幻想郷に訪れる、未だに不明瞭な嵐。
予兆と呼べるものは、八雲紫の消滅という一点のみ。
けれど、人も妖も、そして神さえも巻き込み、大異変への準備がなされていった。
そしてその気配を察し、情報を得ていない者たちも、自分の身を守るために準備を重ねていた。
そして日は経ち、満月の日。まだ太陽は空の頂にあり、月はその姿を僅かさえ覗かせてはいないが、今日が満月で間違いはない。
空は祝福をしているのか、雲一つない青空。雨の心配は取り越し苦労だったみたいねと、小さく巫女は溜め息を吐く。同時に、紫でも読み違えることもあるのだと、ちょっと嬉しい気持ちになっていたりもした。
そんな気持ちで、霊夢は寝ころび、ひとまずの休憩をしていた。藍は最後の準備に、疲労しない程度に飛び回っている。萃香は、山に行き天狗たちに気合いを入れてくると言い残してでかけてしまった。つまり、ここ数日間は常に誰かがいた神社で、霊夢はようやく一人ののんびりとした時間を手に入れたのだった。
大事は近い。その成功も失敗もが肩に乗っているとなれば、いくら暢気とはいえ、それなりに精神への疲労は大きい。だから、今は何も考えずに眠っていたい。だから霊夢は、目を閉じてごろごろと畳の上を転がっていた。
「なんとかなるんでしょうね」
それは、紫への問い掛け。けれど、紫からの答えがないのは知っているし、そんなものを必要とはしてない、ただなんとはなしに呟いたもの。
「あなたがなんとかするんでしょ」
突然頭上から降り注ぐ声。
「わっ!?」
声に驚いて飛び起きる霊夢。誰もいないと思って気を抜いていた分、その声に過敏に反応してしまった。
「おはよ。朝からだるそうにしてるわね」
「あ、アリス」
眠っている霊夢を見下ろしていたのは、腰を屈めているアリスであった。
それを確認すると、つい最近にも同じようなことを、それも同じ人物にされたことを思い出す。
「……あんた、私の寝込みを襲うの好きでしょ」
「そんな趣味はないわよ。霊夢がここのところ不用心なだけ」
馬鹿なことを言わないで、とばかりにアリスは手の平をヒラヒラと振ってみせる。
「それで、どうしたのよ。里の方にいなくて良いの?」
「心配ないわ。もう充分に話し合ったから」
「そう」
そこで会話が途切れた。そこでアリスは何かを言いたげに口を開くが、一瞬躊躇して、言葉が口から出てこない。そして咄嗟に、思っていたことではない別のことを口にしてしまう。
「大変そうね」
「少しね」
間違えた、という思いが浮かぶが、まだ続けられると思い直す。
軽く深呼吸。呼吸とイメージを整え、間違ったことを言わないよう、アリスは気を引き締める。
「そりゃ大変よね。消えそうな結界の一部なんだから」
「えっ?」
サラリとアリスは口にした。だから、霊夢はアリスが何と言ったのか、一瞬の間理解ができなかった。
だが、それを理解するや、霊夢の顔から僅かに血の気が引けていく。
「な、なんで……」
「悪いわね。隠し事、暴いちゃって」
薄く青ざめた霊夢の顔に、アリスは強い罪悪感を覚える。
「そんな……そんな」
自分が結界であることを、アリスや魔理沙には知られたくなかった。だが、霊夢が今感じているものは、隠していた事実を知られたことに対する怯えよりも、隠し事をしたことを知られたことに対する怯えの方が濃いものであった。
霊夢は慣れていなかった。事実を隠すというような、深刻な嘘には。
そんな顔を真正面から見詰めるアリスは、心苦しそうに目線を逸らそうとするが、思い止まり、キッと霊夢を見詰め直した。
「なんて顔してるのよ」
呆れた顔を作る。霊夢と話す前に決めたシナリオに沿って演技をする。
「まったく。そんな顔されちゃ怒れないじゃない」
毒気を抜かれたとばかりに、ふぅと溜め息を吐き出した。それに、霊夢が目線を逸らす。
「隠し事なんて、らしくないのよ。あなたはもっと暢気でいなさい」
「だって、これはさ」
「関係ないでしょ」
ピシャリと言葉を切る。
「人や妖怪、神様や霊魂が好き勝手に生きてる場所なのよ。幻が生きていたって何も変わらないじゃない。あなたが霊夢なら、何も変わらない。違う?」
慧音から話を聞いて、霊夢に言う為だけに考え続けた科白。
「……でも」
「でもじゃない」
今は霊夢の話を聞かない。
霊夢は根が真っ直ぐだから、半端な共感や同情をしてはいけない。それが、アリスの思い描いたシナリオのルール。
ただ強く、思うままに言い尽くす。
「くだらないことで悩まないでくれない。ジメジメしてるのは嫌いなのよ。そもそも、あなたにはハレしか似合わないんだから」
「うっ」
霊夢が顔を歪める。だが、同時に血色が戻っていった。隠し事をしたこと自体に、アリスが本気では怒っていないのだと感じたからだ。
事実、アリスはそのことについて怒ってはいなかった。怒りを全く感じなかったわけではないが、事が事だけに隠しても仕方がないと思えたのだ。
だから、今はただ、霊夢を安心させてやりたかった。その姿が、酷く小さなものに見えたから。
しばらくの沈黙を挟んでから、霊夢はぼそりと呟く。
「……ごめん」
「よく言えました、っと。それでチャラね」
思うことは言い切った。アリスはふぅと大きく息を吐く。
「……で、このことだけどさ。霊夢は、私に忘れて欲しい?」
「え?」
用意したシナリオはここまで。ここから先は、アリスには推測できていなかった。だから、今は霊夢の返答に取り乱さないよう、アリスは心の中で拳を握る。
「教えてもらった時の条件なのよ。霊夢が忘れて欲しいって言ったら、私はこのことを綺麗サッパリ忘れることにするってね」
これを聞き、アリスが慧音から事の次第を聞いたのだと理解した。そして同時に、気まずそうに顔を伏せている慧音の表情も浮かんだ。
不思議と、秘密を漏らしたことに対する怒りはなく、悪いことをしたという気持ちだけが湧いてくる。
次に顔を合わせた時にでも謝っておこう。きっと、慧音も謝ってくるだろうから。そんなことを考えると、霊夢の緊張で固まった肩が、ゆっくりと脱力していった。
「それで、霊夢はどうしてほしい?」
それは優しい問い掛け。どんな言葉でも受け入れるという意志を含んだ、優しさだけに包まれた言葉。
それを聞いて、霊夢は一つだけ、思っていたことを口にする。
「アリス。私ね、忘れようと思ってるの」
「え?」
その言葉に、アリスは小さく首を傾げる。だが、霊夢がその疑問に答えるよりも先に、アリスはその言葉の意味に気付いた。
「今回の結界の修復が完了したら、私は自分が結界だとかそういうことは、全部忘れてしまおうって思ってる」
アリスの思った通りのことを霊夢は口にする。それは諦めでも逃避でもない、そうあることが最良なのだという思いが宿っていた。
「……本気?」
「うん、本気」
もう二度と、こんな大異変は起きないだろう。例え起きたとして、他の誰か、藍とかが憶えていてくれるなら自分はいらない。その記憶は、きっと生きていく内に邪魔になる。そういう考えからの結論だった。
それは無責任なようで、責任あるもの。自分の正体を誰かに託して忘れるという、信頼と覚悟の選択。
選択をするのに悩んだことを、アリスは霊夢の表情に知る。だから、その決定を呑み込んだ。
「そう。なら、私も忘れるわ。本人も忘れてるような秘密を、後生大事に抱えてるなんて馬鹿らしいし」
霊夢の言葉を聞いて、自分がここに来る必要はなかったかな、とアリスは感じた。だが、自分の中でスッキリさせることができたから、意味はあったと思い直す。
「ありがとう」
「……どういたしまして」
その霊夢の真っ直ぐな言葉に、アリスはなんだか、少しだけ照れてしまう。
「それじゃ、私は里に戻るわ」
そう言って立ち上がるアリスを、霊夢はきょとんとした瞳で見詰めた。
「……もしかして、そのことを言う為だけに来たの?」
「モヤモヤしたまま、一大事に挑みたくなかったのよ」
本音と照れ隠しを混ぜた言葉で、アリスはぶっきらぼうに答える。
そして、玄関に向かいながら、振り向かずに声を掛けた。
「頑張ってね、霊夢」
勝手に心配して、勝手に納得して、そんな不器用さが恥ずかしかった。だが、その心配の部分を良く理解した霊夢は、笑顔でその背中に声を掛ける。
「そっちこそしっかり気張ってね。あと、魔理沙や妹紅たちによろしく」
「はいはい」
そう言って手をヒラヒラと振ると、アリスはそのまま神社を後にした。
その背中を見送って、霊夢はどこか穏やかな気持ちになる。今更ではあるが、みんなが真剣に事態を考えていると思ったのだ。
自然と頬が綻んでいく。
「さて、と。もう一眠りしよっと」
ならば自分にできることをと、霊夢は再び畳の上に寝転ぶのだった。
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永遠亭。
日もまだ昇り始めぬ朝。永遠亭の一室に、輝夜と永琳の二人がいた。
永琳はただ静かに畳の上に腰を下ろし、その背中に絡むように輝夜が抱き付いている。
「ねぇ、永琳。気になったことがあるのだけど」
「なんですか、姫」
二人いるはずなのに、一人に見えるような淀んだ空気。第三者が混じることを拒絶するような、二人だけの空間。
「勝手に結界にされたこと、嫌だと思った?」
それは本当にたった今、ふと気になったことであった。
「いえ。特に、気にしてはおりません」
対して、飾らない本音での解答。
「そう」
会話というには、お互いがお互いを理解しすぎている。まるで、二人でおこなう独り言。
突然、輝夜は永琳の首に強く抱き付く。そして呪うように、そして愛おしげに、ポツリと言葉を溢す。
「永琳。ごめんね」
心の奥底から吐き出された懺悔。
「姫、申し訳ありません」
それに応じるように、輝夜の手に自分の手を重ね、永琳もまた詫びる。
罪の意識。延々それに縛られるなど馬鹿げていると、輝夜はそんなものを常に感じ続ける気はない。それは永琳も同じで、二人はそんなものに執着をしない。
けれど、だからといってそれがないわけではない。
人生を乱してしまった罪。永遠の命を与えてしまった罪。それは決して消えることのない、腐りきった傷痕。そしてそれは、何よりも強固に二人を結びつける絆。
切れぬ鎖のように、背を合わせた二人を苦しいほど縛り付ける。二人にはそれが、苦しくもあり、心地好くもあった。
鈴仙という一匹の兎を助けたのは、その罪の心地好さか、あるいは罪滅ぼしのつもりだったのか、輝夜にも永琳にも判っていない。だが、それは確かに、その罪の意識があっての行動であった。
「罪や穢れは心の繋がり。それが希薄になれば、生き物は生き物としての生き方を忘れるわ」
歌うように、輝夜は言葉を奏でる。
「そしてここは、月よりも遙かに穢れている。どう、私は心まで穢された?」
その身を永琳に絡めながら、輝夜は永琳の首筋に軽く口づけをする。
「身も心も、この地の空気を受けてなお澄んでいます。それが穢れるということなのでしたら、恐らくは余すとこなく穢れているのでしょう」
そんな輝夜の額に口づけを返しながら、永琳が言葉を紡ぐ。それに、輝夜は満足そうに微笑む。
「それは地上だから? それとも、幻想郷だから?」
「さぁ。今の外を、私はよく知りませんから」
「それもそうね」
くすくすと、無邪気に笑った。
そしてその笑顔のまま、鋭く妖艶な雰囲気を纏い、輝夜は永琳の眼前に立つ。
「守ってあげる、永琳」
その目を見詰め返し、永琳も艶やかに微笑む。
「ありがとうございます、姫」
二人の覚悟、二人の思い。分かつことも、失うこともできぬもの。
歪な半身同士が、優しく抱き締め合った。
そして、ゆるやかに日が昇り始めた頃。
「ほら、いつまでも寝てない」
蒲団の中で丸くなっている寝坊助を起こそうと、二枚の掛け布団を強引に退かすてゐ。
「うぅ、寒い」
「い、いきなり何するのよ……」
寒さに震える橙と、突然起こされて寝ぼけ顔のメディスン。
この二人は、結界修復の当日に永遠亭での戦力となる為、協調性を学ぶという名目で永遠亭で寝泊まりをしていた。
「それじゃ、もうすぐ朝食できるから、蒲団畳んできなさいよ」
それだけを言い残し、さっさとてゐはいなくなってしまう。
「ん……おはよう、メディ」
「おはよう、橙」
眠そうに目を擦る橙と、蒲団に座ってぼーっとするメディスン。
しばらくそのまま、二人は時間が過ぎていくに任せて、てゐの開け放った襖から吹き込む風を感じていた。
「……今日だね」
「……うん」
はっきりとしていく頭に、チリチリと緊張が走り始める。
「……よしっ!」
気合いを入れて、橙は立ち上がる。
「頑張ろうね、メディ!」
その橙を見てから、ニッとメディスンも笑い、立ち上がる。
「頑張ろう、橙!」
そして、二人は固く握手をした。
小さな二人の決意を部屋の外で聞いて、小さな長老兎はふぅと息を吐く。
「死なない程度に、しっかりと頑張ってよね」
そんな小声の応援は二人の耳には届かず、朝の風に乗って消えていった。
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妖怪の山。
そこで、荷物を背負う少女が一人。それを見送る神が二柱。
「それじゃ、いってきますね」
さながら、それはハイキングにでも向かう子供のよう。
「忘れ物ない? ちゃんと準備整えた? あー、心配」
早苗の心配をして飛び回る、妹のような保護者、諏訪子。
「大丈夫ですよ、洩矢さま」
「本当に大丈夫かい? 化粧した? あ、いや。むしろ、化粧しすぎてない?」
同じく心配そうに口を開く、母親のような神奈子。
そんな神奈子の言葉を聞いて、数回パチパチを瞬きをしてから、驚きに体をひねる。
「な、なんでお化粧の心配をしてるんですか!」
何故に心配するのが化粧なのか。そこが疑問であると同時に、そこを心配される自分てどうなんだろうと少しだけ切なくなった。
「だって、早苗って緊張するとやりすぎることが多いから」
「あー、そういえば酷かったね、修学旅行前の厚化粧」
「わわわ、忘れてください、忘れてください! そんな昔の話!」
そこら中に漂う過去の記憶を散らすように、ばたばたと手を振って叫ぶ。
「あははは、冗談だよ早苗」
けらけらと笑う神。
「……いや、私は結構本気だった」
頬を掻き苦く笑う神。
「ひ、酷いですよ」
真っ赤な顔で恥ずかしがる神の子孫。
穏やかないつも通りの空気を纏いつつ、ほんの少し別れ。
二柱には、何よりも言いたくて、どうしても言えなかった言葉があった。どうか死なないでくれという、願い。
けれど、それを神と人の子は察する。
「八坂様、洩矢様。安心してください。明日には絶対に戻ってきますから」
やや赤らんだ顔をそのままに、早苗はにこっと笑い、心配性な二柱に言葉をかける。
心中穏やかならざる神の心を、この現世神の起こした風が、ふんわりと優しげに撫でた。
途端、二柱揃って安心を覚える。こんな風を吹かせられる自慢の娘なら、きっと大丈夫だろうと。
「それでは、いってきます」
ぺこりと頭を下げ、背を向ける。
「「いってらっしゃい」」
さっきまでは言いたくなかった見送りの言葉を、今度は笑顔で告げることができた。
その言葉に手を振りながら、少女は山を下っていった。
「行っちゃったね」
「あぁ」
まだ残る往生際の悪い心配を、言葉にすることで外に散らす。
「さて。早苗の戻ってくるここを、私たちが守らないとね」
「そうだね、神奈子」
帰ってきた早苗に神社を壊して怒られない為にとは、語らずとも伝わる仲良き神であった。
天狗の棲まう場所にて、文は身支度を整えていた。
衣服をきつめに締め、心身を引き締める。そして準備が整うと、団扇を腰に差し、文はカメラに手を伸ばす。
思い返される、様々な日々。その全てを収めてきたカメラには、その日の香りが染みついているように思えた。
「絶対に、戻ってくるからね」
そう言うと、文は手に持ったカメラを軽く抱いて、再び机に戻した。
「さて、と」
体を伸ばし、小さく深呼吸をする。
それから窓へと歩み寄り、周囲を窺いながら身を乗り出す。そして良い頃合いと風を感じるや、文は身を外へと放り出す。
「天魔様。みんな……ごめんなさい」
誰にも聞こえることなく詫びると、文はその翼を広げ、誰にも気付かれることなく空へと飛び立つ。
澄んだ青空の中へと、黒い翼の少女は溶け込んでいった。
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香霖堂。
霖之助は荷物の輸送を昨日に終えていた。今は疲労を感じながら椅子に腰を下ろして、朝食を摂りつつのんびりと本などを読んでいた。
人里を守るという魔理沙に避難してこいと説教をされ、今日はこれから人里へと向かわなければならない。戸締まりをして一日部屋に篭もっていようとした自分の計画が崩れたことを、今更ながらに残念がりながら本の頁をめくる。
「……人が悪い。妖怪だから仕方ないが、あなたは人を翻弄しすぎる」
最後に会った時、紫は「あなたの好きなようにしなさい」と言っていた。だから、霖之助はそれほど重大な事態ではないと思っていた。
今にして思ったところで、何がどう嘘だったのか判別もつかない。厄介な相手だと、しみじみと会話を思い返してみる。
本を読み進め、そんなことをしている時間はないと気付いたのは、既に正午になってからであった。
「ん? もうそろそろ出ないとまずいか」
そう思い、霖之助は食器を片付けると、手にしていた本だけを持って店から出ようとする。
ガタリ。
その矢先、なにやら物の落ちる音がした。
別にどうでも良いこととは思ったものの、割れ物だったら困るかと考え直し、落ちた物の元へと歩んでいく。するとそこには、子猫が入れそうな小さな箱が落ちていた。
「……ん?」
よくよく見ると、その箱には見覚えがあった。というか、ここ数日間でいうなら、とても馴染み深いという感覚さえ覚える箱。
「なっ!」
それは、つい昨日まで運んでいた大小様々な箱の一つであった。
「なんでまだこれが……棚に乗っかっていたのか」
手にとって箱を見ると、裏には筆で文字が書かれていた。
『超大事』
頭痛がした。
このあからさまな手の抜きよう。それを見て、霖之助は震えながら察する。
「……嵌められた」
そう気付いてみると、もう一人の嵌めた存在を思い出す。
『また明日。明明後日まではここに来るのね』
幽々子の科白である。
「……まったく、本当に質の悪い人たちだ」
呆れながら、僅かに怒りさえ感じながら、最終的には諦めの溜め息を吐き、霖之助はその箱を手に取る。
こうして、心中で魔理沙に小さく詫びを入れながら、霖之助は白玉楼への道を歩んでいくこととなったのであった。
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とある森の中。
「ふぅ……」
ボロボロの修行着に身を包み、木の棒を振るう美鈴。
肉体の疲労はない。戦意は充分。何より大事な、覚悟も終えた。
やがて日が空の中心に昇ると、美鈴は流しであった訓練を終え、修行着を脱ぎ、門番として慣れ親しんだ服に再び身を包む。
「よし!」
そして、気合いを込め、森に礼をすると、美鈴は一路、紅魔館へと帰っていく。
美鈴は、自らの限界を超えた。ただし、それ相応の代償を支払って。
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ざわめく。ざわめく。
事態の大きさに、鋭敏な者たちが薄々と気付いていく。
「……蟲たちがざわついてる」
森の中、一人の少女が不安そうに空を見上げる。
「何か、良くないことが起こるのね」
何が起こるのかは判らないが、その事態が大袈裟なものであることだけは、しっかりと理解をすることができた。
「どうしよう。少し空気がおかしくなってる」
不安げな長女。ここ数日の空気の変化を感じながら、けれどそれがどういうことなのか、結局まだ判っていない。
そんな不安を他所に、夜雀と次女は気楽さを振りまく。
「こーまった、こーまったー」
「何でも歌にすると幸せっぽくて良いわね」
高いテンションの二人に、三女は呆れた顔を向ける。
「姉さんとミスティアは気楽ね」
仲良く漂う騒音の四人。
これから起こることを、何一つ知らずに空を飛ぶ。
「ねぇ、チルノちゃん。やめとこうよ。逃げた方が良いって言われたんでしょ」
「嫌だ! あたいだって戦えるってとこ、見せてやるんだ!」
氷の妖精と大きな妖精が、小さな声で言い争っていた。
「それに、どうにかしないと、あたいたちだって消えちゃうっていうじゃない! なら、どうにかするよ! 消えたくないもん!」
それは強い意志。恐ろしい可能性を考えない、蛮勇の勇気。
「でも……」
「あたいは戦える! 戦えない仲間を、守れるくらいは戦える!」
力への自信に負けん気。
氷の妖精は、戦うことを選択した。
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場所は戻って博麗神社。
日はついに傾き始めようとしていた。
「いよいよだね。藍、霊夢」
どこまで酔っているのか判らぬ顔で、萃香は二人に声を掛ける。
「それじゃ、藍。結界を張るわよ」
結界の準備を整え終えた霊夢と藍が、外の力に器を与える結界を張る。
派手なことは何もなく、ただじんわりと空気が広がって、その簡単な結界は終了する。大した疲労もなく、二人は続けて、結界の中心を呼び出す儀式をおこなう。
それは、霊夢が腕を突っ込んで知識を得た、あの球体である。
程なくして、それは二人の眼前へと現れる。
「う……これ見ると、頭が痛む」
霊夢に若干のトラウマが植え付けられていた。
とにかく、これにて準備は終わった。後はこれを通して結界に穴を開け、それが広がらぬように再び結界で補強をするだけだ。
そうなれば、まさに開戦。
霊夢は、自分が戦闘の合図となることに、小さく身震いをした。
「緊張するな。なんとかなるさ」
気軽そうに口にする藍。けれど、その目に宿る真剣さに、気軽さなどは微塵も含まれては居ない。
不思議と風のない夕べ。
緊張感が、べたりと頬に貼り付く。
そんな霊夢に、萃香が問う。
「覚悟は良い、霊夢」
「良かないわよ」
あまりの即答に、萃香が縁側で転んだ。
「だ、大丈夫だって、みんな頑張るから」
焦りながら、萃香が説得をする。
「お前がそんなんじゃ、上手くいくもんも上手くいかない」
呆れ顔で、藍は説教をする。
こんな時にさえそんな様な二人が面白くて、霊夢は顔を綻ばせた。
「はいはい。それじゃ、仕上げに行くわよ、藍」
「何を言ってるんだか。まだ材料を揃え終えただけだろ」
呆れ顔が、笑みへと変わる。
三人揃って、笑う。覚悟も闘志もを混ぜ込んで、愉快そうに笑い合う。
そして、その笑いが引く頃に、藍はキッと表情を直した。
「きっと、とんでもない暴風(あからしまかぜ)が来る」
その言葉に、萃香が先程の問いを重ねる。
「覚悟は良い、霊夢」
霊夢は、すぐには答えない。
それからしばらく沈黙を挟んで、二人に対して声を掛けた。
「生き残るわよ。絶対に」
笑う。
「「おう」」
笑い返す。
覚悟は決め、霊夢はその球体に手を伸ばした。もう痛みはない。手は、優しく温かな結界の中心に呑み込まれていく。
どうすれば良いのか、自然と頭が理解をしていく。
「いくわよ」
その言葉と友に、霊夢は力を流した。
今、夕凪が終わる。
現在の布陣案
・博麗神社 霊夢、萃香 藍
・白玉楼 幽々子、 妖夢、早苗、霖之助
・永遠亭 永琳、慧音 輝夜、鈴仙、てゐ、橙、メディスン
・妖怪の山 文(?)、にとり 神奈子、諏訪子
・紅魔館 レミリア 咲夜、美鈴、パチュリー、フランドール
・人の里 妹紅、魔理沙、アリス
・太陽の畑 幽香
アリスと霊夢、輝夜と永琳共にいい掛け合いでした。特に後者は永遠亭好きとしてはたまらなかったです。
@個人的に、てゐはどこまで知っていて、どれだけの実力を有しているのか気になったり
執筆期間についてはあまりお気になさらず。完成作品を読むのが喜びですので。
香霖堂 三段目
人里へとムカはなければならない⇒向かわなければならない
ありがとうございます。読んでいただける方の為、完成度と速度の向上を努力します。
冗談です。不謹慎ですね。
続きを楽しみにして待ってます。焦らしプレイ?望むところよ。
読んでくれた方々が、痺れを切らさぬ内に完成させるよう努めます。
お読みいただき、ありがとうございました。