「あ、ちょうどいいところに!」
「へ?」
気ままな散歩をしていたら、急に横から竹箒を押し付けられた。場所は博麗神社。
「いやー本当にちょうどよかったわ! ちょっと野暮用で神社を3、4日ほど空けなくちゃいけなかったの。留守番をしてくれる人を探そうと思ったらあなたが通りかかったわけでやったラッキー、って事で、頼めるかしら?」
にこにこと微笑みながら明らかに断ることを許さない空気を作り出そうとしている巫女がいた。ちょっと待て。
「いやちょっと待って。何で私なのよ!」
「え……。そうね。強いて言うなら、同じ紅白のよしみということで!」
「ばかーーー!」
博麗の妹紅
結局、押し切られて留守番をすることになってしまった。昔はそうでもなかったのだが最近は”人”に頼まれると断りきれない性分になってしまっている。”人”であるこの神社の巫女はそこまで見越して仕事を押し付けたのか……いや、適当なんだろう。そもそも理由が紅白だからというのはなんなんだと思う。
「そんなに紅白か私は」
呟いてみるが状況が変わるわけではない。仕方ない、押し付けられたとはいえ仕事は仕事だ。永遠のうちの
たかだか3、4日、上手いことやってやろうじゃない。竹箒を握り締めて、私は燃えた(比喩的な意味で)。
「……って、言ったけど……これってかなりの重労働よね」
あのボケ巫女に無理矢理竹箒を押し付けられて2時間後、私は目測を誤ったことに気付き、深い後悔の渦に落ち込んでいた。この神社の敷地は思った以上に広い。すべてを綺麗にはくとすれば確かにあとは茶でも飲むくらいの時間しかないだろう。まったく、やれやれだ。しかし・・・どうだ、掃除をした後の庭は見て気持ちのいいものだ。こういう仕事もまぁ嫌いじゃない。もうひとふんばりして
空気を切り裂く音と、破壊音が社の縁側から聞こえた。
「な、何!?」
慌てて私はそちらに駆け出す。そこにはちょっとしたクレーターが出現していた、縁側の一部を削り取って。
「いてて……。ちょっと速度を出しすぎちまったぜ」
クレーターの中から立ち上がる砂煙の向こうの人物。あれは知っている、かつて輝夜が送り込んできた刺客の一人。確か名は、霧雨 魔理沙。
「ちょっとなにやってるのよ!」
「おお、霊夢……今日はまた一段と紅白具合に磨きがかかってるぜ」
「違う! あのボケ巫女違う!」
「おお?! ボケ巫女がボケ巫女違うとは意味が解らないぜ……と、ホントに違うのか?」
「一度会ったことがあるじゃない!」
黒白の魔法使いはぽん、と手を打つ。
「あれだ。お前。あれだ。思い出すからちょっと待ってろ」
顎に手を当ててうーんとか言い出す黒白。待ってるのもバカらしい。
「私は……」
「思い出したぜ。筍だな」
「なんで!? 何で筍!?」
「結局あの時は筍狩りしそこねたぜ。知ってるか? 中国では人を襲う筍があってまさに狩りの様相だとかいう」
「知らないわよ……って一応会った事は覚えてるのね。妹紅よ、藤原 妹紅。で、何をしにきたの?」
こんな派手な登場をして何もないことはなかろう。
「いや特に何もないぜ」
……何もないと申したか。ここまでの破壊をやっておいて何もないと申したか。いっぺんシメとくか。
ここが私の庵だったら間違いなくシメてる。しかし一応は仮の住まい、怒りの炎をとりあえず仕舞い込んで、仕事を全うしようと決める。
「4日ほど霊夢は居ないわよ。私が留守番してるの。何か言伝があるなら聞いてあげてもいいけど」
「え、霊夢はいないのか……。じゃあ、いいや。また来る」
黒白した魔法使いは一瞬とても残念そうな顔をした。と思うが早いか箒にまたがり、とんでもないスピードでかっ飛んでいった。あの魔法使いでもあんな顔をすることがあるんだな、と思った私は肝心なことを言うのを忘れていた。
「てめえ縁側と庭直して行けーーーっ!」
結局、また2時間ほどかけて縁側と庭を応急処置しておいた。あまりの重労働に地面にへたり込む。くじけそうだ。帰りたい。しかし……しかしだ、この藤原 妹紅、千年の齢を重ねてこのくらいでへこたれるわけにはいかない。いかないのだ! 今までもこのくらいの苦難あったじゃぁないかがんばれ妹紅ファイトだ妹紅! そうと決まれば残りの仕事を
「……霊夢の代わりに何かいるわね」
しようと思った矢先、妙に高いとこから人を見下したような声が聞こえた。視線を上にやると、本当に見下している人影がある。いや、あれは吸血鬼影とでも言うのか。
「何かとはずいぶんな挨拶ね、吸血鬼。蓬莱人の血がご所望でもあげられないわよ、今は、そして永遠に」
「要らないわよそんなもの、咲夜への土産にもなりそうもないし、それに……」
「それに?」
「……そんな地面にはいつくばった情けない奴を相手にする気もないわ」
「きーっ! うるさい!!」
気力を振り絞って立つ。胸を張って睨み返す。
この娘も輝夜が一度送り込んできた刺客で見覚えがある。レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして紅の月と共にある吸血鬼。
「いい眼ね。それでなきゃあ面白くない、一つ遊んであげるわ……と言いたいところだけど、あいにく今は昼だし、用があるのは霊夢にだし」
日傘をさしたままふわりと私の側に降り立った。幼い姿だが、油断の出来る相手ではない。とはいえ今は敵対するつもりもないようだ。
「あの巫女ならいないわよ。しばらく留守にするっていうから私が代わりにいるの。用件があるなら聞くわよ」
「そう……」
吸血鬼の眉がハの字になる。次いで思案顔をすると
「ならばお前でもいい。妹が来たら引き止めておいてくれない?」
「妹? あんたに妹なんていたんだ」
初耳の単語に思わず聞き返した。この娘の妹か。おそらくきっとたいがいこの娘に輪をかけて悪い性格をしているんだろう。
「いるからそう言ったの。お前は阿呆か?」
やはり性格が悪いと決めた。
「あんたみたいなのが二人もいたらあのメイドもさぞや気苦労が絶えないでしょうね。けれど、姿形も解らない
のに引き止めろというほうもたいがい阿呆じゃないかと思うけれど?」
「お前は性格が悪いな」
「あんたもな」
やっぱいっぺんシメとくかこいつ。しばし睨み合う。交差する二つの紅の視線。しかし、先に折れたのは意外にも向こうの方だった。
「まぁいい。確かにお前は妹の、フランドールの事を知らないのだからな」
ふぅ、とため息をひとつ吐いて、意外にも丁寧に教えてくれた。言葉の端々から察するにどうやら彼女をもってしても手に余る節があるらしい。今日もメイドや門番達の目を盗んで……いや、メイドや門番達をぼっこぼこにして館から飛び出ていったとのこと。
「じゃあ頼んだぞ」
そう言って、吸血鬼の娘はふわりと風に乗る。
「はいはい」
私の気の無い返事を背に受けて、そのまま森の向こうへと小さな影は遠ざかっていった。
「よし」
広い庭を様々な妨害があったとはいえはき終えることができた。流石にお腹もすいてきた事だし、食事の準備でも
「すたーぼうぶれーいく!」
甘ったるい声が聞こえたかと思うや否か、閃光と衝撃が炸裂して、私は死んだ。
「……っだぁ!? な、何!? 今度は何なのよ! しかも私一回死んだし!」
いつもの様に暗黒から私の意識は覚醒し、痛みとともに再生する。ついでに叫んでおいた。
「あれー? 霊夢じゃないの? まぁいっかー」
あはははは、と上空から子どもっぽい若干壊れた笑い声がする。見上げると、可愛らしい傘を差し不思議な羽を生やした子どもが浮かんでいた。おそらくは・・・おそらくは今のは弾幕で、私を霊夢だと思ってぶっ放したとみえる。いやそれにしてもしかし。
「・・・ちょっと。ちょっと降りてきなさい」
「んー? はーい」
割と素直に降りてきたその子に対し軽くチョップを入れる。
「ひゃうっ!?」
「いきなり弾幕を人に向かって撃たない! 私だから良かったようなものの普通の人だったら、たぶん霊夢でも死んでるっ!」
「えー。うー。霊夢じゃないのに霊夢みたいなこと言うー」
どうやらこの子もあの巫女の知り合いらしい。まぁずいぶん交友関係が広いことだ。
「私は藤原 妹紅。訳あって霊夢がいない間ここの留守番をしてる。で、あなたの名前は?」
「フランドールだよ、もこーおねーちゃん」
えへへ、と笑って開いた片手でスカートの端をつまみ、ちょこんとお辞儀をした。そういう姿はなるほど、良家のお嬢様に見える……ん? フランドール?
「レミリアの妹か」
「そうだよ。もこーおねーちゃんあいつ知ってるの?」
「あいつって……。まぁ、さっき会ってな。もし見かけたらここで待っておけと」
「えーつまんなーい」
話の腰が簡単に折られた。しかもこの調子だと機嫌を損ねたらすぐにでもまたどこかへ飛んでいき、先ほどのように誰彼構わず弾幕をぶっ放しかねない。性格は姉のようではないが、姉より取り扱いが大変そうだ。
「ねぇね、弾幕ごっこ、弾幕ごっこしようよ! そしたら待っててあげる」
「むぅ……」
目の前の少女は今にも弾をぶっ放す気でいる。それも明らかに加減なしで。これは・・・良くない感じだ。私も弾幕にかけては自信がある。それも彼女と同じように手加減なしの弾幕だ。全力と全力がこうも簡単にぶつかりあったら辺りへの被害は計り知れない。それに、私が死ぬことはないが、目の前の少女には万が一がありうるのだ。そうなればあの吸血鬼姉とも一戦交えないといけなくなるだろう。さて……。
「まぁ待て。いつもいつも弾幕ごっこというのもどうかと思うな私は。どうだ、たまには他の遊びをしてみない?」
「他の遊び?」
どうやら弾幕から少し気がそれたようだ。やれやれ。
「少し待ってて」
博霊神社の物置を開け・・・・・・簡単に開かなかったので無理やりこじ開けたら山のようなガラクタに押しつぶされた。片付けずに放り込んでたんだな、あのぐうたら巫女め! 後ろではケラケラと少女が笑っている。機嫌を損なってないだけマシということかなこれは。と、押しつぶされたままでいるわけにも行かないのでガラクタの山から這い出た。目当てのものは意外とすぐに見つかる。
「あ、それ知ってる! ”さっかーぼーる”だね!」
「あぁ、うん、たぶん」
私が知ってるボールと比べたら模様が違う……いわゆる陰陽模様だが、これでいいだろう。
「でも、”さっかー”は11人いないと遊べないよ?」
当然の言葉だ。だが、私はサッカーをするつもりではない。
「”蹴鞠”というのは知っているか?」
んーん、と首を横に振るフランドール。
「じゃあ、ちょっとお手本を見せようかな」
足元のボールをぽぅんっ、と空へと蹴上げる。弧を描き落ちてくるボールの勢いを殺しつつ、足の甲の側面でぴたと受け止め、今度は足を振り上げる勢いでボールを飛ばす。額で受け止め、胸で受け止め、足の甲で保持する。軽く蹴り上げ体をくるりと半回転、踵でもう一度天高く蹴り上げ……少し前かがみになった私の首の後ろにすとんとボールは収まり動きを止める。
「・・・うわぁ。すごいすごーい! もこーおねーちゃんすごい!」
ぱちぱちと拍手をし、キラキラと瞳を輝かせながらフランドールは喜んでいる。悠久の時間の中、暇つぶしに一人でやっていたらどうやら達人級の腕前になってしまったらしい。その技量を素直に賞賛されるのは悪い気分ではない。ボールを足へと戻してぽんぽんと軽く蹴り続ける。
「じゃあルールの説明だ。といっても簡単なものだけれどな。このボールをお互い、一切手を使わずにパスしあう。取りきれずに落としたほうが負け、ではあるけれど……それよりもいかにお互いの技量の美しさを見せるかの方が重要だね。そういう意味では弾幕ごっこと似てるかもしれない」
「へぇー。じゃあ、もこーおねーちゃん、それで遊ぼ?」
「あぁ。じゃあ、行くぞ」
笑みを浮かべる少女の上空へ、高くボールが舞い上がった。
蹴鞠をはじめてからあまり時間は経っていないはずなのだが、少女は見る見るうちに上達していった。そして、心底楽しんでくれている。今も空中でくるくると回転しつつ、ボールをこちらに蹴り返してきたところだ。それを胸で勢いを殺しつつ受け止め、何度目になるだろうか、少女の方へと戻す。と、
「ふむ、言われたとおりにしていたか。まぁ、誉めてやろう」
偉そうな声と友に小さな影が割って入ってきた……って
「さぁ、フラン。おとなしくかぇぴぃぎゃっ!?」
「あ」
「あ」
ボールが行きかう空間に突然現れれば、顔面に一撃を食らうのも当然だろう。しかも今のはかなり強めに返ったボールだ。直撃を食らったレミリアは逆海老反りのまま器用に翼を羽ばたかせて浮遊している。それが面白いのか蹴った本人は姉を指差し空いたほうの手で腹を抱えて笑い転げている。私としてはこれをどうしていいものやら……。
「っはぁっ! いきなり攻撃とはずいぶんな返礼じゃない藤原 妹紅!!」
あ、復活した。顔にはくっきりボール痕。
「いや、私じゃないし。攻撃でもないし。そもそも間に入ってくるあんたが悪い」
「ぬぉ……言わせておけば……!」
「ぷくく……とと。あらお姉様。一緒に蹴鞠でもしません?」
今にも爆発しそうな吸血鬼姉に妹が優しく声をかける。あれ? でもさっきあいつ呼ばわりしてなかたっけ? ともあれしかし、肝心の姉の機嫌は未だすこぶるよろしくなさそうだ。
「ケマリぃ? なんだそれは。私はてっきり弾幕ごっこをやってるものと思ってたけれどそんな玉遊びだなんて」
そう高飛車に断ろうとするレミリアを見て、少し悪戯心が沸いた。
「できそうにないわよねぇ」
「・・・なに?」
「いやぁだってそうだろう? 飛んでくるボールをことごとくあんな感じで顔で受け止めてたらただでさえ高くない鼻がもっとぺちゃんこになっちゃうものな」
「な、なにおぅ!?」
私の言葉と姉の様子をみながらくすくす笑う妹。
「あ、あれは不意を撃たれたからだ! たまたまだ!! ……えぇい、そのケマリとやらのルールを教えろ。今すぐ覚えて貴様を死ねた方がマシだというくらいぎったんぎったんにのしてやるぅっ!!」
どんな蹴鞠だそれは。しかし、こうも簡単に挑発に乗ってくるとは。さて、あとは。
「しかし私もここの留守居を任されてもいるしな……。そうだ、フランドールちゃん。お姉ちゃんの鼻がこれ以上低くならないようにルールを教えてあげて、それから姉妹で遊んでみないか?」
「くふふ。いいよー」
「な……!? くっ、そ、それならフラン。ルールを教えてくれ」
「教えてください、でしょう? お姉様」
「……っ!?」
多少不安は残るが、吸血鬼姉妹を庭に残して私は神社に引っ込んだ。
半刻ほどして縁側に戻ってみると、そこには蹴鞠のようで蹴鞠ではない新種の何かが行われていた。
「喰らえお姉様ァァァァァッッッ!!!」
「甘いわよフラン!! それお返しだふっ飛べェェェェッッッ!!!」
蹴鞠というのは全力でボールを蹴りあい、その威力で相手を倒すような競技ではなかったはずだ。たぶん、きっと。しかし・・・吸血鬼の姉妹は心底楽しそうにボールを蹴りあっている。それは悪いことではないのだろう。
こちらもすこし愉快な気持ちになりつつ、手にしていた盆を縁側に置いて二人を呼ぼうとした。と、
「あら、咲夜じゃない」
「あ、咲夜だ」
参道の向こうからやってくる人影、完全で瀟洒なメイド、紅魔館の主たちの最高の従者である十六夜 咲夜。彼女を認識した姉妹は、頷き、次に今まさに中空にあるボールに目をやった。
「「行っっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
二人の足が同じタイミングで落ちてきたボールを捕らえ、二倍以上の破壊力を持って咲夜に真っ直ぐ
っ、てえぇ!?
「ちょっ!? 避けっ」
よくよく考えたら心配する必要は微塵もなかった、と気付いたのは彼女が平然とボールを人差し指の上で器用に回している姿を認識した時と同時だった。なんということはない、彼女の時間を操る程度の能力で時を止めて受け止めたのだろう。流石完璧を名乗るだけはある。だが
「はいはいはい。咲夜の負けね」
「さくやのまけー!」
「えぇ?!」
手を使ってはいけない。
「……霊夢さんの代わりにずいぶんと珍しい方がいますね」
負けたせいでさんざんっぱら少女達にからかわれたメイドが縁側に腰掛けて言う。
「代替わりでもした、って言ったら本気にする?」
「まさか。お似合いではありますが」
微笑むメイド。お似合い、か。紅白だからか? 紅白だからなのか!?
「霊夢さんの事ですから留守番してくれそうな人を探してるときにたまたまあなたが通りかかった、ってところではないでしょうかね」
「悲しいが全くそのとおりだ。しかし、あの娘もたいしたものだな。なんのかんの言ってこの広い境内を掃除するのは大変な重労働だろうに」
ふぅ、と溜息をつく私を、メイドは妙な顔で見ていた。そして
「ここを全部、掃除されたのですか?」
などと当たり前のことを言う。あぁ、と返事をすると何故か心底沈痛な面持ちをされた。嫌な予感がした。
「まさか、あの巫女は……」
「えぇ、たぶんそのまさかですよ。霊夢さんがそこまで真面目にここを掃除することなんてありません。決して。Never」
「ちくしょうっ!」
私は頭を抱える。あのぐうたら巫女はほんとうにぐうたらだなっ!! 帰ってきたら正直者は死ぬほど辛かったぞとか言いつつ弾幕を浴びせてやろうか。
「けれど、それ以外は霊夢さんと変わらなかったようでなによりです」
私の頭に疑問符が山ほど浮かぶ。あの年中春めいたお人よしのぐうたら巫女とどこが変わらないと言いたいのだろうか。訝しげな私の視線を受けても、メイドは微笑を絶やさないまま何も言わない。何も言わないまま首ごと視線を動かした。その先には二人の幼子が楽しそうに遊んでいる。
「さぁさ、レミリア様、フランドール様! 妹紅さんがお茶とお菓子をご用意してくれましたよ。せっかくですからいただきましょう」
うららかな初夏の陽だまり。縁側に4人並んで先ほど私が作った白玉団子粒餡和えとお茶をぱくつく。神社の物は節度を持って自由に使っていい、と微妙に矛盾した言葉は巫女から貰っている。この程度は問題ないだろう。
吸血鬼はおやつを食べるのかという心配は杞憂だったようで、二人とも美味しそうに食べている。姉の方は相変わらず威厳を保とうとしているが、口の周りを粒餡でよごしてメイドに拭かれていては幼子そのもので見てるこちらも微笑ましい。と、
「ところで藤原 妹紅」
急にレミリアが切り出した。
「お前は凡百の霊長どもと違って少しはできる奴のようだな。今は特に身寄りのあてもないのだろう? うちで雇ってやらんこともないが、どうか? 終身雇用という破格の条件をつけてやってもよいぞ」
……あぁ、これはかなり好かれてしまったかね。それとも不死の私に興味が尽きないのか。フランドールの視線も感じる。メイドから聞いたあの娘のありとあらゆるものを破壊する程度の能力がちょっと暴発を起こしても、私ならどうにかできるだろう。幼子の面倒を見るのも悪くはないかもしれない。しかし、もう一つの視線からはひりひりしそうなほどの威圧感を感じた。彼女のレゾンデートルとやらを考えればわからないわけでもない。
「申し出はありがたいが、今回は気持ちだけありがたく貰っておくよ」
「むぅ」
私の答えに頬を膨らますレミリア。その向こうで、咲夜がほっと胸をなで下ろしているのが見えた。
「そう言うのなら無理強いはせん。それくらいの思慮はわきまえているつもりだ。なぁ、咲夜」
「はい、お嬢様。フランドール様も。さて、あまり遅くなると美鈴やパチュリー様もご心配なさると思いますし、このあたりでお暇いたしませんか?」
「そうだな」
「はーい」
日は緩やかに山の端にかかり始めている。吸血鬼にすれば今からこそが活動の時間なのだろうが、十分昼に動き回った彼女達からすれば普通に帰宅の時間だろう。
「それでは、本日は色々とお世話になりました」
「もこーおねーちゃんまたねー!」
「ではな、藤原 妹紅よ。先の件考えておくと良い。いつでも紅魔館の門は開いているからな」
三者三様の別れの挨拶をして境内に長い影が伸びる。真中のひときわ背の長い影が、傍らの二つの小さな手の影を取って遠ざかっていく。それを見て、改めて私は思う。
やはりそこに、私の居場所はないのだろうな、と。
土間を借りて自分の為だけの食事を作る。普段から賽銭が無いという噂で持ちきりのこの神社にしては、食べるものはそれなりに揃っていた。白米に青菜の胡麻和え、大根の味噌汁をかきこむ。よくよく考えてみれば今日始めての食事だ。
「ごちそうさま」
言っても当然返事は無い。それはいつもと同じなのだが、何故だか今日は一段とわびしい。この長い人生で考えると浜の真砂の数ほどの溜息にもう一粒加えてみた。
人様の借り物ではあるから洗い物はきちんとしておく。座敷に戻って布団を強いて、早々に横になる。
天井が高かった。
「うわ……」
これはまずい。ひさしぶりにまずい。とっくの昔に一人身の寂しさには慣れていたはずなのにそれが高波のように押し寄せてきた。おそらく昼間にあれだけ人……じゃないか。吸血鬼でもいい、話をして長い時間共にしてたせいだ。慧音と共にいるのとはまた違う楽しい時間。あの喧騒と今の静寂の差は、蓬莱人である私の心でさえ軽く蝕む。
「あー……。これは、いけないなぁ」
なんか涙が出てきた。ぐしぐしと袖で拭って布団をかぶる。ありがたいことに睡魔がすぐに駆けつけてくれた。
眠りの闇に落ちる前に、あの巫女も、もしかすると同じような気持ちになっているのかもしれないな、などと思いつつ。
結局、巫女が帰ってきたのは4日目の昼過ぎてからだった。それまでの間も彼女を訪ねるものが絶えなかった。どこかしらかふらふらと飛んできた酔っ払いの鬼なんていう珍しいものもいたし、花の香の中に強大な力を秘めた女性、あの時巫女と共にいた紫とかいう妖怪は空間を割ってまでここに来たとか言っていた。・・・本当かどうかはさておき。そして他の連中もその全員が霊夢の所在を聞き、いないと聞くと寂しそうな顔をして去っていった。その度にあの子が皆から愛されていることを知り、その度に自らと比べて切なくもなった。私はあの子の様にはなれないけれども。しかし、そんな思いも今日で終わり。
「いやー、ほんとありがとう! 恩に着るわ!」
うららかな皐月晴れの空から降り立った巫女は両手に抱えきれないくらいの紙袋を持っていた。何か買い物でもしてきたのだろうか。
「まぁ、同じ紅白のよしみでやってあげたけど」
「面白いこと言うのね」
「いや、あんたが言ったんだあんたが」
すっかり忘れているようだ。あははーそうだっけーとか緩んだ顔で言われると色々あった腹いせに弾幕叩き込もうとする気力さえ削がれる。
「じゃあ私はこれで」
「あ、ちょっと待ってよ!」
いいかげん帰ろうとする私を呼び止める巫女。
「なにまだ何かあるの?」
「これだけちゃんと留守番してもらったのにそのまま帰したなんてなったら博麗の名に傷が付いちゃうわよ。ご飯でも食べてかない? 腕によりをかけて作ってあげるんだから」
……あぁ、そういうことね。巫女はと言えば袖を腋までずり上げてガッツポーズなんか作っている。ノリノリか。
「そういうことなら仕方がないわね。仕事の報酬と考えればささやかだなと思いはするけど、無下に断るのも悪いしね」
「・・・素直じゃないわねー」
うっさい。
食卓に並んだ夕餉は思ったより豪勢なものだった。白米とお新香、ほうれん草の白和えと一緒にわざわざ池から取ってきたのだろうか。鯉の洗いと鯉こくまで鎮座していた。
「うわ……。時間かけてると思ったらこれ、捌いてたんだ。わざわざ?」
「そうよ?」
それがどうかしたの? みたいな雰囲気でお茶を盆に乗せた巫女が答える。
「あなたが食べないなら私が全部食べちゃうけど」
「いただきます」
「はい、いただいちゃって」
微笑みながら巫女はお茶を入れ始めた。一口鯉こくをすすると、なんともあったかい味がした。
二人の箸が進む。黙々と食べるのはそれが美味しいからだ。半時もしないうちに全ての器が空になった。最後に喉に流し込んだお茶がこれまた美味しい。
「ふぅ……、ごちそうさま。美味しかったよ」
「どういたしまして。さて、お風呂でも沸かしましょうか。沸いたら入ってって」
「え?! いいよそこまでしなくても?」
「いいじゃない。夜も遅いし、沸かしたところで私一人しか入らないってのも、ねぇ」
……ああ、なんだ。やっぱりこの子も・・・孤独は嫌いなんだな。私はあの高い天井を思い出した。思案顔の巫女をこれ以上悩ませるのもかえって悪いかな。
「わかったわかった。この流れでいくと泊まってけまで言うんでしょ? こうなったら覚悟を決めてどこまでも甘えてやろうじゃない!!」
「そこまで言われたらこっちも博麗の総力をかけてもてなしてあげようじゃない!!」
私と霊夢の笑い声が、夕闇の神社に響いた。
その夜、布団を並べて寝た。天井もあまり高く感じない。なんとなく、いつのまにか私の生い立ちの話をしていた。しかし、耳を傾けていたはずの博麗の巫女はものの数分もしないうちに安らかな寝息を立てている。ちょっとその顔面に拳でも落とそうかと思った……のもほんの一瞬。幸せそうな寝顔に全てを許してやる。もしかするとこの絶妙な空気こそが彼女の真の力なのかもしれないなとか思いつつ、だらしなくはだけた布団をかけ戻し、そこからはみ出た掌に、私の掌を重ねる。その暖かさを感じて、私も目を閉じた。
翌朝。
空は天の果てまで続くような青だった。鳳凰の翼をじわりと伸ばす。
「行くのね」
「あぁ、世話になりっぱなしになるわけにもいかないしな」
霊夢の方を見て頷く。羽ばたきと共にふわりと体が浮いた。
「また来てね」
「あぁ、またな」
強く羽ばたいて、私は身を空に預けた。博麗の社と巫女が遠ざかっていく。暇があったらまた遊びにでも来よう。
そういえば、慧音は心配しているかな。彼女の心配そうな顔が思い浮かばれて、私は庵へと向かう速度を上げた。
「へ?」
気ままな散歩をしていたら、急に横から竹箒を押し付けられた。場所は博麗神社。
「いやー本当にちょうどよかったわ! ちょっと野暮用で神社を3、4日ほど空けなくちゃいけなかったの。留守番をしてくれる人を探そうと思ったらあなたが通りかかったわけでやったラッキー、って事で、頼めるかしら?」
にこにこと微笑みながら明らかに断ることを許さない空気を作り出そうとしている巫女がいた。ちょっと待て。
「いやちょっと待って。何で私なのよ!」
「え……。そうね。強いて言うなら、同じ紅白のよしみということで!」
「ばかーーー!」
博麗の妹紅
結局、押し切られて留守番をすることになってしまった。昔はそうでもなかったのだが最近は”人”に頼まれると断りきれない性分になってしまっている。”人”であるこの神社の巫女はそこまで見越して仕事を押し付けたのか……いや、適当なんだろう。そもそも理由が紅白だからというのはなんなんだと思う。
「そんなに紅白か私は」
呟いてみるが状況が変わるわけではない。仕方ない、押し付けられたとはいえ仕事は仕事だ。永遠のうちの
たかだか3、4日、上手いことやってやろうじゃない。竹箒を握り締めて、私は燃えた(比喩的な意味で)。
「……って、言ったけど……これってかなりの重労働よね」
あのボケ巫女に無理矢理竹箒を押し付けられて2時間後、私は目測を誤ったことに気付き、深い後悔の渦に落ち込んでいた。この神社の敷地は思った以上に広い。すべてを綺麗にはくとすれば確かにあとは茶でも飲むくらいの時間しかないだろう。まったく、やれやれだ。しかし・・・どうだ、掃除をした後の庭は見て気持ちのいいものだ。こういう仕事もまぁ嫌いじゃない。もうひとふんばりして
空気を切り裂く音と、破壊音が社の縁側から聞こえた。
「な、何!?」
慌てて私はそちらに駆け出す。そこにはちょっとしたクレーターが出現していた、縁側の一部を削り取って。
「いてて……。ちょっと速度を出しすぎちまったぜ」
クレーターの中から立ち上がる砂煙の向こうの人物。あれは知っている、かつて輝夜が送り込んできた刺客の一人。確か名は、霧雨 魔理沙。
「ちょっとなにやってるのよ!」
「おお、霊夢……今日はまた一段と紅白具合に磨きがかかってるぜ」
「違う! あのボケ巫女違う!」
「おお?! ボケ巫女がボケ巫女違うとは意味が解らないぜ……と、ホントに違うのか?」
「一度会ったことがあるじゃない!」
黒白の魔法使いはぽん、と手を打つ。
「あれだ。お前。あれだ。思い出すからちょっと待ってろ」
顎に手を当ててうーんとか言い出す黒白。待ってるのもバカらしい。
「私は……」
「思い出したぜ。筍だな」
「なんで!? 何で筍!?」
「結局あの時は筍狩りしそこねたぜ。知ってるか? 中国では人を襲う筍があってまさに狩りの様相だとかいう」
「知らないわよ……って一応会った事は覚えてるのね。妹紅よ、藤原 妹紅。で、何をしにきたの?」
こんな派手な登場をして何もないことはなかろう。
「いや特に何もないぜ」
……何もないと申したか。ここまでの破壊をやっておいて何もないと申したか。いっぺんシメとくか。
ここが私の庵だったら間違いなくシメてる。しかし一応は仮の住まい、怒りの炎をとりあえず仕舞い込んで、仕事を全うしようと決める。
「4日ほど霊夢は居ないわよ。私が留守番してるの。何か言伝があるなら聞いてあげてもいいけど」
「え、霊夢はいないのか……。じゃあ、いいや。また来る」
黒白した魔法使いは一瞬とても残念そうな顔をした。と思うが早いか箒にまたがり、とんでもないスピードでかっ飛んでいった。あの魔法使いでもあんな顔をすることがあるんだな、と思った私は肝心なことを言うのを忘れていた。
「てめえ縁側と庭直して行けーーーっ!」
結局、また2時間ほどかけて縁側と庭を応急処置しておいた。あまりの重労働に地面にへたり込む。くじけそうだ。帰りたい。しかし……しかしだ、この藤原 妹紅、千年の齢を重ねてこのくらいでへこたれるわけにはいかない。いかないのだ! 今までもこのくらいの苦難あったじゃぁないかがんばれ妹紅ファイトだ妹紅! そうと決まれば残りの仕事を
「……霊夢の代わりに何かいるわね」
しようと思った矢先、妙に高いとこから人を見下したような声が聞こえた。視線を上にやると、本当に見下している人影がある。いや、あれは吸血鬼影とでも言うのか。
「何かとはずいぶんな挨拶ね、吸血鬼。蓬莱人の血がご所望でもあげられないわよ、今は、そして永遠に」
「要らないわよそんなもの、咲夜への土産にもなりそうもないし、それに……」
「それに?」
「……そんな地面にはいつくばった情けない奴を相手にする気もないわ」
「きーっ! うるさい!!」
気力を振り絞って立つ。胸を張って睨み返す。
この娘も輝夜が一度送り込んできた刺客で見覚えがある。レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして紅の月と共にある吸血鬼。
「いい眼ね。それでなきゃあ面白くない、一つ遊んであげるわ……と言いたいところだけど、あいにく今は昼だし、用があるのは霊夢にだし」
日傘をさしたままふわりと私の側に降り立った。幼い姿だが、油断の出来る相手ではない。とはいえ今は敵対するつもりもないようだ。
「あの巫女ならいないわよ。しばらく留守にするっていうから私が代わりにいるの。用件があるなら聞くわよ」
「そう……」
吸血鬼の眉がハの字になる。次いで思案顔をすると
「ならばお前でもいい。妹が来たら引き止めておいてくれない?」
「妹? あんたに妹なんていたんだ」
初耳の単語に思わず聞き返した。この娘の妹か。おそらくきっとたいがいこの娘に輪をかけて悪い性格をしているんだろう。
「いるからそう言ったの。お前は阿呆か?」
やはり性格が悪いと決めた。
「あんたみたいなのが二人もいたらあのメイドもさぞや気苦労が絶えないでしょうね。けれど、姿形も解らない
のに引き止めろというほうもたいがい阿呆じゃないかと思うけれど?」
「お前は性格が悪いな」
「あんたもな」
やっぱいっぺんシメとくかこいつ。しばし睨み合う。交差する二つの紅の視線。しかし、先に折れたのは意外にも向こうの方だった。
「まぁいい。確かにお前は妹の、フランドールの事を知らないのだからな」
ふぅ、とため息をひとつ吐いて、意外にも丁寧に教えてくれた。言葉の端々から察するにどうやら彼女をもってしても手に余る節があるらしい。今日もメイドや門番達の目を盗んで……いや、メイドや門番達をぼっこぼこにして館から飛び出ていったとのこと。
「じゃあ頼んだぞ」
そう言って、吸血鬼の娘はふわりと風に乗る。
「はいはい」
私の気の無い返事を背に受けて、そのまま森の向こうへと小さな影は遠ざかっていった。
「よし」
広い庭を様々な妨害があったとはいえはき終えることができた。流石にお腹もすいてきた事だし、食事の準備でも
「すたーぼうぶれーいく!」
甘ったるい声が聞こえたかと思うや否か、閃光と衝撃が炸裂して、私は死んだ。
「……っだぁ!? な、何!? 今度は何なのよ! しかも私一回死んだし!」
いつもの様に暗黒から私の意識は覚醒し、痛みとともに再生する。ついでに叫んでおいた。
「あれー? 霊夢じゃないの? まぁいっかー」
あはははは、と上空から子どもっぽい若干壊れた笑い声がする。見上げると、可愛らしい傘を差し不思議な羽を生やした子どもが浮かんでいた。おそらくは・・・おそらくは今のは弾幕で、私を霊夢だと思ってぶっ放したとみえる。いやそれにしてもしかし。
「・・・ちょっと。ちょっと降りてきなさい」
「んー? はーい」
割と素直に降りてきたその子に対し軽くチョップを入れる。
「ひゃうっ!?」
「いきなり弾幕を人に向かって撃たない! 私だから良かったようなものの普通の人だったら、たぶん霊夢でも死んでるっ!」
「えー。うー。霊夢じゃないのに霊夢みたいなこと言うー」
どうやらこの子もあの巫女の知り合いらしい。まぁずいぶん交友関係が広いことだ。
「私は藤原 妹紅。訳あって霊夢がいない間ここの留守番をしてる。で、あなたの名前は?」
「フランドールだよ、もこーおねーちゃん」
えへへ、と笑って開いた片手でスカートの端をつまみ、ちょこんとお辞儀をした。そういう姿はなるほど、良家のお嬢様に見える……ん? フランドール?
「レミリアの妹か」
「そうだよ。もこーおねーちゃんあいつ知ってるの?」
「あいつって……。まぁ、さっき会ってな。もし見かけたらここで待っておけと」
「えーつまんなーい」
話の腰が簡単に折られた。しかもこの調子だと機嫌を損ねたらすぐにでもまたどこかへ飛んでいき、先ほどのように誰彼構わず弾幕をぶっ放しかねない。性格は姉のようではないが、姉より取り扱いが大変そうだ。
「ねぇね、弾幕ごっこ、弾幕ごっこしようよ! そしたら待っててあげる」
「むぅ……」
目の前の少女は今にも弾をぶっ放す気でいる。それも明らかに加減なしで。これは・・・良くない感じだ。私も弾幕にかけては自信がある。それも彼女と同じように手加減なしの弾幕だ。全力と全力がこうも簡単にぶつかりあったら辺りへの被害は計り知れない。それに、私が死ぬことはないが、目の前の少女には万が一がありうるのだ。そうなればあの吸血鬼姉とも一戦交えないといけなくなるだろう。さて……。
「まぁ待て。いつもいつも弾幕ごっこというのもどうかと思うな私は。どうだ、たまには他の遊びをしてみない?」
「他の遊び?」
どうやら弾幕から少し気がそれたようだ。やれやれ。
「少し待ってて」
博霊神社の物置を開け・・・・・・簡単に開かなかったので無理やりこじ開けたら山のようなガラクタに押しつぶされた。片付けずに放り込んでたんだな、あのぐうたら巫女め! 後ろではケラケラと少女が笑っている。機嫌を損なってないだけマシということかなこれは。と、押しつぶされたままでいるわけにも行かないのでガラクタの山から這い出た。目当てのものは意外とすぐに見つかる。
「あ、それ知ってる! ”さっかーぼーる”だね!」
「あぁ、うん、たぶん」
私が知ってるボールと比べたら模様が違う……いわゆる陰陽模様だが、これでいいだろう。
「でも、”さっかー”は11人いないと遊べないよ?」
当然の言葉だ。だが、私はサッカーをするつもりではない。
「”蹴鞠”というのは知っているか?」
んーん、と首を横に振るフランドール。
「じゃあ、ちょっとお手本を見せようかな」
足元のボールをぽぅんっ、と空へと蹴上げる。弧を描き落ちてくるボールの勢いを殺しつつ、足の甲の側面でぴたと受け止め、今度は足を振り上げる勢いでボールを飛ばす。額で受け止め、胸で受け止め、足の甲で保持する。軽く蹴り上げ体をくるりと半回転、踵でもう一度天高く蹴り上げ……少し前かがみになった私の首の後ろにすとんとボールは収まり動きを止める。
「・・・うわぁ。すごいすごーい! もこーおねーちゃんすごい!」
ぱちぱちと拍手をし、キラキラと瞳を輝かせながらフランドールは喜んでいる。悠久の時間の中、暇つぶしに一人でやっていたらどうやら達人級の腕前になってしまったらしい。その技量を素直に賞賛されるのは悪い気分ではない。ボールを足へと戻してぽんぽんと軽く蹴り続ける。
「じゃあルールの説明だ。といっても簡単なものだけれどな。このボールをお互い、一切手を使わずにパスしあう。取りきれずに落としたほうが負け、ではあるけれど……それよりもいかにお互いの技量の美しさを見せるかの方が重要だね。そういう意味では弾幕ごっこと似てるかもしれない」
「へぇー。じゃあ、もこーおねーちゃん、それで遊ぼ?」
「あぁ。じゃあ、行くぞ」
笑みを浮かべる少女の上空へ、高くボールが舞い上がった。
蹴鞠をはじめてからあまり時間は経っていないはずなのだが、少女は見る見るうちに上達していった。そして、心底楽しんでくれている。今も空中でくるくると回転しつつ、ボールをこちらに蹴り返してきたところだ。それを胸で勢いを殺しつつ受け止め、何度目になるだろうか、少女の方へと戻す。と、
「ふむ、言われたとおりにしていたか。まぁ、誉めてやろう」
偉そうな声と友に小さな影が割って入ってきた……って
「さぁ、フラン。おとなしくかぇぴぃぎゃっ!?」
「あ」
「あ」
ボールが行きかう空間に突然現れれば、顔面に一撃を食らうのも当然だろう。しかも今のはかなり強めに返ったボールだ。直撃を食らったレミリアは逆海老反りのまま器用に翼を羽ばたかせて浮遊している。それが面白いのか蹴った本人は姉を指差し空いたほうの手で腹を抱えて笑い転げている。私としてはこれをどうしていいものやら……。
「っはぁっ! いきなり攻撃とはずいぶんな返礼じゃない藤原 妹紅!!」
あ、復活した。顔にはくっきりボール痕。
「いや、私じゃないし。攻撃でもないし。そもそも間に入ってくるあんたが悪い」
「ぬぉ……言わせておけば……!」
「ぷくく……とと。あらお姉様。一緒に蹴鞠でもしません?」
今にも爆発しそうな吸血鬼姉に妹が優しく声をかける。あれ? でもさっきあいつ呼ばわりしてなかたっけ? ともあれしかし、肝心の姉の機嫌は未だすこぶるよろしくなさそうだ。
「ケマリぃ? なんだそれは。私はてっきり弾幕ごっこをやってるものと思ってたけれどそんな玉遊びだなんて」
そう高飛車に断ろうとするレミリアを見て、少し悪戯心が沸いた。
「できそうにないわよねぇ」
「・・・なに?」
「いやぁだってそうだろう? 飛んでくるボールをことごとくあんな感じで顔で受け止めてたらただでさえ高くない鼻がもっとぺちゃんこになっちゃうものな」
「な、なにおぅ!?」
私の言葉と姉の様子をみながらくすくす笑う妹。
「あ、あれは不意を撃たれたからだ! たまたまだ!! ……えぇい、そのケマリとやらのルールを教えろ。今すぐ覚えて貴様を死ねた方がマシだというくらいぎったんぎったんにのしてやるぅっ!!」
どんな蹴鞠だそれは。しかし、こうも簡単に挑発に乗ってくるとは。さて、あとは。
「しかし私もここの留守居を任されてもいるしな……。そうだ、フランドールちゃん。お姉ちゃんの鼻がこれ以上低くならないようにルールを教えてあげて、それから姉妹で遊んでみないか?」
「くふふ。いいよー」
「な……!? くっ、そ、それならフラン。ルールを教えてくれ」
「教えてください、でしょう? お姉様」
「……っ!?」
多少不安は残るが、吸血鬼姉妹を庭に残して私は神社に引っ込んだ。
半刻ほどして縁側に戻ってみると、そこには蹴鞠のようで蹴鞠ではない新種の何かが行われていた。
「喰らえお姉様ァァァァァッッッ!!!」
「甘いわよフラン!! それお返しだふっ飛べェェェェッッッ!!!」
蹴鞠というのは全力でボールを蹴りあい、その威力で相手を倒すような競技ではなかったはずだ。たぶん、きっと。しかし・・・吸血鬼の姉妹は心底楽しそうにボールを蹴りあっている。それは悪いことではないのだろう。
こちらもすこし愉快な気持ちになりつつ、手にしていた盆を縁側に置いて二人を呼ぼうとした。と、
「あら、咲夜じゃない」
「あ、咲夜だ」
参道の向こうからやってくる人影、完全で瀟洒なメイド、紅魔館の主たちの最高の従者である十六夜 咲夜。彼女を認識した姉妹は、頷き、次に今まさに中空にあるボールに目をやった。
「「行っっっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
二人の足が同じタイミングで落ちてきたボールを捕らえ、二倍以上の破壊力を持って咲夜に真っ直ぐ
っ、てえぇ!?
「ちょっ!? 避けっ」
よくよく考えたら心配する必要は微塵もなかった、と気付いたのは彼女が平然とボールを人差し指の上で器用に回している姿を認識した時と同時だった。なんということはない、彼女の時間を操る程度の能力で時を止めて受け止めたのだろう。流石完璧を名乗るだけはある。だが
「はいはいはい。咲夜の負けね」
「さくやのまけー!」
「えぇ?!」
手を使ってはいけない。
「……霊夢さんの代わりにずいぶんと珍しい方がいますね」
負けたせいでさんざんっぱら少女達にからかわれたメイドが縁側に腰掛けて言う。
「代替わりでもした、って言ったら本気にする?」
「まさか。お似合いではありますが」
微笑むメイド。お似合い、か。紅白だからか? 紅白だからなのか!?
「霊夢さんの事ですから留守番してくれそうな人を探してるときにたまたまあなたが通りかかった、ってところではないでしょうかね」
「悲しいが全くそのとおりだ。しかし、あの娘もたいしたものだな。なんのかんの言ってこの広い境内を掃除するのは大変な重労働だろうに」
ふぅ、と溜息をつく私を、メイドは妙な顔で見ていた。そして
「ここを全部、掃除されたのですか?」
などと当たり前のことを言う。あぁ、と返事をすると何故か心底沈痛な面持ちをされた。嫌な予感がした。
「まさか、あの巫女は……」
「えぇ、たぶんそのまさかですよ。霊夢さんがそこまで真面目にここを掃除することなんてありません。決して。Never」
「ちくしょうっ!」
私は頭を抱える。あのぐうたら巫女はほんとうにぐうたらだなっ!! 帰ってきたら正直者は死ぬほど辛かったぞとか言いつつ弾幕を浴びせてやろうか。
「けれど、それ以外は霊夢さんと変わらなかったようでなによりです」
私の頭に疑問符が山ほど浮かぶ。あの年中春めいたお人よしのぐうたら巫女とどこが変わらないと言いたいのだろうか。訝しげな私の視線を受けても、メイドは微笑を絶やさないまま何も言わない。何も言わないまま首ごと視線を動かした。その先には二人の幼子が楽しそうに遊んでいる。
「さぁさ、レミリア様、フランドール様! 妹紅さんがお茶とお菓子をご用意してくれましたよ。せっかくですからいただきましょう」
うららかな初夏の陽だまり。縁側に4人並んで先ほど私が作った白玉団子粒餡和えとお茶をぱくつく。神社の物は節度を持って自由に使っていい、と微妙に矛盾した言葉は巫女から貰っている。この程度は問題ないだろう。
吸血鬼はおやつを食べるのかという心配は杞憂だったようで、二人とも美味しそうに食べている。姉の方は相変わらず威厳を保とうとしているが、口の周りを粒餡でよごしてメイドに拭かれていては幼子そのもので見てるこちらも微笑ましい。と、
「ところで藤原 妹紅」
急にレミリアが切り出した。
「お前は凡百の霊長どもと違って少しはできる奴のようだな。今は特に身寄りのあてもないのだろう? うちで雇ってやらんこともないが、どうか? 終身雇用という破格の条件をつけてやってもよいぞ」
……あぁ、これはかなり好かれてしまったかね。それとも不死の私に興味が尽きないのか。フランドールの視線も感じる。メイドから聞いたあの娘のありとあらゆるものを破壊する程度の能力がちょっと暴発を起こしても、私ならどうにかできるだろう。幼子の面倒を見るのも悪くはないかもしれない。しかし、もう一つの視線からはひりひりしそうなほどの威圧感を感じた。彼女のレゾンデートルとやらを考えればわからないわけでもない。
「申し出はありがたいが、今回は気持ちだけありがたく貰っておくよ」
「むぅ」
私の答えに頬を膨らますレミリア。その向こうで、咲夜がほっと胸をなで下ろしているのが見えた。
「そう言うのなら無理強いはせん。それくらいの思慮はわきまえているつもりだ。なぁ、咲夜」
「はい、お嬢様。フランドール様も。さて、あまり遅くなると美鈴やパチュリー様もご心配なさると思いますし、このあたりでお暇いたしませんか?」
「そうだな」
「はーい」
日は緩やかに山の端にかかり始めている。吸血鬼にすれば今からこそが活動の時間なのだろうが、十分昼に動き回った彼女達からすれば普通に帰宅の時間だろう。
「それでは、本日は色々とお世話になりました」
「もこーおねーちゃんまたねー!」
「ではな、藤原 妹紅よ。先の件考えておくと良い。いつでも紅魔館の門は開いているからな」
三者三様の別れの挨拶をして境内に長い影が伸びる。真中のひときわ背の長い影が、傍らの二つの小さな手の影を取って遠ざかっていく。それを見て、改めて私は思う。
やはりそこに、私の居場所はないのだろうな、と。
土間を借りて自分の為だけの食事を作る。普段から賽銭が無いという噂で持ちきりのこの神社にしては、食べるものはそれなりに揃っていた。白米に青菜の胡麻和え、大根の味噌汁をかきこむ。よくよく考えてみれば今日始めての食事だ。
「ごちそうさま」
言っても当然返事は無い。それはいつもと同じなのだが、何故だか今日は一段とわびしい。この長い人生で考えると浜の真砂の数ほどの溜息にもう一粒加えてみた。
人様の借り物ではあるから洗い物はきちんとしておく。座敷に戻って布団を強いて、早々に横になる。
天井が高かった。
「うわ……」
これはまずい。ひさしぶりにまずい。とっくの昔に一人身の寂しさには慣れていたはずなのにそれが高波のように押し寄せてきた。おそらく昼間にあれだけ人……じゃないか。吸血鬼でもいい、話をして長い時間共にしてたせいだ。慧音と共にいるのとはまた違う楽しい時間。あの喧騒と今の静寂の差は、蓬莱人である私の心でさえ軽く蝕む。
「あー……。これは、いけないなぁ」
なんか涙が出てきた。ぐしぐしと袖で拭って布団をかぶる。ありがたいことに睡魔がすぐに駆けつけてくれた。
眠りの闇に落ちる前に、あの巫女も、もしかすると同じような気持ちになっているのかもしれないな、などと思いつつ。
結局、巫女が帰ってきたのは4日目の昼過ぎてからだった。それまでの間も彼女を訪ねるものが絶えなかった。どこかしらかふらふらと飛んできた酔っ払いの鬼なんていう珍しいものもいたし、花の香の中に強大な力を秘めた女性、あの時巫女と共にいた紫とかいう妖怪は空間を割ってまでここに来たとか言っていた。・・・本当かどうかはさておき。そして他の連中もその全員が霊夢の所在を聞き、いないと聞くと寂しそうな顔をして去っていった。その度にあの子が皆から愛されていることを知り、その度に自らと比べて切なくもなった。私はあの子の様にはなれないけれども。しかし、そんな思いも今日で終わり。
「いやー、ほんとありがとう! 恩に着るわ!」
うららかな皐月晴れの空から降り立った巫女は両手に抱えきれないくらいの紙袋を持っていた。何か買い物でもしてきたのだろうか。
「まぁ、同じ紅白のよしみでやってあげたけど」
「面白いこと言うのね」
「いや、あんたが言ったんだあんたが」
すっかり忘れているようだ。あははーそうだっけーとか緩んだ顔で言われると色々あった腹いせに弾幕叩き込もうとする気力さえ削がれる。
「じゃあ私はこれで」
「あ、ちょっと待ってよ!」
いいかげん帰ろうとする私を呼び止める巫女。
「なにまだ何かあるの?」
「これだけちゃんと留守番してもらったのにそのまま帰したなんてなったら博麗の名に傷が付いちゃうわよ。ご飯でも食べてかない? 腕によりをかけて作ってあげるんだから」
……あぁ、そういうことね。巫女はと言えば袖を腋までずり上げてガッツポーズなんか作っている。ノリノリか。
「そういうことなら仕方がないわね。仕事の報酬と考えればささやかだなと思いはするけど、無下に断るのも悪いしね」
「・・・素直じゃないわねー」
うっさい。
食卓に並んだ夕餉は思ったより豪勢なものだった。白米とお新香、ほうれん草の白和えと一緒にわざわざ池から取ってきたのだろうか。鯉の洗いと鯉こくまで鎮座していた。
「うわ……。時間かけてると思ったらこれ、捌いてたんだ。わざわざ?」
「そうよ?」
それがどうかしたの? みたいな雰囲気でお茶を盆に乗せた巫女が答える。
「あなたが食べないなら私が全部食べちゃうけど」
「いただきます」
「はい、いただいちゃって」
微笑みながら巫女はお茶を入れ始めた。一口鯉こくをすすると、なんともあったかい味がした。
二人の箸が進む。黙々と食べるのはそれが美味しいからだ。半時もしないうちに全ての器が空になった。最後に喉に流し込んだお茶がこれまた美味しい。
「ふぅ……、ごちそうさま。美味しかったよ」
「どういたしまして。さて、お風呂でも沸かしましょうか。沸いたら入ってって」
「え?! いいよそこまでしなくても?」
「いいじゃない。夜も遅いし、沸かしたところで私一人しか入らないってのも、ねぇ」
……ああ、なんだ。やっぱりこの子も・・・孤独は嫌いなんだな。私はあの高い天井を思い出した。思案顔の巫女をこれ以上悩ませるのもかえって悪いかな。
「わかったわかった。この流れでいくと泊まってけまで言うんでしょ? こうなったら覚悟を決めてどこまでも甘えてやろうじゃない!!」
「そこまで言われたらこっちも博麗の総力をかけてもてなしてあげようじゃない!!」
私と霊夢の笑い声が、夕闇の神社に響いた。
その夜、布団を並べて寝た。天井もあまり高く感じない。なんとなく、いつのまにか私の生い立ちの話をしていた。しかし、耳を傾けていたはずの博麗の巫女はものの数分もしないうちに安らかな寝息を立てている。ちょっとその顔面に拳でも落とそうかと思った……のもほんの一瞬。幸せそうな寝顔に全てを許してやる。もしかするとこの絶妙な空気こそが彼女の真の力なのかもしれないなとか思いつつ、だらしなくはだけた布団をかけ戻し、そこからはみ出た掌に、私の掌を重ねる。その暖かさを感じて、私も目を閉じた。
翌朝。
空は天の果てまで続くような青だった。鳳凰の翼をじわりと伸ばす。
「行くのね」
「あぁ、世話になりっぱなしになるわけにもいかないしな」
霊夢の方を見て頷く。羽ばたきと共にふわりと体が浮いた。
「また来てね」
「あぁ、またな」
強く羽ばたいて、私は身を空に預けた。博麗の社と巫女が遠ざかっていく。暇があったらまた遊びにでも来よう。
そういえば、慧音は心配しているかな。彼女の心配そうな顔が思い浮かばれて、私は庵へと向かう速度を上げた。
のんびりしたお話で和みました。退屈には感じなかったし。
次回作も期待しています。
誤字報告
博霊 → 博麗
完璧で瀟洒なメイド → 完全で瀟洒なメイド
霊夢が行ったのはあそこですね。あr(ピチューン
もこうかわいいよもこう
いかもツインシュートまでwwwww
息がピッタリですな流石は姉妹って所か。
妹紅にとっても良い経験の4日間かと。
ですがキャラの口調や他人称に少し違和感が感じられましたね。
次回も期待させていただきます。
>「・・・そこまで言われたらこっちも博霊の総力をかけてもてなしてあげようじゃない!!」
にもえました
お名前から察するに、外国の方でしょうか?あなたのような方といつか酒でも飲みながら東方について語りたいものです。
この作品を読んでくださった方々、点数を入れてくださった方々、コメントをくださった方々に厚く御礼申し上げます!!
もこうかわいいよもこうが昂じて書き上げた作品ですが、スカーレット姉妹やぐうたら巫女にも評価していただいて嬉しい限りです。
この嬉しさを糧にして他の作品なども書いてみようかと思います。
ちなみに
・あの巫女はあの祭りに行きました(w
・たぶんあのボールは昔ブロックとか崩していたので丈夫に違いない
・たぶん日本人です・・・タブンネ
そして
・もこうかわいいよもこう!
ありがとうございました!
もこうかわいいよもこう
でも私は輝夜派
「手を使ってはいけない」で瀟酒が台無しな咲夜さんも。文句なし。
まあ、面白さが全てに優先されますが。
妹紅に幸あれ。
陰陽玉も蹴られてるし