Coolier - 新生・東方創想話

幻想ノ風 六つ風~動揺~

2008/04/11 13:50:50
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 この作品はシリーズものとなっており、今作だけでは意味が判らないと思います。
 作品集49~50に過去作品がありますが、そんなの一々読んでられるか!という方は、私のホームページに雑ではございますが、各話のあらすじが置いてありますので、よろしければご参照ください。










 雲が多く、日の陰り気味な昼過ぎ。博麗神社に多くの妖怪が集まっていた。
 そこにいたのは、霊夢、慧音、藍、永琳の四人に、レミリア、にとり、文という結界の三人、そして妖怪の山に訪れた二神の内の片方である八坂神奈子が加わった、合計八人である。予定では最低でも十人となるはずであったが、幽々子からは欠席の連絡があり、幽香に至っては音沙汰がない。ちなみに最低というのは、最大の場合には東風谷早苗と洩矢諏訪子が訪れるという可能性を考慮しての人数であった。
 本来なら来るはずであったが訪れなかった二人の妖怪の内、幽香は萃香の萃める力を受けてなおそれを拒絶し、現在は太陽の丘で昼寝をしている。もう一人の幽々子はというと、藍を通して「事態はほぼ完璧に把握しているし、私にはやらなければならないことがあるから欠席するわ」という言伝があった。また、他のメンバーを萃めた萃香はというと、天狗に事情を説明してくると言って朝一から出掛けている。
 ちなみにこの場にはいないが、レミリアに十六夜咲夜が、文に犬走椛が付いてきており、その二人には別室で待機してもらっていた。

「それで、どんな話なのかしら。こんな昼間に呼び出して」

 どのような話の為に呼ばれたのか、聞いて一笑する気のレミリア。興味はあるが場の雰囲気に呑まれて言葉のないにとり。そして、好奇心を鮮やかなまま表情に出してメモを取ろうとする文。
 好奇に溢れる表情を浮かべる面々を前に、事態を知る五人の顔は濃度の差こそあるものの一様に影がさす。
 そんな中で、永琳は涼しげな顔を無理に作って、説明を開始する。その話の最初の部分、つまりは幻想郷の危機という部分では、それぞれが驚きと好奇心を混ぜた表情を浮かべていた。

「はははは……とんでもない事態になってるね」

 渇いた笑いが響く。それは、つい最近幻想郷に越してきた神奈子の発言であった。信仰が弱まり新しい住み処を求め、新しい住み処を見つけ生活の環境が整い始めた矢先にこんな事態。自らが神とはいえ、自分の運命について誰かに問い掛けたくなってきていた。
 そんな調子で、全員がどこか浮ついた雰囲気を浮かべながら話は進んでいく。
 しかし、話が核心に入り、それぞれが結界であるという話に移ると、結界である三人の顔は一様に凍り付いた。それは文が手にしていたペンを取り落とすほど、結界の三人にとっては衝撃的なものであった。
 切れ目のない流れる水のような説明を永琳が終える。するとその直後、おもむろに立ち上がりながらレミリアが吐き捨てように怒気を口から吐き出す。

「とんだ茶番ね……くだらない!」

 言うや否や、レミリアは全員に背を向けて部屋を出ると、傘を開いて一人飛び去ってしまった。

「レミリア!」

 霊夢が叫んだが、既にレミリアは見えなくなっている。
 レミリアが席を立った後、重い沈黙が流れたが、新たに誰かが席を立つことはなかった。ここまでは順調だと、永琳は考える。

「さて、いなくなってしまったのなら仕方ないわね。だったら、主の代わりに従者が聞いていきなさい」

 そう、永琳が淀みのない声で口にした。それが誰に対する言葉なのか、皆一瞬だけ判断がつかず、永琳をジッと見る。

「聞いているのでしょう、紅魔館のメイド長さん」

 すると、襖の開く音もなく咲夜が現れた。咲夜は、最初の段階からずっとこの部屋の周囲にいた。しかし、気配を悟られぬように時を止めて移動をしては、息を殺して聞き耳を立てていたのだ。それでも、その気配に藍と神奈子は気付いており、永琳は気配を察することは出来ないまでも、聞き耳を立てているであろうことは予想していた。

「聞くなと言っておいたのに、時を止めての盗み聞きなんて感心しないわよ。話を聞くのなら、主の代わりに席に着きなさい」
「……私が聞いて、良い話なのでしょうか?」

 先程までの話を聞いていたのだろう、咲夜の顔は平静に見えるものの、よく見れば普段よりも血の気が薄れている。

「必要か不必要かに関係なく、従者は主の為になるであろう情報は知っておくべきでしょう。良いのか悪いのかは知った上で考えなさい」

 主の為と言われては、咲夜はそれ以上何も言うことが出来なかった。

「私から、十六夜だけでなく、新しく話を聞いた河城や射命丸、そして八坂様に言っておきます。もし知ってしまったことを忘れたくなったのなら私に言って欲しい。その時には、私がこの話を聞いたという歴史を食い、忘れさせることができるはずだ」

 口にしながら、慧音は自分に神奈子の歴史を食うということが出来るのか、という不安が過ぎる。だが、その不安は口にしない。神奈子自身は、それを不可能だろうと察したが、余計な口出しはせずに沈黙を守った。
 全員が口を開かずにいると、話を始めても良いと見た藍が口を開く。

「それじゃあ、まずは私たちの結界となった時、そしてその結界としての役割を説明する」

 そしてそれから後の説明は、藍ではなく永琳が続けた。説明の巧さで、永琳を越えられる者がいなかったからである。そしてその巧さ故に、永琳の言葉はこの突拍子もない事態でさえ、強い真実味を持って三人に伝わった。
 その説明が信憑性に富めば富むほど、この話自体が嘘だと思えなくなる。そんな微かな恐怖が、にとりと文の顔を僅かばかり引き攣らせ、表情を奪い去った。
 永琳が話を終えると、今度はその後に藍が言葉を続ける。

「さて。それじゃ、にとりと文。お前たちのこと、ここで話して良いか? 聞かれるのが嫌だというのなら、後で一人一人に説明をするが」

 それに文は首を振る。続けて、にとりもここで説明をしてくれと藍に言った。

「そうか。では」

 そうして、藍は説明を始める。これより先はまだ藍しか知らない為、永琳が代わりに話すということは出来ない。
 それは、まとめると以下のようなことであった。

 にとりは結界として、そして河童の子として生み出された。この世界に生を受けた最初の段階で、結界となる智恵や力が組み込まれ結界となった存在である。結界として与えられた役割は、河童の監視と科学の管理となっている。
 その生まれ方は、ゼロから生み出された霊夢や、かつて存在した鬼という情報を基に生み出された萃香とは違い、元々存在していた何かに結界の要素を付加させられた形となっていた。なので、それは永琳や慧音のそれに近い。
 続く文は、その結界としての生まれと役割はにとりと似通うところが多く、特に生まれ方に関しては河童という単語を天狗に置き換えれば説明が終わってしまうほどに似た存在となっている。また、その役割は天狗の監視と情報の管理である。
 この二人の多い似通う部分と僅かな差異から、もしかすると二人で一つともいえる結界なのかもしれない。そういう推測で、紫の書での説明は結ばれていた。

「以上が、二人の説明だ。後はレミリアの話だが……レミリアがここにいない以上、ここで話すのは止めよう。咲夜、後でお前だけが聞いておいてくれ」
「えぇ」

 そう締め括ると、二人は重い表情で口を閉ざしていた。だけど、それでもどうにか顔を上げて、文が口を開く。

「……正直なところ、記憶が消してもらえるのならそれが一番ありがたいかな、って気持ちですねぇ」

 僅かに震える声と手。しかし、いつの間にか拾い上げたペンで、文は文花帖に今聞いたことを記していた。

「でも、私はこれで新聞記者なんです……記者としての、意地がある。どんなに不味い情報でも、見聞きした情報をみすみす手放す気はないんですよ」

 血の気の引けた青い顔。それでいて、ぎらつく瞳で強がる。貪欲なまでに情報を手放したくないという、信念と意地。
 それを聞いて、にとりも大きく呼吸をしてから言葉を紡ぐ。

「私も結構滅入ってるし、嘘だって言ってくれるのならそれを信じたい……でも、なんでか嘘じゃないってのが判っちゃうんだよね。だから、しばらくは悩むかも知れないけど、今は消さなくて良いよ」

 文の言葉を聞いて、にとりも記憶を消さない決意を固めたのだ。色々な、それも自分の人生そのものを変えてしまうようなとんでもない話を聞かされたばかりで、二人の頭は少なからず混乱を起こしている。だが、それでも二人は取り乱すことなく事実を受け入れる覚悟を決めた。
 そんな二人を見て、霊夢は思う。結局この話を聞いた際に取り乱したのって、自分だけなのではないか、と。レミリアは怒って去りはしたものの、自分のように泣き叫ぶことはなかった。

『私が一番、子供っぽいみたいじゃない』

 気恥ずかしくなり、そっぽを向く。だが、事実一番年齢が幼いのは霊夢であるので、仕方がないことだろう。
 この二人に、永琳は結界修復の作戦を説明し、その際には山に篭もり、決して外には出ないようにと告げた。妖怪の山は多くの神や妖怪の棲まう堅牢な要塞である。その中でも、天狗や河童は大きな組織であり、その中にいることが二人にとってはこの上なく安全なのだ。
 戦えない理由については、神奈子と萃香がどうにか上手く説明を付けるということになった。結界であることを、にとりと文が自分の周りに知られたくないと言ったからである。
 なお、自分の周りに結界であることを隠したいと言った者は、この二人と霊夢の三人であった。にとりは河童に、文は天狗に、霊夢は魔理沙やアリスに自分のことを隠したいと思ったのだ。また、本来は隠したいと思っていた咲夜には知られてしまい、少々気まずく思っていた。
 さて、話を聞き終えたにとりは、大きな呼吸をして頭の中をまとめていく。

「……仕方ない、か。判った、全てが決着するまで山の中で待機しているよ」

 どこか口惜しげに、にとりが答える。
 仲間を守れず、守られるしかできないこと。それが、どうしようもなく悔しかったのだ。

「どうしようもないのなら、そうですね。私も自分の部屋に篭もることにして、新聞でも書くことにします」

 一方の文は、まだ少し青い顔をしているものの、気楽そうに答えた。




 この後、文とにとりの二人は頭の中を整理すると言って早々に帰っていった。
 残った神奈子は、永琳や慧音と妖怪の山での戦闘についての相談を始める。白玉楼の戦力を考えて自分は白玉楼へ行こう、などというやりとりが聞こえてきた。
 霊夢は、藍と紫の書の最後を読んでやるべきことを相談しようと思ったのだが、藍が咲夜にレミリアのことを話しているのだと気付き、手持ちぶさたになり境内の掃除を始めていた。すると、階段を全力で駆け上ってくる影が一つ。

「あら、妖夢じゃない。どうしたの?」
「霊夢、はぁはぁ、あの、料理の、はぁはぁ」
「落ち着くまで待っててあげるから、深呼吸でもしなさい」

 その言葉を聞いて、妖夢は十回ほど深呼吸をして呼吸を整えた。

「ありがとう」
「それで何の用?」
「あぁ、精進料理……というか、身を清めたり、力を蓄えたりする様な料理のレシピを貸して欲しい」

 急いできたことから、何か今回の事件に関係するものなのだろうと思っていた霊夢は、目を見開いてぽかーんと固まってしまった。

「……なんで?」
「幽々子様が昨日から沢山食べて力をつけるのだと仰られ、今日は力を付ける為の特別な食事を用意しろと仰られたので」
「あ、あの亡霊……食い道楽の良い機会とか思ってんじゃないでしょうね」

 喜色満面で様々な物を食べていく幽々子の顔を思い浮かべ、霊夢のいつの間にか精一杯の力で箒を握り締めていた。

「れ、霊夢? 顔が、かなり、恐いですよ……」
「重大な話を欠席した理由が食事ならそりゃ怒りもするわ!」
「わぁ! 私じゃないから私に怒らないでぇ!」

 霊夢があまりに恐ろしい顔で怒鳴るものだから、妖夢はびくりと身を震わせてしまう。

「はぁ……まぁいいわ。今持ってくるから待っていて」
「ありがとう」

 面倒そうにそう言うと、霊夢は箒を鳥居に立てかけてレシピを取りに行った。妖夢の求めるような本は十冊以上もあったので、選別を手間に思い、指の触れたものを三冊ほどを引き抜くことにした。
 それを渡すと、妖夢は深々と頭を下げる。そしてそれから、気になっていたことを霊夢に訊ねた。

「ところで、結局今日の大事な話ってどんな話だったの?」

 その問いに、霊夢が固まる。

「……妖夢。もしかしてあんた、幽々子から何も聞いてないの?」
「え? 何か近い内に忙しくなるとは仰っていたけど、詳しくは何も。でも、宴会か何かについてじゃないの?」

 妖夢のあまりに平和な発言に、霊夢の中にあったマグマの様なストレスがグツグツと煮立っていく。そして、しばらくの沈黙を挟んでから、それは噴火した。

「……あ、あんの痴呆亡霊がぁぁぁぁ!」
「ひゃぁ! な、何っ、何っ!?」

 霊夢が怒り出した理由が判らずおたつく妖夢。そしてそんな妖夢に対して、色々と怒鳴り散らしたいのを奥歯を噛み締めて霊夢は堪える。こののほほんとした妖夢とその主を、可能ならば今すぐにでも殴ってしまいたい程に頭が沸騰していた。

「……あんたはすぐに白玉楼に帰って、これから何が起こるのか幽々子にしっかり全部聞いてきなさい! これから起こるのは宴会なんかじゃなくて、幻想郷の存亡に関わるような大異変よ!」
「……え、えぇぇぇぇぇ!?」

 自分の考えとあまりに違う回答に、短い沈黙の後に妖夢は悲鳴を上げた。
 ちなみに妖夢の中では、この大食いは宴会芸の準備か、それにかこつけた食い道楽だと思っていた。
 妖夢はレシピの礼を述べると、行きよりも慌ただしく階段を下って去っていく。その後ろ姿に、霊夢は頭を掻きながら深い溜め息を吐くのだった。




 鳥居とは逆方向にある神社の裏手。そこに藍と咲夜はいた。
 藍は言い辛そうな顔を浮かべつつ、咲夜にレミリアについてを語り始める。

「お前は、吸血鬼異変というのを知っているか?」
「それなりには。以前にパチュリー様から聞いたことがあります」
「そうか」

 目線を逸らし、口ごもる。何度か言いかけて息を吸っては、大きく息を吐くということを繰り返す。それを、恐ろしい話をされると判っているだけに、咲夜も急かすことが出来ずに沈黙を守っていた。
 一分ほどしてから、ようやく藍は重い口を開く。

「……本物のレミリア=スカーレットは、その吸血鬼異変の際に死亡している」
「……はっ?」

 突如紡がれた言葉は、あまりに突然で、咲夜はすぐに理解をすることが出来なかった。

「なっ!? そ、それはどういうこと!?」
「落ち着け。私だって詳しくは知らないし、紫様の書にもそれ程細かくは書いていなかったが、少なくとも書いてあったことは説明してやるから」

 そう言われ、咲夜はどうにか自分の感情を抑え、平静な顔を作る。だが、僅かに震える手と、額に滲む汗は隠しようがなかった。

「あの吸血鬼姉妹が、屋敷ごと外の世界から移り住んできたことは知っているな?」
「えぇ」
「かつて幻想郷に吸血鬼という種族が訪れ、勝手気ままに暴れ回った吸血鬼異変。その時に吸血鬼は、周囲の妖怪は勿論、同族である吸血鬼同士でさえ争ったとされている」
「そこまでは聞いた通りだわ」

 それはスペルカードルールなどの形式が導入される前の戦闘であり、その戦いは娯楽としてのものでありながら、殺し合いの意味を強く持っていた。
 巻き込まれて命を失った妖怪もいれば、戦い殺された妖怪も少なくない。人間も勿論殺された。吸血鬼につく妖怪、対抗する妖怪。それは、まさに戦争であった。
 しかし、強力な力を持ちながら同族での協調性に欠ける吸血鬼たちは同族同士の争いでその数を減らし、最後には力を持つ幻想郷の妖怪に屈することとなった。
 その後、吸血鬼は幻想郷内では人を襲わぬという契約をすることとなる。それからその契約を煩わしく思った者や、あるいは外の世界に興味を持った吸血鬼などは少しずつ幻想郷を離れ、今ではスカーレット家ほどしか残っていないのが現状である。

「そしてレミリアも、そんな同族の争いの中で殺されたと書いてあった」

 咲夜の中で、レミリアは特別な存在であった。それこそ、他の吸血鬼とは一線を画する程に強く、気高い存在であった。

「同族って……お嬢様が遅れをとった、と?」
「さぁな。悪いが、私はこの異変が起きていたであろう間、ずっと外の世界にいたんだ。紫様の命令でな。だからこれ以上は知らないんだ」

 この当時、藍は紫の命令によって外の世界に出ていた。その命令というのは、外の世界を飛び回って各地の戦争に関する情報を集めるというものであった。これの理由は、紫が幻想郷を安定させる方法を考える上で使える情報を欲し、その参考として外の世界の戦争に関する情報を集めさせたのだ。

「そう……それで、どうしてお嬢様は生きているの」
「あれは完全なレミリアではなく、その死後に冥界に行かなかったレミリアの魂と、レミリアのすぐそばにいたフランドールの思い描いた姿とが混ざり合い、結界として生み出されたレミリアなのらしい」
「妹様の思い描いた?」
「たぶん、そこにレミリアを知る人物が他にいなかったのだろう。だから、結界としてのレミリアを生み出す際に使える情報が、フランドールのものしかなかったんじゃないかと思う」

 魂と器が揃わなければ、現世を生きることはできない。けれど、レミリアはその肉体の損傷が激しく、利用することが困難であった。臓器を含め、無事な箇所なんてほぼなかったのだ。その為、レミリアのことを知る人物から、容姿、性格などの情報を引き出して、新たに器を生み出すこととなったのである。
 話を聞いて、咲夜は唾を飲む。その唾は、やたらと苦いものに感じられた。

「それから、レミリアの持つ役割は、その吸血鬼異変の生き残りであるフランドール=スカーレットの管理だ」
「管理なんて……というか、妹様一人の為だけに?」
「管理をしなければならない程にフランドールは危険な存在であると、結界が判断した結果なんだろうな。大きな力を持ちながら、それを制御するには未熟なようだし」

 フランドールのその未熟さを補う部分。それが、結界として生み出されたレミリアの役割であった。
 目を伏せ、青い顔のままで最後に一つだけ訊ねる。

「……お嬢様が死亡したということを、妹様は?」
「駄目だ。紫様の書にはそれ以上書いてなかった」
「……そう……判ったわ、ありがとう」
「悪いな」
「いえ」

 苦しげに呼吸をしながら、咲夜はどうにか自分を落ち着ける。そして、短く無感情に礼を述べると、一人紅魔館へと歩み去っていった。
 この日、咲夜は回り道をした。紅魔館にすぐに帰ることができなかったのは、初めてのことであった。




 霊夢は妖夢と別れてすぐ、暗い顔で静かに去っていく咲夜を見送った。何かを言おうと思ったのだけど、咲夜は片手で何も言わないでくれと示し、小さな会釈を見せて階段を下りていった。どんな話をされたのか興味があったが、咲夜のあんな顔を見てしまっては、藍にレミリアのことを問い掛けることは気が引けてしまう。
 まぁ何にしても、これからのことを藍と話そうと考えた。しかし、藍は一旦家に戻ると霊夢に言い、神社から飛んでいってしまった。
 なんとなく手持ちぶさたである。中に入って永琳たちとの相談に口を挟んでも良い気もしたが、話の流れを邪魔する気がして躊躇われてしまう。
 そんなわけで、仕方なく境内を箒で掃いていると、階段をゆっくりと上ってくる人物に気付いた。石段よりも朱塗りの鳥居が合うような、花を想像させる色彩の服を纏った人物。

「あれ? 幽香じゃない」
「こんにちは、霊夢」

 それは朝の話し合いに現れなかった結界の一人、風見幽香であった。
 霊夢が幽香に気付き声を掛けると、幽香は穏やかな笑顔で返事をする。

「何でこんな時間に来るのよ」
「呼んだのはそっちの鬼でしょう。面倒だけど来たのよ」

 マイペースさが今は気に食わなかった。確実に白玉楼コンビの所為である。

「遅いのよ」
「何よ。何か苛立ってるわね」
「……気にしないで」

 八つ当たりをしている自覚があるので、ムスッとしたまま霊夢は口を閉じる。

「それで、呼んだ理由を説明してもらえる?」

 呆れた顔をして、幽香は自分の来た用事を果たそうとする。
 霊夢は自分が話してしまって良いのか、ということを少し考える。上手く説明できる自信がなく、また幽香の結界になった時や役割を詳しくは知らないからだ。

「……まぁ、いいか。それじゃあ説明するわよ」

 だが、悩み掛けた割に、あっさりといい加減な決定を下して説明を開始する。悩むのが面倒だったのだ。
 それは判りやすい説明ではなかったものの、一応理解はできるというものだった。

「ふぅん。なんだか大変なことになってるのね」

 聞いた感想がそれである。

「あんた気楽ね。自分が結界だとかって、なんとも思わないわけ?」
「ん? 私が妖怪でも、その話にあった結界だとしても、私が私であることに違いなんてないじゃない」

 そこまで言って、幽香は気付く。そして、にやりと嫌らしく笑う。

「なんだ、何か陰鬱そうな顔してると思ったら、そんなくだらないことに悩んでたの?」
「むっ」
「あはははは、かわいい」
「う、うるさい!」

 次の瞬間、幽香はパチンと指を鳴らす。すると、霊夢の頭に白く美しいマーガレットが数本咲いた。

「え、えぇ!?」

 頭に違和感を覚え、触ってみると何かが生えていた。引っこ抜いて眺め、霊夢はその時に初めて花が生やされたのだと気付く。
 ちなみに、この花は髪の毛に根を巻き付けるように生えている為、頭皮に根を張るようなグロテスクな事態にはなっていない。引っこ抜いても、髪の毛が一本抜けるだけである。

「これで少しは、いつも通りにお目出度くて春らしい頭になるかしら」
「馬鹿にしてぇ!」

 霊夢は自らの頭から引き抜いた花を乱暴に投げつけるが、風の抵抗で緩やかに花は幽香の手の中に落ちる。するとそんな花を幽香は優しく撫で、看取るように静かに枯らしていった。

「花に乱暴するのは良くないわよ」
「そんな一般論を言う前に、人の頭に花を生やすな!」

 言いながら残りの花も全部引っこ抜き、それをまとめて握ると地面に叩き付けようとする。だが、その前に幽香が霊夢に向けて手を伸ばしたので、霊夢は渋々と花を叩き付けるのを止めて幽香の手の平に乗せた。幽香の手の中に横たわる花々は、先程の花と同じように静かに枯れて砂となり、風に乗って舞い上がっていった
 それから二人は、なんとも他愛のない話を続けた。花がどうだの、食べ物がどうだのと。
 紫の話題が出ると、幽香は少しばかり残念そうな顔をする。そして、もっと沢山、思う存分戦ってみたかった、と小さく呟いた。その幽香の表情は、紫の死を悼むというよりは、単純に紫の消失を惜しんでいるように霊夢には映った。
 その後しばらくしてから、幽香がそろそろ帰るわと口にした。

「……結界になった話とか、役割とか、説明いいの?」
「興味ないもの」

 あっさりとしたものである。

「そう……あ、そうだ。あんた、紅魔館か白玉楼に行く気ある?」
「んー、気が向いたら」
「あ、意外」
「人をグータラみたいに」

 意識して苦笑いを作る。そんな顔に霊夢が小さく笑う。
 霊夢に背を向け、幽香は去っていく。

「それじゃ、またね。繊細な巫女さん」
「うっさい! ……またね」

 霊夢の怒鳴り声を聞いて、花の妖怪は花のようににこにこと咲きながら、のんびりと神社から去っていった。




 白玉楼への帰路を全力で駆け抜けていく妖夢。するとその道の途中で、最近足繁く白玉楼に通ってくる道具屋の店主、森近霖之助と出会った。

「あ、香霖堂の」
「ん? あぁ、こんにちは、妖夢」

 妖夢は霖之助の前で急ブレーキをかけて止まると、霊夢の時同様に深呼吸をしてから話し始めた。

「お疲れ様です。まだ荷物があるんですか?」
「あぁ、まだまだあるよ。面倒で仕方がない」

 八雲紫に頼まれたという、数多く雑多な代物の数々。
 本当なら直接スキマから運べば良い物を『あなた運動不足でしょう。だから、意味はないけど労働なさい』という理由で、わざわざ紫は霖之助に仕事を与えたのだ。
 ちなみに対価は美味しい酒と平和だそうな。

「あ、そう言えば森近さんは、近々起こるっていう異変をご存じですか?」
「ん、さてね」

 咄嗟に目を逸らしてしまい、しまったと気付く。

「知ってるんですね」
「……僕にこの荷物の運搬を押し付けた妖怪から、それなりには聞いたかな」

 気まずげに、ぼそりと霖之助は返した。

「それについてを、いくらか教えてもらえませんか?」
「生憎、教えられるほどには詳しくない。君は君の主に聞くのが良いだろう」
「うぅ、霊夢といいあなたといい、何故そんな不親切」
「今回の異変で、君が教えを乞うべき相手に僕や霊夢は不適切だということだ」

 自分が言うべきではない。そう思っている霖之助は、なかなか頑固であった。

「誰に聞いても同じです」
「違うとも。少なくとも、情報の信頼性が多いに異なる」
「……むぅ」
「それじゃ、まだ用事があるから僕は行くよ」
「え、また来るんですか?」
「いや、今度は永遠亭に運ぶものがあってね」
「色々出歩きますね。いってらっしゃい」
「いってきます……ってこの挨拶はおかしい気がするな。まぁいいか」

 そんな会話を残し、霖之助は白玉楼へと続く階段を下りていった。




 時間は、少しだけ遡る。
 妖夢が白玉楼を出てしばらくしてから、白玉楼には客として霖之助が訪れていた。

「暑いわね」
「……暑いですね」

 季節は冬と春との境。決して暑いはずがない。
 それならば何故暑いのか。その理由は実に単純であり、霖之助と幽々子がここ白玉楼で働く幽霊の運んできた異常に熱い茶を飲んでいるからに他ならない。
 お茶を淹れた幽霊が勘でお茶を淹れた為に、湯の温度の調整が出来ていないのだ。それを我慢して啜るのは、負けん気か、あるいは冷めるのを待てないせっかちさからか。
 幽々子の頬を雫が伝い、服に落ちて染みを作っていった。
 しばらくして、お茶の熱さで中断された会話へと二人は戻っていく。

「……しかし、そうですか……やはり八雲紫は」
「えぇ、死んだようね。でも、冥界に魂がまだ来ていない」
「ということは、何かまだ悪戯を残しているのでしょうか」
「それは有り得るわね」

 白玉楼の主と道具屋の店主は語り合う。その内容は、昨日藍から受け取った手紙の内容であった。
 昨日中には手紙を読むから、明日にでも話をしましょう。そういう誘いを受け、荷物を届けてすぐ帰るハズであった霖之助だが、今日はのんびりと話を聞くことにしたのだ。

「事態については、博麗の巫女と紫の式神がどうにかするらしいわ」
「あの二人も……災難だな」

 お茶を啜りながら、困った顔で頑張っている二人を想像して、手に持った湯飲みのお茶に苦笑いを浮かべた。

「これから、どうなると思いますか?」
「どうにかなると思っているわ」
「どうにかなる、ですか」

 言葉のいい加減さに、霖之助は頭を掻く。

「そこで、どうにかする、にはならないのですか?」
「私には私の役割があるもの」
「お客様ですか」
「違うわよ。お嬢様よ」

 そう言って、クスクスと笑う。霖之助も呆れたように、けれど愉快そうに笑った。
 紫の死。そして大異変。笑い話ではないのだが、二人にはどこか「なんとかなる」という思いが頭の中から離れない。だから、楽天的になる。

「……安心しました。あなたが、意外に平気そうで」
「あら、そう見える?」
「……半分、冗談です」
「気になる言い方ね」
「性分です」

 茶菓子として出された饅頭を、二人はほとんど手を付けずに話を進めていった。

「それでは、そろそろお暇しましょう。まだ用事を残しておりますので」
「あら、そうなの。残念ね」
「また明日に来ます」
「それもそうね。それじゃぁ、また明日にでも」

 そんな挨拶を交わし、霖之助はすくっと立ち上がるとそのまま白玉楼から出て行ってしまう。実に呆気のないものである。

「ふぅ……」

 そんな霖之助の背を見送ってから、幽々子は大きく息を吐いた。
 相変わらずの笑顔のままで、空を見上げ、呟く。

「……ねぇ、紫。私、やっぱりあなたの死が悲しいみたい」

 冥界の亡霊である自分が、誰かの死を悲しむことになるとは思っていなかった。だというのに、今の自分は悲しんでいる。そう自覚して、幽々子は満足そうに笑う。

「涙が……さっきから止まらないの」

 笑顔を伝うそれは、先程から止まろうとはしない。
 目元から溢れ、輪郭をなぞってから服へと沈んでいく涙。それに最初、幽々子は気付いていなかった。霖之助と会って会話をしている内に、服が濡れて、ようやく涙に気付いたのだ。
 幽々子の中に、虚脱感と満足感が暴れる。紫を失ったことは、あまりに苦しい。けれど、紫のことを悼み惜しむ心があったことが、どうしようもなく嬉しかったのだ。

「あぁ、寂しくなるわね」

 珍しい弱音。だけど、今はそんな弱音に沈んでいたかった。紫への自分の思いを感じる為に。
 霖之助がいなくなってから数分という時間が経って、お使いに出していた妖夢が帰ってきた。そして、幽々子の涙を見て、一瞬だけ固まる。

「幽々子様!」

 叫び、傍に寄る。そんな妖夢を、幽々子はほんわかと眺めていた。

「何が……まさか、森近さんが!?」
「妖夢。確信もなく殺意を抱くものじゃないわよ。そして違うわ」
「す、すみません……でも、では何故涙を?」
「そうね」

 まだ、妖夢に言ってしまうべきなのかを悩んでいた。妖夢がまだ未熟だからと、事実を教えてしまうことを躊躇っていたのだ。
 けれど、そんな過保護のできる状況ではない。そう思うと、幽々子は自分の涙を拭ってから深く呼吸をした。涙は止まないが、幽々子はひとまず自分を切り替えることができた。

「いい、妖夢。これからする話は、とても大事なもの。覚悟して聞いてね」
「え、あ、はい!」

 ついていなかった決心をつけて、幽々子は妖夢に語る。
 自分のことと、そして、これからのことを。




 永遠亭に続く竹林を、霖之助は荷物を片手に一人で歩いていた。スーツケースに入ったそれはずっしりと重いが、持ち運ぶ上で特に支障はない。それに、今日まで白玉楼に運んできた荷物と比べれば、遙かに軽く持ちやすい。

「……鍛えられていたのか?」

 自分の腕が引き締まったのを今更ながら実感し、自分を鍛えようとしていたのが紫の狙いなのではないかと思い始めていた。
 そんなことを考えながら歩いていると、何時の間にやら目的地であった永遠亭の目の前まで辿り着いていた。

「さて……えっと確か、変わった耳をしたバニーガール……だったか?」

 紫に言われた、この荷物を渡す相手である。

「ここのほとんどは兎と聞くが……変わった耳とはいったい?」

 頭の上で蝶々結び。トゲトゲ。無数にある。平べったい。そんな様々な耳を想像し、霖之助は何か気味の悪い兎なのではないかと思うようになってきた。

「そこの人。何の用事ですか」

 と、キョロキョロと、入り口の前で不審だった霖之助に、一人の少女が声を掛ける。
 その少女の兎の耳は、若干萎れていた。

「……変わった耳」
「はい?」

 思わず溢れた霖之助の呟きに、首を傾げる兎の少女。

「もしかして、君が鈴仙という月兎なのかな?」
「はぁ。私が鈴仙ですけど」
「そうか、それは丁度良かった。君に渡すものを届けに来たんだ」

 そう言って、手に持ったスーツケースを突き出す。

「私にですか?」
「あぁ。八雲紫から君への贈り物だ」
「な……なぁ!?」

 送り主の名に、月の兎は全身を震わせた。




 魔法の森の入り口の、香霖堂のすぐ近く。そこに、天狗たちに話をつけてきた萃香がいた。萃香は自分の萃める力を使い、ここに魔理沙とアリスの二人を招いている。
 しばらくして、二人の魔法使いが揃って現れた。

「お? 萃香じゃないか。奇遇だな」
「こんにちは」
「おぉ、魔理沙にアリス。偶然だねぇ」
「ふん、白々しい」

 アリスは招かれたことに気付いているようであったが、それ以上何かを言うでもなく、呼ばれた理由についての説明を待つ。

「丁度良い。二人に話しておかないといけないことがあったんだ」
「話? どんな?」

 早速魔理沙は食いつき、アリスは興味なさそうな目で、けれどしっかりと話を聞く体勢を取る。
 そんな二人に、萃香は笑顔のままで語る。

「八雲紫が死んだ」

 その一言は何気なく、理解するのに十秒という時間が掛かった。そして理解すると同時に、二人の顔から血の気が引いていく。

「……なっ、何ぃ!」
「………っ」

 驚愕に彩られる表情。二人とも、寝耳に水の出来事だったようだ。

「八雲紫が……」
「嘘なんだろ、萃香! それは!」

 少しだけ、萃香の無理な笑顔がひび割れる。

「魔理沙。私たち鬼が、嘘を吐くわけないでしょ」

 紫の死を告げるという心理的な重圧からだろう、萃香の声から表情が抜けていく。

「うっ!」

 それに気付くと、魔理沙は一歩後ずさる。そして二人は、迂闊なことを言ってはいけない空気を感じた。

「これから言うことは、結構耳に痛い話になると思うけど……覚悟して聞いて」

 笑顔を浮かべようとする萃香の表情は、酷く痛々しいものであった。
 萃香は、自分の知る事態を二人に語る。結界という存在についてのみを隠して。

「……幻想郷が、なくなるってこと?」

 疑わしげにアリスが言う。信じられないというよりも、信じたくないという思いからだ。

「……未だに本当なのか嘘なのか、誰も確信を持ってない」

 だけど、嘘と思えない。そう言いたいのだが、そういうと結界に関する話をしなければならない気がして、萃香は言い淀む。

「どうせ嘘だろ、あの妖怪が言ったことなら」

 一蹴しようとして、失敗する。魔理沙の顔は、無意識に引き攣ってしまったのだ。心のどこかに、紫がそんな嘘を言うとは思えないという、否定したい信頼が蠢いていた。

「……アリス、魔理沙。二人がどう思っても構わない。でも、私たちはそれを信じることにしたから、それを防ぐように行動する。協力してくれるか、あるいはその時だけ幻想郷離れて安全な場所に行くか、どっちかを選んで欲しい」

 その真剣な目に、魔理沙は悩む。だが、アリスは毅然としたものであった。

「信じたくないわね」

 素直に、自分の気持ちをアリスは吐く。

「でも、それが万が一本当だった時に、自分の居場所を他人に守られるのは嫌。だから、私はその真偽の判らない話に混ぜてもらうことにするわ」

 萃香の想像よりも簡単に、アリスは協力を選んだ。

「ありがとう。アリス」
「別に。感謝される憶えはないわ」

 目線を逸らし、ふんとアリスは鼻を鳴らす。馬鹿なことをしているという思いと、素直に協力すると言えなかったことへの照れ隠しであった。
 その会話が終わると、二人の視線は魔理沙に向けられる。選ぶ答えは判っているが、魔理沙が何というのか、二人には興味があったのだ。

「……あ、あぁ……」

 魔理沙は唸る。それは、答えを選ぶ迷いから出たものではなく、何と言うべきかという迷いからのものだった。アリスが先に答えてしまったからだろう、似たように言うと真似したみたいで恥ずかしいのだ。
 真偽についての迷いはあった。けれど、アリスの言葉を聞いて、情けないほど呆気なく、魔理沙の中で答えは決まってしまった。

「し、仕方ないな。私の力が必要だって言うなら、力を貸してやらないこともないぜ!」

 照れ隠しの為、語尾が強まる。
 そんな様子に、思わず萃香は笑い出す。無理に笑顔を作っていた反動か、その笑いはやけに大きく、大袈裟なものとなった。その大笑いの意味が判らず、呆然とする魔理沙。意味を理解して、薄くくすくすと笑うアリス。

 こうした萃香の活躍によって、天狗たちと二人の魔法使いの協力を、霊夢たちは得た。作戦遂行の準備は、着々と整っていく。




 その日の夕刻。
 魔理沙やアリスが話を聞いたとは知らない霊夢は、藍と共に紫の書の続きをめくっていた。
 そこに書かれている内容に、二人は息を呑んだ。

 ・結界修復の開始は次の満月の日の夕刻。
 ・結界の修復に掛かる時間はおよそ二時間。

 この指定を見て、二人の顔からは血の気が引いている。
 次の満月まで、あと六日しかないのだ。

「ば、馬鹿! なんでそんなギリギリなのよ!」
「お、落ち着け霊夢! あ、あぁ……あと、六日……いや、今日はもう終わるから、あと五日……」

 霊夢を落ち着かせようとしている藍さえ、混乱で頭を押さえてしまう。
 この時に二人は気付いていなかったが、この時間の指定は、レミリアやフランドールなどの日光を嫌う妖怪を存分に戦わせる為のものであり、満月というのは妖怪たちの力を最大限引き出せるようにという狙いからきたものであった。そう細かく説明しないのは、相も変わらず、この二人を混乱させたかった紫の悪戯心によるものなのであろう。
 想像以上に急な事態に取り乱し、二人はこの後十分ほどまともに会話を進められなかった。

 呼吸を乱しながらも少し落ち着いたところで、二人は改めて紫の書を読み進める。すると日時の指定に続いて、霊夢がやらなければならないことが書かれていた。

 ・結界の仕組みの理解すること。
 ・結界に穴を空け、外の力を入れること。
 ・結界修復の技術を身につけること。
 ・結界修復のための準備をすること。
 ・雨除けの祝詞を身につけること。

「やることが多いし、なんで私がこんな重大なこと一人で全部なのよ!」
「それはお前が博麗の巫女だからだろう。そんなことより、私はこの雨除けの祝詞というのが気になるぞ」
「そんなことって気軽に! ……雨除けの祝詞? 満月の日に雨が降るのかしら?」

 怒鳴ってから、何故雨除けなんかをするのかと霊夢が首を傾げる。

「そうじゃなくて、何故雨除けで祝詞なんかを詠むのかってことが気にならないか?」
「逆雨乞いをしろってことでしょ?」
「……いやまぁ、そうだろうとは思うが……しかし、そこでわざわざ祝詞と言うか?」
「深く考えなくて良いのよ、こんなこと。深く考えれば考えただけ、あいつの術中に嵌ってあたふたするんだから」
「……何かそれが狙いであるように思えて仕方ない」

 藍が完全に疑心暗鬼になっていた。

「雨ねぇ……満月と雨が、関係しているのかしら」
「満月が隠れると不都合というと……雨なら吸血鬼姉妹、月なら永遠亭という感じだな」

 うーんと、二人は顔をしかめつつ思案を開始する。

「だぁ、判るか!」

 そして三十秒と経たず霊夢は諦めた。

「いいの! 真意なんて判ろうが判るまいがやることは同じなんだから!」
「……いっそ清々しい開き直りだな」
「明日から準備始めるわよ、藍!」
「手伝うのが決定してるのか!?」

 無論手伝う気ではあったが、こうも手伝うのが当然とばかりに言われると戸惑ってしまう藍であった。
 そんな開き直りから、二人は紫の書の最後までを読み通す。そして最後に、一際真剣な一文が書かれ、それでこの書は締め括られていた。

『それじゃ、これで最後になるけど、霊夢、藍。あなたたちは、決して忘れないで。』

 綴られていたのは、完璧な計算の上で、自らのみを犠牲にして他の全てを守ろうとした存在の言葉。

『これからあなたたちのする戦いは、何一つ失わない為の戦い。それを、絶対に忘れないようになさい。』

 それは命令のようで、切実な願いであった。
 読んだ二人は、無意識に拳を握り、言いようのない思いを胸に抱いた。やるせないような、そんな思い。

「……やれるわよね、藍」
「やるしかないだろう。紫様の命令なんだから」

 紫は唯一人で過酷な未来を知り、自分に出来る限りのことを遂げ、後を任せ消滅した。それを思い返し、二人は再びやる気を燃やす。

 今日が終われば、あと五日。巨大な嵐は、もうすぐそこまで近付いていた。







 現在の布陣案
 ・博麗神社 霊夢、萃香   藍
 ・白玉楼  幽々子、幽香  妖夢、アリス、神奈子
 ・永遠亭  永琳、慧音   輝夜、鈴仙、てゐ
 ・妖怪の山 文、にとり    早苗、諏訪子
 ・人の里             妹紅、魔理沙

 説得中の勢力
 ・紅魔館  レミリア      咲夜、美鈴、パチュリー、フランドール
 まずはメンテの終了を喜び、虻さんには多大な感謝を。

 十七回目(改め)になります、大崎屋平蔵です。
 復旧したら消えてたので改めです。

 誤字の編集の際中にメンテに突入してしまったのが原因ではないかと。
 ……ここに何を書いたか良く憶えてないです……

 えっと、シリーズ物なのに作品集一つまたいでしまいました。筆が遅くて申し訳ないです。

 今作は多分にオリジナル要素が盛り込まれております。苦手な方、むしろ嫌いな方には申し訳ないです。
 また、やったらめったら長くなった上に、長すぎると読み辛いとかなり端折ってしまった感があります。これで読みやすくなっているのなら幸いなのですが。
 
 ここまでお読みいただきありがとうございました。
大崎屋平蔵
[email protected]
http://ozakiya.blog.shinobi.jp/
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コメント



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5.70電気羊削除
がんばろー、応援してるよー
18.90名前が無い程度の能力削除
おいおい俺はこんな名作を今まで見逃していたっていうのかよ……
今更だが、評価させていただくぜ!