夜。
私の一日はここから始まる。
人間の時間で言うなら酉の刻、私の認識で言うならこの季節の日没ごろに店を開く。私にとっては、それがはじまり。
最近では、最初の客も決まっている。
「ミスティアちゃん、いつもの、ここに置いとくよー」
「いつもありがとうね~♪」
「何、お互い様、ってやつよ。礼を言われる筋合いじゃねえ」
人間のおじさん。彼がこの屋台の最初の客。
勿論、理由はちゃんとある。
この人間に、八目鰻を始めとする食材の仕入れを全部任せているのだ。
その代わり、対価は払うし、毎日蒲焼の味を最初に見てもらうことにしている。
…賢くなったわね、私も。
「また来たぜ~」
「来たわよ~」
「お帰り下さい、お客様~♪」
…巫女と白黒。
私の中では最凶の要注意人物だ。
何がいやだって、無銭飲食は当たり前、しかも散らかし方も中々酷い、挙句の果てには弾幕ごっこまではじめる始末。
仮にも客である以上、ここに居る人間達には危害を加えるつもりは微塵もないし、私の料理を食べて、私の歌を聴いていてくれる者達に怪我をして欲しくないと思うのは当然だと思う。
「何?夜雀如きが私に出入り禁止を命じるってのか?いい度胸だ。表に出な」
…既に白黒は思いっきり酔ってるらしい。
「お願いします」
私は歌うのを止め、真顔に戻って一言。
「何?お願いされた程度でこの魔理沙様が止まるとでも…へぶぅ」
「ありがとうございます閻魔様~♪」
今日の用心棒は閻魔様。
最近、屋台の場所を里に近づけた。
そのため、半獣や閻魔等に一時期はかなり警戒されたけど、最近の私には、客である人間を襲おうなんていうつもりはほとんどないので、しばらくの間に理解してもらえたらしく、今では有志が白黒や紅白などの所謂「柄の悪い客」に対する用心棒もやってくれる。
「べ、別に、貴女のためではありません。ただ、ここに来て安息を得ている人間がゆっくりと休めるように、というだけです」
…この人は普段からあまり飲まないが、部下の死神と連れ立って来るときなんかに良く見ているとわかることがある。
「所謂ツンデレってやつですね(ボソッ)」
「何か?」
「いいえなんでも~♪」
用心棒をしてくれる、という人間や妖怪は結構居る。
今日は立場が逆だったが、紅白もその一人だし(曰く、ただ飯!)、閻魔様(曰く、善行!)、半獣とその連れの人間(曰く、様子見&暇つぶし)、花の妖怪なんかもだ。
まあ、厚意には感謝し、引き受けてもらう代わりに、料理なんかはただで振舞うことにしている。
…巫女にだけは、あまりたかられても困るので現金支払いだけど。
そんなこんなで人妖問わず(最近では神様も含め)に盛り上がってくれる私の屋台だけど、人間の時間で言うなら子の刻までには閉めることにしている。
理由はいくつかあるけれど、根本的に、人間の里に近づいたのであまり夜中に騒ぐと迷惑だ、と半獣に指摘されたことは忘れない。
それと、やっぱり客として来てくれる人間には、妖怪に襲われて死んでもらいたくない、というのもある。妖怪に襲われたときのあの恐怖の表情のままで死んで欲しくはない。
閻魔や半獣を相手にそんなことを言ったら、大爆笑されたのはちょっとむかつくけど。
だから、その日毎の用心棒さんに頼んで、粘ろうとする客は追い返し、善意の妖怪を募って(花の妖怪とか半獣とか閻魔とか)、酔ってしまった人間を送り届けてもらうこともある。
屋台を片付けた後、少しするとその日最後の客がやってくる。これも毎日だ。
ルーミア。
宵闇の妖怪、とは言うが、今ひとつ人間を狩るのには向いてないらしい。
人間の歴史書(?)や、天狗の新聞なんかでは散々な扱いだった、と半獣が言ってた。
だから、いっそ人間を襲うな、とは言ってみたけれど、曰く、「それは無理」らしい。
「いつもみすちーの鰻は美味しいね」
彼女の為に取り置きをしている。一番美味しい部分なんだから、当然だ。
彼女が毎日来るのには、人間を狩り損ねる、という以外の理由もある。
私が「狩らせない」ようにもしているのだ。
当然、彼女にとって私の店からの帰り道の人間は恰好の獲物だが、私はそれを「狩るな」と言った。
勿論、見返りはこの鰻。
更に、客には歌に織り交ぜて、妖怪たちの能力や脅威なんかもそれとなく伝えているから、当然警戒もされているだろう。
…かといって彼女が退治されるのも本意ではないので、面白半分に、ではあるが。
結局、ルーミアには不本意ではあったろうが、私の提案に乗るしかなかった、ということだ。
「じゃあ、またね。ごちそうさまでした」
最近ルーミアも私も、めっきり人間臭くなった、と狐に言われたことがある。
お前達、あんまり人間に情を移すのも考え物だぞ、と遠い目をしながら言ったあの狐の表情はどうしても忘れられないが、「出来るだけ人間は殺したくない」という程度の感情は、既に隠しようもなくなってしまってもいるのだろう。
私もルーミアも、それを恥だとも思っていないけど。
夜明け前。空が白み始めるよりちょっと前。
私はリグルと話している。
これは日課、というよりは気分次第。
「チルノがさ」
私にとってこの時間がどういうものなのか、一時期悩んだけれど、それは忘れた。
そんなもの、わかったところでどうしようもない。
「最近滅法強くなってるんだ。いつか、私も追い抜かれるかもしれない」
「リグルは心配性だね。彼女は所詮氷気を司る程度。貴方のように、長い間人間から恐れられてきた『蟲』そのものの統括者に敵うわけがないでしょう?」
本当のことかどうかはわからない。
でも、リグルは本気で悩んでいる。
虫の王として、これでいいのか、と。
なまじっか指揮下にいる命が多いだけ、余計にその悩みは深い。
そこまでわかっていながら何も言えない私の非力を嘆く。
歌うことしか出来ないのに。
歌で想いを伝えることしか出来ないのに。
それでも、本気で悩んでいる一個の存在に対して、何も言葉をかけられない。
この想いは、屋台に人間達が来るようになってから、常に付きまとい続けている。
人間達は弱い。命も我々妖怪より圧倒的に短い。
「だから」なのか、「なのに」なのか、本気で自分について考える人間も多い。
その悩みを、悩みのままで語ってくれる人間も多かった。
一介の屋台の店主である私にそういうのを語ってくれるのは、嬉しくもあり、戸惑いもあった。
でも、その本気の悩みに対して、本気の言葉を返すことだけは出来なかった。
私に出来るのは、昔も今も、ただ微笑んで歌うだけ。
非力だ。自分でも腹が立つほどに。
そう思って握り締めた拳から、血が流れてるのをみてリグルが驚く。
「どうしたの?ミスチー。ゴメン、私の話が不快だったかな?」
「違うの。そんなんじゃない。こっちこそ、心配かけてごめんね」
リグルは何を話していたんだっけ。聞いていた気もするんだけど、聞き流していただけなのかもしれない。
「…うん。ミスチーの言うとおりだよ。ウダウダなやんでても仕方ない。自分なりに頑張ってみるさ」
「え?私そんなこと言ったっけ?」
「…もう忘れたの?『強くなくても、無力でも、今自分に出来ることをする。それだけで十分』なんて言ってくれたじゃない。結構嬉しかったんだけどなぁ」
もう、そこまで本気でもなかったのかい?なんて笑い半分にリグルが言う。
…自分で言った言葉の割には、良いことを言った気がする。
うん。今自分に出来ることをする。それだけしか出来ない。それでいいんだろう。
「じゃあ、おやすみミスチー」
「あら早い」
「一応僕ら的には、まだ冬眠明け前だからね」
ゆっくりと伸びをして、リグルは去っていく。
その小さな後姿に、少しだけ敬意を払って私もそこから飛び立った。
丁度良い時間。
黎明の幻想郷。
徐々に日の光に照らされていく幻想郷を見るのが、私の二番目の楽しみ。
…一番は何かって?
当然、屋台で歌うことさ。
赤橙色に染まっていく空。
光を浴びて命の輝きを増す木々。
少しずつ起きはじめ、動き始める人間の里。
少しずつ動き始める時を、空から眺めるのは、幻想郷の限りない優しさを感じることが出来て、大好きだった。
自然と言葉が流れ出てくる。
歌とも言えない、私だけの歌。
叫べ全ての 生きとし生ける者よ
己が歌声を 高く遠く声を張り上げて
私の歌と 共に空の果てまで
己が存在を 「此処に在る」と叫べ
羽ばたく鳥の 瞳に映る空は
どこまでも続いて 蒼く紅く姿を変えてゆき
白い雲さえ 高く高く遠くて
永久に届かない 夢の彼方のよう
この歌 全てのものに 届け
なんとも心地良いお話でした。
しかし妹紅の焼き鳥(不死鳥)でミスティアが焼き鳥にされないか不安ですww
と、歌の評価忘れてましたがNice Job!
でも「僕」は勘弁な!
とてもくつろげました。
>煉獄様、名前が無い程度の能力の御三方
全体に高評価ありがとうございます。
何とはなしにくつろぎを覚えていただければ、と思っていたので、非常に嬉しい限りです。
あと、「僕」の一人称の使い手はリグルで。
…いや、一応リグルも「私」にしたいんですが、この場合はミスチーとの書き分けが出来なくなる恐れがあったものですから。
>司馬貴海様
確かにそうなんですよね…。
ただ、単純に「記憶力低い=馬鹿」にしたくないなぁ、と。
何といいますか、「頭の回転までは悪くないよ!」って言ってあげたいといいますか。
あと、あとがきの「守矢」ですが、「守矢神社の一党」的なニュアンスで言っているので、これでいいかな、と。
…いや、確かに「洩矢」諏訪子なんでややこしいですが。
くつろげる、読んでいて幸せを感じる作品でした。