「はじめまして、稗田阿求と申します」
店主の見た目からすれば、信じられないほどに質素な、というより地味な屋台だった。
と言っても、店主の姿をはっきりと見ることが出来るのはこの屋台くらいしかないのだから、別にそんなことは気にならないのかもしれないが。
「では、この屋台を開いたのは、ただ鳥類を食べる習慣を廃れさせるためだけなのですか?」
「そうよ。他に何の理由があると思ったの?確かに少しは商売になってるけどさ」
ちょっと信じられない。本当にそんな理由だけでこんな面倒なことをしているのだろうか。
「まったく、人間って疑り深いのね。
…まあそれが人間の長所でもあるのかしら。
ほら、丁度いいところにいいお客さんよ。あの人に聞いてみればいいじゃない」
「え、閻魔様?」
来客。しかも楽園の閻魔こと四季映姫・ヤマザナドゥだ。
「あら阿礼乙女。今日も縁起のための取材ですか?」
「ええまあそんなところです。
ところで、本当に彼女の言っていることは真実なんですか?」
「いきなり要点を省いた質問ですね…」
あ。
確かにいきなりの質問にしては意味不明すぎたかもしれない。
「まあなんとなく言いたいことはわかります。彼女は本当に下心なしでやってますよ」
勿論、下心があればここには説教するためにしか来ませんからね、と微笑む閻魔様。
この笑顔は信じるに値するだろう。
「それに、妖怪とは基本的に暇を持て余しているものです。ですから、この程度のことは可愛いものではないですか。例え悪巧みがあったとしても、ね」
紅霧異変や永夜異変の類に比べたら大人と子供でしょ、と、笑顔なんだか、それとも過去を振り返って改めて腹を立てているのか、なんとも言えない表情になる閻魔様。
…隠し事、下手そうだな…。
「難しい話は終わったかしら?そろそろ歌わせてもらうわよ?」
言うや否や勝手に歌いだす夜雀。
何とはなしに明るく、それでいて美しい感じの歌声。
その歌声を聴きながら、白黒泥棒と貧乏巫女との会話を思い出す。
「あの屋台での夜雀の歌は本当に綺麗よねー」
「ああ。永夜異変の時のアレだったらどうしようかと思ったけどな」
夜雀の屋台?
夜雀と言えばミスティア・ローレライだろうけど、屋台なんてやってたのでしょうか?
「最近開いたらしい。なんでも焼き鳥を撲滅するんだとか」
「中々美味しい八目鰻屋よ?一度行ってみれば?時々私達以外の人間も見かけるようになったし」
ふむ、そんなことが。
「まあいいわ。私は境内を掃除しなきゃいけないから」
そう言って巫女が去った後、耳打ちするように白黒は言った。
「夜雀の歌声、屋台ではただ『綺麗』でしかないかもしれないが、敵対心を見せたときの歌はやばいぜ?」
そういわれても、妖怪と闘おうなんて無謀な真似はしないと思う。
「まあまあ。私の聞いた限り、みんな『思い出したくない』と答えるんだけどな、あの歌声、よくよく考えてみれば結構なもんなんだぜ?」
思い出したくないような歌声がなんで『結構なもの』になるんだろうか。
「そういうときの歌ってな、なんとなく、自然の悲しみや痛みを歌ってるような感じなんだ」
彼女の歌声は美しく、白黒の言いたいことがわからなくても十分に楽しめるものだったが、少しだけ質問をしてみることにした。
「ミスティアさん、歌う時に何かを考えてたりしますか?」
彼女は少しだけ考えたような表情をしたけれど、すぐに笑顔に戻って言った。
「何も。私は歌いたいときに歌いたいように歌っているだけだもの。そうね、しいて言うなら、歌そのものが私、なのかもしれないわね」
まあまあ、そんなことはいいから楽しんで頂戴、と八目鰻の蒲焼を差し出す。
いやはや、絶品、というほどの味でもないが、妖怪の癖に料理が出来るのか、と少し驚きだ。
「さて、ではそろそろお暇させて頂きます。今日も中々な歌でしたよ」
閻魔が早めに席を立つ。
「あら、早いのですね」
「いや、この歌声を聴いていると、酒を過ごしそうになってしまう。そんな力のある楽しげな歌菜ものでね、私は早めに席を立つことにしているのですよ」
二日酔いの閻魔など、威厳がないにも程があるのでね、とのこと。確かに。
「じゃあ映姫さん、これ今日もお土産。あの死神にもよろしくねー♪」
閻魔が恐縮するという珍しい姿を横目に、私と夜雀の酒は進んでいく。
…いつの間にか夜雀も飲む側に回っていた。
夜雀が歌い、私が飲み、私が人間の里の話をし、夜雀が飲む。
1対1なのに、何故か飽きのこない宴だった。
「うんうん、こうやって楽しむのが一番ね。あの閻魔様も、死神とよろしくやってるかしら」
問題発言も飛び交いながら、屋台でのひと時が過ぎていく。
「あれでは夜雀の項に修正を加えなくてはいけませんね…」
独りごちる。どう考えてもあの様子からは人間を喰らう危険な妖怪の気配は微塵もなかった。
「さて、どうしたものでしょうか…」
酔いの所為か、今ひとつ上手く考えがまとまらないまま、私の意識が闇に落ちていくのを自分でも感じていた。
逆らう気も起きないので、そのまま眠りへと落ちていく。
ふっ、と意識が覚醒する。
少し寝ていたらしい。
それにしても、やけに外が騒々しい。まるで鳥の大群に囲まれているような…。
「って、まさか」
慌てて縁側に出る。
そこに、やはり、居た。
「夜分に失礼するわ」
「ミスティアさん、なんの用でしょう?」
警戒心をむき出しにする。
冷静に敵うわけが無い。1対1、ですらないのだ。ミスティアの周囲にいる鳥は、恐らく彼女の一声で私に殺到するだろう。
「別に大した用じゃないの。ちょっとお願いしたくて」
「…どうぞ」
「あのね…」
「幻想郷縁起の私の項目、変更しないで」
「へ?」
何て言ったこの夜雀。
かなり混乱する。多分『目を丸くして』っていう表現の見本になれるだろう。
「おっしゃる意味がわからないのですが」
「だから、私の項目、人間との友好は『悪』でしょ?それを変えないでほしいの。今日の様子だと貴女は私を人間に害のない妖怪だと思っているみたいだから」
本気で意味がわからない。
こいつは何を言ってるんだ。
「しかし、このままでは屋台に人間が来る、ということもないですよ?」
「それでいいの。私は人間から恐れられる側の存在じゃないといけないのよ。ううん、私だけじゃなくて、『妖怪』という括りの存在は全て。少なくとも、今はまだ、ね」
この妖怪は鳥頭だ、と烏天狗の新聞にあった記憶がある。
しかし、それはただ記憶力が弱いだけなのかもしれない。
彼女の考えはわかる。
要するに、先代の頃から変わってきているこの幻想郷ではあるが、未だ人妖の共存と言うわけにはいかない。
であれば、彼女は妖怪の恐ろしさを教える側に居続けるべきだろう。例えそれが自分の目指すものとは違っていても。
「わかりました。貴女の項目は変更しません。ですが一つお願いしたいのです」
だけど、彼女にも私にも、このくらいの役得はあってもいいと思う。
「時々でいいので、私に八目鰻の蒲焼を届けてください」
今度は彼女が驚く番。
だけど、彼女の驚きは長くは続かない。
一瞬にして笑顔に変わって、彼女は言った。
「私の虜になった客がまた一人増えたのね。喜んで届けるわよ」
忘れないように頑張らないとね、なんて呟いてから、彼女は歌いだす。
夜雀の歌。
半端な月夜の、木々の歌。
月光を浴びて、眠りに就く丑三つ時。
それまでの間、人間の里を見守り続ける。
そんな優しい、木々の歌。
白黒の言っていたことの意味がわかった気がした。
彼女はあるがままを歌う。自然の声を代弁しているかのような存在なのかもしれない。
「そのうち宅配サービスでも始めようかしら?」
歌い終わった彼女は真顔で言う。
「それは止めておいた方が無難ですね。貴女、仮にも鳥頭なんですから」
「失礼ね、ただちょっと物覚えが悪いだけよ」
二言、三言、軽いやりとり。
こんなやり取りが、普通にいつでも出来るときが来ることを、彼女も望んでいるのだろう。
勿論、私もだ。
「じゃあ、そろそろ失礼するわ。
…そうね、どうせ忘れるだろうけど、貴女の名前を聞いておこうかしら」
「稗田阿求、と申します。既に二度目ですけどね」
そうだったかしら、と首をかしげながらも、彼女は飛び去る。
いつの間にか、私を取り囲んでいたはずの鳥達は居なくなっていた。
本来なら眠りに戻るはずなのに、自分がかすかに高揚していることに少し驚きを感じながら、私は筆を取ることにした。どうせ今夜は眠る気になれないだろうから。
なんとなく、短歌の一つでも詠ってみたくなったのかもしれない。
ミスティアが友好度、悪にこだわり続ける理由をあらわすシチュエーションなんかを
盛り込むとよりドラマチックになりそう。
単純に文章表現をより良くできるところがちらほらある。
けれど構想に一番魅力を感じたかな。
ちょっとした配慮で、きっとあなたの作品、劇的に化けます。
そして化けさせられるほどの域に達していると私は思います。
良いお話だけど所々読みづらい、そんなところでしょうか。
自分も人の事は言えませんがね。
良いお話でした。
ちょっと短くて物足りなかったかな
>名前が無い程度の能力さんお二人
先に投稿していただいた方には、過大(と思いたくなるほど)に高い評価をしていただけたことに感謝を。
昨日?投稿していただいた方には、単純にありがとうございます、と、余り長くしたら冗長になりそうで怖かったんです、と言い訳を。
匿名評価の皆様にも、何か一言いただけると嬉しいなぁ、と思ったり。
>☆月柳☆さん
うーん、やっぱり場面毎に作ってる日が違うのが痛いのかなぁ…。
それとも単に力不足か。
多分後者なんで、頑張ります。
>三文字さん
まあ言うことは↑の返事とかぶりそうですね…。
まああえても一つ加えるなら、自分の中で「この辺は略して構わないだろ」って簡略化しすぎる嫌いがあるのかも知れないなぁ、と振り返ってみる。
うーん、やっぱり奥が深い。
全体的に高く評価していただいてるようで嬉しいです。やっぱり他人に評価されるのは励みになりますね。
長々と失礼しました。これ以降コメントがあれば、次回作(4月以降)の後書きにてお返事させていただくと思います。ではでは。