※登場人物に『オリキャラ』に分類される存在がいます。ご了承いただける方のみお読み下さい。
人間の里では、「行ってはいけない場所」といわれる場所がいくつかある。
妖怪の山、無縁塚などがそれである。
同じように、存在自体を恐れられている妖怪たちもいる。
八雲紫、西行寺幽々子などの強大な妖怪がそれである(後者は別の意味で恐れられている部分もあるが)。
目の前の「それ」も、同じように畏怖の対象だ。
不気味なまでの笑顔、傘、明るめのチェックの服。
「何の用かしら?人間さん?」
風見幽香は、向日葵を背に微笑んでいた。
その圧倒的な威圧感に圧倒されるが、こちらも笑ってみせることで自分を立て直した。
「はじめまして。幻想郷縁起の著者をやっております、稗田家九代目当主、稗田阿求と申します」
以後お見知りおきを、と挨拶をしてみる。
彼女は、少し怪訝そうな表情をした後、何かに思い当たったような顔になり、こちらに向き直って、言った。
「はじめまして、なのかしらね、阿求さん。で、一体何用かしら?」
機嫌が良くないから、出来れば大人しく帰ってくれるかしら、と笑顔のままで。
怖い。本当に怖い。
八雲紫の煙にまく感じも、レミリア・スカーレットのような無邪気さもない。
これが彼女の孤高さ故のものなのだろうか。それが知りたかった。
「いえ、この度幻想郷縁起を執筆するにあたって、少しばかりお話を聞かせていただきたいと思いましてね」
「あら、どんなお話をご所望かしら?」
突然金縛りを解かれたような気分になる。殺意が消えたのが大きいのかもしれない。
「どんなお話でも。幻想郷縁起は人間に妖怪に対する基礎知識を与えるためのものですから」
…今は違うものになりつつあるのかも知れない。
人間に友好的な妖怪も増えつつあるし、人間の里の守護者も半獣の上白沢慧音だ。
むしろ、著者である私が、積極的にその性質を変えていくべきなのかもしれない、とも思うのだが、1000年以上続けてきたものを変える勇気などない私は、「いつもどおり」なものしか作れないのだろう。
ちょっと自嘲的な気分になる。
「あら、私にそんな投げやりなことを言っていると、花の肥やしになっちゃうわよ?」
これが冗談だ、とわかる(本気だったら困るが)ようになったのは、彼女が少しは親しみを見せてくれている証左なのだろうか。
幻想郷の妖怪は、往々にして、良い意味でも悪い意味でも人間的なものがあるようだ。
ちょっと賭けだが、聞いてみることにする。
「つかぬ事をお尋ねしますが、何故貴女は一人なのでしょうか?」
「あら、不思議なことを聞くものね。もとより、本当に強きモノは独り、と決まっているでしょう?」
「しかし、白玉楼の亡霊には庭師、八雲紫には九尾の狐、紅い悪魔には完全で瀟洒なメイド。幻想郷では、強きモノの傍には必ず誰かがいます。往々にして未熟で、主の側も、それを育てることで孤独を紛らわしているのかもしれませんがね」
「それは、そいつらが本当には強くないだけよ。もしくは、ただ『傍にいる』というだけ。
…そうね、せっかくだから話してあげるわ。ただし、この話は記録しないで欲しいわね」
そう言って彼女は語り始めた。
「私は昔から強く、独りで、人妖問わず恐れられる存在だったわ。
そんなある日ね、私の夏の住処である太陽の畑に、馬鹿な客人が来たのよ。
彼女は、『恐れられている風見幽香という妖怪を見たい』なんて言ってね、妖精にすら敵わないのに」
「でも、会って脅してやったにも関わらず、そいつは毎日のように来たわ。
…そうね、まるで今の貴女のような目ね。好奇心旺盛で、純粋な目だったわ」
「私は多分、その純粋な目が羨ましかったのかもしれない。花の命を観続けて来た私は、いつしか命の純粋さを忘れていたのかもしれないわね。
せっかく花の純粋な命を観続けて来たと言うのに」
「私は本気では彼女を拒まなくなったわ。彼女もそれに気付いてたらしく、私に近づいては、花や鳥、そういう話をしたわね。お互いに」
「彼女の目から見た世界は美しかった。言葉が、じゃなくて、伝わってくる風の靡き、そういったものが。単に新鮮、というだけじゃなくてね」
「いつの間にか、毎日昼前になると見晴らしのいいところに行って、一緒に食事をするようにさえなったわ。多分、信じられないくらいはしゃいだ声をあげていたんでしょうね、私は」
「そのうち、私の『孤高』という風評を彼女が流してくれる日が来るのかもしれない。そんな思いさえ抱けたわ。でも、それは幻想だった」
彼女は、クルクルと傘と向日葵を廻しながら話す。
気付けば、周りには紫苑や彼岸花が咲き乱れ。
彼女は中心で独り舞う。
「私は孤高。孤高とは、周囲は皆敵ですらありえない。敵とするに値する相手すら存在しない。それが孤高であるということ。
少なくとも、私はそう思っているし、ずっとそうやって生きてきた。
…それでもね。妖怪は馬鹿だから。馬鹿だから、無謀にも死ににくる。どんな時でもね」
始めて見た悲痛そうな表情。
一瞬だったけど、見逃さなかった。
私は全てを悟って、かける言葉もなく。
「わかった?私は孤高なフラワーマスター。だから、花の儚い命だけを観る。散る間際の儚さに、微かに心を動かして。それだけの存在なのよ?」
また笑顔。
それでも、最初に見た笑顔と少し違って見えたような気がするのは、私の思い違いかもしれない。
「ありがとうございました。約束どおり、このお話は胸の内にしまわせていただきます」
そう。
私のように短い命。
それだけが知っている、彼女の秘密。それだけで十分。
孤高の妖怪は、今日も独り、花の中で舞っているのだろう。
こういう妖怪らしい幽香もいいですね。