「なら、交代してみる?」
…空いた口が塞がらない、とはこの事かしら。
私の目の前でにこにこと何時も通りの笑みを浮かべる幽々子。…多分本気で言っているわね。
「紫ならそれくらいはわけ無いでしょう?それに長い間付き合ってるんだから、私の事は良く判ってるわよねぇ?」
いや、それは判っているつもりだけれど…。
私としては何時も通りの冗談の心算だったのに、まさか本気にされるとは…。
何でこんな事になったんだろう。私は少し前の記憶を蘇らせてみる。
* * * * * *
「はろ~、幽々子、今日も何もしていないのかしら?」
暇だったのでマヨヒガを抜け出して、白玉楼へと遊びに行く私。
スキマの奥から「紫様ああぁぁ!!たまには働いてくださいいいぃぃ!!」との声が聞こえた気がするが、取り敢えず無視。
私が境界の修理をした事なんか殆どないというのに、何で藍は何時も私にやらせたがるのかしらね?
今更だけど、私の式だと言うのに堅物に育ってしまったなぁ。
「あらあら、何もしてないなんて酷いわぁ~。ちゃんとお団子食べてるじゃないの。」
当の幽々子は、相変わらず縁側に腰掛けて、隣に置いてある餡団子をつまんでいた。
今日は満月の夜。月見にこれほど適した夜は無い。
それにしても、いい事を聞いたわ。今度藍に同じ事を言ってみよう。
「それは忙しいわね。でも私も忙しいのよ。これから幽々子と遊ばなくちゃいけないから。」
「そう、それは大変ねぇ~。」
そんな何時も通りの問答をしながら、私は幽々子の隣に腰を下ろす。
こういう時は、私は幽々子の団子には手を出さないようにしている。
以前(と言っても数百年前の話)無意識につまんで食べたら、眼を血走らせた幽々子に半殺しにされた事があるから。
あの時ばかりは本当に死を覚悟したわね。妖力とかその辺では私のほうが高いはずなのだけれど…。
食い物の恨みは恐ろしい、と言う言葉を、あの時ほど実感した事は無かったなぁ。
「甘いお菓子には辛いお酒かしらね。」
言い聞かせるようにして、私はまたスキマを開く。
八雲式スキマ冷蔵庫は常に10度に保たれているので、何時でも冷たいお酒が楽しめる。
序に自分用のお菓子も、別のスキマから取り出しておく。今日は…何時も通り饅頭か。
スキマの奥から「紫いいいいぃぃぃぃ!!!!」と霊夢の叫びが聞こえた気がするけれど、聞こえなかったフリをする。
霊夢、こんな時間まで饅頭摘んでいたのかしら?判ってて貰ったのだけど。
子供は早く寝ないといけないから、早く食べ終わらせるためにもっと減らしてあげようかしら。
ああ、とても優しいのね私。
「言い訳もそこまで行くと清々しいわね。」
私の思考を遮る幽々子の静かな声。
…あら、思ったより美味しいわね。結構いい饅頭なのかしら。
「あら、言葉に出てたかしら?」
「何となく判るわよぉ。もう長い付き合いだしねぇ。」
くっくと喉を鳴らす幽々子。幽々子にしては珍しい笑い方だった。
それが可笑しくなってしまい、私も自然と笑みを零す。
「そうね、あなたが生きている時からだから、もうそろそろ1000年以上の付き合いになるわね。」
「あらあら、それでも年の差は大分あるわよぉ?」
うっ…、…痛いことを…。
幽々子の年齢は、生きている当時から考えても900歳には届かないくらいだった気がする。
方や私はもう1000歳以上。正確な歳までは覚えていないけれど。
「まあ、妖怪なら数百年の差なんてない様なものよ。」
無理矢理誤魔化しつつ、私は先ほど取り出した酒を、2つの猪口に注ぐ。
そして、その片方を幽々子に手渡した。
「…そうね。そしてこれからも、ずっとそんな関係が続くのかしらね…。」
幽々子は空に浮かぶ満月を見ながら、そう呟く。
月明かりに照らされた幽々子のその姿は、女である私ですら魅了されるほどに、美しいものだった。
「…そうあり続けることを、願うわ。」
チィン…、と、猪口を合わせる音が静かに響く…。
普段の私や幽々子からは想像出来ないかもしれないけれど、私と幽々子が二人でいる時は、静かに酒を飲み交わすのを所謂「遊び」としている。
ただ静かに、その時の風情を味わう。それが、私と幽々子の長年の付き合い方…。
「幽々子様。もうそろそろ…。…あれ?紫様…?いらしていたのですか…?」
…と、そんな風に静かに楽しんでいるところに、雰囲気をぶち壊す声が響く。
「…妖夢、相変わらず空気が読めないわねぇ。あとで校庭十周よ。」
何処の校庭を走らせる気なのかしら?少なくとも幻想郷にはそう呼べる場所は無かったはずだけれど。
まあ、妖夢を外の世界の学校に置き去りにするのも、なかなか面白いかもしれないわね。
「えっ…!いえっ!!そのっ!!し、失礼しました!!」
ようむは いちもくさんににげだした ▼
…そのあまりの逃げっぷりに、私も幽々子も暫くの間、妖夢の立っていた場所から目線を外せなかった。
校庭十周ってそんなに恐ろしい罰なのかしら?
「…相変わらず、妖夢は可愛いわねぇ。うちの藍とは大違いだわ。」
藍が今の妖夢の立場だったら、間違いなく私の首根っこを捕まえてでもこの場をお開きにさせたでしょうね。
まあ、勿論私はスキマで逃げるのだけれど。
「そうねぇ、妖夢をからかうのは止められないわぁ~。」
妖夢が聞いたら泣き出しそうな台詞を平気で口にする。まあいないからいいけれど。
それにしても、本当に妖夢いじりは面白そうね。
藍は最近耐性が付いちゃったのか、からかってもあまり面白い反応を見せないし…。
…この後私が口にした事が、今回の出来事のトリガーとなるとはね…。
「本当に面白そうね。あぁ、暫くあなたにでもなってみたい物だわ。」
…勿論、冗談の心算だった。
その気になれば幽々子のフリをする事は出来るけれど、そんな事をする気は全く無かった。
幽々子も「あらあら」と何時も通り笑ってスルーすると思っていたのに…。
「…なら、交代してみる?」
…まさか本気にされるなんて、予想すらしなかった…。
* * * * * *
…で、話しは最初に戻る。
やんわりと、だが本気の眼をして語る幽々子に、私は戸惑いを隠せなかった。
早く「冗談よ、冗談。」と言って欲しかったのだが、何時まで経ってもその言葉が出てくる気配が無い。
「…幽々子、本気?」
我慢の限界に達してしまったので、私は思い切って訊ねる事にした。
「勿論本気よ。」
「そ、そうよね、冗談に決まって…。…あれぇ?」
こうも混乱したのは何時以来だろう。
幽々子と、私が、交代する?私が幽々子を本気で演じる?
「私も藍ちゃんの事をからかってみたいなぁ、と思ってたのよ~。
それに妖夢とはまた違った味のご飯を出してくれるかもしれないわねぇ~。」
この時点ではまだ妄想の域のはずなのに、既に涎を垂らして悦に浸る幽々子。
なんだろう、この姿を見ていると、この誘いを断った時のことが恐ろしくて想像できない。
半殺し程度で済めばいい。今度こそ本気で昇天させられるかもしれないわね。
「…幽々子、藍の料理なら別に何時でも食べさせてあげるわよ?
だから別に、そんな主人を交代する必要なんか…。」
「あなたも妖夢をからかってみたいんでしょう?こんな面白そうな事は滅多にないわぁ。
それと、妖夢は真面目だから客人相手じゃ色々と不都合だわ。ちゃんと私の姿になってねぇ?」
カウンターすら許さない幽々子の猛攻。
確かにその気になれば幽々子の姿にはなれる。境界を弄くればなんとか…。輪郭とかも一応線だし…。
いやいや、なんだって私は既に入れ替わる事前提に考えているのかしら?
やばい、幽々子に洗脳され始めている。ここいらで反撃しなければ!
「あ、あのね幽々子…。私はただ…。」
「ほらほら、早くマヨヒガへ送ってちょうだいな。そろそろお腹がすいてきたわぁ。」
「今さっきまでお団子食べてたじゃない!!」
「お菓子は別腹よぉ。もっとご飯が一杯食べたいわぁ。」
もう駄目だ、頭痛がしてきた…。何百年も付き合ってるから、初めてって訳ではないけれど…。
反撃は不可能。これは幽々子の策に乗るしかないわね。
「…判ったわ…。藍、ちょっと来なさい。」
諦めて、スキマから藍を引っ張り出す事にする。
スキマに手を突っ込んだ私は、偶然手に触れた藍の尻尾を力の限り引っ張る。
「いだだだだっ!!紫様何なんですか消えたり引っ張り出したりと!!私は物じゃありません!!」
「式は物みたいなものって烏天狗が来た時に言ったと思うけどね。」
「洒落ですか?」
バキッ!!と痛そうな音が藍の左頬から響く。
「つまらない事言ってるとぶつわよ?」
「ぶってから言わないで下さい!!なんてベタベタなネタを!!」
「ぶってないわ、殴ったのよ。」
「おんなじです!!」
「あらあら、相変わらず仲がいいわねぇ。」
幽々子の呑気な声に、顔を真っ赤にして反論していた藍が急に静かになる。
流石は幽々子。存在そのものが鎮静剤みたいな物だから。
「…幽々子様、これが仲が良いように見えますか…?」
「ええ、とっても。」
顔に手を当ててため息を吐く藍。
藍のようなお堅い人間は、多分幽々子みたいな柔らかい人間(?)とはそりが合わないのだろう。
「藍、今からそんな事言ってると、これから大変よ?」
その言葉と共に、私は自分の身体の境界を弄くり始める。
時代が進むと共に何度もやって来た事なので、まあ姿を変えるくらいはちょちょいのちょいだけど…。
さて、藍はどんな反応を見せるかしらね…。
「紫様、何を判らない事を。私は…。…はぇ?」
藍が振り向いた時には、私の変身は既に完了。幽々子の姿は見慣れているから作りやすい。
それにしても、今の藍の声は良かったわね。幻想郷にはテープレコーダーとかが無いのが悔しいわ。二度と聞けないかもしれないし。
「ゆ、紫様…?」
「あらあら、そっくりねぇ紫。」
唖然とする藍。鈴を転がすような声で笑う幽々子。
取り敢えず幽々子への変装は成功と言えるのかしら?
「それじゃ藍ちゃん、暫く幽々子を預かって頂戴な。明日の夜には帰るわぁ。」
えっと、幽々子の声はこんな物でいいかしらね?
こればかりは流石に境界でどうこう出来る問題ではないので、声色を使うしかない。
聞きなれてる幽々子の声だから、作りやすいといえば作りやすいほうだが。
「ちょ、紫様!?意味が判りません!!何で幽々子様の姿に!?それと暫く預かってって!?」
「藍ちゃん、美味しい料理が早く食べたいわぁ。そうでないとあなたを食べちゃうかもよ?」
「幽々子様リアルすぎる発言はやめてください!!」
「だって本当の話だもの。ああ、狐料理も食べてみたいわぁ…。」
「紫様!!既に挫折しそうです!!何を考えてるのか知りませんけど幽々子様と共棲(?)だけは勘弁してください!!」
地力の差から言って、藍が食べられる事はまず無いでしょうけど。幽々子と藍の力はほぼ一緒だし。
ただまあ、橙が食べられる可能性はあるかもしれないわね。
その時は…、…どうしようかしら。そうなった時に考えましょう。
「じゃあ藍ちゃん、幽々子をよろしくねぇ。あでゅー。」
藍の足元にスキマを作り出す。流石の藍も、混乱しながら咄嗟の事には対応できるはずも無い。
じゃあね藍、これが今生の別れになるかもしれないわね。
「ちょ、紫様あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!!」
スキマを閉じるまで藍の絶叫は聞こえ続けていた。恐るべき執念ねぇ。
幽々子には普通に傍にスキマを作る事にする。ちゃんと自分の足で行きなさい。
「幽々子、他は何を食べてもいいけど、藍と橙は食べちゃ駄目よ?」
ここは私の声でちゃんと言っておく。
幽々子なら本気で食べかねない。食に関すると見境がなくなるからねぇ…。
「大丈夫よぉ。それより紫、その変装、まだ完璧じゃないわよぉ。」
…あれ?おかしいな、洋服の模様から髪の毛の先に至るまで、完璧に幽々子に変身した心算だったのだけれど…。
まだ何処か変身し忘れた場所が…?
「私のほうが大きいわよぉ。」
…厳しい現実を突きつけて、幽々子はスキマの中へと消えていった。
* * * * * *
「幽々子様、先ほどの悲鳴(藍の)は…。…あ、あれ?どうされたのですか?」
私が凹んでいると、悲鳴から大分時間が経ったはずなのに今更現れる妖夢。
取り敢えず、私が八雲紫である事は気付かれていないようね。
こんなんで本当に大丈夫なのだろうかこの庭師は。それとも私の変装が完璧すぎるのかしらね?
「…ああ、大丈夫よ妖夢…。…ちょっと厳しい現実を見せられただけよ…。」
いや、そりゃ幽々子は大きいとは思ってたわよ。だけど負けてないとも思ってたのになぁ…。
幽々子の方が大きかったのか…。…ああ、物凄い敗北感が…。
「…何があったのかは聞きませんが、紫様はもう帰られたのですか?」
聞かないのかよ、と思わず突っ込みそうになってしまった。
確かに私は紫だけど、幽々子が同じ状況になっても放置するのか妖夢。
ばれる訳にも行かないので、勿論突っ込まないけれど。
「えぇ、もう帰ったわよ。」
最初のうちは下手な事を言えないので、素直にそれだけ返しておく。
今の状況なら、ちょっと嫌な事があって口数が少ないのだと誤解してくれる…。
…ああ、また敗北感が…。…亡霊なのになんだって大きいのよ…。…そこだけ成長しているとでも言うの…?
「そうですか。珍しいですね、あの紫様がちょっと来ただけで帰るなんて。
何時もでしたらお酒飲んで酔っ払って屋敷の障子を壊す位の迷惑行為はしていくのに…。」
…それ、本人に言ってるって知ったらどうするかしらね。
今すぐ校庭10周どころかフルマラソン42,195km走らせてあげたかったけれど、まあ此処は耐えましょう。
…本当の事ではあるんだし…。
「そうねぇ、なんだか藍ちゃんが連れ戻しに来てたから、逃げたみたいよぉ。」
自分の行動パターンほどこじつけやすい物はないわね。
自分だったら間違いなくそうするであろうパターンだけ、妖夢に伝えておいた。
私はこういう状況だからって、幽々子の姿を借りて自分のイメージを良くしようだなんて事は考えない。
…だって、成功するわけないし…。
「藍さんもいらしていたのですか?それは少し惜しいですね…。
藍さんに手伝ってもらえれば、今日のお夜食は何時もより多く出来たかもしれませんが…。」
あら、妖夢と藍は何時の間にそんな関係になっていたのかしら?
まあ確かに従者同士だし、藍も何だかんだで白玉楼には(私をひっ捕らえに)よく来るので、別に不思議な事じゃ…。
…って、ちょっと待って。今夜食って言わなかったかしら?
「ああそうでした、お夜食の準備はもう整っております。」
なんだかいきなり難関に来てしまった気がしなくもない。
いや、あの食欲旺盛な幽々子なのだから、夜食くらい取ってるのは当然と考えるべきなのだけれど…。
…問題はその量…。…い、いや、これは心配する必要ないわよね…。
いくら幽々子と言えども、夜食にそんな私が食べきれないような量を食べているはずがないわよね。
そうね、丁度起きたばかりで夕飯はすっぽかしてきたから、寧ろ丁度いいじゃない。
何を心配していたのかしら私は。歳を取ると心配性になるから嫌ね…。
「そうね、じゃあ頂こうかしら。」
ゆっくりと腰を浮かす。…歩きからとかから気付かれないように、移動は浮遊にしよう…。
「それではどうぞ。何時も通り居間に用意してありますので。私は庭掃除の方を続けさせて頂きます。」
…妖夢って何時も幽々子にくっ付いてるイメージがあったけれど、食事の時は付いていないのね。
まあ幽々子が食事の邪魔をされたくないから、と言う理由でそうさせているのかもしれないけれど。
庭掃除のための箒を担ぐ妖夢を尻目に、私は幽々子が食事に使っている居間へと移動する事にして…。
…現実逃避していた私の脳は、辛い現実へと引き戻される事となった…。
て言うか、冷静に考えたら夜食って時間でもなかった気が…。…まだ9時ごろよ…?
* * * * * *
「し、死ぬ…。…お腹が壊れる…。」
私は縁側で一人でぼやいていた。長い人生(?)において、今日ほど一回の食事の量が多かった日は無いでしょうね、間違いなく。
食べ終わった食器を片付けに来た以降は、妖夢はずっと庭掃除なので、どう考えても聞こえるはずはないし。
だけど、その食器を片付けに来た時が辛かったわね。平静を装うのが。
『藍に手伝ってもらえれば何時もより多く出来た』と言う言葉を考えれば、あの食事の量は何時も通りという事なんでしょうね。
…何時も通りであれだけの量って…。幽々子の胃袋はどれだけの許容量だと言うの…?
そもそも本当に胃袋があるのかが不思議だけれど。喉の奥は異空間に繋がってるんじゃないかしら。
「はぁ…。…気分直しに飲もう…。」
どうせ妖夢は今白玉楼の裏庭の掃除をしているだろうし、スキマを開いたってばれる事はない。
さっと八雲式冷蔵庫を開いて、先ほど幽々子と飲んだ酒瓶を取り出す。
ああ、嫌な事があった時の酒はやっぱり格別ね。このイライラした気分を吹き飛ばしてくれる。
…だからってお腹の苦しさが直るわけではないけれど…。
食事をスキマで何処かに無くしてしまおうとも考えたけれど、これまた妖夢の料理スキルが高いのがいけない。
夜食だと言うのにやたら手が込んでいて、あれを何処かスキマ送りにするのには物凄い気が引けた。
スキマに保存するだけにしても、食器ごと封じてしまっては数が足りなくて気付かれる恐れがある。
「食器ごと食べちゃったわ」と言えば疑われないかもしれないけれど…。…いや、流石にないわね。
「ホント、他人のフリをするのって大変ね…。」
これからの食事の事を考えると、本気でそう思えてくる。
明日の夜、と藍に言ってしまった以上、食事の回数は最低3回。最後の夜食は取らなくて済むかもしれないから。
体調が悪い、とでも言って量を減らしてもらおうかしら。絶対に幽々子には有り得ない台詞だけれど。
食事の時だけは戻ってもらう、って言うのもいいかもしれない。マヨヒガへは一瞬で戻れるし。
ただ、幽々子が賛成してくれるかどうかだけれど。て言うか多分賛成してくれないけど。面白そうだからと言って。
「…はぁ、我ながらつまらない事を言っちゃったわね本当に…。」
これじゃ本当に妖夢いじりでもしないと元が取れないわ…。
こうなったら、幽々子がやらないくらいにいじっていじっていじり倒してあげようかしら。
普段の幽々子がどれだけ妖夢をいじっているのかは知らないけれど。
でもまあ、見る限りそんな大それたレベルではないだろうから…。
藍にはあまり出来なかったネタ(?)を、妖夢でしっかり使ってあげましょうか…。
「…幽々子様、どうかされたのですか?」
「きゃっ!!」
どうしてあげようかと考えているところに、急に声を掛けられたものだから、思わず声を上げてしまう。
いつの間にか妖夢が正面に立っていた。色々考えすぎてて気付かなかった…。
「あ、あら妖夢、もう掃除は終わったのかしら?」
慌てすぎたせいか、自然にそんな言葉が出てしまう。
此処にいるのだから、掃除が終わったのは当然だろうに。
「はい、滞りなく。…あの、幽々子様、先ほどもそうでしたが、ひょっとして何かお悩み事でも…?」
ああ、妖夢が真面目な人間(?)で助かったわ。私の挙動より先に私自身の事を聞いてきてくれた。
此処で何とか誤魔化しておかないと…。普段の幽々子なら私みたいに慌てるなんて事はないでしょうし。
「…ええ、ちょっと深刻な悩みがあるのよ…。…聞いてくれるかしら、妖夢。」
深刻そうな顔を作ってみる。これも普段の幽々子ならばあまりしないことだろう。
しかし、今この顔を作ることは、寧ろ妖夢の不安を掻き立てるのに役立つのであり、それは即ち、妖夢いじりの一環となる。
「…は、はい!この魂魄妖夢!幽々子様のためならばどんな力にでもなりましょう!!」
何故此処で敬礼するのかしらね?
まあいいや。とにかく妖夢が聞く気になったのならば。
「実はね…。」
此処で一旦言葉を区切る事で、深刻なイメージを増徴させる。
これで妖夢も、私の言葉を一つも逃すまいと、本気で聞く姿勢を持つだろう。
そして、そう妖夢が構えているところに…。
「…妖夢を虐めるネタが、そろそろ尽きちゃいそうなのよ。」
…妖夢の表情が、数秒固まった後に崩れる。
「……はぁ!?!?」
「困ったわぁ。紫とか永遠亭の薬屋にでも相談して、また新しいネタを貰ってこないといけないかしら。
ああでも、生半可な方法じゃ飽きちゃいそうねぇ。今までよりももっとハードな「幽々子様あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
二百由旬に響き渡る妖夢の怒声。流石に耳を塞いでないと辛かった。
「何が深刻な悩みですかッ!!何が悲しくて私をいじるネタを私に相談しなくちゃならんのですかぁ!!!!」
あらあら、妖夢ってこんな口調で喋れるのね。ちょっと意外だわ。
「深刻な問題よ?だって妖夢を虐められなくなったら、楽しみが無くなって成仏しちゃうかもしれないわぁ。」
幽々子のことだから、本当にそれだけで成仏してしまいそうで恐ろしい。
まあ、食べ物さえあれば成仏したって戻ってきそうだけれど。
「なっ…!!幽々子様何と言う事を!!もういいです!!真剣に聞こうと思った私が馬鹿でした!!
どれだけぶりの真面目な話かと思えば…!!結局何時も通りですか!!」
おーおー怒ってる怒ってる。可愛いわねぇ。
本当に藍とは大違いねぇ。藍だったら絶対に弾幕の一つや二つは打ち込んでくるでしょうに。
「あらあら怖いわぁ。そんなに怒らなくてもいいじゃない。」
「怒りますよ!!何のために少しだけでも心配したのか判らないじゃないですか!!
ああもう!!私はもう寝ます!!後は月見でも何でも勝手にやっててください!!」
そう言って踵を返す妖夢。まだ寝るには早いでしょうに、無理しちゃって。
まあ、私としてはこれからが本番だから、ここは笑顔で見送る事にする。
妖夢が見えなくなった後に、私はもう一杯酒を煽った。
* * *(5分後)* * *
…さて、そろそろ妖夢は寝床へ戻ったかしら?
如何でもいいのだけど、あの子何時お風呂に入ったのかしら。それとも今日は入らないで寝る心算なのかな?
まあいいや。一日お風呂すっぽかした所で何とも無いだろうし。冬眠する私が言うのだから間違いない。
それじゃ、私の趣味を開始するとしましょう。
私は指先で宙を突付き、そのサイズだけの小さなスキマを開ける。
どうせ妖夢の部屋に電灯なんて殊勝な物はないだろうし、スキマの中はかなり暗いからこれでばれる心配は無い。
レッツ、盗聴タイム~♪
「まったく幽々子様は…!!どれだけあの人は人をおちょくるのが大好きなのか…!!」
スキマの奥から妖夢の声が聞こえてくる。
妖夢みたいな真面目な堅物は、こういう時ついつい一人で文句を言っちゃうものなのよね。
ああ、この誰かの秘密を盗み聞きする快感、止められないわね本当に。
「本当に何時も何時も何時も何時も何時も…!!何だって時々見せる真面目な風貌でいられないのか…!!
せめて冥界の姫として、もう少しでも威厳というものを見せられない物なのか…!!」
幽々子に威厳なんて物を求めている時点で既に間違いな事に気付きなさい、妖夢。
まあ、確かに本気になった幽々子の威厳は物凄いけれど。
その本気を出す機会がさっぱりだから、何時まで経っても普段のゆるゆる幽々子になるんでしょうね。
「それに私を虐めるネタがなくなったとかどういう事なんですか本当に…!!」
おっ、さっきの話だ。さて、不満をぶちまけて御覧なさい。
勿論、その当事者がしっかりと聞いておいてあげるわ。
「最近ようやく幽々子様の虐めが気持…、…きも…、…き、肝が耐えられるようになったというのに!!」
…私は今、大変な事を聞いてしまった気がする…。
い、いや、空耳よね。独り言なのに言い直したりはしないわよね。そうね、ようやく耐えられるようになったのね、おめでとう妖夢。
…でも、そうすると接続詞が「が」なところがおかしくなってしまうけれど。
まあいいわ、細かい事は置いておきましょう。私の精神安定のために。
「…はぁ、一人で何を言っているんだ私は。どうも今日の幽々子様は調子が狂うなぁ…。…もういいや、寝よう…。」
あら、もうお終い?やっぱり独り言って長続きしない物ね。
それにしても、ちょっとは今日の幽々子が変な事には気付いているみたいね。
まあ、あなたが相手していたのは西行寺幽々子じゃなくて八雲紫だから。
その辺は気付かれていないようだから、この調子で明日からもゆっくりと遊ばせて貰うとしましょう。
だから妖夢、今日はゆっくりと休んでいなさい。
でないと、明日はもっと大変かもしれないわよ…?
…さて、お風呂借りたいんだけど…。…どうすればいいのかしら私は…。
* * * * * *
「幽々子様~、朝ですよ~。」
…その言葉で、ふと目が覚める私。ああ、物凄く眠い…。
…どうも見慣れない天井が眼に映る。寝ぼけていたせいか、本気で数秒間自分がどんな状況だったかを忘れていた。
「…そうだ、私は幽々子だった…。」
何処かで聞いたことがあるような言い回しだと自分でも思う。
じゃあさっきの声は妖夢ね。ちゃんと朝早くから起こしに来るなんてねぇ…、偉いわぁ…。
…藍だったら…そうねぇ…午後の…3時くらいに…。……。
「…ZZZZ…。」
二度寝した。
「幽々子様~、朝食の準備が出来ましたよ~。」
…その言葉で、また目が覚める私。ああ、まだ眠い…。
二回目とは言え、やっぱり見慣れない天井には一瞬戸惑う。あまり幽々子の家に泊まるって事も(生きてきた年数を考えれば)無かったしね…。
「…そうだ、もう朝なんだ…。」
30分くらい前にも起きたくせに、と自分でも思う。
妖夢はちゃんと朝ごはんも作るのね、当たり前だけれど。…私が昼過ぎに起きる以上…藍は朝ごはんを作ってるのかしらね…。
…ああ…でも橙と藍は…けっこう…早起きだからなぁ…。……。
「…ZZZZ…。」
三度寝した。
「幽々子様~、朝食が冷めてしまいますよぉ~。」
…その言葉で、またまた目が覚める私。ああ、とにかく眠い…。
三回目にもなると、流石に戸惑いも少なくなる。まあ此処数十分で何度も見ているわけだし…。
「…そうだ、朝ごはん…。」
さっきから妖夢がそう言ってる。折角作ってくれたのだから、ちゃんと食べなくては、と自分でも思う。
妖夢の朝ごはんってどんなかしらね…。藍の朝ごはんは…あまり食べた記憶が…ないからなぁ…。
…やっぱり…和食なのかしらね…きっと…そうだろうなぁ…。
「…ZZZZ…。」
四度寝しt「いい加減に起きてください!!!!」
妖夢が物凄い勢いで襖を開ける。
その剣幕に驚いた私は、思わず藍の事を思い出して布団を被る。
「幽々子様!!ただでさえ食べてばかりなんですから、そんなに寝てると紫様より酷い事になりますよ!!」
妖夢、明日の夜以降は覚悟しておきなさいよ?
「嫌よ妖夢~…。今日はなんだか凄く眠いのよぉ~…。」
今すぐ紫の姿に戻りたかったが、鋼の精神で何とか堪える。
ああ、本当に幽々子のフリも大変だなぁ。今マヨヒガの幽々子はどうしているかしら。
「駄目です!!何時もだったら寝ながらでも食事はするくせに何を言ってるんですか!!」
幽々子、あなたがそんなスキルを持っていたとは知らなかったわ。私も欲しい。
「眠い物は眠いのよぉ~…。…後でレンジで温めてぇ~…。」
「レンジってなんですか!?少なくとも白玉楼にそんなものはありません!!」
ああ、無いんだ。まあ此処には電気も無いから当然だろうけど…。
しかし、私としても睡眠時間だけは譲るわけには行かない。いくら幽々子のフリをしているからって、私は八雲紫だ。
睡眠は私の最高の楽しみの一つ。ビバ睡眠。生物が生まれながらに持った最高の能力なのよ!!
「わけ判らん理屈を捏ねないで下さい!!」
妖夢の勢いに押されてか、うっかり布団を掴んでいた腕を一瞬緩めてしまう。心の声が聞こえたのかしら?
その一瞬で妖夢は布団をひっぺ返し、私の手の届かないところに放り投げてしまった。
「さあ幽々子様!!観念して……、……ちょ、ちょわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
…謎の奇声と共に、物凄い勢いで後ずさりする妖夢。
この奇行の意味は流石に判らない。何が起きたのだろうかと、眠い眼をこすりながら首を捻った。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ幽々子様!!!!何と言う破廉恥なッ!!!!」
見れば妖夢の顔はトマトレベルに赤くなっている。
何が破廉恥だというのだろうか、そう思って自分の身体を見てみれば…。
…寝巻きに着ていた着物がはだけて、裾が胸に引っ掛かっていた。お陰で肩まで丸見え、どうりて少し肌寒いと思った。
う~ん、生真面目なのも考え物ねぇ。たったこれだけでこんな反応を見せるなんて。
しかし、これは思いがけない妖夢いじりのチャンス。
普段はあまり使わない頭を、今はイタズラのためだけにフル回転。
「…あらあら、こう見るとやっぱり大きいわねぇ。どう?妖夢、触ってみたいかしらぁ?」
幽々子への敗北感を必死に耐えつつ、右手をはだけた服の裾へと置いてみる。
「ほわあああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!な、何を考えているのですか幽々子様ぁ!!!!」
ああ、この妖夢の悲鳴を聞くだけで癒されるわぁ。
藍なんかもうすっかり慣れっこで、全然面白い反応を示してくれないから。
それにしても、幽々子は普段こういうイタズラはしないのかしらね。
「…ほら妖夢…、…あなたも朝食でしょう…?…私を食べてみたくはないかしらぁ…?」
「みょ、みょみょみょみょみょみょみょみょみょんなこと言わないで下さいいいいぃぃぃ!!!!」
ああ、もう最高。顔がもうトマトを通り越してハバネロね。色は寧ろ薄くなってるけど、熱量がまるで違うわ。
「あらあら…あなたはその気じゃないのかしらぁ…?…じゃあ私が食べちゃおうかしらぁ…。」
「にゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
橙みたいな叫び声を出して逃げ去る妖夢。その速さや、まさに秒速二百由旬ね。あくまで例えだけれど。
ああ、幽々子、今ならあなたの気持ちがよぉく判るわ。
妖夢のあの純粋な反応を見るのは、もう本当に止められそうもないわ。一種の麻薬ね。
こみ上げる笑いを堪える事が出来ず、私は声を変えるのも忘れて部屋中を笑い転げていた。
* * * * * *
「ふぅ、今日もいい天気ね。」
朝食を何とかこなし、私は縁側でのんびりとしたひと時を過ごす。
幸い、朝食の量は昨日の夜食ほどの量ではなかった。どうして朝食より夜食の方が多いのかが不思議だけれど。
それに久々の朝食と言う事でもあったので、寧ろ楽しめた部類に入るかもしれない。
久々の朝食、と自分で言ってて少し虚しくもあるけれど。
因みに妖夢は今回は食器を下げに来なかった。何処まで逃げて行ったのやら。
仕方がないので食器は自分で下げておいた。まあ、同じ状況なら流石に幽々子も同じ事をするでしょうし。
朝の日差しの下、こうしてのんびり過ごすのも悪くはないわね。
一週間に一度くらいは早起きしてみようかしら、今度から。
さて、そろそろ妖夢を探しに行った方がいいかしら。このまま戻ってこなかったら困る…。
「紫さまごぅあッ!!!!」
…急に境界を切り裂いて出てきた狐の顔を、反射的に殴り飛ばしてしまった。何時の間に境界を越える術なんて覚えたのかしら、藍。
しかし、それだけでは止まらない。倒れた藍の上に跨り、関節技を決めてあげる。
「いだだだだだだだだッ!!!!ギブッ!!ギブです紫様!!!!」
もっと力を込める。まったく空気の読めない式だ本当に。
「あらぁ、藍ちゃん、紫ならこっちには来てないわよぉ?霊夢のところかもしれないわぁ。」
顔は穏やかに、しかし殺気だけはこれでもかと言うくらいに込めてあげる。
まったく妖夢がいないからいい物を、もし聞かれたらどうする気なのかしら。
「す、すみませんゆk…ゆ、幽々子様!!しかし緊急事態なんです!!まずはそのチキンウィングアームロックを解いてください!!!!」
まさかその名称を答えられるとは思わなかった。何処で名前を知ったのかしら。
しかし、藍のその必死な表情には流石に気圧される。仕方がないので間接を離してあげた。ただしマウントポジションは取ったままで。
「…どうしたのかしら?マヨヒガで何かあったの?」
此処は真剣に聞かざるを得ない。もし幽々子の身に何かあったというのであれば、今すぐにでも戻らなくてはいけない。
…と、藍の眼から涙が零れるのが見えて…。
「…紫様!!お願いですから戻って来てあだだだだだだだだだだだッ!!!!!」
…えい、逆エビ固め。別の涙を好きなだけ流させてあげるわ。
「藍ちゃん、空気を読まない子はこういう罰を受けるのよ?」
「痛い痛い痛いぃ!!!!腿がちぎれるううぅぅぅぅ!!!!」
久しく聞かなかった藍の絶叫が心に染みる。
それにしても、様子が変ね。今日の藍はまったく抵抗してこない。
何時もだったら、関節技くらいは「プリンセス天孤 -Illusion-」で回避するはずなのに。
「藍ちゃん、いくらなんでも早すぎるわよぉ?まだ昨日の今日じゃない。」
とりあえずそれだけは述べておく。
どうせ幽々子の世話が大変だから、という理由なのだろう。
まったく、藍の根性が此処まで弱いとは思わなかったわ。もう数百年この私に付き従っているくせに…。
「違うんです!!半端じゃないんですよぉ!!いだだだだだだだだッ!!!!
あれだけの食事を作るくらいなら、ニートの相手をしている方がまだマシでにぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
お次は膝十字固め。ニートって誰のことかしらぁ?
「あらあら、食事を沢山食べてくれるのは美味しい証拠じゃないの。
今日の夜までといわず、もう一週間くらい交代しちゃおうかしらぁ?」
「ちょ、拷問ですか!?この膝十字固めも含めて拷問ですか!?
断固断ります!!一日でマヨヒガの食料食べ尽くすような人と一週間共棲はホントに無理です!!!!」
あら、昨日だけでそんなに食べられちゃったの?
それは流石に困るわね、本当に橙と藍が食べられちゃうかもしれないわ。
…成る程、今日は反撃する元気もないというわけね。
仕方が無いので、関節技を解いて藍を離す。折角だからもっと虐めたかったけれど。
痛みに悶え続ける藍は、暫くの間地面を転げまわっていたけれど。
「…判ったわよ、ちゃんと今日の夜には帰るわ。
食料は後でスキマで届けておいてあげる。だから何とか夜までは耐えなさい。」
藍の表情が、花が咲いたような笑顔へと変わる。藍のこんな表情を見たのは何時以来かしらね。
幽々子を悪く言われているのは少し腹立たしいが、藍の言い分も最もだ。流石に二人が食べられてはたまった物ではない。
ただ、マヨヒガも結構食料の蓄えはあったはずだから…。…ああ、結構な量を送らないといけないなぁ…。
「…あ、ありがとうございます紫様!!!!」
最後まで空気の読めなかった式に、トドメのテキサスブロンコスープレックスを決めてあげた。
* * * * * *
「さて、妖夢は何処に行ったのかしら…。」
気絶した藍をスキマに叩き込み、これからやらなくてはいけない事を再確認する。
藍と約束してしまった以上、本格的にタイムリミットは今日の夜となってしまった。
それまでに妖夢を出来る限りいじらなくては…。
しかし、妖夢は一体何処まで逃げたのか、それが判らなくては始まらない。
とは言っても、幽々子ならともかく私はそれほど妖夢に詳しくは無い。
ただでさえやたらと広い白玉楼。その中で妖夢の行きそうな場所を特定するのは、今の私には難しい。
勿論スキマをフルに使えば何とかなるかもしれないが…。…それを万一でも見られたら、と思うと使う事が出来ない。
…しょうがない、あまりやりたくはないけれど…。
私は、大きく深呼吸して…。
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
先日の妖夢にも負けないくらいの悲鳴を上げた。
何も起きていないのに悲鳴を上げるのはとても恥ずかしいが、多分誰も見てないだろうから構わない。一瞬の恥だ。
ああ、ほら、私の悲鳴を聞いて、物凄い勢いでこっちに向かってくる足音が…。
「ゆ、幽々子様ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「はろー、妖夢。」
全速力で走ってきたであろう妖夢にそう声を掛けたら、顔から転んで滑っていってしまった。…凄く…痛そうです…。
しかし、これで妖夢は発見。一件落着ね、うん。
「ゆ、幽々子様…先ほどの悲鳴は…。」
砂にまみれた顔を擦りながら、涙眼の妖夢が立ち上がる。
流石に此処までは予想できなかったから、不可抗力よね。私のせいじゃないわね。
「妖夢を呼んだだけよぉ。あれだけで何処かに逃げちゃうんだから、探しちゃったじゃない。」
まあ、全然探してないけど。
探しに行くのがめんどくさかったからこうして呼んだだけだけど。
「…幽々子様ぁ…、…何だって昨日の夜からこんなに…。…紫様に何か唆されたのですか…?」
ああ、もう完全に泣き顔になっている。とりあえず妖夢への仕返しレベルが一段階上昇、と。
妖夢って随分私の事をよく思ってないみたいね…。
「あらあら、そんな事ないわよぉ。ただ…ね、思い残す事がないように、ってね…。」
…最後に、少しだけ憂いを含んでみる…。
…私とて、ただ遊ぶだけで済ませる心算は無い。最後に一つだけ、知っておきたい事があるから…。
これはそのための伏線。妖夢、あなたは…。
「…えっ…?…幽々子様、それは…。」
「幽々子。ちょっといい?」
…と、妖夢の言葉を妨害するかのように、急に聞き慣れた人間の声がする。
少しだけ拙い、と思ったけれど、まあ今は私は幽々子だ、ばれる事は無い。
声の方に目を向けてみれば、とても見覚えのある紅白巫女が立っていた。
「霊夢、ここで何をしているんだ。」
怪訝な表情で霊夢を見据える妖夢。まあ不法侵入ではあるし。
「仕方ないじゃない、何時もだったら門の所で斬りかかってくるどっかの誰かさんが、今日はいなかったんだから。」
「…みょん…。」
流石は霊夢。口で霊夢に勝てる人間はそうそういないわね。
沈んだ妖夢を完全にスルーし、霊夢は私の方へを目線を動かす。
「それで幽々子、紫が何処にいるか知らない?…て言うか、あんたさっきマヨヒガにいるって聞いたんだけど…。」
…げっ…。マヨヒガに行ってたの霊夢…。
私を探しているのならば、最初はマヨヒガに行くのが当然だろうけど…。
…迷わなくちゃ行けない場所だというのに、何だって普通に行けるようになってるのよ…。
「あらあら、そんな事誰に聞いたのかしら?」
気になったのでそれだけは聞いておく。あと話を逸らす意味でも。
藍に聞いたのだったら、それ以外の事情は聞いているかもしれないので、それが有り得ないとなると…。
「ん、あの黒猫よ。マヨヒガに行ったら丁度遊びに行くところだったみたい。
そうしたら「ん、紫様はお出かけ、今は幽々子様が泊まってるの。」って言ってたわよ?」
…ああ、成る程、橙には詳しい事情は話してないのね藍。
ある意味セーフ。橙に全部話していたら、私は今妖夢の前で公開処刑にされていたかもしれないし…。
「あら、昨日の夜にちょっと寄っただけなのに、橙は何か勘違いしてるのかしらねぇ。」
とりあえず話の辻褄が合うようにはしておかなければ。
私が境界の力を使う事はもう誰もが知っている事。
例え殆どの時間を妖夢と一緒にいたとしても、ほんの少しの時間でもあれば、境界を使って抜け出したのだろうと誤認してくれる。
それに、妖夢は昨日は早めに寝てしまったからね。
その証拠に、霊夢もそれ以上は何も聞いてくることはしなかった。
「そう、まあ何でもいいわ。とにかく、紫が何処に行ったのかしらない?」
…ああ、話を逸らした気だったのに、忘れてはくれなかったみたいね…。
「今日はまだ来てないわ。普段なら寝てる時間だしねぇ。…紫が何かしたのかしら?」
何となく理由は判るのだが、聞くだけ聞いてみる事にする。
ひょっとしたら平和的解決が出来るかもしれないし…。
「…ええ…昨日ちょっとね…!!…昨日久しぶりに高級なお饅頭を買ってこれたって言うのにねぇ…!!!!」
…平和的解決は出来そうも無いわね…。
結構美味しいとは思ったけれど、本当に高級なお菓子だったとは…。
物凄く紫に戻るのが嫌になった。戻ったら殺されるかもしれない…。
「…あらあら、それは大変ねぇ。」
迂闊なことを言えば火に油を注ぐだけになるかもしれないので、とりあえずそれだけ返しておいた。
内心では冷や汗がだらだらと…。…お願いだから気付かないでね、霊夢…。
「ホントに何処に行ったのかしら…。…此処以外に紫が行きそうな場所は?」
地の果てまででも追い詰める心算…?…これは元に戻っても、暫くはスキマに隠れてたほうがいいかもしれないわね…。
後霊夢の気を逸らすために、お賽銭でも入れておこうかしら…。
「そうねぇ、よく判らないわぁ。紫が行きそうな場所なんて、外の世界しか思いつかないしねぇ。」
私が言うのだから間違いない。
「やっぱりそうよねぇ…。…逃げやがったか…。…覚悟してなさいよあの加齢スキマが…!!」
…ああ、なんだか霊夢の後ろにドス黒い炎が見えるのは気のせい…?
色々言いたい事はあるけれど、今言ったら確実に死ぬ。私とてまだ命は惜しい。
それに饅頭一つで殺されるのもたまった物ではないし。私の命は饅頭一つ分か。
「悪かったわね幽々子。私はこれで帰ることにするわ。紫を探さなくちゃいけないし。」
うん、早く帰ってください本当に。私の精神にこれ以上負担を掛けないで。
「あら、そう?お茶の一つくらい妖夢も出せばいいのにねぇ。気が利かなくてごめんなさい。」
さっきから其処で沈んでいる妖夢に、追い討ちの一言を掛けておく。
「…みょん…。」
「いいわよ別に。
さっさと紫を見つけてボコして吊るし上げて焼いて十字架に貼り付けてそーなのかーして大蛙にでも食わせれば、もっと色々貰えるかもしれないし。」
如何考えても巫女の台詞じゃないわよねそれ。今更だけど。
第一、そーなのかーしてって何よ。ムーンライトレイでも打ち込ませる心算?
この霊夢の怒りをどうすれば抑えられるのか…。…私の今後の問題ね。命に関わるし。
「それじゃあね、今度来たらお賽銭よろしく。」
どの話の流れで最後の言葉がお賽銭よろしくになるのか。
聞きたいけど聞かない。我慢我慢。今は霊夢に早く帰ってもらわなくては。
「考えておくわ。それじゃあねぇ~。」
軽く手を振ってあげれば、霊夢はそれ以上何も言わずに踵を返す。
…はぁ、疲れた…。…だけど一難はこれで去ってくれる…。
後はマヨヒガに帰ってから考えよう…。
「あー、そうそう。」
…このまま終わってほしかったのだけれど、数歩歩いたところで霊夢は足を止める。
何よもう…。本当に早く用事を済ませてよ、これ以上の精神攻撃はお断り…。
「幻想郷縁起に載ってたけど、紫って確か色々姿を変えられるのよね。」
…何?それは何が言いたいのかしらねぇ、私にはさっぱり判らないわぁ…。
「紫くらいの妖怪なら、妖力を抑えるのも上手いだろうし、ひょっとしたら身近な人にでも成り代われるかもしれないわね。」
ざくっ、ざくっ、と霊夢の言葉が私の胸に突き刺さる。
なにこれ、拷問?霊夢、気付いてるの?お願い、気付いてるならさっさとそーなのかーして。この精神攻撃は辛すぎるわ。
と、とにかく顔だけでも平静を装ってないと…!!まだ気付かれてる訳じゃ…!!
「ほら、それにあんたみたいな紫の友達なら、真似するのも上手いだろうし。
成り代わってても妖夢ですら気付かないんじゃないかな、って。」
いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
霊夢!!もう止めて!!私のライフはとっくに0よ!!
何時の間にこんな最悪の精神攻撃覚えたのよ!!私はそんな子に育てた覚えはないわよ!!当然だけど!!
「…ま、そんな事無いわよね。悪いわね変な事言って。それじゃ。」
…そう言って、またすたすたと歩き始めたかと思えば、すっと空に浮いて飛んでいく霊夢。
今度は何処かで振り返ることもなく、暫くしたらその姿も見えなくなった。
…お、終わった…。…ようやく地獄から開放された…。
「全く、霊夢…おか…な事を言…ますね。…って!!あれ!?幽…子様!?」
…あれ、妖夢、どうしたの…?…声が…よく…聞こえない…。
…あれ?何で…視界が…真っ暗に…。…ああ…意識が…。
「ゆ、幽々子様!!幽々子さまあああぁぁぁぁ!!!!」
* * * * * *
「…んっ…。」
…あれ、何時の間に私は眠っていたの…?
眼を覚ませば、今日だけで5回目となる白玉楼の天井が…。
…ああそうか、私は気絶してたのか…。こうして倒れたのなんて、もうどれくらいぶりなんだろう。
しかもその原因が霊夢の精神攻撃とな。これは霊夢が強すぎるのか、はたまた私が精神的の弱くなったのか…。
…年は取りたくないわねぇ…。
障子の向こうから差す光は、もう既に赤く染まっている。もう少しで日没してしまうような色合い。
…そうすると、私は結構な時間気を失っていたのか…。
とにかく起きないと…。気を失っていたからって、もともとの目的を忘れるほど私はアホではない。
…そう思って身体を起こせば…。
「…妖、夢…?」
なんとありきたりな光景というべきか…。
私にすがるようにして、妖夢は眠っていた。
…ああ、きっと私を介抱しているうちに、という事なのだろうけれど…。
…なんだかとても、悪い気がしてきた…。妖夢には勿論、幽々子にも…。
私は幽々子のフリをした紫だというのに…。妖夢のこんな優しさを受ける権利は無いのに…。
幽々子ならそうそう倒れる事はないだろうけど…。…これは、幽々子が受けるべきだというのに…。
「…妖夢、妖夢、起きなさい。」
私は妖夢の身体を揺する。起こすのは悪いと思うけれど、寝ていられるのも少し困る。
少し揺さぶった後、妖夢はゆっくりと眼を覚ました。
「…あれ、私は…。…ゆ、幽々子様!?もうお身体の方はよろしいのですか!?
いやいや、も、申し訳ございません!!私とした事が主の介抱をせずに眠ってしまうなどと!!」
起きた途端に慌てふためく妖夢。
その様子が面白くて、私は思わず笑みを零してしまう。
…ああ、幽々子、本当に妖夢はいい子ね。あなたが気に入るのも判るわ。
「大丈夫よ、ちょっと疲れてるのかもしれないわね。」
実際に疲れてるけれど、精神的に。それは言うまい。
「そ、それでしたらもう少し横になられた方が!!
…あ!!幽々子様!!お腹の方は空いてませんか!?な、何かご所望の物があれば!!」
ああ、そう言えば時間的にお昼は抜いてるのね。最も殆ど動いてないから、お腹は全然空いていないけれど。
「大丈夫だって言ってるじゃない。…それより妖夢、ちょっと…。」
私は小さく手招きする。
意味が判らなかったらしく、妖夢は一瞬首を傾げたが、すっと私の方へを身体を寄せる。
…そして、私は妖夢の身体を、そっと抱きしめた…。
「…ありがとう、妖夢…。」
「…えっ…?…ゆ、ゆゆゆゆゆ幽々子様!?」
私の腕の中でわたわた慌てふためく妖夢。ああ、本当に可愛いわねぇ。
どうしてこう、少女に免疫の無い少年みたいな反応を示してくれるのかしら。
…藍、あなたは…私が倒れた時は…こうしてくれる…?
「…幽々子様…。」
と、何故か妖夢の声がとても深刻になる。
これは…、…とても悪い事を感じている時にしか出しようが無い声…。
「…幽々子様、本当に昨日からおかしいですよ…?
本当にどうされたのですか?何か隠していらっしゃいませんか…?」
妖夢が、私にすがる様な目つきで語りかけてくる。
…ああ、この妖夢を前にして、私は全てを話してしまいたくなる。
私は幽々子じゃない、紫だ、と…。…だけど、それにはまだ早い…。
あなたが本当に幽々子の傍にいるべき存在なのか…、…私は、それが知りたいから…。
「…大丈夫だってば、妖夢。あなたは本当に心配性ねぇ。いい子いい子。」
妖夢の頭をわしゃわしゃと撫でてあげる。
…ああ、妖夢の顔が、数秒固まった後に見る見る赤くなって…。
「な、ななななななななぁ!!!!」
「あらあら、そんなに嬉しいのかしらぁ?じゃあもっとやってあげるわぁ。」
さらに撫で続ける。最早これは撫でているというより、掻き乱しているわね。
あらあら、もう髪がぐしゃぐしゃになってるわねぇ。折角きっちり揃った髪だったのに。
「こ、子ども扱いしないで下さい!!!!」
あ、怒った。妖夢って変なところでプライド強いわねぇ。
私の5分の1も生きてないなら、充分子供じゃない。
「あらあら、私からしてみれば何時までもかわいい妖夢よぉ?朝みたいな反応しか示さない内はねぇ~。」
「うわああぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
顔を真っ赤にしつつ、泣きながら部屋を飛び出す。
ああもう、本当に可愛いわぁ。ちょっとシリアスな展開にしてからのギャップがまたたまらないわね。
…さて、出来ればもう少し妖夢を虐めてあげたかったけれど、不慮の出来事で時間を取ってしまった。
残った妖夢弄りネタは、またの機会に回す事にしよう。
後は…、…夕飯までは大人しく寝ていよう。また大量の食事を取らなくてはいけないんだろうし…。
まあ、今回は昼を抜いている分、まだ楽かもしれない。霊夢の突然の訪問は、寧ろいい方向に転んでくれるかも…。
私の白玉楼での最後の仕事は、十六夜の月の元で行わなくては…。
* * * * * *
「…す、少し考えが甘かったかしら…。」
縁側に腰掛けて、強烈な腹痛に耐え続ける。
昼を抜いた分、ひょっとしたら夕飯はこなせるんじゃないかなぁ、そう思っていたのだけれど…。
…そうよね、一日の食事の中で一番量が多いのは夕飯だものね普通…。
い、胃薬プリーズ…。…セ○ロガンを私に…。…あれって妖怪にも効くのかしら…。
カタカナにすると、なんだか銃の名前みたいになるわね。
…あ、そもそもあれは食べ過ぎに効くものじゃないか…。
「…ふぅ、こういう時はやっぱりこれかしらね…。」
妖夢が見てないのを確認してから、スキマから昨日も朝も飲んだ酒を引っ張り出す。
白玉楼にいる間、殆ど飲み続けている気がしなくもないけれど、細かい事は気にしない。
満月ほどではないけれど、この十六夜の月下で酒を飲まずして、一体何時飲めばいいのだろうか。
…いや、何時でも飲んでるけどさ…。…萃香ほどじゃないけど…。
「血の気無い石の下 未来永劫石の下♪」
萃香のことを思い出したら、ふとその歌が口から漏れた。
まだ見えないけれど、こっちに向かってくる誰かさんに聞かせるように…。
「それ、紫様の歌ですよね、以前の宴会の時にお聞きしましたが。」
そうね、確かにこの歌を口ずさんでいたのは、妖夢と戦う前だったからね。
10個ほどのお団子を手にした妖夢は、それを私の傍にそっと置いた。
「…血の気無い石、その下で永劫の時を過ごす…。
…ふふふっ…。…その石の下って、一体何がいるのかしらね。」
問いかけてみるが、妖夢は不思議そうな顔をするだけで何も答えない。質問の意図がわからなかったかしらね。
血の気無い石の下、未来永劫石の下。
妖夢にはとても縁深いかもしれないけれど、ある意味では最も遠い物かもしれない。
冥界では、誰も死ぬ事はないからね…。
未来永劫、石の下で過ごす事も無い。冥界からいなくなった魂は、新たな生を得たのか、綺麗さっぱり消滅したか、だから。
「…よく判りませんが…。」
結局本当に判らなかった様子。
…だけど、すぐに判るわ。未来永劫石の下、そんな事を謳える者は、一体どんな者なのか…。
石の下に眠る者、謳う者もまた、その傍で永劫の時を過ごす…。
例えるなら…、…そう、八意永琳や蓬莱山輝夜、そして藤原妹紅のような、永遠を生きる者…。
…そして、石の下に眠る者とは、永劫その傍らにいたいと思えるほど、謳った者にとっては、大切な存在…。
私にとっては、今なお西行妖の下に眠る、幽々子のように…。
…さあ、私の最後の仕事を始めよう。
妖夢、あなたは一体、幽々子の事をどれだけ思っているのか…。
ただのおせっかいである事は、これを思いついた当初から判っている。
だけど、幽々子の友として、私はそれが知りたい。
あなたが本当に、幽々子の傍にいるべき存在なのか。
「…ねえ、妖夢。」
私はゆっくりと立ち上がり、白玉楼の庭へ、ゆっくりと歩を進める。
語りかけるが振り返らず、ゆっくりと、僅かに欠けた十六夜の月の光の下へ。
妖夢は何も声を出さずに、ただ私の言葉を待っている。
おあつらえ向きだ。いつもの妖夢みたいに、声を張り上げられては困る。
私は静かに振り向き、妖夢の眼を、しっかりと見据えて、言った…。
「…もし私が、今この場で消えてしまったら…あなたは、どうする…?」
…妖夢の眼が、大きく見開かれるのが見える。
予想通りの反応。恐らく、私の言っている事が脳に伝わっていない。
と言うより、理解するのを拒んでいる、と言ったところか…?
「…ゆ、幽々子様…。…何の冗談ですか…?」
固まった表情のまま、妖夢が聞き返してくる。
これも予想通り。そう、そうでなくてはいけない…。
「…冗談は言ってないわ。そして質問は質問の通りの意味。
もしこの場で…私が永遠にいなくなってしまうとしたら、あなたはどうするのかしら…?」
…妖夢の目線が、一瞬何処かへ移ったかと思えば、すぐに俯いて肩を振るわせる。
さあ妖夢、答えて。あなたがどれだけ、幽々子の事を思っているのかを。
…そして、数十秒の後、正座していた妖夢が、急に片膝を立てて立ち上がり…。
…楼観剣に…手を掛け…て…?
「…この…偽者めッ!!!!」
私との距離を、一瞬にして詰めて、斬りかかってきた。
「なっ!!!!」
想定外の妖夢の行動に、反射的に私は一歩退く。
楼観剣は一瞬前まで私のいた場所で空を切る。
ただ、私の反応が一瞬遅れていたせいか、着物が左肩から右の腰にかけて、少し切れてしまう。
あら、こういうちょっとだけ見えているのも、少し色っぽくていいわね。
…て、今はそんな事を考えてる場合じゃない!!
私はさらに間合いを取り、妖夢の動きだけを見続ける。
「よ、妖夢、どうしたの!?」
妖夢から眼線を外さず、それだけ語りかける。
しかし、妖夢の眼は先ほどまでの物ではない。完全に敵を見る眼だ。
「黙れ!!これ以上幽々子様を語ることは許さん!!」
何で!?完全に気付かれてる!?
言葉的には私が紫である事には気付いていない。だけど、幽々子でないことは完全に察知している。
どうして!?今の今までは、完全に私の事を幽々子だと思っていたはず。
確かにさっきの問いかけは幽々子らしくはなかったかもしれない。
だけど、幽々子は亡霊。その存在は、何時消えてもおかしくはない。
妖夢だってそれは判っているはず。私が偽者である決め手にはなり得るはずがない。
最も、実際は西行妖の下に幽々子の亡骸がある以上は、その心配はないのだけれど。
…幽々子ですらそれを知らないのに、妖夢がそれを知っているはずがない…。
「…なにを根拠にそう言っているのか、是非聞かせてもらいたいわ。」
…まだ幽々子のフリはしておく。
おかしい、私は何も間違えてはいなかったはず。
だというのに、どうして見破られたのか…。…駄目だ、如何しても判らない…。
「聞きたいなら冥土の土産に教えてやろう…!!」
まさに冥土の土産ね、此処冥界だし。
「幽々子様はなぁ…!!」
やたらきつい口調で、妖夢は楼観剣である一点を指す。
そっちへと眼を動かせば、そこは先ほどまで私が座っていた場所。
…えっ…?…さっき妖夢が持ってきたお団子以外、何も置いて…。
…って、ちょっと待って、まさか…。
「幽々子様は、例え今すぐ消えるとしても、団子を全部食べるまで消えるような方ではない!!!!」
…ああ、近くにあのメイド長がいるのかしら。ほら、今日は十六夜だし。
唖然呆然、あまりの事に身体が全く言う事を聞いてくれない。時が止まってしまったようだ。
本当にシリアスからのギャップがね、凄いわね、あはははは。妖夢、夕方のあなたの気持ちはこんな感じなのね。
「さあ、何か言い残す事があるなら聞いてやる!それと本物の幽々子様は何処だ、それも言え!!」
妖夢が何か言っているが、完全に右から左、頭に入ってこない。
もう、あの、さ、我慢しなくていい?この展開をぶち壊していいかしら?既に妖夢が壊してくれたけれど。
ああ、もう駄目、我慢できない。
「…あはは、あっはっはっはっはっはっはははははははは!!!!!!」
ああ、妖夢あなた最高よ、団子を全部食べるまでって…!!
普通あの展開で言うかしら!?しかもあんな真面目な表情で!!
もう駄目、食べすぎとは別の意味でお腹痛い。この痛みを抑える薬は無いかしら?
「な、何がおかしい!!」
いや、あなたのその言葉がおかしいわよ。此処で笑わずして何時笑えばいいのかしら?
ああ、もういいや、なんか如何でもよくなった。
こんな妖夢を幽々子が気に入らないはずはないし、妖夢も幽々子に付き従わないはずがない。
最初から判ってたじゃない。幽々子の傍にいるべきなのは、妖夢なんだって事が。
「くくくっ…!!…妖夢、わ、私の負けよ…、あははは!!ああもう最高、普通あんな事言わないわよ…あはははははっ!!!!」
笑いを必死に抑えつつ、とにかくそれだけは伝えておく。
ええ、もう完全に私の負けよ。あなたの天然レベルには敵わないわ、全然。
「…そ、その声は…。…ゆ、紫様…?」
あら、笑いすぎてて声を変えるのを忘れちゃったみたいね。
ああ、でももういいか。そろそろ種明しをしてあげよう。
すー、はー、すー、はー、…よし、少しだけ落ち着いて…、…あははははっ!!ああ、やっぱり駄目!!
「せ、正解よ…。…くっくっく…!!昨日の夜から…ずっとね…。」
はー、はー、ああもう、笑いすぎて息が苦しい。そろそろ落ち着いておかないと。
気分直しも兼ねて、私は自分に掛けていた境界の変化を全て解除する。
ああ、やっぱりこの姿が一番落ち着くわね。…一箇所だけ、残念になったところがあるけれど…。
「紫様…。…まさか、これも紫様の偽者なんてことは…。」
疑り深いわねぇ。まあ、今の今まで偽者の幽々子を相手にしていたから、当然だろうけど。
「それはないわよ。あなたの知っている中で、こうして姿まで変化できる能力を持つのがどれだけいるかしら?」
そう言うと、妖夢は納得したのか、楼観剣を鞘へと収める。
そう言えば、まだ他人に姿を変えられるような能力を私は知らないなぁ。
萃香は巨大化できるけれど、容姿まで変わるわけではないから、あれは可愛そうなサイズのままだし…。
…と、妖夢はそのまま数秒固まった後に…。
「も、申し訳ございません!!知らずとは言え、あなた様に剣を向けるなどとは無礼のキワミ!!!!」
…一瞬で土下座。しかも最後の発音が少し変よ。
まあそれはどうでもいいわ。此処まできてもいい反応を見せてくれるわね。
「そうね、普段だったら校庭20周だけど…。…まあ、今回は私にも負い目があるしね。
ほら、顔を上げなさい。幽々子に見られたら、また色々と遊ばれるわよ?」
まあ、今はマヨヒガにいるから見られる事はないだろうけど。
顔を上げた妖夢は、そのまま正座の姿勢をとる。…砂の上に正座をしなくても…。
「あ、あの、それで紫様、幽々子様は…。」
…あら、顔が少し不安気ね。本当にいなくなってしまったとでも思っているのかしら。
これ以上虐めるのも可愛そうか。そろそろ幽々子を迎えに行かなくちゃいけないし。
「心配しなくても大丈夫よ、今はマヨヒガにいるわ。そろそろ迎えに行かなくちゃいけない頃だから、早く行きましょうか。」
そう言って、私は正座した妖夢の下にスキマを作る。
藍ですら対応できないのに、妖夢に出来るはずも無いか。そのままスキマの中へとまっ逆さま。
「ちょ、紫様あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!!」
…凄い、藍と全く同じね。落ち方とか叫び方とか声の途切れ方とか、全部。
さて、私も我が家に帰るとしましょう。スキマを開いて、一日ぶりとなるマヨヒガへの道を開いた。
* * * * * *
私がスキマを渡ったら、妖夢は頭を擦りながら涙を浮かべていた。
頭から落ちたみたいね。藍も同じように落ちていたのかしら。
「ううっ…、…スキマを開くなら言ってくださいよ…。」
嫌よ、面白くないじゃない。口には出さないけれど。
「嫌よ、面白くないじゃない。口には出さないけれど。」
「出てます出てます。心の中が丸聞こえです。」
「さあ、早く行きましょう。その間に今までの経緯も話してあげるわ。」
「スルーですか?」
私が降りたのは、マヨヒガのちょっと手前の小道。
何故境界の狭間に立つ場所にそんな物があるのか、という突っ込みは禁止。
直接マヨヒガに降りてもよかったけれど、それじゃ何となく帰って来た、という気分もしない。
それに、妖夢に今までの経緯を話しておきたいしね。
私が歩を進めれば、妖夢は頭を擦りながら私の後に続いた。
「それで、今までのことなんだけれど…。」
その道中、私は妖夢に全てを話す。
昨日の夜、私がうっかりあんな事を言ってしまった事から始まり、私と幽々子が入れ替わった事。
折角だから、妖夢を沢山弄ってみたかったこと。
霊夢が来た時に、私が倒れた理由など、包み隠さず全部。
「…そうでしたか…。…少しおかしいとは思っていたのですが…。」
若干俯き加減になる妖夢。
おかしいとは思っていたけれど、気付くまでには至らなかった事に反省しているのだろうか。
「ふふっ、まあ私の変装が完璧だったのかしらね。最後の最後で気付かれちゃったけど。」
ああ、そうだ、これも伝えておかなくてはいけない。
最後の最後、私の質問の意図を…。
「…でもね妖夢、最後のあの言葉だけは…本当に聞きたくてした質問よ?」
妖夢の顔がさっと上がる。
「あなたが幽々子の事を如何思っているのか、私はそれが知りたかった。
…ねえ妖夢、答えてくれないかしら、最後の質問。もし幽々子が消えてしまうような事があれば、あなたは…。」
「何も変わりません。」
私が言いきる前に、妖夢はあっさりと答えてしまう。
その答えに驚いた私は、思わず足を止めてしまう。
その間に少しだけ前に出た妖夢は、その続きを語る。
「私は幽々子様に何処までも付き従います。
例え消えてしまうような事があるならば、私も共に消えましょう。
転生されるのであれば、私も共に転生しましょう。
死ぬ事があるのであれば、私も共に死にましょう。
…私は、幽々子様の傍に何時までも仕えます。例え、どんな事が起ころうとも。」
…その時の妖夢の背中が、少しだけ大きく見えたのは…眼の錯覚かしら…。
いや、私が知らないうちに、妖夢も少し大きくなっていたのかもしれない。
勿論、身長的な意味じゃなくて、精神的な意味で…。
「…そう、それを聞いて安心したわ。120点の回答ね。
それじゃあ、早くあなたのご主人様を迎えに行ってあげましょう。」
そう言って、私と妖夢は再び進み始める。
妖夢の言葉に迷いは無かった。本当に、心からそう思っている証だ。
私が思っていた以上の答えを、妖夢は答えてくれた。
これで、私も何かが吹っ切れた気がする。藍、あなたは如何なのかしらね…。
あっと、久々の我が家が見えてきた。さて、藍と幽々子はどうして…。
「いぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!幽々子様!!眼を覚ましてくださいいいいぃぃぃぃぃ!!!!」
…あれ?今のは藍の声よね…。
「藍ちゃぁ~ん…。…私はもう駄目…生でもいいから…何か食べたいのよぉ…。」
…今のは幽々子の声…?
「にゃあああぁぁぁぁ!!!!幽々子さまぁ!!藍様の尻尾食べちゃ駄目ですううぅぅぅ!!!!」
…今のは、橙よね…。…あれ、何が起こって…。
…そう思ったところで、私は大変な事を思い出した。
「…そう言えば、食料送るの忘れてた…。」
藍に頼まれた幽々子の食事用の食べ物、あの後霊夢の訪問で気を失ってたから…。
…ああ、これは本格的に拙いわね。つまり、幽々子はお昼と夕飯を食べていない事になる。
…もう少し此処に来るのが遅かったら、本当に藍が食べられていたかもしれないわね…。
「いただだだだだだ!!!!ちぇ、橙!!!!私はもう駄目だ!!お前だけでも逃げるんだ!!」
「嫌です藍様!!藍様を置いて逃げるなんて出来ません!!!!」
「だめよぉ…逃がさないわよぉ…。二人とも私が美味しく食べてあげるわぁ…。」
「紫様、紫様ああぁぁぁ!!!!お願いですから早く、早く帰ってきてえええぇぇぇぇ!!!!」
……。
「…妖夢、あなたはあれでも、永遠に幽々子に付き従うのかしら…?」
「…少しだけ、決心が揺らぎました…。」
* * * * * *
暫く見ているのも面白かったかもしれないけれど、流石にこれ以上放置するのは可愛そうなので、妖夢と一緒にマヨヒガへ突入。
幸い、藍の尻尾に幽々子の歯形が残った程度で事は済んだ。
幽々子は今絶賛暴食中。食事はスキマから引っ張り出してきたものを適当に。
「…ううっ…紫さまぁ…。本当にあと少しで食べられるところでしたよ…。」
泣きながら文句を言う藍。ああ、流石にこれは私が悪いというのを認めざるを得ないわね…。
「…ごめんなさい、藍。ちょっと色々あって気絶してたから…。」
素直に頭を下げる。これくらいで許してくれればいいけど…。
とりあえず、マヨヒガは幽々子の暴れた傷で凄まじい事になっていた。
なんか所々噛み傷のようなものもあるし…。…本当に見境なくなってたのね、幽々子。
「ら、藍さん…。…申し訳ありません、幽々子様が…。」
妖夢も、藍の尻尾に包帯を巻きながら頭を下げる。
「いや、いいんだ妖夢。お前が謝る必要は無い。これは私と紫様の問題だ…。」
…あれ、藍、ひょっとしてかなり怒ってる…?
顔は何時も通りどころか少し泣きが入ってるけど…。
「紫様…。とにかく、この後ゆっくり話し合わなくてはなりませんね…。それなりの覚悟はしておいてください…。」
ああ、やっぱり怒ってるわね藍。
仕方がない。2時間くらい説教を喰らうかもしれないけれど、今回は我慢しよう。私に責任があるのだし。
「ああ、お腹一杯だわ~。」
と、空気を読まない幽々子の呑気な声が響く。
妖夢に空気が読めないとか言っておきながら、自分もだいぶ空気が読めてないわね。
「幽々子様、ご満足しましたか?でしたらそろそろ白玉楼へと戻りましょう。」
丁度妖夢のほうも治療が終わったらしく、すっと立ち上がって幽々子の下へ移動する。
そうね、幽々子も早く家に戻りたいだろうし、引き止める理由も特に無いしね。
「そうねぇ~、妖夢、戻ったらご飯をよろしくねぇ。」
「今しがた食べ終えたばかりなのにまだ食べるんですか!!」
「妖夢、人生で食事を食べられる回数は決まっているのよ。一度だって無駄にしてはいけないのよ。」
「既に人生で食べる量をはるかに超えてる人が何を言ってるんですか!!」
妖夢と幽々子のやり取りを見ていて、私は自然と笑みが零れる。
ああ、やっぱりこの二人はいいコンビだ。これを見ていて、本当にそう思う。
これからも、妖夢はずっと幽々子の傍にいるのだろうか。
ずっと二人は、こんなやり取りを続けながら、共に生きていくのだろうか。
…でも、それでいいのかもしれない。否、それでいいんだ。
何故かって…。…さっき、妖夢も言っていたじゃない。
「私は、幽々子様の傍に何時までも仕えます。例え、どんな事が起ころうとも。」と…。
「ほらほら、帰るならそこのスキマからどうぞ、人の家でそんなに騒がないの。」
「何時も人の家で騒いでる人が何を…いだっ!!」
余計な事を言う藍に拳骨を一発お見舞いしてから、幽々子たちの傍にスキマを作り出す。
これで、長かったようで短かった、白玉楼での出来事も終止符を打つ。
けれど、私は今日と言う日を忘れる事は無いだろう。
私が、とても大切な事を知る事が出来た日なのだから…。
「それじゃあねぇ紫。また今度ねぇ~。」
小さく手を振りながら、幽々子は笑顔でスキマへと消える。
「それでは、失礼致しました。」
それに続いて、妖夢も一礼してからスキマへと手を掛ける。
「あ、待って妖夢。」
私は妖夢に一声掛ける。最後に、一つ言っておかなくてはならない。
片足だけがスキマに消えた状態で、妖夢はもう一度私の方を振り向いた。
「…幽々子のこと、よろしくね。」
最後に、これだけは言いたかった。言うまでもない事である気もするけれど…。
妖夢は一瞬だけあっけに取られた、というような表情を作ったが、すぐに強気な笑みを見せて…。
「…はい!!」
元気よく返事をした後に、スキマの中へと消えていった。
ああ、これで全部終わった…。此処からは、また私の日常へと戻るのだろう。
だけど、この日を境に、ひょっとしたら何かが変わるのかもしれない。
それが何かは、まだ判らないけれど…。
少なくとも、私の心にはもう曇りは何一つ無い。
それがどんな変化をもたらすのかは…、…私と、藍と、橙次第、と言ったところか。
「ほら、橙、もう寝る時間だぞ、ちゃんと歯を磨いて来い。」
「はーい。」
ぱたぱたと早足で歩いていく橙。
ああ、この何時も通りの光景。これがやっぱり、私のいるべき場所なのだなぁ。
私は八雲紫。それ以上でもそれ以下でもない。
そんな私が幽々子のフリをするなどとは、最初から無理な話だったのだろう。
私は私の日常を生きていく。それが、私が幻想郷からいなくなるまでの時間を過ごす、最適の方法なのだろう。
「藍。」
橙を見送った藍の顔を、私はまじまじと見つめる。
「な、なんですか紫様。私の顔に何か付いてますか。」
ええ、付いてるわよ。目に鼻に耳に…。…って、そんな事じゃない。
この言葉を言ったら、藍はどんな反応を示すかしらね。考える前に行動に起こしましょうか。
「…藍、ありがとう。」
何時も、傍にいてくれて…。
…藍の9本の尻尾の、全ての毛が逆立つのが見えた…。
* * * おまけ * * *
橙が眠りについた午後10時ごろ、私は今で正座しながら、その時を待っていた。
藍が「居間で待っていてください」と言うので、私は逃げずに大人しく待っている。説教タイムを。
仕方が無い。私が悪いのだ。自分の責任くらいは認めなくちゃね。
5分くらい待った後、藍が私のいる今の襖を開けた。
「紫様、それではちょっとこちらへ…。」
何故か私を縁側へと呼び出す。
此処で説教するんじゃないのかしら?そう問いたいところだけど、私は素直に縁側へと出る。
音が無いマヨヒガの夜は本当に静かで、その静けさが何か嫌な感じを思わせる。
「藍、どうしたのかしら?説教を喰らう覚悟はもう出来てるわよ?」
「いえ、今日はそうではありません。
先ほどは言いませんでしたが、実はお客様が来ておりまして…。」
…この時点でその“お客様”に気付けなかった事が、私の最大の失敗だったと思う。
「あら、さっきまで幽々子が暴れてたのに?」
抜けられない底なし沼へと嵌っていく私。仕方ないじゃない、本当に気付かなかったんだから。
「はい、お客様の部屋には結界を張っておきましたので、幽々子様の事は聞かれていないはずです。」
ふぅん、と納得してしまう私。
ああ、これが藍の巧妙なテクニックだったのかもしれないわね。
結界を張った、と自分で言う事で、無意識にその客は「結界を張る事が出来ない」と誤認させるために…。
「あちらの部屋にお通ししていますので、どうぞ。」
先を行こうと振り向く藍の顔が若干笑って見えたのは、きっと気のせいじゃなかったのでしょうね。
有無を言わず、私は地獄への階段を一歩一歩下りていく。
そして、客が待っていると言う部屋の襖へと手を掛けて…。
…地獄の扉を、開けてしまった…。
「あらぁ、お帰りなさい、ゆ・か・り・ん♪」
…身体中の血が凍りついたような気がした…。
部屋の中で待っていた客とは、誰であろう紅白の巫女…。
やたらとにこにこ営業スマイルを浮かべているけれど、どう見てもそれは笑ってない。
もうこれはあれね、萃香なんて眼じゃないわ。正真正銘の鬼ね。
「れ、れれれれれれれれれれ霊夢…?な、なななななな何で此処に…?」
もう恐怖で舌が回らない。わ、私にここまでの恐怖を与えるなんて…!!
「あらぁ、聞かなくても分かってるくせにぃ♪さぁて、これから私と楽しい事をしましょうね。」
いや、それって100%私は全然楽しくないわよね。しかもなんかキャラがおかしくない?
こ、これは拙い、霊夢の眼は笑っているけど笑ってない。笑顔だけど殺人者以上の狂気を含んでいる。
とにかく逃げた方がいい。て言うか逃げなきゃ死ぬ。
じゃあスキマに逃げるか、と思って、スキマを開くために手を上げようとした時…。
…出所不明の鉄の鎖に、私の身体は拘束された。
「…逃がしませんよ、紫様…。」
…首だけ後ろに振り返ってみれば、そこには殺人鬼の眼をする藍の姿が…。
ああ、藍、やっぱり怒ってたのねとっても。説教なんかじゃ済まさないくらいに。
「あ、あははははは…。…に、二体一なんか卑怯じゃない…?」
「「目的のためならどうとでも♪」」
見事にハモる霊夢と藍。何時からこんなにコンビネーションがよくなったのかしらね。
もう乾いた笑いしか出てこない。拘束された上に殺人鬼二人に囲まれれば、平常心でいられるはずも無い…。
「で、でも…!わ、私を甘く見ないことね!!」
自分の真下にスキマを開く。別に手を使わなくても、人一人分くらいのスキマは作り出せる。
何処かへ逃げるのは駄目。拘束されている以上、異空間に暫く身を置かないと…。
自分がスキマの中に完全に入った瞬間に、私はスキマを閉じる。
こ、これで一安心…。この鎖を切るのは骨が折れそうだけど、とにかく今は…
「…逃がさない、と言いましたよね…。」
…何故か、目の前の空間に亀裂が走る。
カバッと空間が口を開き、その向こうに見えるのは、先ほどの表情を浮かべたままの藍と霊夢が…。
…ああ、そう言えば…藍が白玉楼に来た時、何故かスキマを突き破っていたっけ…。
「…あははははは…ら、藍…。何時の間にそんなに境界を操れるようになったのかしら…。
…あははははは…嬉しいわぁ…こんなに立派に育ってくれたなんて…。」
恐怖のあまり、涙が止まらなくなる。
これは流石に覚悟を決めるべきなのかしら…。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。お礼も兼ねて、私と霊夢からのプレゼントをお受け取り下さい♪」
あはははははは、さようならみんな…。私の事、忘れないでね…。
無題『空を飛ぶ不思議な巫女』!!!!
幻神『飯綱権現降臨』!!!!
幽々子さまが壊れたり・・・
お客様の予想はついてましたが・・・
なにより後書きw
みょんえもんに吹きましたw
霊夢の食べ物の恨みは恐ろしい…
あまり関係ないけどマウントから逆エビは無理な気がするんだぜ
>てるるさん
>幽々子さまが壊れたり・・・
幽々子様は至って平zy(食べられました
>みょんえもんに吹きました
みょんみょんみょん とっても大好き♪
…別に私はみょんNo,1ってわけではないですけど。
>23:44:06の名無しさん
>EDに吹いたwww
…あれ、塾行く途中のチャリの上で思いついた曲なんですけどね…。
意外と受けがよろしいようで何よりです。
>01:54:59の名無しさん
>霊夢の食べ物の恨みは恐ろしい…
もう私の中では霊夢のイメージはそれで固定されています。
>17:59:19の名無しさん
>あまり関係ないけどマウントから逆エビは無理な気がするんだぜ
NOOOOooooooooo!!!!
…そこだけ藍をひっくり返したんだと思ってください…。
紫が正体ばらした時への妖夢への話をもう少し膨らませて欲しかったかなぁ、と思いましたがおまけで満足しましたw
ゆかりんのはゆゆさまと同じくらいだと信じてます
と言う訳でコメントありがとうございましたー。
>12:57:44の名無しさん
>酢烏賊楓さんのファンで楽しく読ませてもらってますが今回のはパロディの入れ具合・話の展開のさせ方・シリアスと見せかけたギャグなど大変おいしゅうございました。
それはありがとうございます。基本的にはほのぼのと言うのがコンセプトだったはずなんですけど、こんなんになりました。
>紫が正体ばらした時への妖夢への話をもう少し膨らませて欲しかったかなぁ、と思いましたがおまけで満足しましたw
…まあ、紫と幽々子にしては殆ど遊びだったので…。
それにしてもみょんえもん受けがいいなぁ…。…ミクにでも歌わせてみたくなりました。((
>ゆかりんのはゆゆさまと同じくらいだと信じてます
私の中では「幽々子≦藍<紫」だと思っています。
殆ど差は無いけれど、それでも覆せない決定的な差があるんだと思っt(弾幕結界