切っ掛けは、たぶんあれ。空が飛びたくなった、っていうのだと思う。
暇があれば本を読んでいた。中でも、冒険ものや英雄譚を好む傾向が私にはあったように思う。
そしてそんな中でも、特別に魔法使いが素敵に思えた。
理由は……楽そうな割に強そうだ、って理由だった気がする。我ながらどうかと思う。
私の苗字は霧雨、名前は魔理沙。道具屋である霧雨店の一人娘。
道具屋だからなのか関係ないのか、私の家には沢山の本があった。本の内容の種類は幅広く、悪く言えば無節操という感じ。手当たり次第本を揃えたような印象があった。だけど、その感じが私は好きで、手当たり次第そこにある本を読んでいた。
そんなある日、私は特別面白い本を見つけた。一番高いところにあり手が届かなかった本が、地震だろうか、床に落っこちていたのだ。開いてみると、よく判らない呪文っぽいものが色々と書いてある。
「……魔法っぽい」
その本がなんなのかはサッパリ判らなかったけど、それがとても魅力的に見えた私は、それを持って隠れ家へと走っていった。
私の隠れ家は魔法の森にある。魔法使いがいるという理由で踏み込んだ際、魔法使いには会えなかったけど、空き家になっている一軒の家を見つけ、以来隠れ家にしていた。
魔法の森は、普通の人間にも妖怪にもあまり良い環境じゃないと聞いた。でも、何故か私にはそれほど悪影響はなかったみたい。体質的なものだと思う。それは幼い私にとって、魔法使いになる才能と運命があったからだと思うには充分だった。
その家には魔法使いらしい衣装があった。とんがり帽子に黒い服。うん、魔女っぽい。
そんな家を私は好み、暇を見つけては入り浸って発掘作業に追われていた。綺麗に整っているように見えて、妙な部分でごちゃごちゃしているから、発掘も楽ではなかった。また、掘り起こせば掘り起こした分、今度は私がごちゃごちゃにしてしまうので二度手間。
その家の中にある書き残された本を読む内に、ここに住んでいた魔女の名前が判った。魅魔というらしい。ただ、それ以外は正直なところ全然判らなかった。日記一つにしても、暗号めいていて解読が出来なかったのだ。
そんな風に魔法に憧れていた私の中で、革命とも思える事件が起きた。
「……人が、飛んでる」
私はポカンと口を開いて、目を真ん丸くして固まってしまった。
隠れ家からの帰り道で、紅白のおめでたい衣装に身を包んだ、恐らくは同世代であろう少女が、何気なく空を飛んでいたのだ。
妖怪? 妖精? 吸血鬼……じゃないと思う。もしかして、魔法使いなのかな?
そう思うと、胸が躍った。
「あら、どうしたの?」
と、興奮していた私に、その少女は突然話しかけてきた。気が高ぶって周囲が見えていなかった私は、全身をビクリと震わせて飛び上がってしまった。
「え、あ、おー……えっと」
言葉が出てこない。頭が真っ白になったみたい。
「迷子……じゃなさそうよね。でも、里まで送ってあげようか?」
迷子と間違われかけたのは少し癪だったけど、それでもこの魔法使いの少女と話しをしたいという願望が湧き起こり、送ってく欲しいとお願いした。
するとその少女は、私の手を掴んで空高く舞い上がっていく。
「わぁぁぁぁぁ!」
突然足場がなくなり、私は慌ててしまう。靴の底になんの手応えもない。興奮と恐怖とが混ざり合って、なんだかもうよく判らない気持ちになっていた。それなので、私はわたわたと暴れ、しまいにはその少女に抱き付いてしまった。
「大丈夫よ、落ちたりしないから」
しかし、こっちは気にした様子もなく、私を小脇に抱え込む。
……安心できた反面で、なんだかものすごく悔しかったのを憶えている。
ちなみに、この時の少女が魔法使いではなく巫女だと知ったのは、まだ随分と先の話。
これを境に、私は本格的に魔法に興味を持った。家にある本を片っ端から読み、魔法使いになる方法を学んでいった。そして、隠れ家に置かれた本を必死で解読をしようとした。だけど、それには基礎となる知識がなさ過ぎてとても無理だった。
そんなある日、私は父親に魔法使いになりたいと言うことにした。どうにかして、支援が受けられないものかと考えたのだ。
「そうか。それなら、家を出て行け」
すると父は、普段と変わらぬ表情で、何気なく、けれど拒絶をするようにそう言った。
支援を受けられないことは予期していた。しかし、ここまでの反応は予想外であり、私は呆然と固まってしまった。
冗談を言っている雰囲気ではない。本気で、私を追い出そうとしている。
「さぁ、さっさと荷物をまとめて出て行きなさい。そして、魔法使いなんてものを諦めるまで帰ってくるんじゃない。もっとも、お前ならすぐにでも帰ってきそうだけどな」
そう言うと、小馬鹿にするように笑う。
悔しくて、腹立たしくて、私は父を罵り、泣きながら家を飛び出した。手荷物は用意をしていなかったので、手当たり次第を持ち出してやった。
この時の父の言葉が実は発破だったのではないかと思えるようになったのは、結構時間が過ぎた後のことだった。
また、これは香霖に後から聞いた話だけど、私の家には実は私の持ち出した魔導書以上の魔法関係の商品はなかったのだという。そしてその話の最後に、父は支援がしたくても出来なかったのではないか、と香霖は付け加えた。
……ちょっと目が潤んで、鼻の奥が痛んだ。
泣きながら魔法の森へ歩いていた時。私は何気なく夜空を見上げた。
見慣れたはず星空は、見慣れないほど澄んで見えた。
空に浮かぶ星々は命であり、願いであり、優しさであるらしい。色々な本に色々と書いてあった。でも、私にはあれが全部花に見える。
夜空に咲き誇る、無数の花々。これ以上ないほど綺麗だと思う。
そんな空を見る内に、いつかあの花畑に辿り着きたいと、真剣に思った。それはまだ、空を飛ぶ魔法一つ使えなかった頃の話。これ以上ないほど懸命に、魔法使いという存在を目指し始めた最初の日の話。
この日、私が隠れ家に戻ると、見知らぬ女性が立っていた。というか、浮いていた。
「だ、誰!?」
よく見れば、足がない。たぶん幽霊。
「おや、しばらくぶりに帰ってみたら、お客様とは珍しいねぇ。こんな夜更けにどうしたんだい」
その幽霊は、本の挿絵にあったような魔法使いの恰好をしている。
「こ、ここの家の人?」
「そうさ。しばらく空けていたけどね」
「そんな……」
目の前が真っ暗になっていく。ここ以外、自分の住める場所なんてなかった。だけど、このまま帰るのは絶対に嫌だ。
そして同時に、日々ここに出入りして色々と荒らしてしまった。怒られる。殺されるかもしれない。そんな考えが過ぎる。
……私は泣き出す寸前だった。
「お嬢ちゃん、魔法使いになりたいのかい?」
「……え?」
「こんな森のこんな場所にわざわざ訪ねてきたんだ。何かわけでもあるんだろう」
優しげに声をかけられ、混乱しかけていた頭がすぅっと落ち着いていった。
「……あっ」
そしてふと思い至る。この人は確かに幽霊のようだけど、ここの持ち主である以上は魔法使いなのだと。
「わ、私、魔法使いになりたいんです!」
「そうか」
そう呟くと、その幽霊は自分の顎に手を添えて「んーっ」と考え込んだ。
「なら、私の弟子になるかい?」
それは私にとって、この上ない誘い。先程までとは違う涙がこぼれそうになった。
「は、はいっ!」
「うん、良い返事だね」
満足そうに、そしてどこか嬉しそうな顔でその幽霊は頷く。
「それで、名前は?」
「霧雨魔理沙です!」
「私は魅魔。これからよろしくな、魔理沙」
「よ、よろしくお願いします!」
こうして、私は魅魔様の指導の下で魔法のイロハを学んでいった。
そうして、色々なことがあった。あの空を飛ぶ巫女と再び出会いもした。
そして今、私は久しぶりに生家、霧雨店の前にいた。
私の前に立っている父は、あの頃よりも髪が白くなっていた。
「皺増えたな」
「何、親不孝な一人娘に逃げられたからな。心労だろう」
「嘘っぽいぜ」
皺が増えたのは、単に年の所為だと思う。だって、こんな活力に満ちた顔した奴に心労なんて繊細な言葉は似合わない。
「まぁ、良かった」
「へっ?」
「一人前、って面じゃないにしろ、楽しそうな顔をしてるから安心した」
思いがけなかった言葉に、少し私の言葉が詰まらせられる。
「……心配した?」
「ちょっとな」
「追い出したくせに」
「蹴っ飛ばしただけだ」
カッカッと楽しそうに笑う。
「まぁ何にしろ、お前も家をあんまり心配すんな。お前は自分の為に生きる道を選んだんだから、精一杯楽しんで生きろ。それがお前のできる唯一の親孝行だろ」
「……そんなこと、言われるまでもないぜ」
なんとなく涙目になってしまいかけ、それを見られたくないという思いから、私は帽子を目深に被って箒に腰掛け、すぐさま宙に舞い上がる。
「またな、不孝娘」
「またな、不良親父」
お互いに短い挨拶を終えると、私は霧雨店から離れていった。
家を出てから、もう随分と時間が経つ。魔法の技術は日々上達している……はず。
あれから私はどう変わったのか。考えれば、何もかも変わってしまったようで、何も変わっていない気もする。
そして今日も私は、いつも通り神社にいる。
「……まったく、魔女でもないの空飛ぶなんて、インチキだぜ」
「何の話?」
「なんでもない」
思い出した過去は、今の私には情けなく映る。でも、ここまでどうにか歩んできた自分を、できることなら褒めてあげたい。勝手も判らず、無謀なまでの努力。でも、その御陰で私がいる。昨日までの自分は、本当によく頑張ったと思う。
「さて、それじゃ弾幕ごっこでも始めようか」
「懲りないわね、魔理沙」
「当たり前だぜ」
かつて憧れ、今でさえ私の目標という位置に立ち続ける巫女、霊夢。そんなのが、私のすぐ目の前にいる。これはなんて幸福なのだろう。こんなに恵まれているのに、諦めるなんてできるわけがない。
昨日までの自分に報いるように、今日の私も全力で頑張る。
「今日こそお前を越えてみせるぜ!」
「はいはい」
願わくばこの彩りに満ちた世界が、いつまでも続きますように。
それぞれのシーンをもう少し伸ばして欲しかったです。
すっきり読めました。
・・・旧作を踏襲しているなんて書いてありましたっけ?
ちゃんとまとまっていますし、長ければ良いというものでもないですから。