アリスもおもいっきりにやにやしてました。
私が見ると、我慢しきれなくなったのか、噴き出して笑い出した。
「私の方は気にしないで続けていいのよ。思う存分堪能しちゃってちょうだい。なんなら霊夢が心のそこから満喫できるように席を外しましょうか」
「いえ、あの、そうじゃなくてね……このことは……その、他言無用ね?」
アリスはお茶を口に含む。
「ぶふっ……別にいいけれど恥じることじゃないわよ。子犬を見てギュッとしたくなるでしょう?子猫を見てギュッとしたくなるでしょう?それと同じよ。なにもおっ、おかしいことなどないわ……ふひっ」
むせながら、また笑う。腹が立つどころか、逆に心配になるくらいのバカ笑い。……キャラ違くない?
「あの……アリス、大丈夫?」
「ふふっ。ああ、笑った、笑った。いやもう大丈夫よ。少し沈んでたんだけどね、お陰で楽になったわ。お茶のことも許してあげましょう」
「あきれた。まだ根にもってたの」
「つい、いましがたのことじゃない。それに食べものの恨みはおそろしいのよ。……それにしても霊夢がねぇ、人形なんて興味ないのかと思ってたわ」
そう言って、また笑いはじめるアリス。いい加減にしろ。
「まったく私をなんだと思ってるの。……そりゃ、アリスほどじゃないけど……アリスが興味持ちすぎてるだけ」
「あら、霊夢は興味がないの? 嫌い?」
「そりゃ、人並みには興味があるし嫌いじゃないけど」
「じゃあ好きなの?」
「いや、……まあ」
「煮え切らないわねぇ、どっちなのよ」
すっごい生き生きとした笑顔。まったく憎たらしい。
「そりゃ……好きだけどさ」
「顔真っ赤よ。あと言われなくても、さっきの調子見てればわかるわ」
絶対いつか仕返ししてやる。宴会のときにでも仕返ししてやる。今度神社に遊びに来たときに、麦茶の代わりにそばつゆを出してやる。
「……あんたのご主人様はいじわるね。困ったら家に来なさい」
蓬莱の髪を手で梳きながら、そう話しかけた。
「すねないでよ。悪かったって」
そのわりには、面白いもんを見れたっていう顔で、これっぽちも悪かったなんて思ってなさそう。
「この子は神社に連れて帰るわ」
「ダメに決まってるでしょう」
冗談の通じないやつ。
「でしょう? 大事にするわよ?」
「この子は我が子も同然だもの、あげるわけないでしょ。それに魔力を込めないと人形は動かなくなっちゃうわよ?」
「簡単なことよ、それなら、アリスが魔力を込めればいい」
「簡単に言うけど、結構大変だし疲れるのよ。それに距離的な問題もあるわ。霊夢がその代償を払ってくれるっていうのなら別だけど? 具体的には、霊夢が代わりに私の人形になるとかね」
「それじゃ結局アリスの得なだけじゃない……霊力じゃ魔力の代わりにはならないかな」
「どうかしらねぇ……できないことはないんだろうけど。霊力のことなら、霊夢がわからないなら、私にはもっとわからないわ。……山の上の神社の、巫女にでも聞いたらどう?」
「早苗ぇ? ……それはなぁ。第一なんて言えばいいのよ。まさか人形を動かしたいとでも?」
「その通り。素直が一番よ。それでも、伝わらないようだったら、さっきの話をその巫女にもすればいいわ」
「……からかってるでしょ」
その後も他愛のない会話は続く。
「そろそろ夕食の時間だけれど……どうせ食べてくんでしょ? 支度ぐらいは手伝いなさいよ」
柱時計をちらっと見て、ようやくそう言った。
「まさか客人に料理を手伝わせるとはねぇ……嘘、嘘です。手伝います」
「よろしい。何か食べたいものでもある? 霊夢のご要望を聞いて上げましょう」
「食べられるもんだったら何でもいい」
「呆れた。あんた、またろくに食べてなかったの? 成長期なんだからしっかり食べなさいよ。でないと発達しないわよ。いろいろね、いろいろ」
余計なお世話だ。
「なにが言いたいのかしら?」
「つまりはそういうことよ」
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食後、私はアリスの工房に案内された。
中は、他の部屋より半メートル程低くなっていて、半地下室もとい土間のような格好になっていた。実際はそうでもないんだろうが、窓がないせいか圧迫間があって、狭く感じる。よくこんな場所を工房にするもんだ。向かって右側の壁に沿って、大きな飾り棚がこしらえてあって、その棚には端から端まで人形たちが飾られている。
「ずいぶん多いわね。どれくらいいるの?」
人形はどれもこれも、違った顔、表情、雰囲気を持っている
「さあ……数えたことがないからわからないわ。それに、これでも数を減らしたのよ」
隅のほうにあった丸椅子に足を組んで、座りながら、そう言った。
「減らしたの? 可愛そうに。まだ入りそうじゃない、隙間がけっこーあるわよ」
「ぎゅうぎゅう詰めだったらそれこそ可愛そうよ」
「そんなこと言う割りには、弾幕するときに人形を使うくせに」
「……厳しいところを突いてくるわね。……・確かにそれはそうだけれど、でも、私は人形使いよ、使役することはあっても、人形に使役されてはいけないわ。つまり、方向性の問題よ」
少し考えてから、絡ませた指の先を見ながら、私にではなく、むしろ自分に言い聞かせるように、言葉を選びながら、そう言った。
「アリスが納得しているんだったら、別にいいけれど……それでも私には矛盾しているようにしか思えないわ。……それにしてもやっぱり、捨てるなんてもったいないわねぇ。なにもここだけに仕舞うことないじゃない、居間とかにも置けばいいし。そうすれば、わざわざ処分しなくてもいいでしょう。あと人形を捨てる時にはちゃんと供養するのよ。分かっているとは思うけど。化けてでるかもよ……私が」
「誰が捨ててるなんて言った。捨ててはないわよ。里の子供たちにあげてるの。文字通り里子よ」
「里で最近なにかやってるらしいのは、噂で聞いたわ。お芝居でもやってるんでしょ?」
「人形でね。人形劇よ、人形劇。……それで劇を見ていた子たちのうちでね、私も人形欲しいって言い出した子がいてね。私の方でもそろそろ収納に困っていたから、その子供に人形を上げたのよ。そしたら他の子たちも欲しいって言い出しちゃって。それで少しは減ったの」
「へぇ。……タダで?」
「もちろんタダ。私は霊夢と違ってさしあたりお金には困ってないもの。それに子供からお金を取るわけにはいかないでしょう……そういうこと、すぐ聞くのは品がないわよ、気をつけなさい」
人形が一匹目に止まった。それは、どことなく雰囲気が蓬莱人形に似ていたからで、具体的に言えば、そしらぬ振りしてすまし顔のところとか。
「その子は蓬莱の前に作った子だからね。蓬莱の試作品。その子が上手くいったから、蓬莱を作ったの」
「蓬莱人形のお姉さんってわけね」
思わず口から出てしまった。笑われると思って、すぐに後悔したのだけれど、アリスは優しい笑みを浮かべて同意してくれた。
「そうね。……欲しいのはその子でいいの?」
「なに言ってんのよ……さっきあげないって言ったじゃない」
「蓬莱と上海は当たり前でしょう。あの子たちは我が子も同然だし、他の人形とは違うもの」
「……でもいいわ、遠慮しとく」
はっきりとした理由はなかったのだけれど、私は、素直に、うん、と言うことができなかった。
「遠慮する必要なんてないわよ。すぐ増えちゃうんだから」
「いいって、だいいち人形なんて持ってたら魔理沙と紫になんてからかわれるかわかったもんじゃないし。……それにその子が神社にいたって、ちぐはぐだし」
もちろん、それもあるんだけれど……
「ちぐはぐじゃないって。それでも気にするなら、和服を作ってあげる。それとも巫女服のほうがいいかしら? 霊夢とおそろいのやつ。それなら神社にもあいそうだからいいじゃない」
「余計なお世話。いいの、いいから。それにいっつも見ていたら飽きちゃうじゃない。たまに見るからいいのよ、たまに見るから。私のことだから飽きたらほっぽっちゃいそうだしね。それじゃあアリスも嫌だろうし、その子だって可愛そうでしょう」。
あーっ。なんかもやもやした感じ。うだうだ
「……素直にならないと損よ。後で後悔したってしらないからね?」
「私以上に素直じゃないアリスには言われたくないわ。……・ほら、いいから行きましょ。」
未練がましく聞いてくる、アリスの背中を押して、無理やり部屋から出ようとした。
「痛い、痛い。わかったわよ、もう。……ほんっとに、素直じゃないんだから。後悔したって知らないわよ」
そんなのわかっているけど、一度いいと言ったからには、言い出しにくいし、それに……
そう、そんなことはすぐに忘れる。
後を引きそうだったので、振り返らずに部屋を出た。
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結局その日はアリスの家にお泊り。アリスに付き合って飲んでいたら、なんだかうとうとしてきて、帰るのが面倒になったのと、泣きながら帰らないでくれって頼んできたのが理由。
宴会でもぐでんぐでんになるまで酔っ払わないから、気づかなかったけど、アリスってば泣き上戸らしい。
帰らないでよ、お願いだから私の傍から離れないでぇ、人肌に触れてないと、寂しくて死んでしまうのぉ。なんて泣きながら頼んでくるその姿は、かわいさ:きもさが2:8で正直グレーゾーンすら半分通り越していた。
あと、なんだかんだで、アリスの家に泊まるのは初めてだった。
へぇ、と思ったことが結構あって、一つ目は、客人用のベッドルームがあったこと。最近は、あんまり使ってはいないらしかったけど、掃除は行き届いていた。かび臭かったら、いやだなって思っていた布団も、むしろいい匂いで、だからアリスがいくなったときを見計らって、布団に顔をギュッと押し当ててその匂いを嗅いでいたら……・急に戻ってきて……うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
……二つ目は、モーニングコール。
なにかふにふにとした感触と、例の布団とか、アリスから借りたパジャマとかと同じ、のどかな春の陽気のような、そんな具体的には言いあらわせない、匂いを感じて目が覚めた。
なんだろうと思って、目をこすってそれから見ると、それは上海人形で、私の頭をつんつん、突いていた。頭を撫でると、くすぐったそうにぴょんぴょん跳ねる。昨日から思っていたことなんだけど、蓬莱人形が犬としたら、上海はどこか子猫チック。
後で聞いたら、どうやら、毎朝起こしにきてくれるらしい。賢い、賢いぞ!
それに、居間に行ってみると、なんと二人分の朝食、目玉焼きとトーストとコーヒ、まで用意してある。
上海の頭を思いっきりなでなでしたら、逃げられた。
正直ちょっと傷ついた。
せっかくなのでアリスと一緒に食べようと思ったが、いくら待っても来やしない。
寝室のベッドを覗くと、蓬莱人形が必死に起こそうとしているにも関わらず、アリスは気持ちよさそうに寝ていた。
可哀想なので私も手伝ったが、無理やり布団を引っぺがそうとしても、くるくるくると器用に体で巻き取って抵抗するし、鼻をつまむのは多少効果があったみたいだけれど、頭を枕に埋めてガードするし。紫ほどじゃないが、それでも寝起きが悪い。
しょうがないので、頭を殴ることにした。
……ふふふっ、早速やってきた復讐チャンス。覚悟しろっ!
アリスの上にのしかかり、手始めに平手で頬を。一発、二発、三発。
「アリス起きなさい。あんたが起きるまで殴るのを止めないわよ」
「……たっ、いたいっ」
涙目でそう訴える。……でもここで殴るのを止めてしまったら元の木阿弥。殴るのを止めた途端、またアリスは眠りの世界に戻っていくに違いない。寝起きが悪いやつの典型パターン。
髪が艶々でむかついたので、グーで殴った。四発、五発、六発。
「……私がなにかした!? いい加減にして! 眠いの、寝かして!」
それに、耐えかねたのか、私を跳ね除けて、むくっと上半身を起こし逆ギレするアリス。まあ気持ちはわからなくもない。
とどめにデコピン食らわしてやろうと思ったら、腕をつかまれてできなかった。残念。
「わかったわよ。起きるから! もう! 今度異変が起きても絶対に協力しないからね。まったく!」
ようやくベッドから起き上がった。
「アリスがなかなか起きないのがいけないんでしょう。はやく朝食食べましょ」
「……頭いたい。水頂戴」
「はいはい、かしこまりました。……飲みすぎよ。お酒弱いのにあんなに飲むから。蓬莱はそこに居ていいわよ、私が持ってくるから」
朝食を食べているときもあいかわらずアリスの調子は悪そうだった。
「……大丈夫? あんまり調子が悪いようだったら」
「大丈夫よ、ただの二日酔いだもの。ほら、おみやげよ」
バスケットと紙袋をひとつずつ渡された。バスケットも紙袋もそこまで重くはない。中身が気になったので尋ねると、とっても日持ちのするものらしい。どことなくうさんくさい。
「ありがと、何かあったら言いなさいよ。あと、くれぐれも昨日のことは内密に」
「さぁ、それはどうかしら。口が滑っちゃうってこともあるだろうしねぇ。それと、神社に帰ってから開けるのよ。途中で開けるなんて下品なまね、止しなさいね」
ふふふっ。いい気になっていられるのもいまのうち。
「アリスが誰かに漏らしたら、私も昨日のことを新聞屋に喋るから」
慌てるアリスを尻目に、上海と蓬莱にまたねと言い残して、私はアリスの家を後にした。
遊びに行くときも、誰かが遊びに来るときも、いつもこの、人と別れる時が嫌で苦手だ。
理由はわからないけど、とても寂しいから。それは、たぶん一人ぼっちに戻るからだろうけど。……それに今回は人形のこともあった。
頭を切り替えよう。うじうじはよくない。また遊びに行けばいい。それにやることだっていっぱいある。境内の掃除とか、それから、それから……
神社に戻ってからバスケットを開いてみる
バケットとカンパーニュだった。
これで2、3日は食い繋げそう。
それから紙袋を開いてみる、と、
……うすうす感づいてはいたけれど。
はぁ……どこにいてもらおう。目立ない場所、押入れとかじゃかわいそうだし。……服も作ってあげたほうがいいのかなぁ。いや、でも、そもそもこの子の服の縫い方なんてしらないし……どっちみちアリスに、会いにいかなきゃいけないか。
くそっ、どんな顔して会えばいいんだ。ぜったいにやにやしてる。それで、とぼけた顔して、私に聞くんだ。何かあったのって?
だから、アリスってば嫌いなのよ。
私はそう呟きながら、畳の上に仰向けになって、赤ん坊をあやすように高い高いをして。
……それから、それをギュっと抱きしめた。
レイアリはこういう関係が俺の理想だ。GJ。
そうすれば人形と一緒にいられるよ!
霊夢とアリスがすごく自然で日常な感じが良い
いいわ^。霊夢もアリスも上海も蓬莱もいいわー。
ごちそうさまでした。
霊夢の反応も可愛くて、いい感じです。
あとアリスがいいキャラしていました、それに上海や蓬莱もよかったです。
また頑張ってください。
だがそれがいい。
ちょっと空白部分が多すぎる気がしますが、読みやすいいい作品でした。
小気味いい会話がツボッた。
上海も蓬莱も可愛いなぁ。
パワーバランスがアリス>霊夢ってのは珍しいなぁ・・・
読みやすいし、登場キャラがみんな可愛いw
楽しませていただきました。貴方の次回作を楽しみに待ってます。
くそう、ニヤニヤが止まらない。
上海も蓬莱も完全に自律行動をしているのが気になりましたが、
可愛いのでこれはこれでありだと思えました。
良きかな良きかな。
点数入れすれです。
失礼しました。
レイアリは
すばらしい
な