Coolier - 新生・東方創想話

クリスタライズ・シルバー 中編

2008/03/16 09:02:03
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注)本編は作品集50の「クリスタライズ・シルバー」の続きです。



  ヘ ヒ ホ ハ フン フン

  イギリスじんの ちがにおう

  いきていようが しんでいようが

  ほねを こなにして パンにやくぞ


「西行寺 幽々子様を斬って下さい」

 幽霊にして同じ幽霊の成仏を生業としている俺、魂魄 妖忌は、九つの狐の尾を持つ少女、八雲 藍と向かい合っている。その隣には冬の妖怪、レティ・ホワイトロックが横になる。

 これは、俺の仕事の話。

「何故、俺にそんな依頼を」

「もちろん、最初からお話します」

 それから藍は、幽々子が高名な歌人の娘であることや、藍の主人、八雲 紫とは友人であることなどを話した。尤も、そこら辺は幽々子が話してくれたことでもあった。ただ、藍の主人が境界を操るという途轍もない妖怪であることは、今、知った。しかし、肝心なのはそこではない。

 主人とその友人の楽しい思い出話の後で、藍は一旦話を区切り、改めてこちらに向き直って語り始める。


「先頃、といっても二年くらい前になるのでしょうか。紫様が同じ妖怪達の手勢を伴って月に攻め入りました」

 訝る俺。月に攻め入るとはどういうことだ?

「ちなみに、これは比喩ではなく本当に夜に見る月のことです。そんな顔なさらずに、私は事実のみしか語りません」

 気を取り直す藍。俺も俺で、途方もない話を聞かされる覚悟を決める」

「さて、攻め入った月ですが、結果は大敗でした。無傷な者など一人もいない有様での敗走。そうして、命からがら逃げ込んだ先が幽々子様の住まうお屋敷、白玉楼でした。そこでの養生する日々は穏やかで平和そのもので、敗れて逃げてきた妖怪達は白玉楼の人間達の看病を受ける中で生きて帰郷できた喜びを、噛み締めていました。ただ一人、紫様を除いては」


 藍の顔に、わずかな陰り。

「紫様は特別強力で異質な力を持っていた事が災いして重点的に狙われました。その為、誰よりも深い傷を負い、かつ恐ろしい毒に侵されました。並みの妖怪では即座に死ぬものでも、紫様のお命を奪うには至りませんでした。ただ、それ以上、良くなることもありませんでした。毒と怪我は、紫様の生命力と完全に拮抗してしまったのです。

 無残でした。戦っていた時よりも、遥かに。毒と怪我が勝れば指一本も動かせぬ日を、体力と回復が勝れば激痛に暴れる日を、白玉楼の離れで、ただ苦しみ、ただ呻き、ただ悶えるだけの日々を過ごされました。

 何より辛かったのが、紫様が、寝ずの看病をしている私や幽々子様が誰だかわからない時間が、徐々に長くなっていった。ということにつきます」


 藍は唇を噛んだ。俺は、無表情だった、と思う。

「そして、幽々子様はある痛み止めの薬を紫様に試されました。その薬とは、西行寺家に咲く妖怪桜、西行妖の花びらを煎じて作ったもの。

 西行妖という妖怪は、人を死に誘い、その精気を吸っては花をつける桜。その芳香は生ける者を夢を見させ、己の膝元まで誘います。それを利用して作ったのが、私に言わせれば妖怪にとっても強力すぎる、痛み止めです。しかし、飲まれてすぐ、紫様は落ち着かれ、私達とも普通に会話出来ようになったのです。

 痛み止めが効いている間は、紫様も余計な消耗もなく、穏やかに、回復に向かっていきました。しかし、持ち合わせはそんなに多くはありません。妖怪といえども桜、春になれば自然に花をつけますが、当時の時期は冬。そこで幽々子様は、妖怪桜を咲かせるべく、行動に移しました」


 俺は、露骨に嫌な顔をした。

「ご想像の通り。幽々子様は人の精気を西行妖に捧げ、花を咲かせたのです」

 藍はそこでまた話を区切る。言葉を選んで、そうして出てきた言葉は。

「ここからは推測も多いのはご容赦ください。そして、その理由も追々説明することになりましょう」

 そういわれるまでもなく、俺は黙って聞いている。

「幽々子様は、屋敷の人間を、看病していた妖怪を、とにかく殺して、それをすべて桜の花に変えていました。幽々子様は正気を失っていたでしょう。しかし、それは殺された側にも言えること。あまりにも無抵抗すぎる彼等は、もう西行妖の術中に堕ちていたのかもしれません。

 そして、最後に残った妖怪、紫様を手に掛けようとしたしたその時、正気に返った幽々子様は、自害に及びました」

 だから、あの時に幽々子は、皆いない、と言ったのか。


「そうして、ただ一人残った紫様は、なけなしの、境界を操る力を以て幽々子様の魂に生前の姿を与え、現世に留めたのです。しかし、桜の芳香をたっぷり含んで生まれたそれは、幽々子様に生き写しなだけの、西行妖の化身でしかなかったのです。

 ところが、紫様は進んでその幽々子の虜となりました。紫様もまた、正気を失っていたのです」

 俺は続く言葉を待った。しかし、藍は話をそこで終わらせた。


「お前は、何をしていたんだ」

 思わず聞いてしまった。聞いてはみたが、実を言えば俺なりに考えはまとまっている、悩んでいたんだろう。死別の現実を受け入れられず、亡霊となった故人に温もりを求めることは後を絶たない。主がそうしたのなら、従者も……。

 そして藍は自嘲するように言った。

「死んでおりました」

 何を言っている。今、目の前にいる九尾の式は、全く幽霊には見えない。それどころか、式の幽霊なんているのか?

 こちらの表情を読み取った藍が、質問される前に答えた。

「春が巡る度に、蘇っているのです」


「どういうことだ」

「西行妖は、永遠に咲き誇ることを望みました。そして、白玉楼は外の世界から孤立し、その閉じた世界は同じ春を繰り返すだけの、仮初めの春に満たされた所になりました。それを成したのは、紫様でしょう。今のあの方は、幽々子の言葉に唯々諾々でしょうから。

 私の場合、式であることが幸いしたのでしょうか。他の方はそのまま死んでいるのに対し、春を繰り返すと同時に、如何なる末路を迎えようとも、私も蘇るのです。もちろん、それには紫様が御存命でおられることが、絶対条件ですが」

 藍は、そこで言葉を収めて、改めて俺と向かい合った。無言だが、問いかける内容は、はっきりしていた、主に取り付いた亡霊を斬ってくれるのか、どうか。


 俺は、考えた。その末に出てきたのは。

「要するに、主人の未練で亡霊にしておいて、その主人に害が出たから退治してくれ、ということか?」

 自分でも意地の悪い言い方だと思う。けれど、これは俺が依頼を受ける上での通過儀礼だ。亡霊に絡んだ依頼を受ける上で、生きている者の未練が絡む場合は、意地悪な物言いでも何でもして、吐き出せる部分は吐き出させて、全てをはっきりさせておいた方がいい。いくら俺が成仏をさせた後でも、残された側が供養の仕方を誤ってはいけない。亡霊に祟られるだけが、因果応報のあり方ではないのだから。


「これは、私達だけの問題ではありません。孤立しているといっても、白玉楼と幻想郷は地続きです。仮初めの春は幻想郷の四季を殺し、春の中に多くの寒さが残っているにも関わらず、取って代わろうとしている。

 そして、仮初めの春とは西行妖の自らへ誘う芳香。これは桜の花をより鮮やかに色づく為、精気溢れる生者を誘う呼び水。この香りに侵された者は容易く……」

「建て前はいいよ。そんなもん、供養の足しにならない」

 藍は口をつぐんだ。

 そして、その口が開くなり、感情が堰を切って流れ出た。


「幽々子様の、幽々子様の未練が形となった亡霊なら、私もこうはしなかった。どんなに犠牲が出ようとも、似非桃源郷で紫様の回復を待った。必ずや、そのお力で、お考えで、決着をつけると信じていた。

 でも、紫様の未練が今の幽々子を生んだのなら、この果てにあるのは惨めなものでしかない。口には出さずとも深く愛された幻想郷の全てを滅亡においやり、口にするまでもなく最も親しんだ友人の魂を陵辱し、残るものなんて、碌な物でしかない!

 心がぼんやりしたまま死ねれば、まだマシかもしれない。でも、正気に戻られた幽々子様は、その僅かなひと時の間に自害して果てた。紫様も同じ結果になるとは限らないけど、どう転んでも似たり寄ったり。

 だから、私は主人の意に背き、今、こうしている。どんなに深く傷ついて、後悔に沈むよりも、手遅れになるよりは、ずっといい」


 藍の言葉が尻すぼみに消える。

 式に詳しくはない俺だが、今、目の前にいる藍の、想いだけは理解した。だから、俺も覚悟を決められる。

「よくわかった。最初に言っておくと、俺は、お前の依頼を受けることは出来ない」

 即座に藍は言葉を被せてきた。

「妖忌様、物怖じするのもわかります。敵はこの幻想郷全ての生きとし生ける物を我が物にせんとする妖怪。ですが、しんがりは博麗の巫女、それに私が行います。この身に代えても、花びら一枚触れさせません」

 噂ぐらいでしか知らない、博麗の巫女、ある意味で俺の同業者。俺は幽霊で、そいつは異変が専門。確かに、仲間になるのなら力強い。だが、俺が望んでいるのはそれじゃない。

「報酬も望むままにご用意いたします。手付けが必要とおっしゃるのなら何なりと言って下さい。いかなる難題も私は聞き入れます。だから……!」

「報酬はこのあばら家の静けさを乱さぬようにして頂くだけで充分」

 藍も引かない。

「あの桜の跳梁を許せば幻想郷にいる全ての命が餌食となる!いいえ、それどころか精気を奪った者達は魂すら囚われ、生者へのうらめしさを奏で、生者を死へと誘う為の道具として弄ばされている!貴方はそれでも無関係でいようとするのですか!」と一気に詰め寄ってきた藍の鼻先で、俺は思い切り手を叩いた。

「黙れ、そして、すまん。言い方が悪かった。藍の話を聞いて、依頼を受ける決意は固まった。ただ、全く同じ依頼を別の奴から受けてな。俺が引き受けるのは、そいつの、だ」

 藍はぴたりと止まった。そのまま、多分、反射的に、訊いてきた。

「私以外の、誰が?」

「西行寺 幽々子の亡霊本人からだ」

 藍は目を白黒させ、口をぱくぱくと開いたり閉じたりしている。ただし声は出ていない。その間に俺は、俺の知る限りの西行寺 幽々子を藍に聞かせた。


 声は出るようになった藍。ただし、俺に言って聞かせるというより、己に言い聞かせているようだ。

「ありえない。そんなこと、ありえない。生前の幽々子様ならともかく、今の幽々子は、今の幽々子は、紫様が作るスキマを渡って無差別に神隠しを行う張本人で、四季を殺すことに微塵の躊躇もなく、喜々として人を斬り殺す、邪悪そのものだぞ」

 俺も藍に言って聞かせる。

「俺が幽々子と出会った場所は神隠しするような生き物の居ない所で、凍り付いた妖精達の墓標に手を合わせ、これから殺し合う相手の心に触れてから刀を抜くような、思い悩む少女だったよ」

 少女と口走って、俺の体躯は幽々子より半回り小さいことを思い出し、幽々子を少女扱いして格好のつかない自分の餓鬼さ加減に、ちょっとため息をつく。まぁ、対面の藍は気にしている様子は全くない、というより、気にしている余裕もない。

 正直、藍の戸惑いもわかる。俺も俺で、藍の話に出てくる幽々子が、俺の知っている幽々子とも重ならない。藍にしても同じ、いや、もっと、だな。季節が巡る度に蘇っていた藍が楼観剣で叩き斬られて殺され続けてきたことは、彼女の独り言からよくわかった。

 俺達の目的は同じだが、幽々子の見方が極端で、どうにも埒があかない。


「そう、私があの子を狙う動機を知ったの」

 俺は右を、藍は左を見た。

 俺達の視線の先で、上体を起こして一息ついたのは、上半身のほとんどを包帯でしっかり巻いた冬の妖怪、レティ・ホワイトロックだった。

「起きていたのか」

「ええ、そちらの藍さんが『私をいじめて』って懇願したあたりから起きていたけど」

 藍が間髪入れず。

「そんなこと言ったか」

 しかし、レティは。

「最初から起きていた訳だけど、二人がいい感じで盛り上がるから、ちょっと狸寝入りしていたの」

 だが、俺はそんなことよりも。

「傷は、大丈夫なのか?」

 こともない、という風にレティは見つめ返す。

「気にしないで。妖忌君の話から、事態は相当悪くなってもいるみたいだから、休んでもいられない」

 俺の話から、だと?藍の話ではなくて、か?

 戸惑う俺を他所に藍が尋ねた。

「レティさん、事態の悪化とはどういうことです」

「ん?気の向くままに立ち回っていただけの連中が、私という敵を知りたがった。この学習能力の向上だけでも、充分脅威だわ」

 さばさばと語るレティを前に、俺の気持ちは「背筋が寒くなる」というやつだった。自分が敵だった場合を当たり前に述べること、裏を返せば、レティの中で幽々子は情を掛けない、抹消すべき敵、それ以上でもそれ以下でもないと、感じてしまったからだ。


 その温度差を藍も面食らっていたのか、レティの言に対しての肯定も否定もなく、発言の機会を失っていた。だから、レティはすぐに次の質問に移った。

「ところで藍さん。貴女の話は全部本当のこと?」

「……はい。見たままの事実です」

「ふぅん。そ、うん、ありがとう。それじゃあ藍さん、妖忌君の亡霊退治と私の桜退治の案内をして頂戴」

 度肝を抜かれる、今の俺がそうなんだろう。

「ま、待て。直接、白玉楼に乗り込むつもりか?そんなの、普通は作戦とか練って、準備とかしてから行くものだろう」

「今までは私が、仮初めの春が流れ込む感覚を頼りに、人攫いに来た幽々子を何度も追い掛け回していたけど、私をよく知った今、私が決着を急いでいることも知られているでしょう。

 嗜好品を狩る為だけにこちらへ干渉していた敵は白玉楼に引き篭もって、仮初めの春が満ちるのを待ちつつ、私を迎え討つ準備を進めているでしょうから、罠とか張られる前にこっちから叩きに行った方がいいわね」

 料理の手順のように語るレティ。それはそれで気になったが、俺は、彼女が急ぐ理由も気になった。天狗達と戦っていた事と関係があるのか。


 とはいえ、俺が結論を出すよりも、藍の言葉の方が早い。

「力を貸して頂けるのは嬉しく思いますし、レティさんの言うことも尤もです。しかし、急いては事を仕損じます。博麗の巫女の力も借りて事にあたるべきです」

「そのなにがしの巫女だけど、最近、そいつのいる所にいけなくなった、って天狗達が騒いでいたわよ」

 レティの言葉からちらついた境界を操る妖怪の影。俺でさえ渋面なのだから、藍の内心は如何程か。

「しかし、それなら尚更のこと深山との誤解をといて共闘するべきです。深山が抱いているであろう危惧、人間や妖怪の神隠し、博麗神社の喪失、その多くの根本にあるのは、春でありながら居座る寒冷ではなく、仮初めの春。そしてそれを操る者が、幻想郷に生きる者達全ての、本当の敵です」

「本当の敵ねぇ」

 静かな中に激情を潜ませる藍、向かうレティは抑揚なく答えた。


 その時、である。

「ごめん」の挨拶と共に、このあばら家に訪問者。「とりこみ中」と言ってやろうと思って声の主に目をやると、出入り口で佇んでいたのは、錫杖を手に持った、歳を経た天狗。

「やはりこちらに居ましたか。捕らえに参りましたので、封印されて頂きたい」

「ん~、そちらの藍さんの話を聞いたらさ、一緒に戦うのも悪くないかも、って思ったんだけど。どうかしら?」

「結構なお話ではありますが、あくまでも、作り物の春で四季を上書きしようとする何者かが起こした異変が解決するまでの間、貴女を封印するという形で進めさせて頂きます」

「私もそれは呑めないわ。寒さがなくなると、とても困りますもの」

 世間話でもするような二人の会話に間が開いた。

 途端、天狗の突き、飛び込みながら。

 咄嗟、叩き上げる、白楼剣で錫杖を。

 そして、あばら家の壁を破って、俺と天狗は中から外へ。

 だが、壁を突き破って、外から内へと入れ違った多くの何か。

 まさか、思う間もなく、家が爆ぜた。

 爆風は寒風。飛び散る家の破片に混じって悠然と飛び退く天狗がたくさん。俺ともみ合った天狗も白楼剣を払って距離を置き、俺もまた距離をとる。


 俺のあばら家が取り払われて一望した外は様変わりしていた。周囲が、殺気を押し殺した天狗達で埋まっていた。俺達は、その中心にいる。

 幽霊の俺が言うのも変だが、絶対に生きて帰れないと確信させる光景だ。

「やりますな。あばら家に溜まった幽霊の寒気程度でも、これだけのことは出来るということですかな?それとも、春の死がお力を強めておいで、ですかな」

 単身あばら家に入った天狗が歌い上げるように語り掛ける。だが、会話に応じてくれるのはその一人ぐらい。あとは、臨戦態勢。

「Fe,fi,fo,fom,

 I smell the blood of an Englishman;

 Be he alive or be he dead,

 I’ll grind his bones to make my bread.」

 レティは歌っている。抑揚のなさは変わらないが、確かな感情が一つある。殺意だ。


 不可避。俺が理解したのはそれだった。が、不可思議なことが起こったのは、その後だった。周りの景色から色が失われていく。赤、青、黄、一色ずつ抜けていって、しまいに黒も消えて真っ白なだけの景色。色が残っているのは、俺と、レティと。

「ちょっとした迷路です。主を少し真似ようと思って出来た術です」

 そして、藍。この気持ち悪いくらいの真っ白は藍の仕業らしい。彼女は掌に火の玉を一つ作っていて、それを真上に放った。

「これを追っていけば、白玉楼へ行けます」

「藍は行かないのか?」

「この迷路が今の私の精一杯でしょう。ここで迷路をいじって、天狗達の追撃を抑えます」

「いいの?」

「はい。正直、理解しきれていない部分はあります。しかし、深山が、確実に異変を収める為に、あまりにも容赦なく立ち回るだろうということはわかりました。だから、この八雲 藍、貴方達に張ります。

 妖忌様、レティ様、ご武運を。そして、紫様をよろしくお願いします」

「わかった。それは任された」

 俺は少し安請け合いの言葉を、レティは沈黙を残して、垂直に飛び上がった。


 藍が白くなって見えなくなるのも、あっという間だった。

 白いだけ。何も見えない。見た先にいるのは藍が飛ばした火の玉。そして隣に、レティ・ホワイトロック。

 会話がない。と、いうより、しようがなかった。

 戦う事の考え方や捉え方が違っているように思えてならない。

 一言で表すのなら、「成仏させる」と「抹消する」の違い。多分、足を引っ張るのは前者で、効率がいいのは後者なんだろう。しかし、正真正銘のナマクラ、白楼剣のみを相棒とする俺が、そんな効率の良さを突き詰められるのか?

「ねぇ、聞いているの?」

「あ、ああ、これから聞く」

 なんだ、作戦か?

「いつも、凍った妖精達を気にかけてくれて、ありがとうね」

 抑揚もなく、表情も乏しいが、確かに感謝の言葉だった。

「どういたしまして」

 不意をつかれて、自分でも受け答えが変な感じだ。

「あれ、あんたがやったのか」

 何故か口にしていた。

 レティは、飛ぶ方向を見つめたまま。

「……ああしとけば、雪解けするまで平気だから」

 その言葉と、藍の、何度も蘇る話で、主の生存が絶対条件という部分が引っ掛かった。式と妖精を重ねて考えるのもどうかしているのかもしれない。藍にとっては八雲 紫がそうなら、妖精にとっての八雲 紫に当たる物は……。

「もしかして、春を生き返らす為に戦いに行くのか?」

「おかしい?」

 聞き返された。それが、俺には無性に嬉しかった。

「いや、そんなんじゃない。ただ、絶対、生き返らせような」


 すると、レティは俺を見た。俺も、真正面からレティを見た。

「妖忌君。あなた、欲張り過ぎよ」

 その顔は、ほんのり笑っていた、呆れるような、喜ぶような。


まだだ、まだ終わらんよ(涙

追記)後編は作品集54にあります
やっぱりレティが好き
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コメント



0.260簡易評価
4.70名前が無い程度の能力削除
好いです。
続が楽しみです。
8.100名前が無い程度の能力削除
かっこいい