それは、唐突な来訪者だった。
「こんばんは」
満月に照らし出されたその姿は、慧音には見覚えのある姿であった。
妹紅と輝夜の殺し合いの際、何をするでもなく輝夜の後ろで見守っていた人物。
慧音も手を出せずに見守るしかなかったのだが、
その人物は自分の主人が殺されかねない状況においてうろたえもせず、
それどころか不敵な笑みさえ浮かべていたのを、慧音はよく覚えていた。
「上白沢慧音……よね。貴女の名前」
「その通りだが……なぜ私の名を知っている?」
慧音は少々睨み付け気味に彼女を見つめる。
得体の知れぬ来訪者を前に、慧音は緊張を隠せない様子だった。
だが、それを気にする様子もなく彼女は平然と答える。
「里の人に、弁当箱みたいな帽子をかぶってる人、で尋ねたら、すぐに教えてくれたわ」
……弁当箱て。
そんな訊き方するなよ、そしてそれで答えるなよ……だれか知らないけど。
この答えで、慧音の緊張はいきなり解けてしまった。
しかし、相手は慧音にとって、輝夜の従者であるということ以外はほとんど未知の存在。
この程度で気を抜くわけにはいかなかった。
弁当箱……もとい、帽子のずれを正し、慧音は再び口を開く。
「……それはいいが……えいりん、と呼ばれていたな」
「あら、覚えてもらえていたなんて。嬉しいわ」
彼女は頬を緩ませる。
それはそれだけで信用してしまいそうな笑み、
あるいは信用できない胡散臭い笑み。
そのどちらにも、慧音には見えた。
「……私の名前は、八意永琳。今後ともお見知りおきを」
永琳は礼儀正しく、頭を下げる。
それに対し慧音も、よろしく、と礼をした。
しかしその表情からは、いまだに緊張は消えていなかった。
警戒の表情のまま、慧音は再び口を開く。
「……それより、ここに一体何の用だ?ここに妹紅は居ないぞ」
「知ってるわ。竹林の中に家を建てて住んでいるでしょう?」
確かにその通りだ。
妹紅は慧音と知り合う以前から竹林に住み、
そしてそのあともずっとそこに住んでいる。
なぜか、と慧音が理由を問うと、
妹紅は自らを化け物と卑下してその理由とした。
もちろんそんな理由を聞いて、慧音が黙っているわけがなかった。
しかしいくら諭しても、人里から離れて暮らすといってきかなかった。
そのときのことも、慧音はよく覚えていた。
「……それから、毎朝大体六時ぐらいに起きて、特に何も無ければ十時に就寝。
好きな食べ物と得意料理はともにチャーハン。愛用している下着は主に白で、スリーサイズは」
「待て待て待て待て!」
ぺらぺらと、妹紅の唯一の友人である慧音すらも知らなかったようなことまでも喋る永琳を、
慧音はあわてて永琳の口を塞いで制止した。
危うく、乙女の秘密まで完全にばらされてしまうところであった。
口を塞いだ手を離し、永琳が黙っていることを確認し、
慧音ははぁ、と息をついた。
「なんでお前がそんなことまで知ってる!?」
「……まあ、一から十まで話すと長くなるからかいつまんで説明するわ。
姫がね、妹紅に興味を持たれたのよ」
「……それで、調べたってわけか?」
「ええ、それで姫は『何でもいいから、あの妹紅って子について調べてきて頂戴』と仰ったのよ」
「いや……お前のところの姫が望んでいたのは、そんな情報じゃないと思うぞ?」
「そうね、姫も仰ってたわ。『誰がそこまで調べてこいっていったのよ!』と」
「そりゃそうだ……そういうとき普通は相手の身分とか能力とか」
「でも『下着の色とスリーサイズはGJだったわ』とも仰ってたわ」
「いいのか!?」
しれっと答える永琳に慧音はもう呆れ果て、肩を落としていたが、
気を抜くにはまだ早いと、強引に気を入れなおす。
「……で、話が逸れたが、結局何の用なんだ?」
「ああ、そうだったわね」
しかし永琳はすぐには答えず、首をひねっていた。
訝しげに見つめる慧音を見つめ返しながら、暫く沈黙する。
そして、時間にしておよそ十秒ほど経って、永琳はようやく口を開く。
「とはいっても、特に用事はないのよねぇ」
「……は?」
あまりにも予想から外れた言葉に、慧音は思わず情けない声を上げてしまう。
というのも、思い当たる理由がいくつかあったからだ。
「……妹紅について聞きに来た、とかじゃないのか?」
「妹紅については、すでに十分調べられたわ」
確かに、妹紅に気づかれずにあれだけの事が調べられるのなら、
弱点を調べることも容易だろう。
まあそもそも、妹紅の弱点など慧音も知らないし、そもそも存在するのかも不明なのだが。
「私を人質にとって、とか」
「わざわざそんなことはしないわ、殺し合いなら正々堂々と」
正々堂々と殺し合い、というのもなんだか可笑しな話に思えてくるが、
蓬莱人に通常の生物の常識など通用しないのだろう、と思い慧音はそこに言及するのは止めた。
「じゃあ、私を消すとかでもないと?」
「そんなことして、何のメリットがあるのよ」
「えーと、妹紅を精神的に追い詰めるとか……」
「そこまでして姫を勝たそうとは思わないわよ。
それに、仮にやるつもりだったのなら、あなたが戸を開けた時点でとっくにやってるわ」
そこまで言ったかと思うと、突然慧音の視界から永琳が消える。
どこに行ったのかと見回す間もなく、永琳は慧音の背後に回りこみ、
ちょうどナイフで頚動脈を切るような形で慧音を押さえ込んだ。
「こんなふうに、ね」
無論、永琳はナイフなど持っていないし、抑える力も弱かった。
しかし、永琳にもしその気があったのなら、慧音はあっさり殺められていただろう。
そのことを考えると、戸を開けてしまった時点で自分は迂闊だったと慧音は自分を呪う。
「……見ての通り、私にはそれができるだけの力があるわ。
それ以外にもいくらでもあなたをすぐに殺す手段はあるのに、こんな不条理なやり方をするわけないじゃない?」
永琳は慧音を解放するが、慧音はすぐには動けなかった。
今までかいたこともないようないやな汗が、全身から出ているのを感じていた。
「ああ、安心して。信用しきったところを刺すような趣味でもないから」
そんな慧音の様子など気に留めず、あくまでマイペースに説明を続ける永琳だったが、
彼女の言葉はもう慧音には届いていなかった。
緊張からの落差で弛緩しきった筋肉にようやく力が戻ると、慧音は話を再開した。
「……それは分かった。信用しよう。
で?結局なんでここに来たんだ?」
「んー……強いて言うなら、あなたに会いに来た、からかしら」
「私に?そりゃまたどうして?」
「人里に来たついでに、なんとなく、ね」
なんとなく。
本当に、そうだろうか。
「疑ってるわね?」
慧音がそんな思考をめぐらせていると、突然永琳は話しかけてきた。
いつの間にか、顔が近づいていた。
相手が未知の存在である以上、あまりそういう隙を見せるべきではなかったな、
と慧音の表情は再び緊張で固くなる。
「……顔に、出てたか」
「『なんとなく』で行動するなんて、合理的じゃない……そんなことを考えてたでしょ?」
「……当たりだ……どうしてそんな……」
慧音の言葉が終わらないうちに、それは永琳のため息に遮られる。
呆れ果てたようなため息。
「ずいぶんと細かいことを気にするのね、あなた」
「……仕方ないだろう、こんな言い方はなんだが、正直なところ……」
「信用できないわね、そりゃ」
またも、慧音の言葉が遮られる。
「自覚ぐらいはあるわ。大した理由もなく突然やってくるような奴だもの。
もし逆の立場だったら、追い返すとまで行かなくとも、警戒してるわ。それが当たり前」
「…………」
眉を少々下げて、永琳は続ける。
「私だって、すぐに信用してもらおうなんて思ってないわ。
信用は時間をかけて築くもの。それぐらい分かってるわ」
「……それはいいが、結局何で私に信用されようとするんだ?」
先ほどからぼやけていた部分を問われ、永琳はしばし口を噤む。
これも何かの駆け引きか、と慧音は暫く訝しげに永琳を見つめていた。
しかし考えてもその答えは出ず、そうしているうちに永琳は再び口を開いた。
「……どうせ、信用してもらえないだろうと思って言わなかったけれど……
私は、ただ貴女とお友達になりたいだけなのよ」
「……は?」
三回目の脱力。
何を企んでいるのかと思えば、そんなことか。
気分的にはもう、膝を折って両手をつく、いわゆる失意体前屈のポーズをとりたいほどであった。
もちろん、みっともないのでそれはしなかったのだが。
しかし、それで信用していいものでもない。
彼女が何を言ったところで、その真偽を確かめる術はないのだから。
でも、だからといって全く信用しないのも酷だ。
そう慧音は考えていた。
敵じゃない、といくら訴えても信じてもらえない辛さを、慧音もよく知っていたから。
「……わかった、そういうことなら歓迎するよ」
「ありがとう、慧音」
永琳は再び口許を上げる。
今度のそれは、先ほどの胡散臭い笑みとは違い、どこか暖かいものを感じさせる笑みであった。
慧音もそれにあわせて微笑む。
しかし、それはすぐに真面目な表情へと戻った。
「……だが、もし何か……特に里の人や妹紅に何かしたら、
それ相応の制裁は覚悟しておいてもらおう」
「ええ、勿論。分かってるわ」
こんな風に釘を刺してはいるが、このとき慧音は七割ぐらいは永琳を信用していた。
もちろん永琳の言うことの真偽など確かめようもないのだが、
彼女が嘘を言っているようには、どうしても見えなかった。
それでも慧音が彼女に完全に気を許さなかったのは、里の人々や妹紅の存在があったからだ。
慧音の判断で、慧音自身がどうにかなるのなら仕方ないことだが、
それで他人に危害が及ぶことはあってはならない。
何せ相手はどこから来たのかも分からない、未知の存在なのだ。
「……じゃあ、もしよければ里の案内をしてもらえないかしら?
初めて来たものだから、まさに右も左も分からない状態なのよ」
「ああ、いいだろう。ついて来てくれ」
慧音は少々警戒しながらも、永琳をつれて表に出る。
しかし、その表情はやはり満更でもなさそうだ。
人と仲良くなれるというのは、やはり嬉しいものなのだ。
★★★
永琳は約束したとおり、里の人々に危害を加えるようなことはしなかった。
妹紅に対しても、永琳自身は何もしなかった。
もっとも、その代わり輝夜が殺し合いに向かうのを止めることもなかったのだが。
そして永琳は、よく慧音のもとを訪ねた。
買出しや採集のついでであったり、あるいは最初から慧音目当てで外出したり。
そのうちに、慧音は永琳についていろいろ知ることができた。
永琳が薬師であること。
月の兎の弟子がいること。
彼女自身、そして主人の輝夜も月の出身であること。
そして――不老不死であること。
永琳が里へやってきてから、慧音は幾度となく彼女の笑顔を見ている。
しかし、その笑顔からどこか哀しげなものを慧音は感じていた。
――それは、彼女が蓬莱人だからだろうか。
そう慧音は考えるようになった。
何せ、彼女の目の前に居る人物が朽ち果てて骨も残らなくなっても、彼女は生きているのだから。
慧音の思い込みかもしれない。
そう『感じた』だけなのだから。
でも、もしそうじゃないとしたら。
もし彼女が、不老不死とまではいかなくとも、長く生きることのできる友を求めて私のもとへ来たのだとしたら。
できるだけ彼女の力になってあげたい。
いつしか慧音は、そう思うようになっていた。
そしてある日。
いつものように慧音を訪ねた永琳は言った。
「……ねえ、いつも私が訪ねてばかりだから、
たまには永遠亭に遊びに来てくれないかしら?」
脈絡もなかったので、やはり多少慧音は疑った。
罠でもあるんじゃないかと。
しかしそれは一瞬のことで、すぐに慧音は自分を恥じた。
この期に及んで、まだ信用していないのかと。
そんな思考を経て、慧音はその件を承諾した。
時期を問うと、いつでもいい、よければ明日にでも、という返事が返ってきた。
そういうわけで、慧音の永遠亭への訪問は翌日に決まった。
★★★
永遠亭の場所は、すでに慧音は知っていた。
実際に行ったことはないが、妹紅と輝夜の殺し合いを見守る中で、方角だけは把握していた。
いざとなれば自分の能力を応用し、道を探ることもできたが、幸いその必要はなかった。
「……あら、いらっしゃい」
永琳の言葉の前には、少々間があった。
予想していなかった同行者がいたからだ。
「慧音はともかく、妹紅。あなたが来るなんて明日は槍が降るかしら」
「……なんだ、来たら悪いか?」
藤原妹紅。
慧音の友人であり、輝夜を憎む彼女は、敵意をむき出しにして永琳の前へ現れた。
確かに、妹紅が来てはいけないわけではない。
むしろそのほうが望ましいぐらいである。
以前に永琳が言っていたように、輝夜は妹紅に少なからず興味を持っているからだ。
しかし、少なくとも決闘のときの素振りを見る限り、妹紅のほうがそれを望んでいない。
「そうは言ってないわ、単純に疑問に思ってるだけよ」
「……なら、はっきり言ってやる。お前が信用できないんだよ!」
「あらあら、ずいぶんな言われようね」
永琳は率直に、思ったことを言っただけのようだ。
しかしそれは、妹紅にはとぼけているように聞こえていたらしく、
妹紅の敵意をますます助長した。
いきなり喧嘩腰の妹紅だが、永琳はあまりそれを気にしていないように見える。
少なくとも表面上は。
「……あー、私は大丈夫だって言ったのだが、妹紅がどうしてもついていくって聞かなくってな」
慧音が、ひそかに冷や汗を背中に感じながら弁解する。
妹紅が永琳に殴りかかったりでもしないか気にかかっているのもあるが、
それ以上に永琳が今の言葉で傷ついていないか、そっちのほうが気になっていた。
「そんなに気にしなくても大丈夫よ、慧音」
それを永琳は見抜いていたのか、妹紅には目もくれず慧音に言う。
「むしろ、妹紅を屋敷に招き入れれば、
私があなたに何かする気はないということのいい証明となるから、好都合だわ」
「なんだ、私もあがっていいのか?」
意外そうに妹紅は問う。
もし殺し合いが始まれば、輝夜のみならず、一般のウサギたちにも被害が及びかねないのに。
尤も、妹紅としてもそれは望むところではなかった。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というが、彼女にそれは当てはまらないらしい。
あくまで憎いのは輝夜だけだ。
「ええ。姫も歓迎してくれると思うわ」
だが、そんな心配をする様子もなく永琳は答える。
しかも、その『歓迎』といういろいろと曲解のできそうな単語にも、他意は感じられなかった。
しかしまあ、今の妹紅がそんな言葉を字面どおりに取るわけがないのだが。
「……弾幕、でか?」
「いつもならそうかもしれないけど、今日は他に慧音というお客さんがいるからね。
それはしないように言ってあるわ」
「……つまり、慧音がいなかったらやるんだな?」
「さあ。それは姫に聞いて頂戴。私は知らないわ……さて、これ以上立ち話を続けるのもなんだし、そろそろ入って」
永琳は刺々しく言う妹紅を適当にあしらいつつ、
二人を中に招き入れた。
そんな態度が、ますます妹紅の怒りを助長し、慧音の不安を煽るのだった。
★★★
そんな一触即発の空気……
というか、妹紅が勝手に怒っていただけなのだが、
とにかくそれを乗り越え、三人は永遠亭に入る。
慧音の表情からは、妹紅が暴走しなかった安堵が見て取れる。
妹紅はまだ疑っているのか、訝しげに永琳を睨んでいる。
永琳はそんなことは気にせず、二人を先導していく。
「……なあ慧音、やっぱりこいつ信用できないよ」
妹紅の口からそんな言葉が漏れる。
特別に大声でもなかったが、隠す気もない。そんな声量であった。
「お、おい、そんな言い方……」
「だって、胡散臭いよ!結局何考えてるのか分からないし……」
「……まあ、つかみ所がないのは否定しないがな……?」
妹紅は相変わらずの声で、慧音は小声で会話する。
永琳はあまり怒ったりしなさそうなイメージを両者とも持っていたが、
慧音はやはり、内心冷や冷やしていた。
「絶対、罠があるって!」
――噂をすればなんとやら、そんな言葉が慧音の脳裏をよぎった。
それは人以外にも当てはまるのか、と思ったが、とにかくそれは起こってしまった。
ぬわーっ!?という叫びとともに、妹紅の姿が消えてしまったのだ。
「も、妹紅ーっ!?」
何が起こったかわからないうちに、慧音は叫ぶ。
その現象が廊下の床に突如として口をあけた落とし穴によるものだと気づいたのは、その直後であった。
そして、その叫びが届くか届かないかのうちに、妹紅は落とし穴の底に叩きつけられてしまった。
「……あらあら、大丈夫?」
「いたたたた……くっ、白々しく心配なんかするな!」
妹紅にはどうやら声しか聞こえていないようだが、
永琳は本気で心配そうに穴を覗き込んでいる。
「多分、てゐの仕業ね……今日はちょっときつめにお仕置きしないと」
「本当か!?お前がやったんじゃないだろうな!?」
妹紅は相当声を荒げて抗議しているようだが、穴は結構深いらしくあまり大きな声には聞こえない。
「やるわけないじゃない。そんなことしても何の得にもならないし、
第一やるならもっと効果的な落とし穴を使ってるわ。
バンジステークとか、硫酸のたまった落とし穴とか」
「……恐ろしいこと考えるな、お前」
「安心して、最近はきちんと封印してるから」
「あったのかよ!」
そんな会話をしながら、妹紅はようやく穴から這い上がる。
飛べばいいのに、と普通なら誰もが思うところだが、
生憎そんな思考をする余裕は永琳以外誰にもなかった。
妹紅自身も、打ち付けられた痛みと必死に這い上がった疲れなどから、もうぐったりとしていた。
怒る気力など、もはやないほどに。
「……やっぱり帰ろう、慧音」
「まあまあ、別にこれは永琳の仕業じゃ……」
なだめる慧音を呆れ気味に一瞥した後、妹紅は溜め息をつきながら壁に体重を預けようとする。
「仮にそうだとしても、この屋敷は罠だらけだってことに変わりはないじゃないだぁっ!?」
次の瞬間には、妹紅は倒れていた。
二人は何事かと妹紅のほうを見ると、そこには金属製の物体が落ちていた。
それは落下物による攻撃、特にトドメの一撃に高い率で用いられ、
時には記憶喪失すら招く兵器。
人はそれを金ダライと呼ぶ。
「……もうやだ……」
天井を仰ぎながら、力なく妹紅はつぶやく。
「……あー、もう妹紅だけで帰るか?」
「冗談じゃない、こんな危険なところに慧音を一人でおけるか!」
再び気を入れなおした妹紅は、永琳を睨みつけながら立ち上がる。
……表面上は平静を装っていたが、さすがの慧音も少々不安になっていた。
無理もない。こんな罠だらけのところに連れ込まれ、いまだに相手の真意がはっきりとは見えていない状態で、
それでも相手のことを手放しに信じろというほうが無茶なのだ。
しかし、この罠が永琳によるものだとはとても思えなかった。
やはりきちんとした根拠などないのだが。
証拠もないのに盲目的に信じるというのは愚かかもしれないと、慧音は自分でも思っている。
でも、そうだと決まったわけでもないのに逃げてしまうのは、それと同じくらい愚かだとも思っていた。
「……そうか。じゃあ行こう」
「結局行くんだな、慧音……」
「ああ、もちろんだ」
根拠はないが、あくまでも永琳を信じる。
そんな慧音を、妹紅は呆れ気味に見つめていた。
しかし、慧音の言うとおり、永琳が自分たちを嵌めたと決まったわけではない。
否定する証拠もないが、肯定する証拠もない。
妹紅も、頭ではそれを理解していた。
永琳に対するわだかまりが、感情での理解を阻んでいるだけで。
「……わかったよ」
渋々ながら、それを感情でも理解しようとする妹紅。
その様子を見て、慧音はようやく再びの安堵を得たのだった。
★★★
「あらためて紹介するわ。うちの弟子の『鈴仙・優曇華院・イナバ』よ」
「よろしくお願いします、慧音さん」
紹介を受けた鈴仙は、二人に笑顔で頭を下げる。
慧音にも、予想外の来客である妹紅にも。
部屋に着くと、そこにはたまたま鈴仙と輝夜がいた。
なので、永琳は囲炉裏の火をつけた後、この機会に二人を紹介することにしたのだった。
「ああ、よろしく」
「…………」
慧音はそれに笑顔で応える。
しかし妹紅は、敵であるはずの自分に警戒する様子もない鈴仙をジト目で見つめていた。
「そして、こちらが永遠亭の主、輝夜様。
まあ紹介するまでもないと思うけどね」
「貴女が『慧音』だったのね。よろしく」
続いて輝夜。
こちらも笑顔で挨拶をする。
「あ、ああ、よろしくな」
「…………」
今度の慧音の返事は、歯切れの悪いものであった。
隣の妹紅が、敵意を剥き出しにして輝夜を睨んでいたからだ。
――慧音に何かしやがったら、ただじゃおかねえ。
口には出していなかったものの、目でそれを強く訴えていた。
目は口ほどにものを言うというが、それを慧音は今まで生きてきたどんな瞬間よりも感じていた。
そんな妹紅の様子を横目で見ながらはらはらしていると突然、鈴仙の声が慧音の耳に飛び込んでくる。
「あ、あの、紹介していただいてすぐで悪いんですが、今ちょっと洗濯の途中だったんですよ」
そして、鈴仙はなにやら輝夜に目配せをする。
輝夜もそれに気づいたらしく、次に口を開いたのは輝夜だった。
「あら、それはよくないわ。私たちのことは気にしないで、早くいってきなさい」
「すみません……では」
そして鈴仙は急ぎ足で部屋を去っていった。
輝夜はそれを見届けた後、妹紅のほうへ視線を移す。
「……それから、妹紅。ちょうどいいわ。あなたに話があるの」
「はぁ?いきなり何なんだよ……」
「いいから黙って来なさい」
「ちょ、おっ、おいっ!……」
慧音が呼び止めるまもなく、輝夜も、妹紅の手を引っ張って退出してしまった。
妹紅はただ連れて行かれているわけではなかったが、意外にも輝夜の力は強いのか、結局なすがままになっていた。
一度呼び止めようとした慧音だったが、そのあとは何も言わずにただ輝夜たちの行った方を見つめていた。
「追わなくていいの?」
「……何もしないように、輝夜に言ってあるんだろう?」
「ええ、それはもちろん」
「なら、大丈夫だ」
不安そうに慧音の顔を覗き込んでいた永琳だったが、
それに対して慧音は微笑んだ。
無理をしているのではなく、本当に心配していないようであった。
★★★
「おい!いい加減手を離せって!」
「だったら最初っから素直についてきなさいよ、もう」
輝夜が妹紅を引っ張っていった場所は先ほどの部屋からそう遠くはない廊下だった。
しかし、ちょっと声を張った程度では届かない距離であった。
「何でこんなところまで引っ張って来るんだよ!」
「……まさか、あなた気づいてないの?」
「気づいてないって、何が?」
きょとん、とした表情で聞き返す妹紅。
そんな反応を見て輝夜は、額に手を当てて少々大げさにため息をついた。
「……単刀直入に言うわ、永琳は、慧音のことが好きなのよ!」
「んー、まあそれは見りゃなんとなく分かる」
「じゃあ何であの二人の邪魔をするのよ?」
「え?いや、邪魔しちゃいけないような状態か?」
「……とことんまで分かってないのね」
今度は大げさでなく、本気の呆れっぷりを見せる輝夜。
妹紅の頭には、ますます疑問符が浮かぶばかりだった。
「好きっていうのは、恋愛感情のことよ!」
「……はい?」
疑問符は、より大きな疑問符へと変わった。
「だーかーらー!『永琳は慧音を愛してしまったようじゃ』ってことなのよ!」
「いやそれは分かったから!落ち着け!」
しかし心中はやはり妹紅も落ち着いていなかった。
というか、その台詞はまったく妹紅の理解を超えていた。
妹紅は輝夜の言葉を反芻する。
自分が知る限り、慧音は女だ。
しかし永琳も、少なくとも見かけは女だ。
その事実と、輝夜の台詞とをあわせて考えると……
「……そうか、月人って男の方が胸が大きいのか……」
妹紅の意識に、一瞬の空白が入った。
その刹那、ツインテールの赤毛の女性が鎌を放り出してごろ寝しているのが見えた。
輝夜の放った見事なボディーブローは、妹紅を音もなく崩れ落とさせたのだった。
「な……なにさらすか……」
「……あなたは触れてはいけないことに触れた……当然、その報いを受けなくてはならないわ」
「なに!そんな重大な事実だったのか、永琳が男だってのは……」
「なわけあるかい!」
「ぐおぉ!?」
前述の赤毛の女性が、緑の短髪の女性に卒塔婆で頭を叩かれた後、
なにやら話していたのを妹紅はしっかりと聞いた。
残念ながら話の内容は詳しくは覚えていないが、
その一部始終を砂を吐きながら傍観していたのは忘れたくても忘れられない。
ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~♪
「……あにすんだよ!一回死んじまったじゃないか!」
「触れちゃいけない事実って、胸のことに決まってるでしょー!気にしてるのに!」
輝夜は腕を振り上げて抗議する。
その怒り様を見ると、どうやら相当気にしていたようだ。
「じゃあ、お前の胸が小さいのは個人差の範囲内か……」
「当たり前でしょ!ていうか、あなたもそんなにないじゃない!」
「お前ほど酷くはないって……ふぅ、まったく、話がそれたな」
二人して、それぞれ違う要因で軽くため息を吐く。
そして気を取り直して話を再開した。
「……じゃあ、実は慧音が男だった?」
「どこまで理解が悪いのよ!それとも認めたくないの?」
「だから、なにがだ!?」
「つまり、女である永琳は、同じく女性である慧音にホの字(死語)なのよ!」
「な、なんだってー!」
★★★
「……ありがとう、慧音」
永琳はしばし沈黙した後、徐に口を開いた。
「どうした?」
「だって、私を信じてくれているんでしょ?」
「……ああ、まあな……」
うつむきながら、慧音は応える。
そして、二人の会話に再び間があいた。
「……永琳」
顔を下に向けたまま、小さな声で永琳に呼びかける。
しかしそのまま、二の句を告ぐことができずにいた。
永琳ば慧音のその様子を、黙って見つめる。
時間にして2、3秒ほどだろうか。
それほどの躊躇いの後、慧音は再び口を開いた。
「……すまない……私は、貴女に嘘をついた」
慧音は途切れ途切れに、言葉を搾り出していく。
「……本当のことを言うと、まだ、まだほんの少しだけ、
あなたに対するわだかまりが残っているんだ……」
「でも」
永琳が、慧音の言葉をさえぎる。
「感情っていうものは複雑なものだけど、結局、行動には信じると信じない、その二択しかないわ」
優しく、慧音に言葉をかける。
そして永琳は、慧音を抱きしめた。
まるで子供をあやすような、優しい抱擁。
突然のそれに慧音は少々驚いたが、すぐに受け入れた。
「……そして、貴女は『信じる』の方を選んでくれた。それで、十分よ」
「でも……」
「それに、自分から見ても、私は怪しいわ。
……こうして信じてもらえているのが、不思議なくらい」
慧音を抱きしめる力を強めて、続ける。
「……私、本当はずっと不安だったわ。貴女に逃げられやしないかって。
今日は貴女とより仲良くなるつもりが、かえって自分が怪しまれるような出来事が沢山あって……
……だから、今、とても嬉しいわ」
「…………」
慧音は、何も言わなかった。
いや、言えなかった。
かわりに、慧音からも永琳を抱きしめた。
「……ねえ、慧音……しばらく、このままでもいい?」
「……ああ」
お互いの鼓動と吐息が、わずかながら感じられた。
いつの間にやら、暖房となっていた囲炉裏の火は消え、二人は白い息を吐いていたが、
お互いの温もりが、冬の寒さを完膚なきまでに打ち消していた。
★★★
一方妹紅はいつの間にやら言葉を失い、砂を吐いていた。
そして友人の初めて見るような姿に、完膚なきまでに打ちのめされていた。
二人は、隠しカメラの映像で二人を見ていたのだった。
「……なんか、ものすごくいい雰囲気なんだけど……」
「ね?私の言ったとおりでしょ?」
「うーん、にわかには信じがたいけど……」
そうは言うものの、現実は何度見たって同じだ。
二人はいい雰囲気で抱き合っている。
しかしこれはまだ友情の範疇と捉えることもできなくはないが、
幸か不幸か妹紅は決定的瞬間を目撃する。
二人のキスシーン。
妹紅は、なんとも不思議な心境でそれを見ていた。
「……やっぱり、永琳もそういう趣味なんだな」
「いまさら驚くことでもないんじゃない?そういう人、幻想郷には他にも結構居るでしょ?」
「うん、まあそうなんだけど……」
妹紅はふと言葉を止める。
妙に輝夜との距離が近い。
明らかに、先ほどより接近してきている。
「幻想郷には、そういう人は多いのよ?」
「…………ああ、そうみだいだな」
さりげなく、妹紅の手を握る輝夜。
「永遠亭にも、結構多いのよこれが」
「………………」
妹紅は、すっ、と輝夜の手から逃れる。
そして、おもむろに立ち上がると、
ダッ(もこうはにげだした)
ガッ(しかしつかまってしまった)
「は、離へぇっ!」
「離へません……っ!」
輝夜は妹紅を押さえ込み、寝技に持ち込む。
もちろん性的な意味ではなく、ただの袈裟固めだ。
しかしまあ、柔道の寝技は顔が近かったりすることもあるので、特に腐っている人種には目の毒なのだが。
こういう世界にいると、次第に耐性がついてきたりするから困りものだ。
「ふふ、そうやって照れた顔も、とっても可愛いわよ……」
「な、なんだよ!口説いてるつもりなのか!?」
「なによ、袈裟固めしながら口説くなんて、まるで私が変人みたいじゃない」
「まずこの状況に至るまでの経緯でお前が変人だって十分に証明されてるよ!」
「まあ、誰が『てるよ』なのよ!」
「そこに反応するな!……はぁ」
妹紅と輝夜の、台詞の応酬。
しかし妹紅のほうが根負けし口を閉じた。
ツッコミに疲れてがくりとうなだれる妹紅。
それを見て輝夜は、笑みをこぼす。
「……やっぱり、貴女といれば退屈しなさそうね」
輝夜はいつの間にか押さえ方を緩めて、まるで抱きしめるような袈裟固めとなっていた。
「ねえ、妹紅……もっと、私と一緒にいて頂戴。
好きになってくれ、とは言わないから……」
その輝夜の顔は、本当に魅力的なものであった。
妹紅さえも、本当に好きになってしまいかねないほどに。
しかしシチュエーションは、袈裟固め中に愛の告白だ。
世にも奇妙なシチュエーション。
しかし、妹紅がこんな変人に少しだけ心を許してしまいそうになっていることも、
彼女にとって認めがたい事実なのであった。
「……このまま、殺しあう関係でもかまわないから……」
「……やめてくれ」
輝夜の言葉は、妹紅にさえぎられる。
はた、と口を閉じた輝夜の表情に、影が差していく。
それは思わず目を背けたくなるほどの、哀しい表情であった。
妹紅は言葉を詰まらせるが、何とか再び口を開く。
「……そんなこと言われて、そんな顔されたら、もう以前のようにお前を憎めないよ……」
照れによるものか、妹紅は一度輝夜から顔を逸らす。
しかし、再び輝夜の目を見つめる。
自分は、輝夜の気持ちを否定したわけではない。
それを妹紅は伝えたかった。
うまく言葉にして言うことは、今の妹紅にはできなかったのだが。
「いろいろなことがいっぺんに起こりすぎてなにが何やら……
……整理する時間を、くれないか」
「…………」
輝夜は声なくうなずく。
そして、妹紅を解放した。
二人は、一言も言葉を交わさないまま、別れていった。
★★★
「……っ、永琳?」
慧音は、戸惑っていた。
彼女の突然の行動に。
「……ごめんなさい、嫌だった?」
永琳は慧音の顔を覗き込む。
慧音の心に強く焼きつくほど、不安な表情で。
その表情に、慧音は胸を締め付けられる。
「そんなことはない、が……
えらくいきなりだな?」
慧音はある程度落ち着きを取り戻してはいるが、
やはりその表情には隠しきれない困惑と動揺が現れていた。
「……ごめんなさい」
それを見た永琳は再び謝罪の言葉を口にする。
その言葉に、慧音は再び胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
それがどういうものであるのかは、よく分からない。
でも、なんとなく、次にとるべき行動は見えてきた。
そして気がつけば、それを実行に移していた。
「……!」
慧音は、永琳に口付けを返す。
先ほどの、永琳から行った触れるだけのキスよりも、さらに浅いキス。
だが、気持ちを示すにはそれで十分であった。
「……謝ることは、ない。私は、貴女のことが好きだから」
先ほど永琳にされたように、今度は慧音が永琳を抱擁する。
永琳は驚いた表情を見せるが、すぐにそれに身を委ねた。
二人の衣服越しに伝わってくる慧音の鼓動は、慧音の体温以上の温もりを永琳にもたらした。
「……私も、貴女が好き。そんな優しい貴女が好き」
永琳は微笑み、耳元で囁く。
今の笑顔は、やはり心からの笑顔であった。
しかし、直後、その笑顔に影が差した。
「でも、いつかあなたは私の前から居なくなる。
……だから、せめて少しでも早く恋人になりたくて……」
永琳からも、強く抱きしめる。
それはまるで少女が母親に縋り付くような強い抱擁であった。
慧音には、腕の中の女性がますます愛しく感じられた。
そして、彼女のそばに居てあげたいという思いもより一層強くなった。
「……じゃあ、先ほどの告白をもって、私たちは恋人……それでいいか?」
「……ふふ、恋人になるって、思ってたより堅苦しいのね?」
冗談めかして言う永琳だが、その目には涙が浮かんでいた。
「……ありがとう、慧音」
永琳は感謝の言葉を口にする。
何に対しての感謝であるか、と問われれば、その全てを明確に言葉にするのは難しいだろう。
しかしそれでも、言葉は出てきた。
「礼を言わねばならないのは、私の方だ。
……多分、あなたが行動に移してくれなければ、私はこの想いを言えぬまま、燻らせていただろうから……」
慧音もそれに応える。
それ以降言葉はなくなり、しばらくの間、静寂が空間を支配する。
しかし二人にはその静寂の音よりも、互いの心音や僅かな息遣いのほうが大きく聞こえていた。
少し遠くで、誰かの足音が聞こえてきた。
しかしそれに意識が取られたのは一瞬で、次の瞬間には相手へと意識が移っていた。
永琳が、慧音のほうをじっと見つめている。
その唇は、わずかに、ほんのわずかに動いていた。
どうもそれは、見とれている、というものではなく、何か別の要因があるようであった。
やがて唇の動きは大きくなり、永琳の口から言葉が紡ぎ出される。
「ねえ……慧音」
そこで一度、口の動きは止まる。
「もしよかったら……永遠亭で、一緒に暮らさない?」
慧音の胸が、とくん、といっそう高鳴る。
もし、そうなれば、もっと二人一緒にいられる。
慧音にとって、それは願ってもないことだ。
しかし。
「……すまない……それは、できない」
この言葉を言うだけで、慧音の胸は痛んだ。
永琳の顔は見れない。
見れば、さらに痛んでしまいそうだから。
「私も、あなたと一緒に暮らしたいが……
私のわがままで、里の人々放っておくわけにはいかない」
「そう……ね。寺子屋だって、あるしね」
その言葉を最後に、ぷつりと会話は途絶える。
再び静寂が空間を支配する。
今度のそれは、二人の胸をただただ締め付けた。
それに耐え切れず声を出したのは、永琳のほうであった。
「……ごめんなさい、私、まだ薬の調合が残っていたの」
「……そうか、そういえば、私も子供たちの試験の採点があったんだった」
二人はそれ以上言葉を発せずに、無言で分かれた。
空に浮かぶ月は、満月のはずなのに。
それは、雲に隠れて半分は見えなかった。
★★★
「私は、どうすればよかったのだろう……」
筆を握り、答案と格闘しながら、慧音はひとりごちる。
いつもなら一時間もあればこなせるはずの採点も、夜中になっても終わっていなかった。
自分を必要としてくれている人々のために、里に残る。
それだけは譲れない。
しかし、それにしたって、もう少しなにか出来たんじゃないか。
そればかりが頭について、仕事も手につかなかった。
あんな分かれ方をして、本当に良かったのだろうか――
自問自答するまでもなく、答えは出た。
今からでも遅くはない。
永琳の元へ行くんだ。
一度そう思い立つと、行動は早かった。
すぐに筆をおいて、作業部屋の戸を開ける。
脇においていた帽子を拾おうともせず、家の戸を開ける。
しかし、そこで慧音の足は止まる。
そこには、すでに訪問者がいたからだ。
「こんばんは」
その姿は、忘れもしないあの夜に見たものに似ていた。
八意永琳。
それは紛れもなく、彼女そのものであった。
満月に照らし出された彼女の姿は、たいそう美しいものであったことを良く覚えている。
しかし『似ていた』という表現なのは、彼女が何か大きな荷物を背負っていたからだ。
大きく、ぶ厚く、重く。
そして大雑把過ぎた。
それは正に引越しであった。
「……永琳?」
「私、あなたの家で一緒に暮らしたいのだけれど……迷惑じゃないかしら?」
「いや、むしろ願ってもないことだが……永遠亭は大丈夫か?」
「大丈夫よ。姫様たちが何とかしてくれるわ」
「……まあ、それで大丈夫だというのならいいんだが……」
慧音の目は、永琳の背後の巨大な風呂敷へと移る。
「……それの中身は、何なんだ?」
先述したとおり、それは異様に巨大であった。
人の家に住むのなら、まず必要なのは着替えだろう。
だが、着替えだけでこんなに膨れるはずがない。
「言葉で説明するより、見せたほうが早いわ。とりあえず中に入れて」
そういわれ、とりあえず慧音は永琳を中へと招き入れる。
そうして、広げた風呂敷の中身は、
――放送コードに引っかかってお見せ出来ません。
「……そこまでだ!」
技を借りるぞ、パチュリー!とばかりに、慧音は叫ぶ。
「何を持ってきてるんだ!」
「ああ、今すぐ使うわけじゃないから安心して」
「そういう問題じゃなく!そ、それを、私に、使うのか!?」
「当たり前じゃない。あなた以外の誰かに使ったら、それは浮気よ」
「あ、まあ、そうなんだが……きょ、今日のところは、布団二つで我慢してくれ!」
「……しょうがないわね、ちょっと残念だけど」
その夜は結局、『そっちにいっていい?』のイベントが発生したとかしなかったとか。
ちなみにはい・いいえのどっちを選択してもこっちに来ます。
★★★
結局。
永琳抜きでは永遠亭はうまく回らなかった。
実質の指導者の抜けた穴は、輝夜と妹紅、それと鈴仙たちががんばって埋めた。
永琳の幸せのために。
その甲斐あって、輝夜は永琳の代わりを務めることができたのだが、
薬の調合、こればかりはどうにもならなかった。
それは、永遠亭の主な収入源のひとつだったのだ。
これでは仕方ないと、永琳は永遠亭に帰った。
そして、三日後には人里に大きな屋敷が建ってましたとさ。
甘党なワシにはあまあまあまでした。
それにしてもこの永月抄チーム ねch(フジヤマヴォイルケイノ
オチもよかったですw
い い カ ッ プ ル じ ゃ な い か !
こういう感じの話が好きなんで作者様には
ありがとう!!と叫びたいです
で盛大に笑ったwww
こっちが恥ずかしくなるくらい甘甘なえーりんと慧音GJ