注)◇◇◇で視点が切り替わります
ぼーっと湖畔を見つめる。
何時から此処に居るのだろうとか、何時まで此処に居るのだろうとか。
難しい事じゃないけど、やっぱり頭使うのって苦手。
だから何時も気の向くままに遊んだり、蛙を凍らせたり、花の蜜を飲んだり、森の果物を食べたり。
そんな毎日。
妖精は身体も小さく力も弱い。だから何時も皆で行動するものなんだ。
あたいは他の妖精よりも身体も大きく力も強かったから、一人で過ごす時間が多かった。
別に妖精の皆を嫌っているわけじゃない。
皆と遊ぶときもあるんだけど、何もしないで湖をぼおっと眺めている時間が好きだったから。
何時もは霧が濃くてあんまり遠くまで見えないんだけれども、偶に霧が晴れて視界が広がる時があるんだ。
その時だけ湖の真ん中に薄らと紅の館が見えるんだよね。
青い水面に交わる紅。
皆は悪魔の館だとか恐ろしい妖怪が住んでいるから近づくと危ないとか言っているけれども。
あたいと大ちゃん以外は本当の事を知らないだけなんだよ。
紅く恐ろしく見えるけれども、とっても温かい人がいて。
あたいも大ちゃんも、あの子もその温もりを知っているんだ。
◇◇◇
「ん……、あふぁ……」
寝起きに欠伸を一つ。
カーテンを開き、窓を開けると眩しい程に太陽の光が部屋に差し込む、何て事は無く。
目に映るのは霧に包まれた薄暗い空。
「この霧は何とかならないのかなぁ。
お嬢様も日が落ちてからしか起きないから大丈夫だと思うんだけど」
冷たい空気が部屋に流れ込み少し肌寒い。
此処で働くようになってから随分と経つが、矢張り年中このように霧で館を覆うのはどうにも好きじゃない。
「後でお嬢様に話してみようかなぁ……」
寝巻きを脱ぎメイド服へと着替える間、ふとそんな事を考える。
「えと……、今日は紅茶の葉を買いに行かないと……。
もうすぐで切れちゃうんだっけ」
今日一日のスケジュールを確認後、朝と言うには少し遅めの時間に軽く食事を取り、部屋を出る。
「部屋や廊下の掃除にお嬢様のお召し物の洗濯が終わればお昼も少し過ぎるかな。
そうだ、買い物に行く前にお菓子も作っておかないと」
昨日はクッキーを作ったから今日は何を作ろうか。
メイドの仕事を始める前にあの子達に作ってあげるお菓子のレシピを考えるのが最近の楽しみ。
「昨日あの子達が持ってきた苺があったっけ。
……うん、今日は苺のタルトにしよう」
あの子達の喜ぶ顔を思い浮かべると少し頬が綻ぶ。
あまり弛んだ顔を見せながら廊下を歩くのは他のメイド達に示しが付かない。
すぐに表情を引き締めるが、頬が綻び、すぐに弛んでしまう。
「……まあいいか」
何時でも何処でもマイペース。
ま、今更格好を付けても時既に遅しってね。皆も知っているからなぁ。
「さてと、今日も一日がんばりますか」
ここ最近は毎日のように紅魔館に遊びに来る二人。二人、とは言っても人間ではない。妖精が二人。
チルノちゃんと大妖精ちゃん。
大妖精ちゃんはチルノちゃんが大ちゃんって呼んでいるから私も真似てそう呼んでいる。
二人との出会いは最近―――とは言うものの、人の時間に換算すれば結構前になるのかな?
あの時は本当に驚いた。
何せ、チルノちゃんが一人で紅魔館に来て、私を見るなり泣きながら縋り付いて来たのだから。
泣いて顔をくしゃくしゃにして、今にも消えてしまいそうな小さな小さな声で必死に伝えようとしていたのが今でも鮮明に思い出せる。
「大ちゃんを助けて!!」
「……どうしたの?」
まずは泣きやまないチルノちゃんを宥めて落ち着かせないと。
話を聞かないことにはどうしようも出来ない。
「ちょっと前に倒れて……、ずっと苦しそうにしてて……。
大ちゃん、身体も頭も凄く熱くて、だからあたいがずっと大ちゃんの頭を冷やしているんだけど……。
でも、でも全然良くならなくて……!!
あたいもどうしていいかもうわからなくなって……。
でも……あたい、お医者さんとか知らないから……。知らないから……」
「それで此処に?」
こくん、と頷く。
人里に行ってもどうにもならないと分かっていたのかな。
此処なら妖怪だけでなく妖精も少なからずいるので何が原因かは分かると思う。
だけど、この子はここの噂は知っているのかな……。
吸血鬼や魔女・妖怪の住まう悪魔の館。
館の周りは霧で覆われ、近づけばその身を捕らえられ、吸血鬼の糧になるか妖怪の餌と成り果てるか。
又は魔女の実験体にされる。
確かに館の周りは霧で覆われてはいるが、それはあくまでお嬢様の我侭。
お嬢様は夜行性なんだし別段必要ない筈なのになぁ。
悪魔の館は否定できない、かな? お嬢様は吸血鬼なのだし。
一滴残らず血を吸い取るのも小食なお嬢様には土台無理な話。精々貧血を起こすぐらいしか出来ない。
お嬢様を退治しようとする輩ならば兎も角として、迷い人ならば此方からは特に何かする訳でもなくすぐに里に送り返している。
餌……ねぇ。私も妖怪だけども、正直自分と同じ姿をした人を食べる気にはなれない。
パチュリー様の実験体……は、当たらずとも遠からずって所かな。尤もパチュリー様の実験対象は館に不法に侵入しようとする狼藉者が対象だけれども。
つくづく噂ってのは独り立ちして色々と付け加えられるものだと関心さえする。
「あたいはあんた等に食べられてもいいからっ!!
だから!! だから!! 大ちゃんを……大ちゃんを、助けてあげて……!!
あたいの、あたいの大切なお友達なの……」
「落ち着いて、ね?」
屈み込み、目線の高さをチルノちゃんに合わせ、ゆっくりと水色の髪を撫でてみる。
これで少しは落ち着けばいいのだけれども。
「貴女の大切なお友達の名前は大ちゃん、だっけ? その子がいる場所を教えてくれないかな?
此処では妖怪や妖精を診るお医者さんが居るから、頼んで診てもらいましょう?」
「ホントっ!? ホントにっ!?」
「ええ、本当よ」
どうやら落ち着いたみたい。
ここまで必死になってお願いしているのに無下に断る訳にもいかないしね。
元々断る気も無かったけれども。
「落ち着いた?」
「うん……」
「よし、それじゃあ行きましょうか。
えーと……」
「あ、あたいはチルノ。氷の妖精」
「チルノちゃん、ね。じゃあチルノちゃん、案内してもらえるかな?」
「うん!!」
よかった、漸く泣き止んでくれた。
さて、出かける準備をしないと。私がいない間は……。
今日は事務の仕事も量が少ないし副長にお願いしておこう。すぐに戻れば大丈夫、だよね。
紅魔館を出て、湖畔を渡り、森を越え、切り立った崖の麓の小さな洞穴に案内される。
中を覗くと横たわりぐったりとした様子の妖精が一人。
この子がチルノちゃんの話していた大ちゃんって妖精かな?
額に手を添え体温を測ってみる。確かに熱い。それに尋常じゃない汗にこの苦しみ様は……。
すぐに紅魔館に連れて行って治療しないと危険だ。
「チルノちゃん、この子のおでこに触れて冷やしてくれる?」
「わかった」
チルノちゃんの冷気が心地良いのか、呼吸の乱れが少し収まったみたいだ。
首と膝の裏に手を回し、掛けている毛布が剥がれ落ちないようにゆっくりと担ぎ上げる。
「よし、それじゃあ紅魔館に戻ろっか?
この子の身体の事もあるからそんなに早く飛べないけれども。
大丈夫、十分に間に合うから」
「本当に?」
「ええ、本当よ。この症状は紅魔館で働いている妖精達にも見られる病気なの。
兎も角、紅魔館に戻ろ?」
「うん……」
大丈夫と念を押したものの、やはり心配なのだろう。
当然か。絶対に治る保障など何処にも無いのだから。
先の言葉など所詮気休め程度にしかならないのは十二分に承知の事。
今出来る事は一刻も早く紅魔館に戻り、この子を治療してあげないと。
「……これでよし、と」
紅魔館内の医務室のベッドで穏やかな寝息を立てて寝ている大妖精の大ちゃん。
その傍らでは心配そうに大ちゃんを見つめるチルノちゃん。
うん、これならもう大丈夫かな。後は熱が下がるのを待つだけだ。
この子―――大妖精の病気は妖精だけがかかる少し厄介な病気。
すぐに治療を施せば問題は無いのだが、治療が遅れれば最悪命の危険に晒される。
何にせよ、これなら少しの間療養すればすぐに体調も良くなるだろう。
「ありがとう、本当にありがとう……えと……」
「美鈴。私の名前は紅美鈴よ、チルノちゃん」
「めーりん……めーりん姉ちゃん、ありがとう」
泣き腫らして真っ赤な目を擦りながらだけどようやく笑ってくれた。
「この子も幸せよね……」
「えっ?」
「近くにこんなにも大切に思ってくれているお友達がいるって事」
そう、とても幸せな事。
「そうそうチルノちゃん」
「?」
「この子も暫くは此処で安静にしないと駄目でしょ?
だからね、チルノちゃんもこの子が治るまでの間は此処に泊まって行きなさいな」
「え? でも……」
元々此処―――紅魔館は結構な数のメイドが住み込みで働いている。
一人二人増えた所で何かしら不都合なことが出てくるものでもない。
急なので部屋は用意できないから私の部屋に泊まってもらう事になるけれども。
「…………」
何か思う所があるのか、考え込みうーんと唸っている。
あ、もしかして――――
「安心して。誰もチルノちゃんの事を食べようとはしないわよ」
「……!? 何であたいの考えている事がわかったの?
めーりん姉ちゃん、えうぱぁってやつ?」
チルノちゃん、それを言うならエスパーじゃないかな。
「さっき此処に来たときチルノちゃんが自分で言っていたじゃない。
食べられても良いから云々ってね」
「……あ、そうだった」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯くチルノちゃん。ああもう可愛いなぁ。
「ま、此処じゃそんな物騒なメイド達はいないから大丈夫」
「でも、悪魔がいるって……」
「悪魔? お嬢様のことかな?
確かにお嬢様は吸血鬼。他から恐れられている存在。
でもね、幾らお嬢様でも人や妖精を食べる何て大それた事出来ない、んー……やら無いって言ったほうが良いのかな?
貴族が野蛮な行為に出るってのも問題だしね。
食事用の血液は保管もしてあるし、態々血を吸う事も必要ないから」
「ほんと? ほんとにほんと?」
「本当本当。
それにお嬢様はね……」
真剣な眼差しでこくこくと頷き此方を見つめるチルノちゃん。
「すっごく小食なんだから」
少しばかりの静寂。ひゅるりらーって音とか鴉天狗の鳴き声とか聞こえたような気がする。
「……っぷぷ。あはははははは!!
何それー?」
「うふふふ、でも本当なのよ?
『血を吸う』とは言ってもね、精々貧血を起す程の量なの。勿論妖精じゃなくて人の、ね。
そう言う訳ってのも可笑しいけれども、兎に角安心して頂戴」
「うん、わかった」
先程まで泣き疲れ気持ちも沈みがちだったのに、今では笑みを見せてくれる。
友達が助った安堵感のお陰だろうか。
こんな可愛い笑顔を見れたのだから、この子の友達を助けて良かった。
「部屋は……私の部屋でいいよね?」
「うん!!」
元気一杯の良い返事。はい、よく出来ました。
医務室の窓から外を覗くと日はすっかりと落ち、夕焼けを通り越して辺りの空は宵闇に包まれて……。
ん? 宵闇? あれ?
何かをすっぽりと忘れているような気が。
「あーーーーーーーーーーー!!」
「ど、どうしたの? めーりん姉ちゃん?」
「チルノちゃん!! ごめん!! 少し遅くなるけど此処で待っていて頂戴!!
眠かったら此処で寝てていいから!!
あ、貴女、この子の面倒を見ていてくれない? お願いね!!」
「ふふ、わかりました美鈴さん。
あんまり遅くなるようでしたら、この子を美鈴さんの部屋にお連れしておきましょうか?」
「そうしてくれると、ホンットーに助かるわ!!
じゃあお願いね!!」
「はい、お願いされます」
「……?」
何が何やら訳がわからない表情をしているチルノちゃんとその脇でくすくすと笑っているメイド。
彼女は古参のメイドの一人で、医療技術に長けている事もあり医務室で他のメイドや妖精達の健康管理を任されているメイドさん。
私が此処で働き始めたと同じ頃に此処に来たのかな。お互いに長い付き合いで話が合うこともあり今では大事な友人だ。
「美鈴さんはどこか抜けている所があるんですよね。
メイド長として仕事はきっちりやる方なのにそのギャップがまたあの人らしいと言うか何と言うか」
「そうなんだ。おねーさんはめーりん姉ちゃんの事色々と知ってるの?」
「美鈴さんとは長い付き合いですからね」
「へぇー」
「それなら美鈴さんが戻ってくるまで彼女の話でもしましょうか?
私も此処で働くようになってから随分と経ちますから。
それに待っている間の暇つぶしには丁度良いかも知れません」
「ホント? 聞かせて聞かせて!!」
まさか自分が話のネタにされているとは露にも思わず、いや思う余裕もなく部屋を出ると一目散にメイド長――――私が何時も事務をこなしている部屋へと走って向かった。
出かける前に事務の仕事を副長に頼んだきりだったのをすっかり忘れていたんだ。
「ひゃあー、副長に怒られるー!!」
その日は結局お嬢様が起きてくる時間まで副長にこってりと絞られたっけ。
そのまま医務室に戻る事無くお嬢様の元に向かい仕事をこなし、それらが終わる頃には月が西の空に沈みかけている時間になっちゃったなぁ。
自分の部屋に戻る前に、一応医務室に顔を出しチルノちゃんがいないか確かめたんだけども。
いないみたい。
大ちゃんの様子も見ようと医務室のドアをそっと開き、中へと入る。
出て行く前と相も変わらず、穏やかに寝息を立てて寝ている大ちゃん。
あれから熱もぶり返す事もなかった様子でほっと一息つく。
「美鈴さん、お疲れ様です」
「貴女も急にあの子を押し付けるように言ってしまってごめんなさいね。
本当は私が面倒見ないと駄目なのに……」
「いえ、構わないですよ。
それにあの子――――チルノさんと色々と楽しく過ごせましたから。
お陰で退屈な時間を潰すことが出来ました」
と、珈琲の入ったマグカップを片手に微笑む彼女。
「それでチルノちゃんは? 私の部屋に?」
「ええ。先程まで起きていたのですが、流石に疲れが溜まっていたようなので。
美鈴さんの部屋に連れて行って寝付かせてきました」
「本当にありがとうね。
所で、この子はもう大丈夫?」
「ああ、この子ですか」
珈琲を一口飲み、マグカップと眼鏡をカルテやら書類やらで散かっている机の上に静かに置く。
ことん、とマグカップの音がしんとした部屋に鳴り響いた。
「熱がぶり返す事はないでしょう。
2・3日は安静にしないと駄目ですが、そう心配する程でもないですね」
「そっか……、良かった」
回復は彼女のお墨付き。それを聞いて本当に一安心だ。
「それじゃあ私は部屋に戻るわね。
もし、万が一何かあれば教えて頂戴」
「まぁ万が一、があればすぐに伝えます。
美鈴さんもお疲れ様です」
「ん、お疲れ様」
部屋に戻るとかけ布団を蹴飛ばしてお腹を丸出しで寝ているチルノちゃんがいた。
起さないようにと静かに寝巻きに着替え、かけ布団をかけ直す。
「私も寝よう……」
今日は色々あったなぁ―――等と思い耽りながら。
あれから一週間ぐらいかな?
チルノちゃんや大ちゃんと一緒に過ごしたのは。
大ちゃんは3日もすれば体調は万全になったんだけども、体力が完全に戻っていないみたいで。
どうせなら、体力も戻るまで二人とも此処で厄介になりなさいと提案したら、思いのほか二人とも素直に聞いてくれたんだっけ。
紅魔館の妖精メイド達もこの子達位に素直に聞いてくれたらなぁ……。
妖精のメイド達は私に懐いてくれるのは嬉しいのだけども、お仕事もきちんとこなしてくれたらなぁ。
あの時からだっけ。
あの子達が此処によく顔を見せるようになったのは。
◇◇◇
めーりん姉ちゃんと出会ってからどれ位経ったのかな。
あれから毎日のように大ちゃんと一緒にめーりん姉ちゃんに会いに行って遊んで貰ったんだ。
あたい達が森で採ってきた果物や木の実を持って行くとね、めーりん姉ちゃんはそれを使ってとっても美味しいお菓子を作ってくれるんだよ。
あたいと大ちゃんとめーりん姉ちゃんの三人でお菓子を食べて、あたい達の今日の出来事をめーりん姉ちゃんに話すのが当たり前の日課。
でもね、めーりん姉ちゃんもめいちょどう?だったかな、そんな名前のお仕事があるからお昼過ぎの少しの間だけの時間だけなんだけどもね。
めーりん姉ちゃんは何時も微笑んであたい達の話を聞いてくれるから大好き。
それにねそれにね、とっても綺麗なんだよ。
背も高くて、凄く綺麗で艶やか。そんな長い紅の髪。
あたいも何時かはめーりん姉ちゃんのようになれるのかなぁ。
そう、そうなんだ。その頃だったんだ。
あたいと大ちゃんがあの子と出会ったのは。
その日も森で果物を集めて、めーりん姉ちゃんの所に持っていこうとしてたんだ。
そしたらあの子が紅魔館の周りに広がる湖に続く森の途中で倒れていたんだよ。
「チルノちゃん、この子……」
「んあ? 大ちゃんどうしたの?」
大ちゃんが倒れている子供を見つけてあたいに教えてくれたんだ。
何でこんな所にいるんだろう?
妖精でも妖怪でもない、人間の子供。
紅魔館のメイドや仲間の妖精とも違って、全く見たこと無い服を着て。
でも服の裾が破れてボロボロになってて、膝は擦りむいていて血で真っ赤。
泥まみれで汚れていて艶を失った銀色の髪の毛。
髪の毛だけじゃない、全身も汚れて泥だらけ。
まるで何日も何日も彷徨っていたみたいな格好。
「何でこんな所に人間の子供がいるのかな?」
「うー……、わかんない」
「チルノちゃん、どうしよう?」
「ほっておくわけにもいかないよね……」
「でも私達じゃどうにも出来ないよ?」
「……めーりん姉ちゃんの所に行こうよ。
あたい達だけで人間の里に行ってもいたずらでこの子を誘拐しただけだと思われそうだし」
「うん、そうだね」
「あたいがこの子を背負ってく。
大ちゃんは果物をお願いね」
背はあたいよりも少し低いかな。
抱えてみるととても軽かった。人間の子供ってとても軽いんだ。
「チルノちゃん大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。
早くめーりん姉ちゃんの所に行こ、大ちゃん」
森を抜けると目の前に広がるのは大きな湖畔。
今日は何時もと違って霧も出てなくて、紅魔館をはっきりと見ることが出来る。
背負った子供を落とさないようにと、気をつけてゆっくりと飛ぶ。
湖畔を渡りきり、紅魔館の門の前でめーりん姉ちゃんを見つけたんだ。
「あれぇ? 大ちゃんとチルノ……ちゃん?」
「めーりん姉ちゃん!!」
めーりん姉ちゃんはあたい達を見てとってもびっくりしてた。
人間の子供を連れて来たからかな?
連れ去って来たと思われてかも知れない。
「……その子は?」
「森で倒れていたのを私が見つけたんです。
でも私達が人里に連れて行っても誤解されそうだから……」
「だから、ここに連れてきたんだ。
あたい達じゃどうしようもないし……」
「……そうなんだ。
わかった、兎に角私の部屋に行きましょう。
チルノちゃん、大丈夫? 重いなら変わってあげるよ?」
「ん、大丈夫だよ」
この子大丈夫かなぁ。
あの時の大ちゃんみたいにぐったりとしている……。
死んじゃう事はないよね?
めーりん姉ちゃんの部屋に入って、この子を布団に寝かせてあげる。
衰弱が酷くて、本当に心配だ。
「めーりん姉ちゃん、この子……大丈夫なの?」
「大丈夫。任せなさい」
そう言って掌をこの子の身体に優しく触れるめーりん姉ちゃん。
次にあたい達が見たのは眩しく光るめーりん姉ちゃんの掌。
七色に輝いて、でもとても温かくて。そんな光。
「……ふぅ。これで後は起きるのを待つだけかな」
何をしたんだろう?
この子の顔色が凄く良くなってる。
心なしかさっきみたいにぐったりとしているんじゃなくて、幾らか落ち着いたみたい。
「めーりん姉ちゃん何したの?」
「ん? ああ、これはね、気の力を使って私の生命力をこの子に分け与えたの」
「せいめいりょく?」
「簡単に言うとね、私の元気をこの子に分け与えたんだ」
「ほぇー」
こんな事も出来るんだ。めーりん姉ちゃんは凄いや。
よく見ると膝の怪我も治ってる。
「怪我もそう酷くないから、医務室に連れて行かなくてもいいかな」
「この子、もう大丈夫なの?」
「うん、後は目を覚ますのを待つだけ。
でも……」
「……どうしたの?」
「こんな小さな子がどうしてあの森にいたのかな、って思って」
あたいと大ちゃんがこの子を見つけた場所はめったに人間の姿を見ることが無い森。
紅魔館の近くって事もあるんだろうけど、この森は妖精だけじゃない、妖怪も沢山住んでいる所。
何も知らない人間、ううん力のない人間が迷い込んだらどうなるかは目に見えてる。
だから人間達はよっぽどの事が無い限りこの森には入らないようにしている筈なんだけど。
何でこの子はこんなにも泥だらけになって、怪我もしてまで此処に来たのだろう。
ただの迷子? それならすぐに街にでも送ってあげればそれで済む事なんだろうけども。
それだけじゃないと思うのは何でだろう。
めーりん姉ちゃんはお仕事があるからって出て行ったから、あたいと大ちゃんはめーりん姉ちゃんがお仕事が終わって戻ってくる時間まで二人でこの子を看病していたんだけども、結局目を覚まさなかった。
『今は眠っているだけだから、そっとしておきましょう』ってめーりん姉ちゃんはそう言ってたんだけど、やっぱり心配だなぁ。
「ただいま。二人とも遅くなってごめんね」
「あー、めーりん姉ちゃん」
「おかえりなさい。美鈴お姉さん」
「どう? 目が覚めた?」
あたいと大ちゃんは揃って首を横に振る。
あれから結構な時間が経っているのにまだ目を覚まさない。
「美鈴お姉さん……、この子大丈夫でしょうか?」
心配そうに見つめる大ちゃん。
大ちゃんもずっと心配しているんだ。勿論あたいも。
早く目を覚まさないかなぁ……。
結局この子が目を覚ましたのは次の日の明け方。
目を覚ました後は、何が何やらって感じできょろきょろと周りを見ていたっけ。
身体中泥だらけで汚れているからって、めーりん姉ちゃんが一緒にお風呂に連れて行ってあげて綺麗になって戻ってきたんだ。
腰まで伸びた細くさらさらとした銀色の髪の毛。
窓から差し込む朝日に反射して紫や白銀にも見える綺麗な髪の毛。透きとおった深い青い瞳。お人形さんみたいな綺麗な顔立ち。
身長はあたいよりも少し低いぐらいなのかな。
妖精のあたいや大ちゃんをみて驚いたり怖がったりするものだと思っていたんだけども、そんな事は無くて。
「あたいはチルノ。こっちは大ちゃん。
あたいも大ちゃんも妖精なんだ。
それでさ、あんたの名前は何て言うの?」
「……」
「この子達はね、貴女が眠っている間ずっと貴女の事を診ててくれたの。
貴女の事、ずっと心配してくれていたんだよ?」
「…………」
この子、めーりん姉ちゃんにぴったりとくっついて離れようとしない。
あたい達とあんまり話したくないのかな。
「……や」
「?」
「……さく……や」
「さくや? あんたの名前はさくやって言うんだ。
えへへ、よろしくね。さくや!!」
さくやは無言で頷くだけだったんだけれども、名前を教えてくれたって事は少しは信用されたのかな?
ともあれ、あたいと大ちゃんにとっては初めて出来た人間の友達。
その日からかな。
さくやは暫くめーりん姉ちゃんが面倒を見ることになって、あたい達と一緒に過ごす様になったのは。
あたいと大ちゃん、めーりん姉ちゃんとさくや。
四人でよく遊んで、めーりん姉ちゃんがお仕事の時間は三人で遊んで。
何時も遊ぶ場所は紅魔館の周りだけ。
さくやは人間の子供だからそんな遠くにいけないし危険だから、仕方が無いよね。
さくやは出会ってすぐは口数も少なくて、あんまり話さなかったけれども。
徐々に徐々にあたい達に話かけてくれるようになって、それに連れて笑ってくれるようになったんだ。
めーりん姉ちゃんはお仕事もあって大変な筈なのに、何時もと変わらずお仕事して、さくやの面倒もきちんと見てくれる。
やっぱりめーりん姉ちゃんは凄いや。
◇◇◇
「美鈴」
「お嬢様、何でしょうか?」
ティーカップに紅茶を注ぎ、テーブルに差し出そうとしたその時、不意にお嬢様に呼び止められる。
何を言われるのかは大方予想が付くのだけれどもね。
あの子――――さくやの事だろう。
本当なら、目が覚め体力が回復したのならすぐにでも人の里に連れて行き、さくやの両親やさくやを知る人を探さないと駄目だったのよね。
でもその事についてさくやに訪ねても何も話そうとしない。
それどころか、その話をすると酷く怯え塞込んでしまう。
今はそれ以上刺激をしてはいけないような気がするので、そっとしているのだけども。
矢張り、何時までも此処で面倒見ている訳にもいかないかな。さくやは人間なのだから。
「美鈴が面倒見ている人間の子供。
ええと、名前は何て言ったっけ?」
「さくやの事ですか?」
「そう、そのさくやなのだけどもね」
「はい」
「これからどうするつもり?」
「どうするつもり、とは?」
「このまま面倒を見続けるのか。それとも人間の里でさくやを保護してもらえる者を見つけるか。
どちらかに決まっているじゃない」
保護者? 親や親戚じゃなくて? お嬢様は何故そのような回りくどい言い方をするのだろう。
「何も考えていませんって顔をしているわね」
「す、すみません」
考えてない訳じゃないんだけどなぁ。
「ま、どうするかは貴女の判断に任せるわ。面倒を見続けるのなら私は何も言わない。
でもね、美鈴」
「……?」
「あの子を受け入れるかどうかは美鈴次第、よ」
受け入れるって? さくやの何を? 私が?
あの森で倒れていた事、さくやが自分の事を話すのに躊躇いを見せる事と何か関係があるのかな。
確かにその事はずっと引っかかっていたのよね。
あくまで仮定なんだけども、一つ思い当たる節がある。
さくやは捨てられた?
うーん、仮にそうだとしても……。
何故?
お嬢様の言葉があの子の何かを指している事は確かなのだろうけど……。
こればっかりはさくやが自分で話をしてくれるのを待つしかないかな。
それまではしっかりとさくやの面倒を見よう。
もしも。もしもだけども。
あの子がもしも本当に独りなら?
あの子がもしも此処に居ることを望むのなら?
私は、どうするんだろう。
紅葉が色鮮やかに山を染める季節に指しかかろうとした頃。秋も深まり一日一日と冬が迫る時期。
私がさくやの面倒を見るようになって丁度半年程。
さくやも私やチルノちゃん、大ちゃんに随分と懐いてくれるようになった。
『めーりんお姉ちゃんめーりんお姉ちゃん』って私から離れないようにちょこちょこと後ろをくっついて歩いて来るのがとても可愛くて。
身体も小さく非力なさくやにも出来そうな事―――廊下の掃き掃除や窓拭き―――を教えて、二人で一緒に掃除をしたり。後は花壇の世話も二人でしたっけ。
お昼になるとチルノちゃんや大ちゃんと一緒に三人で遊んだり。
そう、その頃に私はさくやが此処に来た理由を知ったんだ。
「美鈴。明日は他の者に任せても良いから、仕事は休みなさい」
「へ?」
「何素っ頓狂な声をあげてるのよ」
「すみません……。突然だったもので」
「……まあいいわ。兎にも角にも明日はお休み。いいわね?」
「はぁ……、お嬢様がそう仰るのなら」
「どの道明日は仕事どころじゃなくなるから」
私に突然の休暇を告げられ、ベッドに入り眠りにつくお嬢様。
お嬢様の力って運命を操る力なのだが未来でも見えるのだろうか。
まるで明日私の身に何が起きるのが分かっているかのような事を仰る。
「んー……」
腕を組み考え事をしながら自室へ向かって廊下を歩く。
真っ赤な絨毯に真っ赤な壁。少ない数の窓からは淡い月の光が細々と廊下に差し込む。
窓から空を見上げると見事な円を描いた月が目に映る。
今宵は満月。妖怪達や吸血鬼のお嬢様が活発に活動する日。
なのだが、お嬢様はパチュリー様とお茶の時間を過ごした後すぐに眠ってしまわれた。
休暇を言い渡した事も含めて珍しい事もあるものだ、等と思い耽りながら。
程なくして自室へと辿りつく。
この時間はさくやも既に寝ているので、大きな音をたててさくやを起さないようにゆっくりと扉を開け中に入ろうとしたのだけど……。
「…………?」
部屋の中から泣き声が聞こえる。
さくやが泣いている?
「さくや?」
違和感。
入った直後に何処か別の場所へ潜り抜けた様な、そんな感覚。
月の光もカーテンで遮っている為に部屋は真っ暗でよく見えない。
月の光で薄らぼんやりと光るレースのカーテンが見えるだけ。
……窓ってあんなに遠かったっけ?
それよりもさくやの方が気になる。
気を張り詰め気の流れに変化が無いか探ってみる。
さくや以外の気は感じられない……か。
さくやだけなら部屋の明かりをつけても大丈夫かな。
部屋の明かりをつけ、中をじっくりと見渡す。
「…………え?」
確かに私の部屋だ。
私の部屋なんだけども……。
そこだけ空間が切り取られ捻じ曲げられたかのように広がり、時が切り離され白と黒のモノクロが支配する部屋。
成る程、先程感じた違和感の正体はこれだったのか。此処は紅魔館であって紅魔館とは違う別の空間。
その部屋の真ん中で座り込み蹲って泣いているさくやを見つけ、慌てて駆け寄る。
「さくや、大丈夫? 何があったの?」
「…………ない」
「……え?」
「…………じゃ、ない。わた、……し、じゃない。
……ない。しらない!! しらないしらないしらない!! 私じゃない!! 私のせいじゃない!!」
「……さく、や?」
「私しらない!! しらないしらない!! 私のせいじゃない!!
だから!! だから!! だから……」
私に抱きつき、細い腕にぎゅっと力を入れ、小さな身体を震えさせ、泣く。
痛い。物理的な痛みじゃない。これは、この子の心の痛みだ。
さくやは違うとは言っているが間違いない。これはさくやの力だ。
「すて……ないで。めーりん……おねえちゃん、わたっ、わたしを、すてないで……!!
おねがい……だから。めーりんおねえちゃん……。めーりん……おねえちゃん。
わだ、わたし……もうひと、ひとり……ひとりに、なるのはいや……。すてられるのは……いや」
手を離せば今にも消えてしまいそうな儚くてとても脆い小さな身体。
私は決して離さないように強く強く抱きしめる。
そっか。そうなんだ。
この子が身内の事を話すのに躊躇い、恐れていた理由。
あの日森の中でチルノちゃん達がさくやを見つけた理由。
この子の力。時空間に干渉できる能力。
人間が有するにはあまりにも大きな力。
人間は自分に無い力を持つ者に恐怖し、排除しようとする。それが例え同じ人間であろうとも、だ。
この異質の力故に異能者のレッテルを貼られたさくや。
両親からも疎まれ忌み嫌われ、挙句捨てられたのだろう。
人間として普通の生活に戻りたいんじゃない。
この子はもう戻れないんだ。異能の力を持つが故に。
分かってはいても、事実を受け入れるにはこの子はまだ幼すぎて。
自分の力を受け入れるにはそれはあまりにも重過ぎて。
誰がこの子を支えてあげられる?
誰がこの子を受け入れてあげられる?
さくやを受け入れる、か。
そんなの決まっている。
……違う。ずっと前から――――あの時お嬢様に言われた時から決めていた事なんだ。
私がこの子を―――さくやを育てるんだ。
妖怪が人間の子供を育てる。
それは端から見れば滑稽な事だと笑われるかもしれないけれども。
私はさくやを支えてあげる事はできる。
さくやの居場所が無いのなら、此処に居場所を与えてあげれば良い。
育てよう。
大丈夫。この子に温もりを与える事が出来るのは私だけじゃない。
愛してあげよう。
例え血の繋がりが無くても、私が妖怪であっても。この子を大切に思う気持ちに妖怪だとか人間だとか、そんなものは関係ない。
「さくや」
「……えぐっ、……うぇっ、ひっく……」
もう一度さくやをぎゅっと抱きしめ、銀色の髪の毛を梳くようにゆっくりと撫でる。
温かい。だけど弱々しく今にも消えてしまいそうな命の灯火。さくやの小さな身体の温もり。
「ねえさくや。さくやは、お姉ちゃんの事が怖いと思っている?」
ふるふると首を横に振るさくや。
「私もさくやの事は怖くない。チルノちゃんや大ちゃん、此処に住んでいる皆もきっとそう思っている。
誰もさくやを、さくやのその力を見ても恐れたりなんてしない。
確かにその力は特異なものだけれども、此処では別段珍しい事じゃない。
それに私はさくやを絶対に見捨てたりはしない。さくやが望むならずっとずっと一緒よ。
さくやは、どうかな?」
「わたしは……」
此処にいたい。お姉ちゃんの側から離れたくない。
とても、とても小さな声だが、私にははっきりと聞こえた。
「なら決まり。お姉ちゃんはずっとさくやと一緒」
「……ほんとう?」
「勿論。それにね、さくやは一人じゃないでしょう?
チルノちゃんや大ちゃん――――素敵なお友達が側にいてくれる。私もいる。
誰もさくやを拒絶しない。そう、誰も。
だから、ね? さくやに泣き顔は似合わない。だから元気一杯の笑顔を見せて頂戴」
もう一度さくやの頭を優しく撫でて上げる。
「めーりん……お姉ちゃん。お姉ちゃん……!!
うぇぇ……、ふぇぇぇ……」
あーあ、これじゃあ暫くは泣き止まないかな。
そっか。だからお嬢様は明日の仕事はお休みをくれたんだ。
これじゃあお仕事所じゃないものね。
泣き疲れたのだろうか。
暫くするとすぅすぅと安らかな寝息をたてて寝てしまった。
さくやは深い眠りについていながらも、握り締めた手を離そうとはしない。
握っている手に少し力を入れてみる。
寝ていながらもそれを感じ取ったのか、ぎゅっと強く握り返すその様に思わず笑みが浮かぶ。
結局はその日一日さくやと一緒にいたっけ。
起きたときは少し恥かしそうに、少し申し訳なさそうに。
さくやはそんな複雑な表情をしていたっけ。
だから私は優しく微笑んでおはようって。
そしたらさくやも笑顔で『めーりんお姉ちゃんおはよう』って言ってくれたのよね。
その笑顔は今迄見た事が無かった位朗らかで可愛らしい笑顔。
うん、さくやには笑顔が似合う。
◇◇◇
めーりん姉ちゃんがさくやを引き取り育てるって事を知ったのはそれからすぐ。
あたいも大ちゃんもとっても喜んだんだ。だってさくやと離れなくて済むんだもん。
さくやの力も知ったのもその時。
さくやの力は時間と空間を操れるんだってめーりん姉ちゃんが言ってた。
あの森の中で他の妖怪に襲われなかったのは、さくやが無意識の内に力を使ったから。
自分の周りの空間を他の妖怪からは見えないように切り離したからあの森でも生き延びれた、らしい。
うーん、何だかよくわからないけど、さくやの力で生き延びれたって事だよね。
その頃からさくやは変わったんだ。
笑ったりとか怒ったりとか本当に素直に感情を表に出す様になって、よく話してくれるようになった。
あたいも大ちゃんもさくやが話しかけてくれるのが嬉しくって、沢山お話をしたんだ。
大ちゃんと始めて出会った時の話。
他の妖精達といつもはどんな遊びをしているのかって話。
めーりん姉ちゃんと始めて出会った時の話。
他にも沢山、沢山。
紅葉もすっかりと落ちて山が少し寂しく見える時期。
もうすぐで辺り一面雪に覆われ本格的な冬が訪れる時期。
あたいや大ちゃんは妖精――――特にあたいは氷精なんだから寒さには強い。
けれども人間のさくやは寒いのが苦手みたい。
人間って何かと不便なんだなぁ。
その日は何時もよりも寒く風も強くてどんよりとした薄暗い雲が空一面に広がっていた。
さくやも随分と厚着をしてるんだけども、やっぱり寒そう。
あたいが近くにいるから寒いのかな。
その事をさくやに聞いたら、笑って『そんな事無いよ』って言ってくれたんだけど。
うーん、あたいも自分の冷気を抑える事が出来たらなぁ。
そんな事を考えてたら、めーりん姉ちゃんに呼び止められたんだ。
「チルノちゃん、大ちゃん、さくや。
ちょーーーっとだけそこで待っていてね。
渡す物があるから」
「めーりん姉ちゃん、何かくれるの?」
「うふふ、それは見てのお楽しみ」
「ふーん……。大ちゃん、何かわかる?」
「ううん、さっぱり」
首を横に振る大ちゃん。
めーりん姉ちゃんは、一体何をくれるんだろ。
「さくやも?」
「私は何も知らないよ。
……あ」
さくやは何か心当たりがあるのかな。
「お姉ちゃん、お仕事が終わって寝るまでの時間に何かしていたよ。
私は眠くて何時も寝ている時間だから……、詳しくは分からないけれど」
「寝るまでの時間で何か作っていたのかな?」
「多分……、そうだと思う」
めーりん姉ちゃんは一体何を作ってたんだろ?
んー、すぐに分かるから考えなくてもいいや。
あ、めーりん姉ちゃんが戻ってきた。
手に持っているのは紙袋かな? それも三つも。
「お待たせ。ごめんね少し遅くなっちゃった。
はいっ、これはチルノちゃん、こっちが大ちゃん。
それと、これがさくやの分ね」
「わぁーーー」
そう言って紙袋の中から取り出し渡してくれたのは青色と水色が混じった縞模様のマフラーに手袋、それとおそろいの色で編まれた帽子。
大ちゃんは緑色と青色。さくやはグレー。
「さくやは寒いの苦手でしょ? だからこっそりとマフラーと手袋と帽子を編んでおいたの。
それでね、折角だしチルノちゃんと大ちゃんの分も編んでみたんだけども……。
二人には寒さは関係ないから、余計な事だったかな?」
少しばかり心配そうな顔つきであたい達を見るめーりん姉ちゃん。
「ううん、そんな事無い!!
あたいすっごく嬉しいよ。ね、大ちゃん!!」
「うん。私もとても嬉しいです。
ありがとうございます、美鈴お姉さん」
「喜んでくれてよかった。さくやも寒くない?」
「うん、めーりんお姉ちゃんのマフラーがあるから大丈夫。とっても温かい」
「そっか、じゃあ三人とも気をつけて遊びなさいね」
「ありがとう、めーりん姉ちゃん!!」
本来ならあたいや大ちゃんには必要ない物。
でもね、めーりん姉ちゃんがあたい達の為に編んでくれたマフラーと手袋と帽子はとっても嬉しくて、とっても温かくて。あたい達は春が来るまで何時もそれを身に着けていたんだ。
あたいと大ちゃんとさくや。
この頃はずっと三人で一緒に過ごしたっけ。
冬は皆で雪だるまやかまくらを作ったり、後は雪合戦。
かまくらの中でお雑煮を食べたり火鉢でお餅を焼いたり。
三人でやっていた雪合戦もいつの間にか休憩中のメイドや妖精達が加わり、皆雪塗れになってめーりん姉ちゃんに怒られたんだ。
春は桜の木の下でお花見。
満開の桜の木の下でめーりん姉ちゃんが作った美味しい料理とお菓子をお腹一杯食べたっけ。
あたいと大ちゃんは妖精の友達と一緒によく歌う歌を披露したりもした。
夏は湖で水遊びと、木陰でお昼寝。
寒いのは服を多く着込めば何とかなるけど、暑いのは幾ら薄着になってもどうしようもないので辛い。
気温の変化に敏感な人間は大変だと思う。
でもあたいの近くにいれば涼しいからさくやもそんなに辛くはなさそう。
こういう時は氷の妖精でよかったと心からそう思う。
秋は山の散策。
赤や黄に彩られた山を歩き、栗を拾ったり、落ち葉を集めて焚き火をしたり。
焚き火のついでにお芋を焼いて焼き芋を皆で食べたりもした。
―――この時間が何時までも続けばいいのになぁ。
人の成長は早い。
初めてさくやと出会った頃はあたいよりも背が低くかったのに。
三人で過ごし、さくやと出会ってから迎える三回目の春にはさくやはあたいと同じぐらいの背丈になってて。
次に春を迎えるときには追い越されてた。
力も幾分か融通が利くようになったみたいで、ほんの少しの間だけどもさくやの意思で時を止めることが出来るようになってきた。
めーりん姉ちゃんが言うには、自分の能力をもっと理解すれば自由に時間を操れるし、空間も弄くれるようになるんだって。
力もそうなんだけど、さくやは紅魔館でメイドとして働く事を決めていたみたいで以前から少しずつめーりん姉ちゃんにお仕事を教えてもらっていたんだ。
季節は春から夏に移り変わる時期。丁度梅雨の時期。
その頃かな、さくやが本格的に見習いのメイドとして働き始めたのは。
さくやはメイドの仕事を覚える事で、めーりん姉ちゃんはさくやに仕事を教える事で、二人とも中々暇な時間が取れなくて、あたい達も二人と会う時間も少なくなってきて少し寂しいけれども。
その分二人と会うときは二人が息つく暇も無いほどに話をしたんだ。
さくやもめーりん姉ちゃんも『あんまり会えなくてごめんね』って言うんだけど、謝る事なんて無いんだよ。
だってもう二度と会えなくなるわけじゃない。
会える時間が少なくなっただけだから。
さくやが見習いのメイドとして紅魔館で働くようになってから更に四回目の夏を迎える頃。
さくやとめーりん姉ちゃんに中々会えない日が続いた中、久しぶりにめーりん姉ちゃんに会った日。
「明日、お昼過ぎに紅魔館の門の前に来てね」
ってめーりん姉ちゃんがあたい達を誘ってくれたんだ。
さくやがその場にいなかったらさくやの事かな?
兎も角、めーりん姉ちゃんに言われた通りに、大ちゃんとあたいはお昼頃に二人で紅魔館の門の前に行ったんだ。
あたい達の姿が見えるや否や、門の前であたい達に向かって手を振る人影が一つ。
「あれぇ? ね、大ちゃんあれって……」
「美鈴お姉さん、だよね」
何時も着ていたメイドの服と違うけれども、あれは間違いなくめーりん姉ちゃん。
めーりん姉ちゃん、どうしたんだろう?
「こんちわー、めーりん姉ちゃん」
「こんにちは、美鈴お姉さん」
「二人ともこんにちは」
「めーりん姉ちゃん、そんな服着てどうしたの?」
「ん、この服? これはね此処に来る前に来ていた服よ。
メイドの服はしばらく使わないから、久しぶりにこれを着て見たんだ」
「使わないって? 美鈴お姉さんメイドのお仕事はもうしないのですか?」
「そっか。二人とも最近此処に来ていなかったから知らないのね」
「「?」」
「メイド長改め門番隊隊長の紅美鈴です。
二人ともよろしくね」
門番隊? あれ、めーりん姉ちゃんはメイド長じゃなかったっけ。
「もんばんたいの、たいちょう?」
「美鈴お姉さん、メイド長じゃなくなったのですか?」
「そう言う事。門番隊には私が望んで配属して貰ったんだけどね。
ほら、此処だとチルノちゃんや大ちゃんとも気軽に会えるでしょう?
尤も理由はそれだけじゃないのだけども」
「ねえねえめーりん姉ちゃん、前みたいに此処に来てもいいの?」
「勿論。但し、門番のお仕事中はチルノちゃん達のお話を聞く事ぐらいしか出来ないかな」
「ううん、それだけで十分。ね、大ちゃん」
「うん。ねね、チルノちゃん。また森で果物や木の実を持って来ようよ」
「んあ? でもめーりん姉ちゃんは此処から離れられないんじゃないの?」
「あ、そっか……」
しょんぼりと俯く大ちゃん。
あたいもめーりん姉ちゃんの作るお菓子は大好きなんだけども、こればっかりは仕方が無いよね。
「チルノちゃん、大ちゃん。その事なら――――」
途中で話を止め、門の中を見つめるめーりん姉ちゃん。
誰か来たみたい。めーりん姉ちゃんが言っていた新しいメイド長かな?
「……あれ? もしかして?」
「チルノちゃん、間違いないよ」
「だよね?」
「うん」
前に見たときは腰に届きそうな程長かったのに、今は短く切りめーりん姉ちゃんとおそろいのおさげをした銀色の髪の毛。
背もまた伸びたみたいで、めーりん姉ちゃんが昔着ていたのと同じメイド服を着てるんだけどとっても似合ってる。
暫く会わなかったからかな、見違えるほど綺麗になったんだけれど、所々であの頃の面影が残ってて。
あたいも大ちゃんもすぐに誰か分かったんだ。
さくやだ!!
「うわー、すごいすごい!! すっごい似合ってる!!
ね、大ちゃん?」
「うん。その格好とっても良く似合ってるよ」
「二人とも……ありがとう」
照れているのかな。顔を真っ赤にして俯いちゃった。
でもその仕草も昔からちっとも変わっていなくて逆に安心した。
さくやはさくやだ。メイド長になっても変わってない。
「ほーら、咲夜。チルノちゃんと大ちゃんにしっかりと挨拶をしないと」
「わ、わかっているわ……」
まだ慣れていないのだろうか。それとも普段見ないような格好だから恥かしいのかな。
さくやはどうも緊張気味。
「紅魔館のメイド長の十六夜咲夜よ。
チルノちゃん、大ちゃん。今更こんな事言うのもなんだけれども……。
改めて二人ともこれからもよろしくね」
ぎこちなくもしっかりと挨拶を済ませるさくや。
ん? 十六夜? さくやの名前かな?
「ねえさくや。十六夜って名前、今まで付けてなかったよね?」
「ええ、この名前はメイド長に就いた時にお嬢様に名付けてもらったの。
咲夜の漢字も同じようにね」
「そっか、そうなんだ」
「うん、とっても素敵な名前だよ。
これからは咲夜の事は十六夜さんって呼ばないとね。ね、チルノちゃん」
「あははは、そうだね大ちゃん」
「い、今まで通りで良いわよ……」
「うふふ、そんな所は本当に変わってないわねぇ。咲夜?」
「もう、姉さんも一緒になって」
困ったように顔を顰めそっぽを向く咲夜。
ちょっと冗談が過ぎたかな。
「あ……っと、二人とも御免なさい。未だ見回りの最中だからそろそろ行かないと」
「うん。咲夜、お仕事がんばってね」
「ええ、ありがとう」
「ねえ咲夜」
「どうしたの?」
「また遊びに来ても良いかな?」
「友達が遊びに来るのに断る理由なんてないわ。
そうね……、今度遊びに来たときには姉さんに教えてもらったお菓子を作ってあげる。
だから、何時でも来て頂戴。姉さんも、私も嬉しいから」
銀色の髪をかきあげ、朗らかに微笑んで返事をしてくれた。
良かった。本当に良かった。
毎日、とはいかないけれども、これからも咲夜とめーりん姉ちゃんと大ちゃんとあたいの四人。また一緒に皆で過ごせるんだ。
そうだ、一つ良い事思い付いた。
「ね、大ちゃん」
「なあに、チルノちゃん?」
「あのね、あたいすっごく良い事思い付いたんだ」
「良い事?」
「そ、すっごくすっごく良い事」
「何を思いついたの?」
「それはね――――――」
あたいだけじゃ多分それは出来ないから、めーりん姉ちゃんに教えて貰うんだ。
あたいと大ちゃん、二人で作ろう。
今から頑張ればきっと間に合うと思うから。
昔、めーりん姉ちゃんがあたい達に分けてくれた優しい温もり。
今度はあたい達が咲夜に温もりを分けてあげよう。
「ねえ、大ちゃん。咲夜は喜んでくれるかな?」
「きっと、ううん絶対に喜んでくれるよ、チルノちゃん」
今までの温かい思い出を振り返りながら。
これから起きる素敵で楽しい出来事を思い浮かべながら。
心をこめて少しずつ編んでいこう。
「あら咲夜、そのマフラーはどうしたの?」
「これですか? これはですね――――――」
――――――大切な友達からの贈り物ですわ。
温かい話で心が和み温かい涙も流れました。
次回作も期待しています。
作品を読めた事に感謝。
美鈴を姉さんと呼ぶ咲夜には違和感がありました。
大ちゃんとチルノも然り。
ですが、面白かったです。
チルノが可愛すぎるのでお持ち帰りs(殺人ドール)
とても良いお話でしたし、和みました。
失礼・・・いいお話でした
あなたが神か。
これはよい作品ですね。
チルノと仲の良い咲夜さんが斬新。
紅魔郷組はみんな仲良し。
ほのぼの好きな自分には違和感なく美味しくいただけました。
全体を通して安心して読めました。
あったかいお話はいいもんだ。
咲夜と美鈴の姉妹的組み合わせは大好きです!