Coolier - 新生・東方創想話

恋の始まり

2008/02/17 21:49:42
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 幻想郷の中で最も多くの人間が暮らしている人間の里。
 妖怪の賢者によって保護されていたり、妖怪退治を生業にしている者がいるその場所は幻想郷において最も人間が安心して暮らせる場所だろう。
 昼間ともなれば里の中央にある広間で人間の子供達がお手玉や蹴鞠といった遊戯に夢中になっている様子が見れる。
 里において子供の元気な姿こそ平和で安心である何よりの証なのだ。

「鬼が来るぞー」
「捕まったら鬼にされちゃうー」

 そして、それぞれが思い思いに友人を誘い遊んでいる中で広間を一際慌しく走り回っている集団がいた。
 全力で走り回る子供達はたまに後方にいる一人の少女を確認しては再び前を向いて少女から逃げる、いわば鬼ごっこだ。

「はは、里最速の私から逃げられると思うなー!」

 鬼役となっている少女は次第に散開する子供達から標的を一人に絞り込むと不敵に口元を歪めると、標的にした少年に向けて加速する。
 その速度は逃げ回る子供達よりも一段と速く、少年との距離を見る見るうちに縮めていく。
 自分が標的にされたと気付いた少年は捕まるまいと力一杯に腕を振って走るがそれでも少女の加速力に勝る事はなく、ついに少女の細い腕が少年の肩を捉えた。
 肩を捉えられた少年は捕まった事を認め、くの字に曲げて振っていた腕と地面を蹴って走っていた足を急停止させる。

「よーし、これで次はあんたが鬼ね」
「うー、やっぱり魔理沙は速いなー」
「当然。なんたって私は里で一番足が速いからね」

 捕まって残念だとうな垂れる少年に少女、霧雨魔理沙が自慢気に両手を腰に当てて胸を張る。
 和服を着ている人物が多い中で白いYシャツと黒いスカートを纏った彼女は他の子供達とは別格の雰囲気を漂わせていた。
 実際に彼女は衣装以外に他の子供達とは違う所がある、つまり家の出所の違いだ。
 彼女は里の中でも大きい道具屋、霧雨家の一人娘でありお金持ちのお嬢様という事である。

「お金持ちの家に生まれると凄い才能がもらえるんだなー。俺も魔理沙みたいな大金持ちの子供になりたかったよ」
「いや、親が誰かなんて関係無いよ。私は私、この足だって私の力だよ」
「どっちにしろ羨ましい」
「はっはっは羨ましかろう、もっと羨ましがるといいぞ。ほれほれ」

 お金持ちのお嬢様、言葉だけ聞くと淑やかな人という印象を受けるだろう。
 しかし、当の魔理沙からは淑やかや上品といった印象はまず受けないだろう。
 魔理沙の性格は誰にも遠慮をせずに小馬鹿にした態度を取り、泥遊びだって服が汚れるのも構わず日が暮れるまで遊び回る。
 その度に両親は女の子なのだから少しは淑やかにする様にと言いつけてるが、魔理沙にとっては馬の耳に念仏、数日は大人しくしたら再び服を汚しながら遊ぶを繰り返していた。
 そしていつしか里の人間から「霧雨のおてんば娘」と称され、里の小さな名物人間となっている。

「とにかく鬼は交代。次は私が逃げるんだからね」
「へぇ、逃げるって言うのは一体誰から逃げる事を言っているんだい?」
「それはもちろん、鬼から逃げるに決まって……」

 鬼から逃げようと走る準備に入っていた魔理沙に背後からの男性の声がする。
 既に鬼から逃げる事だけを考えていた魔理沙は鬼ごっこの鬼から逃げる為だと答えようとしたが、答えを紡ぐ言葉はぴたりと止めてしまった。
 理由はその背後からの声に聞き覚えがあったからだ。
 不味いと思ってしまった魔理沙は冷や汗が掻き、分かりきってはいるが声の主を確かめる為に恐る恐る振り返る。
 するとそこには洋風と和風が混じった様な独自の雰囲気を漂わせる着物を纏った青年が両手に買い物籠を持ちながら魔理沙を見下ろしていた。
 そして思惑通りの人物だった事に魔理沙は気まずそうに苦笑いを浮かべながら青年を見上げる。

「や……やあこーりん、お買い物お疲れ様」
「『お買い物お疲れ様』、じゃないよ。君が買い物を手伝ってくれるって言うから一緒に出てきたんだろう。なのに何故君はここで遊んでいるんだ」
「ええっと、それはアレだよ。偶然皆が遊んでる所を見たら奥からこうなんと言うか……」
「つまり最初から遊ぶ事が目的で僕についてきた訳だね」
「ごめんなさい」

 こーりんこと森近霖之助は言い訳をしようとあたふたする魔理沙に問答無用で自分の答えを言い、図星を突かれた魔理沙は呆気なく謝罪の言葉と共に頭を下げる。
 軽々と謝る魔理沙の様子に霖之助は軽く小さな溜息を吐く。

「またそれかい……とにかく早く帰るよ。遅くなるとまた大旦那に叱られるぞ」
「はーい」

 顔を上げた魔理沙の顔には反省の表情は微塵も無く、してやったりと笑顔で霖之助に駆け寄ってズボンの裾を掴む。
 その後霖之助は踵を返して元来た道へと足を進めると、魔理沙は後ろを振り向いて先程まで遊んでいた子供達に手を振って別れの合図しながら半分引っ張られる形で広場を後にする。
 広間を抜け、左右に様々な店が並び多くの買い物客が行き交う通りを霖之助は迷う事無く突き進む。

「もう何度も言っているけど、あまり遊び回るんじゃないぞ。魔理沙が逃げたなんて事がバレたら一番きつく叱られるのは僕なんだからね」
「その時は目的の物が見つからなかったから色んな店を回ってたとか言えば良いよ。服が汚れたらつまずいてこけた事にする」
「あまりはしゃぐと女の子に見られないぞ」
「子供は元気なのが一番だって父様も言ってた。だから私は間違ってない」
「そういう問題じゃないと思うんだけどなぁ……無茶だけはするんじゃないぞ」
「私に何かあったらこーりんのせいにするから大丈夫」
「何が大丈夫なんだか」

 コロコロと笑って悪気もなく屁理屈を並べる魔理沙に霖之助は本日二度目の溜息を吐く。
 霖之助が叱り、魔理沙はそれを屁理屈で返す。
 この様な事態は今回に限った事では無い。
 魔理沙が脱走し霖之助が捕まえる、という構図をこれまで何回も繰り返してきており、これは捕まえる側の霖之助にとっては実に好ましくない。
 逃げられたら里中を探し回るハメになる上に、もし怪我でもしていたら大旦那である魔理沙の父親に強く咎められる事になるからだ。
 言い訳をするにも、下で働かせてもらっている身としては到底頭が上がらない。
 ならば最初から買い物の際に同行する事を拒否して一人で行動すれば解決される事だろう。
 少し考えれば誰だって思いつく、それは霖之助だって理解しているし実行しようとも考えた。
 しかし霖之助はそうする事ができなかった。

「それで、今日は何をして遊んでたんだい」
「ん? ええっとね、今日は皆で鬼ごっこして遊んでた。皆どんどん速くなってきてるから里最速の私もうかうかしてると追いつかれちゃいそうだった。特に男の子達の足がね――」

 霖之助の問い掛けに、魔理沙は今日里の子供達と遊んだ内容、個人の行動、それに対する感想、様々な事を自分なりに一つひとつの出来事を細かく話し始める。
 一度開いた口は止まる事を知らず、その間に笑顔が絶える事が無い。
 そして懸命に話し続ける様を霖之助は静かに耳を傾け、時に相槌を打って返す。

「今日も楽しかったかい」
「うん、とっても楽しかった」

 この様な状況もまた何回も繰り返してきた。
 霖之助は父親が娘を思う気持ちは理解している。
 しかし魔理沙の言っている事にも一理あると思っている。
 何より、遊んでいる間とそれを語っている間に魔理沙の笑顔が絶える事がない。
 心の底から楽しそうにしている顔を見てしまうと強く叱る事もできないし、子供なのだから少しぐらいおてんばでも良いかと思ってしまうのだった。


     ○ ○ ○ ○ ○


「――と、今日はそんな感じだったんだ」
「まぁ、お嬢様もいけない子ですね」
「だってこーりんって面白いんだもん」

 里の一角にある霧雨家の屋敷にある魔理沙の個室。
 そこで魔理沙は家政婦の女性に今日の出来事を霖之助に話した様に細やかに語っていた。
 実際に遊び回るなと言っているのは霧雨の大旦那ぐらいで、霖之助を始めとする多くの使用人は子供なのだから外で遊ぶのが丁度良いと思っている。
 その為、魔理沙が外に出掛けた時の話を快く受け取り話し相手になっている。
 魔理沙が一人娘なだけに大旦那は少々過保護なところがあるのだ。

「それでね、その時のこーりんの顔はとってもおかしくてね、私凄く笑っちゃった」
「ふふ、お嬢様は本当に森近さんが好きなのですね。もしかしたらそれは初恋かもしれませんね」
「初恋? 恋って何?」

 初恋。
 聞き慣れない単語に魔理沙は首を曲げて頭に疑問符を浮かべながら質問する。

「恋と言うのは人の事を好きになる事です」
「だったら私はこーりんも父様も里の皆も大好きだよ」
「それとはまた別ですよ。例えば男の人と女の人との間で特別に好きになる事ですよ」
「じゃあその特別に好きになったらどうなるの?」
「そうですね……極端に言うと結婚する事になる人に使う言葉です」
「結婚……私がお嫁さんになるって事?」
「はい、将来にはお嬢様も恋をした人と結ばれてお嫁さんになる事でしょう」
「そっかぁ、お嫁さんになるんだ」

 無垢で純粋な問い掛けをする魔理沙に家政婦は微笑ましく感じて表情が緩めて答える。
 多少大雑把で極端な説明であったが、恋心は最終的に相手と結ばれると言う部分は少なからず当たっている。
 そしてお嫁になると言う台詞は幼い魔理沙にとって影響を受けるに充分な力を持っていた。

「よし」
「え、お嬢様どこへ行くのですか?」

 思い立った魔理沙は勢い良く立ち上がり、家政婦の問いに耳を貸さずに駆け出し部屋を飛び出した。
 昼を過ぎ、徐々に傾きつつある太陽の日差しが差し込む縁側に抜けると迷う事無く駆け抜けある部屋の前へとたどり着くと、閉ざされている障子を両手で開き、内部へと進入する。
 室内は様々な書物が収められた本棚と簡素な机にタンス、それ位しか目に付く物のない質素なもので、そこには霖之助が椅子に座って休憩のお茶を啜っている最中だった。
 魔理沙は霖之助を視認するとそのまま椅子の近くまで歩み寄り、椅子に座っていながらも届かない身長差に見上げる形でじっと見つめる。
 霖之助は見つめてくる魔理沙を気にする事無く、片手で湯飲みを傾けながら空いたもう片方の手で本を捲って書かれている文章に目を通していく。

「どうしたんだい魔理沙。今日はもうどこにも行かないぞ?」
「ねぇこーりん」
「うん?」
「私と結婚して」
「ブフッ!」

 突拍子もない魔理沙の発言に霖之助は壮大にお茶を吹き出し、湯のみを逆流して飛び出し霖之助の顔をずぶ濡れした。
 緑茶も滴る眼鏡男になったところで霖之助は顔を拭く事も忘れて目を丸くしながら魔理沙と目を合わせる。

「ケホッ、魔理沙、今何て言ったんだい」
「だから私と結婚して」
「いきなりすぎるし、何故そんな事考えたんだ」
「こーりんは私の初恋なんだって。それで恋の人とは結婚するんだって。私、お嫁さんになりたいからこーりんと結婚するの」
「はぁ」
「森近さーん、こちらにお嬢様が向かいませんでし……もっ、森近さんどうしたんですか、そんなに顔を濡らして!?」
「顔? あ、いえこれは僕の不注意ですので気にしないでください」

 途中から急ぎ足で部屋に入ってきた家政婦は緑茶でずぶ濡れになっている霖之助の顔を見て驚愕する。
 伺った人物が緑茶でずぶ濡れになりながら少女と対峙しているという構図を見れば当然と言えば当然の反応だろう。
 そして霖之助もようやく顔を拭いていない事に気付き、慌てて手拭いを取り出して顔を拭く。

「とにかく結婚して、お嫁さんにして」
「いやいきなり結婚しろと言われてもだね……」
「お嬢様、あまり森近さんを困らせるものではありませんよ」
「やだー、私はお嫁さんになるのー」
「ああもう、みっともないですよ。すみません森近さん、突然押し入ったりして」
「いや特別気にする事でもないですから謝らなくても」

 家政婦は駄々を捏ねて「結婚して」の一点張りの魔理沙を引き離し暴れないように体を抱き締めてそのまま持ち上げる。
 力そのものは大して加えていないが、小さな少女である魔理沙にとっては大人の力に敵う筈もなく動きを封じられてしまった。
 それでも魔理沙は拘束から抜け出そうと嫌だ嫌だと言いながら束縛を受けていない脚でもがくが、脚は空を切り無駄な抵抗に終わっている。

「一体どうしたんですか、いきなり魔理沙がこんな事を言い始めるなんて」
「それがですね、先程までお嬢様と森近さんは仲が良いですねというお話をしていたのですが、少し私の説明が短絡的だったせいでしょうかお嬢様は森近さんは将来結婚するべき相手だと思ってしまったらしくて……」
「どちらかというと魔理沙の方が短絡的結論のようにも聞こえてきますがね」
「いえ、そこはまだお嬢様は幼いですから」

 お互いが魔理沙の発想と行動力に苦笑いを浮かべる。
 結婚は仲が良い者同士がする、結婚の説明を単純で分かりやすく説明すれば大体そのようになるだろう。
 だからといって聞いてからすぐに結婚を一方的に要求してくるなんて常識のある大人ならまず思い付かない。
 不用意な一言が今の事態を引き起こすなど家政婦もまた思わなかったのだ。
 ある程度事態を飲み込んだ霖之助は椅子から立ち上がると抵抗も諦めて大人しくなった魔理沙の目の位置に合うように膝を曲げる。

「なあ魔理沙」
「何さ……」
「残念だけど君とはまだ結婚できないよ、魔理沙はまだ子供だからね。結婚は大人同士でやるものなんだよ」
「私は子供じゃない、もう大人だもん」
「――魔理沙、あまり大人を困らせるものじゃない」
「子供じゃないもん!」

 なんとか宥めようとする霖之助だったが、どうしても受け止められない魔理沙は大声を出して否定し再び暴れ出す。
 不意を突かれた家政婦は驚きのあまり腕の力が緩み、その隙に魔理沙は腕の中をすり抜けて着地して駆け出し、二人から距離を取る。

「子供扱いばかりしないでよ、私はなんだってできるんだからね!」
「やれやれ、困ったものだ――」

 今度は子ども扱いされた事を猛烈に拒否する魔理沙に困り果てて頭を掻く霖之助だったが、その最中に魔理沙を黙らせる妙案を思い付き口元をにやりと吊り上げる。

「なんでもできると言ったね、じゃあ二百五十に十五を掛けるといくつなる?」
「え? えっと、まず五十を五掛けてそれからええっとんーっと……」
「できないじゃないか」
「ち、違うもん! 今のはこーりんがイキナリ言ってきたから悪いんだ!」
「なら問題を変えよう。太陽はどこから昇りどこへ沈む?」
「それは簡単! 西から出て東に落ちるんだよね!」
「その逆だよ……じゃあ近頃里でも悪戯して人を困らせてる氷の妖精の名前は?」
「まるきゅー!」
「全然違うよ、というよりどこからそんな単語が出てきたんだい」
「むー」

 自信満々で問題に答えるがどれも不正解を言われ不機嫌さを頬を膨らます事で表現する魔理沙を見た霖之助は元の椅子へと座り、机の引き出しから一枚の紙を取り出すとおもむろに羽ペンを手に取り紙の上に何かを書き始める。
 突然どうしたのかと理解できない魔理沙と家政婦は何も行動する事ができず、ただ霖之助の不可解な行動を見届ける事しかできないでいた。
 しばらくして動き続けていた霖之助の腕が止まり羽ペンを置いて何かを書いていた紙を持って立ち上がると、真っ直ぐに魔理沙の前へ歩み寄り膝を曲げてその紙を魔理沙の眼前に突きつけた。
 紙には縦書きの文字が並び、何行ごとに区切られていて各分の頭に「問い一、問い二、問い三――」と問題を表す記号が記されている。

「魔理沙が子供じゃないと言うならここに書かれている問題を全て解いてきなさい。もし全部解けたなら君は子供じゃないと認めてあげるよ」
「本当に!」
「ああ本当だ」
「そんなの楽勝だよ、すぐに全問正解してきてあげるから!」

 魔理沙は問題の書かれた紙を霖之助からふんだくるとそのまま踵を返して霖之助の部屋を飛び出して自室へ戻っていく。
 そして自室に戻ると机の上に紙を置き、椅子に勢い良く跨るとそのまま羽ペンを持つ。

「見てろー、私に不可能なんてないんだからね、こんなのちょちょいのちょいだよ」

 誰に言うでもなく一人意気込みを語り、書かれている問題に目を流し始めた。
 しかし、書かれている問題は国語や数学などの常識的な事から魔法に関する事などの専門的なものまで幅広く、多くの問題が子供にとっては解けない難題ばかりが綴られていた。
 最初は余裕の表情だった魔理沙も解らない問題は後回しにしていく内に難題だらけだと気づき始め、次第に難しい顔へと形を歪めていく。
 挙句には紙に殆ど回答を書く事ができず、解らない問題に頭を抱え始めてしまう。
 それでも負けず嫌いの性分である魔理沙は諦めようとせず、隣の本棚からそれらしい本を持ち出しては知識を吸収しようと読書に励み始めた。
 実はこれが霖之助の狙いで、魔理沙の態度、それなりに近くで見てきた性分を考えた上での作戦だったのだ。
 子供ではないと頑なに主張する魔理沙の前に課題を出せば認めてもらおうとそれに集中するだろう。
 そして霖之助の狙い通り、魔理沙は目的の為に目の前に出された課題に集中し、その為に本来の目的もすっかり忘れてしまっていた。

「うーん何この文字、全然読めない……」

 霖之助の作戦にまんまと嵌められた事にも気付かない魔理沙は本に書かれている文字を必死に解読しようと集中し続け、そのまま太陽は沈み星が輝き始めるまで猛勉強が続いた。

「――そういえば、別にこんな事する必要なんて無かったんじゃない! 騙したなこーりんー!」

 ふと本来の目的を思い出しようやく霖之助の策に嵌められたのだと気付いた魔理沙は頬を膨らまして怒りを露にする。
 すぐに霖之助の所に殴り込みをしようと思ったが、既に外は夜であり夕食時だった為、魔理沙の腹の虫が可愛い音を立てて空腹を主張してきた。

「……でもその前にご飯を食べよう。一杯勉強したらお腹空いちゃった」

 その後、腹を満たす為に夕食を食べた魔理沙は満腹感から今日の出来事がどうでも良くなってまた今度にしようと思い、そのまま布団の中に潜り込み就寝してしまうのだった。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 後日、魔理沙は騙された事に関してはそのままどうでも良くなったままになり次第に記憶も薄れていった。
 今まで通りのおてんば振りで周りの人や霖之助に触れ合い、誰もがいつもの魔理沙だと思っている。
 だが魔理沙の心の中にはあの出来事以来僅かな変化が起きていた。
 その変化とは、霖之助を他の男性よりも意識して見るようになった事。
 どうやったら子供だと評した霖之助に見方を変える事ができるのだろうか、そう考えていた。
 それから色々と考えては実行に移した。
 恥ずかしくて大胆にはできない故に随分控え目になってしまうが衣装を考えて着てみた。
 化粧にも挑戦してみた、が見るに耐えない有様だった為すぐに止めた。
 他にも服の汚れなどにも気を付けてみたり、少しだけ淑やかな振りもしてみた。
 しかしどれも魔理沙本人が気に入らなかったし霖之助も大きな反応は見せなかった為に長続きはしなかった。
 霖之助が普段何を見ていて何に興味があるのか、一つひとつ観測してそこから答えを導き出そうともしたが、どれも答えになりそうなものを見出す事はできなかった。
 やる事全てが失敗に終わり、成果を上げられないまま時が過ぎていった。

 季節は冬の如月。
 春が近いといえどまだまだ寒さが厳しいこの季節、人間の里の市場は寒さにも負けず商人達が道行く人間、妖怪に声を掛けて商品を売ろうとしている。
 賑やかさは霧雨邸の室内にまで鮮明に聞こえてきており、魔理沙は部屋の中で寝転がりながらなんとなく外から聞こえてくる声に耳を傾けていた。
 いつも聞きなれている筈の客引きの売り文句の筈なのだが、その中で普段は聞かない妙な言葉が妙に飛び交っている事に気が付いた。
 聞かない言葉に興味を持った魔理沙は、言葉の意味を知る為に隣で縫い物をしていた家政婦に立て肘をしながら顔を向ける。

「ねぇ、さっきから外の人が言ってる『ばれんたいん』って何?」
「ああバレンタインの事ですか? 最近流行り始めた西洋の習慣ですね」
「一体何をする習慣なの?」
「バレンタインは恋仲の人にお菓子や物を渡すのですよ。それによってその人の愛の誓いを示す訳ですね」
「つまり好きな人に贈り物をするんだ」
「その通りですね」
「じゃあ私がこーりんに贈り物したら私の事を見直してしてくれるかな?」

 純粋で包み隠さない正直な問いに家政婦は手を休め一瞬きょとんとした顔をするが、縫い物を床に置くとすぐに優しい笑顔を作り魔理沙を見据える。

「それは良い考えでございます。お嬢様も森近さんに何か贈り物をして気持ちをお伝えしたらいかがでしょう」
「うーん、でも何を贈ったら良いんだろう? 外の皆と同じのじゃつまらないし……」
「そうですねえ……」

 家政婦は上を見上げながら黙想すると、しばらくして妙案が浮んだと手を叩き魔理沙に振り返る。

「ではお花などいかがでしょうか? お花ならあまり他の人は選びませんし女の子らしいと思うのですが」
「お花かぁ……うんそうだお花が良い、私こーりんにお花あげる」
「あ、出掛ける前に一つだけ話しておきたい事があります」

 贈り物をする決心をした魔理沙は立ち上がり花を手に入れる為に部屋を抜けようとするが、家政婦の声に立ち止まる。

「お花を贈るならそれにあった花言葉を持つお花を選んだ方が良いですよ」
「花言葉って?」
「花言葉はそれぞれの花にある合い言葉の事です。殿方にお花を贈るのなら『愛』などといった花言葉を持つお花を選ぶと良いでしょう」
「じゃぁ私がそんなお花を探してくる。どうすれば良いかな?」
「お嬢様の部屋にある本棚にお花の図鑑があります、それには確か花言葉も一緒に載っていた筈です」
「そうなんだ、分かった調べてみる、ありがとう」

 魔理沙は一つ礼を言うとはやる気持ちを抑え切れずすぐさま駆け出し自室へと急ぎ、一分としない内に自室前の障子まで辿り着くと自分の倍以上ある障子を勢い良く開き中へと入る。
 そして見慣れた室内に佇む立派な本棚に駆け寄り目的の本を探すと、その目的の本は他の本より分厚いページ数で背表紙に大きく「花図鑑」と書かれていた為すぐに見つける事ができた。
 置いてある位置が少々高い所にあった為魔理沙は精一杯に背伸びをし図鑑へと腕を伸ばして引っ張り出す。
 棚から引き出された図鑑の重みで魔理沙はバランスを崩しつつも倒れないように踏ん張り、半分落とすような形で音を立てながら図鑑を畳みの上に下ろす。

「分厚いなぁ……すぐに見つかると良いんだけど」

 予想以上の図鑑の厚さに戸惑いながらも魔理沙は丈夫にできた表表紙を捲り一ページ目から目を通していく。
 ページのそれぞれには細かく写生された花の挿絵が並び、それぞれの花の生態が細かく記されており、その中に家政婦が言っていた通りその花に関する花言葉も丁重に記されていた。
 しかし記されている花言葉は花の数だけあり多彩、何頁捲っても魔理沙の目的に見合った花を見つける事ができない。

「あーもう、いい加減に出てきてよー!」

 途中から一頁ずつ捲るのが面倒になり我慢できなくなった魔理沙は中身も見ずに乱暴に頁を捲り始めてしまう。
 すでに諦め気味になってしまった魔理沙が偶然指を止めたページに視線を送ると、とある花に目が止まる。
 それは他の挿絵よりも黒く塗り潰された一つの花。
 白く描かれている花が多い中でぽつりと黒で塗り潰されたそれに引かれた魔理沙はそれの生態の書かれた文章を指でなぞる。

「名前は黒百合、花言葉は……『恋』」

 偶然見つけた花の花言葉を口にした時、魔理沙はある日の言葉を思い出していた。
 どれ程前の日かは忘れてしまったが、通り過ぎた時間の中で確実に聞いた事のある言葉。
 「初恋」、以前に家政婦が口にした言葉が今になって再び頭の中で反復し、やがて嬉しさに堪らず顔が綻び始める。

「そうだ、これだ、これが一番ぴったりだ! よーしこーりんめ待ってろー」

 家政婦に言われた言葉と直感で霖之助に渡すにはこれが一番だと思った魔理沙は図鑑をしまう事も忘れ、厚手の外套とマフラーを着込んでから自室を飛び出し玄関の方へと走る。
 玄関に辿り着くと靴を履き玄関の扉を開き、挨拶も無しに飛び出す。
 外の肌を刺すように寒い空気を顔に感じながらも勢いを止めず、人の行き交う通路へと駆け込み迷う事無く目的地へと駆ける。
 そして目的地はすぐに見えてきた。
 魔理沙の目の前には一軒の建物が佇み、建物の入り口の前には色とりどりの花が水の入った桶に挿されている。
 つまりその建物は花屋であり、魔理沙は黒百合を買う為にここまでやってきたのだ。

「おーい花屋のおじちゃーん」
「おんや、誰かと思ったら霧雨の所の嬢ちゃんじゃないかい。うちの坊主に用事があるなら今日も広場の方で遊んでるぞ」

 魔理沙の声に気が付いた店長である男性は気さくな態度で手を振りながら応える。
 店長の息子と魔理沙は良く遊ぶ仲の為、今回も息子への用事かと思い居場所を喋るが魔理沙は用事が違うと首を横に振る。

「ううん、今日はお花を買いに来たんだ」
「嬢ちゃんが花を? あー、もしかして今日がバレンタインだから好きな男に贈るつもりだな、よしきた! 一体何をお求めだい」
「えっとね、黒百合を探してるの」
「――あー、黒百合、かあ……」

 最初は威勢の良かった店長だったが、花の名前を聞くと表情が固まりばつが悪い様子で腕を組みながら唸り始めてしまう。
 店長の様子を見てなぜ難しい顔をするのか魔理沙は理解できず不思議そうに首を傾げる。

「悪いね嬢ちゃん、黒百合は今はうちにゃあ置いてないんだ」
「えっ、だってここお花屋さんでしょ? お花ならなんでもあるんじゃないの?」
「そりゃあ俺も品揃えには自信はあるがぁ……黒百合は夏に咲く花なんだよ、それに黒百合はここいらじゃ山にしか生えないから入荷するのも貴重だしなぁ」

 苦い顔をしながら店長は顔を横に向ける。
 向けられた視線の先には、遠い距離にあるがそれでもはっきり確認できる程高くそびえ立つ山が一つ存在していた。
 その山こそ店長が話した黒百合が咲くという山なのだ。
 距離にしたら丸一日歩いて辿り着ける程だろう、行こうと思えば人の足でも行けない場所ではないのだが、問題はその山は妖怪の中でも強い力を持っている天狗達の縄張りになっている事だろう。
 縄張り意識が強い天狗達は特定の用件以外では滅多に人間を近寄らせない為、並の人間では近づこうともしない秘境にも近い所となっていて山で採れる物は里でも貴重な代物として取り扱われていた。
 只でさえ貴重な代物の上に季節外れの花となってしまってはさすがにお手上げだったのだ。

「黒百合置いてないの?」
「残念だが、これだけはどうする事もできねぇ」
「そっか……」
「で、でもよぉ、それ以外で今の時期に咲いてる花だったら沢山取り揃えてるぜ。それでなんとか勘弁してもらえねえか?」

 黒百合が手に入らない事が分かった魔理沙はたちまち元気を無くし力なくうつむいてしまい、それを見た店長はせめても元気付けようと他の花を勧めようとしたが魔理沙は首を小さく横に振ってから顔を上げる。
 再び上げられた顔は残念そうではあったが小さく微笑んで心配そうにしている店長へと大丈夫だと表情で返す。

「ありがとうおじちゃん。でもその前にまた調べたい事があるから私帰るね」
「あ、ああそうかい? それじゃぁ気を付けて帰るんだぞ」
「うん、それじゃぁさようなら」

 心配な顔をしながら見送ってくれる店長に魔理沙は小さく手を振って花屋を後にする。
 勢い良く駆け出して来た時の元気は既になく、足取りは重い。
 店長に見せていた微笑みさえ今では消えて、張り付いている表情は落胆による暗いものになっていた。
 大人から見たら別の物で代行すれば良いではないかと思うかもしれない。
 しかし魔理沙の性格上一度決めた事は曲げようとせず、それ以外の事は考えられなかった。
 つまり今の魔理沙にとっては最早、霖之助に贈る物は無いものと思ってしまっていた。
 それが無性に悔しく悲しくて、次第に目元に熱い涙が溜まり始めてしまい鼻をすすり顔に力を入れて歩き続ける。

「あらあらそこのお嬢さん、そんな泣きそうな顔してどこへ行くのかしら?」
「え?」

 道を歩く人の足音や客引きの大声など様々な音が入り混じりかしましい程の雑音の中、静かなささやき声なのにはっきりと聞き取れる不思議な声に魔理沙が顔を上げ、声のした方向に顔を向ける。
 声のした方向は建物と建物の間、路地裏へと続く目立たない細道、そしてすぐ隣には紫色で統一されたワンピースを纏った女性が奇妙な形をした石突が付いた日傘を差して佇んでいた。
 深めに被った日傘から覗かせる金の長髪を揺らしながら微笑みを湛えた顔と小さく振っている手から、魔理沙は声の主は彼女であり自分に話しかけているのだと判断しその場で脚を止めた。

「今日はバレンタイン、愛しむ者達同士がその証を示しあう素敵な日だというのにそんな顔してるなんてもったいないわ。悩みがあるなら私が聞いてあげるわよ?」
「お姉さん誰?」
「質問を質問で返すなんてあまり礼儀が良くないわよ……でも貴方の知りたい事はもっともだわ、貴方と私が出会うのは初めてだものね。だから先に貴方の質問に答えてあげる」

 質問に答えてない事を不満に思った女性は一瞬呆れた顔をするが、すぐに先程と同じ微笑を作るとしゃがみ込み魔理沙と目線を合わせる。

「そうね、今の私は何でも屋さんかしら」
「何でも屋さん?」
「そう、貴方の悩みをぱぱっと解決しちゃう素敵な素敵なお店屋さん」
「何でもできるの?」
「ええ、貴方が願うならお菓子の山だって、誰もが羨ましがる美貌だって、絶対的な権力だって、何だって与えられる。本当は今日は営業日ではないけれど……」

 女性が人形のように整った綺麗な手を伸ばし、指で魔理沙の目から溢れていた涙を爪で傷つけないように優しく拭う。

「その涙に免じて特別に開業してあげる。あなたの欲しいものを言ってみなさい、それでその悲しみが晴れるのならね」
「う、うん……」

 微笑を絶やさず語り続ける女性とは対照的に常に暗い表情をし続ける魔理沙は言うべきかと戸惑いなかなか喋ろうとしない。
 それでも女性は嫌な顔もせず微笑みながら答えを待ち続け、魔理沙は女性と目を合わせたり背けたりを繰り返す。
 そんな状態が暫く続き、ついに観念した魔理沙は小さくゆっくりながらも口を開き始めた。

「……黒百合が、欲しい」
「黒百合? あの花の黒百合の事かしら」

 ようやく出た答えの意外さに女性は僅かに驚いた表情をして問い掛けると魔理沙はそれに小さく頷いた。

「確かに今の時期に黒百合は手に入らないから貴重だろうけど、随分控え目なものを頼むのね。なんで黒百合が欲しいのかしら?」
「だって……今日はバレンタインだって、好きな人に贈り物をする日だっていうから、私もこーりんに黒百合あげようと思ったの」
「あらあら、そのこーりんて人も憎いものね、こんな小さい子の心を掴んじゃうなんて」
「それでね、贈り物したら私は子供じゃないって分かってもらえるかなって、それで、お、お花屋さんに、行ってみたんだけど……」

 事の始まりを思い出しながら語っている内に静まりかけていた感情がぶり返してきた魔理沙は再び目元に涙が溜まり始めるが我慢しながら話を続ける。

「今は、お、お店に無いから、駄目、だって言、い、いわれて……」

 話せば話すほど我慢していた感情が溢れ出す。
 それでも気丈に振舞おうと溢れそうな涙を堪え、上ずり、つかえそうなになりながらも言葉を紡ぐ。

「せ、折角よさそ、うなの見つけたと思ったの、に、なのに、うっ、えっぐ、うう……」

 なんとか言葉を紡ぎ続けた魔理沙であったが、ついに押し寄せる感情に耐え切れなくなり目元から玉のような涙が次から次へと零れ落ち、声も完全につかえてしまい喘ぎ声しか出せなくなってしまう。
 その様子を全て見届けた女性は何も言わずに片腕を伸ばし、咽び泣く魔理沙の頭へと乗せて左右にゆっくりと撫で始める。

「貴方は好きな人の為に頑張っていたのね、それは凄く偉い事よ。貴方は立派だわ」

 女性はそう言うと再び無言で微笑みながら魔理沙の頭を撫で続ける。
 すると、喉をつかえながら泣いていた魔理沙は次第につかえる息遣いが大人しくなっていき、最後には鼻をすすってはいるものの涙も止み冷静さを取り戻していた。

「落ち着いたかしら」
「うん……」
「それだけ泣ける人なら、たとえ花でも今の貴方には何より大切な物でしょう。ならば貴方の願い、叶えてあげましょう」

 泣き終えた魔理沙の頭から手を放すと、女性はその手を自分の背後へと回し、再び魔理沙の目の前に差し出す。

「あ」

 差し出された手にはいつの間に持っていたのだろう、一輪の黒い花が掴まれていた。
 魔理沙はそれを実際に見たのはこれが初めてだったが、その独特の形状と色合いからすぐにその花の種類を判断した。
 それこそまさに今の魔理沙が欲しいと焦がれていた、黒百合だったのだ。

「何でも屋さんからのバレンタインプレゼント、てところかしらね。頑張る貴方の思いがその人に届きますように、なんてね」

 女性はまるで花にまじないを掛けるように呟きながら両手を使って黒百合を魔理沙の手に掴ませる。
 魔理沙は何が起きたのかも分からず掴まされた黒百合をまじまじと見つめていたが、次第に焦がれていた物をこの手にできたのだという気持ちが湧き上がり、呆然としていた顔にも喜びの笑顔が溢れ始める。
 態度も落ち着きを無くし、辺りを見回したり黒百合を見たり女性の顔を見たりと視線が定まらなくなり始める。

「え、っと、これ、もらっちゃって良いのかな?」
「勿論よ、貴方が望んだものを出してあげたのだから」
「っありがとう!」
「フフフ、どういたしまして」

 喜びのあまりに小躍りしながら礼を言う魔理沙に女性は変わらない微笑みを浮かべながら返す。
 そして思うだけ跳ね回った魔理沙はようやく動きを止め外套のポケットを弄り一つのがま口を取り出す。
 がま口を開き中を弄り、チャラチャラと小銭の擦れる音を立てながら一つひとつ中の小銭の数を数えていく。
 当然、それは少女に代金を払う為の行為だ。

「お金払わないと。いくらかな?」
「ちゃんとお金の事は忘れてないのね。でもお金払わなくても良いわ、その代わりに私と約束しない? それが今回の料金」
「約束? 何を約束するの?」
「今度また会ったのなら……私と遊んでくれるかしら?」
「お姉さんと遊ぶの? うん良いよ、今度皆と一緒に遊ぼうね! 約束する!」
「そう、遊んでくれるのね。その約束、いつか果たしてもらうからね、フフフ……」

 全てを言い終えた女性は曲げていた膝を伸ばして立ち上がる。

「さ、そろそろお行きなさいな。大事な人を長く待たせちゃ駄目よ」
「うん、ありがとう、魔法使いのお姉さん!」

 早く帰るようにと言われた魔理沙は二度目の礼を言い、がま口をしまうと帰路を駆け始める。
 顔には喜びで満ちた笑顔を湛え、両手には季節外れの黒百合を抱えて、行き交う人の合間を縫って駆け抜ける。
 目指すは自分が住まう我が家。
 小さい時から隣にいたお世辞にも愛想が良いとはあまり言えない、それでも最も親しい彼の元へ、子供なりの恋心を込めた一輪の花を持って。


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――あれから家に戻った後にあいつの所へ行って花を渡そうとしても結局また子供扱いされて花も受け取ってくれなかった。
     結構腹にきたのを覚えてる、人の苦労も知らないからって良くもまぁピシャリと断ったもんだなってね。
     だから何がなんでも、どれだけ時間が掛かろうともあいつを見返そうと思ったんだ。
     その為に色んな事に一生懸命取り組んだ。
     何でも屋の使ってたやつも便利だなというのもあって魔法なんかもかじった。
     だけど、あれこれ準備している内にあいつはさっさと家を出て行った。
     人がどれだけの思いで今まで過ごしてきたんだと思ってるのだか、やっぱり愛想が悪い。
     だが魔法の森で店を開いていると聞いてそれはそれで都合が良かったんだ。
     気付けば魔法の道にどっぷりはまり始めてて色々と材料が足りなくなってきてた所だからな。
     だからそれを理由に親の反対を押し切って半分家出みたいに我が家を飛び出した。
     少し行き当たりバッタリな行動だったかも知れないが、一人で暮らした方が色々と身に付くと思って眼を瞑った。
     後は料理だって、掃除だって、魔法だって一人前になってあいつに私を見てもらおうと頑張る日々。
     そんな日々が続いていく内に、なんでこんなにもあいつの事で必死なんだろうと思い返してみたんだ。
     色々心の整理をしてなんで必死なのかようやく分かったんだ。
     ああ、これが恋なんだなってね――


     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「んあ……?」

 普通の魔法使い、霧雨魔理沙は間の抜けた声を上げて目を覚ます。
 いまだ開き切らない寝ぼけ眼で横になっていた体を起こして辺りを見回す。
 辺りはビーカーやらフラスコ、大人が一人分入りそうな大きさの釜、そして散乱する魔道書やキノコ。
 寝ぼけた状態ではあったが、魔理沙は今いる場所が住み慣れた第二の我が家の室内、そして毎晩お世話にベッドの上だと判断できた。

「夢、か……何の夢見てたんだっけ?」

 眠気が抜け切らない頭をゆらゆらと揺らして先程まで見ていた夢の内容を思い出そうとする。
 しかし夢というものは儚いもので、案外起きてからすぐに見ていた内容が記憶から薄れていくものである。
 それは魔理沙も例外ではなく、いくら思い出そうとしても寝ぼけた頭では夢の内容を思い出す事はできずにいた。

「まぁ良いか、思い出せないようなものならあまり重要な内容じゃなかったんだろう」

 どうせたいした事ではないと判断した魔理沙は気分を切り替えて一つ大きな欠伸をしてからベッドから飛び降りる。
 着ていたパジャマを脱ぎ捨て毎度お馴染みの白黒衣装へと着替え、壁掛け式の鏡の前で寝癖の付いた髪をブラシでとかしてから三つ編みを編み、身嗜みは完了。
 身嗜みが終わったらキッチンへ移動。
 さすがに調理をする場とあってか他の部屋よりは整頓されたキッチンで適当な材料を見つけ出して手馴れた様子で料理を作っていく。
 できた料理は、焼いた川魚の干物とキノコと大根のみそ汁、そしてふっくらと炊き上がった白米と、誰が見ても紛う事ない家庭的な日本の朝食を完成させると、それを机の上に形良く並べ「いただきます」と自然の恵みに感謝してしっかり噛んで味を堪能する。
 やがて残す事無く食べ終えて空になった食器を洗って朝食は終了。

「さて、今日はどうしようか。予定もないからわりと時間が余ってるしなぁ」

 魔理沙は頭を軽く掻きながら今日一日の予定を考える。
 朝起きたは良いが今日は誰との約束もなく、まったくのフリーな状態だった。
 予定がないなら部屋に篭って魔法の実験を繰り返すのが魔法使いなのだが、魔理沙の場合は予定がないと外に出る。
 本人は暇で目的もなく実験したってなんの成果も得られない、目標があるから実験は成果を得るものだと考えているからだ。

「紅魔館の図書館は昨日行ったしなぁ、合間もなく行くと目くじら立てる奴がいるからパス。アリスはここ数日新しい魔法の開発とかで部屋に篭ってるし、まぁ部屋に篭ってるのはいつもの事か。後はもう霊夢の所かあるいは……」

 腕を組みながらあれやこれやと考えを巡らせながらふと目を向けると、その先にある物が目に映る。
 目に映ったのは一つの小さな一輪挿し、そしてそれに挿された一輪の黒百合。
 それを見て閃いた魔理沙は口元を笑みで歪めるながら指を鳴らして玄関に向けて歩き始めた。

「今日はあいつをからかいにいくか」

 玄関に辿り着くと壁掛けに掛けてあったトレードマークともいえる黒い三角帽を深く被り、雑に放置されていた靴を履く。
 さらに壁に立て掛けてあった愛用の箒を手に取り、いつもの外出のスタイルを完成させると玄関のドアノブに握る。

「毎度客が来なくて閑古鳥が鳴いてるあいつの所で冷やかしでもしてやるぜ」

 悪戯心からか、それとも他の何かか、口元に不敵な笑みを湛えながらドアを開き外へと飛び立っていく。
 魔法の森の入り口にある奇妙な代物ばかりがそろう奇妙な店を目指して。

     ○ ○ ○

藍「紫様どうしたのですか、まだ冬眠の時期だと言うのに出かけたりなどして」
紫「いえ、最近幻想郷でもバレンタインの習慣が流れてきたっていうからちょっと様子見にね……
  それでそこで中々面白い子がいたからちょっとだけ手助けをしてきちゃったわ」
藍「紫様のことですからそれだけではないでしょう」
紫「勿論よ。いつか一緒に遊びましょって約束してきたわ」
藍「……またそんな事を言って、遊ぶの紫様だけで一方的な遊びなのでしょう」
紫「さぁ? 何の事だか分からないわ」
藍「はぁ……その人間の子も大変だ……この先紫様に苛められる運命が待っているなんて……」
紫「あらあら、一体誰が誰を苛めてるって、言・う・の・か・し・ら?」
藍「い、痛い、痛いです紫様! 傘で叩かないでください! 嘘です、紫様は優しい人です!」
紫「よろしい。
  でもね、例え苛めたとしてもそんなの平気なくらい良いものを渡してきたの。だからそれぐらいの方が相応の代金よ」
藍「一体何を渡してきたというのですか?」
紫「将来に大きく関わってくるような花よ。素敵な花言葉を持った、ね」

     ○ ○ ○

以下、あとがきという名のコメント

今年はバレンタインに向けたネタが間に合っ……てねえ(´・ω・`)
去年に続けて数日遅れたバレンタインネタとなってしまいましたが書いたからには落とす。

どうも、チョコは普通に大好き更待酉です。
さて、バレンタインという事で恋する魔理沙物語をお送りさせてもらった訳ですがいかがでしたでしょうか?
この作品は過去作の「恋の呪い」「人間~」と世界が繋がっている三部目となってます。
なんだかんだで三部目です。やっぱりこの二人の組み合わせが好き。
そして今回も気付いたら、魔理沙泣かせてたり、紫様が妙においしそうな位置を陣取っていました。
これもすべて紫様の仕業です。


2月20日:文章ちょびっと弄る&コメント返信
更待酉
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コメント



0.1860簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ゆかりんがかっこよすぎる…!?馬鹿なっ!?
とても楽しんで読むことができました。
なのでこの点数を…
6.90脇役削除
うん、可愛い魔理沙だ……しかしよくバレンタインに起きてこれたなゆかりん
そんでもって、香霖……あんたのおかげで魔理沙がここに居るんだな~
でも殺す!
7.100名無し妖怪削除
あの作品の続きか…
と、いうことは4作目も期待しててもいいということですかな?wwww
11.100時空や空間を翔る程度の能力削除
コレは初々しい魔理沙の幼少時代ですね。
して、紫の心使いにも洒落てます。

恋はパワーだぜ!!
12.80三文字削除
ふと、黒百合の花言葉調べてみたら「恋」と「呪い」でした。
確かに魔理沙らしい、花言葉と言えば花言葉だ。
でも、何だかんだでやっぱ魔理沙も乙女なんだなぁ・・・
17.100名前が無い程度の能力削除
可愛いなあ、もう。
でもMVPは謎の日傘の女性ですね
18.90名前が無い程度の能力削除
まさか数年後の魔理沙と弾幕ごっこで遊んでやっつけられる(in妖々夢)とは思わなかったろうなあ、ゆかりんwww
それはそうとこーりん、花受け取るくらいしてやってくれ…。
22.無評価更待酉削除
もっそり返信タイム

>ゆかりんがかっこよすぎる…!?馬鹿なっ!?
紫様もかっこよくしたい時だってあるんですよ、きっと
まさにゆかりんマジック!

>うん、可愛い魔理沙だ……しかしよくバレンタインに起きてこれたなゆかりん
>そんでもって、香霖……あんたのおかげで魔理沙がここに居るんだな~
>でも殺す!
冬眠といっても突付いたりしたら起きてくると思うんですよ、熊とかリスみたいに。
霖之助のおかげで魔理沙は困っちゃうくらい元気です。
でもぼくたちのにいさんをころすなんてとんでもない!

>と、いうことは4作目も期待しててもいいということですかな?wwww
4作目はいったいどうなっちゃうんでしょう?wwww
少なくとも現在はテキストに一行すら打ち込んでいませんからなんとも言えません。
でも、もし続きを書くとしたら次あたりで一連の物語を完結する方針で進むでしょうね。
気が向いた時に作品を作るあまり計画性のない作者なのですぐにとは言えません、のらりくらりと書いていこうかなとも考えています。

>コレは初々しい魔理沙の幼少時代ですね。
>して、紫の心使いにも洒落てます。
魔理沙を小さくしたらこんな感じかなぁ、なんて思いながらカリカリと……
でも書いてる途中で「私ったら最強ね!」とか言い出しそうだと思ってしまったのは君と僕だけの内緒だ!
紫様の心遣いは洒落てますが、後々に何されるか分からないから注意が必要です。

>ふと、黒百合の花言葉調べてみたら「恋」と「呪い」でした。
>確かに魔理沙らしい、花言葉と言えば花言葉だ。
>でも、何だかんだでやっぱ魔理沙も乙女なんだなぁ・・・
「恋」で「呪い」というのだからまったくもって面白いものです。
黒百合の花言葉としても花びらの色としても魔理沙にぴったりだと思ってます。
そして魔理沙は専用BGMに「恋色」をつけるだけに生っ粋の乙女なんですよ、きっと。

>でもMVPは謎の日傘の女性ですね
いやですねぇ謎の、だなんて。
彼女の名前はみんな知ってるかの有名な……誰だったっけ?

>まさか数年後の魔理沙と弾幕ごっこで遊んでやっつけられる(in妖々夢)とは思わなかったろうなあ、ゆかりんwww
>それはそうとこーりん、花受け取るくらいしてやってくれ…。
魔理沙の成長速度は紫様の予想をはるかに上回ったようです。
くやしい、でも(ry
そして花を受け取ってくれない霖之助がようやく受け取るのはそれから数年後の話。
43.100名前が無い程度の能力削除
魔理沙かわいいw
50.100名前が無い程度の能力削除
幼いながら恋する魔理沙、手助けする紫様に、歳も性別も忘れてぐねぐねしちゃいましたw
さぁ、完結が楽しみだw
53.90名前が無い程度の能力削除
 楽しめました。ありがとうございます。