気が付けば、私はそこに在った。
なぜかはわからない。
ただ、そこに在った。
もう4月。
季節はずれの吹雪の吹き荒れる雪原。
この異常に長い冬が、私を生み出したのだろうか。
あらゆるものには存在する理由があるという。
なら、私がここに存在する理由はなんなのだろう。
・・・・・・まあいい。
それはおいおい見つけていくとしよう。
当面の目標は、目標を見つけること。
幸い、まだ冬は長そうだから。
* * *
―4月3日
レティ 「・・・・・・暇だわ。
この何にもない雪原でなにをしろっていうのかしら。」
* * *
―4月4日
レティ 「空を眺めるのも飽きたわねぇ。
なにかアクションがないと退屈で死にそう。」
―ぼすっ!
レティ 「痛ッ! ・・・・・・雪玉?」
??? 「こらー! ここはあたいのモノポリーだぞ!!」
レティ 「・・・・・・?」
??? 「・・・・・・。」
レティ 「・・・・・・えっと、テリトリー?」
??? 「・・・・・・さ、最近はそうとも呼ぶらしいわね!」
レティ 「で、なにか用?」
??? 「・・・・・・?」
レティ 「人にからんどいて要件忘れるわけ?」
??? 「・・・・・・そう!! ここはあたいのモノ―――」
レティ 「テリトリーね。」
??? 「・・・ぐぬっ! お、覚えてろー!!」
レティ 「・・・・・・なんだったのかしら。」
* * *
―4月6日
レティ 「・・・また来たの?」
??? 「あんたこそまだ居るのね! あんた誰よ!?」
レティ 「私? レティ・ホワイトロックよ。あんたは?」
??? 「・・・・・・?」
レティ 「あんたの名前は?」
??? 「・・・・・・お、覚えてろー!!」
レティ 「あんたこそ自分の名前くらい覚えてないさいよ。」
* * *
―4月7日
??? 「おい!」
レティ 「レティ。自分の名前だけでなく私の名前まで忘れたのね。」
??? 「じ、自分の名前くらい覚えてるわよ!」
レティ 「へぇ。ぜひ拝聴したいわ。」
??? 「・・・え、えっと?」
レティ 「エエットね。面白い名前。」
??? 「違うわよ!! ・・・ち、さ、さるのよ!!」
レティ 「猿野? エエットより面白い名前だわ。」
猿野? 「・・・・・・?」
レティ 「なんか違うけどまいっか、みたいな顔するな。」
猿野? 「覚えてろー!!」
レティ (かわいそうに、バカなんだ・・・。)
* * *
―4月8日
レティ 「あら猿野。また来たの。」
猿野? 「さ、さるのじゃないわよ!」
レティ 「でしょうね。で、本当の名前は?」
猿野? 「えっと、ち、て、テルノ?」
レティ 「携帯ショップみたいな名前ね。」
??? 「チルノちゃーん!」
テルノ?「あっ、大ちゃんが呼んでる。・・・覚えてろー!!」
レティ 「・・・・・・なにを? テルノを?」
* * *
―4月10日
??? 「あっ、この間チルノちゃんと一緒に居た・・・。」
レティ 「レティよ。レティ・ホワイトロック。冬の精。
あの子はチルノっていうのね。」
??? 「はい! レティさん、よろしくお願いしますね。」
レティ 「で、あなたの名前は?」
??? 「ありません。」
レティ 「・・・・・・へっ? だから名ま―――」
??? 「ありません。」
レティ 「・・・・・・ごめん。聞いちゃいけないこと聞いちゃった気がする。」
??? 「大ちゃん、って呼んでくださいね♪」
* * *
―4月11日
レティ 「こんにちはチルノ。」
チルノ 「な、なんであたいの名前を!?」
レティ 「悲しいことにあんたより詳しいわ。」
* * *
―4月13日
大妖精 「あの、レティさん。お願いがあるんですけど。」
レティ 「さん付けやめてくれたら聞いてあげるわよ。」
大妖精 「じゃあ、レティちゃん。」
レティ 「・・・・・・まあ、いっか。」
大妖精 「あの、チルノちゃんのお友達になってもらえませんか?」
レティ 「う~ん、バカな子は嫌いなんだけど―――」
―ぼすっ!!
チルノ 「やーい!!」
レティ 「・・・もうあっちはそのつもりみたいでね。」
大妖精 「ふふっ、そうみたい。」
レティ 「そういうわけだから上等だ待てやコラァ!!」
チルノ 「きゃー♪」
* * *
―4月14日
チルノ 「雪だるま作ろー♪」
レティ 「よし、どっちがうまく作れるか競争よ!」
大妖精 (・・・なんだか正反対なのに、不思議と息が合ってるのよね。)
チルノ 「できたッ!」
レティ 「こっちもできたわ。」
大妖精 「・・・チルノちゃんのは大きくて、レティちゃんのは小さいけど、
なんでどっちも極端に体が大きくて頭が小さいの? バランスが悪いよ?」
チルノ 「体が大きいレティだるま!」
レティ 「頭が小さいチルノだるま。」
大妖精 (・・・ああ、実はそっくりなんだ。)
* * *
―4月15日
レティだるまが何者かによって改造されていた。
胴体部分が削られてずいぶん縦長にされていた。
チルノちゃんは怒ってたけど、レティちゃんはほくそ笑んでいた。
* * *
―4月17日
チルノ 「今日は雪合戦だー♪」
レティ 「おっけー。得意だわ。」
チルノ 「ねー、レティ? 石入れていい?」
レティ 「いいわよ。私は岩入れるから。」
チルノ 「ごめんなさい。」
大妖精 (大人げないなぁ。)
* * *
―4月20日
レティ 「滑り台を作りましょ。雪ならいくらでもあるし。」
チルノ 「よ~し、超大作にするんだから!」
* * *
―4月23日
レティ 「まさか3日がかりで滑り台作るハメになるとは思わなかったわ。」
大妖精 「でもすごい出来だね!」
チルノ 「わーい♪(シャー)」
大妖精 「ふふっ、チルノちゃん楽しそう。」
チルノ 「はぶッ!?(ぐしゃ!!)」
大妖精 「でもやっぱり滑り台で一回転ループは無理だったと思うな。」
レティ 「うん、私も思った。」
* * *
―4月25日
チルノ 「わー♪(シャーッ)」
レティ 「毎度思うんだけど、ソリってなにかが足りないのよねぇ。」
チルノ 「わー♪(シャーッ)」
大妖精 「そうかな? スリルもあって楽しいと思うよ?」
チルノ 「わー♪(シャーッ)」
レティ 「う~ん、なにが足りないのかしらねぇ。」
チルノ 「わー♪(シャーッ)」
レティ 「・・・・・・わかった。ブレーキが足りないんだ。」
チルノ 「わぁぁぁぁああああ!?!?(ドゴンッ!!)」
* * *
―4月28日
チルノ 「くっそー、当たらない!」
レティ 「ふっふっふ、チルノの雪玉の精密射程は3メートル。
対して私の雪玉の精密射程は5メートル。
この距離ならば私が一方的に有利なのよ!!」
大妖精 「・・・・・・えいっ。」
レティ 「ぶっ!! ふ、伏兵だとぉ!?」
大妖精 「いや、ずっとここにいたから。」
チルノ 「よーし、やっちゃえ大ちゃふぎゃ!?」
大妖精 「いや、チルノちゃんも敵ですから。」
* * *
―4月30日
チルノ 「かまくらー♪ かまくらー♪」
レティ 「ちょっとチルノ! 無計画に積まないでよね!」
チルノ 「え~! いいじゃんか~!」
レティ 「バカね。こういうのはちゃんと計画性を持って―――」
* * *
―5月3日
レティ 「よ、ようやく完成したわッ!」
チルノ 「わあー! すごいすごい!!」
大妖精 「・・・きっとかまくら作るのに設計図描いたのは私達が初めてだね。」
レティ 「・・・そうね。3LDKのかまくらを作るのもきっと世界初だわ。」
* * *
―5月7日
チルノ 「うわぁぁぁぁん!!」
大妖精 「ど、どうしたのチルノちゃん!?」
チルノ 「大ちゃんとレティのおやつこっそり食べたらレティにぶたれたぁ!!」
大妖精 「・・・・・・えいっ。」
チルノ 「大ちゃんもぶったぁ!?」
* * *
―5月9日
レティ 「ねえ、大ちゃんってチルノと付き合い長いの?」
大妖精 「うん。かれこれもう数年はずっと一緒にいるよ。」
レティ 「・・・・・・それは大変お疲れ様ね。」
* * *
―5月12日
レティ 「いたたたたたっ! チルノちゃんと歩いてよ!」
チルノ 「むきゅう~・・・。」
大妖精 「わっ!? 二人ともその怪我どうしたの!?」
レティ 「巫女とか魔法使いとかメイドとかに撃墜されたわ。」
大妖精 「えっと、どこの仮装大会?」
* * *
―5月14日
大妖精 「ううっ、寒い・・・。」
レティ 「そっか。私達と違って普通の妖精の大ちゃんにはこの寒さはきついかもね。」
チルノ 「大ちゃん大丈夫?」
レティ 「ほら、こうして抱きしめればあったかい?(きゅっ)」
大妖精 「・・・・・・うん。あったかいね。」
チルノ 「あたいも!」
レティ 「あんたは暑いの駄目でしょうが。」
チルノ 「あ~た~い~も~!!」
レティ 「ったく、しょうがないわね。(きゅっ)」
チルノ 「うん、厚い。」
レティ 「あはっ☆」
チルノ 「ちょ、締ッ!? ギブギブギブ!!」
* * *
―5月17日
チルノ 「くぅ~・・・。」
レティ 「膝枕なんかするんじゃなかった。動けないわ。」
大妖精 「ふふっ、なんだか親子みたいだね。」
レティ 「冗談。こんなおバカな子はいらないわ。」
大妖精 「がんばってね、お母さん♪」
レティ 「そこはお姉さんに任せるわよ。私は放任主義だから。」
* * *
―5月18日
レティ 「チルノ、自分の名前は覚えられた?」
チルノ 「と、当然よ!!」
レティ 「じゃあ書いてみて。ひらがなでいいわよ。」
さるの
レティ 「最初の一文字が逆・・・、いいわ、カタカナで書いて。」
テルノ
レティ 「英語で書かせたろか。」
* * *
―5月21日
チルノ 「あっ、見て!」
大妖精 「雪の間から花が・・・。」
レティ 「・・・・・・そろそろ冬も終わりね。」
チルノ 「え~、ヤダ~。」
レティ 「春は嫌い?」
チルノ 「そのあと夏が来るから嫌い~。」
レティ 「その春の前は冬よ?」
チルノ 「はうっ!?」
* * *
―5月22日
大妖精 「・・・・・・レティちゃん、ちょっといい?」
レティ 「あら、なぁに改まって。」
大妖精 「聞きたいことが、あるんだけど―――」
* * *
―5月23日
レティ 「そらっ!!」
チルノ 「ぶッ!! やったなぁ!!」
レティ 「そんなへなちょこの雪玉なんて当たらないわよ?」
チルノ 「この~!!」
大妖精 「・・・・・・。」
チルノ 「・・・大ちゃん、どうかしたの? お腹痛い?」
大妖精 「ううん。なんでもないよ。」
レティ 「そう。なんでもないなら楽しまなくちゃ!」
大妖精 「・・・・・・そうだね! えいっ!」
レティ 「ぶッ!!」
* * *
―5月25日
大妖精 「レティちゃん。」
レティ 「ん? なに?」
大妖精 「レティちゃんはチルノちゃんのこと好き?」
レティ 「・・・恥ずかしいこと聞くわね。」
大妖精 「うん。聞く。」
レティ 「バカは嫌いよ。」
大妖精 「・・・・・・うん。」
レティ 「・・・・・・チルノはバカじゃなくて大バカだけどね。」
大妖精 「うん。ということは?」
レティ 「すきすきだいすきチョーあいしてる。・・・・・・満足した?」
大妖精 「うん。満足した。」
レティ 「ぐっ、強い・・・・・・。」
* * *
―5月27日
大妖精 「チルノちゃん、お話があるの。」
チルノ 「ん? なに?」
大妖精 「あのね。・・・・・・今度、お別れ会をしようと思うの。」
チルノ 「なんで? だれの?」
大妖精 「・・・・・・レティちゃんの。」
* * *
―5月28日
レティ 「さあ、今日も遊ぶわよ! ・・・二人ともテンション低いわねぇ。」
大妖精 「・・・・・・うん。」
レティ 「どうしたのよ。朝ご飯食べた?」
チルノ 「レティ、もうすぐ居なくなっちゃうって、本当?」
レティ 「・・・・・・。」
チルノ 「・・・・・・ねえ。」
レティ 「・・・・・・もうすぐ春だからね。冬の精は退場しないと。」
チルノ 「・・・・・・。」
レティ 「やあねぇ、湿っぽい話は。残り少ない時間だからきっちり遊ばないとね。」
チルノ 「・・・・・・。」
レティ 「ねえ、だからさ。悔いなんて残らないように沢山遊ぶはッ!?」
チルノ 「・・・・・・スキあり♪」
レティ 「ふ、ふふふふっ。・・・上等だコラァ!!」
チルノ 「きゃー♪」
大妖精 「あはははははははっ!」
* * *
「春ですよ~♪ 春ですよ~♪」
春を告げる精、リリーはのんびりと空を舞いながら、
幻想中に春を伝えて周る。
幻想郷に春が返還され、
眠っていた草花達がそろって芽吹き始める。
雪はまだ残るものの、日差しはもう春の陽気を宿していた。
リリーは上機嫌に空をふよふよと漂いながら、春の往来を告げて周る。
「春ですよ~♪ 春ですはぶッ!?」
その軽やかな声が唐突に中断された。
宙を漂うリリーはなんの前触れもなく雪玉によって狙撃されたのだった。
「痛った~。もう、誰ですか雪玉なんて投げてきたのは!! わっ、石まで入ってますぅ!?」
突然の攻撃に憤慨し、直後にその雪玉を見て怒りを忘れるほど驚いた。
石入りの雪玉だったのだ。
極悪非道な所業である。
自分は春を告げて周るだけなのに、どうしてこうも憎しみをぶつけられなければならないのか。
リリーは地上をきょろきょろと見回し、
そしてその元凶をすぐに見つけた。
「なんでこんなひどいことするんですかぁ!?」
「うるさい! こっちに来るなぁ!」
どうやら、雪玉を投げつけてきたのはあのちっこい氷精らしい。
いくら寒いのが好きな種族とはいえこの仕打ちはひどすぎる。
冬の後には春が必ず訪れるものだ。
嫌とはいえ、そこは割り切ってもらわなければ困る。
リリーはふよふよと地面に降り立つと、
その氷精の下まで詰め寄った。
そして、ぽかんと口を開けた。
その氷精は、なぜだか泣いていた。
「来るなって言ってるだろぉ! 来るなよぉ!!」
「はぁ。そうは言われましても、仕事ですので。」
「駄目だよチルノちゃん! そんなひどいことしちゃ駄目!」
必死に氷精を取り押さえようとしている妖精を見ると、
どうも自分はあの氷精にだけ恨まれているらしい。
とは言うものの、まったく心当たりはない。
はてさて、どうしたものか。
もう幻想郷中に春は伝えてしまったし。
もう残るはここだけだというのに。
「やめなさいおバカ。」
「痛ッ!!」
ゴッ、と痛そう音がして、氷精の頭上に拳骨が落ちた。
ふぅ、と呆れたようなため息。
氷精に一撃を加えた冬の精は、
小春の日差しのように清々しい笑みを向けた。
「こんにちは、春の精。いい陽気ね。」
「そうですね~。春真っ盛りですぅ。」
「・・・ありがと。ここ、最後にまわしてくれたんでしょう?」
「なんのことだかわかりませ~ん。私は春を伝えるだけですから。」
「そ。まあいいわ。」
冬の精、レティ・ホワイトロックはどちらでもいいと首を振り、
そしてくるりと二人の友人に振り返った。
「そういうわけだから、大ちゃん、チルノ。もうお別れね。」
そんな、まるで忘れ物でもとってくるかのような気軽さで。
春の訪れ。
それは、冬の精にとってのタイムリミットでもある。
もちろん、冬の精であるレティも例外ではない。
やがては訪れる別れ。
それはもう、奇跡と呼べるほど十分に先延ばしにされてきた。
それでも、もう時間なのだ。
「やだ。」
チルノがぽつりと声を落とした。
「やだやだやだやだ。」
「チルノ・・・。」
「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!」
小さな頭を振り乱して全力で否定する。
この数日間、未練のないように沢山遊び尽くしてきた。
いつレティとのお別れがきてもいいように。
そう思って、精一杯楽しんできた。
・・・いいわけがない。
お別れなんてきていいわけがない。
未練なんかなくなるわけがない!
チルノは、もう悲鳴に近い叫びを上げた。
「行かないでよレティ! ずっと一緒に遊ぼうよ!」
「チルノ。それは無理よ。」
「おやつも全部あげるよ! いきなり雪玉ぶつけるのもやめる!」
「チルノ。わかってよ。」
「わからないよ! そんなのわかるくらいなら一生バカだっていい!!」
「チルノ!!」
レティの上げた怒声に、チルノは子猫のように肩を跳ね上がらせた。
再び、チルノの目に涙が盛り上がった。
頭では理解していた。
駄目なのだ。
もう、なにを言っても。
なにを望んでも。
もうレティとは、お別れするしかない。
チルノには、どうすることもできないのだということを。
それは、レティにもどうすることもできないのだということを。
「チルノ。バカは嫌いよ。」
「ッ!」
痛かった。
いままでぶつけられたどんな雪玉より痛かった。
レティに、嫌われるのが痛かった。
「・・・っ・・・くっ・・・・ずずっ。」
チルノは涙をこすって、
鼻水をすすって、
しかし、駄々をこねるのをやめた。
・・・レティは、バカは嫌いだから。
「チルノ。一つお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「・・・っ、聞くよ。なんでも聞く。」
「難しいわよ。とっても難しいこと。できる?」
「やる!」
「じゃあおやつ一ヶ月禁止。」
「ッ!? う、あう・・・。で、できるもん!!」
「嘘よ。冗談。・・・でも、それよりももっと難しいことよ?」
「できるもん!」
「そう。じゃあ―――」
長い間。
レティ自身が、それを伝えるのを躊躇うかのような。
それでも、レティはチルノに優しく微笑みかけて、
「―――笑って、お別れしたいな。」
ぽろぽろと、またとめどなく涙が溢れ出した。
止まらない。
ぜんぜん止まらない。
こすってもこすってもなくならない。
泣いちゃだめなのに。
笑わなくちゃいけないのに。
レティと、お別れしなくちゃいけないのに。
「チルノ、できる?」
とて、
とてとてとて、
チルノはふらふらとレティに歩み寄って、
ぼふっ、とレティの胸に顔を埋めた。
そして、いやいやをするようにぐりぐりと顔を押し付けた。
まるで聞き分けのない子供が駄々をこねるように。
やがて、その動きがぴたりと止まった。
音も、風も、時間も。
なにもかもがぴたりと止まった雪原。
ただじっと、そんな二人のことを静かに見守るような静寂。
チルノが、その顔を上げた。
「・・・ばいばい、レティ。」
笑っていた。
チルノは、あの3人で遊んでいたときとまったく同じ笑顔で、
笑っていた。
それにレティは堪らなく嬉しくなる。
たった2ヶ月程度しかない思い出が、ダムが決壊したようにあふれ出し、
喉奥に熱いものがこみ上げた。
情けないな。
チルノが堪えているのに、
私のほうが堪えられないなんて。
「ありがとう、チルノ。大好きよ。」
レティはそのチルノの額にそっとキスをする。
冷たいはずの冬の精は、なぜだかとても暖かくて。
チルノはまた泣きそうになった。
でも堪える。
一滴たりとも零すものか。
だってレティが、それを望んでいるのだから。
そんなチルノの精一杯の隠し事が、レティにはまるで筒抜けで。
レティは本当に嬉しそうに微笑みながらチルノを抱き寄せ、
そして、さらさらと儚い粉雪のように春風に消えていった。
後には静寂。
何もない雪原。
まるで、この2ヶ月間そのものが夢だったかのように。
何もない。
ただそこに唯一、
それが夢でなかったことを証明するかのように、
雪原に2つ、ひどく不恰好な雪だるまが仲良く頓挫していた。
その二つは春の日差しを受けてもう溶けかかっていて、
まるで寄り添うように、小さな雪だるまが大きな雪だるまに倒れ掛かっていた。
「・・・・・・。」
「チルノちゃん。」
「・・・・・・っく。」
「チルノちゃん。もういいよ。」
「・・・っ・・・くっ・・・ずずっ。」
「もう、泣いてもいいよ。」
「っ、うあ、わあああああああああああああああ!!!」
* * *
あれからもう半年以上が経ちました。
チルノちゃんはまだ立ち直れていません。
楽しみにしていたプリンを落としても、
勢いよく木に正面衝突しても、
次の日にはけろっとしていたチルノちゃん。
そのチルノちゃんが、もう半年も立ち直れていません。
私はどうすればいいんでしょう?
私にできることって、なんなんでしょう?
今はただ、チルノちゃんをそっとしておいてあげることしかできません。
私はひどい子です。
チルノちゃんが辛いのに私にはなにもしてあげることができません。
今日も、ただいつものように・・・。
「おっはー、大ちゃん♪」
「あっ、橙ちゃん。おはよう。」
「元気~?」
「うん、元気だよ。」
「・・・・・・チルノは?」
「・・・・・・まだ。」
「・・・・・・そっか。また来るね。」
「うん。ごめんね。」
私はもう半年も同じように、こうしてチルノちゃんに会いに来た人を断っている。
最初のころは誰かに会おうとするだけで暴れてしまって大変だった。
みんなもわかってくれてはいるけど、
チルノちゃんとの仲を悪くしないために、今はこうしている。
でもこれは何の解決にもなっていない。
問題を、ただ先延ばしにしているだけ。
やっぱり、誰かをチルノちゃんに会わせてあげなければ駄目だと思う。
もう一度、誰かと一緒にいる楽しさを思い出してもらわなくちゃ駄目だと思う。
けど、誰を会わせてあげればいいんだろう。
私じゃ駄目だった。
ルーミアちゃんも橙ちゃんも駄目。
もうわからない。
私は、チルノちゃんのためになにをしてあげられるのだろう。
私は―――
「こんにちは。」
「あっ、はい。こんにちは。ごめんなさい、ここから先は―――」
「通ってもいい?」
・・・・・・えっ?
そのときの私は、どれだけ間の抜けた顔をしていただろう。
ただぽかんと口を開けて、かくかくと頷くことしかできなかった。
* * *
広い雪原にうずくまる小さな背中。
私はなるべく音を立てないように足元の雪をかき集める。
今年の初雪はやや水分が多め。
絶妙な分量だ。
ぎゅっ、ぎゅっと、十分すぎるほど握り固めた渾身の一球。
その無防備すぎる後頭部に向けて、勢いよく投擲した。
「スキあり♪」
「ぎゃッ!? な、なにするのさッ!!」
いきり立つチルノ。
私が誰だかまだわかってないみたい。
「わからない? 雪玉をぶつけたのよ。」
「・・・・・・あ? へっ?」
あっ、気付いた。
「スキあり♪」
「はぶッ!!」
「くすくすっ。」
「えっ、ちょ、なんで!?」
戸惑うチルノの顔が面白い。
さっきの大ちゃんと同じくらい傑作だ。
「さて、自分の名前は言えるようになったかしら?」
「あ、えっと・・・!」
「・・・・・・一年間成長なしか。」
「ち、チルノ!! チルノ!!」
顔を真っ赤にして連呼するその姿が可笑しくて、
私はお腹を抱えて笑った。
「あはははははっ! うんうん、上出来だわ。」
うん、合格。
チルノがちゃんと自分の名前を言ったのだ。
やはり、私も名乗り返してあげなければ。
私は、こみ上げてくる別の感情を、
精一杯の皮肉な笑みで隠しながらこう告げた。
「私はレティ・ホワイトロック。今年もよろしくね、チルノ!」
>石入りの雪玉だったのだ。極悪非道な所業である。
反論の余地がない正論だw
気になったとこ
>えっと、どこの仮装大会
メイドはともかく、巫女と魔法使いは、大ちゃんも撃墜され済みでは?
>私達と違って妖精の大ちゃんには
云いたいことは分かるけど、チルノも妖精さ
チルノがバカ過ぎる気もしましたが、まぁ公式ですし(笑)
誤りなのかどうか分からないのですが……
>「・・・・・・もうすぐ春だからね。冬の精は退場しないと。」
レティは妖怪ではないですか?それともリリーとの対比のためですかね?
ただ気になった表現が一つほど。
『恫喝』と言う単語なんですが、これは相手を脅す時に使う言葉なので
この場合は別な単語の方が適切かと思います。
細かい所ですがつい気になってしまったので…。
ではでは次作も期待してます!
とにかく、チルノはバカではあっても、成長するし、ただのバカでは終わらない愛すべきバカだということを再確認できました。
レティチルはいいですねぇ。大好きです。
少し大人気ないけど面倒見のいいレティと子供っぽくておばかなチルノ、そんな二人を温かく見守る大妖精。とっても心が温かくなりました。
あと、リリーに対する感想が作者さんと同じだったことにふきましたw
切なくてハートフル。
冷たいのにあったかいお話。
次回も期待してます!(*σωσ*)