タイトルに『うどん』と入っておりますが、本作品に『ウドンゲ』は含まれておりません。予めご了承ください。
「ねぇ、鈴仙」
「ん? 何、てゐ?」
人里を、二羽の兎の少女が歩いていた。
といっても、人間の容姿で、人間の衣類を纏い、かつ二足歩行である為、この二羽……二人を兎と認識することは若干困難であったりする。兎であると自己主張を続ける部位、頭部に生えた兎の耳などがあったりはするが、実のところ飾りにしか見えず、やはり彼女らは人間らしかった。なお、片方は月の兎であったりするので、正確にはそれを一羽と数えるものと認識して良いのかという疑問も僅かに浮かぶ。
……さて、初っ端から逸れた話を戻そう。
この二人、鈴仙とてゐは、恒例となりつつあるお仕事の為に人里へ来ていた。その仕事というのは、里の各ご家庭に備えられた家庭用薬箱、通称『八意出張所』の薬の補充と使用した分の代金の回収、そして新薬の宣伝をおこなうというものであった。
そんな仕事をこなしていく内に、どんどんとてゐは表情を曇らせていった。
「……おかしい」
「何が?」
ボソリと呟くてゐが何を言いたいのか、鈴仙には判らなかった。
「今日の人間たち、やたら優しくない?」
「え、そう?」
「……鈍い」
「うっ、失礼ね」
不満そうな顔を浮かべ、その後で今日のことを少しだけ思い出してみる。
「確かに、回収がスムーズではあるけど」
「あと、お菓子貰ったりしたじゃない。お茶勧められたり」
「そういえばそうだったわ。こんなこと滅多にそんなことないわよね」
「……鈴仙、鈍い」
「………」
口にしてて確かに普段より対応が良いと気付き、苦笑いを張り付かせたまま閉口してしまう鈴仙。それを見て、大袈裟に溜め息を吐くてゐ。
「でも、良いことじゃない。歓迎されているなんて」
「……甘い」
またも、小声で呟く。その呟きに、鈴仙はてゐの手と口元を覗き込む。
「あ、まだお菓子持ってたの?」
「なんで甘いイコールお菓子かな。違うわよ。裏があるんじゃないかな、って言ってるの」
その意見があまりに想像外だったらしく、鈴仙はビクリと身を震わせて立ち止まる。
「裏って、どんな? お金を安くする為?」
「そんなせこいこと里ぐるみでやるとは思わないけど……」
呆れた顔で鈴仙は笑う。考えすぎだと思ったのだ。そんな鈴仙の反応にてゐは不満を憶えたが、鈴仙が別の話題を持ち出したので話は流れてしまった。
「そんなことより、私は今日の夕飯が憂鬱よ」
「え、なんで?」
鈴仙の言葉に、てゐは首を傾げる。
「……野菜は嫌いじゃないけど、生野菜だけっていうのは味気ない」
本日、永琳と輝夜が外出の為、食事が生野菜オンリーという質素な手抜きディナーとなっていた。このディナーとなると、ただ静かな屋敷にポリポリシャキシャキという効果音だけが飛び交い、皆無言なので不思議と孤独感に満たされたりする。
「野菜美味しいじゃない」
「私は穀物と、できれば肉類も食べたいの」
「野蛮ー」
「文明人は肉を食べるのよ」
「鈴仙は兎じゃない」
「うっ」
そんな雑談を続ける。
と、そこでてゐは思い付き、ビクンと全身を震わせた。
「どうしたの?」
「も、もしかして……」
少し血の気の引いた顔で、てゐが思案する。
「ん? 何?」
それに、何気なく鈴仙が聞き返した。
「私たちを……食べようとしてるとか」
てゐの出した予測は、そこに至った。
その言葉を聞いて、少し唖然としてから、鈴仙は呆れた顔で笑う。
「何言ってるのよ」
「だって、お菓子くれたりなんて滅多にないことを、沢山の人が同時にするのよ! ほら、人間って兎を食べるじゃない。だから、太らせて食べるつもりなのかも」
「考えすぎだって。私たちだって、そんなに嫌われてるわけでもないだろうし」
そう口にしてから、自分と人間との関わりを少し思い返してみる。
「そりゃ、私だって竹林に迷い込んできた人を追っ払ったりするけど」
「私も、この前竹林で遊んでた子供を嘘吐いて追い返した……」
お互いにそんな状況を確認しあって、そういえばそんな好意的でもないなと思い至る。
「……好かれることしてないわね、そういえば」
「うん」
ちょっと沈黙が漂う。
「……兎鍋」
「縁起でもないわよ」
ポツリとてゐが口にした言葉に、鈴仙はゾクッと背筋が震えた。更に、呟きをてゐは続ける・
「……一旦竹林に戻って、他の兎差し出したら見逃してくれるかしら」
「食べられる前提で話さない。そして、仲間を差し出さない」
「でも、私リーダーだし。それに、我が身がとっても可愛いし」
「……嘘の吐き過ぎも駄目だけど、正直に言い過ぎるのも場合によっては駄目ね」
そんな疑心暗鬼なてゐを、鈴仙は引きずって次の家へと向かった。
その会話の後の一軒目。オヤツを勧められた。受け取る。
「鈴仙?」
「偶然でしょう」
てゐは不安そうだった。
二軒目。夕飯には早いけどと、蒸かした饅頭を勧められる。断る。
「……鈴仙?」
「だ、大丈夫だって。気のせい気のせい」
てゐの不安が、鈴仙に感染した。
三軒目。夕飯を食べていかないかと勧められる。辞退する。
「……鈴仙」
「……偶然だって」
問い掛けが問い掛けの形を失い、返答にも自信が薄れていく。
四軒目。剥いた果物をいくつか出される。涙を呑んで遠慮する。
「………」
「……偶然」
何も問われなかったのに答えてしまう。さすがに、鈴仙も不安になってきたのだ。
五軒目。串に刺さった団子とお茶を用意される。一本と一杯だけ食する。
「………」
「………」
ついに沈黙が訪れた。揃って白い団子に何も付けずに食む。素材の甘さが口に広がった。
ここまで連続で食べ物を勧められたことは、未だかつてない。さすがの鈴仙も、てゐの言葉に信憑性を感じ始めていた。
そして二人は、上白沢慧音の家に行き着く。
「鈴仙。私は、ここで不安を解消しようと思う」
「……そうね。私もそうしたいわ。でも、襲われたら逃げられるよう、準備はしておいて」
もしも里ぐるみで兎を掴まえようとしていたのなら、慧音もそれに協力をしている可能性はある。それが不安だったが、その場合でも慧音だけは唯一参加せずに中立を保っている可能性がある。そう、てゐは踏んでいた。
二人は慎重に戸を開け、自分の中の警戒を感じさせないように声を出した。
「「お邪魔します」」
その声に、机に向かい書をしたためていた慧音が振り返る。
「ん? お、永遠亭の兎か。どれ、ちょっと待っていてくれ。今、薬箱を取ってくる」
そう言いながら立ち上がろうとするが、その状態の慧音に鈴仙が声を掛ける。
「あ、ちょっと待って慧音」
「ん?」
てゐとしてはもう少し様子を見たかったので、焦って声を掛けた鈴仙にちょっとだけ文句を言いたくなった。が、それは堪える。
振り返って二人を眺める慧音に、てゐは質問を投げかける。
「里の人間は……何か企んでいたりしない?」
「……何の話だ?」
きょとんとした顔で、慧音が応じる。その表情に、てゐは慧音が何も企んではいないと悟った。嘘吐きの勘、恐るべし。
そう思うと、てゐは里の人間が、慧音を通さずに企んでいる可能性へと思考をシフトさせる。そしてその予測の否定か、そうでなければ我が身の安全確保の為に、てゐは自分の不安内容を慧音に話すことを決めた。
「実は……」
今日の里の人の対応を語り、それについての不安を鈴仙が語る。自分のペースで情報を制御できないことが、ちょっとだけてゐは悲しかった。
「……ふっ!」
説明を聞き終えた慧音が、口から思わず息を吐き出す。何事かと思って二人が慧音の表情を覗うと、次の瞬間には慧音が腹を抱え……
「あはははははは!」
……笑い転げた。
そのあまりに珍しい態度に、二人は硬直してしまった。
「あはははは、ま、まさかそんな誤解をしてしまうとは、里の皆も思っていなかっただろうな……あははははは!」
とても愉快そうに、かつ苦しそうに慧音は笑う。
途中で慧音は何かを言いかけたが、笑いが邪魔をして言葉にならない。それなので、二人は慧音が落ち着くまで黙って待つことにした。
それからおよそ二分ほどで、慧音はようやく落ち着いた。
「ははは……しかし、その誤解をそのままにさせては、あまりに里の者が可哀想だ」
未だクスクスという笑いが治まらない慧音は、口元に手を添えたまま笑い声を溢している。
そんな慧音に圧倒されつつ、二人はジッと慧音の言葉を待つ。
「もっと単純に考えて良いんだ。里の皆の態度に裏なんてない。ただそれだけのこと」
その言葉に、カツンと頭を叩かれた様に、二人から表情が抜ける。
しばらくして、鈴仙はほうっと一息吐いて安心する。対して、てゐはまだ疑い深そうに訊ねかける。
「……じゃぁ、何でこんな親切なのよ」
その問いを受けて、慧音も一瞬だけ真顔になる。それから、一瞬だけ溜め息を吐いて言葉を紡いでいった。
「それはだな、お前たちが竹林で迷った子供を、竹林の外まで案内してくれたからだ。里の、特に迷った子の親御さんたちは感謝していたぞ。そしてその話が広まったから、二人が歓迎されているんだろうな」
その説明を受けると、今度は兎が真顔になった。その沈黙に首を傾げ、慧音が声を掛ける。
「どうした? 憶えはあるだろ」
「……あるには、あるんですけど」
「……なんか釈然としない」
邪険にして追い払った兎と、嘘吐いて追い出した兎とが複雑な気持ちになる。
「まぁ、そんなわけだ。変に怪しまず、あまり遠慮もせず、里の皆の好意に甘えていくと良い。その方が皆も喜ぶ」
そう話を締め括ると、慧音は薬の補充を受けて代金を払い、再び机に向かってしまった。
その後二人は、最初はまだ僅かに怪しみながら、徐々にその懸念と共に遠慮を失って、里の皆の好意に甘えるようになっていった。そしてそうなる頃には、てゐが衝動、鈴仙が理性という役割を確立し、歓迎する側をささやかな葛藤で楽しませるようになっていた。
つい一軒一軒で長居をしてしまっていて、残り四軒という頃にはすっかり日も沈み、空には満月が嬉しそうにころころと微笑んでいた。
もう時間は夕飯時。慧音の家以後の歓迎はお菓子だったので、夕飯のことを考え控えめに食べ続けたので、まだ夕飯分の空きは残っていた。けれど、ふと鈴仙は思う。どうせなら、ここで食べていけば野菜オンリーよりはマシなのではないだろうかと。
「てゐ。ここでさ、晩ご飯が用意されたらさ、食べていかない?」
「んー。別にいいけど」
鈴仙の思いに気付いたので、特に断ることもなく頷いた。
しかし、その後の三軒では夕飯を勧められることなく、鈴仙は少し残念に思っていた。どうせなら、夕飯を勧められた時に頷いておけば良かったと後悔をしてきている。そう思うと、辺りの家や店から漂う夕飯の香りが、まるで毒のように胃をしめつけた。
「うぅ……何か食べたい」
「諦めて野菜食べればいいじゃない」
「この匂いを嗅いだからには、もっと調理してあるものじゃないと私の舌が満足しない」
「……我が侭ねぇ」
そして最後の一軒も、あえなく轟沈。茶葉を貰えただけであった。
家の中では普通に笑顔だった鈴仙だが、外に出ると項垂れてしまう。
歩くと香る、鰻やらうどんやらの良い香り。
「うどん……良い匂い」
「そういえば、月見うどんっていうものがあったよね。あれ、月にもあるの?」
「言わないで。食べたくなってきた……」
「鈴仙。しっかりしてよ、だらしないなぁ」
慣れぬ歓迎への喜びと、満喫しきれなかった悔しさとに挟まれ、鈴仙は贅沢な疲労感を感じていた。月での月見というてゐの冗談に、ツッコミを入れられないほど。
と、突然うどん屋の戸が開き、中から良い匂いが溢れる。鈴仙は軽く地面に倒れそうになってしまった。
客が出て行く。そしてそれを、店主が見送る。
そして不意に、その店主が二人に目線を向けた。
「お、兎のお嬢ちゃんたちじゃないか」
垂れ流され続けるうどんの良い出汁の香りに、鈴仙は急速に空腹感を覚えていった。
「いやぁ、この前はウチの息子が世話を掛けたみたいだな。あれから、竹林に勝手に行くなとキツく言っておいたから」
この店主、迷い込んだ子の親であったらしい。
これはもしかすると、上手いこと言えばうどんを振る舞ってもらえるのではないかと、てゐは考える。そして何かを言おうとするが、それよりも先に店主が口を開く。
「その礼と言っちゃなんだが、うどんでも食べていかないか。食べていくっていうなら、腕によりをかけて調理するんだが」
二人は硬直した。
やがて風が吹き、二人はハッとして、お互いに顔を見合わせる。驚きを目線で確認しあったのだ。だが、不思議なことに驚きではなく、そこにはふわりとした笑みが浮かんでいた。
二人は小さく声に出して笑うと、店主へ向き直り、声を揃えて応じる。
「「月見うどんをください」」
二羽の兎は、人の里で無邪気に笑っていた。
私こんな作品大好きです♪
次回もこういう作品だといいな~なんて思っていたりww
だが俺は蕎麦派だっっ!!
本人達は邪険に追い払ったつもりでも、親からしたらきちんと叱って危険な竹林から追い出してくれた二人は恩人ですもんね。
良いお話でした。
でもうどんげいるじゃんw
ぐっじょぶ
騙されて1行目で帰るとこでしたw
カップじゃないやつ…
すごく、シュールですw
なんかウドンが食べたくなるようなお話でした。
そして慧音笑いすぎ。(笑)
気持ちはわかりますがね。(ぉぃ